説明

サファイア基板上超電導酸化物多層薄膜及びその作製方法

【課題】高臨界電流密度であり、かつ、クラックの生じない高温超電導酸化物(RE)Ba2Cu3O7 (RE = Y, Nd, Sm, Eu, Gd, Dy, Ho, Er, Yb)(以下 (RE)BCO 薄膜と略称)の薄膜及びその作製方法を提供する。
【解決手段】
バッファ層を有するサファイア単結晶基板のバッファ層上に、1%以上の空孔を導入した高温超電導酸化物 (RE)BCO 薄膜を、間に (RE)BCO 薄膜とは異なるRE’を選んだ (RE’)Ba2Cu3O7の中間層薄膜を介して設けた多層構造の(RE)BCO 薄膜及びその製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
一般に、超電導体は、超電導状態においては電気抵抗ゼロで大きな電流を流すことができるが、ある決まった電流値(臨界電流)より大きな電流を流すと電気抵抗が発生する。さらに電流を大きくして行くと、発生する熱のため超電導体の温度が上昇し、常電導状態になって、より大きな電気抵抗を生じる。このような超電導体の特徴を生かして、通常時は抵抗ゼロで、電力系統の短絡事故時に大きな抵抗を発生して事故電流の増大を抑制するような新しい電力機器(限流器)を作ることができる。また、超電導体は、マイクロ波領域の電磁波に対して金属銅よりもはるかに低い抵抗(表面抵抗)を示し、高選択性・低損失のフィルターなどのマイクロ波デバイスを作ることができる。そして、これら超電導限流器や超電導マイクロ波デバイスには、大面積の高温超電導酸化物薄膜が最も重要な材料として用いられている。
【0002】
本発明は、高臨界電流密度であり、かつ、クラックの生じない大面積の高温超電導酸化物薄膜及びその作製方法に関する。
【背景技術】
【0003】
サファイア(単結晶アルミナ)基板は、大面積単結晶基板として安価であること、機械的強度が大きいこと、誘電率が小さいこと、液体窒素温度近傍において金属銅よりも大きな熱伝導率を有することなど多くの利点を有する。R面(1102)(またはA面(1120))が表面になるようにカット・研磨したサファイア基板の上に拡散防止と格子整合のためのバッファ層(CeO2 など)を成膜し、その上に(RE)Ba2Cu3O7 (RE = Y, Nd, Sm, Eu, Gd, Dy, Ho, Er, Yb) 薄膜(以下 (RE)BCO 薄膜と略称)を作製すると、高品質な薄膜が比較的容易に得られるため、限流器・マイクロ波フィルター用の材料として実用化が期待されている(図1)。これまで、このようなバッファ層は、パルスレーザー蒸着法やスパッタリング法・電子ビーム蒸着法などの物理蒸着法で作製されており、また、その上の (RE)BCO 薄膜は、パルスレーザー蒸着法・スパッタリング法・電子ビーム蒸着法などの物理蒸着法のみならず、塗布熱分解法などの化学的な方法でも作製されている。
【0004】
サファイア基板は熱膨張係数が (RE)BCO よりも小さいため、(RE)BCO の成膜温度(600℃以上)から素子動作温度(液体窒素温度 77.3 K、あるいはそれ以下)に冷却した際に (RE)BCO に引っ張り歪みが生じ、欠陥の少ない薄膜では臨界膜厚(〜300 nm)以上でマイクロクラックが生じる。その結果、通常作製される (RE)BCO 薄膜の膜厚は 300 nm 以下であり、限流器応用では、単位幅当りの臨界電流(臨界面電流)を大きくできない、と言う欠点があった。また、マイクロ波フィルター応用でも、望ましい膜厚(〜500 nm 以上)を実現できないため、表面抵抗やそのパワー依存性が他の基板上の薄膜と比べて劣っていた。
【0005】
大面積パルスレーザー蒸着法やスパッタリング法において、意図的に組成を化学量論組成からYリッチにずらすことによって、サファイア基板上の YBCO 薄膜に適当量の空孔を導入し、クラック生成の臨界膜厚を 1,000 nm 以上に大きく向上させることができることが報告されている(非特許文献1参照)。そして、色々と薄膜の組成を変えて表面形態を調べた実験によって、数%以上の面積の空孔の存在がクラック抑制に必要であることが明らかになった(下記非特許文献2参照)。しかし、膜厚向上とともに臨界電流密度 Jc が大きく低下するため(図2)、臨界面電流の大きな向上は実現していなかった(下記非特許文献3参照)。
【0006】
最近、このような積層構造を用いて膜厚向上に伴う Jc 低下を抑制する試みとして、YBCO 薄膜を単一層構造ではなく、間に YBCO 薄膜とは異なる中間層薄膜を含む多層構造を採用する方法が報告されている(下記非特許文献4,5参照)。下記非特許文献5によると、SrTiO3 単結晶基板上に作製した 100-400 nm 厚の YBCO 薄膜の上に 50 nm 厚の NdBa2Cu3O7 (NdBCO) 薄膜を作製し、さらにその上に100-400 nm 厚の YBCO を成膜する多層構造薄膜を作製すると、単一層構造の膜と比べて Jc が大きく向上すると共に、多層膜の表面が非常に平滑で、ほとんど空孔が存在しないことが記されている。しかし、大面積薄膜応用として重要であり、かつ、熱膨張係数の差によって (RE)BCO 薄膜に引っ張りひずみが生ずるサファイア基板上に、多層構造を利用して厚膜を作製する試みはまだなかった。
【0007】
【非特許文献1】K. Develos-Bagarinao, H. Yamasaki, Y. Nakagawa, H. Obara and H. Yamada, “Microcrack-free thick YBCO/CeO2/Al2O3 films prepared by a large-area pulsed laser deposition system,” Physica C 392-396, 1229 (2003).
