強誘電体膜とその製造方法、強誘電体素子、及び液体吐出装置
【課題】PZT系の強誘電体膜において、焼結助剤やアクセプタイオンを添加することなく、Bサイトに10モル%以上のドナイオンを添加することを可能とする。
【解決手段】本発明の強誘電体膜は、多数の柱状結晶からなる柱状結晶膜構造を有し、下記式(P)で表されるペロブスカイト型酸化物を主成分とするものである。
A1+δ[(ZrxTi1−x)1−yMy]Oz・・・(P)
(式中、AはAサイト元素であり、Pbを主成分とする少なくとも1種の元素である。Zr,Ti,及びMはBサイト元素である。MはV,Nb,Ta,及びSbからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素である。0<x≦0.7、0.1≦y≦0.4。δ=0及びz=3が標準であるが、これらの値はペロブスカイト構造を取り得る範囲内で基準値からずれてもよい。)
【解決手段】本発明の強誘電体膜は、多数の柱状結晶からなる柱状結晶膜構造を有し、下記式(P)で表されるペロブスカイト型酸化物を主成分とするものである。
A1+δ[(ZrxTi1−x)1−yMy]Oz・・・(P)
(式中、AはAサイト元素であり、Pbを主成分とする少なくとも1種の元素である。Zr,Ti,及びMはBサイト元素である。MはV,Nb,Ta,及びSbからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素である。0<x≦0.7、0.1≦y≦0.4。δ=0及びz=3が標準であるが、これらの値はペロブスカイト構造を取り得る範囲内で基準値からずれてもよい。)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、PZT系の強誘電体膜とその製造方法、この強誘電体膜を用いた強誘電体素子及び液体吐出装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
電界印加強度の増減に伴って伸縮する圧電性を有する圧電体と、圧電体に対して電界を印加する電極とを備えた圧電素子が、インクジェット式記録ヘッドに搭載される圧電アクチュエータ等の用途に使用されている。圧電材料としては、ジルコンチタン酸鉛(PZT)等のペロブスカイト型酸化物が広く用いられている。かかる圧電材料は電界無印加時において自発分極性を有する強誘電体である。
【0003】
被置換イオンの価数よりも高い価数を有する各種ドナイオンを添加したPZTでは、真性PZTよりも強誘電性能等の特性が向上することが1960年代より知られている。AサイトのPb2+を置換するドナイオンとして、Bi3+,及びLa3+等の各種ランタノイドのカチオンが知られている。BサイトのZr4+及び/又はTi4+を置換するドナイオンとして、V5+,Nb5+,Ta5+,Sb5+,Mo6+,及びW6+等が知られている。
【0004】
強誘電体は古くは、所望組成の構成元素を含む複数種の酸化物粉末を混合し、得られた混合粉末を成型及び焼成する、あるいは所望組成の構成元素を含む複数種の酸化物粉末を有機バインダに分散させたものを基板に塗布し焼成するなどの方法により製造されていた。かかる方法では、強誘電体は600℃以上、通常1000℃以上の焼成工程を経て、製造されていた。かかる方法では、高温の熱平衡状態で製造を行うため、本来価数が合わない添加物を高濃度ドープすることはできなかった。
【0005】
非特許文献1には、PZTバルクセラミックスに対する各種ドナイオンの添加についての研究が記載されている。図15に、非特許文献1のFig.14を示す。この図は、ドナイオンの添加量と誘電率との関係を示す図である。この図には、1.0モル%程度(図では0.5wt%程度に相当)で最も特性が良くなり、それ以上添加すると特性が低下することが示されている。
【0006】
同様に、特許文献9には、PZTにNb,Sb,又はWを添加する場合、3モル%までは特性が向上するが、それ以上添加すると特性が低下することが記載されている。特許文献10には、PZTにVを添加すると、焼結温度を下げられることが記載されているが、添加量は0.4wt%が限度であることが記載されている。特許文献11には、PZTにW及び/又はMoを添加すると、液相焼結において焼結温度を下げられることが記載されているが、添加量は合計で9.8モル%が限度であることが記載されている。特許文献12には、PZTにSbを添加すると特性ばらつきが抑制されるが、添加量は3.0wt%が限度であることが記載されている。
【0007】
以上のように、従来の方法では、Bサイトのドナイオンの添加量は9.8モル%が限度とされていた。また、焼結温度を下げることを目的として、ドープ限界の9.8モル%程度の添加を行う場合には、他の特性が犠牲になっていた。
【0008】
非特許文献2等に記載されているように、価数を合わせるために、高価数のドナイオンに合わせてNi2+、Co2+等の低価数のアクセプタイオンを共ドープすることにより、特性が向上することが知られている(=リラクサ系)。例えば、PZTにPb(Ni1/3Nb2/3)O3を添加する系が挙げられる。この系では、Nb5+に対してNi2+を共ドープすることによりBサイトの平均価数を+4価として、熱平衡状態としている。この系では、Nbの高濃度ドープが可能である。
【0009】
しかしながら、非特許文献1に記載されているように、Ni2+、Co2+等の低価数のアクセプタイオンは強誘電特性を下げることが知られており、アクセプタイオンを共ドープするリラクサ系ではドナイオン添加の効果を充分に引き出すことができない。
【0010】
近年、特許文献1〜8には、アクセプタイオンを共ドープすることなく、Bサイトに10〜50モル%のV,Nb,Ta等のドナイオンを添加した強誘電体膜が開示されている。
【特許文献1】特開2005-72474号公報
【特許文献2】特開2005-97073号公報
【特許文献3】特許第3791614号公報
【特許文献4】特開2005-101512号公報
【特許文献5】特開2006-182642号公報
【特許文献6】特開2006-188427号公報
【特許文献7】特開2005-150694号公報
【特許文献8】特開2005-333105号公報
【特許文献9】特開2003-55045号公報
【特許文献10】特開2005-35843号公報
【特許文献11】特開2002-255646号公報
【特許文献12】特開平7-330425号公報
【非特許文献1】S.Takahashi, Ferroelectrics(1981) Vol.41 p.143
【非特許文献2】田中哲郎、岡崎清、一ノ瀬昇、「圧電セラミックス材料」、学献社、1973、p.110-131
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
特許文献1〜8に記載の強誘電体膜はいずれもゾルゲル法によって成膜されている。ゾルゲル法は熱平衡プロセスであり、特許文献1〜8に記載の方法では、焼結を促進して熱平衡状態を得るために、焼結助剤としてSiを添加することが必須となっている。焼結助剤としては、Siの他にGe及びSnも知られている。かかる焼結助剤を添加すると強誘電特性が低下するため、特許文献1〜8に記載の方法では、ドナイオン添加の効果を充分に引き出すことができない。
【0012】
特許文献1〜8に記載の方法では、焼結助剤としてSiを添加することで比較的低温焼成が可能となっているが、この場合、膜厚を厚くするとクラックが入るため、1μm以下の薄膜しか成膜することができない。特許文献1〜8では実際、0.2μm程度の薄膜しか成膜されていない。強誘電体メモリ等の用途ではかかる薄膜でもよいが、圧電素子では充分な変位が得られないため、強誘電体膜の膜厚は3μm以上が好ましい。薄膜の積層を繰り返すことで膜厚を厚くすることはできなくはないが、実用的ではない。
【0013】
また、特許文献7に記載されているように、特許文献1〜8に記載のゾルゲル法では、Pb欠損が起こりやすい。Pb欠損が起こると、強誘電体性能が低下する傾向にあり、好ましくない。
【0014】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、焼結助剤やアクセプタイオンを添加することなく、Bサイトに10モル%以上のドナイオンを添加することが可能なPZT系の強誘電体膜の製造方法を提供することを目的とするものである。
本発明はまた、上記製造方法により、Bサイトに10モル%以上のドナイオンが添加され、強誘電性能に優れたPZT系の強誘電体膜を提供することを目的とするものである。
本発明はまた、Aサイト欠損がなく、Bサイトに10モル%以上のドナイオンが添加されたPZT系の強誘電体膜を提供することを目的とするものである。
本発明はまた、Bサイトに10モル%以上のドナイオンが添加され、3.0μm以上の膜厚を有するPZT系の強誘電体膜を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明の強誘電体膜は、多数の柱状結晶からなる柱状結晶膜構造を有し、下記式(P)で表されるペロブスカイト型酸化物を主成分とすることを特徴とするものである。
A1+δ[(ZrxTi1−x)1−yMy]Oz・・・(P)
(式中、AはAサイト元素であり、Pbを主成分とする少なくとも1種の元素である。
Zr,Ti,及びMはBサイト元素である。MはV,Nb,Ta,及びSbからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素である。
0<x≦0.7、0.1≦y≦0.4。
δ=0及びz=3が標準であるが、これらの値はペロブスカイト構造を取り得る範囲内で基準値からずれてもよい。)
本明細書において、「主成分」は含量80質量%以上の成分と定義する。
【0016】
本発明では、Siを実質的に含まない強誘電体膜を提供することができる。「Siを実質的に含まない」とは、不可避不純物を除けばSiを含まないことを意味する。
本発明では、式(P)中のδが0<δ≦0.2の範囲内にあるAサイト元素がリッチな組成の強誘電体膜を提供することができる。
【0017】
本発明の強誘電体膜において、式(P)中のyが0.2≦y≦0.4の範囲内にあることが好ましい。
本発明の強誘電体膜において、式(P)で表されるペロブスカイト型酸化物におけるAサイトの好適な添加元素としては、Biが挙げられる。
本発明では、式(P)で表されるペロブスカイト型酸化物を主成分とし、3.0μm以上の膜厚を有する強誘電体膜を提供することができる。
【0018】
本発明の強誘電体膜は、非熱平衡プロセスにより成膜することができる。本発明の強誘電体膜の好適な成膜方法としては、スパッタ法が挙げられる。
【0019】
前記スパッタ法は、成膜する該強誘電体膜の膜組成に応じた組成のターゲットと基板とを対向配置させ、下記式(1)及び(2)を充足する成膜条件、又は下記式(3)及び(4)を充足する成膜条件で、基板上に成膜を行うものであることが好ましい。
400≦Ts(℃)≦500・・・(1)、
30≦D(mm)≦80・・・(2)、
500≦Ts(℃)≦600・・・(3)、
30≦D(mm)≦100・・・(4)
(式(1)〜(4)中、Ts(℃)は成膜温度、D(mm)は基板とターゲットとの離間距離である。)
【0020】
本明細書において、「成膜温度Ts(℃)」は、成膜を行う基板の中心温度を意味するものとする。
本明細書において、「基板―ターゲット間距離」とは、ターゲット側の基板面における中心と、ターゲットとを、ターゲットに対して垂直となるように結んだ距離と定義する。複数のターゲットを用いて同時に成膜を行う場合は、それぞれの基板―ターゲット間距離の平均値とする。
【0021】
本発明の強誘電体素子は、上記の本発明の強誘電体膜と、該強誘電体膜に対して電界を印加する電極とを備えたことを特徴とするものである。
本発明の液体吐出装置は、上記の本発明の強誘電体素子からなる圧電素子と、
液体が貯留される液体貯留室及び該液体貯留室から外部に前記液体が吐出される液体吐出口を有する液体貯留吐出部材とを備えたことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0022】
本発明は、PZT系の強誘電体膜において、焼結助剤やアクセプタイオンを添加することなく、Bサイトに10〜40モル%のドナイオンを添加することを実現したものである。本発明の強誘電体膜は、Bサイトに10〜40モル%の高濃度のドナイオンが添加されたものであるので、強誘電性能(圧電性能)に優れた膜である。本発明の強誘電体膜では、焼結助剤やアクセプタイオンを添加することなく、Bサイトにかかる高濃度のドナイオンを添加できるので、焼結助剤やアクセプタイオンによる強誘電性能の低下が抑制され、ドナイオンの添加による強誘電性能の向上が最大限引き出される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
「強誘電体膜」
本発明者は、スパッタ法等の非熱平衡プロセスにより成膜を行うことにより、焼結助剤やアクセプタイオンを添加することなく、Bサイトに10モル%以上のドナイオンを添加できることを見出した。本発明者は具体的には、Bサイトに10〜40モル%のドナイオンを添加できることを見出した。本発明者はまた、この方法により成膜される膜は多数の柱状結晶からなる柱状結晶膜構造を有することを見出した。特許文献1〜8に記載のゾルゲル法では、かかる柱状結晶膜構造は得られない。
【0024】
すなわち、本発明の強誘電体膜は、多数の柱状結晶からなる柱状結晶膜構造を有し、下記式(P)で表されるペロブスカイト型酸化物を主成分とすることを特徴とするものである。
A1+δ[(ZrxTi1−x)1−yMy]Oz・・・(P)
(式中、AはAサイト元素であり、Pbを主成分とする少なくとも1種の元素である。
Zr,Ti,及びMはBサイト元素である。MはV,Nb,Ta,及びSbからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素である。
