説明

車両の駆動制御装置

【課題】 エンジンのアイドル回転速度が高速アイドル回転速度とされた場合に駆動力が変化して運転者に違和感を生じさせることを防止する。
【解決手段】 暖機運転やエアコンの高負荷時などでアイドルアップ条件を満足した場合(S5またはS12の判断がYES)には、S8またはS15で変速比が小さいハイギヤ段が設定されるとともに、S9またはS16でエンジンのアイドル回転速度を高くするアイドルアップ制御が行なわれるが、そのアイドルアップ時のエンジン回転速度は、低速アイドル回転速度で低速ギヤ段の通常のアイドル時と同じ大きさの駆動力(クリープトルク)を発生するように定められているため、アイドルアップに拘らず駆動力が同じ大きさとされて、運転者に違和感を生じさせることが防止される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は車両の駆動制御装置に係り、特に、暖機運転やエアコンの高負荷時などにエンジンのアイドル回転速度が高速アイドル回転速度に切り換えられた場合の制御に関するものである。
【背景技術】
【0002】
(a) エンジンと流体式動力伝達装置と自動変速機とを有する車両用駆動装置と、(b) 予め定められたアイドルアップ条件を満足する場合に、前記エンジンのアイドル回転速度を所定の高速アイドル回転速度に切り換えるアイドル回転速度制御手段と、(c) そのアイドル回転速度制御手段によって前記高速アイドル回転速度とされた時には、そのアイドル回転速度が低い通常時に比べて前記自動変速機のギヤ段を高速側のギヤ段に切り換えるアイドル時ギヤ段設定手段と、を有する車両の駆動制御装置が、例えば特許文献1に記載されている。すなわち、近年、自動変速機のギヤ段の多段数化や発進性能の向上を目的として、最低速ギヤ段(第1速ギヤ段)の変速比が大きくなる傾向があり、アイドルアップによってアイドル回転速度が高くなると、アクセルOFF時の駆動力(クリープ力)が大きくなり過ぎるため、第2速ギヤ段等の高速側のギヤ段に切り換えることにより、アイドルアップに伴う駆動力の増大を防止するのである。
【特許文献1】特公平5−62264号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、このようにアイドルアップ時にギヤ段を高速側に切り換えても、通常のアイドル時と駆動力が相違して運転者に違和感を生じさせるという問題がある。すなわち、アイドルアップ時のエンジン回転速度(高速アイドル回転速度)は、暖機運転やエアコンの負荷などによる要求に応じて定められているため、高速側のギヤ段に切り換えることにより駆動力の大幅な増大を防止することはできても、通常のアイドル時の駆動力と同じにすることはできず、一般には通常のアイドル時よりも駆動力が小さくなる。
【0004】
本発明は以上の事情を背景として為されたもので、その目的とするところは、エンジンのアイドル回転速度が高速アイドル回転速度とされた場合に駆動力が変化して運転者に違和感を生じさせることを防止することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
かかる目的を達成するために、第1発明は、(a) エンジンと流体式動力伝達装置と自動変速機とを有する車両用駆動装置と、(b) 予め定められたアイドルアップ条件を満足する場合に、前記エンジンのアイドル回転速度を所定の高速アイドル回転速度に切り換えるアイドル回転速度制御手段と、(c) そのアイドル回転速度制御手段によって前記高速アイドル回転速度とされた時には、そのアイドル回転速度が低い通常時に比べて前記自動変速機のギヤ段を高速側のギヤ段に切り換えるアイドル時ギヤ段設定手段と、を有する車両の駆動制御装置において、(d) 前記高速アイドル回転速度は、前記高速側のギヤ段に切り換えられた場合に、アイドル回転速度が低回転で低速ギヤ段が設定されている通常のアイドル時と同程度の駆動力が得られるように定められていることを特徴とする。
【0006】
なお、通常のアイドル時と同程度の駆動力とは、通常のアイドル時の駆動力に対して±10%の範囲内であることを意味し、±5%の範囲内が望ましい。また、車両停止時(車速=0)とクリープ走行時とでは駆動力が変化するが、そのどちらを基準にして高速アイドル回転速度を設定しても良い。
【0007】
第2発明は、第1発明の車両の駆動制御装置において、前記アイドル回転速度制御手段は、前記エンジンを前記高速アイドル回転速度で作動させている最中に前記アイドルアップ条件を満たさなくなってもその高速アイドル回転速度を維持することを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
