説明

車両の坂道発進補助装置

【課題】坂道発進補助制御により一旦停止で制動状態に保持した車両を特別な操作を要することなく制動解除してクリープ走行を開始でき、もってクリープ現象の利点を十分に活かすことができる車両の坂道発進補助装置を提供する。
【解決手段】車両の一旦停止時にアイドルストップ制御によりエンジンを停止させると共に(S6)、坂道発進補助制御により車両を制動状態に保持し(S8)、その後に運転者による車両発進の意志表示に基づきアイドルストストップ制御によりエンジンを始動し(S12,14)、それに伴うクラッチ装置の半クラッチ制御の再開によりクリープトルクが増加して制動解除判定値に達すると、車両の制動を解除する(S16,18)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は車両の坂道発進補助装置に係り、詳しくは登坂路での一旦停止時に車両を制動状態に保持して、発進時に自動的に制動を解除する坂道発進補助装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、坂道発進時のブレーキ操作の煩わしさを解消するために、登坂路での一旦停止時に車両を制動状態に保持して、発進時に自動的に制動を解除するようにした坂道発進補助装置が実用化されている。この種の坂道発進補助装置は、例えば一旦停止時に車両のブレーキ系の油圧ラインを遮断することにより、運転者のブレーキ操作が中止された後もブレーキ操作で増圧した油圧を保持して制動を継続し、その後の発進時には油圧ラインを開放して制動を解除するように構成されている。
【0003】
この種の坂道発進補助装置において、一旦停止時の制動状態の保持及び発進時の制動の解除は予め設定された条件に基づき判断されている(例えば、特許文献1参照)。当該特許文献1に記載された坂道発進補助装置では、車両停止や所定圧以上のブレーキ操作などの条件が満たされたときに、車両が後ずさりする可能性ありと見なして制動状態を保持する一方、所定圧以上のブレーキ操作またはアクセル操作の何れかの条件が満たされたときに、運転者の発進意志と見なして制動を解除している。
ところで、近年では乗用車のみならずトラックやバスなどの大型車両においても、運転者のアクセル操作量や車速などから求めた目標変速段に基づき変速段を自動的に切り換える自動変速機が普及している。この種の自動変速機の一つとして、従来からの手動変速機をベースとして変速操作及び変速に伴うクラッチ操作をアクチュエータにより自動化した自動変速機が実用化されている。
【0004】
このような手動変速機をベースとした自動変速機は、流体継手であるトルクコンバータを介することなくエンジントルクを伝達するため、一般的なトルコン式自動変速機に比較して動力伝達効率が高いという特徴を有するが、その反面、トルコン式自動変速機のように車両停止時などにエンジンの微小トルクを駆動輪側に伝達する所謂クリープ現象は得られない。そこで、クラッチを半クラッチ状態に制御することにより微小トルクを伝達させて車両をクリープ走行させるようにした自動変速機が提案されている(例えば、特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2002−283982号公報
【特許文献2】特開2005−337432号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記した手動式変速機をベースとした自動変速機或いはトルコン式自動変速機の何れを備えた車両であっても、特許文献1に記載された坂道発進補助装置を搭載することが考えられる。しかしながら、この場合には自動変速機により生起されるクリープ現象の利点を十分に活かせないという問題が生じた。
即ち、クリープ現象はアクセル操作せずにブレーキ操作しながら車両を微速走行(クリープ走行)できることから、特に渋滞時などでの利便性に優れているという特徴がある。しかしながら、上記特許文献1の坂道発進補助装置では、制動を解除する条件として所定圧以上のブレーキ操作やアクセル操作が設定されているため、一旦停止した車両を発進させるときには何れかの操作を行う必要がある。
【0007】
このため車両を発進させる際には、所定圧以上にブレーキを強く踏込み操作するか或いはアクセル操作を行うかして制動を解除した後に、クリープ走行を開始した車両を適宜ブレーキ操作で車速調整するという一連の操作が必要となり、操作が煩雑化することからクリープ現象による利点を十分に活かせなかった。
