説明

高品質合成ダイヤモンド膜、その製造方法及び用途

【課題】
非エピタキシャル晶質及びバルク領域における欠陥の少ない高品質のダイヤモンド薄膜、その製造方法、これを用いたダイヤモンドの表面処理方法、緩衝層形成方法を提供する。
【解決手段】
ダイヤモンド基板上に、炭素源ガスと重水素を含む混合ガスによる化学気相堆積法によるダイヤモンド薄膜であって、非エピタキシャル晶質及びバルク領域における欠陥の少ないダイヤモンド薄膜。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高品質合成ダイヤモンド膜、その製造方法及び用途に関するものである。本発明により製造されたダイヤモンドは宝石としてのみではなく、発光素子、高出力高周波素子、耐放射線素子等の各種半導体素子の材料として用いることができる。
【背景技術】
【0002】
近年、ダイヤモンドは宝石としての価値のみではなく、その優れた物性値から発光素子、高出力高周波素子、耐放射線素子の各種半導体素子の材料としても注目され、研究・開発が進められている。ダイヤモンド半導体を製造するには、不純物を混入させて、n型及びp型の特性を持つダイヤモンドを合成する必要があるが、現在、高品質なn型及びp型の半導体ダイヤモンドはマイクロ波プラズマCVD法によって合成されている。ダイヤモンド合成のための基本的な原料ガスとしては炭素源と水素の混合ガスを用いている。また、n型及びp型の半導体ダイヤモンドを実現するために必要に応じてドナーもしくはアクセプターとなる不純物を混入させる。
ダイヤモンド合成のために原料ガスとして炭素源と共に水素を用いている理由はいくつか挙げられる。一つには水素では他のガスに比べ非常に高純度のガスが比較的容易に得られる。また、水素プラズマを用いると化学気相堆積中にグラファイトなどの非ダイヤモンド成分を選択的にエッチングすることが知られている。また、水素プラズマを用いると化学気相堆積中にダイヤモンド表面が水素終端され、これがダイヤモンド構造を安定化し、効率よくダイヤモンドが合成されると考えられている。
また、水素は、ドナーもしくはアクセプターとなる不純物を電気的に不活性にすることも知られ、ダイヤモンド中の水素は非常に関心がもたれている。これまで水素を重水素で置き換えてダイヤモンドを合成した例もあったが、それらはダイヤモンド中の水素の混入量や格子位置といった混入形態を分析するために合成されたものだった。(非特許文献1-3)重水素が用いられた理由は、定量分析における2次イオン質量分析法において、重水素が水素に比べ非常に検出感度が良いためである。また赤外吸収分光法では、赤外吸収振動数が同位体シフトすることを用いて水素関連信号を帰属するために用いられた。これまで水素を重水素に置き換えることにより品質が変わるとは考えられていなかったため、これらの研究では品質についての比較はなされておらず、水素と重水素による合成では品質に違いはないものと仮定して研究がなされていた。これまで水素と重水素プラズマの違いを利用した高品質化製造の研究例はなく、関連した特許もない。

【0003】
ダイヤモンド以外の材料における重水素を用いたプロセスでは、シリコン結晶で重水素ガスを用いて半導体素子中の欠陥濃度を低減化させる方法がある。(特許文献1)これはシリコン結晶の(100)面において、シリコンと重水素間の結合がシリコンと水素間の結合に比べ安定であることを利用して、シリコンと絶縁膜との界面の未結合手(ダングリングボンド)を重水素で終端し、半導体素子の長時間の安定性・信頼性を実現したものである。したがって本発明とは特許請求の範囲が全く異なっている。

【0004】
ダイヤモンド以外の材料における重水素プラズマプロセスでは、シリコンにおいて重水素プラズマによる選択エッチング(特許文献2)がある。これは重水素プラズマでは、水素プラズマに比べエッチング速度が30倍以上になり、重水素では結晶シリコンを酸化シリコンに対して選択的にエッチングできることを利用したシリコンの溝形成方法である。しかし、本発明はこのような選択的エッチングを利用して加工するものではなく、また、特許請求の範囲も全く異なっている。

【0005】
ダイヤモンド合成における水素プラズマによる効果として、これまでエッチングの効果により表面が(100)面において原子レベルで平坦化されることが実験(非特許文献4)及び理論(非特許文献5)から示されている。これを重水素で置き換えてその効果を観測、もしくは理論的に研究した例はない。本発明ではこの水素の効果が重水素に置き換わることにより高められたものである。

