説明

動力伝達装置の制御装置

【課題】複数の動力伝達経路が並列に設けられ、かつ、動力伝達経路毎にクラッチが設けられている車両が登坂路にある場合に、駆動力不足となることを抑制することの可能な動力伝達装置の制御装置を提供する。
【解決手段】車両の原動機と車輪との間に設けられた入力回転部材及び出力回転部材と、入力回転部材と出力回転部材との間に並列に配置された複数の動力伝達経路と、複数の動力伝達経路毎に設けられ、かつ、原動機と車輪との間で伝達されるトルクを制御する複数のクラッチとを有する動力伝達経路を選択する動力伝達装置の制御装置において、登坂路が検知された場合に原動機のトルクを上昇させる原動機制御手段(ステップS1ないしS3)と、登坂路が検知されて原動機のトルクを上昇させる場合に、複数のクラッチの伝達トルクを共に上昇させるクラッチ制御手段(ステップS1ないしS3)とを備えている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、複数の動力伝達経路が並列に設けられているとともに、複数の動力伝達経路毎にクラッチが設けられている動力伝達装置の制御装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、車両には原動機が搭載されており、その原動機の動力が、動力伝達装置を経由して車輪に伝達されるように構成されている。動力伝達装置の入力回転速度と出力回転速度との比である変速比を制御する変速機としては、変速比を段階的もしくは不連続に変更することの可能な有段変速機と、変速比を無段階もしくは連続的に変更することの可能な無段変速機とが知られている。この有段変速機において、複数の動力伝達経路が並列に配置され、かつ、各動力伝達経路毎にクラッチが配置された構成のツインクラッチ式変速機の一例が、特許文献1に記載されている。
【0003】
この特許文献1においては、クランクシャフトからドリブンシャフトに至る経路に第1ドライブシャフト及び第2ドライブシャフトが設けられている。また、クランクシャフトと第1ドライブシャフトとの間には第1クラッチ機構が設けられており、クランクシャフトと第2ドライブシャフトとの間には第2クラッチ機構が設けられている。さらに、第1ドライブシャフトとドリブンシャフトとの間には、第1速ドライブギヤおよび第1速ドリブンギヤが設けられ、かつ、第3速ドライブギヤおよび第3速ドリブンギヤが設けられている。さらに、第2ドライブシャフトとドリブンシャフトとの間には、第2速ドライブギヤおよび第2速ドリブンギヤが設けられ、かつ、第4速ドライブギヤおよび第4速ドリブンギヤが設けられている。さらに、ドリブンシャフトには、このドリブンシャフトに対して、第1速ドリブンギヤないし第4速ドリブンギヤのいずれかを選択的に連結する第1スリーブ及び第2スリーブが設けられている。そして、第1クラッチ機構及び第2クラッチ機構の断接の制御、および第1スリーブ及び第2スリーブの動作の制御により、動力の伝達経路が切り替えられ、かつ、変速段が変更される。なお、変速機の制御装置の一例が、特許文献2ないし特許文献6にも記載されている。
【0004】
【特許文献1】特開平8−4788号公報
【特許文献2】特開平6−146945号公報
【特許文献3】特開昭63−170529号公報
【特許文献4】特開平8−4887号公報
【特許文献5】特開2000−266136号公報
【特許文献6】特開昭62−46724号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記の特許文献1に記載されているツインクラッチ式変速機においては車両が登坂路で停止し、かつ、車両が発進するときに、第1クラッチ機構と第2クラッチ機構とで、伝達トルクの分担関係が変更されると、車輪に伝達されるトルクが低下して、車両が登坂路で後退する恐れがあった。
【0006】
この発明は上記事情を背景としてなされたものであって、複数の動力伝達経路が並列に設けられているとともに、複数の動力伝達経路毎にクラッチが設けられている車両が登坂路にある場合に、駆動力不足となることを抑制することの可能な動力伝達装置の制御装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するため請求項1の発明は、車両の原動機と車輪との間に設けられた入力回転部材および出力回転部材と、この入力回転部材と出力回転部材との間に並列に配置された複数の動力伝達経路と、この複数の動力伝達経路毎に設けられ、かつ、前記原動機と前記車輪との間で伝達されるトルクを制御する複数のクラッチとを有し、複数のクラッチの伝達トルクを制御して、前記原動機のトルクを前記車輪に伝達する動力伝達経路を選択することの可能な動力伝達装置の制御装置において、前記車両が走行する道路に登坂路が検知された場合に前記原動機のトルクを上昇させる原動機制御手段と、前記登坂路が検知されて前記原動機のトルクを上昇させる場合に、複数のクラッチの伝達トルクを共に上昇させるクラッチ制御手段とを備えていることを特徴とするものである。
【0008】
請求項2の発明は、請求項1の構成に加えて、前記原動機制御手段は、前記登坂路が検知され、かつ、前記車両が停止していることが検知された場合に、前記原動機のトルクを上昇させる手段を含むことを特徴とするものである。
【0009】
請求項3の発明は、請求項1の構成に加えて、前記原動機制御手段は、前記車両を発進させる要求が発生した場合に、前記原動機のトルクを上昇させる手段を含むことを特徴とするものである。
【0010】
請求項4の発明は、請求項3の構成に加えて、前記原動機制御手段は、前記車両に対する制動要求が低下した場合に、前記車両を発進させる要求が発生したものと判断する手段を含むことを特徴とするものである。
【0011】
請求項5の発明は、請求項3の構成に加えて、前記原動機制御手段は、前記車両に対する加速要求が増加した場合に、前記車両を発進させる要求が発生したものと判断する手段を含むことを特徴とするものである。
【0012】
請求項6の発明は、請求項5の構成に加えて、前記原動機制御手段は、前記車両に対する加速要求が増加してから、予め定められた時間を経過した場合は、前記原動機のトルクを低下させる手段を含むことを特徴とするものである。
【0013】
請求項7の発明は、請求項1ないし5のいずれかの構成に加えて、前記原動機制御手段は、前記登坂路の勾配が大きいほど、前記原動機のトルクの上昇程度を高める手段を含むことを特徴とするものである。
【0014】
請求項8の発明は、請求項1ないし7のいずれかの構成に加えて、前記複数の動力伝達経路には、前記入力回転部材と前記出力回転部材との間の変速比を複数の動力伝達経路毎に異ならせることの可能な変速比設定機構が、それぞれ設けられていることを特徴とするものである。
【0015】
請求項9の発明は、請求項8の構成に加えて、前記複数の動力伝達経路に設けられた変速比設定機構は、それぞれ歯車列を有していることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0016】
請求項1の発明によれば、原動機の動力が動力伝達経路を経由して車輪に伝達され、駆動力が発生する。また、複数のクラッチの伝達トルクを制御して、原動機のトルクを車輪に伝達する動力伝達経路を選択することが可能である。そして、車両が走行する道路に登坂路が検知された場合は、原動機のトルクを上昇させ、かつ、複数のクラッチの伝達トルクを共に上昇させることが可能である。したがって、車輪に伝達されるトルクを高めることができ、登坂路における車両の駆動力不足を抑制できる。また、原動機から車輪に伝達されるトルクを、並列に設けられた複数のクラッチで分担するため、個々のクラッチで伝達するトルク、もしくは個々のクラッチで負担するエネルギが低下し、各クラッチの耐久性の低下を抑制できる。
【0017】
請求項2の発明によれば、請求項1の発明と同様の効果を得られる他に、登坂路が検知され、かつ、車両が停止していることが検知された場合に、原動機のトルクが上昇される。したがって、停止している車両が登坂路で後退することを確実に抑制できる。
【0018】
請求項3の発明によれば、請求項1の発明と同様の効果を得られる他に、登坂路で停止している車両に対する発進要求が発生した場合に、車両が登坂路を後退することを抑制できる。
【0019】
請求項4の発明によれば、請求項3の発明と同様の効果を得られる他に、登坂路で停止している車両に対する制動要求が低下した場合に、車両が登坂路を後退することを抑制できる。
【0020】
請求項5の発明によれば、請求項3の発明と同様の効果を得られる他に、登坂路で停止している車両に対する加速要求が増加した場合に、原動機のトルクが上昇するため、運転者の車両後退防止意図に適合した駆動力を得られる。
【0021】
請求項6の発明によれば、請求項5の発明と同様の効果を得られる他に、車両に対する加速要求が増加してから、予め定められた時間を経過した場合は、原動機のトルクを低下させることができる。したがって、切り替えクラッチの耐久性の低下を抑制できる。
