説明

ハイブリッド電気自動車の制御装置

【課題】前輪と後輪とを別々のモータで駆動する構成においてモータの発熱を的確に抑制しつつて走行安定性を確保する上で有利なハイブリッド電気自動車の制御装置を提供する。
【解決手段】フロントモータ18、リアモータ20のうち、一方のモータに分配される駆動トルクTrq1が一方のモータの基準トルクを超過したと判定された場合、他方のモータで駆動される車輪にスリップの発生が否と判定されたときに、一方のモータに分配される駆動トルクTrq1を基準トルクより低減させると共に他方のモータに分配される駆動トルクTrq2を増大させて要求トルクを満足させる。他方のモータで駆動される車輪でのスリップの発生が有と判定され、かつ、エンジンにより駆動される車輪と一方のモータにより駆動される車輪とが同じ車輪である際に、駆動トルクTrq2の増大を禁止して、エンジンに分配される駆動トルクを増大させて要求トルクを満足させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ハイブリッド電気自動車の制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
モータから出力される駆動トルクとエンジンから出力される駆動トルクとの双方により駆動輪を駆動するハイブリッド電気自動車が提供されている。各モータは、バッテリの直流電力がインバータによって交流電力に変換されて供給されることで駆動される。このようなハイブリッド電気自動車として、バッテリからの直流電圧を昇圧コンバータで昇圧してインバータに供給する走行モードと、昇圧コンバータの昇圧動作を停止させてバッテリからの直流電圧をそのままインバータに供給する走行モードとを切り替えるようにしたものが提案されている。前者の走行モードでは、モータに印加される電圧を高電圧化することでモータの電力損失を低減し、これによりモータの高効率化、高出力化を図っている。後者の走行モードでは、昇圧コンバータでのスイッチング損失がなくなるため燃費の向上を図る上で有利となっている。しかしながら、後者の走行モードでは、運転者の走行用操作により要求される要求トルクを実現するために、前者の走行モードの場合に比較してモータに流れる電流が増加することになる。そのため、後者の走行モードにおいては、モータの発熱量が増加してモータの温度が所定の許容温度を超過すると、モータの出力トルクが低減するという不具合が懸念される。そこで、モータの温度を検出し、検出されたモータ温度が所定の基準温度を超過した場合に、そのモータが発生する駆動力が小さくなるようにモータに供給する電圧を変更すると共に、モータの駆動力が小さくなることで不足した分の駆動力をエンジンの駆動力によって補うようにした技術が提案されている(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2009−196415号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記従来技術は、モータおよびエンジンの動力を動力分割機構を介して単一の駆動軸に出力する車両に好適であるものの、例えば、前輪をフロントモータとエンジンとで駆動し、後輪をリアモータで駆動するといったように、前輪と後輪とを別々のモータで駆動する車両にそのまま適用すると、以下に説明する不利がある。例えば、車両が滑りやすい路面を走行している時に、前輪を駆動するフロントモータの発熱量を抑制するためにフロントモータの駆動力を低減させ、その駆動力の低減分を補うために単純にリアモータの駆動力を増大させると、前輪に比較して後輪の駆動力が増加するため後輪がスリップ傾向となるおそれがあり走行安定性を確保する上で不利がある。本発明は、上記事情に鑑みなされたものであり、前輪と後輪とを別々のモータで駆動する構成においてモータの発熱を的確に抑制しつつて走行安定性を確保する上で有利なハイブリッド電気自動車の制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記目的を達成するために、本発明は、車両の前輪を駆動する第1のモータと、前記車両の後輪を駆動する第2のモータと、前記前輪および前記後輪のうち何れか一方の車輪を駆動するエンジンとを備えるハイブリッド電気自動車の制御装置であって、前記車両に要求される要求トルクを前記第1、第2のモータおよび前記エンジンに分配して駆動制御する駆動トルク分配制御手段と、前記第1および第2のモータの内、一方のモータに分配される駆動トルクが該一方のモータに予め定められた基準トルクを超過したか否かを判定するトルク判定手段と、他方のモータで駆動される車輪にスリップが発生したか否かを判定するスリップ判定手段と、を備え、前記駆動トルク分配制御手段は、前記スリップの発生が否と判定された際に、前記一方のモータに分配される駆動トルクを前記基準トルクより低減させると共に他方のモータに分配される駆動トルクを増大させ、前記スリップの発生が有と判定され、かつ、前記エンジンにより駆動される車輪と前記一方のモータにより駆動される車輪とが同じ車輪である際に、前記他方のモータに分配される駆動トルクの増大を禁止して、前記エンジンに分配される駆動トルクを増大させることを特徴とする。
【発明の効果】
【0006】
請求項1記載の発明によれば、他方のモータで駆動される車輪でのスリップの発生が否と判定された際に、一方のモータに分配される駆動トルクを基準トルクより低減させると共に他方のモータに分配される駆動トルクを増大させることにより、要求トルクを満足させる。他方のモータで駆動される車輪でのスリップの発生が有と判定され、かつ、エンジンにより駆動される車輪と一方のモータにより駆動される車輪とが同じ車輪である際に、他方のモータに分配される駆動トルクの増大を禁止して、エンジンに分配される駆動トルクを増大させることにより、要求トルクを満足させる。したがって、前輪と後輪とを別々のモータで駆動する構成においてモータの発熱を的確に抑制しつつて走行安定性を確保する上で有利となる。請求項2記載の発明によれば、スリップの抑制をより的確に行うことができ、車両の走行安定性を確保する上でより有利となる。請求項3記載の発明によれば、スリップの発生を的確に判定する上で有利となる。請求項4記載の発明によれば、基準トルクを超過したか否かの判定を的確に行う上でより有利となる。請求項5記載の発明によれば、モータの発熱を的確に抑制する上で有利となる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【図1】実施の形態におけるモータ制御装置26が搭載された車両10の全体構成を示すブロック図である。
【図2】モータ制御装置26の構成を示す機能ブロック図である。
【図3】(A)は時間−車輪速の説明図、(B)は時間−トルクの説明図、(C)は時間−スリップ判定の説明図である。
【図4】制御装置32の動作を示すメインフローチャートである。
【図5】ステップS14の動作を説明するフローチャートである。
【図6】ステップS16の動作を説明するフローチャートである。
【図7】スリップ量S−分配率演算係数kの関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照して説明する。図1に示すように、車両10は、高圧バッテリ12と、インバータ14、16と、フロントモータ18と、リアモータ20と、内燃機関としてのエンジン22と、発電機24と、前輪26と、後輪28と、冷却装置30と、本発明に係るモータ制御装置32とを含んで構成されている。したがって、車両10は、モータ18、20とエンジン20とを搭載したハイブリッド電気自動車を構成している。
【0009】
高圧バッテリ12は、フロントモータ18およびリアモータ20に電力を供給するものである。インバータ14、16は、高圧バッテリ12から供給される直流電力を三相交流電力に変換してフロントモータ18、リアモータ20にそれぞれ供給するものである。
インバータ14、16が後述するECU56の制御に基づいてフロントモータ18、リアモータ20に供給する三相交流電力を例えばPMW(パルス幅変調)によって制御することでフロントモータ18、リアモータ20から出力される駆動トルクが制御される。フロントモータ18は、インバータ14から供給される交流電力によって回転駆動され、減速機構34、ディファレンシャルギア36を介して前輪22に動力(駆動トルク)を与えることで前輪22を駆動するものである。リアモータ20は、インバータ16から供給される三相交流電力によって回転駆動され、減速機構38、ディファレンシャルギア40を介して後輪24に動力(駆動トルク)を与えることで後輪24を駆動するものである。なお、フロントモータ18は第1のモータに相当し、リアモータ20は第2のモータに相当する。また、高圧バッテリ12は、図示しない充電装置を介して、家庭用の商用電源、あるいは、充電スタンドの急速充電用電源などから供給される電力によって充電される。また、車両10の回生制動時には、フロントモータ18、リアモータ20が発電機として機能し、フロントモータ18、リアモータ20で発電された三相交流電力がインバータ14、16を介して直流電力に変換されたのち高圧バッテリ12に充電される。
