説明

車両用電動式操舵装置

【課題】転舵用アクチュエータが故障したフェールセーフ作動時においても、ステアリング操作量及び車両挙動の状態に基づいて推定された操舵反力を操舵手段へ付与し、ドライバが常に操舵手段と転舵機構とが機械的に連結されたかの如き感覚で操舵を行い得るようにした車両用電動式操舵装置を提供する。
【解決手段】車両の操舵を行う操舵部と、車両の車輪を転舵する転舵部とが機械的に連結されておらず、操舵に応じて転舵部の転舵用アクチュエータを介して転舵する車両用電動式操舵装置において、転舵用アクチュエータが故障した場合、左右輪の駆動力又は制動力を独立に制御し、車両の旋回運動を制御すると共に、操舵部側へ車両挙動に応じた操舵反力を与える機能を具備する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ハンドル)等で成る操舵部と、車輪を転舵する転舵部とが機械的に連結されておらず、ハンドルの操作に応じて転舵用アクチュエータ(例えばモータ)を介して車輪を転舵する車両用電動式操舵装置に関し、特に転舵用アクチュエータが故障した場合、左右輪の制御手段を介して左右輪の駆動力又は制動力を独立に制御し、車両の旋回運動を制御すると共に、操舵側へ車両の挙動に応じた操舵反力を与えるようにした車両用電動式操舵装置に関する。
【背景技術】
【0002】
車両の操舵は、車両内部に配されたハンドルの回転操作を、転舵用車輪(一般的には前輪)の操向のために車両の外部に配設された舵取機構に伝達されて行われる。
【0003】
車両用操舵装置としては、ボールねじ式、ラック・ピニオン式等の種々の形式が実用化されており、近年においては、操舵装置の中途に油圧シリンダ、モータ等の操舵補助用アクチュエータを配置し、この操舵補助用アクチュエータを舵取りのためにハンドルに加えられる操舵力の検出結果に基づいて駆動し、ハンドルの回転に応じた操舵機構の動作をアクチュエータの出力により補助し、操舵のためのドライバの労力負担を軽減する構成とした動力操舵装置(パワーステアリング装置)が広く普及している。
【0004】
しかしながら、一般的な操舵装置は動力操舵装置としての構成を有するか否かに拘わらず、ハンドルと転舵機構とが機械的に連結されていることから、車両内でのハンドルの配設位置が限定されてしまい、車両内部のレイアウトの自由度が大きく制限されるという問題がある。また、ハンドルと転舵機構との連結のために大形の連結部材を必要とし、車両の軽量化の実現を阻害するという問題もある。
【0005】
このような問題を解消するため、ハンドルを転舵機構と機械的に連結せずに配置する一方、動力操舵装置における操舵補助用アクチュエータと同様に、転舵機構の中途に転舵用アクチュエータを配設し、この転舵用アクチュエータを操舵手段の操作方向及び操作量の検出結果に基づいて動作させ、転舵機構に転舵用アクチュエータによる操舵補助力を付与し、操舵手段の操作に応じた操舵を行う構成とした分離型操舵装置(ステアバイワイヤ装置)が提案されている。
【0006】
分離型操舵装置は、ハンドルの操舵角に従って転舵アクチュエータを操作して車輪転舵角を制御し、ハンドルの操舵角又は転舵アクチュエータの負荷状態に応じて操舵反力アクチュエータを操作し、ドライバへ操舵反力を与えるようになっている。
【0007】
なお、転舵機構に操舵補助力を付与するアクチュエータとしては、走行状態に応じた操舵特性の変更制御の容易性を考慮して、一般的に電動モータが用いられている。また、転舵機構から切り離され分離された操舵手段には、モータ及び減速ギア機構で成る操舵反力付与手段を付設し、操舵手段に適度の反力を加えることにより、ドライバが操舵手段と転舵機構とが機械的に連結されたかの如き感覚で操舵を行い得るようにしている。そして、転舵用アクチュエータが故障若しくは異常となった場合のフェールセーフ機能として、左右輪の駆動力又は制動力差により操行制御を行うようになっている。
【0008】
