説明

車両運動制御システム

【課題】車両の旋回運動時にアンダステア状態またはオーバステア状態になったとき、スムーズな旋回運動に移行ができる車両運動制御システムを提供する。
【解決手段】車両用ブレーキ液圧制御装置の制御機能部であるVSA制御部は、車両の旋回状態がアンダステア状態であるか否か、また、車両の旋回状態がオーバステア状態であるか否かを判定する。VSA制御部は、車両の旋回状態がアンダステア状態と判定したときは、旋回内側の車輪に制動力を付与し、後輪トー角制御部が、VSA制御部のこの判定を受けて、旋回外側の後輪をトーインに設定する。VSA制御部は、オーバステア状態と判定したときは、旋回外側の車輪に制動力を付与し、後輪トー角制御部が、VSA制御部のこの判定を受けて、旋回内側の後輪をトーインに設定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両運動制御システムに関し、特に、左右の車輪の制動力差を制御して車両を安定化する制動力制御手段と、左右後輪のトー角を個々に変更可能な後輪トー角制御手段とを供える車両運動制御システムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、特許文献1に記載の車両用ブレーキ液圧制御装置などを利用した駆動輪の空転を制御するトラクション・コントロール・システム(TCSと略す)機能や、旋回時にアンダステア状態やオーバステア状態を検知して、旋回内側の車輪または旋回外側の車輪の制動力を高めて、アンダステア状態またはオーバステア状態を修正するヨーモーメントを付与し、車両挙動を安定化する機能など含むビークル・スタビリティ・アシスト・システム(VSAと略す)の技術が開示されている(特許文献2)。
ちなみに、VSAの中には、公知のABS(Antilock Brake System)機能も含まれている。そして、VSAは、本発明における「制動力制御手段」に対応する。
【0003】
また、特許文献3には、操向ハンドルの操作角に応じたり、アクセルペダルまたはブレーキペダルの操作に応じたりして、後輪のトー角を左右個別に変更制御して、車両の旋回性能を高めたり、車両の走行安定性を高めたりする車両の後輪トー角制御装置(本発明における「後輪トー角制御手段」に対応)の技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007−030745号公報
【特許文献2】特開2007−118676号公報
【特許文献3】特開2008−055921号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、従来の特許文献2に開示の技術による車両の旋回運動時のVASによる制動力制御と、従来の特許文献3に開示の技術による後輪トー角制御装置による後輪のトー角制御の単なる組み合わせでは、例えば、アンダステア状態と判定されたときに、図6の(a)に示すように旋回内側の車輪3FL,3RLに制動力FVSA1,FVSA2を付与して、旋回方向のヨーモーメントMVSAを発生させることによって、車体方向をより旋回内向きに変えるようにヨーレイトを旋回方向に増加させることはできる。しかし、後側の車輪(後輪)3RL,3RRのトー角は、従来技術では、後輪トー角制御装置により旋回を促進するように、転舵輪である車輪3FL,3FRの向いている旋回方向内向きに対して図6の(a)に示すように逆相に設定されるか、前方に(トー角ゼロ)設定される。
このような制御では、車両のヨーレイトについては、安定に制御されるが、車両後部の軌跡は、旋回外側に膨らみ、アンダステア状態からニュートラル状態の旋回運動へのスムーズな移行とはなっていなかった。
【0006】
同様なことは、オーバステア状態に対しても言え、図7の(a)に示すように旋回外側の車輪3FR,3RRに制動力FVSA1,FVSA2を付与して、旋回方向と逆方向のヨーモーメントMVSAを発生させることによって、車体方向をより旋回外向きに変えるように旋回方向のヨーレイトを抑制することはできる。しかし、後側の車輪(後輪)3RL,3RRのトー角は、従来技術では、後輪トー角制御装置により旋回を促進するように、転舵輪である車輪3FL,3FRの向いている旋回方向内向きに対して図7の(a)に示すように逆相に設定されるか、前方に(トー角ゼロ)設定される。
このような制御では、車両のヨーレイトについては安定に制御されるが、車両後部の軌跡は、旋回外側への膨らみが弱く、オーバステア状態からニュートラル状態の旋回運動へのスムーズな移行とはなっていなかった。
【0007】
本発明は、前記した従来の課題を解決するものであり、制動力制御手段と、後輪トー角制御手段とを備える車両運動制御システムにおいて、車両の旋回運動時にアンダステア状態またはオーバステア状態になったとき、ニュートラル状態の旋回運動へのスムーズな移行ができる車両運動制御システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するために、請求項1に記載の発明は、車両の左右車輪に異なる制動力を付与することにより車両にヨーモーメントを発生させる制動力制御手段と、車両の転舵輪である前輪の向きを変更する操向ハンドルの操作角に応じて後輪のトー角を変更する後輪トー角制御手段と、を少なくとも備える車両運動制御システムであって、車両の旋回状態がアンダステア状態であるか否かを判定するアンダステア状態検出手段を備え、アンダステア状態検出手段においてアンダステア状態と判定されたとき、制動力制御手段が、旋回内側の車輪に制動力を付与するとともに、後輪トー角制御手段が、旋回外側の後輪をトーイン側に向けることを特徴とする。
【0009】
