説明

車両のローリング挙動制御装置

【課題】構成物の横変位により操舵時のローリング挙動を抑制する際、横変位の反作用によって、操舵に伴うローリング挙動が許容限界を超えることのないようにする。
【解決手段】ローリング制御用可動構成物の横変位量制御が開始されたとき、先ず車両状態検出部21で操舵角θ、車輪速ω、ヨーレートΦ、前後加速度αxT、横加速度αyT、およびモータ回転角φを検出する。次に、可動構成物変位量目標値算出部22で、上記の操舵角θおよび車輪速ωを用い、操舵周波数が高いほど小さくなるような可動構成物のローリング挙動変化抑制用目標横変位量を演算する。その後可動構成物駆動部23で、上記可動構成物の目標横変位量と、上記ヨーレートΦ、前後加速度αxT、横加速度αyT、およびモータ回転角φとから、可動構成物の目標横変位量を実現するのに必要なモータ駆動トルク指令値を算出し、これをモータ用サーボドライバへ出力する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステアリングホイールによる操舵時や、横風などの外乱によって、車体がローリング方向に挙動変化するのを抑制するよう挙動制御する、車両のローリング挙動制御装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
このような車両のローリング挙動制御装置としては従来、例えば特許文献1に記載のごときものが提案されている。
【0003】
この提案技術は、車体に対して左右(車幅方向)に変位可能な可動構成物を設定したり、車輪の懸架手段を車体に対して左右方向(車幅方向)へ変位可能となし、
車両の左側車輪に作用する接地荷重と、右側車輪に作用する接地荷重とが同等の値となるよう、これら可動構成物や懸架手段を車体に対し相対的に左右方向へ変位させることにより、車体がローリング方向に挙動変化するのを抑制するよう車両を挙動制御するものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007−030566号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、上記した従来のローリング挙動制御装置によると、以下のような問題がある。
つまり、例えば操舵周波数が高い(急操舵を行う)場合、これに伴い車両の旋回方向外側に対し旋回方向内側が急速に車高上昇する急なローリング方向の挙動変化を生ずるから、これを抑制すべく車両重心を急いで旋回内側方向に移動させる必要があって上記の可動構成物や懸架手段を旋回内側方向へ急速に変位させることになる。
【0006】
ところで、車両重心を左右方向へ移動させるべく可動構成物や懸架手段を左右方向へ変位させるとき、その反作用が車体に及び、車体が逆方向へのロールモーメントを受け、このロールモーメントは、可動構成物や懸架手段の変位速度が速いほど大きい。
従って、上記の急操舵に伴う車両の急なローリング方向挙動変化を抑制すべく可動構成物や懸架手段を旋回内側方向へ急速に変位させる場合は、その反作用によって車体に作用する旋回外側方向へのロールモーメントが大きくなる。
【0007】
この旋回外側方向への大きなロールモーメントは、急操舵に伴う車両のローリング方向挙動変化を更に助長させる向きのものであり、車両のローリング方向挙動変化が大きくなって更なる挙動不安定を生ずる。
しかし上記した従来のローリング挙動制御装置は、かかる問題に対する解決手段を何ら提案しておらず、急操舵時に車両が旋回外側方向へ大きくローリングして挙動不安定になるという問題を生ずる。
【0008】
本発明は、従来と同じく可動構成物の左右方向変位により車体のローリング方向における挙動変化を抑制するようにしたローリング挙動制御技術を踏襲するが、
急操舵時は可動構成物の左右方向変位量を小さくすることにより、かかる可動構成物の左右方向変位に伴う反作用が車体に及んで発生するロールモーメントを小さくして、旋回外側方向への大きなローリングによる挙動不安定の問題を解消し得るようにした車両のローリング挙動制御装置を提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
この目的のため、本発明による車両のローリング挙動制御装置は、
車体のローリング方向における挙動変化を抑制する方向へ変位可能な可動構成物を具えた車両のローリング挙動制御装置を要旨構成の基礎前提とし、これに対し、
運転者による車両の操舵情報を検出する操舵情報検出手段と、
該手段により検出した操舵情報のうち操舵量および操舵周波数を基に、操舵量対応の、前記ローリング挙動変化を抑制するのに必要な前記可動構成物の変位量を、操舵周波数が高いほど小さくなるよう設定する可動構成物変位量設定手段と
を設けて構成したものである。
【発明の効果】
【0010】
かかる本発明のローリング挙動制御装置によれば、
操舵時のローリング挙動変化を抑制するのに必要な、操舵量に応じた可動構成物の変位量を、操舵周波数が高いほど小さくなるようにしたため、
急操舵時は可動構成物の変位量が小さくされることとなり、かかる可動構成物の変位に伴う反作用が車体に及んで発生するロールモーメントを小さくし得て、前記した旋回外側方向への大きなローリングによる挙動不安定の問題を解消することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の第1実施例になるローリング挙動制御装置を搭載した車両の概略平面図である。
【図2】図1の車両を後方から見て示す概略背面図である。
【図3】図1におけるコントローラによる挙動制御用モータの制御システム図である。
【図4】図1,2における車両のローリング挙動制御動作を示し、 (a)は、ローリング挙動制御を開始する前の車両状態を示す図2と同様な背面図、 (b)は、ローリング挙動制御を行った時の車両状態を示す図2と同様な背面図である。
【図5】図1におけるコントローラがローリング挙動制御に際して実行する、モータ駆動トルク制御の処理プロセスを示すフローチャートである。
【図6】図1〜5の第1実施例において設定した目標輪荷重移動率特性を例示する特性線図である。
【図7】図1〜5の第1実施例において設定した定常ゲインの変化特性を例示する特性線図である。
【図8】図1〜5の第1実施例において、低車速時の輪荷重移動率の周波数応答を、カットオフ周波数ごとに比較して示す特性線図である。
【図9】図1〜5の第1実施例において、高車速時の輪荷重移動率の周波数応答を、カットオフ周波数ごとに比較して示す特性線図である。
