説明

ハイブリッド車両の制御装置

【課題】エンジン始動時における第2クラッチの締結防止によるショック低減と、バッテリの劣化防止と、の両立を図ること。
【解決手段】ハイブリッド車両の制御装置は、エンジン1と、モータジェネレータ2と、第1クラッチ4と、第2クラッチ5と、バッテリ電力制限拡大制御手段(図12)と、を備える。モータジェネレータ2は、バッテリ8からの電力により駆動する。第1クラッチ4は、エンジンとモータジェネレータ2の間に介装され、モータジェネレータ2をスタータモータとするエンジン始動時に締結される。第2クラッチ5は、モータジェネレータ2とタイヤ7,7の間に介装され、エンジン始動時にスリップ締結される。バッテリ電力制限拡大制御手段(図12)は、エンジン始動時、最もモータトルクが必要な状態を含むエンジン始動領域を検知すると、通常時のバッテリ電力制限を一時的に拡大する電力制限拡大要求を出す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、1モータ・2クラッチのパワートレーン系にてエンジン始動制御を行うハイブリッド車両の制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、エンジンとモータ間にクラッチを備えたハイブリッド車両において、エンジン始動の際、クラッチを締結してモータトルクをエンジンに伝達することによりエンジン始動を行うものが知られている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2003−200758号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、従来のハイブリッド車両の制御装置にあっては、強電バッテリ状態やドライバ操作により入力回転が高い状態で、エンジン始動を実施した場合、バッテリまたはインバータの電力制限により、モータトルクが通常よりも小さくなる。このように、モータトルクが通常よりも小さくなると、必要トルクが決まっているエンジン始動分トルクに対し駆動分トルクが減ってしまう。したがって、モータと駆動輪との間にエンジン始動時にスリップ締結させるクラッチを介装した場合、駆動分トルクが減ってしまうことによるG抜けによりヘジ感が出る。さらに、スリップ回転数を大きくすることができないため、クラッチバラつきによりクラッチが締結してしまった場合にはショックが発生する、という問題がある。
【0005】
本発明は、上記問題に着目してなされたもので、エンジン始動時における第2クラッチの締結防止によるショック低減と、バッテリの劣化防止と、の両立を図ることができるハイブリッド車両の制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するため、本発明のハイブリッド車両の制御装置は、エンジンと、モータと、第1クラッチと、第2クラッチと、バッテリ電力制限拡大制御手段と、を備える手段とした。
前記モータは、バッテリからの電力により駆動する。
前記第1クラッチは、前記エンジンと前記モータの間に介装され、前記モータをスタータモータとするエンジン始動時に締結される。
前記第2クラッチは、前記モータと駆動輪の間に介装され、前記エンジン始動時にスリップ締結される。
前記バッテリ電力制限拡大制御手段は、前記エンジン始動時、最もモータトルクが必要な状態を含むエンジン始動領域を検知すると、通常時のバッテリ電力制限を一時的に拡大する電力制限拡大要求を出す。
【発明の効果】
【0007】
よって、エンジン始動時、バッテリ電力制限拡大制御手段において、最もモータトルクが必要な状態を含むエンジン始動領域が検知されると、通常時のバッテリ電力制限を一時的に拡大する電力制限拡大要求が出される。
すなわち、エンジン始動を実施した場合、バッテリまたはインバータの電力制限があっても、最もモータトルクが必要な状態ではバッテリ状態等が許す限り要求に応えてバッテリ電力制限が拡大される。このため、エンジン始動時に駆動分トルクが減ってしまうことが抑えられ、第2クラッチのスリップ回転数を大きく設定することができ、例えクラッチバラつきがあったとしても第2クラッチが締結してしまうことが防止される。さらに、エンジン始動時のうち、最もモータトルクが必要な状態を含むエンジン始動領域でのみ一時的にバッテリ電力制限を拡大するため、長時間にわたってバッテリ電力制限を拡大することによるバッテリ劣化が防止される。
この結果、エンジン始動時における第2クラッチの締結防止によるショック低減と、バッテリの劣化防止と、の両立を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】実施例1の制御装置が適用されたハイブリッド車両のパワートレーン系を示すパワートレーン系構成図である。
