説明

素子基板とその製造法

【課題】
酸化亜鉛、および、酸化亜鉛固溶体からなる電子素子、光素子を製造する上で、酸化亜鉛、および酸化亜鉛固溶体の結晶構造に由来する自発分極の方向を考慮した結晶成長が求められる。これらを実現するには、結晶成長に際しての基板材質の選択、および、結晶成長時の成長条件、あるいは、結晶成長後の後処理等を検討し、所望の自発分極方向、すなわち、所望の結晶成長方向に対して結晶を成長する技術が得られなければならない。かつ、製造コストなどの経済性を考慮した場合、より流通量の多い、安定した供給の得られる基板材質をも使用できる、自発分極方向、すなわち、結晶成長方向を制御した酸化亜鉛を提供することが求められる。
【解決手段】
本発明の素子基板は、基板と酸化亜鉛薄膜との間にスピネル型構造の緩衝層を有し、前記酸化亜鉛薄膜は、ウルツ鉱型の結晶構造を有し、その表面が亜鉛(0001)面であることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学分野、電気・電子工業分野において有用な基板と酸化亜鉛又は/及びその固溶体である酸化亜鉛薄膜を有する素子基板とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
様々な機能を有する光・電子デバイスには、Si、GaAsおよびGaN等が用いられてきた。一方、酸化物に着目すると、酸化亜鉛は、バリスタ、ガスセンサー、日焼け止め等に用いられてきたが、最近その光学特性、電子素子特性および圧電特性から光学素子、電子素子、圧電素子および透明電極等の素子を形成する基板への応用が図られ、注目を集めている。酸化物は大気中で安定であり、かつ、酸化亜鉛は比較的高い電子移動度、優れた発光特性を持つことから、電子素子、あるいは、光学素子等の素子基板としての応用が進められている。
【0003】
たとえば、(特許文献1)では、高移動度の酸化亜鉛トランジスタの形成に関する技術が開示されており、また(特許文献2)では、酸化亜鉛発光ダイオードの形成に関する技術が開示されている。
【0004】
Zn1−xMgO固溶体では、組成xを調整することで酸化亜鉛より広いバンドギャップが得られることが示されており、(非特許文献1)また、発光ダイオードへの応用を考慮した場合、発光効率を上げるためには、一般に、ダブルへテロ構造を採用する必要がある。上記構造を採用することにより、キャリヤや光の閉じ込め効率が向上し、発光効率が向上する。上記構造を形成するためには、比較的バンドギャップの狭い発光層を比較的バンドギャップが広いn層とp層をもって挟んだ構造を実現する必要があり、バンドギャップと導電性とを共に制御した結晶の成長技術が必要となる。
【0005】
n型、p型の伝導性制御は、酸化亜鉛、および、酸化亜鉛固溶体をつかった電子素子の形成には不可欠である。一方、酸化亜鉛は、ウルツ鉱型の結晶構造を有することから自発分極を有し、これが、結晶成長時の不純物取り込みなどに強く影響することが知られている。n型に比べて比較的合成しにくいp型の伝導を示す酸化亜鉛、あるいは、その固溶体を得るためには、アクセプター準位を形成するための不純物を効率よく導入する手段が求められる。その際、自発分極特性から、亜鉛表面を有する結晶面、すなわち、(0001)面を成長面として、アクセプターとなる不純物を供給しつつ酸化亜鉛を成長する方法が有効と考えられる。アクセプターとなる窒素を導入する際に、より効率よく窒素を取り込ませるためには、酸素表面を有する結晶面である(000−1)面ではなく、亜鉛表面を有する(0001)面から取り込ませることが有効であることが、既に、開示されている。(非特許文献4)
【0006】
