説明

車体振動推定装置およびこれを用いた車体制振制御装置

【課題】車輪速から車両振動を推定する装置が、車体制振制御の対象となる車体振動の全てを推定し得るものでない場合でも、当該推定し得ない車体振動を求め得る方法を提供する。
【解決手段】演算部51,52で求めた前輪速VwF、後輪速VwRに基づき、演算部53では車体の上下バウンス速度dZv(F)を求め、演算部54では車体のピッチ角速度dθp(F)を算出し、車体振動のみを表す振動成分(上下バウンス速度dZvおよびピッチ角速度dθp)を抽出。車体振動状態量補完部26は、dZvおよびdθpを微分器26a,26bにより微分して上下バウンス量Zvおよびピッチ角θpを求め、上下バウンス速度dZv(F)およびピッチ角速度dθp(F)と、上下バウンス量Zvおよびピッチ角θpとを演算部27に向かわせ、車体振動を抑制するのに必要な制駆動トルク補正量ΔTdを、車体振動とレギュレータゲインKrとの乗算値の線形和として求める。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、サスペンション装置を介して車輪を懸架された車両のバネ上質量である車体の振動、例えばピッチング振動や上下振動を推定するための車体振動推定装置、およびこれを用いた車体制振制御装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
車体振動推定装置は、サスペンション装置を用いた車体制振制御や、制駆動力による車体制振制御に有用であり、従来例えば特許文献1〜3に示すようなものが知られている。
【0003】
特許文献1所載の車体振動推定技術は、車体の運動モデル(車両モデル)を用いて、運転者による操作に基づく制駆動力から車体のピッチング運動や上下運動を推定するものである。
【0004】
また特許文献2,3に記載された車体振動推定技術は、特許文献1におけると同様に車体の運動モデル(車両モデル)を用いて、運転者による操作に基づく制駆動力から車体振動を推定するが、それに加え、車体に入力される外乱トルクを車輪速変動から推定し、この外乱トルクをも車両モデルへ入力することで、外乱による影響を排除しつつ車体振動を一層正確に推定することを狙ったものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2004−168148号公報
【特許文献2】特開2009−127456号公報
【特許文献3】特開2008−179277号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載の車体振動推定技術におけるように、運転者による操作に基づく制駆動力から車両モデルを用いて車体振動を推定する場合、路面の凹凸などに基づく外乱入力があると、車体振動を正確に推定することができない可能性がある。
【0007】
特許文献2,3に記載された車体振動推定技術では、車両モデルを用いて制駆動力から車体振動を推定するに際し、車輪速変動から外乱トルクの大きさを予測し、この外乱トルクを車体運動モデルへ入力することで、外乱による影響を排除しつつ車体振動を正確に推定することを試みている。
しかし、各車輪速変動が必ずしもその車輪に加わる外乱トルクの大きさを表しておらず、結果として、当該車輪速変動から予測した外乱トルクの大きさも不正確で、これに基づく車体振動の推定精度も低いままであるという問題を生ずる。
【0008】
例えば、特許文献3に記載の車体振動推定技術では、輪荷重と車輪回転角速度の積から車輪にかかるトルクを算出しているが、輪荷重と車輪質量とが別のものであるため、車輪にかかるトルクの算出結果が必ずしも正しいとは言えず、
外乱による影響を排除しつつ車体振動を正確に推定するという上記本来の狙いを達成し得ないのが実情である。
【0009】
上記した従来技術に係わる車体振動推定精度の問題は、バネ定数や車両質量など、経時劣化や乗員数の増減などに応じて変化するパラメータ、つまり制駆動力や外乱トルクなどトルクや力から車両モデルを用いて車体振動を推定する事実に起因する。
かといって、これらトルクや力を用いずに、従って車両モデルを用いることなく、例えば車輪速などの速度情報から車体振動を推定しようとすると、
推定可能な車体振動の種類が限られ、車体制振制御に際して抑制しようとする全ての種類の車体振動を推定し得るというものでなくなる。
【0010】
本発明は、かように推定可能な車体振動の種類が限られる場合において、それ以外の種類の車体振動をも提供可能な車体振動推定装置を提案し、もって可能な限り多種類の車体振動を推定し得るようになし、上記の問題を解消することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
この目的のため、本発明による車体振動推定装置は、以下のごとくにこれを構成する。
先ず、本発明の前提となる車体振動推定装置を説明するに、これは、
サスペンション装置を介して車輪を懸架された車両のバネ上質量である車体の振動を推定するものである。
【0012】
本発明は、かかる車体振動推定装置に対し、
前記車体振動を表す物理量を検出する車体振動物理量検出手段と、
該手段で検出した車体振動物理量から、或る車体振動状態量を算出する車体振動状態量演算手段と、
該手段で演算した或る車体振動状態量から別の車体振動状態量を求める車体振動状態量補完手段とを具え、
前記車体振動状態量演算手段で求めた或る車体振動状態量、および、前記車体振動状態量補完手段で求めた別の車体振動状態量を、車体振動推定結果として出力するよう構成したことを特徴とするものである。
【0013】
本発明の車体制振制御装置は、上記の車体振動推定装置を具え、
前記車体振動状態量演算手段が算出した或る車体振動状態量、および、前記車体振動状態量補完手段で求めた別の車体振動状態量を軽減するのに必要な制駆動力補正量を演算する制駆動力補正量演算手段と、
該手段で求めた制駆動力補正量だけ前記車両の制駆動力を補正する制駆動力補正手段とを設けたことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0014】
上記した本発明の車体振動推定装置によれば、車体振動物理量から算出した或る車体振動状態量だけでなく、当該或る車体振動状態量から求めた別の車体振動状態量をも、車体振動推定結果として出力するため、
車体振動物理量から算出した或る車体振動状態量の種類が限られたものである場合においても、それ以外に、この或る車体振動状態量から求めた別の車体振動状態量も推定結果に追加されることとなって、推定した車体振動状態量の種類が増えることにより、可能な限り多種類の車体振動を推定することができる。