【図2】実施例1の制御装置が適用されたハイブリッド車両の制御システムを示す制御システム構成図である。
【図3】実施例1の統合コントローラを示す演算ブロック図である。
【図4】実施例1の制御装置で用いられる定常目標トルクマップ(a)とMGアシストトルクマップ(b)を示すマップ図である。
【図5】実施例1の制御装置で用いられるエンジン始動停止線マップを示すマップ図である。
【図6】実施例1の制御装置で用いられるバッテリSOCに対する走行中要求発電出力を示す特性図である。
【図7】実施例1の制御装置で用いられるエンジンの最良燃費線を示す特性図である。
【図8】実施例1の自動変速機における変速線の一例を示す変速マップ図である。
【図9】実施例1の統合コントローラにて実行される統合制御演算処理の構成および流れを示すフローチャートである。
【図10】図9のステップS03にて実行されるモータ制限トルク演算処理でのモータ上限トルク演算処理を示す演算ブロック図である。
【図11】図9のステップS05にて実行される目標走行モード演算処理での目標走行モード遷移の一例を示す目標走行モード図である。
【図12】EVモードからのエンジン始動時に図9のステップS07にて実行されるエンジン始動時電力拡大要求演算処理の構成および流れを示すフローチャートである。
【図13】比較例においてEVモードからのエンジン始動時にバッテリ電力制限を拡大しない場合のモータトルク分担とバッテリ電力制限の関係を示す課題説明図である。
【図14】実施例1においてEVモードからエンジン始動制御を経由してHEVモードへモード遷移するときのアクセル開度・電力制限値・トルク・CL1,CL2トルク容量・CL1ストローク・回転数の各特性を示すタイムチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明のハイブリッド車両の制御装置を実現する最良の形態を、図面に示す実施例1に基づいて説明する。
【実施例1】
【0010】
まず、構成を説明する。
図1は、実施例1の制御装置が適用されたハイブリッド車両のパワートレーン系を示す。以下、図1に基づきパワートレーン系構成を説明する。
【0011】
実施例1のハイブリッド車両のパワートレーン系は、図1に示すように、エンジン1と、モータジェネレータ2(モータ)と、自動変速機3と、第1クラッチ4と、第2クラッチ5と、ディファレンシャルギア6と、タイヤ7、7(駆動輪)と、を備えている。
【0012】
実施例1のハイブリッド車両は、エンジンと1モータ・2クラッチを備えたパワートレーン系構成であり、走行モードとして、第1クラッチ4の締結による「HEVモード」と、第1クラッチ4の開放による「EVモード」と、第2クラッチ5をスリップ締結状態にして走行する「WSCモード」と、を有する。
【0013】
前記エンジン1は、その出力軸とモータジェネレータ2(略称MG)の入力軸とが、トルク容量可変の第1クラッチ4(略称CL1)を介して連結される。
【0014】
前記モータジェネレータ2は、その出力軸と自動変速機3(略称AT)の入力軸とが連結される。
【0015】
前記自動変速機3は、その出力軸にディファレンシャルギア6を介してタイヤ7、7が連結される。
【0016】
前記第2クラッチ4(略称CL2)は、自動変速機3のシフト状態に応じて異なる変速機内の動力伝達を担っているトルク容量可変のクラッチ・ブレーキによる締結要素のうち、1つを用いている。これにより自動変速機3は、第1クラッチ4を介して入力されるエンジン1の動力と、モータジェネレータ2から入力される動力を合成してタイヤ7、7へ出力する。
【0017】
前記第1クラッチ4と前記第2クラッチ5には、例えば、比例ソレノイドで油流量および油圧を連続的に制御できる湿式多板クラッチ等を用いればよい。このパワートレーン系には、第1クラッチ4の接続状態に応じて2つの運転モードがあり、第1クラッチ4の切断状態では、モータジェネレータ2の動力のみで走行する「EVモード」であり、第1クラッチ4の接続状態では、エンジン1とモータジェネレータ2の動力で走行する「HEVモード」である。
【0018】
そして、パワートレーン系には、エンジン1の回転数を検出するエンジン回転センサ10と、モータジェネレータ2の回転数を検出するMG回転センサ11と、自動変速機3の入力軸回転数を検出するAT入力回転センサ12と、自動変速機3の出力軸回転数を検出するAT出力回転センサ13と、が設けられる。
【0019】
図2は、実施例1の制御装置が適用されたハイブリッド車両の制御システムを示す。以下、図2に基づいて制御システム構成を説明する。
【0020】
実施例1の制御システムは、図2に示すように、統合コントローラ20と、エンジンコントローラ21と、モータコントローラ22と、インバータ8と、バッテリ9と、ソレノイドバルブ14と、ソレノイドバルブ15と、アクセル開度センサ17と、CL1ストロークセンサ23と、SOCセンサ16と、を備えている。
【0021】
前記統合コントローラ20は、パワートレーン系構成要素の動作点を統合制御する。この統合コントローラ20では、アクセル開度APOとバッテリ充電状態SOCと、車速VSP(自動変速機出力軸回転数に比例)と、に応じて、運転者が望む駆動力を実現できる運転モードを選択する。そして、モータコントローラ22に目標MGトルクもしくは目標MG回転数を指令し、エンジンコントローラ21に目標エンジントルクを指令し、ソレノイドバルブ14、15に駆動信号を指令する。
【0022】
前記エンジンコントローラ21は、エンジン1を制御する。前記モータコントローラ22は、モータジェネレータ2を制御する。前記インバータ8は、モータジェネレータ2を駆動する。前記バッテリ9は、電気エネルギーを蓄える。前記ソレノイドバルブ14は、第1クラッチ4の油圧を制御する。前記ソレノイドバルブ15は、第2クラッチ5の油圧を制御する。前記アクセル開度センサ17は、アクセル開度(APO)を検出する。前記CL1ストロークセンサ23は、第1クラッチ4(CL1)のクラッチピストンのストロークを検出する。前記SOCセンサ16は、バッテリ9の充電状態を検出する。
【0023】
図3は、実施例1の統合コントローラ20を示す演算ブロック図である。以下、図3に基づいて統合コントローラ20の構成を説明する。
【0024】
前記統合コントローラ20は、図3に示すように、目標駆動トルク演算部100と、モード選択部200と、目標発電出力演算部300と、動作点指令部400と、変速制御部500と、を備えている。
【0025】
前記目標駆動トルク演算部100は、図4(a)に示す目標定常駆動トルクマップと、図4(b)に示すMGアシストトルクマップを用いて、アクセル開度APOと車速VSPから、目標定常駆動トルクとMGアシストトルクを算出する。
【0026】
前記モード選択部200は、図5に示す車速毎のアクセル開度で設定されているエンジン始動停止線マップを用いて、運転モード(HEVモード、EVモード)を演算する。エンジン始動線とエンジン停止線は、エンジン始動線(SOC高、SOC低)とエンジン停止線(SOC高、SOC低)の特性に代表されるように、バッテリSOCが低くなるにつれて、アクセル開度APOが小さくなる方向に低下する特性として設定されている。
ここで、エンジン始動処理は、「EVモード」の選択状態で図5に示すエンジン始動線をアクセル開度APOが越えた時点で、第2クラッチ5をスリップさせるように、第2クラッチ5のトルク容量を制御する。そして、第2クラッチ5がスリップ開始したと判断した後に第1クラッチ4の締結を開始してエンジン回転を上昇させる。エンジン回転が初爆可能な回転数に達成したらエンジン1を燃焼作動させ、モータ回転数とエンジン回転数が近くなったところで第1クラッチ4を完全に締結する。その後、第2クラッチ5をロックアップさせて「HEVモード」に遷移させることをいう。
【0027】
前記目標発電出力演算部300は、図6に示す走行中発電要求出力マップを用いて、バッテリSOCから目標発電出力を演算する。また、現在の動作点から図7で示す最良燃費線までエンジントルクを上げるために必要な出力を演算し、前記目標発電出力と比較して少ない出力を要求出力として、エンジン出力に加算する。
【0028】
前記動作点指令部400では、アクセル開度APOと目標定常トルク、MGアシストトルクと目標モードと車速VSPと要求発電出力とを入力する。そして、これらの入力情報を動作点到達目標として、過渡的な目標エンジントルクと目標MGトルクと目標CL2トルク容量と目標変速比とCL1ソレノイド電流指令を演算する。
【0029】
前記変速制御部500は、目標CL2トルク容量と目標変速比とから、これらを達成するように自動変速機3内のソレノイドバルブを駆動制御する。図8に変速制御で用いられる変速線マップの一例を示す。車速VSPとアクセル開度APOから現在の変速段から次変速段をいくつにするか判定し、変速要求があれば変速クラッチを制御して変速させる。
【0030】
図9は、実施例1の統合コントローラ20にて実行される統合制御演算処理の構成および流れを示す。以下、図9の各ステップについて説明する。
【0031】
ステップS01では、各コントローラからデータを受信し、次のステップS02では、センサ値を読み込み、後の演算に必要な情報を取り込む。
