説明

車両用運動制御装置

【課題】ドライバへの操作負担を軽減できるステアリング制御とブレーキ制御の協調制御を行う車両用運動制御装置を提供する。
【解決手段】ステアリング制御とブレーキ制御のいずれをメインに行うかを選択し、その選択結果に基づいて、メインとされる側に対して行わせる車両旋回運動の要求値を出力すると共に、メインとされない側に目標値とメイン側要求値との差に応じた要求値を出力することで、ステアリング制御とブレーキ制御それぞれの配分を適切に設定する。これにより、ステアリング制御をメインとしつつブレーキ制御による補助を行うことが可能となるため、ステアリング制御のみの場合よりも目標値追従性を向上させた車両運動制御が行える。そして、ドライバへの操作負担を軽減できるステアリング制御とブレーキ制御の協調制御を行うことが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両におけるステアリング制御とブレーキ制御の協調制御を行う車両用運動制御装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、特許文献1において、ステアリングにより操作される舵角を制御する舵角制御機構と、エンジンで発生させられるエンジントルクをギアやクラッチディスクを介して車輪に伝達するトルク制御機構を備え、これら舵角制御機構とトルク制御機構の作動量を好適に配分する車両用運動制御装置が提案されている。この車両用運動制御装置では、車両が規範ヨーレートに基づく運動となるように、舵角制御機構とトルク制御機構の作動量を決定している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2008−94214号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述した特許文献1のように、舵角制御機構とトルク制御機構の作動量が好適に配分できるようにするものはあるが、例えば減速しながら旋回するような場合に、好適に配分できる機構はない。このため、例えば車両の前方に他車両等の物体が飛び出してきたときにそれを避ける緊急回避時、下り坂や速度超過の状況下で車両がコーナーに進入するときに減速しながらの旋回が必要となる減速支援時などにおいて、ステアリング制御とブレーキ制御とが個々に行われている。例えば、緊急回避時にステアリング制御のみによって障害物を避けたり、減速支援時にブレーキ制御のみによって車両の減速を行っている。
【0005】
しかしながら、ステアリング制御のみ、もしくはブレーキ制御のみによって緊急回避や減速支援などの車両運動制御を行うのでは、ドライバに要求されるステアリング操作量やブレーキ操作量が大きくなるため、ドライバへの操作負担が大きくなるという問題がある。
【0006】
本発明は上記点に鑑みて、ドライバへの操作負担を軽減できるステアリング制御とブレーキ制御の協調制御を行う車両用運動制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するため、請求項1に記載の発明では、車両旋回運動の制御を実施するアプリケーションから伝えられるステアリング制御とブレーキ制御のいずれをメインに行うかの選択結果を示す信号および車両旋回運動の目標値に基づいて、調停器(2)により、アシストトルク設定部(3)と制動トルク設定部(4)のうちメインとされる側に対して行わせる車両旋回運動の要求値であるメイン側要求値を出力すると共に、メインとされない側に目標値とメイン側要求値との差に応じた要求値である非メイン側要求値を出力する。そして、アシストトルク設定部(3)では、車両の舵角を制御するステアリングアクチュエータ(7)に発生させるアシストトルクを設定すると共に、該ステアリングアクチュエータ(7)の駆動を行うステアリング制御部(5)に対してアシストトルクを伝え、制動トルク設定部(4)では、車両に備えられた各車輪に発生させる制動力を制御するブレーキアクチュエータ(8)に発生させる制動トルクを設定すると共に、該ブレーキアクチュエータ(8)の駆動を行うブレーキ制御部(6)に対して制動トルクを伝えることを特徴としている。
【0008】
このように、ステアリング制御とブレーキ制御のいずれをメインに行うかを選択し、その選択結果に基づいて、メインとされる側に対して行わせる車両旋回運動の要求値であるメイン側要求値を出力すると共に、メインとされない側に目標値とメイン側要求値との差に応じた要求値である非メイン側要求値を出力することで、ステアリング制御とブレーキ制御それぞれの配分が適切に設定される。これにより、ステアリング制御をメインとしつつブレーキ制御による補助を行うこと、もしくはブレーキ制御をメインとしつつステアリング制御による補助を行うことが可能となる。このため、例えば、ステアリング制御のみの場合よりも目標値追従性を向上させた車両運動制御が行える。これにより、ドライバへの操作負担を軽減できるステアリング制御とブレーキ制御の協調制御を行うことが可能となる。
【0009】
例えば、請求項2に記載の発明では、調停器(2)は、ステアリング制御をメインで行うときには、メイン側要求値としてステアリングアクチュエータ(7)にて制御できるアシストトルク限界に対応する要求値をアシストトルク設定部(3)に対して出力すると共に、非メイン側要求値として目標値とアシストトルク設定部(3)に対して出力される要求値との差分値を制動トルク設定部(4)に対して出力し、ブレーキ制御をメインで行うときには、メイン側要求値としてブレーキアクチュエータ(8)にて制御できる制動トルク限界に対応する要求値を制動トルク設定部(4)に対して出力すると共に、非メイン側要求値として目標値と制動トルク設定部(4)に対して出力される要求値との差分値をアシストトルク設定部(3)に対して出力することができる。
【0010】
このように、例えば、ステアリング制御のみによって目標値が実現できない領域に関してブレーキ制御による補助を行うことができる。
【0011】
また、請求項3に記載したように、アシストトルク設定部(3)については、ステアリングアクチュエータ(7)での要求値に対する応答遅れを加味した第1規範値を設定する第1規範値設定部(3b)と、車両に実際に発生している第1実物理量を取得する第1実物理量取得部(3c)と、第1規範値設定部(3b)にて設定された第1規範値と第1実物理量取得部(3c)にて取得された第1実物理量との偏差に基づいてフィードバック制御量を設定する第1フィードバック制御器(3d)と、第1フィードバック制御器(3d)で設定されたフィードバック制御量に基づいてアシストトルクをステアリング制御部(5)に対して出力するアシストトルク変換部(3g)とを備えた構成とすることができる。また、制動トルク設定部(4)については、ブレーキアクチュエータ(8)での要求値に対する応答遅れを加味した第2規範値を設定する第2規範値設定部(4b)と、車両に実際に発生している第2実物理量を取得する第2実物理量取得部(4c)と、第2規範値設定部(4b)にて設定された第2規範値と第2実物理量取得部(4c)にて取得された第2実物理量との偏差に基づいてフィードバック制御量を設定する第2フィードバック制御器(4d)と、第2フィードバック制御器(4d)で設定されたフィードバック制御量に基づいて制動トルクをブレーキ制御部(6)に対して出力する制動トルク変換部(4g)とを備えた構成とすることができる。