【0015】
また本発明の車体制振制御装置にあっては、上記の車体振動推定装置により推定した或る車体振動状態量および別の車体振動状態量を軽減するのに必要な制駆動力補正量を演算し、この制駆動力補正量だけ車両の制駆動力を補正するため、
上記或る車体振動状態量だけでなく、上記別の車体振動状態量をも軽減可能となり、可能な限り多種類の車体振動を軽減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の一実施例になる車体振動推定装置を具えた車両の車体制振制御システムを示す概略系統図である。
【図2】図1におけるモータコントローラの機能別ブロック線図である。
【図3】図2における車体制振制御演算部の機能別ブロック線図である。
【図4】図2,3における車体振動推定部、車体振動状態量補完部および制駆動トルク補正量演算部が実行して、車体の振動を推定すると共にこの車体振動を抑制するトルク補正量を演算するための制御プログラムを示すフローチャートである。
【図5】車体重心点における上下方向バウンス運動Zvおよびピッチング運動θpと、車体の前軸上方箇所における上下変位Zfおよび車体の後軸上方箇所における上下変位Zrとの関係を示す車両諸元説明図である。
【図6】図5における車両の前輪に係わる前後方向変位量と上下方向変位量との関係を示す前輪サスペンションジオメトリ特性を示す特性線図である。
【図7】図5における車両の後輪に係わる前後方向変位量と上下方向変位量との関係を示す後輪サスペンションジオメトリ特性を示す特性線図である。
【図8】車両の運動モデルを説明するための説明図である。
【図9】図1〜4に示した実施例による車体振動推定プロセスおよび車体制振制御プロセスを示す概略系統図である。
【図10】図1〜4に示した車体振動推定装置および車体制振制御システムの変形例による車体振動推定プロセスおよび車体制振制御プロセスを示す概略系統図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施の形態を、図面に示す実施例に基づき詳細に説明する。
<実施例の構成>
図1は、本発明の一実施例になる車体振動推定装置を具えた車両の車体制振制御システムを示す概略系統図である。
図1において、1FL,1FRはそれぞれ左右前輪を示し、また1RL,1RRはそれぞれ左右後輪を示す。
左右前輪1FL,1FRはステアリングホイール2により転舵される操舵輪である。
また左右前輪1FL,1FRおよび左右後輪1RL,1RRはそれぞれ、図示せざるサスペンション装置により車体3に懸架され、この車体3は、サスペンション装置よりも上方に位置してバネ上質量を構成する。
【0018】
図1における車両は、回転電機としてのモータ4により、ディファレンシャルギヤ装置を含む変速機5を介し左右前輪1FL,1FRを駆動することで走行可能な、前輪駆動式の電気自動車とする。
モータ4の制御に際しては、モータコントローラ6が、バッテリ(蓄電器)7の電力をインバータ8により直流−交流変換して、またこの交流電力をインバータ8による制御下でモータ4へ供給することで、モータ4のトルクがモータトルク指令値tTmに一致するよう、当該モータ4の制御を行うものとする。
【0019】
なお、モータトルク指令値tTmが、モータ4に回生制動作用を要求する負極性のものである場合、モータコントローラ6はインバータ8を介し、バッテリ7が過充電とならないような発電負荷をモータ4に与え、
この時モータ4が回生制動作用により発電した電力を、インバータ8により交流−直流変換してバッテリ7に充電する。
【0020】
モータコントローラ6は、後で詳述する車体振動推定演算を行うと共に、その推定結果である車体振動を抑制するようモータトルク指令値tTmを決定する車体制振制御演算を行うものである。
これらの演算のためモータコントローラ6には、
左右前輪1FL,1FRの周速である前輪速VwFL,VwFRを個々に検出する車輪速センサ11FL,11FR、および、左右後輪1RL,1RRの周速である後輪速VwRL,VwRRを個々に検出する車輪速センサ11RL,11RRからの信号と、
アクセル開度APO(アクセルペダル踏み込み量)を検出するアクセル開度センサ13からの信号と、
ブレーキペダル踏力BRPを検出するブレーキペダル踏力センサ14からの信号と、
変速機5からのギヤ比情報とを入力する。
【0021】
なお本実施例では、車体振動を表す物理量として、左右前輪1FL,1FRの周速である前輪速VwFL,VwFR(前輪速物理量)、および左右後輪1RL,1RRの周速である後輪速VwRL,VwRR(後輪速物理量)を用いることとしたが、
これらに限られるものではなく、左右前輪1FL,1FRおよび左右後輪1RL,1RRと共に回転する任意の箇所の回転速度でもよいし、これら以外の速度情報を用いてもよいのは言うまでもない。
【0022】
従って、車輪速VwFL,VwFR,VwRL,VwRRは本発明における車体振動物理量に相当し、車輪速センサ11FL,11FR,11RL,11RRはそれぞれ、本発明における車体振動物理量検出手段を構成する。
【0023】
モータコントローラ6は、上記の入力情報を基に、車体3の振動を推定すると共に、推定した車体3の振動を抑制するよう運転者の要求トルク(rTdの符号を付して後述する)を補正してモータトルク指令値tTmを決定する。
【0024】
そこでモータコントローラ6は、全体を概ね図2のブロック線図で示すように、車速演算部20と、要求トルク演算部21と、車体制振制御演算部22と、モータトルク指令値演算部23と、加算器24とで構成する。
車速演算部20は、車輪速センサ11FL,11FR,11RL,11RR(図2では、車輪速センサ群11として示した)で検出した前輪速VwFL,VwFRおよび後輪速VwRL,VwRR(図2では、車輪速Vwとして示した)を基に車速VSPを求める。
【0025】
要求トルク演算部21は、上記演算部20で求めた車速VSPと、センサ13,14でそれぞれ検出したアクセル開度APOおよびブレーキペダル踏力BRPとから、運転者が現在の車速VSPのもとで運転操作(アクセル開度APOおよびブレーキペダル踏力BRP)により要求している要求トルクrTd(正が駆動トルク、負が制動トルク)を、マップ検索などにより演算する。
【0026】
車体制振制御演算部22は、車体振動推定部25、車体振動状態量補完部26および制駆動トルク補正量演算部27より構成する。
車体振動推定部25においては、車輪速Vwから後で詳述するごとくに車体3の振動(或る車体振動状態量)を推定し、
車体振動状態量補完部26においては、推定部25で推定した車体振動(或る車体振動状態量)から、後述するごとくに別の車体振動(別の車体振動状態量)を算出する。
