説明

車両自動走行制御装置

【課題】実加速度が目標加速度に対して良好に追従しながら、車両を自動走行させることができる車両自動走行制御装置の提供。
【解決手段】フィードフォワード演算値及びフィードバック演算値の各演算値から目標要求トルクを求める目標要求トルク演算手段31と、その求めた目標要求トルクに基づいて車両を自動走行させるとともに、車両の何れかの車輪がスリップしたときに車輪のスリップを抑制するスリップ抑制制御を実行する自動走行制御手段Dとを備え、目標要求トルク演算手段31は、自動走行制御手段Dによってスリップ抑制制御が実行された場合、目標加速度と実加速度との偏差に基づくフィードバック演算値を保持し、その保持したフィードバック演算値及びフィードフォワード演算値の各演算値から目標要求トルクを求める。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、目標加速度に基づくフィードフォワード演算値及び目標加速度と実加速度との偏差に基づくフィードバック演算値による各演算値から目標要求トルクを求める目標要求トルク演算手段と、前記求めた目標要求トルクに基づいて車両を自動走行させる自動走行制御手段とを備えた車両自動走行制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
上記のような車両自動走行制御装置では、フィードフォワード演算により目標加速度に基づいてフィードフォワード演算値を求め、フィードバック演算により目標加速度と実加速度との偏差に基づいてフィードバック演算値を求める。そして、フィードフォワード演算値及びフィードバック演算値の各演算値から目標要求トルクを求め、その求めた目標要求トルクを車両に与える動作をリアルタイムで繰り返し行うことにより、車両を自動走行させている。ここで、目標要求トルクとは、減速するときに車輪に付与する制動トルクや加速するときに駆動輪に付与する駆動トルクをいう。
【0003】
自動走行制御においては、例えば、摩擦係数が低い路面を自動走行させるときに、目標加速度が大きくなると目標要求トルクが過大になってしまい車輪がスリップすることがある。そこで、自動走行制御手段がスリップ抑制制御を行い、スリップ抑制トルクを車両に与える。スリップ抑制制御としては、車両の減速中に車輪のスリップを抑制するABS制御や、車両の加速中に車輪のスリップを抑制するトラクション制御がある。
【0004】
自動走行中に、スリップ抑制制御を行うに当り、車両に対して、目標要求トルクよりもスリップ抑制トルクを優先して与える。例えば、ブレーキ回路において、ABS制御によりスリップ抑制トルクを与える箇所を目標要求トルクを与える箇所よりも下流側に配置することにより、スリップ抑制トルクを優先して車両に付与する。
【0005】
このように、スリップ抑制制御の実行中には、目標要求トルクが車両に与えられず、実加速度が目標加速度に追従できなくなる。その為に、目標加速度と実加速度との間に大きな偏差が生じて、フィードバック演算値が過大になる。一方、車輪のスリップが生じなくなりスリップ抑制制御が終了すると、フィードフォワード演算値及びフィードバック演算値の各演算値から求めた目標要求トルクを車両に与える。したがって、スリップ抑制制御の実行中にフィードフォワード演算値及びフィードバック演算値の各演算値から目標要求トルクを求めると、スリップ抑制制御が終了したときに過大な目標要求トルクが車両に付与されることになり、急加速や急減速を生じて車両の走行状態が不安定になる。
【0006】
そこで、従来の車両自動走行制御装置では、スリップ抑制制御として例えばABS制御が実行されると、目標要求トルク演算手段が、目標要求トルクを一定に保持するものがある。この技術によれば、スリップ抑制制御が終了したときには、一定に保持した目標要求トルクが車両に与えられるので、過大な目標要求トルクが車両に付与されることがなく、車両の走行状態が不安定になるのを防止できる(例えば、特許文献1参照。)。
【0007】
【特許文献1】特開平6−1229号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
図10は、従来の車両自動走行制御装置における、目標加速度、実加速度、ABS制御のON/OFF、及び、目標要求トルクの夫々を示している。
ABS制御が実行されると、車輪のスリップを抑制するための要求トルクが車両に与えられるので、実加速度は、その路面において車輪のスリップを生じない一定の加速度となる。その為に、ABS制御が実行されると、実加速度が目標加速度に追従できなくなる。
ABS制御の実行中は、目標加速度の変化に関わらず、目標要求トルクは一定に保持されている。その為に、目標加速度が小さくなる側に変化してABS制御が実行されないような小さな加速度となっても、目標要求トルクが一定に保持されている。したがって、一旦、ABS制御が実行されると、そのABS制御をなかなか終了できず、実加速度が目標加速度に追従できない状態が継続されてしまう。