【0032】
ステップS03では、ステップS02でのセンサ値読み込みに続き、電池状態に応じた電力制限値(バッテリ監視ECUまたは演算で算出)及びエンジン始動時電力拡大要求に応じて算出した始動時拡大電力(バッテリ監視ECUまたは演算で算出)を用いて、モータ上限トルクを算出し、ステップS04へ進む(図10参照)。
なお、電力が拡大された場合は、電力制限値であるモータ上限トルクを上昇し、要求トルクが低下した後は、車両挙動への影響を与えないように徐々に低下させる。
【0033】
ステップS04では、ステップS03でのモータ制限トルク演算に続き、車速VSP、アクセル開度APO、ブレーキ油圧BPSに基づくブレーキ制動力に応じて目標駆動トルクを演算し、ステップS05へ進む。
【0034】
ステップS05では、ステップS04での目標駆動トルクの演算に続き、目標駆動トルク、バッテリSOC、アクセル開度APO、車速VSP、路面勾配、等の車両状態に応じて、目標走行モードを選択し、ステップS06へ進む。
参考として、図11に「EVモード」と「HEVモード」と「WSCモード」を互いに遷移する目標走行モードの抜粋を示す。ここで、「WSCモード」とは、第2クラッチ5(CL2)をスリップさせての「HEVモード」による走行モードをいう。ステップS05の演算で、「EVモード」から「HEVモード」もしくは「WSCモード」を選択した場合には、エンジン始動を実施する。
【0035】
ステップS06では、ステップS05での目標走行モード演算に続き、エンジン始動時の第1クラッチ4(CL1),第2クラッチ5(CL2)の状態に応じて、モータ制御モード、エンジン起動タイミングを選択し、ステップS07へ進む。過渡走行モードとしては、第1クラッチ4(CL1),第2クラッチ5(CL2)のスリップ状態や、エンジン完爆状態に応じて、各デバイス状態を切替え、走行状態を管理する。
【0036】
ステップS07では、ステップS06での過渡走行モード演算に続き、ステップS04での目標走行モードがWSC/HEVに切り替ったことに応じて、エンジン始動時電力拡大要求演算を実施し、ステップS08へ進む(図12参照)。
【0037】
ステップS08では、ステップS07でのエンジン始動時電力拡大要求演算に続き、ステップS05で決めた走行状態及びモータ制御状態に合わせて、目標入力回転数を演算し、ステップS09へ進む。
エンジン始動時のうちクランキング時は、第2クラッチ5(CL2)のスリップを維持するように制御する。エンジン1の完爆を判定した後は、第2クラッチ5(CL2)のスリップを収束させるように制御する。
【0038】
ステップS09では、ステップS08での目標入力回転数演算に続き、目標駆動トルク及び各種デバイスの保護を考慮した目標入力トルクを演算し、ステップS10へ進む。
エンジン始動時は、目標駆動トルクに対して、第2クラッチ5(CL2)をスリップさせやすくするようにCL2スリップ助長トルクを加算する。この時、CL2トルク容量を低下させつつ、本演算を行うことで、実入力トルク>第2クラッチトルク容量の状態を積極的に作ることでスリップ促進させる。
【0039】
ステップS10では、ステップS09での目標入力トルク演算に続き、ステップS09で算出した目標入力トルク及び発電要求を考慮し、エンジン1とモータジェネレータ2へのトルク配分を決め、それぞれの目標値を算出し、ステップS11へ進む。
【0040】
ステップS11では、ステップS10での目標エンジントルク/モータトルク演算に続き、ステップS06の過渡走行モード演算で決めた指令に応じて、第1クラッチ4(CL1)の目標クラッチトルク容量を演算し、ステップS11へ進む。
【0041】
ステップS12では、ステップS11での目標クラッチ1トルク容量演算に続き、ステップS06で決めた走行状態、CL2スリップ回転数に応じて、第2クラッチ5(CL2)の目標クラッチトルク容量を演算し、ステップS13へ進む。
【0042】
ステップS13では、ステップS12での目標クラッチ2トルク容量演算に続き、各コントローラへデータを送信し、エンドへ進む。
【0043】
図12は、EVモードからのエンジン始動時に図9のステップS07にて実行されるエンジン始動時電力拡大要求演算処理の構成および流れを示す(バッテリ電力制限拡大制御手段)。以下、図12の各ステップについて説明する。
【0044】
ステップS101では、目標走行モードが「HEVモード」または「WSCモード」であり、かつ、現走行モードが「HEVモード」及び「WSCモード」以外であるか否かを判断する。Yes(エンジン始動要求有り)の場合はステップS103へ進み、No(エンジン始動要求無し)の場合はステップS102へ進む。