このような車両の駆動制御装置においては、暖機運転やエアコンの高負荷時などでアイドルアップ条件を満足し、エンジンが高速アイドル回転速度で作動させられても、高速側のギヤ段に切り換えられることにより、アイドル回転速度が低く且つ低速ギヤ段の通常のアイドル時と同程度の駆動力が発生させられるため、アイドルアップに拘らず駆動力が略同じ大きさとされて、運転者に違和感を生じさせることが防止される。
【0009】
また、エンジンを高速アイドル回転速度で作動させている最中にアイドルアップ条件を満たさなくなった場合に、アイドル回転速度が低回転で且つ低速ギヤ段の通常のアイドル状態に切り換えると、最終的な駆動力は同じであってもエンジンの作動状態の変化や自動変速機の変速で過渡的に駆動力変動が生じて、運転者に違和感を生じさせることが避けられないが、第2発明のように、アイドルアップ条件を満たさなくなっても高速アイドル回転速度に維持されるようにすれば、そのような駆動力変動が防止されて、運転者に違和感を生じさせる恐れがない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
前記車両用駆動装置を構成している自動変速機としては、例えば遊星歯車式や平行軸式等の有段の自動変速機が好適に用いられるが、ベルト式、トロイダル型等の無段変速機を採用することも可能で、少なくともアクセルOFF(運転者が出力を要求しない状態)のアイドル時に、アイドル時ギヤ段設定手段によって変速比が異なる複数のギヤ段の間で変速が行なわれるものであれば良い。本発明は、前進ギヤ段による前進発進時にのみ適用されても良いが、変速比が異なる複数の後進ギヤ段を有する場合には、後進発進時に適用することもできる。
【0011】
エンジンは、燃料の燃焼で動力を発生するもので、内燃機関が好適に用いられる。流体式動力伝達装置は、トルクコンバータやフルードカップリングなどで、車両停止時にもエンジンの作動状態を維持できて自動変速機に動力を伝達し、駆動力を発生させるものであれば良い。
【0012】
アイドル回転速度制御手段は、通常の低速アイドル回転速度と、アイドルアップ時の高速アイドル回転速度とを切り換えることができるもので、それ等のアイドル回転速度となるように、例えば電子スロットル弁やISC(アイドル回転速度コントール)バルブ、燃料噴射弁などをフィードバック制御するように構成される。
【0013】
アイドル回転速度を高くするアイドルアップ条件としては、例えばエンジン冷却水温が所定値以下で暖機運転を必要する場合や、エアコンが高負荷でコンプレッサの回転速度を高くする場合、バッテリの充電のためにエンジン回転速度を高くする場合などで、種々の条件を設定することができる。
【0014】
高速アイドル回転速度は、自動変速機が高速側ギヤ段に切り換えられることにより、アイドル回転速度が低回転で低速ギヤ段が設定されている通常のアイドル時と同程度の駆動力が得られるように、例えば流体式動力伝達装置のトルク特性および自動変速機の変速比を考慮して定められる。すなわち、車両の駆動力Fは、次式(1) に示すように、エンジンによって回転駆動される流体式動力伝達装置の出力トルクすなわち自動変速機の入力トルクTin、自動変速機の変速比I、差動歯車装置の終減速比やタイヤ径などによって定まる係数αを掛け算することによって求められるため、通常のアイドル時の入力トルクをTin1、低速ギヤ段の変速比をILO、高速側ギヤ段の変速比をIHIとした場合に、次式(2) を満足する入力トルクTin2が得られるように高速アイドル回転速度を設定すれば良いのである。そして、入力トルクTinすなわち流体式動力伝達装置の出力トルクの特性は、一般に入力回転速度すなわちエンジン回転速度に依存するため、その出力トルク特性に基づいて上記入力トルクTin2が得られる入力回転速度すなわちエンジン回転速度を高速アイドル回転速度とすれば良い。
F=Tin×I×α ・・・(1)
Tin2×IHI≒Tin1×ILO ・・・(2)
【0015】