例えば、特開平11−334559号公報(特許文献1)に示される車両用操舵装置は、操舵角指令値が入力されるハンドルと転舵輪を転舵する転舵機構とが機械的に分離され、ハンドルに入力された操舵角指令値を検出する操舵指令検出手段と、操舵指令検出手段により検出された操舵角指令値に基づいて転舵機構を駆動する転舵用アクチュエータとを備えた車両用操舵装置であり、各車輪の制動力を任意の値に制御する制動制御手段と、転舵用アクチュエータの異常時に、車両を旋回させるように制動制御手段への指令値を制御する走行制御手段とを備えている。
【0009】
また、特開2000−52955号公報(特許文献2)に示される車両用操舵装置は、操作部材を車輪に機械的に連結することなく、操作部材の操作入力値に応じてステアリング系制御装置により制御される転舵用アクチュエータにより転舵角を変化させ、ステアリング系制御装置と転舵用アクチュエータの少なくとも一方が故障状態である時、転舵用アクチュエータの制御が解除され、操作入力値の変化量と車速の変化量とヨーレートの目標変化量の間の関係から、検出された操作入力値の変化量と車速の変化量に対応するヨーレートの目標変化量を求め、そのヨーレートの目標変化量から検出されたヨーレートの変化量を差し引いた偏差を0とするように、走行系制御装置により制動力を制御している。
【特許文献1】特開平11−334559号公報
【特許文献2】特開2000−52955号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、特許文献1の装置では、正常時は転舵用アクチュエータの負荷状態に基づいて操舵反力を与えているが、故障により転舵用アクチュエータが作動していない状態では負荷がゼロになるため、操舵反力もゼロになってしまう問題がある。
【0011】
また、特許文献2の装置では、正常時は操舵角に基づいて操舵反力を与えているが、転舵用アクチュエータが故障したとき、故障状態をドライバに認識させるために、操舵手段へ操舵反力を付与しないようになっている。このため、操舵手段と転舵機構とが機械的に連結されたかの如き感覚で操舵を行うことができない問題がある。
【0012】
このように従来の分離型操舵装置では、転舵用アクチュエータの故障後、左右輪の駆動力差で車両旋回制御を継続しても操舵反力がないため、ハンドルの操作が不安定となり、ドライバに不安感を与えるおそれがある。
【0013】
本発明は上述のような事情からなされたものであり、本発明の目的は、転舵用アクチュエータが故障したフェールセーフ作動時においても、ステアリング操作量及び車両挙動の状態に基づいて推定された操舵反力を操舵手段へ付与し、ドライバが常に操舵手段と転舵機構とが機械的に連結されたかの如き感覚で操舵を行い得るようにした車両用電動式操舵装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は、車両の操舵を行う操舵部と、前記車両の車輪を転舵する転舵部とが機械的に連結されておらず、前記操舵に応じて前記転舵部の転舵用アクチュエータを介して転舵する車両用電動式操舵装置に関し、本発明の上記目的は、前記転舵用アクチュエータが故障した場合、左右輪の駆動力又は制動力を独立に制御し、前記車両の旋回運動を制御すると共に、前記操舵部側へ前記車両の挙動に応じた操舵反力を与える機能を設けることにより達成され、更に前記転舵用アクチュエータが複数設けられており、動作中の転舵用アクチュエータが故障したときは残りの故障していない転舵用アクチュエータが代替し、全てが故障したときに前記転舵用アクチュエータの故障と判定するようになっていることにより、より効果的に達成される。
【0015】