本発明はこのような問題点を解決するためになされたもので、その目的とするところは、坂道発進補助制御により一旦停止で制動状態に保持した車両を特別な操作を要することなく制動解除してクリープ走行を開始でき、もってクリープ現象の利点を十分に活かすことができる車両の坂道発進補助装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するため、請求項1の発明は、エンジンのアイドル運転時に該エンジンの微小トルクを変速機を介して駆動輪側に伝達してクリープトルクを発生させる一方、走行中に一旦停止したときに制動状態を保持して発進時に自動的に制動を解除する坂道発進補助手段を備えた車両において、車両の一旦停止時にエンジンを一時的に自動停止させるアイドルストップ制御を実行するアイドルストップ手段と、アイドルストップ手段により自動停止されたエンジンが車両発進に際して始動されたとき、変速機を介した微小トルクの伝達開始に伴って次第に増加するクリープトルクを算出するクリープトルク算出手段と、クリープトルク算出手段により算出されたクリープトルクが予め設定された制動解除判定値に達したか否かを判定する制動解除判定手段とを備え、坂道発進補助手段が、車両の一旦停止に伴って車両を制動状態に保持しているときに、制動解除判定手段によりクリープトルクが制動解除判定値に達したと判定されると車両の制動を解除するものである。
【0009】
従って、走行中の車両が一旦停止したときには、坂道発進補助手段により車両の制動状態が保持されると共に、アイドルストップ手段によりエンジンが停止される。そして、例えば運転者の発進意志を表す所定の操作が行われて、アイドルストップ手段によりエンジンが始動されると、変速機を介してエンジンの微小トルクが駆動輪側に伝達され始め、駆動輪が発生するクリープトルクが次第に増加する。クリープトルクはクリープトルク算出手段により逐次算出され、クリープトルクが制動解除判定値に達したことが制動解除判定手段により判定されると、坂道発進補助手段により車両の制動が解除される。
このように、アイドルストップ制御により車両発進に際してエンジンが始動されたときのクリープトルクの立ち上がりに基づき、坂道発進補助手段により車両の制動解除を行っている。よって、坂道発進補助制御による制動状態を解除するための特別な操作を運転者が行う必要はなく、制動解除後に適宜ブレーキ操作を行うだけでクリープ走行を開始した車両を車速調整可能となる。
【0010】
請求項2の発明は、請求項1において、車両が停止中の路面勾配を算出する路面勾配算出手段、または車両の重量を算出する車両重量算出手段の少なくとも一方と、路面勾配算出手段により算出された路面勾配、または車両重量算出手段により算出された車両重量に基づき、路面勾配が急になるほど、または車両重量が増加するほど、制動解除判定値を増加側に設定する判定値設定手段とを備え、制動解除判定手段が、判定値設定手段により設定された制動解除判定値をクリープトルクと比較するものである。
従って、路面勾配算出手段により算出された路面勾配が急になるほど、または車両重量算出手段により算出された車両重量が増加するほど、判定値設定手段により制動解除判定値が増加側に設定され、設定された制動解除判定値が判定値設定手段によりクリープトルクと比較されて車両の制動解除の判定に用いられる。結果として、路面勾配や車両重量に関わらず、車両の後ずさりを防止可能なクリープトルクの下限値近傍に制動解除判定値を設定可能となる。
【発明の効果】
【0011】
以上説明したように請求項1の発明の車両の坂道発進補助装置によれば、車両の一旦停止時に、坂道発進補助手段により制動状態を保持すると共に、アイドルストップ手段によりエンジンを停止し、車両の発進に際してアイドルストップ手段によりエンジンが始動されたとき、変速機を介した微小トルクの伝達に伴って次第に増加する駆動輪のクリープトルクを算出し、クリープトルクが制動解除判定値に達したときに車両の制動を解除するようにした。従って、坂道発進補助制御による制動状態を解除するための特別な操作を運転者が行う必要がなくなり、制動解除後に適宜ブレーキ操作を行うだけでクリープ走行を開始した車両を車速調整でき、もって運転操作を煩雑化させることなくクリープ現象による利点を十分に活かすことができる。
【0012】
