説明

車両制御装置

【課題】運転者に与える違和感を抑制しつつ、目標値に実際の項目を近づけられる車両制御装置を提供すること。
【解決手段】走行環境あるいは走行条件の少なくとも一方に基づいて運転者に加わる加速度が変化する車両運動に係る項目(加速度)の目標値101を設定する目標値設定手段と、運転者の要求値102を設定する要求値設定手段と、対数値で比較したときの要求値との差が第一の範囲内となる項目の範囲である所定範囲A、および、対数値の変化速度で比較したときの要求値との差が第二の範囲内となる項目の変化速度の範囲である所定変化速度範囲をそれぞれ設定する範囲設定手段と、所定範囲内で項目を目標値に近づけ、かつ、項目の変化速度が所定変化速度範囲内となるように項目の指令値105を設定する指令値設定手段と、指令値に基づいて車両を制御する制御手段とを備え、第二の範囲は、要求値の変化速度に応じて可変に設定される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両制御装置に関し、特に、運転者に加わる加速度が変化する車両運動に係る項目の目標値を設定する目標値設定手段を備える車両制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、走行環境や予め設定された走行条件等に基づいて、運転者に加わる加速度が変化する車両運動に係る項目の目標値を設定し、設定された目標値に基づいて車両を制御する技術が提案されている。例えば、駆動力制御では、同じアクセル開度であっても、走行条件等に応じて加速度の目標値が異なる値に設定されることがある。例えば、特許文献1には、エンジンモードに対応する3種類のモードマップが記憶手段に格納されており、運転者がモード選択スイッチを操作することで、1つのモードマップが選択され、選択されたモードマップに基づきエンジン出力特性が設定される走行制御装置が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2008−120302号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
走行環境や走行条件等に基づく制御では、制御装置によって設定された「運転者に加わる加速度が変化する車両運動に係る項目」の目標値に基づいて車両が制御される場合に、運転者が違和感を覚える場合がある。自らの操作入力に対し、車両による明らかな「介入感」や「操作され感」を運転者が感じた場合、運転する喜びや、爽快感を損ねてしまう虞がある。
【0005】
運転者に違和感を与えることを抑制しつつ、制御装置によって設定された車両運動に係る項目の目標値に実際の車両運動に係る項目を近づけられることが望まれている。
【0006】
本発明の目的は、走行環境あるいは予め設定された走行条件の少なくともいずれか一方に基づいて運転者に加わる加速度が変化する車両運動に係る項目の目標値が設定される場合に、運転者に違和感を与えることを抑制しつつ、設定された車両運動に係る項目の目標値に実際の車両運動に係る項目を近づけることができる車両制御装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の車両制御装置は、走行環境あるいは予め設定された走行条件の少なくともいずれか一方に基づいて、運転者に加わる加速度が変化する車両運動に係る項目の目標値を設定する目標値設定手段と、前記運転者によって入力され、かつ、変化に伴って前記運転者に加わる加速度が変化する車両運動が生じる入力値に基づいて、前記項目に対する前記運転者の要求値を設定する要求値設定手段と、対数値で比較したときの前記要求値との差が予め定められた第一の範囲内となる前記項目の範囲である所定範囲、および、対数値の変化速度で比較したときの前記要求値との差が予め定められた第二の範囲内となる前記項目の変化速度の範囲である所定変化速度範囲をそれぞれ設定する範囲設定手段と、前記所定範囲内で前記項目を前記目標値に近づけ、かつ、前記項目の変化速度が前記所定変化速度範囲内となるように前記項目の指令値を設定する指令値設定手段と、前記指令値に基づいて前記車両を制御する制御手段とを備え、前記第二の範囲は、前記要求値の変化速度に応じて可変に設定されることを特徴とする。
【0008】
本発明の車両制御装置において、前記第一の範囲および前記第二の範囲は、それぞれ前記要求値との差を前記運転者が認識できない範囲として設定されることを特徴とする。
【0009】
本発明の車両制御装置において、前記要求値の変化速度の絶対値が大きい場合には、前記要求値の変化速度の絶対値が小さい場合と比較して、前記第二の範囲が拡大されることを特徴とする。
【0010】
本発明の車両制御装置において、前記項目とは、前記車両の前後方向の加速度であり、前記制御手段は、前記指令値に基づいて前記車両の駆動力を制御することを特徴とする。
【0011】
本発明の車両制御装置において、前記項目とは、前記車両の横方向の加速度あるいは前記車両のヨーレートの少なくともいずれか一方であり、前記制御手段は、前記指令値に基づいて前記車両の舵角を制御することを特徴とする。
【0012】
本発明の車両制御装置において、前記目標値設定手段は、前記目標値の時間的な推移を予め設定するものであり、前記目標値の時間的な推移に対応する目標車速と実際の車速との差分の大きさが、予め定められた所定値を超えた場合、あるいは前記所定値を超えると予測された場合には、前記所定範囲に代えて前記所定範囲よりも広い拡大範囲において前記指令値を設定すること、あるいは、前記所定変化速度範囲に代えて前記所定変化速度範囲よりも広い拡大変化速度範囲の変化速度で前記項目を変化させるように前記指令値を設定することの少なくともいずれか一方を実行することを特徴とする。
【0013】
本発明の車両制御装置において、前記目標値設定手段は、前記目標値の時間的な推移を予め設定するものであり、前記目標値の時間的な推移に対応する前記車両の目標走行位置と実際の走行位置との距離の大きさが予め定められた所定値を超えた場合、あるいは前記所定値を超えると予測された場合には、前記所定範囲に代えて前記所定範囲よりも広い拡大範囲において前記指令値を設定すること、あるいは、前記所定変化速度範囲に代えて前記所定変化速度範囲よりも広い拡大変化速度範囲の変化速度で前記項目を変化させるように前記指令値を設定することの少なくともいずれか一方を実行することを特徴とする。
【0014】
本発明の車両制御装置において、前記拡大範囲において前記指令値が設定される場合の前記拡大範囲、および、前記拡大変化速度範囲の変化速度で前記項目を変化させるように前記指令値が設定される場合の前記拡大変化速度範囲は、前記大きさが前記所定値と比較して大きいほど拡大されることを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明にかかる車両制御装置は、運転者に加わる加速度が変化する車両運動に係る項目の目標値を設定する目標値設定手段と、項目に対する運転者の要求値を設定する要求値設定手段と、対数値で比較したときの要求値との差が予め定められた第一の範囲内となる項目の範囲である所定範囲、および、対数値の変化速度で比較したときの要求値との差が予め定められた第二の範囲内となる項目の変化速度の範囲である所定変化速度範囲をそれぞれ設定する範囲設定手段と、所定範囲内で項目を目標値に近づけ、かつ、項目の変化速度が所定変化速度範囲内となるように項目の指令値を設定する指令値設定手段と、指令値に基づいて車両を制御する制御手段とを備える。
【0016】
第一の範囲および第二の範囲が対数値で設定されていることで、所定範囲および所定変化速度範囲を運転者の感覚量に応じた適切な値に設定し、運転者に違和感を与えることを抑制することが可能となる。
【0017】
また、第二の範囲は、要求値の変化速度に応じて可変に設定される。これにより、項目の時間的な変化の差異に対する運転者の感度に応じて項目の目標値への誘導の度合いを可変とし、運転者に違和感を与えることを抑制しつつ、設定された項目の目標値に実際の項目を近づけることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】図1は、本発明に係る車両制御装置の第1実施形態において、加速度指令値設定手段により設定される加速度の指令値の時間的な推移を示すタイムチャートである。
【図2】図2は、本発明に係る車両制御装置の第1実施形態の概略構成を示すブロック図である。
【図3】図3は、本発明に係る車両制御装置の第1実施形態において目標加速度設定手段により設定される目標加速度の推移の一例を示す図である。
【図4】図4は、本発明に係る車両制御装置の第1実施形態のドライバ操作入力変化量と時系列弁別閾ゲインとの関係の一例を示す図である。
【図5】図5は、本発明に係る車両制御装置の第1実施形態の動作を示すフローチャートである。
【図6】図6は、本発明に係る車両制御装置の第2実施形態において目標加速度設定手段により設定される目標加速度と目標車速の一例を示す図である。
【図7】図7は、本発明に係る車両制御装置の第2実施形態における目標車速と実車速との差と、強制誘導ゲインとの関係の一例を示す図である。
【図8】図8は、本発明にかかる車両制御装置の第3実施形態の概略構成を示すブロック図である。
【図9】図9は、本発明にかかる車両制御装置の第3実施形態において、指令値設定手段により出力舵角δの指令値が設定されるときの横G(横加速度)の時間的な推移の一例を示すタイムチャートである。
【図10】図10は、本発明にかかる車両制御装置の第3実施形態の動作を示すフローチャートである。
【図11】図11は、本発明にかかる車両制御装置の第3実施形態の変形例における目標走行位置と実走行位置との距離と、強制誘導ゲインとの関係の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下に、本発明にかかる車両制御装置の一実施形態につき図面を参照しつつ詳細に説明する。なお、この実施形態によりこの発明が限定されるものではない。また、下記の実施形態における構成要素には、当業者が容易に想定できるものあるいは実質的に同一のものが含まれる。
【0020】
(第1実施形態)
図1から図5を参照して、第1実施形態について説明する。本実施形態は、運転者に加わる加速度が変化する車両運動に係る項目の目標値を設定する目標値設定手段を備える車両制御装置に関する。
【0021】
将来予測される情報を用いて力学的・数学的に最適な解である目標軌跡(加速度、車速、ヨーレート等)を生成し、自動で車両を最適に(例えば、燃費良く)動作させるための制御システムがこれまでに提案されている。しかし、それらの制御システムは、将来予測される情報が限りなく正確で、かつ、十分であることが前提とされており、手動運転が主体の現在の交通状況を考慮すると、その適用はいまだ困難であるといえる。
【0022】
この問題に対して、運転者と車両の協調制御(運転者に主導権はあるが、可能な範囲で車両が目標に近づける制御)が考えられるが、その際に問題となるのは、「運転者の違和感」である。自らの操作入力(アクセル操作、ブレーキ操作等)に対し、車両による明らかな介入感や、操作され感を運転者が感じてしまうと、運転する喜びや爽快感を損ねる虞がある。
【0023】
本実施形態では、運転者による車両前後方向の加速度コントロールに注目し、運転者の「対加速度」感覚特性に関する知見を用いた「運転者の入力と車両側の要求(あるべき目標軌跡)との調停」がなされる。これにより、違和感なく、あたかも自分が運転しているような感覚で、目標軌跡へ誘導することが可能となる。
【0024】
人間の感覚特性に関する精神物理学の知見として、「感覚量Eは、刺激Rの対数に比例する」というウェーバーフェヒナー則が知られている。ウェーバーフェヒナー則は、下記式(1)で示される。
E[dB] = K × log(R) (1)
ここで、Kは、予め定められた定数である。
【0025】
本実施形態では、以下に説明するように、ウェーバーフェヒナー則に基づいて、運転者の要求加速度と、駆動力制御装置により設定された加速度の目標値とが調停され、加速度の指令値が設定される。感覚量Eには、現在の刺激(加速度)に対して、刺激の変化に気付くか気付かないかの境の刺激変化量dE[dB]である弁別閾が存在する。運転者の要求加速度に対して、これ以上の加速度変化を与えた場合、運転者は、加速度が変化されたことに気付く。例えば、加速状態であれば、アクセルペダルの踏込み位置を見失い、違和感を覚えることになる。本実施形態では、運転者の要求加速度を基準に、加速度の絶対値増側および減側にそれぞれ弁別閾が設定される。なお、車両の駆動力制御では、運転者に加わる加速度は、車両の加速度と同一(実質的に同一)であり、車両の加速度を変化させると、運転者に加わる加速度は、車両の加速度と同様に変化する。言い換えると、運転者に加わる加速度に代えて、車両の加速度を刺激Rとして運転者の感覚量Eを算出することができる。
【0026】
また、車両運動においては、運転者は加速度の時間的変化(ジャーク)を感じるとされているため、弁別閾の時間的微分項(時系列弁別閾)を考慮する必要がある。本実施形態では、刺激の時系列変化に気付く閾dE/dt[dB/s]が設けられる。運転者の要求ジャークに対して、これ以上のジャーク変化を与えると、運転者はジャーク変化を感じる。時系列弁別閾には、ドライバの要求ジャークを基準に、絶対値増側(後述するジャーク補正量上限値)、減側(後述するジャーク補正量下限値)の2値が設けられる。
【0027】
本実施形態では、加速度の変化に気付く弁別閾、およびジャークの変化に気付く時系列弁別閾に基づいて、加速度(駆動力)および加速度の変化速度(加加速度)にそれぞれガード値が設定される。これにより、運転者に違和感を与えることを抑制しつつ、制御装置によって設定された加速度の目標値に実際の加速度を近づけることが可能となる。
【0028】
さらに、本実施形態では、要求加速度の変化速度に応じて、加加速度のガード値が可変に設定される。運転者が加速度の大きな変化を望んでいる場合には、そうでない場合と比較して、加速度の変化速度を高めても、運転者に違和感を与えにくい。このため、本実施形態では、アクセルペダルやブレーキペダルに対する運転者の操作量が短時間で大きく変化する場合、すなわち、運転者が大きな加速度の変化を望んでいる場合には、加加速度のガード値が緩められる。これにより、運転者に違和感を与えることを抑制しつつ、駆動力制御装置により設定された加速度の目標値と実際の加速度との乖離を低減することができる。
【0029】
図2は、本実施形態の車両制御装置の概略構成を示すブロック図である。
【0030】
図2において、符号1は、車両を示す。車両1には、車両1の駆動源としてのエンジン2が搭載されている。エンジン2は、燃料の燃焼エネルギーを回転運動に変換して出力する公知の内燃機関である。エンジン2の出力は、自動変速機6および図示しない駆動軸を介して駆動輪に伝達される。
【0031】
符号10は、ECU(制御手段)を示す。ECU10は、周知のマイクロコンピュータによって構成されており、メモリ11、CPU12、要求加速度設定手段(要求値設定手段)13、目標加速度設定手段(目標値設定手段)14、および加速度指令値設定手段(指令値設定手段)15を備える。
【0032】
ECU10の図示しない入力ポートには、アクセルペダル入力量センサ3、ブレーキペダル入力量センサ4、および車速センサ5が接続されており、各センサ3,4,5の検出結果を示す信号が、ECU10に入力される。
【0033】
アクセルペダル入力量センサ3は、図示しないアクセルペダルに対する運転者の入力量を検出するものである。具体的には、アクセルペダル入力量センサ3は、アクセル開度(アクセル踏み込み量)を検出する。アクセルペダルに対する運転者の入力量(入力値)が変化すると、その変化に伴って運転者に加わる加速度が変化する車両運動(前後方向の運動)が生じる。なお、走行環境(例えば、道路勾配)等によっては、アクセルペダルに対する入力量が変化したとしても、運転者に加わる加速度が変化しない場合もある。ブレーキペダル入力量センサ4は、図示しないブレーキペダルに対する運転者の入力量を検出するものである。本実施形態では、ブレーキペダル入力量センサ4は、ブレーキペダルに作用する踏力を検出する。ブレーキペダルには、ブレーキペダルに加えられた操作力を、ブレーキ液(作動流体)の圧力(以下、単に「液圧」と記す)に変換するマスタシリンダが接続されており、ブレーキペダル入力量センサ4は、マスタシリンダの液圧であるマスタシリンダ圧を検出する。ブレーキペダルに対する運転者の入力量(入力値)が変化すると、その変化に伴って運転者に加わる加速度が変化する車両運動(前後方向の運動)が生じる。なお、アクセルペダルの場合と同様に、走行環境等によっては、ブレーキペダルに対する入力量が変化したとしても、運転者に加わる加速度が変化しない場合もある。車速センサ5は、車両の走行速度を検出する。
【0034】
ECU10は、加速度指令値設定手段15により設定された加速度の指令値に基づいて、車両の駆動力を制御する。具体的には、ECU10は、エンジン2、自動変速機6、およびブレーキ装置7と接続されており、実際の加速度が加速度の指令値となるように、エンジン2、自動変速機6、およびブレーキ装置7をそれぞれ制御する。ECU10は、加速度の指令値に応じて、予め定められたマップを参照してエンジン2、自動変速機6、およびブレーキ装置7に対して指令値を出力する。
【0035】
車両1は、バイワイヤ・アクチュエータを備えており、アクセルバイワイヤおよびブレーキバイワイヤによる車両制御が可能である。ECU10は、エンジン2の図示しないスロットルバルブを制御するスロットル制御用アクチュエータと電気的に接続されており、アクセル開度にかかわらずスロットルバルブの開度を任意に制御することができる。ECU10は、加速度指令値設定手段15により設定された加速度の指令値からエンジン出力トルクの指令値を設定し、エンジン2において指令された出力トルクが実現されるように、スロットル制御用アクチュエータを制御する。
【0036】
また、ECU10は、ブレーキ装置7に供給されるブレーキ油圧を制御する図示しないブレーキアクチュエータと電気的に接続されており、マスタシリンダ圧にかかわらずブレーキ油圧を制御することができる。ECU10は、加速度指令値設定手段15により設定された加速度(減速度)の指令値から目標ブレーキ油圧を設定し、その目標ブレーキ油圧が実現されるようにブレーキアクチュエータを制御する。
【0037】
自動変速機6は、ECU10と電気的に接続されており、ECU10により制御される。ECU10は、加速度指令値設定手段15により設定された加速度の指令値から自動変速機6の目標変速比あるいは目標変速段を設定し、その目標変速比あるいは目標変速段を自動変速機6に出力する。自動変速機6は、ECU10により出力された目標変速比あるいは目標変速段を実現するように変速を実行する。
【0038】
要求加速度設定手段13は、運転者が現在要求している加速度である要求加速度を設定するものである。要求加速度設定手段13は、アクセルペダル入力量センサ3により検出されたアクセル開度と、ブレーキペダル入力量センサ4により検出されたマスタシリンダ圧と、車速センサ5により検出された車速とに基づいて、要求加速度を算出する。例えば、要求加速度設定手段13は、アクセル開度と車速とに基づいて、運転者の要求する加速度(プラス側の加速度)を算出する。また、要求加速度設定手段13は、マスタシリンダ圧に基づいて運転者の要求する減速度(マイナス側の加速度)を算出する。
【0039】
目標加速度設定手段14は、加速度の目標値を設定するものである。目標加速度設定手段14は、与えられた目標タスク(走行条件)に基づいて、最適と評価される結果を導き出すロジック演算が可能に構成されている。目標加速度設定手段14は、そのロジック演算によって目標加速度(目標駆動力)を設定する。
【0040】
図3は、目標加速度設定手段14により設定される目標加速度(目標駆動力)の推移の一例を示す図である。本実施形態の目標加速度設定手段14は、ゴール地点と、そのゴール地点への到着時刻Tが設定された場合に、予め設定されたロジック演算により、その条件を満たす範囲で、最も燃費が良いと評価された加速度パターンを算出する。目標加速度設定手段14は、算出された加速度パターンに基づいて、目標加速度の推移(目標軌跡)を設定する。
【0041】
加速度指令値設定手段15は、ウェーバーフェヒナー則に基づいて、要求加速度と目標加速度とを調停し、加速度の指令値を設定する。加速度指令値設定手段15は、ウェーバーフェヒナー則に基づいて算出される加速度(駆動力)および加速度の時間的変化(加加速度)に対応する感覚量について、運転者が刺激の変化に気付くか気付かないかの境の変化量(感覚量の弁別閾)を設定する。設定された弁別閾に基づいて加速度および加加速度のそれぞれに関してガード値が設定される。加速度指令値設定手段15は、そのガード値で加速度および加速度の時間的変化のガード処理を行いつつ、実際の加速度を目標加速度に近づけるように加速度の指令値を設定する。
【0042】
図1は、加速度指令値設定手段15により設定される加速度の指令値の時間的な推移を示すタイムチャートである。
【0043】
図1において、符号101は、目標加速度設定手段14により設定された目標加速度を示す。符号102は、要求加速度設定手段13により設定された要求加速度を示す。符号103は、プラス側ガード値、符号104は、マイナス側ガード値をそれぞれ示す。プラス側ガード値103およびマイナス側ガード値104は、加速度指令値設定手段15により設定される。また、符号105は、加速度指令値設定手段15が調停の結果設定した加速度の指令値を示す。
【0044】
プラス側ガード値103は、要求加速度102よりも加速度のプラス側において、運転者が、その加速度に対応する感覚量と、要求加速度102に対応する感覚量との違い(変化)に気付くか気付かないかの境(プラス側の弁別閾)の加速度として設定されたガード値である。プラス側ガード値103は、例えば、以下のように設定される。
【0045】
現在の要求加速度(102)をR、要求加速度Rに対応する感覚量をXとすると、以下に[数1]で示すように、感覚量Xは、要求加速度Rの対数で表現される。また、[数1]から、下記[数2]が導かれる。
【数1】



