説明

電気駆動車両

【課題】坂道において電気駆動車両の発進及び停止を行う時に機械式ブレーキと電動機の協調制御を行うことなく、後退することのない発進及び停止を実現する。
【解決手段】本発明の電気駆動車両は、車輪を制動あるいは駆動するための誘導モータと前記誘導モータを制御する電動機制御器と前記車輪を制動する機械式ブレーキを備え、前記車両が前記機械式ブレーキが作動していない状態で停止している時は前記電動機制御器が前記誘導モータの固定子に直流電圧または−1〜+1Hzの間にある周波数の交流電圧を印加し、前記車両を停止させるトルクを前記誘導モータに発生させて前記車両を停止状態で維持する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は停止中の電気駆動車両を発進させる時あるいは走行中の電気駆動車両を停止させる時の制御方式に関するものであり、特に坂道において機械式ブレーキを使用しなくても後退することなく発進及び停止することが可能な電気駆動車両に関する。
【背景技術】
【0002】
坂道における従来技術の電気駆動車両の発進時制御方式について説明する。坂道発進時には機械式ブレーキを使用し、その機械式ブレーキの発生するトルクによって車両を坂道に停止させる。その状態からモータにトルクを出力させて、坂道で車両がずり下がらないように支えられるトルクをモータが確立できたら機械式ブレーキを解除する。このような操作をすることで、坂道でも車両が後進することのない発進をすることができる。一例として、特許文献1にこのような操作を行う車両が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】米国特許第6150780号公報(第11カラム39行から第12カラム20行の記載。)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、機械式ブレーキを使用した坂道発進は、以下のような理由で問題点がある。第一に、機械式ブレーキとモータとの協調制御が難しい。例えば、モータトルクが確立する前に機械式ブレーキを解除すると車両が後進したり、あるいは逆にモータトルクが十分確立した後に機械式ブレーキを急に解除すると車両が急発進してしまうなどの問題点が考えられる。これらが起こらないようにするためには、車両が重力の影響で受ける力とモータの出力するトルクが釣り合うタイミングで機械式ブレーキを解除したり、機械式ブレーキを徐々に解除する等の操作が必要となる。しかし、路面の傾斜や車両の重量や機械式ブレーキの動作遅れ等の条件がいろいろ変化することを考えると現実的には難しい。
【0005】
第二に、機械式ブレーキを動作させた状態でモータトルクを上昇させていくので、機械式ブレーキが磨耗する。車両が重力の影響で受ける力とモータの出力するトルクが釣り合うタイミングで機械式ブレーキを解除できれば磨耗は少なく済むが、現実的にはそのような操作は難しいので、車両が発進し始めたら機械式ブレーキを解除する操作が一般には行われる。従って、機械式ブレーキを動作させた状態で車両が前進するので、機械式ブレーキが磨耗する。機械式ブレーキの磨耗はメンテナンス費の増加に繋がるので、機械式ブレーキの磨耗は少ない方が良い。
【0006】
以上のように、機械式ブレーキを使用した坂道発進は機械式ブレーキとモータの協調制御や機械式ブレーキの磨耗という点で困難さを伴う。
【0007】
