説明

車両ステアリング制御装置

【課題】スプリットμ路の路面状態と後輪操舵機能の故障時のトー角の方向とに応じて、ステアリング制御装置に最適な制御を行わせる車両ステアリング制御装置を提供する。
【解決手段】後輪操舵装置120が故障して故障フラグが1になるとスイッチ119aがONする。このとき、スプリットμ路における路面左右μ差信号と後輪操舵装置120の故障時の後輪舵角信号とが操舵方向決定部114に入力されてそれぞれの極性が比較される。ここで、路面左右μ差が右側高μ(+)であって、後輪舵角が左側(−)に傾いているときは、スプリットμ補正ゲインマップ117により補正ゲインを1より大きくし、スプリットμ制御部113の出力のスプリットμ制御信号に乗算して電動機4を制御する。これにより制動時における車両の走行方向を安定化させることができる。路面左右μ差信号と後輪舵角信号との極性比較により補正ゲインを増減させてスプリットμ制御を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、後輪操舵機能を有する車両の制動時における走行方向安定化を図った車両ステアリング制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
車両の走行中において、左右の車輪の摩擦抵抗(μ)が異なる路面(以下、スプリットμ路という)で制動を行うと、左右の制動力差に起因して車両にヨーモーメントが発生し、摩擦抵抗の低い路面側(以下、低μ側という)の車輪は制動されにくいために、摩擦抵抗の高い路面側(以下、高μ側という)に車両が偏向する。そこで、制動時における車両の走行方向の不安定な挙動を解決するために、スプリットμ路であると判定されたときには、車速に応じて左右車輪に異なる制動圧を付与することにより、車両のヨーモーメントを減少させて安定走行を実現させる技術が開示されている。このとき、車速が小さいほど左右車輪に異なる制動圧を付与する寄与度を大きくしている(例えば、特許文献1参照)。
【特許文献1】特開2006−175992号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、後輪操舵機能を有する車両においては、後輪のトー角の方向と、路面の高μ側/低μ側の左右関係(つまり、高μ側が路面の左側にあるか右側にあるかの関係)とによって、左右車輪に異なる制動圧を付与するモードが異なってくる。また、後輪操舵機能の故障時において、後輪が中立状態以外のトー角状態で保持(制御停止)されることもある。その場合、左右の車輪で路面μが異なる状況(スプリットμ路)での制動時挙動が通常状態に対して悪化することがある。例えば、後輪操舵機能の故障時において、後輪が中立位置に対して右方向を向いて保持(転舵)されている場合、その状態でスプリットμ路面での制動を行うと、右側が高μ路面のときは車両が低μ側(左側)へ小さく偏向し、右側が低μ路面のときは車両が高μ側(左側)へ大きく偏向するようになる。すなわち、後輪操舵機能の故障時において、後輪が左右いずれかの方向へ転舵したまま固定しているときは、通常の走行状態に対して車両の走行方向安定性が低下する。
【0004】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、後輪操舵機能を有する車両において、スプリットμ路の路面状態と後輪操舵機能の故障時におけるトー角の方向とに応じてステアリング制御装置に最適な制御を行わせ、制動時における車両の走行方向を安定化させることができる車両ステアリング制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、前記の課題を解決するために、左右後輪のトー角を独立して制御できる後輪トー角制御装置と、左右車輪の路面μが異なっているスプリットμ路での制動時に、低μ側への操舵を補助するスプリットμ制御装置と、後輪トー角制御装置による後輪操舵機能が故障している際に、その故障によって生じる車両の走行方向を認識する故障挙動認識部と、左右車輪の路面μのいずれが高いかを判定する路面μ判定部とを備え、車両がスプリットμ路で制動されるとき、故障挙動認識部は、故障によって生じる走行方向を改善するように、スプリットμ制御装置によるスプリットμ制御ゲインを可変させるように構成されている。
