説明

車両の制御装置

【課題】車両安定性を向上させることが可能な車両の制御装置を提供する。
【解決手段】駆動力制御部90Bは前輪指令トルクTfcmおよび後輪指令トルクTrcmを、まず所定範囲内のトルクとなるように変化させる。たとえば後輪指令トルクTrcmが前輪指令トルクTfcmよりも先に所定範囲内のトルクとなった場合、駆動力制御部90Bは前輪指令トルクTfcmが所定範囲内のトルクとなるまで後輪指令トルクTrcmの変化を制限する(後輪指令トルクTrcmを一定に保つ)。駆動力制御部90Bは、前輪指令トルクTfcmと後輪指令トルクTrcmとが所定範囲内に入った後に後輪指令トルクTrcmの変化の制限を解除する。これによって複数の車輪を駆動する複数の動力源を含む車両において、車両安定性を向上させることが可能になる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は車両の制御装置に関し、特に、複数の車輪を駆動する複数の動力源を含む車両の制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
複数の車輪を駆動する複数の動力源を含む車両、およびこのような車両の制御装置が従来から知られている。たとえば特開2001−171378号公報(特許文献1)には、前輪および後輪の一方を第1原動機で駆動可能とし、他方を第2原動機で駆動可能とした4輪駆動車の制御装置が開示される。
【0003】
この制御装置は運転者による出力操作手段の操作程度と車速とに基づいて目標駆動力を求める。そして制御装置は、その目標駆動力を前輪側および後輪側から出力するための前輪駆動力および後輪駆動力を、車両状態またはその車両の運転状態に基づいて制御する。
【特許文献1】特開2001−171378号公報
【特許文献2】特開平6−183280号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述のような4輪駆動車では目標駆動力を前輪側と後輪側とに配分することで前輪駆動力および後輪駆動力が決定される。この配分に基づいた駆動力が前輪と後輪とに伝達される。ただし上述のような4輪駆動車では駆動力を前輪と後輪とに伝達される際における車両挙動への影響や車両安定性を考慮して、時間に対する駆動力の変化の割合をある一定値で制限する場合がある。また、この変化の割合は前輪と後輪とで異なる場合がある。
【0005】
このように駆動力を制御した場合には、車両を加速させたり減速させたりする際に、駆動力の符号が前輪と後輪とで相異なる(たとえば前輪駆動力の符号が負であり後輪駆動力の符号が正である)ことが生じ得る。たとえば車両を加速させるために目標駆動力を負の値から正の値に変化させた場合、前輪駆動力および後輪駆動力も負の値から正の値に変化する。後輪駆動力の速さが前輪駆動力の速さよりも大きいと、後輪駆動力が正の値であるにも拘らず前輪駆動力が負の値のままとなることが起こりやすくなる。
【0006】
前輪と後輪とでトルクの符号が異なり、かつ、前輪と後輪とでトルクの差が大きくなると、たとえば摩擦係数μが極端に低い路面で車両を旋回させた場合に車両安定性が低下することが考えられる。しかしながら特開2001−171378号公報(特許文献1)には、このような問題に対する具体的解決方法が開示されていない。
【0007】
本発明の目的は、車両安定性を向上させることが可能な車両の制御装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は要約すれば複数の車輪を駆動する複数の動力源を含む車両の制御装置である。制御装置は、要求駆動力算出部と、駆動力制御部とを備える。要求駆動力算出部は、車両の運転状態に基づいて、複数の動力源に対してそれぞれ求められる複数の要求駆動力を算出する。駆動力制御部は、複数の要求駆動力に応じて、複数の動力源に対してそれぞれ複数の指令駆動力を出力する。駆動力制御部は、複数の要求駆動力のうちの少なくとも1つの要求駆動力の符号が変化した場合には、少なくとも1つの要求駆動力に対応する指令駆動力を所定範囲内の駆動力に変化させる。駆動力制御部は、対応する指令駆動力が所定範囲内の駆動力に変化した後には複数の指令駆動力のうちの他の指令駆動力が所定範囲内の駆動力に達するまで、対応する指令駆動力の変化を制限する。駆動力制御部は、他の指令駆動力が所定範囲内の駆動力に達した後に対応する指令駆動力の変化の制限を解除して、対応する指令駆動力を少なくとも1つの要求駆動力に追随させる。