請求項2の発明の車両の坂道発進補助装置によれば、請求項1に加えて、路面勾配が急になるほど、または車両重量が増加するほど、制動解除判定値を増加側に設定することにより、路面勾配や車両重量に関わらず、車両の後ずさりを防止可能なクリープトルクの下限値近傍に制動解除判定値を設定でき、車両の発進の際には、車両の後ずさりを確実に防止した上で、可能な限り迅速に制動を解除して車両のクリープ走行を開始させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】実施形態の車両の坂道発進補助装置が適用されたトラックの駆動系を示す全体構成図である。
【図2】チェンジレバーのレンジ配置を示す模式図である。
【図3】ECUが実行するアイドルストップ・発進補助制御ルーチンを示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を手動式変速機をベースとした自動変速機を備えた車両の坂道発進補助装置に具体化した一実施形態を説明する。
図1は本実施形態の車両の坂道発進補助装置が適用されたトラックの駆動系を示す全体構成図である。但し、本発明の坂道発進補助装置の適用対象はトラックに限ることはなく、例えばバスや乗用車に適用してもよい。
【0015】
車両には走行用動力源としてディーゼルエンジン(以下、エンジンという)1が搭載されている。エンジン1は、加圧ポンプによりコモンレールに蓄圧した高圧燃料を各気筒の燃料噴射弁に供給し、各燃料噴射弁の開弁に伴って筒内に噴射する所謂コモンレール式機関として構成されている。
なお、エンジン1の形式はこれに限ることはなく、コントロールラックの作動に応じて各気筒への燃料噴射を制御する従来形式のディーゼル機関としてもよいし、ガソリンエンジンとしてもよい。
【0016】
エンジン1の出力軸1bにはクラッチ装置2を介して自動変速機(以下、単に変速機という)3の入力軸3aが接続され、クラッチ装置2の接続時にエンジン1の回転が変速機3に伝達されるようになっている。当該変速機3は、前進12段(1速段〜12速段)及び後退1段を備えた手動式変速機をベースとしたものであり、以下に述べるように、その変速操作及び変速に伴うクラッチ装置2の断接操作を自動化したものである。言うまでもないが、変速機3の変速段は上記に限ることなく任意に変更可能である。
【0017】
クラッチ装置2は、フライホイール4にクラッチ板5をプレッシャスプリング6により圧接させて接続される一方、フライホイール4からクラッチ板5を離間させることにより切断される乾式摩擦クラッチとして構成されている。クラッチ板5にはアウタレバー7を介してエアシリンダ8(アクチュエータ)が連結され、エアシリンダ8には電磁弁9が介装されたエア通路10を介して圧縮エアを充填したエアタンク11が接続されている。
電磁弁9の開弁時にはエアタンク11からエア通路10を介してエアシリンダ8に圧縮エアが供給され、エアシリンダ8が作動してアウタレバー7を介してクラッチ板5をフライホイール4から離間させ、これによりクラッチ装置2が接続状態から切断状態に切り換えられる。一方、電磁弁9が閉弁すると、圧縮エアの供給中止によりエアシリンダ8が作動しなくなることから、クラッチ板5はプレッシャスプリング6によりフライホイール4に圧接され、これによりクラッチ装置2は切断状態から接続状態に切り換えられる。このように電磁弁9の開閉に応じてエアシリンダ8が作動して、クラッチ装置2を自動的に断接操作可能になっている。
【0018】
車両の運転席にはチェンジレバー13が設けられ、このチェンジレバー13のレンジ配置を図2に従って説明する。Pレンジ(パーキングレンジ)、Nレンジ(ニュートラルレンジ)、Rレンジ(リバースレンジ)は前後方向に一直線上に配置され、Nレンジの左側にDレンジ(ドライブレンジ)が設けられている。これらのPレンジ、Nレンジ、Rレンジ及びDレンジ間においてチェンジレバー13は任意に移動操作でき、移動操作後のレンジに保持されるようになっている。
なお、一般的なチェンジレバー装置と同様に、エンジン始動はPレンジ及びNレンジでのみ可能となっている。
【0019】
Dレンジの前側には+レンジ(アップシフトレンジ)が設けられ、Dレンジの後側には−レンジ(ダウンシフトレンジ)が設けられ、Dレンジの左側にはA/Mレンジ(モード切換レンジ)が設けられている。そして、これらの+レンジ、−レンジ及びA/Mレンジは、Dレンジをバネによる復帰位置として傾動操作可能となっており、傾動操作後にはバネの付勢力により自動的にDレンジに戻るようになっている。
【0020】
A/Mレンジは自動変速モードと手動変速モードとを切り換えるためのモード切換レンジとして機能し、チェンジレバー13をDレンジからA/Mレンジに傾動操作する毎に、自動変速モードと手動変速モードとの間で切換が行われるようになっている。また、+レンジ及び−レンジは手動変速モードにおいてアップシフトやダウンシフトを行うためのレンジであり、チェンジレバー13をDレンジから+レンジまたは−レンジに傾動操作する毎に、現在の変速段から1段アップシフトまたは1段ダウンシフトされるようになっている。