【0006】
この構成によれば、後輪トー角制御装置に故障が生じた車両がスプリットμ路で制動されるとき、後輪トー角の向きによって車両が偏向する方向とスプリットμ路によって車両が偏向する方向とによって生じる車両の走行方向が比較的直線方向に改善されるように、故障挙動認識部が、スプリットμ制御装置のスプリットμ制御ゲインを可変させている。
【0007】
好適な実施形態としては、故障挙動認識部は、車両の走行方向が低μ側に向き易いと認識している場合は、スプリットμ制御装置によるスプリットμ制御ゲインを低下させ、車両の走行方向が高μ側に向き易いと認識している場合は、スプリットμ制御装置によるスプリットμ制御ゲインを上昇させている。
【0008】
さらに、好適な実施形態としては、故障挙動認識部は、左右後輪のトー角がスプリットμ路の高μ側に転舵しているときはスプリットμ制御装置によるスプリットμ制御ゲインを低下させ、左右後輪のトー角がスプリットμ路の低μ側に転舵しているときはスプリットμ制御装置によるスプリットμ制御ゲインを上昇させている。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、後輪操舵機能を有する車両において、左右車輪で路面μが異なる路面状況(つまり、スプリットμ路)で走行中の車両の後輪操舵機能が故障した場合でも、制動時の走行方向を安定化させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
《本実施形態の概要》
本発明の実施形態に係る車両ステアリング制御装置は、後輪操舵機能を有する車両において、後輪操舵機能の故障状態に応じて車両ステアリング制御装置の制御ゲイン(スプリットμ制御ゲイン及びヨーレート制御ゲイン)を可変させることにより、左右の路面μが異なる状態(つまり、スプリットμ路)で後輪操舵機能が故障した場合でも、制動時の走行方向を安定化させるようにしている。すなわち、本実施形態の車両ステアリング制御装置は、後輪操舵機能が故障して、後輪のトー角がスプリットμ路の高μ側に転舵して固定したときには、車両ステアリング制御装置のスプリットμ制御ゲインを低下させ、後輪のトー角がスプリットμ路の低μ側に転舵して固定したときには、車両ステアリング制御装置のスプリットμ制御ゲインを上昇させることにより、ドライバが違和感なく操向ハンドルを操作できるようにしている。言い換えると、後輪のトー角による車両の偏向方向とスプリットμ路による車両の偏向方向との関係が相互に打ち消す方向であればスプリットμ制御ゲインを低下させ、後輪のトー角による車両の偏向方向とスプリットμ路による車両の偏向方向とが一致する方向であればスプリットμ制御ゲインを上昇させて、車両の走行方向をできるだけ直線化させている。
【0011】
《実施形態》
以下、図面を参照しながら、本発明における車両ステアリング制御装置の実施形態について詳細に説明する。本実施形態の車両ステアリング制御装置は、車両システムの中に構成される電動パワーステアリング装置と後輪操舵装置とによって実現されるので、まず、車両システム、電動パワーステアリング装置、及び後輪操舵装置のそれぞれの構成について概略的に説明する。
【0012】
(車両システム)
図1は、本発明の実施形態に係る4輪車両の車両システムの概略構成図である。図1に示すように、車両システム100は、前輪1L,1Rを転舵させる操向ハンドル3による操舵を補助する電動パワーステアリング装置(EPS)110、前輪1L,1Rの転舵角と車速VSに応じて後輪2L,2Rをそれぞれ独立に転舵させるトー角変更装置120L,120R、EPS110およびトー角変更装置120L,120Rを制御する操舵制御装置130(以下、操舵制御ECUと称する)、車速センサS、ヨーレートセンサS、など各種センサを含んで構成されている。なお、以下の説明では、左右のトー角変更装置120L,120Rを併せて後輪操舵装置120と言うことにする。
【0013】
左右の前輪1L,1Rは、車両システム100が備わる車両Vの進行方向を決定する操舵輪であって、ドライバは操向ハンドル3の操作によって前輪1L,1Rを操舵し、車両Vを左右方向に旋回させる。
【0014】