0<x≦0.7、0.1≦y≦0.4。
δ=0及びz=3が標準であるが、これらの値はペロブスカイト構造を取り得る範囲内で基準値からずれてもよい。)
【0025】
「背景技術」の項において、非特許文献2等には、ドナイオンを高濃度ドープするために、Ni2+及びCo2+等のアクセプタイオンを共ドープすることが提案されていることを述べたが、本発明ではかかるアクセプタイオンを実質的に含まない強誘電体膜を提供することができる。
【0026】
特許文献1〜8に記載の方法では、焼結助剤としてSiを添加することが必須であるが、本発明ではSiを実質的に含まない強誘電体膜を提供することができる。焼結助剤としてはGe及びSnも知られているが、本発明ではGe及びSnを実質的に含まない強誘電体膜を提供することもできる。
【0027】
焼結助剤やアクセプタイオンによって強誘電性能の低下が抑制することが知られているが、本発明ではかかる焼結助剤やアクセプタイオンを必須としないので、焼結助剤やアクセプタイオンによる強誘電性能の低下が抑制され、ドナイオンの添加による強誘電性能の向上が最大限引き出される。なお、本発明では、焼結助剤やアクセプタイオンを必須としないが、特性に支障のない限り、これらを添加することは差し支えない。
【0028】
本発明の強誘電体膜では、基板面に対して非平行に延びる多数の柱状結晶からなる柱状結晶膜構造を有するので、結晶方位の揃った配向膜が得られる。かかる膜構造では、高い圧電性能が得られ、好ましい。
【0029】
圧電歪には、
(1)自発分極軸のベクトル成分と電界印加方向とが一致したときに、電界印加強度の増減によって電界印加方向に伸縮する通常の電界誘起圧電歪、
(2)電界印加強度の増減によって分極軸が可逆的に非180°回転することで生じる圧電歪、
(3)電界印加強度の増減によって結晶を相転移させ、相転移による体積変化を利用する圧電歪、
(4)電界印加により相転移する特性を有する材料を用い、自発分極軸方向とは異なる方向に結晶配向性を有する強誘電体相を含む結晶配向構造とすることで、より大きな歪が得られるエンジニアードドメイン効果を利用する圧電歪(エンジニアードドメイン効果を利用する場合には、相転移が起こる条件で駆動してもよいし、相転移が起こらない範囲で駆動してもよい)などが挙げられる。
【0030】
上記の圧電歪(1)〜(4)を単独で又は組み合わせて利用することで、所望の圧電歪が得られる。また、上記の圧電歪(1)〜(4)はいずれも、それぞれの歪発生の原理に応じた結晶配向構造とすることで、より大きな圧電歪が得られる。したがって、高い圧電性能を得るには、強誘電体膜は結晶配向性を有することが好ましい。例えば、MPB組成のPZT系強誘電体膜であれば、(100)配向の柱状結晶膜が得られる。
【0031】
柱状結晶の成長方向は基板面に対して非平行であればよく、略垂直方向でも斜め方向でも構わない。
強誘電体膜をなす多数の柱状結晶の平均柱径は特に制限なく、30nm以上1μm以下が好ましい。柱状結晶の平均柱径が過小では、強誘電体として充分な結晶成長が起こらない、所望の強誘電性能(圧電性能)が得られないなどの恐れがある。柱状結晶の平均柱径が過大では、パターニング後の形状精度が低下するなどの恐れがある。
【0032】
特許文献1〜8に記載のゾルゲル法ではPb欠損が起こりやすく、Pb欠損が起こると強誘電体性能が低下する傾向にあるが、本発明によれば、上記式(P)中のδがδ≧0であるAサイト元素の欠損のない組成の強誘電体膜を提供することができ、δ>0であるAサイト元素がリッチな組成の強誘電体膜を提供することも可能である。本発明者は具体的には、上記式(P)中のδが0<δ≦0.2であるAサイト元素がリッチな組成の強誘電体膜を提供することができることを見出している。なお、本発明では、このようにδ≧0であるAサイト元素の欠損のない組成の強誘電体膜を提供することができるが、特性に支障のない限り、Aサイト欠損があっても構わない
本発明の強誘電体膜において、式(P)中のyが0.2≦y≦0.4の範囲内にあることが好ましい。本発明者は、y<0.2では分極-電界特性(PE特性)が正側に偏った非対称ヒステリシスを示し、0.2≦yではその非対称性が緩和されて、対称ヒステリシスに近くなることを見出している。PEヒステリシスが非対称であることは、負電界側の抗電界Ec1の絶対値と正電界側の抗電界Ec2とが異なること(|Ec1|≠Ec2)により定義される。
【0033】
通常、強誘電体膜は、下部電極と強誘電体膜と上部電極とが順次積み重ねられた強誘電体素子の形態で使用され、下部電極と上部電極とのうち、一方の電極を印加電圧が0Vに固定されるグランド電極とし、他方の電極を印加電圧が変動されるアドレス電極として、駆動される。駆動しやすいことから、通常は下部電極をグランド電極とし、上部電極をアドレス電極として、駆動が行われる。「強誘電体膜に負電界が印加されている状態」とは、アドレス電極に負電圧を印加した状態を意味する。同様に、「強誘電体膜に正電界が印加されている状態」とは、アドレス電極に正電圧を印加した状態を意味する。
【0034】
正側に偏ったPE非対称ヒステリシスを有する強誘電体膜では、正電界を印加した場合は分極されにくく、負電界を印加した場合は分極されやすい。この場合、正電界印加では圧電特性が出にくく、負電界印加で圧電特性が出やすい。負電界を印加するには、上部電極の駆動ドライバICを負電圧用にする必要があるが、負電圧用は汎用されておらず、ICの開発コストがかかってしまう。下部電極をパターニングしてアドレス電極とし上部電極をグランド電極とすれば、汎用の正電圧用の駆動ドライバICを用いることができるが、製造プロセスが複雑になり、好ましくない。0.2≦y≦0.4ではPE特性が対称ヒステリシスに近くなるため、駆動の観点から、好ましい。
【0035】
本発明の強誘電体膜において、式(P)で表されるペロブスカイト型酸化物におけるAサイトの好適な添加元素としては特に制限されず、Bi等が好ましい。本発明者は、AサイトにBiを添加することにより、y<0.2においても、PEヒステリシスの非対称性が緩和されて、対称ヒステリシスに近くなることを見出している。
【0036】
また、式(P)で表されるペロブスカイト型酸化物において、TiとZrの組成を示すxの値は、0<x≦0.7であればよいが、正方晶相と菱面体相との相転移点であるモルフォトロピック相境界(MPB)組成の近傍となる値であればより高い強誘電性能が得られ、好ましい。すなわち、0.45<x≦0.7であることが好ましく、0.47<x<0.57であることがより好ましい。
本発明では、式(P)で表されるペロブスカイト型酸化物を主成分とし、3.0μm以上の膜厚を有する強誘電体膜を提供することができる。
【0037】
「強誘電体膜の製造方法」
BサイトにドナイオンMが10〜40モル%添加された上記の本発明の強誘電体膜は、非熱平衡プロセスにより成膜することができる。本発明の強誘電体膜の好適な成膜方法としては、スパッタ法、プラズマCVD法、焼成急冷クエンチ法、アニールクエンチ法、及び溶射急冷法等が挙げられる。本発明の成膜方法としては、スパッタ法が特に好ましい。
【0038】
ゾルゲル法等の熱平衡プロセスでは、本来価数が合わない添加物を高濃度ドープすることが難しく、焼結助剤あるいはアクセプタイオンを用いるなどの工夫が必要であるが、非熱平衡プロセスではかかる工夫なしに、ドナイオンを高濃度ドープすることができる。
【0039】
図1A及び図1Bを参照して、スパッタリング装置の構成例と成膜の様子について説明する。ここでは、RF電源を用いるRFスパッタリング装置を例として説明するが、DC電源を用いるDCスパッタリング装置を用いることもできる。図1Aは装置全体の概略断面図、図1Bは成膜中の様子を模式的に示す図である。
【0040】
図1Aに示すように、スパッタリング装置1は、内部に、成膜基板Bを保持すると共に成膜基板Bを所定温度に加熱することができる静電チャック等の基板ホルダ11と、プラズマを発生させるプラズマ電極(カソード電極)12とが備えられた真空容器10から概略構成されている。
【0041】
基板ホルダ11とプラズマ電極12とは互いに対向するように離間配置され、プラズマ電極12上にターゲットTが装着されるようになっている。プラズマ電極12はRF電源13に接続されている。基板BとターゲットTとの離間距離(基板―ターゲット間距離)はD(mm)である。
【0042】
真空容器10には、真空容器10内に成膜に必要なガスGを導入するガス導入管14と、真空容器10内のガスの排気Vを行うガス排出管15とが取り付けられている。ガスGとしては、Ar、又はAr/O2混合ガス等が使用される。
【0043】
図1Bに模式的に示すように、プラズマ電極12の放電により真空容器10内に導入されたガスGがプラズマ化され、Arイオン等のプラスイオンIpが生成する。生成したプラスイオンIpはターゲットTをスパッタする。プラスイオンIpにスパッタされたターゲットTの構成元素Tpは、ターゲットTから放出され中性あるいはイオン化された状態で基板Bに蒸着される。この蒸着を所定時間実施することで、所定厚の膜が成膜される。図中、符号Pがプラズマ空間を示している。
【0044】
本発明の強誘電体膜をスパッタ法により成膜する場合、下記式(1)及び(2)を充足する成膜条件、又は下記式(3)及び(4)を充足する成膜条件で、基板上に成膜を行うことが好ましい(本発明者が先に出願している特願2006-263979号(本件出願時において未公開)を参照。)。
400≦Ts(℃)≦500・・・(1)、
30≦D(mm)≦80・・・(2)、
500≦Ts(℃)≦600・・・(3)、
30≦D(mm)≦100・・・(4)
(式(1)〜(4)中、Ts(℃)は成膜温度、D(mm)は基板とターゲットとの離間距離である。)
【0045】
ターゲットTと基板Bとの間にあるターゲットの構成元素Tpは、プラズマ空間Pの電位と基板Bの電位との電位差の加速電圧分の運動エネルギーを持って、成膜中の基板Bに衝突すると考えられる。
【0046】
プラズマを用いる気相成長法において、成膜される膜の特性を左右するファクターとしては、成膜温度、基板の種類、基板に先に成膜された膜があれば下地の組成、基板の表面エネルギー、成膜圧力、雰囲気ガス中の酸素量、投入電極、基板−ターゲット間距離、プラズマ中の電子温度及び電子密度、プラズマ中の活性種密度及び活性種の寿命等が考えられる。
【0047】
本発明者は多々ある成膜ファクターの中で、成膜される膜の特性は、成膜温度Tsと基板−ターゲット間距離D(mm)との2つのファクターに大きく依存することを見出し、これらファクターを好適化することにより、良質な圧電膜を効率よく成膜できることを見出した。すなわち、成膜温度Tsを横軸にし、基板−ターゲット間距離Dを縦軸にして、圧電膜の特性をプロットすると、ある範囲内において良質な圧電膜を成膜できることを見出した(図14を参照)。
【0048】
本発明者は、PZT系強誘電体膜を成膜する場合、上記式(1)を充足しないTs(℃)<400の成膜条件では、成膜温度が低すぎてペロブスカイト結晶が良好に成長せず、パイロクロア相がメインの膜が成膜されることを見出している。
【0049】
本発明者はさらに、PZT系強誘電体膜を成膜する場合、上記式(1)を充足する400≦Ts(℃)≦500の条件では、基板−ターゲット間距離D(mm)が上記式(2)を充足する範囲で、また上記式(3)を充足する500≦Ts(℃)≦600の条件では、基板−ターゲット間距離D(mm)が上記式(4)を充足する範囲で成膜条件を決定することで、パイロクロア相の少ないペロブスカイト結晶を安定的に成長させることができ、しかもPb抜けを安定的に抑制することができ、結晶構造及び膜組成が良好な良質な圧電膜を安定的に成膜することができることを見出している(図14を参照)。
【0050】
PZTのスパッタ成膜において、高温成膜するとPb抜けが起こりやすくなることが知られている。本発明者は、Pb抜けが、成膜温度以外に基板−ターゲット間距離にも依存することを見出している。PZTの構成元素であるPb,Zr,及びTiの中で、Pbが最もスパッタ率が大きく、スパッタされやすい。例えば、「真空ハンドブック」((株)アルバック編、オーム社発行)の表8.1.7には、Arイオン300evの条件におけるスパッタ率は、Pb=0.75、Zr=0.48,Ti=0.65であることが記載されている。スパッタされやすいということは、スパッタされた原子が基板面に付着した後に、再スパッタされやすいということである。基板−ターゲット間距離は、近いほど再スパッタ率が高くなり、Pb抜けが生じやすくなると考えられる。このことは、PZT以外のPb含有ペロブスカイト型酸化物でも、同様である。また、スパッタリング法以外のプラズマを用いる気相成長法でも同様である。
【0051】
成膜温度Tsが過小であり、かつ基板−ターゲット間距離Dが過大の条件では、ペロブスカイト結晶を良好に成長させることができない傾向にある。また、成膜温度Tsが過大であり、かつ基板−ターゲット間距離Dが過小の条件では、Pb抜けが生じやすくなる傾向にある。
すなわち、上記式(1)を充足する400≦Ts(℃)≦500の条件では、成膜温度Tsが相対的に低い条件のときには、ペロブスカイト結晶を良好に成長させるために基板−ターゲット間距離Dを相対的に短くする必要があり、成膜温度Tsが相対的に高い条件のときには、Pb抜けを抑制するために基板−ターゲット間距離Dを相対的に長くする必要がある。これを表したのが、上記式(2)である。上記(3)式を充足する500≦Ts(℃)≦600においては、成膜温度が比較的高温領域であるため、基板−ターゲット間距離Dの範囲は上限値が大きくなるが、傾向は同様である。
【0052】
