説明

車両の制御装置

【課題】車両の旋回挙動を規定するヨーレート及び車体スリップ角を所望の値に制御する。
【解決手段】前輪及び後輪の各々について左右制駆動力差を生じさせることが可能な制駆動力可変手段を備えた車両を制御する装置は、前記車両の目標運動状態を規定するヨーレート及び車体スリップ角を少なくとも含む車両状態量の目標値を設定する設定手段と、予め設定された、前記車両状態量と前記各々における左右制駆動力差を少なくとも含む状態制御量との相対関係を規定する車両運動モデルに基づいて、前記設定された車両状態量の目標値に対応する前記状態制御量の目標値を決定する決定手段と、前記各々における左右制駆動力差が前記決定された目標値となるように前記制駆動力可変手段を制御する制御手段とを具備する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えばLKA(Lane Keeping Assist:車線維持走行のための操舵補助)等の各種自動運転機能を備えた車両に適用可能な、車両の制御装置の技術分野に関する。
【背景技術】
【0002】
この種の装置として、車両のヨーレートが目標ヨーレートとなるように各輪の制駆動力を制御するものが提案されている(特許文献1参照)。
【0003】
尚、舵角を制御するモータ1とステアリングトルクを制御するモータ2とを備え、自動操舵によって生じる操舵反力を上記モータ2のトルクによって打ち消す方法も提案されている(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平3−292221号公報
【特許文献2】特開平6−336169号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に開示された装置によれば、車両のヨーレートを所望の値に制御し得るが、例えば、車両を目標走行路に追従させる或いは車両に目標走行路をトレースさせる等の各種自動操舵機能を実現しようとする場合、制御状態量がヨーレートのみの一自由度の運動制御では、車両の旋回挙動を好適に制御することが難しい。例えば、この場合、車体スリップ角(車両の旋回接線方向に対する角度であり、車体の向きと車体の瞬間的な進行方向とのなす角度である)は成り行きで変化することになるため、ドライバに与える違和感が無視できない程度に大きくなる可能性がある。
【0006】
即ち、特許文献1に開示された装置には、例えばLKA等の自動操舵を実現しようとした場合に、ドライバに違和感を与える可能性があるという技術的問題点がある。
【0007】
係る技術的問題点は、特許文献2に開示される方法にしても同様である。
【0008】
本発明は、上述した問題点に鑑みてなされたものであり、車両の旋回挙動を規定するヨーレート及び車体スリップ角を所望の値に制御し得る車両の制御装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上述した課題を解決するため、本発明に係る車両の制御装置は、前輪及び後輪の各々について左右制駆動力差を生じさせることが可能な制駆動力可変手段を備えた車両を制御する装置であって、前記車両の目標運動状態を規定するヨーレート及び車体スリップ角を少なくとも含む車両状態量の目標値を設定する設定手段と、予め設定された、前記車両状態量と前記各々における左右制駆動力差を少なくとも含む状態制御量との相対関係を規定する車両運動モデルに基づいて、前記設定された車両状態量の目標値に対応する前記状態制御量の目標値を決定する決定手段と、前記各々における左右制駆動力差が前記決定された目標値となるように前記制駆動力可変手段を制御する制御手段とを具備することを特徴とする。
【0010】
本発明に係る車両は、制駆動力可変手段を備える。
【0011】
制駆動力可変手段とは、前輪及び後輪における左右輪に制駆動力差を生じさせることが可能な手段であり、言い換えれば、各輪の制駆動力を各輪相互間で独立して制御することが可能な手段である。制駆動力可変手段は、好適な一形態として、例えば、駆動力分配デファレンシャル機構若しくはインホイールモータシステム等を含む駆動力可変装置、又はABS(Antilock Braking System)等を含む各種ECB(Electronic Controlled Braking system:電子制御制動装置)等の制動力可変装置、或いはその両方等の実践的態様を採り得る。
【0012】
制駆動力可変手段が駆動力可変装置である場合、例えば内燃機関等の各種動力源から供給されるトルク(尚、トルクと駆動力とは一義的な関係を有し得る)が、固定の又は可変な分配比率で前後輪に分配された後、この前後輪各々に分配されたトルクが、更に可変な分配比率に従って左右輪に分配される。その結果、左右輪の駆動力の絶対値が増減制御され、左右駆動力差が生じ得る。或いは、例えば機関トルクとは独立した駆動力が左右輪に付与され、左右輪の駆動力の絶対値が増減制御された結果として左右駆動力差が生じ得る。
【0013】
また、制駆動力可変手段が制動力可変装置である場合、左右輪に付与される、好適には摩擦制動力としての制動力が可変とされることにより、付与される制動力の小さい側の車輪について、駆動力を相対的に高くすることと同等の効果を得ることが可能となる。即ち、制動力は、言わば負側の駆動力である。
【0014】
いずれにせよ左右輪で制駆動力差が生じると、車両は、駆動力の相対的に小さい車輪(即ち、制動力の相対的に大きい車輪である)の側(即ち、右側車輪の駆動力(制動力)が小さければ(大きければ)、右側である)へ旋回する。従って、制駆動力可変手段によれば、理論的には車両の進行方向をドライバの操舵入力とは無関係に変化させることが可能となる。
【0015】
本発明に係る車両の制御装置は、このような車両を制御する装置であって、例えば、一又は複数のCPU(Central Processing Unit)、MPU(Micro Processing Unit)、各種プロセッサ又は各種コントローラ、或いは更にROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)、バッファメモリ又はフラッシュメモリ等の各種記憶手段等を適宜に含み得る、単体の或いは複数のECU(Electronic Controlled Unit)等の各種処理ユニット、各種コントローラ或いはマイコン装置等各種コンピュータシステム等の形態を採り得る。
【0016】
本発明に係る車両の制御装置によれば、その動作時には、設定手段により、車両の目標運動状態に対応する、車両状態量の目標値が設定される。
【0017】
本発明に係る「目標運動状態」とは、車両の採るべき運動状態であって、且つ制駆動力可変手段の各々により制御される上述の制駆動力差の変化により導かれ得る運動状態を意味する。上述したように、制駆動力可変手段は、車両の旋回挙動を制御し得る手段である。従って、本発明に係る車両の目標運動状態とは、好適な一形態として、目標車線を維持した走行や目標経路にトレースした走行等を意味する。
【0018】
本発明に係る「車両状態量」とは、このような目標運動状態を実現するにあたって実践上有益なる効果を奏し得る車両の状態量であり、好適な一形態としては、車両の旋回挙動を規定し得る状態量である。本発明では特に、この車両状態量が、ヨーレートと車体スリップ角とを少なくとも含んで規定される。車両状態量が少なくともこれら二種類の状態量を含むことにより、実際にこれら状態量が目標値に維持された又は近付けられた際に、車両運動を目標運動状態に好適に維持する又は近付けることが可能となる。
【0019】
尚、設定手段は、例えば、目標走行路に沿って車両を走行させるための参照値となり得る物理量としての位置状態偏差(即ち、維持すべき目標走行路と車両との相対的位置関係を規定する偏差であり、好適な一形態として、目標走行路に対する車両の横位置の偏差やヨー角偏差等を含み得る)や、その時点の車速等に基づいて、車両状態量の目標値を設定する。目標値は、予め然るべき記憶手段にパラメータ値と対応付けられる形でマップ化されて格納されていてもよいし、その都度然るべき演算アルゴリズムや演算式等に従って導かれてもよい。
【0020】
一方、公知の運動方程式によれば、車両状態量の自由度は、独立制御可能な状態制御量の個数と等しい。本発明では、車両状態量は、少なくともヨーレートと車体スリップ角とを含むから最低でも二自由度が必要となる。従って、状態制御量もまた、少なくとも二種類必要となる。
【0021】
ここで、本発明に係る車両の制御装置においては、先述したように、前輪左右制駆動力差及び後輪左右制駆動力差を夫々独立に制御可能である。従って、これらを状態制御量として扱うことによって、二自由度の車両運動を構築することができる。ここで特に、本発明では、これら車両状態量と状態制御量との相対関係が、予め上記運動方程式に基づいた車両運動モデルとして与えられている。この車両運動モデルは、決定手段による状態制御量の目標値決定プロセスに好適に使用される。即ち、決定手段は、この車両運動モデルに基づいて、上述した車両状態量の目標値に対応するこれら状態制御量の目標値を決定する。尚、「状態制御量の目標値」とは、少なくとも前輪左右制駆動力差及び後輪左右制駆動力差の各々の目標値を含む。
【0022】
状態制御量の目標値が決定されると、制御手段によって、この前輪左右制駆動力差の目標値及び後輪左右制駆動力差の目標値が得られるように、制駆動力可変手段が制御される。