【数2】



【0046】
ここで、感覚量Xには、プラス側およびマイナス側のそれぞれに、運転者がその感覚量Xの違いを認識(知覚)できない範囲(以下、「知覚不能範囲」と記述する)が存在する。知覚不能範囲(第一の範囲)は、例えば、実験による適合結果に基づいて定められる。知覚不能範囲の最大値(プラス側の弁別閾)が+3.5dBであるとすると、プラス側弁別閾における感覚量(左辺)とプラス側ガード値R’(103)との関係は、下記[数3]で表される。また、[数3]から[数4]が導かれる。
【数3】



【数4】



【0047】
[数3]と[数4]から下記[数5]が求められる。
【数5】



プラス側ガード値R’(103)は、上記[数5]から導かれる下記[数6]により求めることができる。すなわち、知覚不能範囲の最大値が+3.5dBである場合、プラス側ガード値R’(103)は、要求加速度Rの約1.49倍の値に設定される。
【数6】



【0048】
同様にして、知覚不能範囲の最小値(マイナス側の弁別閾)に基づいて、マイナス側ガード値104を求めることができる。つまり、加速度指令値設定手段15は、対数値で比較したときの要求加速度102との差が予め定められた知覚不能範囲内となる加速度の範囲である所定加速度範囲(所定範囲、図1の符号A参照)を設定する範囲設定手段として機能する。
【0049】
次に、加加速度のガード値であるジャークガード値について説明する。車両運動においては、加速度の時間的変化(ジャーク)を考慮する必要がある。このため、運転者が刺激(加加速度)の時系列変化に気付くか気付かないかの境となる感覚量の時間的変化dX/dt[dB/s]の閾を考慮する。加速度指令値設定手段15は、加速度を増加させていく場合の加加速度のガード値であるプラス側ジャークガード値と、加速度を減少させていく場合の加加速度のガード値であるマイナス側ジャークガード値をそれぞれ設定する。プラス側ジャークガード値は、例えば、以下に説明するように求められる。
【0050】
感覚量の時間的変化dX/dtには、運転者がその違いに気付かない知覚不能範囲が存在する。つまり、要求加速度に対応する感覚量Xの時間的変化dX/dtに対して、知覚不能範囲内で時間的変化を増減させたとしても、運転者がその増減に気付かない。感覚量の時間的変化における知覚不能範囲は、感覚量の知覚不能範囲と同様に、実験の結果等に基づいて定められる。この知覚不能範囲の最大値(プラス側時系列弁別閾)が、+3.5[dB/s]であるとした場合、感覚量X[dB]が、1秒後に(X+3.5)[dB]になるようなジャークの上乗せをしても、運転者はそのジャークの上乗せを認識できない。プラス側時系列弁別閾のジャーク換算値であるジャーク補正量上限値J1[m/s]は、上記[数6]を利用して、下記[数7]から求められる。すなわち、プラス側時系列弁別閾が+3.5[dB/s]である場合、ジャーク補正量上限値J1は、1秒当たりに加速度を要求加速度Rの約0.49倍増加させる値に設定される。
【数7】