従って車体振動推定部25は、本発明における車体振動状態量演算手段に相当し、車体振動状態量補完部26は、本発明における車体振動状態量補完手段に相当する。
【0027】
車体振動状態量補完部26は、当該算出した別の車体振動(別の車体振動状態量)を、推定部25からの車体振動(或る車体振動状態量)と共に、制駆動トルク補正量演算部27へ供給する。
制駆動トルク補正量演算部27は、車体振動推定部25から車体振動状態量補完部26を経て供給される車体振動(或る車体振動状態量)、および車体振動状態量補完部26からの別の車体振動(別の車体振動状態量)を抑制するのに必要な制駆動トルク補正量ΔTdを演算する。
従って制駆動トルク補正量演算部27は、本発明における制駆動力補正量演算手段に相当する。
【0028】
加算器24は、演算部21で求めた運転者の要求トルクrTdを、制駆動トルク補正量演算部27で求めた車体振動抑制用制駆動トルク補正量ΔTdの加算により補正して、車体振動を抑制しつつ運転者の要求を満たす目標トルクtTdを求める。
従って加算器24は、本発明における制駆動力補正手段を構成する。
モータトルク指令値演算部23は、車両挙動を制御する挙動制御装置(VDC)や、駆動輪(前輪)1FL,1FRの駆動スリップを防止するトランクションコントロール装置(TCS)のような他システム28からトルク要求を受けて、この要求に叶うよう上記の目標トルクtTdを制限したり、加減することにより、これを実現するための最終的なモータトルク指令値tTmを求める。
【0029】
モータコントローラ6は、上記のようにして求めたモータトルク指令値tTmに応じ、インバータ8による制御下でバッテリ7からモータ4へ電力を供給することで、モータ4のトルクがモータトルク指令値tTmに一致するよう、当該モータ4を駆動制御する。
【0030】
<車体振動推定および車体制振制御>
車体制振制御演算部22の内部における車体振動推定部25、車体振動状態量補完部26および制駆動トルク補正量演算部27はそれぞれ、図3のブロック線図で示すように構成し、図4の制御プログラムを実行して車体3の振動(本実施例では、ピッチ角θp、ピッチ角速度dθp、および、上下変位量であるバウンス量Zp、上下変位速度であるバウンス速度dZp)を推定すると共に、この推定した車体振動(θp,dθp,Zp,dZp)を抑制するのに必要な制駆動トルク補正量ΔTdを演算する。
【0031】
車体振動推定部25は、図3に明示するごとく平均前輪速演算部51および平均前輪速演算部52と、バウンス速度演算部53と、ピッチ角速度演算部54と、バンドパスフィルタ処理部55,56とで構成し、
先ず図4のステップS61において、そして図3に示すごとく平均前輪速演算部51および平均前輪速演算部52で左右前輪速VwFL,VwFRおよび左右後輪速VwRL,VwRRをそれぞれ読み込む。
【0032】
図3の平均前輪速演算部51および平均後輪速演算部52(図4のステップS62)において、左右前輪速VwFL,VwFRから平均前輪速VwF=(VwFL+VwFR)/2を演算すると共に、左右後輪速VwRL,VwRRから平均後輪速VwR=(VwRL+VwRR)/2を演算する。
【0033】
次に、図3のバウンス速度演算部53およびピッチ角速度演算部54(図4のステップS63)において、以下のごとくに平均前輪速VwFおよび平均後輪速VwRから、或る車体振動状態量である車体3の上下バウンス速度dZv(F)と、ピッチ角速度dθp(F)とを求める。
【0034】
平均前輪速VwFおよび平均後輪速VwRから車体3の上下バウンス速度dZv(F)およびピッチ角速度dθp(F)を求める方法を以下に説明する。
図5は、重心点−前軸間距離がLfであり、重心点−後軸間距離がLrである車両において、車体3の重心点における上下方向バウンス運動Zvおよびピッチング運動θpと、車体3の前軸上方箇所における上下変位Zfおよび車体3の後軸上方箇所における上下変位Zrとの関係を略示したものである。
【0035】
この図に示す通り、車体3に上下変位Zvおよびピッチ角θpが発生すると、車体3の前軸上方箇所および後軸上方箇所にもそれぞれ上下変位ZfおよびZrが発生し、これらZv,θp,Zf,Zr間には次式の関係が成立する。
Zf=Zv+θp・Lf ・・・(1)
Zr=Zv−θp・Lr ・・・(2)
【0036】
ここで、車体3に対する前輪1FL,1FRおよび後輪1RL,1RRの上下方向および前後方向における可動域を考察するに、これらの可動域は、それぞれのサスペンション装置を構成するリンク構造、つまりそれぞれのサスペンションジオメトリに応じた幾何学的拘束条件によって決まる。
従って、車体3と前輪1FL,1FRとがZfで示す上下方向に相対運動すると、車体3と前輪1FL,1FRとはXtfで示す前後方向へも、例えば図6の関係を持って相対変位し、また、
車体3と後輪1RL,1RRとがZrで示す上下方向に相対運動すると、車体3と後輪1RL,1RRとはXtrで示す前後方向へも、例えば図7の関係を持って相対変位する。
【0037】
つまり、車体振動情報を内包する平均前輪速VwFおよび平均後輪速VwRから、車体振動を表す前輪1FL,1FRの前後方向変位Xtfおよび後輪1RL,1RRの前後方向変位Xtrを求めて監視すれば、図6,7の関係から、車体3の前軸上方箇所および後軸上方箇所における上下変位ZfおよびZrをそれぞれ予測することができる。
【0038】
なお、図6の前輪サスペンションジオメトリ特性および図7の後輪サスペンションジオメトリ特性はそれぞれ、そのままマップ化してメモリしておいたり、予めモデル化しておき、前輪の前後方向変位Xtfおよび後輪の前後方向変位Xtrから、車体3の前軸上方箇所および後軸上方箇所における上下変位ZfおよびZrをそれぞれ予測するのに用いるのが、これら上下変位Zf,Zrの予測が正確になって良い。
【0039】
しかし本実施例ではコスト上の観点から、簡易的に、車両が平地に静止し、1Gの加速度が作用した状態での釣り合い点(図6,7の原点)付近における勾配KgeoF(図6の場合)およびKgeoR(図7の場合)で線形近似させ、これらKgeoF, KgeoRを比例係数として用いることとする。
【0040】
これら比例係数KgeoF, KgeoRを用いる場合、前輪に係わる前後方向変位Xtfと上下変位Zfとの間、および、後輪に係わる前後方向変位Xtrと上下変位Zrとの間には、それぞれ次式の関係が成立する。
Zf=KgeoF・Xtf ・・・(3)
Zr=KgeoR・Xtr ・・・(4)
【0041】