【0045】
ステップS102では、ステップS101でのエンジン始動要求無しであるとの判断、ステップS104でのCL1規範ストローク≦所定値であるとの判断、あるいは、ステップS106での完爆状態フラグ=ONであるとの判断、あるいは、ステップS107でのエンジン始動開始時間>所定時間であるとの判断に続き、始動時電力制限拡大要求フラグをOFFに設定し、エンドへ進む。
【0046】
ステップS103では、ステップS101でのエンジン始動要求有りであるとの判断に続き、前回の始動時電力制限拡大要求フラグが、始動時電力制限拡大要求フラグ=ONであるか否かを判断する。Yes(前回始動時電力制限拡大要求フラグ=ON)の場合はステップS106へ進み、No(前回始動時電力制限拡大要求フラグ=OFF)の場合はステップS104へ進む。
【0047】
ステップS104では、ステップS103での前回始動時電力制限拡大要求フラグ=OFFであるとの判断に続き、第1クラッチ4(CL1)の規範ストロークが所定値を超えているか否かを判断する。Yes(CL1規範ストローク>所定値)の場合はステップS105へ進み、No(CL1規範ストローク≦所定値)の場合はステップS102へ進む。
ここで、CL1規範ストロークとは、第1クラッチ4(CL1)が油圧シリンダーにより締結・開放が制御されるクラッチであり、油圧シリンダーのピストンストロークの制御目標をいう。そして、所定値は、エンジン始動時に最もモータトルクを必要とする第1クラッチ4(CL1)の締結開始状態を示す値として設定される。なお、CL1ストロークによる判断は、油圧シリンダーのピストンストロークを検出するCL1ストロークセンサ23を有する場合は、CL1実ストロークが所定値を超えているか否かの判断を用いても良い。
【0048】
ステップS105では、ステップS104でのCL1規範ストローク>所定値であるとの判断、あるいは、ステップS107でのエンジン始動開始時間≦所定時間であるとの判断に続き、始動時電力制限拡大要求フラグをONに設定し、エンドへ進む。
【0049】
ステップS106では、ステップS103での前回始動時電力制限拡大要求フラグ=ONであるとの判断に続き、エンジン1の完爆状態フラグがONであるか否かを判断する。Yes(完爆状態フラグ=ON)の場合はステップS102へ進み、No(完爆状態フラグがOFF)の場合はステップS107へ進む。
【0050】
ステップS107では、ステップS106での完爆状態フラグがOFFであるとの判断に続き、エンジン始動開始時間が所定時間を超えているか否かを判断する。Yes(エンジン始動開始時間>所定時間)の場合はステップS102へ進み、No(エンジン始動開始時間≦所定時間)の場合はステップS105へ進む。
ここで、所定時間は、エンジン1のバラつきを考慮し、バラつき範囲内であればエンジン完爆状態に要する基準時間として設定される。
【0051】
次に、作用を説明する。
まず、「比較例の課題について」の説明を行う。続いて、実施例1のハイブリッド車両の制御装置における作用を、「エンジン始動時電力拡大要求演算処理作用」、「エンジン始動時電力拡大作用」に分けて説明する。
【0052】
[比較例の課題について]
EVモードの選択時にエンジン始動要求があったとき、バッテリ電力制限を、バッテリやインバータの劣化保護のために実行される通常の電力制限を維持したままとするものを比較例とする(図13)。
【0053】
まず、モータ回転数が低回転数域である場合のモータ最大トルクは、図13に示すように、システムで用いられるモータジェネレータやバッテリやインバータにより決まった一定値である。しかし、モータ回転数が高まると、モータジェネレータを駆動させるバッテリ電力が小さいほど、モータ回転数が低い回転数域からモータ最大トルクが徐々に低下する特性を示す。
【0054】
したがって、強電バッテリ状態やドライバ操作により入力回転数が高い状態、例えば、図13のNinによるモータ回転数位置Dでエンジン始動を実施した場合、バッテリまたはインバータによる通常時の電力制限を受け、モータトルクがモータ最大トルクTMmaxよりも小さなモータ制限トルクTMlmitになる。このように、モータ制限トルクTMlmitがモータ最大トルクTMmaxよりも小さくなると、モータ制限トルクTMlmitから、必要トルクが決まっているエンジン始動分トルク(CL1トルク)とクラッチバラつき分を差し引くと、駆動分トルク(CL2トルク)が減ってしまう。
【0055】
したがって、実施例1のように、モータジェネレータと駆動輪との間にエンジン始動時にスリップ締結させる第2クラッチCL2を介装した場合、駆動分トルク(CL2トルク)が減ってしまうことによるG抜けによりヘジ感が出る。