ヨーレートセンサSは、例えば、車両Vにヨーモーメントが発生していないときを「0」として、例えば、左方向のヨーモーメントが発生しているときに正の値、右方向のヨーモーメントが発生しているときに負の値を出力するようになっている。
【0015】
(電動パワーステアリング装置:EPS)
図2は、図1の車両システムにおけるEPS110の構成図である。図2に示すように、EPS110は、操向ハンドル3が設けられたメインステアリングシャフト3aと、シャフト3cと、ピニオン軸7とが、2つのユニバーサルジョイント(自在継手)3bによって連結され、また、ピニオン軸7の下端部に設けられたピニオンギア7aは、車幅方向に往復運動可能なラック軸8のラック歯8aに噛合し、ラック軸8の両端には、タイロッド9、9を介して左右の前輪1L,1Rが連結されている。この構成により、EPS110は、操向ハンドル3の操舵時に車両Vの進行方向を変えることができる。ここで、ラック軸8、ラック歯8a、タイロッド9,9は転舵機構を構成する。なお、ピニオン軸7はその上部、中間部、下部を軸受3d,3e,3fを介してステアリングギアボックス6に支持されている。なお、EPS110は前輪操舵装置となる。
【0016】
また、EPS110は、操向ハンドル3による操舵力を軽減させるための補助操舵力を供給する電動機4を備えており、この電動機4の出力軸に設けられたウォームギア5aが、ピニオン軸7に設けられたウォームホイールギア5bに噛合している。すなわち、ウォームギア5aとウォームホイールギア5bとで減速機構が構成されている。また、電動機4の回転子と電動機4に連結されているウォームギア5aとウォームホイールギア5bとピニオン軸7とラック軸8とラック歯8aとタイロッド9,9などにより、ステアリング系が構成される。
【0017】
また、EPS110は、電動機4を駆動する電動機駆動回路23と、電動機4の回転角を検出するレゾルバ25と、ピニオン軸7に加えられるピニオントルクTを検出するトルクセンサSと、トルクセンサSの出力を増幅する差動増幅回路21と、車両Vの車速を単位時間あたりのパルス数として検出する車速センサSとを備えている。このような構成のEPS110の通常の動作は、周知の技術であるのでその説明は省略する。
【0018】
(後輪操舵装置)
図3は、図1の車両システムにおける後輪操舵装置120の左後輪側のトー角変更装置120Lの構成図である。前記の図1で示したように、トー角変更装置120L,120Rは、車両Vの左右の後輪2L,2Rにそれぞれ取り付けられるものであるが、図3では、左後輪2Lを例にとりトー角変更装置120Lを示している。また、トー角変更装置120Lは、アクチュエータ30及びトー角変更制御ECU37を備えている。なお、右側の後輪2Rについても、左側の後輪2Lと対称的に、トー角変更装置120R、アクチュエータ30及びトー角変更制御ECU37を備えている。
【0019】
図3に示すように、車体のリアサイドフレーム11には、略車幅方向に延びるクロスメンバ12の車幅方向端部が弾性支持されている。そして、略車体前後方向に延びるトレーリングアーム13の前端がクロスメンバ12の車幅方向端部近くで支持されている。そして、トレーリングアーム13の後端に後輪2Lが固定されている。トレーリングアーム13は、クロスメンバ12に装着される車体側アーム13aと、後輪2Lに固定される車輪側アーム13bとが、略鉛直方向の回転軸13cを介して連結されて構成されている。これにより、トレーリングアーム13が車幅方向へ変位することが可能となっている。
【0020】
アクチュエータ30は、その一端が車輪側アーム13bの回転軸13cより前方側の前端部にボールジョイント16を介して取り付けられ、他端がクロスメンバ12にボールジョイント17を介して取り付けられている。アクチュエータ30は、特に詳細な構成は示されていないが、電動機、減速機構、及び送りねじ部などを備えて構成されている。
【0021】
アクチュエータ30の一端に設けられたボールジョイント(図示せず)がトレーリングアーム13の車輪側アーム13bに回動自在に連結され、また、他端に設けられたボールジョイント17がクロスメンバ12に回動自在に連結されている。そして、アクチュエータ30の電動機(図示せず)の動力によってスクリュー軸(図示せず)が回転してアクチュエータ30のロッド(図示せず)が左方向へ伸びると、車輪側アーム13bが車幅方向外側(左方向)に押圧されて、後輪2Lが左方向に旋回する。また、アクチュエータ30のロッド(図示せず)が右方向へ縮むと、車輪側アーム13bが車幅方向内側(右方向)に引かれて、後輪2Lが右方向に旋回する。