【0009】
好ましくは、所定範囲は、0を挟む範囲である。
好ましくは、複数の指令駆動力は、時間の経過に対する変化の割合が互いに異なる。
【0010】
より好ましくは、複数の動力源は、第1および第2の動力源である。第1の動力源は、複数の車輪のうちの2つの前輪を駆動する。第2の動力源は、複数の車輪のうちの2つの後輪を駆動する。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、複数の車輪を駆動する複数の動力源を含む車両において、車両安定性を向上させることが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下において、本発明の実施の形態について図面を参照して詳しく説明する。なお、図中同一符号は同一または相当部分を示す。
【0013】
図1は、本発明に従う車両の制御装置によって制御される車両の概略構成を示すブロック図である。
【0014】
図1を参照して、ハイブリッド車両100は、バッテリ10と、電力変換部20と、電動機(モータ)30と、エンジン40と、動力分割機構50と、発電機(ジェネレータ)60と、減速機70と、前輪80a,80bとを備える。ハイブリッド車両100は、さらに、モータジェネレータ75と、後輪85a,85bと、制御装置90とを備える。ハイブリッド車両100は、さらに、アクセルペダル装置110と、アクセル開度センサ120と、車速センサ130とを備える。
【0015】
バッテリ10は、充電可能な二次電池(たとえばニッケル水素またはリチウムイオン等の二次電池)から構成される。電力変換部20は、バッテリ10から供給された直流電圧を、モータ30やモータジェネレータ75を駆動するための交流電圧に変換するインバータ(図示せず)を含む。このインバータは、双方向の電力変換が可能なように構成され、モータ30やモータジェネレータ75の回生制動動作による発電電力(交流電圧)およびジェネレータ60による発電電力(交流電圧)を、バッテリ10充電用の直流電圧に変換する機能を併せ持つ。
【0016】
電力変換部20は、直流電圧のレベル変換を行なう昇降圧コンバータ(図示せず)をさらに含んでもよい。このような昇降圧コンバータを配置することにより、バッテリ10の供給電圧よりも高電圧を振幅とする交流電圧によってモータ30やモータジェネレータ75を駆動することができるので、モータ駆動効率を向上することができる。
【0017】
エンジン40は、ガソリン等を燃料とする内燃機関であり、燃料の燃焼による熱エネルギを駆動力となる運動エネルギに変換して出力する。動力分割機構50は、エンジン40からの出力を、減速機70を介して前輪80a,80bへ伝達する経路と、ジェネレータ60へ伝達する経路とに分割可能である。ジェネレータ60は、動力分割機構50を介して伝達されたエンジン40からの出力によって回転されて発電する。ジェネレータ60による発電電力は、電力変換部20によって、バッテリ10の充電電力、あるいはモータ30およびモータジェネレータ75の駆動電力として用いられる。
【0018】
モータ30は、電力変換部20から供給された交流電圧によって回転駆動されて、その出力は、減速機70を介して前輪80a,80bへ伝達される。また、モータ30が前輪80a,80bの減速に伴って回転される回生制動動作時には、モータ30は発電機として作用する。
【0019】
モータジェネレータ75は、モータ30と同様に電力変換部20から供給された交流電圧によって回転駆動されて、その出力は、減速機(図示せず)を介して後輪85a,85bへ伝達される。また、モータジェネレータ75が後輪85a,85bの減速に伴って回転される回生制動動作時には、モータジェネレータ75は発電機として作用する。
【0020】
アクセルペダル装置110は、運転者によって踏込まれるアクセルペダル105の踏力に応じたアクセル開度を設定する。アクセル開度センサ120は、アクセルペダル装置110と接続されて、アクセル開度Aに応じた出力電圧を制御装置90に送出する。