【0012】
このように、ステアリングアクチュエータ(7)での要求値に対する応答遅れを加味した第1規範値を設定してフィードバック制御量を設定したり、ブレーキアクチュエータ(8)での要求値に対する応答遅れを加味した第2規範値を設定してフィードバック制御量を設定することができる。
【0013】
この場合、請求項4に記載したように、アシストトルク設定部(3)に対して、選択結果を示す信号に基づき、ステアリング制御がメインで行われるときにはメイン側要求値を第1規範値設定部(3b)に出力すると共に、メイン側要求値と第1規範値との差を補正値として制動トルク設定部(4)に出力し、ブレーキ制御がメインで行われるときには非メイン側要求値に対して制動トルク設定部(4)から入力される補正値を加えた値を第1規範値設定部(3b)に出力する第1選択演算部(3a)を備えること、および、制動トルク設定部(4)に対して、選択結果を示す信号に基づき、ステアリング制御がメインで行われるときには非メイン側要求値に対してアシストトルク設定部(3)から入力される補正値を加えた値を第2規範値設定部(4b)に出力し、ブレーキ制御がメインで行われるときにはメイン側要求値を第2規範値設定部(4b)に出力すると共に、メイン側要求値と第2規範値との差を補正値としてアシストトルク設定部(3)に出力する第2選択演算部(4a)を備えることができる。
【0014】
このようにすれば、ステアリングアクチュエータ(7)やブレーキアクチュエータ(8)の応答遅れについても、メインではない側との協調制御によって補助することができる。
【0015】
以上のような車両運動制御装置の一例としては、例えば、請求項5に記載したように、緊急回避を行うアプリケーションからステアリング制御をメインに行うという選択結果を示す信号と共に目標値が伝えられると、調停器(2)にて、アシストトルク設定部(3)に対してメイン側要求値を出力すると共に、制動トルク設定部(4)に対して非メイン側要求値を出力し、アシストトルク設定部(3)にてメイン側要求値に基づくアシストトルクをステアリング制御部(5)に伝え、制動トルク設定部(4)にて非メイン側要求値に基づく制動トルクをブレーキ制御部(6)に伝える形態が挙げられる。
【0016】
また、請求項6に記載したように、減速支援を行うアプリケーションからブレーキ制御をメインに行うという選択結果を示す信号と共に目標値が伝えられると、調停器(2)にて、制動トルク設定部(4)に対してメイン側要求値を出力すると共に、アシストトルク設定部(3)に対して非メイン側要求値を出力し、制動トルク設定部(4)にてメイン側要求値に基づく制動トルクをブレーキ制御部(6)に伝え、アシストトルク設定部(3)にて非メイン側要求値に基づくアシストトルクをステアリング制御部(5)に伝えるような形態もある。
【0017】
なお、上記各手段の括弧内の符号は、後述する実施形態に記載の具体的手段との対応関係を示すものである。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の第1実施形態にかかる車両用運動制御システムのブロック図である。
【図2】協調制御の実行するときのイメージを示したタイミングチャートである。
【図3】要求値とステアリングアクチュエータ7の応答性もしくはブレーキアクチュエータ8の応答性を考慮した規範値との関係を示したタイミングチャートである。
【図4】(a)は、ステアリング制御とブレーキ制御の協調制御により実現したい車両の走行軌跡を示した図であり、(b)は、(a)の走行軌跡が得られるようにするための旋回曲率に対するステアリング制御とブレーキ制御に対する各要求値(要求ヨーレート)の関係を示したタイミングチャートである。
【図5】下り坂でステアリング制御とブレーキ制御の協調制御を行っていない従来の場合と協調制御を行う本実施形態の場合それぞれの様子を示したタイミングチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施形態について図に基づいて説明する。なお、以下の各実施形態相互において、互いに同一もしくは均等である部分には、図中、同一符号を付してある。
【0020】
(第1実施形態)
本発明の第1実施形態について説明する。本実施形態では、本発明の一実施形態における車両用運動制御装置が適用された車両用運動制御システムを例に挙げて、本発明の車両用運動制御装置について説明する。
【0021】
図1は、車両用運動制御システムのブロック図である。この図に示されるように、車両用運動制御システムは、目標値要求部1、調停器2、アシストトルク設定部3、制動トルク設定部4、ステアリング制御部5、ブレーキ制御部6、ステアリングアクチュエータ7およびブレーキアクチュエータ8を有している。これらのうちの調停器2、アシストトルク設定部3および制動トルク設定部4、もしくは、アシストトルク設定部3および制動トルク設定部4が車両運動制御装置10に相当する。
【0022】
目標値要求部1は、車両におけるステアリング制御とブレーキ制御およびこれらの協調制御を含む車両運転制御を行う各アプリケーションからの要求に従って、ステアリング制御とブレーキ制御のいずれをメインにして車両運動制御を行うかの選択結果を示す信号を出力すると共に、車両運動制御を実行する指標となる目標値を示す要求信号を出力する。選択結果は、例えば車両を減速させながら旋回させるときに、それを実現するためのステアリング制御とブレーキ制御それぞれの配分がどちらが高いかなどによって決められ、高い方がメインに選択される。または、実行する制御の形態によって予めステアリング制御とブレーキ制御のいずれをメインにして車両運動制御を行うか決められていることから、それに基づいて選択結果が決められる。目標値は、車両旋回運動の目標を示した値であり、目標ヨーレート、目標スリップ角、目標横加速度などが用いられるが、本実施形態では目標ヨーレートを目標値として用いている。
【0023】
例えば、目標値要求部1は、車両運動制御に関する各アプリケーションを実行するレーンキープ制御部、レーンデパーチャー制御部、プリクラッシュ制御部、ナビゲーション協調支援制御部、旋回補助制御部等が備えた構成とされる。
【0024】