【0022】
また、アクチュエータ30には、トー角変更制御ECU37が一体に構成されている。トー角変更制御ECU37は、例えばアクチュエータ30のケース本体に固定され、ストロークセンサ(図示せず)とコネクタなどを介して接続されて構成されている。トー角変更制御ECU37には、車両Vに搭載された図示しないバッテリなどの電源から電力が供給される。また、操舵制御ECU130、電動機駆動回路23(図2参照)にも前記とは別系統でバッテリなどの電源から電力が供給される(図示せず)。
【0023】
以上のように構成される後輪操舵装置120のトー角変更装置120L,120Rは、、左右の後輪2L,2Rにそれぞれ1ずつ備わり、左右の後輪2L,2Rに、それぞれ異なったトー角を個別に設定することができる。
【0024】
(車両ステアリング制御装置)
次に、前記の電動パワーステアリング装置110と後輪操舵装置120とによって構成される本実施形態の車両ステアリング制御装置について説明する。図4は、本発明の実施形態に適用される車両ステアリング制御装置の制御系を示すシステム構成図である。
【0025】
図4に示すように、車両ステアリング制御装置140は、左右の前輪1L,1R(図1参照)の舵角を操舵するための前輪操舵装置であるEPS110と、左右の後輪2L,2R(図1参照)のトー角を個別に操舵するトー角変更装置120L,120R(図1参照)である後輪操舵装置120とを備えて構成されている。
【0026】
EPS110は、ベースEPS制御部111、ヨーレート制御部112、スプリットμ制御部113、操舵方向決定部114、舵角角度判定部115、加算器116a,116b,116e,116f、乗算器116c,116d、スプリットμ補正ゲインマップ117、ヨーレート制御補正ゲインマップ118、スイッチ119a,119b、及び電動機4を備えて構成されている。
【0027】
ベースEPS制御部111は、スプリットμ路ではない通常の走行路において操向ハンドル3に最適な補助操舵力を付与するように電動機4の制御を行う。ヨーレート制御部112は、車両の走行中に発生したヨーモーメントによって検出されたヨーレート信号SGyの大きさに基づいてヨーレート制御ゲインの大きさを決定する。すなわち、ヨーレート信号SGyが大きいほど、ヨーレート制御部112は、ヨーレート制御ゲインを大きくして電動機4による補助操舵力を大きくする。スプリットμ制御部113は、左右車輪のスリップ率の差に基づいて検出された路面左右μ差信号SGmの大きさによってスプリットμ制御ゲインの大きさを決定する。すなわち、路面左右μ差信号SGmが大きいほど、スプリットμ制御部113は、スプリットμ制御ゲインを大きくして電動機4による補助操舵力を大きくする。
【0028】
操舵方向決定部114は、路面左右μ差信号SGmの極性(+/−)と、後輪操舵装置120が後輪2L,2Rを操舵したときの後輪舵角に基づく後輪舵角信号SGbの極性(+/−)とに基づいて、操向ハンドル3の操舵方向(+/−)を決定する。ここで、路面左右μ差信号SGmの極性(+/−)は、例えば、右側が高μ路のときを(+)の極性とし、左側が高μ路のときを(−)の極性とする。後輪舵角信号SGbの極性(+/−)は、例えば、左右の後輪2L,2Rの舵角方向が右側に傾いているときを(+)の極性とし、左右の後輪2L,2Rの舵角方向が左側に傾いているときを(−)の極性とする。操向ハンドル3の操舵方向の極性(+/−)は、例えば、高μ側に操舵するとき(つまり、舵角高μ側)を(+)の極性とし、低μ側に操舵するとき(つまり、舵角低μ側)を(−)の極性とする。
【0029】
舵角角度判定部115は、後輪操舵装置120が後輪2L,2Rを操舵したときの後輪側の舵角に基づく後輪舵角信号SGbの大きさを判定する。具体的には、走行中に後輪操舵装置120が故障して、後輪操舵装置故障フラグFが“1”となったときに、後輪側の舵角が右側に傾いているときの後輪舵角の極性を(+)としてその絶対値の大きさ(正の舵角角度)を判定し、後輪側の舵角が左側に傾いているときの後輪舵角の極性を(−)としてその絶対値の大きさ(負の舵角角度)を判定する。