請求項1に記載の発明によれば、アンダステア状態検出手段においてアンダステア状態と判定されたとき、制動力制御手段が、旋回内側の車輪に制動力を付与するとともに、後輪トー角制御手段が、旋回外側の後輪をトーイン側に向けるので、車両がより旋回内側に切れ込むようになるだけでなく、従来、車体後部の軌跡が旋回外側に膨らむ傾向になるのを抑制し、スムーズなニュートラルの旋回運動状態に移行できる。
【0010】
請求項2および請求項3に記載の発明は、車両の旋回状態がオーバステア状態であるか否かを判定するオーバステア状態検出手段を備え、オーバステア状態検出手段においてオーバステア状態と判定されたとき、制動力制御手段が、旋回外側の車輪に制動力を付与するとともに、後輪トー角制御手段が、旋回内側の後輪をトーイン側に向けることを特徴とする。
【0011】
請求項2および請求項3に記載の発明によれば、オーバステア状態検出手段においてオーバステア状態と判定されたとき、制動力制御手段が、旋回外側の車輪に制動力を付与するとともに、後輪トー角制御手段が、旋回内側の後輪をトーイン側に向けるので、車両がより旋回内側に切れ込むのを抑制するだけでなく、従来、車体後部の軌跡が旋回外側に膨らむ傾向が弱かったのを増大し、スムーズなニュートラルの旋回運動状態に移行できる。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、制動力制御手段と、後輪トー角制御手段とを備える車両運動制御システムにおいて、車両の旋回運動時にアンダステア状態またはオーバステア状態になったとき、ニュートラル状態の旋回運動へのスムーズな移行ができる車両運動制御システムを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明に係る実施形態の車両運動制御システムを適用した車両の全体概念図である。
【図2】車両運動制御ECUの機能構成を示すブロック図である。
【図3】VSA制御部のアンダステア状態およびオーバステア状態における制御の流れを示すフローチャートである。
【図4】VSA制御部のアンダステア状態およびオーバステア状態における制御の流れを示すフローチャートである。
【図5】後輪トー角制御部における制御の流れを示すフローチャートである。
【図6】車両が左旋回中にアンダステア状態と判定されたときの、車両運動の説明図であり、(a)は、従来の場合の説明図、(b)は、本実施形態の場合の説明図である。
【図7】車両が左旋回中にオーバステア状態と判定されたときの、車両運動の説明図であり、(a)は、従来の場合の説明図、(b)は、本実施形態の場合の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
《全体概要》
先ず、図1を参照しながら本発明に係る実施形態の車両運動制御システムを適用した車両1の全体概要について説明する。
図1は、本発明に係る実施形態の車両運動制御システムを適用した車両の全体概念図である。図2は、車両運動制御ECUの機能構成を示すブロック図である。
車両1は、例えば、エンジンEとトランスミッションTMを車両前部に横置きし、図示しない駆動力伝達手段によって前側の左右の車輪(転舵輪)3FL,3FRが駆動される駆動輪とし、一方、後ろ側の左右の車輪(後輪)3RL,3RRを従動輪とした前輪駆動車両である。各車輪3FL,3FR,3RL,3RRにはタイヤTが装着され、ブレーキ装置4FL,4FR,4RL,4RRが組み込まれている。
車両1は、図1に示すように車両運動制御システムとして、電動パワーステアリング装置100、トー角変更装置120L,120R、車両用ブレーキ液圧制御装置(制動力制御手段)150、およびそれらを制御する制御部としての車両運動制御ECU15を含んで構成されている。
【0015】
車両運動制御ECU15は、例えば、CPU、ROM、RAMなどを含むマイクロコンピュータと、マイクロコンピュータに各種信号を入力するための入力インタフェース回路、マイクロコンピュータからの出力信号を出力するための出力インタフェース回路、後記する液圧ユニット16に含まれるリニアソレノイド弁などやモータを駆動するための駆動回路などを含んで構成されている。
【0016】
そして、車両運動制御ECU15は、ROMに予め格納されたプログラムをCPUで実行することによって実現される機能ブロック構成として、前記した電動パワーステアリング装置100の制御部として機能するEPS制御部23、トー角変更装置120L,120Rの上位制御部として機能する後輪トー角制御部24、車両用ブレーキ液圧制御装置150の制御部として機能するVSA(ビークル・スタビリティ・アシスト)制御部22を有している。
ここで、トー角変更装置120L,120Rと後輪トー角制御部24とが、本発明の請求項に記載の「後輪トー角制御手段」を構成する。
【0017】
車両1には、操向ハンドル6の操作量であるハンドル操作角θH(図2参照)を検出するハンドル操作角センサSAH、車体の旋回率であるヨーレイトγ(図2参照)を検出するヨーレイトセンサSγ、車体の横方向加速度(略して「横G」とも称する)を検出する横GセンサSαY、車体の前後方向加速度(略して「前後G」とも称する)を検出する前後GセンサSαX、前側の左右の車輪3FL,3FR、および後ろ側の左右の車輪(後輪)3RL,3RR、それぞれの車輪速を検出する車輪速センサ5FL,5FR,5RL,5RRを備えており、これらのセンサからの信号は車両運動制御ECU15に入力される。
【0018】
