説明

III族窒化物結晶の形成方法、積層体、およびエピタキシャル基板

【課題】従来よりも結晶品質の優れたIII族窒化物結晶およびその形成方法を提供する。
【解決手段】III族窒化物結晶の形成方法が、所定の基材の上に全III族元素におけるAlの割合が80モル%以上である第1のIII族窒化物からなる下地層2をエピタキシャル形成する下地層形成工程と、下地層2を基材ともども下地層2の形成温度よりも高くかつ1250℃以上の加熱温度で加熱する熱処理により下地層2の表面形状を変換する表面形状変換工程と、表面形状変換工程を経た下地層2の上に第2のIII族窒化物からなる結晶層4をエピタキシャル形成する結晶層形成工程と、を備える。このような界面構造のもとでは、成長下地層2に元から存在する転位、あるいは界面で新たに発生した転位dが内部を貫通し、島状結晶2Iの側面2Sにまで達していたとしても、空隙5の存在ために該転位dはその場所が終端tとなり、結晶層4へは伝搬しない。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、III族窒化物結晶の結晶品質を改善する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
III族窒化物結晶は、フォトニックデバイス及び電子デバイスなどの半導体素子を構成する材料として用いられており、近年においては、携帯電話などに用いられる高速ICチップなどを構成する半導体材料としても注目を浴びている。特に、AlN膜はフィールドエミッタへの応用材料として注目されている。
【0003】
こうしたデバイス応用のためには、III族窒化物結晶は自立した状態で供されることが理想的である。しかし、現状のところ、結晶品質や製造コストなどの問題から、所定の単結晶基材の上にIII族窒化物結晶をエピタキシャル形成した、いわゆるエピタキシャル基板として供給される態様が、一般的である。その形成方法としては、一般にMOCVD法(有機金属化学的気相成長法)、MBE法(分子線エピタキシー法)といった薄膜形成方法が用いられる。
【0004】
そして、エピタキシャル基板を機能デバイスとして作用させる際、該機能デバイスの性能を向上させるためには、その結晶品質をできるだけ改善し、特に転位密度を低減する必要がある。例えば、機能デバイスに用いられる場合には、通常はエピタキシャル基板の上方に単結晶層が形成されるが、係る単結晶層が良好な結晶品質を有するためには、エピタキシャル基板を構成するIII族窒化物結晶の表面の転位密度が少ないことが必要である。転位密度を小さくすることにより、例えば、発光デバイスであれば発光効率の向上が、受光デバイスであれば暗電流の低減を、さらには、電子デバイスであれば移動度の向上を見込むことができる。
【0005】
ただし、このようなエピタキシャル基板においては、基材とIII族窒化物結晶との間の格子ミスマッチに起因して両者の界面において転位が発生し、これが表面にまで貫通するために、得られているIII族窒化物結晶の結晶品質は必ずしも十分ではない。機能デバイスとして応用するためには、係る結晶品質の改善が求められており、これまで種々の方法が提案されている。
【0006】
特に、短波長の受発光素子を実現しようとする場合、転位密度の少ないAlを含むIII族窒化物膜を形成することが重要となる。これに関連して、Alを少なくとも含むIII族窒化物膜及びAlNを、高温で成長させ下地層とする方法がある(例えば、特許文献1参照)。特許文献1にはさらに、バッファ層を高温にてアニールすることによって、ひずみを除去する技術も併せて開示されている。
【0007】
また、高温で成長したAlを少なくとも含むIII族窒化物膜を凹凸状に成長したものを下地層として形成する方法も提案されている(例えば、特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平9―64477号公報
【特許文献2】特開2002−222771号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1に開示された技術は、Alを含むIII族窒化物膜を形成することはできるが、転位密度を十分に低減させるものではなかった。また、特許文献2に開示された技術によっても、Alを含むIII族窒化物膜を形成することはできるが、該技術を用いたとしても、下地層内の転位密度を十分に下げるまでには至らず、さらなる転位密度の低減が望まれていた。
【0010】
