説明

車両の制御装置

【課題】 駆動輪スリップが生じた場合であっても、車両としての走行性や安定性が確保可能なハイブリッド車両の制御装置を提供すること。
【解決手段】 モータと駆動輪との間に介装されたクラッチをスリップ制御すると共に、モータをクラッチの駆動輪側回転数よりも所定量高い目標モータ回転数となるように回転数制御する走行モードのときに、車体速に所定スリップ量を加算した目標モータ回転数の上限回転数を設定することとした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、動力源にモータを備えた車両の制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
動力源にモータを備えた車両として特許文献1の技術が開示されている。この公報には、第2クラッチをスリップさせつつモータを回転数制御する走行モードを有する。これにより、第2クラッチの耐久性を向上しつつ発進性を確保している。このとき、回転数制御するにあたり回転数センサの検出値の信頼性が低い領域では、第2クラッチを締結することで、不要な振動等の発生を抑制している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2008−44523号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、締結制御中において安全率を考慮して高めの締結圧を供給すると、締結制御からスリップ制御へと切り換える際、高めの締結圧を一旦低めの締結圧に下げ、そこからスリップ制御に切り換える必要があり、切り換えに時間がかかることで、運転性が悪化するおそれがある。一方、締結制御中に運転性を確保するために低めの締結圧を供給すると、製造らばらつき等の誤差や、油温やライン圧変化等の特性変動によって、第2クラッチの伝達トルク容量に誤差が生じるおそれがあり、振動等を発生するおそれがあった。
【0005】
本発明は、上記問題に着目してなされたもので、駆動源と駆動輪との間のクラッチを安定して制御することが可能な車両の制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するため、本発明では、モータと駆動輪との間に介装されたクラッチを備えた車両の制御装置において、クラッチをスリップ制御すると共にモータを回転数制御するスリップ走行モードから、クラッチを締結して走行する締結走行モードに遷移するときは、モータのトルク制限値を目標駆動トルクとしてモータを回転数制御すると共に、クラッチの伝達トルク容量を増加させることとした。
【発明の効果】
【0007】
モータを回転数制御したときに、回転数変動によって大きなモータトルクが要求されたとしても、トルク制限値として目標駆動トルクが設定されているため、クラッチの伝達トルク容量を増加させたとしても、過度のトルク出力によるショックを抑制でき、安定したクラッチ制御を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】実施例1の後輪駆動のハイブリッド車両を示す全体システム図である。
【図2】実施例1の統合コントローラにおける演算処理プログラムを示す制御ブロック図である。
【図3】図2の目標駆動力演算部にて目標駆動力演算に用いられる目標駆動力マップの一例を示す図である。
【図4】図2のモード選択部にてモードマップと推定勾配との関係を表す図である。
【図5】図2のモード選択部にて目標モードの選択に用いられる通常モードマップを示す図である。
【図6】図2のモード選択部にて目標モードの選択に用いられるMWSC対応モードマップを示す図である。
【図7】図2の目標充放電演算部にて目標充放電電力の演算に用いられる目標充放電量マップの一例を示す図である。
【図8】実施例1の遷移処理を表すフローチャートである。
【図9】実施例1のスリップ収束判定方法を表す概略図である。
【図10】実施例1の目標回転数設定処理を表す制御ブロック図である。
【図11】実施例1の制動時におけるスリップ制御から締結制御に切り換えるときのタイムチャートである。
【図12】実施例1の制動力解除時におけるスリップ制御から締結制御に切り換えるときのタイムチャートである。
【図13】実施例1の制動力解除後におけるエンジン始動及びスリップ制御から締結制御に切り換えるときのタイムチャートである。
【図14】実施例1の制動時におけるスリップ制御から締結制御へ切り換えるときに第2クラッチ伝達トルク容量が急変した場合のタイムチャートである。
【図15】他の実施例におけるスリップ収束判定を表す概略図である。
【発明を実施するための形態】
【実施例1】
【0009】
まず、ハイブリッド車両の駆動系構成を説明する。図1は実施例1のエンジン始動制御装置が適用された後輪駆動によるハイブリッド車両を示す全体システム図である。実施例1におけるハイブリッド車の駆動系は、図1に示すように、エンジンEと、第1クラッチCL1と、モータジェネレータMGと、第2クラッチCL2と、自動変速機ATと、プロペラシャフトPSと、ディファレンシャルDFと、左ドライブシャフトDSLと、右ドライブシャフトDSRと、左後輪RL(駆動輪)と、右後輪RR(駆動輪)と、を有する。尚、FLは左前輪、FRは右前輪である。
【0010】
エンジンEは、例えばガソリンエンジンであり、後述するエンジンコントローラ1からの制御指令に基づいて、スロットルバルブのバルブ開度等が制御される。尚、エンジン出力軸にはフライホイールFWが設けられている。
第1クラッチCL1は、エンジンEとモータジェネレータMGとの間に介装されたクラッチであり、後述する第1クラッチコントローラ5からの制御指令に基づいて、第1クラッチ油圧ユニット6により作り出された制御油圧により、スリップ締結を含み締結・開放が制御される。
【0011】
モータジェネレータMGは、ロータに永久磁石を埋設しステータにステータコイルが巻き付けられた同期型モータジェネレータであり、後述するモータコントローラ2からの制御指令に基づいて、インバータ3により作り出された三相交流を印加することにより制御される。このモータジェネレータMGは、バッテリ4からの電力の供給を受けて回転駆動する電動機として動作することもできるし(以下、この状態を「力行」と呼ぶ)、ロータが外力により回転している場合には、ステータコイルの両端に起電力を生じさせる発電機として機能してバッテリ4を充電することもできる(以下、この動作状態を「回生」と呼ぶ)。尚、このモータジェネレータMGのロータは、図外のダンパーを介して自動変速機ATの入力軸に連結されている。
第2クラッチCL2は、モータジェネレータMGと左右後輪RL,RRとの間に介装されたクラッチであり、後述するATコントローラ7からの制御指令に基づいて、第2クラッチ油圧ユニット8により作り出された制御油圧により、スリップ締結を含み締結・開放が制御される。