【0023】
尚、制駆動力可変手段の制御量は、各輪の制駆動力であるから、前輪左右制駆動力差の目標値及び後輪左右制駆動力差の目標値は、最終的には、前後左右輪の制駆動力の目標値に置換される。この際、一の前輪左右制駆動力差及び後輪左右制駆動力差を与える各輪の制駆動力は、必ずしも一義的でないから、これら目標値に対しても、複数の解が存在し得る。従って、制御手段は、当該目標値を満たし得る各輪の制駆動力の目標値を、その時点の車両の走行条件やドライバ意思等に応じた最適解に設定してもよい。但し、状態制御量が目標値となるように各輪の制駆動力の目標値が定められる限りにおいて、車両状態量の二自由度は問題無く担保されることは言うまでもない。
【0024】
本発明に係る車両の制御装置の一の態様では、前記車両運動モデルは、前記車両の構成に応じて定まる時定数要素を含む。
【0025】
この態様によれば、車両運動モデルは時定数要素(周波数応答値)を含むため、例えば、車速が大きく変化する或いは車速が非安定な一種の過渡的な挙動変化に対し、状態制御量の目標値を高精度に決定することができる。
【0026】
本発明に係る車両の制御装置の他の態様では、前記決定手段は、前記車両が定常走行状態にある場合に、前記時定数要素を考慮することなく前記目標値を決定する。
【0027】
時定数要素が車両運動モデルに基づいた状態制御量の目標値決定プロセスに与える影響は、車両の挙動変化が大きい程大きくなるが、反対に、車両の挙動変化が定常変化に留まるような定常的走行状態においては、これら時定数要素が状態制御量の目標値に与える影響は無視出来る程に小さくなる場合もある。
【0028】
この態様によれば、車両が定常走行状態にある場合に、時定数要素が無視される。従って、状態制御量の決定精度に影響を与えることなく演算負荷を軽減することが可能となる。
【0029】
尚、車両が定常走行状態にあるか否かは、例えば、車両状態量の目標値の変化速度等に基づいてなされ得る。例えば、車体スリップ角やヨーレートの目標値が小さい場合、即ち、横加速度の変化が小さい場合や旋回運動が緩慢である場合等には、定常走行状態である旨の判断を下し得る。
【0030】
本発明に係る車両の制御装置の他の態様では、前記車両は、前輪又は後輪の舵角を、該舵角の変化を促すドライバ操作から独立して変化させることが可能な舵角可変手段を備え、前記車両運動モデルは、前記車両状態量として操舵角を含むと共に前記状態制御量として前記舵角に対応付けられた舵角制御量を含み、前記設定手段は、前記車両状態量の目標値として前記操舵角の目標値を更に設定し、前記決定手段は、前記状態制御量の目標値として前記舵角制御量の目標値を更に決定し、前記制御手段は、前記舵角制御量が前記決定された目標値となるとなるように前記舵角可変手段を制御する。
【0031】
この態様では、車両が更に舵角可変手段を備える。
【0032】
舵角可変手段とは、前輪又は後輪の舵角を、これらの変化を促すドライバ操作から独立して変化させることが可能な手段である。このドライバ操作とは、好適には、ステアリングホイル等の各種操舵入力手段の操作を意味する。従って、舵角可変手段によれば、ドライバがステアリングホイルから手を放していても、或いはステアリングを保舵しているのみであっても、上記舵角を所望の値に変化させることが可能である。
【0033】
即ち、舵角可変手段とは、上記操舵入力手段から操舵輪(好適には、前輪)へ至る操舵入力の機械的伝達経路を担う通常の操舵機構とは本質的意味合いにおいて異なるものである。但し、物理構成上の観点から見れば、舵角可変手段の少なくとも一部は、この種の操舵機構と共用或いは共有されていてもよい。舵角可変手段は、好適な一形態としては、VGRS(Variable Gear Ratio Steering:ステアリングギア比可変装置)又はARS(Active Rear Steering:後輪操舵装置)等の各種実践的態様を採り得る。
【0034】
舵角可変手段によれば、舵角の制御対象となる車輪(上記操舵入力手段と機械的に連結された操舵輪を含み得る)について、舵角が少なくとも一定の範囲で可変であるから、理論的には車両の進行方向をドライバの操舵入力とは無関係に変化させることが可能となる。
【0035】
一方、舵角可変手段が、VGRS等、操舵角と舵角との比たる操舵伝達比を可変とし得る構成を採る場合、舵角可変手段は、操舵伝達比を変化させることによって、一の舵角に対する操舵角を変化させることもできる。本発明においては、係る点を考慮して、舵角可変手段の制御対象を、このような舵角、操舵伝達比及び操舵角を含む概念としての舵角制御量と定義する。本発明において、この舵角制御量は、上述の状態制御量の一つとして扱われる。
【0036】
ここで、舵角可変手段により状態制御量が一つ増えるため、車両状態量の自由度もまた一つ増え三自由度となる。この態様では、この増えた自由度を利用して、車両状態量として操舵角を追加し、設定手段が、車両状態量の目標値として、この操舵角の目標値を新たに設定する構成となっている。尚、操舵角とは、操舵入力手段の操作角であり、好適には、ステアリングホイルの回転角である。
【0037】
ここで特に、ステアリングホイルはドライバと操舵装置とのインターフェイスであり、ドライバがその挙動を最も認識し易い部分である。従って、上述した二自由度の車両状態量制御の過程において、操舵角が、状態制御量(前後輪の左右制駆動力差)によって作られた舵角変化に従って無秩序に成り行きで変化した場合、ドライバに付与される違和感は無視できないものとなりかねない。
【0038】
本態様では、車両状態量の目標値として新たに操舵角の目標値が追加され、ヨーレート及び車体スリップ角に加え、この操舵角が目標値となるように、状態制御量の目標値が決定される。その結果、制御手段によるこの目標値に基づいた制駆動力可変手段及び舵角可変手段の制御によって、操舵角を所望の値に維持しつつ又は近付けつつ、車両の運動状態を目標運動状態に維持する又は近付けることが可能となる。
【0039】
尚、操舵角は、一見しただけでは必ずしも車両状態量とは言い難い面があるが、先に述べた通り、本発明に係る車両状態量とは、「目標運動状態を実現するにあたって実践上有益なる効果を奏し得る車両の状態量」であり、操舵角の成り行き上の(言わば無秩序な)変化が、ドライバ側の違和感を誘発し得る点と、その制御が違和感を軽減させ且つ違和感の軽減がドライバビリティの向上といった有益なる効果を奏し得る点に鑑みれば、操舵角は本発明に係る車両状態量の一つとして適当である。
【0040】
舵角可変手段を備える車両に適用される本発明に係る車両の制御装置の一の態様では、前記設定手段は、前記各々における左右制駆動力差が最小となるように前記操舵角の目標値を設定する。
【0041】
この態様によれば、前輪及び後輪の各々における左右制駆動力差が絶対的に又は各種制約を反映した現実的な範囲で最小となるため、車輪(タイヤを含む)の負荷を低減し、或いは可及的に均等化し、車両の耐久性を確保することが可能となる。
【0042】
舵角可変手段を備える車両に適用される本発明に係る車両の制御装置の他の態様では、前記設定手段は、前記操舵角及び操舵角速度の各々が該各々について設定された基準値未満となるように前記操舵角の目標値を設定する。
【0043】
車両運動が目標運動状態を採るにあたって、操舵角の採り得る範囲及び操舵角速度の採り得る範囲に何らの制約もない場合、ドライバが本来不要な操舵操作を行う可能性が生じ得る。元よりこの目標運動状態へ向けての制御は一種の自動操舵であるから、操舵入力手段の過剰な動作は、ドライバ側にとって必ずしも快適な光景ではない。「「
この態様によれば、操舵角及び操舵角速度が各々の基準値未満の範囲に制限されるため、ドライバへの違和感の付与が好適に防止される。
【0044】
舵角可変手段を備える車両に適用される本発明に係る車両の制御装置の他の態様では、前記設定手段は、前記車両の旋回時において前記ヨーレートによって規定される旋回方向と同方向となるように前記操舵角の目標値を設定する。
【0045】
この態様によれば、操舵角の発生方向とヨーレートの発生方向とが同方向となるため、車両の旋回方向へ操舵入力手段が回転し、人間工学的にみて、ドライバに安心感を与え得る。即ち、違和感の発生を好適に抑制することが可能となる。
【0046】
舵角可変手段を備える車両に適用される本発明に係る車両の制御装置の他の態様では、前記設定手段は、前記車両の走行路の状態に応じて前記操舵角の目標値を設定する。
【0047】
この態様によれば、走行路の状態、例えば、走行路の曲率又は半径、勾配、路面摩擦、道幅或いは走行路形状等に応じた適切な操舵角を実現することが可能となり、より広範な運転状況において、ドライバの違和感を抑制することができる。
【0048】
本発明のこのような作用及び他の利得は次に説明する実施形態から明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】本発明の第1実施形態に係る車両の構成を概念的に表してなる概略構成図である。
【図2】図1の車両においてなされるLKA制御のフローチャートである。
【図3】前後輪の制駆動力差と車両旋回方向との関係を例示する概念図である。
【図4】図1の車両の一旋回状態における前後輪の様子を表す概念図である。
【図5】図1の車両において、舵角発生時にキングピン軸回りに発生するトルクの様子を表す概念図である。
