説明

車両運動制御システム

【課題】駆動力配分制御と制動力配分制御との併用により車両運動制御を効率的に行い得る車両運動制御システムを提供すること。
【解決手段】車両運動制御システム1では、車両運動制御にあたり、車両10の運動に関する状態量と、車両の運動に関する各車輪11FR〜11RLの制御量と、車両の運動を安定化させるための目標状態量と、目標状態量を実現するための目標制御量と、目標制御量を実現するための各車輪の制駆動力の目標制駆動力とが算出される。また、目標制駆動力に基づいて駆動力配分制御装置2による駆動輪11RR、11RLの駆動力制御と、制動力制御装置3による各車輪11FR〜11RLの制動力制御とが行われる。状態量が車両10の前輪横力および後輪横力を含む。このとき、駆動輪11RR、11RLに作用する横力が他の車輪11FR、11FLに作用する横力よりも小さくなるよう、制動力制御装置3が各車輪の制動力を制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、車両運動制御システムに関し、さらに詳しくは、駆動力配分制御と制動力配分制御との併用により車両運動制御を効率的に行い得る車両運動制御システムに関する。
【背景技術】
【0002】
近年の車両では、左右輪への駆動力配分を制御できる駆動力配分制御装置と、前輪および後輪の制動力を独立して制御できる制動力制御装置とが配置されており、これらの装置により、VSC(Vehicle Stability Control)、TRC(Traction Control System)などの車両運動制御が行われている。
【0003】
かかる構成を採用する従来の車両運動制御システムとして、特許文献1に記載される技術が知られている。従来の車両運動制御システム(車両制御装置)は、車両の運動を制御する車両運動制御システムにおいて、車輪に作用する前後力、横力および上下力を含む作用力を検出する検出部と、車輪と路面との間の摩擦係数を特定する特定部と、前記検出された作用力と、前記特定された摩擦係数とに基づいて、左右の車輪のそれぞれのコーナリングパワーを推定する推定部と、前記推定されたコーナリングパワーに基づいて算出される、左右の車輪に関するコーナリングパワーの代表値が、当該左右の車輪に関するコーナリングパワーの代表値の現在値よりも大きくなるように、第1の制御値を決定する処理部と、前記決定された第1の制御値に基づき車両の状態を制御する制御部とを有する。
【0004】
【特許文献1】特開2005−3083号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
この発明は、駆動力配分制御と制動力配分制御との併用により車両運動制御を効率的に行い得る車両運動制御システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するため、この発明にかかる車両運動制御システムは、車両の前輪または後輪の少なくとも一方(以下、駆動輪という。)に駆動力を付与すると共に前記駆動輪の左右輪への駆動力配分を制御できる駆動力配分制御装置と、車両の各車輪の制動力を独立して制御できる制動力制御装置とを備える車両運動制御システムであって、車両の運動に関する状態量と、車両の運動に関する各車輪の制御量と、車両の運動を安定化させるための前記状態量の目標値(以下、目標状態量という。)と、前記目標状態量を実現するための前記制御量の目標値(以下、目標制御量という。)と、前記目標制御量を実現するための各車輪の制駆動力の目標値(以下、目標制駆動力という。)とが算出されると共に、前記目標制駆動力に基づいて前記駆動力配分制御装置による前記駆動輪の駆動力制御と前記制動力制御装置による各車輪の制動力制御とが行われるときに、前記状態量が車両の前輪横力および後輪横力を含み、且つ、前記駆動輪に作用する横力が他の車輪に作用する横力よりも小さくなるように、前記制動力制御装置が各車輪の制動力を制御することを特徴とする。
【0007】
この車両運動制御システムでは、駆動輪の横力が他の車輪の横力よりも小さくなるように、制動力制御装置が各車輪の制動力を制御する。かかる構成では、各車輪の横力が均一に制御される構成と比較して、駆動輪の前後力に自由度が残る。したがって、駆動力配分制御装置が左右の駆動輪の駆動力配分を制御することにより、左右の駆動輪の前後力に差を設けることができる。これにより、駆動力配分制御装置が有効活用されるので、車両運動制御が効率的に行われる利点がある。
【0008】
また、この発明にかかる車両運動制御システムは、前記駆動力配分制御装置が車両の後輪に配置される。
【0009】
この車両運動制御システムでは、車両の後輪が駆動輪となり、且つ、後輪横力が前輪横力よりも小さくなるように、制動力制御装置が各車輪11FR〜11RLの制動力を制御する。すると、後輪の前後力の自由度が拡大されるので、駆動力配分制御装置による左右の駆動輪の駆動力配分制御が可能となり、右側後輪の前後力と左側後輪の前後力との間に差を設けることができる。これにより、駆動力配分制御装置が有効活用されるので、車両運動制御が効率的に行われる利点がある。
【0010】
また、この発明にかかる車両運動制御システムは、すべての車輪のタイヤの摩擦円使用率が所定の下限値以下のときに、前記駆動輪の横力が他の車輪の横力よりも小さくなるように前記制動力制御装置が各車輪の制動力を制御する。
【0011】
この車両運動制御システムでは、すべての車輪のタイヤが摩擦円の通常領域(限界領域未満の領域)にある場合には、駆動力配分制御が優先的に行われる。かかる構成では、タイヤが摩擦円の限界領域にあるときのみならず、通常領域にあるときにも各車輪の制駆動力制御が行われる。これにより、車両運動制御が効率的に行われる利点がある。
【0012】
また、この発明にかかる車両運動制御システムは、いずれか一つの車輪のタイヤの摩擦円使用率が所定の上限値以上のときに、前記駆動輪の横力の減少が他の車輪の横力の減少よりも抑制されるように前記制動力制御装置が各車輪の制動力を制御する。
【0013】
この車両運動制御システムでは、後輪横力が前輪横力に対して大きく低下することが防止され、また、これに起因して旋回方向のヨーモーメントが車両に過剰に作用して車両が前輪の周りに自転することが効果的に防止される。これにより、車両運動制御が適正に行われる利点がある。
【0014】
また、この発明にかかる車両運動制御システムは、各車輪のタイヤの摩擦円使用率のうち最大のものが最大値Amaxとして算出され、この最大値Amaxに基づいて前記駆動輪の横力に対する重みWFyrと他の車輪の後輪横力に対する重みWFyfとが算出されると共に、これらの重みWFyr、WFyfに基づいて前記目標制御量が算出されるときに、最大値Amaxが所定の下限値a以下の場合には、重みWFyr、WFyfがWFyr<WFyfに設定され、最大値Amaxが所定の上限値b以上の場合には、重みWFyr、WFyfがWFyr<WFyfに設定され、且つ、最大値Amaxがa<Amax<bの範囲にある場合には、重みWFyrと重みWFyfとが緩やかに変化しつつ大小関係を反転させる。
【0015】
この車両運動制御システムでは、a<Amax<bの範囲にて、目標制駆動力がシームレスに変化する。すなわち、駆動力配分制御が優先的に行われる領域(摩擦円の通常領域)から制動力制御が主として行われる領域(摩擦円の限界領域)への移行時にて、出力制御の段付きが低減される。これにより、車両運動制御が安定的に行われる利点がある。
【0016】
また、この発明にかかる車両運動制御システムは、各車輪のタイヤの摩擦円使用率の差分が最小となるように、前記目標制御量が算出される。
【0017】
この車両運動制御システムでは、駆動力配分制御が優先的に利用されるので、車両の挙動変化が抑制される。また、駆動力配分制御が優先的に行われる領域(摩擦円の通常領域)から制動力制御が主として行われる領域(摩擦円の限界領域)への移行時にて、出力制御の段付きが低減される。これにより、車両運動制御が安定的に行われる利点がある。
【0018】
また、この発明にかかる車両運動制御システムは、前記状態量と前記目標状態量との差を0にする前記目標制御量の修正量のうち所定の評価関数を最小化する修正量が算出されると共に、前記修正量に基づいて前記目標制御量が修正される。
【0019】
この車両運動制御システムでは、各車輪の制御量と目標状態量との関係を示す多数のマップが車両の仕様や走行環境に応じて設定される構成と比較して、装置構成が簡素化される利点がある。また、目標制御量が収束演算により算出されるので、目標制御量が解析により算出される構成と比較して、目標制御量の算出速度が向上する。これにより、車両の運動が応答遅れなく適切に制御される。
【発明の効果】
【0020】
この発明にかかる車両運動制御システムでは、駆動輪の横力が他の車輪の横力よりも小さくなるように、制動力制御装置が各車輪の制動力を制御する。かかる構成では、各車輪の横力が均一に制御される構成と比較して、駆動輪の前後力に自由度が残る。したがって、駆動力配分制御装置が左右の駆動輪の駆動力配分を制御することにより、左右の駆動輪の前後力に差を設けることができる。これにより、駆動力配分制御装置が有効活用されるので、車両運動制御が効率的に行われる利点がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、この発明につき図面を参照しつつ詳細に説明する。なお、この実施例によりこの発明が限定されるものではない。また、この実施例の構成要素には、発明の同一性を維持しつつ置換可能かつ置換自明なものが含まれる。また、この実施例に記載された複数の変形例は、当業者自明の範囲内にて任意に組み合わせが可能である。
【実施例】
【0022】
図1は、この発明の実施例にかかる車両運動制御システムを示す構成図である。図2は、図1に記載した車両運動制御システムの作用を示すフローチャートである。図3〜図19は、目標スリップ率の算出方法の具体例を示すフローチャート(図3〜図9)および説明図(図10〜図19)である。
【0023】
[車両運動制御システム]
この車両運動制御システム1は、車両10の運動あるいは挙動の制御(以下、車両運動制御という。)を行うためのシステムであり、駆動力配分制御装置2と、制動力制御装置3と、制御系4とを備える(図1参照)。なお、この実施例では、車両10の左側後輪11RLおよび右側後輪11RRが車両10の駆動輪であり、左側前輪11FLおよび右側前輪11FRが車両10の操舵輪である。
【0024】
駆動力配分制御装置2は、駆動力を左右の駆動輪11RR、11RLに対して配分する装置であり、例えば、制御ディファレンシャル21により構成される。この駆動力配分制御装置2では、エンジン12が駆動力を発生すると、この駆動力が変速機(減速機)13、プロペラシャフト14およびビスカスカップリング15を介して制御ディファレンシャル21に伝達される。そして、この駆動力が制御ディファレンシャル21にて左右のドライブシャフト22RR、22RLに配分されて駆動輪11RR、11RLに伝達される。また、このとき、各駆動輪11RR、11RLに対する駆動力の配分比が制御され、或いは、各駆動輪11RR、11RLのトルク差が制御される(駆動力配分制御)。なお、駆動力配分制御装置2は、車両10の前輪11FR、11FLまたは後輪11RR、11RLの少なくとも一方(駆動輪)に対して駆動力を付与する。例えば、この実施例では、駆動力配分制御装置2が車両10の後輪11RR、11RLにのみ配置されている。なお、この車両運動制御システム1は、2WD(two-wheel drive)車両に適用されても良いし、4WD(four-wheel drive)車両に適用されても良い。例えば、2WD車両の後輪に駆動力配分制御装置2が設置されても良いし(後輪駆動)、4WD車両の後輪のみに駆動力配分制御装置2が設置されても良い。
【0025】
制動力制御装置3は、各車輪11FR〜11RLに対して制動力を付与する装置であり、油圧回路31と、ホイールシリンダ32FR〜32RLと、ブレーキペダル33と、マスタシリンダ34とを有する。油圧回路31は、リザーバ、オイルポンプ、種々のバルブ等により構成される(図示省略)。この制動力制御装置3は、以下のように、車輪11FR〜11RLに制動力を付与する。すなわち、(1)通常運転時には、運転者によりブレーキペダル33が踏み込まれると、その踏み込み量がマスタシリンダ34を介して油圧回路31に伝達される。そして、油圧回路31が各ホイールシリンダ32FR〜32RLの油圧を調整することにより、各ホイールシリンダ32FR〜32RLが駆動されて車輪11FR〜11RLに制動力(制動圧)を付与する。一方、(2)車両運動制御時には、車両の運動状態に基づいて各車輪11FR〜11RLに対する目標制動力が算出され、この目標制動力に基づき油圧回路31が駆動されて、各ホイールシリンダ32FR〜32RLの制動力が制御される(制動力制御)。なお、この車両運動制御時により、車両10のABS(Antilock Brake System)機能、ブレーキアシスト機能、TRC(Traction Control System)機能、VSC(Vehicle Stability Control)機能などが実現される。
【0026】
制御系5は、ECU(Electronic Control Unit)41と、各車輪11FR〜11RLの車輪速度を検出する車輪速度センサ42FR〜42RLと、操舵角を検出する操舵角センサ43と、ヨーレートを検出するヨーレートセンサ44と、前後加速度を検出する前後加速度センサ45と、横加速度を検出する横加速度センサ46と、車速を検出する車速センサ47とを有する。この制御系5では、ECU41が各センサ42〜47の検出結果に基づいてエンジン12、駆動力配分制御装置2および制動力制御装置3を駆動する。これにより、エンジン12による総駆動力制御、駆動力配分制御装置による駆動力配分制御2および制動力制御装置3による制動力制御が行われて、車両運動制御が行われる。
【0027】
[車両運動制御]
この車両運動制御システム1では、次のように車両運動制御が行なわれる。まず、車両の運動に関する状態量(例えば、車両の前後力Fx、前輪横力Fyf、後輪横力FyrおよびモーメントM)と、車両の運動に関する各車輪の制御量(例えば、車両の実際のスリップ率)と、車両の運動を安定化させるための状態量の目標値(目標状態量。例えば、目標前後力Fxa、目標前輪横力Fyfa、目標後輪横力Fyraおよび目標モーメントMa。)と、目標状態量を実現するための制御量の目標値(目標制御量。例えば、目標スリップ率Si。)と、目標制御量を実現するための各車輪の制駆動力の目標値(目標制駆動力)とが算出される。そして、この目標制駆動力に基づいて、駆動力配分制御装置2による駆動輪(後輪11RR、11RL)の駆動力配分制御と、制動力制御装置3による各車輪11FR〜11RLの制動力制御とが行われる。これにより、走行時における車両10のスピンやドリフトアウトが抑制されて、車両の運動が安定化される。具体的には、以下のように車両運動制御が行なわれる(図1および図2参照)。
【0028】
まず、各車輪11FR〜11RLの目標スリップ率Siが初期化(Si→0)される(ST1)。なお、この目標スリップ率Siは、前回の車両運動制御にてECU41に記憶されている。
【0029】
次に、車輪速度Vwi、操舵角φ、ヨーレートγ、前後加速度Gx、横加速度Gyおよび車速Vに関する信号が読み込まれる(ST2)。すなわち、車両走行時には、車両の車輪速度Vwi、操舵角φ、ヨーレートγ、前後加速度Gx、横加速度Gyおよび車速Vが各種のセンサ42FR〜42RL、43〜47により検出されている。そして、これらの検出信号がECU41に取得される。
【0030】
次に、取得された車輪速度Vwi等に基づいて、各車輪11FR〜11RLの目標スリップ率Siが算出される(ST3)。この目標スリップ率Siは、後述する算出ステップST31〜ST39により収束演算を用いて算出される(図3参照)。次に、各車輪11FR〜11RLの車輪速度Vwiに基づいて、各車輪11FR〜11RLの実際のスリップ率が算出される(ST4)。
【0031】
次に、実際のスリップ率を目標スリップ率Siに追従させるために必要な、各車輪11FR〜11RLの目標制駆動力が算出される(ST5)。そして、この目標制駆動力に基づいて車輪速度Vwiのフィードバック制御(スリップ率制御)が行われる(ST6)。これにより、車両の運動(特に、旋回時の挙動)が安定化される。なお、目標制駆動力の算出例については、後述する。
【0032】
[車両運動制御のタイヤモデル]
この車両運動制御システム1では、車両運動制御にあたり、以下のタイヤモデルが用いられて、各車輪11FR〜11RLの目標スリップ率Siが算出される。以下、目標スリップ率Siの算出方法について説明する。
【0033】
まず、タイヤモデルは、(a)前後力Fxiおよび横力Fyiがスリップ率Siに対し飽和特性を持つこと、(b)前後力Fxiおよび横力Fyiのスリップ率Siについての偏微分値が荷重依存性を持つこと、並びに、(c)前後力Fxiおよび横力Fyiがスリップ率Siについて微分可能であることを要件とする。また、タイヤモデルは、制動時の横力の低下、荷重移動、タイヤスリップ角および路面の摩擦係数を考慮して構築される(ブラッシュタイヤモデル)。
【0034】
次に、このタイヤモデルに基づいて、各車輪11FR〜11RLの前後力Ftxiおよび横力Ftyi(i=fRLl、rr、rl)が算出される(図10参照)。また、微小なスリップ率の変化による前後力の変化および横力の変化が算出される。具体的には、まず、タイヤの発生力Fti(前後力Ftxiおよび横力Ftyiの合力)がタイヤ周方向に対してなす角度をθiとする。次に、タイヤのスリップ角をβi、スリップ率をSi(制動時を正として−∞<Si<1.0)、路面の摩擦係数をμ、タイヤの接地荷重をWi、KsおよびKbを係数(Ks>0かつKb>0)とする。すると、タイヤがロック状態にない(ξi≧0)ときの前後力Ftxiおよび横力Ftyiは、数式(1)および数式(2)により表される。また、タイヤがロック状態にある(ξi<0)ときの前後力Ftxiおよび横力Ftyiは、数式(3)および数式(4)により表される。
【0035】