レーンキープ制御部は、例えば高速道路の直線路等において、図示しない車載カメラで車両前方の画像を撮像すると共に画像処理によって走行車線を認識し、車両が車線に沿って走行させるようにレーンキープ制御を行う。レーンデパーチャー制御部は、車載カメラで車両前方の画像を撮像すると共に画像処理によってレーンマーカーを認識し、車両がレーンマーカーからはみ出ないように相対位置を計算して、車両を車線内に戻すようにするレーンデパーチャー制御を行う。プリクラッシュ制御部は、前方車両等との衝突を回避するために必要な減速度や舵角などを演算し、車両が衝突から回避できるようにするプリクラッシュ制御を行う。ナビゲーション協調支援制御部は、図示しないナビゲーション装置に記憶された地図データに基づいて、例えば前方の急カーブを検出し、そのデータに基づいて車両が円滑にカーブ路を走行できるようにするなどのナビゲーション協調支援制御を行う。旋回補助制御部は、車両旋回時にドライバがより小さな力で旋回できるようにするための補助を行う旋回補助制御を行う。本実施形態では、これら各制御部が各制御を実現するために、目標値を示す要求信号の出力やステアリング制御とブレーキ制御のいずれをメインに行うかの選択などを行っており、目標値要求部1からは、その選択結果と共に目標値を示す要求信号が出力される。
【0025】
調停器2は、目標値要求部1から入力される要求信号が示す目標値を調停し、アシストトルク設定部3および制動トルク設定部4それぞれに対して、目標値を得るために必要な一制御周期内での要求値、具体的には要求ヨーレートを出力する(以下、調停器2がアシストトルク設定部3に対して出力する要求値を第1要求値といい、要求ヨーレートを第1要求ヨーレートという。また、調停器2が制動トルク設定部4に対して出力する要求値を第4要求値といい、要求ヨーレートを第4要求ヨーレートという。)。また、調停器2は、目標値要求部1から取得した選択結果を示す信号に基づいて、アシストトルク設定部3や制動トルク設定部4に備えられている後述する選択演算部3a、4aに対して、演算手法を決定するための制御信号を出力している。
【0026】
また、調停器2は、ステアリング制御部5やブレーキ制御部6から、ステアリングアクチュエータ7で制御できるアシストトルク限界やブレーキアクチュエータ8で制御できる加算制動トルク限界などの制御限界に関する情報を取得し、この情報に基づいて第1要求値の演算を行っている。すなわち、調停器2では、基本的には目標値要求部1から入力された目標値に従った第1、第4要求値を出力するが、制御限界に関する情報より、その第1、第4要求値を満たすアシストトルクもしくは制動トルクを得ることができない場合には、その制御限界に応じた第1、第4要求値を演算する。例えば、このような場合には、調停器2から制御限界に相当する第1、第4要求値を出力させることができる。
【0027】
アシストトルク設定部3は、調停器2から出力された第1要求値に基づいてアシストトルクを設定する。ここでは、アシストトルク設定部3は、選択演算部3a、規範値設定部3b、実ヨーレート取得部3c、フィードバック制御器3d、フィードフォワード制御器3e、加算器3fおよびアシストトルク変換器3gを備えた構成とされている。
【0028】
選択演算部3aは、調停器2から入力される選択結果に応じた制御信号に基づいて演算手法を選択し、選択した演算手法を用いて、第1要求値に対応する要求値、具体的には要求ヨーレートを出力する(以下、選択演算部3aが出力する要求値を第2要求値といい、要求ヨーレートを第2要求ヨーレートという)。選択演算部3aの演算手法は、ステアリング制御とブレーキ制御のいずれをメインにして車両運動制御を行うかによって選択される。例えば、選択演算部3aは、ステアリング制御がメインの場合には、第1要求値(第1要求ヨーレート)をそのまま第2要求値(第2要求ヨーレート)として出力すると共に、第1要求値(=第2要求値)と後述する規範値設定部3bで設定される規範値である第3要求値との差を補正値(補正ヨーレート)として制動トルク設定部4に対して出力する。また、選択演算部3aは、ブレーキ制御がメインの場合には、第1要求値(第1要求ヨーレート)に対して制動トルク設定部4に備えられた選択演算部3aから入力される補正値(補正ヨーレート)を加算した値を第2要求値(第2ヨーレート)として出力する。
【0029】
規範値設定部3bは、フィードバック制御を行うためのステアリング制御用の規範モデルを記憶しており、規範モデルに従い、入力された第2要求値(第2要求ヨーレート)に対応した規範モデルから求められる要求値、具体的には要求ヨーレートを設定する(以下、規範値設定部3bが出力する要求値を第3要求値といい、要求ヨーレートを第3要求ヨーレートという)。ここで用いられる規範モデルは車両特性などに合せて個々に設定されている。なお、ここでは、規範モデルを用いて第3要求値(第3ヨーレート)を設定しているが、規範値設定部3bは、規範値(規範ヨーレート)を設定するものであり、必ずしも規範モデルに基づいて規範値を設定しなくても良い。例えば、規範値設定部3bを単なるフィルタとして、第2要求値の高周波成分を取り除くことで規範値を設定する構成としても良い。
【0030】
実ヨーレート取得部3cは、図示しないヨーレートセンサの検出信号に基づいて、車両に実際に発生しているヨーレートである実ヨーレートを取得する。そして、実ヨーレート取得部3cは、この実ヨーレートを実際に発生している実物理量として出力する。なお、本実施形態では、目標値や要求値としてヨーレートを用いているため、実ヨーレートを用いているが、スリップ角を用いるのであれば実物理量も実際に発生しているスリップ角となり、横加速度を用いるのであれば実物理量も実際に発生している横加速度となる。つまり、実ヨーレート取得部3cは、実物理量取得部として機能し、目標値や要求値に対応した実物理量を取得して、それを出力する役割を果たす。
【0031】
フィードバック制御器3dは、実物理量が要求値に近づくようにフィードバック制御を行う。具体的には、フィードバック制御器3dは、規範値設定部3bが出力する第3要求値(第3要求ヨーレート)から実物理量に相当する実ヨーレートを減算することによって得られるヨーレート偏差が0に近づくようにフィードバックヨーレートを演算する。このフィードバックヨーレートがフィードバック制御量に相当する値であり、フィードバックヨーレートの演算手法については、一般的なフィードバック制御の演算で用いられるようなPID制御等を用いることができる。
【0032】
フィードフォワード制御器3eは、実物理量が要求値に近づくようにフィードフォワード制御を行う。具体的には、フィードフォワード制御器3eは、選択演算部3aが出力する第2要求値(第2要求ヨーレート)に基づき、フィードフォワードヨーレートを演算する。このフィードフォワードヨーレートがフィードフォワード制御量に相当する値であり、フィードフォワードヨーレートの演算手法としては従来より一般的に行われている演算手法を用いることができる。
