説明

車両用加速度制御装置

【課題】オーバシュートやアンダーシュートおよびハンチングを防ぎつつ、かつ、目標加速度に対する実加速度の追従性をより高める。
【解決手段】目標加速度の微分値の微分値であるDDTGに基づいてPID制御の比例ゲイン、積分ゲインおよび微分ゲインを設定することで、目標加速度に対する実加速度の追従性をより高めた制御を行うことが可能となる。このように、真に追従性を高めたい場合にのみゲインを大きくすることで、オーバシュートやアンダーシュートおよびハンチングを防ぎつつ、かつ、目標加速度に対する実加速度の追従性をより高めることが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の周囲環境が時々刻々と変動するのに応じ、その車両の目標加速度が定められ、その目標加速度に対する実際に発生させられる加速度(以下、実加速度という)の追従性を高められる車両用加速度制御装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、特許文献1において、前方車両などの前方障害物との接触回避のために車両の目標加速度を設定し、この目標加速度を実現するために自動的に制動力を発生させる装置が提案されている。この装置では、目標加速度に対する実加速度の追従性を高めるためにフィードバック制御を行いつつ、目標加速度と実加速度との差分が所定範囲内にある場合を不感帯として、フィードバック制御により自動的に制動力を発生させることを規制する。これにより、オーバシュートやアンダーシュートおよびハンチングを防止できるため、フィードバック制御の精度を向上させられ、目標加速度に対する実加速度の追従性を高めることが可能となる。
【特許文献1】特開平5−310106号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、特許文献1に示されるように不感帯においてフィードバック制御により自動的に制動力を発生させることを規制してしまうと、結局応答性が落ち、目標加速度に対する実加速度の追従性を十分に高められない。
【0004】
本発明は上記点に鑑みて、オーバシュートやアンダーシュートおよびハンチングを防ぎつつ、かつ、目標加速度に対する実加速度の追従性をより高めることができる車両用加速度制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記目的を達成するため、請求項1に記載の発明では、実加速度との偏差を無くすようフィードバック制御を行うフィードバック制御手段(2c)は、目標加速度と実加速度との偏差を無くすように比例制御、積分制御および微分制御のうちの少なくとも1つを行うPID制御手段(22〜24)と、目標加速度の変化量(ΔTG)の微分値の絶対値が大きいほど比例制御、積分制御および微分制御のうちの少なくとも1つのゲインを大きくするゲイン増加手段(22〜24)と、を有して構成されていることを特徴としている。
【0006】
このように、変動する目標加速度に対し、目標加速度の変化量(ΔTG)の微分値が大きいほど比例制御、積分制御および微分制御のうちの少なくとも1つのゲインを大きくすることで、目標加速度に対する実加速度の追従性をより高めた制御を行うことが可能となる。このため、急に目標加速度が変動し、それに実加速度が追従できないなど、真に追従性を高めたいときにだけゲインを大きくすることで、オーバシュートやアンダーシュートおよびハンチングを防ぎつつ、かつ、目標加速度に対する実加速度の追従性をより高めることが可能となる。
【0007】
例えば、請求項2に示すように、ゲイン増加手段(22〜24)は、微分値の絶対値が大きくなるほど徐々に大きくなる値にゲインを設定することができる。また、請求項3に示すように、ゲイン増加手段(22〜24)は、微分値が規定範囲内に含まれる場合にゲインを第1値とし、該規定範囲外の場合にゲインを第1値よりも大きな第2値に設定することもできる。さらに、請求項4に示すように、ゲイン増加手段(22〜24)は、微分値が規定範囲内に含まれる場合にゲインを第1値とし、該規定範囲外の場合にはゲインを第1値よりも大きな値であって微分値が大きくなるほど徐々に大きくなる値に設定することもできる。
【0008】
また、請求項5に示すように、ゲイン増加手段(22〜24)は、ゲインを大きくすることを所定期間(T)継続することができる。このように、ゲインを大きくすることを所定時間(T)継続することで、目標加速度に対して実加速度が追従したと想定される時間までその状態を維持することが可能となる。