【数1】

【数2】

【数3】

【数4】

【0036】
なお、係数Kbは、スリップ率を0としてスリップ角βiに対する横力Ftyiのグラフを引くときに、このグラフの原点における傾きとなる(図11参照)。また、係数Ksは、スリップ角βi=0としてスリップ率Siに対する前後力Ftxiのグラフを引くときに、このグラフの原点における傾きとなる(図12参照)。また、cosθ、sinθ、λ、ξは、次の数式(5)〜数式(8)により表される。
【0037】

【数5】

【数6】

【数7】

【数8】

【0038】
次に、数式(1)〜数式(4)がスリップ率Siで偏微分されて、微小なスリップ率の変化に対する前後力の変化および横力の変化(タイヤ座標系)が算出される(数式(9)および数式(10)参照)。
【0039】

【数9】

【数10】

【0040】
次に、以下の数式(11)〜数式(18)が用いられて、右側前輪(fr)、左側前輪(fl)、右側後輪(rr)および左側後輪(rl)の前後力および横力(タイヤ座標系)が車両座標系に変換され、車両の重心に作用する前後力Fxiおよび横力FyiならびにモーメントMiが算出される。なお、数式(11)〜数式(18)において、φfおよびφrは前輪および後輪の舵角であり、Trは車両のトレッド幅であり、LfおよびLrは車両の重心から前輪車軸および後輪車軸までの距離である。また、T(φf)およびT(φr)は、数式(19)および数式(20)により表される。
【0041】

【数11】

【数12】

【数13】

【数14】

【数15】

【数16】

【数17】

【数18】

【数19】

【数20】

【0042】
同様に、数式(21)〜数式(28)が用いられて、右側前輪(fr)、左側前輪(fl)、右側後輪(rr)および左側後輪(rl)の前後力の偏微分値および横力の偏微分値(タイヤ座標系)が車両座標系に変換され、車両に作用する前後力および横力の偏微分値(微係数)ならびにモーメントの偏微分値(微係数)が算出される。
【0043】

【数21】

【数22】

【数23】

【数24】

【数25】

【数26】

【数27】

【数28】

【0044】
次に、各車輪11FR〜11RLのスリップ率を目標スリップ率Siとしたときの前後力Fx、前輪横力Fyf、後輪横力FyrおよびモーメントMが算出される。このとき、各車輪11FR〜11RLの前後力Fxi、前輪横力FyfRLyfl、後輪横力FyrRLyrlおよびモーメントMiの和が用いられる(数式(29)参照)。
【0045】

【数29】

【0046】
ここで、(A)車両運動制御にて、車両の運動を安定化させるために必要な前後力およびモーメントをそれぞれ目標前後力Fxtおよび目標モーメントMtとする。このとき、目標前後力Fxtおよび目標モーメントMtは、車両運動制御が行われていないとき(車両のスリップ率が0のとき)の前後力FxsoおよびモーメントMsoに対する上乗せ量と見なされる。また、(B)車両運動制御が行われていないときの前輪横力Fyfsoおよび後輪横力Fyrsoをそれぞれ目標前輪横力Fyfaおよび目標後輪横力Fyraとする。
【0047】
次に、(A)および(B)の考え方に基づいて、車両の目標前後力Fxa、目標前輪横力Fyfa、目標後輪横力Fyraおよび目標モーメントMaが算出される(数式(30)および数式(31)参照)。なお、数式(30)の右辺は、スリップ率が0のときに各車輪11FR〜11RLにて発生する前後力、横力およびモーメントを表している。
【0048】

【数30】

【数31】

【0049】
また、被制御四輪のスリップ率の微小な変化dSiと、前後力の変化dFx、前輪横力の変化dFyf、後輪横力の変化dFyrおよびモーメントの変化dMとは、数式(32)の関係を有する。なお、数式(32)において、dSfr、dSfl、dSrrおよびdSrlは右側前輪11FR、左側前輪11FL、右側後輪11RRおよび左側後輪11RLのスリップ率の微小変化量を表しており、また、Jはヤコビ行列を表している。
【0050】

【数32】

【0051】
次に、目標前後力Fxa、目標前輪横力Fyfa、目標後輪横力Fyraおよび目標モーメントMaを実現するためのスリップ率(目標スリップ率Si)が算出される。ただし、この目標スリップ率Siは、解析的に解くことが困難であるため、以下の収束演算により算出される。
【0052】
まず、目標前後力Fxaと実際の前後力Fxとの差δFx、目標前輪横力Fyfaと実際の前輪横力Fyfとの差δFyf、目標後輪横力Fyraと実際の後輪横力Fyrとの差δFyr、目標モーメントMaと実際のモーメントMとの差δMをΔとする(数式(33)参照)。次に、Δ=0のときに数式(34)にて表される評価関数Lを最小化するスリップ率修正量δSが算出される。なお、Tは、トランスポートである。
【0053】

【数33】

L=δSTWdsδS+(S+δS)TWs (S+δS)+ETWf E …(34)
【0054】
また、このスリップ率修正量δSは、∂L/∂δS=0として数式(35)のように表される。

δS=(Wds+Ws +JTWf J)−1(−Ws S+JTWf Δ)…(35)
【0055】
なお、SおよびδSは、各車輪11FR〜11RLのスリップ率およびスリップ率修正量である(数式(36)および数式(37)参照)。また、Eは、差Δと、スリップ率修正量δSによる前後力Fx、前輪横力Fyf、後輪横力FyrおよびモーメントMの修正量dFx、dFyf、dFyr、dMとの差である(数式(38)参照)。

【数36】

【数37】

【数38】

【0056】
また、Wdsは、スリップ率修正量δSに対する重みである(数式(39)参照)。また、Wsは、スリップ率Sに対する重みである(数式(40)参照)。また、Wfは、各力に対する重みである(数式(41)参照)。また、各重みWds、Ws、Wfは、Wds≧0、Ws≧0、Wf≧0の範囲にある。
【0057】

【数39】

【数40】

【数41】

【0058】
したがって、前回の目標スリップ率Siがスリップ率修正量δSiを用いて修正されることにより、現在の目標スリップ率Si(目標前後力Fxa、目標前輪横力Fyfa、目標後輪横力Fyraおよび目標モーメントMaを達成するための各車輪11FR〜11RLの目標スリップ率Si)が算出される。また、必要に応じて目標スリップ率Siが補正される。
【0059】
[目標スリップ率の算出方法の具体例]
例えば、この実施例では、各車輪11FR〜11RLの目標スリップ率Siが以下のように算出される(図3参照)。
【0060】
まず、後輪11RR、11RLのスリップ角βrが算出される(ST31)。
【0061】
具体的には、まず、横加速度Gyと車速Vおよびヨーレートγの積Vγ(=V×γ)との偏差Gy−Vγとして、車両の横すべり加速度Vyd(横加速度の偏差)が算出される(図4参照)。次に、この横すべり加速度Vydが積分されることにより、車体の横すべり速度Vyが算出される。そして、車体の前後速度Vx(=車速V)と横すべり速度Vyとの比Vy/Vxが、車体のスリップ角βとして算出される(ST311)。次に、車両の重心から後輪車軸までの車両前後方向の距離Lrと、数式(42)とが用いられて、後輪のスリップ角βrが算出される(ST312)。なお、後輪のスリップ角βrは、後輪のころがり方向に対して後輪のすべり方向が反時計廻り方向にあるときに、正となる。