【図10】図1〜5の第1実施例において設定したカットオフ周波数の変化特性を例示する特性線図である。
【図11】図1〜5における第1実施例のローリング挙動制御装置を、トレッドが相対的に狭い車両に適用した場合の動作を、ローリング挙動制御が一切行われない場合、および従来のローリング挙動制御が行われた場合と比較して示す動作タイムチャートである。
【図12】本発明の第2実施例になるローリング挙動制御装置において、可動構成物揺動変位量の周波数応答における位相遅れ量と、車体横加速度の周波数応答における位相遅れ量との差が最も小さくなる、定常ゲインおよびカットオフ周波数の組み合わせを求めるときの要領を説明するための説明図で、 (a)は、定常ゲインを或る値に仮置きし、カットオフ周波数を0.5Hzにした場合の、操舵周波数に対する可動構成物揺動変位量および車体横加速度の周波数応答を示す特性線図、 (b)は、定常ゲインを同じ値に仮置きし、カットオフ周波数を1Hzにした場合の、操舵周波数に対する可動構成物揺動変位量および車体横加速度の周波数応答を示す特性線図、 (c)は、定常ゲインを同じ値に仮置きし、カットオフ周波数を2Hzにした場合の、操舵周波数に対する可動構成物揺動変位量および車体横加速度の周波数応答を示す特性線図である。
【図13】第2実施例のローリング挙動制御を、第1実施例のローリング挙動制御と比較して、緊急回避相当の操舵を行った場合につき示す動作タイムチャートである。
【図14】本発明の第3実施例になるローリング挙動制御装置のコントローラがローリング挙動制御に際して実行する、モータ駆動トルク制御の処理プロセスを示す、図5と同様なフローチャートである。
【図15】図14における処理プロセス中の可動構成物変位量目標値制限処理に係わる制御プログラムを示すフローチャートである。
【図16】図14における処理プロセス中のモータ駆動トルク制限処理に係わる制御プログラムを示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施の形態を、図面に示す第1実施例〜第3実施例に基づき詳細に説明する。
<第1実施例の構成>
図1は、本発明の第1実施例になるローリング挙動制御装置を搭載した車両の概略平面図、図2は、当該車両を後方から見て示す概略背面図、図3は、図1におけるコントローラによる挙動制御用モータの制御システム図である。
【0013】
図1,2において、1は車体、2は4個の車輪を示し、各車輪2を個々のサスペンション装置3により、車体1に対しバウンド・リバウンド可能に懸架する。
各サスペンション装置3は、アッパーアーム3aと、ロアアーム3bと、ストラット3cとから成り、ストラット3cの車輪側取り付け点である下端をロアアーム3bに連結した一般的なものとするが、ストラット3cの車体側取り付け点である上端はローリングメンバ4に連結する。
【0014】
ローリングメンバ4は、左右前輪用に1個設け、左右後輪用に1個設け、これらローリングメンバ4をそれぞれ、車体1の車幅方向中央位置で前後方向に延在する軸線周りに揺動可能にして車体1に枢支する。
前方における左右前輪用ローリングメンバ4の両端にそれぞれ、左右前輪用サスペンション装置3を成すストラット3cの上端を連結し、後方における左右後輪用ローリングメンバ4の両端にそれぞれ、左右後輪用サスペンション装置3を成すストラット3cの上端を連結する。
【0015】
前後ローリングメンバ4は、車体1に設けた個々のモータ5により前記揺動位置を制御可能にすべくモータ5の出力軸5a(図1参照)に結合する。
モータ5を介したローリングメンバ4の揺動位置制御によれば、ローリングメンバ4をモータ5により、例えば図4(a)の水平位置から矢印方向へ揺動させた場合につき説明すると、図4(b)に示すごとく右車輪用ストラット3cの車体側取り付け点が矢印方向に上昇し、左車輪用ストラット3cの車体側取り付け点が逆に矢印方向に低下する。
【0016】
かように左右輪ストラット3cの車体側取り付け点が相互逆方向へ上下動することにより、左右輪サスペンション装置3は車体1を図4(b)に矢印で示すごとく、ローリングメンバ4の揺動方向と逆向きに揺動変位(傾斜)させ、車両の左右方向重心位置を対応方向へ移動させることができる。
かかる車両の左右方向重心位置移動により左右輪間で輪荷重が増減され、モータ5を介したローリングメンバ4の揺動位置制御によって、車両のローリング方向挙動変化を抑制することができる。
【0017】
よって、左右輪サスペンション装置3および車体1は、車両のローリング方向挙動変化を抑制する方向へ変位可能な可動構成物として作用し、
モータ5およびローリングメンバ4は当該変位を司る可動構成物駆動手段を構成するものである。
【0018】
しかし、車両のローリング方向挙動変化を抑制する方向へ変位可能な可動構成物は、本実施例のような左右輪サスペンション装置3および車体1に限られるものではなく、
車体に対してキャビンだけをローリング方向に揺動可能にし、その揺動位置を制御し得るようにしたり、
車体に対してキャビンだけを左右方向へ水平移動可能にし、その移動位置を制御し得るようにしたり、
車輪やバッテリなどの重量物を左右方向へ水平移動可能にし、その移動位置を制御し得るようにしたり、
車両のローリング方向挙動変化を抑制する方向へ揺動可能または水平移動可能な可動構成物を新設してもよいのは言うまでもない。
【0019】
前後ヨーイングメンバ4の揺動制御はそれぞれ、コントローラ11により個々のモータ5を介してこれを行うものとする。
そのためコントローラ11には、車輪2のうち左右前輪を操舵するステアリングホイール6の操舵角θを検出する操舵角センサ12からの信号と、
各車輪2の車輪速ω(便宜上、全車輪の車輪速を同じ符号で示した)を個々に検出する車輪速センサ13からの信号と、
車両重心点に設けた車両挙動センサ群14からの信号と、
モータ5の中立位置からの回転角φを検出するモータ回転センサ15からの信号とを入力する。
なお、これらセンサ12〜15と、コントローラ11と、モータ5との間は、図3に明示するごとくに結線する。
【0020】
なお車両挙動センサ群14は、図3に示すごとく、車両のヨーレートΦを検出するヨーレートセンサ14aと、車両の前後加速度αxTを検出する前後Gセンサ14bと、車両の横加速度αyTを検出する横Gセンサ14cとより成るものとする。
【0021】
コントローラ11は後で詳述するごとく、上記した入力情報を基に可動構成物(サスペンション装置3および車体1)の目標変位量(ローリングメンバ4の目標揺動角)を演算し、この目標値を達成するのに必要なモータ5の駆動トルク指令値を決定する。