【0056】
さらに、モータトルクとして、モータ最大トルクTMmaxを使うには、Nin−ΔNによるモータ回転数位置Eまでモータ回転数を低下させる必要がある。つまり、Ninによるモータ回転数位置Dに示すように、第2クラッチCL2のスリップ回転数を大きくすればするほど、モータ回転数が上昇し、モータ制限トルクTMlmitはさらに低いトルクになる。このため、第2クラッチCL2のスリップ回転数を大きくすることができず、クラッチバラつきにより駆動分トルク(CL2トルク)が、第2クラッチ締結容量より低くなってしまうと、第2クラッチCL2がスリップ状態から締結状態に移行してしまう。スリップ状態を維持すべき第2クラッチCL2が締結してしまうと、エンジン始動による駆動源側のトルク変動がそのまま駆動輪へと伝達され、変動する前後Gによりショックが発生する。
【0057】
[エンジン始動時電力拡大要求演算処理作用]
「EVモード」を選択しての停車時や走行時には、図12のフローチャートにおいて、ステップS101→ステップS102→エンドへと進む流れが繰り返され、ステップS102では、始動時電力制限拡大要求フラグが、始動時電力制限拡大要求フラグ=OFFに設定されたままとなる。つまり、図14の時刻t1までの時間域の電力制限値特性に記載されているように、通常の電力制限値が維持される。
【0058】
そして、例えば、「EVモード」の選択中に「HEVモード」や「WSCモード」へのモード遷移要求があると、図12のフローチャートにおいて、ステップS101→ステップS103→ステップS104へと進む。このモード遷移要求があっても、ステップS104でCL1規範ストローク≦所定値であると判断されている限り、ステップS104からステップS102へと進み、始動時電力制限拡大要求フラグ=OFFに設定されたままとなる。そして、ステップS104でCL1規範ストローク>所定値であると判断される、つまり、エンジン始動時の最もモータトルクが必要な第1クラッチ4(CL1)の締結開始状態であると検知されると、ステップS104からステップS105へと進み、始動時電力制限拡大要求フラグが、OFFからONに設定変更される。つまり、図14の時刻t1'の電力制限値特性に記載されているように、通常の電力制限値が拡大される。
【0059】
そして、始動時電力制限拡大要求フラグ=ONとなってからは、エンジン完爆条件と時間経過条件が共に成立しない限り、図12のフローチャートにおいて、ステップS101→ステップS103→ステップS106→ステップS107→ステップS105→エンドへと進む流れが繰り返され、始動時電力制限拡大要求フラグ=ONが維持される。そして、エンジン完爆条件が成立すると、図12のフローチャートにおいて、ステップS101→ステップS103→ステップS106→ステップS102へと進む。あるいは、エンジン完爆条件は不成立であるが時間経過条件が成立すると、図12のフローチャートにおいて、ステップS101→ステップS103→ステップS106→ステップS107→ステップS102へと進み、何れの場合も始動時電力制限拡大要求フラグが、ONからOFFへ切り替えられる。つまり、図14の時刻t2以降の電力制限値特性に記載されているように、拡大された電力制限値が徐々に通常の電力制限値へと戻される。
【0060】
[エンジン始動時電力拡大作用]
実施例1におけるエンジン始動時電力拡大作用を、アクセル開放からアクセル踏み込みにより加速発進時あるいは加速走行時を示す図14のタイムチャートに基づき説明する。なお、図14において、時刻t1までの時間域は「EVモード」であり、時刻t1から時刻t2までは「(エンジン)クランキング」であり、時刻t2から時刻t3は「(第1)クラッチロックアップ」であり、時刻t3以降の時間域は「HEVモード」である。
【0061】
実施例1では、時刻t1でのエンジン始動開始時、最もモータトルクが必要な状態を含むエンジン始動領域の開始が時刻t1'にて検知されると、通常時のバッテリ電力制限値を一時的に拡大する始動時電力制限拡大要求フラグがONとされ、図14の矢印Aの電力制限値特性に示すように、電力制限値が通常時の場合よりも拡大される。
【0062】
すなわち、エンジン始動を実施した場合、バッテリ9またはインバータ8の電力制限があっても、最もモータトルクが必要な状態ではバッテリ状態等が許す限り、要求に応えてバッテリ電力制限が拡大される。このため、エンジン始動時に駆動分トルク(CL2トルク)が減ってしまうことが抑えられ、第2クラッチ5(CL2)のスリップ回転数を大きく設定することができる。例えば、図13において、モータ回転数をNinのD位置としても、拡大時電力制限特性に示すように、モータ最大トルクTMmaxまでモータトルクの出力が許容されることになる。