上記した4式の連立方程式を解くと、前輪の前後方向変位Xtfおよび後輪の前後方向変位Xtrから、車体振動(上下バウンス速度dZv(F)、ピッチ角速度dθp(F))の基となる車体3の上下方向バウンス運動Zvおよびピッチング運動θpを求めるのに用いる次式を得ることができる。
θp=(KgeoF・Xtf−KgeoR・Xtr)/(Lf+Lr) ・・・(5)
Zv=(KgeoF・Xtf・Lf+KgeoR・Xtr・Lr)/(Lf+Lr) ・・・(6)
【0042】
そして、上式の右辺を時間微分することで、車体3の上下バウンス速度dZv(F)およびピッチ角速度dθp(F)はそれぞれ次式により得ることができる。
ただし、右辺における「d」は簡易的に用いた微分演算子である。
dθp(F)=(KgeoF・dXtf−KgeoR・dXtr)/(Lf+Lr) ・・・(7)
dZv(F)=(KgeoF・dXtf・Lf+KgeoR・dXtr・Lr)/(Lf+Lr) ・・・(8)
【0043】
これらの式から車体3の上下バウンス速度dZv(F)およびピッチ角速度dθp(F)を求めるに当たっては、図3の演算部51,52(図4のステップS62)で前述したごとく求めた平均前輪速VwFおよび平均後輪速VwRから、車体振動を内方する前輪1FL,1FRの前後方向変位Xtfおよび後輪1RL,1RRの前後方向変位Xtrをそれぞれ求め、
これら前後方向変位Xtf, Xtrの時間微分値dXtf, dXtrを上記の(7)式および(8)式に代入することで、或る車体振動状態量である上下バウンス速度dZv(F)およびピッチ角速度dθp(F)をそれぞれ演算して推定することができる。
【0044】
次いで図3のバンドパスフィルタ処理部55(図4のステップS64)において、図3のバウンス速度演算部53(図4のステップS63)で求めた車体3の上下バウンス速度dZv(F)から車体共振周波数付近の成分のみを抽出して取り出すためのバンドパスフィルタにこの上下バウンス速度dZv(F)を通し、上下バウンス速度dZv(F)の車体共振周波数近傍振動成分である上下バウンス速度dZv(或る車体振動状態量)を求める。
かように車体3の上下バウンス速度dZv(F)からフィルタ処理により車体共振周波数付近の成分のみを抽出して取り出す理由は、当該上下バウンス速度dZv(F)が車両全体の加減速による車輪速変動やノイズ成分を含んでおり、これらを上下バウンス速度dZv(F)から除外して、車体振動のみを表す上下バウンス速度dZvとなす必要があるためである。
【0045】
また図3のバンドパスフィルタ処理部56(図4のステップS64)において、図3のピッチ角速度演算部54(図4のステップS63)で求めた車体3のピッチ角速度dθp(F)から車体共振周波数付近の成分のみを抽出して取り出すためのバンドパスフィルタにこのピッチ角速度dθp(F)を通し、ピッチ角速度dθp(F)の車体共振周波数近傍振動成分であるピッチ角速度dθp(或る車体振動状態量)を求める。
かように車体3のピッチ角速度dθp(F)からフィルタ処理により車体共振周波数付近の成分のみを抽出して取り出す理由は、当該ピッチ角速度dθp(F)が車両全体の加減速による車輪速変動やノイズ成分を含んでおり、これらをピッチ角速度dθp(F)から除外して、車体振動のみを表すピッチ角速度dθpとなす必要があるためである。
【0046】
ここで、車体振動を抑制する車体制振制御について考察するに、車体振動抑制のための制駆動トルク補正量は、車体振動に対しゲインを乗じて求めるのが有利であり、車体振動抑制用のゲインを設定する必要がある。
そのため、車両の制駆動トルクと車体振動との関係を力学的にまとめた図8に例示する車両モデルを用いる。
【0047】
図8の車両モデル37は、図5につき前述したと同じく、ホイールベースLのうちの重心点−前軸間距離がLfであり、重心点−後軸間距離がLrであり、また、前輪サスペンション装置のバネ定数および振動減衰係数がそれぞれKsf,Cfであり、後輪サスペンション装置のバネ定数および振動減衰係数がそれぞれKsr,Crであり、車体3の質量がMであり、車体3のピッチング慣性モーメントがIpであり、
左右前輪1FL,1FRに、図2の演算部21で求めた要求トルクrTdが制駆動トルクとして与えられた場合において、
車体3の重心点における上下バウンス量Zvおよびピッチ角θpを、車体3の前軸上方箇所における上下変位Zfおよび車体3の後軸上方箇所における上下変位Zrと共に示したものである。
【0048】
図8の車両モデルにおいて、上下バウンス量Zvおよびピッチ角θpに関する運動方程式は、微分演算子を簡易的に「d」で表記すると、それぞれ次式のようになる。
M・ddZv=-2Ksf(Zv+Lf・θp)-2Cf(dZv+Lf・dθp)
-2Ksr(Zv-Lr・θp)-2Cr(dZv-Lr・dθp) ・・・(9)
Ip・ddθp=-2Lf{Ksf(Zv+Lf・θp)+Cf(dZv+Lf・dθp)}
+2Lr{Ksr(Zv-Lr・θp)+Cr(dZv-Lr・dθp)}+rTd ・・・(10)
【0049】
これらの運動方程式を状態方程式に変換し、制駆動トルクrTdを入力として与えることにより、車体3のピッチング運動(ピッチ角θpおよびピッチ角速度dθp)および上下バウンス運動(上下バウンス量Zvおよび上下バウンス速度dZv)を計算して推定することができる。
従って、これら4種類の車体振動状態量(θp,dθp,Zv,dZv)に対し重み付けを行い、この重み付けに基づいて車体振動状態量(θp,dθp,Zv,dZv)をそれぞれ抑制するためのレギュレータゲインを設計しておき、車体制振制御に用いる。
【0050】
しかし図2,3の車体振動推定部25では、上記した4種類の車体振動状態量(ピッチ角θp、ピッチ角速度dθp、上下バウンス量Zv、上下バウンス速度dZv)のうち、ピッチ角速度dθpおよび上下バウンス速度dZvの2種類(或る車体振動状態量)しか推定することができず、他のピッチ角θpおよび上下バウンス量Zvについて、これらを能動的に抑制する制振制御を期待できない。
【0051】
そこで本実施例においては、図3の車体振動状態量補完部26(図4のステップS65)において、ピッチ角速度dθpおよび上下バウンス速度dZvから、別の車体振動状態量であるピッチ角θpおよび上下バウンス量Zvを求めて補完する車体振動状態量補完処理を行う。
そのために図3の車体振動状態量補完部26に積分器26aおよび26bを設け、積分器26aで上下バウンス速度dZvを積分することにより上下バウンス量Zvを求め、積分器26bでピッチ角速度dθpを積分することによりピッチ角θpを求める。
【0052】
