説明

車両の駆動制御装置

【課題】例えばハイブリッド車両等の車両において、より適切にエンジンを始動することを可能とする。
【解決手段】車両の駆動制御装置(2A)は、第1回転電機(4又はMG1)と、相互に差動回転可能な3つの分配要素を持ちこれらのうちのいずれか2つの分配要素の一方に内燃機関が他方に前記第1回転電機が夫々連結された動力分配機構(5)と、動力分配機構の残りの分配要素に連結された第2回転電機(10又はMG2)と、動力分配機構の残りの分配要素に連結された伝達部材(6)と、車両の駆動輪に動力を出力する出力部材(7)と、伝達部材から出力部材までの動力伝達経路に設けられると共に、相互に差動回転可能な複数の要素を有する変速機構(8)と、第1回転電機による内燃機関の始動の際に、第2回転電機に要求される要求出力トルクが許容上限値を超えるか否かを判定する判定手段(30)と、許容上限値を超えると判定される場合、第2回転電機の回転が機械的にロックされるギア段へ変速するように変速機構を制御する制御手段(30)とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えばハイブリッド車両等の車両の駆動制御装置の技術分野に関する。
【背景技術】
【0002】
この種の車両の駆動装置として、特許文献1等には、遊星歯車ギアのサンギアに第1の電動機、キャリアにエンジン、リングギアに第2の電動機を接続し、この遊星歯車ギアと変速部と連結させて駆動するハイブリッド車両に関する技術について開示されている。この変速部はワンウェイクラッチを備えている。
【0003】
また、この種の車両の駆動装置として、特許文献2等には、車両を駆動するモータがモータロック状態になると予測される場合、出力する回転トルクを制限する技術について開示されている。モータロック状態とは、回転トルクを発生させる指令をインバータに通知しても電動機の回転速度が上昇しない状態を意味する。特に、このモータロック状態が発生した場合、電動機に電流を供給するインバータの特定のスイッチング素子(所謂、トランジスタ)に電流が集中して流れ、スイッチング素子において急激な温度上昇が起こり、このスイッチング素子が故障する可能性が生じる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007−118698号公報
【特許文献2】特開2010−028968号公報
【特許文献3】特開2007−118698号公報
【特許文献4】特開2009−196474号公報
【特許文献5】特開平06−078417号公報
【特許文献6】特開2005−323481号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1等によれば、第2の電動機のモータロック状態が予想される際に、駆動トルクを低減する場合、第2の電動機は、エンジンの始動時に必要な回転トルクを十分に出力できない可能性があるという技術的な問題が生じる。
【0006】
本発明は、例えば上述した問題点に鑑みなされたものであり、例えばハイブリッド車両等の車両において、エンジンをより適切に始動することが可能な車両の駆動制御装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明に係る車両の駆動制御装置は、第1回転電機と、相互に差動回転可能な3つの分配要素を持ちこれらのうちのいずれか2つの分配要素の一方に内燃機関が他方に前記第1回転電機が夫々連結された動力分配機構と、前記動力分配機構の残りの分配要素に連結された前記第2回転電機と、前記動力分配機構の残りの分配要素に連結された伝達部材と、車両の駆動輪に動力を出力する出力部材と、前記伝達部材から前記出力部材までの動力伝達経路に設けられると共に、相互に差動回転可能な複数の要素を有する変速機構と、前記第1回転電機による前記内燃機関の始動の際に、前記第2回転電機に要求される要求出力トルクが許容上限値を超えるか否かを判定する判定手段と、前記許容上限値を超えると判定される場合、前記第2回転電機の回転が機械的にロックされるギア段へ変速するように前記変速機構を制御する制御手段とを備える。
【0008】
本発明に係る車両の駆動制御装置によれば、動力分配機構は、相互に差動回転可能な3つの分配要素を持ちこれらのうちのいずれか2つの分配要素の一方に内燃機関が他方に第1回転電機が夫々連結される。第2回転電機は、動力分配機構の残りの分配要素に連結される。伝達部材は、動力分配機構の残りの分配要素に連結される。出力部材は、車両の駆動輪に動力を出力する。変速機構は、伝達部材から出力部材までの動力伝達経路に設けられると共に、相互に差動回転可能な複数の要素を有する。
【0009】
例えばメモリ、プロセッサ等を備えて構成可能な判定手段によって、第1回転電機による内燃機関の始動の際に、第2回転電機に要求される要求出力トルクが許容上限値を超えるか否かが判定される。ここに、本発明に係る許容上限値とは、許容された第2回転電機が出力する回転トルクの許容範囲の上限値を意味する。この許容上限値は、典型的には、第2回転電機内を流れる駆動電流や第2回転電機の温度に基づいて、モータロック状態の下で、単相通電状態の発生の度合いを小さくさせるように実験的、理論的、若しくは経験的な手法、又はシミュレーションの手法を用いて、個別具体的に定義可能である。ここに、本発明に係る単相通電状態とは、回転電機のインバータに設けられた各アームのスイッチング素子のうちの特定のスイッチング素子に電流が連続して流れて、スイッチング素子が過熱状態になる状態を意味する。
【0010】
上述の判定手段の判定の結果、要求出力トルクが許容上限値を超えると判定される場合、例えばメモリ、プロセッサ等を備えて構成可能な制御手段の制御下で、変速機構によって、第2回転電機の回転が機械的にロックされるギア段(又はギヤ段)へ変速される。ここに、本発明に係る「第2回転電機の回転が機械的にロックされる」とは、エンジンの始動時の駆動力の低下を補う力を発生させるように第2回転電機の回転方向が固定されることを意味する。典型的には、第2回転電機の回転軸に連結された出力軸に所謂、ワンウェイクラッチが係合することによって、第2回転電機の回転方向が固定される。
【0011】
これにより、エンジンを始動する場合、機械的にロックされた第2回転電機に反作用的に生じる力を、第2回転電機の回転トルクの代わりに、伝達部材に付与することができる。
【0012】
この結果、第2回転電機へ供給される電流を少なくさせ、モータロック状態の下で、単相通電状態が発生する時間を効果的に低減し、エンジンを省電力且つ適切に始動することが可能である。
【0013】