【0021】
車速センサ130は、ハイブリッド車両100の車速Vに応じた出力電圧を制御装置90に送出する。
【0022】
ハイブリッド車両100では、発進時、あるいは低速走行時および緩やかな坂を下るとき等の軽負荷時には、エンジン効率の低い領域を避けるために、エンジン40の出力を用いることなく、モータ30およびモータジェネレータ75のみによる出力で走行する。この場合には暖機運転が必要な場合を除いてエンジン40の運転が停止される。なお、暖機運転が必要な場合には、エンジン40はアイドル運転される。
【0023】
通常走行時には、エンジン40が始動され、エンジン40からの出力は、動力分割機構50によって前輪80a,80bの駆動力と、ジェネレータ60での発電用駆動力とに分割される。ジェネレータ60による発電電力は、モータ30の駆動に用いられる。したがって、通常走行時には、エンジン40による出力をモータ30からの出力でアシストして、前輪80a,80bが駆動される。制御装置90は、動力分割機構50による動力分割比率を、全体の効率が最大となるように制御する。
【0024】
加速時には、エンジン40の出力が増加する。エンジン40の出力は動力分割機構50によって前輪80a,80bの駆動力と、ジェネレータ60での発電用駆動力とに分割される。ジェネレータ60の発電による電力はモータ30およびモータジェネレータ75の駆動に用いられる。つまり加速時にはエンジン40の駆動力にモータ30およびモータジェネレータ75の駆動力が加えられて前輪80a,80bおよび後輪85a,85bが駆動される。
【0025】
減速および制動時には、モータ30は、前輪80a,80bによって回転駆動されて発電する。同様にモータジェネレータ75は、後輪85a,85bによって回転駆動されて発電する。これらモータ30およびモータジェネレータ75の回生発電によって回収された電力は、電力変換部20によって直流電圧に変換されてバッテリ10の充電に用いられる。
【0026】
このように、ハイブリッド車両100は、複数の動力源としてエンジン40、モータ30、ジェネレータ60、モータジェネレータ75を備える。複数の動力源は、エンジン40、モータ30、およびジェネレータ60からなる動力源65(第1の動力源)とモータジェネレータ75(第2の動力源)とからなる。動力源65はハイブリッド車両100の複数の車輪のうちの2つの前輪80a,80bを駆動する。モータジェネレータ75は複数の車輪のうちの2つの後輪85a,85bとを駆動する。
【0027】
図2は、図1の制御装置90の制御ブロック図である。
図2を参照して、制御装置90は、駆動力算出部90Aと、駆動力制御部90Bとを含む。
【0028】
駆動力算出部90Aは、要求トルク決定部91と、後輪トルク分配比算出部92と、乗算部93と、加減算部94とを含む。
【0029】
要求トルク決定部91は、図1のハイブリッド車両100の運転状態に基づいて要求駆動力(要求トルクF)を決定する。ハイブリッド車両100の「運転状態」に関する情報として、図1のアクセル開度センサ120と車速センサ130とからアクセル開度A、車速Vに関する情報がそれぞれ要求トルク決定部91に送られる。要求トルク決定部91はアクセル開度Aと車速Vと要求トルクFとが対応付けられたマップMAPを予め記憶し、このマップMAPを参照することで要求トルクFを決定する。
【0030】
後輪トルク分配比算出部92は、図1のアクセル開度センサ120と車速センサ130とを含めた各種センサの出力に応じて、前後輪の理想駆動力配分を実現するための後輪トルク分配比rを算出する。
【0031】
乗算部93は要求トルクFと後輪トルク分配比rとの積により後輪要求トルクrrqを算出する(rrq=F×r)。また、加減算部94は要求トルクFから後輪要求トルクrrqを減じることにより前輪要求トルクfrqを算出する(frq=F−rrq)。
【0032】
駆動力制御部90Bは、補正処理部95f,95rと、トルク変化制限処理部96と、ガード処理部97f,97rと、動力源制御部98とを含む。
【0033】