【0012】
自動変速機ATは、前進5速後退1速等の有段階の変速比を車速やアクセル開度等に応じて自動的に切り換える変速機であり、第2クラッチCL2は、専用クラッチとして新たに追加したものではなく、自動変速機ATの各変速段にて締結される複数の摩擦締結要素のうち、いくつかの摩擦締結要素を流用している。尚、詳細については後述する。
そして、自動変速機ATの出力軸は、車両駆動軸としてのプロペラシャフトPS、ディファレンシャルDF、左ドライブシャフトDSL、右ドライブシャフトDSRを介して左右後輪RL,RRに連結されている。尚、前記第1クラッチCL1と第2クラッチCL2には、例えば、比例ソレノイドで油流量および油圧を連続的に制御できる湿式多板クラッチを用いている。
【0013】
このハイブリッド駆動系には、第1クラッチCL1の締結・開放状態に応じて3つの走行モードを有する。第1走行モードは、第1クラッチCL1の開放状態で、モータジェネレータMGの動力のみを動力源として走行するモータ使用走行モードとしての電気自動車走行モード(以下、「EV走行モード」と略称する。)である。第2走行モードは、第1クラッチCL1の締結状態で、エンジンEを動力源に含みながら走行するエンジン使用走行モード(以下、「HEV走行モード」と略称する。)である。第3走行モードは、第1クラッチCL1の締結状態で第2クラッチCL2をスリップ制御させ、エンジンEを動力源に含みながら走行するエンジン使用スリップ走行モード(以下、「WSC走行モード」と略称する。)である。このモードは、特にバッテリSOCが低いときやエンジン水温が低いときに、クリープ走行を達成可能なモードである。尚、EV走行モードからHEV走行モードに遷移するときは、第1クラッチCL1を締結し、モータジェネレータMGのトルクを用いてエンジン始動を行う。
【0014】
また、路面勾配が所定値以上における上り坂等で、ドライバがアクセルペダルを調整し車両停止状態を維持するアクセルヒルホールドが行われるような場合、WSC走行モードでは、第2クラッチCL2のスリップ量が過多の状態が継続されるおそれがある。エンジンEをアイドル回転数より小さくすることができないからである。そこで、実施例1では、エンジンEを作動させたまま、第1クラッチCL1を解放し、モータジェネレータMG1を作動させつつ第2クラッチCL2をスリップ制御させ、モータジェネレータMGを動力源として走行するモータスリップ走行モード(以下、「MWSC走行モード」と略称する)を備える。
【0015】
上記「HEV走行モード」には、「エンジン走行モード」と「モータアシスト走行モード」と「走行発電モード」との3つの走行モードを有する。
「エンジン走行モード」は、エンジンEのみを動力源として駆動輪を動かす。「モータアシスト走行モード」は、エンジンEとモータジェネレータMGの2つを動力源として駆動輪を動かす。「走行発電モード」は、エンジンEを動力源として駆動輪RR,RLを動かすと同時に、モータジェネレータMGを発電機として機能させる。
定速運転時や加速運転時には、エンジンEの動力を利用してモータジェネレータMGを発電機として動作させる。また、減速運転時は、制動エネルギを回生してモータジェネレータMGにより発電し、バッテリ4の充電のために使用する。
また、更なるモードとして、車両停止時には、エンジンEの動力を利用してモータジェネレータMGを発電機として動作させる発電モードを有する。
【0016】
次に、ハイブリッド車両の制御系を説明する。実施例1におけるハイブリッド車両の制御系は、図1に示すように、エンジンコントローラ1と、モータコントローラ2と、インバータ3と、バッテリ4と、第1クラッチコントローラ5と、第1クラッチ油圧ユニット6と、ATコントローラ7と、第2クラッチ油圧ユニット8と、ブレーキコントローラ9と、統合コントローラ10と、を有して構成されている。尚、エンジンコントローラ1と、モータコントローラ2と、第1クラッチコントローラ5と、ATコントローラ7と、ブレーキコントローラ9と、統合コントローラ10とは、互いの情報交換が可能なCAN通信線11を介して接続されている。
【0017】
エンジンコントローラ1は、エンジン回転数センサ12からのエンジン回転数情報を入力し、統合コントローラ10からの目標エンジントルク指令等に応じ、エンジン動作点(Ne:エンジン回転数,Te:エンジントルク)を制御する指令を、例えば、図外のスロットルバルブアクチュエータへ出力する。尚、エンジン回転数Ne等の情報は、CAN通信線11を介して統合コントローラ10へ供給される。
【0018】
モータコントローラ2は、モータジェネレータMGのロータ回転位置を検出するレゾルバ13からの情報を入力し、統合コントローラ10からの目標モータジェネレータトルク指令等に応じ、モータジェネレータMGのモータ動作点(Nm:モータジェネレータ回転数,Tm:モータジェネレータトルク)を制御する指令をインバータ3へ出力する。尚、このモータコントローラ2では、バッテリ4の充電状態を表すバッテリSOCを監視していて、バッテリSOC情報は、モータジェネレータMGの制御情報に用いると共に、CAN通信線11を介して統合コントローラ10へ供給される。
【0019】
第1クラッチコントローラ5は、第1クラッチ油圧センサ14と第1クラッチストロークセンサ15からのセンサ情報を入力し、統合コントローラ10からの第1クラッチ制御指令に応じ、第1クラッチCL1の締結・開放を制御する指令を第1クラッチ油圧ユニット6に出力する。尚、第1クラッチストロークC1Sの情報は、CAN通信線11を介して統合コントローラ10へ供給する。
【0020】
ATコントローラ7は、アクセル開度センサ16と車速センサ17と第2クラッチ油圧センサ18とドライバの操作するシフトレバーの位置に応じた信号を出力するインヒビタスイッチからのセンサ情報を入力し、統合コントローラ10からの第2クラッチ制御指令に応じ、第2クラッチCL2の締結・開放を制御する指令をAT油圧コントロールバルブ内の第2クラッチ油圧ユニット8に出力する。尚、アクセルペダル開度APOと車速VSPとインヒビタスイッチの情報は、CAN通信線11を介して統合コントローラ10へ供給する。
【0021】
ブレーキコントローラ9は、4輪の各車輪速を検出する車輪速センサ19とブレーキストロークセンサ20からのセンサ情報を入力し、例えば、ブレーキ踏み込み制動時、ブレーキストロークBSから求められる要求制動力に対し回生制動力だけでは不足する場合、その不足分を機械制動力(摩擦ブレーキによる制動力)で補うように、統合コントローラ10からの回生協調制御指令に基づいて回生協調ブレーキ制御を行う。
【0022】