【0009】
さらに、請求項6に示すように、ゲイン増加手段(22〜24)は、目標加速度の変化量(ΔTG)の微分値の絶対値が大きいほど所定期間(T)を長く設定すると好ましい。
【0010】
目標加速度の変化量(ΔTG)の微分値の絶対値が大きいほど目標加速度に対して実加速度が追従するのに時間が掛かると考えられる。このため、目標加速度の変化量(ΔTG)の微分値が大きいほど所定期間(T)を長く設定することで、実加速度が目標加速度により的確に追従できるようにすることが可能となる。
【0011】
請求項7または8に記載の発明では、フィードバック制御手段(2c)は、実加速度が表された状態量信号を入力し、該状態量信号のうちカットオフ周波数よりも低い成分のみを通過させるローパスフィルタとして機能し、カットオフ周波数が可変とされた可変フィルタ(25)と、目標加速度の変化量(ΔTG)が規定範囲内に含まれる場合に該規定範囲外の場合よりも可変フィルタ(25)の通過させるカットオフ周波数を低くするようにフィルタ定数を設定する定数設定手段(26)と、を有し、PID制御手段(22〜24)は、目標加速度と可変フィルタ(25)を通じた状態量信号にて表される実加速度との偏差を無くすように比例制御、積分制御および微分制御のうちの少なくとも1つを行うことを特徴としている。
【0012】
このように、目標加速度の変化量(ΔTG)が規定範囲内にある場合に、可変フィルタ(25)のフィルタ定数を変化させることでカットオフ周波数を変化させれば、安定性重視で目標加速度の微小な変化には応答せず、真に目標加速度が大きく変動した場合にのみ応答するようにできる。したがって、真に安定性重視したい場合にのみカットオフ周波数を小さくすることで、オーバシュートやアンダーシュートおよびハンチングを防ぎつつ安定性重視の制御を行うことが可能となる。
【0013】
この場合、請求項9に示すように、定数設定手段(26)は、目標加速度の変化量(ΔTG)が規定範囲内に含まれる状態が一定期間(T2)継続したときに、カットオフ周波数を低くするようにフィルタ定数を設定すると好ましい。このように、目標加速度の変化量(ΔTG)が規定範囲内に含まれる状態が一定時間(T2)継続した場合に、目標加速度が安定した一定値になったと考えられるため、このときにフィルタ定数を設定すると良い。
【0014】
なお、上記各手段の括弧内の符号は、後述する実施形態に記載の具体的手段との対応関係を示すものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態について図に基づいて説明する。なお、以下の各実施形態相互において、互いに同一もしくは均等である部分には、図中、同一符号を付してある。
【0016】
(第1実施形態)
本発明の第1実施形態について説明する。本実施形態では、車両用加速度制御装置が車両制駆動力制御システムに実装された場合を例に挙げて、本発明の車両用加速度制御装置の一実施形態を説明する。
【0017】
図1は、本発明の一実施形態にかかる車両用加速度制御装置が備えられた車両制駆動力制御システムのブロック図を示している。この図に示されるように、車両制動力制御システムは、加速度要求部1、前後加速度制御部2、パワトレ制御部3およびブレーキ制御部4を有している。このうちの前後加速度制御部2が本発明の車両用加速度制御装置に相当している。
【0018】
加速度要求部1は、車両状態に応じた加速度の要求信号を出力するもので、クルーズコントロール部1a、車間制御部1b、プリクラッシュコントロール部1cを備えている。具体的には、クルーズコントロール部1aは、車両の走行速度を一定値に制御するために必要な加速度の要求信号を出力する。車間制御部1bは、前方車両との車間距離が予め決められた値となるようにするために必要な加速度の要求信号を出力する。プリクラッシュコントロール部1cは、前方車両との衝突を回避するために必要な加速度の要求信号を出力する。なお、この要求信号が出力されているときが目標加速度制御中であることを示しており、出力されていないときは目標加速度制御中ではないことを示している。
【0019】
前後加速度制御部2は、調停部2a、フィードフォワード制御部2b、フィードバック制御部2cおよび制駆動力配分設定部2dを有している。
【0020】
調停部2aは、加速度要求部1から入力される要求信号が示す加速度を調停し、目標加速度を出力する。
【0021】