成膜速度は、製造効率上速い方が好ましく、0.5μm/h以上が好ましく、1.0μm/h以上がより好ましい。図2に示されるように、基板−ターゲット間距離Dが短い方が成膜速度が速くなる。図2は、RFスパッタリング装置1を用いてPZT膜を成膜した場合の、成膜速度と基板−ターゲット間距離Dとの関係を示した図である。図2において、成膜温度Ts=525℃、ターゲット投入電力(rf電力)=2.5W/cm2である。実施例1に示されるように、本発明によれば、成膜速度が1.0μm/h以上の高速成膜条件においても良質の膜を成膜することが可能である。
【0053】
基板−ターゲット間距離Dによっては、成膜速度が0.5μm/h未満となる場合があり得る。かかる場合には、ターゲット投入電力等を、成膜速度が0.5μm/h以上となるように、調整することが好ましい。
【0054】
基板−ターゲット間距離Dは短い方が成膜速度が速いため好ましく、400≦Ts(℃)≦500の範囲では80mm以下、500≦Ts(℃)≦600の範囲では100mm以下が好ましいが、30mm未満ではプラズマ状態が不安定となるため、膜質の良好な成膜ができない恐れがある。より膜質の高い圧電膜を安定的成膜するためには、400≦Ts(℃)≦500の範囲、及び500≦Ts(℃)≦600の範囲のいずれにおいても、基板−ターゲット間距離Dは、50≦D(mm)≦70であることが好ましい。
【0055】
本発明者は、上記のように、上記式(1)及び(2)を充足する範囲、又は(3)及び(4)を充足する範囲で成膜条件を決定することで、良質な圧電膜を製造効率良く、すなわち、速い成膜速度で、かつ安定的に成膜できることを見出している。
【0056】
以上説明したように、本発明は、PZT系の強誘電体膜において、焼結助剤やアクセプタイオンを添加することなく、Bサイトに10〜40モル%のドナイオンを添加することを実現したものである。本発明の強誘電体膜は、Bサイトに10〜40モル%の高濃度のドナイオンが添加されたものであるので、強誘電性能(圧電性能)に優れた膜である。本発明の強誘電体膜では、焼結助剤やアクセプタイオンを添加することなく、Bサイトにかかる高濃度のドナイオンを添加できるので、焼結助剤やアクセプタイオンによる強誘電性能の低下が抑制され、ドナイオンの添加による強誘電性能の向上が最大限引き出される。
【0057】
「強誘電体素子(圧電素子)、インクジェット式記録ヘッド」
図3を参照して、本発明に係る実施形態の圧電素子(強誘電体素子)、及びこれを備えたインクジェット式記録ヘッド(液体吐出装置)の構造について説明する。図3はインクジェット式記録ヘッドの要部断面図である。視認しやすくするため、構成要素の縮尺は実際のものとは適宜異ならせてある。
【0058】
本実施形態の圧電素子(強誘電体素子)2は、基板20上に、下部電極30と強誘電体膜(圧電体膜)40と上部電極50とが順次積層された素子であり、強誘電体膜40に対して、下部電極30と上部電極50とにより厚み方向に電界が印加されるようになっている。強誘電体膜40は上記式(P)で表されるペロブスカイト型酸化物を主成分とする本発明の強誘電体膜である。
【0059】
下部電極30は基板20の略全面に形成されており、この上に図示手前側から奥側に延びるライン状の凸部41がストライプ状に配列したパターンの強誘電体膜40が形成され、各凸部41の上に上部電極50が形成されている。
【0060】
強誘電体膜40のパターンは図示するものに限定されず、適宜設計される。また、強誘電体膜40は連続膜でも構わない。但し、強誘電体膜40は、連続膜ではなく、互いに分離した複数の凸部41からなるパターンで形成することで、個々の凸部41の伸縮がスムーズに起こるので、より大きな変位量が得られ、好ましい。
【0061】
基板20としては特に制限なく、シリコン、ガラス、ステンレス(SUS)、イットリウム安定化ジルコニア(YSZ)、アルミナ、サファイヤ、シリコンカーバイド等の基板が挙げられる。基板20としては、シリコン基板の表面にSiO2酸化膜が形成されたSOI基板等の積層基板を用いてもよい。
【0062】
下部電極30の主成分としては特に制限なく、Au,Pt,Ir,IrO2,RuO2,LaNiO3,及びSrRuO3等の金属又は金属酸化物、及びこれらの組合せが挙げられる。
上部電極50の主成分としては特に制限なく、下部電極30で例示した材料、Al,Ta,Cr,及びCu等の一般的に半導体プロセスで用いられている電極材料、及びこれらの組合せが挙げられる。
【0063】
下部電極30と上部電極50の厚みは特に制限なく、例えば200nm程度である。強誘電体膜40の膜厚は特に制限なく、通常1μm以上であり、例えば1〜5μmである。強誘電体膜40の膜厚は3μm以上が好ましい。
【0064】
インクジェット式記録ヘッド(液体吐出装置)3は、概略、上記構成の圧電素子2の基板20の下面に、振動板60を介して、インクが貯留されるインク室(液体貯留室)71及びインク室71から外部にインクが吐出されるインク吐出口(液体吐出口)72を有するインクノズル(液体貯留吐出部材)70が取り付けられたものである。インク室71は、強誘電体膜40の凸部41の数及びパターンに対応して、複数設けられている。
【0065】
インクジェット式記録ヘッド3では、圧電素子2の凸部41に印加する電界強度を凸部41ごとに増減させてこれを伸縮させ、これによってインク室71からのインクの吐出や吐出量の制御が行われる。
【0066】
基板20とは独立した部材の振動板60及びインクノズル70を取り付ける代わりに、基板20の一部を振動板60及びインクノズル70に加工してもよい。例えば、基板20がSOI基板等の積層基板からなる場合には、基板20を裏面側からエッチングしてインク室71を形成し、基板自体の加工により振動板60及びインクノズル70とを形成することができる。
本実施形態の圧電素子2及びインクジェット式記録ヘッド3は、以上のように構成されている。
【0067】
「インクジェット式記録装置」
図4及び図5を参照して、上記実施形態のインクジェット式記録ヘッド3を備えたインクジェット式記録装置の構成例について説明する。図4は装置全体図であり、図5は部分上面図である。
【0068】
図示するインクジェット式記録装置100は、インクの色ごとに設けられた複数のインクジェット式記録ヘッド(以下、単に「ヘッド」という)3K,3C,3M,3Yを有する印字部102と、各ヘッド3K,3C,3M,3Yに供給するインクを貯蔵しておくインク貯蔵/装填部114と、記録紙116を供給する給紙部118と、記録紙116のカールを除去するデカール処理部120と、印字部102のノズル面(インク吐出面)に対向して配置され、記録紙116の平面性を保持しながら記録紙116を搬送する吸着ベルト搬送部122と、印字部102による印字結果を読み取る印字検出部124と、印画済みの記録紙(プリント物)を外部に排紙する排紙部126とから概略構成されている。
【0069】
印字部102をなすヘッド3K,3C,3M,3Yが、各々上記実施形態のインクジェット式記録ヘッド3である。
【0070】
デカール処理部120では、巻き癖方向と逆方向に加熱ドラム130により記録紙116に熱が与えられて、デカール処理が実施される。
【0071】
ロール紙を使用する装置では、図4のように、デカール処理部120の後段に裁断用のカッター128が設けられ、このカッターによってロール紙は所望のサイズにカットされる。カッター128は、記録紙116の搬送路幅以上の長さを有する固定刃128Aと、該固定刃128Aに沿って移動する丸刃128Bとから構成されており、印字裏面側に固定刃128Aが設けられ、搬送路を挟んで印字面側に丸刃128Bが配置される。カット紙を使用する装置では、カッター128は不要である。
【0072】
デカール処理され、カットされた記録紙116は、吸着ベルト搬送部122へと送られる。吸着ベルト搬送部122は、ローラ131、132間に無端状のベルト133が巻き掛けられた構造を有し、少なくとも印字部102のノズル面及び印字検出部124のセンサ面に対向する部分が水平面(フラット面)となるよう構成されている。
【0073】
ベルト133は、記録紙116の幅よりも広い幅寸法を有しており、ベルト面には多数の吸引孔(図示略)が形成されている。ローラ131、132間に掛け渡されたベルト133の内側において印字部102のノズル面及び印字検出部124のセンサ面に対向する位置には吸着チャンバ134が設けられており、この吸着チャンバ134をファン135で吸引して負圧にすることによってベルト133上の記録紙116が吸着保持される。
【0074】
ベルト133が巻かれているローラ131、132の少なくとも一方にモータ(図示略)の動力が伝達されることにより、ベルト133は図4上の時計回り方向に駆動され、ベルト133上に保持された記録紙116は図4の左から右へと搬送される。
【0075】
縁無しプリント等を印字するとベルト133上にもインクが付着するので、ベルト133の外側の所定位置(印字領域以外の適当な位置)にベルト清掃部136が設けられている。
【0076】
吸着ベルト搬送部122により形成される用紙搬送路上において印字部102の上流側に、加熱ファン140が設けられている。加熱ファン140は、印字前の記録紙116に加熱空気を吹き付け、記録紙116を加熱する。印字直前に記録紙116を加熱しておくことにより、インクが着弾後に乾きやすくなる。
【0077】
印字部102は、最大紙幅に対応する長さを有するライン型ヘッドを紙送り方向と直交方向(主走査方向)に配置した、いわゆるフルライン型のヘッドとなっている(図5を参照)。各印字ヘッド3K,3C,3M,3Yは、インクジェット式記録装置100が対象とする最大サイズの記録紙116の少なくとも一辺を超える長さにわたってインク吐出口(ノズル)が複数配列されたライン型ヘッドで構成されている。
【0078】
記録紙116の送り方向に沿って上流側から、黒(K)、シアン(C)、マゼンタ(M)、イエロー(Y)の順に各色インクに対応したヘッド3K,3C,3M,3Yが配置されている。記録紙116を搬送しつつ各ヘッド3K,3C,3M,3Yからそれぞれ色インクを吐出することにより、記録紙116上にカラー画像が記録される。
【0079】
印字検出部124は、印字部102の打滴結果を撮像するラインセンサ等からなり、ラインセンサによって読み取った打滴画像からノズルの目詰まり等の吐出不良を検出する。
【0080】
印字検出部124の後段には、印字された画像面を乾燥させる加熱ファン等からなる後乾燥部142が設けられている。印字後のインクが乾燥するまでは印字面と接触することは避けた方が好ましいので、熱風を吹き付ける方式が好ましい。
【0081】
後乾燥部142の後段には、画像表面の光沢度を制御するために、加熱・加圧部144が設けられている。加熱・加圧部144では、画像面を加熱しながら、所定の表面凹凸形状を有する加圧ローラ145で画像面を加圧し、画像面に凹凸形状を転写する。
【0082】
こうして得られたプリント物は、排紙部126から排出される。本来プリントすべき本画像(目的の画像を印刷したもの)とテスト印字とは分けて排出することが好ましい。このインクジェット式記録装置100では、本画像のプリント物と、テスト印字のプリント物とを選別してそれぞれの排出部126A、126Bへと送るために排紙経路を切り替える選別手段(図示略)が設けられている。
大きめの用紙に本画像とテスト印字とを同時に並列にプリントする場合には、カッター148を設けて、テスト印字の部分を切り離す構成とすればよい。
インクジェット記記録装置100は、以上のように構成されている。
【0083】
(設計変更)
本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲内において、適宜設計変更可能である。
【実施例】
【0084】
本発明に係る実施例について説明する。
【0085】
(実施例1)
成膜基板として、25mm角のSi基板上に30nm厚のTi密着層と300nm厚のIr下部電極とが順次積層された電極付き基板を用意した。
上記基板に対して、RFスパッタリング装置を用い、真空度0.5Pa、Ar/O2混合雰囲気(O2体積分率2.5%)の条件下で、ターゲット組成を変えて、Nb添加量の異なる複数種のNbドープPZT強誘電体膜の成膜を実施した。基板/ターゲット間距離Dは60mmとした。成膜温度Tsは525℃とし、ターゲットに2.5W/cm2のrf電力を印加して成膜を行った。強誘電体膜の膜厚は4μmとした。以降、NbドープPZTは「Nb−PZT」と略記する。
【0086】
ターゲットに同じ電力が印加されていても、基板―ターゲット間距離Dが近いほど成膜速度が速くなる。成膜温度Ts=525℃とし、ターゲットへの印加電力(rf電力)を2.5W/cm2とした時の基板―ターゲット間距離Dと成膜速度との関係を図2に示す。図2によれば、例えば基板―ターゲット間距離D(mm)=60の時の成膜速度は1.0μm/hである。
【0087】
上記強誘電体膜上にPt上部電極をスパッタリング法にて100nm厚で形成し、本発明の強誘電体素子を得た。
【0088】
ターゲット組成を変える以外は上記と同様にして、Ta添加量の異なる複数種のTaドープPZT強誘電体膜の成膜を実施し、それぞれについて強誘電体素子を得た。以降、TaドープPZTは「Ta−PZT」と略記する。
【0089】
<EDX測定>
Nb添加量の異なる複数種のNb−PZT強誘電体膜、及びTa添加量の異なる複数種のTa−PZT強誘電体膜について各々、EDXによる組成分析を実施した。
いずれの膜もPb1+δ[(Zr0.52Ti0.48)1−yMy]Oz(MはNb又はTa)で表される組成を有していた。Nb−PZT膜ではy=0.12,0.15,0.18,0.25の膜が得られた。Ta−PZT膜ではy=0.02〜0.20の膜が得られた。いずれもの膜も1+δ=1.02〜1.10であり、Pbリッチな組成であった。いずれもの膜も、酸素のK線強度が弱いため、2<z≦3程度であることは分かったが、酸素量zの特定はできなかった。
【0090】
<SEM断面観察>