【0051】
同様にして、感覚量の時間的変化における知覚不能範囲の最小値(マイナス側時系列弁別閾)に基づいて、マイナス側時系列弁別閾のジャーク換算値であるジャーク補正量下限値J2を求めることができる。ジャーク補正量上限値J1およびジャーク補正量下限値J2は、加速度指令値設定手段15により設定される。つまり、加速度指令値設定手段15は、対数値の変化速度で比較したときの要求加速度102との差が、予め定められた時間的変化における知覚不能範囲(第二の範囲)内となる加速度の変化速度の範囲である所定変化速度範囲を設定する範囲設定手段として機能する。
【0052】
次に、本実施形態の駆動力制御がなされる場合の加速度の推移について、図1を参照して説明する。
【0053】
本実施形態では、加速度の指令値105に対して、プラス側ガード値103およびマイナス側ガード値104によるガード処理がなされる。ガード処理により、加速度の指令値105がプラス側ガード値103よりも大きな加速度に設定されること、および、加速度の指令値105がマイナス側ガード値104よりも小さな加速度に設定されることが規制される。言い換えると、加速度の指令値105は、上限値をプラス側ガード値103とし、下限値をマイナス側ガード値104とする範囲A内の値に設定される。
【0054】
また、加速度の指令値105の時間的な変化である加加速度にも制限が設けられている。加速度指令値設定手段15は、現在の加速度の指令値105が、目標加速度101よりも小さな値である場合、符号105aに示すように、目標加速度101へ近づけるように加速度の指令値105を増加させていく。このように加速度の指令値105を増加させていく場合の加加速度の上限値は、要求加速度102の時間的変化(加加速度)にジャーク補正量上限値J1を加算した値(プラス側ジャークガード値)に制限されている。言い換えると、加速度の指令値105の傾きαは、要求加速度102の加加速度にジャーク補正量上限値J1を加算した値に相当する傾きに制限されている。
【0055】
例えば、符号102aに示すように要求加速度102の時間的な変化が0である(要求加速度102が一定値で推移する)場合の加速度の指令値105aの傾きαは、ジャーク補正量上限値J1に相当する傾きとなる。つまり、要求加速度102が一定値で推移する間に、プラス側ガード値103に向けて加速度の指令値105が増加される場合には、加速度の指令値105は、ジャーク補正量上限値J1に相当する傾きで増加されていく。これにより、運転者が要求するジャークと実際のジャークとの差を運転者に感じさせることなく、目標加速度101に近い軌跡へ導くように車両を加速させることが可能となる。
【0056】
加速度指令値設定手段15は、符号105cに示すように、加速度の指令値105がプラス側ガード値103に達した場合には、プラス側ガード値103で加速度の指令値105をガードする。
【0057】
一方、符号105bに示すように、現在の加速度の指令値105が目標加速度101よりも大きな値である場合、加速度指令値設定手段15は、目標加速度101に近づけるように加速度の指令値105を減少させていく。このように加速度の指令値105を減少させていく場合の加加速度の下限値、すなわち、マイナス側ジャークガード値は、要求加速度102の加加速度にジャーク補正量下限値J2(負の値)を加算した値に制限されている。言い換えると、加速度の指令値105の傾きβは、要求加速度102の加加速度にジャーク補正量下限値J2を加算した値に相当する傾きに制限されている。例えば、符号102bに示すように要求加速度102の時間的な変化が0である場合の加速度の指令値105bの傾きβは、ジャーク補正量下限値J2に相当する傾きとなる。つまり、ジャーク補正量下限値J2に相当する傾きで、加速度の指令値105が減少していく。
【0058】
加速度指令値設定手段15は、符号105dに示すように、加速度の指令値105がマイナス側ガード値104に達した場合には、マイナス側ガード値104で加速度の指令値105をガードする。
【0059】
以上のように、加速度の指令値105が、プラス側ガード値103およびマイナス側ガード値104でそれぞれガードされ、かつ、加速度の指令値105の加加速度がプラス側ジャークガード値およびマイナス側ジャークガード値でそれぞれガードされることで、運転者に違和感を与えることを抑制しつつ、車両側で設定した目標加速度に実際の加速度を近づけることができる。言い換えると、目標加速度設定手段14により設定された目標軌跡へ違和感なく(あたかも運転者が望んだ軌跡で走行しているかのように)誘導することが可能となる。
【0060】
また、本実施形態では、ジャーク補正量上限値J1、およびジャーク補正量下限値J2は、要求加速度の時間的な変化に応じて可変に設定される。以下に図4を参照して説明するように、要求加速度の時間的な変化に応じて、ジャーク補正量J1,J2に対するゲインが調節される。要求加速度の時間的な変化が大きい場合、運転者がジャークに対して鈍感となる。つまり、運転者は加速度の大きな変化を望んでおり、運転者の操作量に対応する加速度の時間的な変化(要求量)と、実際の加速度の時間的な変化とにある程度の差があったとしても、運転者がその差に気付きにくく、目標加速度に対してより積極的な誘導勾配で誘導されても違和感を覚えにくいと考えられる。そこで、本実施形態では、要求加速度の時間的な変化が大きい場合には、要求加速度の時間的な変化が小さい場合と比較して、ジャーク補正量上限値J1、ジャーク補正量下限値J2に対するゲインが大きな値として設定される。言い換えると、加速度の時間的変化の知覚不能範囲(第二の範囲)が拡大される。
【0061】
図4は、ドライバ操作入力変化量と時系列弁別閾ゲインとの関係の一例を示す図である。ここで、ドライバ操作入力変化量とは、要求加速度の時間的な変化(ジャーク)の大きさ(絶対値)であり、アクセルペダル入力量センサ3およびブレーキペダル入力量センサ4の検出結果に基づいて算出される。このドライバ操作入力変化量が大きいことは、運転者がアクセルペダルあるいはブレーキペダルの一定の操作量(踏み込み量や踏力)をより短い間に行っていることを意味しており、大きな変化速度で加速度を変化させたいという運転者の要求を示す。
【0062】
時系列弁別閾は、上述したように、運転者がジャークの増減に気付かない知覚不能範囲の上限値または下限値を示す。時系列弁別閾ゲインは、時系列弁別閾を可変に設定するためのゲインであり、予め定められた時系列弁別閾の基準値(プラス側時系列弁別閾基準値、あるいはマイナス側時系列弁別閾基準値)に時系列弁別閾ゲインを乗じた値が時系列弁別閾として設定される。時系列弁別閾が可変に設定されることに応じて、ジャーク補正量上限値J1およびジャーク補正量下限値J2がそれぞれ可変となる。時系列弁別閾は、下記式(2)により求められる。
【0063】
時系列弁別閾値 = 時系列弁別閾基準値 × 時系列弁別閾ゲイン (2)
【0064】
図4に示すように、ドライバ操作入力変化量が大きい場合には、ドライバ操作入力変化量が小さい場合と比較して、時系列弁別閾ゲインが大きな値として設定される。まず、ドライバ操作入力変化量が最も小さい領域R1では、矢印Y1に示すように、時系列弁別閾ゲインが1もしくは1の近傍の値に設定される。すなわち、時系列弁別閾基準値もしくは時系列弁別閾基準値の近傍の値が時系列弁別閾値として設定される。時系列弁別閾基準値は、定常状態等の運転者が加速度の変化を要求していない、または小さな加速度の変化を要求している状態であってもジャークの違いに運転者が気付かない値に設定されている。これにより、運転者に違和感を与えることなく、車両側で設定された目標加速度の軌跡に誘導することができる。
【0065】
また、ドライバ操作入力量がやや大きい領域R2(小加加減速状態)では、矢印Y2に示すように、ドライバ操作入力変化量の増加に伴い、少しずつ時系列弁別閾ゲインを増加させていく。小加加減速状態とは、アクセルペダルやブレーキペダルをじわじわ踏込んでいる状態を示す。このように、要求加速度102の時間的変化が弱ジャーク値である場合には、定常状態と比較して時系列弁別閾ゲインが大きな値に設定される。ドライバ操作入力変化量の増加に応じて時系列弁別閾ゲインを増加させることで、運転者にジャークの差(要求加速度102のジャークと加速度の指令値105のジャークとの差)が気付かれることを抑制しつつ、車両側で設定された目標加速度101の軌跡に誘導することができる。また、小加加減速状態の時系列弁別閾ゲインは、運転者がジャークの差に万一気付いたとしても、その差が大きなものではなく、スムースに感じるレベルで目標加速度101の軌跡に誘導することができるように設定されている。
【0066】
ドライバ操作入力量が最も大きい(ジャークの要求が更に大きい)大加加減速状態の領域R3では、矢印Y3に示すように、定常状態(Y1)や小加加減速状態(Y2)と比較して時系列弁別閾ゲインが大きな値に設定される。また、大加加減速状態では、定常状態(Y1)や小加加減速状態(Y2)と比較して、ドライバ操作入力変化量の増加に対して大きな傾きで時系列弁別閾ゲインが増加される。これは、大加加減速状態では、運転者がジャークの変化に気付くことは稀だからである。これにより、大加加減速状態では、目標加速度101に向けて、かなりの大きなジャーク(勾配)で加速度の指令値105を誘導させる。なお、時系列弁別閾ゲインには、所定の上限値が設定されている。
【0067】
以上説明したように、ジャークの変化に対する運転者の気付きやすさを考慮し、ドライバ操作入力変化量に応じて時系列弁別閾値を可変に設定することで、運転者に違和感を与えることを抑制しつつ、制御装置によって設定された加速度の目標値101に実際の加速度(加速度の指令値105)を近づける調停結果が得られる。例えば、本実施形態のように燃費が最も良いと評価される加速度パターンが目標加速度101として設定される場合、運転者に違和感を与えることの抑制と、燃費の向上を最大限に両立させつつ設定されたゴール地点に到着させる走行制御が可能となる。
【0068】
次に、図5を参照して本実施形態の動作について説明する。図5は、本実施形態の動作を示すフローチャートである。本制御フローは、ゴール地点と、そのゴール地点への到着目標時刻Tとに基づいて、ゴール地点までの燃費が最適となるように走行する制御モードが設定されている場合に、予め定められた制御周期time[s]ごとに実行される。
【0069】
まず、ステップS10では、ECU10により、調停結果加速度の前回値outAcc_lastが、目標加速度targetAccよりも小であるか否かが判定される。ここで、調停結果加速度の前回値outAcc_lastは、本制御フローが前回実行されたときに加速度の指令値105として設定された値である。また、目標加速度targetAccは、目標加速度設定手段14により設定された現在時刻あるいは現在位置における目標加速度101を示す。本ステップでは、目標加速度targetAccが、調停結果加速度の前回値outAcc_lastよりも加速側あるいは減速側のいずれの領域にあるかが判定される。
【0070】