フィードフォワード制御部2bは、実加速度が調停部2aから出力された目標加速度となるようにフィードフォワード制御を行う。フィードバック制御部2cは、調停部2aから出力された目標加速度と実加速度との偏差が0に近づくようにフィードバック制御を行う。
【0022】
制駆動力配分設定部2dは、フィードフォワード制御部2bの出力値とフィードバック制御部2cの出力値との加算値をトルク換算したのち、実際に出力する制駆動力配分を設定する。この制駆動力配分が、要求パワトレトルクTwptと要求ブレーキトルクTwbkとしてパワトレ制御部3およびブレーキ制御部4に伝えられる。
【0023】
パワトレ制御部3は、要求パワトレトルクTwptに応じて、エンジンに対するトルク要求値(要求エンジントルク)や自動変速装置に対するギア比の要求値(要求ギア比)を出力する。ブレーキ制御部4は、要求ブレーキトルクTwbkに応じて、ブレーキ制御用のアクチュエータが発生させるホイールシリンダ圧の要求値を出力する。これにより、制駆動力配分に応じた駆動力および制動力が発生させられ、所望の加速度を得ることができる。なお、ここではエンジン駆動車両を想定しているため、パワトレ制御部3を例として記載したが、電気自動車(EV車)であればモータ制御部が駆動力の制御用として備えられる。これらパワトレ制御部3、ブレーキ制御部4およびモータ制御部などが加速度制御部27(図2参照)に相当し、これらにより駆動される各アクチュエータが加速度制御器28(図2参照)に相当する。
【0024】
続いて、上記のような車両制駆動力制御システムのフィードバック制御部2cの詳細構成について説明する。図2は、フィードバック制御部2cの詳細構成を示したブロック図である。
【0025】
フィードバック制御部2cは、PID制御を実行するもので、第1、第2微分器20、21、比例制御(P制御)部22、積分制御(I制御)部23、微分制御(D制御)部24、可変フィルタ25および定数設定手段26を有して構成されている。
【0026】
第1微分器20は、目標加速度の微分値、つまり目標加速度の変化量を演算する。第2微分器21は、第1微分器20で演算された目標加速度の変化量の微分値を演算する。以下、この目標加速度の微分値の微分値をDDTGという。
【0027】
比例制御部22は、比例ゲイン(Pゲイン)に基づき、実加速度と目標加速度との偏差に関する一次関数として出力値を制御し、その出力値を実加速度に加える。比例制御は、目標加速度に近づくほど細かい出力値を実加速度に加えることができるので、細かく目標加速度に近づけることが可能になる。この比例制御部22には、比例ゲインのマップが記憶されている。比例ゲインは一定値とされるのが一般的であるが、ここではDDTGに対する比例ゲインのマップを利用し、第2微分器21で演算されたDDTGに基づいて比例ゲインを可変にしている。図3(a)は、比例制御部22に記憶されているDDTGに対する比例ゲインのマップの一例である。この図に示されるように、DDTGが所定範囲内に含まれる場合(DDTGの絶対値が所定値以下の場合)は比例ゲインが第1値、所定値を超えると比例ゲインが第1値よりも大きな第2値となるようなマップとされている。
【0028】
積分制御部23は、積分ゲイン(Iゲイン)に基づき、実加速度と目標加速度との偏差とその偏差が継続している時間との積に比例して出力値を変化させる制御を行う。この出力値を実加速度に加えることで目標加速度により近く実加速度を近づけることができる。この積分制御部23にも、積分ゲインのマップが記憶されている。積分ゲインは一定値とされるのが一般的であるが、ここでもDDTGに対する積分ゲインのマップを利用し、第2微分器21で演算されたDDTGに基づいて積分ゲインを可変にしている。図3(b)は、積分制御部23に記憶されているDDTGに対する積分ゲインのマップの一例である。この図に示されるように、DDTGが所定範囲内に含まれる場合(DDTGの絶対値が所定値以下の場合)は積分ゲインが第1値、所定値を超えると積分ゲインが第1値よりも大きな第2値となるようなマップとされている。
【0029】
微分制御部24は、微分ゲイン(Dゲイン)に基づき、実加速度と目標加速度との偏差の変化の大きさに比例して、つまり偏差の微分に比例して出力値を変化させる制御を行う。この出力値を実加速度に加えることで、外乱に対し素早く反応して応答性良く目標加速度に近づけることができる。この微分制御部24にも、微分ゲインのマップが記憶されている。微分ゲインは一定値とされるのが一般的であるが、ここでもDDTGに対する微分ゲインのマップを利用し、第2微分器21で演算されたDDTGに基づいて微分ゲインを可変にしている。図3(c)は、微分制御部24に記憶されているDDTGに対する微分ゲインのマップの一例である。