βr =β−Lr γ/V ……(42)

次に、基準値βrcを正の定数として、後輪のスリップ角βrと基準値βrcとの関係が判断される(ST313)。βr>βrcの場合には、後輪のスリップ角βrが基準値βrcに設定される(ST314)。一方、βr≦βrcの場合には、後輪のスリップ角βrと数値−βrcとの関係が判断される(ST315)。そして、βr<−βrcの場合には、後輪のスリップ角βrがβr=−βrcに設定される(ST316)。また、βr≧−βrcの場合には、そのまま次のステップST32に進む。
【0062】
なお、上記のように、後輪11RR、11RLのスリップ角βrの絶対値が基準値βrcよりも大きい場合(|βr|>βrc)には、スリップ角βrが基準値βrcまたは−βrcに設定されたまま目標スリップ率Siが算出される(ST313〜ST316)(図4参照)。したがって、後輪11RR、11RLの実際のスリップ角の絶対値が大きい場合にも、後輪11RR、11RLの目標スリップ率Srr、Srlが高い値とならない。これにより、車両の旋回方向が逆転したときに、車両のスピンが適正に回避される。例えば、後輪のスリップ角βrが大きいときには、後輪に小さい前後力を発生させるときに目標スリップ率Srr、Srlが高い値となる。すると、車両の旋回方向が逆転したときに、後輪の車輪速度が小さ過ぎるため、車両がスピンし易くなる。
【0063】
次に、前回の目標スリップ率Siにおける車両の前後力Fx、前輪横力Fyf、後輪横力FyrおよびモーメントM(すなわち現在の車両の前後力、前輪横力、後輪横力およびモーメント)が算出される(ST32)(図3参照)。
【0064】
具体的には、まず、操舵角φに基づいて算出された前輪の実舵角φfと、車両の重心から前輪車軸までの車両前後方向の距離Lfと、数式(43)とが用いられて、前輪のスリップ角βfが算出される(ST321)(図5参照)。なお、前輪のスリップ角βfは、前輪のころがり方向に対して前輪のすべり方向が反時計廻り方向にあるときに正となる。

βf =−φf +β+Lf γ/V ……(43)

次に、重力加速度gと、車体の前後加速度Gxおよび横加速度Gyと、数式(44)とが用いられて、タイヤに対する路面の摩擦係数μが推定算出される(ST322)。

μ=(Gx2+Gy2)1/2/g ……(44)

次に、車体の前後加速度Gxおよび横加速度Gyが用いられて、各車輪11FR〜11RLの荷重移動量ΔWiが算出される。そして、この荷重移動量ΔWiと各車輪11FR〜11RLの静荷重Wsiとの和Wsi+ΔWiが、各車輪11FR〜11RLの支持荷重Wiとして算出される(ST323)。次に、数式(8)が用いられて、各車輪11FR〜11RLのグリップ状態の判定値ξiが算出される(ST324)。次に、この判定値ξiがξi≧0であるか否か(車輪がグリップ状態にあるか否か)の判別が行われる(ST325)。そして、ξi≧0の場合には、数式(1)および数式(2)が用いられて、各車輪11FR〜11RLの前後力Ftxiおよび横力Ftyiが算出される(ST326)。一方、ξi<0の場合には、数式(3)および数式(4)が用いられて、各車輪11FR〜11RLの前後力Ftxiおよび横力Ftyiが算出される(ST327)。なお、これらのステップST325〜ST327は、各車輪11FR〜11RLについて行われる。次に、数式(11)〜数式(20)が用いられて、車両の前後力Fx、前輪横力Fyf、後輪横力FyrおよびモーメントMに対する各車輪11FR〜11RLの成分が算出される(ST328)。次に、数式(29)が用いられて、車両の実際の前後力Fx、前輪横力Fyf、後輪横力FyrおよびモーメントMが算出される(ST329)。
【0065】
次に、車両運動制御に必要な目標前後力Fxa、目標前輪横力Fyfa、目標後輪横力Fyraおよび目標モーメントMaが算出される(ST33)(図3参照)。
【0066】
具体的には、まず、スタビリティファクタKhと、ホイールベースHと、数式(45)とが用いられて、目標ヨーレートγcが算出される(図6参照)。次に、時定数Tと、数式(46)とが用いられて、基準ヨーレートγtが算出される(ST331)。なお、sは、ラプラス算出子である。また、目標ヨーレートγcは、動的なヨーレートを考慮すべく車両の横加速度Gyを加味して算出されてもよい。

γc =Vφ/(1+Kh V2)H ……(45)

γt =γc /(1+Ts) ……(46)

次に、数式(47)が用いられて、ドリフトアウト量DVが算出される(ST332)。なお、ドリフトアウト量DVは、次の数式(48)により算出されてもよい。

DV=(γt −γ) ……(47)

DV=H(γt −γ)/V ……(48)

次に、ヨーレートγの符号に基づいて車両の旋回方向が判定されて、ドリフトアウト状態量DSが算出される(ST333)。そして、車両の左旋回時には、ドリフトアウト状態量DSがDVとして算出される。また、車両の右旋回時には、ドリフトアウト状態量DSが−DVとして算出される。また、算出結果が負の値のときには、ドリフトアウト状態量DSが0となる。次に、このドリフトアウト状態量DSと、所定のマップ(図13参照)とが用いられて所定の係数Kgが算出される(ST334)。次に、Km1およびKm2をそれぞれ正の定数とし、車両のスリップ角βの微分値βdと、車両の目標スリップ角の微分値βtおよび目標スリップ角の微分値βtdと、数式(49)とが用いられて、運動制御の目標モーメントMtが算出される(ST335)。なお、目標スリップ角βtおよび目標スリップ角の微分値βtdは、βt=βtd=0としてもよい。

Mt =Km1(β−βt )+Km2(βd −βtd) ……(49)

次に、数式(50)が用いられて、車両の運動を安定化させるための目標前後力Fxtが算出される(ST336)。なお、数式(50)において、Massは車両の質量であり、gは重力加速度である。

Fxt=−Kg・Mass・g ……(50)

次に、数式(30)が用いられて、各車輪11FR〜11RLのスリップ率SiをSi=0としたときの車両の前後力Fxso、前輪横力Fyfso、後輪横力FyrsoおよびモーメントMsoが算出される(ST337)。次に、数式(31)が用いられて、車両の目標前後力Fxa、目標前輪横力Fyfa、目標後輪横力FyraおよびモーメントMaが算出される(ST338)。
【0067】
なお、上記の構成では、目標スリップ率Siの算出にあたり、目標前後力Fxaおよび目標モーメントMaに加えて目標前輪横力Fyfaおよび目標後輪横力Fyraが考慮される(ST33)。これにより、横力の低下に起因する車両のコーストレース性の悪化が適正に回避される。例えば、目標前後力Fxaおよび目標モーメントMaのみが考慮される構成では、横力の低下が考慮されないため、車両のコーストレース性が悪化し易い。
【0068】
また、上記の構成では、目標スリップ率Siの算出にあたり、数式(31)が用いられて、車両の目標前後力Fxa、目標前輪横力Fyfa、目標後輪横力Fyraおよび目標モーメントMaが算出される(ST338)。このとき、車両運動制御の目標横力Fyfa、FyraがFyfa=Fyra=0に設定される。しかし、これに限らず、次の数式(53)〜数式(55)が用いられて、目標前後力Fxa、目標前輪横力Fyfa、目標後輪横力Fyraおよび目標モーメントMaが算出されても良い。なお、数式(53)において、Kyf1、Kyr1、Kyf2およびKyr2は、正の定数である。

Fyft=Kyf1(β−βt )+Kyf2(βd −βtd) ……(53)

Fyrt=Kyr1(β−βt )+Kyr2(βd −βtd) ……(54)