また、例えば、路面の摩擦係数が変化する等の外乱により車輪のスリップが抑制されることによってABS制御が終了されたとしても、実加速度と目標加速度との間には大きな偏差が生じており、実加速度が目標加速度に追従できるまでに時間がかかることになる。
【0009】
本発明は、かかる点に着目してなされたものであり、その目的は、実加速度が目標加速度に良好に追従しながら、車両を自動走行させることができる車両自動走行制御装置を提供する点にある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
この目的を達成するために、本発明に係る車両自動走行制御装置の特徴構成は、目標加速度に基づくフィードフォワード演算値及び目標加速度と実加速度との偏差に基づくフィードバック演算値による各演算値から目標要求トルクを求める目標要求トルク演算手段と、前記求めた目標要求トルクに基づいて車両を自動走行させるとともに、該車両の何れかの車輪がスリップしたときに当該車輪のスリップを抑制するスリップ抑制制御を実行する自動走行制御手段と、を備える車両自動走行制御装置であって、前記目標要求トルク演算手段は、前記自動走行制御手段によって前記スリップ抑制制御が実行された場合、前記目標加速度と実加速度との偏差に基づくフィードバック演算値を保持し、該保持したフィードバック演算値及び前記フィードフォワード演算値による各演算値から前記目標要求トルクを求める点にある。
【0011】
本構成の装置では、スリップ抑制制御の実行中に、フィードバック演算値を保持し、その保持したフィードバック演算値及びフィードフォワード演算値による各演算値から目標要求トルクを求め、目標要求トルクを目標加速度に応じて変化させる。例えば、目標加速度が小さくなると、目標要求トルクも小さくなる。したがって、目標要求トルク自体が車輪にスリップを生じない程度に小さくなって、スリップ抑制制御を終了させることができる。このように、本構成の装置であれば、スリップ抑制制御を早期に終了させ、実加速度が目標加速度に追従できない状態から抜け出し易くできる。また、スリップ抑制制御が終了するときには、保持したフィードバック演算値及びフィードフォワード演算値による各演算値から求めた目標要求トルクを車両に与えることができる。したがって、スリップ抑制制御が終了するときに、実加速度と目標加速度との偏差を小さくすることができ、短時間で実加速度を目標加速度に一致させることができる。
以上の構成を有する結果、本構成の制御装置は、実加速度が目標加速度に対して良好に追従し、安定した車両の自動走行を実現することができる。
【0012】
本発明に係る車両自動走行制御装置の更なる特徴構成は、前記自動走行制御手段は、前記スリップ抑制制御として、車両の減速中における車輪のスリップを抑制し、前記目標要求トルク演算手段は、前記目標要求トルクとして、車輪に付与する制動トルクを求める点にある。
【0013】
本構成によれば、目標要求トルクとしての制動トルクを車輪に付与することによって、車両の自動走行に際して、減速時の車輪のスリップを抑制できる。しかも、車両を減速させるときに、実加速度が目標加速度に対して良好に追従しながら、車両を自動走行させることができる。
【0014】
本発明に係る車両自動走行制御装置の更なる特徴構成は、前記自動走行制御手段は、前記スリップ抑制制御として、車両の加速中における駆動輪のスリップを抑制し、前記目標要求トルク演算手段は、前記目標要求トルクとして、駆動輪に付与する駆動トルクを求める点にある。
【0015】
本構成によれば、目標要求トルクとしての駆動トルクを駆動輪に付与することによって、車両の自動走行に際して、加速時の車輪のスリップを抑制できる。しかも、車両を加速させるときに、実加速度が目標加速度に対して良好に追従しながら、車両を自動走行させることができる。
【0016】
本発明に係る車両自動走行制御装置の更なる特徴構成は、前記目標要求トルク演算手段は、前記自動走行制御手段による前記スリップ抑制制御が終了すると、前記保持されたフィードバック演算値に基づいてフィードバック演算を再開する点にある。
【0017】
本構成によれば、自動走行制御手段によるスリップ抑制制御が終了すると、保持されたフィードバック演算値及びフィードフォワード演算値による各演算値から求めた目標要求トルクを車両に与えることができる。このように、目標要求トルク演算手段が、保持されたフィードバック演算値に基づいてフィードバック演算を再開することによって、外乱等により実加速度が変化しても、その外乱等による変化も考慮した状態で目標要求トルクを求めることができる。したがって、自動走行させるために必要となるトルクを的確に与えることができ、安定した自動走行を行える。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明に係る車両自動走行制御装置の実施形態について説明する。