【特許文献1】特許公開2000−12550号公報
【特許文献2】特許公開平6−84841号公報
【非特許文献1】J. Chevallier, et al., Dimond Relat. Mat., 11, 1566 (2002).
【非特許文献2】F. Fuchs, et al., Dimond Relat. Mat., 4, 652 (1995).
【非特許文献3】D.Ballutaud, et al., Dimond Relat. Mat., 10, 405, 2001.
【非特許文献4】H. Watanabe, et al., Diamond Relat. Mat. 8, 1272 (1999).
【非特許文献5】C. C. Battaile et al., J. Chem. Phys. 111, 4291 (1999).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ダイヤモンドは深紫外光発光素子、パワーデバイスを実現する半導体材料として期待されている。これらを実現する高品質のn形、p形ダイヤモンドはCVD法によって合成される。CVD法による合成では、非エピタキシャル晶質や欠陥が残ることが知られている。
非エピタキシャル晶質や欠陥は電気的・光学的特性に悪影響を及ぼすことが知られており、解決すべき課題となっていた。非エピタキシャル晶質は特に接合特性に影響を与えることが知られている。
本発明は非エピタキシャル晶質及びバルク領域における欠陥の少ない高品質のダイヤモンド薄膜、その製造方法、これを用いたダイヤモンドの表面処理方法、緩衝層形成方法を提供する。
また、これまで水素によるエッチングの効果により原子レベルが平坦化されることが知られているが、さらなるその効果の増進が期待できる。
本発明は優れたダイヤモンド半導体製造の実現につながる。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明では、ダイヤモンド基板上でのCVD法によるダイヤモンド薄膜成長に際し、重水素を炭素源ガスに混合することにより、非エピタキシャル晶質及びバルク領域における欠陥の少ないダイヤモンド薄膜が得られることを見出した。
すなわち、本発明は、ダイヤモンド基板上に、炭素源ガスと重水素を含む混合ガスを用いた化学気相堆積法(CVD)によるダイヤモンド薄膜であって、非エピタキシャル晶質及びバルク領域における欠陥の少ないダイヤモンド薄膜である。
また、本発明は、混合ガスにn型もしくはp型を形成することができる不純物を添加した非エピタキシャル晶質及びバルク領域における欠陥の少ないダイヤモンド薄膜である。
さらに、本発明は、ダイヤモンド基板上に、炭素源ガスと重水素を含む混合ガスを用いたCVD法により、ダイヤモンド薄膜を成長させる非エピタキシャル晶質及びバルク領域における欠陥の少ないダイヤモンド薄膜の製造方法である。
また、本発明は、ダイヤモンド薄膜に、炭素源ガスと重水素を含む混合ガスによるCVD法を適用するダイヤモンドの表面処理方法及び/又は緩衝層形成方法である。
さらに、本発明は、非エピタキシャル晶質及びバルク領域における欠陥の少ないダイヤモンド薄膜を用いた、整流ダイオード、パワートランジスタ、サイリスタから選ばれるパワーデバイスである。