Nb添加量の異なる複数種のNb−PZT強誘電体膜、及びTa添加量の異なる複数種のTa−PZT強誘電体膜について各々、SEM断面観察を実施したところ、いずれも基板面に対して略垂直方向に成長した多数の柱状結晶(平均柱径約150nm)からなる柱状結晶構造膜であった。
【0091】
<XRD測定>
Nb添加量の異なる複数種のNb−PZT強誘電体膜、及びTa添加量の異なる複数種のTa−PZT強誘電体膜について各々、XRD測定を実施した。
Nb添加量12〜18モル%のNb−PZT膜はいずれも(100)配向のペロブスカイト構造膜であった。Nb添加量25モル%のNb−PZT膜は(100)、(110)、(111)の3つに回折ピークが見られた。Ta−PZT膜はいずれも(100)配向のペロブスカイト構造膜であった。
【0092】
<PEヒステリシス測定>
Nb添加量の異なる複数種のNb−PZT強誘電体膜、及びTa添加量の異なる複数種のTa−PZT強誘電体膜について各々、分極−電界ヒステリシス測定(PEヒステリシス測定)を行い、最大分極値Pmax(μC/cm2)を求めた。分極値がほぼ飽和してくるE=100kV/cmにおける分極値をPmaxとして求めた。
【0093】
ドナイオンMの添加量(Bサイト中のモル濃度)と最大分極値Pmaxとの関係を図6に示す。図6に示すように、スパッタ法により成膜を行うことにより、焼結助剤やアクセプタイオンを添加することなく、PZTのBサイトに10モル%以上のドナイオンを添加できることが示された。特にNb−PZTでは、10〜25モル%の範囲内で高い強誘電性能を示すことが明らかとなった。
【0094】
Nb添加量12モル%と25モル%のPEヒステリシス曲線を図7に示す。図7に示すように、Nb添加量12モル%では負電界側の抗電界Ec1の絶対値と正電界側の抗電界Ec2との差が大きく、PEヒステリシスの非対称性が大きいのに対して、Nb添加量25モル%では負電界側の抗電界Ec1の絶対値と正電界側の抗電界Ec2との差が小さくなり、PEヒステリシスは対称に近づくことが明らかとなった。
【0095】
(実施例2)
ターゲット組成を変える以外は実施例1と同様にして、PZTのAサイトにBiを添加し、BサイトにNbを添加する系について実験を行った。Nb添加量及びBi添加量の異なる2種の強誘電体膜の成膜を実施し、それぞれについて強誘電体素子を得た。
【0096】
<EDX測定>
実施例1と同様にEDX測定を実施したところ、得られた膜は、Nb添加量が14モル%でありBi添加量が6%である強誘電体膜と、Nb添加量が16モル%でありBi添加量が9%である強誘電体膜であった。
【0097】
<PEヒステリシス測定>
実施例1と同様にPEヒステリシス測定を実施した。PEヒステリシス曲線を図8に示す。図8には、実施例1のNb添加量12モル%のデータも合わせて図示してある。
図8に示すように、Nb添加量12モル%Bi添加量0モル%では負電界側の抗電界Ec1の絶対値と正電界側の抗電界Ec2との差が大きく、PEヒステリシスの非対称性が大きいのに対して、Nbに合わせてBiを添加することにより、負電界側の抗電界Ec1の絶対値と正電界側の抗電界Ec2との差が小さくなり、PEヒステリシスは対称に近づくことが明らかとなった。
【0098】
(実施例3)
特定の成膜条件を変える以外は実施例1と同様にして、真性PZT膜及びNb−PZT膜の成膜を実施し、それぞれについて強誘電体素子を得た。真性PZT強誘電体膜の成膜ではPb1.3Zr0.52Ti0.48O3ターゲットを用い、Nb−PZT膜の成膜ではPb1.3Zr0.43Ti0.44Nb0.13O3ターゲットを用いて、成膜を行った。
【0099】
成膜温度Tsを525℃とし、ターゲットに2.5W/cm2のrf電力を印加し、基板−ターゲット間距離D(mm)=40,60,75,100,120mmの条件で成膜を行った。基板−ターゲット間距離D=60mmではNb−PZT膜を成膜し、それ以外のDにおいてはPZT膜を成膜した。得られた主な膜のXRDパターンを図9〜図13に示す。
【0100】
図9〜図13に示すように、成膜温度Ts=525℃の条件では、基板−ターゲット間距離D=40mm〜100mmの範囲内において、結晶配向性を有するペロブスカイト結晶が得られた。図2に対応させると、成膜速度0.5μm/h〜1.2μm/hであり、良好な製造効率でペロブスカイト結晶が得られていることになる。
【0101】
基板−ターゲット間距離D=120mm(図13参照)では、パイロクロア相がメインの膜が得られたので、「×」と判定した。この場合は、基板―ターゲット間距離Dが長すぎて、成膜速度が遅くなり、ペロブスカイト成長が十分にできなかったと考えられる。基板−ターゲット間距離D=100mm(図12参照)では、同一条件で調製した他のサンプルではパイロクロア相が見られたため、「▲」と判定した。基板−ターゲット間距離D=40mm(図9参照)の場合も、同様にパイロクロア相が見られるため、「▲」と判定した。基板−ターゲット間距離D=60mm及び75mmにおいて、良好な結晶配向性を有するペロブスカイト結晶が安定的に得られたので、「●」と判定した(図10及び図11参照)。
【0102】
図10に示される圧電膜(D=60mm,Nb−PZT膜)について、XRFによる組成分析を実施した。その結果、図10に示される圧電膜の、Pbのモル量とBサイト元素の合計モル量(Zr+Ti+Nb)との比は、Pb/(Zr+Ti+Nb)=1.02であり、Pb抜けのないNb−PZT膜であることが確認された。
【0103】
このNb−PZT膜について、圧電膜上にPt上部電極をスパッタリング法にて100nm厚で形成し、圧電膜の圧電定数d31を片持ち梁法により測定した。基板―ターゲット間距離D=60mmで成膜したものは((100)配向)、圧電定数d31は250pm/Vと高く、良好であった。
【0104】
図12に示される若干のパイロクロア相を含むPZT膜について(D=100mm)、同様に圧電定数d31の測定を行ったところ、d31=110pm/Vであった。
【0105】
(実施例4)
成膜温度Ts=420℃、基板−ターゲット間距離D=60mmとし、その他の条件は実施例3と同様にしてPZT膜を成膜した。
この条件では、僅かにパイロクロア相を含むものの、(100)配向の、良好な結晶配向性を有するペロブスカイト結晶が得られた。
【0106】
(実施例3,4の結果のまとめ)
図14に、実施例3及び4のすべてのサンプル及びその他の条件で成膜したサンプルについて、成膜温度Tsを横軸にし、基板―ターゲット間距離Dを縦軸にして、XRD測定結果をプロットした
図14には、PZT膜又はNb−PZT膜においては、下記式(1)及び(2)を充足する条件、又は(3)及び(4)を充足する範囲で成膜条件を決定することで、パイロクロア相の少ないペロブスカイト結晶を安定的に成長させることができ、しかもPb抜けを安定的に抑制することができ、結晶構造及び膜組成が良好な良質な圧電膜を安定的に成膜できることが示されている。図14中のデータは真性PZT膜及びNb−PZT膜のデータが混在しているが、真性PZT膜もNb−PZT膜も好適な成膜条件は同様である。
400≦Ts(℃)≦500・・・(1)、
30≦D(mm)≦80・・・(2)、
500≦Ts(℃)≦600・・・(3)、
30≦D(mm)≦100・・・(4)
【産業上の利用可能性】
【0107】
本発明の強誘電体膜は、インクジェット式記録ヘッド,磁気記録再生ヘッド,MEMS(Micro Electro-Mechanical Systems)デバイス,マイクロポンプ,超音波探触子等に搭載される圧電アクチュエータ、及び強誘電体メモリ等の強誘電体素子に好ましく利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0108】
【図1A】スパッタリング装置の概略断面図
【図1B】成膜中の様子を模式的に示す図
【図2】実施例1における、基板―ターゲット間距離と成膜速度との関係を示す図
【図3】本発明に係る実施形態の圧電素子(強誘電体素子)及びインクジェット式記録ヘッド(液体吐出装置)の構造を示す断面図
【図4】図3のインクジェット式記録ヘッドを備えたインクジェット式記録装置の構成例を示す図
【図5】図4のインクジェット式記録装置の部分上面図
【図6】実施例1のBサイトのドナイオンMの添加量と最大分極値Pmaxとの関係を示す図
【図7】実施例1のNb添加量12モル%の強誘電体膜及び実施例1のNb添加量25モル%の強誘電体膜のPEヒステリシス曲線
【図8】実施例1のNb添加量12モル%の強誘電体膜、実施例2のNb添加量14モル%Bi添加量6%の強誘電体膜、及び実施例2のNb添加量16モル%Bi添加量9%の強誘電体膜のPEヒステリシス曲線
【図9】実施例3で得られた主な強誘電体膜のXRDパターン
【図10】実施例3で得られた主な強誘電体膜のXRDパターン
【図11】実施例3で得られた主な強誘電体膜のXRDパターン
【図12】実施例3で得られた主な強誘電体膜のXRDパターン
【図13】実施例3で得られた主な強誘電体膜のXRDパターン
【図14】実施例3及び4のすべてのサンプルについて、成膜温度Tsを横軸にし、基板−ターゲット間距離Dを縦軸にして、XRD測定結果をプロットした図
【図15】非特許文献1のFig.14
【符号の説明】
【0109】
2 圧電素子(強誘電体素子)
3、3K,3C,3M,3Y インクジェット式記録ヘッド(液体吐出装置)
20 基板
30、50 電極
40 強誘電体膜(圧電体膜)
70 インクノズル(液体貯留吐出部材)
71 インク室(液体貯留室)
72 インク吐出口(液体吐出口)
100 インクジェット式記録装置
D 基板−ターゲット間距離
【技術分野】
【0001】
本発明は、PZT系の強誘電体膜とその製造方法、この強誘電体膜を用いた強誘電体素子及び液体吐出装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
電界印加強度の増減に伴って伸縮する圧電性を有する圧電体と、圧電体に対して電界を印加する電極とを備えた圧電素子が、インクジェット式記録ヘッドに搭載される圧電アクチュエータ等の用途に使用されている。圧電材料としては、ジルコンチタン酸鉛(PZT)等のペロブスカイト型酸化物が広く用いられている。かかる圧電材料は電界無印加時において自発分極性を有する強誘電体である。
【0003】
被置換イオンの価数よりも高い価数を有する各種ドナイオンを添加したPZTでは、真性PZTよりも強誘電性能等の特性が向上することが1960年代より知られている。AサイトのPb2+を置換するドナイオンとして、Bi3+,及びLa3+等の各種ランタノイドのカチオンが知られている。BサイトのZr4+及び/又はTi4+を置換するドナイオンとして、V5+,Nb5+,Ta5+,Sb5+,Mo6+,及びW6+等が知られている。
【0004】
強誘電体は古くは、所望組成の構成元素を含む複数種の酸化物粉末を混合し、得られた混合粉末を成型及び焼成する、あるいは所望組成の構成元素を含む複数種の酸化物粉末を有機バインダに分散させたものを基板に塗布し焼成するなどの方法により製造されていた。かかる方法では、強誘電体は600℃以上、通常1000℃以上の焼成工程を経て、製造されていた。かかる方法では、高温の熱平衡状態で製造を行うため、本来価数が合わない添加物を高濃度ドープすることはできなかった。
【0005】
非特許文献1には、PZTバルクセラミックスに対する各種ドナイオンの添加についての研究が記載されている。図15に、非特許文献1のFig.14を示す。この図は、ドナイオンの添加量と誘電率との関係を示す図である。この図には、1.0モル%程度(図では0.5wt%程度に相当)で最も特性が良くなり、それ以上添加すると特性が低下することが示されている。
【0006】
同様に、特許文献9には、PZTにNb,Sb,又はWを添加する場合、3モル%までは特性が向上するが、それ以上添加すると特性が低下することが記載されている。特許文献10には、PZTにVを添加すると、焼結温度を下げられることが記載されているが、添加量は0.4wt%が限度であることが記載されている。特許文献11には、PZTにW及び/又はMoを添加すると、液相焼結において焼結温度を下げられることが記載されているが、添加量は合計で9.8モル%が限度であることが記載されている。特許文献12には、PZTにSbを添加すると特性ばらつきが抑制されるが、添加量は3.0wt%が限度であることが記載されている。
【0007】
以上のように、従来の方法では、Bサイトのドナイオンの添加量は9.8モル%が限度とされていた。また、焼結温度を下げることを目的として、ドープ限界の9.8モル%程度の添加を行う場合には、他の特性が犠牲になっていた。
【0008】
非特許文献2等に記載されているように、価数を合わせるために、高価数のドナイオンに合わせてNi2+、Co2+等の低価数のアクセプタイオンを共ドープすることにより、特性が向上することが知られている(=リラクサ系)。例えば、PZTにPb(Ni1/3Nb2/3)O3を添加する系が挙げられる。この系では、Nb5+に対してNi2+を共ドープすることによりBサイトの平均価数を+4価として、熱平衡状態としている。この系では、Nbの高濃度ドープが可能である。
【0009】
しかしながら、非特許文献1に記載されているように、Ni2+、Co2+等の低価数のアクセプタイオンは強誘電特性を下げることが知られており、アクセプタイオンを共ドープするリラクサ系ではドナイオン添加の効果を充分に引き出すことができない。
【0010】
近年、特許文献1〜8には、アクセプタイオンを共ドープすることなく、Bサイトに10〜50モル%のV,Nb,Ta等のドナイオンを添加した強誘電体膜が開示されている。
【特許文献1】特開2005-72474号公報
【特許文献2】特開2005-97073号公報
【特許文献3】特許第3791614号公報
【特許文献4】特開2005-101512号公報