<本発明の概要>
本発明に係る車両自動走行制御装置は、フィードフォワード演算値及びフィードバック演算値の各演算値から求めた目標要求トルクを車両に与える動作をリアルタイムで繰り返し行うことにより、車両を自動走行させる自動走行制御を行う。この自動走行制御において、車輪のスリップを抑制するスリップ抑制制御を実行したときに、フィードバック演算値を保持し、保持したフィードバック演算値及びフィードフォワード演算値の各演算値から目標要求トルクを求め、目標要求トルクを目標加速度に応じて変化させておくことにより、実加速度の目標加速度に対する追従を良好にするようにしている。
【0019】
以下、本発明に係る車両自動走行制御装置を備えた車両について説明する。
<車両の概略構成>
図1に示すように、車両1は、4つの車輪FR,FL,RR,RL、エンジン2、変速装置3、デファレンシャル装置4、電子制御ユニット5及び油圧ブレーキ装置6を備えている。本発明に係る車両自動走行制御装置は、電子制御ユニット5に相当する。
この車両1は、エンジン2の出力を変速装置3及びデファレンシャル装置4を介して右後輪RR及び左後輪RLに伝達する後輪駆動方式に構成している。車両1の駆動方式については、後輪駆動方式を例示したが、右前輪FR及び左前輪FLを駆動する前輪駆動方式や、4輪の夫々を駆動する4輪駆動方式とすることもできる。
【0020】
車両1には、各車輪の速度を検出する車輪速度センサ7を設けている。車輪速度センサ7は、右前輪FRに対応する車輪速度センサ7FR、左前輪FLに対応する車輪速度センサ7FL、右後輪RRに対応する車輪速度センサ7RR、左後輪RLに対応する車輪速度センサ7RLから構成してあり、各車輪速度センサ7にて各車輪の速度を各別に検出している。また、車両1には、先行車との車間距離等を検出するためのレーダセンサRを設けている。
【0021】
<油圧ブレーキ装置の構成>
図2に基づき油圧ブレーキ装置6について説明する。
油圧ブレーキ装置6は、運転者のブレーキ操作力に応じてマスタシリンダ液圧を発生するマスタシリンダ8と、マスタシリンダ液圧を各車輪FR,FL,RR,RLのホイールシリンダ9に付与する液圧回路10とを有している。ホイールシリンダ9FR,9FL,9RR,9RLは、各車輪に設けている。
【0022】
マスタシリンダ8は、図示しない2つの液圧室を設けたタンデム型のシリンダである。このマスタシリンダ8は、ブレーキ操作力を図示しない倍力装置にて増幅した力によりマスタシリンダ液圧を発生する。また、マスタシリンダ8にブレーキ液を供給したり、マスタシリンダ8の余剰のブレーキ液を貯留する図示しないマスタリザーバを設けている。
【0023】
液圧回路10は、マスタシリンダ8の一方の液圧室と右後輪RRのホイールシリンダ9RR及び左後輪RLのホイールシリンダ9RLとを連通する第1液圧回路10aと、マスタシリンダ8の他方の液圧室と右前輪FRのホイールシリンダ9FR及び左前輪FLのホイールシリンダ9FLとを連通する第2液圧回路10bとから構成している。
【0024】
第1液圧回路10aには、連通状態を変更可能なリニア制御弁11aが設けられている。リニア制御弁11aに対して並列に、マスタシリンダ8側からホイールシリンダ9側へのブレーキ液の流れを許容し且つ逆方向の流れを禁止するマスタ用逆止弁12aを設けている。マスタ用逆止弁12aは、リニア制御弁11aが遮断状態であっても、マスタシリンダ8側からホイールシリンダ9側へのブレーキ液の流れを許容してマスタシリンダ液圧をホイールシリンダ9に付与するようにしている。
【0025】
第1液圧回路10aは、リニア制御弁11aよりもホイールシリンダ9側が第1分岐路13aと第2分岐路14aとに分岐され、第1分岐路13a及び第2分岐路14aの夫々がホイールシリンダ9RR,9RLの夫々に接続されている。第1分岐路13aには、連通位置と遮断位置との2位置に切換自在で第1常開制御弁15aを設けている。第1常開制御弁15aに対して並列に、ホイールシリンダ9側からマスタシリンダ8側へのブレーキ液の流れを許容し且つ逆方向の流れを禁止する第1逆止弁16aを設けている。第2分岐路14aには、第1分岐路13aと同様に、第2常開制御弁17aと第2逆止弁18aとを設けている。
【0026】