【0033】
加算器3fは、フィードバック項とフィードフォワード項とを加算することにより、最終的な要求値を演算する。本実施形態の場合、加算器3fは、フィードバック制御器3dが出力するフィードバックヨーレートとフィードフォワード制御器3eが出力するフィードフォワードヨーレートとを加算することにより、最終的な要求値として最終要求ヨーレートを演算する。
【0034】
アシストトルク変換器3gは、アシストトルク変換部に相当するものであり、フィードフォワードヨーレートやフィードバックヨーレートに基づいてアシストトルクを設定する。本実施形態では、アシストトルク変換器3gにて加算器3fでの演算結果をトルク換算し、その換算値を示す信号を出力させている。つまり、このトルク換算により、現在発生中のトルクに対してさらに加算すべきアシストトルクが演算される。
【0035】
このような各機能部により、アシストトルク設定部3が構成されており、このアシストトルク設定部3により、調停器2から出力される要求値および選択結果を示す信号に基づいて、フィードバック制御およびフィードフォワード制御を行うためのアシストトルクが設定される。
【0036】
制動トルク設定部4は、調停器2から出力された第4要求値に基づいて各輪制動トルクを設定する。ここでは、制動トルク設定部4は、アシストトルク設定部3と同様、選択演算部4a、規範値設定部4b、実ヨーレート取得部4c、フィードバック制御器4d、フィードフォワード制御器4e、加算器4fおよび各輪制動トルク変換器4gを備えた構成とされている。
【0037】
選択演算部4aは、調停器2から入力される選択結果に応じた制御信号に基づいて演算手法を選択し、選択した演算手法を用いて、第4要求値に対応する要求値、具体的には要求ヨーレートを出力する(以下、選択演算部4aが出力する要求値を第5要求値といい、要求ヨーレートを第5要求ヨーレートという)。選択演算部4aの演算手法は、ステアリング制御とブレーキ制御のいずれをメインにして車両運動制御を行うかによって選択される。例えば、選択演算部4aは、ブレーキ制御がメインの場合には、第4要求値(第4要求ヨーレート)をそのまま第5要求値(第5要求ヨーレート)として出力すると共に、第4要求値(=第5要求値)と後述する規範値設定部4bで設定される規範値である第6要求値との差を補正値(補正ヨーレート)としてアシストトルク設定部3に対して出力する。また、選択演算部4aは、ステアリング制御がメインの場合には、第4要求値(第4要求ヨーレート)に対してアシストトルク設定部3に備えられた選択演算部3aから入力される補正値(補正ヨーレート)を加算した値を第5要求値(第5ヨーレート)として出力する。
【0038】
規範値設定部4bは、フィードバック制御を行うためのブレーキ制御用の規範モデルを記憶しており、規範モデルに従い、入力された第5要求値(第5要求ヨーレート)に対応した規範モデルから求められる要求値、具体的には要求ヨーレートを設定する(以下、規範値設定部4bが出力する要求値を第6要求値といい、要求ヨーレートを第6要求ヨーレートという)。ここで用いられる規範モデルは車両特性などに合せて個々に設定されている。なお、ここでも、規範モデルを用いて第6要求値(第6ヨーレート)を設定しているが、規範値設定部4bは、規範値(規範ヨーレート)を設定するものであるため、規範値設定部3bと同様、規範モデルに基づいて規範値を設定するものでなくても良い。
【0039】
実ヨーレート取得部4cは、アシストトルク設定部3に備えられた実ヨーレート取得部3cと同様の役割を果たすもので、実ヨーレートを取得する。
【0040】
フィードバック制御器4dは、実物理量が要求値に近づくようにフィードバック制御を行う。具体的には、フィードバック制御器4dは、規範値設定部4bが出力する第6要求値(第6要求ヨーレート)から実物理量に相当する実ヨーレートを減算することによって得られるヨーレート偏差が0に近づくようにフィードバックヨーレートを演算する。このフィードバックヨーレートがフィードバック制御量に相当する値であり、フィードバックヨーレートの演算手法についても、一般的なフィードバック制御の演算で用いられるようなPID制御等を用いることができる。
【0041】
フィードフォワード制御器4eは、実物理量が要求値に近づくようにフィードフォワード制御を行う。具体的には、フィードフォワード制御器4eは、選択演算部4aが出力する第5要求値(第5要求ヨーレート)に基づき、フィードフォワードヨーレートを演算する。このフィードフォワードヨーレートがフィードフォワード制御量に相当する値であり、フィードフォワードヨーレートの演算手法としては従来より一般的に行われている演算手法を用いることができる。
【0042】
加算器4fは、フィードバック項とフィードフォワード項とを加算することにより、最終的な要求値を演算する。本実施形態の場合、加算器4fは、フィードバック制御器4dが出力するフィードバックヨーレートとフィードフォワード制御器4eが出力するフィードフォワードヨーレートとを加算することにより、最終的な要求値として最終要求ヨーレートを演算する。
【0043】
各輪制動トルク変換器4gは、制動トルク変換部に相当するものであり、フィードフォワードヨーレートやフィードバックヨーレートに基づいて、各車輪に対して発生させる制動トルクを設定する。ここでは、現在の制動トルクに対してさらに加算すべき制動トルク(以下、加算制動トルクという)を設定している。本実施形態では、加算器4fでの演算結果をトルク換算し、その換算値を示す信号を出力させている。このトルク換算により、加算制動トルクが演算される。例えば、旋回内輪側を制御対象輪として制動力を増加させつつ旋回外輪の制動力を変化させない場合には、旋回内輪に対する加算制動トルクが正の値、旋回外輪に対する加算制動トルクが零になる。なお、ここでは、制動トルク変換器4gにより、加算制動トルク、つまり現在の制動トルクに対して加算すべき制動トルクを設定しているが、現在の制動トルクに対して加算制動トルクを足した値を最終的に発生させるべき制動トルクとして設定しても良い。すなわち、加算制動トルクを設定する場合も、現在の制動トルクに対して加算される制動トルクを設定しているのであり、最終的に発生させるべき制動トルクを設定するための一つの形態である。このため、加算制動トルクを設定しても、現在の制動トルクに対して加算制動トルクを足した値を設定しても、いずれの場合も、最終的に発生させるべき制動トルクを設定しているのと同じである。
【0044】
このような各機能部により、制動トルク設定部4が構成されており、この制動トルク設定部4により、調停器2から出力される要求値および選択結果を示す信号に基づいて、フィードバック制御およびフィードフォワード制御を行うための各輪の加算制動トルクが設定される。