【0022】
コントローラ11は、このモータ駆動トルク指令値を図1,3に示すモータ用サーボドライバ16に供給し、サーボドライバ16は、このモータ駆動トルク指令値に応動してバッテリ17の電力を交直変換しつつ、モータ駆動トルク指令値に対応した電力をモータ5に供給する。
かくてモータ5は、駆動トルクを上記の指令値と同じになるよう制御され、ローリングメンバ4を介して可動構成物(サスペンション装置3および車体1)を目標変位量だけ揺動変位させることができる。
【0023】
<モータ駆動トルク指令値の演算>
コントローラ11は、以下のようにして上記モータ駆動トルク指令値の演算を行う。
図5に基づき詳述するに、可動構成物(サスペンション装置3および車体1)の変位量制御が開始されたとき、先ず車両状態検出部21で操舵角θ、車輪速ω、ヨーレートΦ、前後加速度αxT、横加速度αyT、およびモータ回転角φを検出する。
従って車両状態検出部21は、本発明における操舵情報検出手段に相当する。
【0024】
次に、本発明における可動構成物変位量設定手段を構成する可動構成物変位量目標値算出部22で、上記のごとくに検出した操舵角θおよび車輪速ωを用い、可動構成物(サスペンション装置3および車体1)の目標変位量(ローリングメンバ4の目標揺動角)を演算する。
そして最後に可動構成物駆動部23で、上記可動構成物(サスペンション装置3および車体1)の目標変位量(ローリングメンバ4の目標揺動角)と、前記したヨーレートΦ、前後加速度αxT、横加速度αyT、およびモータ回転角φとから、可動構成物(サスペンション装置3および車体1)の目標変位量(ローリングメンバ4の目標揺動角)を実現するのに必要なモータ5の駆動トルク指令値を算出し、このモータ駆動トルク指令値をモータ用サーボドライバ16へ出力する。
【0025】
可動構成物変位量目標値算出部22で、可動構成物(サスペンション装置3および車体1)の目標変位量(ローリングメンバ4の目標揺動角)を演算するに際しては、先ず「(A)車体速度算出部」で、以下のように車体速度Vを算出する。
従ってこの「(A)車体速度算出部」は、本発明における車体速度算出手段に相当する。
(A)車体速度算出部
車体速度Vの算出に際しては車輪速ωを用いるが、この際、4輪の車輪速ωの平均値を車体速度Vとしても良いし、非駆動輪の車輪速ωの平均値を車体速度Vとしても良い。
また本実施例では、車輪速ωのみから車体速度Vを算出する方法を採用しているが、車輪速ωに加えて例えば車体前後加速度αxTによる補正を施し、車体速度Vを求めても良い。
【0026】
可動構成物変位量目標値算出部22で、可動構成物(サスペンション装置3および車体1)の目標変位量(ローリングメンバ4の目標揺動角)を演算するに際しては、次に「(B) 定常ゲイン・カットオフ周波数算出部」で、以下のように定常ゲインおよびカットオフ周波数を算出する。
【0027】
(B) 定常ゲイン・カットオフ周波数算出部
本実施例では、先ず前者の定常ゲインの値を算出し、その後、この定常ゲインの値に合わせてカットオフ周波数を決めることとする。
(B-1) 定常ゲインの算出
ここでの定常ゲインとは、定常操舵時(定常操舵判定周波数0.2Hz以下での定常操舵時)に、単位操舵角あたり可動構成物をどの程度揺動変位させるかを示す値である。
従って定常ゲインの値を変えるということは、操舵に対する輪荷重変化の応答や、操舵に対する横運動・ヨー運動の応答が変化することになる。
【0028】
本実施例においては、如何なる車両状態でも車両が許容限界を越えたローリング挙動を行うことのないようにするという観点から、定常操舵時において、前輪または後輪いずれかの左右輪荷重移動量が、如何なる車速のときでも所望の値となるような定常ゲインを算出することとする。
なお、車両の安定性を確保するためには、後輪輪荷重移動量が大きくなり過ぎないように管理する必要性があるため、ここでは、後輪輪荷重移動量が所望の値となるような定常ゲインを算出する方法について詳述する。
【0029】
(B-1-1)輪荷重移動率の算出
先ず、車両諸元から決まる各パラメータを以下のように定義する。
但し単位は、SI単位系を用いる。
:可動構成物の質量
T:車体質量(可動構成物を除く)
hs:可動構成物のロールアーム長(可動構成物重心高さから、車体のロール回転運動中心高さまでの距離)
hT:車体ロールアーム長(可動構成物以外のマスの重心高さから、車体のロール回転運動中心高さまでの距離)
G:ロール剛性前後平均値
l:ホイルベース
lf:前輪車軸〜車両重心までの距離
lr:車両重心〜後輪車軸までの距離
b:トレッド
Kf:前輪コーナリングスティフネス
Kr:後輪コーナリングスティフネス
Kcf:前輪キャンバスティフネス
Kcr:後輪キャンバスティフネス
N:ステアリングギヤ比(ここでは定数として扱う)
Fz0:静止時1輪あたり輪荷重(ここでは後輪輪荷重を用いる)
g:重力加速度
【0030】
なお変数としては、以下のものを設定する。
V:車体速度
KφQδf0:定常ゲイン
【0031】
ここで、単位操舵角あたりの定常輪荷重移動量を輪荷重で除した値を、単位操舵角あたりの定常輪荷重移動率ΔWFzoθ0と定義する。
車両の運動方程式を解くことで、単位操舵角あたりの定常輪荷重移動率が、車体速度Vと定常ゲインKφQδf0の関数として以下のように求まる。
【数1】

【0032】
(B-1-2) 目標となる輪荷重移動率特性の設定
前項の単位操舵角あたりの定常輪荷重移動率の車体速度依存性について、その目標特性を決めることで、定常ゲインの車体速度依存性をどう設定するべきかが決まる。
本実施例では、理想的な規範車両モデルを想定し、その車両モデルの定常輪荷重移動率の車体速度依存性を目標と定める。
【0033】
例えば図6に示すような特性を、目標の輪荷重移動率特性ΔWFzoθ0(V)と定める。
この所望特性の車両においては、例えば1輪あたりの輪荷重が2500Nである場合、車速100km/hで走行している時に、ゆっくり30deg操舵すると、
ΔW=0.01(単位操舵角あたりの輪荷重移動率)×30×2500=750[N]
の左右輪荷重移動が生じることになる。
【0034】
(B-1-3)輪荷重移動量が所望の特性となるような定常ゲインの算出
前々項および前項の検討から、所望の特性を実現する定常ゲインKφQδf0(V)が、
【数2】

のように求まる。
上式に各パラメータの値をそれぞれ代入して得た、車速に対する定常ゲインの変化特性を図7に示す。