第1分岐路13aの第1常開制御弁15aよりもホイールシリンダ9側から分岐された流路部分と、第2分岐路14aの第2常開制御弁17aよりもホイールシリンダ9側から分岐された流路部分とは、分岐合流路19aで合流する。分岐合流路19aにおいて第1分岐路13aから分岐された流路部分には、連通位置と遮断位置との2位置に切換自在な第1常閉制御弁20aを設けている。また、第2分岐路14aから分岐された流路部分にも、連通位置と遮断位置との2位置に切換自在な第2常閉制御弁21aを設けている。分岐合流路19aの合流部分には、液圧ポンプ22a、第3逆止弁23a、ダンパ24aを順に設け、第1液圧回路10aにおけるリニア制御弁11aと第1常開制御弁15a及び第2常開制御弁17aとの間に接続している。液圧ポンプ22aは、モータ25により回転駆動されて、ブレーキ液を所定の圧力に加圧して吐出するように構成している。分岐合流路19aにおいて、第1常閉制御弁20a及び第2常閉制御弁21aと液圧ポンプ22aとの間にはリザーバ26aを設けている。リザーバ26aは、第1液圧回路10aにおけるマスタシリンダ8とリニア制御弁11aとの間に接続している。
【0027】
以上、液圧回路10における第1液圧回路10aの構成について説明したが、第1液圧回路10aと第2液圧回路10bとは同様の構成としており、第2液圧回路10bにも、第1液圧回路10aと同様の部材を設けている。つまり、第2液圧回路10bにも、リニア制御弁11b、第1常開制御弁15b、第2常開制御弁17b、第1常閉制御弁20b、第2常閉制御弁21b、液圧ポンプ22b等の各部材を設けている。同一の部材については、第1液圧回路10aに設けた部材に対して算用数字の後に「a」を付しており、第2液圧回路10bに設けた部材に対して算用数字の後に「b」を付している。
以下、第1液圧回路10aに設けた部材と第2液圧回路10bに設けた部材との両方を示す場合には、算用数字の後の「a」及び「b」を省略して説明する。
【0028】
モータ25については、単一のモータ25により第1液圧回路10aに設けた液圧ポンプ22aと第2液圧回路10bに設けた液圧ポンプ22bとを回転駆動するように構成している。
マスタシリンダ液圧を検出する液圧センサ27を設けている。この実施形態では、液圧センサ27を第1液圧回路10aに設けているが、第2液圧回路10bに設けることもできる。
【0029】
<車両の制御構成>
図3に基づき車両の制御構成について説明する。
電子制御ユニット5は、CPU、ROM、RAM、入出力部を備えたマイクロコンピュータにて構成している。電子制御ユニット5には、各車輪速度センサ7、レーダセンサR及び液圧センサ27等の各種のセンサの検出信号が入力されるように構成している。電子制御ユニット5は、エンジン2の作動を制御するエンジン制御手段28、及び、油圧ブレーキ装置6の作動を制御するブレーキ制御手段29を備えている。エンジン制御手段28は、運転者のアクセル操作等により求められる駆動トルクを出力するためのスロットル開度や燃料噴射量等を求めて、エンジン2に備えたスロットル制御装置2a及び燃料噴射装置2bの作動を制御する。スロットル制御装置2aは、エンジン2のスロットル開度を制御する。燃料噴射装置2bは、エンジン2の燃料噴射量を制御する。
【0030】
ブレーキ制御手段29は、運転者のブレーキ操作に拘わらず、各車輪に制動トルクを付与するように油圧ブレーキ装置6の作動を自動的に制御する。ブレーキ制御手段29は、リニア制御弁11、第1常開制御弁15、第2常開制御弁17、第1常閉制御弁20、第2常閉制御弁21、モータ25の夫々の作動を制御することにより、各車輪に各別に制動トルクを付与自在に構成している。
【0031】
例えば、図2に戻り、右後輪RRに制動トルクを付与する場合について説明する。
ホイールシリンダ圧力を増圧するときには、ブレーキ制御手段29が、モータ25を作動させるとともに、リニア制御弁11aを遮断状態とし、第1常開制御弁15aを連通位置とし且つ第1常閉制御弁20aを遮断位置とする。ホイールシリンダ圧力を保持するときには、ブレーキ制御手段29が、リニア制御弁11aを遮断状態とし、第1常開制御弁15aを遮断位置に切り換え且つ第1常閉制御弁20aを遮断位置とする。ホイールシリンダ圧力を減圧するときには、ブレーキ制御手段29が、リニア制御弁11aを遮断状態とし、第1常開制御弁15aを遮断位置に切り換え且つ第1常閉制御弁20aを連通位置に切り換える。
【0032】
<ABS制御>
ブレーキ制御手段29は、車両1の減速中における車輪のスリップを抑制するABS制御を行う。ブレーキ制御手段29は、モータ25の作動により液圧ポンプ22を作動させ且つリニア制御弁11を遮断状態とした状態で、第1常開制御弁15又は第2常開制御弁17及び第1常閉制御弁20又は第2常閉制御弁21の作動を制御して、ホイールシリンダ圧力を増圧、減圧及び保持の夫々に切り換えることにより、車輪に付与する制動トルクを制御する。このように、ブレーキ制御手段29は、減速スリップしている車輪に付与する制動トルクを制御して、車輪のスリップを抑制するためのスリップ抑制トルクを車両1に与えて減速スリップを抑制する。