【0010】
エンジン22は、減速機構42、クラッチ44を介して前記の減速機構34に接続されている。クラッチ44の接続、切断はECU56によって制御される。
エンジン22は、クラッチ44の接続状態で、減速機構42、クラッチ44、減速機構34、ディファレンシャルギア36を介して前輪22に動力(駆動トルク)を与えることで前輪22を駆動するものである。エンジン22はECU56によって制御される。発電機24は、前記の減速機構42を介してエンジン22に接続されており、エンジン22から供給される動力により発電を行いインバータ14を介して高圧バッテリ12を充電するものである。冷却装置30は、ECU56によって制御され、後述する温度センサ54で検出されるフロントモータ18、リアモータ20の温度(モータ温度Tmot)に基づいてそれらモータ温度Tmotが許容温度を超過しないように冷却するものである。冷却装置30が作動すると、冷却水を循環させることにより、各モータ18、20の冷却を行う。また、モータ18、20の温度上昇が顕著な場合には冷却水をラジエータで冷却させる動作を行う。
【0011】
制御装置32は、車速センサ46と、アクセル開度センサ48と、トルク検出手段50と、車輪速検出手段52と、温度センサ54と、回転数センサ55と、ECU56とを含んで構成されている。車速センサ46は、車両10の走行速度を検出してECU56に供給するものである。アクセル開度センサ48は、アクセルペダルの開度(操作量)を検出してECU56に供給するものである。トルク検出手段50は、フロントモータ18、リアモータ20が出力する駆動トルクをそれぞれ検出してECU56に供給するものである。なお、トルク検出手段50は、フロントモータ18、リアモータ20の駆動軸に設けたトルクセンサで構成してもよい。トルク検出手段50がECU56から各インバータ14、16に供給する各モータ18、20の制御量に基づいて各駆動トルクを算出(推定)するようにしてもよい。この場合、ECU56によってトルク検出手段50を構成してもよい。
【0012】
車輪速検出手段52は、前輪24、後輪26の車輪速をそれぞれ検出してECU56に供給するものである。車輪速検出センサ52は、各車輪に設けられた車輪速センサによって構成される。温度センサ54は、フロントモータ18、リアモータ20の温度であるモータ温度Tmotをそれぞれ検出してECU56に供給するものである。回転数センサ55は、フロントモータ18、リアモータ20の回転数をそれぞれ検出してECU56に供給するものである。
【0013】
ECU56は、CPU、制御プログラム等を格納・記憶するROM、制御プログラムの作動領域としてのRAM、周辺回路等とのインターフェースをとるインターフェース部などを含んで構成される。図2に示すように、ECU56は前記制御プログラムを実行することにより、駆動トルク分配制御手段(第1の駆動制御手段56A、第2の駆動制御手段56C、第3の駆動制御手段56E)と、トルク判定手段56Bと、スリップ判定手段56Dとを実現する。
【0014】
第1の駆動制御手段56Aは、フロントモータ18およびリアモータ20から出力される駆動トルクをそれぞれ第1、第2の駆動トルクTrq1、Trq2とし、エンジン22から出力される駆動トルクを第3の駆動トルクTrq3としたとき、運転者の走行用操作により要求される要求トルクTrqdを第1、第2、第3の駆動トルクTrq1,Trq2,Trq3に分配してフロントモータ18、リアモータ20、エンジン22を駆動制御するものである。具体的には、第1の駆動制御手段56Aは、フロントモータ18、リアモータ20から第1、第2の駆動トルクTrq1,Trq2を出力させるために必要な制御指令をインバータ14、16に与える。また、第1の駆動制御手段56Aは、エンジン22から第3の駆動トルクTrq3を出力させるために必要な制御指令をエンジン22に与える。なお、要求トルクTrqdは、車両10を駆動するために必要なトルクであって、第1の駆動制御手段56Aが、加速時、減速時、あるいは、定速走行時にアクセルペダルが操作されることによってアクセル開度センサ48によって検出されたアクセル開度と、車速センサ46で検出された車速とに応じて算出する。