ここでの符号の向きは、負の値のときに転舵と逆方向に可動構成物が揺動変位し、転舵と同方向に車体1が傾くことを意味する。
【0035】
本実施例の車両においては、定常ゲインの値は常に負値となっているので、所望の輪荷重移動率を実現するためには、常に車体を旋回内側方向に傾ける必要があることがわかる。
図7において、車速V=100km/h時の定常ゲインの値が、車速V=30km/h時の4倍以上になっていることからも判るように、輪荷重定常ゲインを所望の特性にするためには、車速Vによって定常ゲインの値を大きく変えることが必要になる。
【0036】
(B-2)カットオフ周波数の算出
ここでカットオフ周波数とは、システムにおいて信号の周波数に応じゲインが低下していく傾向がある場合に、ゲインが定常値よりも設定値(例えば3dB)だけ低下する時の操舵周波数のことである。
例えばカットオフ周波数を下げると、より低い操舵周波数からゲインが下がりだすことになり、カットオフ周波数を上げると、高い操舵周波数になってもなかなかゲインが下がらないことになる。
【0037】
よって、本実施例ではこのカットオフ周波数を変更することにより、操舵周波数の高い領域における可動構成物の揺動変位量目標値を調整することとする。
定常ゲインによって、定常操舵時の輪荷重移動量が所望の値となるように設定を行ったのに対して、カットオフ周波数の設定においては、実用操舵周波数帯域である0.5Hz〜2Hz程度の範囲において、輪荷重移動量が所望の値となるように設定を行う必要がある。
【0038】
高次のフィルタを用いると位相遅れが大きくなり、操舵に対して可動構成物の応答性が悪化する問題点が生じるため、本実施例では、操舵角θに対する可動構成物の揺動変位量目標値φ*の特性を、伝達特性が次式
【数3】

で表される一次のローパスフィルタの形で想定し、定常ゲインKφQδf0(V)に対応するカットオフ周波数F0(V)を求めることとする。
【0039】
図8は、車速が低い場合(例えば30km/h〜40km/h)における、輪荷重移動率の周波数応答を、カットオフ周波数ごとに比較して示し、
図9は、車速が高い場合(例えば120km/h〜160km/h)における、輪荷重移動率の周波数応答を、カットオフ周波数ごとに比較して示す。
【0040】
車速ごとに好適なカットオフ周波数を選択する基準として、本実施例では以下のような基準を設ける。
【0041】
(カットオフ周波数の下限を決める基準)
緊急回避操舵時に必要な操舵周波数0.5Hz〜1Hzの間でゲインが持ち上がると、緊急回避操舵時に輪荷重移動が過多となって、限界を超えた車両のローリング挙動が発生する。
よって本実施例では、操舵周波数1Hzに下側の閾値を設け、かかる下側閾値以下の操舵周波数領域において、操舵に対する輪荷重移動量のゲインが定常操舵時のゲインを上回らないように、カットオフ周波数を選択することとする。
図8,9につき付言するに、これらのゲイン線図における斜線領域に、ゲインの特性曲線がかからないようなカットオフ周波数を選択することに相当する。
【0042】
(カットオフ周波数の上限を決める基準)
操舵に対する輪荷重移動量の周波数特性において、位相のずれが大きいと、操舵の途中で急激な輪荷重変動が起こり、車両挙動が不安定となる恐れがある。
よって本実施例では、位相遅れ−45degおよび位相進み45degにそれぞれ閾値を設け、これらの閾値範囲内に、操舵に対する輪荷重移動量の位相のずれが収まるように、カットオフ周波数を選択することとする。
図8,9につき付言するに、これらの位相線図における斜線領域に、位相の特性曲線がかからないようなカットオフ周波数を選択することに相当する。
【0043】
上記の基準に照らし合わせると、図8の低車速時に条件を満たすカットオフ周波数は約2Hzであり、また図9の高車速時に条件を満たすカットオフ周波数は約1Hzであることが判る。
【0044】
図10は、カットオフ周波数f0(V)の車体速度依存性を例示する。
図7の定常ゲインKφQδf0(V)の特性と比較すると、許容限界を超えた車両のローリング挙動を回避しつつ車両の安定性を確保するためには、結果として、定常ゲインを高く設定する高車速域ではカットオフ周波数を低く設定し、定常ゲインを低く設定する低車速域ではカットオフ周波数を高く設定することが有効であることが判る。
【0045】
図5の可動構成物変位量目標値算出部22で、可動構成物(サスペンション装置3および車体1)の目標変位量(ローリングメンバ4の目標揺動角)を演算するに際しては、その後「(C)ローパスフィルタによる変位量目標値算出部」で、以下のように可動構成物の揺動変位目標値を算出する。
【0046】
(C) ローパスフィルタによる変位量目標値算出部
前記の演算により、定常ゲインKφQδf0(V)およびカットオフ周波数f0(V)がそれぞれ求められたため、車体速度Vに応じて特性が変化する、
【数4】

で表される伝達関数を持った一次のローパスフィルタを構成することができる。
このローパスフィルタを用いることで、操舵角入力θに対する可動構成物の揺動変位量目標値φ*を決めることができる。
【0047】
図5の可動構成物駆動部23で、上記可動構成物(サスペンション装置3および車体1)の目標揺動変位量φ*と、車両状態検出部21で検出したヨーレートΦ、前後加速度αxT、横加速度αyT、およびモータ回転角φとから、可動構成物(サスペンション装置3および車体1)の目標変位量φ*を実現するのに必要なモータ5の駆動トルク指令値を算出するに際しては、(D) モータ駆動トルク指令値算出部で以下のように当該算出を行う。
【0048】
(D) モータ駆動トルク指令値算出部
前項で算出した可動構成物の目標揺動変位量φ*と、実際の揺動変位量検出値φとの偏差に応じて、モータ駆動トルク指令値を算出する。
可動構成物を目標の揺動変位量まで移動するのに必要なモータ駆動トルクの値は、ヨーレートΦ、前後加速度αxT、横加速度αyTなどの車両状態量に応じて変化する。
よって、可動構成物の目標揺動変位量φ*と、実際の揺動変位量検出値φとの偏差に応じたモータ駆動トルクと、ヨーレートΦ、前後加速度αxT、横加速度αyTなどの車両状態量を考慮した補正トルクとを合わせて、モータ駆動トルク指令値を決定する。
【0049】
(G) モータ駆動トルク指令値出力部
図5の可動構成物駆動部23においては更に、上記のごとくに求めたモータ駆動トルク指令値を、「(G) モータ駆動トルク指令値出力部」でモータ用サーボドライバ16へ出力する。
【0050】
<第1実施例の効果>
