説明

加加速度情報を用いた車両の運動制御装置および方法

【課題】非定常な車両加減速状態を含む車両のダイナミクスの変化に応じて、制御ヨーモーメント量を調整すること。
【解決手段】車両のヨーモーメントを制御する制御手段を備えた車両の運動制御装置において、車両の前後方向の速度を検出する第1の検出手段と、車両の横方向の加加速度を検出する第2の検出手段と、を有し、前記制御手段は、前記第2の検出手段により検出した車両の横方向の加加速度(Gy_dot)を、前記第1の検出手段により検出した車両の前後方向の速度(V)で除した車両のヨー角加速度(r_ref_dot)に基づいて車両のヨーモーメントの制御指令を生成し、前記制御指令を出力する車両の運動制御装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の運動制御、特に、車両の横方向の加加速度情報を用いて車両の運動を
制御する運動制御装置および方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
車両のヨーモーメントを制御する車両制御装置に関しては、例えば、特許文献1に開示
されている方式がある。ところで、一般に、車両の左右輪間にトルク差を発生させること
により、左右の各車輪と路面との間で発揮されている駆動力または制動力の大きさを左右
不均衡にし、これにより、車両にヨーモーメントを発生させて車両の挙動を制御すること
ができる。
【0003】
車両の左右輪間に発生させるトルク差の目標値を決める制御ロジックに関しては、特許
文献1で開示されている方式の一つに、ハンドル角速度に比例した値をトルク差の目標値
とする方式がある。特許文献1によると、ハンドル角速度に比例したトルク差を発生させ
れば、ハンドル角速度に比例したヨーモーメントが発生し、ハンドル操作に対する車両の
ヨー運動の初期応答性を向上することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平10−16599号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、上記特許文献1に開示されている制御ロジックのように、車両の左右輪間に発
生させるトルク差の目標値を、ハンドル角速度に比例しただけの値にするということは、
車両のダイナミクス(車両の横方向の運動性能)の変化に対応できる保証はない。
【0006】
車速が高速化することによりヨー応答の安定性が低下したり、車両の横滑り状態により
タイヤが非線形領域に到達したり、加減速により生じる各輪の荷重変化、あるいはタイヤ
前後力の増加により横力の低下などが発生した場合には、車両が本来持つ復元ヨーモーメ
ントが変化する。この復元ヨーモーメントと制御入力の合成ヨーモーメントにより結果的
に車両を不安定にする領域が発生する。
【0007】
本発明の目的は、車両のダイナミクスの変化に応じてヨーモーメント制御量を変化させ
ることが可能な車両の運動制御装置と方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するために、本発明は主として次のような構成を採用する。
車両のヨーモーメントを制御する制御手段を備えた車両の運動制御装置において、車両の前後方向の速度を検出する第1の検出手段と、車両の横方向の加加速度を検出する第2の検出手段と、を有し、前記制御手段は、前記第2の検出手段により検出した車両の横方向の加加速度(Gy_dot)を、前記第1の検出手段により検出した車両の前後方向の速度(V)で除した車両のヨー角加速度(r_ref_dot)に基づいて車両のヨーモーメントの制御指令を生成し、前記制御指令を出力する車両の運動制御装置。
【0009】
車両のヨーモーメントを制御する制御手段を備えた車両の運動制御装置において、前記制御手段は、車両の横方向の加加速度(Gy_dot)に、車両の前後方向の速度(V)及び車両の横加速度(Gy)から決定され、予め記憶されたゲインを乗じた値に基づいて車両のヨーモーメントの制御指令を生成し、前記制御指令を出力する車両の運動制御装置。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、非定常な車両加減速状態を含む車両の横方向のダイナミクスの変化に
応じて、制御ヨーモーメント量を調整することが可能となり、安定した走行を実現するこ
とができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の実施形態に係る車両の運動制御方法について、図1〜図10を参照しながら以
下詳細に説明する。図1は本発明の実施形態に係る車両の運動制御方法の全体構成を示す
図である。本実施形態において、車両0は、いわゆるバイワイヤシステムで構成され、ド
ライバと操舵機構、加速機構、減速機構の間に機械的な結合は無いものである。次に、本
実施形態に関する車両の運動制御装置の構成と動作について、各項目に分けて説明する。
【0012】
「駆動」
車両0は、モータ1により左後輪63、右後輪64を駆動する後輪駆動車(Rear
Motor Rear Drive:RR車)である(特に、駆動方式は本実施形態に直
接的な関係は無い)。モータ1に連接して、モータのトルクを左右輪に自由に配分するこ
とが可能な駆動力配分機構2が装着されている。
【0013】
まず、具体的な機器構成を述べる。左前輪61、右前輪62、左後輪63、右後輪64
には、それぞれブレーキロータ、車輪速検出用ロータと、車両側に車輪速ピックアップが
搭載され、各輪の車輪速が検出できる構成となっている。ドライバのアクセルペダル10
の踏み込み量は、アクセルポジションセンサ31により検出され、ペダルコントローラ4
8を経て、中央コントローラ40で演算処理される。この演算処理の中には、本実施形態
に関する、ヨーモーメント制御に応じたトルク分配情報も含まれている。そして、パワー
トレインコントローラ46は、この制御量に応じて、モータ1の出力を制御する。また、
モータ1の出力はパワートレインコントローラ46により制御される駆動力配分機構2を
経由し、最適な比率にて左後輪63、右後輪64に分配される。
【0014】
アクセルペダル10には、またアクセル反力モータ51が接続され、中央コントローラ
40の演算指令に基づき、ペダルコントローラ48により、反力制御される。
【0015】
「制動」
左前輪51、右前輪52、左後輪53、右後輪54には、それぞれブレーキロータが配
備され、車体側にはこのブレーキロータをパッド(図示せず)で挟み込むことにより車輪
を減速させるキャリパーが搭載されている。キャリパーは油圧式、あるいはキャリパー毎
に電機モータを有する電機式である。
【0016】
それぞれのキャリパーは、基本的には中央コントローラ40の演算指令に基づき、ブレ
ーキコントローラ451(前輪用)、452(後輪用)により制御される。また、このブ
レーキコントローラ451,452には前述したように各輪の車輪速が入力されている。
【0017】
これら4輪の車輪速より前輪(非駆動輪)の車輪速を平均処理することにより絶対車速を
推定することができる。
【0018】
本実施形態においては、この車輪速および車両前後方向の加速度を検出する加速度セン
サの信号を用いることにより四輪同時に車輪速度が落ち込む場合でも、絶対車速(V)を
正確に測定するように構成されている(このような絶対車速の測定に関しては、例えば公
知の特開平5−16789号公報等に開示の技術を採用すればよい)。また、前輪(非駆
動輪)の左右輪速度の差分をとることにより車体のヨーレイトを推定するような構成とな
っている(r_w)。そして、これらの信号は中央コントローラ40内にて、共有情報と
して、常にモニタリングされている。
【0019】
ブレーキペダル11には、ブレーキ反力モータ52が接続され、中央コントローラ40
の演算指令に基づき、ペダルコントローラ48により反力制御される。
【0020】
「制動・駆動の統合制御」
本実施形態においては、後述するようなヨーモーメント制御を実現する際に3つのモー
ド(後述するが、操舵によるヨーモーメント付加、左右差動制駆動入力によるヨーモーメ
ント付加、後輪から前輪への荷重移動によるヨーモーメント付加(図7参照))を有して
おり、そのうちのひとつが「左右差動制駆動入力によるヨーモーメント付加」である。左
右輪に異なる制動力や駆動力を発生させることになるが、ヨーモーメントとして寄与する
のは左右の制動力あるいは駆動力の差分である。
【0021】
したがって、この差分を実現するために片側は駆動して、反対側を制動するなどの通常
とは異なる動作もあり得る。このような状況での統合制御指令は中央コントローラ40が
統合的に指令を決定し、ブレーキコントローラ451(前輪用)、452(後輪用)、パ
ワートレインコントローラ46、モータ1、駆動力配分機構2を介して適切に制御される