また、本実施の形態では、第1の駆動制御手段56は、車両10の走行用駆動源として、フロントモータ18、リアモータ20、エンジン22の3つの駆動源の一部あるいは全てを適宜選択して動作させる。3つの駆動源は走行状況に応じて切り替えればよく、発進時や低速時には低速回転でトルクを得やすく効率がよいモータを選択し、高速時には高速回転で効率がよいエンジンを選択する。例えば、車両発進時や市街地などでの低速走行時にはフロントモータ18を用いる。高速道路などでの高速走行時にはエンジン22を用いる。また、高速走行中において加速時や登坂時にはエンジン22に加えてフロントモータ18、リアモータ20の一方あるいは双方を補助的に(アシストトルクとして)用いる。
【0015】
トルク判定手段56Bは、第1および第2の駆動トルクTrq1,Trq2の一方が予め定められた基準トルクTrq0を超過したか否かを判定するものである。言い換えると、トルク判定手段56Bは、第1および第2のモータの内、一方のモータに分配される駆動トルクが該一方のモータに予め定められた基準トルクを超過したか否かを判定するものである。なお、トルク判定手段56Bは、第1および第2の駆動トルクTrq1,Trq2の一方が基準トルクTrq0を超過した時間が予め定められた基準時間T0以上であるか否かに基づいて基準トルクTrq0を超過したか否かの判定を行うようにしてもよく、この場合は、基準トルクTrq0を超過したか否かの判定を的確に行う上でより有利となる。言い換えると、トルク判定手段56Bによる基準トルクを超過したか否かの判定は、第1および第2のモータに分配される駆動トルクの一方が基準トルクを超過した時間が所定時間以上であるか否かに基づいてなされる。基準トルクTrq0は、この基準トルクTrq0をモータが出力したときにモータが予め定められた許容温度を超過するトルクであり、すなわち、モータが一定期間連続して出力したときにモータの許容温度を超過するトルクである。言い換えると、基準トルクTrq0はモータの最大定格あるいは瞬間定格よって規定されるトルクである。モータが許容温度を超過して駆動されると、モータの出力トルクが低減し、あるいは、モータが劣化する不具合が発生する。したがって、モータが許容温度を超過することを抑制するためには、前記の冷却装置30を作動させて冷却水を循環させたり、冷却水をラジエータで冷却させる必要がある。省電力化を図る観点から冷却装置30の作動頻度を抑制することが好ましく、そのため、モータが許容温度を超過するような条件での使用(基準トルクTrq0以上となる駆動トルクでの使用)をなるべく制限する必要がある。なお、基準トルクTrq0は、モータの回転数によって異なるため、例えば、モータの回転数と基準トルクTrq0とを対応付けたマップを予めECU56に保持させておき、回転数センサ55で検出されたモータの回転数に対応する基準トルクTrq0を前記マップから読み出すことにより設定すればよい。
【0016】
第2の駆動制御手段56Cは、トルク判定手段56Bにより基準トルクTrq0を超過したと判定された場合、フロントモータ18、リアモータ20のうち、基準トルクTrq0を超過したと判定された方のモータをトルクを低減すべきトルク低減モータ(一方のモータ)とし、他方のモータをトルクを増大すべきトルク増大モータ(他方のモータ)としたときに以下の処理を行うものである。すなわち、トルク低減モータの駆動トルクを基準トルクTrq0よりも低減させ、トルク増大モータの駆動トルクを増大させるように、フロントモータ18、リアモータ20の駆動制御を行うことにより要求トルクTrqdを満足させる。
【0017】
スリップ判定手段56Dは、トルク増大モータで駆動される車輪にスリップが発生したか否かを判定するものである。言い換えると、スリップ判定手段56Dは、他方のモータで駆動される車輪にスリップが発生したか否かを判定するものである。本実施の形態では、スリップ判定手段56Dは、トルク増大モータで駆動される方の車輪の目標車輪速W0を要求トルクTrqdに基づいて算出し、この目標車輪速W0と、速検出手段52によって検出された前記車輪の実際の車輪速Wmとの差であるスリップ量S=Wm−W0を算出する。そして、スリップ量Sが予め定められた基準スリップ量S0以上となったか否かに基づいてスリップの有無の判定を行う。言い換えると、スリップ判定手段56Dは、他方のモータにより駆動される車輪の実際の車輪速と要求トルクに基づいて算出される目標車輪速との差が所定量以上となった際にスリップの発生が有と判定する。これにより、スリップの有無の判定を的確に行う上で有利となる。
