説明

高耐食性部材およびその製造方法

【課題】耐食性に優れた高耐食性部材およびその製造方法を提供する。
【解決手段】ステンレス鋼製の基材と、基材の表面の少なくとも一部に被覆された中間層と、中間層の表面の少なくとも一部に被覆された非晶質炭素膜と、を備える高耐食性部材は、少なくとも基材の表面の温度が450℃以下の低温で、中間層および非晶質炭素膜が形成されてなる。
表層部が窒化処理されたステンレス鋼製の基材と、基材の表層部の表面の少なくとも一部に被覆された非晶質炭素膜と、を備える高耐食性部材は、少なくとも基材の表面の温度が450℃以下の低温で、窒化処理および非晶質炭素膜の形成が行われてなる。
上記の高耐食性部材は、製造工程において、ステンレス鋼製の基材の表面が、高温(>450℃)に曝されない。そのため、基材の耐食性は、元のステンレス鋼の耐食性と同等に保たれる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、腐食が発生しやすい環境で使用されても高い耐食性を示す高耐食性部材およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
非晶質構造を有する非晶質炭素(ダイヤモンドライクカーボン:DLC)は、耐摩耗性、固体潤滑性などの機械的特性に優れ、耐食性、絶縁性、可視光/赤外光透過率、酸素バリア性などを合わせ持つ。そのため、非晶質炭素膜は、基材の表面に被覆され、保護膜として用いられることが多い。たとえば、特許文献1では、水を潤滑液として摺動する水潤滑軸受が開示されている。水潤滑軸受は、回転側に固定された回転側部材と、固定側に固定され回転側部材に対向摺接する固定側部材と、を備える。特許文献1の実施例4によれば、固定側部材の基材はステンレス鋼製で、その表面にはDLC膜が形成されている。
【0003】
しかしながら、上記のように、ステンレス鋼製の基材の表面に直接形成されたDLC膜は、基材との密着性が低いことが知られている。DLC膜と基材との密着性が低いと、耐食性だけでなく摺動性にも悪影響を及ぼす。そこで、従来から、基材の表層部を窒化処理し、その表面にDLC膜を形成することで、密着性を確保している。このような従来の被覆部材を腐食が発生しやすい環境下で使用すると、基材とDLC膜との密着性が確保されることにより摺動部材としての信頼性が向上する一方で、ステンレス鋼製の基材をDLC膜で被覆しているにもかかわらず、耐食性が著しく低下することがわかった。特に、内燃機関に付設される冷却手段であるウォータポンプでは、pH9〜10程度に調製されたクーラントが用いられるが、長期間の使用によりクーラントは酸性を呈するようになる。したがって、従来の被覆部材をウォータポンプの構成部品に使用すると、長期の使用に耐えられない虞がある。
【特許文献1】特開平10−184692号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明者等は、上記の現象を詳細に検討した結果、基材を窒化処理することで、ステンレス鋼自体の耐食性が損なわれていることに着目した。図3は、表面を非晶質炭素膜で被覆した従来の被覆部材を模式的に示す断面図である。従来の被覆部材は、一般的に、500℃またはそれ以上の温度で窒化処理やDLC膜の成膜が行われている。従来の被覆部材に腐食が発生する要因として次の2つが考えられる。
【0005】
1つは、窒化によりステンレス鋼に発生する内部応力である。ステンレス鋼に窒化処理を施すと、ステンレス鋼の表面から窒素原子が拡散して浸透することで結晶に歪(内部応力)が発生する。一般に、金属材料は、曲げ応力や引張応力がかかった条件で腐食が発生しやすくなる。したがって、窒化によりステンレス鋼の表層部に発生する内部応力が原因で、基材の表面も腐食しやすくなる傾向にある。
【0006】