【0022】
「操舵」
車両0の操舵系は四輪操舵装置となっているが、ドライバの舵角とタイヤ切れ角の間に
機械的な結合の無い、ステアバイワイヤ構造となっている。操舵系は、内部に舵角センサ
(図示せず)を含むフロントパワーステアリング7とステアリング16とドライバ舵角セ
ンサ33とステアリングコントローラ44とで構成されている。ドライバのステアリング
16の操舵量は、ドライバ舵角センサ33により検出され、ステアリングコントローラ4
4を経て、中央コントローラ40で演算処理される。この演算処理の中には本実施形態に
関する、ヨーモーメント制御に応じた舵角入力も含まれている。そして、ステアリングコ
ントローラ44はこの操舵量に応じて、フロントパワーステアリング7、リアパワーステ
アリング8を制御する。
【0023】
ステアリング16には、ステア反力モータ53が接続され、中央コントローラ40の演
算指令に基づき、ステアリングコントローラ44により、反力制御される。ドライバのブ
レーキペダル11の踏み込み量は、ブレーキペダルポジションセンサ32により検出され
、ペダルコントローラ48を経て、中央コントローラ40で演算処理される。
【0024】
「センサ」
次に、本実施形態の運動センサ群について述べる。図1に示すように、横加速度センサ
21と前後加速度センサ22およびヨーレイトセンサ38(車両の回転角速度)は、重心
点近辺に配置されている。また、夫々の加速度センサの出力を微分して加加速度情報を得
る、微分回路23,24が搭載されている。さらにヨーレイトセンサ38のセンサ出力を
微分してヨー角加速度信号を得るための微分回路25が搭載されている。
【0025】
本実施形態では微分回路の存在を明確化するために各センサに設置しているように図示
したが、実際は中央コトローラ40に直接加速度信号を入力して各種演算処理をしてから
微分処理をしてもよい。したがって、先の車輪速センサから推定されたヨーレイトを用い
中央コントローラ40内で微分処理をして車体のヨー角加速度を得ても良い。また、加加
速度を得るために、加速度センサと微分回路を利用しているが、既に知られた加加速度セ
ンサ(例えば、特開2002−340925号公報を参照)を用いても良い。
【0026】
「ヨーモーメント制御」
次に、左右輪駆動力配分によるヨーモーメント制御について、図2と図3を用いて説明
する。本実施形態においては、「操舵によるヨーモーメント付加」、「左右差動制駆動入
力によるヨーモーメント付加」「後輪から前輪への荷重移動によるヨーモーメント付加」
の3種類の方法を用いて車両0に加えるヨーモーメントを制御する。図2は車両の反時計
回りの旋回状態から3種類の正のヨーモーメント入力を実施した状況を示す模式図である
。図3は車両の反時計回りの旋回状態から3種類の負のヨーモーメント入力を実施した状
況を示す模式図である。
【0027】
図2は、図2の(A)に示す標準状態から正のモーメントを入力する場合の3つの方法
を示す図である。まず、標準状態(A)での車両0の横方向の運動方程式とヨーイング(
回転)運動の方程式を示す。
【数1】