本発明は機械式ブレーキとモータの協調制御を行うことなく、機械式ブレーキの磨耗を抑制することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、本発明では、車輪を制動あるいは駆動するための誘導モータと前記誘導モータを制御する電動機制御器と前記車輪を制動する機械式ブレーキを備えた電気駆動車両において、前記車両が前記機械式ブレーキが作動していない状態で停止している時は前記電動機制御器が前記誘導モータの固定子に直流電圧または−1Hz〜+1Hzの間にある周波数の交流電圧を印加し、前記車両を停止させるトルクを前記誘導モータに発生させて前記車両を停止状態で維持する。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、坂道において機械式ブレーキを使用しなくても、後退することなく発進及び停止を行うことができる。従って、発進時及び停止時に機械式ブレーキと誘導モータの協調制御を行う必要がなく、また機械式ブレーキの磨耗を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】実施例1の電気駆動車両の制御装置の説明図。
【図2】実施例1における停止中の車両が発進する時の動作を示す説明図。
【図3】電流指令とアクセルペダルの関係の例を示す説明図。
【図4】実施例1における走行中の車両が停止する時の動作を示す説明図。
【図5】実施例2の電気駆動車両の制御装置の説明図。
【図6】実施例2における停止中の車両が発進する時の動作を示す説明図。
【図7】実施例2における走行中の車両が停止する時の動作を示す説明図。
【図8】実施例3の電気駆動車両の構成を示す説明図。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の詳細を図面に基づいて説明する。
【実施例1】
【0012】
図1は本実施例の全体構成を示す。図1において、誘導モータ2がギア3を介して車輪4を駆動することで車両が前進あるいは後進する。誘導モータ2は電動機制御器19によって制御され、電力変換器1は誘導モータ2を駆動する。電流検出器5は電力変換器1と誘導モータ2の間に接続されており、それらの間に流れる3相の電流Iu,Iv,Iwを検出する。
【0013】
3相/2相変換器6は位相信号θを用いて、検出した3相の電流値をd軸成分Idとq軸成分Iqの2軸成分に変換する。速度検出器7は誘導モータ2に接続されており、誘導モータ2の回転速度を検出することで車両の走行速度を検出する。なお、検出する車両の走行速度は速度検出器7を用いずに推定演算により求めても良い。機械式ブレーキ8は車輪4を制動することで、車両を減速させる。
【0014】
アクセル開度検出器9は運転者のアクセル操作に応じたアクセルペダルの開度を検出し、ブレーキ開度検出器10は運転者のブレーキ操作に応じたブレーキペダルの開度を検出する。シフトレバー位置検出器11はシフトレバーの位置を検出する。シフトレバーの位置としてはF,N,Rの例えば3通りがあり、車体を前進させる時はFを、車体を後進させる時はRを選択する。Nを選択すると、電力変換器1は電圧出力を停止する。
【0015】
機械式ブレーキ操作検出器20は機械式ブレーキペダルの操作を検出し、機械式ブレーキ操作検出値を出力する。機械式ブレーキ制御器24は機械式ブレーキ操作検出器20の出力する機械式ブレーキ操作検出値を入力として、機械式ブレーキ動作指令を出力する。
【0016】
指令演算器12はアクセル開度検出器9の出力するアクセル開度検出値及びブレーキ開度検出器10の出力するブレーキ開度検出値及びシフトレバー位置検出器11の出力するシフトレバー位置検出値及び機械式ブレーキ操作検出器の出力する機械式ブレーキ操作検出値を入力として、d軸電流指令Id*,q軸電流指令Iq*,周波数指令ω1*を出力する。機械式ブレーキ8は機械式ブレーキ制御器24の出力する機械式ブレーキ動作指令に従って、車輪4を制動する。
【0017】
d軸電流制御器13は指令演算器12の出力するd軸電流指令Id*と3相/2相変換器6の出力する電流検出値Idの偏差を入力として、電圧指令演算に用いる電流指令Id**を出力する。d軸電流制御器13は例えば比例積分制御系により構成され、d軸電流指令Id*と電流検出値Idの偏差が零になるように電圧指令演算に用いる電流指令Id**を決定する。
【0018】
q軸電流制御器14は指令演算器12の出力するq軸電流指令Iq*と3相/2相変換器6の出力する電流検出値Iqの偏差を入力として、電圧指令演算に用いる電流指令Iq**を出力する。q軸電流制御器14は例えば比例積分制御系により構成され、q軸電流指令Iq*と電流検出値Iqの偏差が零になるように電圧指令演算に用いる電流指令Iq**を決定する。