内部応力以上に大きな影響を及ぼすのが、処理温度である。ステンレス鋼は、高温に保持されると、ステンレス鋼に含まれる添加元素であるクロム(Cr)が、同じく添加元素である炭素(C)等と結合して炭化物などが形成されるため、それらの周りにCr量の少ないCr欠乏層が形成される。Cr欠乏層が形成された周囲では、元のステンレス鋼よりもCr濃度が低下するため、安定な不動態被膜は形成され難くなり、局所的にステンレス鋼の耐食性が低下する。その結果、ステンレス鋼は、腐食しやすくなる(鋭敏化)。
【0007】
本発明は、上記の問題点に鑑み、耐食性に優れた高耐食性部材およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者等は、上記の要因のうちの処理温度によるステンレス鋼の鋭敏化に着目した。すなわち、ステンレス鋼製の基材を準備してから非晶質炭素膜を形成するまでの間、基材の温度が所定の温度を超えないようにすることで、ステンレス鋼の耐食性を保持できることに想到した。
【0009】
すなわち、本発明の高耐食性部材は、ステンレス鋼製の基材と、該基材の表面の少なくとも一部に被覆された中間層と、該中間層の表面の少なくとも一部に被覆された非晶質炭素膜と、を備える高耐食性部材であって、
前記中間層および前記非晶質炭素膜は、前記基材の表面の温度が450℃以下の低温で形成されることを特徴とする。
【0010】
また、本発明の高耐食性部材は、表層部が窒化処理されたステンレス鋼製の基材と、該表層部の表面の少なくとも一部に被覆された非晶質炭素膜と、を備える高耐食性部材であって、
前記窒化処理および前記非晶質炭素膜の形成は、前記基材の表面の温度が450℃以下の低温で行われることを特徴とする。
【0011】
本発明の高耐食性部材の製造方法は、ステンレス鋼製の基材の表面の少なくとも一部に、該基材の表面の温度を450℃以下にして中間層を形成する中間層形成工程と、
前記中間層の表面の少なくとも一部に、前記基材の表面の温度を450℃以下にして非晶質炭素膜を成膜する非晶質炭素膜成膜工程と、
からなることを特徴とする。
【0012】
また、本発明の高耐食性部材の製造方法は、ステンレス鋼製の基材の表層部を該基材の表面の温度を450℃以下にして窒化処理する低温窒化処理工程と、
窒化処理された前記表層部の表面の少なくとも一部に、前記基材の表面の温度を450℃以下にして非晶質炭素膜を成膜する非晶質炭素膜成膜工程と、
からなることを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明の高耐食性部材およびその製造方法によれば、ステンレス鋼製の基材の表面が、高温(>450℃)に曝されない。そのため、基材の耐食性は、元のステンレス鋼の耐食性と同等に保たれる。すなわち、本発明の高耐食性部材は、耐食性に優れる。なお、基材の内部の温度は、通常、基材の表面の温度よりも低くなるため、本発明においては、少なくとも基材の表面が高温に曝されなければ所望の耐食性をもつ高耐食性部材が得られる。
【0014】
基材の表面の少なくとも一部に中間層を形成することで、基材に窒化処理を施すことなく、基材と非晶質炭素膜との密着性を確保することができる。窒化処理されていない基材は、窒素原子が拡散・浸透しないため表層部に内部応力が生じず、基材の耐食性の低下が抑制される。
【0015】
また、基材に低温(450℃以下)で窒化処理を施すことにより、基材が高温下に曝されないとともに、基材の表面での内部応力の発生が低減される。そのため、基材の耐食性は、元のステンレス鋼の耐食性と同等に保たれる。これは、窒化処理が低温で行われるため、窒素原子が拡散して浸透することで発生する内部応力が小さくなるからである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の高耐食性部材およびその製造方法について詳細に説明する。なお、図1および図2は、本発明の高耐食性部材を模式的に示す断面図である。
【0017】
[高耐食性部材]