【0022】
請求項7の発明によれば、請求項1ないし5のいずれかの発明と同様の効果を得られる他に、登坂路の勾配が大きくなるほど、原動機のトルクの上昇程度を高めることができる。したがって、車両の駆動力不足を一層確実に抑制できる。
【0023】
請求項8の発明によれば、請求項1ないし7のいずれかの発明と同様の効果を得られる他に、複数の動力伝達経路を選択的に切り換えると、入力回転部材と出力回転部材との間の変速比を変更できる。
【0024】
請求項9の発明によれば、請求項8の発明と同様の効果を得られる他に、複数の動力伝達経路においては、歯車列を経由してトルクが伝達される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
つぎに、この発明をどのように実施するかを示す実施の形態を説明する。まず、この発明の対象としている車両においては、原動機のトルクが動力伝達装置を経由して車輪に伝達されるように構成されている。原動機は、車輪に伝達する動力(トルク×回転数)を発生する動力装置であり、原動機としては、燃料の燃焼により発生する熱エネルギを、運動エネルギに変換する内燃機関を用いることが可能である。さらに、内燃機関としては、ガソリンエンジン、ディーゼルエンジン、LPGエンジン、メタノールエンジンなどを用いることができる。また原動機として電動機を用いることも可能である。電動機は電気エネルギを運動エネルギに変換する動力装置である。また、電動機は直流電動機または交流電動機のいずれでもよい。また、電動機としては、発電機能を兼備した発電・電動機を用いることも可能である。さらには、この発明における車両は、原動機として内燃機関および電動機の両方を用いるハイブリッド車でもよい。さらにまた、原動機として、油圧モータ、フライホイールシステムを有する車両にも、この発明を適用可能である。すなわち、動力の発生原理が異なる複数種類の動力源を有するハイブリッド車にも、この発明を適用可能である。
【0026】
また、動力伝達装置は入力回転部材及び出力回転部材を有しており、原動機から車輪に至る動力伝達方向において、上流側に配置された部材が入力回転部材であり、下流側に配置された部材が出力回転部材である。そして、入力回転部材から出力回転部材に至る経路に、複数の動力伝達経路が並列に配置されている。複数の動力伝達経路は、数として複数系統が設けられているという意味であり、複数の動力伝達経路同士の一部が共用化されている構成でもよい。更に、複数の動力伝達経路は、2以上であれば3系統でも4系統でもよい。つまり、入力回転部材と出力回転部材との間でトルク伝達をおこなうために、各動力伝達経路が設けられている。そして、複数のクラッチの伝達トルクを制御することにより、原動機から車輪に伝達されるトルクを負担する動力伝達経路を選択的に変更することができる。なお、原動機から車輪に伝達されるトルクの伝達方向で、原動機と複数の動力伝達経路との間に複数のクラッチが設けられている構成、または、複数の動力伝達経路と車輪との間に複数のクラッチが設けられている構成のいずれでもよい。さらに、この発明において、複数のクラッチは、各動力伝達経路毎に対応させてそれぞれ設けられており、原動機と車輪との間で動力伝達経路を経由して伝達されるトルク、もしくはトルク容量を制御する装置である。そして、クラッチとしては、電磁クラッチ、摩擦クラッチ、噛み合いクラッチなどを用いることが可能である。
【0027】
一方、動力伝達装置としては、例えば、変速機を用いることができる。この変速機は、入力回転部材と出力回転部材との間における変速比を変更することができるように構成されている。具体的には、複数の動力伝達経路毎に変速比を異なることの可能な変速比設定機構が、各動力伝達経路毎にそれぞれ設けられている。そして、複数のクラッチの伝達トルクを制御して、トルクを伝達する動力伝達経路を変更することにより、変速機の変速比を変更可能である。さらに、原動機から車輪に至るトルクの伝達方向で、各変速機設定機構よりも上流または下流のいずれに複数のクラッチが設けられていてもよい。さらに、動力伝達装置が変速機である場合、その変速機は有段変速機または無段変速機のいずれでもよい。有段変速機は変速比を段階的に(不連続に)変更できる有段変速機であり、具体的には、遊星歯車式変速機、選択歯車式変速機などを用いることができる。遊星歯車式変速機は、遊星歯車機構およびクラッチやブレーキなどを有する公知の構造のものである。選択歯車式変速機には、摺動噛み合い式、常時噛み合い式、等速噛み合い式などの変速機が含まれる。さらに、変速機で設定可能な変速比は、各動力伝達経路の数以上、つまり、2つの変速段(変速比)以上あればよい。2つの変速段は、共に前進段でもよいし、前進段と後進段とに分かれていてもよい。なお、無段変速機としては、ベルト式無段変速機またはトロイダル式無段変速機などを用いることが可能である。
【0028】
さらに、この発明は、入力回転部材および出力回転部材の回転軸線が、車両の前後方向または車両の幅方向のいずれの向きで配置されている車両においても実行可能である。また、この発明は、出力回転部材のトルクが、前輪または後輪のいずれに伝達される構成の二輪駆動車にも適用可能である。また、この発明は、出力回転部材のトルクが、動力分配装置(トランスファ)により、前輪および後輪に分配される構成の四輪駆動車にも適用可能である。さらにまた、この発明において、入力回転部材および出力回転部材および動力伝達経路に設けられる回転部材は、原動機から出力されたトルクを車輪に伝達するものであり、中空軸、中実軸、ギヤ、回転メンバ、コネクティングドラム、遊星歯車機構のキャリヤなどで構成することが可能であり、入力回転部材と出力回転部材とが、動力の伝達方向に直列に配置されている。
【0029】
そして、この発明においては、道路に登坂路が検知された場合に原動機のトルクを上昇させ、かつ、複数のクラッチの伝達トルクを共に上昇させる制御が実行される。すると、原動機のトルクが、並列に配置された複数の動力伝達経路を経由して車輪に伝達されるため駆動力を高めることができる。また、この発明においては、原動機から車輪に伝達されるトルクを、並列に設けられた複数のクラッチで分担するため、個々のクラッチで伝達するトルクが低下し、各クラッチの耐久性の低下を抑制できる。さらに、この発明において、「複数のクラッチの伝達トルクを共に上昇させる」とは、複数のクラッチのトルク容量を、トルク伝達が可能なトルク容量(予め定められた所定値)に制御することである。例えば、いずれかのクラッチのトルク容量が、元々予め定められた所定値である場合は、そのクラッチのトルク容量を上昇させる必要はなく、他のクラッチの伝達トルクを上昇させればよい。これに対して、複数のクラッチのトルク容量が、いずれも「予め定められた所定値」未満である場合は、複数のクラッチの伝達トルクを共に上昇させればよい。なお、登坂路は、平坦路に対して勾配を有する道路であり、車両の進行方向で道路が登り坂となる勾配の道路が登坂路である。つまり、車両の進行方向で下り坂となる勾配を有する道路は降坂路であり、登坂路ではない。また、この発明において、「車両を発進させる要求」は、停止している車両の速度を増加させる操作や、停止している車両の速度を増加させるという運転者の意図を検知することより判断される。さらに、この発明において、車両に対する制動要求は、走行している車両の速度を低下(減速)させる操作や、走行している車両の速度を低下させる(減速させる)という運転者の意図を検知することより判断される。
【0030】
つぎに、上記した発明の実施の形態を具体的に示した実施例を、図面に基づいて説明する。図2には、この発明の一実施例である車両Veのパワートレーンおよび制御系統の一例が、模式的に示されている。まず、車両Veには、駆動力源もしくは原動機としてのエンジン1が設けられており、エンジン1と車輪2との間に形成された動力伝達経路に変速機3が設けられている。この変速機3は、入力回転数と出力回転数との比である変速比を段階的、つまり不連続に切り替え可能な有段変速機である。この変速機3は、有段変速機の一種である等速噛み合い式変速機であり、第1クラッチ出力軸4および第2クラッチ出力軸5および第1変速機出力軸6および第2変速機出力軸7を有している。第2クラッチ出力軸5は円筒状に構成されており、第2クラッチ出力軸5の内部に第1クラッチ出力軸4が配置されている。また、第1クラッチ出力軸4と第2クラッチ出力軸5とが同軸上に配置され、第1クラッチ出力軸4と第2クラッチ出力軸5とが相対回転可能となるように構成されている。さらに、第1クラッチ出力軸4および第2クラッチ出力軸5に対して、第1変速機出力軸6が平行に配置されているとともに、第1変速機出力軸6と第2変速機出力軸7とが平行に配置されている。
【0031】