【0019】
電圧指令演算器15はd軸電流制御器13の出力する電流指令Id**、q軸電流制御器14の出力する電流指令Iq**、指令演算器12の出力する周波数指令ω1*を入力として出力電圧指令のd軸成分Vd*とq軸成分Vq*を出力する。積分器16は指令演算器12の出力する周波数指令ω1*を積分することで位相信号θを出力する。
【0020】
2相/3相変換器17は積分器16の出力する位相信号θを用いて、電圧指令演算器15の出力する出力電圧指令のd軸成分Vd*とq軸成分Vq*を3相の出力電圧指令Vu*,Vv*,Vw*に変換する。
【0021】
パルス発生器18は、2相/3相変換器17の出力する3相の出力電圧指令Vu*,Vv*,Vw*に基づいて、PWM(Pulse Width Modulation)により電力変換器1へのゲートパルス信号を出力する。電力変換器1はゲートパルス信号を受け、IGBT等の電力半導体スイッチング素子が高速にスイッチングを行うことで、電力変換器1は指令に応じた電圧を出力する。
【0022】
図2に本実施例における停止中の車両が発進する時の動作を示す。ここで、機械式ブレーキ8が作動し、シフトレバーの位置はNで上りの坂道にて車両は停止している状況から車両が発進する場合を考える。シフトレバーの位置はNであることから、電力変換器1は電圧出力を停止しており、誘導モータ2の固定子には電流は流れず、誘導モータ2はトルクを発生しない。従って、この時は機械式ブレーキ8が発生するトルクによって、車両は坂道をずり下がらない。
【0023】
次に、シフトレバーの位置をNからFに変更すると、指令演算器12は所定の電流指令Id*,Iq*を出力し、周波数指令ω1*は零として出力する。また、電力変換器1はこれらの指令に従って電圧出力を開始し、誘導モータ2の固定子に電流が流れ始める。ただし、周波数指令ω1*は零のため、電力変換器1の出力電圧は直流電圧であり、誘導モータ2の速度は零であることから、誘導モータ2の固定子と回転子の間のすべり周波数は零であり、誘導モータ2はトルクを発生しない。
【0024】
次に、機械式ブレーキ動作指令をONからOFFに変更すると、機械式ブレーキ8が解除されるため、車両は坂道を後方へずり下がり始めるが、電力変換器1が誘導モータ2に印加する電圧が直流であることから、誘導モータ2の固定子と回転子の間に正のすべり周波数が発生し、誘導モータ2が正のトルクを出力し始める。一般に誘導モータ2はすべり周波数が大きくなるにつれて発生するトルクは大きくなり、最終的には誘導モータ2の発生するトルクと誘導モータ2の負荷トルクが一致するところまですべり周波数が大きくなる。この時、誘導モータ2は車両を坂道で停止させるのに必要なトルクを出力することになる。ただし、誘導モータ2はすべり周波数分だけは負の速度を持つことになり、厳密には坂道をずり下がるが、このすべり周波数は非常に小さいことと誘導モータ2と車輪4の間にはギア3を介しているために車輪4の回転は非常に遅く、車両としてはほぼ完全停止となる。すなわち、誘導モータ2に直流の電圧を印加することで、車両を坂道にてほぼ完全停止させることが可能であり、この時機械式ブレーキ8を使用する必要はない。
【0025】
次にアクセルペダルを踏み込んだ時は指令演算器12は電流指令Id*,Iq*をアクセルペダルの踏み具合に応じて変化させながら、周波数指令ω1*を零から所定のレートで上
昇させる。周波数指令ω1*が零から上昇すると、誘導モータ2に印加する電圧の周波数が零から上昇し、誘導モータ2の固定子と回転子の間のすべり周波数が正の方向へ大きくなり誘導モータ2の発生するトルクも大きくなる。この結果、誘導モータ2の発生するトルクが誘導モータ2の負荷トルクを上回ると、誘導モータ2が加速し、車両が発進する。すなわち、車両が停止時に誘導モータ2が発生するトルクより更にトルクを増加させて車両を発進させるので、基本的に発進時に車両が後退することはなく、周波数指令ω1*の上昇に追随して車両の速度が上昇する。