【0018】
第3の駆動制御手段56Eは、スリップ判定手段56Dによりスリップが発生したと判定され、かつ、エンジン22が駆動する車輪とトルク低減モータが駆動する車輪とが同じ車輪である場合に、第3の駆動トルクTrq3を増大させ、トルク増大モータの駆動トルクを低減させることにより要求トルクTrqdを満足させるものである。本実施の形態では、第3の駆動制御手段56Eは、トルク増大モータで駆動される車輪のスリップ量Sが大きくなるほど、第3の駆動トルクTrq3の増加量を大きく、かつ、トルク増大モータの駆動トルクの低減量を大きくするようにエンジン22およびトルク増大モータの制御を行う。言い換えると、第3の駆動制御手段56Eは、他方のモータにより駆動される車輪の実際の車輪速と要求トルクに基づいて算出される目標車輪速との差であるスリップ量が大きくなるほど、エンジンに分配される駆動トルクの増加量を大きくすると共に他方のモータに分配される駆動トルクの低減量を大きくする。
【0019】
第1の駆動制御手段56A、第2の駆動制御手段56C、第3の駆動制御手段56Eの構成についてまとめると、これら第1の駆動制御手段56A、第2の駆動制御手段56C、第3の駆動制御手段56Eは駆動トルク分配制御手段を構成している。駆動トルク分配制御手段は、車両に要求される要求トルクを第1、第2のモータおよびエンジンに分配して駆動制御する。また、駆動トルク分配制御手段は、スリップの発生が否と判定された際に、一方のモータに分配される駆動トルクを基準トルクより低減させると共に他方のモータに分配される駆動トルクを増大させる。また、駆動トルク分配制御手段は、スリップの発生が有と判定され、かつ、エンジンにより駆動される車輪と一方のモータにより駆動される車輪とが同じ車輪である際に、他方のモータに分配される駆動トルクの増大を禁止して、エンジンに分配される駆動トルクを増大させる。
【0020】
次に、制御装置32の動作について説明する。まず、図3の(A)に示す時間−車輪速の説明図と、(B)に示す時間−トルクの説明図と、(C)に示す時間−スリップ判定の説明図とについて簡単に説明し、次いで、図4、図5、図6のフローチャートを参照して動作を具体的に説明する。図3の動作例は、車両10の走行時に運転者がアクセルペダルを踏んで加速させる場合を示している。図3(A)において、一点鎖線は要求トルクTqrdから算出される目標車輪速W0を示し、破線は車輪速検出手段52によって検出された前輪車輪速Wmfを示す。実線は車輪速検出手段52によって検出された後輪車輪速Wmrを示す。
図3(B)に示される3つの実線は、それぞれフロントモータ18の駆動トルク(第1の駆動トルク)Trq1、リアモータ20の駆動トルク(第2の駆動トルク)Trq2、エンジン22の駆動トルク(第3の駆動トルク)Trq3を示している。
また、破線aは後輪26にスリップが発生した場合におけるエンジン22の駆動トルクTrq3の変化を示している。破線bは後輪26にスリップが発生しなかった場合におけるリアモータ20の駆動トルクTrq2の変化を示している。
図3(C)は、スリップ判定手段56Dによるスリップの判定結果を示しており、“0”はスリップ無し、“1”はスリップ有りを示している。図3(A),(B),(C)にわたって延在する一点鎖線の直線は、スリップの判定結果が“1”に遷移した時点を示している。
【0021】
図4は制御装置32の動作を示すメインフローチャートである。まず、ECU56は、検出された車速に基づいて基準トルクTrq0を演算し設定する(ステップS10)。次に、ECU56は、運転者の走行用操作に基づいて要求される要求トルクTrqd>基準トルクTrq0であるか否かを判定する(ステップS12:トルク判定手段56B)。ステップS12が否定であれば、要求トルクTrqdを第1、第2、第3の駆動トルクTrq1、Trq2、Trq3に分配してフロントモータ18、リアモータ20、エンジン22を駆動制御する通常動作を実行する(ステップS20:第1の駆動制御手段56A)。ステップS12が肯定であれば、ECU56は、スリップの有無を判定する(ステップS14:スリップ判定手段56D)。
【0022】