また、変速機3は、前進段を設定するための変速比設定機構として、第1速用歯車対8ないし第6速用歯車対13を有している。まず、第1速用歯車対8は、第1速ドライブギヤ14と、第1速ドライブギヤ14に噛合された第1速ドリブンギヤ15とにより構成されている。第1速ドライブギヤ14は第1クラッチ出力軸4に設けられており、第1速ドライブギヤ14と第1クラッチ出力軸4とが一体回転するように構成されている。これに対して、第1速ドリブンギヤ15は第1変速機出力軸6に設けられており、第1速ドリブンギヤ15と第1変速機出力軸6とが相対回転可能となるように構成されている。つぎに、第2速用歯車対9は、第2速ドライブギヤ16と、第2速ドライブギヤ16に噛合された第2速ドリブンギヤ17とにより構成されている。第2速ドライブギヤ16は第2クラッチ出力軸5に設けられており、第2速ドライブギヤ16と第2クラッチ出力軸5とが一体回転するように構成されている。これに対して、第2速ドリブンギヤ17は第1変速機出力軸6に設けられており、第2速ドリブンギヤ17と第1変速機出力軸6とが相対回転可能となるように構成されている。
【0032】
さらに、第3速用歯車対10は、第3速ドライブギヤ18と、第3速ドライブギヤ18に噛合された第3速ドリブンギヤ19とにより構成されている。第3速ドライブギヤ18は第1クラッチ出力軸4に設けられており、第3速ドライブギヤ18と第1クラッチ出力軸4とが相対回転可能となるように構成されている。これに対して、第3速ドリブンギヤ19は第1変速機出力軸6に設けられており、第3速ドリブンギヤ19と第1変速機出力軸6とが一体回転するように構成されている。さらに、第4速用歯車対11は、第4速ドライブギヤ20と、第4速ドライブギヤ20に噛合された第4速ドリブンギヤ21とにより構成されている。第4速ドライブギヤ20は第2クラッチ出力軸5に設けられており、第4速ドライブギヤ20と第2クラッチ出力軸5とが相対回転可能となるように構成されている。これに対して、第4速ドリブンギヤ21は第1変速機出力軸6に設けられており、第4速ドリブンギヤ21と第1変速機出力軸6とが一体回転するように構成されている。
【0033】
さらに、第5速用歯車対12は、第5速ドライブギヤ22と、第5速ドライブギヤ22に噛合された第5速ドリブンギヤ23とにより構成されている。第5速ドライブギヤ22は第1クラッチ出力軸4に設けられており、第5速ドライブギヤ22と第1クラッチ出力軸4とが相対回転可能となるように構成されている。これに対して、第5速ドリブンギヤ23は第1変速機出力軸6に設けられており、第5速ドリブンギヤ23と第1変速機出力軸6とが一体回転するように構成されている。さらに、第6速用歯車対13は、第6速ドライブギヤ24と、第6速ドライブギヤ24に噛合された第6速ドリブンギヤ25とにより構成されている。第6速ドライブギヤ24は第2クラッチ出力軸5に設けられており、第6速ドライブギヤ24と第2クラッチ出力軸5とが相対回転可能となるように構成されている。これに対して、第6速ドリブンギヤ25は第1変速機出力軸6に設けられており、第6速ドリブンギヤ25と第1変速機出力軸6とが一体回転するように構成されている。さらに、変速機3は、後進段を設定するための後進用歯車対26を有している。後進用歯車対26は、後進ドライブギヤ27および後進ドリブンギヤ28と、後進ドライブギヤ27および後進ドリブンギヤ28に噛合された後進アイドラギヤ29とにより構成されている。後進ドライブギヤ27は第2クラッチ出力軸5に設けられており、後進ドライブギヤ27と第2クラッチ出力軸5とが一体回転するように構成されている。これに対して、後進ドリブンギヤ28は第1変速機出力軸6に設けられており、後進ドリブンギヤ28と第1変速機出力軸6とが相対回転可能となるように構成されている。
【0034】
そして、各変速用歯車対に対応して複数の変速制御機構が設けられている。この変速制御機構は、変速用歯車対を構成する各ギヤと、各軸との間における動力伝達状態(伝達トルク)を制御する装置である。この実施例においては、変速制御機構として変速制御用クラッチが設けられており、変速制御用クラッチは同期装置(シンクロメッシュ機構)を有する。まず、第1速用歯車対8に対応する第1クラッチ30は、第1変速機出力軸6に設けられている。第1クラッチ30は、第1変速機出力軸6と一体回転し、かつ、第1変速機出力軸6の軸線方向に動作可能なスリーブ31と、第1速ドリブンギヤ15と一体回転するアウターギヤ32と、スリーブ31と一体回転し、かつ、スリーブ31とともに軸線方向に動作可能なシンクロナイザーリング(図示せず)およびシンクロナイザーキー(図示せず)とを有している。スリーブ31にはインナーギヤ(図示せず)が形成されており、スリーブ31が軸線方向に動作することにより、アウターギヤ32と、スリーブ31のインナーギヤとの係合・解放がおこなわれるように構成されている。このアウターギヤ32と、スリーブ31のインナーギヤとが係合された場合は、第1クラッチ出力軸4と第1変速機出力軸6との間で、第1速用歯車対8を経由させて動力伝達をおこなうことが可能となる。これに対して、スリーブ31が軸線方向で中立位置に動作されて、スリーブ31のインナーギヤと、アウターギヤ32とが解放された場合は、第1クラッチ出力軸4と第1変速機出力軸6との間で、第1速用歯車対8を経由させて動力伝達をおこなうことが不可能となる。
【0035】
前記第2速用歯車対9に対応する第2クラッチ33は、第1変速機出力軸6に設けられている。第2クラッチ33は、第1変速機出力軸6と一体回転し、かつ、第1変速機出力軸6の軸線方向に動作可能なスリーブ34と、第2速ドリブンギヤ17と一体回転するアウターギヤ35と、スリーブ34と一体回転し、かつ、スリーブ34とともに軸線方向に動作可能なシンクロナイザーリング(図示せず)およびシンクロナイザーキー(図示せず)とを有している。スリーブ34にはインナーギヤ(図示せず)が形成されており、スリーブ34が軸線方向に動作することにより、アウターギヤ35とインナーギヤとの係合・解放がおこなわれるように構成されている。このアウターギヤ35と、スリーブ34のインナーギヤとが係合された場合は、第2クラッチ出力軸5と第1変速機出力軸6との間で、第2速用歯車対9を経由させて動力伝達をおこなうことが可能となる。これに対して、アウターギヤ35と、スリーブ34のインナーギヤとが解放された場合は、第2クラッチ出力軸5と第1変速機出力軸6との間で、第2速用歯車対9を経由させて動力伝達をおこなうことが不可能となる。
【0036】
また、この第2クラッチ33は後進用歯車対26に対応するクラッチとしての機能を兼備している。すなわち、後進ドリブンギヤ28と一体回転するアウターギヤ36が設けられており、アウターギヤ36に対応するシンクロナイザーリング(図示せず)が設けられている。そして、スリーブ34が軸線方向に動作することにより、アウターギヤ36とスリーブ34のインナーギヤとの係合・解放がおこなわれるように構成されている。このアウターギヤ36とスリーブ34のインナーギヤとが係合された場合は、第2クラッチ出力軸5と第1変速機出力軸6との間で、後進用歯車対26を経由させて動力伝達をおこなうことが可能となる。これに対して、アウターギヤ36とスリーブ34のインナーギヤとが解放された場合は、第2クラッチ出力軸5と第1変速機出力軸6との間で、後進用歯車対26を経由させて動力伝達をおこなうことが不可能となる。なお、スリーブ34を軸線方向で中立位置に移動させると、スリーブ34のインナーギヤを、2つのアウターギヤ35,36から共に解放させることは可能であるが、スリーブ34のインナーギヤが軸線方向のいずれの位置にある場合でも、2つのアウターギヤ35,36のいずれか一方にのみ噛合する。
【0037】
前記第3速用歯車対10に対応する第3クラッチ37は、第1クラッチ出力軸4に設けられている。第3クラッチ37は、第1クラッチ出力軸4と一体回転し、かつ、第1クラッチ出力軸4の軸線方向に動作可能なスリーブ38と、第3速ドライブギヤ18と一体回転するアウターギヤ39と、スリーブ38と一体回転し、かつ、スリーブ38とともに軸線方向に動作可能なシンクロナイザーリング(図示せず)およびシンクロナイザーキー(図示せず)とを有している。スリーブ38にはインナーギヤ(図示せず)が形成されており、スリーブ38が軸線方向に動作することにより、アウターギヤ39とスリーブ38のインナーギヤとの係合・解放がおこなわれるように構成されている。このアウターギヤ39とスリーブ38のインナーギヤとが係合された場合は、第1クラッチ出力軸4と第1変速機出力軸6との間で、第3速用歯車対10を経由させて動力伝達をおこなうことが可能となる。これに対して、アウターギヤ39とスリーブ38のインナーギヤとが解放された場合は、第1クラッチ出力軸4と第1変速機出力軸6との間で、第3速用歯車対10を経由させて動力伝達をおこなうことが不可能となる。
【0038】