本発明は上記課題に鑑みてなされたものであり、従来よりも結晶品質の優れたIII族窒化物結晶およびその形成方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するため、請求項1の発明は、III族窒化物結晶の形成方法であって、所定の基材の上に全III族元素におけるAlの割合が80モル%以上である第1のIII族窒化物からなる下地層をエピタキシャル形成する下地層形成工程と、前記下地層を前記基材ともども前記下地層の形成温度よりも高くかつ1250℃以上の加熱温度で加熱する熱処理により前記下地層の表面形状を変換する表面形状変換工程と、前記表面形状変換工程を経た前記下地層の上に第2のIII族窒化物からなる結晶層をエピタキシャル形成する結晶層形成工程と、を備えることを特徴とする。
【0012】
請求項2の発明は、請求項1に記載のIII族窒化物結晶の形成方法であって、前記第1のIII族窒化物がAlNである、ことを特徴とする。
【0013】
請求項3の発明は、請求項1または請求項2に記載のIII族窒化物結晶の形成方法であって、前記下地層を1100℃以上の形成温度でエピタキシャル形成することを特徴とする。
【0014】
請求項4の発明は、請求項1ないし請求項3のいずれかに記載のIII族窒化物結晶の形成方法であって、表面形状変換工程が、前記下地層の表面に島状結晶によるランダムな三次元的凹凸を形成する工程であることを特徴とする。
【0015】
請求項5の発明は、請求項1ないし請求項4のいずれかに記載のIII族窒化物結晶の形成方法であって、前記結晶層のエピタキシャル形成後、前記結晶層と前記下地層との界面に前記表面形状に起因する空隙が離散的に存在する、ことを特徴とする。
【0016】
請求項6の発明は、請求項1ないし請求項5のいずれかに記載のIII族窒化物結晶の形成方法であって、前記第2のIII族窒化物結晶の面内格子定数よりも小さい面内格子定数を有する前記第1のIII族窒化物により前記下地層を形成する、ことを特徴とする。
【0017】
請求項7の発明は、積層体が、請求項1ないし請求項6のいずれかに記載のIII族窒化物結晶の形成方法により形成された、前記基材と、前記下地層と、前記結晶層とからなる。
【0018】
請求項8の発明は、エピタキシャル基板が、請求項1ないし請求項6のいずれかに記載のIII族窒化物結晶の形成方法により形成された、前記基材と、前記下地層と、前記結晶層とからなる。
【発明の効果】
【0019】
請求項1ないし請求項8の発明によれば、下地層において刃状転位を効果的に消失させることが出来るので、該下地層の上に、広い組成範囲でクラックを発生させることなく転位密度が低減された結晶品質のよいIII族窒化物からなる結晶層を形成することができ、該結晶層を具備する積層体あるいはエピタキシャル基板を提供することが出来る。
【0020】
また、請求項5の発明によれば、界面における空隙の存在により結晶層への転位の伝搬が抑制されるので、転位密度が低減された結晶品質のよいIII族窒化物からなる結晶層を形成することができ、該結晶層を具備する積層体あるいはエピタキシャル基板を提供することが出来る。
【0021】
また、請求項6の発明によれば、結晶層におけるクラック発生を効果的に抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本実施の形態に係るIII族窒化物結晶よりなる結晶層4を含む積層体10の概略的な断面模式図である。
【図2】下地基板3に対して熱処理を行う前の成長下地層2の表面についてのAFM(原子間力顕微鏡)像を例示的に示す図である。
【図3】下地基板3に対して熱処理を行った後の成長下地層2の表面についてのAFM(原子間力顕微鏡)像を例示的に示す図である。
【図4】成長下地層2と結晶層4との界面近傍の様子を、模式的に示す図である。
【図5】実施例および比較例の熱処理条件、および得られた成長下地層および結晶層の結晶品質を示す諸数値を、一覧にして示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
図1は、本実施の形態に係るIII族窒化物結晶よりなる結晶層4を含む積層体10の概略的な断面模式図である。積層体10は、基材1の上に成長下地層2をエピタキシャル形成してなるいわゆるエピタキシャル基板である下地基板3の上に、さらに結晶層4をエピタキシャル形成してなるものである。なお、図示の都合上、図1の図面における各層の厚みの比率および縦横の比率は、実際の比率を反映したものではない。また、図1においては、成長下地層2と結晶層4との界面は直線的に表されているが、後述するように、実際にはこの限りではない。