上記によるモータ5の制御により、可動構成物(サスペンション装置3および車体1)は、その操舵角入力θに対する揺動変位量が前記した操舵角入力θに対する目標揺動変位量φ*となるよう制御される。
ところで、操舵角入力θに対する目標揺動変位量φ*が、定常ゲインKφQδf0(V)およびカットオフ周波数F0(V)を車両状態に応じ変更可能な前記一次のローパスフィルタを用いて、前記したごとくに求められたものであるため、
操舵時のローリング挙動変化を抑制するのに必要な、操舵角入力θに対する可動構成物の揺動変位量を、操舵周波数が高いほど小さくし得ることとなる。
【0051】
このため、操舵周波数の高い急操舵時は操舵角入力θに対する可動構成物の揺動変位量が小さくされることになり、
かかる可動構成物の変位に伴う反作用が車体に及んで発生するロールモーメントを小さくし得て、高い操舵周波数のもとでも、車両のローリング挙動が許容限界を越えることのないようにすることができ、前記した旋回外側方向への許容限界を超えた大きなローリングによる挙動不安定を回避することができる。
【0052】
また本実施例においては、操舵周波数が高くなるほど操舵角入力θに対する可動構成物の揺動変位量が小さくなるように設定するのに上記のごとく一次のローパスフィルタを適用し、且つ、車両状態に応じて適宜そのフィルタ特性を変更可能な構成であるため、
車両の状態が変化しても、その都度適切に可動構成物の揺動変位量が加減されて、上記の作用効果を常に達成することができ、車両のローリング挙動性能の向上を車両状態の変化にかかわらず常に実現することが可能になる。
【0053】
更に本実施例においては、上記の定常ゲインKφQδf0(V)を車体速度Vに応じて、または車体速度Vと、車体速度Vの差分値(車体速度Vの時間変化割合)とに応じて変更するため、
同じ操舵量であっても、車体速度Vや、その時間変化割合が異なると、車両の横加速度やヨーレートが異なるという性質を考慮して定常ゲインKφQδf0(V)が変更されることになる。
【0054】
ちなみに、車体速度Vに関係なく操舵角に対し常に同じように可動構成物を揺動変位させると、
例えば大きな操舵角を多用する低車速域では、可動構成物の揺動変位量が大きくなりすぎる傾向があり、ほとんど小さな操舵角しか用いない高車速域では、可動構成物の揺動変位量が少なくなりすぎる傾向がある。
【0055】
ところで本実施例のように、定常ゲインKφQδf0(V)を車体速度Vや、その時間変化割合に応じて変更させれば、如何なる車体速度Vや、その時間変化割合の基でも可動構成物の揺動変位量を過不足のない適切なものにすることができ、車両のローリング挙動性能の向上を、車体速度Vや、その時間変化割合にかかわらず常に実現することができる。
【0056】
また図7,10につき前述したごとく、定常ゲインKφQδf0(V)の絶対値を大きく設定するにつれカットオフ周波数f0(V)を低く設定し、定常ゲインKφQδf0(V)の絶対値を小さく設定するにつれカットオフ周波数f0(V)を高く設定すれば、
定常ゲインKφQδf0(V)ごとに、可能な限り高めのカットオフ周波数f0(V)を設定できることとなり、かようにカットオフ周波数f0(V)を高く設定できると、操舵に対する車両重心点の移動応答遅れが小さくなって、車両のローリング挙動性能の向上を維持したまま、操舵時における運転者の違和感を軽減し、操舵感を向上させることができる。
【0057】
更に図8,9につき前述したごとく、カットオフ周波数f0(V)の設定に際し、
(1)相対的に低い所定操舵周波数(1Hz)以下の操舵周波数領域で、操舵量に対する輪荷重移動量のゲインが定常操舵時のゲインKφQδf0(V)以下となるようにするという制約を設けることによりカットオフ周波数f0(V)の下限を定め、
(2)相対的に高い所定操舵周波数(3Hz)以下の操舵周波数領域で、操舵量に対する輪荷重移動量の位相のずれが、所定の位相遅れ量(-45deg)から所定の位相進み量(45deg)の範囲内に収まるという制約を設けることによりカットオフ周波数f0(V)の上限を定め、
これらカットオフ周波数の上限と下限の間にカットオフ周波数f0(V)を設定する場合、以下の作用効果が奏し得られる。
【0058】
つまり(1)の条件により、緊急回避時に必要な0.5Hz〜1Hz程度の領域の輪荷重移動量を定常時のそれ以下に抑制でき、緊急操舵時において車両の許容限界を超えたローリング挙動が発生するのを一層確実に防止することができる。
また(2)の条件により、操舵入力の周波数成分として考慮しておくことが妥当な、操舵周波数3Hz程度以下の領域において、操舵に対する輪荷重移動量の位相のずれを、±45deg程度の範囲内に収めることができる。
ちなみに位相のずれが大きいと、操舵動作の途中で急激な輪荷重変動が起こり、車両挙動が不安定になる虞があるところながら、本実施例によれば上記した条件(2)によって、輪荷重変動が穏やかになり、車両挙動を安定なものにすることができる。
【0059】
なお上記した本実施例の着想は、いかなる諸元の車両にも適用することができるが、上記した諸々の作用効果が最大限発揮されるのは、重心高に対して、トレッドが相対的に狭い車両の場合である。
【0060】
図11は、かようにトレッドが相対的に狭い車両に、上記した本実施例のローリング挙動制御装置を適用した場合の動作タイムチャートである。
この図は、緊急回避相当の操舵入力に対し、制御なしの場合と、左右輪荷重が同等の値となるよう制御する従来技術の制御を適用した場合と、上記した本実施例の制御を適用した場合とで、輪荷重移動率を比較して示したものである。
【0061】
制御なしの場合、変位量のゲインは勿論0であるものの、トレッドが狭いため、結局は輪荷重移動率の絶対値が1を超えて、左右いずれかの輪荷重が0になり、ローリング挙動不安定となる。
従来技術の制御を適用した場合、左右輪荷重が同等の値となるよう制御するため、変位量のゲインが高すぎ、急激な重心移動の反作用により、制御なしの場合よりも顕著に、且つ早期にローリング挙動不安定を惹起する。
これに対し本実施例の制御を適用した場合、高い操舵周波数下にもかかわらず、変位量のゲインが高すぎず適切なゲインに保たれ続け、重心移動が緩やかなものになって、その反作用によるローリング挙動不安定を回避することができる。
【0062】
<第2実施例>
本実施例は、上記した第1実施例と基本的に同様な構成とするが、図5に示された可動構成物変位量算出部22内における「(B) 定常ゲイン・カットオフ周波数算出部」が、特に以下のような制御則に基づいて定常ゲインおよびカットオフ周波数を算出するようなものとする。