本発明の高耐食性部材は、ステンレス鋼製の基材と、基材の表面の少なくとも一部に被覆された中間層と、中間層の表面の少なくとも一部に被覆された非晶質炭素膜と、を備える(図1)。あるいは、本発明の高耐食性部材は、表層部が窒化処理されたステンレス鋼製の基材と、表層部の表面の少なくとも一部に被覆された非晶質炭素膜と、を備える(図2)。
【0018】
基材は、ステンレス鋼製であれば、その形状や大きさに特に限定はない。また、ステンレス鋼の種類にも特に限定はなく、一般的なマルテンサイト系、フェライト系またはオーステナイト系ステンレス鋼や2相ステンレス鋼などから用途に応じて選択すればよい。
【0019】
また、基材の表面粗さに特に限定はない。ただし、高耐食性部材を摺動部品として使用するのであれば、基材と中間層あるいは非晶質炭素膜との密着性および摺動性の点から、十点平均粗さRz(JIS)が0.4〜6.3μmであるとよい。
【0020】
基材は、表層部が窒化処理されていてもよい。ただし、窒化処理は、後に詳説するように、450℃以下の低温で行われる。窒化処理の程度に特に限定はないが、窒化の深さが10μm以上さらには20〜30μmであるとよい。10μm以上であれば、窒化の必要な基材の表面全体に十分に窒化がされるため、表面に形成される非晶質炭素膜の剥離が効果的に防止される。
【0021】
基材の表面の少なくとも一部に被覆された中間層は、基材と非晶質炭素膜(DLC膜)との密着性を向上させる。中間層は、基材およびDLC膜との密着性が高く硬質な被膜であるとよい。たとえば、クロム(Cr)膜、チタン(Ti)膜、ケイ素(Si)膜、タングステン(W)膜などの金属被膜、Cr、Ti、SiおよびWのうちの少なくとも1種を含む炭化物膜、窒化物膜または炭窒化物膜などが挙げられる。炭化物膜、窒化物膜および炭窒化膜の具体例としては、WC膜、SiC膜、SiC/CrN膜、CrN膜、TiN膜、TiN/CrN膜、TiCrN膜などが挙げられる。
【0022】
中間層の厚さに特に限定はないが、50nm以上が好ましく、さらに好ましくは50〜200nmである。50nm以上であれば、基材とDLC膜との密着性が確保される。
【0023】
中間層の表面の少なくとも一部、または、窒化処理された基材の表層部の表面の少なくとも一部には、非晶質炭素膜(DLC膜)が被覆される。
【0024】
DLC膜は、耐食性を向上させる保護膜としての役割を果たす。DLC膜は、主として炭素(C)からなり非晶質構造を有すれば特に限定はなく、水素(H)の他、モリブデン(Mo)、タングステン(W)、タンタル(Ta)、ニオブ(Nb)、ケイ素(Si)、ボロン(B)、チタン(Ti)、クロム(Cr)、窒素(N)等の腐食されにくい元素を含んでもよい。特に、Siを含むDLC−Si膜は、耐食性のみならず、低摩擦係数や高い耐摩耗性などを示す。さらに、相手攻撃性が低いため、DLC−Si膜を備える本発明の高耐食性部材は、DLC−Si膜の表面を摺動面とした摺動部品として好適である。
【0025】
DLC膜の厚さに特に限定はないが、500nm以上が好ましく、さらに好ましくは500〜3000nmである。500nm以上であれば、保護膜としての耐食性はもちろん、摺動層としも十分な摺動性を示す。
【0026】
本発明の高耐食性部材は、優れた耐食性を有するため、腐食が発生しやすい環境で用いられる各種装置の構成部品として使用可能である。たとえば、本発明の高耐食性部材は、水を含む液体の存在下において使用される構成部品として好適である。特に、本発明の高耐食性部材は、優れた摺動特性を示すDLC膜を有するため、DLC膜の表面が相手材と摺接する摺動部品であるのが好ましい。このとき、摺動部品は、水を含む液体の存在下において使用され、水を含む液体を潤滑液として摺動する。水を含む液体は、内燃機関の冷却に用いられるクーラントであってもよい。クーラントは、通常、クーラント原液を水で希釈して使用される。
【0027】