【0063】
したがって、例えクラッチバラつき分があったとしても、第2クラッチ5(CL2)が締結してしまうことが防止される。さらに、エンジン始動時のうち、最もモータトルクが必要な状態を含むエンジン始動領域でのみ一時的にバッテリ電力制限を拡大するため、長時間にわたってバッテリ電力制限を拡大することによるバッテリ劣化が防止される。
【0064】
実施例1では、第1クラッチ4(CL1)の締結開始状態を、図14の矢印BのCL1ストローク特性に示すように、第1クラッチ4(CL1)のクラッチピストンのストローク(規範ストロークまたは実ストローク)から判定すると、判定時刻t1'にて始動時電力制限拡大要求フラグをONとし、電力制限値が通常時の場合よりも拡大する構成を採用している。
すなわち、エンジン始動開始時刻t1から電力制限値を拡大する場合に比べ、遅いタイミングで電力制限値の拡大を開始することになる。
したがって、電力制限値の拡大開始時間遅延作用により、バッテリ9の劣化防止を図ることができる。
【0065】
実施例1では、エンジン始動時に電力制限拡大要求フラグをONにした後、エンジン1の完爆状態または所定時間の経過を検知し時刻t2になると、図14の矢印Cの電力制限値特性に示すように、拡大したバッテリ電力制限を通常時のバッテリ電力制限に戻す構成を採用している。
すなわち、エンジン始動開始時刻t1からエンジン始動終了時刻t3まで電力制限値を拡大する場合に比べ、電力制限値の拡大領域が狭くなり、電力制限値の拡大領域が必要最小限の領域とされる。
したがって、電力制限値の拡大継続時間の短縮化により、バッテリ9の劣化防止を図ることができる。
【0066】
さらに、実施例1では、拡大したバッテリ電力制限を通常時のバッテリ電力制限に戻すとき、図14の矢印Cの電力制限値特性に示すように、バッテリ電力制限拡大値から徐々にバッテリ電力制限通常値に低下させる構成を採用している。
すなわち、拡大したバッテリ電力制限を通常時のバッテリ電力制限に戻すとき、急激に通常時の電力制限値まで戻すと、応答良くモータトルクの低下することになる。このモータトルクの急低下によって、駆動輪へ伝達される駆動分のトルクの急変を招き、例えば、前後Gが発生するというように、車両挙動が不安定となる。
これに対し、バッテリ電力制限拡大値から徐々にバッテリ電力制限通常値に低下させることで、車両挙動の安定化が図られ、ドライバに違和感を与えることがない。
【0067】
次に、効果を説明する。
実施例1のハイブリッド車両の制御装置にあっては、下記に列挙する効果を得ることができる。
【0068】
(1) エンジン1と、
バッテリ8からの電力により駆動するモータ(モータジェネレータ2)と、
前記エンジン1と前記モータ(モータジェネレータ2)の間に介装され、前記モータ(モータジェネレータ2)をスタータモータとするエンジン始動時に締結される第1クラッチ4と、
前記モータ(モータジェネレータ2)と駆動輪(タイヤ7,7)の間に介装され、前記エンジン始動時にスリップ締結される第2クラッチ5と、
前記エンジン始動時、最もモータトルクが必要な状態を含むエンジン始動領域を検知すると、通常時のバッテリ電力制限を一時的に拡大する電力制限拡大要求を出すバッテリ電力制限拡大制御手段(図12)と、
を備える。
このため、エンジン始動時における第2クラッチ5(CL2)の締結防止によるショック低減と、バッテリ8の劣化防止と、の両立を図ることができる。
【0069】
(2) 前記バッテリ電力制限拡大制御手段(図12)は、前記第1クラッチ4(CL1)の締結開始状態を、第1クラッチ4(CL1)のクラッチピストンの規範ストロークまたは実ストロークから判定すると、始動時電力制限拡大要求を出力する(ステップS104→ステップS105)。
このため、(1)の効果に加え、最もモータトルクが必要な状態でのバッテリ電力制限の拡大を確保しつつ、バッテリ電力制限の拡大開始タイミングを遅延させることにより、バッテリ9の劣化防止を図ることができることができる。
【0070】
(3) 前記バッテリ電力制限拡大制御手段(図12)は、前記始動時電力制限拡大要求を出力した後、前記エンジン1の完爆状態または所定時間の経過を検知すると、拡大したバッテリ電力制限を通常時のバッテリ電力制限に戻す(ステップS106またはステップS107→ステップS102)。
このため、(1)または(2)の効果に加え、最もモータトルクが必要な状態でのバッテリ電力制限の拡大を確保しつつ、バッテリ電力制限拡大を実行する継続時間の短縮化により、バッテリ9の劣化防止を図ることができる。