車体振動状態量補完部26は図3に示すように、また図4のステップS66において、車体振動推定部25からの上下バウンス速度dZvおよびピッチ角速度dθpをそのまま制駆動トルク補正量演算部27に向かわせるほか、これらを積分して求めた上下バウンス量Zvおよびピッチ角θpを制駆動トルク補正量演算部27に向かわせ、制駆動トルク補正量演算部27に4種類の車体振動x(θp,dθp,Zv,dZv)を供給する。
【0053】
図3の制駆動トルク補正量演算部27は、図4のステップS67において、これら4種類の車体振動x(θp,dθp,Zv,dZv)を抑制するのに必要な制駆動トルク補正量ΔTdを以下のように演算する。
つまり車体振動x(上下バウンス量Zv、上下バウンス速度dZv、ピッチ角θp、ピッチ角速度dθp)に対し、図3に38の符号を付して示すレギュレータゲインKrを与えて乗算し、その結果である乗算値の線形和を制駆動トルク補正量ΔTdとする。
【0054】
その際レギュレータゲインKrは、上下バウンス量Zv、上下バウンス速度dZv、ピッチ角θp、およびピッチ角速度dθpごとに抑制(軽減)度合いを重み付けして定めるのが、設計の自由度が高まって良い。
【0055】
またレギュレータゲインKrは、上下バウンス量Zv、上下バウンス速度dZv、ピッチ角θp、およびピッチ角速度dθpごとに、つまり車体振動の種類ごとに抑制(軽減)度合いの重み付けパターンを変えて設定した複数のレギュレータゲインで構成し、
これら複数のレギュレータゲインと、上下バウンス量Zv、上下バウンス速度dZv、ピッチ角θp、およびピッチ角速度dθpとの積算値の総和を制駆動トルク補正量ΔTdとするようにしても良い。
【0056】
図3の制駆動トルク補正量演算部27(図4のステップS67)で上記のごとくに求めた制駆動トルク補正量ΔTdは図2の加算器24に供給され、
この加算器24は、演算部21で前記のごとくに求めた運転者の要求トルクrTdを車体振動抑制用制駆動トルク補正量ΔTdだけ補正して、車体振動を抑制しつつ運転者の要求を満たす目標トルクtTdを求める。
図2のモータトルク指令値演算部23は、他システム28からのトルク要求に叶うよう上記の目標トルクtTdを制限したり、加減することにより、これを実現するための最終的なモータトルク指令値tTmを求め、インバータ8を介したモータ4の駆動制御に資する。
【0057】
上記した本実施例の車体振動推定および車体制振制御の流れは、図9に示すごときものとなる。
【0058】
なお、図3の車体振動状態量補完部26(図4のステップS65)でピッチ角速度dθpおよび上下バウンス速度dZvを積分してピッチ角θpおよび上下バウンス量Zvを求めるに際し、通常の積分演算では演算負荷が大きくなって実際的でないし、算出した状態量が発散することから、
実用に際しては、図3における積分器26a,26bとして、時定数Tを設けた以下の伝達関数G(s)で表される擬似積分器を用いるのがよい。
G(s)=T/(Ts+1) ・・・(11)
【0059】
実車上で計測ないし推定した信号は、通常オフセット(0点ずれ)やノイズ成分を持ち、そのような信号に対し不用意に積分を行うと、積分誤差がたまって制御が発散する場合がある。
しかし上記のように時定数Tを設けた擬似積分器を用いる場合は、時定数に基づく擬似積分時に古い情報が随時削除されることから、積分誤差の累積を防止することができ、算出した状態量が発散することを回避することができる。
【0060】
なお、擬似積分では設定した時定数T以上の長時間に亘って継続する入力があった場合は、その積分結果がずれてしまうという問題がある。
しかし車体制振制御システムにおいて、制御対象である振動(主に速度成分)は基本的に定常成分が0であるため、長時間使用しても積分結果が真値とずれてくる心配はない。
ただし、積分時間を極端に短くしてしまうと影響を無視できなくなってくるので、少なくとも積分時定数Tは車体共振周期以上の値とし、少なくとも共振周期分の情報はこれを確実に累積できるようにするのが望ましい。
【0061】
また、図3の制駆動トルク補正量演算部27(図4のステップS67)で車体振動抑制用の制駆動トルク補正量ΔTdを求めるに際しては、図10に示すごとく複数のレギュレータゲインKr1,Kr2を用意しておき、これらレギュレータゲインKr1,Kr2に対するチューニングゲインG1,G2を設定し、上下バウンス量Zv、上下バウンス速度dZv、ピッチ角θp、およびピッチ角速度dθpと、複数のレギュレータゲインKr1,Kr2と、チューニングゲインG1,G2との積算値の総和を制駆動トルク補正量ΔTdとするようにしてもよい。
【0062】
この場合、以下のような利点がある。
つまり、各車体振動状態量に対しチューニングゲインを設けて合わせこみを行おうとすると、各車体振動状態量がその他の車体振動状態量にも影響を及ぼしあうため、ハンドチューニングで最適値を見つけることはとても困難である。
ところで図10に示すごとく、ある程度バランスを持たせた複数個のレギュレータゲイン (例えば、バウンス挙動を抑えるゲインKr1、およびピッチ挙動を抑えるゲインKr2)を用意しておき、実車でのチューニング時は、レギュレータゲインKr1,Kr2ごとにチューニングゲインG1,G2で重み付けすることができることから、効果的なゲインチューニングが実現可能となる。
【0063】
<実施例の効果>
以上により本実施例の車体制振制御装置によれば、モータ4が、車体振動x(上下バウンス量Zv、上下バウンス速度dZv、ピッチ角θp、およびピッチ角速度dθp)を抑制しつつ運転者の要求トルクrTdを満足させるよう駆動制御されることとなり、
車体振動x(上下バウンス量Zv、上下バウンス速度dZv、ピッチ角θp、およびピッチ角速度dθp)の抑制により乗り心地を向上させ得るのは勿論のこと、車両旋回時の車体姿勢も安定させ得て操縦安定性も向上させることができる。
【0064】
ところで上記の車体制振制御に際しては、車体振動xとして上下バウンス量Zv、上下バウンス速度dZv、ピッチ角θp、およびピッチ角速度dθpの4種類の車体振動を推定する必要がある。
【0065】
しかし本実施例で用いる車体振動推定部25は推定精度のため前記した通り、経時劣化や乗員数の増減などに応じて変化する制駆動力や外乱トルクの代わりに、経時劣化や乗員数の増減などによっても変化することのない車輪速などの速度情報から車体振動を推定することから、上下バウンス速度dZvおよびピッチ角速度dθpの2種類の車体振動しか推定することができず、
車体振動推定部25からの推定結果のみを車体制振制御に用いたのでは、これら上下バウンス速度dZvおよびピッチ角速度dθp以外の車体振動である上下バウンス量Zvおよびピッチ角θpに関して、所定の振動抑制効果を期待できない。
【0066】