車両V(図1参照)は、後輪側の舵角に基づいて旋回することから、舵角角度判定部115は、後輪舵角の極性と絶対値の大きさとで、車両Vの走行方向を認識することになる。
【0030】
スプリットμ補正ゲインマップ117は、後輪舵角が低μ側(−)にどれだけの舵角で傾いているか、高μ側(+)にどれだけの舵角で傾いているかによって、スプリットμ補正ゲインの大きさを決定するマップを備えている。図5は、図4に示すスプリットμ補正ゲインマップ117が備えるスプリットμ補正ゲイン特性図であり、横軸に低μ側及び高μ側の後輪舵角の大きさ、縦軸にスプリットμ補正ゲインの大きさを示している。すなわち、図5に示すように、スプリットμ補正ゲインマップ117は、後輪舵角がゼロのとき(傾いていないとき)にスプリットμ補正ゲインが“1”となり、後輪舵角が低μ側(−)に傾いているときのスプリットμ補正ゲインが“1”より大きくなり、後輪舵角が高μ側(+)に傾いているときのスプリットμ補正ゲインが“1”より小さくなるような特性を与えている。
【0031】
ヨーレート制御補正ゲインマップ118は、後輪舵角の大きさによってヨーレート制御補正ゲインの大きさを決定するマップを備えている。図6は、図4に示すヨーレート制御補正ゲインマップ118が備えるヨーレート制御補正ゲインの特性図であり、横軸に後輪舵角の大きさ、縦軸にヨーレート制御補正ゲインの大きさを示している。すなわち、図6に示すように、ヨーレート制御補正ゲインマップ118は、後輪舵角がゼロのとき(傾いていないとき)にヨーレート制御補正ゲインが“1”となり、後輪舵角が大きくなるにしたがってヨーレート制御補正ゲインが“1”より大きくなるような特性を与えている。
【0032】
スイッチ119aは、後輪操舵装置120が故障して後輪操舵装置故障フラグFが“1”となったときにONとなり、スプリットμ補正ゲインマップ117で決定された大きさのスプリットμ補正ゲインを、スプリットμ制御部113から出力されたスプリットμ制御信号に乗算するか否かを選択するための回路選択手段である。また、スイッチ119bは、後輪操舵装置120が故障して後輪操舵装置故障フラグFが“1”となったときにONとなり、ヨーレート制御補正ゲインマップ118で決定された大きさのヨーレート制御補正ゲインを、ヨーレート制御部112から出力されたヨーレート制御信号に乗算するか否かを選択するための回路選択手段である。
【0033】
次に、図4に示す車両ステアリング制御装置の動作について説明するが、スプリットμ制御信号にスプリットμ補正ゲインを乗算する場合と、ヨーレート制御信号にヨーレート制御補正ゲインを乗算する場合とを分けて説明する。
【0034】
(スプリットμ制御)
まず、スプリットμ制御信号にスプリットμ補正ゲインを乗算するスプリットμ制御について説明する。ベースEPS制御部111は、スプリットμ路ではない通常の走行路においてハンドル操作に最適な補助操舵力を付与するようにベースEPS制御信号を出力して、電動機4の制御を行っている。このとき、スプリットμ制御部113に、左右車輪のスリップ率の差に基づいて発生した路面左右μ差信号SGmが入力されると、スプリットμ制御部113は、その路面左右μ差信号SGmの大きさによってスプリットμ制御ゲインの大きさを決定する。そして、加算器116fにより、ベースEPS制御部111から出力されたベースEPS制御信号に対して、スプリットμ制御部113から出力されたスプリットμ制御信号が加算される。
【0035】
このとき、後輪操舵装置120が故障して、後輪操舵装置故障フラグFが“1”になるとスイッチ119aがONする。さらに、後輪操舵装置120は、故障した時点において後輪舵角信号SGbを出力する。そして、路面左右μ差信号SGmと後輪舵角信号SGbとが加算器116aで加算されて操舵方向決定部114へ入力される。
【0036】
図7は、図4の操舵方向決定部114が備える操舵方向を決定するためのテーブルである。また、図8は、図7のテーブルの理解を容易にするためのスプリットμ路と後輪舵角方向との関係を示す概念図である。したがって、図8を参照しながら図7の操舵方向を決定するためのテーブルについて説明する。
【0037】