補正処理部95fは、前輪要求トルクfrqの値に応じて前輪指令トルクTfcmの値を変化させる。同様に補正処理部95rは、後輪要求トルクrrqの値に応じて後輪指令トルクTrcmの値を変化させる。
【0034】
本実施の形態においては、時間経過に対する変化の割合(指令トルク値の変化量の大きさ)が互いに異なるように補正処理部95fにおける前輪指令トルクTfcmの変化の割合と補正処理部95rにおける前輪指令トルクTrcmの変化の割合とが決定される。これにより、たとえば図1のハイブリッド車両100を加速させたり減速させたりしたときに、車両安定性や車両挙動を考慮して前輪のトルクおよび後輪のトルクを変化させることができる。
【0035】
以下では前輪指令トルクTfcmよりも後輪指令トルクTrcmのほうが時間の経過に対する変化の割合が大きいものとして説明する。ただし後輪指令トルクTrcmよりも前輪指令トルクTfcmのほうが時間の経過に対する変化の割合が大きくてもよいし、変化の割合は互いに等しくてもよい。
【0036】
トルク変化制限処理部96は、補正処理部95fから受ける前輪指令トルクTfcmの値および補正処理部95rから受ける後輪指令トルクTrcmの値がトルク制限条件を満たす場合には後述のトルク変化制限処理を行なう。
【0037】
ガード処理部97fは前輪指令トルクTfcmが上限値(下限値)を超える場合には前輪指令トルクTfcmを上限値(下限値)に制限する。同様にガード処理部97rは後輪指令トルクTrcmが上限値(下限値)を超える場合には後輪指令トルクTrcmを上限値(下限値)に制限する。
【0038】
動力源制御部98は前輪指令トルクTfcmの値および後輪指令トルクTrcmの値に基づいて図1の動力源65およびモータジェネレータ75を制御する。すなわち動力源制御部98はこれらの動力源に対して前輪指令トルクTfcmおよび後輪指令トルクTrcmを出力する。
【0039】
このように、制御装置90は、駆動力算出部90Aと、駆動力制御部90Bとを備える。駆動力算出部90Aは、車両の運転状態に基づいて、複数の動力源(図1の動力源65およびモータジェネレータ75)に対してそれぞれ求められる複数の要求駆動力(前輪要求トルクfrqおよび後輪要求トルクrrq)を算出する。
【0040】
駆動力制御部90Bは、前輪要求トルクfrqおよび後輪要求トルクrrqに応じて、複数の動力源に対してそれぞれ複数の指令駆動力(前輪指令トルクTfcmおよび後輪指令トルクTrcm)を出力する。
【0041】
駆動力制御部90Bは、前輪要求トルクfrqおよび後輪要求トルクrrqの少なくとも1つの符号が変化した場合には、その要求トルクに対応する指令トルクを所定範囲内のトルクに変化させる。駆動力制御部90Bは、その対応する指令トルクが所定範囲内のトルクに変化した後には、前輪指令トルクTfcmおよび後輪指令トルクTrcmのうちの他の指令トルクが所定範囲内のトルクに達するまで、対応する指令トルクの変化を制限する。駆動力制御部90Bは、他の指令トルクが所定範囲内のトルクに達した後に、対応する指令トルクの変化の制限を解除して、対応する指令トルクを要求トルクに追随させる。
【0042】
つまり、車両が加速したり減速したりした場合には、前輪要求トルクfrq(および後輪要求トルクrrq)の符号が変化することが起こる。駆動力制御部90Bは前輪指令トルクTfcmおよび後輪指令トルクTrcmを、まず所定範囲内のトルクとなるように変化させる。たとえば後輪指令トルクTrcmが前輪指令トルクTfcmよりも先に所定範囲内のトルクとなった場合、駆動力制御部90Bは前輪指令トルクTfcmが所定範囲内のトルクとなるまで後輪指令トルクTrcmの変化を制限する(後輪指令トルクTrcmを一定に保つ)。駆動力制御部90Bは、前輪指令トルクTfcmと後輪指令トルクTrcmとが所定範囲内に入った後に後輪指令トルクTrcmの変化の制限を解除する。これによって図1のハイブリッド車両100において、車両安定性を向上させることが可能になる。なお、後輪指令トルクTrcmは変化の制限が解除された後に、その符号を後輪要求トルクrrqと同一の符号に変化させる。
【0043】
図3は、図2のトルク変化制限処理部96における処理を示すフローチャートである。