特に、車両が坂路を登っている走行状態においては、モータロック状態の下で、単相通電状態が発生する可能性が高いので、この登り坂路においてエンジンを始動する場合、機械的にロックされた第2回転電機に反作用的に生じる力を、第2回転電機の回転トルクの代わりに、伝達部材に付与することは、第2回転電機を流れる電流を低減させることができるので、実践上、大変有益である。
【0014】
仮に、変速機構によって、第2回転電機の回転が機械的にロックされるギア段へ変速されない場合、内燃機関の始動の際に必要な回転トルクを、第2回転電機の回転駆動によって発生させなければならない。このため、第2回転電機に供給される電流が増大してしまい、第2回転電機のインバータ内を流れる電流が増加し、単相通電状態が発生する頻度が増加し、インバータに設けられたスイッチング素子が過剰に過熱してしまう可能性が生じる。
【0015】
本発明の車両の駆動制御装置の一の態様は、前記駆動輪の回転を制動する制動手段を更に備え、前記制御手段は、前記許容上限値を超えると判定される場合、前記駆動輪の回転を制動するように前記制動手段を制御する。
【0016】
この態様によれば、例えばホイールブレーキ等によって構成可能な制動手段を更に備える。上述の判定手段の判定の結果、要求出力トルクが許容上限値を超えると判定される場合、制御手段の制御下で、制動手段によって、駆動輪の回転が制動される。
【0017】
これにより、エンジンを始動する場合、回転が制動された駆動輪に反作用的に生じる力を、伝達部材に付与することができる。
【0018】
この結果、第2回転電機へ供給される電流を少なくさせ、モータロック状態の下で、単相通電状態が発生する時間を効果的に低減し、エンジンを省電力且つ適切に始動することが可能である。
【0019】
本発明のこのような作用及び他の利得は次に説明する実施形態から明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】第1実施形態に係る駆動制御装置が組み込まれた車両の概要を示したブロック図である。
【図2】第1実施形態に係るハイブリッド車両の駆動制御装置に設けられた電子制御装置の入出力信号を説明する図である。
【図3】第1実施形態に係る油圧制御回路70のうちクラッチC1、C2、およびブレーキB1〜B3の各油圧アクチュエータ(油圧シリンダ)AC1、AC2、AB1、AB2、AB3の作動を制御するリニアソレノイドバルブSL1〜SL5に関する回路図である。
【図4】第1実施形態に係る駆動装置の変速機構8のクラッチCL1、CL2、CL3、及びブレーキB1、B2の作動状態とギア段(即ち、動作モード)とを対応付けた係合表である。
【図5】第1実施形態に係るハイブリッド車両の共線図の一例である。
【図6】第1実施形態に係る駆動装置における駆動トルクと車速との定量的及び定性的な関係を示したグラフ(図6(a))、及び当該駆動装置におけるシフトレバーの概略図(図6(b))である。
【図7】第1実施形態に係る車両の駆動装置における動作の流れを示したフローチャートである。
【図8】第1実施形態に係るハイブリッド車両において、第2ギア段が成立した共線図の一例である。
【図9】第1実施形態に係るOWクラッチによるMG2の機械的な固定によるエンジンの始動制御を示したタイミングチャートである。
【図10】第2実施形態に係る車両の駆動制御装置における動作の流れを示したフローチャートである。
【図11】第2実施形態に係る車両の駆動制御装置におけるMG2の回転トルクと登坂道路の路面勾配との定量的及び定性的な関係を示したグラフである。
【図12】第2実施形態に係るMG2の回転トルクを補助するホイールブレーキの制動力によるエンジンの始動制御を示したタイミングチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、図面を参照して、本発明の好適な各種実施形態について説明する。
【0022】
(第1実施形態)
(基本構成)
第1実施形態に係る車両の駆動制御装置の構成について、図1乃至図6を参照して説明する。ここに、図1は、第1実施形態に係る駆動制御装置が組み込まれた車両の概要を示したブロック図である。車両1はいわゆるハイブリッド車両として構成されている。周知のようにハイブリッド車両は、内燃機関を走行用の駆動力源として備えるとともに、電動機やモータ・ジェネレータ等の回転電機を他の走行用の駆動力源として備えた車両である。
【0023】
図2は、第1実施形態に係るハイブリッド車両の駆動制御装置に設けられた電子制御装置の入出力信号を説明する図である。図3は、第1実施形態に係る油圧制御回路70のうちクラッチC1、C2、およびブレーキB1〜B3の各油圧アクチュエータ(油圧シリンダ)AC1、AC2、AB1、AB2、AB3の作動を制御するリニアソレノイドバルブSL1〜SL5に関する回路図である。
【0024】
図1の駆動装置2Aは、回転電機としての第1モータ・ジェネレータ4(以下、適宜「MG1」と称す)と、内燃機関3及び第1モータ・ジェネレータ4がそれぞれ連結された動力分配機構5と、動力分配機構5から出力された動力を伝達する伝達部材としての伝達軸6と、車両1の駆動輪11に動力を出力するための出力部材としての出力軸7と、伝達軸6から出力軸7までの動力伝達経路に設けられた変速機構8と、制御装置30とを備えて構成されている。加えて、駆動装置2Aは、伝達軸6に連結された第2モータ・ジェネレータ10(以下、適宜「MG2」と称す)と、インバータ61と、蓄電装置62とを備えて構成されている。これにより、第2モータ・ジェネレータ10の回転は、伝達軸6に伝達される。なお、出力軸7の動力は差動装置12を介して左右の駆動輪11に伝達される。左右の駆動輪11には、駆動輪11に制動力を付与するホイールブレーキ11bが備えられている。尚、第1モータ・ジェネレータ4によって、本発明に係る「第1回転電機」の一例が構成されている。また、この第2モータ・ジェネレータ10によって、本発明に係る「第2回転電機」の一具体例が構成されている。
【0025】
内燃機関3は、火花点火型の多気筒内燃機関として構成されており、その動力は入力軸13を介して動力分配機構5に伝達される。内燃機関3は周知のものと同様であるので詳細な説明は省略する。第1モータ・ジェネレータ4と第2モータ・ジェネレータ10とは同様の構成を持っていて、電動機としての機能と発電機としての機能とを生じるように構成されている。尚、本発明に係る「機関」の一例がこの内燃機関3によって構成されている。
【0026】
動力分配機構5は、相互に差動回転可能な3つの要素を持つ遊星歯車機構として構成されており、外歯歯車であるサンギアSaと、そのサンギアSaに対して同軸的に配置された内歯歯車であるリングギアRaと、これらのギアSa、Raに噛み合うピニオン13を自転かつ公転自在に保持するキャリアCaとを備えている。この形態では、入力軸13がキャリアCaに、第1モータ・ジェネレータ4がサンギアSaに、伝達軸6がリングギアRaにそれぞれ連結されている。