統合コントローラ10は、車両全体の消費エネルギを管理し、最高効率で車両を走らせるための機能を担うもので、モータ回転数Nm(以下、入力側回転数を記載する。尚、レゾルバ13を用いても良い)を検出するモータ回転数センサ21(入力側回転数検出手段に相当)と、第2クラッチ出力回転数N2out(以下、出力側回転数と記載する。)を検出する第2クラッチ出力回転数センサ22(出力側回転数検出手段に相当)と、第2クラッチ伝達トルク容量TCL2を検出する第2クラッチトルクセンサ23と、ブレーキ油圧センサ24と、第2クラッチCL2の温度を検知する温度センサ10aと、前後加速度を検出するGセンサ10bからの情報およびCAN通信線11を介して得られた情報を入力する。
【0023】
また、統合コントローラ10は、エンジンコントローラ1への制御指令によるエンジンEの動作制御と、モータコントローラ2への制御指令によるモータジェネレータMGの動作制御と、第1クラッチコントローラ5への制御指令による第1クラッチCL1の締結・開放制御と、ATコントローラ7への制御指令による第2クラッチCL2の締結・開放制御と、を行う。
【0024】
以下に、図2に示すブロック図を用いて、実施例1の統合コントローラ10にて演算される制御を説明する。例えば、この演算は、制御周期10msec毎に統合コントローラ10で演算される。統合コントローラ10は、目標駆動力演算部100と、モード選択部200と、目標充放電演算部300と、動作点指令部400と、変速制御部500と、を有する。
【0025】
目標駆動力演算部100では、図3に示す目標駆動トルクマップを用いて、アクセルペダル開度APOと車速VSPとから、目標駆動トルクtFoOを演算する。
モード選択部200は、Gセンサ10bの検出値に基づいて路面勾配を推定する路面勾配推定演算部201を有する。路面勾配推定演算部201は、車輪速センサ19の車輪速加速度平均値等から実加速度を演算し、この演算結果とGセンサ検出値との偏差から路面勾配を推定する。
【0026】
更に、モード選択部200は、推定された路面勾配に基づいて、後述する二つのモードマップのうち、いずれかを選択するモードマップ選択部202を有する。図4はモードマップ選択部202の選択ロジックを表す概略図である。モードマップ選択部202は、通常モードマップが選択されている状態から推定勾配が所定値g2以上になると、MWSC対応モードマップに切り換える。一方、MWSC対応モードマップが選択されている状態から推定勾配が所定値g1(<g2)未満になると、通常モードマップに切り換える。すなわち、推定勾配に対してヒステリシスを設け、マップ切り換え時の制御ハンチングを防止する。
【0027】
次に、モードマップについて説明する。モードマップとしては、推定勾配が所定値未満のときに選択される通常モードマップと、推定勾配が所定値以上のときに選択されるMWSC対応モードマップとを有する。図5は通常モードマップ、図6はMWSCモードマップを表す。
通常モードマップ内には、EV走行モードと、WSC走行モードと、HEV走行モードとを有し、アクセルペダル開度APOと車速VSPとから、目標モードを演算する。但し、EV走行モードが選択されていたとしても、バッテリSOCが所定値以下であれば、強制的に「HEV走行モード」を目標モードとする。
【0028】
図5の通常モードマップにおいて、HEV→WSC切換線は、所定アクセル開度APO1未満の領域では、自動変速機ATが1速段のときに、エンジンEのアイドル回転数よりも小さな回転数となる下限車速VSP1よりも低い領域に設定されている。また、所定アクセル開度APO1以上の領域では、大きな駆動力を要求されることから、下限車速VSP1よりも高い車速VSP1'領域までWSC走行モードが設定されている。尚、バッテリSOCが低く、EV走行モードを達成できないときには、発進時等であってもWSC走行モードを選択するように構成されている。
【0029】
アクセルペダル開度APOが大きいとき、その要求をアイドル回転数付近のエンジン回転数に対応したエンジントルクとモータジェネレータMGのトルクで達成するのは困難な場合がある。ここで、エンジントルクは、エンジン回転数が上昇すればより多くのトルクを出力できる。このことから、エンジン回転数を引き上げてより大きなトルクを出力させれば、例え下限車速VSP1よりも高い車速までWSC走行モードを実行しても、短時間でWSC走行モードからHEV走行モードに遷移させることができる。この場合が図5に示す下限車速VSP1'まで広げられたWSC領域である。
【0030】
MWSCモードマップ内には、EV走行モード領域が設定されていない点で通常モードマップとは異なる。また、WSC走行モード領域として、アクセルペダル開度APOに応じて領域を変更せず、下限車速VSP1のみで領域が規定されている点で通常モードマップとは異なる。また、WSC走行モード領域内にMWSC走行モード領域が設定されている点で通常モードマップとは異なる。MWSC走行モード領域は、下限車速VSP1よりも低い所定車速VSP2と所定アクセル開度APO1よりも高い所定アクセル開度APO2とで囲まれた領域に設定されている。尚、MWSC走行モードとは、エンジンEを作動した状態で第1クラッチCL1を開放し、モータジェネレータMGを回転数制御すると共に、第2クラッチCL2をスリップ制御して走行するモードである。WSC走行モードに比べ、第2クラッチCL2の入力側回転数を低く設定できる点でスリップ量の低減を図ることができる。
【0031】
目標充放電演算部300では、図7に示す目標充放電量マップを用いて、バッテリSOCから目標充放電電力tPを演算する。
動作点指令部400では、アクセルペダル開度APOと、目標駆動トルクtFoOと、目標モードと、車速VSPと、目標充放電電力tPとから、これらの動作点到達目標として、過渡的な目標エンジントルクと目標モータジェネレータトルクと目標第2クラッチ伝達トルク容量と自動変速機ATの目標変速段と第1クラッチソレノイド電流指令を演算する。
【0032】
また、動作点指令部400には、EV走行モードからHEV走行モードに遷移するときにエンジンEを始動するエンジン始動制御部が設けられている。エンジン始動制御部では、第2クラッチCLを目標駆動トルクに応じた第2クラッチ伝達トルク容量に設定してスリップ制御状態とし、モータジェネレータMGを回転数制御とし、目標モータ回転数を駆動輪回転数相当値に所定スリップ量を加算した値とする。この状態で、第1クラッチCL1にクラッチ伝達トルク容量を発生させ、エンジン始動を行うものである。これにより、出力軸トルクについては第2クラッチCL2のクラッチ伝達トルク容量で安定させ、第1クラッチCL1の締結によってモータジェネレータ回転数が低下しようとする場合であっても、回転数制御によってモータジェネレータトルクが上昇し、確実にエンジン始動を行えるものである。
変速制御部500では、シフトマップに示すシフトスケジュールに沿って、目標第2クラッチ伝達トルク容量と目標変速段を達成するように自動変速機AT内のソレノイドバルブを駆動制御する。尚、シフトマップは、車速VSPとアクセルペダル開度APOに基づいて予め目標変速段が設定されたものである。