目標加速度targetAccが、調停結果加速度の前回値outAcc_lastよりも加速側の領域にある場合(ステップS10−Y)には、加速度の指令値105が目標加速度targetAccに近づくように加速側の値に補正される(ステップS20からS40)。一方、目標加速度targetAccが、調停結果加速度の前回値outAcc_lastよりも加速側の領域にない場合(ステップS10−N)には、加速度の指令値105が目標加速度targetAccに近づくように減速側の値に補正される(ステップS50からS70)。ステップS10の判定の結果、調停結果加速度の前回値outAcc_lastが、目標加速度targetAccよりも小である場合(ステップS10−Y)にはステップS20に進み、そうでない場合(ステップS10−N)にはステップS50に進む。
【0071】
ステップS20では、ECU10により、調停結果加速度の前回値outAcc_lastに対して制御周期timeに基づいた加速度の加算がなされ、加算された後の調停結果加速度outAccが、目標加速度targetAccを超えるか否かが判定される。より具体的には、ECU10の加速度指令値設定手段15は、調停結果加速度の前回値outAcc_lastに対して、ドライバ要求ジャークdriverReq_Jとジャーク補正量上限値p_dB/sの和に制御周期timeを乗じた値を加算した値(調停結果加速度outAcc)を算出する。ここで、ドライバ要求ジャークdriverReq_Jは、要求加速度設定手段13により算出されるものであり、要求加速度102の時間的な変化を示す。また、ジャーク補正量上限値p_dB/sは、プラス側時系列弁別閾基準値と時系列弁別閾ゲインとの積として算出される。次に、加速度指令値設定手段15により算出された値が、目標加速度targetAccよりも大であるか否かが判定される。その判定の結果、肯定判定がなされた場合(ステップS20−Y)にはステップS30に進み、そうでない場合(ステップS20−N)にはステップS40に進む。
【0072】
ステップS30では、加速度指令値設定手段15により、目標加速度targetAccが調停結果加速度outAccとして設定される。ステップS30が実行されると、ステップS80に進む。
【0073】
ステップS40では、加速度指令値設定手段15により、調停結果加速度outAccが設定される。加速度指令値設定手段15は、調停結果加速度の前回値outAcc_lastに対して、ドライバ要求ジャークdriverReq_Jとジャーク補正量上限値p_dB/sの和に制御周期timeを乗じた値が加算されたものを調停結果加速度outAccとして設定する。ステップS40が実行されると、ステップS80に進む。
【0074】
ステップS10で否定判定がなされてステップS50に進むと、ステップS50では、ECU10により、調停結果加速度の前回値outAcc_lastに対して制御周期timeに基づいた加速度の減算がなされ、減算された後の調停結果加速度outAccが、目標加速度targetAccを下回るか否かが判定される。より具体的には、ECU10の加速度指令値設定手段15は、調停結果加速度の前回値outAcc_lastに対して、ドライバ要求ジャークdriverReq_Jとジャーク補正量下限値m_dB/sの和に制御周期timeを乗じた値を加算した値(調停結果加速度outAcc)を算出する。次に、加速度指令値設定手段15により算出された値が、目標加速度targetAccよりも小であるか否かが判定される。その判定の結果、肯定判定がなされた場合(ステップS50−Y)にはステップS60に進み、そうでない場合(ステップS50−N)にはステップS70に進む。
【0075】
ステップS60では、加速度指令値設定手段15により、目標加速度targetAccが調停結果加速度outAccとして設定される。ステップS60が実行されると、ステップS80に進む。
【0076】
ステップS70では、加速度指令値設定手段15により、調停結果加速度outAccが設定される。加速度指令値設定手段15は、調停結果加速度の前回値outAcc_lastに対して、ドライバ要求ジャークdriverReq_Jとジャーク補正量下限値m_dB/sの和に制御周期timeを乗じた値が加算されたものを調停結果加速度outAccとして設定する。ステップS70が実行されると、ステップS80に進む。
【0077】
ステップS80では、加速度指令値設定手段15により、調停結果加速度outAccのガード処理がなされる。加速度指令値設定手段15は、上限値をプラス側ガード値p_dBとし、下限値をマイナス側ガード値m_dBとする加速度の範囲で調停結果加速度outAccをガード処理した値を調停結果加速度outAccとして出力する。このガード処理では、調停結果加速度outAccがプラス側ガード値p_dBよりも大きい場合には、プラス側ガード値p_dBが調停結果加速度outAccとして設定される。一方、調停結果加速度outAccがマイナス側ガード値m_dBよりも小さい場合には、マイナス側ガード値m_dBが調停結果加速度outAccとして設定される。ECU10は、設定された調停結果加速度outAccに基づいて、車両の駆動力制御を実行する。ステップS80が実行されると、本制御フローはリターンされる。
【0078】
本実施形態の駆動力制御によれば、従来の駆動力制御のようにアクセル開度と目標加速度とが1対1に対応するマップによる加速度制御とは異なり、要求加速度の変化速度に応じたリアルタイムの演算により加速度の指令値が設定される。このため、制御の自由度が高く、運転者の要求を最大限かなえつつ、運転者が違和感を感じない最大限の範囲で、あるべき軌跡に誘導することが可能となる。
【0079】
なお、本実施形態を含む各実施形態では、「運転者に加わる加速度が変化する車両運動に係る項目」が車両の前後方向の加速度であり、加速度の指令値に基づいて車両の駆動力が制御される場合について説明するが、「運転者に加わる加速度」や「加速度が変化する車両運動に係る項目」、「その項目に基づく車両制御」はこれには限定されない。例えば、運転者に加わる加速度を横方向や上下方向の加速度とし、その加速度が変化する車両運動に係る項目に基づいてなされる車両制御に本実施形態の車両制御装置が適用されてもよい。一例としては、運転者に加わる横方向の加速度が変化する車両運動に係る項目に基づく制御として、ヨー制御(旋回制御)が挙げられる。ヨー制御の場合、横方向の加速度が変化する車両運動に係る項目(例えば、ヨーレート)に対する運転者の要求値は、ステアリング角等に基づいて設定される。
【0080】
(第2実施形態)
図6および図7を参照して第2実施形態について説明する。第2実施形態については、上記第1実施形態と異なる点についてのみ説明する。
【0081】
本実施形態の駆動力制御が、上記第1実施形態の駆動力制御と異なる点は、目標車速と実車速との間の差に応じて、加速度の調停において車両側の目標加速度101の優先度を異ならせる点である。また、上記第1実施形態では、ジャークに対応する時系列弁別閾値が可変とされたが、本実施形態では、これに加えて、加速度に対応する弁別閾値も可変とされる。目標車速と実車速との差が大きい場合には、ジャーク補正量上限値p_dB/s、ジャーク補正量下限値m_dB/sのみならず、ガード値p_dB,m_dBも緩められる。これにより、予め設定された目標(例えば、ゴール地点への到着時刻)を大きく外すことが抑制される。
【0082】
図6は、目標加速度設定手段14により設定される目標加速度と目標車速の一例を示す図である。図6において、(a)は加速度、(b)は車速を示す。
【0083】
符号111は、目標加速度設定手段14により設定された目標加速度、符号112は、運転者の要求加速度を示す。また、符号113は、目標加速度設定手段14により設定された目標車速を示す。符号114は、実車速を示す。本実施形態の目標加速度設定手段14は、目標車速113を設定し、目標車速113を実現するように目標加速度111の加速度パターンを設定する。なお、実車速114は、目標車速113と実車速114との間に大きな差が生じたとしても、その差が考慮されずに、目標加速度111と要求加速度112とを調停して加速度の指令値が設定された場合の車速である。
【0084】
要求加速度112に示すように、運転者が目標加速度111と異なる加速度を要求し続けた場合、「加速度差の積分値」である「目標車速113と実車速114との差」Δvが生じる。その結果、目標軌跡生成の条件である「ゴール地点への到着時刻」を満たせなくなる可能性がある。この問題を抑制するため、目標車速113と実車速114との差がある程度生じた場合、違和感の抑制を優先した誘導から、目標加速度111への追従を優先した誘導へ移行させる。
【0085】
具体的には、弁別閾値および時系列弁別閾値のそれぞれに対して、以下に図7を参照して説明する強制誘導ゲインが設定されている。弁別閾値および時系列弁別閾値は、それぞれ下記式(3)および式(4)により算出される。なお、弁別閾基準値は、運転者が要求加速度との差に気付くか気付かないかの境となる感覚量の変化であり、例えば、上記第1実施形態の弁別閾と同様に設定されることができる。また、時系列弁別閾基準値は、運転者が、要求するジャークとの差に気付くか気付かないかの境となる感覚量の変化速度の閾値である。時系列弁別閾基準値は、一定の値(例えば、上記第1実施形態の時系列弁別閾基準値)であってもよく、可変に設定された値(例えば、上記第1実施形態で時系列弁別閾ゲインが反映された時系列弁別閾値)であってもよい。
【0086】
弁別閾値 = 弁別閾基準値 × 強制誘導ゲイン (3)
【0087】
時系列弁別閾値 = 時系列弁別閾基準値 × 強制誘導ゲイン (4)
【0088】
図7は、目標車速と実車速との差と、強制誘導ゲインとの関係の一例を示す図である。図7において、横軸は目標車速と実車速との差分の絶対値(以下、単に「車速差」と記述する)、縦軸は強制誘導ゲインを示す。
【0089】
図7に示すように、車速差が大きい領域では、車速差が小さい領域と比較して、強制誘導ゲインが大きな値として設定されている。まず、車速差が最も小さい領域R4では、矢印Y4に示すように、強制誘導ゲインが1もしくは1の近傍に設定される。これにより、車速差が小さい場合には、弁別閾値が、弁別閾基準値そのもの、もしくは弁別閾基準値の近傍の値に設定され、時系列弁別閾値が、時系列弁別閾基準値そのもの、もしくは時系列弁別閾基準値の近傍の値に設定される。つまり、車速差が小さい場合には、運転者に違和感を与えることの抑制が優先されて目標加速度への誘導がなされる。
【0090】
車速差がやや大きい領域R5では、矢印Y5に示すように、車速差の増加に伴い、少しずつ強制誘導ゲインを増加させていく。車速差が小さい領域R4と車速差がやや大きい領域R5との境界は、予め定められた所定値であり、車速差がこの所定値を超えると、強制誘導ゲインが1よりも増加する。これにより、プラス側ガード値p_dB、およびマイナス側ガード値m_dBは、運転者が要求加速度との違いに気付くか気付かないかの境の加速度よりも加速側および減速側にそれぞれ緩められる。つまり、加速時における加速度の指令値は、運転者が要求加速度との違いに気付かない上限値よりも大きな値に設定されるようになり、減速時における加速度の指令値は、運転者が要求加速度との違いに気付かない下限値よりも小さな値に設定されるようになる。言い換えると、車速差が上記所定値を超えると、上記第1実施形態の所定加速度範囲に代えて、所定加速度範囲よりも広い拡大加速度範囲(拡大範囲)において加速度の指令値が設定される。また、拡大加速度範囲は、車速差が大きいほど拡大される。