また、本発明は、ハンドルで車両の操舵を行う操舵部と、前記車両の車輪を転舵する転舵部とが機械的に連結されておらず、前記ハンドルの操舵に応じて前記転舵部の転舵用アクチュエータを介して前記車輪を転舵する車両用電動式操舵装置に関し、本発明の上記目的は、操舵角及び車速に基づいて前記転舵用アクチュエータを駆動すると共に、前記転舵用アクチュエータの負荷状態を監視する操舵制御部と、前記車両の挙動を検出する車両挙動検出手段と、操舵角、車速及び前記車両挙動検出手段からの車両挙動に基づいて左右輪の駆動力又は制動力を独立に制御する差動トルク制御部と、操舵反力を演算して前記ハンドルに付与する操舵反力手段とを設け、前記転舵用アクチュエータが故障した場合、前記左右輪の駆動力又は制動力を独立に制御し、前記車両の旋回運動を制御すると共に、前記操舵部側へ前記車両の挙動に応じた操舵反力を与えることにより達成される。
【0016】
更に、前記転舵用アクチュエータが複数設けられており、動作中の転舵用アクチュエータが故障したときは残りの故障していない転舵用アクチュエータが代替し、全てが故障したときに前記転舵用アクチュエータの故障と判定するようになっていることにより、或いは前記車両挙動がヨーレート及び横加速度であることにより、或いは前記差動トルク制御部が前後輪トルク分配器及び左右輪トルク分配器で構成されていることにより、より効果的に達成される。
【発明の効果】
【0017】
本発明の車両用電動式操舵装置によれば、転舵用アクチュエータが故障(異常を含む)してフェールセーフ機能が作動する場合においても、ステアリング機構の操舵量及び車両挙動の状態に基づいて、操舵手段へ操舵反力を適宜付与することができる。これにより、ドライバは、ハンドルと車輪を転舵する転舵機構とが機械的に分離されていることを全く感じることなく、通常の感覚でハンドル操舵を行うことができる。
【0018】
これにより、転舵用アクチュエータが故障した場合にも、ドライバによるハンドルの操作が不安定となり、ドライバに不安感を与えることもない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
本発明は、左右輪を転舵する転舵用アクチュエータが故障(異常を含む)してフェールセーフ機能が作動する場合においても、ステアリング手段(操舵部)の操舵量、車速、車両挙動の状態(例えばヨーレートや横加速度)等に基づいて推定した操舵反力を、ハンドル操舵を行う操舵部へ操舵反力モータで付与するようにしている。即ち、転舵用アクチュエータが故障したことを検出した後、ステアリングの操舵角と車速より目標ヨーレート量を算出し、車両の実ヨーレート信号が目標ヨーレート量に一致するように左右輪の駆動力配分を制御すると共に、車速、横加速度及びヨーレートに基づいて目標操舵反力制御量を演算し、この目標操舵反力制御量に基づいて操舵反力手段によって操舵反力を操舵部へ付与する。
【0020】
これにより、ドライバは、転舵用アクチュエータが故障してフェールセーフ機能が作動する場合にも、ハンドル等で成る操舵部と車輪を転舵する転舵部とが機械的に分離されていることを感じることなく、良好なフィーリングで操舵を継続することができる。
【0021】
以下、図面に基づいて本発明の好適な実施形態を詳細に説明する。
【0022】
先ず本発明の車両用電動式操舵装置の機械的な構造を図1に示して説明する。本発明の車両用電動式操舵装置は、ハンドル11等で成る操舵部10と、車輪21R及び21Lを転舵する転舵部20とが機械的な連結を持たない分離構成となっており、以下ではこの分離構成を「ステアバイワイヤ装置」とする。ステアバイワイヤ装置の操舵部10及び転舵部20は、マイクロコンピュータ等で成るコントロールユニット100で電気的に接続されており、本例の転舵部20はラック・ピニオン式の構造になっており、操舵部10及び転舵部20はいずれも冗長構成で示している。
【0023】
ステアバイワイヤ装置の操舵部10は図1に示すように、ハンドル11のコラム軸12に操舵反力を付与する操舵反力手段(140)としての操舵反力モータ13及び14が減速ギアを介して結合されており、コラム軸12にはハンドル11の操舵角(回転角)を検出するための操舵角センサ15が取り付けられ、操舵反力モータ13及び14にはそれぞれ回転角を検出するための操舵角センサ16及び17が取り付けられている。転舵部20のタイロッド(ピニオン軸)22の左右には車輪21R及び21Lが装着されており、タイロッド22には車輪21L、21Rを左右独立に転舵するための転舵用アクチュエータとしての転舵モータ23及び24が減速ギアを介して結合されており、転舵モータ23及び24にはそれぞれ車輪の操向角度(転舵角)を検出するための転舵角センサ25及び26が取り付けられており、タイロッド22の中央部にも前輪の転舵角を検出する転舵角センサ27が取り付けられている。