上記高速アイドル回転速度は、暖機運転やエアコンの負荷などによるアイドルアップ時に要求されるアイドル回転速度よりも高速であることが必要であるため、必要に応じて例えば第3速ギヤ段等のより高速側のギヤ段を使用することになる。すなわち、自動変速機の多段数化などにより第1速ギヤ段の変速比と第2速ギヤ段の変速比とが近くなると、第1速ギヤ段での通常のアイドル時と同じ駆動力が得られる高速アイドル回転速度が比較的低くなり、アイドルアップによる要求アイドル回転速度に達しない可能性があるが、その場合は、アイドル時ギヤ段設定手段により第2速ギヤ段よりも変速比が更に小さい第3速ギヤ段以上の高速側ギヤ段に切り換えることにより、高速アイドル回転速度が要求アイドル回転速度以上となるようにするのである。言い換えれば、アイドル時ギヤ段設定手段は、通常のアイドル時と同程度の駆動力が得られる高速アイドル回転速度が要求アイドル回転速度以上となるように、自動変速機の変速比や要求アイドル回転速度などを考慮して、アイドルアップ時に切り換えるべき高速側ギヤ段が定められる。
【0016】
第2発明では、アイドルアップ条件を満たさなくなってもエンジンのアイドル回転速度が高速アイドル回転速度に維持されるが、その場合は、例えばアクセルペダルが踏込み操作されるなどして運転者が出力を要求したり、車速の増加に伴って変速制御が行なわれたりした場合、或いはアイドルアップ条件を満たさなくなってから所定時間以上経過した場合など、所定の解除条件を満足した場合にアイドルアップ制御を解除し、通常の低速アイドル回転速度までエンジン回転速度が低下することを許容するようにすれば良い。
【実施例】
【0017】
以下、本発明の実施例を図面を参照しつつ詳細に説明する。
図1の(a) は、本発明が適用された車両用駆動装置8の骨子図で、エンジン30、トルクコンバータ32、および自動変速機10を備えて構成されており、車両の前後方向(縦置き)に搭載するFR車両に好適に用いられる。自動変速機10は、ダブルピニオン型の第1遊星歯車装置12を主体として構成されている第1変速部14と、シングルピニオン型の第2遊星歯車装置16およびダブルピニオン型の第3遊星歯車装置18を主体として構成されている第2変速部20とを同軸線上に有し、入力軸22の回転を変速して出力軸24から出力する。入力軸22は入力部材に相当するもので、本実施例では走行用の動力源であるエンジン30によって回転駆動されるトルクコンバータ32のタービン軸であり、出力軸24は出力部材に相当するもので、プロペラシャフトや差動歯車装置を介して左右の駆動輪を回転駆動する。また、エンジン30は、燃料の燃焼によって動力を発生する内燃機関で、トルクコンバータ32は流体式動力伝達装置に相当する。なお、自動変速機10やトルクコンバータ32は中心線に対して略対称的に構成されており、図1(a) では中心線の下半分が省略されている。
【0018】
図2は、上記自動変速機10の第1変速部14および第2変速部20の各回転要素(サンギヤS1〜S3、キャリアCA1〜CA3、リングギヤR1〜R3)の回転速度を直線で表すことができる共線図で、下の横線が回転速度「0」で、上の横線が回転速度「1.0」すなわち入力軸22と同じ回転速度であり、クラッチC1〜C4、ブレーキB1、B2の作動状態(係合、解放)に応じて第1速前進ギヤ段「1st」〜第8速前進ギヤ段「8th」の8つの前進ギヤ段が成立させられるとともに、第1後進ギヤ段「Rev1」および第2後進ギヤ段「Rev2」の2つの後進ギヤ段が成立させられる。図1の(b) は、上記各ギヤ段とクラッチC1〜C4、ブレーキB1、B2の作動状態との関係をまとめて示す作動表で、「○」は係合、「(○)」はエンジンブレーキ時のみ係合を表している。第1速前進ギヤ段「1st」を成立させるブレーキB2には並列に一方向クラッチF1が設けられているため、発進時(加速時)には必ずしもブレーキB2を係合させる必要は無いのである。また、各ギヤ段の変速比は、第1遊星歯車装置12、第2遊星歯車装置16、および第3遊星歯車装置18の各ギヤ比(=サンギヤの歯数/リングギヤの歯数)ρ1、ρ2、ρ3によって適宜定められ、図1(b) に示す変速比は、ρ1=0.463、ρ2=0.459、ρ3=0.405の場合である。なお、図1(a) の符号26はトランスミッションケースである。
【0019】