操舵方向決定部114に入力された路面左右μ差信号SGmの極性と後輪舵角信号SGbの極性とにより、図7に示すように、路面左右μ差(a)が右側高μ(+)で後輪舵角(b)の方向が右側(+)のときは、スプリットμ制御ゲインによる舵角補正方向は舵角高μ側(+)となる。そして、操舵方向決定部114から出力された舵角高μ側(+)の信号が、スプリットμ補正ゲインマップ117に入力されると、図5の特性図に示すように、舵角高μ側(+)ではスプリットμ補正ゲインは“1”より小さな値となる。したがって、スプリットμ制御部113から出力されたスプリットμ制御信号に対して、“1”より小さいスプリットμ補正ゲインの舵角高μ側(+)信号が乗算器116dで乗算され、さらに、これらの信号が加算器116fでベースEPS制御部111から出力されたベースEPS制御信号に加算され、電動機4を制御することによって最適な舵角補正を行うことができる。
【0038】
このことについて、図8のスプリットμ路と舵角方向との関係を示す概念図を用いて説明する。図8(a)に示すように、スプリットμ路が右側高μ(+)であって、後輪舵角が右側(+)に傾いているときは、スプリットμ路が右側高μ(+)に起因する車両の偏向方向は矢印A1のように右方向であり、後輪舵角の方向が右側(+)に起因する車両の偏向方向は矢印B1のように左方向である。したがって、矢印A1と矢印B1は反対方向であるので偏向方向は自動的に補正されるため、スプリットμ制御ゲインは“1”より小さな値で矢印C1のように舵角高μ側(+)に舵角補正を行えばよいことになる。
【0039】
次に、操舵方向決定部114に入力された路面左右μ差信号SGmの極性と後輪舵角信号SGbの極性とにより、図7に示すように、路面左右μ差(a)が左側高μ(−)で後輪舵角(b)の方向が右側(+)のときは、スプリットμ制御ゲインによる舵角補正方向は舵角低μ側(−)となる。そして、操舵方向決定部114から出力された舵角低μ側(−)の信号が、スプリットμ補正ゲインマップ117に入力されると、図5の特性図に示すように、舵角低μ側(−)ではスプリットμ補正ゲインは“1”より大きな値となる。したがって、スプリットμ制御部113から出力されたスプリットμ制御信号に対して、“1”より大きいスプリットμ補正ゲインの舵角低μ側(−)信号が乗算器116dで乗算され、さらに、これらの信号が加算器116fでベースEPS制御部111から出力されたベースEPS制御信号に加算され、電動機4を制御することによって最適な舵角補正を行うことができる。
【0040】
このことについて、図8のスプリットμ路と舵角方向との関係を示す概念図を用いて説明する。図8(b)に示すように、スプリットμ路が左側高μ(−)であって、後輪舵角が右側(+)に傾いているときは、スプリットμ路が左側高μ(−)に起因する車両の偏向方向は矢印A2のように左方向であり、後輪舵角の方向が右側(+)に起因する車両の偏向方向は矢印B2のように左方向である。したがって、矢印A2と矢印B2は同方向であるので偏向方向は加算されるため、スプリットμ制御ゲインは“1”より大きな値で矢印C2のように舵角低μ側(−)に舵角補正を行えばよいことになる。
【0041】
次に、操舵方向決定部114に入力された路面左右μ差信号SGmの極性と後輪舵角信号SGbの極性とにより、図7に示すように、路面左右μ差(a)が右側高μ(+)で後輪舵角(b)の方向が左側(−)のときは、スプリットμ制御ゲインによる舵角補正方向は舵角低μ側(−)となる。そして、操舵方向決定部114から出力された舵角低μ側(−)の信号が、スプリットμ補正ゲインマップ117に入力されると、図5の特性図に示すように、舵角低μ側(−)ではスプリットμ補正ゲインは“1”より大きな値となる。したがって、スプリットμ制御部113から出力されたスプリットμ制御信号に対して、“1”より大きいスプリットμ補正ゲインの舵角低μ側(−)信号が乗算器116dで乗算され、さらに、これらの信号が加算器116fでベースEPS制御部111から出力されたベースEPS制御信号に加算され、電動機4を制御することによって最適な舵角補正を行うことができる。
【0042】