【0045】
ステアリング制御部5は、例えばステアリングECU等で構成されるもので、アシストトルク設定部3から入力されるアシストトルクと対応する駆動信号(アシスト電流)を、ステアリングアクチュエータ7にて現在発生させられているトルクに加算して発生させるアシストトルク要求として出力する。また、ステアリング制御部5は、ステアリングアクチュエータ7で制御できるアシストトルク限界に関する情報を調停器2に対して出力する。アシストトルク限界は、ステアリングアクチュエータ7にて発生させられるアシストトルクの機能的限界の他、例えば高電力が必要な装置(例えばエアコン等)が使用されていたり、バッテリ残量の低下など、車両状態に応じたアシストトルクの限界など、様々な要件に基づいて決まる。このため、ステアリング制御部5は、アシストトルク限界を決めるのに必要な各情報を車内LAN等を通じて入手し、入手した各情報に基づいてアシストトルク限界を決定して、その情報を調停器2に対して出力している。
【0046】
ブレーキ制御部6は、例えばブレーキECU等で構成されるもので、制動トルク設定部4から入力される各輪加算制動トルクに対応する駆動信号を、ブレーキアクチュエータ8にて現在発生させられている各輪の制動トルクに加算して発生させる加算制動トルク要求として出力する。また、ブレーキ制御部6は、ブレーキアクチュエータ8で制御できる各輪の加算制動トルク限界に関する情報を調停器2に対して出力する。この各輪の加算制動トルク限界も、ブレーキアクチュエータ8にて発生させられる加算制動トルクの機能的限界の他、上述した他の装置の使用やバッテリ残量の低下などの車両状態に応じた限界に加えて、路面状態に応じて車輪ロックや横滑りに至らないようにするための加算制動トルクの限界など、様々な要件に基づいて決まる。このため、ブレーキ制御部6は、加算制動トルク限界を決めるのに必要な各情報を車内LAN等を通じて入手し、入手した各情報に基づいて加算制動トルク限界を決定して、その情報を調停器2に対して出力している。なお、ここでは、加算トルク限界に関する情報を用いるようにしているが、各輪に発生させ得る制動トルク限界に関する情報を用いても良い。
【0047】
ステアリングアクチュエータ7は、電動パワーステアリング(EPS)にて構成される。このステアリングアクチュエータ7は、ステアリング制御部5からアシストトルク要求が出されると、EPSに備えられたモータを駆動してアシストトルク要求に対応するアシストトルクを発生させる。これにより、現在発生させられているアシストトルクが増加させられる。
【0048】
ブレーキアクチュエータ8は、電動ブレーキ装置もしくはポンプ加圧によって各車輪のホイールシリンダを自動加圧が行える液圧ブレーキ装置にて構成される。このブレーキアクチュエータ8は、ブレーキ制御部6から各輪の加算制動トルク要求が出されると、電動ブレーキ装置に備えられるモータもしくは液圧ブレーキ装置に備えられるポンプ駆動用のモータを駆動して各輪に対して加算制動トルクに対応するホイールシリンダ圧を発生させる。これにより、現在発生させられている各輪の制動トルクが増加させられる。
【0049】
以上のような構造により、本実施形態にかかる車両用運動制御装置が適用された車両用運動制御システムが構成されている。
【0050】
次に、上記のように構成された車両用運動制御システムにおけるステアリング制御とブレーキ制御の協調制御の方法について説明する。図2は、協調制御の実行するときのイメージを示したタイミングチャートである。
【0051】
ステアリング制御とブレーキ制御の協調制御では、ステアリング制御がメインとされる場合とブレーキ制御がメインとされる場合の両方があるが、ここでは、ステアリング制御がメインとしている場合を想定して説明する。
【0052】
例えば、車両運転制御を行う各アプリケーションからの要求に従って目標値要求部1から図中に示すような目標値が入力されたとする。この場合、ステアリング制御によって発生させられるアシストトルク限界が目標値よりも小さい場合には、ステアリング制御のみでは目標値に達するために必要なアシストトルクを実現できない領域(図中ハッチング領域)が存在することになる。このため、アシストトルクを実現できない領域のアシストトルク相当分がブレーキ制御によって得られるようにする。したがって、調停器2において、アシストトルク限界を考慮してアシストトルク設定部3に出力される第1要求値(メイン側要求値)や制動トルク設定部4に出力される第4要求値(非メイン側要求値)が決められ、例えば第1要求値をアシストトルク限界に設定すると共に、第4要求値を目標値とアシストトルク限界との差分値に設定する。
【0053】
このようなステアリング制御とブレーキ制御の協調制御により、例えば、目標値がステアリング制御によって発生させられるアシストトルク限界を超える値であったとしても、その分をブレーキ制御によって補助することで、目標値を実現することが可能となる。ステアリング制御のみによって目標値に達するために必要なアシストトルクを実現できない領域が存在する場合、その分、目標値と実際値(本実施形態の場合、実際に発生させられるヨーレート)との間にズレが発生する。このため、ドライバは、そのズレを修正するためにステアリング操作やブレーキ操作を行わなければならない。しかしながら、上記のような協調制御を行うことで、目標値と実際値とのズレを解消でき、ドライバへの操作負担を軽減することが可能になる。また、ステアリング制御とブレーキ制御の協調制御によって目標値を実現することが可能となるため、応答遅れの発生を抑制でき、応答性の良い制御を行うことが可能となる。
【0054】
なお、ここではステアリング制御がメインとしている場合を想定して説明を行ったが、ブレーキ制御がメインとなる場合であっても同様のことを行うことができる。
【0055】
さらに、ステアリング制御で発生させるアシストトルクやブレーキ制御で発生させる各輪の加算制動トルクがアシストトルク限界以下であったとしても、ステアリングアクチュエータ7やブレーキアクチュエータ8の応答性の限界も存在する。このため、ステアリング制御がメインとなる場合には、ステアリングアクチュエータ7の応答性を考慮して第2要求値(第2要求ヨーレート)に対応する規範値として第3要求値(第3要求ヨーレート)を設定し、第2要求値と第3要求値との差分を補正値(補正ヨーレート)としてブレーキ制御で補助する。逆に、ブレーキ制御がメインとなる場合には、ブレーキアクチュエータ8の応答性を考慮して第5要求値(第5要求ヨーレート)に対応する規範値として第6要求値(第6要求ヨーレート)を設定し、第5要求値と第6要求値との差分を補正値(補正ヨーレート)としてステアリング制御で補助する。