図3は、上記自動変速機10やエンジン30などを制御するために車両に設けられた制御系統の概略を説明するブロック線図で、アクセルペダル50の操作量Accがアクセル操作量センサ52により検出されるようになっている。アクセルペダル50は、運転者の出力要求量に応じて大きく踏み込み操作されるもので、アクセル操作部材に相当し、アクセル操作量Accは出力要求量に相当する。エンジン30の吸気配管には、スロットルアクチュエータ54によってアクセル操作量Accに応じた開き角(開度)θTHとされる電子スロットル弁56が設けられている。また、エンジン30の回転速度NEを検出するためのエンジン回転速度センサ58、上記電子スロットル弁56の全閉状態(アイドル状態)およびその開度θTHを検出するためのアイドルスイッチ付スロットル弁開度センサ60、エンジン30の冷却水温Tw を検出するためのエンジン冷却水温センサ62、、車速V(出力軸24の回転速度Nout に対応)を検出するための車速センサ64、タービン回転速度NT(=入力軸22の回転速度Nin)を検出するためのタービン回転速度センサ66、常用ブレーキであるフットブレーキの操作の有無を検出するためのブレーキスイッチ68、シフトレバー72のレバーポジション(操作位置)PSHを検出するためのレバーポジションセンサ74、エアコン76、Mモードスイッチ78、アップシフトスイッチ80、ダウンシフトスイッチ82などが設けられており、エンジン回転速度NE、スロットル弁開度θTH、エンジン冷却水温Tw 、車速V、タービン回転速度NT、ブレーキ操作の有無、シフトレバー72のレバーポジションPSH、エアコン76の作動状態(要求負荷)、変速レンジを手動操作で切り換えることができるMモード(マニュアル変速モード)の選択の有無、アップ指令SUP、ダウン指令SDNなどを表す信号が電子制御装置90に供給されるようになっている。
【0020】
電子制御装置90は、CPU、RAM、ROM、入出力インターフェース等を備えた所謂マイクロコンピュータを含んで構成されており、CPUはRAMの一時記憶機能を利用しつつ予めROMに記憶されたプログラムに従って信号処理を行うことにより、エンジン30の出力制御や自動変速機10の変速制御などを実行するようになっており、必要に応じてエンジン制御用と変速制御用とに分けて構成される。
【0021】
上記電子制御装置90によるエンジン30の出力制御は、スロットルアクチュエータ54により電子スロットル弁56を開閉制御する他、燃料噴射量制御のために燃料噴射装置92を制御し、点火時期制御のためにイグナイタ等の点火装置94を制御する。電子スロットル弁56の制御は、例えば実際のアクセル操作量Accに基づいてスロットルアクチュエータ54を駆動し、アクセル操作量Accが増加するほどスロットル弁開度θTHを増加させる。また、エンジン30の始動時には、スタータ(電動モータ)96によってエンジン30のクランク軸をクランキングする。
【0022】
自動変速機10の変速制御は、シフトレバー72のレバーポジションPSHに応じて行なわれる。シフトレバー72は運転席の近傍(センターコンソール部分)に配設され、図5に示すシフトパターンに従って「P(パーキング)」、「R(リバース)」、「N(ニュートラル)」、「D(ドライブ)」、および「M(マニュアル)」の各レバーポジションPSHへ択一的に操作され、レバーポジション「P」、「R」、「N」、「D」については前記レバーポジションセンサ74によって検出され、レバーポジション「M」については前記Mモードスイッチ78によって検出される。レバーポジション「M」の前後には、「+」位置および「−」位置が設けられている。
【0023】
上記レバーポジション「P」は駐車位置で、自動変速機10は動力伝達遮断状態とされるとともに、例えばシフトレバー72の移動操作に従ってパーキングロック機構などにより機械的に出力軸24、すなわち駆動輪が回転不能に固定される。レバーポジション「R」は後進走行を行なう後進走行位置で、例えばシフトレバー72の移動操作に従って油圧制御回路98(図3参照)のマニュアルバルブが機械的に切り換えられることにより、自動変速機10は前記後進ギヤ段「Rev1」または「Rev2」が成立させられる。レバーポジション「N」は動力伝達遮断位置で、例えばシフトレバー72の移動操作に従ってマニュアルバルブが機械的に切り換えられることにより、自動変速機10はクラッチC1〜C4、ブレーキB1、B2の全部または一部が解放されて動力伝達遮断状態とされる。
【0024】
レバーポジション「D」は、自動変速機10の前進ギヤ段を自動的に切り換えて前進走行する前進走行位置すなわち前進走行ポジションで、例えばシフトレバー72の移動操作に従ってマニュアルバルブが機械的に切り換えられることにより、総ての前進ギヤ段「1st」〜「8th」を成立させることが可能とされ、それ等の総ての前進ギヤ段「1st」〜「8th」を用いて自動的に変速する最上位のDレンジ(自動変速モード)が成立させられる。すなわち、シフトレバー72がレバーポジション「D」へ操作されると、そのことをレバーポジションセンサ74の信号から判断してDレンジを電気的に成立させ、第1速前進ギヤ段「1st」〜第8速前進ギヤ段「8th」の総ての前進ギヤ段を用いて変速制御を行う。