しかるに本実施例の車体振動推定装置においては、車体振動状態量補完部26を設け、上下バウンス速度dZvの積分により上下バウンス量Zvを求めて補完すると共に、ピッチ角速度dθpの積分によりピッチ角θpを求めて補完し、上下バウンス速度dZv、上下バウンス量Zv、ピッチ角速度dθpおよびピッチ角θpの4種類の車体振動を上記の車体制振制御に資することから、これら4種類の全ての車体振動に関して予定通りに振動抑制効果を期待することができる。
【0067】
また上記積分のための積分器26a,26bが、所定の時定数Tを具え、前記(11)式で表される伝達関数G(s)を持つ擬似積分器であることから、
該所定の時定数Tに応じた古い情報が随時削除されることとなり、積分誤差の累積およびこれによる発散を防止して、上下バウンス量Zvおよび上下バウンス量Zvを正確に算出することができる。
なお、擬似積分では設定した時定数T以上の長時間継続した入力があった場合は、その積分結果がずれてしまうという問題があるが、本実施例の車体振動推定装置においては、車体振動の推定に際して用いる速度情報が基本的に定常成分を持たないため、上記の懸念はない。
【0068】
ただし、時定数T(積分時間)を極端に短くしてしまうと影響を無視できなくなるため、少なくとも積分時定数Tは車体共振周期以上の値とした。
このため、少なくとも共振周期分の情報はこれを確実に累積できることとなり、情報不足から上下バウンス量Zvおよび上下バウンス量Zvを算出することができなくなるということがない。
【0069】
また本実施例では、車体振動推定部25で上下バウンス速度dZvおよびピッチ角速度dθpを推定するに際し、
車体3に対する前輪1FL,1FRおよび後輪1RL,1RRの前後方向変位量Xtf,Xtrと上下方向変位量Zf,Zrとの間の図6,7に例示される予定の相関関係(サスペンションジオメトリ特性)に基づき、平均前輪速VwFおよび平均後輪速VwRから上下バウンス速度dZv(F)およびピッチ角速度dθp(F)を推定し、これらをバンドパスフィルタ処理部55,56に通して、車体振動のみを表す上下バウンス速度dZvおよびピッチ角速度dθpを抽出するため、以下の作用効果が奏し得られる。
【0070】
つまり、経時劣化や乗員数の増減などによっても変化することのない平均前輪速VwFおよび平均後輪速VwRから、上下バウンス速度dZvおよびピッチ角速度dθpを推定するため、経時劣化や乗員数の増減などによる影響を受けることなくその推定精度を高め得て、上記制振制御による効果を顕著なものにすることができる。
【0071】
なお、図6の前輪サスペンションジオメトリ特性および図7の後輪サスペンションジオメトリ特性は、そのままマップ化してメモリしておいたり、予めモデル化しておき、これらマップまたはモデルを用いて、前輪の前後方向変位Xtfおよび後輪の前後方向変位Xtrから、車体3の前軸上方箇所および後軸上方箇所における上下変位ZfおよびZrをそれぞれ予測するのが、上下変位Zf,Zrの予測精度の点では有利であるものの、コスト的に不利になる。
【0072】
しかし本実施例においては、一般的な走行を考えるとサスペンションストローク全域をカバーする必要がないとの観点から簡易的に、車両が平地に静止し、1Gの加速度が作用した状態での釣り合い点(図6,7の原点)付近における勾配KgeoF(図6の場合)およびKgeoR(図7の場合)で線形近似させ、これらKgeoF, KgeoRを比例係数として用い、これらと、前輪の前後方向変位Xtfおよび後輪の前後方向変位Xtrとから、車体3の前軸上方箇所および後軸上方箇所における上下変位ZfおよびZrをそれぞれ予測するため、コスト的に有利である。
【0073】
更に本実施例では、図3の車体振動状態量補完部26における積分器26a,26bとして、所定の時定数Tを設けた前記(11)式の伝達関数G(s)で表される擬似積分器を用い、ピッチ角速度dθpおよび上下バウンス速度dZvを疑似積分してピッチ角θpおよび上下バウンス量Zvを求めるため、
通常の積分演算のように演算負荷が大きくなったり、算出したピッチ角θpおよび上下バウンス量Zvが発散することがない。
【0074】
また本実施例のように擬似積分器を用いる場合は、時定数Tに基づく擬似積分時に古い情報が随時削除されることから、積分誤差の累積を防止することができ、算出したピッチ角θpおよび上下バウンス量Zvが発散することを回避することができる。
更に、積分時定数Tを少なくとも車体共振周期以上の値としたため、少なくとも共振周期分の情報はこれを確実に累積できることとなり、情報不足によりピッチ角θpおよび上下バウンス量Zvを算出することができなくなる事態を回避することができる。
【0075】
更に本実施例においては、図3の制駆動トルク補正量演算部27で車体振動抑制用の制駆動トルク補正量ΔTdを求めるに際し、図9に示すごとく車体振動x(上下バウンス量Zv、上下バウンス速度dZv、ピッチ角θp、ピッチ角速度dθp)に対し、レギュレータゲインKrを与えて乗算し、その結果である乗算値の線形和を制駆動トルク補正量ΔTdとするため、
制駆動トルク補正量ΔTdを簡単に求め得て、その演算負荷を低下させることができる。
【0076】
その際レギュレータゲインKrは、上下バウンス量Zv、上下バウンス速度dZv、ピッチ角θp、およびピッチ角速度dθpごとに抑制(軽減)度合いを重み付けして定めたため、
設計の自由度が高まると共に、レギュレータゲインKrとして各振動状態量のバランスをとることができ、実用上大いに有益である。
【0077】
なおレギュレータゲインKrは、上下バウンス量Zv、上下バウンス速度dZv、ピッチ角θp、およびピッチ角速度dθpごとに、抑制(軽減)度合いの重み付けパターンを変えて設定した複数のレギュレータゲインで構成し、
これら複数のレギュレータゲインと、上下バウンス量Zv、上下バウンス速度dZv、ピッチ角θp、およびピッチ角速度dθpとの積算値の総和を制駆動トルク補正量ΔTdとするようにしても同様な効果を達成することができる。
【0078】
更に、図3の制駆動トルク補正量演算部27で車体振動抑制用の制駆動トルク補正量ΔTdを求めるに際し、図10に示すごとく複数個のレギュレータゲイン (バウンス挙動を抑えるゲインKr1、およびピッチ挙動を抑えるゲインKr2)を用意しておき、これらレギュレータゲインKr1,Kr2に対するチューニングゲインG1,G2を設定し、上下バウンス量Zv、上下バウンス速度dZv、ピッチ角θp、およびピッチ角速度dθpと、複数のレギュレータゲインKr1,Kr2と、チューニングゲインG1,G2との積算値の総和を制駆動トルク補正量ΔTdとするようになす場合、