この図に示されるように、DDTGが所定範囲内に含まれる場合(DDTGの絶対値が所定値以下の場合)は微分ゲインが第1値、所定値を超えると微分ゲインが第1値よりも大きな第2値となるようなマップとされている。
【0030】
可変フィルタ25は、車両に備えられた車輪速度センサや加速度センサの検出信号を実加速度が表された状態量信号として、状態量信号をフィルタリングすることで実加速度を得る。フィードフォワード制御およびフィードバック制御に基づいて、パワトレ制御部3やブレーキ制御部4等の加速度制御部27により加速度制御器28が制御されることで駆動力や制動力が制御されると、それが車両の加速度変動として反映され、車両に備えられた車輪速度センサや加速度センサの検出信号に現れる。このため、それら車輪速度センサもしくは加速度センサの検出信号を状態量信号として可変フィルタ25を通過させることで、実加速度が得られる。可変フィルタ25は、状態量信号を通過させるカットオフ周波数(フィルタリング定数)が可変となっているローパスフィルタにより構成されており、後述する定数設定手段26からの指示信号に基づいてカットオフ周波数を変化させる。本実施形態の場合、可変フィルタ25が第1カットオフ周波数とそれよりも更に低い第2カットオフ周波数の2段階に切替えられるようにカットオフ周波数が可変となっている。
【0031】
定数設定手段26は、第1微分器20の出力値、つまり目標加速度の変化量に基づいてフィルタリング定数を変化させる指示信号として、どのような指示信号を出力するかの判定を行い、その結果に基づいて可変フィルタ25に対して指示信号を出力する。この判定手法に関しては後述する。このようにして、フィードバック制御部2cが構成されている。
【0032】
次に、上記のように構成された車両制駆動力制御システムの前後加速度制御部2で実行される加速度制御処理のメインフローチャートを図4に示し、この図を参照して車両制駆動力制御システムの作動について説明する。
【0033】
加速度制御処理は、例えば図示しないイグニッションスイッチがオンされると所定の制御周期毎に実行される。
【0034】
まず、ステップ100では、フラグリセットなどの一般的な初期化処理を行う。次に、ステップ105において、各種センサからの入力信号の読み込みを行う。ここで言う各種センサとは、検出信号に車両の加速度変動成分が含まれるもののことを意味しており、上述した車輪速度センサや加速度センサ等が該当する。また、ここで調停部2aから目標加速度制御中であるか否かの状態および要求される目標加速度の入力も行っている。
【0035】
そして、ステップ110で実加速度演算処理を実行する。図5は、実加速度演算処理の詳細を示したフローチャートである。まず、ステップ200で、フラグリセットなどの一般的な初期化処理を行う。続いて、ステップ205において、各センサからの入力信号の取り込みを行う。ここでいうセンサの入力信号の読み取りは、ステップ105と同様である。勿論、ステップ105で既に読み込んだ入力信号をそのまま利用しても良い。この後、ステップ210でフィルタ選択演算を行う。このフィルタ選択演算がフィードバック制御部2cにおける定数設定手段26にて実行される処理である。図6にフィルタ選択演算処理のフローチャートを示し、この図参照して説明する。
【0036】
まず、ステップ300において、目標加速度制御中であるか否かを判定する。この判定は、上述したステップ105において、調停部2aから目標加速度制御中であるか否かの状態が要求信号の入力の有無によって把握できるため、その入力結果に基づいて行われる。ここで目標加速度制御中でなければステップ305に進み、フィルタ定数を第1のフィルタ定数Aに設定する指示信号を可変フィルタ25に対して出力して処理を終了する。ここでいう第1のフィルタ定数Aとは、可変フィルタ25を第1カットオフ周波数のローパスフィルタとして機能させるための定数である。
【0037】
一方、ステップ300で肯定判定された場合には、ステップ310に進み、目標加速度変化量ΔTGを演算する。この処理は、第1微分器20にて実行される。具体的には、上述した図4のステップ105で制御周期毎に目標加速度が入力されるため、今回の制御周期の際の目標加速度と前回の制御周期の際の目標加速度との差を目標加速度変化量ΔTG、つまり目標加速度の微分値としている。