また、この第3クラッチ37は第5速用歯車対12に対応するクラッチとしての機能を兼備している。すなわち、第5速ドライブギヤ22と一体回転するアウターギヤ40が設けられており、アウターギヤ40に対応するシンクロナイザーリング(図示せず)が設けられている。そして、スリーブ38が軸線方向に動作することにより、アウターギヤ40とスリーブ38のインナーギヤとの係合・解放がおこなわれるように構成されている。このアウターギヤ40とスリーブ38のインナーギヤとが係合された場合は、第1クラッチ出力軸4と第1変速機出力軸6との間で、第5速用歯車対12を経由させて動力伝達をおこなうことが可能となる。これに対して、アウターギヤ40とスリーブ38のインナーギヤとが解放された場合は、第1クラッチ出力軸4と第1変速機出力軸6との間で、第5速用歯車対12を経由させて動力伝達をおこなうことが不可能となる。なお、スリーブ38を軸線方向で中立位置に移動させると、スリーブ38のインナーギヤを、2つのアウターギヤ39,40から共に解放させることは可能であるが、スリーブ38のインナーギヤが軸線方向のいずれの位置にある場合でも、2つのアウターギヤ38,39のいずれか一方にのみ噛合する。
【0039】
前記第4速用歯車対11に対応する第4クラッチ41は、第2クラッチ出力軸5に設けられている。第4クラッチ41は、第2クラッチ出力軸5と一体回転し、かつ、第2クラッチ出力軸5の軸線方向に動作可能なスリーブ42と、第4速ドライブギヤ20と一体回転するアウターギヤ43と、スリーブ42と一体回転し、かつ、スリーブ42とともに軸線方向に動作可能なシンクロナイザーリング(図示せず)およびシンクロナイザーキー(図示せず)とを有している。スリーブ42にはインナーギヤ(図示せず)が形成されており、スリーブ42が軸線方向に動作することにより、アウターギヤ43とスリーブ42のインナーギヤとの係合・解放がおこなわれるように構成されている。このアウターギヤ43とスリーブ42のインナーギヤとが係合された場合は、第2クラッチ出力軸5と第1変速機出力軸6との間で、第4速用歯車対11を経由させて動力伝達をおこなうことが可能となる。これに対して、アウターギヤ43とスリーブ42のインナーギヤとが解放された場合は、第2クラッチ出力軸5と第1変速機出力軸6との間で、第4速用歯車対11を経由させて動力伝達をおこなうことが不可能となる。
【0040】
また、この第4クラッチ41は第6速用歯車対13に対応するクラッチとしての機能を兼備している。すなわち、第6速ドライブギヤ24と一体回転するアウターギヤ44が設けられており、アウターギヤ44に対応するシンクロナイザーリング(図示せず)が設けられている。そして、スリーブ42が軸線方向に動作することにより、アウターギヤ44とスリーブ42のインナーギヤとの係合・解放がおこなわれるように構成されている。このアウターギヤ44とスリーブ42のインナーギヤとが係合された場合は、第2クラッチ出力軸5と第1変速機出力軸6との間で、第6速用歯車対13を経由させて動力伝達をおこなうことが可能となる。これに対して、アウターギヤ44とスリーブ42のインナーギヤとが解放された場合は、第2クラッチ出力軸5と第1変速機出力軸6との間で、第6速用歯車対13を経由させて動力伝達をおこなうことが不可能となる。なお、スリーブ42を軸線方向で中立位置に動作させると、スリーブ42のインナーギヤを、2つのアウターギヤ43,44から共に解放させることは可能であるが、スリーブ42のインナーギヤが軸線方向のいずれの位置にある場合でも、2つのアウターギヤ43,44のいずれか一方にのみ噛合する。
【0041】
一方、前記第1変速機出力軸6と一体回転するドライブギヤ45と、前記第2変速機出力軸7と一体回転するドリブンギヤ46とが噛合されている。さらに、変速機3は、エンジン1に接続される入力軸47を有している。また、第1クラッチ出力軸4と入力軸47との間における伝達トルクを制御する第1切り替えクラッチC1と、第2クラッチ出力軸5と入力軸47との間における伝達トルクを制御する第2切り替えクラッチC2とが設けられている。この第1切り替えクラッチC1および第2切り替えクラッチC2としては、例えば、摩擦クラッチ、電磁クラッチ、噛み合いクラッチなどを用いることが可能であり、具体的には、湿式の摩擦クラッチを用いることが可能である。つまり、第1切り替えクラッチC1および第2切り替えクラッチC2を構成するプレートやディスクが、潤滑油により潤滑および冷却される。この第1切り替えクラッチC1および第2切り替えクラッチC2は、別々に伝達トルクもしくは係合圧を制御可能に構成された、いわゆるデュアルクラッチ(言い換えれば、ツインクラッチ)である。そして、第1切り替えクラッチC1および第2切り替えクラッチC2の伝達トルクを高めると、第1クラッチ出力軸4と第2クラッチ出力軸5とがトルク伝達可能に連結される。このように、入力軸47に対して、第1切り替えクラッチC1および第2切り替えクラッチC2が、並列に配置されている。なお、この実施例では、いずれの切り替えクラッチ、変速制御用クラッチも油圧制御式のクラッチであり、油圧室の油圧が上昇すると、そのクラッチが係合されて伝達トルクが高められ、油圧室の油圧が低下すると、そのクラッチが解放されて伝達トルクが低下するように構成されている。
【0042】
一方、前記エンジン1には内燃機関および外燃機関が含まれるが、この実施例では、内燃機関を用いている場合について説明する。内燃機関としては、例えば、ガソリンエンジン、ディーゼルエンジン、LPGエンジン、メタノールエンジンなどを用いることが可能である。この実施例では、エンジン1としてガソリンエンジンが用いられている場合について説明する。このエンジン1は、電子スロットルバルブ、燃料噴射量制御装置、点火時期制御装置などを有する公知のものである。
【0043】
つぎに、車両Veの制御系統について説明すると、第1切り替えクラッチC1、第2切り替えクラッチC2、第1クラッチ30ないし第4クラッチ41を、それぞれ別々に制御することの可能なアクチュエータが設けられている。この実施例では、アクチュエータとして油圧アクチュエータ48が用いられている。つまり、第1切り替えクラッチC1および第2切り替えクラッチC2、第1クラッチ30ないし第4クラッチ41は、いずれも油圧制御式のクラッチであり、各クラッチの伝達トルクを制御する油圧サーボ機構(図示せず)が設けられている。この油圧サーボ機構は、油圧室、シリンダ、ピストン等を有する公知のものであり、各油圧室の油圧が油圧アクチュエータ48により制御されるように構成されている。そして、各油圧サーボ機構の油圧室の油圧が、油圧アクチュエータ48により制御されるように構成されている。この油圧アクチュエータ48は、油圧回路およびソレノイドバルブなどを有する公知の構造を有している。さらに、油圧アクチュエータ48の油圧回路から作動油が潤滑系統に供給されて、変速機3の発熱部分、摺動部分などが、潤滑及び冷却されるように構成されている。
【0044】
また、車両Veの全体を制御する総合電子制御装置49が設けられているとともに、エンジン1を制御するエンジン用電子制御装置50が設けられている。さらに、変速機3を制御するために乗員が操作するシフト操作装置51が設けられているとともに、変速機3における変速状態を表示するシフト状態表示装置52が設けられている。シフト操作装置51は、乗員が手で操作する構造のものまたは足で操作する構造のもののいずれでもよい。シフト操作装置51の操作により、前進段(ドライブレンジ)、後進段(リバースレンジ)、ニュートラルレンジ、パーキングレンジなどを選択的に切り替え可能である。さらに、シフト状態表示装置52は、ランプ点灯、音声表示、ディスプレイ表示などの少なくとも1つの表示システムにより、シフトレンジおよび変速機3の変速段を出力する構成となっている。また、潤滑油および油圧アクチュエータ48の作動油の温度を検出する油温センサ520および各クラッチの軸線方向におけるスリーブの位置を検知するスリーブ位置センサ53が設けられている。
【0045】
前記エンジン用電子制御装置には、各種のセンサやスイッチの信号が入力される。このエンジン用電子制御装置には、例えば、エンジン回転速度、吸入空気量、吸入空気温度、アクセル開度、スロットル開度、冷却水温などの信号が入力される。エンジン用電子制御装置からは、エンジン1の電子スロットルバルブの開度、吸入空気量、点火時期、燃料噴射量などを制御する信号が出力される。前記総合電子制御装置49には、各種のセンサやスイッチの信号が入力される。総合電子制御装置49には、例えば、第1クラッチ出力軸4の回転速度センサ55、第2クラッチ出力軸5の回転速度センサ56、第2変速機出力軸7の回転速度センサ57、潤滑油および作動油の温度、ブレーキペダルの操作状態、ナビゲーションシステムで得られる道路状況(登坂路およびその勾配を含む)、シフト操作装置51の操作状態、道路勾配センサ、加速度センサなどの信号が入力される。総合電子制御装置49からは、油圧アクチュエータ48を制御する信号、シフト状態表示装置52を制御する信号などが出力される。なお、エンジン用電子制御装置50と総合電子制御装置49との間で相互に信号の授受がおこなわれる。また、この実施例において、各種の回転部材の回転速度は、各種の回転部材の回転数と等価のパラメータである。
【0046】