【0021】
変速機3には変速段を切り換えるためのギヤシフトユニット14が設けられ、図示はしないがギヤシフトユニット14は、変速機3内の各変速段に対応するシフトフォークを作動させる複数のエアシリンダ、及び各エアシリンダを作動させる複数の電磁弁を内蔵している。ギヤシフトユニット14はエア通路12を介して上記したエアタンク11と接続されており、各電磁弁の開閉に応じてエアタンク11からの圧縮エアが対応するエアシリンダに供給され、そのエアシリンダが作動して対応するシフトフォークを切換操作すると、切換操作に応じて変速機3の変速段が切り換えられる。このようにギヤシフトユニット14の電磁弁の開閉に応じてエアシリンダが作動して、変速機3を自動的に変速操作可能になっている。
【0022】
ブレーキペダル15に接続されたマスタシリンダ16には、ブレーキペダル15の踏込み操作時の踏力をエンジン1の吸気負圧により倍力するハイドロリックブースター16aが設けられ、このハイドロリックブースター16aによりマスタシリンダ16内のブレーキ液が加圧されるようになっている。マスタシリンダ16には前ブレーキ配管17aを介して図示しない前車輪の左右のホイールシリンダ18fが接続されると共に、後ブレーキ配管17bを介して図示しない後車輪(駆動輪)の左右のホイールシリンダ18rが接続されている。
【0023】
前ブレーキ配管17aには前ブレーキバルブ19fが介装され、同じく後ブレーキ配管17bには後ブレーキバルブ19rが介装されている。両ブレーキバルブ19f,19rは、閉弁時にはブレーキペダル15の踏込み操作によりブレーキ配管17a,17b内に生じたブレーキ液圧を維持することにより、前後のホイールシリンダ18f,18rの制動力を保持可能であり、一方、開弁時にはブレーキ配管17a,17b内のブレーキ液圧をマスタシリンダ16側に逃がすことにより、前後のホイールシリンダ18f,18rの制動力を解除可能となっている。
【0024】
車室内には、図示しない入出力装置、制御プログラムや制御マップ等の記憶に供される記憶装置(ROM,RAMなど)、中央処理装置(CPU)、タイマカウンタなどを備えたECU(制御ユニット)21が設置されており、エンジン1、クラッチ装置2、変速機3の総合的な制御を行う。
ECU21の入力側には、エンジン1の回転速度Neを検出するエンジン回転速度センサ22、変速機3の入力軸3aの回転速度を検出するクラッチ回転速度センサ23、チェンジレバー13の切換位置を検出するレバー位置センサ24、変速機3の変速段を検出するギヤ位置センサ25、アクセルペダル26の操作量Accを検出するアクセルセンサ27、変速機3の出力軸3bに設けられて車速Vを検出する車速センサ28、ブレーキペダル15の踏込み操作により発生したブレーキ液圧を検出するブレーキ液圧センサ29、及び信号待ちなどでの停車中に一時的にエンジン1を自動停止させるアイドルストップ機能を作動させるためのアイドルストップスイッチ30などのセンサ類が接続されている。
【0025】
また、ECU21の出力側には、上記したクラッチ装置2の電磁弁9、ギヤシフトユニット14の各電磁弁、前後のブレーキバルブ19f,19rなどが接続されると共に、図示はしないが、コモンレール蓄圧用の加圧ポンプや各気筒の燃料噴射弁などが接続されている。
なお、このように単一のECU21で総合的に制御することなく、例えばECU21とは別にエンジン制御専用のECUや坂道発進補助制御専用のECUを備えるようにしてもよい。
【0026】
そして、例えばECU21は、エンジン回転速度センサ22により検出されたエンジン回転速度Ne及びアクセルセンサ27により検出されたアクセル操作量Accに基づき、図示しないマップから加圧ポンプにより蓄圧されるコモンレールのレール圧や各気筒への燃料噴射量を算出すると共に、エンジン回転速度Ne及び燃料噴射量Qに基づき図示しないマップから燃料噴射時期を算出する。そして、これらの算出値に基づき加圧ポンプを駆動制御すると共に、各気筒の燃料噴射弁を駆動制御しながらエンジン1を運転させる。
また、ECU21は、レバー位置センサ24によりチェンジレバー13のDレンジへの切換が検出されているとき、アクセル操作量Acc及び車速センサ28により検出された車速Vに基づき、図示しないシフトマップから目標変速段tgtGを算出する。そして、電磁弁9を開閉してエアシリンダ11によりクラッチ装置2を断接操作させながら、ギヤシフトユニット14の所定の電磁弁を開閉してエアシリンダにより対応するシフトフォークを切換操作して目標変速段tgtGを達成し、これにより常に適切な変速段をもって車両を走行させる。