【0056】
図3は、要求値とステアリングアクチュエータ7の応答性もしくはブレーキアクチュエータ8の応答性を考慮した規範値との関係を示したタイミングチャートである。要求値(要求ヨーレート)が図中実線で示されるものであった場合、実際に発生させられるヨーレートは図中破線のように遅れる。このため、図中破線で示した特性となるように規範値設定部3b、4bで規範値となる第3要求値(第3要求ヨーレート)や第6要求値(第6要求ヨーレート)を設定している。そして、図3中の実線と破線の差分が選択演算部3a、3bにて演算され、ステアリング制御がメインとされる場合にはブレーキ制御による補正値(補正ヨーレート)として第4要求値(第4要求ヨーレート)に加算され、ブレーキ制御がメインとされる場合にはステアリング制御による補正値(補正ヨーレート)として第2要求値(第2要求ヨーレート)に加算される。このようにして、ステアリングアクチュエータ7やブレーキアクチュエータ8の応答遅れについても、協調制御によって補助することができる。
【0057】
なお、図2では、ステアリング制御によって発生させられるアシストトルク限界が目標値よりも小さい場合においてステアリング制御で不足する分をブレーキ制御によって補助する場合について説明した。しかしながら、図3のようにステアリングアクチュエータ7の応答遅れがあるため、本実施形態のように、ステアリング制御で不足する分をブレーキ制御によって補助するのに加えて、ステアリングアクチュエータ7の応答遅れに対応する協調制御を行うこともできる。この場合には、実際には図2中の破線で示したように、ステアリング制御によって発生させられるアシストトルク限界が決まるため、このアシストトルク限界によって決まるステアリング制御で不足する分がブレーキ制御によって補助されることになる。勿論、ステアリング制御に代えてブレーキ制御がメインとなる場合であっても同様のことが言える。
【0058】
次に、本実施形態の車両用運動制御システムにより実行されるステアリング制御とブレーキ制御の協調制御の具体例について、図4に示すステアリング制御とブレーキ制御への要求イメージを参照して説明する。
【0059】
図4(a)は、ステアリング制御とブレーキ制御の協調制御により実現したい車両の走行軌跡を示した図であり、図4(b)は、図4(a)の走行軌跡が得られるようにするための旋回曲率に対するステアリング制御とブレーキ制御に対する各要求値(要求ヨーレート)の関係を示したタイミングチャートである。
【0060】
図4(a)に示されるように、左カーブに沿って走行する場合には、図中地点Aから地点Bまでの間において、実現したい車両の走行軌跡が得られるようにするための旋回曲率の時間変化が図4(b)のように表される。この場合、例えばステアリング制御をメインとして要求値(要求ヨーレート)が出され、ブレーキ制御ではステアリング制御を補助すべく要求値が出される。そして、ステアリング制御として、アシストトルク設定部3にてアシストトルクを設定させると共にステアリング制御部5からアシストトルク要求を出力させ、ステアリングアクチュエータ7を駆動する。これにより、設定されたアシストトルクと対応するアシストトルクを現在発生させられているアシストトルクに加算して発生させることができる。また、ブレーキ制御として、制動トルク設定部4にて各輪の加算制動トルクを設定させると共にブレーキ制御部6から各輪の加算制動トルク要求を出力させ、ブレーキアクチュエータ8を駆動する。これにより、設定された各輪の加算制動トルクを現在発生させられている制動トルクに加算して発生させることができる。
【0061】
具体的には、ステアリング制御としては、調停器2からの第1要求値(第1要求ヨーレート)に基づいて、選択演算部3aが第2要求値(第2要求ヨーレート)を発生させる。そして、この第2要求値に基づき、規範値設定部3bで規範値である第3要求値(第3要求ヨーレート)が設定されると共にフィードバック制御器3dでフィードバックヨーレートが演算され、フィードフォワード制御器3eでフィードフォワードヨーレートが演算される。さらに、これらが加算器3fで加算されることで最終要求ヨーレートが演算され、アシストトルク変換器3gでトルク変換されることでアシストトルクが演算される。これがステアリング制御部5に出力されることで、ステアリング制御部5からアシストトルク要求が出力される。
【0062】
一方、ブレーキ制御としては、調停器2からの第4要求値(第4要求ヨーレート)とアシストトルク設定部3に備えられた選択演算部4aからの補正値(補正ヨーレート)に基づいて、選択演算部4aが第5要求値(第5要求ヨーレート)を発生させる。そして、この第5要求値に基づき、規範値設定部4bで規範値である第6要求値(第6要求ヨーレート)が設定されると共にフィードバック制御器4dでフィードバックヨーレートが演算され、フィードフォワード制御器4eでフィードフォワードヨーレートが演算される。さらに、これらが加算器4fで加算されることで最終要求ヨーレートが演算され、さらに制動トルク変換器4gでトルク変換されることで各輪の加算制動トルクが演算される。これがブレーキ制御部6に出力されることで、ブレーキ制御部6から各輪の加算制動トルク要求が出力される。
【0063】
このようにして、ステアリング制御とブレーキ制御それぞれの配分が適切に設定され、ステアリング制御のみによって目標値が実現できない領域に関してブレーキ制御による補助を行うことで、ステアリング制御のみの場合よりも目標値追従性を向上させた車両運動制御が行える。これにより、ドライバへの操作負担を軽減できるステアリング制御とブレーキ制御の協調制御を行うことが可能となる。
【0064】
目標値要求部1では、車両運動制御に関する各アプリケーションを実行するものとして、レーンキープ制御部、レーンデパーチャー制御部、プリクラッシュ制御部、ナビゲーション協調支援制御部、旋回補助制御部を想定している。これらが実行する各アプリケーションからの要求として、例えばステアリング制御をメインとして要求値が出されると共にブレーキ制御でステアリング制御を補助するための要求値が出されたり、逆に、ブレーキ制御をメインとして要求値が出されると共にステアリング制御でブレーキ制御を補助するための要求値が出される。これらいずれの場合にも、図4に示した例と同様にして、ステアリング制御とブレーキ制御の協調制御が行われ、ドライバへの操作負担を軽減することが可能となる。
【0065】