【数2】

【0028】
ただし、m:車両0の質量、Gy:車両0に加わる横方向の加速度、Fyf:前2輪の横
力、Fyr:後2輪の横力、M:ヨーモーメント、Iz:車両0のヨーイング慣性モーメ
ント、r_dot:車両0のヨー角加速度(rはヨーレイト)、lf:車両0重心点と前
車軸間の距離、lr:車両0重心点と後車軸間の距離である。標準状態ではヨーイング運
動は釣り合い(ヨーモーメントがゼロ)を示し、角加速度はゼロとなる。
【0029】
標準状態(A)から「操舵によるヨーモーメント付加」を実施したのが(B)の状態で
ある。(A)の標準状態に比べて前輪操舵角をΔδfだけ増加し、後輪を逆方向Δδrだ
け増加したため、前輪2輪の横力がFyfからFysfに増加し後輪2輪の横力がFyr
からFyrfに減少するため、上記の数式2に従い、下記の数式3に示すように正のモー
メント(Ms)が発生する。
【数3】

【0030】
また、本実施形態では後輪も操舵可能な四輪操舵車両を想定しているが、通常の前輪操
舵車両でも正のモーメントを発生することができる。
【0031】
次に、(A)の標準状態から左後輪63に制動力−Fdrl、右後輪64に駆動力Fd
rr、そして左前輪61に制動力−Fdfを加えたのが、(C)の「左右制駆動入力によ
るモーメント付加」である。この場合、
【数4】

【0032】
となる。ここでdは左右のトレッド(図示するように左右車輪間距離)を表している。さ
らに、
【数5】

【0033】
となるように制御すると、全輪駆動車でなくても(本例では右前輪62を駆動しなくても
)前後方向に加減速を発生せずにヨーモーメントを発生可能となる。すなわちドライバに
違和感を与えずヨーモーメントを加えることができる。
【0034】
次に、図2の(D)は制動力を加えることにより後輪から前輪へ積極的に荷重移動を発
生させ、車両の復元ヨーモーメントを低減させ、結果的にヨーモーメントを発生させる方
法である。
【0035】
この荷重移動によるヨーモーメント付加の現象は、「自動車技術会Vol.47、No
.12、1993のPP.54〜60、著者芝端など」に掲載の「ヨーモーメント制御に
よる車両運動性能の向上について」で開示しているように、タイヤの横力が荷重に比例す
る範囲において、定常旋回中の加減速によるヨーモーメントは、横加速度と前後加速度の
積に比例する。この現象は、前輪の摩擦円が図2(A)の状態から減速度−Gxにより増
加するとともに、後輪の摩擦円が減速度−Gxで減少することにより発生する。ただし、
−Gxは、
【数6】