酸化亜鉛、およびその固溶体、あるいは、それらからなる積層体において、電子素子特性や光学素子特性を向上させるためには、高い結晶性が必要となる。高結晶性の酸化亜鉛、および、酸化亜鉛固溶体結晶を得るための手段として、特に、高品質の酸化亜鉛結晶を基板として用いた気相成長法(非特許文献2)、やScAlMgO結晶を基板として用いた気相成長法(非特許文献3)などが開示されているが、これらの基板の流通量はサファイヤなどの結晶と比べて少なく、酸化亜鉛関連産業をさらに展開する上では、より経済的な基板材料を用い、より高結晶性の酸化亜鉛、およびその固溶体結晶を成長する技術が求められる。
【0007】
また、高い結晶性と並んで、表面平坦性の高い酸化亜鉛結晶を成長させることも、同様に重要な技術課題となっている。たとえば、有機半導体を用いたエレクトロルミネッセス装置や、液晶を用いた液晶パネルを製造する際に用いられる透明電極は、極めて平坦な表面を持っていることが求められる。酸化亜鉛が極性結晶であることから、その結晶成長時には、自形した水晶の結晶のような鉛筆型、すなわち、一端が尖っていて一端が平らな六角柱状の結晶が得られやすい。より平坦な結晶を得るためには、この晶癖を考慮し、表面に尖った形状が発現しにくい成長方向を選択して結晶成長させる必要がある。例えば、酸化亜鉛単結晶の(000−1)面の上に、パルスレーザー蒸着法で形成した酸化亜鉛は、図1の様な鉛筆の先端側が表面に出たような凹凸構造を持ってしまい、一方、酸化亜鉛単結晶の(0001)面に同様の手段で形成した酸化亜鉛は、図2の様に、平坦な結晶として成長する。
【0008】
前記の通り、酸化亜鉛、およびその固溶体が自発分極をもった結晶であることから、自発分極の極性を考慮したドーピング技術、あるいは、結晶成長技術が求められる。しかし、半導体を成長するための基板として一般に流通する酸化物ウエファーである、サファイヤ基板等を用いた結晶成長では、酸素面、すなわち(000−1)面を表面とした酸化亜鉛が成長してしまい、これによって、尖った先端をもつ、針状の結晶が並んだような結晶構造となってしまい、また、アクセプターを導入する上で、必ずしも有利ではない構造となってしまっていた。すなわち、より高性能の酸化亜鉛電子素子を構成するためには、自発分極を考慮し、その平坦性、ドーピング容易性を考慮した酸化亜鉛結晶の提供が不可欠となる。
【特許文献1】特開2005−72067
【特許文献2】特開2003−046081
【非特許文献1】A.Ohtomo et.al , Applied Physics Letters , Vol.72 , No.19 , 11 May 1998 , 2466−2468
【非特許文献2】H.Matui et al, Journal of Vacuum Science and Technology B , Vol.22 , No.5 , Sep/Oct 2004 , 2454−2461
【非特許文献3】A.Ohtomo et.al , Applied Physics Letters , Vol.75 , No.17 , 25 October 1999 , 2635−2637
【非特許文献4】Maki et al. Jpn. J. Appl. Phys. 42 (2003) 75−77
【非特許文献5】H. L. Mosbacker, Y. M. Strzhemechny, B. D. White, E. Smith, D. C. Look, D. C. Reynolds, C. W. Litton, and L. J. Brillson, Appl. Phys. Lett. 87, 012102 (2005)
【非特許文献6】K. Nakahara, T. Tanabe, H. Takasu, P. Fons, K. Iwata, A. Yamada, K. Matsubara, R. Hunger, and S. Niki, Jpn. J. Appl. Phys. 40, 250 (2001).)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