【0027】
また、ECU21は、レバー位置センサ24によりチェンジレバー13のDレンジからA/Mレンジへの切換が検出されたとき、その検出毎に自動変速モードと手動変速モードとの間で変速制御モードを切り換える。そして、自動変速モードでは上記のように目標変速段tgtGに基づき変速制御を実行し、手動変速モードではシフトマップとは関係なくDレンジで達成されていた現在の変速段を維持する。
また、ECU21は、レバー位置センサ24によりチェンジレバー13のDレンジから+レンジまたは−レンジへの切換が検出されたとき、その検出毎に現在の変速段から1段アップシフトまたはダウンシフトする。
【0028】
また、ECU21は、例えばDレンジやRレンジでアクセル操作することなくエンジン1をアイドル運転させながらブレーキ操作で車両を停止させているとき、目標変速段tgtGとして発進段(例えば、2速段)や後退段を達成して車両発進に備えると共に、クラッチ装置2を半クラッチ状態に制御するクリープトルク制御を実行し、微小トルクを駆動輪側に伝達することによりクリープ現象を生起させる。
クリープトルク制御の詳細については省略するが、ブレーキ操作の加減により車両はクリープ走行を開始して前進または後退し、ECU21は車速V及びブレーキ操作で発生した制動力に応じてクラッチ装置2の半クラッチ状態、ひいてはクリープトルクを最適制御する。
【0029】
また、ECU21は、アイドルストップスイッチ30がオン操作されているとき、燃費低減及びエミッション向上を目的として、信号待ちや渋滞による車両の一旦停止時にエンジン1を一時的に自動停止させるアイドルストップ制御を実行する。さらに、この車両の一旦停止時に、坂道発進の際のブレーキ操作の煩わしさを解消するために、必要に応じて車両の制動状態を保持して発進時に自動的に制動を解除する坂道発進補助制御を実行する。
本実施形態では、このアイドルストップ制御を実行するときのECU21がアイドルストップ手段として機能し、坂道発進補助制御を実行するときのECU21が坂道発進補助手段として機能する。
【0030】
そして、[発明が解決しようとする課題]でも述べたように、上記特許文献1の坂道発進補助装置では、制動を解除する条件として所定圧以上のブレーキ操作やアクセル操作が設定されているため、一旦停止した車両を発進させる際には何れかの操作を行って制動を解除する必要が生じ、運転操作が煩雑になるという問題があった。そこで、本実施形態の坂道発進補助装置では、アイドルストップ制御により一旦停止したエンジンが車両発進に際して始動されたときにクリープトルクが立ち上がる現象に着目し、このクリープトルクの立ち上がり現象を坂道発進補助制御の制動解除条件として設定しており、以下、当該対策について詳述する。
ECU21は車両のイグニションスイッチがオン操作中は、図3に示すアイドルストップ・発進補助制御ルーチンを所定の制御インターバルで実行する。当該ルーチンは、上記したアイドルストップ制御と坂道発進補助制御とを統合的に行うものである。
【0031】
まず、ステップS2で予め設定されたアイドルストップ制御のエンジン停止条件が成立したか否かを判定する。エンジン停止条件としては、以下の要件1)〜4)が全て満足されたときに成立する。
1)アイドルストップスイッチ30がオン操作されていること。
2)車速Vが所定値以上から0まで低下したこと。
3)チェンジレバー13がDレンジ、Pレンジ、Nレンジの何れかであること。
4)ブレーキペダル15が踏込み操作されていること。
【0032】
要件1)は、運転者がアイドルストップ機能を利用する意志表示であり、要件2)は、エンジン1を自動停止始動させる時間的な余裕がない渋滞時を除外する意図、要件3)は、アイドルストップの必要性がない後退時を除外する意図である。また、要件4)は、坂道発進補助制御の開始要件でもあるが、運転者の車両停止の意志表示である。
但し、エンジン停止条件はこれらの要件1)〜4)に限ることはなく、例えば渋滞時でも坂道発進補助制御を必要とする場合があるときには、要件2)を採用しなくてもよい。
また、本実施形態では、クラッチ装置2を乾式摩擦クラッチとして構成したが、クラッチ装置2の構成はこれに限ることはなく、例えば湿式摩擦クラッチとしてもよい。そして、この場合には上記エンジン停止条件の一つとして、クラッチ装置2を潤滑するATF温度に関する要件5)を追加設定してもよい。