【0038】
そして、ステップ315において目標加速度変化量ΔTGの絶対値|ΔTG|が閾値THA以下であるか否かを判定する。閾値THAは、加速度変化量ΔTGが規定範囲内に含まれているか、つまり加速度変化量ΔTGが規定範囲内に収まるほど小さくなったか否かを判定するための判定基準値である。加速度変化量ΔTGが規定範囲内に含まれていない場合、目標加速度の変動が大きいことを示しているため、実加速度が目標加速度に早く追従できるように、応答性を重視した比較的高い第1カットオフ周波数とするのが好ましい。このため、ステップ320に進み、フィルタ定数Aを設定する指示信号を可変フィルタ25に対して出力して処理を終了する。
【0039】
一方、ステップ315において肯定判定された場合には、ステップ325に進む。目標加速度変化量ΔTGの絶対値|ΔTG|が閾値THA以下となり、ステップ315で肯定判定された場合、目標加速度が安定した一定値になっていると判断してカットオフ周波数を低くして安定性重視側に変更しても構わない。しかしながら、瞬間的に、もしくは偶然的にそのような状況になることもあり得る。このため、ステップ325において、目標加速度変化量ΔTGの絶対値|ΔTG|が閾値THA以下となる状態が一定時間T2継続したか否かを判定する。ここで否定判定された場合には、まだ目標加速度が安定した一定値になっていないとしてステップ320に進み、フィルタ定数Aを設定する指示信号を可変フィルタ25に対して出力して処理を終了する。逆に、ここで肯定判定されると、目標加速度が安定した一定値になったと判断できる。このため、実加速度が目標加速度とほぼ等しくなるような状況が続くと想定され、目標加速度の微小な変化に細かに応答するよりも、安定性重視で目標加速度の微小な変化には応答せず、真に目標加速度が大きく変動した場合にのみ応答するようにした方が良い。したがって、ステップ330に進み、可変フィルタを第1カットオフ周波数よりも低い第2カットオフ周波数のローパスフィルタとして機能させるべく、フィルタ定数Bを設定する指示信号を可変フィルタ25に対して出力して処理を終了する。
【0040】
このようにして図5のステップ210に示すフィルタ選択処理が完了すると、ステップ215に進み、信号のフィルタ処理を行う。この処理は可変フィルタ25にて行われ、可変フィルタ25に対して図4のステップ105で入力された車輪速度センサや加速度センサ等の検出信号を通過させ、実加速度を得る。これにより、図4のステップ110に示される実加速度演算が完了する。
【0041】
次に、ステップ115に進み、目標加速度制御中か否かを判定する。この判定は、上述したステップ105において、調停部2aから目標加速度制御中であるか否かの状態を入力しているため、その入力結果に基づいて行われる。ここで目標加速度制御中でなければフィードバック制御等の必要がないため、ステップ105に戻る。そして、目標加速度制御中であればステップ120に進み、DDTGを演算する。この処理は、第1、第2微分器20、21にて実行される。具体的には、図6のステップ310で求めた目標加速度変化量ΔTG(目標加速度の微分値)を微分することでDDTGを演算する。
【0042】
そして、演算されたDDTGに基づいて、ステップ125で比例ゲイン、ステップ130で積分ゲイン、ステップ135で微分ゲインを設定する。これら比例ゲイン、積分ゲインおよび微分ゲインの設定は、上述した図3(a)〜(c)に示したマップを利用し、演算されたDDTGと対応する比例ゲイン、積分ゲインおよび微分ゲインを読み取ることにより行われる。このとき、設定した比例ゲイン、積分ゲイン、微分ゲインをDDTGが所定値を超えたときから所定時間Tが経過するまでの設定したままの状態にするが、所定時間Tが経過すると再び元の値に戻すようにしている。このように、ゲインを大きくすることを所定時間T継続することで、目標加速度に対して実加速度が追従したと想定される時間までその状態を維持することが可能となる。
【0043】
この後、目標加速度と実加速度との偏差に基づくPID制御により、フィードバック制御部2cの出力値が求められ、このフィードバック制御部2cの出力値に対してフィードフォワード制御部2bの出力値が加算値が制駆動力配分設定部2dにてトルク換算される。これが、ステップ145において、加速度制御部27に伝えられ、加速度制御部27により加速度制御器28が制御されることで駆動力や制動力が制御され、車両の加速度変動として反映され、実加速度が目標加速度に追従するように制御される。このようにして加速度制御処理が完了する。