【0024】
基材1は、その上に形成する成長下地層2の組成や構造、あるいはさらにその上に形成される層を含む各層の形成手法に応じて適宜に選択される。例えば、SiC(炭化ケイ素)やサファイアなどの基板を用いる。あるいは、ZnO、LiAlO2、LiGaO2、MgAl24、(LaSr)(AlTa)O3、NdGaO3、MgOといった各種酸化物材料、Si、Geといった各種IV族単結晶、SiGeといった各種IV−IV族化合物、GaAs、AlN、GaN、AlGaNといった各種III−V族化合物およびZrB2といった各種ホウ化物の単結晶から適宜選択して用いてもよい。このうち、(0001)面を主面とするIII族窒化物結晶を成長下地層2として得る場合には、例えば(0001)面SiCあるいは(11−20)面及び(0001)面サファイアを基材1として用いることができる。また、(11−20)面を主面とするIII族窒化物結晶を成長下地層2として得る場合には、例えば(11−20)面SiCあるいは(10−12)面サファイアを基材1として用いることができる。基材1の厚みには特段の材質上の制限はないが、取り扱いの便宜上、数百μm〜数mmの厚みのものが好適である。
【0025】
紫外域での光デバイス用途の場合には、動作波長の光に対し透明な材料を基材1に用いることが望ましく、また、III族窒化物の結晶構造との相性も鑑みると、基材1としてはサファイアが最も好適である。また、高出力の光デバイスや、放熱性が必要な電子デバイスなどを用途とする場合には、高い熱伝導率を持つSiCが最も好適である。
【0026】
成長下地層2は、基材1の上に形成されてなる。成長下地層2は、例えばMOCVD法、MBE法、HVPE法(ハイドライドを用いた気相エピタキシャル成長法)、スパッタ法などの公知の成膜手法によって形成された、第1のIII族窒化物結晶からなるエピタキシャル膜である。MOCVD法には、PALE法(パルス原子層エピタキシ法;Pulsed Atomic Layer Epitaxy)、プラズマアシスト法やレーザーアシスト法などが併用できる。MBE法に関しても、同様の技術を併用可能である。MOCVD法あるいはMBE法といった成長方法は、製造条件を高精度に制御することができるので、高品質な結晶を成長させることに適している。一方、HVPE法は、原料を一時に多量に供給できるため、短時間で厚膜を成長させることに適している。成長下地層2を形成する際に、これらの方法を組み合わせて形成することも可能である。例えばMOCVD法を用いる場合、基材1の温度を1250℃以下とすることで成長下地層2を形成することができる。
【0027】
なお、本実施の形態において、III族窒化物結晶とは、BxAlyGazIn1-x-y-zN(x,y,z≧0)の組成で表され、ウルツ鉱構造あるいは閃亜鉛鉱構造を有する結晶をいう。第1のIII族窒化物は、好ましくは、全III族元素におけるAlの割合が80モル%以上(y≧0.8)であり、なかでもAlN(y=1.0)がより好ましい。AlNであれば、組成揺らぎ等のばらつきの問題は無くなることから、品質管理上はAlNにて成長下地層2を形成するのが最も望ましい。なお、y≧0.8なるIII族窒化物にて成長下地層2を形成した場合であっても、結晶層4の結晶品質については、AlNにて形成した場合と概ね同等であることが確認されている。
【0028】
また、結晶層4におけるクラックの抑制という観点からは、第1のIII族窒化物における、エピタキシャル成長方向に垂直な面内における格子定数が、後述する結晶層4を構成する第2のIII族窒化物の格子定数よりも小さい方が好ましい。例えば、x=0のIII族窒化物にて成長下地層2と結晶層4とを形成する場合であれば、yの値が大きいほど、つまりはAlリッチであるほど格子定数は小さくなるので、成長下地層2を形成する第1のIII族窒化物の組成を結晶層4を形成する第2のIII族窒化物よりもAlリッチにすることで、結晶層4におけるクラックの発生が抑制される。また、成長下地層2がAlリッチであるほど、結晶層4が取りうる組成範囲が広くなる。
【0029】
ただし、第1のIII族窒化物の方が格子定数が大きい場合であっても、その差が小さい場合は、こうしたクラックの発生する臨界膜厚は比較的大きいと考えられる。従って、実際には、クラックを発生させることなくデバイスに利用出来る程度の膜厚の結晶層4を形成することは可能である。
【0030】