【0033】
〔低速域におけるEV走行モードについて〕
次に、低速域におけるEV走行モードの詳細について説明する。バッテリSOCが確保されている場合には、低速域においてEV走行モードが選択される。EV走行モードは基本的にエンジンEを停止し、第1クラッチCL1を開放し、モータジェネレータMGをトルク制御し、第2クラッチCL2を完全締結することによって達成される。しかし、ドライバがアクセルペダルを踏み込み、目標駆動トルクが大きく変化するような場合、EV走行モードから他の走行モード、具体的にはエンジンEを併用したHEV走行モード等に遷移する可能性が極めて高い。また、低速域において継続的にモータジェネレータMGを駆動すると、インバータのスイッチング素子にロック電流が流れ(電流が1つの素子に流れ続ける現象)、耐久性の低下を招くおそれがある。
【0034】
そこで、低速域や、エンジン始動要求の可能性が高い場合には、EV走行モードであっても、モータジェネレータMGをトルク制御から回転数制御に切り換え、第2クラッチCL2の伝達トルク容量を目標駆動トルク相当であるμスリップ容量に設定する。そして、目標モータジェネレータ回転数として第2クラッチCL2の出力回転数より僅かなスリップ量を加算した値を設定する。言い換えると、安全率等を見込んだ完全締結トルク容量ではなく、第2クラッチCL2において若干のスリップが生じる程度に設定する。
【0035】
すなわち、EV走行モードで走行中は、さほど大きくアクセルペダルが踏み込まれることなく、緩やかに走行している領域である。このとき、ドライバがアクセルペダルを大きく踏み込み、加速意図を示した場合には、WSC走行モードもしくはHEV走行モードに遷移することになる。このとき、エンジンEは作動停止状態から作動状態に切り替えるべく、エンジン始動を行う。EV走行モードからのエンジン始動は、上述のエンジン始動制御部での処理のとおり、第2クラッチCL2をスリップ制御し、モータジェネレータMGを回転数制御に移行して、第1クラッチCL1にクラッチ伝達トルク容量を付与することで達成される。
【0036】
このとき、第2クラッチCL2のクラッチ伝達トルク容量が安全率を見込んだ高めの値に設定されてしまうと、完全締結状態から、一旦、伝達トルク容量をスリップぎりぎりの状態まで低下させ、その後、完全締結状態からスリップ状態に移行させてスリップ状態を安定させた後に、第1クラッチCL1を締結しなければならない。完全締結状態とスリップ状態とでは、伝達トルク特性(駆動系のイナーシャ等)が異なるため、状態変化による安定化が必要だからである。これらに鑑み、EV走行モードを達成しているときは、エンジン始動要求に素早く対応するべく、微小に第2クラッチCL2をスリップさせた状態を維持して走行するEVμスリップ制御を行うものである。
【0037】
〔EVμスリップ制御の課題〕
次に、EVμスリップ走行モードの課題について説明する。尚、ここで入力側回転数と記載したときは、第2クラッチCL2の入力側回転数であって、モータジェネレータMG回転数と同じである。また、出力側回転数と記載したときは、第2クラッチCL2の出力側回転数であって、駆動輪回転数と実質的に(終減速比や変速比等を考慮した値)同じである。尚、車速センサ17と車輪速センサ19のどちらに基づいて算出するかは、特に限定する必要はないが、ここでは、車輪速センサ19の値に基づいて算出される値とする。
【0038】
上述のように、EV走行モードであっても、走行状態に応じてEVμスリップ制御が実行され、第2クラッチCL2はスリップ制御される。このとき、極低車速域では出力側回転数が低く、センサ分解能を下回る回転数となる。第2クラッチCL2をスリップ制御するには、入力側回転数と出力側回転数とが精度良く検出できなければ、スリップ量を検出できないため、極低速域でスリップ制御を継続してしまうと、モータジェネレータMGのトルクを安定させることができず、振動等を引き起こすおそれがあった。尚、入力側回転数はモータジェネレータMGを制御しなければならず、出力側回転数に比べて分解能が高いセンサを搭載しており、例えばレゾルバ13は微妙な回転角を検出可能であるため、ほぼ車両停止状態までの動作を検出できる。
【0039】
そこで、安定したスリップ制御の実現が困難と考えられる走行状態を検出したときは、第2クラッチCL2をスリップ制御から締結制御に切り換えることとした(遷移手段に相当)。ここで、締結制御とは、第2クラッチCL2のスリップ量をゼロとすることである。しかし、完全締結を達成するためにどの程度の第2クラッチ伝達トルク容量を設定するべきかが問題となる。安全率を見込んで高めの値を設定した場合には、次回にスリップ制御の要求が出されたとき、やはりスリップ制御に移行するまでに時間がかかり、運転性が悪化するおそれがある。また、低めに設定すると、スリップするおそれがあり、振動等を引き起こす可能性もある。更に、油温やライン圧等の変化によって第2クラッチCL2の伝達トルク容量特性もばらつきがある。そこで、締結制御時における適正な第2クラッチ伝達トルク容量を設定する遷移処理を実施することとした。以下、詳細に説明する。
【0040】
(EV走行モードにおけるスリップ制御と締結制御の遷移処理)
図8は実施例1の遷移処理を表すフローチャートである。本制御フローはEV走行モードが選択されたときに、EVμスリップ制御を行うか否かを判断し、判断された結果に基づいて各アクチュエータの制御を行う処理である。
ステップS1では、目標駆動トルク、車速、ブレーキ状態、油温等に基づいて第2クラッチCL2をスリップ制御するか締結制御するか否かを判断する。例えば、制動トルクが所定値以上要求されたときは、車両停止に向かうと考えられるため締結制御を選択し、制動トルクが所定値未満のときはスリップ制御を行う。
【0041】
ステップS2では、モータジェネレータ制御モード選択処理を行う。具体的には、ステップS1において締結制御を選択した場合、第2クラッチCL2のスリップ状態に応じてモータ制御モードを回転数制御もしくはトルク制御とする。スリップが収束したか否かは、出力側回転数の分解能を考慮し、出力側回転数(もしくは車速)が車輪速センサ19の検出可能範囲のときはスリップ量(すなわち、入力側回転数と出力側回転数との差)に基づいて判定し、検出可能範囲外のときは入力側回転数に基づいて判定する。図9は実施例1のスリップ収束判定方法を表す概略図である。
後述するように、目標回転数は目標回転数下限値で規定される。一方、入力側回転数の検出分解能は高いため、目標回転数下限値からの入力軸回転数低下量により、スリップが収束したか否かを判定できるため、入力軸回転数低下量が所定量以上のときにスリップ収束と判定する。スリップ状態からスリップが収束したか否かを判定する値と、スリップ収束状態からスリップが開始したか否かを判定する値との間にはヒステリシス特性を設定し、判定時におけるハンチングを回避する。