また、電動パワーステアリング装置100のピニオン軸に加えられる操舵トルクTrq(図2参照)を検出する操舵トルクセンサSTからの信号、後記するEPSモータ7のモータ回転角θM(図2参照)を検出するモータ回転角センサSAM、アクセルペダルAPの踏み込み量を検出するアクセルセンサSACからのアクセル踏込み量の信号、ブレーキペダルBPの踏み込み量を検出するブレーキセンサSBRからのブレーキ踏込み量の信号、ブレーキペダルBPを踏んだことを検出するブレーキスイッチ(SW)36からのブレーキSW(図2参照)の信号などが車両運動制御ECU15に入力される。
【0019】
なお、今後車輪の位置を区別する必要の無いときは、図1中では車輪3FL,3FR,3RL,3RRと表示してあるが、代表的に車輪3と称し、同様に、各車輪3に設けられている後記するブレーキ装置や車輪速センサについてもそれらが取り付けられている車輪の位置の区別の必要が無いときは、ブレーキ装置4FL,4FR,4RL,4RRの代わりに単にブレーキ装置4や、車輪速センサ5FL,5FR,5RL,5RRの代わりに単に車輪速センサ5と称する。また、車輪速センサ5の検出する車輪速についても、その係る車輪の位置を区別する必要が無いときは、図2中では車輪速VWFL,VWFR,VWRL,VWRRの代わりに単に車輪速VWと称する。
【0020】
ちなみに、車両1には、エンジンEを制御するエンジン制御ECU13が設けられ、車両運動制御ECU15と通信回線、例えば、CAN(Controller Area Network)通信で接続されている。
エンジン制御ECU13も、例えば、CPU、ROM、RAMなどを含むマイクロコンピュータと、マイクロコンピュータに各種信号を入力するための入力インタフェース回路、マイクロコンピュータからの出力信号を出力するための出力インタフェース回路などを含んで構成されている。
エンジン制御ECU13、車両運動制御ECU15、モータ駆動回路25には図示しないバッテリなどの電源から電力が供給される。
【0021】
《電動パワーステアリング装置》
まず、電動パワーステアリング装置100の構成の概要について説明する。
図1において、電動パワーステアリング装置100は、操向ハンドル6が設けられたステアリングシャフトと、ピニオン軸とが、図示省略の中間シャフトとユニバーサルジョイント(自在継手)によって連結され、また、ピニオン軸の下端部に設けられたピニオンギアは、車幅方向に往復運動可能なラック軸8のラック歯に噛合し、ラック軸8の両端には、タイロッド9を介して前側の左右の車輪3FL,3FRが連結されている。この構成により、電動パワーステアリング装置100は、操向ハンドル6の操作時に車両の進行方向を変えることができる。
前記したピニオン軸の下端部に設けられたピニオンギアと、ラック軸8のラック歯と、がラック&ピニオン機構10を構成している。
【0022】
電動パワーステアリング装置100は、操向ハンドル6による手動操舵力を軽減するための操舵補助力および操向ハンドル6に操舵抵抗力を供給する電動パワーステアリング用のモータ7(以下、「EPS(Electric Power Steering)モータ7」と称する)を備えており、このEPSモータ7の出力軸に設けられたウォームギアが、ピニオン軸に設けられたウォームホイールギアに噛合し、減速機構11を構成している。EPSモータ7としては、例えば、直流モータが用いられている。
【0023】
また、電動パワーステアリング装置100は、車両運動制御ECU15の機能構成部としてのEPS制御部23、EPSモータ7を駆動するモータ駆動回路25、ピニオン軸に加えられる操舵トルクTrq(図2参照)を検出する操舵トルクセンサST、操舵トルクセンサSTの出力を増幅する図示省略の差動増幅回路、ハンドル操作角センサSAHなどを含んで構成されている。
【0024】
モータ駆動回路25は、例えば、H型ブリッジ回路のような複数のスイッチング素子を備え、図2に示すように車両運動制御ECU15のEPS制御部23からのDUTY信号を用いて、矩形波電流を生成し、EPSモータ7を駆動する電源回路である。また、モータ駆動回路25は、図示省略のモータ電流センサを用いてモータ電流を検出する機能や、図示省略のモータ電圧センサを用いてモータ電圧を検出する機能を備えている。
EPSモータ7にはモータ回転角センサSAMが設けられ、EPSモータ7のモータ回転角θM(図2参照)を検出し、モータ回転角度θMの信号を車両運動制御ECU15出力する。
【0025】
(EPS制御部)
EPS制御部23は、公知の構成であり、図2では省略してあるが、例えば、車速VSと操舵トルクTrqの二次元マップデータが予めROMに格納してあり、車速VSと操舵トルクTrqを参照して、その二次元マップデータにもとづいて操舵補助力に対応するベース目標電流値を算出し、モータ駆動回路25へ出力するベース電流算出部や、操舵補助力の立ち上がり特性を補正するイナーシャ補償部や、EPSモータ7のモータ回転角θMからモータ回転角速度を算出して、車輪3FL,3FRの転舵角速度から、操舵補助力を調整するダンパ補償部などを備え、イナーシャ補償部およびダンパ補償部が前記したベース目標電流値を補正する補正電流値を出力して、モータ駆動回路25に、補正された目標電流値を出力する。
なお、EPS制御部23は、モータ駆動回路25からの実際の電流値や電圧値を検出して、前記した補正された目標電流値との差分を算出する偏差部を有しており、実際には目標電流値にたいする偏差に応じたフィードバック制御をしている。
【0026】
《トー角変更装置と後輪トー角制御部》
(トー角変更装置)
次に、トー角変更装置120L,120Rと後輪トー角制御部24について説明する。
車両1には図1に示すように、例えば、特開2008−201173号公報の図3、図4に記載されたようなトー角変更装置120L、120Rが設けられている。
トー角変更装置120L、120Rは、車両1の後側の左右の車輪3RL,3RRにそれぞれ取り付けられる。トー角変更装置120Lは、アクチュエータ17L、トー角変更制御ECU18Lを備え、同様にトー角変更装置120Rは、アクチュエータ17R、トー角変更制御ECU18Rを備えている。