ここで、図5を参照してステップS14(スリップ判定手段56D)の動作を詳細に説明する。まず、ECU56は、実際の車輪速Wmと目標車輪速W0との差であるスリップ量Sを算出する(ステップS14A)。本例では、後輪26でスリップが発生したものとし、実際の車輪速Wmが後輪の車輪速Wmrであるものとして説明する。次いで、スリップ量Sが基準スリップ量S0以上であるか否かを判定する(ステップS14B)。ステップS14Bが肯定ならば、スリップ有りと判定してメインフローに戻る(ステップS14C)。ステップS14Bが否定ならば、スリップ無しと判定してメインフローに戻る(ステップS14D)。
【0023】
図4に戻ってステップS14が否定であれば、ECU56は、フロントモータ18、リアモータ20のうち、基準トルクTrq0を超過したと判定されたトルクを低減すべきトルク低減モータの駆動トルクを基準トルクTrq0よりも低減させ、トルクを増減すべきトルク増大モータの駆動トルクを増大させるように、フロントモータ18、リアモータ20の駆動制御を行うことにより要求トルクTrqdを満足させる(ステップS18:第2の駆動制御手段56C)。
本実施の形態では、図3(B)に示すように、当初、リアモータ22は駆動トルクを出力しておらず、フロントモータ18の駆動トルクTrq1とエンジン22の駆動トルクTrq3とで要求トルクTrqdを満足させている。そして、時間経過と共にフロントモータ18の駆動トルクTrq1が増大していきやがて基準トルクTrq0を超過したと判定されると、ECU56は、トルク増大モータであるリアモータ20の駆動トルクTrq2をゼロから次第に増大させ、トルク低減モータであるフロントモータ18の駆動トルクTrq1を次第に低減させる制御を実施する。
この場合、図3(A)に示すように、目標車輪速W0と後輪車輪速Wmrとの差であるスリップ量Sは当初は基準スリップ量S0未満であるが、時間経過とともに、後輪26に生じるスリップ量Sが増大し、やがて基準スリップ量S0以上となる。これにより、ステップS14が肯定となる。
【0024】
ステップS14が肯定となると、本例ではエンジン22が駆動する車輪(前輪24)とトルク低減モータが駆動する車輪(前輪24)とが同じ車輪であるため、ECU56は、エンジン22の駆動トルクTrq3を増大させ(図3(B)の破線a)、トルク増大モータ(リアモータ20)の駆動トルクTrq2を低減させる(図3(B)の実線c)ことにより要求トルクTrqdを満足させる(ステップS16:第3の駆動制御手段56E)。なお、ステップS14が否定(スリップ無し)であれば、ステップS18が継続して実行されるため、図3(A)の破線aに示すエンジン22の駆動トルクTrq3の増大は無く、図3(B)の破線bで示すようにリアモータ20の駆動トルクTrq2が増大し、フロントモータ18の駆動トルクTrq1が減少することになる。
【0025】
また、本実施の形態では、第3の駆動制御手段56Eは、トルク増大モータ(リアモータ20)で駆動される車輪(後輪26)のスリップ量Sが大きくなるほど、エンジン22の駆動トルクTrq3の増加量を大きく、かつ、トルク増大モータ(リアモータ20)の駆動トルクTrq2の低減量を大きくするようにエンジン22およびトルク増大モータ(リアモータ20)の制御を行う。図6を参照してステップS16(第3の駆動制御手段56E)の動作を詳細に説明する。ECU56は、エンジン分配率Reを算出する(ステップS16A)。エンジン分配率Reは、前回の処理で算出されたエンジン分配率Reに図7に示す分配率演算係数kを加算することで算出される。なお、ステップS16Aが初めて実行される際には、エンジン分配率Reとして適当に定められた初期値が設定されている。なお、エンジン分配率Reの最大値は1である。図7に示すように、分配率演算係数kはスリップ量Sが増加するほど増加するように定められており、ECU56には、図7に示すようなマップが設けられている。ECU56は、ステップS14Aで算出されたスリップ量Sに基づいてこのマップから分配率演算係数kを読み出してステップS16Aにおける分配率演算係数kを設定する。次いで、ECU56は、リアモータ22の低減前の駆動トルクTrq2にエンジン分配率Reを乗算することによりエンジン22の増大トルクを求め、エンジン22の増大前の駆動トルクTrq3に加算することにより駆動トルクTrq3´を求め、リアモータ22の低減前の駆動トルクTrq2に(1−Re)を乗算することによりリアモータ22の低減後の駆動トルクTrq2´を求める(ステップS16B)。