【0027】
尚、MG2は、伝達軸6に連結されているが、後置の変速機構8の出力軸に設けられてもよい。この動力分配機構5は、シングルプラネタリのオーバドライブである。ギヤトレーンの結合方法は2つのプラネタリアからなる所謂、CRCR結合の4ATでよい。変速機構を用いたギア回転の逆回転が可能なように構成されてよいし、或いは、MG2を用いたギア回転の逆回転が可能なように構成されてよい。
【0028】
図1に示すように、変速機構8の動作は制御装置30にて制御される。制御装置30はマイクロプロセッサ及びその動作に必要なROM、RAM、入出力インタフェース等の周辺装置を備えたコンピュータとして構成されている。
【0029】
制御装置30は、MG1により発電された電気エネルギをインバータ61を通して蓄電装置62やMG2へ供給する。これにより、内燃機関3の動力の主要部は機械的に伝達部材へ伝達されるが、内燃機関3の動力の一部はMG1の発電のために消費されてそこで電気エネルギに変換され、インバータ61を通してその電気エネルギがMG2へ供給され、そのMG2が駆動されてMG2から伝達部材へ伝達される。この電気エネルギの発生からMG2で消費されるまでに関連する機器により、内燃機関3の動力の一部を電気エネルギに変換し、その電気エネルギを機械的エネルギに変換するまでの電気パスが構成される。また、典型的には、減速が行われる際には、駆動輪11から伝達される動力によってMG1を回転させ、発電機として動作させる。これにより、駆動輪11の運動エネルギが電気エネルギに変換され、蓄電装置62が充電される、所謂「回生」が行われる。
【0030】
また、制御装置30は、車両1の走行状態に応じた変速段を選択する変速制御を行う。尚、この制御装置30によって、本発明に係る「制御手段」及び「判定手段」の一具体例が構成されている。
【0031】
(制御装置)
図2は、第1実施形態に係る変速機構8を制御するための制御装置30に入力される信号及びその制御装置30から出力される信号を例示している。この制御装置30は、CPU、ROM、RAM、及び入出力インターフェースなどから成る所謂マイクロコンピュータを含んで構成されており、RAMの一時記憶機能を利用しつつROMに予め記憶されたプログラムに従って信号処理を行うことにより内燃機関3、MG1、MG2に関するハイブリッド駆動制御、変速機構8の変速制御等の駆動制御を実行するものである。
【0032】
制御装置30には、図2に示すような各センサやスイッチなどから、エンジン水温TEMPWを表す信号、シフトレバー52(後述の図6(b)参照)のシフトポジションPSH、内燃機関3の回転速度であるエンジン回転速度NEを表す信号、トーイングスイッチのスイッチ信号、「M」ポジションにおける操作回数等を表す信号、エアコンの作動を表す信号、車速Vに対応する出力軸22の回転速度(以下、出力軸回転速度)NOUTを表す信号、ATFの温度(以下、ATF温度という)TOILを表す信号、ECTスイッチのスイッチ信号、サイドブレーキ操作を表す信号、フットブレーキ操作を表す信号、触媒温度を表す信号、運転者の出力要求量に対応するアクセルペダルの操作量であるアクセル開度Accを表す信号、EVスイッチのスイッチ信号、スノーモード設定を表す信号、車両の前後加速度Gを表す信号、オートクルーズ走行を表す信号、パワーモードスイッチのスイッチ信号、MG1の回転速度を表す信号、MG2の回転速度を表す信号、変速機構の一部Pb1の油圧を表す信号、変速機構の一部Pb2の油圧を表す信号、変速機構の一部Pb3の油圧を表す信号などが、それぞれ供給される。
【0033】
また、上記の制御装置30からは、例えば内燃機関3の吸気管に備えられた電子スロットル弁のスロットル弁開度を操作するスロットルアクチュエータへの駆動信号、過給圧を調整するための過給圧調整信号、電動エアコンを作動させるための電動エアコン駆動信号、点火装置68による内燃機関3の点火時期を指令する点火信号、電動機MG1およびMG2の作動を指令する指令信号、ギヤ比を表示させるためのギヤ比表示信号、スノーモードであることを表示させるためのスノーモード表示信号、変速機構8の油圧アクチュエータを制御するために油圧制御回路に含まれる電磁弁(リニアソレノイドバルブ)を作動させるバルブ指令信号、制動時の車輪のスリップを防止するABSアクチュエータを作動させるためのABS作動信号、Mモードが選択されていることを表示させるMモード表示信号、この油圧制御回路に設けられたレギュレータバルブ(調圧弁)によりライン油圧を調圧するための信号、そのライン油圧が調圧されるための元圧の油圧源である電動油圧ポンプを作動させるための駆動指令信号、油圧ポンプを駆動する駆動信号、電動ヒータを駆動するための信号、クルーズコントロール制御用コンピュータへの信号、第1蓄電装置および第2蓄電装置の作動を指令する指令信号などが、それぞれ出力される。尚、第1蓄電装置はMG1に電力を供給し、第2蓄電装置はMG2に電力を供給するようにしてよい。
【0034】
(変速機構の油圧制御回路)
図3は、変速機構8の油圧制御回路のうちクラッチCL1、CL2、CL3、およびブレーキB1、B2の各油圧アクチュエータ(油圧シリンダ)AC1、AC2、AC3、AB1、AB2の作動を制御するリニアソレノイドバルブSL1〜SL5に関する回路図である。
【0035】
図3において、各油圧アクチュエータAC1、AC2、AC3、AB1、AB2には、ライン油圧PLがそれぞれリニアソレノイドバルブSL1〜SL5により制御装置30からの指令信号に応じた係合圧PC1、PC2、PC3、PB1、PB2に調圧されてそれぞれ直接的に供給されるようになっている。このライン油圧PLは、図示しない電動オイルポンプや内燃機関3により回転駆動される機械式オイルポンプから発生する油圧を元圧として例えばリリーフ型調圧弁(レギュレータバルブ)によって、アクセル開度或いはスロットル弁開度で表されるエンジン負荷等に応じた値に調圧されるようになっている。
【0036】
リニアソレノイドバルブSL1〜SL5は、基本的には何れも同じ構成で、制御装置30により独立に励磁、非励磁され、各油圧アクチュエータAC1、AC2、AC3、AB1、AB2の油圧が独立に調圧制御されてクラッチCL1、CL2、CL3、およびブレーキB1、B2の係合圧PC1、PC2、PC3、PB1、PB2が制御される。そして、変速機構8は、例えば図4の係合作動表に示すように予め定められた係合装置が係合されることによって各変速段が成立させられる。また、変速機構8の変速制御においては、例えば変速に関与するクラッチCL1、CL2、CL3、およびブレーキB1、B2の解放と係合とが同時に制御される所謂クラッチツウクラッチ変速が実行される。