図3および図2を参照して処理が開始されると、ステップS1において、前輪指令トルクTfcmの値と後輪指令トルクTrcmの値が補正処理部95f,95rからトルク変化制限処理部96にそれぞれ入力される。ステップS2においてトルク変化制限処理部96は前輪指令トルクTfcmと後輪指令トルクTrcmとの間でトルク変化制限条件が成立するか否かを判定する。
【0044】
トルク変化制限条件が成立する場合(ステップS2においてYES)、ステップS3においてトルク変化制限処理部96は前輪指令トルクTfcmおよび後輪指令トルクTrcmのいずれか一方の変化を制限するトルク変化制限処理を行なう。一方、トルク変化制限条件が成立しない場合(ステップS2においてNO)、ステップS4においてトルク変化制限処理部96はトルク変化制限処理を行なわずに、入力される前輪指令トルクTfcmの値と後輪指令トルクTrcmの値とをそのまま出力する。ステップS3またはステップS4での処理が終了すると、全体の処理はステップS1に戻る。
【0045】
図4は、図2の制御装置90による前輪指令トルクTfcmおよび後輪指令トルクTrcmの変化を模式的に説明する図である。
【0046】
図4を参照して、時刻t0以前ではアクセル開度Aは0%である。このときの前輪指令トルクTfcmおよび後輪指令トルクTrcmはともに負である。また、時刻t0以前では前輪指令トルクTfcmの絶対値のほうが後輪指令トルクTrcmの絶対値よりも大きくなるように前輪指令トルクTfcmおよび後輪指令トルクTrcmの配分が決定されている。
【0047】
時刻t0が経過すると、ハイブリッド車両を加速させるためにアクセル開度Aは0%から100%に変化する。図2に示す要求トルクFの符号が負から正に変化するので、前輪要求トルクfrqと後輪要求トルクrrqとはともにその符号が負から正に変化する。これにより前輪指令トルクTfcmおよび後輪指令トルクTrcmはともに正方向に変化する。
【0048】
上述した図2の補正処理部95f,95rでの処理によって、時間の経過に対する指令トルク値の変化の割合は、後輪指令トルクTrcmのほうが前輪指令トルクTfcmよりも大きくなる。時刻t0から時刻t1までの間に、後輪指令トルクTrcmの値が前輪指令トルクTfcmの値よりも先にトルク反転許容領域内の値となる。図4に示す「トルク反転許容領域」とは0を挟む所定範囲(−Tpxnoareaから+Tpxnoareaまでの範囲)である。
【0049】
時刻t1において後輪指令トルクTrcmの値は0に達する。一方、時刻t1の時点では前輪指令トルクTfcmの値はトルク反転許容領域外の値である(Tfcm<−Tpxnoarea)。そこで図2のトルク変化制限処理部96は、前輪指令トルクTfcmがトルク反転許容領域内に入るまで後輪指令トルクTrcmの上昇を制限する。このため時刻t1〜時刻t2の期間において後輪指令トルクTrcmは0のままに保たれる。
【0050】
時刻t2において前輪指令トルクTfcmの値が−Tpxnoareaに達すると、トルク変化制限処理部96は後輪指令トルクTrcmの変化の制限を解除する。トルク変化制限処理部96は後輪指令トルクTrcmを上昇させて後輪要求トルクrrqに追随させる。またトルク変化制限処理部96は引き続き前輪指令トルクTfcmを上昇させる。これにより、時刻t3において前輪指令トルクTfcmおよび後輪指令トルクTrcmの値は、ある分配比を満足する値に達する。
【0051】
時刻t4が経過するとハイブリッド車両を減速させるためにアクセル開度Aが100%から0%に変化する。このときには要求トルクFの符号が正から負に変化するので、前輪要求トルクfrqと後輪要求トルクrrqとはともにその符号が正から負に変化する。これにより前輪指令トルクTfcmおよび後輪指令トルクTrcmはともに負方向に変化する。ただしこのときも図2の補正処理部95f,95rでの処理によって時間の経過に対する指令トルク値の変化の割合は、後輪指令トルクTrcmのほうが前輪指令トルクTfcmよりも大きくなる。
【0052】