そして、トー角変更装置18L,18Rは、上位の制御部である車両運動制御ECU15の後輪トー角制御部24からの左右の後側の車輪(後輪)3RL,3RRに対するそれぞれの目標トー角θ*TTL、θ*TTR(図2参照)に車輪3RL,3RRの実トー角θTL、θTRが一致するようにストロークセンサ38,38からのストローク位置信号をフィードバックして制御する。
【0027】
アクチュエータ17L,17Rには、そのストローク位置を検出する前記したストロークセンサ38が設けられている。このストロークセンサ38は、例えば、マグネットが内蔵され、磁気を利用して位置を検出できるようになっている。このように、ストロークセンサ38を用いて位置を検出することにより、後側の左右の車輪3RL,3RRのトーイン、トーアウトの舵角、つまり、トー角を個別に高精度に検出できるようになっている。
【0028】
また、アクチュエータ17L,17Rには、それぞれトー角変更制御ECU18L,18Rが一体に取り付けられている。トー角変更制御ECU18L,18Rは、アクチュエータ17L,17Rのケース本体に固定され、ストロークセンサ38とコネクタなどを介して接続されている。また、左右のトー角変更制御ECU18L,18R同士の間と、車両運動制御ECU15との間とは通信回線で接続されている。
トー角変更制御ECU18L,18Rには、車両に搭載された図示しないバッテリなどの電源から電力が供給される。
なお、トー角変更制御ECU18L,18Rは、アクチュエータ17L,17Rに内蔵されているモータを駆動するスイッチング素子を含むモータ駆動回路も含んで構成されている。
【0029】
(後輪トー角制御部)
次に、図2を参照して、後輪トー角制御部24の機能構成を具体的に説明する。後輪トー角制御部24は、例えば、ROMに予め格納された三次元の目標トー角マップデータ41aにもとづいて目標トー角θTTL,θTTRを算出する目標トー角算出部41と、VSA制御部22において後記するアンダステア状態やオーバステア状態と判定されたとき、旋回内側または旋回外側の車輪3RL、または、車輪3RRを目標トー角算出部41で算出された目標トー角θTTLまたは目標トー角θTTRの代わりにVSA制御部22からの要求ヨーモーメント量に応じて、トーインとなる新たな目標トー角θ*TTLまたは目標トー角θ*TTRに置き換えて、トー角変更制御ECU18Lまたはトー角変更制御ECU18Rに出力する目標トー角補正部42を含んでいる。
目標トー角補正部42の詳細な機能については後記する図5のフローチャートの説明の中で説明する。
【0030】
目標トー角算出部41は、内部にハンドル操作角θHの時間微分をしてハンドル操作角速度θ′Hを算出する図示しないハンドル操作角時間微分部を有している。そして、目標トー角算出部41の目標トー角マップデータ41aは、例えば、ハンドル操向角θH、ハンドル操作角速度θ′Hの絶対値、車速VSの三次元マップデータである。具体的には、車速VSが低速を示す場合は、後ろ側の車輪3RL,3RRを転舵輪である前側の車輪3FL,3FRと逆相に、ハンドル操向角θHに応じたトー角を目標トー角θTTL,θTTRに設定し、車速VSが第1の所定車速値以上では、ハンドル操向角θHに応じたトー角を逆相の目標トー角θTTL,θTTRに設定するゲインが減衰するようになっている。そして、車速VSが第1の所定車速より大きい第2の所定車速値以上では、車輪3FL,3FRと同相にハンドル操向角θHに応じたトー角を目標トー角θTTL,θTTRに設定するゲインが徐々に車速VSとともに増大して飽和する特性とすることが多い。
ただし、目標トー角マップデータ41aは、車速VSが前記した第2の所定車速値以上の場合でも、ハンドル操作角θHの絶対値が所定値以上の大角度や、ハンドル操作角速度θ′Hの絶対値が所定値以上の場合は、ハンドル操向角θHに応じた逆相の目標トー角θTTL,θTTRを設定するようなデータ構成になっており、高速走行時の危険回避運動が的確に行えるようになっていることが多い。
【0031】
《車両用ブレーキ液圧制御装置》
次に車両用ブレーキ液圧制御装置150について説明する。
図1に示すように、車両用ブレーキ液圧制御装置150は、車両1の各車輪3に付与する制動力(ブレーキ液圧)を適宜制御するためのものであり、油路や各種部品が設けられた液圧ユニット16と、液圧ユニット16内の各種部品を適宜制御するための制御部である車両運動制御ECU15の機能部であるVSA制御部22とを主に含んで構成されている。
【0032】
このVSA制御部22には、車輪3の車輪速度を検出する車輪速センサ5からの車輪速VW(図2参照、ただし、図2中では、各車輪3の位置に対応させてVWFL,VWFR,VWRL,VWRRと表示)の信号、ハンドル操作角センサSAHからの操向ハンドル6の操作角θHの信号、車両1の横GセンサSαYからの横加速度(図2では「横G」と表示)αYの信号、車両1のヨーレイトを検出するヨーレイトセンサSγからのヨーレイトγの信号(図2参照)、前後GセンサSαXからの車両1の前後加速度αXの信号、アクセルペダルAPの踏み込み量を検出するアクセルセンサSACからのアクセル踏込み量の信号(図2では図示省略)、ブレーキペダルBPの踏み込み量を検出するブレーキセンサSBRからのブレーキ踏込み量の信号(図2では図示省略)、ブレーキペダルBPを踏んだことを検出するブレーキスイッチ(SW)信号などがVSA制御部22に入力される。
【0033】
VSA制御部22は、例えば、車輪速センサ5、ハンドル操作角センサSAH、横GセンサSαY、ヨーレイトセンサSγおよび前後GセンサSαXからの入力と、ROMに記憶されたプログラムやデータにもとづいて各演算処理を行うことによって、制御を実行する。