前記のシフト操作装置51の操作により、駆動レンジとして前進段(ドライブレンジ)および後進段(リバースレンジ)を選択的に切り替え可能であり、非駆動レンジとしてパーキングレンジおよびニュートラルレンジを選択的に切り替え可能である。まず、前進段が選択されている場合は、第1速ないし第6速を選択的に切り替え可能である。例えば、第1速を設定する場合は、第1クラッチ30のスリーブ31の動作により、第1クラッチ30のスリーブ31のインナーギヤとアウターギヤ32とが係合されるとともに、第1切り替えクラッチC1が係合されるとともに、第2クラッチ33ないし第4クラッチ41のスリーブが全て中立位置に制御され、かつ、第2切り替えクラッチC2が解放される。このような制御により、入力軸47と第2変速機出力軸7との間で、第1切り替えクラッチC1および第1速用歯車対8を経由して動力伝達をおこなうことが可能になるとともに、入力軸47と第2変速機出力軸7との間における変速比が、第1速用歯車対8を構成する第1速ドライブギヤ14と第1速ドリブンギヤ15との歯数比に応じた値となる。すなわち、変速機3の変速段として第1速が設定される。
【0047】
また、変速機3で前進段の第2速を設定する場合は、第2クラッチ33のスリーブ34の動作により、スリーブ34のインナーギヤとアウターギヤ35とが係合されるとともに、第2切り替えクラッチC2が係合されるとともに、第1クラッチ30および第3クラッチ37および第4クラッチ41のスリーブが全て中立位置に制御され、かつ、第1切り替えクラッチC1が解放される。このような制御により、入力軸47と第2変速機出力軸7との間で、第2切り替えクラッチC2および第2速用歯車対9を経由して動力伝達をおこなうことが可能になるとともに、入力軸47と第2変速機出力軸7との間における変速比が、第2速用歯車対9を構成する第2速ドライブギヤ16と第2速ドリブンギヤ17との歯数比に応じた値となる。すなわち、変速機3の変速段として第2速が設定される。
【0048】
また、変速機3で前進段の第3速を設定する場合は、第3クラッチ37のスリーブ38の動作により、スリーブ38のインナーギヤとアウターギヤ39とが係合されるとともに、第1切り替えクラッチC1が係合されるとともに、第1クラッチ30および第2クラッチ33および第4クラッチ41のスリーブが全て中立位置に制御され、かつ、第2切り替えクラッチC2が解放される。このような制御により、入力軸47と第2変速機出力軸7との間で、第1切り替えクラッチC1および第3速用歯車対10を経由して動力伝達をおこなうことが可能になるとともに、入力軸47と第2変速機出力軸7との間における変速比が、第3速用歯車対10を構成する第3速ドライブギヤ18と第3速ドリブンギヤ19との歯数比に応じた値となる。すなわち、変速機3の変速段として第3速が設定される。
【0049】
さらに、変速機3で前進段の第4速を設定する場合は、第4クラッチ41のスリーブ42の動作により、スリーブ42のインナーギヤとアウターギヤ43とが係合されるとともに、第2切り替えクラッチC2が係合されるとともに、第1クラッチ30および第2クラッチ33および第3クラッチ37のスリーブが全て中立位置に制御され、かつ、第1切り替えクラッチC1が解放される。このような制御により、入力軸47と第2変速機出力軸7との間で、第2切り替えクラッチC2および第4速用歯車対11を経由して動力伝達をおこなうことが可能になるとともに、入力軸47と第2変速機出力軸7との間における変速比が、第4速用歯車対11を構成する第4速ドライブギヤ20と第4速ドリブンギヤ21との歯数比に応じた値となる。すなわち、変速機3の変速段として第4速が設定される。
【0050】
さらに、変速機3で前進段の第5速を設定する場合は、第3クラッチ37のスリーブ38の動作により、スリーブ38のインナーギヤとアウターギヤ40とが係合されるとともに、第1切り替えクラッチC1が係合されるとともに、第1クラッチ30および第2クラッチ33および第4クラッチ41のスリーブが全て中立位置に制御され、かつ、第2切り替えクラッチC2が解放される。このような制御により、入力軸47と第2変速機出力軸7との間で、第1切り替えクラッチC1および第5速用歯車対12を経由して動力伝達をおこなうことが可能になるとともに、入力軸47と第2変速機出力軸7との間における変速比が、第5速用歯車対12を構成する第5速ドライブギヤ22と第5速ドリブンギヤ23との歯数比に応じた値となる。すなわち、変速機3の変速段として第5速が設定される。
【0051】
さらに、変速機3で前進段の第6速を設定する場合は、第4クラッチ41のスリーブ42の動作により、スリーブ42のインナーギヤとアウターギヤ44とが係合されるとともに、第2切り替えクラッチC2が係合されるとともに、第1クラッチ30および第2クラッチ33および第3クラッチ37のスリーブが全て中立位置に制御され、かつ、第1切り替えクラッチC1が解放される。このような制御により、入力軸47と第2変速機出力軸7との間で、第2切り替えクラッチC2および第6速用歯車対13を経由して動力伝達をおこなうことが可能になるとともに、入力軸47と第2変速機出力軸7との間における変速比が、第6速用歯車対13を構成する第6速ドライブギヤ24と第6速ドリブンギヤ25との歯数比に応じた値となる。すなわち、変速機3の変速段として第6速が設定される。このように、変速機3は、前進段において第1速ないし第6速を選択的に切り替えることが可能である。つまり、変速機3は、変速比を段階的に、または不連続に切り替えることの可能な有段変速機である。
【0052】
この実施例において、現在設定されている変速段から他の変速段(目標変速段)に切り替える場合は、現在の変速段を設定しているクラッチのスリーブを動作させて、現在の変速段に対応するアウターギヤと、スリーブのインナーギヤとを解放するとともに、目標変速段に対応するクラッチのスリーブを動作させて、目標変速段を設定するアウターギヤと、スリーブのインナーギヤとを係合させる制御が実行される。また、現在の変速段から目標変速段に切り替える場合に、第1切り替えクラッチC1および第2切り替えクラッチC2の係合・解放状態を切り替える必要がある場合は、その切り替え制御が実行される。
【0053】
この実施例において、前進段では、変速段を示す数字が小さいほど、変速機3における変速比が大きくなる。ここで、変速機3の変速比とは、入力軸47の回転速度を第2変速機出力軸7の回転速度で除した値である。この実施例において、現在の変速段における変速比よりも、目標変速段における変速比の方が大きくなる変速制御がダウンシフトである。また、現在の変速段における変速比よりも、目標変速段における変速比の方が小さくなる変速制御がアップシフトである。そして、変速機3は、直近の変速段同士で変速を実行する場合に、第1切り替えクラッチC1のトルク容量、および第2切り替えクラッチC2のトルク容量が制御されるように構成された、いわゆるデュアル・クラッチ式の変速機3である。つまり、変速機3の変速段を変更する場合は、第1切り替えクラッチC1および第2切り替えクラッチC2の係合・解放を並行して実行する、いわゆるクラッチ・ツウ・クラッチ変速となる。
【0054】
さらに、この実施例においては、変速機3の変速段を切り替えるにあたり、自動変速制御とマニュアル変速制御とを選択可能である。マニュアル変速制御とは、乗員がシフト操作装置51をマニュアル操作することにより、第1速ないし第6速の変速段を選択的に切り替える制御である。また、自動変速制御とは、シフト操作装置51で前進段が選択されている場合に、車両Veの走行状態、例えば、車速およびアクセル開度および総合電子制御装置49に記憶されている変速マップに基づいて、変速判断をおこない、第1速ないし第6速の変速段を選択的に切り替える制御である。この場合、変速マップには、現在の変速段から他の変速段にアップシフトする場合の基準となるアップシフト線、および、現在の変速段から他の変速段にダウンシフトする場合の基準となるダウンシフト線が設けられている。
【0055】
一方、シフト操作装置51の操作により、後進段が選択された場合は、第2クラッチ33のスリーブ34の動作により、スリーブ34のインナーギヤとアウターギヤ36とが係合されるとともに、第2切り替えクラッチC2が係合されるとともに、第1クラッチ30および第3クラッチ37および第4クラッチ41のスリーブが全て中立位置に制御され、かつ、第1切り替えクラッチC1が解放される。このような制御により、入力軸47と第2変速機出力軸7との間で、第2切り替えクラッチC2および後進用歯車対26を経由して動力伝達をおこなうことが可能になるとともに、入力軸47と第2変速機出力軸7との間における変速比が、後進用歯車対26を構成する後進ドライブギヤ27と後進アイドラギヤ29と後進ドリブンギヤ28との歯数比に応じた値となる。すなわち、変速機3で後進段が設定される。なお、前進段が設定された場合と、後進段が設定された場合とでは、第2変速機出力軸7の回転方向が逆となる。
【0056】