【特許文献5】特開2006-182642号公報
【特許文献6】特開2006-188427号公報
【特許文献7】特開2005-150694号公報
【特許文献8】特開2005-333105号公報
【特許文献9】特開2003-55045号公報
【特許文献10】特開2005-35843号公報
【特許文献11】特開2002-255646号公報
【特許文献12】特開平7-330425号公報
【非特許文献1】S.Takahashi, Ferroelectrics(1981) Vol.41 p.143
【非特許文献2】田中哲郎、岡崎清、一ノ瀬昇、「圧電セラミックス材料」、学献社、1973、p.110-131
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
特許文献1〜8に記載の強誘電体膜はいずれもゾルゲル法によって成膜されている。ゾルゲル法は熱平衡プロセスであり、特許文献1〜8に記載の方法では、焼結を促進して熱平衡状態を得るために、焼結助剤としてSiを添加することが必須となっている。焼結助剤としては、Siの他にGe及びSnも知られている。かかる焼結助剤を添加すると強誘電特性が低下するため、特許文献1〜8に記載の方法では、ドナイオン添加の効果を充分に引き出すことができない。
【0012】
特許文献1〜8に記載の方法では、焼結助剤としてSiを添加することで比較的低温焼成が可能となっているが、この場合、膜厚を厚くするとクラックが入るため、1μm以下の薄膜しか成膜することができない。特許文献1〜8では実際、0.2μm程度の薄膜しか成膜されていない。強誘電体メモリ等の用途ではかかる薄膜でもよいが、圧電素子では充分な変位が得られないため、強誘電体膜の膜厚は3μm以上が好ましい。薄膜の積層を繰り返すことで膜厚を厚くすることはできなくはないが、実用的ではない。
【0013】
また、特許文献7に記載されているように、特許文献1〜8に記載のゾルゲル法では、Pb欠損が起こりやすい。Pb欠損が起こると、強誘電体性能が低下する傾向にあり、好ましくない。
【0014】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、焼結助剤やアクセプタイオンを添加することなく、Bサイトに10モル%以上のドナイオンを添加することが可能なPZT系の強誘電体膜の製造方法を提供することを目的とするものである。
本発明はまた、上記製造方法により、Bサイトに10モル%以上のドナイオンが添加され、強誘電性能に優れたPZT系の強誘電体膜を提供することを目的とするものである。
本発明はまた、Aサイト欠損がなく、Bサイトに10モル%以上のドナイオンが添加されたPZT系の強誘電体膜を提供することを目的とするものである。
本発明はまた、Bサイトに10モル%以上のドナイオンが添加され、3.0μm以上の膜厚を有するPZT系の強誘電体膜を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明の強誘電体膜は、多数の柱状結晶からなる柱状結晶膜構造を有し、下記式(P)で表されるペロブスカイト型酸化物を主成分とすることを特徴とするものである。
A1+δ[(ZrxTi1−x)1−yMy]Oz・・・(P)
(式中、AはAサイト元素であり、Pbを主成分とする少なくとも1種の元素である。
Zr,Ti,及びMはBサイト元素である。MはV,Nb,Ta,及びSbからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素である。
0<x≦0.7、0.1≦y≦0.4。
δ=0及びz=3が標準であるが、これらの値はペロブスカイト構造を取り得る範囲内で基準値からずれてもよい。)
本明細書において、「主成分」は含量80質量%以上の成分と定義する。
【0016】
本発明では、Siを実質的に含まない強誘電体膜を提供することができる。「Siを実質的に含まない」とは、不可避不純物を除けばSiを含まないことを意味する。
本発明では、式(P)中のδが0<δ≦0.2の範囲内にあるAサイト元素がリッチな組成の強誘電体膜を提供することができる。
【0017】
本発明の強誘電体膜において、式(P)中のyが0.2≦y≦0.4の範囲内にあることが好ましい。
本発明の強誘電体膜において、式(P)で表されるペロブスカイト型酸化物におけるAサイトの好適な添加元素としては、Biが挙げられる。
本発明では、式(P)で表されるペロブスカイト型酸化物を主成分とし、3.0μm以上の膜厚を有する強誘電体膜を提供することができる。
【0018】
本発明の強誘電体膜は、非熱平衡プロセスにより成膜することができる。本発明の強誘電体膜の好適な成膜方法としては、スパッタ法が挙げられる。
【0019】
前記スパッタ法は、成膜する該強誘電体膜の膜組成に応じた組成のターゲットと基板とを対向配置させ、下記式(1)及び(2)を充足する成膜条件、又は下記式(3)及び(4)を充足する成膜条件で、基板上に成膜を行うものであることが好ましい。
400≦Ts(℃)≦500・・・(1)、
30≦D(mm)≦80・・・(2)、
500≦Ts(℃)≦600・・・(3)、
30≦D(mm)≦100・・・(4)
(式(1)〜(4)中、Ts(℃)は成膜温度、D(mm)は基板とターゲットとの離間距離である。)
【0020】
本明細書において、「成膜温度Ts(℃)」は、成膜を行う基板の中心温度を意味するものとする。
本明細書において、「基板―ターゲット間距離」とは、ターゲット側の基板面における中心と、ターゲットとを、ターゲットに対して垂直となるように結んだ距離と定義する。複数のターゲットを用いて同時に成膜を行う場合は、それぞれの基板―ターゲット間距離の平均値とする。
【0021】
本発明の強誘電体素子は、上記の本発明の強誘電体膜と、該強誘電体膜に対して電界を印加する電極とを備えたことを特徴とするものである。
本発明の液体吐出装置は、上記の本発明の強誘電体素子からなる圧電素子と、
液体が貯留される液体貯留室及び該液体貯留室から外部に前記液体が吐出される液体吐出口を有する液体貯留吐出部材とを備えたことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0022】
本発明は、PZT系の強誘電体膜において、焼結助剤やアクセプタイオンを添加することなく、Bサイトに10〜40モル%のドナイオンを添加することを実現したものである。本発明の強誘電体膜は、Bサイトに10〜40モル%の高濃度のドナイオンが添加されたものであるので、強誘電性能(圧電性能)に優れた膜である。本発明の強誘電体膜では、焼結助剤やアクセプタイオンを添加することなく、Bサイトにかかる高濃度のドナイオンを添加できるので、焼結助剤やアクセプタイオンによる強誘電性能の低下が抑制され、ドナイオンの添加による強誘電性能の向上が最大限引き出される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
「強誘電体膜」
本発明者は、スパッタ法等の非熱平衡プロセスにより成膜を行うことにより、焼結助剤やアクセプタイオンを添加することなく、Bサイトに10モル%以上のドナイオンを添加できることを見出した。本発明者は具体的には、Bサイトに10〜40モル%のドナイオンを添加できることを見出した。本発明者はまた、この方法により成膜される膜は多数の柱状結晶からなる柱状結晶膜構造を有することを見出した。特許文献1〜8に記載のゾルゲル法では、かかる柱状結晶膜構造は得られない。
【0024】
すなわち、本発明の強誘電体膜は、多数の柱状結晶からなる柱状結晶膜構造を有し、下記式(P)で表されるペロブスカイト型酸化物を主成分とすることを特徴とするものである。
A1+δ[(ZrxTi1−x)1−yMy]Oz・・・(P)
(式中、AはAサイト元素であり、Pbを主成分とする少なくとも1種の元素である。
Zr,Ti,及びMはBサイト元素である。MはV,Nb,Ta,及びSbからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素である。
0<x≦0.7、0.1≦y≦0.4。
δ=0及びz=3が標準であるが、これらの値はペロブスカイト構造を取り得る範囲内で基準値からずれてもよい。)
【0025】
「背景技術」の項において、非特許文献2等には、ドナイオンを高濃度ドープするために、Ni2+及びCo2+等のアクセプタイオンを共ドープすることが提案されていることを述べたが、本発明ではかかるアクセプタイオンを実質的に含まない強誘電体膜を提供することができる。
【0026】
特許文献1〜8に記載の方法では、焼結助剤としてSiを添加することが必須であるが、本発明ではSiを実質的に含まない強誘電体膜を提供することができる。焼結助剤としてはGe及びSnも知られているが、本発明ではGe及びSnを実質的に含まない強誘電体膜を提供することもできる。
【0027】
焼結助剤やアクセプタイオンによって強誘電性能の低下が抑制することが知られているが、本発明ではかかる焼結助剤やアクセプタイオンを必須としないので、焼結助剤やアクセプタイオンによる強誘電性能の低下が抑制され、ドナイオンの添加による強誘電性能の向上が最大限引き出される。なお、本発明では、焼結助剤やアクセプタイオンを必須としないが、特性に支障のない限り、これらを添加することは差し支えない。
【0028】
本発明の強誘電体膜では、基板面に対して非平行に延びる多数の柱状結晶からなる柱状結晶膜構造を有するので、結晶方位の揃った配向膜が得られる。かかる膜構造では、高い圧電性能が得られ、好ましい。
【0029】
圧電歪には、
(1)自発分極軸のベクトル成分と電界印加方向とが一致したときに、電界印加強度の増減によって電界印加方向に伸縮する通常の電界誘起圧電歪、
(2)電界印加強度の増減によって分極軸が可逆的に非180°回転することで生じる圧電歪、
(3)電界印加強度の増減によって結晶を相転移させ、相転移による体積変化を利用する圧電歪、
(4)電界印加により相転移する特性を有する材料を用い、自発分極軸方向とは異なる方向に結晶配向性を有する強誘電体相を含む結晶配向構造とすることで、より大きな歪が得られるエンジニアードドメイン効果を利用する圧電歪(エンジニアードドメイン効果を利用する場合には、相転移が起こる条件で駆動してもよいし、相転移が起こらない範囲で駆動してもよい)などが挙げられる。
【0030】
上記の圧電歪(1)〜(4)を単独で又は組み合わせて利用することで、所望の圧電歪が得られる。また、上記の圧電歪(1)〜(4)はいずれも、それぞれの歪発生の原理に応じた結晶配向構造とすることで、より大きな圧電歪が得られる。したがって、高い圧電性能を得るには、強誘電体膜は結晶配向性を有することが好ましい。例えば、MPB組成のPZT系強誘電体膜であれば、(100)配向の柱状結晶膜が得られる。
【0031】
柱状結晶の成長方向は基板面に対して非平行であればよく、略垂直方向でも斜め方向でも構わない。
強誘電体膜をなす多数の柱状結晶の平均柱径は特に制限なく、30nm以上1μm以下が好ましい。柱状結晶の平均柱径が過小では、強誘電体として充分な結晶成長が起こらない、所望の強誘電性能(圧電性能)が得られないなどの恐れがある。柱状結晶の平均柱径が過大では、パターニング後の形状精度が低下するなどの恐れがある。
【0032】
特許文献1〜8に記載のゾルゲル法ではPb欠損が起こりやすく、Pb欠損が起こると強誘電体性能が低下する傾向にあるが、本発明によれば、上記式(P)中のδがδ≧0であるAサイト元素の欠損のない組成の強誘電体膜を提供することができ、δ>0であるAサイト元素がリッチな組成の強誘電体膜を提供することも可能である。本発明者は具体的には、上記式(P)中のδが0<δ≦0.2であるAサイト元素がリッチな組成の強誘電体膜を提供することができることを見出している。なお、本発明では、このようにδ≧0であるAサイト元素の欠損のない組成の強誘電体膜を提供することができるが、特性に支障のない限り、Aサイト欠損があっても構わない
本発明の強誘電体膜において、式(P)中のyが0.2≦y≦0.4の範囲内にあることが好ましい。本発明者は、y<0.2では分極-電界特性(PE特性)が正側に偏った非対称ヒステリシスを示し、0.2≦yではその非対称性が緩和されて、対称ヒステリシスに近くなることを見出している。PEヒステリシスが非対称であることは、負電界側の抗電界Ec1の絶対値と正電界側の抗電界Ec2とが異なること(|Ec1|≠Ec2)により定義される。
【0033】
通常、強誘電体膜は、下部電極と強誘電体膜と上部電極とが順次積み重ねられた強誘電体素子の形態で使用され、下部電極と上部電極とのうち、一方の電極を印加電圧が0Vに固定されるグランド電極とし、他方の電極を印加電圧が変動されるアドレス電極として、駆動される。駆動しやすいことから、通常は下部電極をグランド電極とし、上部電極をアドレス電極として、駆動が行われる。「強誘電体膜に負電界が印加されている状態」とは、アドレス電極に負電圧を印加した状態を意味する。同様に、「強誘電体膜に正電界が印加されている状態」とは、アドレス電極に正電圧を印加した状態を意味する。
【0034】
正側に偏ったPE非対称ヒステリシスを有する強誘電体膜では、正電界を印加した場合は分極されにくく、負電界を印加した場合は分極されやすい。この場合、正電界印加では圧電特性が出にくく、負電界印加で圧電特性が出やすい。負電界を印加するには、上部電極の駆動ドライバICを負電圧用にする必要があるが、負電圧用は汎用されておらず、ICの開発コストがかかってしまう。下部電極をパターニングしてアドレス電極とし上部電極をグランド電極とすれば、汎用の正電圧用の駆動ドライバICを用いることができるが、製造プロセスが複雑になり、好ましくない。0.2≦y≦0.4ではPE特性が対称ヒステリシスに近くなるため、駆動の観点から、好ましい。
【0035】