【0044】
このような加速度制御処理が実行される場合の動作の一例について、図7に示すタイミングチャートを参照して説明する。
【0045】
図7(a)において実線で示したように、目標加速度が一旦負値になった後、再び増加して正値になった場合を想定してみる。この場合において、目標加速度の変化勾配が変わる変曲点(時点Ta、Tb、Tc、Td、Teであり、それぞれTa:前方車両との衝突回避のために目標加速度を急減させる制御、Tb〜Tdは車間距離一定制御、Te:後方車両との衝突回避のために目標加速度を急加速させる制御を想定している)において、目標加速度に対して実加速度が追従しきれずにオーバシュートもしくはアンダーシュートし易くなる。このような状態は、目標加速度の変化量に反映され、図7(b)に示されるように変曲点において目標加速度の変化量(微分値)を微分したDDTGがパルス的に発生する。このため、DDTGが規定範囲内を外れる値になれば、図7(c)〜(e)に示されるように例えばその変曲点から比例ゲイン、積分ゲインおよび微分ゲインが所定時間T経過するまでそれ以前よりも高い値に設定される。これにより、変曲点においては実加速度が目標加速度により早く追従するように追従性を高めた制御を行うことが可能となる。なお、ここでは比例ゲインを例に挙げているが、積分ゲインや微分ゲインも同様に切替えられる。
【0046】
一方、目標加速度が安定してほぼ一定値となり、図7(f)に示されるように目標加速度変化量ΔTGが規定範囲内に含まれる。この状態が一定時間T2経過すると、図7(g)に示されるように可変フィルタ25のフィルタ定数がフィルタ定数Aからフィルタ定数Bに切替えられ、カットオフ周波数が低くされる。これにより、目標加速度の微小な変化に細かに応答するのではなく、真に目標加速度が大きく変動した場合にのみ応答する安定性重視の制御を行うことが可能となる。
【0047】
以上説明したように、DDTGに基づいてPID制御の比例ゲイン、積分ゲインおよび微分ゲインを設定することで、目標加速度に対する実加速度の追従性をより高めた制御を行うことが可能となる。このように、真に追従性を高めたい場合にのみゲインを大きくすることで、オーバシュートやアンダーシュートおよびハンチングを防ぎつつ、かつ、目標加速度に対する実加速度の追従性をより高めることが可能となる。
【0048】
さらに、目標加速度変化量ΔTGが規定範囲内にある場合に、可変フィルタ25のフィルタ定数を変化させることでカットオフ周波数を変化させれば、安定性重視で目標加速度の微小な変化には応答せず、真に目標加速度が大きく変動した場合にのみ応答するようにできる。このように、真に安定性重視したい場合にのみカットオフ周波数を小さくすることで、オーバシュートやアンダーシュートおよびハンチングを防ぎつつ安定性重視の制御を行うことが可能となる。
【0049】
(第2実施形態)
本発明の第2実施形態について説明する。上記実施形態では、ステップ125〜ステップ135において、DDTGに対して比例ゲイン、積分ゲインおよび微分ゲインを所定時間Tだけ継続するようにする例を挙げて説明したが、継続する時間をDDTGの大きさに合せて変化させるようにしても良い。
【0050】
図8は、DDTGに対する所定時間Tの関係を示したマップである。この図に示されるように、DDTGの絶対値が大きくなるほど所定時間Tが徐々に大きくなるようにしても良い。つまり、DDTGの絶対値が大きくなればなるほど、実加速度が目標加速度に追従するのに時間が掛かると想定される。このため、DDTGの絶対値が大きくなるほど所定時間Tが大きくなるようにすることで実加速度が目標加速度により的確に追従できるようにすることが可能となる。
【0051】
(他の実施形態)
上記実施形態では、図3に示すように、DDTGが所定値以下の場合に比例ゲイン、積分ゲインおよび微分ゲインを第1値、DDTGが所定値を超えると比例ゲイン、積分ゲインおよび微分ゲインを第2値となるようにしているが、これらは単なる一例であり、他の形態としても構わない。
【0052】
例えば、図9および図10にDDTGに対する比例ゲイン、積分ゲインおよび微分ゲインのマップの一例を示す。これら、図9に示されるように、DDTGが大きくなるほど比例ゲイン、積分ゲインおよび微分ゲインが大きくされるマップや、図10に示されるように、DDTGが所定値となるまでは比例ゲイン、積分ゲインおよび微分ゲインを一定値とし、所定値を超えるとDDTGが大きくなるほど比例ゲイン、積分ゲインおよび微分ゲインが徐々に大きくなるマップ等を採用することもできる。