具体的には、油圧制御回路98に設けられた複数のソノレイド弁やリニアソレノイド弁のATソレノイド99の励磁、非励磁を制御することにより油圧回路を切り換え、図1(b) に示すようにクラッチC1〜C4およびブレーキB1、B2の作動状態を変化させて、第1速前進ギヤ段「1st」〜第8速前進ギヤ段「8th」の何れかの前進ギヤ段を成立させるのである。この変速制御は、例えば図6に示すように車速Vおよびアクセル操作量Accをパラメータとして予め記憶された変速マップ等の変速条件に従って行われ、車速Vが低くなったりアクセル操作量Accが大きくなったりするに従って変速比が大きい低速側の前進ギヤ段を成立させる。
【0025】
レバーポジション「M」はM(マニュアル)ポジションで、予め定められた複数の変速レンジを手動操作に従って電気的に切り換えるマニュアル変速モード(Mモード)が成立させられる。すなわち、「M」ポジションの前後に設けられた「+」位置、「−」位置はそれぞれアップシフト位置、ダウンシフト位置で、シフトレバー72がそれ等の「+」位置または「−」位置に操作されると、そのことが前記アップシフトスイッチ80、ダウンシフトスイッチ82によって検出され、変速レンジが切り換えられる。図7は、予め定められた変速レンジとその変速範囲を示す図で、ギヤ段の欄の数字「1」〜「8」は第1速前進ギヤ段「1st」〜第8速前進ギヤ段「8th」を表しており、変速比が最も大きい最低速前進ギヤ段は何れも第1速前進ギヤ段「1st」で、最高速前進ギヤ段が1つずつ変化している。また、各変速レンジでは、第1速前進ギヤ段「1st」からその最高速前進ギヤ段までの範囲で、前記Dレンジと同じ図6の変速条件に従って自動的に変速が行なわれる。
【0026】
上記「+」位置および「−」位置は何れも不安定であり、シフトレバー72はスプリング等の付勢手段により自動的にレバーポジション「M」に戻される。また、アップシフトスイッチ80およびダウンシフトスイッチ82は、何れもシフトレバー72を通じて運転者によりON操作される自動復帰型のマニュアル変速スイッチで、それぞれスプリング等の付勢手段により自動的にOFF状態に復帰する。Mモードスイッチ78は、シフトレバー72が「+」位置または「−」位置へ操作された場合もON状態に保持され、Mモードが継続される。
【0027】
前記電子制御装置90はまた、図4に示すクリープトルク制御手段110を機能的に備えている。クリープトルク制御手段110は、アクセル操作量Accが0のアクセルOFF時における駆動力すなわちクリープトルクを制御するもので、アイドル回転速度制御手段112およびアイドル時ギヤ段設定手段114を備えており、図8に示すフローチャートに従って信号処理を行なう。図8のフローチャートのステップS3〜S5、S7、S9、S10、S11、S12、S14、S16、S17はアイドル回転速度制御手段112によって実行され、ステップS6、S8、S13、S15はアイドル時ギヤ段設定手段114によって実行される。
【0028】
図8のステップS1では、レバーポジションセンサ74から供給される信号に基づいてシフトレバー72が走行ポジションへ選択操作されているか否か、すなわち「R」、「D」、または「M」の何れかのポジションへ操作されているか否かを判断し、走行ポジションへ操作されている場合にはステップS2を実行する。ステップS2では、車速Vが0の停止状態か、或いはアクセルOFF(Acc=0)で車速Vが所定値(例えば5〜10km/h程度)以下のクリープ走行状態であるか否かを判断し、車両停止状態でもクリープ走行状態でもなければステップS18を実行するが、車両停止〜クリープ走行状態である場合にはステップS3以下を実行する。ステップS3では、シフトレバー72が前進走行ポジション「D」または「M」へ操作された前進発進時か否かを判断し、前進発進時であればステップS4以下を実行し、前進発進時でない場合、すなわちシフトレバー72が後進走行ポジション「R」へ操作されている後進発進時にはステップS11以下を実行する。
【0029】
そして、前進発進時に実行するステップS4では、前進時のアイドルアップフラグF1が「1」か否かを判断するが、アイドルアップフラグF1の初期値は「0」で、最初はステップS5を実行し、予め定められたアイドルアップ条件を満足するか否かを判断する。アイドルアップ条件は、例えばエンジン冷却水温Tw が所定値以下で暖機運転を必要する場合や、エアコン76が高負荷でコンプレッサの回転速度すなわちエンジン回転速度NEを高くする必要がある場合などで、このアイドルアップ条件を満足する場合はステップS8以下を実行し、アイドルアップ条件を満足しない場合はステップS6以下を実行する。