【0036】
である。投入されるヨーモーメントが横加速度と前後加速度の積となるところまでの式変
形は省略するが、
【数7】

【0037】
となり、正のヨーモーメントを投入することが可能となる。
【0038】
一方、図3は、図2に示す方法と同様な方法で負のヨーモーメントを入力する方法であ
る。図2の正のヨーモーメントの入力と同様な方法なので詳細な説明は省略するが、操舵
は舵角を減少、あるいは後輪を前輪と同位相方向に操舵し、制駆動は逆方向の制駆動力を
印加し、荷重移動においては加速することにより後輪荷重を増加し、後輪横力を相対的に
増加させるとともに、前輪横力を減少させることにより復元方向の(図3の(B)(C)
(D)では時計回りの)モーメントを得るようにしている。
【0039】
以上説明したように、本実施形態の車両は中央コトローラ40の指令により正負両方の
ヨーモーメントを発生することができる。次に具体的なヨーモーメント指令のための目標
ヨーモーメントの算出方法について詳細に説明する。なお、以上説明したヨーモーメント
の発生の仕方についての概略は、種々の文献で紹介されている。
【0040】
「車両運動力学的な技術背景」
図4に示すように、車両がある曲線にそって旋回している状況を想定する。地上に固定
された座標系(X、Y)のC(s)=(X(s)、Y(s))で表せる曲線において、s
は曲線をたどった距離である。軌跡の曲率をκ(=1/ρ(ρ:旋回半径))とすると、
κは、数式8に示すように、軌跡に沿った弧長パラメータ(s)を用いて表すのが一般的
である。
【数8】

【0041】
すなわち、ある距離(ds)だけ曲線を進んだときに角度(dθ)の変化がある場合、こ
れを曲率κ(dθ/ds)であるという。
【0042】
よく知られているように、一定車速でハンドルを一定の角速度で操舵したときに車両が
描く軌跡はクロソイド曲線と呼ばれ、道路設計によく用いられている。この曲線は、
【数9】

【0043】
で表され、進む距離に対して曲率の変化率が一定である曲線である。したがって車両で速
度一定(u)でクロソイド曲線上を走る場合、
【数10】

【0044】
となり、この車両から見た曲率の時間変化は、
【数11】

【0045】
となり一定となる(これは、弧長パラメータから時間パラメータtへの置換と考えても良
い)。一方、曲率κの定義から、κ(s)は数式12のように表される。
【数12】

【0046】
これは、車両が曲率κ(s)の曲線上を横滑りの変化無しでs1→s2まで移動すると
車両ヨー角がψだけ発生するということを意味している。
【0047】
横滑りの変化が無い状態とは、図5に示すように曲線(C(s)を示す太い黒曲線)の
接線方向のベクトル(V)と車両の速度方向(一点鎖線方向)の差が、ゼロ(図5(A)
)か、あるいは横すべり角といわれる角度(β)が一定(図5(B))の状態であり、こ
のような状態では車両の公転と自転が協調して合致している理想的な状態であると考えら
れる。また、この理想状態で発生するヨー角は幾何学的に決まるものであり、車両ダイナ
ミクスとは直接的な関係が無いことに注視を要する。なお、図5に示す状態についての詳
細は、例えば、「自動車の運動と制御」、安部正人著、山海堂出版、平成4年7月10日
第1刷発行、第3章、に記述されている。
【0048】
「規範ヨーモーメントの導出」
図4に示すs1→s2まで移動するのにt1→t2の時間がかかったとして、このよう
な運動状態の車両のヨーレイトr_refは、
【数13】