前述したように、酸化亜鉛、および、酸化亜鉛固溶体からなる電子素子、光素子を製造する上で、酸化亜鉛、および酸化亜鉛固溶体の結晶構造に由来する自発分極の方向を考慮した結晶成長が求められる。これらを実現するには、結晶成長に際しての基板材質の選択、および、結晶成長時の成長条件、あるいは、結晶成長後の後処理等を検討し、所望の自発分極方向、すなわち、所望の結晶成長方向に対して結晶を成長する技術が得られなければならない。かつ、製造コストなどの経済性を考慮した場合、より流通量の多い、安定した供給の得られる基板材質をも使用できる、自発分極方向、すなわち、結晶成長方向を制御した酸化亜鉛を提供することが求められる。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題は、以下の本発明によって解決することができる。
発明1の素子基板は、基板と酸化亜鉛薄膜との間にスピネル型構造の緩衝層を有し、前記酸化亜鉛薄膜は、ウルツ鉱型の結晶構造を有し、その表面が亜鉛(0001)面であることを特徴とする。
【0011】
発明2は、発明1の素子基板において、前記基板の(11−20)面に緩衝層を有していることを特徴とする。
【0012】
発明3は、発明1又は2の素子基板の製造方法であって、基板上に酸化亜鉛又は/及びその固溶体の結晶を気相成長させるに当たり、亜鉛成分に難固溶性の金属を加え、これを加熱した前記基板上に蒸着することで前記緩衝層を形成し、この緩衝層の表面に前記酸化亜鉛薄膜を成長させることを特徴とする。
【0013】
発明4は、発明3の製造方法において、膜形成成分の蒸着に当たり、基板を所定の温度に加熱して、緩衝層を形成することを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明により、亜鉛面を成長面とする結晶成長が実現可能となり、これによって、原子レベルで平坦な材料の提供が可能となることから、素子を形成した際の凹凸が原因となった電界集中等の問題が回避可能となる上に、その製造法に課題が残されているp型酸化亜鉛についても、アクセプターとなる不純物の導入の容易性が高まることから、酸化亜鉛、および、酸化亜鉛固溶体を用いた電子素子、光素子のより高効率な製造と、より高性能な素子特性の実現がもたらされる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明において、基板上に気相成長により酸化亜鉛、あるいは、酸化亜鉛固溶体を成長させる場合、亜鉛面を持った酸化亜鉛は、図2に示すような平坦な表面(亜鉛(0001)面)を有することから、この亜鉛面上に、さらに、n型、p型の導電性制御、あるいは、発光センターを導入した酸化亜鉛を高品質に成長するにあたって、ステップフロー型の結晶成長が可能である。したがって、亜鉛面が成長した酸化亜鉛、あるいは、酸化亜鉛固溶体であって、かつ、図2の様な表面構造を有し、かつ、粒子径の大きな薄膜結晶こそ、極めて平坦性の高い、酸化亜鉛薄膜結晶となり、もっとも、望ましい実施形態となる。
【0016】
ここでは、サファイアの(11−20)面を基板として用いた構造を例としてさらに詳しく説明する。サファイアの(11−20)面では、表面での酸素副格子が長方形の角に存在するような表面原子配列となっており、六方晶系の酸化亜鉛がエピタキシャル成長する上で、一般的な(0001)面を表面とするサファイヤ基板に比べて格子整合の視点から有利な表面となっている。平坦化されたZnOの表面では、ZnOの結晶格子の1つ分を単位とするステップ構造が形成される。このステップの発現頻度が少なければ少ないほど、より平坦性の高いZnO膜となる。そのため、ステップ構造の発現周期を長くするための手段として、このサファイヤの(11−20)基板表面を用いるのが望ましい。
なお、サファイアに限らずこれと同様な結晶構造を有するものであれば同様な効果を発揮するものと予測される。