【0071】
(4) 前記バッテリ電力制限拡大制御手段(図12)は、拡大したバッテリ電力制限を通常時のバッテリ電力制限に戻すとき、バッテリ電力制限拡大値から徐々にバッテリ電力制限通常値に低下させる(図14の矢印C)。
このため、(3)の効果に加え、拡大したバッテリ電力制限を通常のバッテリ電力制限に戻すとき、車両挙動の安定化が図られ、ドライバに与える違和感を防止することができる。
【0072】
以上、本発明のハイブリッド車両の制御装置を実施例1に基づき説明してきたが、具体的な構成については、この実施例1に限られるものではなく、特許請求の範囲の各請求項に係る発明の要旨を逸脱しない限り、設計の変更や追加等は許容される。
【0073】
実施例1では、バッテリ電力制限の拡大領域として、第1クラッチの締結開始状態が検知されたときから、エンジン完爆状態あるいは所定時間経過までとする例を示した。しかし、バッテリ電力制限の拡大領域として、エンジン始動時に最もモータトルクが必要な時期を含む設定であれば、実施例1の設定に限られるものではない。例えば、エンジン始動開始時からエンジン始動終了時までとする例としても良い。また、第1クラッチの締結開始状態が検知されたときからエンジン始動終了時までとする例としても良い。さらに、エンジン始動開始時からエンジン完爆状態あるいは所定時間経過までとする例であっても良い。
【0074】
実施例1では、エンジンとモータジェネレータとの間に第1クラッチが介装された1モータ2クラッチタイプのパワートレーン系を持つ後輪駆動のハイブリッド車両に対し適用した例を示した。しかし、1モータ2クラッチタイプのパワートレーン系を持つ前輪駆動のハイブリッド車両に対し適用することができる。
【符号の説明】
【0075】
1 エンジン
2 モータジェネレータ
3 自動変速機
4 第1クラッチ
5 第2クラッチ
6 ディファレンシャルギア
7 タイヤ(駆動輪)
8 インバータ
9 バッテリ
10 エンジン回転センサ
11 MG回転センサ
12 AT入力回転センサ
13 AT出力回転センサ
14、15 ソレノイドバルブ
16 SOCセンサ
17 アクセル開度センサ
20 統合コントローラ
21 エンジンコントローラ
22 モータコントローラ
23 CL1ストロークセンサ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジンと、
バッテリからの電力により駆動するモータと、
前記エンジンと前記モータの間に介装され、前記モータをスタータモータとするエンジン始動時に締結される第1クラッチと、
前記モータと駆動輪の間に介装され、前記エンジン始動時にスリップ締結される第2クラッチと、
前記エンジン始動時、最もモータトルクが必要な状態を含むエンジン始動領域を検知すると、通常時のバッテリ電力制限を一時的に拡大する電力制限拡大要求を出すバッテリ電力制限拡大制御手段と、
を備えることを特徴とするハイブリッド車両の制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載されたハイブリッド車両の制御装置において、
前記バッテリ電力制限拡大制御手段は、前記第1クラッチの締結開始状態を、第1クラッチのクラッチピストンの規範ストロークまたは実ストロークから判定すると、始動時電力制限拡大要求を出力することを特徴とするハイブリッド車両の制御装置。
【請求項3】
請求項2に記載されたハイブリッド車両の制御装置において、
前記バッテリ電力制限拡大制御手段は、前記始動時電力制限拡大要求を出力した後、前記エンジンの完爆状態または所定時間の経過を検知すると、拡大したバッテリ電力制限を通常時のバッテリ電力制限に戻すことを特徴とするハイブリッド車両の制御装置。
【請求項4】
請求項3に記載されたハイブリッド車両の制御装置において、
前記バッテリ電力制限拡大制御手段は、拡大したバッテリ電力制限を通常時のバッテリ電力制限に戻すとき、バッテリ電力制限拡大値から徐々にバッテリ電力制限通常値に低下させることを特徴とするハイブリッド車両の制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2012−86653(P2012−86653A)
【公開日】平成24年5月10日(2012.5.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−234427(P2010−234427)
【出願日】平成22年10月19日(2010.10.19)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】