【0049】
となる。さらに、ヨー角加速度(r_ref_dot)を求めると、
【数14】

【0050】
となる。ここで車両の進行方向の速度を次式のように、
【数15】

【0051】
とし、車両の前後方向の加速度をGxとすると、
【数16】

【0052】
となる。また、車両の横方向の加速度をGyとすると図5のように横滑りの変化が無い状
態で運動している車両については、
【数17】

【0053】

【数18】

【0054】
の関係がある。この両辺を時間微分して、曲率の時間変化を求めると、
【数19】

【0055】
となる。
【0056】
ここで、Gy_dotは車両の横加加速度である。数式14に数式16、数式18、数
式19を代入すると、
【数20】

【0057】
ここで、第2項の前後加速度と横加速度の積を速度の二乗で割ったものは第一項に比べて
小さいため、本実施形態においては考えないことにする。また、より高精度の値を要求す
る場合は考慮しても良い。
【0058】
さて、上記の数式20で表すものは、理想状態で走行する車両が必要とするヨー角加速
度である。また、このヨー角加速度の値に車両のヨーイング慣性モーメントIzを掛け合
わせると、規範ヨーモーメントとなる(一般的な、力f=質量m×加速度αの関係に対応
するもの)。
【0059】
「制御ロジック」
次に、上述した規範ヨーモーメントを用いて走行中の車両のヨーモーメントを制御する
方法について述べる。ここで、規範モーメントというのは、図5で説明したように、車両
の公転と自転とを協調して合致させた状態で経路をたどるために必要なモーメントであり
、このモーメントが大きいと車両が自転し、小さいと経路から車両が外れることとなる。
【0060】
実際の車両は、図6に示すように、公転運動と自転運動に乖離が生じる。これは車両が
ダイナミクスを有し、速度変化、荷重変化、外乱などに応じて特性が変化するからである
。本実施形態ではこの乖離(図6に示すずれ)を補正することを考える。具体的には、以
下の2つの場合を想定する。一つ目は直線から旋回に入るとき、あるいは旋回から直線脱
出の過渡状態では、ヨーレイトに対して横加速度は横すべり角の変化分としての応答遅れ
を有するため、この部分を補正することを考える(旋回・脱出アシスト)。また、もうひ
とつは前後輪の横力のバランスがなんらかの理由により崩れ、公転よりも自転が増加する
(スピン)状態についての抑制についても考慮する(挙動変化抑制)。
【0061】
車両0に搭載されたヨーレイトセンサ38あるいは左右車輪速センサの差分から推定し
たヨーレイトを微分回路25の出力角加速度をr_real_dotとする。この値に車
両0のヨーイング慣性モーメントIzを掛けると現在の車両に作用しているヨーモーメン
トが把握できる。
【0062】
結局、この作用ヨーモーメント(Iz・r_real_dot)と規範ヨーモーメント
(Iz・r_ref_dot)との差分が公転と自転の乖離の原因となる差分ヨーモーメ
ントとなる。したがって、
【数21】