ステップS16A,S16Bを実行することにより、トルク増大モータ(リアモータ20)で駆動される車輪(後輪26)のスリップ量Sが大きくなるほど、エンジン22の駆動トルクTrq3の増加量を大きく、かつ、トルク増大モータ(リアモータ20)の駆動トルクTrq2の低減量を大きくするようにエンジン22およびトルク増大モータ(リアモータ20)が制御されることになる。
【0026】
以上説明したように本実施の形態によれば、フロントモータ18、リアモータ20のうち、一方のモータ(フロントモータ18)に分配される駆動トルクTrq1が一方のモータ(フロントモータ18)の基準トルクTrq0を超過したと判定された場合、他方のモータ(リアモータ20)で駆動される車輪(後輪26)にスリップの発生が否と判定されたときに、一方のモータ(フロントモータ18)に分配される駆動トルクTrq1を基準トルクTrq0より低減させると共に他方のモータ(リアモータ20)に分配される駆動トルクTrq2を増大させることにより、要求トルクTrqdを満足させる。また、他方のモータ(リアモータ20)で駆動される車輪(後輪26)でのスリップの発生が有と判定され、かつ、エンジンにより駆動される車輪と一方のモータ(フロントモータ18)により駆動される車輪とが同じ車輪(前輪24)である際に、他方のモータ(リアモータ20)に分配される駆動トルクTrq2の増大を禁止して、エンジンに分配される駆動トルクを増大させることにより、要求トルクTrqdを満足させる。
したがって、要求トルクTrqdを確保しつつモータの発熱を的確に抑制する上で有利となる。そのため、冷却装置30を作動させて冷却水を循環させたり、冷却水をラジエータで冷却させたりする頻度を低減する上で有利となり、省電力化を図る上でも有利となる。さらに、トルク増大モータ(リアモータ20)で駆動される車輪(後輪26)のスリップを抑制できるため、車両10の走行安定性を確保する上でも有利となる。
【0027】
また、本実施の形態では、他方のモータ(リアモータ20)で駆動される車輪(後輪26)の実際の車輪速Wmrと要求トルクTrqdに基づいて算出される目標車輪速W0との差であるスリップ量Sが大きくなるほど、エンジン22に分配される駆動トルクTrq3の増加量を大きくすると共に他方のモータ(リアモータ20)に分配される駆動トルクTrq2の低減量を大きくするようにした。
そのため、スリップ量Sの増減に追従して駆動トルクTrq3の増加量と他方のモータ(リアモータ20)の駆動トルクTrq2の低減量とを的確に増減させることができるので、スリップの抑制をより的確に行うことができ、車両10の走行安定性を確保する上でより有利となる。
また、本実施の形態では、スリップが発生したか否かの判定を車輪の実際の車輪速Wmと目標車輪速W0との差であるスリップ量Sが予め定められた基準スリップ量S0以上となったか否かに基づいて行うようにしたので、スリップの発生を的確に判定する上で有利となる。また、本実施の形態では、基準トルクTrq0は、該基準トルクTrq0をモータが一定期間連続して出力したときにモータが予め定められた許容温度を超過するトルクであるため、モータの発熱を的確に抑制する上で有利となる。
【0028】
なお、本実施の形態では、エンジン22が前輪24に駆動トルクを与える構成について説明したが、エンジン22が後輪26に駆動トルクを与える構成であっても本発明は無論適用可能である。
【0029】
また、本実施の形態では、フロントモータ18、リアモータ20、エンジン22の駆動トルクTrq1、Trq2,Trq3の全てが発生している場合について説明した。しかしながら、以下の場合であっても本発明は無論適用される。
1)フロントモータ18のみが駆動トルクTqr1を発生し、リアモータ20、エンジン22の駆動トルクTrq2,Trq3がゼロである場合。この場合は、フロントモータ18の駆動トルクTrq1が基準トルクTrq0を超過した場合にフロントモータ18の駆動トルクTrq1を低減させ、リアモータ22の駆動トルクTrq2をゼロから増大させればよい。
2)リアモータ20のみが駆動トルクTqr2を発生し、フロントモータ18、エンジン22の駆動トルクTrq1,Trq3がゼロである場合。この場合は、リアモータ22の駆動トルクTrq2が基準トルクTrq0を超過した場合にリアモータ22の駆動トルクTrq2を低減させ、フロントモータ18の駆動トルクTrq1をゼロから増大させればよい。