【発明を実施するための形態】
【0050】
以下、適宜図面を参照して本発明の車両の制御装置に係る実施形態について説明する。
<発明の実施形態>
<第1実施形態>
<実施形態の構成>
始めに、図1を参照して、本発明の第1実施形態に係る車両10の構成について説明する。ここに、図1は、車両10の基本的な構成を概念的に表してなる概略構成図である。
【0051】
図1において、車両10は、左前輪FL、右前輪FR、左後輪RL及び右後輪RRの各車輪を備え、このうち操舵輪である左前輪FL及び右前輪FRの舵角変化によって所望の方向に進行することが可能な構成となっている。
【0052】
車両10は、ECU100、エンジン200、駆動力分配装置300、VGRSアクチュエータ400、EPSアクチュエータ500、ECB(Electronic Controlled Braking system:電子制御式制動装置)600、カーナビゲーション装置700及びARSアクチュエータ800を備える。
【0053】
ECU100は、夫々不図示のCPU(Central Processing Unit)、ROM(Read Only Memory)及びRAM(Random Access Memory)を備え、車両10の動作全体を制御可能に構成された電子制御ユニットであり、本発明に係る「車両の制御装置」の一例である。ECU100は、ROMに格納された制御プログラムに従って、後述するLKA制御を実行可能に構成されている。
【0054】
尚、ECU100は、本発明に係る「設定手段」、「決定手段」及び「制御手段」の夫々一例として機能するように構成された一体の電子制御ユニットであり、これら各手段に係る動作は、全てECU100によって実行されるように構成されている。但し、本発明に係るこれら各手段の物理的、機械的及び電気的な構成はこれに限定されるものではなく、例えばこれら各手段は、複数のECU、各種処理ユニット、各種コントローラ或いはマイコン装置等各種コンピュータシステム等として構成されていてもよい。
【0055】
エンジン200は、車両10の駆動力源として機能するV型6気筒ガソリンエンジンである。尚、本発明に係る車両の動力源は、燃料の燃焼を機械的動力に変換して取り出し得る機関を包括する概念として各種実践的態様を有する内燃機関(エンジン200もその一例である)に限定されず、モータ等の回転電機であってもよい。或いは、車両は、これらが協調制御される所謂ハイブリッド車両であってもよい。エンジン200の駆動力出力軸たるクランク軸は、駆動力分配装置の一構成要素たるセンターデファレンシャル装置310に接続されている。尚、エンジン200の詳細な構成は、本発明の要旨との相関が薄いため、ここではその詳細を割愛する。
【0056】
駆動力分配装置300は、エンジン200から前述のクランク軸を介して伝達されるエンジントルクTeを、前輪及び後輪に所定の比率で分配可能に構成されると共に、更に前輪及び後輪の各々において左右輪の駆動力配分を変化させることが可能に構成された、本発明に係る「制駆動力可変手段」の一例である。駆動力分配装置300は、センターデファレンシャル装置310(以下、適宜「センターデフ310」と略称する)、フロントデファレンシャル装置320(以下、適宜「フロントデフ320」と略称する)及びリアデファレンシャル装置330(以下、適宜「リアデフ330」と略称する)を備える。
【0057】
センターデフ310は、エンジン200から供給されるエンジントルクTeを、フロントデフ320及びリアデフ330に分配するLSD(Limited Slip Differential:差動制限機能付き差動機構)である。センターデフ310は、前後輪に作用する負荷が略一定な条件下では、前後輪に対し分配比50:50(一例であり限定されない)でエンジントルクTeを分配する。また、前後輪のうち一方の回転速度が他方に対し所定以上高くなると、当該一方に対し差動制限トルクが作用し、当該他方へトルクが移譲される差動制限が行われる構成となっている。即ち、センターデフ310は、所謂回転速度感応式(ビスカスカップリング式)の差動機構である。
【0058】
尚、センターデフ310は、このような回転速度感応式に限らず、入力トルクに比例して差動制限作用が大きくなるトルク感応式の差動機構であってもよい。また、遊星歯車機構により差動作用をなし、電磁クラッチの断続制御により差動制限トルクを連続的に変化させ、所定の調整範囲内で所望の分配比率を実現可能な分配比率可変型の差動機構であってもよい。いずれにせよ、センターデフ310は、前輪及び後輪に対しエンジントルクTeを分配可能な限り、公知非公知を問わず各種の実践的態様を採ってよい。
【0059】
フロントデフ320は、センターデフ310によりフロントアクスル(前輪車軸)側に分配されたエンジントルクTeを、更に、左右輪に所定の調整範囲内で設定される所望の分配比率で分配可能な分配比率可変型のLSDである。フロントデフ320は、リングギア、サンギア及びピニオンキャリアからなる遊星歯車機構と、差動制限トルクを与える電磁クラッチを備え、この遊星歯車機構のリングギアにデフケースが、サンギア及びキャリアに夫々左右の車軸が連結された構成を採る。また、差動制限トルクは、電磁クラッチに対する通電制御により連続的に制御され、フロントデフ320の物理的電気的構成上定まる所定の調整範囲内で、トルクの分配比率が連続的に可変に制御される構成となっている。
【0060】
フロントデフ320は、ECU100と電気的に接続されており、電磁クラッチへの通電制御もECU100により制御される構成となっている。従って、ECU100は、フロントデフ320の駆動制御を介して、所望の前輪左右制駆動力差(ここでは、駆動力差である)Fを生じさせることが可能である。尚、フロントデフ320の構成は、左右輪に所望の分配比率で駆動力(尚、トルクと駆動力とは一義的な関係にある)を分配可能な限りにおいて、ここに例示されるものに限定されず、公知非公知を問わず各種の態様を有し得る。いずれにせよ、このような左右駆動力配分作用は公知であり、ここでは、説明の煩雑化を防ぐ目的からここではその詳細については触れないこととする。
【0061】
リアデフ330は、センターデフ310によりプロペラシャフト11を介してリアアクスル(後輪車軸)側に分配されたエンジントルクTeを、更に、左右輪に所定の調整範囲内で設定される所望の分配比率で分配可能な分配比率可変型のLSDである。リアデフ330は、リングギア、サンギア及びピニオンキャリアからなる遊星歯車機構と、差動制限トルクを与える電磁クラッチを備え、この遊星歯車機構のリングギアにデフケースが、サンギア及びキャリアに夫々左右の車軸が連結された構成を採る。また、差動制限トルクは、電磁クラッチに対する通電制御により連続的に制御され、リアデフ330の物理的電気的構成上定まる所定の調整範囲内で、トルクの分配比率が連続的に可変に制御される構成となっている。
【0062】
リアデフ330は、ECU100と電気的に接続されており、電磁クラッチへの通電制御もECU100により制御される構成となっている。従って、ECU100は、リアデフ330の駆動制御を介して、所望の後輪左右制駆動力差(ここでは、駆動力差である)Fを生じさせることが可能である。尚、リアデフ330の構成は、左右輪に所望の分配比率で駆動力(尚、トルクと駆動力とは一義的な関係にある)を分配可能な限りにおいて、ここに例示されるものに限定されず、公知非公知を問わず各種の態様を有し得る。いずれにせよ、このような左右駆動力配分作用は公知であり、ここでは、説明の煩雑化を防ぐ目的からここではその詳細については触れないこととする。
【0063】
VGRSアクチュエータ400は、ハウジング、VGRSモータ、減速機構及びロック機構(いずれも不図示)等を備えた操舵伝達比可変装置であり、本発明に係る「舵角可変手段」の一例である。
【0064】
VGRSアクチュエータ400において、VGRSモータ、減速機構及びロック機構は、ハウジングに収容されている。このハウジングは、操舵入力手段としてのステアリングホイル12に連結されたアッパーステアリングシャフト13の下流側の端部と固定されており、アッパーステアリングシャフト13と略一体に回転可能に構成されている。
【0065】
VGRSモータは、回転子たるロータ、固定子たるステータ及び駆動力の出力軸たる回転軸を有するDCブラシレスモータである。ステータは、ハウジング内部に固定されており、ロータは、ハウジング内部で回転可能に保持されている。回転軸は、ロータと同軸回転可能に固定されており、その下流側の端部が減速機構に連結されている。このステータには、不図示の電気駆動回路から駆動電圧が供給される構成となっている。
【0066】
減速機構は、差動回転可能な複数の回転要素を有する遊星歯車機構である。この複数の回転要素の一回転要素は、VGRSモータの回転軸に連結されており、また、他の回転要素の一は、前述のハウジングに連結されている。そして残余の回転要素が、ロアステアリングシャフト14に連結されている。
【0067】