なお、(0001)面を主面とするAlNエピタキシャル膜を成長下地層2として形成するには、形成速度がせいぜい数μm/hr程度であるMOCVD法あるいはMBE法が、その手法として好適であるといえる。特に、上記のような成長下地層2を、トリメチルアルミニウムとアンモニアを用いてMOCVD法によって形成する場合、基板自体の温度を1100℃以上とすることが望ましい。次述する熱処理前の成長下地層2のらせん転位を効率的に抑制することができ、さらには、形成速度を低く抑え基板自体の温度を上げることにより、より平衡状態に近くすることができるからである。また、形成時圧力を1Torr以上の減圧雰囲気、好ましくは100Torr以下、さらに好ましくは20Torr以下とし、トリメチルアルミニウムとアンモニアの供給比を1:500以下、より好ましくは1:200以下とするのが望ましい。気相中での、原料の反応を効率的に抑制できるからである。
【0031】
本実施の形態においては、積層体10の形成に際し、成長下地層2を含む下地基板3を、所定の処理装置によって少なくとも1250℃以上の温度で、好ましくは1400℃以上の温度で、より好ましくは1500℃以上の温度で所定の時間だけ加熱する熱処理を行った後に、次述する結晶層4の形成を行っている。ここで、1250℃以上とするのは、成長下地層2を形成する際の基材1の加熱温度よりも大きい温度域で熱処理を行うことで、少なくとも転位の低減という効果が得られるからである。MOCVD法などの成膜手法は、一般に非平衡反応によって成膜を行う手法であるので、基材1上にエピタキシャル膜には、熱平衡状態において存在する数よりも多くの結晶欠陥(転位など)が、いわば凍結されたような状態で存在していると考えられるが、1250℃以上に加熱することで、熱平衡状態に近づき、転位が低減されるものと推察される。熱処理温度を1400℃以上とするのは、後述する合体消失による転位低減の効果を顕著に得ることが出来る温度域で熱処理を行う、ということを意味している。さらに、1500℃以上とするのは、係る熱処理の効果をより短時間で得られる、ということを意味している。
【0032】
また、係る熱処理は、成長下地層2の形成と連続して、同じ処理装置で行っても良いし、それぞれの処理を別の処理装置で行うことも可能である。後者の場合、成膜処理と加熱処理とを、それぞれの処理に好適な別個の装置で行うことが出来る、というメリットがある。
【0033】
熱処理中の雰囲気に関しては、III族窒化物の分解を防ぐためにも窒素元素を含有する雰囲気であるのが望ましい。例えば、窒素ガス、アンモニアガスを含む雰囲気を用いることができる。熱処理時の圧力条件に関しては、減圧から加圧までどの圧力で行っても結晶品質が改善されることが、確認されている。
【0034】
熱処理に用いる処理装置の内部には、水素成分、酸素成分、炭素成分などといったガス中の不純物を制御するための部材が配置されていてもよい。また、エピタキシャル基板3を固定するための治具に本機能を持たせることもできる。
【0035】
熱処理は上述したように高温で実施されるため、基材1の融点を超えない温度範囲で、あるいは、基材1と成長下地層2との反応生成物の生成が顕著に起こらない温度範囲つまりは過度な反応による成長下地層2の結晶品質の劣化が生じない温度範囲で行うことが望ましい。
【0036】
ただし、熱処理により基材1と成長下地層2との界面において全体的にあるいは局所的に極薄の反応生成物が生成されることは、本発明からは除外されない。転位の低減等のためのバッファ層的な役割を果たすなど、こうした極薄の反応生成物が存在した方がむしろ好ましい場合もある。係る観点からは、融点の高いサファイア、MgO、SiCが、基材1の材料として望ましい。
【0037】
加熱に対する結晶構造の安定性という点に鑑みれば、成長下地層2は、ウルツ鉱構造のIII族窒化物結晶によって形成されることが好ましい。
【0038】
また、成長下地層2を構成する第1のIII族窒化物結晶におけるAlの組成比率が大きいほど、熱処理による転位の低減の効果が高く、AlNの場合にその効果が最も顕著である。Alを多く含むIII族窒化物は、同じくIII族窒化物であるGaN、InNなどと比較して融点が高く、熱分解による結晶品質劣化が起こりにくいため、高温での転位の低減の効果を最も有効に活用できることがその理由である。
【0039】
図2および図3は、それぞれ、係る熱処理の前後における成長下地層2の表面についてのAFM(原子間力顕微鏡)像を例示的に示す図である。この例は、(0001)面サファイアを基材1として用い、AlNにより成長下地層2を形成した下地基板3について、1650℃で5分間熱処理したときのものである。