【非特許文献2】K. Develos-Bagarinao, H. Yamasaki, J. C. Nie, M. Murugesan, H. Obara, and Y. Nakagawa, “Control of Porosity and Composition in Large-area YBCO Films to Achieve Micrometer Thickness and High Jc on Sapphire Substrates, “ IEEE. Trans. Appl. Supercond. 15, 2962 (2005).
【非特許文献3】K. Develos-Bagarinao, H. Yamasaki, J. Nie and Y. Nakagawa, “Thickness dependence of Jc for YBCO thin films prepared by large-area pulsed laser deposition on CeO2-buffered sapphire substrates,” Supercond. Sci. Tech. 18, 667 (2005).
【非特許文献4】Q. X. Jia, S. R. Foltyn, P. N. Arendt and J. F. Smith, “High-temperature superconducting thick films with enhanced supercurrent carrying capability,”Applied Physics Letters 80, 1601 (2002).
【非特許文献5】A. V. Pan, S. Pysarenko and S. X. Dou, “Drastic improvement of surface structure and current-carrying ability in YBa2Cu3O7 films by introducing multilayered structure,” Applied Physics Letters 88, 232506 (2006).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、高臨界電流密度であり、かつ、クラックの生じない高温超電導酸化物 (RE)Ba2Cu3O7 (RE = Y, Nd, Sm, Eu, Gd, Dy, Ho, Er, Yb)(以下 (RE)BCO 薄膜と略称)の薄膜及びその作製方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、上記課題を達成するために以下の解決手段を採用する。
すなわち、本発明は、バッファ層を有するサファイア単結晶基板のバッファ層上に、1%以上の空孔を導入した高温超電導酸化物 (RE)BCO 薄膜を、間に (RE)BCO 薄膜とは異なるRE’を選んだ (RE’)Ba2Cu3O7の中間層薄膜を介して設けた多層構造の(RE)BCO 薄膜である。
また、本発明では、中間層薄膜を、高温超電導酸化物 (RE)BCO 薄膜中に、2層以上存在させることができる。
さらに、本発明は、(RE)BCO 薄膜の(RE)がYであり、中間層薄膜の(RE)がDyとすることが好ましい。
また、本発明は、バッファ層を有するサファイア単結晶基板のバッファ層上に、1層目の空孔率1%以上の (RE)BCO 薄膜を設け、次いで (RE)BCO 薄膜とは異なるRE’を選んだ (RE’)Ba2Cu3O7の中間層薄膜を設け、次いで、2層目の空孔率1%以上の (RE)BCO 薄膜を設けた多層構造の(RE)BCO 薄膜の製造方法である。
さらに、本発明は、2層目の空孔率1%以上の (RE)BCO 薄膜の上に、(RE)BCO 薄膜とは異なるRE’を選んだ (RE’)Ba2Cu3O7の中間層薄膜を設け、次いで、3層目の空孔率1%以上の (RE)BCO 薄膜を設けた多層構造の(RE)BCO 薄膜の製造方法である。
【発明の効果】
【0010】
本願発明によって、サファイア基板上に、比較的厚く、かつ、高臨界電流密度の (RE)BCO 薄膜をクラックなしに作製することに成功した。これにより、市販の薄膜より高い臨界面電流を有する (RE)BCO 薄膜を作製することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
大面積超電導薄膜を用いた薄膜限流器では、できるだけ大きな電流を抵抗ゼロで流すことが求められ、そのためには、単位幅当りの臨界電流(臨界面電流)が高い高温超電導酸化物薄膜を作製する必要が有る。臨界面電流は、臨界電流密度(単位断面積当りの臨界電流、Jc)と膜厚の積であるので、その両者が大きい方が望ましい。また、超電導マイクロ波フィルターに応用される大面積超電導薄膜には、マイクロ波表面抵抗が出来るだけ低いことが要求され、そのためには、膜厚は、超電導体の磁界侵入長の2倍(典型的には 500 nm)以上有ることが望ましい。