実車でのチューニングに際し、レギュレータゲインKr1,Kr2ごとにチューニングゲインG1,G2で重み付けを行うことができて、効果的なゲインチューニングが実現可能となって好都合である。
【0079】
<その他の実施例>
上記した実施例においては車体振動推定装置を、モータ4のみを動力源とする電気自動車の制駆動力操作を介した車体制振制御に用いる場合について説明したが、
内燃機関などのエンジン車を動力源として搭載する車両のエンジン制御を介した車体制振制御装置に対しても同様に用いることができるし、モータやエンジンの制駆動力操作に代え、サスペンション装置の操作を介した車体制振制御装置に対しても同様に用いることができる。
【0080】
更に図示例では、車体振動状態量補完部26が車体3の上下バウンス速度dZvおよびピッチ角速度dθpの積分により上下バウンス量Zvおよびピッチ角θpを求めて補完する場合について説明したが、
車体制振制御装置が上下バウンス加速度ddZvおよびピッチ角加速度ddθpを抑制するものである場合は、車体振動状態量補完部26が微分器を具え、車体3の上下バウンス速度dZvおよびピッチ角速度dθpの微分により上下バウンス加速度ddZvおよびピッチ角加速度ddθpを求めて、制駆動トルク補正量ΔTdの演算に供するようにしてもよい。
【0081】
また図示例では、車体3の上下バウンス速度dZvおよびピッチ角速度dθp、およびこれらを積分して求めた上下バウンス量Zvおよびピッチ角θpを、そのまま制駆動トルク補正量ΔTdの演算に資するようにしたが、
これら上下バウンス速度dZv、ピッチ角速度dθp、上下バウンス量Zvおよびピッチ角θpに対し、定常成分または低周波成分を除去するフィルタ処理を施したり、高周波成分を除去するフィルタ処理を施して、制駆動トルク補正量ΔTdの演算に供するのがよい。
【0082】
かかるフィルタ処理を施すことで、上下バウンス速度dZv、ピッチ角速度dθp、上下バウンス量Zvおよびピッチ角θp中のノイズやオフセットが除去され、その後の処理中にこれらノイズやオフセットが増幅されて、車体制振制御に悪影響が及ぶのを回避することができる。
【0083】
なお図示例では、車体振動物理量としての平均前輪速VwFおよび平均後輪速VwRから、或る車体振動状態量であるピッチ角速度dθpおよび上下バウンス速度dZvを算出することとしたが、
これらピッチ角速度dθpおよび上下バウンス速度dZvを直接的に若しくは間接的に検出する車体振動状態量検出手段を設け、当該手段による検出結果を或る車体振動状態量とするものであってもよい。
【0084】
また制駆動トルク補正量演算部27は、図示例のようにレギュレータゲインKr(Kr1,Kr2)を車体振動x(上下バウンス速度dZv、ピッチ角速度dθp、上下バウンス量Zvおよびピッチ角θp)に乗じて制駆動トルク補正量を求めるものに限られず、
車体振動x(上下バウンス速度dZv、ピッチ角速度dθp、上下バウンス量Zvおよびピッチ角θp)を車体3上の任意の2点(例えば前軸上方箇所および後軸上方箇所)における上下運動物理量に変換し、これら2点における車体上下運動物理量の少なくとも一方を軽減するのに必要な制駆動トルク補正量を求めて、車体制振制御に用いるようにしてもよいし、
車体振動x(上下バウンス速度dZv、ピッチ角速度dθp、上下バウンス量Zvおよびピッチ角θp)を車体3に対する前輪1FL,1FRおよび後輪1RL,1RRの相対的な上下運動物理量に変換し、これら前輪および後輪の上下運動物理量の少なくとも一方を軽減するのに必要な制駆動力補正量を求めて、車体制振制御に用いるようにしてもよい。
【符号の説明】
【0085】
1FL,1FR 左右前輪
1RL,1RR 左右後輪
2 ステアリングホイール
3 車体(バネ上質量)
4 モータ
5 変速機
6 モータコントローラ
7 バッテリ(蓄電器)
8 インバータ
11FL,11FR,11RL,11RR 車輪速センサ(車体振動物理量検出手段)
13 アクセル開度センサ
14 ブレーキペダル踏力センサ
20 車速演算部
21 要求トルク演算部
22 車体制振制御演算部
23 モータトルク指令値演算部
24 加算器(制駆動力補正手段)
25 車体振動推定部(車体振動状態量演算手段)
26 車体振動状態量補完部(車体振動状態量補完手段)
26a,26b 積分器
27 制駆動トルク補正量演算部(制駆動力補正量演算手段)
38 レギュレータゲイン
51 平均前輪速演算部
52 平均後輪速演算部
53 バウンス速度演算部
54 ピッチ角速度演算部
55,56 バンドパスフィルタ処理部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
サスペンション装置を介して車輪を懸架された車両のバネ上質量である車体の振動を推定するための装置において、
前記車体振動を表す物理量を検出する車体振動物理量検出手段と、
該手段で検出した車体振動物理量から、或る車体振動状態量を算出する車体振動状態量演算手段と、
該手段で演算した或る車体振動状態量から別の車体振動状態量を求める車体振動状態量補完手段とを具え、
前記車体振動状態量演算手段で求めた或る車体振動状態量、および、前記車体振動状態量補完手段で求めた別の車体振動状態量を、車体振動推定結果として出力するよう構成したことを特徴とする車体振動推定装置。
【請求項2】
請求項1に記載の車体振動推定装置において、
前記車体振動状態量補完手段は、前記車体振動状態量演算手段で求めた或る車体振動状態量の微積学処理値を前記別の車体振動状態量とするものであることを特徴とする車体振動推定装置。
【請求項3】
請求項2に記載の車体振動推定装置において、
前記車体振動状態量補完手段は微分器を具え、前記車体振動状態量演算手段で求めた或る車体振動状態量を該微分器により微分して得られた車体振動状態量の微分値を前記別の車体振動状態量とするものであることを特徴とする車体振動推定装置。
【請求項4】
請求項2または3に記載の車体振動推定装置において、
前記車体振動状態量補完手段は積分器を具え、前記車体振動状態量演算手段で求めた或る車体振動状態量を該積分器により積分して得られた車体振動状態量の積分値を前記別の車体振動状態量とするものであることを特徴とする車体振動推定装置。
【請求項5】
請求項4に記載の車体振動推定装置において、
前記積分器は、所定の時定数を具えた擬似積分器であり、該所定の時定数に応じ古い入力による成分が、積分結果の中から徐々に消去されるものであることを特徴とする車体振動推定装置。
【請求項6】
請求項5に記載の車体振動推定装置において、
前記擬似積分器は、前記所定の時定数が車体共振周期と同等以上の値であり、少なくとも共振周期分の情報を累積可能なものであることを特徴とする車体振動推定装置。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の車体振動推定装置において、