上記のようにして、前進段または後進段が選択された場合は、入力軸47と第2変速機出力軸7とが動力伝達可能に接続されるため、エンジン1が運転され、かつ、アクセルペダルが踏み込まれた場合、つまり、パワーオンの状態では、エンジントルクが変速機3を経由して車輪2に伝達されて、駆動力が発生する。これに対して、車両Veの惰力走行時、つまり、アクセルペダルが踏まれていないパワーオフの状態では、車両Veの運動エネルギに対応するトルクが、車輪2から変速機3を経由してエンジン1に伝達され、エンジンブレーキ力が生じる。なお、シフト操作装置51により、パーキングレンジまたはニュートラルレンジが選択された場合は、第1切り替えクラッチC1および第2切り替えクラッチC2が共に解放される。このような制御により、入力軸47と第2変速機出力軸7との間で動力伝達をおこなうことが不可能となる。
【0057】
ここで、図2に示された構成と、この発明の構成との対応関係を説明すると、車両Veが、この発明の車両に相当し、エンジン1が、この発明の原動機に相当し、変速機3が、この発明の動力伝達装置および変速機に相当し、車輪2が、この発明の車輪に相当し、入力軸47が、この発明の入力回転部材に相当し、第2変速機出力軸7が、この発明の出力回転部材に相当し、第1速用歯車対8ないし第6速用歯車対13、および第1クラッチ出力軸4、第2クラッチ出力軸5、第1変速機出力軸6により、この発明の複数の動力伝達経路が構成されている。また、第1切り替えクラッチC1および第2切り替えクラッチC2が、この発明における複数のクラッチに相当し、第1速用歯車対8ないし第6速用歯車対13が、この発明の歯車列に相当し、第1速用歯車対8ないし第6速用歯車対13、第1クラッチ30および第2クラッチ33および第3クラッチ37および第4クラッチ41が、この発明の変速比設定機構に相当する。
【0058】
(制御例1)
つぎに、図2に示された車両Veで実行可能な制御例を、図1のフローチャートに基づいて説明する。まず、車両Veが停止しているか否かが判断され(ステップS1)、このステップS1で肯定的に判断された場合は、前進段が選択され、かつ、車両Veが登坂路を登坂する向きで停止しているか否かが判断される(ステップS2)。このステップS2では、平坦路に対する道路勾配がn%である場合に、登坂路であると判定することが可能であり、その判断基準は予め総合電子制御装置49に記憶されている。このステップS2で否定的に判断された場合は、この制御ルーチンを終了する。これに対して、ステップS2で肯定的に判断された場合は、エンジントルクを上昇させるとともに、第1切り替えクラッチC1の伝達トルクおよび第2切り替えクラッチC2の伝達トルクを共に高める制御(タイアップ制御)を実行する(ステップS3)。このステップS3は、エンジントルクを、第1クラッチ出力軸4および第2クラッチ出力軸5の両方に分配可能とするための制御であり、第1切り替えクラッチC1の伝達トルクおよび第2切り替えクラッチC2の伝達トルクは、共にエンジントルクを伝達可能な値まで上昇される。
【0059】
さらに、ステップS3では、前進段の第1速または第3速または第5速に対応する変速用制御用のクラッチのいずれかが係合され、前進段の第2速または第4速または第6速に対応する変速用制御用のクラッチのいずれかが係合される。基本的には、第1速を設定する第1クラッチ30が係合され、第2速を設定する第2クラッチ33が係合される。さらに、このステップS3でエンジントルクを上昇させる場合、車両Veを登坂路で停止させておくことが可能な駆動力が発生するように、そのエンジントルクの程度が決定される。したがって、道路勾配が大きいほどエンジントルクが増加されるように、道路勾配とエンジントルクとがマップ化されて総合電子制御装置49に記憶されている。なお、切り替えクラッチが、元々エンジントルクを伝達可能な伝達トルクに制御されていた場合は、その伝達トルクに維持される。このステップS3の処理により、エンジントルクが、第1クラッチ出力軸4および第2クラッチ出力軸5を経由して車輪2に伝達される。また、ステップS3においては、第1切り替えクラッチC1および第2切り替えクラッチC2を潤滑する潤滑油量が増加される。このステップS3の処理についで、「フラグF1=1」とする処理を実行し(ステップS4)、この制御ルーチンを終了する。ここで、「フラグF1=1」は、ステップS3の処理が実行中であることを示す。
【0060】
一方、前記ステップS1の判断時点で、車両Veを発進させる条件が成立しており、そのステップS1で否定的に判断された場合は、「フラグF1=1」であるか否かが判断される(ステップS5)。このステップS5で肯定的に判断された場合は、第1切り替えクラッチC1および第2切り替えクラッチC2のうち、いずれか一方のクラッチの伝達トルクを低下させる制御が開始される(ステップS6)。例えば、車両Veの発進時に、前進段が選択され、かつ、第1速を設定する場合は、このステップS6で、第2切り替えクラッチC2の伝達トルクを低下させる制御(解放制御)が開始される。このステップS6についで、伝達トルクの低下を開始したクラッチの解放が完了したか否かが判断される(ステップS7)。前述したステップS6で、第2切り替えクラッチC2の伝達トルクの低下が開始された場合は、ステップS7では第2切り替えクラッチC2の解放が完了したか否かが判断される。そして、ステップS7で肯定的に判断された場合は、「フラグF1=0」とする処理がおこなわれ(ステップS8)、この制御ルーチンを終了する。ここで、「フラグF1=0」は、ステップS3で説明した制御が不実行であることを示す。なお、ステップS7で否定的に判断された場合、またはステップS5で否定的に判断された場合は,この制御ルーチンを終了する。前記ステップS6の時点で、第2速が選択されている場合は、第1切り替えクラッチC1の解放が開始され、ステップS7では、第1切り替えクラッチC1の解放が完了したか否かが判断される。
【0061】
この図1のフローチャートで説明した制御に対応するタイムチャートの一例を、図3に基づいて説明する。まず、時刻t1以前においては、車両Veがアクセル開度が全閉となっており、かつ、車両Veが惰力走行している。また、第1切り替えクラッチC1の伝達トルクが零(N・m)よりも高く制御され、かつ、第2切り替えクラッチC2の伝達トルクが零(N・m)に制御されている。さらに、車速の低下にともない、第1クラッチ出力軸4の回転数が低下している。さらに、エンジン回転数[Ne]は略一定に制御され、かつ、エンジントルクも略一定に制御されている。
【0062】
そして、時刻t1において、車両Veが登坂路で停止していることが検知された場合は、エンジントルクが時刻t1以前よりも上昇されるとともに、第1切り替えクラッチC1の伝達トルクが時刻t1以前よりも上昇され、かつ、第2切り替えクラッチC2の伝達トルクが時刻t1以前よりも上昇される。なお、時刻t1以降もアクセル開度は全閉であり、エンジン回転数は時刻t1以前と同じである。また、時刻t1以降、エンジントルクおよび第1切り替えクラッチC1の伝達トルクおよび第2切り替えクラッチC2の伝達トルクは、ほぼ一定に制御されている。
【0063】
そして、時刻t2でアクセルペダルが踏み込まれると、エンジントルクがさらに上昇され、かつ、第1切り替えクラッチC1の伝達トルクがさらに上昇され、駆動力が高められる。その後、エンジン回転数が上昇するとともに、時刻t3で車両Veが前進を開始し、かつ、第1クラッチ出力軸4の回転数が上昇を開始すると、第2切り替えクラッチC2の伝達トルクが低下される。そして、時刻t4で第2切り替えクラッチC2の解放が完了している。つまり、伝達トルクが零(N・m)になっている。
【0064】
上記した図1の制御例および図3のタイムチャートで示したように、車両Veが走行する道路に登坂路が検知された場合は、エンジントルクを上昇させ、かつ、第1切り替えクラッチC1の伝達トルクおよび第2切り替えクラッチC2の伝達トルクが共に上昇される。したがって、車輪2に伝達されるトルクを高めることができ、登坂路における車両Veの駆動力不足を抑制でき、車両Veが登坂路で停止され、かつ、後退することを防止できる。また、道路勾配に基づいてエンジントルクを上昇すると、駆動力不足を一層確実に抑制できる。さらに、エンジン1から車輪2に伝達されるトルクを、並列に設けられた第1切り替えクラッチC1および第2切り替えクラッチC2で分担するため、個々のクラッチで伝達するトルクが低下する。つまり、第1切り替えクラッチC1および第2切り替えクラッチC2が個々に負担するエネルギがもしくは負荷が軽減され、第1切り替えクラッチC1および第2切り替えクラッチC2の耐久性が低下することを抑制できる。また、第1切り替えクラッチC1および第2切り替えクラッチC2を潤滑する潤滑油量が増加されるため、耐久性の低下を一層確実に抑制できる。ここで、図1のフローチャートに示された機能的手段と、この発明の構成との対応関係を説明すると、ステップS1,S2,S3が、この発明の原動機制御手段およびクラッチ制御手段に相当する。
【0065】
(制御例2)