また、上記記述は、一般的な(0001)面を用いることを否定するものではない。材料や要求される平坦度合いによっては、有効に使用できることも予想できる。
【0017】
本発明の有効な実施形態は、基板上に形成されたウルツ鉱型の結晶構造を有する酸化亜鉛、およびその固溶体である単結晶薄膜であって、その表面が(0001)面、すなわち、亜鉛面であることが最も重要である。この素子基板は、n型、あるいは、p型の酸化亜鉛およびその固溶体を堆積することでトランジスタ素子、およびダイオード素子を得ることが出来る。
【0018】
例えば、図3の様なステップ、テラス構造を有した酸化亜鉛薄膜結晶の上に、(Mg,Zn)Oという組成でかつウルツ鉱型の結晶構造を持ち、酸化亜鉛に比べて広いバンドギャップを有するn型の固溶体層を形成し、その上に、欠陥濃度の低い無添加のZnO層を形成し、しかるのちに、(Mg,Zn)Oという組成でかつウルツ鉱型の結晶構造を持ち、酸化亜鉛に比べて広いバンドギャップを有するn型の固溶体層を形成することで、酸化亜鉛を基本としたp−i−n型のダブルへテロ構造が得られる。ここで、n型の(Mg,Zn)O、および、p型の(Mg,Zn)Oを得るための手段としては、それぞれ、アルミニウム、ガリウムといったIII属の元素による亜鉛の置換、および、窒素による酸素の置換がある。亜鉛面を有するn型酸化亜鉛薄膜結晶に、金などの金属からなるショットキー電極を形成することによって、ショットキーダイオードの形成がなされる。この際において、電界集中を抑え、安定した素子特性を得るためには、凹凸のない酸化亜鉛が必要であり、本発明が提供する基板上で亜鉛面表面を持ち、かつ、原子レベルでの平坦性を持った酸化亜鉛、あるいは、酸化亜鉛固溶体の使用は、極めて有効な技術である。
【0019】
本発明の実施形態のその二は、基板上に緩衝層を形成した後に、酸化亜鉛薄膜結晶を成長させる点にある。
【0020】
亜鉛は、その蒸気圧が高いことで知られており、ウエファーを高温に保ち、気相から原料を供給する気相成長によって酸化亜鉛を成長させる際には、ウエファー表面に到達した亜鉛成分が全て酸化亜鉛として結晶化せず、一部は再蒸発している。
例えば、サファイヤ(11−20)面に酸化亜鉛を成長させるに際しては、サファイヤ(0001)面に酸化亜鉛を成長させるのに比べて再蒸発の効果が大きいとされ、例えば、分子線エピタクシー法で、サファイヤ(11−20)面に酸化亜鉛を成長させるにおいては、再蒸発の起こりにくい低温で初期成長を行わなければ、酸化亜鉛が成長しないことが知られている。(非特許文献6)
本発明による酸化亜鉛結晶成長法では、逆にこの再蒸発の効果を利用することで、亜鉛面を表面とする酸化亜鉛を得た。
【0021】
すなわち、亜鉛に対して難固溶性に金属(例えば、アルミニウム)を含む原料を、高温の基板に対して供給した場合、原料中で再蒸発しやすい亜鉛成分の付着率が低く、逆に、付着率の高い成分が基板表面において高濃度化する。このため、難固溶性の金属(M)の高濃度化は、酸化亜鉛ではなく、MZnO(AlZnO)の核生成を誘起し、基板上には、スピネル型構造(完全なスピネル型構造に限らず多量の欠陥が導入された構造、または、基板との格子不整合のために歪んだ構造など類似の構造も含む)の薄膜が形成される。この(111)配向した薄膜が生成されると、酸化亜鉛の核生成が起こりやすい状況が発生し、特に、原料供給やウエファー温度などの成長条件を変化させなくても、自発的に亜鉛表面を持った酸化亜鉛の核生成が起こる。この様子を図4に示す。 典型的な合成条件としては、例えば、亜鉛に対して1%程度の濃度のアルミニウム(難固溶性金属)を加えた原料を供給した蒸着法であり、基板を6×10℃の保ち、これに結晶成長を実施することにより、スピネル構造を持った(111)配向した層が核生成し、スピネル構造の薄膜で基板が覆われると、酸化亜鉛の核生成がおこり、アルミニウムが添加された、n型で亜鉛面を表面とする酸化亜鉛の成長が開始される。
【0022】