【0053】
また、上記実施形態では、目標加速度変化量ΔTGが規定範囲内に含まれているか否かを目標加速度変化量ΔTGの絶対値|ΔTG|を閾値THAと比較することにより行ったが、目標加速度変化量ΔTGが閾値−THAより大きくかつ閾値THA未満(つまり、−THA<ΔTG<THA)であるか否かにより判定することもできる。
【0054】
また、上記実施形態では、DDTGに対して比例ゲイン、積分ゲインおよび微分ゲインのすべてを変化させる場合について説明したが、これらのうちの少なくとも1つを変化させることで上記実施形態で説明した効果を得ることができる。ただし、比例ゲイン、積分ゲインおよび微分ゲインのすべてを変化させるようにした方がより追従性を高めることが可能となる。さらに、PID制御だけでなく、PI制御など、PID制御のうちのいずれかのみのフィードバック制御を行う場合に関しても同様に、DDTGに対して比例ゲイン、積分ゲインおよび微分ゲインの少なくとも1つを変化させることで、上記実施形態に示した効果を得ることができる。
【0055】
また、上記実施形態では、DDTGが大きい場合に追従性を高めるために比例ゲイン、積分ゲインおよび微分ゲインのいずれかを大きくなるように設定することと、目標加速度の変化量ΔTGが大きい場合に安定性重視のためにフィルタ定数Bを設定することで可変フィルタ25のカットオフ周波数を低くすることとを組み合わせた。しかしながら、これは最適実施形態を示したものであり、上記実施形態で示した追従性を高める制御に対して他の安定性重視の手法(例えば、特許文献1に示される不感帯を設定する手法)を組み合わせても良いし、上記実施形態で示した安定性を高める制御に対して他の追従性を高める手法を組み合わせても良い。
【0056】
なお、各図中に示したステップは、各種処理を実行する手段に対応するものである。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】本発明の第1実施形態にかかる車両用加速度制御装置が備えられた車両制駆動力制御システムのブロック図である。
【図2】フィードバック制御部2cの詳細構成を示したブロック図である。
【図3】(a)は、比例制御部22に記憶されているDDTGに対する比例ゲインのマップ、(b)は、積分制御部23に記憶されているDDTGに対する積分ゲインのマップ、(c)は、微分制御部24に記憶されているDDTGに対する微分ゲインのマップである。
【図4】加速度制御処理のメインフローチャートである。
【図5】実加速度演算処理の詳細を示したフローチャートである。
【図6】フィルタ選択演算処理のフローチャートである。
【図7】加速度制御処理が実行される場合の動作の一例を示したタイミングチャートである。
【図8】DDTGに対する所定時間Tの関係を示したマップである。
【図9】(a)は、比例制御部22に記憶されているDDTGに対する比例ゲインのマップ、(b)は、積分制御部23に記憶されているDDTGに対する積分ゲインのマップ、(c)は、微分制御部24に記憶されているDDTGに対する微分ゲインのマップである。
【図10】(a)は、比例制御部22に記憶されているDDTGに対する比例ゲインのマップ、(b)は、積分制御部23に記憶されているDDTGに対する積分ゲインのマップ、(c)は、微分制御部24に記憶されているDDTGに対する微分ゲインのマップである。
【符号の説明】
【0058】
1…加速度要求部、1a…クルーズコントロール部、1b…車間制御部、1c…プリクラッシュコントロール部、2…前後加速度制御部、2a…調停部、2b…フィードフォワード制御部、2c…フィードバック制御部、2d…制駆動力配分設定部、3…パワトレ制御部、4…ブレーキ制御部、20、21…微分器、22…比例制御部、23…積分制御部、24…微分制御部、25…可変フィルタ、26…定数設定手段、27…加速度制御部、28…加速度制御器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の周囲環境の変化に応じて、その車両に対して発生させる目標加速度を設定する目標加速度発生手段(2a)と、
前記車両に対して実際に発生させられた実加速度を検出し、前記目標加速度と前記実加速度との偏差を無くすようフィードバック制御を行うフィードバック制御手段(2c)と、を有し、