【0037】
(クラッチ等の作動状態とギア段との対応付け)
次に、図4及び図5を参照して、第1実施形態に係るクラッチ及びブレーキの作動状態とギア段(即ち、動作モード)との対応付けについて説明する。ここに、図4は、第1実施形態に係る駆動装置の変速機構8のクラッチCL1、CL2、CL3、及びブレーキB1、B2の作動状態とギア段(即ち、動作モード)とを対応付けた係合表である。図中の「○」は係合状態を意味し、「−」は解放状態を意味している。
【0038】
図5は、第1実施形態に係るハイブリッド車両の共線図の一例である。尚、図5中の縦軸が各回転軸の回転数を示し、横軸は、各ギヤのギヤ比を距離的な関係で示している。周知のようにハイブリッド車両は、内燃機関を走行用の駆動力源として備えるとともに、電動機やモータ・ジェネレータ等の回転電機を他の走行用の駆動力源として備えた車両である。
【0039】
(第1ギア段)
図4に加えて、上述した図1に示されるように、変速機構8は、クラッチCL1、及びOWクラッチF1(以下、適宜「OWC」と称す)を係合状態とする。一方で、クラッチCL2、CL3、ブレーキB1、及びブレーキB2を解放状態にする。これにより、伝達軸6の回転を、サンギアS1及びピニオン16を介して所定のギア比で出力軸7に伝達する第1ギア段を成立させる。尚、ブレーキB2は解放状態の代わりに係合状態であってよい。具体的には、図5中の線L1上の点P1に示されるように、第1ギア段が成立した際には、出力軸7の回転数は、(i)クラッチCL1が係合状態である場合におけるサンギアS1の回転数と、(ii)ブレーキB2、及びOWクラッチF1が係合状態であり回転が停止したリングギアR1の回転数、即ちゼロとの間の範囲内にある。
【0040】
(第2ギア段)
また、図4に加えて、上述した図1に示されるように、変速機構8は、変速機構へ入力されるトルクが、車両を前進させるトルクの向きを正方向としてこの正方向になる場合、クラッチCL1、及びブレーキB1を係合状態とする。ブレーキB1を係合状態とすることによりサンギアS2をケース17に固定する。一方で、クラッチCL2、CL3、ブレーキB2及びOWクラッチF1を解放状態にする。これにより、伝達軸6の回転を、サンギアS1及びピニオン16を介して所定のギア比で出力軸7に伝達する第2ギア段を成立させる。具体的には、図5中の線L2上の点P2に示されるように、第2ギア段が成立した際には、出力軸7の回転数は、(i)クラッチCL1が係合状態である場合におけるサンギアS1の回転数と、(ii)ブレーキB1が係合状態であり回転が停止したサンギアS2の回転数、即ちゼロとの間の範囲内にある。
【0041】
(ヒルホールド)
図4に加えて、上述した図1に示されるように、変速機構8は、第2ギア段において、変速機構へ入力されるトルクが車両を前進させるトルクの向きを正方向として負方向になる場合、即ち、変速機構へ入力されるトルクが車両を後進させるトルクの向きになる場合、クラッチCL1、ブレーキB1、及びOWクラッチF1が係合状態となる。具体的には、OWクラッチF1は、キャリアC3と係合状態となる。ブレーキB1を係合状態とすることによりサンギアS2をケース17に固定する。一方で、クラッチCL2、CL3、及びブレーキB2を解放状態にする。このように変速機構8がクラッチCL1、ブレーキB1、及びOWクラッチF1をそれぞれ係合状態にすることにより、ヒルホールドを成立させることができる。ここに、本実施形態に係るヒルホールドとは、車両1が水平方向に対して傾いた坂路を登る場合、車両1内で作用する機構的又は機械的な力の均衡によって、車両1が坂路上を停止することを意味する。即ち、上述した第2ギア段において、出力軸7の回転方向が車両を後進させる方向である場合、クラッチCL1、ブレーキB1、及びOWクラッチF1が係合状態になり、車両を後進させる方向に力を受ける出力軸7は、(i)ケース17によって固定されたサンギアS2と、(ii)このサンギアS2及びOWクラッチF1によって固定されたキャリアC3とによって固定され、変速機構8の全体がロックされる。従って、車両1が水平方向に対して傾いた坂路を登る際に停止した場合に、第2ギア段としてブレーキB1及びクラッチCL1の両者を係合状態とすることにより、OWクラッチF1を係合状態とさせ、駆動輪11からのトルクの入力を変速機構8で受け止めることができるため、車両1が坂路からずり下がることを防止することができる。このように、車両1が水平方向に対して傾いた坂路を登る際に停止した場合、第2ギア段によってヒルホールドを成立させることにより、車両1が登り坂路からずり下がることを機械的に防ぐことができる。これにより、MG2の出力する回転トルクを、車両を後進させる方向に作用させる必要がなくなる、言い換えると、MG2の出力する回転トルクを、車両を前進させる方向に全て作用させることができる。これにより、車両1が登り坂路を前進する際に必要なMG2へ供給される電流を少なくさせ、ひいては、インバータ61内を流れる電流を少なくさせることができるので、インバータ61に設けられた各アームのスイッチング素子の過熱を効果的に抑制することができる。
【0042】
特に、第1実施形態では、後述されるように、エンジンを始動する場合、第2ギア段又はヒルホールドを成立させ、OWクラッチF1によって機械的に固定されたMG2の回転軸に反作用的に生じる力を、MG2の係合力が発生させる又はMG2の係合力を大きくさせるMG2の回転トルクの代わりに、伝達軸6に付与する。これにより、MG2へ供給される電流を少なくさせ、モータロック状態の下で、単相通電状態が発生する時間を効果的に低減し、エンジンを省電力且つ適切に始動することが可能である。
【0043】
ここで、第1ギア段と第2ギア段とを更に、比較検討する。詳細には、OWクラッチF1は、一方向にしか、反力を受けない。そのため、第2ギア段によって車両が前進する場合、OWクラッチF1は解放状態である。他方、第2ギア段によって車両が登り坂路での停止を試み、ズリ下がる場合、駆動軸に掛かる力が反転し、OWクラッチF1が係合状態となる。これにより、変速機構8において、係合要素が3つとなることにより、内部ロック状態、所謂、ヒルホールドとなる。他方、第1ギア段によって車両が前進する場合、クラッチCL1及びOWクラッチF1は係合状態である。また、第1ギア段によって車両が登り坂路での停止を試み、ズリ下がる場合、ブレーキB2とOWクラッチF1は同じ力点にあるため、図5に示されるように、係合要素が2つのままなので内部ロック状態、所謂、ヒルホールドにはならないことを付記する。
【0044】
(第3ギア段)