実施例1、およびこれと比較する比較例1からわかるとおり、原料にアルミニウムを加えておいた場合には、供給されたアルミニウムと亜鉛によってスピネル構造を持った緩衝層(界面層)が自発的に形成され、亜鉛面を表面とする酸化亜鉛薄膜が得られる。これに対して、比較例1で示すとおり、アルミニウム(難固溶性金属)を加えていない酸化亜鉛のみの原料で成長させた場合、酸素面を表面とする酸化亜鉛薄膜が得られた。これは、比較例1の結晶成長条件では、サファイヤ基板上にスピネル層が形成されること無しに酸化亜鉛が核生成したことによる物であり、アルミニウムを加えた原料を使ってスピネル様の緩衝層を形成することによって、亜鉛表面を有する酸化亜鉛薄膜結晶が得られることを示す典型的な例となっている。
【0023】
本発明の第三の実施形態は、まず、酸化亜鉛層を形成し、熱処理を施すことによって基板(サファイヤ)のもつ難固溶性金属(アルミニウム)と酸化亜鉛との固相反応を誘起し、これによって、基板(サファイヤ)上に難固溶性金属(アルミニウム)と亜鉛の複合酸化物であるスピネル型構造を有する(111)配向した緩衝層を形成し、スピネル型構造/基板(サファイヤ)という構造をなした後に、酸化亜鉛ないし、その固溶体を緩衝層上に成長する態様である。その概要を図5に示す。酸化亜鉛と基板(サファイヤ)のもつ難固溶性金属(アルミニウム)が高温で反応することによって、基板(サファイヤ)の表面に(111)配向したスピネル構造の結晶質緩衝層を形成することが可能である。
【0024】
最初に形成する酸化亜鉛層については、比較的低温での気相成長も可能であり、数十ナノメートル程度の厚さを持った酸化亜鉛層が形成されればよい。また、図5に見られるように、最初に形成するZnO層は、図1の様な針状の凹凸をもった酸化亜鉛であっても差し支えない。スピネル層を形成するための熱処理は、固相拡散を誘起する必要があるため、酸化物中の拡散係数を考慮すると、少なくとも8×10℃以上の高温であることが望ましい。前項の連続して成長しながら緩衝層となるスピネル構造層を形成する方法では、亜鉛原料を供給しつつ、スピネル構造層を形成するが、本項の方法では、亜鉛の供給無しに緩衝層を形成するため、特に高い温度での熱処理を施した場合、スピネル構造の結晶相の生成と蒸発による亜鉛の消失との競争になるため、熱処理温度は、亜鉛の蒸発が起こりつつも、スピネル構造の層が形成されるにたる温度でなければならない。
【0025】
(111)配向した緩衝層が形成されたのちに、酸化亜鉛薄膜結晶、あるいは、酸化亜鉛固溶体薄膜結晶を気相成長によって成長させることにより、亜鉛面を表面とする酸化亜鉛結晶薄膜を得ることができる。また、本方法を用いて亜鉛面を表面に持つ酸化亜鉛、あるいは、酸化亜鉛固溶体を製造する場合、基板は、(0001)面、(11−20)面の何れかを用いる。なお、スピネル構造の緩衝層を形成するための熱処理にあっては、酸化亜鉛の蒸発を阻止し、スピネル構造の形成を促すため、基板上に酸化亜鉛を堆積させた構造に、例えば、研磨された酸化ジルコニウム単結晶などの平坦表面を有するカバーをかけて熱処理することも有効である。
【0026】
本発明の第四の実施形態は、熱処理を施すことによって基板(サファイヤ)のもつ難固溶性金属(アルミニウム)と酸化亜鉛との固相反応と酸化亜鉛の再結晶化を誘起し、これによって、基板上にスピネル型構造を有する(111)配向した緩衝層を界面に形成した酸化亜鉛/スピネル構造/基板という構造を得る成長法である。その概要を図6に示す。
【0027】