【0040】
図2および図3から分かるように、熱処理前の成長下地層2の表面は、略平坦な面内に微小なピットが多数、散在する形状を有している。AFMにより計測したこの場合の5μm□領域の表面粗さ(平均粗さ)raは1〜5nm以下である。一方、熱処理後は、多数の微細な島状結晶によりランダムかつ三次元的な凹凸が形成されてなる。ただし、凸部の島状結晶は概ね同じ高さに存在しているように観察される。このような三次元的凹凸形状は、テクスチャー構造とも称される。個々の島状結晶の図面に平行な面内方向のサイズは、おおよそ数十nm程度である。ただし、表面粗さraは1〜5nm以下で、熱処理前と同程度である。すなわち、上述の熱処理は、成長下地層2の表面において平均粗さを同等に保ちつつ微小な凹凸変化を高頻度化させる凹凸化促進処理、あるいは形状変換処理であるともいえる。なお、熱処理時間を長くした場合、成長下地層2の表面におけるこのような凹凸は解消され、その表面は連続的で平坦なものとなってしまうため、熱処理時間は、凹凸形状が損なわれることのないように適宜に設定する必要がある。
【0041】
一般にIII族窒化物結晶においては、らせん転位および刃状転位という二種類の転位が存在しうるが、エピタキシャル形成された熱処理前の成長下地層2においては、主として基材1との界面から表面に向けての刃状転位が貫通する。ところが、上述のような熱処理を行うことによって成長下地層2の表面に三次元的な凹凸構造が形成されるのに伴い、原子拡散が促進され、転位が移動する。その結果、逆方向のバーカーズベクトルを持つ転位の合体消失が促されることになる。具体的に言えば、熱処理前の成長下地層2は、通常は5×1010/cm2程度ないしはそれ以上の転位を含んでいるが、熱処理によって、5×109/cm2程度にまで低減される。なお、熱処理前における、X線ロッキングカーブの(0002)面の半値幅は90秒、(10−12)面の半値幅は2000秒程度である。一方、熱処理後はそれぞれ120秒、800秒程度である。
【0042】
特にAlNによって成長下地層2を形成する場合、上記の転位低減効果は成長下地層2の表面部分のみで見出されるものではなく、基材1と成長下地層2と界面の近傍0.01μm程度の範囲においても、表面部分と同程度に見出される。これは、熱処理することにより、基板との界面近傍においても複数の刃状転位の合体消失が起こっていることによる。
【0043】
ただし、上述のような熱処理を行った上で結晶層4を形成することの目的は、係る刃状転位の合体消失を生じさせることのみではない。これについて後述する。
【0044】
なお、成長下地層2の厚みは、上述のような島状結晶によるランダムかつ3次元的な凹凸が熱処理後に形成されるのであれば、特に限定されない。例えば、数nm〜数μm程度の膜厚が想定される。ただし、作製効率の観点からは、成長下地層2の厚みは薄ければ薄いほど望ましく、基材1上に、成長初期に自発的に形成される三次元核を活用することができるという観点からは、0.5μm以下の厚みが望ましい。成長下地層2の膜厚が厚い場合は、三次元核の横方向成長により連続膜となってしまい、三次元的な凹凸を形成出来ない場合がある。また、成長下地層2は、アモルファス状に成長したいわゆる低温バッファ層よりも、1000℃以上で成長されている層であることが望ましい。なお、結晶品質及び凹凸形状に本質的に影響を与えない程度の極薄の低温バッファ層を挿入することは可能である。
【0045】
一方、上述したような転位の低減状態を鑑みるに、成長下地層2をAlNによって形成する場合は、成長下地層2の厚みは、刃状転位の合体消失がほぼ終わる膜厚である5nm以上であることが必要である。
【0046】
また、成長下地層2の組成は平均組成を示しており、必ずしも組成を全て均一である必要はなく、例えば、傾斜組成にしたり、異なる組成の応力緩和層を挿入したりすることも可能である。
【0047】
さらに、成長下地層2の内部には、成長下地層2を形成する際に不可避的に含まれてしまうH、C、O、Si、遷移金属等の不純物が存在する場合もあるし、導電率制御のために意図的に導入される、Si、Ge、Be、Mg、Zn、Cdといった不純物を含むこともできる。
【0048】
結晶層4は、既述したような熱処理後の下地基板3の上に、具体的には成長下地層2の上に形成されてなる。結晶層4は、上述の成長下地層2と同様の成膜手法により形成された、第2のIII族窒化物からなるエピタキシャル膜である。なお、結晶層4の厚みは、特に限定されるものではなく、最終的に利用されるデバイス構造あるいは使用形態に最適な膜厚を選択する。例えば、数nm〜数mm程度の膜厚が想定される。