5)エンジン1のオイル温度が所定範囲内であること。
当該要件5)は、冷態時など正常でない温度域でのエンジン始動を回避する意図である。
【0033】
ECU21はステップS2の判定がNo(否定)のときには、何ら処理することなく一旦ルーチンを終了する。また、ステップS2の判定がYes(肯定)のときにはステップS4に移行してチェンジレバー13がDレンジであるか否かを判定する。ステップS4の判定がYesで、Dレンジでの走行中に運転者のブレーキ操作により車両が停止したと推測されるときには、ステップS6に移行して坂道発進補助制御により車両を制動状態に保持する。
即ち、ブレーキバルブ19f,19rを閉弁させ、ブレーキペダル15の踏込み操作でブレーキ配管17a,17b内に生じたブレーキ液圧を維持することにより、前後のホイールシリンダ18f,18rの制動力を保持する。続くステップS8では、燃料噴射制御の中止によりエンジン1を停止させ、その後、ステップS10に移行する。
【0034】
ステップS10では、チェンジレバー13がPレンジまたはNレンジに切り換えられたか否かを判定する。PレンジやNレンジへの切換は、車両の停止が一時的なものではなく駐車を意図した可能性があることを意味する。ステップS10の判定がNoのときにはステップS12に移行し、予め設定されたアイドルストップ制御のエンジン始動条件が成立したか否かを判定する。エンジン始動条件は運転者の発進意志と見なせる操作が設定されており、具体的には、以下の要件6),7)の何れかが満足されたときに成立する。
6)ブレーキペダル15が解放されたこと。
7)チェンジレバー13がDレンジからPレンジ、Nレンジ以外に切り換えられたこと。
【0035】
要件6)は、運転者の車両発進するための直接的な意志表示である。また、要件7)は、A/Mレンジへの傾動操作により変速制御モードの切換や+レンジまたは−レンジへの傾動動作によるアップシフト及びダウンシフトを想定したものであるが、これらも間接的ではあるが車両発進のための意志表示と見なせる。
車両停止中にECU21はステップS10,12の判定を繰り返し、ステップS10に先行してステップS12でエンジン始動条件の成立によりYesの判定を下すとステップS14に移行する。ステップS14では燃料噴射制御を再開すると共にスタータを駆動制御し、エンジン1を始動する。続くステップS16では駆動輪が発生するクリープトルクが予め設定された制動解除判定値に達したか否かを判定する。
【0036】
このようなDレンジでの車両停止時において、ECU21は目標変速段tgtGとして発進段を達成して車両発進に備えており、この状態でアイドルストップ制御によりエンジン1の始動が完了すると、クリープ現象を生起させるべくクリープトルク制御によりクラッチ装置2を半クラッチ状態に制御し始める。よって、エンジン1の微小トルクが駆動輪側に伝達され、それに伴って駆動輪に発生したクリープトルクは次第に増加して、何れかの時点で制動解除判定値に達することになる。
ECU21はクラッチ装置2を制御しながら、例えばストロークセンサにより検出されたクラッチストローク量などからクラッチ装置2の伝達トルクを算出し、この伝達トルクから現在駆動輪が発生しているクリープトルクを逐次算出し、算出したクリープトルクに基づきステップS16の判定処理を実行している。クラッチ装置2の伝達トルクからクリープトルクを算出する方法は周知であるため詳細は述べないが、伝達トルクをベースとして変速機3の発進段のギヤ比、最終減速比、タイヤ半径などで補正すれば、駆動輪の駆動力であるクリープトルクを求めることができる。
【0037】
なお、変速機3の発進段のギヤ比、最終減速比、タイヤ半径などは固定値であるため、クラッチ装置2の伝達トルクとクリープトルクとは常に相関関係にある。従って、クリープトルクに代えてクラッチ装置2の伝達トルクを制動解除判定値と比較してもよく、本発明のクリープトルクは、この伝達トルクのようにクリープトルクと相関する指標も含むものとする。
そして、本実施形態では、このようにクリープトルクを算出するときのECU21がクリープトルク算出手段として機能し、算出したクリープトルクが制動解除判定値に達したか否かを判定するときのECU21が制動解除判定手段として機能する。
【0038】
制動解除判定値は、急な登坂路でも車両の後ずさりを防止可能なクリープトルクの下限値として設定されている。従って、クリープトルクが制動解除判定値に達した時点では、登坂路で車両を後ずさりさせることなく発進可能な準備が整ったものと見なせる。