【0091】
また、ジャーク補正量上限値p_dB/s、およびジャーク補正量下限値m_dB/sは、運転者がドライバ要求ジャークとの違いに気付くか気付かないかの境のジャーク補正量よりも加速側および減速側にそれぞれ緩められる。つまり、加速時におけるジャークは、運転者がドライバ要求ジャークとの違いに気付かない上限値よりも大きな値に設定され、減速時におけるジャークは、運転者がドライバ要求ジャークとの違いに気付かない下限値よりも小さな値に設定されるようになる。言い換えると、車速差が上記所定値を超えると、上記第1実施形態の所定変化速度範囲に代えて、所定変化速度範囲よりも広い拡大変化速度範囲の変化速度で加速度を変化させるように加速度の指令値が設定される。また、拡大変化速度範囲は、車速差が大きいほど、拡大される。
【0092】
このように、加速度およびジャークが、運転者に気付かれない範囲(知覚不能範囲)を超えることが許容され、知覚不能範囲を超えた加速度およびジャークで加速度の指令値が設定されることで、目標車速113から実車速114が大きく乖離してしまうことが抑制される。その結果、予め設定された目標(ゴール地点への到着時刻)を大きく外すことが抑制される。また、加速度およびジャークが、運転者に気付かれない範囲を超えるものの、超える程度は比較的小さいため、運転者に与える違和感は大きなものではない。
【0093】
車速差が最も大きい領域R6では、矢印Y6に示すように、他の領域R4,R5と比較して、強制誘導ゲインが大きな値に設定される。これにより、他の領域R4,R5と比較して、更に目標加速度targetAccへの追従が優先される。また、車速差が最も大きい領域R6では、他の領域R4,R5と比較して、車速差の増加に対して大きな傾きで強制誘導ゲインが増加される。言い換えると、車速差が増すほど、目標加速度targetAccへの追従の優先度が高められ、運転者に気付かれない範囲を大きく超えて加速度およびジャークが設定されるようになる。これにより、車速差が増加し続けること、すなわち、予め設定された目標(ゴール地点への到着時刻)からのずれが拡大し続けることが抑制される。なお、強制誘導ゲインには、要求加速度からの加速度の乖離、あるいはドライバ要求ジャークからのジャークの乖離が大きくなりすぎないように、上限が設定されている。この強制誘導ゲインの上限は、運転者に与える違和感の度合いに基づいて、例えば適合実験により設定される。
【0094】
本実施形態によれば、車速差が小さい場合には、違和感の抑制が優先され、車速差が大きくなると、目標加速度への追従が優先される。これにより、目標加速度への違和感の少ない誘導と、目標車速を大きく外すことの抑制とを両立した協調・誘導系を構築することが可能となる。
【0095】
なお、強制誘導ゲインは、更に、目標加速度targetAccを算出する前提となる目標が、運転者によりどの程度優先されているかに応じて可変に設定されてもよい。運転者が目標(到着時刻)の実現を優先する場合には、そうでない場合と比較して、「操作され感」等が感じられたとしても、運転者に許容されると考えられる。例えば、ゴール地点への到着時刻を優先する度合いを入力する優先度設定手段(ボタン、スイッチ等)を車両に備え、運転者により設定された到着時刻の優先度が高い場合に、強制誘導ゲインを大きな値とするようにしてもよい。
【0096】
(第2実施形態の変形例)
第2実施形態の変形例について説明する。
【0097】
上記第2実施形態では、目標車速と、現在の車速との差分の絶対値である車速差が大きい場合に、加速度およびジャークが、運転者に気付かれない範囲(知覚不能範囲)を超えることが許容されたが、現在の車速差が大きい場合に限らず、予測される車速差に応じて、加速度やジャークのガード値を緩めるようにしてもよい。例えば、以下に説明するように、走行環境に基づく車両の駆動力制御において、目標車速と予測される車速との差が大きく、走行環境に応じて設定される制限車速(上限車速等)を超える場合に、目標加速度への追従を優先させることができる。
【0098】
走行環境に基づく駆動力制御の一例として、コーナー制御において、タイヤの負担率が予め定められた所定値を超えると予測される場合に、加速度やジャークのガード値を緩めることが考えられる。
【0099】
コーナー制御は、ゴール地点への到着時刻Tを満たすような加速度の目標軌跡に基づく駆動力制御に代えて、あるいは、上記目標軌跡に基づく駆動力制御に加えて実行される。コーナー制御では、目標加速度設定手段14は、車両前方の道路線形(コーナーR等)に基づいて、コーナー走行時の目標車速および目標加速度の軌跡を設定する。また、目標加速度設定手段14は、コーナー走行時のタイヤの負担率に基づいて、コーナー走行時の上限車速を設定する。タイヤの負担率は、例えば、摩擦円使用率であることができる。上限車速は、コーナー走行時にタイヤにかかる制駆動力と横力との合力が、摩擦円において予め定められた許容領域(許容使用率)を超えない最大の速度として、前方のコーナーRに基づいて設定される。
【0100】
目標加速度設定手段14は、現在の走行状況(車速、要求加速度等)からコーナー走行時の車速を予測し、予測された車速が上限車速を超える(目標車速と予測される車速との車速差が所定値を超える)場合には、制御の介入の度合い(目標加速度への追従の優先度)を高める。この場合に、予測されたコーナー走行時の車速が、上限車速を大きく超えるほど、目標加速度への追従の度合いが高められるようにしてもよい。
【0101】
これにより、タイヤの負担率が高い状態でコーナーを走行すること、言い換えると、減速が不十分な状態でコーナーに進入してしまうことが抑制される。
【0102】
(第3実施形態)
図8から図10を参照して第3実施形態について説明する。第3実施形態については、上記各実施形態と異なる点についてのみ説明する。
【0103】
上記各実施形態では、目標軌跡として、目標加速度の推移が設定されていた。本実施形態では、これに加えて、あるいはこれに代えて、目標とする走行軌跡が設定される。ここで、走行軌跡とは、車両がこれから走行しようとする経路に関する情報を含むものである。つまり、本実施形態では、車両がこれから走行しようとする経路(道路上のどの位置を走行するか)と、走行時の加速度の推移とを含む走行軌跡の目標が設定される。以下の説明において、この設定された走行軌跡の目標を目標走行軌跡と称する。
【0104】
本実施形態では、上記各実施形態と同様に目標とする前後方向の加速度の推移に車両を誘導するだけでなく、目標とする経路に車両の走行経路を誘導する。本実施形態にかかる車両は、ステアリング角(入力舵角)にかかわらず舵角(出力舵角)を任意に制御することができるステア・バイ・ワイヤシステムを備えている。ステア・バイ・ワイヤシステムにより、目標走行軌跡に向けてドライバ操作が修正される。具体的には、運転者により操作されたステアリングのステアリング角に対応する出力舵角(以下、「ドライバ要求舵角」とする)が、目標走行軌跡に沿って走行する(目標走行軌跡に向けて誘導する)ための出力舵角(以下、「目標舵角」とする)と異なる場合には、目標舵角に近づけるように、出力舵角の指令値が修正される。
【0105】
出力舵角の指令値の修正では、ドライバ要求舵角で走行するときの横G(横加速度)であるドライバ要求横G、および、目標舵角で走行するときの横Gである制御要求横Gがそれぞれ算出される。また、ドライバ要求横Gに対して、横G(刺激)に対する感覚量についての弁別閾および横Gの変化速度(刺激)に対する感覚量についての時系列弁別閾がそれぞれ設定される。実際に運転者に加わる横Gの感覚量が、ドライバ要求横Gに相当する感覚量に対して弁別閾の範囲内となり、かつ、実際に運転者に加わる横Gの変化速度に対する感覚量が、ドライバ要求横Gの変化速度に相当する感覚量に対して時系列弁別閾の範囲内となるように、出力舵角の指令値が決定される。これにより、運転者に違和感を与えることを抑制しつつ目標走行軌跡に実際の走行軌跡を誘導することができる。
【0106】
従来、LKA(Lane Keeping Assist)に代表されるような道路の中心への誘導支援制御は存在していたが、それらの制御では運転者の違和感特性は考慮されておらず、制御系中心の内容であった。本実施形態では、横方向(舵角)の制御に対して、ドライバ違和感特性を適用し、かつステア・バイ・ワイヤシステムを組み合わせることにより、運転者の違和感を考慮しつつ制御系が目標とする理想ライン(軌跡)へと操作する。これにより、運転者の感覚に沿った自然でかつ効率的な支援を行うことができる。なお、出力舵角の制御と並行して、目標前後加速度の推移に誘導する車両の駆動力の制御が実行されているが、その内容は上記各実施形態と同様とすることができるため、説明は省略する。また、目標前後加速度の推移に誘導する車両の駆動力の制御を実行することなく、本実施形態の出力舵角の制御が実行されてもよい。
【0107】
図8は、本発明にかかる車両制御装置の第3実施形態の概略構成を示すブロック図である。図8に示すように、車両1は、操舵角センサ21、ヨーレートセンサ22、およびカメラ23を備える。操舵角センサ21は、図示しないステアリングホイールの操舵角を検出するものである。ヨーレートセンサ22は、車両1のヨーレートを検出する。カメラ23は、車両1の進行方向(前方)の情報を検出するものであり、車両1の前方の画像を撮像する。カメラ23により撮像された画像情報は、画像処理され、車両1の走行する車線を区分する車線区分線の情報や、交差点の有無、車線の増減、前方や斜め前方に存在する車両や物体などが検出される。
【0108】
また、車両1は、操舵補助装置24を備える。操舵補助装置24は、いわゆるEPS(Electronic Power Steering:電動パワーステアリング装置)で、かつVGRS(Variable Gear Ratio Steering:ステアリングギヤ比可変ステアリング装置)を備える。すなわち、操舵補助装置24は、電動機でステアリングホイールの操作を補助するとともに、ステアリングホイールの入力に対する前輪の操舵角や操舵速度等を、可変とすることができる。これによって、本実施形態の車両1は、目標走行軌跡へ誘導可能とされている。
【0109】
本実施形態のECU30は、上記各実施形態の要求加速度設定手段13に代えて、要求値設定手段16を備える。要求値設定手段16は、運転者の要求値を設定するものである。要求値設定手段16は、運転者の要求する前後方向の加速度に加えて、運転者の要求する横Gであるドライバ要求横Gを設定する。要求値設定手段16は、操舵角センサ21により検出された操舵角(入力舵角)と、現在の車速に基づいて、下記[数8]よりドライバ要求横Gを推定する。ここで、ドライバ要求横Gを算出する場合、[数8]の舵角δとして、操舵角センサ21により検出された入力舵角(ステアリングホイールに対する運転者の入力量)に対応する前輪の舵角δ(出力舵角)の値が用いられる。なお、スタビリティファクタKhは、車両1の旋回特性、或いは操縦安定性を示す値であり、ホイールベースlと共に予め設定されている。
【数8】