このような構成を有する減速機構によれば、ステアリングホイル12の操作量に応じたアッパーステアリングシャフト13の回転速度(即ち、ハウジングの回転速度)と、VGRSモータの回転速度(即ち、回転軸の回転速度)とにより、残余の一回転要素に連結されたロアステアリングシャフト14の回転速度が一義的に決定される。この際、回転要素相互間の差動作用により、VGRSモータの回転速度を増減制御することによって、ロアステアリングシャフト14の回転速度を増減制御することが可能となる。即ち、VGRSモータ及び減速機構の作用により、アッパーステアリングシャフト13とロアステアリングシャフト14とは相対回転可能である。尚、減速機構における各回転要素の構成上、VGRSモータの回転速度は、各回転要素相互間のギア比に応じて定まる所定の減速比に従って減速された状態でロアステアリングシャフト14に伝達される。
【0068】
このように、車両10では、アッパーステアリングシャフト13とロアステアリングシャフト14とが相対回転可能であることによって、アッパーステアリングシャフト13の回転量たる操舵角δMAと、ロアステアリングシャフト14の回転量に応じて一義的に定まる(後述するラックアンドピニオン機構のギア比も関係する)操舵輪たる前輪の舵角δとの比たる操舵伝達比が、予め定められた範囲で連続的に可変となる。
【0069】
尚、ロック機構は、VGRSモータ側のクラッチ要素とハウジング側のクラッチ要素とを備えたクラッチ機構である。両クラッチ要素が相互に係合した状態においては、アッパーステアリングシャフト13とVGRSモータの回転軸との回転速度が一致するため、必然的にロアステアリングシャフト14との回転速度もこれらと一致する。即ち、アッパーステアリングシャフト13とロアステアリングシャフト14とが直結状態となる。但し、ロック機構の詳細については、本発明との相関が薄いためここでは割愛する。
【0070】
尚、VGRSアクチュエータ400は、ECU100と電気的に接続されており、その動作はECU100により制御される構成となっている。
【0071】
車両10において、ロアステアリングシャフト14の回転は、ラックアンドピニオン機構に伝達される。ラックアンドピニオン機構は、ロアステアリングシャフト14の下流側端部に接続された不図示のピニオンギア及び当該ピニオンギアのギア歯と噛合するギア歯が形成されたラックバー15を含む操舵伝達機構であり、ピニオンギアの回転がラックバー15の図中左右方向の運動に変換されることにより、ラックバー15の両端部に連結されたタイロッド及びナックル(符号省略)を介して操舵力が各操舵輪に伝達される構成となっている。即ち、ステアリングホイル12から各前輪に至る操舵力の伝達機構は、本発明に係る「操舵装置」の一例である。
【0072】
EPSアクチュエータ500は、永久磁石が付設されてなる回転子たる不図示のロータと、当該ロータを取り囲む固定子であるステータとを含むDCブラシレスモータとしてのEPSモータを備えた操舵トルク補助装置である。このEPSモータは、不図示の電気駆動装置を介した当該ステータへの通電によりEPSモータ内に形成される回転磁界の作用によってロータが回転することにより、その回転方向にEPSトルクTepsを発生可能に構成されている。
【0073】
一方、EPSモータの回転軸たるモータ軸には、不図示の減速ギアが固定されており、この減速ギアはまた、ロアステアリングシャフト14に設けられた減速ギアと噛合している。このため、本実施形態において、EPSモータから発せられるEPSトルクTepsは、ロアステアリングシャフト14の回転をアシストするトルクとして機能する。このため、EPSトルクTepsが、ステアリングホイル12を介してアッパーステアリングシャフト13に与えられるドライバ操舵トルクMTと同一方向に付与された場合には、ドライバの操舵負担は、EPSトルクTepsの分だけ軽減される。
【0074】
尚、EPSアクチュエータ500は、ECU100と電気的に接続されており、その動作はECU100により制御される構成となっている。
【0075】
車両10には、操舵角センサ16及び操舵トルクセンサ17が備わる。
【0076】
操舵角センサ16は、アッパーステアリングシャフト13の回転量を表す操舵角δMAを検出可能に構成された角度センサである。操舵角センサ16は、ECU100と電気的に接続されており、検出された操舵角δMAは、ECU100により一定又は不定の周期で参照される構成となっている。
【0077】
操舵トルクセンサ17は、ドライバからステアリングホイル12を介して与えられるドライバ操舵トルクMTを検出可能に構成されたセンサである。より具体的に説明すると、アッパーステアリングシャフト13は、上流部と下流部とに分割されており、図示せぬトーションバーにより相互に連結された構成を有している。係るトーションバーの上流側及び下流側の両端部には、回転位相差検出用のリングが固定されている。このトーションバーは、車両10のドライバがステアリングホイル12を操作した際にアッパーステアリングシャフト13の上流部を介して伝達される操舵トルク(即ち、ドライバ操舵トルクMT)に応じてその回転方向に捩れる構成となっており、係る捩れを生じさせつつ下流部に操舵トルクを伝達可能に構成されている。従って、操舵トルクの伝達に際して、先に述べた回転位相差検出用のリング相互間には回転位相差が発生する。操舵トルクセンサ17は、係る回転位相差を検出すると共に、係る回転位相差を操舵トルクに換算してドライバ操舵トルクMTに対応する電気信号として出力可能に構成されている。操舵トルクセンサ17は、ECU100と電気的に接続されており、検出されたドライバ操舵トルクMTは、ECU100により一定又は不定の周期で参照される構成となっている。
【0078】
ECB600は、車両10の前後左右各輪に個別に制動力を付与可能に構成された、本発明に係る「制駆動力可変手段」の他の一例たる電子制御式制動装置である。ECB600は、ブレーキアクチュエータ610並びに左前輪FL、右前輪FR、左後輪RL及び右後輪RRに夫々対応する制動装置620FL、620FR、620RL及び620RRを備える。
【0079】
ブレーキアクチュエータ610は、制動装置620FL、620FR、620RL及び620RRに対し、夫々個別に作動油を供給可能に構成された油圧制御用のアクチュエータである。ブレーキアクチュエータ610は、マスタシリンダ、電動オイルポンプ、複数の油圧伝達通路及び当該油圧伝達通路の各々に設置された電磁弁等から構成されており、電磁弁の開閉状態を制御することにより、各制動装置に備わるホイルシリンダに供給される作動油の油圧を制動装置各々について個別に制御可能に構成されている。作動油の油圧は、各制動装置に備わるブレーキパッドの押圧力と一対一の関係にあり、作動油の油圧の高低が、各制動装置における制動力の大小に夫々対応する構成となっている。
【0080】
ブレーキアクチュエータ610は、ECU100と電気的に接続されており、各制動装置から各車輪に付与される制動力は、ECU100により制御される構成となっている。
【0081】
車両10は、車載カメラ18及び車速センサ19を備える。
【0082】
車載カメラ18は、車両10のフロントノーズに設置され、車両10の前方における所定領域を撮像可能に構成された撮像装置である。車載カメラ18は、ECU100と電気的に接続されており、撮像された前方領域は、画像データとしてECU100に一定又は不定の周期で送出される構成となっている。ECU100は、この画像データを解析し、後述するLKA制御に必要な各種データを取得可能である。
【0083】
車速センサ19は、車両10の速度たる車速Vを検出可能に構成されたセンサである。車速センサ19は、ECU100と電気的に接続されており、検出された車速Vは、ECU100により一定又は不定の周期で参照される構成となっている。
【0084】
カーナビゲーション装置700は、車両10に設置されたGPSアンテナ及びVICSアンテナを介して取得される信号に基づいて、車両10の位置情報、車両10の周辺の道路情報(道路種別、道路幅、車線数、制限速度及び道路形状等)、信号機情報、車両10の周囲に設置された各種施設の情報、渋滞情報及び環境情報等を含む各種ナビゲーション情報を提供可能な装置である。カーナビゲーション装置700は、ECU100と電気的に接続されており、ECU100によりその動作状態が制御される構成となっている。
【0085】
ARSアクチュエータ800は、左後輪RL及び右後輪RRの舵角である後輪舵角δrを、ステアリングホイル12を介してドライバが与える操舵入力とは独立して変化させることが可能な、本発明に係る「舵角可変手段」の他の一例たる後輪操舵用アクチュエータである。
【0086】
ARSアクチュエータ800は、ARSモータと減速ギア機構とを内蔵しており、このARSモータの駆動回路は、ECU100と電気的に接続されている。従って、ECU100は、この駆動回路の制御により、ARSモータの出力トルクであるARSトルクTarsを制御することが可能である。一方、減速ギアは、このARSモータのトルクを、減速を伴ってリアステアロッド20に伝達可能に構成されている。
【0087】
リアステアロッド20は、左後輪RL及び右後輪RRと、夫々ジョイント部材21RL及び21RRを介して連結されており、ARSトルクTarsによりリアステアロッド20が図示左右一方向に駆動されると、各後輪が一方向に転舵する構成となっている。尚、後輪操舵装置の実践的態様は、後輪舵角δを所定の範囲で可変とし得る限りにおいて、図示ARSアクチュエータ800のものに限定されない。
【0088】
<実施形態の動作>
<LKA制御の詳細>