つぎに、図2に示す車両Veで実行可能な制御例を、図4のフローチャートに基づいて説明する。まず、車両Veの停止状態で、車両Veを発進させる要求があるか否かが判断される(ステップS11)。例えば、車両Veが停止し、かつ、ブレーキペダルが踏み込まれている場合は、このステップS11で否定的に判断される。そして、車両Veが登坂路で停止しているか否かが判断される(ステップS12)。この登坂路であるか否かの判断は、図1のステップS2と同様にしておこなわれる。そして、ステップS12で否定的に判断された場合は、この制御ルーチンを終了する。これに対して、ステップS12で肯定的に判断された場合は、「フラグF2=1」とする処理をおこない(ステップS13)、この制御ルーチンを終了する。この「フラグF2=1」は、車両Veが登坂路で停止し、かつ、発進要求が発生していないことを示すフラグである。さらに、このステップS13に進んだ場合は、いずれか一方の切り替えクラッチの伝達トルクを高める制御が実行される。
【0066】
一方、前記ステップS11の判断時点でブレーキペダルが戻された場合は、車両Veを発進させる要求があることになり、そのステップS11で肯定的に判断されて、車両Veが登坂路で停止したことの履歴を示す「フラグF2=1」が立てられているか否かが判断される(ステップS14)。このステップS14で肯定的に判断された場合は、エンジントルクを上昇させ、かつ、第1切り替えクラッチC1および第2切り替えクラッチC2の伝達トルクを高める制御が実行される(ステップS15)。このステップS15でエンジントルクを上昇させる場合、平坦路で発進要求が発生した場合に増加するエンジントルクよりも、より高いエンジントルクまで増加される。さらに、ステップS15では、前進段に相当する第1速または第3速または第5速に対応する変速用制御用のクラッチのいずれかが係合され、前進段に相当する第2速または第4速または第6速に対応する変速用制御用のクラッチのいずれかが係合される。基本的には第1速を設定する第1クラッチ30が係合され、第2速を設定する第2クラッチ33が係合される。さらに、ステップS15では、第1切り替えクラッチC1および第2切り替えクラッチC2を潤滑する潤滑油量が増加される。すなわち、図4のステップS15の処理は、基本的には図1のステップS3の処理と同じである。
【0067】
そして、アクセルペダルが踏み込まれ、かつ、車両Veが登坂路を登坂する向きで前進しているか否かが判断される(ステップS16)。このステップS16で肯定的に判断された場合は、第1切り替えクラッチC1または第2切り替えクラッチC2の伝達トルクを低下させる制御を実行する(ステップS17)。例えば、前進段の第1速が選択された場合は、第2切り替えクラッチC2の伝達トルクを低下させる制御が実行され、前進段の第2速が選択された場合は、第1切り替えクラッチC1の伝達トルクを低下させる制御が実行される。このステップS17の処理についで、「フラグF2=0」とする処理をおこない(ステップS18)、この制御ルーチンを終了する。つまり、「車両Veが登坂路で停止したことを示す履歴」がキャンセルされる。なお、ステップS14で否定的に判断された場合、またはステップS16で否定的に判断された場合は、この制御ルーチンを終了する。
【0068】
この図4のフローチャートで説明した制御に対応するタイムチャートの一例を、図5に基づいて説明する。まず、時刻t11以前においては、アクセル開度が全閉となっており、かつ、車両Veが惰力走行している。また、第1切り替えクラッチC1の伝達トルクが零(N・m)よりも高く制御され、かつ、第2切り替えクラッチC2の伝達トルクが零(N・m)に制御されている。さらに、ブレーキペダルが踏み込まれて車速が低下し、第1クラッチ出力軸4の回転数が低下している。さらに、エンジン回転数[Ne]は略一定に制御され、かつ、エンジントルクも略一定に制御されている。
【0069】
そして、時刻t11において、車両Veが登坂路で停止していることが検知されているが、ブレーキペダルが踏み込まれたままであるため、エンジン回転数、エンジントルク、第1切り替えクラッチC1の伝達トルク、第2切り替えクラッチC2の伝達トルクは、時刻t11以前と同じに制御されている。なお、第1クラッチ出力軸4の回転数も零となっている。その後、時刻t12でブレーキペダルが戻されると、エンジントルクが時刻t12以前よりも上昇されるとともに、第1切り替えクラッチC1の伝達トルクが時刻t12以前よりも上昇され、かつ、第2切り替えクラッチC2の伝達トルクが時刻t12以前よりも上昇される。なお、時刻t12以降もアクセル開度は全閉となっており、エンジン回転数も一定である。また、時刻t12以降、エンジントルクおよび第1切り替えクラッチC1の伝達トルクおよび第2切り替えクラッチC2の伝達トルクは、ほぼ一定に制御されており、登坂路の勾配により車両Veが後退して、第1クラッチ出力軸4が逆回転(負の値)している。
【0070】
ついで、そして、時刻t13でアクセルペダルが踏み込まれると、エンジントルクがさらに上昇され、かつ、エンジン回転数が上昇するとともに、第1切り替えクラッチC1の伝達トルクがさらに上昇される一方、第2切り替えクラッチC2の伝達トルクが低下される。すると、車両Veの駆動力が増加して、第1クラッチ出力軸4の負の回転数が低下し、かつ、時刻t14以降は第1クラッチ出力軸4の回転数が正側に切り替わり、車両Veが前進する。
【0071】
上記した図4の制御例および図5のタイムチャートで示したように、車両Veが登坂路で停止し、かつ、発進する要求が発生した(ブレーキペダルが戻された)場合は、エンジントルクを上昇させ、かつ、第1切り替えクラッチC1の伝達トルクおよび第2切り替えクラッチC2の伝達トルクが共に上昇される。したがって、車輪2に伝達されるトルクを高めることができ、発進要求が発生してから、車両Veが発進するまでの間における車両Veの駆動力不足を抑制でき、登坂路における車両Veの後退量の増加を抑制できる。また、制御例1と同様の原理により、第1切り替えクラッチC1および第2切り替えクラッチC2の耐久性が低下することを抑制できる。ここで、図4のフローチャートに示された機能的手段と、この発明の構成との対応関係を説明すると、ステップS11,S12,S13,S14,S15が、この発明の原動機制御手段およびクラッチ制御手段に相当する。
【0072】
(制御例3)
つぎに、図2に示された車両Veで実行可能な他の制御例を、図6のフローチャートに基づいて説明する。まず、車両Veが停止しているか否かが判断される(ステップS21)。このステップS21で肯定的に判断された場合は、車両Veが登坂路で停止しているか否かが判断される(ステップS22)。このステップS22の判断は、図4のステップS14の判断と同じである。このステップS22で肯定的に判断された場合は、アクセルペダルが踏み込まれたか否かが判断される(ステップS23)。このステップS23で否定的に判断された場合は、車両Veにおける発進要求がないことになるため、第1切り替えクラッチC1または第2切り替えクラッチC2のうち、いずれか一方の伝達トルクを高める制御をおこない、かつ、エンジン1をアイドリング回転とするためのエンジントルク制御(通常制御)を実行する(ステップS24)。このステップS24についで、「フラグF3=0」とする処理を実行し(ステップS25)、この制御ルーチンを終了する。この「フラグF3=0」の技術的意義は後述する。なお、前記ステップS22で否定的に判断された場合も、ステップS24に進む。
【0073】
一方、ステップS23で肯定的に判断されるということは、車両Veを発進させる要求があることになるため、第1切り替えクラッチC1および第2切り替えクラッチC2の両方の伝達トルクを高め、かつ、エンジントルクを高める制御を実行する(ステップS26)。このステップS26では、この他に図1のステップS3で述べた処理もおこなわれる。また、ステップS26でエンジントルクを高める場合、アクセルペダルが踏み込まれてから、予め定められた時間が経過した場合に、エンジントルクを低下させる制御を実行可能である。この予め定められた時間は、第1切り替えクラッチC1および第2切り替えクラッチC2の耐久性の低下を防止するために設定された時間であり、例えば、エンジントルクと切り替えクラッチの滑り量との対応関係から時間を決定するマップから求められる。このステップS26についで、「フラグF3=1」とする処理を実行し(ステップS27)、この制御ルーチンを終了する。この「フラグF3=1」は、「車両Veが登坂路で停止し、かつ、アクセルペダルが踏み込まれていること」を意味する。
【0074】