また、図4に加えて、上述した図1に示されるように、変速機構8は、クラッチCL1、CL2を係合状態とする。一方で、クラッチCL3、ブレーキB1、B2、及びOWクラッチF1を解放状態にする。これにより、伝達軸6の回転を、サンギアS1、ピニオン16及びキャリアC3を介して所定のギア比で出力軸7に伝達する第3ギア段を成立させる。具体的には、図5中の線L3上の点P3に示されるように、第3ギア段が成立した際には、出力軸7の回転数は、クラッチCL1が係合状態である場合におけるサンギアS1の回転数と同じになると共に、クラッチCL2が係合状態である場合におけるキャリアC3の回転数と同じになる。
【0045】
(第4ギア段)
また、図4に加えて、上述した図1に示されるように、変速機構8は、クラッチCL2、及びブレーキB1を係合状態とする。ブレーキB1を係合状態とすることによりサンギアS2をケース17に固定する。一方で、クラッチCL1、CL3、ブレーキB2、及びOWクラッチF1を解放状態にする。これにより、伝達軸6の回転を、キャリアC3、及びリングギアR1を介して所定のギア比で出力軸7に伝達する第4ギア段を成立させる。具体的には、図5中の線L4上の点P4に示されるように、第4ギア段が成立した際には、出力軸7の回転数は、ブレーキB1が係合状態であり回転が停止したサンギアS2の回転数、即ちゼロと、クラッチCL2が係合状態である場合におけるリングギアR1の回転数とを結んだ線上にある。
【0046】
(反転ギア段)
また、図4に加えて、上述した図1に示されるように、変速機構8は、クラッチCL3、及びブレーキB2を係合状態とする。ブレーキB2を係合状態とすることによりリングギアR1をケース17に固定し、キャリアC3のピニオンの自転を固定する。一方で、クラッチCL1、CL3、ブレーキB1、及びOWクラッチF1を解放状態にする。これにより、伝達軸6の回転を、キャリアC3のピニオンの公転を介して所定のギア比で出力軸7に伝達する反転ギア段を成立させる。具体的には、図5中の線Lr上の点Prevに示されるように、反転ギア段が成立した際には、出力軸7の回転数は、クラッチCL3が係合状態である場合におけるサンギアS2の回転数と、ブレーキB2が係合状態であり回転が停止したリングギアR1の回転数、即ちゼロとを結んだ線上にある。
【0047】
(ニュートラル状態)
また、図4に加えて、上述した図1に示されるように、変速機構8は、クラッチCL1、CL2、CL3、ブレーキB1、B2、及びOWクラッチF1を解放状態にする。これにより、伝達軸6の回転を、出力軸7に伝達しないニュートラル状態を成立させる。
【0048】
尚、上述した図5の共線図に示されるように、このハイブリッド車両における第1ギア段乃至第4ギア段、反転段、ニュートラル状態において、第1モータ・ジェネレータ4が連結されたサンギアSaの回転数と、入力軸13が連結されたキャリアCaの回転数と、伝達軸6が連結されたリングギアRaの回転数とは同一線上にある。
【0049】
(変速制御)
次に、図6に加えて上述した図1を適宜、参照して、変速機構8による変速制御について説明する。ここに、図6は、第1実施形態に係る駆動装置における駆動トルクと車速との定量的及び定性的な関係を示したグラフ(図6(a))、及び当該駆動装置におけるシフトレバーの概略図(図6(b))である。
【0050】
上述した変速機構8による変速制御は、車両1の車速とアクセルペダル20の操作量(アクセル開度)とに適した変速段が選択されるように、クラッチCL1、CL2、CL3、ブレーキB1、B2、及びOWクラッチF1を制御する。車両1の走行状態に見合った適切な変速段を選択するため、制御装置30には予め車速とアクセル開度に対応した目標駆動トルクとを変数として選択すべき変速段を対応付けた変速マップが記憶されている。制御装置30は車速とアクセル開度とを車速センサ31及びアクセル開度センサ32からの信号に基づいて取得し、それらに対応付けられた選択すべき変速段を変速マップの検索により特定している。
【0051】
具体的には、図6(a)の実線に示されるように、「n速(但し、nは自然数)」から「n+1速」へ変速する際の目標駆動トルクと車速との関係を示した特性線は、車速が大きくなる順番に、1速から2速の特性線L12、2速から3速の特性線L23、3速から4速の特性線L34の順番で設定されている。加えて、図6(a)の点線に示されるように、「n+1速」から「n速」へ変速する際の目標駆動トルクと車速との関係を示した特性線は、車速が小さくなる順番に、4速から3速の特性線L43、3速から2速の特性線L32、2速から1速の特性線L21の順番で設定されている。また、車速「ゼロ」及び目標駆動トルク「ゼロ」の原点、1速から2速の特性線L12の一部、2速から3速の特性線L23の一部、2速から1速の特性線L21の一部、及び、3速から2速の特性線L32の一部を含む領域において、MG2からの駆動力のみで走行する所謂、EV(Electric Vehicle)走行が行われる。詳細には、変速制御においては、MG1及びMG2により電気的に無段変速が形成されてよい。エンジン回転数の制御において、燃費が最適になるように変速比が制御されてよい。
【0052】
また、車両1には、図6(b)に示されるように、運転者にて操作されるシフトレバー21が設けられており、そのシフトレバー21の複数の操作位置には、変速機構8の動作状態に対応するドライブレンジD、リバースレンジR、ニュートラルレンジP、減速の際の加速度を増加させるレンジ+、及び減速の際の加速度を減少させるレンジ−等の複数のレンジが割り当てられている。例えば、シフトレバー21がドライブレンジに操作された場合は、上述したように車速とアクセル開度とに基づいた変速制御が行われ、第1乃至第4ギア段、反転ギア段、ニュートラル状態のいずれか一つが成立するようにクラッチCL1、CL2、CL3、ブレーキB1、B2、及びOWクラッチF1がそれぞれ制御される。
【0053】
詳細には、図6(b)で示されたシフトレバーは、号口A761Eより採用しているシーケンス型のシフトレバーである。シフトレバーの号口はレンジ切換えタイプであるがギア段ホールドであってよい。
【0054】
(車両の駆動制御装置の動作原理)
次に、図7及び図8を参照して、本実施形態に係る車両の駆動制御装置の動作原理について説明する。ここに、図7は、第1実施形態に係る車両の駆動制御装置における動作の流れを示したフローチャートである。尚、この図7で示された動作は、例えば数マイクロ秒等の所定周期で繰り返し実行される。図8は、第1実施形態に係るハイブリッド車両において、第2ギア段が成立した共線図の一例である。尚、図8中の縦軸が各回転軸の回転数を示し、横軸は、各ギヤのギヤ比を距離的な関係で示している。また、図8中の2つの矢印は、サンギアS1及び出力軸7において発生する力を夫々示している。