以下、図2を参照し、本実施形態の動作として、ECU100により実行されるLKA制御の詳細について説明する。ここに、図2は、LKA制御のフローチャートである。尚、LKA(Lane Keeping Assist)制御は、車両10を目標走行路(本実施形態では、即ち車線(レーン)である)に追従させる制御であり、車両10において実行される走行支援制御の一つである。また、目標走行路への追従は、即ち、本発明に係る「車両の目標運動状態」の一例である。
【0089】
図2において、ECU100は、車両10に備わる各種スイッチ類の操作信号、各種フラグ及び上記各種センサに係るセンサ信号等を含む各種信号を読み込む(ステップS101)と共に、予め車両10の車室内に設置されたLKAモード発動用の操作ボタンがドライバにより操作される等した結果としてLKAモードが選択されているか否かを判別する(ステップS102)。LKAモードが選択されていない場合(ステップS102:NO)、ECU100は、処理をステップS101に戻す。
【0090】
LKAモードが選択されている場合(ステップS102:YES)、ECU100は、車載カメラ18から送出される画像データに基づいて、LKAの目標走行路を規定する白線(白色である必要はない)が検出されているか否かを判別する(ステップS103)。
【0091】
白線が検出されていない場合(ステップS103:NO)、仮想の目標走行路を設定することができないため、ECU100は、処理をステップS101に戻す。一方、白線が検出されている場合(ステップS103:YES)、ECU100は、車両10を目標走行路に追従させるに際して必要となる各種路面情報を算出する(ステップS104)。
【0092】
ステップS104においては、公知の手法に基づいて、目標走行路の半径R(即ち、曲率の逆数である)、白線と車両10との横方向の偏差たる横方向偏差Y及び白線と車両10とのヨー角偏差φが算出される。
【0093】
これら各種路面情報が算出されると、ECU100は、車両10を目標走行路へ追従させるために必要となる、ヨーレートγの目標値たる目標ヨーレートγtgを設定し(ステップS105)、同様に車体スリップ角βの目標値たる目標車体スリップ角βtgを設定する(ステップS106)。尚、車体スリップ角β及びヨーレートγは、夫々本発明に係る「車両状態量」の一例である。また、ステップS105及びS106は、本発明に係る「設定手段」の動作の一例である。
【0094】
目標車体スリップ角βtg及び目標ヨーレートγtgは、予めROM等の然るべき記憶手段に、上記目標走行路の半径R、横方向偏差Y及びヨー角偏差φに対応付けられる形でマップ化されて格納されており、ECU100は、ステップS104において算出された各路面情報に応じて適宜該当する値を選択することにより目標車体スリップ角βtg及び目標ヨーレートγtgを設定することが可能である。
【0095】
各車両状態量の目標値が設定されると、車両状態量を目標値に収束させるための車両10の状態制御量の目標値が決定される(ステップS107)。ECU100は、予め設定された車両運動モデルに基づいた数値演算処理により、この状態制御量としての前輪左右制駆動力差F及び後輪左右制駆動力差Fの目標値を決定する。ステップS107に係る動作は、本発明に係る「決定手段」の動作の一例である。尚、車両運動モデルに基づいた前輪左右制駆動力差F及び後輪左右制駆動力差Fの詳細な設定態様については後述する。
【0096】
前輪左右制駆動力差F及び後輪左右制駆動力差Fの各々の目標値が決定されると、ECU100は、これら状態制御量の目標値を実現する各輪の目標制駆動力を設定する(ステップS108)。
【0097】
ここで、図3を参照し、各輪に作用する制駆動力と車両10の旋回挙動との関係について説明する。ここに、図3は、各輪に作用する制駆動力と車両旋回方向との関係を例示する概念図である。尚、同図において、図1と重複する箇所には同一の符合を付してその説明を適宜省略することとする。
【0098】
図3において、左前輪FLに作用する左前輪駆動力をFd_fl、右前輪FRに作用する右前輪駆動力をFd_fr、左後輪RLに作用する左後輪駆動力をFd_rl、右後輪RRに作用する右後輪駆動力をFd_rrとする(各々図示実線参照)。また、左前輪FLに作用する左前輪制動力をFb_fl、右前輪FRに作用する右前輪制動力をFb_fr、左後輪RLに作用する左後輪制動力をFb_rl、右後輪RRに作用する右後輪制動力をFb_rrとする(各々図示破線参照)。
【0099】
ここで、図示のように、前後輪共に左右駆動力差が与えられ、Fd_fl>Fd_fr、Fd_rl>Fd_rrなる関係が成立する場合、車両10の旋回方向は図示弧線の通り右旋回方向となる。これは、前後輪共に、右旋回方向に作用するヨーモーメントが左旋回方向に作用するヨーモーメントよりも大きくなるためである。
【0100】
一方、図示のように、前後輪共に左右制動力差が与えられ、Fb_fl<Fb_fr、Fb_rl<Fb_rrなる関係が成立する場合にも、車両10の旋回方向は図示弧線の通り右旋回方向となる。これも、駆動力差による旋回作用と同様に、前後輪共に右旋回方向に作用するヨーモーメントが左旋回方向に作用するヨーモーメントよりも大きくなるためである。このように、前後輪少なくとも一方に左右制駆動力差が生じると、車両10は旋回挙動を示す。この左右制駆動力差と旋回挙動に係る車両状態量(即ち、ヨーレートγ及び車体スリップ角β)との相対関係を定義したものが、後述する車両運動モデルである。
【0101】
このように、車両10では、前後輪の各々について、左右制駆動力差を与えることにより、車両10を所望の旋回方向に旋回させることができる。一方、図2に戻り、前輪及び後輪について、左右制駆動力差の目標値が決定された場合、この決定された左右制駆動力差を与える各輪の制駆動力の制御量は一義的ではない。然るに、左右制駆動力差が目標値となるように設定される限りにおいて、目標とする車両運動を得ることが可能であるから、各輪の目標制駆動力は、どのように設定されてもよい。本実施形態では、ECU100は、基本的に、その時点での制駆動力値に対し最も制御量変化が少なくて済むように目標制駆動力を設定する。
【0102】
尚、このような設定態様は一例であり、予め左右制駆動力差と目標制駆動力との間に他の設定規則が設けられる場合には、このような設定規則に従って目標制駆動力が決定されてもよい。例えば、このような設定規則とは、「制動力に駆動力を優先させる」、或いは「減速時には制駆動力の合計値が制動力となり加速時には制駆動力の合計値が駆動力となる」等の規則であってもよい。
【0103】
目標制駆動力が設定されると、ECU100は、設定された目標制駆動力が出力されるように駆動力分配装置300又はECB600或いはその両方を適宜制御する(ステップS109)。ステップS108及びステップS109は、本発明に係る「制御手段」の動作の一例である。ステップS109を経ると、処理はステップS101に戻され、一連の処理が繰り返される。
【0104】
LKA制御はこのようにして実行され、各輪の制駆動力が目標左右制駆動力差に対応して制御されることにより、車両状態量たるヨーレートγ及び車体スリップ角βが夫々目標値へ向けて変化し、車両10は目標運動状態、即ち、目標走行路に追従した走行が可能となるのである。
<車両運動モデルに基づいた車両状態量制御の詳細>
ここで、車両運動モデルの詳細について説明する。
【0105】
始めに、図4及び図5を参照し、車両運動モデルの基本となる、旋回挙動の概念について説明する。ここに、図4は、車両の一旋回状態における前後輪の様子を表す概念図である。また、図5は、舵角発生時にキングピン軸回りに発生するトルクの様子を表す概念図である。尚、これら各図において、図1と重複する箇所には、また、これら各図相互間で重複する箇所には、同一の符合を付してその説明を適宜省略することとする。
【0106】
図4において、前後輪の接地点(前後輪共に図示白丸)を結ぶ軸線上に便宜的に車両10の重心G(黒丸参照)を表すと、車両重心前車軸間距離lf及び車両重心後車軸間距離lは、夫々図示の通りである。また、l+lは、前後車軸間距離、即ちホイールベースlとなる。
【0107】
また、前後輪の接地点を結ぶ軸線(即ち、車体の向き)と、車速Vの発生方向(図示矢線参照)とのなす角が車体スリップ角βである。他方、便宜的に軸線上に表された重心Gの旋回方向速度がヨーレートγである。尚、前後輪に舵角変化が生じると、前後輪には夫々前輪コーナリングパワーK及び後輪コーナリングパワーKが発生する。
【0108】
一方、図5において、キングピン軸の接地点KPと操作軸点Aとの距離がキングピンオフセットlである。一方、この操作軸点と、コーナリングフォースYの着力点Bとの距離lは、操作軸点Aとタイヤ接地点との距離であるキャスタートレールと、タイヤ接地点とコーナリングフォース着力点Bとの距離であるニューマチックトレールとの和を意味する。
【0109】
また、EPSアクチュエータ400から供給されるEPSトルクTepsをキングピン軸回りのトルクに換算した値が、図示キングピン軸トルクτepsである。このキングピン軸トルクτepsとキングピン軸オフセットlとによって、タイヤに作用するセルフアライニングトルクTSATが規定される。
【0110】
本実施形態において、ECU100は、前後輪の左右制駆動力差の目標値を算出する(ステップS107の動作である)にあたり、車両運動モデルとして、下記(1)式を参照する。
【0111】
【数1】