前記車体振動物理量検出手段は車体振動物理量として、前記車輪のうち、前輪の車輪速である前輪速に関した前輪速物理量および後輪の車輪速である後輪速に関した後輪速物理量をそれぞれ検出するものであり、
前記車体振動状態量演算手段は、前記前輪速物理量、および、前記車体に対する前輪の前後方向変位量と上下方向変位量との間における相関関係、並びに、前記後輪速物理量、および、前記車体に対する後輪の前後方向変位量と上下方向変位量との間における相関関係から、前記或る車体振動状態量を算出するものであることを特徴とする車体振動推定装置。
【請求項8】
請求項7に記載の車体振動推定装置において、
前記車体に対する前輪および後輪の前後方向変位量と上下方向変位量との間における相関関係は、前記サスペンション装置のリンク構造に応じ決まる幾何学的拘束条件であることを特徴とする車体振動推定装置。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれか1項に記載の車体振動推定装置において、
前記車体振動状態量補完手段は、自身の演算結果である前記別の車体振動状態量、または、前記車体振動状態量演算手段からの或る車体振動状態量、或いは、これら別の車体振動状態量および或る車体振動状態量の双方に対し、定常成分または低周波成分を除去するフィルタ処理を施すものであることを特徴とする車体振動推定装置。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれか1項に記載の車体振動推定装置において、
前記車体振動状態量補完手段は、自身の演算結果である前記別の車体振動状態量、または、前記車体振動状態量演算手段からの或る車体振動状態量、或いは、これら別の車体振動状態量および或る車体振動状態量の双方に対し、高周波成分を除去するフィルタ処理を施すものであることを特徴とする車体振動推定装置。
【請求項11】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の車体振動推定装置において、
前記車体振動物理量検出手段および車体振動状態量演算手段に代え、前記車体振動状態量を直接的に若しくは間接的に検出する車体振動状態量検出手段を設け、
該手段で検出した車体振動状態量を前記或る車体振動状態量とするものであることを特徴とする車体振動推定装置。
【請求項12】
請求項1〜11のいずれか1項に記載の車体振動推定装置において、
前記車体振動状態量演算手段が算出する或る車体振動状態量は、ピッチ角速度と上下バウンス速度とであり、
前記車体振動状態量補完手段が求める別の車体振動状態量は、ピッチ角およびピッチ角加速度の少なくとも一方と、上下バウンス量および上下バウンス加速度の少なくとも一方とであることを特徴とする車体振動推定装置。
【請求項13】
請求項1〜16のいずれか1項に記載の車体振動推定装置を具え、
前記車体振動状態量演算手段が算出した或る車体振動状態量、および、前記車体振動状態量補完手段で求めた別の車体振動状態量を軽減するのに必要な制駆動力補正量を演算する制駆動力補正量演算手段と、
該手段で求めた制駆動力補正量だけ前記車両の制駆動力を補正する制駆動力補正手段とを設けてなることを特徴とする車体制振制御装置。
【請求項14】
請求項13に記載の車体制振制御装置において、
前記制駆動力補正量演算手段は、前記或る車体振動状態量および別の車体振動状態量に所定のゲインを乗じて前記制駆動力補正量を求めるものであることを特徴とする車体制振制御装置。
【請求項15】
請求項13または14に記載の車体制振制御装置において、
前記制駆動力補正量演算手段は、前記或る車体振動状態量および別の車体振動状態量に所定のゲインを乗じて得られる乗算値の線形和を前記制駆動力補正量とするものであることを特徴とする車体制振制御装置。
【請求項16】
請求項15に記載の車体制振制御装置において、
前記所定のゲインは、前記或る車体振動状態量および別の車体振動状態量の種類ごとに抑制度合いを重み付けして定めたレギュレータゲインであることを特徴とする車体制振制御装置。
【請求項17】
請求項16に記載の車体制振制御装置において、
前記所定のゲインは、前記或る車体振動状態量および別の車体振動状態量に対する抑制度合いの重み付けパターンを変えて設定した複数のレギュレータゲインから成るものであり、
前記制駆動力補正量演算手段は、該複数のレギュレータゲインと前記或る車体振動状態量および別の車体振動状態量との積算値の総和を前記制駆動力補正量とするものであることを特徴とする車体制振制御装置。
【請求項18】
請求項15に記載の車体制振制御装置において、
前記所定のゲインは、前記或る車体振動状態量および別の車体振動状態量に対する抑制度合いの重み付けパターンを変えて設定した複数のレギュレータゲインから成るものであり、
前記制駆動力補正量演算手段は、該複数のレギュレータゲインと、これらレギュレータゲインに対するチューニングゲインと、前記或る車体振動状態量および別の車体振動状態量との積算値の総和を前記制駆動力補正量とするものであることを特徴とする車体制振制御装置。
【請求項19】
請求項13に記載の車体制振制御装置において、
前記制駆動力補正量演算手段は、前記或る車体振動状態量および別の車体振動状態量を車体上の任意の2点における上下運動物理量に変換し、これら2点における車体上下運動物理量の少なくとも一方を軽減するのに必要な制駆動力補正量を求めて、前記制駆動力補正手段による制駆動力補正に供するものであることを特徴とする車体制振制御装置。
【請求項20】
請求項13に記載の車体制振制御装置において、
前記制駆動力補正量演算手段は、前記或る車体振動状態量および別の車体振動状態量を、車体に対する前輪および後輪の相対的な上下運動物理量に変換し、これら前輪および後輪の上下運動物理量の少なくとも一方を軽減するのに必要な制駆動力補正量を求めて、前記制駆動力補正手段による制駆動力補正に供するものであることを特徴とする車体制振制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−46037(P2012−46037A)
【公開日】平成24年3月8日(2012.3.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−189027(P2010−189027)
【出願日】平成22年8月26日(2010.8.26)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】