【0055】
先ず、図7に示されるように、制御装置の制御下で、例えば車速センサー等によって測定された車速Vがゼロ(km/h)であり、且つ、MG2が出力する回転トルクが所定値を超えるか否かが判定される(ステップS101)。ここに、第1実施形態に係る所定値とは、典型的には、モータロック状態の下で、インバータ61において単相通電状態を発生させないように設定される所望の回転トルクを意味する。尚、MG2が出力する回転トルクに基づく判定に代えて、インバータ61を駆動する駆動電流に基づく判定が行われてよい。尚、車速について、典型的には、出力軸7の回転速度がゼロであるか否かを判断してよい。尚、本発明に係る「許容上限値」の一例がこの所定値によって構成されている。
【0056】
上述したステップS101の判定の結果、測定された車速Vがゼロ(km/h)であり、且つ、MG2が出力する回転トルクが所定値を超えると判定される場合(ステップS101:Yes)、更に、制御装置の制御下で、エンジンの始動が必要であるか否かが判定される(ステップS102)。
【0057】
上述したステップS102の判定の結果、エンジンの始動が必要であると判定される場合(ステップS102:Yes)、制御装置30の制御下で、駆動制御装置の変速機構8によって、第2ギア段に変速される(ステップS103)。典型的には、第1ギア段から第2ギア段へのアップシフト変速を実施される。上述したように第2ギア段としてブレーキB1及びクラッチCL1の両者を係合状態とすることにより、OWクラッチF1を係合状態とさせ、駆動輪11からのトルクの入力を変速機構8で受け止めることができる。尚、この際に、ヒルホールドを成立させてよい。
【0058】
具体的には、図8中の線Lh上に示されるように、第2ギア段が成立した際には、出力軸7の回転数、クラッチCL1が係合状態である場合におけるサンギアS1の回転数、ブレーキB1が係合状態である場合におけるサンギアS2の回転数、ブレーキB2及びOWクラッチF1が係合状態である場合におけるキャリアC3の回転数は全てゼロになる。特に、OWクラッチF1によって、車両が前進する方向に対応した出力軸7の回転は可能であるが、車両が後進する方向に対応した出力軸7の回転は行われない。
【0059】
これにより、エンジンを始動する場合、OWクラッチF1によって機械的に固定されたMG2の回転軸に反作用的に生じる力を、MG2の係合力を発生させる又はMG2の係合力を大きくさせるMG2の回転トルクの代わりに、伝達軸6に付与することができる。
【0060】
この結果、MG2へ供給される電流を少なくさせ、モータロック状態の下で、単相通電状態が発生する時間を効果的に低減し、エンジンを省電力且つ適切に始動することが可能である。
【0061】
或いは、典型的には、車両1が水平方向に対して傾いた坂路を登る際に停止した場合に、第1ギア段から第2ギア段へのアップシフト変速を実施される。上述したように第2ギア段としてブレーキB1及びクラッチCL1の両者を係合状態とすることにより、OWクラッチF1を係合状態とさせ、駆動輪11からのトルクの入力を変速機構8で受け止めることができるため、ヒルホールドを成立させ、車両1が坂路からずり下がることを防止することができる。
【0062】
次に、制御装置30の制御下で、エンジンが実際に始動される(ステップS104)。典型的には、MG1によって、エンジンの回転速度を上昇させた後、エンジンの燃焼室に噴射された燃料に対して点火を行う。
【0063】
他方、上述したステップS102の判定の結果、エンジンの始動が必要であると判定されない場合(ステップS102:No)、制御装置30の制御下で、駆動制御装置の変速機構8によって、第1ギア段に変速される(ステップS105)。
【0064】
次に、制御装置30の制御下で、インバータ61からMG2へ供給される電流が低減され、MG2が出力する回転トルクが低減される(ステップS106)。これにより、インバータ61内のスイッチング素子を流れる電流を低減させ、スイッチング素子の温度を低減させることができるので、スイッチング素子を熱から保護することができる。
【0065】
他方、上述したステップS101の判定の結果、測定された車速Vがゼロ(km/h)でない、又は、MG2が出力する回転トルクが所定値を超えないと判定される場合(ステップS101:No)、制御装置の制御下で、通常の変速制御に基づく通常の走行が実施される(ステップS107)。
【0066】
(OWクラッチによるMG2の機械的な固定によるエンジンの始動制御)
ここで、図9を参照して、第1実施形態に係るOWクラッチによるMG2の機械的な固定によるエンジンの始動制御の流れの一例について説明する。ここに、図9は、第1実施形態に係るOWクラッチによるMG2の機械的な固定によるエンジンの始動制御を示したタイミングチャートである。尚、図9中の横軸は時間を示し、図9中の縦軸は各変数の大きさを示す。
【0067】
図9は、例えば車速がゼロである走行状態において、エンジンを始動させた際の車両の運転状態を示している。
【0068】
図9中の時刻T1において、エンジンの始動が必要であると判定される(上述した「ステップS102:Yes」を参照)。
【0069】
図9中の時刻T2において、第1ギア段から第2ギア段への変速が実施され、OWクラッチF1を係合状態とさせ、駆動輪11からのトルクの入力を変速機構8で受け止めることができる。これにより、図9中のMG2での係合力ΔTrが発生するので、MG2の係合力を発生させる又はMG2の係合力を大きくさせるMG2の回転トルクΔTr’を発生させなくてよい。
【0070】
また、図9中の時刻T2において、MG1の回転トルクを上昇させ、MG1の回転速度を増加させることにより、エンジンの回転速度を増加させる。尚、このエンジンの回転速度が一定値を超えた場合、エンジンに噴射された燃料の点火を試みてよい。この図9中の時刻T2以降、エンジンに噴射された燃料の点火が成功した時刻T3までの期間は、車両を駆動させる出力軸7の駆動力は、エンジンの点火を伴わない回転に起因して低下している(図9中の「エンジン始動反力」を参照)。
【0071】
図9中の時刻T3において、エンジンに噴射された燃料の点火が成功することにより、エンジンの出力トルクは増加し始めると同時に、車両を駆動させる出力軸7の駆動力は低下している状態から上昇し、エンジンを始動する以前における車両の駆動力へと復帰する。
【0072】
図9中の時刻T4において、エンジンの出力トルク及びエンジンの回転速度は増加後、一定値となると共に、MG1の回転速度も、上昇後、一定値となる。また、図9中の時刻T4において、一定値となったエンジンの出力トルクに相当する分だけ、MG1の回転トルクは低下する。