ここで、(1)式における行列係数G11、G12、G21及びG22は、夫々、下記(2)乃至(5)式の如くに規定される。
【0112】
【数2】

【0113】
【数3】

【0114】
【数4】

【0115】
【数5】

尚、上記各式において、既出のもの以外の各参照記号の表す意味は以下の通りである。
【0116】
m・・・車両重量
I・・・ヨー慣性モーメント
s・・・ラプラス演算子
上記(1)式は、車両運動方程式から導出される関係式であるが、前輪左右制駆動力差Ff及び後輪左右制駆動力差Frの二種類の状態制御量によって、車体スリップ角β及びヨーレートγを独立制御した二自由度の運動制御が可能であることを表している。尚、(1)式を得るにあたっての中間式は、説明の煩雑化を防ぐ目的から省略されている。
【0117】
ECU100は、図2のステップS107において、車両状態量(ヨーレートγ及び車体スリップ角β)の目標値(即ち、γtg及びβtg)を上記(1)式に代入し、上記(1)を満たす前輪左右制駆動力差Ff及び後輪左右制駆動力差Frを、状態制御量の目標値として決定するのである。
【0118】
このように、本実施形態によれば、VGRSアクチュエータ400及びARSアクチュエータ800といった、ドライバ操舵から独立して舵角変化を促す操舵デバイスを使用することなく、前後輪の左右制駆動力差を状態制御量として、車両10を好適に目標運動状態に維持する又は近付けることができる。
【0119】
従って、VGRSアクチュエータ400及びARSアクチュエータ800といった、本発明に係る舵角可変手段に相当する装置を搭載しない車両においても、好適なレーンキープ走行が可能となるのである。
【0120】
尚、上記(1)式において、目標ヨーレートγtgをγtg=0(又は略ゼロ)とすれば、車両10は、実質的にヨーレートを伴わない横方向移動、即ち平行移動を行い得る。レーンキープ走行が一種の自動操舵である点に鑑みれば、ヨーレートの発生は、ドライバに違和感を与える可能性があるから、このようにヨーレートを抑制した車両挙動を実現することによる実践上の利益は大である。
【0121】
特に、この種の平行移動は、直進走行中や緩やかに蛇行する走行路におけるレーンキープ走行等において顕著に効果的である。
【0122】
尚、本実施形態において、上記(1)式の車両運動モデルを規定する行列係数には、適宜本発明に係る「時定数要素」の一例として、ラプラス演算子sで表される周波数応答項が含まれている。これら周波数応答項は、車両10の動的特性に応じた最適な状態制御量を決定するために有益である反面、演算負荷を重くするデメリットがある。
【0123】
そこで、ECU100は、s=0と扱って問題無いものとして予め定められた定常走行条件が満たされる場合には、係る周波数応答項をゼロとして扱って、演算負荷を軽減してもよい。例えば、一定速度で且つ車両状態量の大きな変化が無い走行状態においては(例えば、直進走行等)、このような簡略措置を講じても演算負荷の軽減効果に比するデメリットは生じないのである。
<第2実施形態>
次に、本発明の第2実施形態に係る車両運動制御について説明する。尚、第2実施形態に係る車両構成は、第1実施形態に係る車両10と同等であるとする。
【0124】
LKA制御においてLKAモードが発動している場合、車両10では、目標運動状態としてのレーンキープ走行が、ECU100の制御の下、一種の自動操舵として実行されている。この種の自動操舵においては、ドライバは、ステアリングホイル12を保舵してもよいし、ステアリングホイル12から手を離して手放し走行を行ってもよいが、いずれにせよ、積極的な操舵意思は有していないと考えるべきである。尚、積極的な操舵意思を有する場合は、所謂オーバーライド判定によって、LKA制御は終了するか、或いは当該オーバーライド操作との協調が図られるが、それらは本願とは本質的に関係ない。
【0125】
一方、第1実施形態に例示した二自由度の車両運動制御においては、車両10の旋回状態を規定する車両状態量(ヨーレートγ及び車体スリップ角β)が目標値に追従するよう制御されるから、車両10の運動状態は目標運動状態を維持し得るものの、ドライバインターフェイスの観点から見ると、対策の余地がある。
【0126】
即ち、上記二自由度の運動制御では、ステアリングホイル12の回転角としての操舵角δMAは、前後輪の左右制駆動力差F及びFによってもたらされる前輪の舵角変化によって成り行きで変化することになる。このような操舵角δMAの無秩序な変化は、ドライバにとって違和感となる可能性がある。
【0127】
そこで、第2実施形態においては、車両10に備わる舵角可変手段としてのVGRSアクチュエータ400を利用して、ECU100が、三自由度の車両運動制御を実行する。追加される自由度、即ち、車両状態量とは、即ち、操舵角δMAである。
【0128】
具体的には、ECU100は、図2に例示するLKA制御におけるステップS105及びステップS106に相前後して目標操舵角δMAtgを設定すると共に、ステップS107において状態制御量の目標値を決定するにあたって、VGRS相対角δVGRSの目標値を決定する。
【0129】
VGRS相対角δVGRSとは、アッパーステアリングシャフト13とロアステアリングシャフト14との相対回転角である。VGRSアクチュエータ400は、前輪舵角δを可変に制御し得る操舵デバイスであるが、この前輪舵角δの変化は、これらシャフト間の相対回転によって導かれる。従って、一の前輪舵角δに対する操舵角δMAを可変に制御することができるのである。VGRS相対回転角δVGRSは、即ち、本発明に係る「舵角制御量」の一例である。
【0130】
ここで、ECU100は、既に述べたように、車両運動方程式から導かれる車両運動モデルに基づいてステップS107に係る処理を実行する。第2実施形態に係る車両運動モデルは、下記(6)式に表される。
【0131】
【数6】