【0063】
(B) 定常ゲイン・カットオフ周波数算出部
本実施例においては、第1実施例における前記した「(B-2)カットオフ周波数の算出」の項で行ったと同様に、カットオフ周波数F0(V)に対し上限・下限を設定するが、それに加えて、以下の位相特性条件を追加する。
【0064】
本実施例における「位相特性条件」とは、
定常ゲインの値およびカットオフ周波数の値の組み合わせのうち、閾値以下の操舵周波数の領域において、操舵角に対する可動構成物揺動変位量の周波数応答における位相遅れ量と、操舵角に対する車体横加速度の周波数応答における位相遅れ量との差ができるだけ小さくなるような、定常ゲインおよびカットオフ周波数の組み合わせ条件を意味し、
本実施例においては、この位相特性条件が満足される定常ゲインおよびカットオフ周波数の組み合わせを選択することとする。
この場合、定常ゲインおよびカットオフ周波数の2変数を同時に決定することになるので、以下に述べるような方法(いわゆる予選決勝法)を用いて、定常ゲインおよびカットオフ周波数をそれぞれ決定する。
【0065】
(B-2-1)定常ゲインの仮置き
まず、定常ゲインの値を仮置きする。
定常ゲインは、前記第1実施例における「(B-1-3) 輪荷重移動量が所望の特性となるような定常ゲインの算出」の項で述べたと同様の方法で、目標となる輪荷重移動率特性を決めることによって求める。
【0066】
(B-2-2)位相特性条件を満たすカットオフ周波数の選択
次いでカットオフ周波数を設定するに当たり、例えば緊急回避時に必要な操舵周波数0.5Hz〜1Hzの特性を所望の特性とするために、閾値を1Hzと定める。
そして、前記第1実施例における「(B-2)カットオフ周波数の算出」の項で述べたと同様に、カットオフ周波数の上限・下限の制約を満たすようなカットオフ周波数の中から、閾値1Hz以下の操舵周波数の領域において、上記の位相特性条件を満たすようなカットオフ周波数を選択する。
【0067】
(B-2-3)予選の繰り返し
上記した「(B-2-1)定常ゲインの仮置き」および「(B-2-2)位相特性条件を満たすカットオフ周波数の選択」の予選処理を繰り返し、この際、定常ゲインの値を少しずつ変更しながら、当該予選処理の繰り返しを実行する。
【0068】
(B-2-4)決勝
上記した予選処理の繰り返しにより得られた定常ゲインおよびカットオフ周波数の組み合わせのうち、前記した位相特性条件を最も良く満たして、可動構成物揺動変位量の周波数応答における位相遅れ量と、車体横加速度の周波数応答における位相遅れ量との差が最も小さくなるような、定常ゲインおよびカットオフ周波数の組み合わせを最終的に選択する。
【0069】
<第2実施例の作用効果>
図12(a),(b),(c)はそれぞれ、定常ゲインを或る値に仮置きし、カットオフ周波数を順次変化させた場合の、操舵周波数に対する可動構成物揺動変位量および車体横加速度の周波数応答を例示する。
図12(a),(b),(c)で候補に挙げた3種類のカットオフ周波数0.5Hz、1Hz、2Hzはそれぞれ、前記第1実施例につき前述した、カットオフ周波数の上限および下限に係わる制約を満たすものである。
【0070】
図12(a),(b),(c)の比較から明らかなように、カットオフ周波数が1Hzの場合が、位相特性条件を最も良く満たして、可動構成物揺動変位量の周波数応答における位相遅れ量と、車体横加速度の周波数応答における位相遅れ量との差が最も小さくなる、定常ゲインおよびカットオフ周波数の組み合わせであることが判る。
【0071】
かかる定常ゲインおよびカットオフ周波数の組み合わせを用いた第2実施例のローリング挙動制御によれば、第1実施例と同様の作用効果を奏し得るほかに、以下の作用効果をも達成することができる。
緊急回避相当の操舵を行った場合の動作タイムチャートを示す図13に基づき説明すると、前記した位相特性条件を満たすことによって、可動構成物揺動変位量の周波数応答が、車体横加速度の周波数応答に近くなる。
【0072】
このため、実線で示す輪荷重移動率の滑らかさから明らかなように、破線で示す第1実施例の場合よりも、車体の動作がよりスムーズになり、車両のローリング挙動が許容限界を越えないようにして安定したローリング挙動性能を維持したまま、運転者に操舵感の向上を感じさせることができる。
また、実線で示すモータ出力の時系列変化から明らかなように、破線で示す第1実施例のそれよりも、可動構成物を揺動変位させるモータ5の負担軽減を実現することも可能となる。
【0073】
ちなみに第1実施例の利点は、第2実施例におけるような「位相特性条件」が設定されないないので、定常ゲインの選択自由度が大きく、
そのため、比較的大きな定常ゲインを設定することができ、図13に破線で示す左右輪荷重移動率の時系列変化から明らかなように、実線で示す第2実施例の場合よりも、輪荷重移動率(輪荷重移動量)を小さくし得て、車両運動性能の向上を見込むことができる。
【0074】
<第3実施例>
本実施例は図14に示すごとく、上記した第1実施例または第2実施例と基本的に同様な構成とするが、図5に示された可動構成物変位量算出部22内に「(E) 変位量目標値制限部」を追加すると共に、同じく図5に示された可動構成物駆動部23内に「(F)駆動トルク制限部」を追加して構成したものである。
以下、これら追加した「(E) 変位量目標値制限部」および「(F)駆動トルク制限部」の制御則を説明する。
【0075】
(E) 変位量目標値制限部
例えば操舵周波数が高い場面など、旋回内側方向に車両重心を急いで移動させた場合、素早い重心移動の反作用によって、左右輪荷重移動をより助長する方向のロールモーメントが生じ、車両は許容限界を超えてローリング挙動される。
【0076】
この反作用ロールモーメントは、ばね下に対する車体の相対変位加速度(ばね下質量座標系に対する、車体座標系の相対横加速度)によって生じるものである。
よって、車体の相対変位加速度の値に着目し、この値が閾値を超えないように制御することにより、車両が許容限界を超えてローリング挙動することのないようにするものとする。
【0077】
図15は、図14の「(E) 変位量目標値制限部」で実行する制御プログラムのフローチャートを示し、以下各ステップでの処理内容を順次詳述する。
(E-1)ばね下に対する車体の相対変位加速度の予測
実際に車両が許容限界を超えてローリング挙動するような車体の相対変位加速度が出る前に、未然に可動構成物の揺動変位目標値を変更する必要があり、