【0026】
ここで、電流指令Id*,Iq*を変化させるのは運転者が要求するトルクを出力するのに必要な電流を誘導モータ2に流すようにするためである。アクセルペダルの踏み込みが大きい場合には運転者が大きなトルクを要求しているので、電流指令Id*,Iq*を大きくし、逆にアクセルペダルの踏み込みが小さい場合には運転者は大きなトルクを要求していないので、電流指令Id*,Iq*の増加量を小さくする。一般的に大きなトルクを出力するには誘導モータ2に大きな電流を流す必要があるため、アクセルペダル開度に応じてこのような電流指令Id*,Iq*の調整を行う。このような調整を行うことで、不必要に大きな電流を誘導モータ2に流さないようにすることができる。
【0027】
なお、図2では、電流指令Id*,Iq*の両方を大きくしているが、実際は誘導モータ2に流れる電流の大きさを調整できれば良いので、必ずしも両方を大きくする必要はなく、電流指令Id*,Iq*の何れか一方を調整するだけでも良い。図3に電流指令Id*,Iq*とアクセルペダル開度の関係の一例を示す。
【0028】
以上のように、停止時は周波数指令ω1*を零として、誘導モータ2に印加する電圧を直流とすることで、坂道において車両を停止させるのに必要なトルクを誘導モータ2に発生させ、発進時は周波数指令ω1*を零から所定のレートで上昇させることで、誘導モータ2に印加する電圧の周波数を上昇させて、誘導モータ2の発生するトルクを更に増加させて発進させる。このような動作により、機械式ブレーキ8を使用することなく、後退しない坂道発進が可能となる。従って、機械式ブレーキ8と誘導モータ2の協調制御を行う必要はなく、また機械式ブレーキ8の磨耗も発生しない。
【0029】
図4に本実施例における走行中の車両が停止する時の動作を示す。ここで、アクセルペダルは踏んでおらず、シフトレバーの位置はFで上りの坂道を惰性で走行している状況から車両が停止する場合を考える。ブレーキペダルを踏み込む前は誘導モータ2の出力するトルクは零であるが、ブレーキペダルを踏み込むと指令演算器12は周波数指令ω1*を零に向かって下降させる。この時、誘導モータ2に印加する電圧の周波数が低下し、誘導モータ2の固定子と回転子の間のすべり周波数が負の方向へ大きくなり誘導モータ2は負のトルクを出力する。この結果、誘導モータ2は減速し、車両の速度も低下する。やがて、車両の速度は零を過ぎて負となり、車両は坂道を後方へずり下がり始めるが、周波数指令ω1*は零を維持するので、電力変換器1が誘導モータ2に印加する電圧が直流であることから、誘導モータ2の固定子と回転子の間に正のすべり周波数が発生し、誘導モータ2が正のトルクを出力し始め、最終的には車両を坂道で停止させるのに必要なトルクを出力する。ただし、発進時と同様に誘導モータ2はすべり周波数分だけは負の速度を持つことになり、厳密には坂道をずり下がるが、すべり周波数は非常に小さいことと誘導モータ2と車輪4の間にはギア3を介しているために車輪4の回転は非常に遅く、車両としてはほぼ完全停止となる。従って、この時機械式ブレーキ8を使用する必要はない。
【0030】
次に、機械式ブレーキ動作指令をOFFからONに変更すると、機械式ブレーキ8が作動するため、機械式ブレーキ8が発生するトルクによって誘導モータ2の速度が零となり、誘導モータ2の固定子と回転子の間のすべり周波数も零となり、誘導モータ2はトルクを発生しなくなる。従って、この時は機械式ブレーキ8が発生するトルクによって、車両は坂道をずり下がらない。
【0031】
次に、シフトレバーの位置をFからNに変更すると、指令演算器12は電流指令Id*,Iq*を零とし、電力変換器1は電圧出力を停止する。この結果、誘導モータ2の固定子に電流が流れなくなる。
【0032】