【0073】
以上のように、エンジンを始動する場合、OWクラッチF1によって機械的に固定されたMG2の回転軸に反作用的に生じる力(図9中の実線の矢印のΔTrを参照)を、MG2の係合力を発生させる又はMG2の係合力を大きくさせるMG2の回転トルク(図9中の点線の矢印のΔTr’を参照)の代わりに、伝達軸6に付与することができる。
【0074】
この結果、MG2へ供給される電流を少なくさせ、モータロック状態の下で、単相通電状態が発生する時間を効果的に低減し、エンジンを省電力且つ適切に始動することが可能である。
【0075】
(第2実施形態)
第2実施形態に係る車両の駆動制御装置について、図10乃至図12を参照して説明する。尚、第2実施形態に係る構成は、上述した第1実施形態と概ね同様の構成である。また、第2実施形態において、上述した第1実施形態と概ね同様の処理には、同一のステップ番号を付し、それらの説明は適宜、省略する。
【0076】
(動作原理)
ここに、図10は、第2実施形態に係る車両の駆動制御装置における動作の流れを示したフローチャートである。尚、この図10で示された動作は、例えば数マイクロ秒等の所定周期で繰り返し実行される。図11は、第2実施形態に係る車両の駆動制御装置におけるMG2の回転トルクと登坂道路の路面勾配との定量的及び定性的な関係を示したグラフである。
【0077】
上述したステップS102の判定の結果、エンジンの始動が必要であると判定される場合(ステップS102:Yes)、制御装置30の制御下で、駆動装置の変速機構8によって、第1ギア段に変速され、且つ、ホイールブレーキによる制動力が付与される(ステップS201)。
【0078】
典型的には、第1ギア段へのダウンシフト変速を実施される。上述したように第1ギア段としてクラッチCL1、及びOWクラッチF1を係合状態とし、ホイールブレーキを付与することにより、駆動輪11からのトルクの入力を変速機構8で受け止めることができる。これにより、エンジンが始動する際に生じるMG2の浮き状態に対して、MG2の係合力が発生させる又はMG2の係合力を大きくさせるMG2の回転トルクの代わりに、ホイールブレーキ及びOWクラッチF1によって生じる力を伝達軸6に付与することができる。
【0079】
(MG2の回転トルクを補助するホイールブレーキによる制動力)
具体的には、図11は、登坂道路の路面勾配に応じて、モータ走行中に必要なMG2の回転トルクを示す。車両が停止し、モータロック状態である場合、MG2の単相通電状態において、連続的に大きな電流が流れるためMG2の出力可能な回転トルクには限界があるため、MG2の出力可能な回転トルクの上限値は所定値Tmaxである。即ち、図11中のヒルホールド領域では、上述した第2ギア段によるヒルホールドを行うことが好ましい。図11中の矢印は、エンジンを始動する際に必要なMG2の回転トルクの増分量ΔTrである。このエンジンを始動する際に必要なMG2の回転トルクの増分量ΔTrは、上述したエンジンの点火を伴わない回転に起因して低下した出力軸7の駆動力を補う回転トルクの増分量である。
【0080】
より具体的には、登坂道路の路面勾配が勾配θ1である場合、MG2の回転トルクとしてトルクTr_θ1がMG2により出力される。更に、この登坂道路において、エンジンを始動する際には、MG2の回転トルクの増分として、増分量ΔTrだけ更に必要になる。即ち、路面勾配が勾配θ1である登坂道路において、エンジンを始動する際に必要なMG2の回転トルクTr_θ1_Sは、次の式(1)によって示される。
【0081】
Tr_θ1_S = Tr_θ1 + ΔTr …… (1)
ここで、図11及び次の式(1a)に示されるように、Tr_θ1_Sは、Tr_maxより小さい。
【0082】
Tr_θ1_S < Tr_max …… (1a)
従って、制御装置の制御下で、増分量ΔTrだけMG2の回転トルクを増加させることができる。
【0083】
他方、登坂道路の路面勾配が勾配θ2である場合、MG2の回転トルクとしてトルクTr_θ2がMG2により出力される。更に、この登坂道路において、エンジンを始動する際には、MG2の回転トルクの増分として、増分量ΔTrだけ更に必要になる。即ち、路面勾配が勾配θ2である登坂道路において、エンジンを始動する際に必要なMG2の回転トルクTr_θ2_Sは、次の式(2)によって示される。
【0084】
Tr_θ2_S = Tr_θ2 + ΔTr …… (2)
ここで、図11及び次の式(2a)に示されるように、Tr_θ2_Sは、Tr_maxより大きくなる。
【0085】
Tr_θ2_S > Tr_max …… (2a)
特に、この場合、第2実施形態では、MG2の回転トルクをホイールブレーキにより制動された駆動輪11から付与された力によって補助(又はアシスト)させる。
典型的には、図11及び次の式(3)に示されるように、増分量ΔTrのうち一部ΔTraを、MG2の回転トルクによって発生させることに加えて、増分量ΔTrのうち他の一部ΔTrbを、ホイールブレーキにより制動された駆動輪11から付与された力として発生させる。
【0086】
ΔTra + ΔTrb = ΔTr …… (3)
言い換えると、エンジンを始動する場合、MG2の回転トルクをホイールブレーキにより制動された駆動輪11から付与された力によって補助(又はアシスト)することが可能である。典型的には、MG2の係合力が発生させる又はMG2の係合力を大きくさせるMG2の回転トルク(図11及び図12中のΔTraを参照)に加えて、ホイールブレーキにより制動された駆動輪11から付与された力(図11及び図12中の実線の矢印のΔTrbを参照)を伝達軸6に付与することができる。
【0087】
以上の結果、ホイールブレーキにより制動された駆動輪11から付与された力によってMG2の回転トルクが補助されるので、MG2へ供給される電流を少なくさせ、モータロック状態の下で、単相通電状態が発生する時間を効果的に低減し、エンジンを省電力且つ適切に始動することが可能である。
【0088】
尚、再び、図10に戻り、続いて、上述したステップS104乃至ステップS107が実行される。
【0089】
(MG2の回転トルクを補助するホイールブレーキの制動力によるエンジンの始動制御)
ここで、図12を参照して、第2実施形態に係るMG2の回転トルクを補助するホイールブレーキの制動力によるエンジンの始動制御の流れの一例について説明する。ここに、図12は、第2実施形態に係るMG2の回転トルクを補助するホイールブレーキの制動力によるエンジンの始動制御を示したタイミングチャートである。尚、図12中の横軸は時間を示し、図12中の縦軸は各変数の大きさを示す。
【0090】