ブレーキ制御手段29は、車輪速度センサ7による車輪速度と車体速度とを比較して、車輪の減速スリップ率が減速スリップ用設定値よりも大きいと、車輪が減速スリップしていると判別して、ABS制御を実行する。ブレーキ制御手段29は、車輪速度センサ7による車輪速度と車体速度とを比較して、車輪の減速スリップ率がABS終了用設定値よりも小さくなると、ABS制御を終了する。
【0033】
<トラクション制御>
エンジン制御手段28は、車両1の加速中における車輪のスリップを抑制するトラクション制御を行う。エンジン制御手段28は、車両1を走行させるために要求されている駆動トルクから駆動トルクダウン量を減算してエンジン2が出力する駆動トルクを演算する駆動トルクダウン演算を行い、その駆動トルクダウン演算にて演算した駆動トルクを出力するようにエンジン2の作動を制御する。このように、エンジン制御手段28は、エンジン2の出力を駆動トルクダウン量だけ低減して、車輪のスリップを抑制するためのスリップ抑制トルクを車両1に与えて加速スリップを抑制する。駆動トルクダウン量については、エンジン制御手段9が、加速スリップしている駆動輪の車輪速度がトラクション制御目標速度になるように、加速スリップしている駆動輪の車輪速度とトラクション制御目標速度との差に応じて駆動トルクダウン量を演算する。
エンジン制御手段28は、車輪速度センサ7による車輪速度と車体速度とを比較して、駆動輪の加速スリップ率が加速スリップ用設定値よりも大きいと、駆動輪が加速スリップしていると判別して、トラクション制御を実行する。エンジン制御手段28は、車輪速度センサ7による車輪速度と車体速度とを比較して、駆動輪の加速スリップ率がトラクション制御終了用設定値よりも小さくなると、トラクション制御を終了する。
【0034】
<自動走行制御>
車両1を自動走行させる自動走行制御について説明する。
例えば、運転者がアクセル操作を行わなくても、設定した車体速度に維持しながら走行するクルーズコントロール制御や、運転者がアクセル操作やブレーキ操作を行わなくても、先行車との車間距離を一定距離に維持しながら走行するACC制御等の自動走行制御を電子制御ユニット5が行うことにより、車両1を自動走行させるようにしている。
【0035】
図4に示すように、自動走行制御を行うために、電子制御ユニット5は、目標加速度演算手段30、目標要求トルク演算手段31、制御量配分装置34を備えている。
目標加速度演算手段30は、クルーズコントロール制御においては、設定した車体速度を維持するように、現在の車体速度と設定した車体速度との差に基づいて目標加速度を求める。車体速度については、例えば、4つの車輪速度センサ7の夫々にて検出した車輪速度の平均速度を車体速度として求めることができる。
目標加速度演算手段30は、ACC制御においては、先行車との車間距離を一定距離に維持するように、先行車との車間距離及び先行車との相対速度等に基づいて目標加速度を求める。先行車との車間距離については、レーダセンサRの検出信号から求めることができる。先行車との相対速度は、先行車との車間距離を時間で微分することにより求めることができる。
【0036】
目標要求トルク演算手段31は、目標加速度と実加速度との偏差に基づいて目標要求トルクを求めるフィードバック演算を行うフィードバック演算手段33、及び、目標加速度に応じて目標要求トルクを求めるフィードフォワード演算を行うフィードフォワード演算手段32を備えている。制御量配分装置34、エンジン制御手段28、及び、ブレーキ制御手段29から自動走行制御手段Dが構成されている。
【0037】
目標加速度演算手段30は、自動走行させるための目標加速度を求めて目標要求トルク演算手段31に出力する。目標要求トルク演算手段31は、フィードバック演算手段33にて求めたフィードバック演算値とフィードフォワード演算手段32にて求めたフィードフォワード演算値との各演算値から目標要求トルクを求め、その求めた目標要求トルクを制御量配分装置34に出力する。制御量配分装置34は、目標要求トルクに基づいて、エンジン制御手段28に与える目標要求駆動トルクとブレーキ制御手段29に与える目標要求制動トルクに配分して出力する。例えば、車両1を加速させるときには、制御量配分装置34は、目標要求トルクに応じた目標要求駆動トルクをエンジン制御手段28に出力する。また、例えば、車両1を減速させるときには、制御量配分装置34は、目標要求トルクを目標要求駆動トルクと目標要求制動トルクとに配分してエンジン制御手段28及びブレーキ制御手段29の夫々に出力する。
【0038】
このようにして、自動走行制御中には、車両1に対して目標要求トルクをリアルタイムで繰り返し与えることにより、目標要求駆動トルクを出力するようにエンジン2の作動を制御したり、目標要求制動トルクを車輪に付与するように油圧ブレーキ装置6の作動を制御することにより、車両1を自動走行させるようにしている。
【0039】