そのため最初のステップ(E-1)では、検出値でなく制御目標値から車体の相対変位加速度の予測値を予め算出し、この予測値を閾値判定に用いることとする。
【0078】
車体の相対変位加速度の予測値αrelは、
φ*:可動構成物の揺動変位量目標値
φRoll:サスペンションストロークによるロール角予測値
h:車体がロール回転する際の回転中心の高さから、車体重心高までの距離(実質的なロールアーム長)
をそれぞれ用いて、次式の演算により算出することができる。
αrel=h{(d2/dt)φ*+(d2/dt) φRoll
【0079】
なお、サスペンションストロークによるロール角予測値φRollは、操舵角θに対する伝達関数φRoll(s)/θ(s)を用いて計算する。
伝達関数は、線形近似した運動方程式から算出してもよいし、実測特性から同定してもよい。
【0080】
(E-2)加速度閾値の算出
加速度閾値αrel_Limitは、実測に基づいて適当な値を選んで決めてもよいが、ロール方向の運動方程式に基づいて、例えば以下のように定めることができる。
【数5】

なおここでは、前輪の方が後輪よりも荷重移動量が大きく設定されているものと仮定し、閾値に前輪の諸元値を用いる。
但し、
:可動構成物の質量
T:車体質量(可動構成物を除く)
hs:可動構成物のロールアーム長(可動構成物重心高さから、車体のロール回転運動中心高さまでの距離)
hT:車体ロールアーム長(可動構成物以外のマスの重心高さから、車体のロール回転運動中心高さまでの距離)
bf:前輪トレッド
x:前輪のロール剛性配分比から決まる定数(0<x<1を満たす)
ΔWfMAX:前輪荷重移動量の許容最大値(1輪あたり静止時輪荷重よりわずかに少ない値)
φ:可動構成物の揺動変位量の値(現在の値)
αyT:車体の横加速度(計測値・操舵角からの推定値いずれを用いてもよい)
【0081】
上記した加速度閾値αrel_Limitの演算式が意味するところは、以下のとおりである。
前輪荷重移動量の許容最大値ΔWfMAXが大きいほど、また車両トレッドbfが大きいほど、加速度閾値αrel_Limitは大きくなる。
また車体の横加速度αyTが大きいほど、横加速度による輪荷重移動が生じて余裕が少なくなってくるので、加速度閾値αrel_Limitは小さくなる。
更に可動構成物の揺動変位量φが大きいほど、車両の重心が旋回内側方向に大きく傾くので、加速度閾値αrel_Limitは大きくなる。
【0082】
(E-3)閾値判定
以上の加速度閾値αrel_Limitと、車体の相対変位加速度の予測値αrelとを比較して、予測値αrelが加速度閾値αrel_Limit以下であるか(許容限界を越えたローリング挙動が発生しないか)否かを判定する。
(E-4) 揺動変位量目標値の抑制
上記の判定結果をもとに、予測値αrelが加速度閾値αrel_Limitを上回っていれば(許容限界を越えたローリング挙動が発生する場合)、繰り返し演算により予測値αrelが加速度閾値αrel_Limitを下回るようになるまで、可動構成物の揺動変位量目標値φ*を抑制する。
(E-5) 揺動変位量目標値の決定
上記の抑制により、予測値αrelが加速度閾値αrel_Limitを下回るようになった時、可動構成物の揺動変位量目標値φ*を抑制する処理を中止して、この時における可動構成物の揺動変位量目標値φ*を最終的な目標値と定める。
【0083】
図16は、図14の「(F)駆動トルク制限部」で実行する制御プログラムのフローチャートを示し、以下各ステップでの処理内容を順次詳述する。
図15では、実際に車両が許容限界を越えたローリング挙動を行うような車体の相対変位加速度が出る前に、未然に可動構成物の揺動変位目標値を抑制する目的で、目標値から車体の相対変位加速度の予測値を算出して閾値判定を行った。
【0084】
しかし実際には、正しい目標値設定を行っていても、外乱などの予期せぬ要因により、車体の相対変位加速度が閾値を上回ってしまう場合が考えられる。
この観点から図16では、実際の車体相対変位加速度を算出し、もしその算出値が閾値を上回っていれば、揺動変位量の目標値に関係なくモータ5の駆動トルク指令値を抑制することにより、車両が許容限界を超えたローリング挙動を行うことのないようにする。
【0085】
(F-1) ばね下に対する車体の相対変位加速度算出
基本的な考え方は、前記(E-1)の項で述べたと同様であるが、ここでは実測値を用いて車体の相対変位加速度を求める。
車体の相対変位加速度αrel_detecは、
φ:可動構成物の揺動変位量実測値(モータ回転角)
φRoll:サスペンションストロークによるロール角予測値(または横加速度実測値に基づくロール角算出値でもよい)
h:車体がロール回転する際の回転中心の高さから、車体重心高までの距離(実質的なロールアーム長)
をそれぞれ用いて、次式の演算により算出することができる。
αrel_detec=h{(d2/dt)φ+(d2/dt) φRoll
従って「(F-1) ばね下に対する車体の相対変位加速度算出」処理は、本発明における車体対地変位加速度算出手段に相当する。
【0086】
(F-2)加速度閾値の算出
前記した「(E-2)加速度閾値の算出」で述べたと同じ要領で加速度閾値αrel_Limitを算出する。
(F-3)閾値判定
以上の加速度閾値αrel_Limitと、車体の相対変位加速度αrel_detecとを比較して、車体の相対変位加速度αrel_detecが加速度閾値αrel_Limit以下であるか(許容限界を越えたローリング挙動が発生しないか)否かを判定する。
(F-4) モータ駆動トルク指令値の抑制
上記の判定結果をもとに、車体の相対変位加速度αrel_detecが加速度閾値αrel_Limitを上回っていれば(許容限界を越えたローリング挙動が発生する場合)、繰り返し演算により車体の相対変位加速度αrel_detecが加速度閾値αrel_Limitを下回るようになるまで、モータ5の駆動トルク指令値を揺動変位量目標値φ*に関係なく抑制する。
【0087】
上記の抑制により、車体の相対変位加速度αrel_detecが加速度閾値αrel_Limitを下回るようになった時、(F-3)の閾値判定から制御を終了させて、モータ駆動トルク指令値の抑制処理(F-4)を中止させ、以後は揺動変位量目標値φ*に応じて、これを実現するようモータ駆動トルク指令値を決定する。
【0088】
<第3実施例の作用効果>
上記した第3実施例のローリング挙動制御によれば、基本的に第1実施例または第2実施例と同様な構成を踏襲するため、これら実施例と同様な前記した作用効果を奏し得るほかに、以下の作用効果をも達成することができる。