ここで、行列係数G11、G12、G21及びG22については、第1実施形態と同等である。一方、行列係数G13、G23、G31、G32及びG33は夫々下記(7)乃至(11)式によって表される。
【0132】
【数7】

【0133】
【数8】

【0134】
【数9】

【0135】
【数10】

【0136】
【数11】

ここで、Nは操舵伝達比であり、前輪舵角δ、操舵角δMA及びVGRS相対角δVGRSと、下記(12)式の関係を有する。
【0137】
【数12】

ここで、(6)式において、行列係数G13及びG23は共にゼロである。即ち、VGRSアクチュエータ400のように、ステアリングシャフトの相対回転を可能とする操舵デバイスの場合、第1実施形態に例示した前輪左右制駆動力差F及び後輪左右制駆動力差Fの算出プロセスは不変であり、車体スリップ角βとヨーレートγによって規定される旋回挙動中に、VGRSアクチュエータ400による操舵角δMAの補正を行えばよい。
【0138】
従って、第2実施形態によれば、旋回挙動を伴う自動操舵の実行時において、操舵角δMAを所望の値に維持することが簡便にして可能となる。
【0139】
一方、ステップS106におけるドライバに与える違和感を軽減することを目的とした目標操舵角δMAtgは、各種の設定基準が考えられる。
【0140】
例えば、ECU100は、第1実施形態で述べた車両10の平行移動を実現するにあたって、目標操舵角δMAtgをゼロ相当値に設定してもよい。ヨーレートγがゼロ相当値に維持された平行移動においては、操舵角は生じない方が、視覚上の違和感が少ないからである。
【0141】
或いは、ECU100は、目標操舵角δMAtgは、目標ヨーレートγtg又は実際のヨーレートγ(これらは、理想的には無論一致する)が示す旋回方向と同方向に設定されてもよい。ヨーレートγが示す旋回方向と操舵角δMAの方向が逆である場合、通常の走行であれば、視覚上の違和感が生じ易いからである。但し、スポーツ走行モード等の設定が可能な場合、敢えてヨーレートγが示す旋回方向と操舵角δMAの発生方向とを逆にして、所謂カウンタステアに類する状態を擬似的に生じさせてもよい。
【0142】
或いは、ECU100は、LKAモードを含む各種自動操舵中において、常時目標操舵角δMAtgをゼロ相当値に維持してもよい。これは、敢えて違和感を生じさせることによって、ドライバに自動操舵中であることを認識させ、不注意運転や漫然運転を防止する見地から効果的である。
【0143】
或いは、ECU100は、ドライバがステアリングホイル12に触れているか否かに応じて、目標操舵角δMAtgを相違させてもよい。より具体的には、ドライバがステアリングホイル12に触れている場合には、ステアリングホイル12が回転することによって、体感上の違和感を与える可能性がある。従って、ステアリングホイル12への接触時にはδMAtgをゼロ相当値とし、非接触時には、視覚上の違和感が生じない範囲でステアリングホイル12が回転するようにδMAtgを設定してもよい。
【0144】
或いは、ECU100は、車両10に備わるカーナビゲーション装置700等を介して走行路の状態を検出し、例えば、走行路の勾配、形状、路面摩擦又は道幅等を総合的に勘案して、目標操舵角δMAtgを設定してもよい。例えば、道幅が狭い走行路においては、道幅が広い走行路と比較して目標操舵角δMAtgを小さくして、ドライバの心理負担を緩和してもよい。
【0145】
或いは、ECU100は、自動操舵中に採り得る操舵角δMAの範囲或いは操舵角速度の範囲に一定の制限を与えてもよい。例えば、ステアリングホイル12が180度以上回転した場合、元より操舵操作を行っていないドライバは、ステアリングホイル12がいずれの方向に回転しているのか把握できない可能性がある。また、操舵角速度が大きいと、ドライバが焦りを感じて、不要な本来不要な操舵操作を行うことにより一種のオーバーライドが生じる可能性がある。その場合、自動操舵が不当に終了する(あくまで、ドライバにとって不当なのであり、制御上は、オーバーライドによる終了なので正常である)可能性がある。これらの懸念を払拭するのに、この種の制限は顕著に効果的である。
【0146】
尚、本実施形態に係る車両10は、後輪操舵装置としてのARSアクチュエータ800と、操舵トルク制御デバイスとしてのEPSアクチュエータ500とを有するが、本実施形態に係る上述した車両運動制御に、ARSアクチュエータ800及びEPSアクチュエータ500が不要であることは言うまでもない。即ち、本実施形態に係る上述した実践上の利益は、各輪の制駆動力を変化させることが可能な制駆動力可変手段としてのECB600及び駆動力分配装置300の少なくとも一方と、VGRSアクチュエータ400のみによって好適に実現され得る。
<第3実施形態>
第2実施形態に例示した操舵角δMAの制御を伴う三自由度の車両運動制御は、VGRSアクチュエータ400の代わりにARSアクチュエータ800を制御することによっても好適に実現可能である。第3実施形態では、このようなARSアクチュエータ800を利用した車両運動制御について説明する。
【0147】
尚、第3実施形態に係る車両構成は、第1及び第2実施形態と同等であるとする。
【0148】
第3実施形態において、ECU100は、図2に例示するLKA制御におけるステップS105及びステップS106に相前後して目標操舵角δMAtgを設定すると共に、ステップS107において状態制御量の目標値を決定するにあたって、後輪舵角δの目標値を決定する。後輪舵角δrは、即ち、本発明に係る「舵角制御量」の他の一例である。
【0149】
ここで、ECU100は、既に述べたように、車両運動方程式から導かれる車両運動モデルに基づいてステップS107に係る処理を実行する。第2実施形態に係る車両運動モデルは、下記(13)式に表される。
【0150】
【数13】

ここで、(13)式における行列係数H11、H12、H13、H21、H22、H23、H31、H32及びH33は、夫々、下記(14)乃至(22)式の如くに規定される。
【0151】
【数14】

【0152】
【数15】

【0153】
【数16】

【0154】
【数17】

【0155】
【数18】

【0156】
【数19】

【0157】
【数20】

【0158】
【数21】

【0159】
【数22】

尚、上記(13)式は、下記(23)式及び(24)式を拘束条件として、横力の釣り合い、重心回りのモーメントの釣り合い及びキングピン軸回りのトルクの静的な釣り合いに関する運動方程式を簡素化して得られたものである。
【0160】
【数23】