本発明の強誘電体膜において、式(P)で表されるペロブスカイト型酸化物におけるAサイトの好適な添加元素としては特に制限されず、Bi等が好ましい。本発明者は、AサイトにBiを添加することにより、y<0.2においても、PEヒステリシスの非対称性が緩和されて、対称ヒステリシスに近くなることを見出している。
【0036】
また、式(P)で表されるペロブスカイト型酸化物において、TiとZrの組成を示すxの値は、0<x≦0.7であればよいが、正方晶相と菱面体相との相転移点であるモルフォトロピック相境界(MPB)組成の近傍となる値であればより高い強誘電性能が得られ、好ましい。すなわち、0.45<x≦0.7であることが好ましく、0.47<x<0.57であることがより好ましい。
本発明では、式(P)で表されるペロブスカイト型酸化物を主成分とし、3.0μm以上の膜厚を有する強誘電体膜を提供することができる。
【0037】
「強誘電体膜の製造方法」
BサイトにドナイオンMが10〜40モル%添加された上記の本発明の強誘電体膜は、非熱平衡プロセスにより成膜することができる。本発明の強誘電体膜の好適な成膜方法としては、スパッタ法、プラズマCVD法、焼成急冷クエンチ法、アニールクエンチ法、及び溶射急冷法等が挙げられる。本発明の成膜方法としては、スパッタ法が特に好ましい。
【0038】
ゾルゲル法等の熱平衡プロセスでは、本来価数が合わない添加物を高濃度ドープすることが難しく、焼結助剤あるいはアクセプタイオンを用いるなどの工夫が必要であるが、非熱平衡プロセスではかかる工夫なしに、ドナイオンを高濃度ドープすることができる。
【0039】
図1A及び図1Bを参照して、スパッタリング装置の構成例と成膜の様子について説明する。ここでは、RF電源を用いるRFスパッタリング装置を例として説明するが、DC電源を用いるDCスパッタリング装置を用いることもできる。図1Aは装置全体の概略断面図、図1Bは成膜中の様子を模式的に示す図である。
【0040】
図1Aに示すように、スパッタリング装置1は、内部に、成膜基板Bを保持すると共に成膜基板Bを所定温度に加熱することができる静電チャック等の基板ホルダ11と、プラズマを発生させるプラズマ電極(カソード電極)12とが備えられた真空容器10から概略構成されている。
【0041】
基板ホルダ11とプラズマ電極12とは互いに対向するように離間配置され、プラズマ電極12上にターゲットTが装着されるようになっている。プラズマ電極12はRF電源13に接続されている。基板BとターゲットTとの離間距離(基板―ターゲット間距離)はD(mm)である。
【0042】
真空容器10には、真空容器10内に成膜に必要なガスGを導入するガス導入管14と、真空容器10内のガスの排気Vを行うガス排出管15とが取り付けられている。ガスGとしては、Ar、又はAr/O2混合ガス等が使用される。
【0043】
図1Bに模式的に示すように、プラズマ電極12の放電により真空容器10内に導入されたガスGがプラズマ化され、Arイオン等のプラスイオンIpが生成する。生成したプラスイオンIpはターゲットTをスパッタする。プラスイオンIpにスパッタされたターゲットTの構成元素Tpは、ターゲットTから放出され中性あるいはイオン化された状態で基板Bに蒸着される。この蒸着を所定時間実施することで、所定厚の膜が成膜される。図中、符号Pがプラズマ空間を示している。
【0044】
本発明の強誘電体膜をスパッタ法により成膜する場合、下記式(1)及び(2)を充足する成膜条件、又は下記式(3)及び(4)を充足する成膜条件で、基板上に成膜を行うことが好ましい(本発明者が先に出願している特願2006-263979号(本件出願時において未公開)を参照。)。
400≦Ts(℃)≦500・・・(1)、
30≦D(mm)≦80・・・(2)、
500≦Ts(℃)≦600・・・(3)、
30≦D(mm)≦100・・・(4)
(式(1)〜(4)中、Ts(℃)は成膜温度、D(mm)は基板とターゲットとの離間距離である。)
【0045】
ターゲットTと基板Bとの間にあるターゲットの構成元素Tpは、プラズマ空間Pの電位と基板Bの電位との電位差の加速電圧分の運動エネルギーを持って、成膜中の基板Bに衝突すると考えられる。
【0046】
プラズマを用いる気相成長法において、成膜される膜の特性を左右するファクターとしては、成膜温度、基板の種類、基板に先に成膜された膜があれば下地の組成、基板の表面エネルギー、成膜圧力、雰囲気ガス中の酸素量、投入電極、基板−ターゲット間距離、プラズマ中の電子温度及び電子密度、プラズマ中の活性種密度及び活性種の寿命等が考えられる。
【0047】
本発明者は多々ある成膜ファクターの中で、成膜される膜の特性は、成膜温度Tsと基板−ターゲット間距離D(mm)との2つのファクターに大きく依存することを見出し、これらファクターを好適化することにより、良質な圧電膜を効率よく成膜できることを見出した。すなわち、成膜温度Tsを横軸にし、基板−ターゲット間距離Dを縦軸にして、圧電膜の特性をプロットすると、ある範囲内において良質な圧電膜を成膜できることを見出した(図14を参照)。
【0048】
本発明者は、PZT系強誘電体膜を成膜する場合、上記式(1)を充足しないTs(℃)<400の成膜条件では、成膜温度が低すぎてペロブスカイト結晶が良好に成長せず、パイロクロア相がメインの膜が成膜されることを見出している。
【0049】
本発明者はさらに、PZT系強誘電体膜を成膜する場合、上記式(1)を充足する400≦Ts(℃)≦500の条件では、基板−ターゲット間距離D(mm)が上記式(2)を充足する範囲で、また上記式(3)を充足する500≦Ts(℃)≦600の条件では、基板−ターゲット間距離D(mm)が上記式(4)を充足する範囲で成膜条件を決定することで、パイロクロア相の少ないペロブスカイト結晶を安定的に成長させることができ、しかもPb抜けを安定的に抑制することができ、結晶構造及び膜組成が良好な良質な圧電膜を安定的に成膜することができることを見出している(図14を参照)。
【0050】
PZTのスパッタ成膜において、高温成膜するとPb抜けが起こりやすくなることが知られている。本発明者は、Pb抜けが、成膜温度以外に基板−ターゲット間距離にも依存することを見出している。PZTの構成元素であるPb,Zr,及びTiの中で、Pbが最もスパッタ率が大きく、スパッタされやすい。例えば、「真空ハンドブック」((株)アルバック編、オーム社発行)の表8.1.7には、Arイオン300evの条件におけるスパッタ率は、Pb=0.75、Zr=0.48,Ti=0.65であることが記載されている。スパッタされやすいということは、スパッタされた原子が基板面に付着した後に、再スパッタされやすいということである。基板−ターゲット間距離は、近いほど再スパッタ率が高くなり、Pb抜けが生じやすくなると考えられる。このことは、PZT以外のPb含有ペロブスカイト型酸化物でも、同様である。また、スパッタリング法以外のプラズマを用いる気相成長法でも同様である。
【0051】
成膜温度Tsが過小であり、かつ基板−ターゲット間距離Dが過大の条件では、ペロブスカイト結晶を良好に成長させることができない傾向にある。また、成膜温度Tsが過大であり、かつ基板−ターゲット間距離Dが過小の条件では、Pb抜けが生じやすくなる傾向にある。
すなわち、上記式(1)を充足する400≦Ts(℃)≦500の条件では、成膜温度Tsが相対的に低い条件のときには、ペロブスカイト結晶を良好に成長させるために基板−ターゲット間距離Dを相対的に短くする必要があり、成膜温度Tsが相対的に高い条件のときには、Pb抜けを抑制するために基板−ターゲット間距離Dを相対的に長くする必要がある。これを表したのが、上記式(2)である。上記(3)式を充足する500≦Ts(℃)≦600においては、成膜温度が比較的高温領域であるため、基板−ターゲット間距離Dの範囲は上限値が大きくなるが、傾向は同様である。
【0052】
成膜速度は、製造効率上速い方が好ましく、0.5μm/h以上が好ましく、1.0μm/h以上がより好ましい。図2に示されるように、基板−ターゲット間距離Dが短い方が成膜速度が速くなる。図2は、RFスパッタリング装置1を用いてPZT膜を成膜した場合の、成膜速度と基板−ターゲット間距離Dとの関係を示した図である。図2において、成膜温度Ts=525℃、ターゲット投入電力(rf電力)=2.5W/cm2である。実施例1に示されるように、本発明によれば、成膜速度が1.0μm/h以上の高速成膜条件においても良質の膜を成膜することが可能である。
【0053】
基板−ターゲット間距離Dによっては、成膜速度が0.5μm/h未満となる場合があり得る。かかる場合には、ターゲット投入電力等を、成膜速度が0.5μm/h以上となるように、調整することが好ましい。
【0054】
基板−ターゲット間距離Dは短い方が成膜速度が速いため好ましく、400≦Ts(℃)≦500の範囲では80mm以下、500≦Ts(℃)≦600の範囲では100mm以下が好ましいが、30mm未満ではプラズマ状態が不安定となるため、膜質の良好な成膜ができない恐れがある。より膜質の高い圧電膜を安定的成膜するためには、400≦Ts(℃)≦500の範囲、及び500≦Ts(℃)≦600の範囲のいずれにおいても、基板−ターゲット間距離Dは、50≦D(mm)≦70であることが好ましい。
【0055】
本発明者は、上記のように、上記式(1)及び(2)を充足する範囲、又は(3)及び(4)を充足する範囲で成膜条件を決定することで、良質な圧電膜を製造効率良く、すなわち、速い成膜速度で、かつ安定的に成膜できることを見出している。
【0056】
以上説明したように、本発明は、PZT系の強誘電体膜において、焼結助剤やアクセプタイオンを添加することなく、Bサイトに10〜40モル%のドナイオンを添加することを実現したものである。本発明の強誘電体膜は、Bサイトに10〜40モル%の高濃度のドナイオンが添加されたものであるので、強誘電性能(圧電性能)に優れた膜である。本発明の強誘電体膜では、焼結助剤やアクセプタイオンを添加することなく、Bサイトにかかる高濃度のドナイオンを添加できるので、焼結助剤やアクセプタイオンによる強誘電性能の低下が抑制され、ドナイオンの添加による強誘電性能の向上が最大限引き出される。
【0057】
「強誘電体素子(圧電素子)、インクジェット式記録ヘッド」
図3を参照して、本発明に係る実施形態の圧電素子(強誘電体素子)、及びこれを備えたインクジェット式記録ヘッド(液体吐出装置)の構造について説明する。図3はインクジェット式記録ヘッドの要部断面図である。視認しやすくするため、構成要素の縮尺は実際のものとは適宜異ならせてある。
【0058】
本実施形態の圧電素子(強誘電体素子)2は、基板20上に、下部電極30と強誘電体膜(圧電体膜)40と上部電極50とが順次積層された素子であり、強誘電体膜40に対して、下部電極30と上部電極50とにより厚み方向に電界が印加されるようになっている。強誘電体膜40は上記式(P)で表されるペロブスカイト型酸化物を主成分とする本発明の強誘電体膜である。
【0059】
下部電極30は基板20の略全面に形成されており、この上に図示手前側から奥側に延びるライン状の凸部41がストライプ状に配列したパターンの強誘電体膜40が形成され、各凸部41の上に上部電極50が形成されている。
【0060】
強誘電体膜40のパターンは図示するものに限定されず、適宜設計される。また、強誘電体膜40は連続膜でも構わない。但し、強誘電体膜40は、連続膜ではなく、互いに分離した複数の凸部41からなるパターンで形成することで、個々の凸部41の伸縮がスムーズに起こるので、より大きな変位量が得られ、好ましい。
【0061】
基板20としては特に制限なく、シリコン、ガラス、ステンレス(SUS)、イットリウム安定化ジルコニア(YSZ)、アルミナ、サファイヤ、シリコンカーバイド等の基板が挙げられる。基板20としては、シリコン基板の表面にSiO2酸化膜が形成されたSOI基板等の積層基板を用いてもよい。
【0062】
下部電極30の主成分としては特に制限なく、Au,Pt,Ir,IrO2,RuO2,LaNiO3,及びSrRuO3等の金属又は金属酸化物、及びこれらの組合せが挙げられる。
上部電極50の主成分としては特に制限なく、下部電極30で例示した材料、Al,Ta,Cr,及びCu等の一般的に半導体プロセスで用いられている電極材料、及びこれらの組合せが挙げられる。
【0063】
下部電極30と上部電極50の厚みは特に制限なく、例えば200nm程度である。強誘電体膜40の膜厚は特に制限なく、通常1μm以上であり、例えば1〜5μmである。強誘電体膜40の膜厚は3μm以上が好ましい。
【0064】
インクジェット式記録ヘッド(液体吐出装置)3は、概略、上記構成の圧電素子2の基板20の下面に、振動板60を介して、インクが貯留されるインク室(液体貯留室)71及びインク室71から外部にインクが吐出されるインク吐出口(液体吐出口)72を有するインクノズル(液体貯留吐出部材)70が取り付けられたものである。インク室71は、強誘電体膜40の凸部41の数及びパターンに対応して、複数設けられている。
【0065】
インクジェット式記録ヘッド3では、圧電素子2の凸部41に印加する電界強度を凸部41ごとに増減させてこれを伸縮させ、これによってインク室71からのインクの吐出や吐出量の制御が行われる。
【0066】
基板20とは独立した部材の振動板60及びインクノズル70を取り付ける代わりに、基板20の一部を振動板60及びインクノズル70に加工してもよい。例えば、基板20がSOI基板等の積層基板からなる場合には、基板20を裏面側からエッチングしてインク室71を形成し、基板自体の加工により振動板60及びインクノズル70とを形成することができる。
本実施形態の圧電素子2及びインクジェット式記録ヘッド3は、以上のように構成されている。
【0067】
「インクジェット式記録装置」
図4及び図5を参照して、上記実施形態のインクジェット式記録ヘッド3を備えたインクジェット式記録装置の構成例について説明する。図4は装置全体図であり、図5は部分上面図である。