摺動部品の具体例としては、駆動軸、軸受、ピストン、シリンダ、バルブなどが挙げられる。腐食が発生しやすい環境で用いられる駆動軸および軸受としては、水あるいは水を含む液体(たとえばクーラント)を輸送するウォータポンプの軸受構造部がある。ウォータポンプは、たとえば、内燃機関の冷却手段として自動車に搭載されて用いられる。ウォータポンプの軸受構造部は、一端部にプーリ、他端部にインペラが固定される回転軸と、回転軸を回転可能に軸支する軸受部材と、を備える。通常、軸受部材は、回転軸の他端部側を収容するハウジングに配設される。すなわち、ハウジングは、回転軸の他端部側を収容する収容空間と、収容空間に連通し回転軸が挿通される貫通孔と、を備え、貫通孔の周壁部に軸受部材が固定される。軸受部材は、すべり軸受が好ましいが、玉軸受、ころ軸受などの各種軸受装置であってもよい。軸受部材がすべり軸受であれば、回転軸および/または軸受部材が本発明の高耐食性部材からなるのが好ましく、互いに摺接する回転軸の外周面および軸受部材の軸受面のうちの少なくとも一方に上記のDLC膜の表面が位置するのがよい。ウォータポンプの軸受構造部であれば、基材に用いられるステンレス鋼としては、SUS304、SUS630、SUS440C、SUS303、SUS316等(JIS)を用いるとよい。
【0028】
そして、中間層およびDLC膜は、基材の表面の温度が450℃以下の低温で形成される(図1)。同様に、窒化処理およびDLC膜の形成は、基材の表面の温度が450℃以下の低温で行われる(図2)。中間層およびDLC膜の形成ならびに窒化処理については、[高耐食性部材の製造方法]の欄で詳説する。
【0029】
本発明の高耐食性部材において基材は、ステンレス鋼製である。ステンレス鋼は、前述のように、高温に保持されることで鋭敏化する。たとえば、SUS304の場合、鋭敏化温度は500〜800℃であるといわれているが、鋭敏化温度は、ステンレス鋼に含まれる添加元素の量、たとえばC含有量によって異なる。窒化処理や中間層およびDLC膜の形成が、基材の表面の温度を450℃以下、望ましくは250℃以下、さらに望ましくは200℃以下、にして行われれば、ほとんどのステンレス鋼で鋭敏化が抑制されると考えられる。基材の表面の温度が450℃を超えなければ、窒化処理や中間層およびDLC膜の形成に必要な時間(30〜180分)基材が加熱されても、ステンレス鋼の鋭敏化が抑制される。なお、本発明の高耐食性部材において、窒化処理や中間層およびDLC膜の形成は、処理方法や成膜方法にもよるが、いずれも30〜180分行えば、所望の耐食性を有する高耐食性部材が得られる。
【0030】
[高耐食性部材の製造方法]
本発明の高耐食性部材の製造方法は、以上説明した本発明の高耐食性部材の製造方法である。
【0031】
本発明の高耐食性部材の製造方法は、中間層形成工程と非晶質炭素膜成膜工程とからなる。
【0032】
中間層形成工程は、ステンレス鋼製の基材の表面の少なくとも一部に、基材の表面の温度を450℃以下にして中間層を形成する工程である。中間層形成工程は、基材の表面のうち、耐食性が要求される表面の温度を450℃以下にすればよい。なお、通常の処理であれば、基材の内部は、基材の表面に比べて熱の影響が少ないため、基材の表面の温度が450℃以下であれば、基材のどの部分においても450℃を超えることはない。これ以降、基材の表面の温度を単に「成膜温度」または「処理温度」と記載することがある。
【0033】
中間層を形成する方法は、基材の表面の温度が450℃を超えないように中間層を形成できる方法であれば特に限定はなく、中間層の種類に応じて選択するとよい。また、中間層は、密着性の点から70℃以上で成膜されるのが好ましい。一般的に、化学蒸着法(CVD法)よりも物理蒸着法(PVD法)の方が低温で被膜の形成が可能である。そのため、中間層は、PVD法を用いて形成するのが望ましい。具体的には、電子ビームやレーザアブレーション等による真空蒸着、マグネトロンスパッタリング等のスパッタリング、イオンプレーティングなどが挙げられる。特に、アンバランスドマグネトロンスパッタリング法は、緻密な被膜を形成することができる成膜方法である。また、低温成膜が可能なCVD法であれば中間層を形成する方法として用いることができる。たとえば、熱陰極PIGプラズマCVD法(PIG:penning ionization gauge)であれば、基材の表面の温度が170〜300℃の範囲で中間層を形成できるため望ましい。