上記ステップS16の判定がNoの間は待機し、判定がYesになるとステップS18に移行して坂道発進補助制御による車両の制動を解除した後、ルーチンを終了する。即ち、ステップS18では、ブレーキバルブ19f,19rを開弁させ、ブレーキ配管17a,17b内のブレーキ液圧をマスタシリンダ16側に逃がすことにより、前後のホイールシリンダ18f,18rの制動力を解除する。
【0039】
一方、上記ステップS4でチェンジレバー13がPレンジまたはNレンジであるとしてNoの判定を下したときには、ステップS20に移行する。このような場合、運転者は駐車を意図して車両を停止させた可能性があるため、ステップS20以降の処理では、駐車の場合には不要な坂道発進補助制御は実行せずに、アイドルストップ制御のみを行う。
即ち、ステップS20では燃料噴射制御の中止によりエンジン1を停止させ、続くステップS22で上記した要件6),7)の何れかに基づきエンジン始動条件が成立したか否かを判定する。そして、エンジン始動条件の成立によりYesの判定を下すと、ステップS24でエンジン1を始動した後にルーチンを終了する。
【0040】
このため、運転者が駐車を意図して車両を停止させてイグニションスイッチをオフ操作した場合には、エンジン1が停止したまま本ルーチンが終了し、一方、運転者が一時的な車両の停止を意図している場合には、ステップS22でのエンジン始動条件の成立に基づきエンジン1が始動されて車両発進に備えることになる。
また、上記ステップS12のエンジン始動条件の成立に先行してステップS10の判定がYesになったとき、即ち、Dレンジで車両を停止させた後にPレンジまたはNレンジに切り換えられたときにはステップS26に移行する。ステップS26では、上記ステップS6で行われた車両の制動を解除した後、ステップS20以降でアイドルストップ制御を実行する。
【0041】
以上のように本実施形態の坂道発進補助装置では、車両の一旦停止に基づきエンジン停止条件が成立したときにアイドルストップ制御によりエンジン1を停止させると共に、坂道発進補助制御により車両を制動状態に保持している。そして、その後に運転者の車両発進の意志表示であるエンジン始動条件が成立してアイドルストップ制御によりエンジン1が始動されると、それに伴って再開されたクラッチ装置2の半クラッチ制御によりクリープトルクが増加して制動解除判定値に達した時点で車両の制動を解除している。
即ち、アイドルストップ制御により一旦停止したエンジン1が車両発進に際して始動されたときにクリープトルクが立ち上がる現象に着目し、このクリープトルクが車両の後ずさり防止可能な制動解除判定値に達したことを、坂道発進補助制御の制動解除条件として設定している。従って、クリープトルクが立ち上がった適切なタイミングで坂道発進補助制御による車両の制動を解除でき、これにより登坂路であっても後ずさりさせることなく車両を発進でき、運転者のブレーキ操作の煩わしさを解消することができる。
【0042】
そして、このときの運転者は、もともとアイドルストップ制御のエンジン始動条件として設定された要件6)または7)の何れかを行うだけでよく、何れかの要件に基づきエンジン始動されることでクリープトルクが増加して車両の制動が自動的に解除される。よって、坂道発進補助制御による制動状態を解除するための特別な操作は一切必要なく、制動解除後に適宜ブレーキ操作を行うだけでクリープ走行を開始した車両を車速調整でき、結果として運転操作を煩雑化させることなくクリープ現象による利点を十分に活かすことができる。
【0043】
以上で実施形態の説明を終えるが、本発明の態様はこの実施形態に限定されるものではない。例えば、上記実施形態では、手動式変速機をベースとして変速操作及び変速に伴うクラッチ装置2の断接操作を自動化した変速機3を用いたが、クリープ現象を生起する変速機であれば、その種別はこれに限ることはない。例えば、所謂デュアルクラッチ式変速機、或いはトルクコンバータに遊星歯車機構を組み合わせた自動変速機やベルト式などの無段変速機に適用してもよい。
なお、デュアルクラッチ式変速機は、奇数段と偶数段とに分けた歯車機構をそれぞれクラッチを介してエンジン側と連結して構成され、一方の歯車機構のクラッチを接続して動力伝達しているとき、他方の歯車機構のクラッチを切断して次に予測される変速段に予め切り換えておき、変速タイミングになると両クラッチの断接状態を逆転させて他方の歯車機構による動力伝達を開始するものである。これらの変速機においても、本実施形態の構成を適用することにより同様の作用効果を得ることができる。