時刻t5において後輪指令トルクTrcmの値は0に達する。一方、時刻t5の時点では前輪指令トルクTfcmの値はトルク反転許容領域外の値である(Tfcm>+Tpxnoarea)。そこで車両の加速時と同様に図2のトルク変化制限処理部96は、前輪指令トルクTfcmがトルク反転許容領域内に入るまで後輪指令トルクTrcmの下降を制限する。このため時刻t5〜時刻t6の期間において後輪指令トルクTrcmは0のままに保たれる。
【0053】
時刻t6において前輪指令トルクTfcmの値が+Tpxnoareaに達すると、トルク変化制限処理部96は後輪指令トルクTrcmの変化の制限を解除する。トルク変化制限処理部96は後輪指令トルクTrcmを下降させて後輪要求トルクrrqに追随させる。またトルク変化制限処理部96は引き続き前輪指令トルクTfcmを下降させる。
【0054】
図4に示すように、時刻t2以後のある期間や時刻t6以後のある期間において、前輪指令トルクTfcmと後輪指令トルクTrcmとで符号が反転する。しかしトルク反転許容領域の幅を適切に設定することで、前輪指令トルクTfcmと後輪指令トルクTrcmとで符号が反転していても、これらの指令トルクの差を小さくすることができる。よって本発明によれば、複数の車輪を駆動する複数の動力源を含む車両において、車両安定性を向上させることが可能になる。
【0055】
なお、図4に示すトルク変化制限処理において前輪指令トルクTfcmが0になるまで後輪指令トルクTrcmの上昇や下降を禁止すれば、前輪と後輪とでトルクの符号が相異なる現象を完全に防ぐことができる。ただしこの場合にはドライバによるアクセルペダルの操作に対して車両の応答性が悪くなる可能性がある。図4に示すようにトルク反転許容領域を0を挟む範囲として設定することで前輪指令トルクTfcmおよび後輪指令トルクTrcmが0になる前に駆動力を発生することができるので車両の応答性を向上させることができる。
【0056】
図5は、図2のトルク変化制限処理部96における処理条件を一覧表形式で示す図である。
【0057】
図5を参照して、条件1〜4は要求トルクF(すなわち前輪要求トルクfrqおよび後輪要求トルクrrq)が正の場合の処理条件であり、条件5〜8は要求トルクFが負の場合の処理条件である。以下、図5に示す各条件について図4をあわせて参照しながら説明する。
【0058】
前輪指令トルクTfcm≧0、かつ、後輪指令トルクTrcm<−Tpxnoareaである場合(条件1)には前輪指令トルクTfcmの上昇が禁止される。図4において前輪指令トルクTfcmと後輪指令トルクTrcmとを入れ替えると、時刻t1から時刻t2までの期間では前輪指令トルクTfcmの上昇が禁止されるとともに後輪指令トルクTrcmが上昇する。このときに条件1が成立する。
【0059】
前輪指令トルクTfcm≧0、かつ、後輪指令トルクTrcm≧−Tpxnoareaである場合(条件2)には、前輪指令トルクTfcmおよび後輪指令トルクTrcmはそのまま上昇する。図4において前輪指令トルクTfcmと後輪指令トルクTrcmとを入れ替えたとすると、時刻t2以後、前輪指令トルクTfcmと後輪指令トルクTrcmとが上昇する。このときに条件2が成立する。
【0060】
前輪指令トルクTfcm<−Tpxnoarea、かつ、後輪指令トルクTrcm≧0である場合(条件3)には、後輪指令トルクTrcmの上昇が禁止される。図4において時刻t1から時刻t2までの期間では、後輪指令トルクTrcmの上昇が禁止されるとともに前輪指令トルクTfcmが上昇する。このときに条件3が成立する。
【0061】
前輪指令トルクTfcm≧−Tpxnoarea、かつ、後輪指令トルクTrcm≧0である場合(条件4)には、前輪指令トルクTfcmおよび後輪指令トルクTrcmはそのまま上昇する。図4の時刻t2以後、前輪指令トルクTfcmおよび後輪指令トルクTrcmが上昇する。このときに条件4が成立する。
【0062】
前輪指令トルクTfcm≦0、かつ、後輪指令トルクTrcm>Tpxnoareaである場合(条件5)には前輪指令トルクTfcmの下降が禁止される。図4において前輪指令トルクTfcmと後輪指令トルクTrcmとを入れ替えると、時刻t5から時刻t6までの期間では、前輪指令トルクTfcmの下降が禁止されるとともに後輪指令トルクTrcmが下降する。このときに条件5が成立する。
【0063】