【0012】
本発明では、格子整合と拡散防止のためのバッファ層(CeO2 など)を有するサファイア単結晶基板上に高性能の高温超電導酸化物 (RE)BCO 薄膜をできるだけ厚くクラックなしに作製するため、(RE)BCO 薄膜に適当量の空孔を導入するとともに、(RE)BCO 薄膜を単一層構造ではなく、間に (RE)BCO 薄膜とは異なる中間層薄膜を含む多層構造を採用することができる(図3参照)。
また、この構造でも、基板と薄膜との熱膨張の差に起因する熱応力を緩和し、マイクロクラックが生成することなく膜厚を向上できる。さらに、(RE)BCO 単位層の厚さを臨界電流密度 Jc の低下が生じない厚さ(〜300 nm)以下にすることによって、膜厚向上に伴う Jc 低下を抑制できるため、結果として高い Jc を有する厚膜化が可能となって、薄膜の単位幅当りの臨界電流(臨界面電流)を大きく向上させることができる。
【0013】
本発明においては、まず、格子整合と拡散防止のためのバッファ層(CeO2 など)を有するサファイア単結晶基板上に、適当量(1%以上)の空孔を導入し、かつ、間に中間層を含む多層構造を有するように成膜する。
ここで、空孔率(%)とは、薄膜表面における孔の面積/全表面の百分率である。
さらに本発明は、特定の空孔率を有する (RE)BCO 多層薄膜であって、多層構造に用いる中間層を、REとは別の希土類元素 RE’ による (RE’)BCO 薄膜とすることにより、高臨界電流密度であり、かつ、クラックの生じない高温超電導酸化物 (RE)BCO の薄膜である多層薄膜が得られる事実を見出したものである。
【0014】
本発明においては、バッファ層(CeO2 など)を有するサファイア単結晶基板上に、大面積パルスレーザー蒸着法(PLD法)などで、適当に空孔を導入しつつ(RE)BCO 薄膜を作製する。その膜厚は、高い Jc が容易に得られる 300 nm 以下とする。
また、本発明においては、この (RE)BCO 層の上に、同様の蒸着方法で、適当な中間層薄膜を適当な厚さ(数十 nm)で成膜し、さらにその上に、適当量の空孔を含む 300 nm 以下の (RE)BCO 層を成膜して、2層からなる (RE)BCO 積層膜を作製する。この工程を複数回繰り返して、3層以上の積層膜を作製することも可能であり(図3)、この構造でも、基板と薄膜との熱膨張の差に起因する熱応力を緩和し、クラックなしに比較的厚い薄膜を得ることが出来る。
【0015】
しかし、本発明者は、本発明の中間層以外の中間層たとえば、多層構造を構成するための中間層として、非特許文献4で用いられているのと同じ CeO2 を用いると、サファイア基板上で、適当量の空孔を含む YBCO 薄膜の上に CeO2 中間層を作製して多層構造を構成しても、YBCO 膜の表面が平滑でないためか、CeO2 との間に反応が起こって、表面が白っぽくなることが多くあり、結果として、CeO2 中間層を有する YBCO 多層構造薄膜の臨界面電流を向上させることはできない事実も知っている。
【0016】
このような事実から、本発明者は、YBCO と格子定数が近い DyBa2Cu3O7 (DyBCO) を中間層として多層構造薄膜を作製したところ、きれいな多層構造薄膜を得ることができ、臨界面電流も向上した。これは、実用上重要なサファイア基板の上に多層構造膜を作製して厚膜化した初めての試みである。
本発明について実施例を用いてさらに詳しく説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0017】
(1)R面(1102)が表面になるようにカット・研磨したサファイア基板の上に拡散防止と格子整合のための CeO2 バッファ層(膜厚:30 nm)を大面積PLD法で成膜し、CeO2 層の表面平坦化のため、酸素中における高温度(1050℃)における短時間アニールを施した。
(2)この CeO2 バッファ層の上に YBCO 薄膜を大面積PLD法により約 250 nm の厚さで成膜した。図4a の走査電子顕微鏡写真では、表面に空孔と析出物が観測される。
(3)この YBCO 薄膜の上に DyBCO 薄膜(膜厚:50 nm)を作製し、さらにその上に YBCO 薄膜(膜厚:250 nm)を作製して、全体として膜厚が 550 nm の酸化物超電導多層薄膜を作製した。その表面の走査電子顕微鏡写真を図4b に示すが、同じ条件で成膜した単一層 YBCO 薄膜(膜厚:500 nm)の表面(図4c)と比較して、空孔が少なく、平滑である。しかし、表面にマイクロクラックは観測されない。