【0034】
非晶質炭素膜成膜工程は、中間層の表面の少なくとも一部に、基材の表面の温度を450℃以下にしてDLC膜を成膜する工程である。この際、中間層の表面の温度を450℃以下にしてDLC膜を成膜すれば、基材の表面の温度が450℃を超えてステンレス鋼が鋭敏化することはない。DLC膜を成膜する方法は、基材の表面の温度が450℃を超えないようにDLC膜を成膜できる方法であれば特に限定はない。また、DLC膜は、密着性の点から150℃以上で成膜されるのが好ましい。前述のように、一般的に、化学蒸着法(CVD法)よりも物理蒸着法(PVD法)の方が低温で被膜の形成が可能である。そのため、DLC膜も、PVD法を用いて成膜されるのが望ましい。具体的には、電子ビームやレーザアブレーション等による真空蒸着、マグネトロンスパッタリング等のスパッタリング、イオンプレーティングなどが挙げられる。特に、アンバランスドマグネトロンスパッタリング法は、緻密で保護効果の高いDLC膜を形成することができる成膜方法であるため、本発明の高耐食性部材の製造方法として好適である。また、低温成膜が可能なCVD法であればDLC膜の成膜方法として用いることができる。たとえば、前述の熱陰極PIGプラズマCVD法であれば、基材の表面の温度が170〜300℃の範囲でDLC膜を成膜できるため望ましい。
【0035】
本発明の他の高耐食性部材の製造方法は、低温窒化処理工程と非晶質炭素膜成膜工程とからなる。
【0036】
低温窒化処理工程は、ステンレス鋼製の基材の表層部を基材の表面の温度を450℃以下にして窒化処理する工程である。低温窒化処理工程では、450℃以下の処理温度で基材を窒化処理すればよい。窒化処理される基材の表面の温度が450℃以下であれば、表層部も450℃以下に保たれる。
【0037】
窒化処理の方法としては、ガス窒化法、塩浴窒化法、イオン窒化法などがある。これらのうち、ガス窒化法は、アンモニアガス中で基材を500〜600℃に加熱して行われるため、本発明の高耐食性部材の製造方法には適さない。一方、塩浴窒化法は、シアン化合物を含む溶融塩に基材を浸漬させて行うため、溶融塩の種類によっては、基材の表層部の温度を450℃以下にして窒化処理をすることが可能である。また、イオン注入によるイオン窒化法は、窒素含有ガスがイオン化された窒素プラズマ中に基材を保持して行うため、450℃以下の低温での窒化が可能となるため望ましい。さらに、アンモニア水を用いた液体窒化法は、他の方法に比べ窒化速度が遅いものの、室温付近での処理も可能であるため望ましい。20〜80℃での液体窒化法は、ステンレス鋼に生じる内部応力が低減されるため、望ましい。窒化の処理温度としては、室温以上450℃以下さらには300℃以上450℃以下であるのが望ましい。300℃以上であれば、十分な深さの窒化層が短時間で形成される。
【0038】
非晶質炭素膜成膜工程は、窒化処理された表層部の表面の少なくとも一部に、基材の表面の温度を450℃以下にしてDLC膜を成膜する工程である。DLC膜を成膜する方法は、基材の表面すなわち窒化処理された表層部の表面の温度が450℃を超えないようにDLC膜を成膜できる方法であれば特に限定はない。また、DLC膜は、密着性の点から150℃以上で成膜されるのが好ましい。前述のように、一般的に、化学蒸着法(CVD法)よりも物理蒸着法(PVD法)の方が低温で被膜の形成が可能である。そのため、DLC膜も、PVD法を用いて成膜されるのが望ましい。具体的には、電子ビームやレーザアブレーション等による真空蒸着、マグネトロンスパッタリング等のスパッタリング、イオンプレーティングなどが挙げられる。特に、アンバランスドマグネトロンスパッタリング法は、緻密で保護効果の高いDLC膜を形成することができる成膜方法であるため、本発明の高耐食性部材の製造方法として好適である。また、低温成膜が可能なCVD法であればDLC膜の成膜方法として用いることができる。たとえば、前述の熱陰極PIGプラズマCVD法であれば、基材の表面の温度が170〜300℃の範囲でDLC膜を成膜できるため望ましい。