【0049】
また、結晶層4は、第2のIII族窒化物の格子定数が上述のような条件を満たすように形成されることが好ましい。また、結晶層4の組成は、平均組成を示しており、必ずしも組成を全て均一である必要はなく、例えば、傾斜組成にしたり、異なる組成の応力緩和層を挿入したりすることも可能である。例えばMOCVD法を用いる場合、下地基板3の温度を(基材1の温度を)1250℃以下とすることで結晶層4を形成することができる。
【0050】
図4は、成長下地層2と結晶層4との界面近傍の様子を、模式的に示す図である。両層の界面においては、図4に例示するように、島状結晶2Iと島状結晶2Iの間の谷の部分(成長下地層2の表面の凹部)に微細な空隙5が確認される。このような空隙5は、該界面において離散的に数多く存在する。このような空隙5が存在するのは、上述のような微細な凹凸形状を有する成長下地層2の上に結晶層4をエピタキシャル形成する際に、第2のIII族窒化物が成長下地層2の表面の凹部に必ずしも隙間なく入り込んではいないことに起因するものと推察される。
【0051】
このような界面構造のもとでは、成長下地層2に元から存在する転位、あるいは界面で新たに発生した転位dが内部を貫通し、島状結晶2Iの側面2Sにまで達していたとしても、空隙5の存在ために該転位dはその場所が終端tとなり、結晶層4へは伝搬しないことになる。界面には多数の空隙5が存在することから、成長下地層2における貫通転位の多くは、同様に空隙5に達したところが終端となるものと推察される。例えば、図3に例示した成長下地層2の上に、Al0.5Ga0.5Nにより結晶層4を2μmの厚みに形成した場合の結晶層4の転位密度は、1×109/cm2程度であり、熱処理後の成長下地層2の転位密度よりも著しく小さい値が得られている。これはすなわち、空隙5の存在が、成長下地層2から結晶層4への転位の伝搬を抑止していることを意味している。
【0052】
もちろん、成長下地層2の転位密度は熱処理によって低減されていることから、熱処理を行わない場合と比較すれば、空隙5が存在しない部分、つまりは成長下地層2と結晶層4とが接している箇所における転位の伝搬そのものも抑制されていることになる。このことも、結晶層4の転位密度の低減に相乗的に寄与しているものといえる。
【0053】
なお、X線ロッキングカーブの(0002)面の半値幅は200秒、(10−12)面の半値幅は500秒程度であり、結晶層4はその結晶性も良好であるといえる。
【0054】
すなわち、このように転位密度が小さく結晶品質のよい結晶層4の形成は、上述のような表面凹凸を有する成長下地層2の上に、界面部分に空隙を介在させつつ該結晶層4を形成することにより実現されてなるものである。
【0055】
換言すれば、下地基板3の上に結晶層4を形成する際に、下地基板3との界面に多数の微細な空隙5を介在させることで、下地基板3からの転位の伝搬を抑制でき、良好な結晶品質の結晶層4を得ることが出来る。
【0056】
また、結晶層4の形成に先立って下地基板3の熱処理を行うことは、多数の空隙5が成長下地層2と結晶層4との界面に介在する状態を意図的に作り出すことを主たる目的とするものである、ということができる。なお、該熱処理を行ったのと同様の凹凸形状を、成長下地層2の表面に形成することが出来るのであれば、そのような形状変換処理手法を用いることを除外するものではない。
【0057】
以上、説明したように、本実施の形態によれば、島状結晶による微細な凹凸形状を有する下地基板の上にエピタキシャル形成することにより、結晶品質の良好なIII族窒化物による結晶層の形成を実現することができ、しかも、係る凹凸形状を有する下地基板は、所定の基材にIII族窒化物結晶をエピタキシャル形成してなるいわゆるエピタキシャル基板に対して所定の熱処理を行うだけで容易に用意することが出来る。
【0058】
すなわち、簡単な熱処理を行うだけで、いわゆるエピタキシャル基板上に結晶品質のよいIII族窒化物結晶を得ることができる。また、上述のように結晶品質のよいIII族窒化物結晶による結晶層を下地基板上に形成した積層体そのものを、エピタキシャル基板として供することも出来る。
【実施例】
【0059】
図5は、以下に示す実施例および比較例の熱処理条件および得られた成長下地層および結晶層の結晶品質を示す諸数値を、一覧にして示す図である。
【0060】
(実施例)