【0110】
上記[数8]は、以下に示すように、定常円旋回時の運動式を利用して導くことができる。まず、定常円旋回における舵角δとヨーレートγとの関係は、下記[数9]で表される。
【数9】



また、円運動の基本式で、円運動における力の釣り合い式は、下記[数10]で表され、円運動における自転を表す式は、下記[数11]で示される。
【数10】



【数11】



【0111】
上記[数9]、[数10]および[数11]より、下記[数12]のように[数8]を導くことができる。
【数12】



【0112】
また、ECU30は、上記各実施形態の目標加速度設定手段14に代えて、目標値設定手段17を備える。目標値設定手段17は、目標走行軌跡、および横加速度の車両側の要求値を設定する。この目標走行軌跡は、前後方向の加速度および速度の目標値と、車両1がこれから走行しようとする経路の目標とを含む。言い換えると、目標走行軌跡は、車両1が走行する際に目標とする経路の各点の座標値と、各点における加速度および速度の目標値とを含む。目標値設定手段17は、設定された目標走行軌跡に基づいて、目標走行軌跡に車両1を誘導するときの目標舵角、および目標舵角で走行するときに車両1に作用する横Gである制御要求横Gを設定する。
【0113】
ECU30は、上記各実施形態の加速度指令値設定手段15に代えて、指令値設定手段18を備える。指令値設定手段18は、車両1の前後方向の加速度の指令値を設定するだけでなく、出力舵角δの指令値を設定する。指令値設定手段18は、ドライバ要求横Gと制御要求横Gとの調停結果に基づいて出力舵角δの指令値を設定する。
【0114】
ここで、目標走行軌跡の設定方法について説明する。目標走行軌跡は、車両1の走行環境、車両1の状態量、車両1や走行環境についての拘束条件等に基づいて、数学的、力学的に最適となる走行軌跡として設定される。走行環境は、車両1がこれから走行しようとする道路の道路線形、曲率、勾配等である。車両1の状態量は、例えば、走行抵抗、車両1の質量、駆動輪と路面との摩擦係数等である。
【0115】
目標走行軌跡は、優先したい車両1の特性を評価関数化し、車両1を運動力学的にモデル化した車両モデルを用いて、非線形計画法やSCGRA(Sequential Conjugate Gradient Restoration Algorithm)等で最適化問題を解くことで、上記評価関数を最適(最大又は最小)にするような車両1の走行軌跡として得られる。例えば、ゴール地点への到着時刻Tが設定され、その条件を満たす範囲で、最も燃費が良いと評価された加速度パターンが算出された場合に、その加速度パターンで走行するときのタイヤ負担率を最も小さくする最適化問題を解くことにより得られた軌跡が目標走行軌跡として設定される。具体的には、走行軌跡に沿って車両1が走行するときにタイヤが発生するタイヤ力についての走行軌跡に沿った総和が評価関数とされ、この評価関数を最小にする走行軌跡が目標走行軌跡とされる。
【0116】
なお、最適化したい車両1の特性は、タイヤ負担率に限らず、所定区間における車両1の通過速度(最大が目標)や、車両1の安定性(例えば、ロールモーメントを最小とする)等であってもよい。また、目標走行軌跡のラインは、車速にかかわらず設定されるものであってもよい。例えば、車線の中央を走行するラインが目標走行軌跡として設定されてもよい。
【0117】
また、例えば、GPS(Global Positioning System)を用いたナビゲーション装置を走行環境情報の検出手段として用いて、車両1の周辺環境における情報を検出してもよい。この場合、ナビゲーション装置により、ECU30は、自車両の現在位置、及び自車両の現在位置における周辺環境(例えば道路情報)を検出することができる。走行環境情報検出手段が検出する車両1の周辺環境の情報をECU30が取得することにより、車両1が走行中に目標とする目標走行軌跡の生成精度を向上させることができる。
【0118】
図9は、指令値設定手段18により出力舵角δの指令値が設定されるときの横G(横加速度)の時間的な推移の一例を示すタイムチャートである。
【0119】
図9において、符号201は、目標値設定手段17により設定された制御要求横Gを示す。符号202は、要求値設定手段16により設定されたドライバ要求横Gを示す。符号203は、プラス側横Gガード値、符号204は、マイナス側横Gガード値をそれぞれ示す。ここで、横G(横加速度)において、プラス側とは、車両1の横方向のいずれか一方の側であり、例えば、車両1の前進時の進行方向に向いたときの右側に向けて作用する横加速度をプラス側の横Gとすることができる。横Gのマイナス側とは、車両1の横方向の他方の側に向く横加速度であり、上記の例では、車両1の前進時の進行方向に向いたときの左側に向けて作用する横加速度がマイナス側の横Gとなる。
【0120】
符号205は、指令値設定手段18により調停がなされた結果の横G(以下、「調停結果横G」とする)の推移であり、この横Gの推移に対応して出力舵角δの指令値が設定される。指令値設定手段18は、ウェーバーフェヒナー則に基づいて、ドライバ要求横Gと制御要求横Gとを調停し、運転者がドライバ要求横Gとの違いに気付かない範囲(知覚不能範囲)で実際に車両および運転者に作用する横G(横Gの指令値)を決定する。プラス側横Gガード値203、およびマイナス側横Gガード値204は、それぞれドライバ要求横Gよりもプラス側およびマイナス側において運転者がドライバ要求横Gとの刺激の変化に気付くか気付かないかの境の(弁別閾に対応する)横Gである。この弁別閾およびプラス側横Gガード値203、マイナス側横Gガード値204の設定方法については、上記各実施形態において車両1の前後方向の加速度の弁別閾およびガード値を設定した方法と同様とすることができる。
【0121】
また、指令値設定手段18は、横Gの変化速度(横加加速度)について、運転者がドライバ要求横Gの変化速度と実際の横Gの変加速度との刺激の違いに気付くか気付かないかの境の(時系列弁別閾に対応する)横加加速度の補正量の上限値および下限値を設定する。横Gを増加させていく(ドライバ要求横Gの変化速度に対して横Gの変化速度をプラス側に変更する)場合の時系列弁別閾のジャーク換算値を横ジャーク補正量上限値J3[m/s]とし、横Gを減少させていく(ドライバ要求横Gの変化速度に対して横Gの変化速度をマイナス側に変更する)場合の時系列弁別閾のジャーク換算値を横ジャーク補正量下限値J4[m/s]とする。ドライバ要求横Gの変化速度(ドライバ要求横ジャーク)に対して、横ジャーク補正量下限値J4から横ジャーク補正量上限値J3までの間で横ジャークを増減させたとしても、運転者にその横ジャークの変化は認識されない。
【0122】
横Gを増加させていく場合の横加加速度の上限値は、ドライバ要求横G(202)の時間的変化(ドライバ要求横ジャーク)に横ジャーク補正量上限値J3を加算した値(プラス側横ジャークガード値)に制限される。また、加速度を減少させていく場合の横加加速度の下限値、すなわちマイナス側横ジャークガード値は、ドライバ要求横ジャークに横ジャーク補正量下限値J4(負の値)を加算した値に制限される。
【0123】
横ジャーク補正量上限値J3、および横ジャーク補正量下限値J4は、ドライバ要求横G(202)の時間的な変化に応じて可変に設定される。ドライバ要求横G(202)の時間的な変化が大きい場合、運転者は横Gの大きな変化を望んでいるため、制御要求横G(201)に向けてより積極的な誘導勾配で横Gを変化させたとしても運転者は違和感を覚えにくいと考えられる。そこで、本実施形態では、ドライバ要求横G(202)の時間的な変化が大きい場合には、ドライバ要求横G(202)の時間的な変化が小さい場合と比較して、横ジャーク補正量上限値J3および横ジャーク補正量下限値J4の絶対値が大きな値とされる。例えば、上記第1実施形態の時系列弁別閾ゲイン(図4参照)と同様に、ドライバ要求横G(202)の時間的な変化が大きい場合に大きな値となる時系列弁別閾ゲインを時系列弁別閾の基準値に乗じることで、時系列弁別閾を可変とし、結果として横ジャーク補正量上限値J3および横ジャーク補正量下限値J4を可変とすることができる。
【0124】
指令値設定手段18は、現在の調停結果横G(205)が、制御要求横G(201)よりも小さな値である場合、符号205aに示すように、制御要求横G(201)へ近づけるように調停結果横G(205)を増加させていく。このときの横加加速度の上限値は、プラス側横ジャークガード値に制限される。指令値設定手段18は、符号205cに示すように、調停結果横G(205)がプラス側横Gガード値203に達した場合には、プラス側横Gガード値203で調停結果横G(205)をガードする。
【0125】
一方、指令値設定手段18は、符号205bに示すように、調停結果横G(205)が制御要求横G(201)よりも大きな値である場合、制御要求横G(201)に近づけるように調停結果横G(205)を減少させていく。このときの横加加速度の下限値は、マイナス側横ジャークガード値に制限される。指令値設定手段18は、符号205dに示すように、調停結果横G(205)がマイナス側横Gガード値204に達した場合には、マイナス側横Gガード値204で調停結果横G(205)をガードする。
【0126】
指令値設定手段18は、調停結果横G(205)に基づいて、出力舵角δの指令値を設定する。具体的には、調停結果横G(205)と、車両1の現在車速Vとに基づいて上記[数8]により出力舵角δの指令値を設定する。操舵補助装置24は、操舵角センサ21により検出された運転者の入力に対応する出力舵角δに代えて、実際の出力舵角δを指令値設定手段18により設定された出力舵角δの指令値とするように前輪の操舵角を制御する。このように、目標走行軌跡に車両1を誘導する際に、実際に作用する横G(調停結果横G(205))が、プラス側横Gガード値203とマイナス側横Gガード値204との間の値となり、かつ、実際に作用する横Gの変化速度が、プラス側横ジャークガード値とマイナス側横ジャークガード値との間の値となることで、運転者に違和感(操作され感)を与えることを抑制することができる。言い換えると、目標値設定手段17により設定された目標走行軌跡(経路)へ違和感なく(あたかも運転者が望んだ走行軌跡で走行しているかのように)誘導することが可能となる。
【0127】
次に、図10を参照して本実施形態の動作について説明する。図10は、本実施形態の動作を示すフローチャートである。本制御フローは、予め定められた指標が最適となる目標走行軌跡への誘導支援を行う制御モードが実行されている場合に、予め定められた制御周期time[s]ごとに実行される。
【0128】
まず、ステップS110では、ECU30により、調停結果横加速度の前回値outLatAcc_lastが、制御要求横加速度(横G)targetLatAccよりも小であるか否かが判定される。ここで、調停結果横加速度の前回値outLatAcc_lastは、本制御フローが前回実行されたときに調停結果横G(205)として設定された値である。また、制御要求横加速度targetLatAccは、目標値設定手段17により、制御側の目標舵角と、現在車速から推定されるものである。目標値設定手段17は、車両1の現在位置・姿勢と目標走行軌跡(X,Y)とを比較し、目標走行軌跡へ収束させるための目標舵角を演算し、算出された目標舵角と現在車速とに基づいて、上記[数8]により制御要求横加速度targetLatAccを推定する。ステップS110の判定の結果、調停結果横加速度の前回値outLatAcc_lastが、制御要求横加速度targetLatAccよりも小であると判定された場合(ステップS110−Y)にはステップS120に進み、そうでない場合(ステップS110−N)にはステップS150に進む。
【0129】
ステップS120では、ECU30により、調停結果横加速度の前回値outLatAcc_lastに対して制御周期timeに基づいた横加速度の加算がなされ、加算された後の調停結果横加速度outLatAccが、制御要求横加速度targetLatAccを超えるか否かが判定される。具体的には、調停結果横加速度の前回値outLatAcc_lastに対して、ドライバ要求横ジャークdriverReq_LatJと横ジャーク補正量上限値p_dB/sの和に制御周期timeを乗じた値を加算した値(調停結果横加速度outLatAcc)が算出される。この調停結果横加速度outLatAccが、制御要求横加速度targetLatAccよりも大であると判定された場合(ステップS120−Y)にはステップS130に進み、そうでない場合(ステップS120−N)にはステップS140に進む。
【0130】
ステップS130では、指令値設定手段18により、制御要求横加速度targetLatAccが調停結果横加速度outLatAccとして設定される。ステップS130が実行されると、ステップS180に進む。
【0131】
ステップS140では、指令値設定手段18により、調停結果横加速度outLatAccが設定される。指令値設定手段18は、調停結果横加速度の前回値outLatAcc_lastに対して、ドライバ要求横ジャークdriverReq_LatJと横ジャーク補正量上限値p_dB/sの和に制御周期timeを乗じた値が加算されたものを調停結果横加速度outLatAccとして設定する。ステップS140が実行されると、ステップS180に進む。
【0132】
ステップS110で否定判定がなされてステップS150に進むと、ステップS150では、ECU30により、調停結果横加速度の前回値outLatAcc_lastに対して制御周期timeに基づいた横加速度の減算がなされ、減算された後の調停結果横加速度outLatAccが、制御要求横加速度targetLatAccを下回るか否かが判定される。指令値設定手段18は、調停結果横加速度の前回値outLatAcc_lastに対して、ドライバ要求横ジャークdriverReq_LatJと横ジャーク補正量下限値m_dB/sの和に制御周期timeを乗じた値を加算した値を算出する。算出された値が、制御要求横加速度targetLatAccよりも小さいと判定された場合(ステップS150−Y)にはステップS160に進み、そうでない場合(ステップS150−N)にはステップS170に進む。
【0133】
ステップS160では、指令値設定手段18により、制御要求横加速度targetLatAccが、調停結果横加速度outLatAccとして設定される。ステップS160が実行されると、ステップS180に進む。
【0134】
ステップS170では、指令値設定手段18により、調停結果横加速度outLatAccが設定される。指令値設定手段18は、調停結果横加速度の前回値outLatAcc_lastに対して、ドライバ要求横ジャークdriverReq_LatJと横ジャーク補正量下限値m_dB/sの和に制御周期timeを乗じた値が加算されたものを調停結果横加速度outLatAccとして設定する。ステップS170が実行されると、ステップS180に進む。
【0135】
ステップS180では、指令値設定手段18により、調停結果横加速度outLatAccのガード処理がなされる。指令値設定手段18は、上限値をプラス側横加速度(横G)ガード値p_dBとし、下限値をマイナス側横加速度(横G)ガード値m_dBとする横加速度の範囲で調停結果横加速度outLatAccをガード処理した値を調停結果横加速度outLatAccとして決定する。指令値設定手段18は、決定された調停結果横加速度outLatAccに基づいて、上記[数8]により出力舵角δの指令値を設定する。出力舵角δの指令値は、操舵補助装置24に出力され、操舵補助装置24により舵角δの制御がなされる。ステップS180が実行されると、本制御フローはリターンされる。