【0161】
【数24】

即ち、本実施形態に係る車両運動モデルは、第2実施形態で使用したVGRS相対角δVGRSと、キングピン軸トルクτEPSと、操舵角δMAに対し発生する操舵トルクTsteerと、セルフアライニングトルクTsatが、いずれもゼロであることを前提として構築されている。
【0162】
このように、第3実施形態に係る車両運動制御によれば、後輪舵角可変装置としてのARSアクチュエータ800を使用して後輪舵角δを制御することによって、操舵角δMAを目標操舵角δMAtgに維持しつつヨーレートγ及び車体スリップ角βを好適に制御することができる。
【0163】
ここで特に、本実施形態に係る車両運動制御は、第2実施形態に係る車両運動制御と、操舵角δMAを目標値に維持しつつ旋回状態を好適に制御し得る点については同様であるが、第2実施形態と較べると、操舵角δMAが前後輪の左右制駆動力差に影響を及ぼす点において異なっている。
【0164】
第2実施形態に係る車両運動モデルでは、前後輪の左右制駆動力差が操舵角δMAから独立しており、操舵角制御は、所望の旋回挙動を作り出す前後輪の左右制駆動力差によって成り行きで生じた前輪舵角δに対して受動的になされるに過ぎない。
【0165】
従って、一方で簡便に操舵角制御を行い得る反面、車両状態量制御に使用するデバイス相互間の協調制御を実現することが困難である。
【0166】
その点、後輪舵角δを状態制御量として有する本実施形態に係る車両運動モデルによれば、後輪舵角δ、前輪左右制駆動力差F及び後輪左右制駆動力差Fが相互に影響しあうから、第2実施形態とは異なる制御もまた可能となり得る。
【0167】
例えば、ECU100は、LKA制御において目標操舵角δMAtgを設定するにあたって、駆動力分配装置300、ECB600及びARSアクチュエータ800の全体的なエネルギ消費量(これらが全て電気エネルギにより駆動される場合、エネルギ消費を一元管理することが可能である)が最小となる目標操舵角δMAtgを設定してもよい。このようにすれば、低燃費化及び低消費電力化を図ることが可能となる。
【0168】
或いは、ECU100は、前輪又は後輪或いはその両方における、左右制駆動力差が最小となるように目標操舵角δMAtgを設定してもよい。このようにすれば、ARSアクチュエータ800の耐久性を確保することができる。
【0169】
或いは、ECU100は、後輪舵角δが最小となる目標操舵角δMAtgを設定してもよい。このようにすれば、後輪舵角δの最大切れ角が制限されている場合でも、旋回挙動の制御を好適に継続することができる。
【0170】
或いは、ECU100は、後輪の舵角制御を優先しつつ後輪の舵角制御限界付近で制駆動力差優先の制御に切り替わるように、適宜目標操舵角δMAtgを設定してもよい。このようにすれば、ARSアクチュエータ800の動作範囲に制限されない挙動制御が可能となる。
【0171】
或いは、ECU100は、後輪の左右制駆動力差の使用負荷を可及的に抑制し得る目標操舵角δMAtgを設定してもよい。このようにすれば、後輪の横力を可及的に確保することが可能となり、旋回挙動の不安定化を抑制することができる。
【0172】
或いは、ECU100は、車両減速時において、後輪の左右制駆動力差の使用負荷を可及的に抑制し得る目標操舵角δMAtgを設定してもよい。このようにすれば、後輪の横力を可及的に確保することが可能となり、減速時の車両挙動の不安定化を抑制することができる。
【0173】
或いは、ECU100は、旋回時において、後輪左右制駆動力差の使用負荷を可及的に抑制し得る目標操舵角δMAtgを設定してもよい。このようにすれば、後輪の横力を可及的に確保することが可能となり、旋回時の車両挙動の不安定化を抑制することができる。
【0174】
或いは、ECU100は、前後左右各輪の摩擦円に対する前後力及び横力の二乗和の比が最小となる目標操舵角δMAtgを設定してもよい。このようにすれば、各輪の負荷を均等化し、外乱に対する余裕を持たせることが可能となる。
【0175】
尚、このように、目標操舵角δMAtgは、目標ヨーレートγtg及び目標車体スリップ各βtgを実現し得る前輪左右制駆動力差F、後輪左右制駆動力差F及び後輪舵角δの組み合わせの中から、所望の値を選択する形態を採ってもよい。
【0176】
尚、本実施形態に係る車両10は、操舵伝達比操舵装置としてのVGRSアクチュエータ400と、操舵トルク制御デバイスとしてのEPSアクチュエータ500とを有するが、本実施形態に係る上述した車両運動制御に、VGRSアクチュエータ400及びEPSアクチュエータ500が不要であることは言うまでもない。即ち、本実施形態に係る上述した実践上の利益は、各輪の制駆動力を変化させることが可能な制駆動力可変手段としてのECB600及び駆動力分配装置300の少なくとも一方と、ARSアクチュエータ800のみによって好適に実現され得る。
【0177】
本発明は、上述した実施例に限られるものではなく、請求の範囲及び明細書全体から読み取れる発明の要旨或いは思想に反しない範囲で適宜変更可能であり、そのような変更を伴う車両の制御装置もまた本発明の技術的範囲に含まれるものである。
【産業上の利用可能性】
【0178】
本発明は、例えば、車両を目標走行路に追従させる機能を有する車両に利用可能である。
【符号の説明】
【0179】
FL、FR、RL、RR…車輪、10…車両、11…プロペラシャフト、12…ステアリングホイル、13…アッパーステアリングシャフト、14…ロアステアリングシャフト、15…ラックバー、16…操舵角センサ、17…操舵トルクセンサ、100…ECU、200…エンジン、300…制駆動力分配装置、310…センターデファレンシャル機構、320…フロントデファレンシャル機構、330…リアデファレンシャル機構、400…VGRSアクチュエータ、500…EPSアクチュエータ、600…ECB、610…ブレーキアクチュエータ、620FL、620FR、620RL、620RR…制動装置、800…ARSアクチュエータ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
前輪及び後輪の各々について左右制駆動力差を生じさせることが可能な制駆動力可変手段を備えた車両を制御する装置であって、
前記車両の目標運動状態を規定するヨーレート及び車体スリップ角を少なくとも含む車両状態量の目標値を設定する設定手段と、
予め設定された、前記車両状態量と前記各々における左右制駆動力差を少なくとも含む状態制御量との相対関係を規定する車両運動モデルに基づいて、前記設定された車両状態量の目標値に対応する前記状態制御量の目標値を決定する決定手段と、
前記各々における左右制駆動力差が前記決定された目標値となるように前記制駆動力可変手段を制御する制御手段と
を具備することを特徴とする車両の制御装置。
【請求項2】
前記車両運動モデルは、前記車両の構成に応じて定まる時定数要素を含む
ことを特徴とする請求項1に記載の車両の制御装置。
【請求項3】
前記決定手段は、前記車両が定常走行状態にある場合に、前記時定数要素を考慮することなく前記目標値を決定する
ことを特徴とする請求項2に記載の車両の制御装置。
【請求項4】
前記車両は、前輪又は後輪の舵角を、該舵角の変化を促すドライバ操作から独立して変化させることが可能な舵角可変手段を備え、
前記車両運動モデルは、前記車両状態量として操舵角を含むと共に前記状態制御量として前記舵角に対応付けられた舵角制御量を含み、
前記設定手段は、前記車両状態量の目標値として前記操舵角の目標値を更に設定し、
前記決定手段は、前記状態制御量の目標値として前記舵角制御量の目標値を更に決定し、
前記制御手段は、前記舵角制御量が前記決定された目標値となるとなるように前記舵角可変手段を制御する
ことを特徴とする請求項1から3のいずれか一項に記載の車両の制御装置。
【請求項5】
前記設定手段は、前記各々における左右制駆動力差が最小となるように前記操舵角の目標値を設定する
ことを特徴とする請求項4に記載の車両の制御装置。
【請求項6】
前記設定手段は、前記操舵角及び操舵角速度の各々が該各々について設定された基準値未満となるように前記操舵角の目標値を設定する
ことを特徴とする請求項4又は5に記載の車両の制御装置。
【請求項7】
前記設定手段は、前記車両の旋回時において前記ヨーレートによって規定される旋回方向と同方向となるように前記操舵角の目標値を設定する
ことを特徴とする請求項4から6のいずれか一項に記載の車両の制御装置。
【請求項8】
前記設定手段は、前記車両の走行路の状態に応じて前記操舵角の目標値を設定する
ことを特徴とする請求項4から7のいずれか一項に記載の車両の制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−207314(P2011−207314A)
【公開日】平成23年10月20日(2011.10.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−76225(P2010−76225)
【出願日】平成22年3月29日(2010.3.29)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.VICS
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】