【数55】

【0069】
次に、数式(9)および数式(10)が用いられて、微小なスリップ率の変化に対する各車輪11FR〜11RLの前後力の変化および横力の変化が算出され、さらに、数式(21)〜数式(28)および数式(32)が用いられて、車両の前後力の微係数∂Fxi/∂Si、横力の微係数∂Fyi/∂Si、モーメントの微係数∂Mi/∂Siが算出される(ST34)(図3参照)。
【0070】
次に、数式(33)が用いられて、車両の前後力の修正量δFx、前輪横力の修正量δFyf、後輪横力の修正量δFyrおよびモーメントの修正量δMが算出される(ST35)。
【0071】
次に、所定の重みWds、Ws、Wf(数式(39)〜数式(41)参照)が算出される(ST36)。
【0072】
例えば、スリップ率の修正量δSに対する重みWdsは、以下のように算出される(図7参照)。まず、右側前輪のスリップ率の修正量δSfrに対する重みWdsfrと、左側前輪のスリップ率の修正量δSflに対する重みWdsflとがWdsfr=Wdsfl=1に設定される(ST3601)。次に、前輪のスリップ角βfの正負が判断される(ST3602)。そして、βf>0の場合には、目標モーメントMaの正負が判断される(ST3603)。Ma<0の場合には、Wdsfr=5に設定され(ST3604)、Ma≧0の場合には、そのまま次のステップST3607に進む。一方、βf≦0の場合には、目標モーメントMaの正負が判断される(ST3605)。Ma>0の場合には、Wdsfl=5に設定され(ST3606)、Ma≦0の場合には、そのまま次のステップST3607に進む。次に、右側後輪のスリップ率の修正量δSrrに対する重みWdsrrと、左側後輪のスリップ率の修正量δSrlに対する重みWdsrlとがWdsrr=Wdsrl=1に設定される(ST3607)。次に、後輪のスリップ角βrの正負が判断される(ST3608)(図14参照)。そして、βr>0の場合には、目標モーメントMaがの正負が判断される(ST3609)。Ma>0の場合には、Wdsrr=5に設定され(ST3610)、Ma≦0の場合には、そのまま次のステップST3613に進む。一方、βr≦0の場合には、目標モーメントMaの正負が判断される(ST3611)。Ma<0の場合には、Wdsrl=5に設定され(ST3612)、Ma≧0の場合には、そのまま次のステップST3713に進む。次に、これらの重みWdsfr〜Wdsrlと、数式(35)とが用いられて、数式(34)の評価関数Lを最小化する各車輪11FR〜11RLのスリップ率の修正量δSiが算出される。
【0073】
なお、上記の構成では、各車輪11FR〜11RLの目標スリップ率Siが振動的に変化するおそれの有無が判定される(ST3602〜ST3612)。そして、目標スリップ率Siが振動的に変化するおそれがある場合には、各車輪11FR〜11RLの目標スリップ率Siの修正量δSiに対する重みWdsfr〜Wdsrlが増大される(ST3604、ST3606、ST3610、ST3612)。これにより、収束演算時における目標スリップ率Siの振動的な変化が防止されて、車両の運動が適正に制御される。例えば、右側前輪11FRのスリップ角βfr(図15参照)がβfr>0の場合には、右側前輪11FRのスリップ率Sfrが増加するに連れて、右側前輪11FRの前後力Fxfrが減少し、また、右側前輪11FRの横力Fyfrが増加する(図16参照)。また、右側前輪11FRのモーメントMfrが、特定のスリップ率Sfrにてピーク値をとる(図17参照)。このため、このピーク値の点Aにて、モーメントMfrの傾きが逆転する。このとき、重みWdsfrが一定のままでは、右側前輪11FRの目標スリップ率Sfrが点Aの近傍にて振動的に変化し、車両の運動の適正な制御が困難となる。なお、このことは他の車輪11FL、11RL、11RRについても同様である。
【0074】
また、上記の構成では、上記の判定(ST3602〜ST3612)では、スリップ角βの符号のみならず、目標モーメントMaの符号も考慮される。したがって、車輪のスリップ角の符号のみに基づいて判定が行われる構成と比較して、判定の精度が向上する。これにより、車両運動制御の応答性の悪化が抑止される。
【0075】
なお、車両の作用力(前後力Fx、前輪横力Fyf、後輪横力FyrおよびモーメントM)に対する重みWfの算出ステップについては、後述する。
【0076】
次に、これらの重みWds、Ws、Wfと数式(35)とが用いられて、各車輪11FR〜11RLのスリップ率修正量δSiが算出される(ST37)(図3参照)。このスリップ率修正量δSiは、現在の車両の前後力、前輪横力、後輪横力およびモーメントと、目標前後力、目標前輪横力、目標後輪横力および目標モーメントとの差ΔをΔ=0にするスリップ率修正量のうち、数式(34)の評価関数Lを最小化するスリップ率修正量である。
【0077】
なお、かかるスリップ率修正量δSiが用いられる構成では、各車輪11FR〜11RLのスリップ率と車両の運動を安定化させるための状態量との関係を示す多数のマップが車両の仕様や走行環境に応じて設定される構成と比較して、装置構成が簡素化される。また、目標スリップ率Siが収束演算により算出されるので、各車輪11FR〜11RLの目標スリップ率Siが解析により算出される構成と比較して、目標スリップ率Siの算出速度が向上する。これにより、車両の運動が応答遅れなく適切に制御される。
【0078】
次に、前回の目標スリップ率Siと、上記のスリップ率の修正量δSiとの和Si+δSiが算出されて、修正後の目標スリップ率Siが設定される(ST38)。
【0079】
次に、この目標スリップ率Siが必要に応じて補正される(ST39)。
【0080】
具体的には、まず、目標モーメントMaがMa<0であり、後輪11RR、11RLのスリップ角βrがβr>0であり、且つ、車両のヨーレートγがγ>0であるか否かの判別が行われる(ST391)(図9参照)。そして、この要件が満たされる場合には、後輪11RR、11RLの目標スリップ率Srr、SrlがSrr=Srl=0に設定される(ST393)。一方、要件が満たされない場合には、目標モーメントMaがMa>0であり、後輪11RR、11RLのスリップ角βrがβr<0であり、且つ、車両のヨーレートγがγ<0であるか否かの判別が行われる(ST392)。そして、この要件が満たされる場合には、後輪11RR、11RLの目標スリップ率Srr、SrlがSrr=Srl=0に設定される(ST393)。一方、要件が満たされない場合には、目標スリップ率Siの算出ステップがそのまま終了される。
【0081】
なお、上記の構成では、目標モーメントMaの符号と後輪のスリップ角βrの符号とが逆のときに(Ma<0、βr>0かつγ>0、または、Ma>0、βr<0かつγ<0)、後輪11RR、11RLの目標スリップ率Srr、SrlがSrr=Srl=0に設定される(ST391〜ST393)、したがって、後輪11RR、11RLのスリップ角βrの符号が逆転しても、目標スリップ率Siの急激な変化が生じ難い。これにより、車両のスピンが適正に回避される。
【0082】
以上により、各車輪11FR〜11RLの目標スリップ率Siが算出される。
【0083】
[車両の状態量に対する重みWfの算出]
この実施例では、上記のように、車両の運動に関する状態量として、各車輪11FR〜11RLの前後力Fx、前輪横力Fyf、後輪横力FyrおよびモーメントMが算出される(ST32)(図3参照)。また、車両の運動を安定化させるための目標状態量として、目標前後力Fxa、目標前輪横力Fyfa、目標後輪横力Fyraおよび目標モーメントMaが算出される(ST33)。そして、この目標状態量を実現するための目標制御量として、目標スリップ率Siが算出される(ST39)。また、目標スリップ率Siは、収束演算を用いて算出される。
【0084】
そして、実際のスリップ率が目標スリップ率Siに追従するように、各車輪11FR〜11RLの制駆動力が制御される。このとき、駆動力配分制御装置2と制動力制御装置3との協働により、各車輪11FR〜11RLの制駆動力が制御される。具体的には、駆動力配分制御装置2が右側後輪11RRおよび左側後輪11RLへの駆動力の配分を制御し、制動力制御装置3が各車輪11FR〜11RLの制動力を独立して制御する。
【0085】
ここで、上記のような条件下では、各車輪11FR〜11RLの目標制駆動力が以下のように設定されることが好ましい。すなわち、(1)いずれかの車輪11FR〜11RLのタイヤが摩擦円の限界領域にある走行条件下では、制動力制御(ブレーキ制御)が用いられて車両運動制御が行われることが好ましい。これにより、車輪11FR〜11RLのタイヤの摩擦円を均一に使用する制御が可能となるので、車両状態量(車両の前後力Fx、前輪横力Fyf、後輪横力FyrおよびモーメントM)の制御の最適化が可能となる。一方、(2)すべての車輪11FR〜11RLのタイヤが摩擦円の通常領域(限界領域以外の領域)にある走行条件下では、駆動力配分制御が制動力制御に優先して行われることが好ましい。すなわち、駆動力配分制御装置2が有効活用されることにより、タイヤが摩擦円の限界領域にあるときのみならず通常領域にあるときにも、各車輪の制駆動力制御が可能となる。これにより、車両運動制御が効率的に行われる。また、制動力制御(ブレーキ制御)の使用が減少するので、制動力制御装置3の耐久性が向上する。
【0086】
上記の観点から、この車両運動制御システム1では、車両の状態量(前後力Fx、前輪横力Fyf、後輪横力FyrおよびモーメントM)に対する重みWF(主として、前輪横力Fyfに対する重みWFyfおよび後輪横力Fyrに対する重みWFyr。数式(41)参照。)が以下のように算出されることが好ましい(ST36)(図3および図8参照)。
【0087】
まず、各車輪11FR〜11RLのタイヤの摩擦円使用率Ai(i=fr、fl、rr、rl)が算出される(ST3621)。この摩擦円使用率Aiの算出には、次の数式(100)が用いられる。なお、数式(100)において、μは、路面とタイヤとの摩擦係数であり(数式(44)参照)、Fziは、各車輪11FR〜11RLのタイヤに負荷される接地荷重である(図18参照)。