本実施例によれば、車両の重量及び路面の傾斜に依ることなく、機械式ブレーキ8を使用せずに車両をほぼ完全停止させることができる。従って、発進時及び停止時に機械式ブレーキ8と誘導モータ2の協調を行う必要がなく、機械式ブレーキ8の磨耗も発生しない。また、坂道での発進及び停止時に車両がずり下がるようなこともない。
【実施例2】
【0033】
図5に本実施例の全体構成を示す。図1と異なる点は、傾斜検出器21及び車重検出器22を備え、傾斜検出器21の出力する路面の傾斜検出値及び車重検出器22の出力する車両の重量検出値が指令演算器12の入力となる点である。
【0034】
図6に本実施例における停止中の車両が発進する時の動作を示す。ここで、機械式ブレーキ8が作動し、シフトレバーの位置はNで上りの坂道にて車両は停止している状況から車両が発進する場合を考える。シフトレバーの位置はNであることから、電力変換器1は電圧出力を停止しており、誘導モータ2の固定子には電流は流れず、誘導モータ2はトルクを発生しない。従って、この時は機械式ブレーキ8が発生するトルクによって、車両は坂道をずり下がらない。
【0035】
次に、シフトレバーの位置をNからFに変更すると、指令演算器12は所定の電流指令Id*,Iq*を出力し、周波数指令ω1*は零として出力する。また、電力変換器1はこれらの指令に従って電圧出力を開始し、誘導モータ2の固定子に電流が流れ始める。ただし、周波数指令ω1*は零のため、電力変換器1の出力電圧は直流電圧であり、誘導モータ2の速度は零であることから、誘導モータ2の固定子と回転子の間のすべり周波数は零であり、誘導モータ2はトルクを発生しない。
【0036】
次に、機械式ブレーキ動作指令をONからOFFに変更すると、機械式ブレーキ8が解除される。この時周波数指令ω1*を傾斜検出器21の検出する路面の傾斜検出値及び車重検出器22の検出する車両の重量検出値に基づいて演算した値に変化させる。この値は車両を路面で停止させる時に必要なトルクを誘導モータ2が出力するようなすべり周波数とする。この結果、電力変換器1が出力する電圧はこのすべり周波数に等しい周波数の交流電圧となり、誘導モータ2は車両を坂道で停止させるのに必要なトルクを出力しながら、速度零を保つ。この結果、車両としては完全停止となる。すなわち、車両を路面で停止させる時に必要なトルクを誘導モータ2が出力するようなすべり周波数に等しい交流の電圧を誘導モータ2に印加することで、車両を坂道にて完全停止させることが可能であり、この時機械式ブレーキ8を使用する必要はない。
【0037】
次にアクセルペダルを踏み込んだ時は指令演算器12は電流指令Id*,Iq*をアクセルペダルの踏み具合に応じて変化させながら、周波数指令ω1*をその時出力している値から所定のレートで上昇させる。周波数指令ω1*が上昇すると、誘導モータ2に印加する電圧の周波数が上昇し、誘導モータ2の固定子と回転子の間のすべり周波数が正の方向へ大きくなり誘導モータ2の発生するトルクも大きくなる。この結果、誘導モータ2の発生するトルクが誘導モータ2の負荷トルクを上回ると、誘導モータ2が加速し、車両が発進する。すなわち、車両が停止時に誘導モータ2が発生するトルクより更にトルクを増加させて車両を発進させるので、基本的に発進時に車両が後退することはなく、周波数指令ω1*の上昇に追随して車両の速度が上昇する。
【0038】
以上のように、停止時は周波数指令ω1*を車両を路面で停止させる時に必要なトルクを誘導モータ2が出力するようなすべり周波数とし、誘導モータ2に印加する電圧をこのすべり周波数に等しい周波数の交流電圧とすることで、坂道において車両を停止させるのに必要なトルクを誘導モータ2に発生させ、発進時は周波数指令ω1*をその時出力している値から所定のレートで上昇させることで、誘導モータ2に印加する電圧の周波数を上昇させて、誘導モータ2の発生するトルクを更に増加させて発進させる。このような動作により、機械式ブレーキ8を使用することなく、後退しない坂道発進が可能となる。従って、機械式ブレーキ8と誘導モータ2の協調制御に関しては機械式ブレーキ8を解除する時に周波数指令ω1*を変化させるが、この協調は容易であり、また機械式ブレーキ8の磨耗も発生しない。