この手段は、緩衝層の形成と酸化亜鉛膜の形成を一段の熱処理によって実現する方法として特徴づけられる。なお、最初に形成する酸化亜鉛膜は、必ずしも平坦構造を有する必要はなく、図1の様な針状の結晶からなる凹凸構造の酸化亜鉛膜で差し支えない。基板上に酸化亜鉛を形成した構造体に対して、酸化亜鉛の過度な蒸発を妨ぐためのカバーを掛け、これを、酸化亜鉛の穏やかな昇華が起こる温度にて熱処理する。カバーとしては、よく研磨された酸化ジルコニウムの単結晶のように、平坦表面を持ったカバーであることが望ましい。また、熱処理温度は、スピネル構造を保った緩衝層の形成が起こるにたる固相拡散速度を確保し、かつ、酸化亜鉛の再結晶化を促進するため、10×10℃以上から15×10℃以下の高温が望ましい。この熱処理によって、基板と酸化亜鉛との界面においてスピネル構造の層が形成されると共に、形成過程にあるスピネル構造の結晶相上に酸化亜鉛が再結晶化することによって、亜鉛面を表面とする単結晶酸化亜鉛薄膜結晶が得られる。
【0028】
ただし、この方法で得られる酸化亜鉛薄膜結晶は、基板との固相反応の過程で得られるモノであるため、基板(サファイヤ)のもつ難固溶性金属(アルミニウム)不純物が侵入した酸化亜鉛となりやすく、主に、酸化亜鉛電子素子を形成する際のn型の電極層の形成において有効な方法である。
【0029】
また、本発明は、緩衝層(AlZnO層)として機能させた結晶成長によって亜鉛表面を有する酸化亜鉛、あるいは、酸化亜鉛固溶体を基板(サファイヤ)上に形成したものであるが、単純にスピネル型構造を有する結晶を基板として用いる、という手段は、必ずしも亜鉛面を表面とし、電子素子形成に応用可能な平坦な表面を有する酸化亜鉛、あるいは、酸化亜鉛固溶体の製造に適した方法とはなり得ない。すなわち、比較例2に示すように、スピネル構造をもつ酸化物の代表例であるAlMgOを基板としてこれに酸化亜鉛を成長させたものは、単結晶薄膜を得るという視点において、その熱的安定性などの視点から、最適な手段とはなり得ない。
【0030】
すなわち、(111)面を有するAlMgOを基板として結晶成長をおこなった場合、確かに、(0001)配向した酸化亜鉛を得ることは可能である。しかし、(111)面を有するAlMgOを基板として成長した酸化亜鉛の表面平坦性を高めるための熱処理を施した場合、AlMgOの内のマグネシウムが酸化亜鉛薄膜中に拡散し、酸化亜鉛が、(Zn,Mg)O膜に変化してしまうと共に、AlMgOの内のマグネシウムが酸化亜鉛薄膜中に拡散した結果として余剰のアルミニウム成分が存在する結果となり、ZnO/AlMgO界面には、(Zn,Mg)O、アルミナ、Al(Zn,Mg)O固溶体などの複数の結晶相が形成され、それらが界面の平坦性を損なわせる働きをもってしまう。これによって、酸化亜鉛薄膜表面の凹凸が顕著となる、あるいは、酸化亜鉛薄膜の結晶配向性に乱れが生じてしまう、という好まれざる結果をもたらすこととなる。
【0031】
したがって、単純にスピネル構造を有し(111)表面を持った結晶相を基板として用いることで得られる効果は限定的であり、こうしたことも考慮した結果、本発明は、基板材料としてサファイヤを用い、これと亜鉛成分とが反応することによって形成される(111)配向したスピネル構造と類似の構造を持った層を緩衝層とすることで、問題を回避出来ることを見出したものである。
【実施例1】
【0032】
サファイヤ(11−20)基板上にパルスレーザー蒸着法によって酸化亜鉛薄膜を形成する。成長中の基板温度は、7×10℃とし、アルミニウムを1%添加した酸化亜鉛焼結体をターゲットとして用いる。特に、成長中に成長条件を変化させることなく、約400nmの厚さの酸化亜鉛薄膜を合成する。こうすることで、導電性の酸化亜鉛薄膜が得られる。また、こうして得られる酸化亜鉛薄膜の結晶極性についてイオン散乱分光による解析を行えば、図7に示すように得られた薄膜は、亜鉛表面を有する酸化亜鉛薄膜であることが確認できる。
【0033】