【発明の効果】
【0008】
本発明は、従来の水素を用いたプラズマCVD法によるダイヤモンド合成において水素を重水素に置き換えることにより、非エピタキシャル晶質及び欠陥の低減化によって、合成ダイヤモンドの高品質化を実現させる。非エピタキシャル晶質及び欠陥は、半導体としての電気的・光学的特性に悪影響を与えることが知られているので、本発明は優れたダイヤモンド半導体製造の実現につながる。また、表面に凹凸を与える非エピタキシャル晶質の低減は表面をより平坦化させる。
非エピタキシャル晶質の低減化:図1から見て取れるように光学顕微鏡観察により、非エピタキシャル晶質密度の著しい低減化(1-2桁)が明らかになった。
欠陥濃度の低減化:図2に示したように、電子スピン共鳴法により欠陥濃度を見積もり、欠陥濃度の著しい低減化(1桁)が明らかになった。
光学的特性向上:図3に示したように、カソードルミネッセンス法による自由エキシトン発光の観測(光学的特性の評価)を行い、従来法の同条件による合成試料よりもエキシトン発光強度が強くなることを定量的に明らかにした。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明で用いるダイヤモンド基板としては、天然、もしくは高温高圧法やCVD法で人工合成したダイヤモンド単結晶もしくは多結晶等がある。
本発明において用いることが出来るガスとしては、重水素がある。
本発明において用いることが出来る炭素源ガスとしては、水素化メタン、重水素化メタン等がある。
本発明において用いることが出来るn型もしくはp型を形成することができる不純物としては、リン、ホウ素等を挙げることが出来る。
本発明におけるCVD法としては、マイクロ波プラズマCVD法等、従来から知られているプラズマCVD法によるものならどのようなものでもすべて利用することが出来る。
また、本発明において、ダイヤモンドの表面処理方法及び/又は緩衝層形成方法とは、非エピタキシャル晶質等の低減化及び表面平坦化のために、重水素もしくは重水素と炭素源ガスを用いたプラズマにより、表面のエッチングもしくは薄膜合成を行うことにより、表面層若しくは中間層に、非エピタキシャル晶質及びバルク領域における欠陥の少ないダイヤモンド薄膜を成長させるものである。これまで水素と炭素源ガスを用いた薄膜合成で、水素によるエッチングの効果により表面が原子レベルで平坦化されることが知られているが、本方法は重水素を用いることにより、その効果を高めるものである。
【実施例1】
【0010】
2.45GHzマイクロ波プラズマによるCVDホモエピタキシャルダイヤモンド合成を行った。重水素と重水素化メタンの比率は95:5とした。基板には高温高圧合成Ib及びIIa基板を用いた。重水素は水素と同様に水素高純度精製装置(パラジウム合金膜拡散透過法、純度99.999999%以上)により精製されたものを合成チャンバー内に導入した。
光学顕微鏡による観察により、非エピタキシャル晶質面密度の定量化を行った。(図1)水素と水素化メタンを用いた場合と比べ、面密度は1−2桁以上低減された。
電子スピン共鳴法による観測により、バルク中における欠陥濃度の定量化を行った。(図2)水素と水素化メタンを用いた場合と比べ、欠陥濃度が1桁程度低減されていることを定量的に明らかにした。
カソードルミネッセンスによる自由エキシトン発光の観測(光学的特性の評価)を行った。(図3)深紫外発光素子の光源として期待される自由エキシトン発光の強度はダイヤモンド薄膜の品質に依存する。水素と水素化メタンを用いた場合と比べ、信号強度は3−5倍程度となり、光学的に優れていることが明らかにされた。

【0011】
重水素の効果を確かめるため、重水素と水素化メタンによりCVDホモエピタキシャルダイヤモンドを合成した。重水素と水素化メタンの比率は95:5とした。非エピタキシャル晶質面密度及び欠陥の低減が重水素と重水素化メタンの場合と同程度であることが確かめられ、本発明による効果が、重水素によるものであることが確かめられた。
【産業上の利用可能性】
【0012】
CVD合成によるダイヤモンドを用いた発光素子、パワーデバイス作成技術分野
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】光学顕微鏡写真.(a) 水素と水素化メタンメタンを用いて合成した試料.(b)重水素と重水素化メタンを用いて合成した試料.
【図2】電子スピン共鳴スペクトル.縦軸は信号強度で、濃度を比べられるよう強度は規格化している。測定温度40 K. (a) 水素と水素化メタンメタンを用いて合成した試料.(b)重水素と重水素化メタンを用いて合成した試料.
【図3】重水素を用いた試料と水素を用いた試料におけるエキシトン発光強度の比較.(a) 自由エキシトン発光のカソードルミネッセンススペクトル (b) エキシトン発光強度の比較.それぞれの試料は次の混合ガスにより合成された。I,II:重水素と重水素化メタンを用いた試料.III: 重水素と水素化メタンを用いた試料.IV: 水素と水素化メタンを用いた試料.縦線は測定によるばらつきの範囲。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ダイヤモンド基板上に、炭素源ガスと重水素を含む混合ガスを用いた化学気相堆積法(CVD)によるダイヤモンド薄膜であって、非エピタキシャル晶質及びバルク領域における欠陥の少ないダイヤモンド薄膜。
【請求項2】
混合ガスにn型もしくはp型を形成することができる不純物を添加した請求項1に記載した非エピタキシャル晶質及びバルク領域における欠陥の少ないダイヤモンド薄膜。
【請求項3】
ダイヤモンド基板上に、炭素源ガスと重水素を含む混合ガスを用いたCVD法により、ダイヤモンド薄膜を成長させる非エピタキシャル晶質及びバルク領域における欠陥の少ないダイヤモンド薄膜の製造方法。
【請求項4】
ダイヤモンド薄膜に、炭素源ガスと重水素を含む混合ガスによるCVD法を適用するダイヤモンドの表面処理方法及び/又は緩衝層形成方法。
【請求項5】
請求項1又は請求項2の非エピタキシャル晶質及びバルク領域における欠陥の少ないダイヤモンド薄膜を用いた、整流ダイオード、パワートランジスタ、サイリスタから選ばれるパワーデバイス。

【図2】
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【図3】
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【図1】
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【公開番号】特開2007−173479(P2007−173479A)
【公開日】平成19年7月5日(2007.7.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−368554(P2005−368554)
【出願日】平成17年12月21日(2005.12.21)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】