例えば、プリクラッシュ制御部において、自車両の前方に他車両等の物体が飛び出してきたときにその他車両との衝突を避ける緊急回避を行う場合には、ステアリング制御もしくはブレーキ制御のいずれか一方のみを行うのではなく、これらを同時に行う協調制御を実行する。この場合、例えばステアリング制御をメインとし、ブレーキ制御を補助として協調制御を実行する。これにより、プリクラッシュ制御における目標値追従性を向上させることができ、ステアリング制御のみを実行する場合と比較して、より高い旋回性能を得ることが可能となる。すなわち、ステアリング制御により現在発生中のトルクにアシストトルク分加算されることでステアリング制御によるヨーレート(もしくは舵角)が得られるのに加え、ブレーキ制御によって例えば旋回内輪側に制動力が発生させられることで、より車両が旋回し易くなる。
【0066】
これにより、より高い旋回性能を得ることができ、より早く前方の他車両を避けることが可能となる。このため、ステアリング制御のみでは対応できない目標値と実際値との間のズレを解消することができ、ドライバへの操作負担を低減できる。
【0067】
さらに、ステアリング制御のみによって前方車両を避けるようなヨーレート(もしくは舵角)を得ようとすると、高い応答性が得られないし、車速によっては大きなヨーレートを得ることができないため、ドライバが減速しなければならないこともある。これに対して、ステアリング制御に加えてブレーキ制御も同時に行うことで、車両の減速も行うことができ、ドライバへの操作負担を軽減することができる。
【0068】
また、レーンキープ制御部、レーンデパーチャー制御部およびナビゲーション協調支援制御部において、下り坂や速度超過でのコーナー進入時などで減速しながら旋回しなければならない減速支援の際にも、ステアリング制御もしくはブレーキ制御のいずれか一方のみを行うのではなく、これらの協調制御を実行する。この場合、例えばブレーキ制御をメインとし、ステアリング制御を補助として双方の協調制御を実行する。
【0069】
これにより、上記各制御における目標値追従性を向上させることができ、ブレーキ制御のみを実行する場合と比較して、より高い減速性能および旋回性能を得ることが可能となる。すなわち、ブレーキ制御により各車輪の制動トルクが加算制動トルク分加算されることで制動力が得られるのに加え、ステアリング制御によってヨーレートを得ることで、ブレーキ発生モーメントによる旋回が可能となるため、高い減速性能を得つつ、高い旋回性能が得られる。そして、制動に使用されるエネルギーをステアリング制御用に分配して旋回することができるため、旋回に必要とされるステアリング操作負担の低減が可能となる。
【0070】
図5は、下り坂でステアリング制御とブレーキ制御の協調制御を行っていない従来の場合と協調制御を行う本実施形態の場合それぞれの様子を示したタイミングチャートである。
【0071】
図5(a)に示されるように、下り坂で車両を減速させつつカーブに沿った走行軌跡を実現する必要が生じたときに、従来の場合には、すべてのヨーレートをステアリング側で発生させなければならないため、ステアリング制御のみでは実現し切れないヨーレートを発生させるための更なるステアリング操作や減速のためのブレーキ操作などがドライバに要求されることになる。このため、ドライバによる操作負担が大きくなる。
【0072】
一方、図5(b)に示されるように、下り坂で車両を減速させつつカーブに沿った走行軌跡を実現する必要が生じたときに、本実施形態の場合には、減速をブレーキ制御でメインに行いつつ、一部をステアリング制御にも行わせるようにしている。このように、ブレーキ制御によって減速させつつステアリング制御によって旋回を行うと、ブレーキ制御に起因するヨーレートを発生させることが可能になるため、発生させたいヨーレートをステアリング制御とブレーキ制御の両方に分配して発生させることが可能となる。このため、ドライバに要求されるステアリング操作を少なくでき、ドライバに対する操作負担を軽減することが可能となる。
【0073】
(他の実施形態)
上記実施形態では、調停器2にて、ステアリング制御とブレーキ制御のいずれをメインにするかを選択し、メインに選択された方については、該当するアクチュエータが出力できる制御量(アシストトルクや加算制動トルク)の限界値に対応する要求値を出力し、メインに選択されなかった方については、目標値のうち限界値を超えている部分を要求値として出力するようにしている。
【0074】
しかしながら、これは単なる一例を示したに過ぎず、メインに選択された方に対して、該当するアクチュエータで出力できる限界値よりも小さい値、例えば車両状況に応じた適正値を要求値として出力し、メインに選択されなかった方には、目標値のうちのメインに選択された方に出力する要求値を超える部分を要求値として出力するようにしても良い。例えば、目標値要求部1に備えられた旋回補助制御部にてドライバがステアリング操作する際に、操作量(舵角)や操作速度(舵角速度)に応じてブレーキ制御も行うようにすることで、より旋回し易くするような旋回補助制御を行うときに、必ずしもステアリングアクチュエータ7のアシストトルク限界をメインとされるステアリング制御側の要求値とする必要はない。
【0075】
すなわち、ステアリング制御とブレーキ制御のいずれをメインに行うかを選択し、その選択結果に基づいて、メインとされる側に対して行わせる車両旋回運動の要求値であるメイン側要求値を出力すると共に、メインとされない側に目標値とメイン側要求値との差に応じた要求値である非メイン側要求値を出力することで、ステアリング制御とブレーキ制御それぞれの配分が適切に設定されるようにできる。これにより、ステアリング制御をメインとしつつブレーキ制御による補助を行うことが可能となるため、ステアリング制御のみの場合よりも目標値追従性を向上させた車両運動制御が行える。そして、ドライバへの操作負担を軽減できるステアリング制御とブレーキ制御の協調制御を行うことが可能となる。
【0076】
また、上記実施形態では、ステアリングアクチュエータ7やブレーキアクチュエータ8の応答遅れについても協調制御によって補助するようにしているが、必ずしも行わなければならない訳ではない。
【0077】
さらに、上記実施形態では、ステアリング制御およびブレーキ制御のうちメインで行われる側だけでなく、もう一方でもフィードバック制御が行われるようにしているが、フィードバック量の発散を防止するために、メインとされる側だけでフィードバック制御が行われるようにしても良い。
【符号の説明】
【0078】
1…目標値要求部、2…調停器、3…アシストトルク設定部、3a…選択演算部、3b…規範値設定部、3c…実ヨーレート取得部、3d…フィードバック制御器、3e…フィードフォワード制御器、3f…加算器、3g…アシストトルク変換器、4…制動トルク設定部、4a…選択演算部、4b…規範値設定部、4c…実ヨーレート取得部、4d…フィードバック制御器、4e…フィードフォワード制御器、4f…加算器、4g…各輪制動トルク変換器、5…ステアリング制御部、6…ブレーキ制御部、7…ステアリングアクチュエータ、8…ブレーキアクチュエータ、10…車両運動制御装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の舵角を制御するステアリングアクチュエータ(7)に発生させるアシストトルクを設定すると共に、該ステアリングアクチュエータ(7)の駆動を行うステアリング制御部(5)に対して前記アシストトルクを伝えるアシストトルク設定部(3)と、