【0039】
以上、本発明の高耐食性部材およびその製造方法の実施形態を説明したが、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。本発明の要旨を逸脱しない範囲において、当業者が行い得る変更、改良等を施した種々の形態にて実施することができる。たとえば、基材の表面を粗面化する処理や基材の表面を清浄化する処理などを行ってもよい。
【実施例】
【0040】
次に、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。
【0041】
以下に説明する実施例および比較例では、ウォータポンプの軸受構造部における駆動軸を作製した。ウォータポンプの軸受構造部を図4に示す。
【0042】
ウォータポンプの軸受構造部は、ポンプ軸10(駆動軸)と、ポンプ軸10を回転可能に軸支する軸受メタル20および30と、を備える。
【0043】
ポンプ軸10は、出力側から順に、軸心方向に広がる円板状のフランジ部11、フランジ部11に隣接する第一大径部12、第一大径部12と間を隔てて位置する第二大径部13、をもつ。軸受メタル20および30は、ともに円筒形状であって、筒内には、ポンプ軸10の第一大径部12および第二大径部13がそれぞれ挿通される。この際、軸受メタル20の一方の端面21pは、フランジ部11の入力側に位置する平面11pに当接する。したがって、ポンプ軸10と軸受メタル20とで、ポンプ軸10の第一大径部12の外周面12pと軸受メタル20の内周面22pとが摺接するジャーナル軸受部21と、フランジ部11の平面11pと軸受メタル20の端面21pとが摺接するスラスト軸受部22と、が構成される。また、ポンプ軸10と軸受メタル30とで、ポンプ軸10の第二大径部13の外周面13pと軸受メタル30の内周面33pとが摺接するジャーナル軸受部31が構成される。
【0044】
ポンプ軸10は、ステンレス鋼(SUS304)製の基材に、基材の外周面に、以下に示す中間層または窒化層ならびにDLC膜を形成してなる。ポンプ軸10の基材の外周面の表面粗さは、Rz1.6μmであった。なお、軸受メタル20および30は、ステンレス鋼(SUS304)製の基材からなり、中間層、窒化層、DLC膜のいずれも形成しなかった。
【0045】
[実施例1]
本実施例では、以下の手順で、基材の外周面にチタン膜(中間層)およびDLC膜を形成して、図4に示すポンプ軸10を作製した。
【0046】
なお、チタン膜およびDLC膜の形成には、神港精機株式会社製PIG式プラズマCVD装置(APIG−1060D、以下「PIG」と略記)を用いた。PIG装置は、熱陰極フィラメントと陽極とからなるプラズマ源を有する。装置内に導入された原料ガスは、プラズマ源で生成されたプラズマにより分解され解離して、基材の表面に成膜される(熱陰極PIGプラズマCVD法)。また、このPIG装置には、直流電源に接続されたスパッタカソードが配されているため、直流スパッタリング法による成膜も可能である。基材の表面温度は、基材近傍に配置された熱電対により測定した。
【0047】
はじめに、PIG装置のチャンバー内に基材を配置し、チャンバー内を所定の圧力まで減圧した。次に、プラズマ源に電力を供給するとともにチャンバー内にアルゴンガスを導入し、チャンバー内にプラズマを形成した。この状態で、基材の表面をイオンボンバード処理(20分)した。
【0048】