また、各車輪3に設けられたブレーキ装置4は、マスタシリンダMおよび液圧ユニット16により発生されたブレーキ液圧を各車輪3に設けられたブレーキ装置4の作動力に変換する液圧装置であるホイールシリンダを含んでおり、ホイールシリンダは、それぞれ配管を介して車両用ブレーキ液圧制御装置150の液圧ユニット16に接続されている。
【0034】
図1に示すように、車両用ブレーキ液圧制御装置150の液圧ユニット16は、運転者がブレーキペダルBPに加える踏力に応じたブレーキ液圧を発生する液圧供給手段であるマスタシリンダMと、ブレーキ装置4(図1中、4FL,4FR,4RL,4RRと表示)との間に配置されており、その詳細な構成は、例えば、特開2007−30745号公報の図1から図3に記載されたものと同様であり、詳細な説明を省略する。そして、通常時は、ブレーキペダルBPの踏力が各ブレーキ装置4FL,4RR,4RL,4FRに伝達されるようになっている。
【0035】
また、車両用ブレーキ液圧制御装置150の液圧ユニット16は、VSA制御部22からの制御により、運転者がブレーキペダルBPを操作していないときでも、アンダステア状態にあると判定したとき、旋回内側の車輪の制動力を高め、また、オーバステア状態にあると判定したとき、旋回外側の車輪の制動力を高め、安定な車両の旋回運動を維持するように補助する油圧回路の機能を有している。
【0036】
(VSA制御部)
次に、図2を参照しながらVSA制御部22の詳細な機能説明をする。
このVSA制御部22は、車速算出部50、ABS(Anti-lock Brake System)制御部51、規範ヨーレイト算出部53、アンダステア量算出部(アンダステア状態検出手段)55、オーバステア量算出部(オーバステア状態検出手段)56、ブレーキ制御量算出部57、エンジン制御量算出部58を含んで構成されている。
車速算出部50は、各車輪速VWから車速VSを算出し、VSA制御部22内のABS制御部51に入力するだけで無く、前記したEPS制御部23、後輪トー角制御部24にも入力する。
【0037】
ABS制御部51は、従来公知のABS機能を有しており、制動時に車速VSと各車輪速VWから各車輪3のスリップ率を算出し、各車輪3がロックしないように各車輪のブレーキ液圧を調整する。また、ABS制御部51は、加速時などに、駆動輪である車輪3FL,3FRのスリップ率を算出して、駆動輪の空転を防止する制御を行う。
【0038】
規範ヨーレイト算出部53は、予めROMに格納されたハンドル操作角θH、横加速度(図2中、「横G」と表示)αY、車速VSの三次元マップデータ53aを有しており、ハンドル操作角θH、横加速度αY、車速VSを参照して、三次元マップデータ53aにもとづいて規範ヨーレイトγTを算出し、アンダステア量算出部55、オーバステア量算出部56に入力する。
【0039】
アンダステア量算出部55は、規範ヨーレイト算出部53において算出された規範ヨーレイトγTと、ヨーレイトセンサSγからのヨーレイトγとの偏差Δγ(=γT−γ)を算出し、γTが負(左旋回)で、かつ、γT−ε1≦γ、または、γTが正(右旋回)で、かつ、γT−ε1≧γのとき、アンダステア状態と判定して、Δγにもとづいて要求ヨーモーメント量を算出して、アンダステア状態を示す判定フラグ(アンダステアフラグIFLAGA=1)とともに、ブレーキ制御量算出部57および目標トー角補正部42に出力する。
アンダステア状態と判定しない場合は、判定フラグ(アンダステアフラグIFLAGA=0)を、ブレーキ制御量算出部57および目標トー角補正部42に出力する。
【0040】
なお、アンダステア量算出部55は、図2では省略されているが、前後GセンサSαXからの前後加速度αX、横GセンサSαYからの横加速度αYや、アクセルセンサSACからのアクセル踏み込み量が適宜入力され、アンダステア状態と判定したときに、加速状態と判定した場合は、アンダステア状態を示す判定フラグ(アンダステアフラグIFLAGA=1)とともに要求ヨーモーメント量をエンジン制御量算出部58に出力する。
【0041】
オーバステア量算出部56は、規範ヨーレイト算出部53において算出された規範ヨーレイトγTと、ヨーレイトセンサSγからのヨーレイトγとの偏差Δγ(=γT−γ)を算出し、γTが負(左旋回)で、かつ、γT−ε2≧γ、または、γTが正(右旋回)で、かつ、γT−ε2≦γのとき、オーバステア状態と判定して、Δγにもとづいて要求ヨーモーメント量を算出して、オーバステア状態を示す判定フラグ(オーバステアフラグIFLAGB=1)とともに、ブレーキ制御量算出部57および目標トー角補正部42に出力する。
オーバステア状態と判定しない場合は、判定フラグ(オーバステアフラグIFLAGB=0)を、ブレーキ制御量算出部57および目標トー角補正部42に出力する。
【0042】
ちなみに、アンダステア量算出部55、オーバステア量算出部56において、アンダステア状態またはオーバステア状態の判定に用いる前記した閾値ε1、閾値ε2は、正の値であり、適宜設定されるものとする。そのとき、閾値ε1=ε2であっても良いし、閾値ε1≠ε2であっても良い。
【0043】
ブレーキ制御量算出部57は、アンダステア量算出部55またはオーバステア量算出部56から入力される判定フラグが、アンダステアフラグIFLAGA=1の場合は、旋回内側の前後の車輪3FL,3RLまたは車輪3FR,3RRに対して、要求ヨーモーメント量に応じて、前側左右の車輪速VWFL,VWFR、後ろ側左右の車輪速VWRL,VWRRを考慮して、液圧ユニット16の所要の弁に信号を出力し、ブレーキ液圧を調整し、制動力を付与する。