このようにして、ステップS27の処理が実行された後、再度ステップS21に進み、そのステップS21で否定的に判断された場合は、「フラグF3=1」となっているか否かが判断される(ステップS28)。このステップS28で肯定的に判断された場合は、第1切り替えクラッチC1または第2切り替えクラッチC2のいずれか一方の伝達トルクを低下させる制御が開始される(ステップS29)。ついで、ステップS29で伝達トルクの低下が開始されたクラッチの解放が完了したか否かが判断される(ステップS30)。このステップS29の処理は、図1のステップS6の処理と同じであり、このステップS30の処理は、図1のステップS7の処理と同じである。そして、ステップS30で肯定的に判断された場合は、「フラグF3=0」とする処理、つまり、「車両Veが登坂路で停止し、かつ、アクセルペダルが踏み込まれていることを示す履歴」がキャンセルされ、(ステップS31)、この制御ルーチンを終了する。なお、ステップS28で否定的に判断された場合、またはステップS30で否定的に判断された場合は、この制御ルーチンを終了する。
【0075】
この図6のフローチャートで説明した制御に対応するタイムチャートの一例を、図7に基づいて説明する。まず、時刻t21以前においては、アクセル開度が全閉となっており、かつ、車両Veが惰力走行している。また、第1切り替えクラッチC1の伝達トルクが零(N・m)よりも高く制御され、かつ、第2切り替えクラッチC2の伝達トルクが零(N・m)に制御されている。さらに、ブレーキペダルが踏み込まれて車速が低下し、第1クラッチ出力軸4の回転数が低下している。さらに、エンジン回転数[Ne]は略一定に制御され、かつ、エンジントルクも略一定に制御されている。
【0076】
そして、時刻t21において、車両Veが登坂路で停止していることが検知されているが、アクセルペダルが踏み込まれていないため、エンジン回転数、エンジントルク、第1切り替えクラッチC1の伝達トルク、第2切り替えクラッチC2の伝達トルクは、時刻t21以前と同じに制御されている。なお、第1クラッチ出力軸4の回転数も零となっている。その後、時刻t22でアクセルペダルが踏み込まれると、エンジントルクが時刻t22以前よりも上昇されるとともに、第1切り替えクラッチC1の伝達トルクが時刻t22以前よりも上昇され、かつ、第2切り替えクラッチC2の伝達トルクが時刻t22以前よりも上昇され、エンジン回転数も時刻t22以前よりも上昇する。なお、時刻t22以降、第1切り替えクラッチC1の伝達トルクおよび第2切り替えクラッチC2の伝達トルクは、ほぼ一定に制御されているが、第1クラッチ出力軸4は停止したままである。さらに、時刻t22以降は、アクセルペダルおよびブレーキペダルが共に踏み込まれた状態にある。
【0077】
その後、時刻t23でブレーキルペダルが戻されると、第1切り替えクラッチC1の伝達トルクがさらに上昇される一方、第2切り替えクラッチC2の伝達トルクの低下が開始される。すると、第1クラッチ出力軸4の回転数が上昇して車両Veが前進(発進)する。このように、アクセルペダルおよびブレーキペダルが共に踏み込まれている状態から、ブレーキペダルが戻されて車両Veが発進する、いわゆるストール発進がおこなわれる。ついで、時刻t24で第2切り替えクラッチC2の解放が完了している。なお、時刻t23以降、アクセル開度が略一定に維持されているため、エンジントルクおよびエンジン回転数も略一定に制御されている。
【0078】
上記した図6の制御例および図7のタイムチャートで示したように、車両Veが登坂路で停止し、かつ、ブレーキペダルおよびアクセルペダルが共に(同時期に)踏み込まれた場合は、エンジントルクを上昇させ、かつ、第1切り替えクラッチC1の伝達トルクおよび第2切り替えクラッチC2の伝達トルクが共に上昇される。したがって、車輪2に伝達されるトルクを高めることができ、アクセルペダルが踏み込まれてから、ブレーキペダルが戻されて車両Veが発進するまでの間における車両Veの駆動力不足を抑制できる。また、制御例1と同様の原理により、第1切り替えクラッチC1および第2切り替えクラッチC2の耐久性が低下することを抑制できる。ここで、図6のフローチャートに示された機能的手段と、この発明の構成との対応関係を説明すると、ステップS21,S22,S23,S26が、この発明の原動機制御手段およびクラッチ制御手段に相当する。
【0079】
なお、図2に示すパワートレーンにおいては、第1切り替えクラッチC1および第2切り替えクラッチC2が入力軸47に対して並列に配置され、第2変速機出力軸7が車輪2に連結される構成となっているが、エンジントルクの伝達方向で、各変速用歯車対の下流側に、第1切り替えクラッチおよび第2切り替えクラッチが設けられている構成の動力伝達装置においても、図1および図4および図6の制御例を実行可能である。なお、図1および図4および図6の制御例は、それぞれ別個に実行することも可能であるが、処理に矛盾が生じない範囲で、複数の制御例を組み合わせることも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0080】
【図1】この発明における動力伝達装置で実行可能な制御例1を示すフローチャートである。
【図2】図1の制御例を実行可能な車両Veのパワートレーンおよびその制御系統を示す概念図である。
【図3】図1の制御例に対応するタイムチャートの一例である。
【図4】この発明における動力伝達装置で実行可能な制御例2を示すフローチャートである。
【図5】図4の制御例に対応するタイムチャートの一例である。
【図6】この発明における動力伝達装置で実行可能な制御例3を示すフローチャートである。
【図7】図6の制御例に対応するタイムチャートの一例である。
【符号の説明】
【0081】
1…エンジン、 2…車輪、 3…変速機、 4…第1クラッチ出力軸、 5…第2クラッチ出力軸、 6…第1変速機出力軸、 7…第2変速機出力軸、 8…第1速用歯車対、 9…第2速用歯車対、 10…第3速用歯車対、 11…第4速用歯車対、 12…第5速用歯車対、 13…第6速用歯車対、 30…第1クラッチ、 33…第2クラッチ、 37…第3クラッチ、 41…第4クラッチ、 47…入力軸、 C1…第1切り替えクラッチ、 C2…第2切り替えクラッチ、 Ve…車両。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の原動機と車輪との間に設けられた入力回転部材および出力回転部材と、この入力回転部材と出力回転部材との間に並列に配置された複数の動力伝達経路と、この複数の動力伝達経路毎に設けられ、かつ、前記原動機と前記車輪との間で伝達されるトルクを制御する複数のクラッチとを有し、複数のクラッチの伝達トルクを制御して、前記原動機のトルクを前記車輪に伝達する動力伝達経路を選択することの可能な動力伝達装置の制御装置において、
前記車両が走行する道路に登坂路が検知された場合に前記原動機のトルクを上昇させる原動機制御手段と、
前記登坂路が検知されて前記原動機のトルクを上昇させる場合に、複数のクラッチの伝達トルクを共に上昇させるクラッチ制御手段と
を備えていることを特徴とする動力伝達装置の制御装置。
【請求項2】
前記原動機制御手段は、前記登坂路が検知され、かつ、前記車両が停止していることが検知された場合に、前記原動機のトルクを上昇させる手段を含むことを特徴とする請求項1に記載の動力伝達装置の制御装置。
【請求項3】
前記原動機制御手段は、前記車両を発進させる要求が発生した場合に、前記原動機のトルクを上昇させる手段を含むことを特徴とする請求項1に記載の動力伝達装置の制御装置。
【請求項4】
前記原動機制御手段は、前記車両に対する制動要求が低下した場合に、前記車両を発進させる要求が発生したものと判断する手段を含むことを特徴とする請求項3に記載の動力伝達装置の制御装置。
【請求項5】
前記原動機制御手段は、前記車両に対する加速要求が増加した場合に、前記車両を発進させる要求が発生したものと判断する手段を含むことを特徴とする請求項3に記載の動力伝達装置の制御装置。
【請求項6】
前記原動機制御手段は、前記車両に対する加速要求が増加してから、予め定められた時間を経過した場合は、前記原動機のトルクを低下させる手段を含むことを特徴とする請求項5に記載の動力伝達装置の制御装置。
【請求項7】
前記原動機制御手段は、前記登坂路の勾配が大きいほど、前記原動機のトルクの上昇程度を高める手段を含むことを特徴とする請求項1ないし5のいずれかに記載の動力伝達装置の制御装置。
【請求項8】
前記複数の動力伝達経路には、前記入力回転部材と前記出力回転部材との間の変速比を複数の動力伝達経路毎に異ならせることの可能な変速比設定機構が、それぞれ設けられていることを特徴とする請求項1ないし7のいずれかに記載の動力伝達装置の制御装置。
【請求項9】
前記複数の動力伝達経路に設けられた変速比設定機構は、それぞれ歯車列を有していることを特徴とする請求項8に記載の動力伝達装置の制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−176430(P2007−176430A)
【公開日】平成19年7月12日(2007.7.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−379378(P2005−379378)
【出願日】平成17年12月28日(2005.12.28)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】