【0136】
本実施形態によれば、縦方向(前後方向)だけでなく横方向も考慮した摩擦円の管理をすることが可能となる。例えば、運転者がステアリングホイールを切りすぎるような操舵をしたとしても、実際の舵角δを運転者の入力に対応する出力舵角δよりも小さなものとし、摩擦円使用率が過大となることを抑制することができる。
【0137】
なお、本実施形態では、車両1の前輪の舵角δが制御される場合について説明したが、舵角が制御される車輪は、前輪には限定されない。例えば、前輪と後輪の舵角をそれぞれ制御可能な車両についても本実施形態を適用可能である。
【0138】
(第3実施形態の変形例)
第3実施形態の変形例について説明する。上記第3実施形態において、目標走行軌跡への誘導の度合いを高めることが望ましい場合には、横加速度や横加加速度についてのガードを緩めるようにしてもよい。例えば、路肩に障害物が発見され、運転者に違和感(操作され感)を与えないような目標走行軌跡への誘導ではその障害物との接近が避けられないと判定された場合に、目標走行軌跡への誘導の度合いを高めることでその障害物との接近を抑制するようにすることができる。具体的には、目標走行軌跡における経路は、障害物との接近を回避しつつ走行できる経路に設定される。この経路は、GPSやレーダなどから取得された情報に基づいて、自車両の位置(絶対位置、障害物との相対位置など)を特定した結果に基づいて設定される。例えば、走行中に障害物に最接近するとき(障害物の側方を通過するとき)の障害物と自車両との間隔が、予め定められた距離以上となるように目標経路が設定される。この目標走行軌跡に車両1を誘導する際に、ドライバ要求横Gを優先して運転者に違和感を与えない範囲に制御の介入の度合いを弱めてしまうと、障害物と接近しすぎてしまう可能性がある。
【0139】
本変形例では、目標走行位置と自車両の実走行位置(または自車両が走行するであろう位置)との距離に基づいて、制御の介入の度合いが可変に設定される。ここで、目標走行位置とは、ECU30が設定する車両1の目標位置であり、例えば、目標走行軌跡として設定された経路上の点であってもよく、目標走行軌跡に向けて制御要求横Gに対応する出力舵角δで(最も制御の介入度合いを高めて)車両1を誘導するとしたときの誘導経路上の点であってもよい。つまり、目標走行位置とは、障害物との接近を回避することができる経路として設定された車両1の通過位置である。また、実走行位置とは、車両1の実際の位置であり、自車両が走行するであろう位置とは、現在の走行状態(出力舵角δ等)で走行したときの所定時間後の車両1の予測位置である。以下の説明では、自車両の実走行位置と自車両が走行するであろう位置を合わせて「実走行位置」と記述する。実走行位置は、上記GPSやレーダの情報などに基づいて算出される。
【0140】
算出された実走行位置と、目標走行位置との距離は、例えば、実走行位置と目標走行軌跡の経路との距離の最小値あるいは、実走行位置と上記誘導経路との距離の最小値として算出されることができる。この距離が大きい場合には、障害物に接近しすぎる可能性が高いと判定できるため、制御の加入の度合いが高められる。
【0141】
この場合、プラス側横Gガード値203は、弁別閾に対応する横加速度よりもプラス側の値に、マイナス側横Gガード値204は弁別閾に対応する横加速度よりもマイナス側の値にそれぞれ一時的に変更される。また、プラス側横ジャークガード値は時系列弁別閾に対応する横加加速度よりもプラス側の値に、マイナス側横ジャークガード値は時系列弁別閾に対応する横加加速度よりもマイナス側の値にそれぞれ一時的に変更される。
【0142】
具体的には、横加速度の弁別閾値および横加加速度の時系列弁別閾値にそれぞれ上記第2実施形態と同様の強制誘導ゲインが導入される。図11は、目標走行位置と実走行位置との距離と、強制誘導ゲインとの関係の一例を示す図である。弁別閾値と時系列弁別閾値とには、それぞれ基準値が設けられており、それぞれの基準値に強制誘導ゲインを乗じた値が弁別閾値および時系列弁別閾値として設定される。弁別閾基準値は、運転者が要求横加速度との差に気付くか気付かないかの境となる値であり、例えば、上記第3実施形態の弁別閾と同様の値である。また、時系列弁別閾基準値は、運転者が要求する横ジャークとの差に気付くか気付かないかの境となる値であり、例えば、上記第3実施形態の時系列弁別閾と同様の値である。図11に示すように、目標走行位置と実走行位置との距離が大きい領域では、上記距離が小さい領域と比較して、強制誘導ゲインが大きな値として設定される。
【0143】
上記距離が最も小さい領域R7では、矢印Y7に示すように、強制誘導ゲインが1もしくは1の近傍に設定される。上記距離がやや大きい領域R8では、矢印Y8に示すように、上記距離の増加に伴い、少しずつ強制誘導ゲインを増加させていく。強制誘導ゲインが1よりも大となることで、拡大範囲において横加速度の指令値(調停結果横G)が設定される。また、拡大変化速度範囲の変化速度で横加速度を変化させるように横加速度の指令値が設定される。上記距離が最も大きい領域R9では、矢印Y9に示すように、他の領域R7,R8と比較して強制誘導ゲインが最も大きな値に設定される。言い換えると、上記距離が大きいほど、拡大範囲および拡大変化速度が拡大される。これにより、他の領域R7,R8と比較して目標走行軌跡(目標経路)への追従が優先される。また、R9に示す領域では、上記距離の増加に対して大きな傾きで強制誘導ゲインが増加される。これにより、上記距離が大きく障害物への接近の可能性が高い場合には、制御の介入の度合いが大きく強められる。その結果、障害物への接近を効果的に抑制して車両1を走行させることができる。なお、強制誘導ゲインにより制御の介入の度合いを高める補正は、実走行位置が、目標走行軌跡の経路よりも障害物側にある場合に限り行われることが好ましい。
【0144】
また、運転者がステアリングホイールを切りすぎるような操舵をしたときに、運転者に違和感(操作され感)を与えないような目標走行軌跡への誘導では、タイヤ負担率が高くなりすぎることが避けられないと判定した場合に、目標走行軌跡への誘導の度合いを高めるようにしてもよい。
【0145】
また、目標走行軌跡への誘導の度合いを高めることが運転者により許容されている場合に、横加速度や横加加速度についてのガードを緩めるようにしてもよい。例えば、タイヤ負担率を低くする走行を優先する度合いを入力する優先度設定手段(ボタン、スイッチ等)を車両に備え、運転者により設定されたタイヤ負担率低減の優先度が高い場合に、横加速度や横加加速度についてのガードを緩めることができる。この場合、弁別閾値および時系列弁別閾値に上記第2実施形態と同様の強制誘導ゲインを設定することで、横加速度や横加加速度についてのガードを緩めるようにすることができる。
【0146】
(第4実施形態)
第4実施形態について説明する。第4実施形態については、上記各実施形態と異なる点についてのみ説明する。
【0147】
上記第3実施形態では、ドライバの要求値と制御側の要求値との調停要素が横加速度のみであったが、これに加えて、本実施形態では、ヨーレートについても調停がなされて出力舵角δの指令値が決定される。横加速度の次元だけでも十分に運転者と制御系の協調制御を構築・成立させることはできるものの、運転者は横加速度の他にヨーレートの次元も感じているはずである。したがって、運転者の違和感を考慮すると、理想的にはヨーレートの次元も無視することはできない。ヨーレートの感覚特性は横加速度の感覚特性と必ずしも同じとは限らず、弁別閾、時系列弁別閾の値が横加速度調停時のものと同じ値になるとは限らないため、横加速度とは別にヨーレートの次元の調停要素を設ける必要がある。
【0148】
本実施形態のECU30の指令値設定手段18は、上記第3実施形態で説明した横加速度の調停機能に加えて、ヨーレートの感覚特性に基づく調停機能を有する。さらに、横加速度の調停結果とヨーレートの調停結果の両者に重み付けを行い、その重み付けによる調停を行う。このように、横加速度のみでなくヨーレートの次元も考慮することによって、より運転者の違和感を低減した上で、目標走行軌跡へと操作・誘導が可能な横方向協調制御を構築することができる。言い換えると、よりドライバ感覚特性に近い、自然な横方向協調系を構築することができる。
【0149】
本実施形態では、要求値設定手段16は、上記第3実施形態の要求値設定手段16の機能に加えて、運転者が要求するヨーレートであるドライバ要求ヨーレートを推定する機能を有する。要求値設定手段16は、操舵角センサ21により検出された操舵角(ステアリングホイールに対する運転者の入力量)に対応する出力舵角δと現在車速Vとに基づいて、上記[数9]によりドライバ要求ヨーレートを推定する。
【0150】
目標値設定手段17は、上記第3実施形態の目標値設定手段17の機能に加えて、制御側の要求するヨーレートである制御要求ヨーレートを推定する機能を有する。目標値設定手段17は、目標走行軌跡へ収束させるための目標舵角と、現在車速Vとに基づいて、上記[数9]により制御要求ヨーレートを推定する。
【0151】
指令値設定手段18は、要求値設定手段16により推定されたドライバ要求ヨーレートに対して、弁別閾および時系列弁別閾をそれぞれ設定する。弁別閾は、ヨーレートに対する感覚量において、運転者がドライバ要求ヨーレートとの感覚量の違いを認識できない範囲の境界値であり、プラス側およびマイナス側にそれぞれ設定される。また、時系列弁別閾は、ヨーレートに対する感覚量の変化速度において、運転者がドライバ要求ヨーレートに対する感覚量の変化速度との違いを認識できない範囲の境界値であり、プラス側およびマイナス側にそれぞれ設定される。時系列弁別閾は、ドライバ要求ヨーレートの変化速度に応じて可変に設定される。例えば、ドライバ要求ヨーレートの変化速度の絶対値が大きい場合には、小さい場合と比較して、プラス側時系列弁別閾とマイナス側時系列弁別閾との差が大きくされる。
【0152】
ドライバ要求ヨーレートに対する弁別閾および時系列弁別閾の設定方法は、ドライバ要求横Gに対する弁別閾および時系列弁別閾の設定方法と同様とすることができる。指令値設定手段18は、ドライバ要求ヨーレートに関する弁別閾に応じて、ドライバ要求ヨーレートのプラス側およびマイナス側にそれぞれヨーレートのガード値を設定する。また、指令値設定手段18は、ドライバ要求ヨーレートに関する時系列弁別閾に応じて、ドライバ要求ヨーレートの変化速度に対してプラス側およびマイナス側にそれぞれヨーレートの変化速度のガード値を設定する。
【0153】
指令値設定手段18は、上記ヨーレートのガード値およびヨーレートの変化速度のガード値の範囲内でドライバ要求ヨーレートと制御要求ヨーレートの調停を行う。具体的には、上記ヨーレートのガード値の範囲内で、ドライバ要求ヨーレートから制御要求ヨーレートに向けて調停結果のヨーレートを変化させる。このときのヨーレートの変化速度は、上記ヨーレートの変化速度のガード値の範囲内の変化速度とする。指令値設定手段18は、調停結果のヨーレートと現在車速Vとに基づいて、上記[数9]により出力舵角δを算出し、算出された出力舵角δをヨーレート調停結果の出力舵角δ_yawRateとして設定する。
【0154】
また、指令値設定手段18は、上記第3実施形態と同様に、調停結果横加速度outLatAccを設定し、調停結果横加速度outLatAccに対応する舵角δを横G調停結果の出力舵角δ_latAccとして設定する。
【0155】
指令値設定手段18は、横G調停結果の出力舵角δ_latAccと、ヨーレート調停結果の出力舵角δ_yawRateから、重み付け係数による最終調停を行い、下記式(5)により最終出力舵角δ_outを設定する。なお、下記式(5)において、w_latAccは横G調停の重み係数、w_yawRateはヨーレート調停の重み係数であり、横G調停の重み係数w_latAccとヨーレート調停の重み係数w_yawRateの合計は1となるように設定されている。
【0156】
δ_out = (δ_latAcc×w_latAcc)+(δ_yawRate×w_yawRate) (5)
【0157】
上記式(5)により横G調停結果の出力舵角δ_latAccと、ヨーレート調停結果の出力舵角δ_yawRateが統合され、最終出力舵角δ_outが決定される。決定された最終出力舵角δ_outが出力舵角δの指令値として操舵補助装置24に出力される。
【0158】
ここで、横G調停の重み係数w_latAccとヨーレート調停の重み係数w_yawRateは、例えば、横加速度に対する運転者の感覚量とヨーレートに対する運転者の感覚量との関係に基づいて設定することができる。例えば、出力舵角δを所定量変化させたときに、横加速度に対する運転者の感覚量の変化が、ヨーレートに対する運転者の感覚量の変化と比較して大きい場合、横G調停の重み係数w_latAccをヨーレート調停の重み係数w_yawRateよりも小さな値とすることができる。つまり、横加速度およびヨーレートのうち運転者が変化を感じやすい項目に対する重み係数を相対的に小さな値とすることができる。このように重み係数を設定した場合、運転者の違和感をより低減することが可能となる。また、横G調停の重み係数w_latAccとヨーレート調停の重み係数w_yawRateは、一定値であっても可変に設定されてもよい。例えば、車速V等の走行状態に応じて重み係数が可変とされてもよい。
【0159】
このように、本実施形態では、調停結果横加速度outLatAcc(横加速度の指令値)と、調停結果のヨーレート(ヨーレートの指令値)がそれぞれ設定され、調停結果横加速度outLatAccに対応する横G調停結果の出力舵角δ_latAccと、調停結果のヨーレートに対応するヨーレート調停結果の出力舵角δ_yawRateとがさらに調停されて最終出力舵角δ_outが決定される。横加速度のみでなくヨーレートの次元も考慮することによって、より運転者の違和感を低減した上で、目標走行軌跡へと操作・誘導することができる。
【符号の説明】
【0160】
1 車両
2 エンジン
3 アクセルペダル入力量センサ
4 ブレーキペダル入力量センサ
5 車速センサ
10 ECU
11 メモリ
12 CPU
13 要求加速度設定手段
14 目標加速度設定手段
15 加速度指令値設定手段
16 要求値設定手段
17 目標値設定手段
18 指令値設定手段
21 操舵角センサ
22 ヨーレートセンサ
23 カメラ
24 操舵補助装置
101 目標加速度
102 要求加速度
103 プラス側ガード値
104 マイナス側ガード値
105 加速度の指令値
201 制御要求横G
202 ドライバ要求横G
203 プラス側横Gガード値
204 マイナス側横Gガード値
205 調停結果横G
J1 ジャーク補正量上限値
J2 ジャーク補正量下限値
J3 横ジャーク補正量上限値
J4 横ジャーク補正量下限値
targetAcc 目標加速度
driverReq_J ドライバ要求ジャーク
p_dB/s ジャーク補正量上限値
m_dB/s ジャーク補正量下限値
p_dB プラス側ガード値
m_dB マイナス側ガード値
outAcc 調停結果加速度
outAcc_last 調停結果加速度の前回値
time 制御周期