イオンボンバード処理の後、Tiからなるターゲット材が載置されたスパッタカソードに直流電力を供給した。40分の成膜により、基材の外周面には、膜厚100nmのチタン膜が形成された。<工程I>
チタン膜が所望の膜厚に形成されたら、直流電力の供給を停止させた。その後、チャンバー内にテトラメチルシラン(TMS)ガスを導入した。導入されたTMSガスは、電力を供給されたプラズマ源で生成されたプラズマにより分解され解離して、70分の成膜により、基材の外周面にSiを含むDLC膜(DLC−Si膜:膜厚3000nm)が成膜された。<工程II>
なお、イオンボンバード処理の処理温度は300℃、工程Iおよび工程IIでの基材の表面の温度は200℃であった。
【0049】
[比較例1]
本比較例では、以下の手順で、基材を窒化処理した後、DLC膜を形成して、図4に示すポンプ軸10を作製した。
【0050】
なお、窒化処理およびDLC膜の形成には、株式会社CNK製直流プラズマCVD装置(JPC−3000S、以下「PCVD」と略記)を用いた。基材の表面温度は、放射温度計により測定した。
【0051】
はじめに、PCVD装置のチャンバー内に基材を配置し、チャンバー内を所定の圧力まで減圧した。その後、チャンバーの内側に設けた陽極板と基材との間に直流電圧を印加して、放電を開始した。そして、基材の表面が窒化処理温度(500℃)になるまで、イオン衝撃による昇温を行った。次に、チャンバー内に、窒素ガスおよび水素ガスを導入し、プラズマ窒化処理(60分)を行った。得られた基材の断面組織を観察したところ、窒化深さは約20μmであった。<工程I>
プラズマ窒化処理の終了後、窒素ガスの供給を停止し、チャンバー内にTMSガスおよび水素ガスを供給した。50分の成膜により、基材の外周面には、Siを含むDLC膜(DLC−Si膜:膜厚3000nm)が成膜された。<工程II>
[比較例2]
本比較例では、基材に中間層、DLC膜の形成、窒化処理を行わなかった。すなわち、駆動軸は、未処理の基材である。
【0052】
[評価]
実施例および比較例の駆動軸の耐食性を評価するために、腐食試験を行った。腐食試験は、作製したポンプ軸10(駆動軸)と軸受メタル20および30からなるウォータポンプの軸受構造部を80℃の水中に24時間放置し、その後の腐食の有無を目視で観察して行った。
【0053】
表1に、評価結果を示す。なお、表1において、「無」は腐食試験開始時と24時間後とで変化が見られなかったもの、「有」は24時間後の軸受構造部の表面および水の変色が確認されたものである。
【0054】
【表1】

【0055】
工程Iおよび工程IIにおいて処理温度が200℃であった実施例1の軸受構造部では、腐食が確認されなかった。また、未処理の軸受構造部(比較例2)においても同様に、腐食は確認されなかった。一方、工程Iおよび工程IIにおいて処理温度が500℃であった比較例の軸受構造部は、その表面に錆が確認されるとともに、水の色が変色した。すなわち、工程Iおよび工程IIにおいて処理温度を450℃以下とすることで、基材の耐食性が保たれることがわかった。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】本発明の高耐食性部材を模式的に示す断面図である。
【図2】本発明の高耐食性部材を模式的に示す断面図である。
【図3】表面を非晶質炭素膜で被覆した従来の被覆部材を模式的に示す断面図である。
【図4】ウォータポンプの軸受構造部を模式的に示す断面図である。
【符号の説明】
【0057】
10 :ポンプ軸(駆動軸)
20,30:軸受メタル(軸受)
21,31:ジャーナル軸受部
22 :スラスト軸受部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステンレス鋼製の基材と、該基材の表面の少なくとも一部に被覆された中間層と、該中間層の表面の少なくとも一部に被覆された非晶質炭素膜と、を備える高耐食性部材であって、