【0063】
が、補正すべきヨーモーメントとなる。ここで、kは比例ゲインである。比例ゲインを要
する理由として、規範ヨーモーメントはダイナミクスを含まないため、直接フィードバッ
ク(k=1)を加えると、発散する領域が存在する。したがって、kは必ず1以下である
ように調整する必要がある。
【0064】
「制御ロジックの構成」
図7は本実施形態に関する制御ロジックの構成を示す模式図である。車両の横方向の加
加速度(Gy_dot)を車両の前後方向の速度(V)で除した値(Gy_dot/V)
に基づいて、車両のヨーモーメントを制御する構成となっている。また、車両のヨー角加
速度(r_dot)を検出し、(Gy_dot/V)と、(r_dot)との差が小さく
なるように、車両のヨーモーメントを制御する構成となっている。
【0065】
また、「操舵によるヨーモーメント付加」、「左右差動制駆動入力によるヨーモーメン
ト付加」「後輪から前輪への荷重移動によるヨーモーメント付加」の切り替え、あるいは
組み合わせは、ドライバ入力に応じて決定する。例えば、アクセル入力がある場合には減
速度を伴う「荷重移動によるヨーモーメント付加」は実施しない、あるいは「左右差動制
駆動入力」の合計値をドライバのアクセル入力に応じて制御するなどである。これらの一
連の処理は中央コントローラ40内で行われる。
【0066】
「実際の検出結果による原理の正当性の確認」
次に、実車を用いた補正ヨーモーメントΔMの検出試験結果を示す。実験車両は約15
00[kg]、 ヨーイング慣性モーメント2500「kgm2」のフロントエンジンフ
ロント駆動の乗用車で、横加加速度検出手段とヨー角加速度検出手段を有している。
【0067】
図8は、ドライバにライントレースタスク(図では左側、(d)→(a))と、自由に
経路を選ぶVoluntary Drive(右側、(b)→(d))を行わせたときの
車両の軌跡(計測値)、車両前後、横加速度、そのときの横加加速度を速度で除すること
により得た規範ヨー角加速度r_ref_dot、実際の車両のヨー角加速度r_rea
l_dot、それぞれの角加速度の差分を示したものである。テストトラックのほぼ、X
=−100[m]より左の部分には路面にトレースすべきラインが描かれている。
【0068】
したがって、ドライバはX=0[m]のほうから右コーナーへとアプローチすることに
なる。左コーナーからの脱出を示した瞬間が下の2つのグラフの75[s(Time)]
近辺であり、ここから車両は(b)コーナーに進入し、(c)コーナーから脱出し(d)
コーナーに再び突入するというタスクである。
【0069】
ライントレースタスク(左側)コーナーへの進入直前の速度は概ね60[km/h]と
規定してあるが、ドライバは自由にブレーキ、アクセルを用いても良いことにしている。
【0070】
これが図8の2番目に示す加速度グラフである。したがって、本実験は自由な加減速を伴
う結果であることに注意を要する。
【0071】
上記の数式20から推測できるように、ヨー角加速度と曲率κの時間変化は相関が高い
。したがって、曲率が変わるラインをトレースすることになるコーナー出入り口では、規
範ヨー角加速度が発生することになる。図8の3番目に示すとおり、規範ヨー角加速度と
実ヨー角加速度の差分はごく僅かで、ドライバは、大きな挙動変化を起こさず、的確に車
両をコントロールしラインをトレースしていることがわかる。
【0072】
ここで、図8の最下段の図は補正ヨーモーメントを示したものである。全体的に小さな
量ではあるが、規範のヨー角加速度が立ち上がってピークに達するまでは正、立下りでは
負となっており、この値を数式21で示すように適当なゲインkを掛けてフィードバック
し、ヨーモーメントを投入することにより車両運動の即応性と収束性を向上できることが
明確である。また、前述したように、本実験はブレーキ、アクセルによる自由な加減速を
ドライバに許した実験であるため、本実施形態は非定常な車両加減速状態においても有効
であることも明らかである。
【0073】
ドライバによりクローズド制御が行われる場合は、ドライバがブレーキ、ステア、アク
セルを連携させて的確に制御を行うため、補正ヨーモーメントが不要となる状況が多い。
【0074】
逆に言うとそのような状況で制御が介入すると違和感を増加させることになる。このため
、制御ロジック(補正ヨーモーメントの算定)の正当性をより明確に確認するため、設定
速度で左右にサインカーブ状の操舵を行うオープンループ試験を実施し、的確な補正ヨー
モーメント信号が算出されるか否かを検証してみた。
【0075】
図9は、それぞれ、車速20[km/h]、60[km/h]、80[km/h]にお
いて、ステアを1[Hz]のサインカーブ状に40[deg]、40[deg]、50[
deg]だけ操舵した場合に、横加加速度を速度で除することにより得た規範ヨー角加速
度と実際の車両のヨーレイトを微分して得られた実際のヨー角加速度を比較した図である

【0076】
周知のごとく車両の横方向の運動性能(ダイナミクス)は車速に伴い変化する。実際の
ヨー角加速度は車速が遅い場合ではゲインが低く、位相が遅れている。車速増加に伴い、
ゲインが増加し、これに伴って位相遅れも小さくなったように見える(本当は遅れている
)。このような場合には補正ヨーモーメントも車速に応じて変化する必要がある。
【0077】
これに対して、規範ヨー角加速度は操舵、すなわち1[Hz]のサインカーブ状をとど
め、速度変化による位相遅れなども無い(車両ダイナミクスを用いていないため)。した
がって、図10は規範ヨー角加速度と実際のヨー角加速度の差分から求めた補正ヨーモー
メント信号(ΔM)を表しているが、規範ヨーモーメントに対し、ダイナミクス変化を内
包した補正量となっていることは明らかである。
【0078】
「まとめ」
以上説明した本実施形態に係る車両運動制御装置の構成並びに機能を取り纏めると次の
ようになる。すなわち、車両の横方向の加加速度(Gy_dot)を車両の前後方向の速
度(V)で除した値(Gy_dot/V=r_ref_dot)(規範ヨー角加速度)と
、車両のヨー角加速度検出手段で検出した車両のヨー角加速度(r_real_dot)
との差分をとり、この値が小さくなるように、
(1)車両の各輪の横すべり角を制御して前輪と後輪の横力の差を制御する、
(2)車両の各輪の縦すべり率を制御して、左右輪の駆動あるいは制動トルク差を発生さ
せる(なお、各輪の縦力(前後力)を変更するために、縦すべり率を制御すればよいこと
は当然のことながら従来知られていることである)、
(3)前後加速度による前後輪間の荷重移動により前後輪の横力の差を変化させる、
という三つの方法を用いて(三つの制御方法を個別に適用することに加えて、これらの制
御方法を適宜に組み合わせて適用することも当然に可能である)、車両のヨーモーメント
を制御することにより、非定常な車両加減速状態を含む車両のダイナミクスの変化に応じ
て、制御ヨーモーメント量を調整することが可能となり、安定した走行を実現することが
できる。端的に云えば、本発明の主たる特徴は、車両の横方向の加加速度を前後方向速度
で除した値が、図5に示す運動を実現するために必要なヨー角加速度(ヨー角加速度にヨ
ーイング慣性モーメントIzを掛けるとヨーモーメント)であるということを利用し、実
際のヨー角加速度(r_real)と、上記除した値(r_ref)との差分をもとに、
ヨーモーメントを制御するものである。
【0079】
次に、本発明の他の実施形態に係る車両の運動制御装置について、以下説明する。図7
に示すように、前述した本発明の実施形態における制御装置は、車両の規範ヨー角加速度
と実ヨー角速度との差分に基づいた、フィードバック、クローズドループ制御を採用した
ものである。
【0080】
これに対して、本発明の他の実施形態では、オープンループ制御、特に、荷重移動によ
るヨーモーメント制御を採用するものである。先に述べたように、「自動車技術会、Vo
l.47、No.12、1993のPP.54〜60」に掲載の「ヨーモーメント制御に
よる車両運動性能の向上について」で開示しているように、タイヤの横力が荷重に比例す
る範囲においては、定常旋回中の加減速によるヨーモーメント(Mzls)は、数式22
に示すように、横加速度と前後加速度の積に比例する。ここで、mは車両質量、hは重心
点高さ、gは重力加速度である。
【数22】