【0042】
尚、車両停止時は、モータジェネレータMGを回転数制御からトルク制御に切り換える。これにより、モータジェネレータMGに発生する振動等を抑制することができる。
【0043】
ステップS3では、モータジェネレータMGの目標回転数である第2クラッチ入力側回転数の目標入力回転数を演算する。具体的には、ステップS01で締結制御を選択した場合は、目標回転数を出力側回転数に所定スリップ量を加算した回転数にする。
図10は実施例1の目標回転数設定処理を表す制御ブロック図である。まず、目標駆動トルクの正負を判定する正負判定部101と、正負判定部101の判定結果である目標駆動トルク極性と、ステップS1で選択された制御モード(スリップ制御もしくは締結制御)に基づいて、目標スリップ量を目標スリップ量マップ102により算出する。目標駆動トルクの極性が正のときは、スリップ量として正の値、すなわち出力側回転数よりも入力側回転数が高くなる値が設定される。目標駆動トルクの極性が負のときは、スリップ量として負の値、すなわち出力側回転数よりも入力側回転数が低くなる値が設定される。尚、スリップ制御時の目標スリップ量絶対値>締結制御時の目標スリップ量絶対値、の関係となる。
【0044】
変化率制限部103では、設定された目標スリップ量の変化率を制限し、制限目標スリップ量を出力する。具体的には、フィルタ処理等によってスリップ量の急変を抑制することで、制御の収束性の悪化等を回避するものである。
加算部104では、制限目標スリップ量と出力側回転数とを加算して、一次目標回転数を出力する。
【0045】
下限設定部105では、一時目標回転数と目標回転数下限値のうち、大きいほうの値を最終的な目標回転数として出力する。言い換えると、目標回転数は常に目標回転数下限値以上の値が出力される。目標回転数下限値は、出力側回転数を検出するセンサの検出限界よりも高い値に設定された値である。これにより、モータジェネレータMGが回転数制御を継続するときに、出力側回転数が適正に検出できず、適正なスリップ制御ができない状況に陥ることがなく、適切な目標回転数を設定することができる。
【0046】
ステップS4では、目標モータジェネレータトルクを目標駆動トルクに設定する。尚、スリップ収束時には振動抑制を考慮したフィルタ等を挿入して設定してもよい。これは、スリップ時と締結時で駆動系のイナーシャが異なることに起因して振動が発生することを回避するためのフィルタ等である。
【0047】
ステップS5では、モータ上限トルクを演算する。スリップ制御時はモータジェネレータMGの出力限界等に基づいて設定される高めのモータ上限トルクが設定されるが、締結制御時は目標駆動トルクをモータ上限トルクに設定する。これにより、スリップ制御から締結制御に移行する過程において、モータジェネレータMGを回転数制御しているときに、第2クラッチCL2の伝達トルク容量のばらつき等によって負荷が高まり、回転数が低下したとしても、モータジェネレータMGが過度のトルクを出力することがなく、運転性が悪化することがない。
【0048】
尚、スリップ制御から締結制御に切り換えるときは、モータ上限トルクを切り換え時点の実モータジェネレータトルクに切り換え、そこからランプ制御によって徐々に目標駆動トルクと一致させる。これにより、モータジェネレータトルクの急変を抑制することができ、運転性が悪化することがない。
【0049】
ステップS6では、目標第2クラッチトルク容量を設定する。ステップS1において締結制御を選択した場合は、第2クラッチCL2のスリップ収束を判定するまで第2クラッチCL2の伝達トルク容量を目標駆動トルク相当の伝達トルク容量から増加させる。尚、このときの第2クラッチCL2のスリップ収束は、ステップS2と同様に判定する。そして、スリップ収束時における伝達トルク容量を、次回のスリップ制御要求やエンジン始動要求時まで保持する。これにより、スリップ制御の要求が来たときに、応答性よくスリップ制御を開始することができる。
【0050】
〔制動時におけるスリップ制御から締結制御への切り換え時作用〕
図11は実施例1の制動時におけるスリップ制御から締結制御に切り換えるときのタイムチャートである。初期状態は、ドライバがアクセルペダルを踏むことなく惰性走行している状態で、EVμスリップ制御により第2クラッチCL2のスリップ制御が行われており、モータジェネレータMGは回転数制御しているものとする。
【0051】
時刻t1において、ドライバがブレーキペダルを踏み始めると、車両は減速を開始する。このとき、目標駆動トルクは惰性走行時に設定されていた小さなトルクから、クリープトルクに向けて上昇を開始する。この目標駆動トルクの上昇に伴って第2クラッチCL2のトルク容量も徐々に上昇する。
【0052】
時刻t2において、ブレーキ制動力が所定値以上になると、車両停止状態への移行が近く、出力側回転数がセンサ検出限界を下回る可能性が高いと判断してスリップ制御から締結制御への切り換えが行われる。このとき、まず、時刻t2において出力されているモータジェネレータトルクをモータ上限トルクとして設定し、そこからランプ制御により徐々に目標駆動トルクに近づけて、目標駆動トルクをモータ上限トルクとして設定する。同時に、第2クラッチCL2の伝達トルク容量を目標駆動トルク相当値から徐々に増加させる。
【0053】
この時点では、まだモータジェネレータMGの目標回転数が目標回転数下限値を下回っていないため、目標スリップ量マップ102に基づいて入力側回転数と出力側回転数とのスリップ量に応じた目標回転数が設定される。その後、目標スリップ量マップ102に基づいて設定された目標回転数が目標回転数下限値を下回ると、目標回転数は目標回転数下限値に設定される。よって、回転数制御によって目標回転数を達成しようとするモータジェネレータトルクを出力することになるが、モータ上限トルクとして目標駆動トルク(この場合はクリープトルク)が設定されているため、このクリープトルク相当以上のトルクが出力されることはない。同時に、第2クラッチCL2の伝達トルク容量も増加勾配を緩やかにしつつ増加させる。よって、モータジェネレータMGはトルクを出力しつつも回転数自体は出力側回転数の低下に伴って低下していく。
【0054】
時刻t3において、出力側回転数がセンサ検出限界に到達すると、それ以降はゼロと認識されてしまう。ここからのスリップ収束判定は、目標回転数と入力側回転数との差が所定値以上となるか否かによって判定される。スリップが収束したと判定されると、第2クラッチCL2の伝達トルク容量は、それ以上の増加を止めて、その値を保持する。これにより、次回のスリップ制御開始時に応答良くスリップ制御に移行することができる。
【0055】