【数100】

【0088】
次に、各車輪11FR〜11RLの摩擦円使用率Aiのうち最大のものが最大値Amaxとして選択される(ST3622)。
【0089】
次に、この最大値Amaxと数式(101)とが用いられて、所定の切替係数Kが算出される(ST3623)。この切替係数Kは、重みWFを切り替えるための係数である。なお、数式(101)に示すように、摩擦円使用率Aiの最大値Amaxが所定の下限値a以下(Amax≦a、a=0.7)あるいは所定の上限値b以上(b≦Amax、b=0.9)である場合には、切替係数Kが一定に設定され、これらの中間(a<Amax<b)では、切替係数Kがシームレスに変化する(図19参照)。

【数101】

【0090】
次に、この切替係数Kと数式(102)とが用いられて、後輪横力に対する重みWFyrおよび前輪横力に対する重みWFyf(数式(41)参照)が算出される(ST3624)。なお、数式(102)において、(1)WFyf_fricおよびWFyr_fricは、いずれかの車輪11FR〜11RLのタイヤが摩擦円の限界領域にあるときの重みWFであり、WFyf_fric<WFyr_fricの関係を有する。また、(2)WFyf_defおよびWFyr_defは、すべての車輪11FR〜11RLのタイヤが摩擦円の通常領域(限界領域以外の領域)にあるときの重みWFであり、WFyf_def>WFyr_defの関係を有する。