【0081】
したがって、車両の横方向の加加速度(Gy_dot)を車両の前後方向の速度(V)
で除した値(Gy_dot/V=r_ref_dot)にz軸周りの慣性モーメントを掛
けた値を必要ヨーモーメントとして、この必要ヨーモーメントとプロファイルが同じ制御
モーメントを実現する前後加速度を求めてみる。これは、ステア操作により発生する横加
速度、横加加速度に応じて、ブレーキ・アクセルにより前後加速度を決定する、前後方向
運動と横方向運動の統合制御と考えても良い。
【0082】
すなわち、ドライバの操舵に応じて、システムが自動的にブレーキ・アクセルを操作す
るための制御指針となる値を得る方法である。比例定数をcとすると、指令前後加速度G
xcは、下記の数式23で与えられる。
【数23】

【0083】
このGxc値に基づいて、ブレーキ・アクセルを制御することにより、荷重移動による
モーメントが規範ヨーモーメントと近くなるように発生するため、より自転と公転の一致
度合いが増して、操縦性の向上、車両の安定化を図ることができる。
【0084】
また、車両に実装する場合、車両の横加速度(Gy)で除する場合、旋回初期状態では
、横加速度が小さな値となり、指令前後加速度Gxcが大きな値となる場合がある。また
、速度が低下してきた場合にも同様な恐れがある。このような状況を避けるために、数式
24で示すように、主たる情報を車両の横方向の加加速度(Gy_dot)から得て,そ
の他の部分を速度、あるいは横加速度、あるいはその両方の関数f(Gy,V)、あるい
は、付随情報とあわせてマップなどに記憶しておくゲインKGyVとして、指令前後加速
度Gxcを決定しても、十分工学的に有用である。
【数24】