時刻t4において、入力側回転数がゼロとなって所定時間が経過すると、車両停止状態と判断できるため、モータジェネレータMGの制御状態を、回転数制御からトルク制御に切り換える。これにより、次回発進時には、振動等を抑制しつつ滑らかな発進を実現できる。
【0056】
〔制動力解除時におけるスリップ制御から締結制御への切り換え時作用〕
図12は実施例1の制動力解除時におけるスリップ制御から締結制御に切り換えるときのタイムチャートである。初期状態は、ドライバがアクセルペダルを踏むことなくブレーキペダルを踏み込んで車両停止している状態で、第2クラッチCL2は締結制御により前回のスリップ制御から締結制御への切り換え時に保持された伝達トルク容量に設定された状態とする。
【0057】
時刻t1において、ドライバがブレーキペダルから足離しをし始めると、制動力が低下していく。そして、時刻t2において、ブレーキ制動力が所定値以下になると、目標駆動トルクがクリープトルク相当値に向けて上昇を開始する。それに伴って、モータジェネレータMGはトルク制御されていることから、目標駆動トルクに応じて上昇を開始する。尚、第2クラッチCL2の伝達トルク容量は目標駆動トルク相当値よりも高い値に保持されているため、特に変更しない。言い換えると、目標駆動トルクに前回のスリップ制御から締結制御へ切り換えたときに上乗せされた伝達トルク容量を維持するため、第2クラッチCL2の伝達トルク容量はクリープトルク相当値に、この上乗せ分を加算した値として維持される。
このモータジェネレータトルクの上昇によって、モータジェネレータ回転数は上昇を開始すると共に、第2クラッチCL2を介して出力側回転数も上昇を開始する。よって、第2クラッチCL2にスリップを発生させることなく発進することができ、また、モータジェネレータMGはトルク制御していることから振動の発生も心配はない。
【0058】
時刻t3において、出力側回転数がセンサ検出限界を越えると、締結制御からスリップ制御への移行が開始される。すなわち、第2クラッチCL2の伝達トルク容量を、前回のスリップ制御から締結制御移行時に保持された値から、目標駆動トルク相当値に向けて徐々に近づける。
【0059】
時刻t4において、第2クラッチCL2の伝達トルク容量が目標駆動トルク相当値に到達すると、モータジェネレータMGはトルク制御から回転数制御に切り換えられ、目標回転数に向けてモータジェネレータ回転数である入力側回転数が制御される。これにより、適切なスリップ量が設定されたスリップ制御を実現できる。
【0060】
〔制動解除後におけるエンジン始動及びスリップ制御から締結制御への切り換え時作用〕
図13は実施例1の制動力解除後におけるエンジン始動及びスリップ制御から締結制御に切り換えるときのタイムチャートである。初期状態は、ドライバがアクセルペダルを踏むことなくブレーキペダルを踏み込んで車両停止している状態で、第2クラッチCL2は締結制御により前回のスリップ制御から締結制御への切り換え時に保持された伝達トルク容量に設定された状態とする。
【0061】
時刻t1において、ドライバがブレーキペダルから足離しをし始めると、制動力が低下していく。そして、時刻t2において、ブレーキ制動力が所定値以下になると、目標駆動トルクがクリープトルク相当値に向けて上昇を開始する。それに伴って、モータジェネレータMGはトルク制御されていることから、目標駆動トルクに応じて上昇を開始する。尚、第2クラッチCL2の伝達トルク容量は目標駆動トルク相当値よりも高い値に保持されているため、特に変更しない。言い換えると、目標駆動トルクに前回のスリップ制御から締結制御へ切り換えたときに上乗せされた伝達トルク容量を維持するため、第2クラッチCL2の伝達トルク容量はクリープトルク相当値に、この上乗せ分を加算した値として維持される。よって、アクセルペダルが踏み込まれ、目標駆動トルクがクリープトルク相当値よりも上昇した場合には、目標駆動トルクに上乗せ分を加算した値を第2クラッチCL2の伝達トルク容量として設定する。
このモータジェネレータトルクの上昇によって、モータジェネレータ回転数は上昇を開始すると共に、第2クラッチCL2を介して出力側回転数も上昇を開始する。よって、第2クラッチCL2にスリップを発生させることなく発進することができ、また、モータジェネレータMGはトルク制御していることから振動の発生も心配はない。
【0062】
時刻t3において、ドライバがアクセルペダルを踏み込むと、EV走行モードからWSC走行モードへの遷移要求が出力されるため、エンジン始動要求が出力される。エンジン始動時は、第2クラッチCL2をスリップ制御し、モータジェネレータMGを回転数制御とし、第1クラッチCL1を締結することになる。よって、第2クラッチCL2は締結制御からスリップ制御への移行が開始される。具体的には、第2クラッチCL2の伝達トルク容量を目標駆動トルクに向けて一致させる。
【0063】
時刻t4において、第2クラッチCL2の伝達トルク容量が目標駆動トルクと一致すると、モータジェネレータMGはトルク制御から回転数制御に切り換えられ、第2クラッチCL2は締結制御からスリップ制御へと切りかえられる。これにより、入力側回転数であるモータジェネレータ回転数が目標回転数と一致するように制御されつつ、第1クラッチCL1の伝達トルク容量を増大する。エンジン回転数が上昇し始めると、モータジェネレータMGは回転数を維持するために大きなトルクを出力し、エンジン回転数と目標回転数とが一致した後は、WSC走行モードによって走行できる。
【0064】
〔制動時におけるスリップ制御から締結制御への切り換え時において第2クラッチ伝達トルク容量が急変した場合の作用〕
図14は実施例1の制動時におけるスリップ制御から締結制御へ切り換えるときに第2クラッチ伝達トルク容量が急変した場合のタイムチャートである。初期状態は、ドライバがアクセルペダルを踏むことなく惰性走行している状態で、EVμスリップ制御により第2クラッチCL2のスリップ制御が行われており、モータジェネレータMGは回転数制御しているものとする。
【0065】
時刻t1において、ドライバがブレーキペダルを踏み始めると、車両は減速を開始する。このとき、目標駆動トルクは惰性走行時に設定されていた小さなトルクから、クリープトルクに向けて上昇を開始する。この目標駆動トルクの上昇に伴って第2クラッチCL2のトルク容量も徐々に上昇する。
【0066】
時刻t2において、ブレーキ制動力が所定値以上になると、車両停止状態への移行が近く、出力側回転数がセンサ検出限界を下回る可能性が高いと判断してスリップ制御から締結制御への切り換えが行われる。このとき、まず、時刻t2において出力されているモータジェネレータトルクをモータ上限トルクとして設定し、そこからランプ制御により徐々に目標駆動トルクに近づけて、目標駆動トルクをモータ上限トルクとして設定する。同時に、第2クラッチCL2の伝達トルク容量を目標駆動トルク相当値から徐々に増加させる。
【0067】