【数102】

【0091】
以上により、車両の走行状態(タイヤの摩擦円使用率)に応じた適正な重みWF(前輪横力Fyfに対する重みWFyfおよび後輪横力Fyrに対する重みWFyr)が算出される。
【0092】
[目標制駆動力の設定例]
例えば、この実施例では、駆動力配分制御装置2が後輪11RR、11RLに設置されて左右輪への駆動力配分を制御する(図1参照)。また、制動力制御装置3が前輪11FR、11FLおよび後輪11RR、11RLの各車輪に対して制動力を独立して付与する。そして、実際のスリップ率を目標スリップ率Siに追従させるために必要な各車輪11FR〜11RLの目標制駆動力が算出される。このとき、駆動力配分制御における左右の駆動輪11RR、11RLへの目標左右差、制動力制御における各車輪の目標制動力、および、エンジン12の総駆動力目標が算出される。そして、この算出結果に基づいて、駆動力配分制御装置2の駆動力配分制御、制動力制御装置3の制動力制御およびエンジン12の総駆動力制御が行われる。
【0093】
(1)エンジン12の総駆動力目標が最低駆動力d以上、且つ、左右の駆動輪11RR、11RLの目標左右差(右側後輪11RRの駆動力FxRRと左側後輪11RLの駆動力FxRLとの差)が駆動力配分制御装置2の許容設計値c以内(|FxRR−FxRL|≦c)の場合には、目標制駆動力が以下のように配分される。
総駆動力制御 :FxRR+FxRL
駆動力配分制御:右側後輪FxRRかつ左側後輪FxRL
制動力制御 :右側後輪0かつ左側後輪0
【0094】
(2)エンジン12の総駆動力目標が最低駆動力d以上、且つ、左右の駆動輪11RR、11RLの目標左右差が許容設計値cより大きい(|FxRR−FxRL|>c)場合には、目標制駆動力が以下のように配分される。
総駆動力制御 :FxRR+FxRL+|FxRR−FxRL|−c
駆動力配分制御:c
制動力制御 :FxRR>FxRLの場合、
右側後輪0かつ左側後輪−(FxRR−FxRL−c)
FxRR<FxRLの場合、
右側後輪−(FxRL−FxRR−c)かつ左側後輪0
【0095】
(3)エンジン12の総駆動力目標が最低駆動力d未満の場合には、目標制駆動力が以下のように配分される。
総駆動力制御 :0
駆動力配分制御:0
制動力制御 :右側後輪Min(0,FxRR)かつ左側後輪Min(0,FxRL)
【0096】
[効果]
以上説明したように、この車両運動制御システム1では、車両運動制御にあたり、車両の運動に関する状態量(車両の前後力Fx、前輪横力Fyf、後輪横力FyrおよびモーメントM)と、車両の運動に関する各車輪11FR〜11RLの制御量(実際のスリップ率)と、車両の運動を安定化させるための目標状態量(目標前後力Fxa、目標前輪横力Fyfa、目標後輪横力Fyraおよび目標モーメントMa)と、この目標状態量を実現するための目標制御量(目標スリップ率Si)と、この目標制御量を実現するための各車輪11FR〜11RLの目標制駆動力とが算出される(ST3〜ST5)(図2参照)。そして、この目標制駆動力に基づいて、駆動力配分制御装置2による駆動輪(後輪11RR、11RL)の駆動力制御と、制動力制御装置3による各車輪11FR〜11RLの制動力制御とが行われる。これにより、車両の運動(特に、旋回時の挙動)が安定化される。
【0097】
ここで、この車両運動制御システム1では、駆動輪の横力(後輪横力Fyr)が他の車輪の横力(前輪横力Fyf)よりも小さくなるように(Fyr<Fyf)、制動力制御装置3が各車輪11FR〜11RLの制動力を制御する。かかる構成では、各車輪の横力が均一に制御される構成と比較して、駆動輪の前後力(後輪前後力Fxr)に自由度が残る。したがって、駆動力配分制御装置2が左右の駆動輪の駆動力配分を制御することにより、左右の駆動輪の前後力(右側後輪11RRの前後力FxRRおよび左側後輪11RLの前後力FxRL)に差を設けることができる。これにより、駆動力配分制御装置2が有効活用されるので、車両運動制御が効率的に行われる利点がある。すなわち、駆動力配分制御装置2と制動力制御装置3との協働が可能となり、車両運動制御が効率的に行われる利点がある。例えば、車両運動制御時にて、各車輪の横力Fyf、Fyrが均一となるように制動力制御装置による各車輪の制動力が制御される構成では、駆動力配分制御装置による左右輪への駆動力配分制御を有効に活用できない。
【0098】
また、一般に、制動力制御のみが用いられて車両運動制御が行われる構成では、各車輪のタイヤの摩擦円を均一に使用するとの観点から、車両の目標状態量のバランスが考慮されて各車輪の目標制駆動力が算出される。このとき、車両の目標制御量が収束演算を用いて算出される。このため、駆動力配分制御と制動力制御とが併用されるときに、収束演算を用いて算出された目標制御量を基準として各車輪の目標制駆動力が算出されると、車両の目標状態量のバランスが崩れるおそれがある。
【0099】
この点において、この車両運動制御システム1では、上記のように、駆動輪の横力が他の車輪の横力よりも小さくなるように、制動力制御装置3が各車輪11FR〜11RLの制動力を制御する。すると、駆動輪の前後力に自由度が残るので、車両の目標状態量のバランスを維持しつつ、駆動力配分制御にかかる駆動力を各車輪の目標制駆動力に組み込むことが可能となる。これにより、駆動力配分制御と制動力制御との併用が可能となるので、車両運動制御が効率的に行われる利点がある。
【0100】
また、上記の構成では、駆動力配分制御装置2が車両の後輪11RR、11RLに配置されることが好ましい(図1参照)。かかる構成では、後輪11RR、11RLが駆動輪となり、且つ、後輪横力Fyrが前輪横力Fyfよりも小さくなるように(Fyr<Fyf)、制動力制御装置3が各車輪11FR〜11RLの制動力を制御する。すると、後輪11RR、11RLの前後力FxRR、FxRLの自由度が拡大されるので、駆動力配分制御装置2による左右の駆動輪の駆動力配分制御が可能となり、右側後輪の前後力FxRRと左側後輪の前後力FxRLとの間に差を設けることができる。これにより、駆動力配分制御装置2が有効活用されるので、車両運動制御が効率的に行われる利点がある。
【0101】
例えば、この実施例では、駆動力配分制御装置2が車両の後輪11RR、11RLにのみ配置されている(図1参照)。そして、車両運動制御時にて、車両の運動を安定化させるための目標制御量(目標スリップ率Si)が算出される(ST3)。また、車両の走行状態(タイヤの摩擦円使用率)に応じた適正な制御を行うために、車両の状態量(前後力Fx、前輪横力Fyf、後輪横力FyrおよびモーメントM)に対する重みWF(WFx、WFyf、WFyr、WM)が設定される(数式(41)参照)。このとき、前輪横力Fyfに対する重みWFyfと、後輪横力Fyrに対する重みWFyrとが所定条件下(車輪11FR〜11RLのタイヤが摩擦円の通常領域にある走行条件下)にてFyr<Fyfの関係に設定される。これにより、車両の走行状態に応じた適正な重みWFが設定されて、車両運動制御が効率的に行われる。
【0102】
また、この車両運動制御システム1では、すべての車輪11FR〜11RLのタイヤの摩擦円使用率Aiが所定の下限値a以下のときに、駆動輪の横力(後輪横力Fyr)が他の車輪の横力(前輪横力Fyf)よりも小さくなるように(Fyr<Fyf)、制動力制御装置3が各車輪11FR〜11RLの制動力を制御する。すなわち、すべての車輪11FR〜11RLのタイヤが摩擦円の通常領域(限界領域未満の領域)にある場合には、駆動力配分制御が優先的に行われる。かかる構成では、タイヤが摩擦円の限界領域にあるときのみならず、通常領域にあるときにも各車輪の制駆動力制御が行われる。これにより、車両運動制御が効率的に行われる利点がある。また、かかる構成では、制動力制御のみにより車両運動制御が行われる構成と比較して、制動力制御(ブレーキ制御)の使用が減少する。これにより、制動力制御装置3の耐久性が向上する利点がある。例えば、タイヤが摩擦円の通常領域にあるときに制動力制御のみが用いられて車両運動制御が行われると、制動力制御装置の耐久性が悪化する、ブレーキパッドの摩耗が促進される、ブレーキ効率が悪化する、制動時のショックや制動感により乗員のフィーリング(乗心地性)が悪化する等の問題点が生じる。
【0103】
例えば、この実施例では、各車輪11FR〜11RLのタイヤの摩擦円使用率Aiのうち最大のものを最大値Amaxとし、この最大値Amaxが所定の下限値a以下のときに、すべての車輪11FR〜11RLのタイヤが摩擦円の通常領域にあると判断される(図8、図18および図19参照)。そして、この走行条件下にて、駆動輪の横力(後輪横力Fyr)が他の車輪の横力(前輪横力Fyf)よりも小さくなるように(Fyr<Fyf)、前輪横力Fyfに対する重みWFyfと後輪横力Fyrに対する重みWFyrとがWFyr<WFyfの関係に設定される(数式(100)〜数式(102)参照)。そして、この重みWFyr、WFyfに基づいて、各車輪の目標制御量(目標スリップ率Si)および目標制駆動力が算出される。これにより、後輪11RR、11RLの前後力FxRR、FxRLの自由度が拡大されて、駆動力配分制御が可能となる。