【0085】
以上を具体的に云えば、車両の前後方向の速度(V)と、車両の横方向の加加速度(G
y_dot)を検出する手段を有し、検出した車両の横方向の加加速度(Gy_dot)
を検出した車両の前後方向の速度(V)で除した値(Gy_dot/V)に基づいて、車
両の前後加速度を制御して荷重移動により車両のヨーモーメントを制御するものである。
【0086】
さらに具体的には、車両の横加速度(Gy)を検出し、この検出をもとにした車両の横方
向の加加速度(Gy_dot)を車両の検出した前後方向の速度(V)で除した値(Gy
_dot/V)に対して、車両の横加速度(Gy)で除した値に比例した物理量に基づい
て、車両の前後加速度を制御して荷重移動により車両のヨーモーメントを制御するもので
ある。
【図面の簡単な説明】
【0087】
【図1】本発明の実施形態に係る車両の運動制御装置の全体構成を示す図である。
【図2】車両の反時計回りの旋回状態から3種類の正のヨーモーメント入力を実施した状況を示す模式図である。
【図3】車両の反時計回りの旋回状態から3種類の負のヨーモーメント入力を実施した状況を示す模式図である。
【図4】車両が曲線に沿って旋回する状況を表すために、軌跡の曲率と軌跡に沿った弧長パラメータの概念を説明する図である。
【図5】車両が横滑りのない旋回状態を示す理想的な状態を表す図である。
【図6】実際の車両がダイナミクスを有して旋回する状態と補正ヨーモーメントを必要とする状況を説明する図である。
【図7】本発明の実施形態に係る車両の運動制御装置における制御ロジックを説明する図である。
【図8】車両における加減速を伴う運動時の実測結果を示す図である。
【図9】車速と操舵条件を規定したときの規範ヨー角加速度と実際のヨー角加速度の実測結果を示す図である。
【図10】車速と操舵条件を規定したときの目標ヨーモーメントと補正ヨーモーメントの実測比較を示す図である。
【符号の説明】
【0088】
0 車両
1 モータ
2 駆動力配分機構
7 フロントパワーステアリング
8 リアパワーステアリング
10 アクセルペダル
11 ブレーキペダル
16 ステアリング
21 横加速度センサ
22 前後加速度センサ
23,24,25 微分回路
31 アクセルセンサ
32 ブレーキセンサ
33 舵角センサ
38 ヨーレイトセンサ
40 中央コントローラ
44 ステアリングコントローラ
46 パワートレインコントローラ
451,452 ブレーキコントローラ
48 ペダルコントローラ
51 アクセル反力モータ
52 ブレーキ反力モータ
53 ステアリング反力モータ
61 左前輪
62 右前輪
63 左後輪
64 右後輪

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両のヨーモーメントを制御する制御手段を備えた車両の運動制御装置において、
車両の前後方向の速度を検出する第1の検出手段と、車両の横方向の加加速度を検出する第2の検出手段と、を有し、
前記制御手段は、前記第2の検出手段により検出した車両の横方向の加加速度(Gy_dot)を、前記第1の検出手段により検出した車両の前後方向の速度(V)で除した車両のヨー角加速度(r_ref_dot)に基づいて車両のヨーモーメントの制御指令を生成し、前記制御指令を出力する車両の運動制御装置。
【請求項2】
車両のヨーモーメントを制御する制御手段を備えた車両の運動制御装置において、
前記制御手段は、車両の横方向の加加速度(Gy_dot)に、車両の前後方向の速度(V)及び車両の横加速度(Gy)から決定され、予め記憶されたゲインを乗じた値に基づいて車両のヨーモーメントの制御指令を生成し、前記制御指令を出力する車両の運動制御装置。
【請求項3】
請求項1、2記載の車両の運動制御装置において、
前記車両のヨーモーメントの制御指令は、前記車両の横方向の加加速度(Gy_dot)を、前記第1の検出手段により検出した車両の前後方向の速度(V)で除した車両のヨー角加速度(r_ref_dot)と、実際の車両ヨー角加速度(r_real_dot)と、に基づいて生成される車両の運動制御装置。
【請求項4】
請求項3記載の車両の運動制御装置において、
前記制御指令値は、操舵、左右差動制駆動、後輪から前輪への荷重移動の少なくとも1つに対するものである車両の運動制御装置。
【請求項5】
入力された車両の横加加速度(Gy_dot)を、入力された車両の前後方向の速度(V)で除し、除した車両のヨー角加速度(r_ref_dot)に基づいて車両のヨーモーメントの制御指令を生成し、
前記制御指令を出力する車両の運動制御方法。
【請求項6】
入力された車両の横加加速度(Gy_dot)に、予め記憶されたゲインを乗じた値に基づいて車両のヨーモーメントの制御指令を生成し、
前記制御指令を出力する車両の運動制御方法。
【請求項7】
請求項5記載の車両の運動制御方法において、
前記車両のヨーモーメントの制御指令は、入力された車両の横加加速度(Gy_dot)を、入力された車両の前後方向の速度で除した車両のヨー角加速度(r_ref_dot)と、実際の車両ヨー角加速度(r_real_dot)と、に基づいて生成される車両の運動制御方法。
【請求項8】
請求項7記載の車両の運動制御方法において、
前記制御指令値は、操舵、左右作動制駆動、後輪から前輪への荷重移動の少なくとも1つに対するものである車両の連動制御方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate


【公開番号】特開2012−210935(P2012−210935A)
【公開日】平成24年11月1日(2012.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−102631(P2012−102631)
【出願日】平成24年4月27日(2012.4.27)
【分割の表示】特願2010−140854(P2010−140854)の分割
【原出願日】平成19年5月18日(2007.5.18)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】