本実施例においては、(0001)面サファイアを基材1とし、MOCVD法によって、1200℃、10Torrで、成長下地層2として、(0001)面を主面とするAlN層を0.2μmの厚みにエピタキシャル形成することにより、いわゆるエピタキシャル基板である下地基板3を得た。なお、その際には、AlN層の形成に先立ち、AlN層の結晶品質を高める目的で、基材1の表面を窒化処理して表面窒化層を形成している。形成したAlN層の結晶性を評価したところ、X線ロッキングカーブの(0002)面の半値幅が90秒、(10−12)面の半値幅が2000秒であった。転位密度は、5×1010/cm2であった。なお、X線ロッキングカーブ測定は、オープンスリットを用い、ωスキャン法により行った。(0002)面を対象とする測定は、AlNのc軸方向からの結晶ゆらぎの傾き成分の評価を、(10−12)面を対象とする測定は、AlNのc軸を中心とした結晶揺らぎの主に回転成分の評価を行うためのものである。図2は、このようにして得られた下地基板3のAFM像である。図2からは、下地基板3(成長下地層2としてのAlN層)の表面は、略平坦な面内に微小なピットが多数、散在する形状を有していることが分かる。AFMにより計測された5μm□の表面粗さ(ra)は1〜5nm以下であった。
【0061】
次に、このようにして得られた下地基板3を、所定の熱処理炉の反応室内の所定位置に配置し、1気圧に保持しつつ窒素ガスを供給し、1650℃で10分間(熱処理条件1)あるいは1550℃で10時間(熱処理条件2)あるいは1450℃で20時間(熱処理条件3)加熱することにより、熱処理を行った。熱処理後のAlN層の結晶性を熱処理前と同様に評価したところ、X線ロッキングカーブの(0002)面の半値幅が熱処理条件1、2、3共に120秒、(10−12)面の半値幅が熱処理条件1、2では800秒、熱処理条件3では1100秒であった。転位密度は、熱処理条件1、2では、5×109/cm2、熱処理条件3では1×1010/cm2であった。図3は、熱処理条件1による熱処理後の下地基板3のAFM像である。図3からは、下地基板3(成長下地層2としてのAlN層)の表面に、多数の微細な島状結晶によりランダムかつ3次元的な凹凸が形成されてなることが分かる。個々の島状結晶の面内サイズは、おおよそ数十nm程度である。ただし、表面粗さraは1〜5nm以下で、熱処理前と同程度である。
【0062】
次に、これらの熱処理後の下地基板3の上にそれぞれ、MOCVD法によって、1150℃ 50Torrで、結晶層4としてAl0.5Ga0.5N層を2μmの厚みに形成することにより、熱処理条件に対応した3種類の積層体10を得た。Al0.5Ga0.5N層の結晶性を評価したところ、熱処理条件1、2の場合はX線ロッキングカーブの(0002)面の半値幅が200秒、(10−12)面の半値幅が400秒であり、転位密度は、1×109/cm2であった。また、熱処理条件3の場合はX線ロッキングカーブの(0002)面の半値幅が200秒、(10−12)面の半値幅が700秒であり、転位密度は、熱処理条件3で4×109/cm2であった。また、結晶層4の形成後、それぞれの積層体10の断面を観察すると、いずれの積層体10においても、成長下地層2と結晶層4との界面近傍には多数の微細な空隙5が確認された。
【0063】
(比較例1)
本比較例においては、熱処理を加えない以外は、実施例1と同様にAl0.5Ga0.5N層を形成した。得られたAl0.5Ga0.5N層の結晶性を評価したところ、X線ロッキングカーブの(0002)面の半値幅が150秒、(10−12)面の半値幅が1100秒であった。転位密度は、1×1010/cm2であった。
【0064】
(比較例2)
本比較例においては、熱処理時間を2時間とした以外は、実施例1の熱処理条件1と同様にAl0.5Ga0.5N層を形成した。熱処理後のAlN層の結晶性を熱処理前と同様に評価したところ、X線ロッキングカーブの(0002)面の半値幅が150秒、(10−12)面の半値幅が750秒であり、転位密度は、5×109/cm2であった。AFMにより計測された、熱処理後のAlN層の表面における5μm□の表面粗さ(ra)は0.3nm以下であり、AFM像においては、原子レベルのステップが明瞭に観察された。すなわち、本比較例における熱処理後のAlN層の表面は、実施例とは異なり、原子レベルで平坦であった。
【0065】