【0104】
また、この車両運動制御システム1では、いずれか一つの車輪11FR〜11RLのタイヤの摩擦円使用率Aiが所定の上限値b以上のときに、駆動輪の横力(後輪横力Fyr)の減少が他の車輪の横力(前輪横力Fyf)の減少よりも抑制されるように、制動力制御装置3が各車輪11FR〜11RLの制動力を制御する。かかる構成では、後輪横力Fyrが前輪横力Fyfに対して大きく低下することが防止され、また、これに起因して旋回方向のヨーモーメントが車両に過剰に作用して車両が前輪の周りに自転することが効果的に防止される。これにより、車両運動制御が適正に行われる利点がある。
【0105】
例えば、この実施例では、各車輪11FR〜11RLのタイヤの摩擦円使用率Aiの最大値Amaxが所定の上限値b以上のときに、すべての車輪11FR〜11RLのタイヤが摩擦円の限界領域にあると判断される(図8、図18および図19参照)。そして、この走行条件下にて、前輪横力Fyfに対する重みWFyfと後輪横力Fyrに対する重みWFyrとがWFyr>WFyfの関係に設定される(数式(100)〜数式(102)参照)。そして、この重みWFyr、WFyfに基づいて、各車輪の目標制御量(目標スリップ率Si)および目標制駆動力が算出される。これにより、後輪横力Fyrが前輪横力Fyfに対して大きく低下することが防止され、また、これに起因して旋回方向のヨーモーメントが車両に過剰に作用して車両が前輪の周りに自転することが効果的に防止される。
【0106】
また、上記の構成では、(1)タイヤが摩擦円の通常領域にあるときには、駆動輪の横力(後輪横力Fyr)が他の車輪の横力(前輪横力Fyf)よりも小さく(Fyr<Fyf)なるように制動力制御が行われることで、駆動力配分制御が積極的に用いられる。また、(2)タイヤが摩擦円の限界領域にあるときには、駆動輪の横力(後輪横力Fyr)が他の車輪の横力(前輪横力Fyf)よりも大きく(Fyr>Fyf)なるように制動力制御が行われることで、制動力制御が積極的に行われる。かかる構成では、(1)と(2)との双方が併用されることにより、車両トータルの目標加減速度やモーメント等の目標車両状態量のバランスを取りつつ目標制駆動力が算出される。これにより、全走行領域(摩擦円の通常領域および限界領域)にて、車両運動制御が適正に行われる利点がある。
【0107】
例えば、この実施例では、摩擦円使用率Aiの最大値Amaxに応じて、(1)駆動力配分制御を積極的に用いるか、或いは、(2)制動力制御を積極的に用いるかが選択される。これにより、全走行領域にて車両運動制御が適正に行われる。
【0108】
また、この車両運動制御システム1では、上記のように、各車輪11FR〜11RLのタイヤの摩擦円使用率のうち最大のものが最大値Amaxとして算出されると共に(ST3622)、最大値Amaxに基づいて駆動輪の横力(後輪横力Fyr)に対する重みWFyrと他の車輪の後輪横力(後輪横力Fyf)に対する重みWFyfとが算出される(ST3623、ST3624)(図8参照)。そして、各重みWFyr、WFyfに基づいて、目標制御量(スリップ率Si)が算出される(ST3)(図2参照)。
【0109】
このとき、最大値Amaxが所定の下限値a以下の場合には、重みWFyr、WFyfがWFyr<WFyfに設定され、最大値Amaxが所定の上限値b以上の場合には、重みWFyr、WFyfがWFyr<WFyfに設定され、且つ、最大値Amaxがa<Amax<bの範囲にある場合には、重みWFyrと重みWFyfとが緩やかに変化しつつ大小関係を反転させる(数式(102)参照)。かかる構成では、a<Amax<bの範囲にて、目標制駆動力がシームレスに変化する。すなわち、駆動力配分制御が優先的に行われる領域(摩擦円の通常領域)から制動力制御が主として行われる領域(摩擦円の限界領域)への移行時にて、出力制御の段付きが低減される。これにより、車両運動制御が安定的に行われる利点がある。
【0110】
例えば、この実施例では、摩擦円使用率の最大値Amaxに応じて切替係数K(数式(101)参照)が設定され、この切替係数Kと数式(102)とが用いられて各車輪の横力に対する重みWFyr、WFyfが算出される(ST3621〜ST3624)(図8参照)。このとき、a<Amax<bの範囲にて、切替係数Kが比例関数にて変化し(図18参照)、また、この切替係数により重みWFyr、WFyfが連続的に変化することにより、重みWFyrと重みWFyfとが緩やかに変化しつつ大小関係を反転させる(数式(102)参照)。
【0111】
また、上記の構成では、各車輪11FR〜11RLのタイヤの摩擦円使用率の差分が最小となるように、目標制動力(目標制御量)が算出されることが好ましい。かかる構成では、駆動力配分制御が優先的に利用されるので、車両の運動変化が抑制される。また、駆動力配分制御が優先的に行われる領域(摩擦円の通常領域)から制動力制御が主として行われる領域(摩擦円の限界領域)への移行時にて、出力制御の段付きが低減される。これにより、車両運動制御が安定的に行われる利点がある。
【0112】
また、この車両運動制御システム1では、車両の状態量(車両の前後力Fx、前輪横力Fyf、後輪横力FyrおよびモーメントM)と目標状態量(目標前後力Fxa、目標前輪横力Fyfa、目標後輪横力Fyraおよび目標モーメントMa)との差Δを0にする目標制御量(目標スリップ率Si)の修正量のうち所定の評価関数L(数式(34)参照)を最小化する修正量(スリップ率修正量δS。数式(35)参照)が算出されると共に、この修正量に基づいて目標制御量が修正される(ST37およびST38)(図3参照)。すなわち、目標制御量が収束演算を用いて算出される。かかる構成では、各車輪11FR〜11RLの制御量(実際のスリップ率)と目標状態量との関係を示す多数のマップが車両の仕様や走行環境に応じて設定される構成と比較して、装置構成が簡素化される利点がある。また、目標制御量が収束演算により算出されるので、目標制御量が解析により算出される構成と比較して、目標制御量の算出速度が向上する。これにより、車両の運動が応答遅れなく適切に制御される。
【産業上の利用可能性】
【0113】
以上のように、この発明にかかる車両運動制御システムは、駆動力配分制御と制動力配分制御との併用により車両運動制御を効率的に行い得る点で有用である。
【図面の簡単な説明】
【0114】
【図1】この発明の実施例にかかる車両運動制御システムを示す構成図である。
【図2】図1に記載した車両運動制御システムの作用を示すフローチャートである。
【図3】目標スリップ率の算出方法の具体例を示すフローチャートである。
【図4】目標スリップ率の算出方法の具体例を示すフローチャートである。
【図5】目標スリップ率の算出方法の具体例を示すフローチャートである。
【図6】目標スリップ率の算出方法の具体例を示すフローチャートである。
【図7】目標スリップ率の算出方法の具体例を示すフローチャートである。
【図8】目標スリップ率の算出方法の具体例を示すフローチャートである。
【図9】目標スリップ率の算出方法の具体例を示すフローチャートである。
【図10】目標スリップ率の算出方法の具体例を示す説明図である。
【図11】目標スリップ率の算出方法の具体例を示す説明図である。
【図12】目標スリップ率の算出方法の具体例を示す説明図である。
【図13】目標スリップ率の算出方法の具体例を示す説明図である。
【図14】目標スリップ率の算出方法の具体例を示す説明図である。
【図15】目標スリップ率の算出方法の具体例を示す説明図である。
【図16】目標スリップ率の算出方法の具体例を示す説明図である。
【図17】目標スリップ率の算出方法の具体例を示す説明図である。
【図18】目標スリップ率の算出方法の具体例を示す説明図である。
【図19】目標スリップ率の算出方法の具体例を示す説明図である。
【符号の説明】
【0115】
1 車両運動制御システム
2 駆動力配分制御装置
21 制御ディファレンシャル
22 ドライブシャフト
3 制動力制御装置
31 油圧回路
32 ホイールシリンダ
33 ブレーキペダル
34 マスタシリンダ
4 制御系
42 車輪速度センサ
43 操舵角センサ
44 ヨーレートセンサ
45 前後加速度センサ
46 横加速度センサ
47 車速センサ
10 車両
11 車輪
12 エンジン
13 変速機
14 プロペラシャフト
15 ビスカスカップリング