図12は、例えば路面勾配が勾配θ2(上述の図11を参照)である登坂道路を車両が走行する走行状態において、エンジンを始動させた際の車両の運転状態を示している。
【0091】
図12中の時刻T1において、エンジンの始動が必要であると判定される(上述した図10中の「ステップS102:Yes」を参照)。
【0092】
図12中の時刻T2において、第1ギア段へ変速させ、OWクラッチF1を係合状態とさせると共に、ホイールブレーキによって駆動輪11を制動させ、OWクラッチF1及びホイールブレーキからのトルクの入力を変速機構8で受け止めることができる。典型的には、MG2の回転トルクをホイールブレーキにより制動された駆動輪11から付与された力によって補助(又はアシスト)させる。より典型的には、図12及び上述した図11に示されるように、エンジンが始動する際に必要な回転トルクの増分量ΔTrのうち一部ΔTraを、MG2の回転トルクによって発生させることに加えて、この必要な回転トルクの増分量ΔTrのうち他の一部ΔTrbを、ホイールブレーキにより制動された駆動輪11から付与された力として発生させる。
【0093】
これにより、ホイールブレーキにより制動された駆動輪11から付与された力によってMG2の回転トルクが補助されるので、MG2へ供給される電流を少なくさせ、モータロック状態の下で、単相通電状態が発生する時間を効果的に低減し、エンジンを省電力且つ適切に始動することが可能である。
【0094】
また、図12中の時刻T2において、MG1の回転トルクを上昇させ、MG1の回転速度を増加させることにより、エンジンの回転速度を増加させる。尚、このエンジンの回転速度が一定値を超えた場合、エンジンに噴射された燃料の点火を試みてよい。この図12中の時刻T2以降、エンジンに噴射された燃料の点火が成功した時刻T3までの期間は、車両を駆動させる出力軸7の駆動力は、エンジンの点火を伴わない回転に起因して低下している(図12中の「エンジン始動反力」を参照)。
【0095】
図12中の時刻T3において、エンジンに噴射された燃料の点火が成功することにより、エンジンの出力トルクは増加し始めると同時に、車両を駆動させる出力軸7の駆動力は低下している状態から上昇し、エンジンを始動する以前における車両の駆動力へと復帰する。
【0096】
図12中の時刻T4において、エンジンの出力トルク及びエンジンの回転速度は増加後、一定値となると共に、MG1の回転速度も、上昇後、一定値となる。また、図12中の時刻T4において、一定値となったエンジンの出力トルクに相当する分だけ、MG1の回転トルクは低下する。
【0097】
以上のように、エンジンを始動する場合、MG2の回転トルクをホイールブレーキにより制動された駆動輪11から付与された力によって補助(又はアシスト)することが可能である。典型的には、MG2の係合力が発生させる又はMG2の係合力を大きくさせるMG2の回転トルク(図11及び図12中のΔTraを参照)に加えて、ホイールブレーキにより制動された駆動輪11から付与された力(図11及び図12中の実線の矢印のΔTrbを参照)を伝達軸6に付与することができる。
【0098】
以上の結果、ホイールブレーキにより制動された駆動輪11から付与された力によってMG2の回転トルクが補助されるので、MG2へ供給される電流を少なくさせ、モータロック状態の下で、単相通電状態が発生する時間を効果的に低減し、エンジンを省電力且つ適切に始動することが可能である。
【0099】
本発明は、上述した実施例に限られるものではなく、請求の範囲及び明細書全体から読み取れる発明の要旨或いは思想に反しない範囲で適宜変更可能であり、そのような変更を伴う車両の駆動制御装置もまた本発明の技術的範囲に含まれるものである。
【産業上の利用可能性】
【0100】
本発明は、例えばハイブリッド車両等の車両の駆動制御装置に利用可能である。
【符号の説明】
【0101】
1…車両
2A…駆動装置
3…内燃機関
4(MG1)…回転電機としての第1モータ・ジェネレータ
5…動力分配機構
6…伝達軸
7…出力軸
8…変速機構
10(MG2)…第2モータ・ジェネレータ
11…左右の駆動輪
11b…左右のホイールブレーキ
12…差動装置
20…アクセルペダル
21…シフトレバー
30…制御装置
31…車速センサ
32…アクセル開度センサ
B1…ブレーキ
B2…ブレーキ
C3…キャリア
CL1…クラッチ
CL2…クラッチ
CL3…クラッチ
F1…OWクラッチ
R1…リングギア
S2…サンギア
S1…サンギア。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1回転電機と、
相互に差動回転可能な3つの分配要素を持ちこれらのうちのいずれか2つの分配要素の一方に内燃機関が他方に前記第1回転電機が夫々連結された動力分配機構と、
前記動力分配機構の残りの分配要素に連結された前記第2回転電機と、
前記動力分配機構の残りの分配要素に連結された伝達部材と、
車両の駆動輪に動力を出力する出力部材と、
前記伝達部材から前記出力部材までの動力伝達経路に設けられると共に、相互に差動回転可能な複数の要素を有する変速機構と、
前記第1回転電機による前記内燃機関の始動の際に、前記第2回転電機に要求される要求出力トルクが許容上限値を超えるか否かを判定する判定手段と、
前記許容上限値を超えると判定される場合、前記第2回転電機の回転が機械的にロックされるギア段へ変速するように前記変速機構を制御する制御手段と
を備えることを特徴とする車両の駆動制御装置。
【請求項2】
前記駆動輪の回転を制動する制動手段を更に備え、
前記制御手段は、前記許容上限値を超えると判定される場合、前記駆動輪の回転を制動するように前記制動手段を制御することを特徴とする請求項1に記載の車両の駆動制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図10】
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【図8】
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【図9】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2011−255692(P2011−255692A)
【公開日】平成23年12月22日(2011.12.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−129177(P2010−129177)
【出願日】平成22年6月4日(2010.6.4)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】