【特許請求の範囲】
【請求項1】
走行環境あるいは予め設定された走行条件の少なくともいずれか一方に基づいて、運転者に加わる加速度が変化する車両運動に係る項目の目標値を設定する目標値設定手段と、
前記運転者によって入力され、かつ、変化に伴って前記運転者に加わる加速度が変化する車両運動が生じる入力値に基づいて、前記項目に対する前記運転者の要求値を設定する要求値設定手段と、
対数値で比較したときの前記要求値との差が予め定められた第一の範囲内となる前記項目の範囲である所定範囲、および、対数値の変化速度で比較したときの前記要求値との差が予め定められた第二の範囲内となる前記項目の変化速度の範囲である所定変化速度範囲をそれぞれ設定する範囲設定手段と、
前記所定範囲内で前記項目を前記目標値に近づけ、かつ、前記項目の変化速度が前記所定変化速度範囲内となるように前記項目の指令値を設定する指令値設定手段と、
前記指令値に基づいて前記車両を制御する制御手段とを備え、
前記第二の範囲は、前記要求値の変化速度に応じて可変に設定される
ことを特徴とする車両制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載の車両制御装置において、
前記第一の範囲および前記第二の範囲は、それぞれ前記要求値との差を前記運転者が認識できない範囲として設定される
ことを特徴とする車両制御装置。
【請求項3】
請求項1または2に記載の車両制御装置において、
前記要求値の変化速度の絶対値が大きい場合には、前記要求値の変化速度の絶対値が小さい場合と比較して、前記第二の範囲が拡大される
ことを特徴とする車両制御装置。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか1項に記載の車両制御装置において、
前記項目とは、前記車両の前後方向の加速度であり、
前記制御手段は、前記指令値に基づいて前記車両の駆動力を制御する
ことを特徴とする車両制御装置。
【請求項5】
請求項1から3のいずれか1項に記載の車両制御装置において、
前記項目とは、前記車両の横方向の加速度あるいは前記車両のヨーレートの少なくともいずれか一方であり、
前記制御手段は、前記指令値に基づいて前記車両の舵角を制御する
ことを特徴とする車両制御装置。
【請求項6】
請求項1から4のいずれか1項に記載の車両制御装置において、
前記目標値設定手段は、前記目標値の時間的な推移を予め設定するものであり、
前記目標値の時間的な推移に対応する目標車速と実際の車速との差分の大きさが、予め定められた所定値を超えた場合、あるいは前記所定値を超えると予測された場合には、前記所定範囲に代えて前記所定範囲よりも広い拡大範囲において前記指令値を設定すること、あるいは、前記所定変化速度範囲に代えて前記所定変化速度範囲よりも広い拡大変化速度範囲の変化速度で前記項目を変化させるように前記指令値を設定することの少なくともいずれか一方を実行する
ことを特徴とする車両制御装置。
【請求項7】
請求項1〜3、5のいずれか1項に記載の車両制御装置において、
前記目標値設定手段は、前記目標値の時間的な推移を予め設定するものであり、
前記目標値の時間的な推移に対応する前記車両の目標走行位置と実際の走行位置との距離の大きさが予め定められた所定値を超えた場合、あるいは前記所定値を超えると予測された場合には、前記所定範囲に代えて前記所定範囲よりも広い拡大範囲において前記指令値を設定すること、あるいは、前記所定変化速度範囲に代えて前記所定変化速度範囲よりも広い拡大変化速度範囲の変化速度で前記項目を変化させるように前記指令値を設定することの少なくともいずれか一方を実行する
ことを特徴とする車両制御装置。
【請求項8】
請求項6または7に記載の車両制御装置において、
前記拡大範囲において前記指令値が設定される場合の前記拡大範囲、および、前記拡大変化速度範囲の変化速度で前記項目を変化させるように前記指令値が設定される場合の前記拡大変化速度範囲は、前記大きさが前記所定値と比較して大きいほど拡大される
ことを特徴とする車両制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2010−285139(P2010−285139A)
【公開日】平成22年12月24日(2010.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−228317(P2009−228317)
【出願日】平成21年9月30日(2009.9.30)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】