前記車両に備えられた各車輪に発生させる制動力を制御するブレーキアクチュエータ(8)に発生させる制動トルクを設定すると共に、該ブレーキアクチュエータ(8)の駆動を行うブレーキ制御部(6)に対して前記制動トルクを伝える制動トルク設定部(4)と、
車両旋回運動の制御を実施するアプリケーションから伝えられるステアリング制御とブレーキ制御のいずれをメインに行うかの選択結果を示す信号および前記車両旋回運動の目標値に基づいて、前記アシストトルク設定部(3)と前記制動トルク設定部(4)のうち前記メインとされる側に対して行わせる前記車両旋回運動の要求値であるメイン側要求値を出力すると共に、前記メインとされない側に前記目標値と前記メイン側要求値との差に応じた要求値である非メイン側要求値を出力する調停器(2)と、を備えていることを特徴とする車両運動制御装置。
【請求項2】
前記調停器(2)は、
前記ステアリング制御をメインで行うときには、前記メイン側要求値として前記ステアリングアクチュエータ(7)にて制御できるアシストトルク限界に対応する要求値を前記アシストトルク設定部(3)に対して出力すると共に、前記非メイン側要求値として前記目標値と前記アシストトルク設定部(3)に対して出力される前記要求値との差分値を前記制動トルク設定部(4)に対して出力し、
前記ブレーキ制御をメインで行うときには、前記メイン側要求値として前記ブレーキアクチュエータ(8)にて制御できる制動トルク限界に対応する要求値を前記制動トルク設定部(4)に対して出力すると共に、前記非メイン側要求値として前記目標値と前記制動トルク設定部(4)に対して出力される前記要求値との差分値を前記アシストトルク設定部(3)に対して出力することを特徴とする請求項1に記載の車両運動量制御装置。
【請求項3】
前記アシストトルク設定部(3)は、
前記ステアリングアクチュエータ(7)での要求値に対する応答遅れを加味した第1規範値を設定する第1規範値設定部(3b)と、
前記車両に実際に発生している第1実物理量を取得する第1実物理量取得部(3c)と、
前記第1規範値設定部(3b)にて設定された前記第1規範値と前記第1実物理量取得部(3c)にて取得された前記第1実物理量との偏差に基づいてフィードバック制御量を設定する第1フィードバック制御器(3d)と、
前記第1フィードバック制御器(3d)で設定された前記フィードバック制御量に基づいて前記アシストトルクを前記ステアリング制御部(5)に対して出力するアシストトルク変換部(3g)とを備え、
前記制動トルク設定部(4)は、
前記ブレーキアクチュエータ(8)での要求値に対する応答遅れを加味した第2規範値を設定する第2規範値設定部(4b)と、
前記車両に実際に発生している第2実物理量を取得する第2実物理量取得部(4c)と、
前記第2規範値設定部(4b)にて設定された前記第2規範値と前記第2実物理量取得部(4c)にて取得された前記第2実物理量との偏差に基づいてフィードバック制御量を設定する第2フィードバック制御器(4d)と、
前記第2フィードバック制御器(4d)で設定された前記フィードバック制御量に基づいて前記制動トルクを前記ブレーキ制御部(6)に対して出力する制動トルク変換部(4g)とを備えていることを特徴とする請求項1または2に記載の車両運動制御装置。
【請求項4】
前記アシストトルク設定部(3)には、前記選択結果を示す信号に基づき、前記ステアリング制御がメインで行われるときには前記メイン側要求値を前記第1規範値設定部(3b)に出力すると共に、前記メイン側要求値と前記第1規範値との差を補正値として前記制動トルク設定部(4)に出力し、前記ブレーキ制御がメインで行われるときには前記非メイン側要求値に対して前記制動トルク設定部(4)から入力される補正値を加えた値を前記第1規範値設定部(3b)に出力する第1選択演算部(3a)が備えられ、
前記制動トルク設定部(4)には、前記選択結果を示す信号に基づき、前記ステアリング制御がメインで行われるときには前記非メイン側要求値に対して前記アシストトルク設定部(3)から入力される補正値を加えた値を前記第2規範値設定部(4b)に出力し、前記ブレーキ制御がメインで行われるときには前記メイン側要求値を前記第2規範値設定部(4b)に出力すると共に、前記メイン側要求値と前記第2規範値との差を補正値として前記アシストトルク設定部(3)に出力する第2選択演算部(4a)が備えられていることを特徴とする請求項3に記載の車両運動制御装置。
【請求項5】
車両前方への物体の飛び出しに対して該物体を避ける緊急回避を行うアプリケーションから前記ステアリング制御をメインに行うという選択結果を示す信号と共に前記目標値が伝えられると、前記調停器(2)にて、前記アシストトルク設定部(3)に対して前記メイン側要求値を出力すると共に、前記制動トルク設定部(4)に対して前記非メイン側要求値を出力し、前記アシストトルク設定部(3)にて前記メイン側要求値に基づく前記アシストトルクを前記ステアリング制御部(5)に伝え、前記制動トルク設定部(4)にて前記非メイン側要求値に基づく前記制動トルクを前記ブレーキ制御部(6)に伝えることを特徴とする請求項1ないし4のいずれか1つに記載の車両運動制御装置。
【請求項6】
車両を減速させながら旋回させる減速支援を行うアプリケーションから前記ブレーキ制御をメインに行うという選択結果を示す信号と共に前記目標値が伝えられると、前記調停器(2)にて、前記制動トルク設定部(4)に対して前記メイン側要求値を出力すると共に、前記アシストトルク設定部(3)に対して前記非メイン側要求値を出力し、前記制動トルク設定部(4)にて前記メイン側要求値に基づく前記制動トルクを前記ブレーキ制御部(6)に伝え、前記アシストトルク設定部(3)にて前記非メイン側要求値に基づく前記アシストトルクを前記ステアリング制御部(5)に伝えることを特徴とする請求項1ないし5のいずれか1つに記載の車両運動制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−162004(P2011−162004A)
【公開日】平成23年8月25日(2011.8.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−25426(P2010−25426)
【出願日】平成22年2月8日(2010.2.8)
【出願人】(000004260)株式会社デンソー (27,639)
【出願人】(301065892)株式会社アドヴィックス (1,291)
【Fターム(参考)】