この自動走行中に、ブレーキ制御手段29が車輪の減速スリップを判別するとABS制御を行い、エンジン制御手段28が駆動輪の加速スリップを判別するとトラクション制御を行う。このようにして、スリップ抑制制御として、ABS制御又はトラクション制御を行う。
ABS制御やトラクション制御では、車輪のスリップを抑制するためのスリップ抑制トルクを車両1に付与する。このとき、自動走行させているときでも車輪のスリップを抑制するために、車両に対して、目標要求トルクよりもスリップ抑制トルクを優先して与える。例えば、油圧ブレーキ装置2の液圧回路10では、ホイールシリンダ13に対して、第1常開制御弁15又は第2常開制御弁17及び第1常閉制御弁20又は第2常閉制御弁21の配設箇所を、液圧ポンプ22及びリニア制御弁11の配設箇所よりも近い側に配置している。このように、目標要求トルクよりもスリップ抑制トルクを優先してホイールシリンダ13に与えている。
【0040】
目標要求トルク演算手段31は、ABS制御又はトラクション制御のスリップ抑制制御が実行された場合、フィードバック演算手段33によるフィードバック演算値を保持し、その保持したフィードバック演算値及びフィードフォワード演算手段32によるフィードフォワード演算値の各演算値から目標要求トルクを求める。つまり、目標要求トルク演算手段31は、スリップ抑制制御の実行中に、保持したフィードバック演算値とフィードフォワード演算値との合計値を目標要求トルクとして求める。
目標要求トルク演算手段31は、スリップ抑制制御が終了すると、保持したフィードバック演算値に基づいてフィードバック演算を再開する。つまり、目標要求トルク演算手段31は、スリップ抑制制御が終了した時点では、保持したフィードバック演算値とフィードフォワード演算値との合計値を目標要求トルクとして求め、その後は、再開されたフィードバック演算によるフィードバック演算値とフィードフォワード演算値との合計値を目標要求トルクとして求める。
【0041】
図5は、自動走行の減速中にABS制御が行われたときの、目標加速度、実加速度、ABS制御のON/OFF、及び、目標要求トルクの夫々を示している。
ABS制御が実行されるまでは、フィードバック演算手段33にて求めたフィードバック演算値とフィードフォワード演算手段32にて求めたフィードフォワード演算値との合計値が目標要求トルクとして車両1に与えられる。ABS制御が実行されると、目標要求トルクに優先してスリップ抑制トルクが車両1に与えられる。このとき、目標要求トルク演算手段31が、フィードバック演算値を保持し、その保持したフィードバック演算値及びフィードフォワード演算値の各演算値から目標要求トルクを求めておくことにより、目標要求トルクを目標加速度に応じて変化させる。したがって、目標加速度が小さくなると、目標要求トルクも小さくなる。この結果、現実に車両1に与えられるトルクが減速スリップを生じさせない値に減少し、ABS制御を速やかに終了させることができる。しかも、ABS制御が終了するときには、目標加速度に応じて変化させている目標要求トルクを車両1に与えることができる。したがって、ABS制御が終了するときに、実加速度と目標加速度との偏差を小さくすることができ、短時間で実加速度が目標加速度に追従できる。
【0042】
例えば、目標要求トルクは、以下のように求めることができる。
フィードバック演算手段33は、下記〔数1〕を用いてPID演算における各項を求め、下記〔数2〕を用いてフィードバック演算値を求める。
〔数1〕
P(n)=a1−a2
I(n)=I(n−1)+P(n)×Δt
D(n)=(P(n)−P(n−1))/Δt
ただし、P(n)が比例項であり、a1が目標加速度であり、a2が実加速度であり、I(n)が積分項であり、Δtがn回目からn+1回目までの経過時間であり、D(n)が微分項である。
〔数2〕
T1=Kp×P(n)+Ki×I(n)+Kd×D(n)
ただし、T1がフィードバック演算値として求めるトルクであり、Kpが比例ゲインであり、Kiが積分ゲインであり、Kdが微分ゲインである。
【0043】
フィードフォワード演算手段32は、下記〔数3〕を用いてフィードフォワード演算値を求める。
〔数3〕
T2=(M×a1)×r
ただし、T2がフィードフォワード演算値として求めるトルクであり、Mが車両重量であり、a1が目標加速度であり、rが車輪の径である。
【0044】
図5では、目標要求トルクが目標加速度に応じて変化することによりABS制御が終了した場合を示したが、図6は、例えば、路面の摩擦係数が変化することによりABS制御が終了した場合を示している。図6も、図5と同様に、目標加速度、実加速度、ABS制御のON/OFF、及び、目標要求トルクの夫々を示している。
【0045】