【0039】
図7に本実施例における走行中の車両が停止する時の動作を示す。ここで、アクセルペダルは踏んでおらず、シフトレバーの位置はFで上りの坂道を惰性で走行している状況から車両が停止する場合を考える。ブレーキペダルを踏み込む前は誘導モータ2の出力するトルクは零であるが、ブレーキペダルを踏み込むと指令演算器12は周波数指令ω1*を傾斜検出器21の検出する路面の傾斜検出値及び車重検出器22の検出する車両の重量検出値に基づいて演算した値に向かって下降させる。この周波数指令ω1*の目標値は車両を路面で停止させる時に必要なトルクを誘導モータ2が出力するようなすべり周波数とする。
この時、誘導モータ2に印加する電圧の周波数が低下し、誘導モータ2の固定子と回転子の間のすべり周波数が負の方向へ大きくなり誘導モータ2は負のトルクを出力する。この結果、誘導モータ2は減速し、車両の速度も低下する。周波数指令ω1*は車両を路面で停止させる時に必要なトルクを誘導モータ2が出力するようなすべり周波数まで低下すると、その値を維持するので、車両の速度が低下すると誘導モータ2の固定子と回転子の間に正のすべり周波数が発生し、誘導モータ2が正のトルクを出力し始め、最終的には車両を坂道で停止させるのに必要なトルクを出力する。従って、この時機械式ブレーキ8を使用する必要はない。
【0040】
次に、機械式ブレーキ動作指令をOFFからONに変更すると、機械式ブレーキ8が作動し、この時周波数指令ω1*を零とする。この結果、誘導モータ2の固定子と回転子の間のすべり周波数が零となり、誘導モータ2はトルクを発生しなくなる。従って、この時は機械式ブレーキ8が発生するトルクによって、車両は坂道をずり下がらない。
【0041】
次に、シフトレバーの位置をFからNに変更すると、指令演算器12は電流指令Id*,Iq*を零とし、電力変換器1は電圧出力を停止する。この結果、誘導モータ2の固定子に電流が流れなくなる。
【0042】
以上では、路面として上りの坂道を想定して述べてきたが、平坦路や下りの坂道においても同様に動作させることができる。上りの坂道では車両を路面で停止させる時に必要なトルクは正であり、誘導モータ2がそのトルクを出力するようなすべり周波数も正であるが、平坦路であればそのトルク及びすべり周波数が零となり、下りの坂道ではそのトルク及びすべり周波数が負となるだけである。すべり周波数の範囲は誘導モータ2によって異なるが、およそ−1Hz〜1Hz程度である。すべり周波数がこの範囲を外れると誘導モータ2に加わる負担が増し好ましくない。また、車両を路面で停止させる時に必要なトルクを誘導モータ2が出力するようなすべり周波数は傾斜検出器21の検出する傾斜検出値及び車重検出器22の検出する車重検出値に基づいて演算できるが、この方法に限るものではない。
【0043】
本実施例によれば、車両の重量及び路面の傾斜に応じて、停止時の周波数指令ω1*を調整することで、機械式ブレーキ8を使用せずに車両を完全停止させることができる。発進時及び停止時における機械式ブレーキ8と誘導モータ2の協調も容易であり、機械式ブレーキ8の磨耗も発生しない。また、坂道での発進及び停止時に車両がずり下がるようなこともない。
【実施例3】
【0044】
図8は実施例1や実施例2を適用した車両の全体構成を示す。図8において、後輪側は駆動輪であり、前輪側は従動輪となる。図8に示すように、電力変換器1が車体23の後輪側の左右の誘導モータ2を駆動することで、車両が前進あるいは後進する。また、左右の誘導モータ2は独立に制御することが可能であり、車両に発生させる駆動力あるいは制動力の左右の配分を運転者のハンドル操作に応じて調節することも可能である。また、機械式ブレーキ8は全ての車輪4に備え付けられ、同時に制御される。
【符号の説明】
【0045】