ちなみに、液圧ユニット16は、ABS制御部51およびブレーキ制御量算出部57におけるブレーキ液圧の制御のために、車両運動制御ECU15に対し、マスタシリンダ液圧や、油圧回路内の所要部分の液圧を検出して出力している。
【0044】
エンジン制御量算出部58は、エンジン制御ECU13から入力されるエンジン回転速度NEとアンダステア量算出部55からの要求ヨーモーメント量に応じて、エンジン制御ECU13に対して、要求トルクを抑制させる信号を出力する。
【0045】
《アンダステア状態およびオーバステア状態におけるVSA制御と後輪トー角制御の協調制御》
次に、図3から図7を参照しながらVSA制御部22におけるアンダステア状態およびオーバステア状態と判定したときの車輪3の制動制御による車両1の旋回運動中の車両安定化制御と、そのときに組み合わせる本発明の特徴である後輪トー角制御部24における目標トー角補正部42の作用について説明する。
図3、図4は、VSA制御部のアンダステア状態およびオーバステア状態における制御の流れを示すフローチャートであり、図5は後輪トー角制御部における制御の流れを示すフローチャートである。
図6は、車両が左旋回中にアンダステア状態と判定されたときの、車両運動の説明図であり、(a)は、従来の場合の説明図、(b)は、本実施形態の場合の説明図である。図7は、車両が左旋回中にオーバステア状態と判定されたときの、車両運動の説明図であり、(a)は、従来の場合の説明図、(b)は、本実施形態の場合の説明図である。
まず、図3、図4を参照しながらVSA制御部22におけるアンダステア状態およびオーバステア状態と判定したときの車輪3の制動制御による車両1の旋回運動中の車両安定化制御について説明する。
【0046】
ステップS01では、VSA制御部22は、アンダステア状態の判定フラグ(アンダステアフラグ)IFLAGA=0、オーバステア状態の判定フラグ(オーバステアフラグ)を、IFLAGB=0と初期リセットする。
ステップS02では、VSA制御部22が、ハンドル操作角θH、車速VS、横加速度αY(図2中では、「横GαY」と表示)、ヨーレイトγ、各車輪速VWFL,VWFR,VWRL,VWRRを読み込む。
ステップS03では、規範ヨーレイト算出部53が、ハンドル操作角θH、車速VS、横加速度αYにもとづいて、三次元マップデータ53aにより規範ヨーレイトγTを算出する。
【0047】
ステップS04では、ステップS03において算出された規範ヨーレイトγTと、ヨーレイトγとにもとづき、γTが負で、かつ、γT−ε1≦γ、または、γTが正で、かつ、γT−ε1≧γか、否かをチェックする。ステップS04においてNoの場合は、ステップS05へ進み、ステップS04においてYesの場合は、ステップS06へ進む。
ステップS05では、アンダステア量算出部55は、アンダステア状態と判定しないで、アンダステアフラグIFLAGA=0を、ブレーキ制御量算出部57および目標トー角補正部42に出力する(「IFLAGA=0」)。その後、連結子(A)にしたがって、ステップS08へ進む。
【0048】
ステップS06では、アンダステア量算出部55は、アンダステア状態と判定して、Δγ(=γT−γ)にもとづいて要求ヨーモーメント量を算出して、アンダステアフラグIFLAGA=1とともに、ブレーキ制御量算出部57および目標トー角補正部42に出力する。
このあと、図5に示す目標トー角補正部42におけるステップS24,S25の制御に引き継がれる。
【0049】
ステップS07では、ブレーキ制御量算出部57が、アンダステア量算出部55から入力されるアンダステアフラグIFLAGA=1なので、要求ヨーモーメント量と、4輪の車輪速、つまり、前側左右の車輪速VWFL,VWFR、後ろ側左右の車輪速VWRL,VWRRにもとづいて旋回内側の前後の車輪3FL,3RLのブレーキ装置4FL、4RL、または、旋回内側の前後の車輪3FR,3RRのブレーキ装置4FR、4RRLに対するブレーキ液圧を算出して、液圧ユニット16に制御信号を出力する(「要求ヨーモーメント量と4輪の車輪速にもとづいて、旋回内側の前後輪ブレーキ液圧を算出して、出力」)。その後、連結子(B)にしたがって、ステップS02に戻る。
【0050】
なお、図3のフローチャートでは省略してあるが、ステップS06において、アンダステア量算出部55が、さらに前後加速度αXおよび横加速度αYにもとづいて旋回加速中のアンダステア状態と判定したときには、エンジン制御量算出部58にも要求ヨーモーメント量、アンダステアフラグIFLAGA=1を出力して、要求トルクの抑制信号をエンジン制御ECU13に出力させる。
【0051】
ステップS08では、ステップS03において算出された規範ヨーレイトγTと、ヨーレイトγとにもとづき、γTが負で、かつ、γT−ε2≧γ、または、γTが正で、かつ、γT−ε2≦γか、否かをチェックする。ステップS08においてNoの場合は、ステップS09へ進み、ステップS08においてYesの場合は、ステップS10へ進む。
ステップS09では、オーバステア量算出部56は、オーバステア状態と判定しないで、オーバステアフラグIFLAGB=0を、ブレーキ制御量算出部57および目標トー角補正部42に出力する(「IFLAGB=0」)。その後、連結子(B)にしたがって、ステップS02へ戻る。
【0052】
ステップS10では、オーバステア量算出部56は、オーバステア状態と判定して、Δγ(=γT−γ)にもとづいて要求ヨーモーメント量を算出して、オーバステアフラグIFLAGB=1とともに、ブレーキ制御量算出部57および目標トー角補正部42に出力する。
【0053】