この場合も、ABS制御の実行中に、保持したフィードバック演算値及びフィードフォワード演算値の各演算値から目標要求トルクを求め、目標要求トルクを目標加速度に応じて変化させている。したがって、ABS制御が終了するときには、目標加速度に応じて変化させている目標要求トルクを車両1に与えることができるので、実加速度と目標加速度との偏差を小さくでき、短時間で実加速度が目標加速度に追従できる。
【0046】
図5及び図6では、自動走行の減速中にABS制御が行われた場合を示したが、図7では、自動走行の加速中にトラクション制御が行われた場合を示している。図7も、図5と同様に、目標加速度、実加速度、トラクション制御のON/OFF、及び、目標要求トルクの夫々を示している。
トラクション制御が実行されると、目標要求トルク演算手段31が、保持したフィードバック演算値及びフィードフォワード演算値の各演算値から目標要求トルク演算する。目標加速度が小さくなるに伴って目標要求トルクも小さくなり、この結果、現実に車両1に与えられるトルクが加速スリップを生じさせない値に減少し、トラクション制御を速やかに終了させることができる。トラクション制御が終了するときには、保持したフィードバック演算値及びフィードフォワード演算値の各演算値から求めた目標要求トルクを車両1に与えることができる。このようにして、ABS制御を行うときだけでなく、トラクション制御を行うときにも、実加速度が目標加速度に対して良好に追従し、安定した車両の自動走行を行える。
【0047】
自動走行制御での目標要求トルク演算手段31における動作について、図8のフローチャートに基づいて説明する。自動走行制御では、目標加速度演算手段30にて目標加速度を求める動作と、図8のフローチャートにて示す目標要求トルク演算手段31における動作とを設定周期で繰り返し行っている。
【0048】
フィードフォワード演算手段32は、フィードフォワード演算によりフィードフォワード演算値を求める(#1)。目標要求トルク演算手段31は、車両状態判定を行い、その車両状態判定によってフィードバック保持要求がOFFにされていると、フィードバック演算手段33はフィードバック演算によりフィードバック演算値を求める(#2〜4)。車両状態判定によってフィードバック保持要求がONされていると、フィードバック演算手段33は、フィードバック演算において比例項及び微分項をゼロとし且つ積分項を前回の値としてフィードバック演算値を保持するフィードバック保持を行う(#5)。目標要求トルク演算手段31は、フィードフォワード演算値とフィードバック演算値との合計値を目標要求トルクとして求める(#6)。このとき、#4にてフィードバック演算を行っていると、そのフィードバック演算によるフィードバック演算値及びフィードフォワード演算値の合計値を目標要求トルクとする。#5にてフィードバック保持を行っていると、その保持したフィードバック演算値及びフィードフォワード演算値の合計値を目標要求トルクとする。
【0049】
車両状態判定によるフィードバック保持要求のON/OFFについて図9のフローチャートに基づいて説明する。
目標要求トルク演算手段31は、ABS制御中であるか、又は、減速スリップ率が減速スリップ用設定値Th1よりも大きくなっていると、フィードバック保持要求をONとする(#11〜13)。減速スリップ率が減速スリップ用設定値Th1よりも大きくなると、ABS制御が実行されるので、減速スリップ率が減速スリップ用設定値Th1よりも大きくなったときは、現にABS制御を実行しようとしているときである。
目標要求トルク演算手段31は、トラクション制御中であるか、又は、加速スリップ率が加速スリップ用設定値Th2よりも大きくなっていると、フィードバック保持要求をONとする(#14,15,12)。加速スリップ率が加速スリップ用設定値Th2よりも大きくなると、トラクション制御が実行されるので、加速スリップ率が加速スリップ用設定値Th2よりも大きくなったときは、現にトラクション制御を実行しようとしているときである。
目標要求トルク演算手段31は、ABS制御中ではなく、減速スリップ率が減速スリップ用設定値未満であり、トラクション制御中ではなく、加速スリップ率が加速スリップ用設定値未満であると、フィードバック保持要求をOFFとする(#16)。
【0050】
〔別実施形態〕
(1)上記実施形態において、例えば、目標加速度に係数を掛けた加速度に実加速度がなるように目標要求トルクを求めることができる。また、フィードフォワード演算値及びフィードバック演算値の各演算値から求めた目標要求トルクが設定値以下であると、その求めた目標要求トルクをそのまま目標要求トルクとし、フィードフォワード演算値及びフィードバック演算値の各演算値から求めた目標要求トルクが設定値よりも大きくなるときには、その設定値を目標要求トルクとすることもできる。
【0051】