【0044】
また、上記実施形態の図3のステップS16では、車両の後ずさりを防止可能なクリープトルクの下限値として設定した制動解除判定値を用いたが、制動解除判定値の設定は上記に限るものではない。エンジン1の始動完了によりクラッチ装置2の半クラッチ制御が開始されれば、その直後にクリープトルクが急増することは確実であり、クリープトルクが車両の後ずさりを防止可能な値に達する以前にブレーキバルブ19f,19rを開弁したとしても、実際に制動力が解除された時点では車両の後ずさりを防止可能な値までクリープトルクが増加している場合もある。よって、車両の後ずさりを防止可能な値よりも小さな値に制動解除判定値を設定してもよい。
【0045】
また、登坂路の勾配や車両重量に応じて車両の後ずさりを防止可能な下限値のクリープトルクは相違し、路面勾配が急になるほど、或いは車両重量が増加するほど、車両の後ずさり防止のためにより大きなクリープトルクを必要とする。そこで、現在車両が停止中の路面勾配または現在の車両重量の少なくとも一方に基づき、路面勾配に急になるほど、或いは車両重量が増加するほど制動解除判定値が増加するように設定してもよい(判定値設定手段)。路面勾配や車両重量の算出方法は周知であるため詳細は述べないが、例えば加速度センサにより路面勾配を検出したり、車両走行時のエンジン出力と得られた車両加速度との比から車両重量を算出したりすればよい(路面勾配算出手段、車両重量算出手段)。
このような処理により制動解除判定値は、路面勾配や車両重量に関わらず車両の後ずさりを防止可能なクリープトルクの下限値に設定される。よって、車両の発進の際には、車両の後ずさりを確実に防止した上で、可能な限り迅速に坂道発進補助制御による制動を解除して車両のクリープ走行を開始させることができる。
【符号の説明】
【0046】
1 エンジン
3 変速機
21 ECU
(坂道発進補助手段、アイドルストップ手段、クリープトルク算出手段、
制動解除判定手段、路面勾配算出手段、車両重量算出手段、判定値設定手段)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジンのアイドル運転時に該エンジンの微小トルクを変速機を介して駆動輪側に伝達してクリープトルクを発生させる一方、走行中に一旦停止したときに制動状態を保持して発進時に自動的に制動を解除する坂道発進補助手段を備えた車両において、
上記車両の一旦停止時にエンジンを一時的に自動停止させるアイドルストップ制御を実行するアイドルストップ手段と、
上記アイドルストップ手段により自動停止された上記エンジンが車両発進に際して始動されたとき、上記変速機を介した微小トルクの伝達開始に伴って次第に増加する上記クリープトルクを算出するクリープトルク算出手段と、
上記クリープトルク算出手段により算出されたクリープトルクが予め設定された制動解除判定値に達したか否かを判定する制動解除判定手段と
を備え、
上記坂道発進補助手段は、上記車両の一旦停止に伴って該車両を制動状態に保持しているときに、上記制動解除判定手段により上記クリープトルクが制動解除判定値に達したと判定されると車両の制動を解除することを特徴とする車両の坂道発進補助装置。
【請求項2】
上記車両が停止中の路面勾配を算出する路面勾配算出手段、または該車両の重量を算出する車両重量算出手段の少なくとも一方と、
上記路面勾配算出手段により算出された路面勾配、または上記車両重量算出手段により算出された車両重量に基づき、上記路面勾配が急になるほど、または上記車両重量が増加するほど、上記制動解除判定値を増加側に設定する判定値設定手段と
を備え、
上記制動解除判定手段は、上記判定値設定手段により設定された制動解除判定値を上記クリープトルクと比較することを特徴とする請求項1記載の車両の坂道発進補助装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−56432(P2012−56432A)
【公開日】平成24年3月22日(2012.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−201112(P2010−201112)
【出願日】平成22年9月8日(2010.9.8)
【出願人】(598051819)ダイムラー・アクチェンゲゼルシャフト (1,147)
【氏名又は名称原語表記】Daimler AG
【住所又は居所原語表記】Mercedesstrasse 137,70327 Stuttgart,Deutschland
【Fターム(参考)】