前記フィードバック制御手段(2c)は、
前記目標加速度と前記実加速度との偏差を無くすように比例制御、積分制御および微分制御のうちの少なくとも1つを行うPID制御手段(22〜24)と、
前記目標加速度の変化量(ΔTG)の微分値の絶対値が大きいほど前記比例制御、積分制御および微分制御のうちの少なくとも1つのゲインを大きくするゲイン増加手段(22〜24)と、を有して構成されていることを特徴とする車両用加速度制御装置。
【請求項2】
前記ゲイン増加手段(22〜24)は、前記微分値の絶対値が大きくなるほど徐々に大きくなる値に前記ゲインを設定することを特徴とする請求項1に記載の車両用加速度制御装置。
【請求項3】
前記ゲイン増加手段(22〜24)は、前記微分値が規定範囲内に含まれる場合に前記ゲインを第1値とし、該規定範囲外の場合に前記ゲインを前記第1値よりも大きな第2値に設定することを特徴とする請求項1に記載の車両用加速度制御装置。
【請求項4】
前記ゲイン増加手段(22〜24)は、前記微分値が規定範囲内に含まれる場合に前記ゲインを第1値とし、該規定範囲外の場合には前記ゲインを前記第1値よりも大きな値であって前記微分値が大きくなるほど徐々に大きくなる値に設定することを特徴とする請求項1に記載の車両用加速度制御装置。
【請求項5】
前記ゲイン増加手段(22〜24)は、前記ゲインを大きくすることを所定期間(T)継続することを特徴とする請求項1ないし4のいずれか1つに記載の車両用加速度制御装置。
【請求項6】
前記ゲイン増加手段(22〜24)は、目標加速度の変化量(ΔTG)の微分値が大きいほど前記所定期間(T)を長く設定することを特徴とする請求項5に記載の車両用加速度制御装置。
【請求項7】
前記フィードバック制御手段(2c)は、
前記実加速度が表された状態量信号を入力し、該状態量信号のうちカットオフ周波数よりも低い成分のみを通過させるローパスフィルタとして機能し、前記カットオフ周波数が可変とされた可変フィルタ(25)と、
前記目標加速度の変化量(ΔTG)が規定範囲内に含まれる場合に該規定範囲外の場合よりも前記可変フィルタ(25)の通過させる前記カットオフ周波数を低くするようにフィルタ定数を設定する定数設定手段(26)と、を有し、
前記PID制御手段(22〜24)は、前記目標加速度と前記可変フィルタ(25)を通じた前記状態量信号にて表される前記実加速度との偏差を無くすように前記比例制御、前記積分制御および前記微分制御のうちの少なくとも1つを行うことを特徴とする請求項1ないし6のいずれか1つに記載の車両用加速度制御装置。
【請求項8】
車両に対して発生させる目標加速度を設定する目標加速度発生手段(2a)と、
前記車両に対して実際に発生させられた実加速度を検出し、前記目標加速度と前記実加速度との偏差を無くすようフィードバック制御を行うフィードバック制御手段(2c)と、を有し、
前記フィードバック制御手段(2c)は、前記実加速度が表された状態量信号を入力し、該状態量信号のうちカットオフ周波数よりも低い成分のみを通過させるローパスフィルタとして機能し、前記カットオフ周波数が可変とされた可変フィルタ(25)と、
前記目標加速度と前記可変フィルタ(25)を通じた前記検出信号にて表される前記実加速度との偏差を無くすように比例制御、積分制御および微分制御のうちの少なくとも1つを行うPID制御手段(22〜24)と、
前記目標加速度の変化量(ΔTG)が規定範囲内に含まれる場合に該規定範囲外の場合よりも前記可変フィルタ(25)の通過させる前記カットオフ周波数を低くするようにフィルタ定数を設定する定数設定手段(26)と、を有して構成されていることを特徴とする車両用加速度制御装置。
【請求項9】
前記定数設定手段(26)は、前記目標加速度の変化量(ΔTG)が規定範囲内に含まれる状態が一定期間(T2)継続したときに、前記カットオフ周波数を低くするようにフィルタ定数を設定することを特徴とする請求項7または8に記載の車両用加速度制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2009−51406(P2009−51406A)
【公開日】平成21年3月12日(2009.3.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−221166(P2007−221166)
【出願日】平成19年8月28日(2007.8.28)
【出願人】(301065892)株式会社アドヴィックス (1,291)
【Fターム(参考)】