(2)上記実施形態では、スリップ抑制制御として、ABS制御及びトラクション制御の両制御を行うようにしているが、スリップ抑制制御として、ABS制御及びトラクション制御の何れか一方のみを行うこともできる。
【0052】
(3)上記実施形態において、例えば、第1液圧回路10aにて右前輪FR及び左後輪RLに設けたホイールシリンダ9FR,9RLにマスタシリンダ液圧を付与し、第2液圧回路10bにて左前輪FL及び右後輪RRに設けたホイールシリンダ9FL,9RRにマスタシリンダ液圧を付与するように、液圧回路10を構成することもできる。つまり、液圧回路10にてマスタシリンダ液圧をどのホイールシリンダに付与するように構成するかは適宜変更が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明は、フィードフォワード演算値及びフィードバック演算値による各演算値から目標要求トルクを求める目標要求トルク演算手段と、その求めた目標要求トルクに基づいて車両を自動走行させる自動走行制御手段とを備え、目標要求トルク演算手段は、自動走行制御手段によって車両の何れかの車輪がスリップしたときに車輪のスリップを抑制するスリップ抑制制御が実行された場合に、実加速度が目標加速度に対して良好に追従しながら、車両を自動走行させることができる各種の車両自動走行制御装置に適応可能である。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】車両の概略構成図
【図2】油圧ブレーキ装置の構成図
【図3】車両の制御ブロック図
【図4】電子制御ユニットの詳細ブロック図
【図5】自動走行の減速中にABS制御が行われたときの、加速度、ABS制御のON/OFF、及び、目標要求トルクの夫々を示すタイミングチャート
【図6】自動走行の減速中にABS制御が行われたときの、加速度、ABS制御のON/OFF、及び、目標要求トルクの夫々を示すタイミングチャート
【図7】自動走行の加速中にトラクション制御が行われたときの、加速度、トラクション制御のON/OFF、及び、目標要求トルクの夫々を示すタイミングチャート
【図8】目標要求トルクを演算する動作を示すフローチャート
【図9】車両状態判定における動作を示すフローチャート
【図10】従来の車両自動走行制御装置における自動走行の減速中にABS制御が行われたときの、加速度、ABS制御のON/OFF、及び、目標要求トルクの夫々を示すタイミングチャート
【符号の説明】
【0055】
31 目標要求トルク演算手段
D 自動走行制御手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
目標加速度に基づくフィードフォワード演算値及び目標加速度と実加速度との偏差に基づくフィードバック演算値による各演算値から目標要求トルクを求める目標要求トルク演算手段と、
前記求めた目標要求トルクに基づいて車両を自動走行させるとともに、該車両の何れかの車輪がスリップしたときに当該車輪のスリップを抑制するスリップ抑制制御を実行する自動走行制御手段と、を備える車両自動走行制御装置であって、
前記目標要求トルク演算手段は、前記自動走行制御手段によって前記スリップ抑制制御が実行された場合、前記目標加速度と実加速度との偏差に基づくフィードバック演算値を保持し、該保持したフィードバック演算値及び前記フィードフォワード演算値による各演算値から前記目標要求トルクを求める車両自動走行制御装置。
【請求項2】
前記自動走行制御手段は、前記スリップ抑制制御として、車両の減速中における車輪のスリップを抑制し、
前記目標要求トルク演算手段は、前記目標要求トルクとして、車輪に付与する制動トルクを求める請求項1に記載の車両自動走行制御装置。
【請求項3】
前記自動走行制御手段は、前記スリップ抑制制御として、車両の加速中における駆動輪のスリップを抑制し、
前記目標要求トルク演算手段は、前記目標要求トルクとして、駆動輪に付与する駆動トルクを求める請求項1に記載の車両自動走行制御装置。
【請求項4】
前記目標要求トルク演算手段は、前記自動走行制御手段による前記スリップ抑制制御が終了すると、前記保持されたフィードバック演算値に基づいてフィードバック演算を再開する請求項1〜3の何れか1項に記載の車両自動走行制御装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate


【公開番号】特開2009−67358(P2009−67358A)
【公開日】平成21年4月2日(2009.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−240892(P2007−240892)
【出願日】平成19年9月18日(2007.9.18)
【出願人】(301065892)株式会社アドヴィックス (1,291)
【出願人】(000004260)株式会社デンソー (27,639)
【Fターム(参考)】