【0068】
図示するインクジェット式記録装置100は、インクの色ごとに設けられた複数のインクジェット式記録ヘッド(以下、単に「ヘッド」という)3K,3C,3M,3Yを有する印字部102と、各ヘッド3K,3C,3M,3Yに供給するインクを貯蔵しておくインク貯蔵/装填部114と、記録紙116を供給する給紙部118と、記録紙116のカールを除去するデカール処理部120と、印字部102のノズル面(インク吐出面)に対向して配置され、記録紙116の平面性を保持しながら記録紙116を搬送する吸着ベルト搬送部122と、印字部102による印字結果を読み取る印字検出部124と、印画済みの記録紙(プリント物)を外部に排紙する排紙部126とから概略構成されている。
【0069】
印字部102をなすヘッド3K,3C,3M,3Yが、各々上記実施形態のインクジェット式記録ヘッド3である。
【0070】
デカール処理部120では、巻き癖方向と逆方向に加熱ドラム130により記録紙116に熱が与えられて、デカール処理が実施される。
【0071】
ロール紙を使用する装置では、図4のように、デカール処理部120の後段に裁断用のカッター128が設けられ、このカッターによってロール紙は所望のサイズにカットされる。カッター128は、記録紙116の搬送路幅以上の長さを有する固定刃128Aと、該固定刃128Aに沿って移動する丸刃128Bとから構成されており、印字裏面側に固定刃128Aが設けられ、搬送路を挟んで印字面側に丸刃128Bが配置される。カット紙を使用する装置では、カッター128は不要である。
【0072】
デカール処理され、カットされた記録紙116は、吸着ベルト搬送部122へと送られる。吸着ベルト搬送部122は、ローラ131、132間に無端状のベルト133が巻き掛けられた構造を有し、少なくとも印字部102のノズル面及び印字検出部124のセンサ面に対向する部分が水平面(フラット面)となるよう構成されている。
【0073】
ベルト133は、記録紙116の幅よりも広い幅寸法を有しており、ベルト面には多数の吸引孔(図示略)が形成されている。ローラ131、132間に掛け渡されたベルト133の内側において印字部102のノズル面及び印字検出部124のセンサ面に対向する位置には吸着チャンバ134が設けられており、この吸着チャンバ134をファン135で吸引して負圧にすることによってベルト133上の記録紙116が吸着保持される。
【0074】
ベルト133が巻かれているローラ131、132の少なくとも一方にモータ(図示略)の動力が伝達されることにより、ベルト133は図4上の時計回り方向に駆動され、ベルト133上に保持された記録紙116は図4の左から右へと搬送される。
【0075】
縁無しプリント等を印字するとベルト133上にもインクが付着するので、ベルト133の外側の所定位置(印字領域以外の適当な位置)にベルト清掃部136が設けられている。
【0076】
吸着ベルト搬送部122により形成される用紙搬送路上において印字部102の上流側に、加熱ファン140が設けられている。加熱ファン140は、印字前の記録紙116に加熱空気を吹き付け、記録紙116を加熱する。印字直前に記録紙116を加熱しておくことにより、インクが着弾後に乾きやすくなる。
【0077】
印字部102は、最大紙幅に対応する長さを有するライン型ヘッドを紙送り方向と直交方向(主走査方向)に配置した、いわゆるフルライン型のヘッドとなっている(図5を参照)。各印字ヘッド3K,3C,3M,3Yは、インクジェット式記録装置100が対象とする最大サイズの記録紙116の少なくとも一辺を超える長さにわたってインク吐出口(ノズル)が複数配列されたライン型ヘッドで構成されている。
【0078】
記録紙116の送り方向に沿って上流側から、黒(K)、シアン(C)、マゼンタ(M)、イエロー(Y)の順に各色インクに対応したヘッド3K,3C,3M,3Yが配置されている。記録紙116を搬送しつつ各ヘッド3K,3C,3M,3Yからそれぞれ色インクを吐出することにより、記録紙116上にカラー画像が記録される。
【0079】
印字検出部124は、印字部102の打滴結果を撮像するラインセンサ等からなり、ラインセンサによって読み取った打滴画像からノズルの目詰まり等の吐出不良を検出する。
【0080】
印字検出部124の後段には、印字された画像面を乾燥させる加熱ファン等からなる後乾燥部142が設けられている。印字後のインクが乾燥するまでは印字面と接触することは避けた方が好ましいので、熱風を吹き付ける方式が好ましい。
【0081】
後乾燥部142の後段には、画像表面の光沢度を制御するために、加熱・加圧部144が設けられている。加熱・加圧部144では、画像面を加熱しながら、所定の表面凹凸形状を有する加圧ローラ145で画像面を加圧し、画像面に凹凸形状を転写する。
【0082】
こうして得られたプリント物は、排紙部126から排出される。本来プリントすべき本画像(目的の画像を印刷したもの)とテスト印字とは分けて排出することが好ましい。このインクジェット式記録装置100では、本画像のプリント物と、テスト印字のプリント物とを選別してそれぞれの排出部126A、126Bへと送るために排紙経路を切り替える選別手段(図示略)が設けられている。
大きめの用紙に本画像とテスト印字とを同時に並列にプリントする場合には、カッター148を設けて、テスト印字の部分を切り離す構成とすればよい。
インクジェット記記録装置100は、以上のように構成されている。
【0083】
(設計変更)
本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲内において、適宜設計変更可能である。
【実施例】
【0084】
本発明に係る実施例について説明する。
【0085】
(実施例1)
成膜基板として、25mm角のSi基板上に30nm厚のTi密着層と300nm厚のIr下部電極とが順次積層された電極付き基板を用意した。
上記基板に対して、RFスパッタリング装置を用い、真空度0.5Pa、Ar/O2混合雰囲気(O2体積分率2.5%)の条件下で、ターゲット組成を変えて、Nb添加量の異なる複数種のNbドープPZT強誘電体膜の成膜を実施した。基板/ターゲット間距離Dは60mmとした。成膜温度Tsは525℃とし、ターゲットに2.5W/cm2のrf電力を印加して成膜を行った。強誘電体膜の膜厚は4μmとした。以降、NbドープPZTは「Nb−PZT」と略記する。
【0086】
ターゲットに同じ電力が印加されていても、基板―ターゲット間距離Dが近いほど成膜速度が速くなる。成膜温度Ts=525℃とし、ターゲットへの印加電力(rf電力)を2.5W/cm2とした時の基板―ターゲット間距離Dと成膜速度との関係を図2に示す。図2によれば、例えば基板―ターゲット間距離D(mm)=60の時の成膜速度は1.0μm/hである。
【0087】
上記強誘電体膜上にPt上部電極をスパッタリング法にて100nm厚で形成し、本発明の強誘電体素子を得た。
【0088】
ターゲット組成を変える以外は上記と同様にして、Ta添加量の異なる複数種のTaドープPZT強誘電体膜の成膜を実施し、それぞれについて強誘電体素子を得た。以降、TaドープPZTは「Ta−PZT」と略記する。
【0089】
<EDX測定>
Nb添加量の異なる複数種のNb−PZT強誘電体膜、及びTa添加量の異なる複数種のTa−PZT強誘電体膜について各々、EDXによる組成分析を実施した。
いずれの膜もPb1+δ[(Zr0.52Ti0.48)1−yMy]Oz(MはNb又はTa)で表される組成を有していた。Nb−PZT膜ではy=0.12,0.15,0.18,0.25の膜が得られた。Ta−PZT膜ではy=0.02〜0.20の膜が得られた。いずれもの膜も1+δ=1.02〜1.10であり、Pbリッチな組成であった。いずれもの膜も、酸素のK線強度が弱いため、2<z≦3程度であることは分かったが、酸素量zの特定はできなかった。
【0090】
<SEM断面観察>
Nb添加量の異なる複数種のNb−PZT強誘電体膜、及びTa添加量の異なる複数種のTa−PZT強誘電体膜について各々、SEM断面観察を実施したところ、いずれも基板面に対して略垂直方向に成長した多数の柱状結晶(平均柱径約150nm)からなる柱状結晶構造膜であった。
【0091】
<XRD測定>
Nb添加量の異なる複数種のNb−PZT強誘電体膜、及びTa添加量の異なる複数種のTa−PZT強誘電体膜について各々、XRD測定を実施した。
Nb添加量12〜18モル%のNb−PZT膜はいずれも(100)配向のペロブスカイト構造膜であった。Nb添加量25モル%のNb−PZT膜は(100)、(110)、(111)の3つに回折ピークが見られた。Ta−PZT膜はいずれも(100)配向のペロブスカイト構造膜であった。
【0092】
<PEヒステリシス測定>
Nb添加量の異なる複数種のNb−PZT強誘電体膜、及びTa添加量の異なる複数種のTa−PZT強誘電体膜について各々、分極−電界ヒステリシス測定(PEヒステリシス測定)を行い、最大分極値Pmax(μC/cm2)を求めた。分極値がほぼ飽和してくるE=100kV/cmにおける分極値をPmaxとして求めた。
【0093】
ドナイオンMの添加量(Bサイト中のモル濃度)と最大分極値Pmaxとの関係を図6に示す。図6に示すように、スパッタ法により成膜を行うことにより、焼結助剤やアクセプタイオンを添加することなく、PZTのBサイトに10モル%以上のドナイオンを添加できることが示された。特にNb−PZTでは、10〜25モル%の範囲内で高い強誘電性能を示すことが明らかとなった。
【0094】
Nb添加量12モル%と25モル%のPEヒステリシス曲線を図7に示す。図7に示すように、Nb添加量12モル%では負電界側の抗電界Ec1の絶対値と正電界側の抗電界Ec2との差が大きく、PEヒステリシスの非対称性が大きいのに対して、Nb添加量25モル%では負電界側の抗電界Ec1の絶対値と正電界側の抗電界Ec2との差が小さくなり、PEヒステリシスは対称に近づくことが明らかとなった。
【0095】
(実施例2)
ターゲット組成を変える以外は実施例1と同様にして、PZTのAサイトにBiを添加し、BサイトにNbを添加する系について実験を行った。Nb添加量及びBi添加量の異なる2種の強誘電体膜の成膜を実施し、それぞれについて強誘電体素子を得た。
【0096】
<EDX測定>
実施例1と同様にEDX測定を実施したところ、得られた膜は、Nb添加量が14モル%でありBi添加量が6%である強誘電体膜と、Nb添加量が16モル%でありBi添加量が9%である強誘電体膜であった。
【0097】
<PEヒステリシス測定>
実施例1と同様にPEヒステリシス測定を実施した。PEヒステリシス曲線を図8に示す。図8には、実施例1のNb添加量12モル%のデータも合わせて図示してある。
図8に示すように、Nb添加量12モル%Bi添加量0モル%では負電界側の抗電界Ec1の絶対値と正電界側の抗電界Ec2との差が大きく、PEヒステリシスの非対称性が大きいのに対して、Nbに合わせてBiを添加することにより、負電界側の抗電界Ec1の絶対値と正電界側の抗電界Ec2との差が小さくなり、PEヒステリシスは対称に近づくことが明らかとなった。
【0098】
(実施例3)
特定の成膜条件を変える以外は実施例1と同様にして、真性PZT膜及びNb−PZT膜の成膜を実施し、それぞれについて強誘電体素子を得た。真性PZT強誘電体膜の成膜ではPb1.3Zr0.52Ti0.48O3ターゲットを用い、Nb−PZT膜の成膜ではPb1.3Zr0.43Ti0.44Nb0.13O3ターゲットを用いて、成膜を行った。
【0099】
成膜温度Tsを525℃とし、ターゲットに2.5W/cm2のrf電力を印加し、基板−ターゲット間距離D(mm)=40,60,75,100,120mmの条件で成膜を行った。基板−ターゲット間距離D=60mmではNb−PZT膜を成膜し、それ以外のDにおいてはPZT膜を成膜した。得られた主な膜のXRDパターンを図9〜図13に示す。
【0100】
図9〜図13に示すように、成膜温度Ts=525℃の条件では、基板−ターゲット間距離D=40mm〜100mmの範囲内において、結晶配向性を有するペロブスカイト結晶が得られた。図2に対応させると、成膜速度0.5μm/h〜1.2μm/hであり、良好な製造効率でペロブスカイト結晶が得られていることになる。
【0101】
基板−ターゲット間距離D=120mm(図13参照)では、パイロクロア相がメインの膜が得られたので、「×」と判定した。この場合は、基板―ターゲット間距離Dが長すぎて、成膜速度が遅くなり、ペロブスカイト成長が十分にできなかったと考えられる。基板−ターゲット間距離D=100mm(図12参照)では、同一条件で調製した他のサンプルではパイロクロア相が見られたため、「▲」と判定した。基板−ターゲット間距離D=40mm(図9参照)の場合も、同様にパイロクロア相が見られるため、「▲」と判定した。基板−ターゲット間距離D=60mm及び75mmにおいて、良好な結晶配向性を有するペロブスカイト結晶が安定的に得られたので、「●」と判定した(図10及び図11参照)。
【0102】
図10に示される圧電膜(D=60mm,Nb−PZT膜)について、XRFによる組成分析を実施した。その結果、図10に示される圧電膜の、Pbのモル量とBサイト元素の合計モル量(Zr+Ti+Nb)との比は、Pb/(Zr+Ti+Nb)=1.02であり、Pb抜けのないNb−PZT膜であることが確認された。
【0103】
このNb−PZT膜について、圧電膜上にPt上部電極をスパッタリング法にて100nm厚で形成し、圧電膜の圧電定数d31を片持ち梁法により測定した。基板―ターゲット間距離D=60mmで成膜したものは((100)配向)、圧電定数d31は250pm/Vと高く、良好であった。
【0104】
図12に示される若干のパイロクロア相を含むPZT膜について(D=100mm)、同様に圧電定数d31の測定を行ったところ、d31=110pm/Vであった。