【0030】
ステップS6では、自動変速機10のギヤ段を第1速前進ギヤ段「1st」とし、その第1速前進ギヤ段「1st」で車両を発進させるとともに、ステップS7では、エンジン30のアイドル回転速度NEidleを通常の値、すなわち予め定められた低速アイドル回転速度NE1に設定し、実際のエンジン回転速度NEがその低速アイドル回転速度NE1となるように、前記電子スロットル弁56や燃料噴射装置92などをフィードバック制御する。第1速前進ギヤ段「1st」は、通常のアイドル時の低速ギヤ段に相当する。また、低速アイドル回転速度NE1は、燃費向上のために、エンジンストールを生じたりエンジン30の作動が不安定になったりしない範囲でできるだけ低回転の値が設定されている。
【0031】
前記ステップS5の判断がYES(肯定)の場合すなわちアイドルアップ条件を満足する場合に実行するステップS8では、自動変速機10のギヤ段を予め定められた高速側のハイギヤ段とし、そのハイギヤ段で車両を発進させるとともに、ステップS9では、エンジン30のアイドル回転速度NEidleを予め定められた高速アイドル回転速度NE2に設定し、実際のエンジン回転速度NEがその高速アイドル回転速度NE2になるように電子スロットル弁56や燃料噴射装置92などをフィードバック制御する。高速アイドル回転速度NE2は、自動変速機10のギヤ段を上記ハイギヤ段とした場合に得られる車両の駆動力(クリープトルクに対応)が、前記低速アイドル回転速度NE1で第1速前進ギヤ段「1st」の通常のアイドル時の駆動力と同じになるように、トルクコンバータ32のトルク特性や自動変速機10の変速比に基づいて定められている。
【0032】
すなわち、車両の駆動力Fは、前記(1) 式に示すように、エンジン30によって回転駆動されるトルクコンバータ32の出力トルクすなわち自動変速機10の入力トルクTin、自動変速機10の変速比I、差動歯車装置の終減速比やタイヤ径などによって定まる係数αを掛け算することによって求められるため、通常のアイドル時すなわちエンジン30のアイドル回転速度NEidleを低速アイドル回転速度NE1とした場合の入力トルクをTin1、第1速前進ギヤ段「1st」の変速比をI1st 、ハイギヤ段の変速比をIHIとした場合、次式(3) を満足する入力トルクTin2が得られるように高速アイドル回転速度NE2を設定すれば良い。図9は、トルクコンバータ32の出力トルク特性の一例で、出力回転速度すなわちタービン回転速度NT=0の場合、言い換えれば車両停止時のものであり、アイドル回転速度NEidleは入力回転速度(ポンプ回転速度)に相当し、入力トルクTinはトルクコンバータ32の出力トルク(タービントルク)に相当する。そして、この図9から明らかなように、入力トルクTin(トルクコンバータ30の出力トルク)はアイドル回転速度NEidle(ポンプ回転速度)に依存し、アイドル回転速度NEidleが高くなるに従って入力トルクTinが非線形に高くなるようになっており、このトルク特性に基づいて、(3) 式に従って求められる入力トルクTin2が得られるエンジン回転速度NE2を高速アイドル回転速度とするのである。
Tin2×IHI=Tin1×I1st ・・・(3)
【0033】
また、上記高速アイドル回転速度NE2は、暖機運転やエアコン76の高負荷などによるアイドルアップ時に要求されるアイドル回転速度NEidle* よりも高回転である必要がある。これに対し、第1速前進ギヤ段「1st」の変速比I1st とハイギヤ段の変速比IHIとが近いと、高速アイドル回転速度NE2も通常の低速アイドル回転速度NE1に近くなり、NE2<NEidle* となる可能性があり、その場合は、更に変速比が小さい高速側の前進ギヤ段をアイドルアップ時のハイギヤ段として高速アイドル回転速度NE2を高くし、NE2≧NEidle* となるようにすれば良い。本実施例では、図1の(b) に示すように第1速前進ギヤ段「1st」の変速比I1st (≒4.596)と第2速前進ギヤ段「2nd」の変速比I2nd (≒2.724)とが比較的離れており、第2速前進ギヤ段「2nd」においても、通常のアイドル時と同程度の駆動力が得られる高速アイドル回転速度NE2は要求アイドル回転速度NEidle* よりも高くなり、ステップS8ではハイギヤ段として第2速前進ギヤ段「2nd」が設定されるようになっている。
【0034】