前輪指令トルクTfcm≦0、かつ、後輪指令トルクTrcm≦Tpxnoareaである場合(条件6)には、前輪指令トルクTfcmおよび後輪指令トルクTrcmはそのまま下降する。図4において前輪指令トルクTfcmと後輪指令トルクTrcmとを入れ替えたとすると、時刻t6以後、前輪指令トルクTfcmと後輪指令トルクTrcmとが下降する。このときに条件6が成立する。
【0064】
前輪指令トルクTfcm>Tpxnoarea、かつ、後輪指令トルクTrcm≦0である場合(条件7)には、後輪指令トルクTrcmの下降が禁止される。図4において時刻t5から時刻t6までの期間では、後輪指令トルクTrcmの下降が禁止されるとともに前輪指令トルクTfcmが下降する。このときに条件7が成立する。
【0065】
前輪指令トルクTfcm≦Tpxnoarea、かつ、後輪指令トルクTrcm≦0である場合(条件8)には、前輪指令トルクTfcmおよび後輪指令トルクTrcmはそのまま下降する。図4の時刻t6以後、前輪指令トルクTfcmおよび後輪指令トルクTrcmが下降する。このときに条件8が成立する。
【0066】
図6は、トルク変化制限処理が行なわれていない場合において図1のハイブリッド車両100の前後輪におけるトルク変化をシミュレーションした結果を示す図である。
【0067】
図6を参照して、アクセル開度をある値から0%に戻したときの前輪トルク(前輪要求トルクおよび前輪指令トルク)の変化と後輪トルク(後輪要求トルクおよび後輪指令トルク)の変化とを示す。なお、時刻t0はトルク変化の基準となる時刻である。
【0068】
時刻t0〜時刻t1の期間にはアクセル開度A>0である。この期間では前輪要求トルクおよび前輪指令トルクの値はともに正の値であり、後輪要求トルクおよび後輪指令トルクはともに0である。
【0069】
時刻t1以後、アクセル開度Aが急減するのに応じて前輪要求トルクが急減する。時刻t11には前輪要求トルクが0に達しているが前輪指令トルクの符号は正のままである。この理由は図2の補正処理部95fによって前輪指令トルクの変化が制限されている(補正処理が行なわれている)ためである。
【0070】
時刻t11から時刻t12までの期間には後輪要求トルクおよび後輪指令トルクはともに0から減少する。よって後輪指令トルクは負の値となる。一方、この期間では前輪指令トルクの値は減少するものの正の値である。つまりこの期間では前輪指令トルクの符号と後輪指令トルクの符号とが逆転する。
【0071】
図7は、トルク変化制限処理が行なわれた場合において図1のハイブリッド車両100の前後輪におけるトルク変化をシミュレーションした結果を示す図である。図7において、時刻t0,t1,t11,t12は図6における時刻t0,t1,t11,t12にそれぞれ対応する。
【0072】
図6の結果と同様に、時刻t1においてアクセル開度Aを急減させると、時刻t11から時刻t12までの期間には後輪要求トルクは0から減少する。このときトルク変化制限処理によって、前輪指令トルクがトルク反転許容領域内の値に入るまで後輪指令トルクの値は0を保ったままとなる。
【0073】
時刻t12において前輪指令トルクがトルク反転許容領域内の値に入ることで後輪指令トルクの値は減少を開始する(負方向に変化する)。時刻t12の時点では前輪と後輪とで指令トルクの符号は相異なっているが、図6と比較すると指令トルクの差は小さくなる。なお図6および図7の両方において、時刻t2では前輪指令トルクおよび後輪指令トルクはともに負の値となる。
【0074】
以上のように本実施の形態によれば、制御装置90は、前輪指令トルクTfcmおよび後輪指令トルクTrcmを変化させる際に、一方の指令トルクが所定範囲内のトルクに達すると他方の指令トルクが所定範囲内のトルクに達するまで、一方の指令トルクの変化を制限する。これにより本実施の形態によれば、複数の車輪を駆動する複数の動力源を含む車両において、車両安定性を向上させることが可能になる。
【0075】
また、本実施の形態によれば、トルク反転許容領域を0を挟む範囲として設定することで前輪指令トルクTfcmおよび後輪指令トルクTrcmが0になる前に駆動力を発生することができるので車両の応答性を向上させることができる。
【0076】