【0105】
(実施例4)
成膜温度Ts=420℃、基板−ターゲット間距離D=60mmとし、その他の条件は実施例3と同様にしてPZT膜を成膜した。
この条件では、僅かにパイロクロア相を含むものの、(100)配向の、良好な結晶配向性を有するペロブスカイト結晶が得られた。
【0106】
(実施例3,4の結果のまとめ)
図14に、実施例3及び4のすべてのサンプル及びその他の条件で成膜したサンプルについて、成膜温度Tsを横軸にし、基板―ターゲット間距離Dを縦軸にして、XRD測定結果をプロットした
図14には、PZT膜又はNb−PZT膜においては、下記式(1)及び(2)を充足する条件、又は(3)及び(4)を充足する範囲で成膜条件を決定することで、パイロクロア相の少ないペロブスカイト結晶を安定的に成長させることができ、しかもPb抜けを安定的に抑制することができ、結晶構造及び膜組成が良好な良質な圧電膜を安定的に成膜できることが示されている。図14中のデータは真性PZT膜及びNb−PZT膜のデータが混在しているが、真性PZT膜もNb−PZT膜も好適な成膜条件は同様である。
400≦Ts(℃)≦500・・・(1)、
30≦D(mm)≦80・・・(2)、
500≦Ts(℃)≦600・・・(3)、
30≦D(mm)≦100・・・(4)
【産業上の利用可能性】
【0107】
本発明の強誘電体膜は、インクジェット式記録ヘッド,磁気記録再生ヘッド,MEMS(Micro Electro-Mechanical Systems)デバイス,マイクロポンプ,超音波探触子等に搭載される圧電アクチュエータ、及び強誘電体メモリ等の強誘電体素子に好ましく利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0108】
【図1A】スパッタリング装置の概略断面図
【図1B】成膜中の様子を模式的に示す図
【図2】実施例1における、基板―ターゲット間距離と成膜速度との関係を示す図
【図3】本発明に係る実施形態の圧電素子(強誘電体素子)及びインクジェット式記録ヘッド(液体吐出装置)の構造を示す断面図
【図4】図3のインクジェット式記録ヘッドを備えたインクジェット式記録装置の構成例を示す図
【図5】図4のインクジェット式記録装置の部分上面図
【図6】実施例1のBサイトのドナイオンMの添加量と最大分極値Pmaxとの関係を示す図
【図7】実施例1のNb添加量12モル%の強誘電体膜及び実施例1のNb添加量25モル%の強誘電体膜のPEヒステリシス曲線
【図8】実施例1のNb添加量12モル%の強誘電体膜、実施例2のNb添加量14モル%Bi添加量6%の強誘電体膜、及び実施例2のNb添加量16モル%Bi添加量9%の強誘電体膜のPEヒステリシス曲線
【図9】実施例3で得られた主な強誘電体膜のXRDパターン
【図10】実施例3で得られた主な強誘電体膜のXRDパターン
【図11】実施例3で得られた主な強誘電体膜のXRDパターン
【図12】実施例3で得られた主な強誘電体膜のXRDパターン
【図13】実施例3で得られた主な強誘電体膜のXRDパターン
【図14】実施例3及び4のすべてのサンプルについて、成膜温度Tsを横軸にし、基板−ターゲット間距離Dを縦軸にして、XRD測定結果をプロットした図
【図15】非特許文献1のFig.14
【符号の説明】
【0109】
2 圧電素子(強誘電体素子)
3、3K,3C,3M,3Y インクジェット式記録ヘッド(液体吐出装置)
20 基板
30、50 電極
40 強誘電体膜(圧電体膜)
70 インクノズル(液体貯留吐出部材)
71 インク室(液体貯留室)
72 インク吐出口(液体吐出口)
100 インクジェット式記録装置
D 基板−ターゲット間距離
【特許請求の範囲】
【請求項1】
多数の柱状結晶からなる柱状結晶膜構造を有し、下記式(P)で表されるペロブスカイト型酸化物を主成分とすることを特徴とする強誘電体膜。
A1+δ[(ZrxTi1−x)1−yMy]Oz・・・(P)
(式中、AはAサイト元素であり、Pbを主成分とする少なくとも1種の元素である。
Zr,Ti,及びMはBサイト元素である。MはV,Nb,Ta,及びSbからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素である。
0<x≦0.7、0.1≦y≦0.4。
δ=0及びz=3が標準であるが、これらの値はペロブスカイト構造を取り得る範囲内で基準値からずれてもよい。)
【請求項2】
Siを実質的に含まないことを特徴とする請求項1に記載の強誘電体膜。
【請求項3】
式(P)中のδが0<δ≦0.2の範囲内にあることを特徴とする請求項1又は2に記載の強誘電体膜。
【請求項4】
式(P)中のyが0.2≦y≦0.4の範囲内にあることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の強誘電体膜。
【請求項5】
式(P)中のAがBiを含むことを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の強誘電体膜。
【請求項6】
3.0μm以上の膜厚を有することを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の強誘電体膜。
【請求項7】
非熱平衡プロセスにより成膜されたものであることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の強誘電体膜。
【請求項8】
スパッタ法により成膜されたものであることを特徴とする請求項7に記載の強誘電体膜。
【請求項9】
前記スパッタ法が、成膜する前記強誘電体膜の膜組成に応じた組成のターゲットと基板とを対向配置させ、下記式(1)及び(2)を充足する成膜条件で、基板上に成膜するものであることを特徴とする請求項8に記載の強誘電体膜。
400≦Ts(℃)≦500・・・(1)、
30≦D(mm)≦80・・・(2)
(式(1)及び(2)中、Ts(℃)は成膜温度、D(mm)は基板とターゲットとの離間距離である。)
【請求項10】
前記スパッタ法が、成膜する前記強誘電体膜の膜組成に応じた組成のターゲットと基板とを対向配置させ、下記式(3)及び(4)を充足する成膜条件で、基板上に成膜するものであることを特徴とする請求項8に記載の強誘電体膜。
500≦Ts(℃)≦600・・・(3)、
30≦D(mm)≦100・・・(4)
(式(3)及び(4)中、Ts(℃)は成膜温度、D(mm)は基板とターゲットとの離間距離である。)
【請求項11】
請求項1〜6のいずれかに記載の強誘電体膜の製造方法において、
非熱平衡プロセスにより成膜を行うことを特徴とする強誘電体膜の製造方法。
【請求項12】
スパッタ法により成膜を行うことを特徴とする請求項11に記載の強誘電体膜の製造方法。
【請求項13】
前記スパッタ法が、成膜する前記強誘電体膜の膜組成に応じた組成のターゲットと基板とを対向配置させ、下記式(1)及び(2)を充足する成膜条件で、基板上に成膜を行うものであることを特徴とする請求項12に記載の強誘電体膜の製造方法。
400≦Ts(℃)≦500・・・(1)、
30≦D(mm)≦80・・・(2)
(式(1)及び(2)中、Ts(℃)は成膜温度、D(mm)は基板とターゲットとの離間距離である。)
【請求項14】
前記スパッタ法が、成膜する前記強誘電体膜の膜組成に応じた組成のターゲットと基板とを対向配置させ、下記式(3)及び(4)を充足する成膜条件で、基板上に成膜を行うものであることを特徴とする請求項12に記載の強誘電体膜の製造方法。
500≦Ts(℃)≦600・・・(3)、
30≦D(mm)≦100・・・(4)
(式(3)及び(4)中、Ts(℃)は成膜温度、D(mm)は基板とターゲットとの離間距離である。)
【請求項15】
請求項1〜10に記載の強誘電体膜と、該強誘電体膜に対して電界を印加する電極とを備えたことを特徴とする強誘電体素子。
【請求項16】
請求項15に記載の強誘電体素子からなる圧電素子と、
液体が貯留される液体貯留室及び該液体貯留室から外部に前記液体が吐出される液体吐出口を有する液体貯留吐出部材とを備えたことを特徴とする液体吐出装置。
【請求項1】
多数の柱状結晶からなる柱状結晶膜構造を有し、下記式(P)で表されるペロブスカイト型酸化物を主成分とすることを特徴とする強誘電体膜。
A1+δ[(ZrxTi1−x)1−yMy]Oz・・・(P)
(式中、AはAサイト元素であり、Pbを主成分とする少なくとも1種の元素である。
Zr,Ti,及びMはBサイト元素である。MはV,Nb,Ta,及びSbからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素である。
0<x≦0.7、0.1≦y≦0.4。
δ=0及びz=3が標準であるが、これらの値はペロブスカイト構造を取り得る範囲内で基準値からずれてもよい。)
【請求項2】
Siを実質的に含まないことを特徴とする請求項1に記載の強誘電体膜。
【請求項3】
式(P)中のδが0<δ≦0.2の範囲内にあることを特徴とする請求項1又は2に記載の強誘電体膜。
【請求項4】
式(P)中のyが0.2≦y≦0.4の範囲内にあることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の強誘電体膜。
【請求項5】
式(P)中のAがBiを含むことを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の強誘電体膜。
【請求項6】
3.0μm以上の膜厚を有することを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の強誘電体膜。
【請求項7】
非熱平衡プロセスにより成膜されたものであることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の強誘電体膜。
【請求項8】
スパッタ法により成膜されたものであることを特徴とする請求項7に記載の強誘電体膜。
【請求項9】
前記スパッタ法が、成膜する前記強誘電体膜の膜組成に応じた組成のターゲットと基板とを対向配置させ、下記式(1)及び(2)を充足する成膜条件で、基板上に成膜するものであることを特徴とする請求項8に記載の強誘電体膜。
400≦Ts(℃)≦500・・・(1)、
30≦D(mm)≦80・・・(2)
(式(1)及び(2)中、Ts(℃)は成膜温度、D(mm)は基板とターゲットとの離間距離である。)
【請求項10】
前記スパッタ法が、成膜する前記強誘電体膜の膜組成に応じた組成のターゲットと基板とを対向配置させ、下記式(3)及び(4)を充足する成膜条件で、基板上に成膜するものであることを特徴とする請求項8に記載の強誘電体膜。
500≦Ts(℃)≦600・・・(3)、
30≦D(mm)≦100・・・(4)
(式(3)及び(4)中、Ts(℃)は成膜温度、D(mm)は基板とターゲットとの離間距離である。)
【請求項11】
請求項1〜6のいずれかに記載の強誘電体膜の製造方法において、
非熱平衡プロセスにより成膜を行うことを特徴とする強誘電体膜の製造方法。
【請求項12】
スパッタ法により成膜を行うことを特徴とする請求項11に記載の強誘電体膜の製造方法。
【請求項13】
前記スパッタ法が、成膜する前記強誘電体膜の膜組成に応じた組成のターゲットと基板とを対向配置させ、下記式(1)及び(2)を充足する成膜条件で、基板上に成膜を行うものであることを特徴とする請求項12に記載の強誘電体膜の製造方法。
400≦Ts(℃)≦500・・・(1)、
30≦D(mm)≦80・・・(2)
(式(1)及び(2)中、Ts(℃)は成膜温度、D(mm)は基板とターゲットとの離間距離である。)
【請求項14】
前記スパッタ法が、成膜する前記強誘電体膜の膜組成に応じた組成のターゲットと基板とを対向配置させ、下記式(3)及び(4)を充足する成膜条件で、基板上に成膜を行うものであることを特徴とする請求項12に記載の強誘電体膜の製造方法。
500≦Ts(℃)≦600・・・(3)、
30≦D(mm)≦100・・・(4)
(式(3)及び(4)中、Ts(℃)は成膜温度、D(mm)は基板とターゲットとの離間距離である。)
【請求項15】
請求項1〜10に記載の強誘電体膜と、該強誘電体膜に対して電界を印加する電極とを備えたことを特徴とする強誘電体素子。
【請求項16】
請求項15に記載の強誘電体素子からなる圧電素子と、
液体が貯留される液体貯留室及び該液体貯留室から外部に前記液体が吐出される液体吐出口を有する液体貯留吐出部材とを備えたことを特徴とする液体吐出装置。
【図1A】
【図1B】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図1B】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
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【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【公開番号】特開2008−266770(P2008−266770A)
【公開日】平成20年11月6日(2008.11.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−229787(P2007−229787)
【出願日】平成19年9月5日(2007.9.5)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成20年11月6日(2008.11.6)
【国際特許分類】
【出願日】平成19年9月5日(2007.9.5)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】
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