さらに、Al0.5Ga0.5N層の結晶性を評価したところ、X線ロッキングカーブの(0002)面の半値幅が200秒、(10−12)面の半値幅が700秒であった。転位密度は、4×109/cm2であった。また、結晶層4の形成後、積層体10の断面を観察すると、成長下地層2と結晶層4との界面近傍には、空隙5は確認されなかった。
【0066】
実施例と比較例1とを対比すると、前者におけるAl0.5Ga0.5N層の転位密度が後者における転位密度よりも小さくなっている。すなわち、実施例において行った熱処理が、結晶層の転位密度の低下に寄与していることが分かる。
【0067】
また、実施例の熱処理条件1の場合と比較例2を比較すると、空隙が確認された前者におけるAl0.5Ga0.5N層の転位密度が、空隙が確認されない後者における転位密度よりも小さくなっている。すなわち、熱処理によって成長下地層の表年の凹凸を高頻度化し、その後に形成された結晶層との界面に多数の空隙が存在するようにしたことが、結晶層における転位密度の低減に寄与していることが分かる。
【符号の説明】
【0068】
1 基材
2 成長下地層
2I 島状結晶
2S 島状結晶の側面
3 下地基板
4 結晶層
10 積層体
d 転位
t 転位の終端

【特許請求の範囲】
【請求項1】
III族窒化物結晶の形成方法であって、
所定の基材の上に全III族元素におけるAlの割合が80モル%以上である第1のIII族窒化物からなる下地層をエピタキシャル形成する下地層形成工程と、
前記下地層を前記基材ともども前記下地層の形成温度よりも高くかつ1250℃以上の加熱温度で加熱する熱処理により前記下地層の表面形状を変換する表面形状変換工程と、
前記表面形状変換工程を経た前記下地層の上に第2のIII族窒化物からなる結晶層をエピタキシャル形成する結晶層形成工程と、
を備えることを特徴とするIII族窒化物結晶の形成方法。
【請求項2】
請求項1に記載のIII族窒化物結晶の形成方法であって、
前記第1のIII族窒化物がAlNである、
ことを特徴とするIII族窒化物結晶の形成方法。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載のIII族窒化物結晶の形成方法であって、
前記下地層を1100℃以上の形成温度でエピタキシャル形成することを特徴とするIII族窒化物結晶の形成方法。
【請求項4】
請求項1ないし請求項3のいずれかに記載のIII族窒化物結晶の形成方法であって、
表面形状変換工程が、前記下地層の表面に島状結晶によるランダムな三次元的凹凸を形成する工程であることを特徴とするIII族窒化物結晶の形成方法。
【請求項5】
請求項1ないし請求項4のいずれかに記載のIII族窒化物結晶の形成方法であって、
前記結晶層のエピタキシャル形成後、前記結晶層と前記下地層との界面に前記表面形状に起因する空隙が離散的に存在する、
ことを特徴とするIII族窒化物結晶の形成方法。
【請求項6】
請求項1ないし請求項5のいずれかに記載のIII族窒化物結晶の形成方法であって、
前記第2のIII族窒化物結晶の面内格子定数よりも小さい面内格子定数を有する前記第1のIII族窒化物により前記下地層を形成する、
ことを特徴とするIII族窒化物結晶の形成方法。
【請求項7】
請求項1ないし請求項6のいずれかに記載のIII族窒化物結晶の形成方法により形成された、前記基材と、前記下地層と、前記結晶層とからなる積層体。
【請求項8】
請求項1ないし請求項6のいずれかに記載のIII族窒化物結晶の形成方法により形成された、前記基材と、前記下地層と、前記結晶層とからなるエピタキシャル基板。

【図1】
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【図4】
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【図5】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−195678(P2010−195678A)
【公開日】平成22年9月9日(2010.9.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−52742(P2010−52742)
【出願日】平成22年3月10日(2010.3.10)
【分割の表示】特願2005−237587(P2005−237587)の分割
【原出願日】平成17年8月18日(2005.8.18)
【出願人】(000004064)日本碍子株式会社 (2,325)
【出願人】(506334182)DOWAエレクトロニクス株式会社 (336)
【Fターム(参考)】