なお、以上の説明では、複数の動力源は、2つの前輪を駆動する第1の動力源と2つの後輪を駆動する第2の動力源とからなるとした。しかし、本発明は複数の車輪(たとえば4つの車輪)をそれぞれ駆動する複数の動力源(たとえば4つの動力源)が設けられた構成の車両に対しても適用可能である。
【0077】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【図面の簡単な説明】
【0078】
【図1】本発明に従う車両の制御装置によって制御される車両の概略構成を示すブロック図である。
【図2】図1の制御装置90の制御ブロック図である。
【図3】図2のトルク変化制限処理部96における処理を示すフローチャートである。
【図4】図2の制御装置90による前輪指令トルクTfcmおよび後輪指令トルクTrcmの変化を模式的に説明する図である。
【図5】図2のトルク変化制限処理部96における処理条件を一覧表形式で示す図である。
【図6】トルク変化制限処理が行なわれていない場合において図1のハイブリッド車両100の前後輪におけるトルク変化をシミュレーションした結果を示す図である。
【図7】トルク変化制限処理が行なわれた場合において図1のハイブリッド車両100の前後輪におけるトルク変化をシミュレーションした結果を示す図である。
【符号の説明】
【0079】
10 バッテリ、20 電力変換部、30 モータ、40 エンジン、50 動力分割機構、60 ジェネレータ、65 動力源、70 減速機、75 モータジェネレータ、80a,80b 前輪、85a,85b 後輪、90 制御装置、90A 駆動力算出部、90B 駆動力制御部、91 要求トルク決定部、92 後輪トルク分配比算出部、93 乗算部、94 加減算部、95f,95r 補正処理部、96 トルク変化制限処理部、97f,97r ガード処理部、98 動力源制御部、100 ハイブリッド車両、105 アクセルペダル、110 アクセルペダル装置、120 アクセル開度センサ、130 車速センサ、MAP マップ、S1〜S4 ステップ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の車輪を駆動する複数の動力源を含む車両の制御装置であって、
前記制御装置は、
前記車両の運転状態に基づいて、前記複数の動力源に対してそれぞれ求められる複数の要求駆動力を算出する要求駆動力算出部と、
前記複数の要求駆動力に応じて、前記複数の動力源に対してそれぞれ複数の指令駆動力を出力する駆動力制御部とを備え、
前記駆動力制御部は、前記複数の要求駆動力のうちの少なくとも1つの要求駆動力の符号が変化した場合には、前記少なくとも1つの要求駆動力に対応する指令駆動力を所定範囲内の駆動力に変化させ、前記対応する指令駆動力が前記所定範囲内の駆動力に変化した後には前記複数の指令駆動力のうちの他の指令駆動力が前記所定範囲内の駆動力に達するまで、前記対応する指令駆動力の変化を制限し、前記他の指令駆動力が前記所定範囲内の駆動力に達した後に前記対応する指令駆動力の変化の制限を解除して、前記対応する指令駆動力を前記少なくとも1つの要求駆動力に追随させる、車両の制御装置。
【請求項2】
前記所定範囲は、0を挟む範囲である、請求項1に記載の車両の制御装置。
【請求項3】
前記複数の指令駆動力は、時間の経過に対する変化の割合が互いに異なる、請求項1に記載の車両の制御装置。
【請求項4】
前記複数の動力源は、第1および第2の動力源であり、
前記第1の動力源は、前記複数の車輪のうちの2つの前輪を駆動し、
前記第2の動力源は、前記複数の車輪のうちの2つの後輪を駆動する、請求項1から3のいずれか1項に記載の車両の制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−210417(P2007−210417A)
【公開日】平成19年8月23日(2007.8.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−31388(P2006−31388)
【出願日】平成18年2月8日(2006.2.8)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】