ステップS11では、ブレーキ制御量算出部57が、オーバステア量算出部56から入力されるオーバステアフラグIFLAGB=1なので、要求ヨーモーメント量と、4輪の車輪速、つまり、前側左右の車輪速VWFL,VWFR、後ろ側左右の車輪速VWRL,VWRRにもとづいて旋回外側の前後の車輪3FL,3RLのブレーキ装置4FL、4RL、または、旋回外側の前後の車輪3FR,3RRのブレーキ装置4FR、4RRLに対するブレーキ液圧を算出して、液圧ユニット16に制御信号を出力する(「要求ヨーモーメント量と4輪の車輪速にもとづいて、旋回外側の前後輪ブレーキ液圧を算出して、出力」)。
【0054】
このあと、図5に示す目標トー角補正部42におけるステップS26,S27の制御に引き継がれる。
その後、連結子(B)にしたがって、ステップS02に戻る。
この繰り返し処理は、イグニッションキーがOFFされると停止する。
【0055】
次に、図5を参照しながら後輪トー角制御部24におけるアンダステア状態およびオーバステア状態と判定したときの後ろ側の車輪3RLまたは3RRのトー角制御による車両1の旋回運動中の車両軌跡の安定化制御について説明する。
ステップS21では、目標トー角算出部41が、ハンドル操作角θH、車速VSを読み込む。ステップS22では、目標トー角算出部41が、ハンドル操作角θHを時間微分して、ハンドル操作角速度θ′Hを算出する。
ステップS23では、目標トー角算出部41が、ハンドル操作角θH、ハンドル操作角速度θ′H、車速VSにもとづいて、目標トー角マップデータ41a(図5のフローチャート中、「目標トー角マップ」と表示)を参照して、後ろ側の車輪3RL,3RRの目標トー角θTTL,θTTR(図5のフローチャート中、「後輪目標トー角θTTL,θTTR」と表示)を設定する。
【0056】
ステップS24では、目標トー角補正部42が、状態判定フラグIFLAGA=1か否かをチェックする。IFLAGA=1の場合(Yes)は、つまり、アンダステアの状態の場合は、ステップS25へ進み、IFLAGA≠1の場合(No)は、ステップS26へ進む。
ステップS25では、目標トー角補正部42が、アンダステア量算出部55から入力された要求ヨーモーメント量に応じて、旋回外側の後ろ側の車輪3RR(車輪3RL)のトー角をトーインの所定の角に設定して、補正した目標トー角θ*TTR(目標トー角θ*TTL)とする。そして、旋回内側の後ろ側の車輪3RL(車輪3RR)のトー角は、ステップS23で設定された目標トー角θTTL(目標トー角θTTR)の値のまま補正された目標トー角θ*TTL(補正された目標トー角θ*TTR)とする(「要求ヨーモーメント量に応じて旋回外側後輪のトーイン角を設定して、補正」)。
なお、本実施形態では、旋回外側の後ろ側の車輪のトー角を要求ヨーモーメント量が大きいほどトーイン側に大きなトー角となるように設定することにするが、それに限定されない。所定の一定のトーインの角度に設定しても良い。
【0057】
この結果、図6の(a)に示すように、例えば、左旋回でアンダステア状態と判定されたとき、従来の場合、VSA制御により旋回内側の前後の車輪3FL,3RLに対して制動力FVSA1,FVSA2が付与され、VSA制御によるヨーモーメントMVSAが発生するのと同時に、後輪トー角制御により、例えば、逆相に車輪3RL,3RRが制御され、ヨーモーメントMRTCが発生し、車両1の後部の軌跡が矢印Trac_reaのように旋回外側に膨らむように制御されてしまい、車両1全体の軌跡が旋回外側に膨らむ形で旋回運動の安定制御がなされる。
【0058】
これに対し、本実施形態では、図6の(b)のA部に示すように、旋回外側の後ろ側の車輪3RRがトーインに設定され、ヨーモーメントMRTCが発生せず、しかも、車両1の後部の軌跡が矢印Trac_reaのように旋回内側に押し込むように制御するので、車両1全体の軌跡が旋回外側に膨らまず、進行方向が実線で示すようなスムーズな旋回運動の感覚を運転者に与えるような安定な旋回制御がされる。特に、ヨーモーメントMVSAが大きいほど、車輪3RRのトー角がトーイン側に大きく設定されるので、Trac_reaはより強く、旋回内側に押し出され、車両1の後部が外側に振り回される感覚(スピンする感覚)を抑制できる。
【0059】
また、制動している旋回内側の車輪3RLとは異なる旋回外側の車輪3RRに対して、トー角制御を行っているので、旋回運動中の旋回内側の車輪3RLの摩擦円に影響を与えず、車輪3RLの制動力に悪影響を与えないで済む。
【0060】
図5のフローチャートに戻って、ステップS26では、目標トー角補正部42が、状態判定フラグIFLAGB=1か否かをチェックする。IFLAGA=1の場合(Yes)は、つまり、オーバステア状態の場合は、ステップS27へ進み、IFLAGA≠1の場合(No)は、一連の制御を終了し、ステップS21へ戻り、一連の制御を繰り返す。
ステップS27では、目標トー角補正部42が、オーバステア量算出部56から入力された要求ヨーモーメント量に応じて、旋回内側の後ろ側の車輪3RL(車輪3RR)のトー角をトーインの所定の角に設定して、補正した目標トー角θ*TTL(目標トー角θ*TTR)とする。そして、旋回内側の後ろ側の車輪3RR(車輪3RL)のトー角は、ステップS23で設定された目標トー角θTTR(目標トー角θTTL)の値のまま補正された目標トー角θ*TTR(補正された目標トー角θ*TTL)とする(「要求ヨーモーメント量に応じて旋回内側後輪のトーイン角を設定して、補正」)。
なお、本実施形態では、旋回内側の後ろ側の車輪のトー角を要求ヨーモーメント量が大きいほどトーイン側に大きなトー角となるように設定することにするが、それに限定されない。所定の一定のトーインの角度に設定しても良い。
【0061】