このことについて、図8のスプリットμ路と舵角方向との関係を示す概念図を用いて説明する。図8(c)に示すように、スプリットμ路が右側高μ(+)であって、後輪舵角が左側(−)に傾いているときは、スプリットμ路が右側高μ(+)に起因する車両の偏向方向は矢印A3のように右方向であり、後輪舵角の方向が左側(−)に起因する車両の偏向方向は矢印B3のように右方向である。したがって、矢印A3と矢印B3は同方向であるので偏向方向は加算されるため、スプリットμ制御ゲインは“1”より大きな値で矢印C3のように舵角低μ側(−)に舵角補正を行えばよいことになる。
【0043】
次に、操舵方向決定部114に入力された路面左右μ差信号SGmの極性と後輪舵角信号SGbの極性とにより、図7に示すように、路面左右μ差(a)が左側高μ(−)で後輪舵角(b)の方向が左側(−)のときは、スプリットμ制御ゲインによる舵角補正方向は舵角高μ側(+)となる。そして、操舵方向決定部114から出力された舵角高μ側(+)の信号が、スプリットμ補正ゲインマップ117に入力されると、図5の特性図に示すように、舵角高μ側(+)ではスプリットμ補正ゲインは“1”より小さな値となる。したがって、スプリットμ制御部113から出力されたスプリットμ制御信号に対して、“1”より小さいスプリットμ補正ゲインの舵角高μ側(+)信号が乗算器116dで乗算され、さらに、これらの信号が加算器116fでベースEPS制御部111から出力されたベースEPS制御信号に加算され、電動機4を制御することによって最適な舵角補正を行うことができる。
【0044】
このことについて、図8のスプリットμ路と舵角方向との関係を示す概念図を用いて説明する。図8(d)に示すように、スプリットμ路が左側高μ(−)であって、後輪舵角が左側(−)に傾いているときは、スプリットμ路が左側高μ(−)に起因する車両の偏向方向は矢印A4のように左方向であり、後輪舵角の方向が左側(−)に起因する車両の偏向方向は矢印B4のように右方向である。したがって、矢印A4と矢印B4は反対方向であるので偏向方向は自動的に補正されるため、スプリットμ制御ゲインは“1”より小さな値で矢印C4のように舵角高μ側(+)に舵角補正を行えばよいことになる。
【0045】
なお、請求項で述べる構成要素と図4の構成要素とを対比すると、請求項で述べる後輪トー角制御装置は後輪操舵装置120に相当し、請求項で述べるスプリットμ制御装置はスプリットμ制御部113に相当する。また、請求項で述べる故障挙動認識部と路面μ判定部は、操舵方向決定部114と舵角角度判定部115とによって実現される。
【0046】
(ヨーレート制御)
次に、ヨーレート制御信号にヨーレート制御補正ゲインを乗算する場合について説明する。図4において、後輪操舵装置120が故障して、後輪操舵装置故障フラグFが“1”になるとスイッチ119bがONする。このとき、後輪操舵装置120からの後輪舵角信号SGbが舵角角度判定部115へ入力される。そして、舵角角度判定部115が、入力された後輪舵角信号SGbは所定レベル以上のヨーモーメントを発生させる後輪舵角信号SGbであると判定すると、この後輪舵角信号SGbがヨーレート制御補正ゲインマップ118へ入力される。そして、ヨーレート制御補正ゲインマップ118は、図6に示すようなヨーレート制御補正ゲインの特性に基づいて、後輪舵角の大きさに応じて“1”より大きいヨーレート制御補正ゲインを出力する。
【0047】
そして、ヨーレート制御部112から出力されたヨーレート制御信号に対して、“1”より大きいヨーレート制御補正ゲインが乗算器116cで乗算され、さらに、これらの信号が加算器116fによってベースEPS制御信号に加算されて電動機4を制御する。このようにして、ヨーレート制御信号に対して、後輪舵角の大きさに対応したヨーレート制御補正ゲインが加算されることによって最適なヨーレート制御を行うことができる。
【0048】
《まとめ》
以上説明したように、本実施形態の車両ステアリング制御装置は、後輪操舵機能を有する車両であって、後輪操舵機能の故障時にスプリットμ路で制動を行ったときの走行方向の安定性を向上させるために、後輪操舵機能が故障したときに車両ステアリング制御装置の制御ゲインを可変させる。すなわち、EPSのスプリットμ制御ゲインを、後輪操舵機能の故障状態に応じて(つまり、後輪操舵機能の故障時に生じた後輪の舵角角度に応じて)可変させる。具体的には、後輪が低μ側に転舵されている状態で固定された場合は、スプリットμ制御ゲインを高くし、後輪が高μ側に転舵されている状態で固定された場合はスプリットμ制御ゲインを低くする。