(4)(3)の多層膜について臨界電流密度を測定したところ、図2に示すように、多層化の効果によって、膜厚増加に伴う臨界電流密度の低下が抑制された。結果として、単位幅当りの臨界電流(臨界面電流)が向上し、77.3 K において約 120 A/cm と言う値が得られた。なお、この値は、市販のサファイア単結晶基板上の YBCO 薄膜(膜厚:250-300 nm)と比較して、約 1.3 倍である。
【産業上の利用可能性】
【0018】
本願発明により得られる(RE)BCO 薄膜は、高臨界電流密度であり、かつ、クラックを生じないので、薄膜限流器など各種の超電導利用装置を作成することができ、産業上利用価値が高い。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】サファイア基板、バッファ層、超電導酸化物薄膜の関係を示す模式図。
【図2】サファイアR面単結晶基板の上に大面積PLD法で作製した YBCO 薄膜の臨界電流密度の膜厚依存性。(□)通常の単一層構造の YBCO 薄膜。(●)YBCO/DyBCO/YBCO 積層膜。
【図3】CeO2 バッファ層を有するサファイア単結晶基板の上に作製した (RE)BCO/中間層/(RE)BCO 多層膜の模式図。左は2層膜、右は3層膜を表す。
【図4a】CeO2 バッファ層を有するサファイア単結晶基板の上に作製した YBCO 薄膜(膜厚:250 nm)の表面の走査電子顕微鏡写真。
【図4b】YBCO/DyBCO/YBCO 多層膜(全体の膜厚:550 nm)の表面。
【図4c】YBCO 単一層構造膜(膜厚:500 nm)の表面。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
バッファ層を有するサファイア単結晶基板のバッファ層上に、1%以上の空孔を導入した高温超電導酸化物 (RE)Ba2Cu3O7 (RE = Y, Nd, Sm, Eu, Gd, Dy, Ho, Er, Yb) 薄膜(以下 (RE)BCO 薄膜と略称)を、間に (RE)BCO 薄膜とは異なるRE’を選んだ(RE’)Ba2Cu3O7の中間層薄膜を介して設けた多層構造の(RE)BCO 薄膜。
【請求項2】
中間層薄膜が、高温超電導酸化物 (RE)BCO 薄膜中に、2層以上存在している多層構造の(RE)BCO 薄膜。
【請求項3】
(RE)BCO 薄膜の(RE)がYであり、中間層薄膜の(RE)がDyである請求項1又は請求項2に記載した多層構造の(RE)BCO 薄膜。
【請求項4】
バッファ層を有するサファイア単結晶基板のバッファ層上に、1層目の空孔率1%以上の高温超電導酸化物 (RE)Ba2Cu3O7 (RE = Y, Nd, Sm, Eu, Gd, Dy, Ho, Er, Yb) 薄膜(以下 (RE)BCO 薄膜と略称)を設け、次いで (RE)BCO 薄膜とは異なるRE’を選んだ (RE’)Ba2Cu3O7の中間層薄膜を設け、次いで、2層目の空孔率1%以上の (RE)BCO 薄膜を設けた多層構造の(RE)BCO 薄膜の製造方法。
【請求項5】
2層目の空孔率1%以上の (RE)BCO 薄膜の上に、(RE)BCO 薄膜とは異なるRE’を選んだ (RE’)Ba2Cu3O7の中間層薄膜を設け、次いで、3層目の空孔率1%以上の(RE)BCO 薄膜を設けた多層構造の(RE)BCO 薄膜の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4a】
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【図4b】
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【図4c】
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【公開番号】特開2008−140789(P2008−140789A)
【公開日】平成20年6月19日(2008.6.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−322439(P2006−322439)
【出願日】平成18年11月29日(2006.11.29)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成18年度経済産業省委託研究「超電導薄膜限流器研究開発」委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】