3)フロントモータ18、リアモータ20が駆動トルクTqr1、Trq2を発生し、エンジン22の駆動トルクTrq3がゼロである場合。この場合は、基準トルクTrq0を超過した方のモータの駆動トルクを低減し、他方のモータの駆動トルクを増大させればよい。
なお、上記何れの場合においてもトルク増大モータが駆動する車輪にスリップが発生すると、エンジン22の駆動トルクTrq3がゼロの状態から発生するので、クラッチ44に代えてトルクコンバータを設けることで駆動トルクTrq3を円滑に駆動輪に伝達するようにすればよい。
【符号の説明】
【0030】
10……車両、18……フロントモータ(第1のモータ)、20……リアモータ(第2のモータ)、22……前輪、24……後輪、56A……第1の駆動制御手段、56B……トルク判定手段,56C……第2の駆動制御手段、56D……スリップ判定手段、56E……第3の駆動制御手段、Trq1……第1の駆動トルク、Trq2……第2の駆動トルク、Trq3……第3の駆動トルク、Trqd……要求トルクTrq0……基準トルク。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の前輪を駆動する第1のモータと、前記車両の後輪を駆動する第2のモータと、前記前輪および前記後輪のうち何れか一方の車輪を駆動するエンジンとを備えるハイブリッド電気自動車の制御装置であって、
前記車両に要求される要求トルクを前記第1、第2のモータおよび前記エンジンに分配して駆動制御する駆動トルク分配制御手段と、前記第1および第2のモータの内、一方のモータに分配される駆動トルクが該一方のモータに予め定められた基準トルクを超過したか否かを判定するトルク判定手段と、他方のモータで駆動される車輪にスリップが発生したか否かを判定するスリップ判定手段とを備え、前記駆動トルク分配制御手段は、前記スリップの発生が否と判定された際に、前記一方のモータに分配される駆動トルクを前記基準トルクより低減させると共に他方のモータに分配される駆動トルクを増大させ、前記スリップの発生が有と判定され、かつ、前記エンジンにより駆動される車輪と前記一方のモータにより駆動される車輪とが同じ車輪である際に、前記他方のモータに分配される駆動トルクの増大を禁止して、前記エンジンに分配される駆動トルクを増大させる、
ことを特徴とするハイブリッド電気自動車の制御装置。
【請求項2】
前記駆動トルク分配制御手段は、前記他方のモータにより駆動される車輪の実際の車輪速と前記要求トルクに基づいて算出される目標車輪速との差であるスリップ量が大きくなるほど、前記エンジンに分配される駆動トルクの増加量を大きくすると共に前記他方のモータに分配される駆動トルクの低減量を大きくする、
ことを特徴とする請求項1記載のハイブリッド電気自動車の制御装置。
【請求項3】
前記スリップ判定手段による前記スリップが発生したか否かの判定は、前記他方のモータにより駆動される車輪の実際の車輪速と前記要求トルクに基づいて算出される目標車輪速との差が所定量以上となった際に前記スリップの発生が有と判定される、
ことを特徴とする請求項1記載のハイブリッド電気自動車の制御装置。
【請求項4】
前記トルク判定手段による前記基準トルクを超過したか否かの判定は、前記第1および第2のモータに分配される駆動トルクの一方が前記基準トルクを超過した時間が所定時間以上である際に前記超過したと判定される、
ことを特徴とする請求項1乃至3に何れか1項記載のハイブリッド電気自動車の制御装置。
【請求項5】
前記基準トルクは、前記モータが一定期間連続して出力したときに前記モータの許容温度を超過するトルクである、
ことを特徴とする請求項1乃至4に何れか1項記載のハイブリッド電気自動車の制御装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate


【公開番号】特開2012−101771(P2012−101771A)
【公開日】平成24年5月31日(2012.5.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−254527(P2010−254527)
【出願日】平成22年11月15日(2010.11.15)
【出願人】(000006286)三菱自動車工業株式会社 (2,892)
【Fターム(参考)】