次のステップS10では、前進時のアイドルアップフラグF1を「1」とし、これにより以後のサイクルではステップS4に続いてステップS8以下を実行するようになり、エンジン冷却水温Tw の上昇などでアイドルアップ条件を満たさなくなった場合でも、高速アイドル回転速度NEでハイギヤ段(第2速前進ギヤ段「2nd」)のアイドルアップ状態が維持される。
【0035】
また、前記ステップS3の判断がNO(否定)の場合、すなわちシフトレバー72が後進走行ポジション「R」へ操作されている後進発進時に実行するステップS11〜S17は、基本的に上記ステップS4〜S10と同じで、ステップS11では後進時のアイドルアップフラグF2が「1」か否かを判断する。アイドルアップフラグF2の初期値は「0」で、最初はステップS12を実行し、前記ステップS5と同様に予め定められたアイドルアップ条件を満足するか否かを判断する。この時のアイドルアップ条件は、ステップS5と同じであっても良いが、異なる条件を設定することも可能であり、アイドルアップ条件を満足する場合はステップS15以下を実行し、アイドルアップ条件を満足しない場合はステップS13以下を実行する。
【0036】
ステップS13では、自動変速機10のギヤ段を第1後進ギヤ段「Rev1」とし、その第1後進ギヤ段「Rev1」で車両を発進させるとともに、ステップS14では、エンジン30のアイドル回転速度NEidleを通常の値、すなわち前記低速アイドル回転速度NE1に設定し、実際のエンジン回転速度NEがその低速アイドル回転速度NE1となるように、前記電子スロットル弁56や燃料噴射装置92などをフィードバック制御する。
【0037】
前記ステップS12の判断がYES(肯定)の場合すなわちアイドルアップ条件を満足する場合に実行するステップS15では、自動変速機10のギヤ段を予め定められた高速側のハイギヤ段、本実施例では後進ギヤ段が2つしかないため第2後進ギヤ段「Rev2」とし、その第2後進ギヤ段「Rev2」で車両を発進させるとともに、ステップS16では、エンジン30のアイドル回転速度NEidleを予め定められた高速アイドル回転速度NE3に設定し、実際のエンジン回転速度NEがその高速アイドル回転速度NE3になるように電子スロットル弁56や燃料噴射装置92などをフィードバック制御する。高速アイドル回転速度NE3は、自動変速機10のギヤ段を第2後進ギヤ段「Rev2」とした場合に得られる車両の駆動力が、前記低速アイドル回転速度NE1で第1後進ギヤ段「Rev1」の通常のアイドル時の駆動力と同じになるように、前進時の高速アイドル回転速度NE2の場合と同様にして、トルクコンバータ32のトルク特性や自動変速機10の変速比に基づいて定められている。
【0038】
なお、第1速前進ギヤ段「1st」の変速比と第1後進ギヤ段「Rev1」の変速比は異なるため、通常のアイドル時の低速アイドル回転速度NE1が同じであれば、前進発進時と後進発進時とでは当然に駆動力(クリープトルク)が相違する。但し、それ等の駆動力が同じになるように、低速アイドル回転速度NE1を相違させることもできる。
【0039】
次のステップS17では、後進時のアイドルアップフラグF2を「1」とし、これにより以後のサイクルではステップS11に続いてステップS15以下を実行するようになり、エンジン冷却水温Tw の上昇などでアイドルアップ条件を満たさなくなった場合でも、高速アイドル回転速度NE3で第2後進ギヤ段「Rev2」のアイドルアップ状態が維持される。
【0040】
一方、前記ステップS2の判断がNO(否定)の場合、すなわち車両停止状態でもクリープ走行状態でもない場合に実行するステップS18では、自動変速機10のギヤ段が前記ステップS8またはS15で設定されたハイギヤ段以外か否かを判断し、そのハイギヤ段のままであれば本制御をそのまま終了するが、前記図6の変速マップに従ってハイギヤ段以外のギヤ段へ切り換えられた場合は、ステップS19で前記アイドルアップフラグF1、F2を何れも「0」にする。これにより、車速Vが低下して再びステップS3以下が実行されるようになった場合には、ステップS5またはS12でアイドルアップ条件を満たすか否かを判断し、満たさない場合は低速アイドル回転速度NE1による通常のアイドル時の制御が行なわれるようになる。
【0041】