この結果、図7の(a)に示すように、例えば、左旋回でオーバステア状態と判定されたとき、従来の場合、VSA制御により旋回外側の前後の車輪3FR,3RRに対して制動力FVSA1,FVSA2が付与され、VSA制御によるヨーモーメントMVSAが発生するのと同時に、後輪トー角制御により、例えば、逆相に車輪3RL,3RRが制御され、ヨーモーメントMRTCが発生し、車両1の後部の軌跡が矢印Trac_reaのように制御されてしまい、車両1全体の軌跡がスピンに入りそうな感覚を運転者に与える形で旋回運動の安定制御がされる。このときの車輪3RLのトー角はトーイン側のθTL(1)とする。
これに対し、本実施形態では、図7の(b)のB部に示すように、旋回内側の後ろ側の車輪3RLがトーインのθTL(1)よりもさらにトーイン側に大きなトー角θTL(2)設定され、ヨーモーメントMRTCが発生するものの、車両1の後部の軌跡が矢印Trac_reaのように旋回外側に押し出すように制御するので、車両1全体の軌跡が旋回外側に膨らみ、進行方向が実線で示すようなスムーズな旋回運動の感覚を運転者に与えるような安定な旋回制御がされる。
【0062】
また、制動している旋回外側の車輪3RRとは異なる旋回内側の車輪3RLに対して、トー角制御を行っているので、旋回運動中の旋回外側の車輪3RRの摩擦円に影響を与えず、車輪3RRの制動力に悪影響を与えないで済む。
【0063】
なお、本実施形態では、車両運動制御ECU15にVSA制御部22、EPS制御部23、後輪トー角制御部24の3機能を集中させているが、この3機能をすべて1つのCPUで対応する必要は無く、複数のCPUに分担させても良い。
また、さらに、マイクロコンピュータ、入出力インタフェース回路、必要な電源駆動部を含んだ3つのECU、例えば、VSA制御ECU、EPS制御ECU、後輪トー角制御ECUに分け、各ECU間を通信回線で接続するようにしても良い。
【符号の説明】
【0064】
1 車両
3FL,3FR,3RL,3RR 車輪
4FL,4FR,4RL,4RR ブレーキ装置
5FL,5FR,5RL,5RR 車輪速センサ
6 操向ハンドル
7 EPSモータ
8 ラック軸
9 タイロッド
10 ラックピニオン機構
11 減速機構
13 エンジン制御ECU
15 車両運動制御ECU
16 液圧ユニット(制動力制御手段)
17L,17R アクチュエータ
18L,18R トー角変更制御ECU
22 VSA制御部(制動力制御手段)
23 EPS制御部
24 後輪トー角制御部(後輪トー角制御手段)
25 モータ駆動回路
36 ブレーキSW
38 ストロークセンサ
41 目標トー角算出部
42 目標トー角補正部
50 車速算出部
51 ABS制御部
53 規範ヨーレイト算出部
55 アンダステア量算出部(アンダステア状態検出手段)
56 オーバステア量算出部(オーバステア状態検出手段)
57 ブレーキ制御量算出部
58 エンジン制御量算出部
100 電動パワーステアリング装置
120L,120R トー角変更装置(後輪トー角制御手段)
150 車両用ブレーキ液圧制御装置(制動力制御手段)
AP アクセルペダル
BP ブレーキペダル
M マスタシリンダ
AC アクセルセンサ
AH ハンドル操作角センサ
AM モータ回転角センサ
BR ブレーキセンサ
T 操舵トルクセンサ
SαX 前後加速度センサ
SαY 横加速度センサ
Sγ ヨーレイトセンサ
T タイヤ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の左右車輪に異なる制動力を付与することにより前記車両にヨーモーメントを発生させる制動力制御手段と、前記車両の転舵輪である前輪の向きを変更する操向ハンドルの操作角に応じて後輪のトー角を変更する後輪トー角制御手段と、を少なくとも備える車両運動制御システムであって、
前記車両の旋回状態がアンダステア状態であるか否かを判定するアンダステア状態検出手段を備え、
前記アンダステア状態検出手段においてアンダステア状態と判定されたとき、前記制動力制御手段が、旋回内側の車輪に制動力を付与するとともに、前記後輪トー角制御手段が、旋回外側の後輪をトーイン側に向けることを特徴とする車両運動制御システム。
【請求項2】
車両の左右車輪に異なる制動力を付与することにより前記車両にヨーモーメントを発生させる制動力制御手段と、前記車両の転舵輪である前輪の向きを変更する操向ハンドルの操作角に応じて後輪のトー角を変更する後輪トー角制御手段と、を少なくとも備える車両運動制御システムであって、
前記車両の旋回状態がオーバステア状態であるか否かを判定するオーバステア状態検出手段を備え、
前記オーバステア状態検出手段においてオーバステア状態と判定されたとき、前記制動力制御手段が、旋回外側の車輪に制動力を付与するとともに、前記後輪トー角制御手段が、旋回内側の後輪をトーイン側に向けることを特徴とする車両運動制御システム。
【請求項3】
さらに、前記車両の旋回状態がオーバステア状態であるか否かを判定するオーバステア状態検出手段を備え、
前記オーバステア状態検出手段においてオーバステア状態と判定されたとき、前記制動力制御手段が、旋回外側の車輪に制動力を付与するとともに、前記後輪トー角制御手段が、旋回内側の後輪をトーイン側に向けることを特徴とする請求項1に記載の車両運動制御システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−179675(P2010−179675A)
【公開日】平成22年8月19日(2010.8.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−22337(P2009−22337)
【出願日】平成21年2月3日(2009.2.3)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】