【0089】
つまり図15につき上述したごとくにして、可動構成物の揺動変位量目標値から算出される、ばね下に対する車体の相対変位加速度の予測値αrelが、車体および可動構成物の重量と、車体および可動構成物の重心高と、車両前後のトレッドとから決まる所定の加速度閾値αrel_Limitを越えないよう、前記可動構成物の変位量(その目標値φ*)に制限を付与するため、
幅狭車や高重心車など、いかなる諸元の車両に本実施例のローリング挙動制御を適用しても、車両が許容限界を超えたローリング挙動を行うのを未然に防ぐことが可能となる。
【0090】
また図16につき上述したごとくにして、車体の相対変位加速度αrel_detecが加速度閾値αrel_Limitを超えた場合は、車体の相対変位加速度αrel_detecが加速度閾値αrel_Limitと同等の値まで下がるような態様で可動構成物を揺動変位させるため、
横風を含む外乱など何らかの予期できない要因によって、ばね下に対する車体の相対変位加速度αrel_detecが加速度閾値αrel_Limitを超えてしまった場合においても、車両が許容限界を超えてローリング挙動する前に、揺動変位加速度αrel_detecが加速度閾値αrel_Limit内に収まるようにすぐ対処することが可能となり、外乱など予期できない要因による異常なローリング挙動もこれを未然に防ぐことができる。
【符号の説明】
【0091】
1 車体
2 車輪
3 サスペンション装置
3a アッパーアーム
3b ロアアーム
3c ストラット
4 ローリングメンバ
5 モータ
6 ステアリングホイール
11 コントローラ
12 操舵角センサ
13 車輪速センサ
14 車両挙動センサ群
14a ヨーレートセンサ
14b 前後Gセンサ
14c 横Gセンサ
15 モータ回転センサ
16 サーボドライバ
17 バッテリ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車体のローリング方向における挙動変化を抑制する方向へ変位可能な可動構成物を具えた車両のローリング挙動制御装置において、
運転者による車両の操舵情報を検出する操舵情報検出手段と、
該手段により検出した操舵情報のうち操舵量および操舵周波数を基に、操舵量対応の、前記ローリング挙動変化を抑制するのに必要な前記可動構成物の変位量を、操舵周波数が高いほど小さくなるよう設定する可動構成物変位量設定手段と
を具備してなることを特徴とする車両のローリング挙動制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載の車両のローリング挙動制御装置において、
前記可動構成物変位量設定手段は、操舵周波数が定常操舵判定値未満の定常操舵時における単位操舵量当たりの可動構成物の変位量として定義される定常ゲイン、および、ゲインが定常値よりも設定値だけ低下する時の操舵周波数であるカットオフ周波数をそれぞれ、車両状態に応じ変更可能なローパスフィルタを用いて、前記操舵量に対する可動構成物の変位量を設定するものであることを特徴とする車両のローリング挙動制御装置。
【請求項3】
請求項2に記載の車両のローリング挙動制御装置において、
車体速度を算出する車体速度算出手段を設け、
該手段で算出した車体速度に応じ、または車体速度と、車体速度の差分値との両方に応じて、前記定常ゲインを変更することを特徴とする車両のローリング挙動制御装置。
【請求項4】
請求項2または3に記載の車両のローリング挙動制御装置において、
前記定常ゲインの絶対値を大きく設定するにつれ前記カットオフ周波数を低く設定し、前記定常ゲインの絶対値を小さく設定するにつれ前記カットオフ周波数を高く設定することを特徴とする車両のローリング挙動制御装置。
【請求項5】
請求項2または3に記載の車両のローリング挙動制御装置において、
相対的に低い所定操舵周波数以下の操舵周波数領域で、操舵量に対する輪荷重移動量のゲインが定常操舵時のゲイン以下となるようにするという制約を設けることにより、前記カットオフ周波数の下限を定め、
相対的に高い所定操舵周波数以下の操舵周波数領域で、操舵量に対する輪荷重移動量の位相のずれが、所定の位相遅れ量から所定の位相進み量の範囲内に収まるという制約を設けることにより、前記カットオフ周波数の上限を定め、
これらカットオフ周波数の上限と下限の間に前記カットオフ周波数を設定することを特徴とする車両のローリング挙動制御装置。
【請求項6】
請求項1に記載の車両のローリング挙動制御装置において、
前記可動構成物の変位量の設定に際し、
所定操舵周波数以下の操舵周波数領域で、操舵量に対する変位量の周波数応答における位相遅れ量と、操舵量に対する車体の横加速度および操舵量に対する構成物の横加速度のいずれか一方の周波数応答における位相遅れ量との差が、最も小さくなるように前記可動構成物の変位量を設定することを特徴とする車両のローリング挙動制御装置。
【請求項7】
請求項1に記載の車両のローリング挙動制御装置において、
前記可動構成物の変位量の設定に際し、
該可動構成物変位量の目標値から算出される、ばね下に対する車体の相対変位加速度予測値が、車体および可動構成物の重量と、車体および可動構成物の重心高と、車両前後のトレッドとから決まる所定の加速度閾値を越えないよう、前記可動構成物の変位量に制限を設定することを特徴とする車両のローリング挙動制御装置。
【請求項8】
請求項1または7に記載の車両のローリング挙動制御装置において、
ばね下に対する車体の相対変位加速度を算出する車体対地変位加速度算出手段を設け、
該手段により算出された車体の対地変位加速度が、車体および可動構成物の重心高と、車両前後のトレッドとから決まる所定の加速度閾値を超えた場合は、車体対地変位加速度が前記加速度閾値と同等の値まで下がるような態様で前記可動構成物を変位させるよう制御することを特徴とする車両のローリング挙動制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【公開番号】特開2010−221864(P2010−221864A)
【公開日】平成22年10月7日(2010.10.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−71670(P2009−71670)
【出願日】平成21年3月24日(2009.3.24)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】