【0049】
または、後輪操舵機能の故障時に生じた後輪の舵角角度に応じてヨーレート制御ゲインを可変させてもよい。具体的には、故障時に生じた後輪の舵角角度が大きいときにはEPSのヨーレート制御ゲインを高くする。なお、後輪操舵機能は、4WS及びアクティブトーコントロールを意味し、車両ステアリング制御装置は、EPS及びアクティブステアリングを意味する。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】本発明の実施形態に係る4輪車両の車両システムの概略構成図である。
【図2】図1の車両システムにおけるEPSの構成図である。
【図3】図1の車両システムにおける後輪操舵装置120の左後輪側のトー角変更装置120Lの構成図である。
【図4】本発明の実施形態に適用される車両ステアリング制御装置の制御系を示すシステム構成図である。
【図5】図4に示すスプリットμ補正ゲインマップ117が備えるスプリットμ補正ゲイン特性図である。
【図6】図4に示すヨーレート制御補正ゲインマップ118が備えるヨーレート制御補正ゲインの特性図である。
【図7】図4の操舵方向決定部114が備える操舵方向を決定するためのテーブルである。
【図8】図7のテーブルの理解を容易にするためのスプリットμ路と後輪舵角方向との関係を示す概念図である。
【符号の説明】
【0051】
1L,1R 前輪
2L,2R 後輪
3 操向ハンドル
4 電動機
30 アクチュエータ
37 トー角変更制御ECU
100 車両システム
110 EPS(前輪操舵装置)
111 ベースEPS制御部
112 ヨーレート制御部
113 スプリットμ制御部
114 操舵方向決定部
115 舵角角度判定部
116a,116b,116e,116f 加算器
116c,116d 乗算器
117 スプリットμ補正ゲインマップ
118 ヨーレート制御補正ゲインマップ
119a,119b スイッチ
120 後輪操舵装置
120L,120R トー角変更装置
130 操舵制御ECU
140 車両ステアリング制御装置
車速センサ
トルクセンサ
V 車両

【特許請求の範囲】
【請求項1】
左右後輪のトー角を独立して制御できる後輪トー角制御装置と、
左右車輪の路面μが異なっているスプリットμ路での制動時に、低μ側への操舵を補助するスプリットμ制御装置と、
前記後輪トー角制御装置による後輪操舵機能が故障している際に、その故障によって生じる車両の走行方向を認識する故障挙動認識部と、
左右車輪の路面μのいずれが高いかを判定する路面μ判定部とを備え、
前記車両が前記スプリットμ路で制動されるとき、
前記故障挙動認識部は、前記故障によって生じる走行方向を改善するように、前記スプリットμ制御装置によるスプリットμ制御ゲインを可変させる
ことを特徴する車両ステアリング制御装置。
【請求項2】
前記故障挙動認識部は、
前記車両の走行方向が低μ側に向き易いと認識している場合は、前記スプリットμ制御装置によるスプリットμ制御ゲインを低下させ、
前記車両の走行方向が高μ側に向き易いと認識している場合は、前記スプリットμ制御装置による前記スプリットμ制御ゲインを上昇させる
ことを特徴する請求項1に記載の車両ステアリング制御装置。
【請求項3】
前記故障挙動認識部は、
前記左右後輪のトー角が前記スプリットμ路の高μ側に転舵しているときは前記スプリットμ制御装置によるスプリットμ制御ゲインを低下させ、
前記左右後輪のトー角が前記スプリットμ路の低μ側に転舵しているときは前記スプリットμ制御装置によるスプリットμ制御ゲインを上昇させる
ことを特徴する請求項1又は請求項2に記載の車両ステアリング制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−111285(P2010−111285A)
【公開日】平成22年5月20日(2010.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−285624(P2008−285624)
【出願日】平成20年11月6日(2008.11.6)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】