この時点では、まだモータジェネレータMGの目標回転数が目標回転数下限値を下回っていないため、目標スリップ量マップ102に基づいて入力側回転数と出力側回転数とのスリップ量に応じた目標回転数が設定される。その後、目標スリップ量マップ102に基づいて設定された目標回転数が目標回転数下限値を下回ると、目標回転数は目標回転数下限値に設定される。よって、回転数制御によって目標回転数を達成しようとするモータジェネレータトルクを出力することになるが、モータ上限トルクとして目標駆動トルク(この場合はクリープトルク)が設定されているため、このクリープトルク相当以上のトルクが出力されることはない。同時に、第2クラッチCL2の伝達トルク容量も増加勾配を緩やかにしつつ増加させる。
【0068】
このとき、第2クラッチCL2の伝達トルク容量が適切に増加していれば、モータジェネレータMGはトルクを出力しつつも回転数自体は出力側回転数の低下に伴って低下していくが、第2クラッチCL2の伝達トルク容量が急変し、不十分な伝達トルク容量しか出力できない場合、モータジェネレータMGは負荷が不足することで回転数が吹き上がるおそれがあり、この回転数の上昇によってモータジェネレータトルクが減少する。しかしながら、目標回転数として目標回転数下限値が設定されているため、モータジェネレータ回転数が目標回転数下限値以上に増加することはなく、過度のモータジェネレータトルクの減少を抑制しつつ、入力側回転数の吹き上がりを抑制することができる。
【0069】
以上説明したように、実施例1のハイブリッド車両の制御装置にあっては、下記に列挙する作用効果を得ることができる。
(1)車両の駆動力を出力するモータジェネレータMG(モータ)と、車両の目標駆動トルクを演算する目標駆動力演算部100(目標駆動力演算手段)と、モータジェネレータMGと駆動輪との間に介装されモータジェネレータMGと駆動輪とを断接する第2クラッチCL2(クラッチ)と、第2クラッチCL2をスリップ制御すると共に、モータジェネレータMGを回転数制御するEVμスリップ制御を行うEV走行モード(スリップ走行モード)と、第2クラッチCL2を締結して走行するEV走行モード(締結走行モード)と、EVμスリップ制御を行うEV走行モードからEV走行モードに遷移するときは、モータジェネレータMGのトルク制限値を目標駆動トルクとしてモータジェネレータMGを回転数制御すると共に、第2クラッチCL2の伝達トルク容量を増加させる遷移処理(遷移手段)と、を備えた。
モータジェネレータMGを回転数制御したときに、回転数変動によって大きなモータジェネレータトルクが要求されたとしても、トルク制限値として目標駆動トルクが設定されているため、第2クラッチCL2の伝達トルク容量を増加させたとしても、過度のトルク出力によるショックを抑制でき、安定したクラッチ制御を実現できる。
【0070】
(2)第2クラッチCL2の出力側回転数(駆動輪側回転数)を検出する第2クラッチ出力回転数センサ22(出力回転数検出手段)を有し、遷移処理は、第2クラッチ出力回転数センサ22により検出された出力側回転数と所定量異なる目標モータ回転数となるようにモータジェネレータMGを回転数制御することとした。
よって、出力側回転数の状態に応じた適切な目標モータ回転数を設定することができる。
【0071】
(3)遷移手段は、目標駆動トルクが正のときは所定量を正の値に設定し、目標駆動トルクが負の時は所定量を負の値に設定する。
よって、ドライブ状態とコースト状態に応じて適切なスリップ量を設定することができる。
【0072】
(4)遷移処理は、第2クラッチ出力回転数センサ22の検出限界値よりも高い値である目標回転数下限値を目標モータ回転数に設定する。
よって、第2クラッチCL2の伝達トルク容量が急変(例えば低下)したとしても、モータジェネレータMGの回転数が吹け上がることを回避することができる。
【0073】
(5)モータジェネレータMGのトルク制限値は、目標駆動トルクが正のときはトルク上限値とし、目標駆動トルクが負のときはトルク下限値とする。
よって、ドライブ状態とコースト状態に応じて適切な制限値を設定することができる。
【0074】
(6)モータジェネレータMGのトルク制限値は、スリップ制御から締結制御への遷移開始時におけるモータジェネレータトルク値から目標駆動トルクに向けて徐々に変更する。
よって、モータジェネレータトルクの急変を抑制することができ、安定した制御を実現できる。
【0075】
(7)遷移処理は、第2クラッチCL2のスリップが収束するまで第2クラッチCL2の伝達トルク容量を増加させる。
よって、第2クラッチCL2の伝達トルク容量を過剰に上昇させることなく締結状態に移行することができる。また、次回に締結状態からスリップ状態に移行するときに、伝達トルク容量を大きく低下させる必要がなく、素早くスリップ状態に移行することができる。
【0076】
(8)第2クラッチCL2の入力側回転数(モータ側回転数)を検出するモータ回転数センサ21(入力回転数検出手段)と、第2クラッチCL2の出力側回転数(駆動輪側回転数)を検出する第2クラッチ出力回転数センサ22(出力回転数検出手段)と、を有し、遷移処理は、第2クラッチCL2のスリップの収束を判定するにあたり、第2クラッチ出力回転数センサ22の検出限界値より大きな目標回転数下限値(所定回転数)以上のときは、入力側回転数と出力側回転数との差であるスリップ量に基づいて判定し、目標回転数下限値未満のときは、入力側回転数に基づいて判定する。
よって、第2クラッチ出力回転数センサ22の分解能によらず、安定したスリップ判定を実現できる。
【0077】
(9)目標回転数下限値は、スリップ状態から締結状態へ変化したときと、締結状態からスリップ状態へ変化したときとで異なる値とする。
よって、判定時におけるハンチングを回避することができる。
【0078】
(10)遷移処理は、第2クラッチCL2の伝達トルク容量を増加させるにあたり、目標駆動トルクを初期値として増加させる。
よって、第2クラッチCL2の伝達トルク容量と目標駆動トルクとの過渡的な偏差による違和感がなく、スムーズに締結制御に移行することができる。
【0079】
(11)遷移処理は、第2クラッチCL2のスリップが収束したときの第2クラッチCL2の伝達トルク容量を、次回のスリップ制御まで保持する。
よって、次回の締結制御からスリップ制御への移行を素早くすることができると共に、滑らかな発進を実現できる。
【0080】
(12)遷移処理は、第2クラッチCL2の伝達トルク容量の変化率を走行状態に応じて設定する。
よって、第2クラッチCL2の伝達トルク容量の変動による違和感を抑制することができる。
【0081】
(13)遷移処理は、第2クラッチCL2のスリップが収束したとき、もしくは第2クラッチCL2の入力側回転数が停止したときは、モータジェネレータMGを回転数制御からトルク制御に切り換える。