こうしてえら得る薄膜構造では、スピネル構造類似の結晶相が、自発的に形成された緩衝層の役割を果たすことによって、亜鉛表面を有する酸化亜鉛薄膜が得られる。この亜鉛表面を持つ酸化亜鉛結晶に対して、さらに、無添加のネイティブなn型伝導を示す酸化亜鉛を堆積し、さらにショットキー電極と、特開2004−183038の実施例1に示されているように、真空槽内で直流プラズマが発生した状態においてインジウム金属を加熱・蒸発させて、n型伝導性酸化亜鉛上へ低接触抵抗電極を形成することを主とする形成法によりインジウムオーミック電極を形成する。すると、図8の様な、透明電極層を下部電極として用いたショットキーダイオードが得られる。ここでは、パルスレーザー蒸着を用いた結晶成長を行うことで本発明を実施する例を示したが、この結晶成長手段をはじめ、本実施例の示すところは、あくまで例であって、本発明の適用範囲を限定するモノではない。
【比較例1】
【0034】
サファイヤ(11−20)基板上にパルスレーザー蒸着法によって酸化亜鉛薄膜を形成する。成長中の基板温度は、7×10℃とし、アルミニウムを添加していない純粋な酸化亜鉛焼結体をターゲットとして用いる。特に、成長中に成長条件を変化させることなく、約400nmの厚さの酸化亜鉛薄膜を合成する。すると、導電性の酸化亜鉛薄膜が得られる。しかし、こうして得られるZnOに対して、イオン散乱分光による解析等を行うと図9のように、得られた薄膜は、酸素表面を有する酸化亜鉛薄膜であることが確認できる。すなわち、積極的なアルミニウムの供給がなされていない状況では、スピネル構造類似の結晶相の自発的な形成がおこらず、酸素表面を有する酸化亜鉛薄膜が得られ、所望の亜鉛面を表面とする酸化亜鉛は、得られない。
【実施例2】
【0035】
サファイヤ基板上に酸化亜鉛薄膜を形成する。薄膜の厚さは、20nmとする。これを1100℃で熱処理することによって、サファイヤ中のアルミニウムと酸化亜鉛との固相反応を誘起し、結果として、(111)配向したスピネル構造薄膜をえる。このスピネル構造を有する緩衝層を形成したサファイヤ基板に対して、パルスレーザー蒸着法によって、マグネシウムを5%添加したターゲットを用いて、基板温度600℃にて薄膜を形成すると、亜鉛面を表面とする酸化亜鉛薄膜が形成される。これに、さらに1100℃での熱処理を施すことによって、特に、平坦な表面を有するZnO固溶体薄膜が得られる。このZnO固溶体薄膜は、酸化亜鉛ダイオード、あるいは、酸化亜鉛トランジスターの製造に供することのできる、亜鉛表面を有する平坦な表面を持った基板材料として利用される。ここでは、パルスレーザー蒸着を用いた結晶成長を行うことで本発明を実施する例を示したが、この結晶成長手段をはじめ、本実施例の示すところは、あくまで例であって、本発明の適用範囲を限定するものではない。
【比較例2】
【0036】
AlZnOと同じスピネル型の結晶構造を有するAlMgO単結晶であり、平坦に研磨された(111)表面を有するウエファーを基板として酸化亜鉛薄膜を成長する。この場合の薄膜の成長は、無添加の酸化亜鉛をターゲットとしたパルスレーザー蒸着によって行う。これにより、c軸配向した比較的平坦な酸化亜鉛薄膜が、AlMgO単結晶上に形成される。この酸化亜鉛薄膜の結晶性の向上、および、表面平坦性の向上を実現するために、熱処理を行うことは一般的に想定されることである。そこで、この薄膜に1100℃にて熱処理を加えると、酸化亜鉛薄膜の平坦化は起こらず、逆に、六角柱状の結晶粒が凝集した配向性の低い薄膜へと変化し、目的の達成はおろか、かえってエピタキシャル構造を言う視点では、かえって劣化した状態の薄膜結晶となってしまう。これは、界面で起こった反応が、AlMgOの分解を促す反応となっており、薄膜と基板との界面の平坦性を損ねる方向の反応となるためである。
【実施例3】
【0037】