1…電力変換器、2…誘導モータ、3…ギア、4…車輪、5…電流検出器、6…3相/2相変換器、7…速度検出器、8…機械式ブレーキ、9…アクセル開度検出器、10…ブレーキ開度検出器、11…シフトレバー位置検出器、12…指令演算器、13…d軸電流制御器、14…q軸電流制御器、15…電圧指令演算器、16…積分器、17…2相/3相変換器、18…パルス発生器、19…電動機制御器、20…機械式ブレーキ操作検出器、21…傾斜検出器、22…車重検出器、23…車体、24…機械式ブレーキ制御器。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車輪を制動あるいは駆動する誘導モータと、該誘導モータを制御する電動機制御器と、前記車輪を制動する機械式ブレーキとを備えた電気駆動車両において、
前記車両が停止している時に、前記電動機制御器が前記誘導モータの固定子に−1Hz〜+1Hzの間にある周波数の交流電圧を印加し、前記車両を停止させるトルクを前記誘導モータに発生させて前記車両を停止状態で維持することを特徴とする電気駆動車両。
【請求項2】
請求項1において、
前記車両が前記誘導モータが発生するトルクで停止状態に維持されている時に、前記機械式ブレーキが作動していないことを特徴とする電気駆動車両。
【請求項3】
請求項1において、前記車両が発進する時は前記誘導モータの固定子に印加する電圧の周波数が所定のレートで上昇することを特徴とする電気駆動車両。
【請求項4】
請求項1において、走行中の前記車両が停止する時は前記誘導モータの固定子に印加する電圧の周波数が所定のレートで下降することを特徴とする電気駆動車両。
【請求項5】
請求項1において、前記車両はアクセルペダルを備え、前記電動機制御器は電流制御器を備え、前記電流制御器へ与える電流指令は前記アクセルペダルの開度に応じて変化することを特徴とする電気駆動車両。
【請求項6】
車輪を制動あるいは駆動するための誘導モータと前記誘導モータを制御する電動機制御器と前記車輪を制動する機械式ブレーキを備えた電気駆動車両において、
前記車両が前記機械式ブレーキが作動している状態で坂道で停止している状態から発進する時は、前記機械式ブレーキを解除した後に発進することを特徴とする電気駆動車両。
【請求項7】
車輪を制動あるいは駆動する誘導モータと、該誘導モータを制御する電動機制御器と、前記車輪を制動する機械式ブレーキとを備えた電気駆動車両において、
前記車両が停止している時に、前記電動機制御器が前記誘導モータの固定子に直流電圧を印加し、前記車両を停止させるトルクを前記誘導モータに発生させて前記車両を停止状態で維持することを特徴とする電気駆動車両。
【請求項8】
請求項7において、
前記車両が前記誘導モータが発生するトルクで停止状態に維持されている時に、前記機械式ブレーキが作動していないことを特徴とする電気駆動車両。
【請求項9】
請求項7において、前記車両が発進する時は前記誘導モータの固定子に印加する電圧の周波数が所定のレートで上昇することを特徴とする電気駆動車両。
【請求項10】
請求項7において、走行中の前記車両が停止する時は前記誘導モータの固定子に印加する電圧の周波数が所定のレートで下降することを特徴とする電気駆動車両。
【請求項11】
請求項7において、前記車両はアクセルペダルを備え、前記電動機制御器は電流制御器を備え、前記電流制御器へ与える電流指令は前記アクセルペダルの開度に応じて変化することを特徴とする電気駆動車両。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−72189(P2011−72189A)
【公開日】平成23年4月7日(2011.4.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−282530(P2010−282530)
【出願日】平成22年12月20日(2010.12.20)
【分割の表示】特願2006−81907(P2006−81907)の分割
【原出願日】平成18年3月24日(2006.3.24)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】