よって、車両発進時における振動等を抑制することができる。
【0082】
以上、本発明を実施例1に基づいて説明したが、具体的な構成は他の構成であってもよい。例えば、実施例1では、FR型のハイブリッド車両について説明したが、FF型のハイブリッド車両であっても構わない。
また、実施例1ではEV走行モードにおけるEVμスリップ制御状態と通常の締結制御状態との遷移について説明したが、スリップから締結に移行する制御であれば、他のモード遷移時であっても適用可能である。例えば、MWSC走行モード中に、極低速域において振動を回避するために締結制御することとし、この状態で実施例1の遷移処理を適用してもよい。
また、実施例1では、エンジンとモータジェネレータとを備えたハイブリッド車両について説明したが、モータのみを駆動源とする電気自動車に適用してもよい。
また、実施例1では、スリップ収束の判定にあたり、目標回転数下限値を基準として、入力側回転数と出力側回転数に基づく判定と、目標回転数下限値と入力側回転数に基づく判定とに分けたが、図15に示すように、入力側回転数及び出力側回転数の両方にフィルタ処理を施し、フィルタ処理後の値に基づいてスリップ収束の判定を行ってもよい。例えば、フィルタ処理後の出力側回転数を、センサ検出限界以下では、前回制御周期までの出力側回転数変化率を保持して0に変化させるようにすることで、センサ検出限界以下におけるスリップ収束判定を達成できる。
【符号の説明】
【0083】
E エンジン
CL1 第1クラッチ
MG モータジェネレータ
CL2 第2クラッチ
AT 自動変速機
1 エンジンコントローラ
2 モータコントローラ
3 インバータ
4 バッテリ
5 第1クラッチコントローラ
6 第1クラッチ油圧ユニット
7 ATコントローラ
8 第2クラッチ油圧ユニット
9 ブレーキコントローラ
10 統合コントローラ
24 ブレーキ油圧センサ
100 目標駆動力演算部
200 モード選択部
300 目標充放電演算部
400 動作点指令部
500 変速制御部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の駆動力を出力するモータと、
車両の目標駆動トルクを演算する目標駆動トルク演算手段と、
前記モータと駆動輪との間に介装され前記モータと前記駆動輪とを断接するクラッチと、
前記クラッチをスリップ制御すると共に、前記モータを回転数制御するスリップ走行モードと、
前記クラッチを締結して走行する締結走行モードと、
前記スリップ走行モードから前記締結走行モードに遷移するときは、前記モータのトルク制限値を前記目標駆動トルクとして前記モータを回転数制御すると共に、前記クラッチの伝達トルク容量を増加させる遷移手段と、
を備えたことを特徴とする車両の制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載の車両の制御装置において、
前記クラッチの駆動輪側回転数を検出する出力回転数検出手段を有し、
前記遷移手段は、前記出力回転数検出手段により検出された前記駆動輪側回転数と所定量異なる目標モータ回転数となるように前記モータを回転数制御することを特徴とする車両の制御装置。
【請求項3】
請求項2に記載の車両の制御装置において、
前記遷移手段は、前記目標駆動トルクが正のときは前記所定量を正の値に設定し、前記目標駆動トルクが負の時は前記所定量を負の値に設定することを特徴とする車両の制御装置。
【請求項4】
請求項2または3に記載の車両の制御装置において、
前記遷移手段は、前記出力回転数検出手段の検出限界値よりも高い値を前記目標モータ回転数に設定することを特徴とする車両の制御装置。
【請求項5】
請求項1ないし4いずれか一つに記載の車両の制御装置において、
前記モータのトルク制限値は、前記目標駆動トルクが正のときはトルク上限値とし、前記目標駆動トルクが負のときはトルク下限値とすることを特徴とする車両の制御装置。
【請求項6】
請求項5に記載の車両の制御装置において、
前記モータのトルク制限値は、前記スリップ走行モードから前記締結走行モードへの遷移開始時におけるモータトルク値から前記目標駆動トルクに向けて徐々に変更することを特徴とする車両の制御装置。
【請求項7】
請求項1ないし6いずれか一つに記載の車両の制御装置において、
前記遷移手段は、前記クラッチのスリップが収束するまで前記クラッチの伝達トルク容量を増加させることを特徴とする車両の制御装置。
【請求項8】
請求項7に記載の車両の制御装置において、
前記クラッチのモータ側回転数を検出する入力回転数検出手段と、
前記クラッチの駆動輪側回転数を検出する出力回転数検出手段と、
を有し、
前記遷移手段は、前記クラッチのスリップの収束を判定するにあたり、前記出力回転数検出手段の検出限界値より大きな所定回転数以上のときは、前記モータ側回転数と前記駆動輪側回転数との差であるスリップ量に基づいて判定し、前記出力回転数検出手段の検出限界値より小さな所定回転数未満のときは、前記モータ側回転数に基づいて判定することを特徴とする車両の制御装置。
【請求項9】
請求項8に記載の車両の制御装置において、
前記所定回転数は、スリップ状態から締結状態へ変化したときと、締結状態からスリップ状態へ変化したときとで異なる値とすることを特徴とする車両の制御装置。
【請求項10】
請求項7ないし9いずれか一つに記載の車両の制御装置において、
前記遷移手段は、前記クラッチの伝達トルク容量を増加させるにあたり、前記目標駆動トルクを初期値として増加させることを特徴とする車両の制御装置。
【請求項11】
請求項10に記載の車両の制御装置において、
前記遷移手段は、前記クラッチのスリップが収束したときの前記クラッチの伝達トルク容量を、次回のスリップ走行モード時まで保持することを特徴とする車両の制御装置。
【請求項12】
請求項10又は11に記載の車両の制御装置において、
前記遷移手段は、前記クラッチの伝達トルク容量の変化率を走行状態に応じて設定することを特徴とする車両の制御装置。
【請求項13】
請求項1ないし12いずれか一つに記載の車両の制御装置において、
前記遷移手段は、前記クラッチのスリップが収束したとき、もしくは前記クラッチのモータ側回転数が停止したときは、前記モータを回転数制御からトルク制御に切り換えることを特徴とする車両の制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【公開番号】特開2012−91543(P2012−91543A)
【公開日】平成24年5月17日(2012.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−238087(P2010−238087)
【出願日】平成22年10月25日(2010.10.25)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】