サファイヤ基板上に酸化亜鉛薄膜を形成する。薄膜の厚さは、200nmとする。この時点では、得られたZnOは、酸素面を表面とする酸化亜鉛薄膜であり、かつ、これに、過度の亜鉛の蒸発を回避するためのカバーとして(111)面を平坦研磨した酸化ジルコニウム単結晶を載せた状態で、1200℃にて熱処理を施す。すると、サファイヤと酸化亜鉛の界面に、スピネル構造を持ったAlZnO層が形成され、かつ、気相を介した酸化亜鉛の結晶化がおこり、酸化亜鉛/スピネル構造AlZnO/サファイヤ、からなる構造が形成する。このとき、酸化亜鉛の表面は、亜鉛面となっており、表面には、ステップテラス構造が形成される。得られたZnOは、室温での電子濃度が1019cm−3のn型導電体となっている。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明によれば、流通量の多い安価な基板上に、平滑でかつアクセプターとなる不純物を容易に導入できる酸化亜鉛薄膜またはその固溶体である酸化亜鉛薄膜を提供できることから、より安価で高効率な発光ダイオードやレーザーなどの発光素子が実現できる。酸化亜鉛はバンドギャップが約3.4eVで励起子エネルギーが室温で約60meVと大きいことから紫外領域での高効率発光素子が実現でき、これらは光学ディスプレイ、データ記憶装置、通信デバイス、照明装置、医療機器など幅広い分野での応用が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】酸素終端表面をもって成長した酸化亜鉛の様子の模式図
【図2】亜鉛終端表面をもって成長した酸化亜鉛の様子の模式図
【図3】ステップテラス構造を持つZnOの表面の原子間力顕微鏡像
【図4】亜鉛の再蒸発により、供給した、アルミニウム、亜鉛、酸素の成分からAlZnOが最初に核生成し、このAlZnOの存在によって亜鉛の付着率が増加して再蒸発が抑制されることで、自発的に形成されたAlZnO緩衝層上にZnOが形成される。
【図5】サファイヤ上のZnO層とサファイヤを反応させると、AlZnOが核生成し、AlZnO層が形成され、成長を再開するとAlZnO緩衝層上にZnOが形成される
【図6】サファイヤ上に成長した酸化亜鉛に対して熱処理を加え、界面にAlZnO緩衝層、を形成させながら、酸化亜鉛の再結晶化を促す工程の概要
【図7】実施例1で製造された酸化亜鉛薄膜のイオン散乱分光波形。亜鉛表面を持つ酸化亜鉛単結晶標準試料との比較
【図8】実施例1で製造された酸化亜鉛ショットキーダイオードの概略図
【図9】比較例1で製造された酸化亜鉛薄膜のイオン散乱分光波形。酸素表面を持つ酸化亜鉛単結晶標準試料との比較

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板と酸化亜鉛又は/及びその固溶体である酸化亜鉛薄膜を有する素子基板であって、前記基板と前記酸化亜鉛薄膜との間にスピネル型構造の緩衝層を有し、前記酸化亜鉛薄膜は、ウルツ鉱型の結晶構造を有し、その表面が亜鉛(0001)面であることを特徴とする素子基板。
【請求項2】
請求項1に記載の素子基板において、前記基板の(11−20)面に緩衝層を有していることを特徴とする素子基板。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の素子基板の製造方法であって、基板上に酸化亜鉛又は/及びその固溶体の結晶を気相成長させるに当たり、亜鉛成分に難固溶性の金属を加え、これを加熱した前記基板上に蒸着することで前記緩衝層を形成し、この緩衝層の表面に前記酸化亜鉛薄膜を成長させることを特徴とする。
【請求項4】
請求項3に記載の製造方法において、膜形成成分の蒸着に当たり、基板を所定の温度に加熱して、緩衝層を形成することを特徴とする。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2009−38179(P2009−38179A)
【公開日】平成21年2月19日(2009.2.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−200530(P2007−200530)
【出願日】平成19年8月1日(2007.8.1)
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【Fターム(参考)】