前記中間層および前記非晶質炭素膜は、前記基材の表面の温度が450℃以下の低温で形成されることを特徴とする高耐食性部材。
【請求項2】
表層部が窒化処理されたステンレス鋼製の基材と、該表層部の表面の少なくとも一部に被覆された非晶質炭素膜と、を備える高耐食性部材であって、
前記窒化処理および前記非晶質炭素膜の形成は、前記基材の表面の温度が450℃以下の低温で行われることを特徴とする高耐食性部材。
【請求項3】
水を含む液体の存在下において使用され、前記非晶質炭素膜の表面が相手材と摺接する摺動部品である請求項1または2記載の高耐食性部材。
【請求項4】
前記液体は、水で希釈されたクーラントである請求項3記載の高耐食性部材。
【請求項5】
前記摺動部品は、駆動軸および/または軸受である請求項3記載の高耐食性部材。
【請求項6】
前記駆動軸および前記軸受は、前記液体を輸送するウォータポンプの軸受構造部である請求項5記載の高耐食性部材。
【請求項7】
前記中間層は、クロム(Cr)膜、チタン(Ti)膜、ケイ素(Si)膜、タングステン(W)膜またはCr、Ti、SiおよびWのうちの少なくとも1種を含む炭化物膜、窒化物膜または炭窒化物膜である請求項1記載の高耐食性部材。
【請求項8】
ステンレス鋼製の基材の表面の少なくとも一部に、該基材の表面の温度を450℃以下にして中間層を形成する中間層形成工程と、
前記中間層の表面の少なくとも一部に、前記基材の表面の温度を450℃以下にして非晶質炭素膜を成膜する非晶質炭素膜成膜工程と、
からなることを特徴とする高耐食性部材の製造方法。
【請求項9】
ステンレス鋼製の基材の表層部を該基材の表面の温度を450℃以下にして窒化処理する低温窒化処理工程と、
窒化処理された前記表層部の表面の少なくとも一部に、前記基材の表面の温度を450℃以下にして非晶質炭素膜を成膜する非晶質炭素膜成膜工程と、
からなることを特徴とする高耐食性部材の製造方法。
【請求項10】
前記中間層形成工程は、物理蒸着法により前記中間層を形成する工程である請求項8記載の高耐食性部材の製造方法。
【請求項11】
前記低温窒化処理工程は、イオン注入によるイオン窒化法またはアンモニア水を用いた液体窒化法により窒化処理を行う工程である請求項9記載の高耐食性部材の製造方法。
【請求項12】
前記非晶質炭素膜成膜工程は、物理蒸着法により前記非晶質炭素膜を成膜する工程である請求項8または9記載の高耐食性部材の製造方法。
【請求項13】
前記高耐食性部材は、水を含む液体の存在下において使用され、前記非晶質炭素膜の表面が相手材と摺接する摺動部品である請求項8または9記載の高耐食性部材の製造方法。
【請求項14】
前記液体は、水で希釈されたクーラントである請求項13記載の高耐食性部材の製造方法。
【請求項15】
前記摺動部品は、駆動軸および/または軸受である請求項13記載の高耐食性部材の製造方法。
【請求項16】
前記駆動軸および前記軸受は、前記液体を輸送するウォータポンプの軸受構造部である請求項15記載の高耐食性部材の製造方法。
【請求項17】
前記中間層は、クロム(Cr)膜、チタン(Ti)膜、ケイ素(Si)膜、タングステン(W)膜またはCr、Ti、SiおよびWのうちの少なくとも1種を含む炭化物膜、窒化物膜または炭窒化物膜である請求項8記載の高耐食性部材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−163430(P2008−163430A)
【公開日】平成20年7月17日(2008.7.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−356507(P2006−356507)
【出願日】平成18年12月28日(2006.12.28)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【出願人】(591139574)株式会社CNK (25)
【Fターム(参考)】