このように、本実施例の車両の駆動制御装置においては、暖機運転やエアコン76の高負荷時などでアイドルアップ条件を満足した場合(ステップS5またはS12の判断がYES)には、ステップS8またはS15で変速比が小さいハイギヤ段が設定されるとともに、ステップS9またはS16でエンジン30のアイドル回転速度NEidleを高くするアイドルアップ制御が行なわれるが、そのアイドルアップ時のエンジン回転速度NE2、NE3は、低速アイドル回転速度NE1で低速ギヤ段の通常のアイドル時と同じ大きさの駆動力(クリープトルク)を発生するように定められているため、アイドルアップに拘らず駆動力が同じ大きさとされて、運転者に違和感を生じさせることが防止される。
【0042】
また、エンジン30を高速アイドル回転速度NE2またはNE3で作動させている最中にアイドルアップ条件を満たさなくなった場合に、低速アイドル回転速度NE1で低速ギヤ段の通常のアイドル状態に切り換えると、最終的な駆動力は同じであってもエンジン30の作動状態の変化や自動変速機10の変速で過渡的に駆動力変動が生じて、運転者に違和感を生じさせることが避けられないが、本実施例ではステップS10またはS17でアイドルアップフラグF1、F2が「1」とされることにより、アイドルアップ条件を満たさなくなっても高速アイドル回転速度NE2、NE3のアイドルアップ状態が維持されるため、そのような駆動力変動が防止されて、運転者に違和感を生じさせる恐れがない。
【0043】
以上、本発明の実施例を図面に基づいて詳細に説明したが、これはあくまでも一実施形態であり、本発明は当業者の知識に基づいて種々の変更,改良を加えた態様で実施することができる。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】本発明が好適に適用される車両用駆動装置の一例を説明する図で、(a) は骨子図、(b) は自動変速機の複数のギヤ段と係合要素との関係を説明する作動表である。
【図2】図1の自動変速機において、各部材の回転速度を直線で結ぶことができる共線図である。
【図3】図1の車両用駆動装置が備えている制御系統の要部を説明するブロック線図である。
【図4】図3の電子制御装置によって行なわれるクリープトルク制御に関する機能ブロック線図である。
【図5】図3のシフトレバーのシフトパターンの一例を示す図である。
【図6】図1の自動変速機のギヤ段を自動的に切り換える変速マップの一例を示す図である。
【図7】図1の自動変速機の変速レンジとその変速範囲を説明する図である。
【図8】図4のクリープトルク制御手段によってアイドル時に行なわれる駆動力制御の内容を具体的に説明するフローチャートである。
【図9】図1のトルクコンバータのトルク特性の一例を説明する図である。
【符号の説明】
【0045】
8:車両用駆動装置 10:自動変速機 30:エンジン 32:トルクコンバータ(流体式動力伝達装置) 90:電子制御装置 112:アイドル回転速度制御手段 114:アイドル時ギヤ段設定手段 NE1:低速アイドル回転速度 NE2:高速アイドル回転速度

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジンと流体式動力伝達装置と自動変速機とを有する車両用駆動装置と、
予め定められたアイドルアップ条件を満足する場合に、前記エンジンのアイドル回転速度を所定の高速アイドル回転速度に切り換えるアイドル回転速度制御手段と、
該アイドル回転速度制御手段によって前記高速アイドル回転速度とされた時には、該アイドル回転速度が低い通常時に比べて前記自動変速機のギヤ段を高速側のギヤ段に切り換えるアイドル時ギヤ段設定手段と、
を有する車両の駆動制御装置において、
前記高速アイドル回転速度は、前記高速側のギヤ段に切り換えられた場合に、アイドル回転速度が低回転で低速ギヤ段が設定されている通常のアイドル時と同程度の駆動力が得られるように定められている
ことを特徴とする車両の駆動制御装置。
【請求項2】
前記アイドル回転速度制御手段は、前記エンジンを前記高速アイドル回転速度で作動させている最中に前記アイドルアップ条件を満たさなくなっても該高速アイドル回転速度を維持する
ことを特徴とする請求項1に記載の車両の駆動制御装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate


【公開番号】特開2006−299814(P2006−299814A)
【公開日】平成18年11月2日(2006.11.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−118163(P2005−118163)
【出願日】平成17年4月15日(2005.4.15)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】