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の前輪または後輪の少なくとも一方(以下、駆動輪という。)に駆動力を付与すると共に前記駆動輪の左右輪への駆動力配分を制御できる駆動力配分制御装置と、車両の各車輪の制動力を独立して制御できる制動力制御装置とを備える車両運動制御システムであって、
車両の運動に関する状態量と、車両の運動に関する各車輪の制御量と、車両の運動を安定化させるための前記状態量の目標値(以下、目標状態量という。)と、前記目標状態量を実現するための前記制御量の目標値(以下、目標制御量という。)と、前記目標制御量を実現するための各車輪の制駆動力の目標値(以下、目標制駆動力という。)とが算出されると共に、前記目標制駆動力に基づいて前記駆動力配分制御装置による前記駆動輪の駆動力制御と前記制動力制御装置による各車輪の制動力制御とが行われるときに、
前記状態量が車両の前輪横力および後輪横力を含み、且つ、前記駆動輪に作用する横力が他の車輪に作用する横力よりも小さくなるように、前記制動力制御装置が各車輪の制動力を制御することを特徴とする車両運動制御システム。
【請求項2】
前記駆動力配分制御装置が車両の後輪に配置される請求項1に記載の車両運動制御システム。
【請求項3】
すべての車輪のタイヤの摩擦円使用率が所定の下限値以下のときに、前記駆動輪の横力が他の車輪の横力よりも小さくなるように前記制動力制御装置が各車輪の制動力を制御する請求項1または2に記載の車両運動制御システム。
【請求項4】
いずれか一つの車輪のタイヤの摩擦円使用率が所定の上限値以上のときに、前記駆動輪の横力の減少が他の車輪の横力の減少よりも抑制されるように前記制動力制御装置が各車輪の制動力を制御する請求項3に記載の車両運動制御システム。
【請求項5】
各車輪のタイヤの摩擦円使用率のうち最大のものが最大値Amaxとして算出され、この最大値Amaxに基づいて前記駆動輪の横力に対する重みWFyrと他の車輪の後輪横力に対する重みWFyfとが算出されると共に、これらの重みWFyr、WFyfに基づいて前記目標制御量が算出されるときに、
最大値Amaxが所定の下限値a以下の場合には、重みWFyr、WFyfがWFyr<WFyfに設定され、最大値Amaxが所定の上限値b以上の場合には、重みWFyr、WFyfがWFyr<WFyfに設定され、且つ、最大値Amaxがa<Amax<bの範囲にある場合には、重みWFyrと重みWFyfとが緩やかに変化しつつ大小関係を反転させる請求項1または2に記載の車両運動制御システム。
【請求項6】
各車輪のタイヤの摩擦円使用率の差分が最小となるように、前記目標制御量が算出される請求項5に記載の車両運動制御システム。
【請求項7】
前記状態量と前記目標状態量との差を0にする前記目標制御量の修正量のうち所定の評価関数を最小化する修正量が算出されると共に、前記修正量に基づいて前記目標制御量が修正される請求項1〜6のいずれか一つに記載の車両運動制御システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【公開番号】特開2009−137362(P2009−137362A)
【公開日】平成21年6月25日(2009.6.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−313929(P2007−313929)
【出願日】平成19年12月4日(2007.12.4)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】