【0024】
本例では、転舵モータ23及び24並びに操舵反力モータ13及び14はいずれも冗長構成になっており、どちらかが故障した場合にはそれぞれ他方のモータで駆動する。例えば転舵モータ23及び24の一方が故障した場合には、故障していない他方の転舵モータで転舵制御を継続するようにしている。
【0025】
また、操舵部10及び転舵部20はコントロールユニット100で制御され、コントロールユニット100には車速センサ若しくはCAN(Controller Area Network)から車速Vが入力されている。更にコントロールユニット100には、操舵部10の操舵角センサ15〜17で検出された各操舵角、転舵部20の転舵角センサ25〜27で検出された各転舵角が入力されている。
【0026】
操舵角センサ15〜17は冗長構成になっており、通常は駆動しているアクチュエータに接続されている操舵角センサの値に基づいて制御する。そして、そのうちの1つが故障した場合には、それぞれの角度検出値を比較し、多数決によって故障センサを特定するようになっている。同様に、転舵角センサ25〜27も冗長構成になっており、通常は駆動しているアクチュエータに接続されている転舵角センサの値に基づいて制御し、そのうちの1つが故障した場合には、それぞれの角度検出値を比較し、多数決によって故障センサを特定するようになっている。
【0027】
図2は車両200に対する駆動力及び制動力の配分機構を示しており、各車輪(21L,21R,41L,41R)の制動を独立に行うため、前輪の左右車輪21L及び21Rにはそれぞれ制動アクチュエータ40L及び40Rが設けられており、後輪の左右車輪41L及び41Rにはそれぞれ制動アクチュエータ42L及び42Rが設けられている。そして、エンジン43には前後輪にトルクを配分するための前後輪トルク配分器44が接続されており、前後輪トルク配分器44で前後に配分されたトルクは駆動車軸45を経て前輪及び後輪に伝達され、前輪21L及び21Rの左右トルク配分は左右輪トルク配分器46で行われ、後輪41L及び41Rの左右トルク配分は左右輪トルク配分器47で行われる。
【0028】
前後輪及び左右輪のトルク配分及び制動力の制御は後述する差動トルク制御部120で行われる。
【0029】
図3は本発明の制御系(コントロールユニット100)の構成例を示しており、操舵角センサ15〜17からの操舵角は操舵制御部110及び差動トルク制御部120に入力され、車速Vも操舵制御部110及び差動トルク制御部120に入力される。操舵制御部110は操舵角及び車速Vに基づいて操舵量を演算し、演算された操舵量で操向輪転舵用アクチュエータ130内の転舵モータ23及び24を介して車両200の転舵を制御し、差動トルク制御部120を構成する前後輪トルク配分器44及び左右輪トルク配分器46,47は、車両200の前後輪21L,21R及び41L,41Rと、左右輪21L,41L及び21R,21Lとのトルク配分を制御する。また、車両200の挙動(例えばヨーレート、横加速度)は車両挙動検出手段150で検出され、車両挙動の各信号は差動トルク制御部120に入力される。操向輪転舵用アクチュエータ130の負荷状態、つまり転舵モータ23又は24の転舵角センサ25又は26で検出される転舵角、或いは転舵角センサ27で検出される車輪の転舵角はそれぞれ操舵制御部110に入力され、転舵用アクチュエータ(転舵モータ23及び24)の故障が操舵制御部110で検出される。
【0030】
なお、転舵用アクチュエータ(転舵モータ23及び24)の故障検出は、例えば操舵角に基づく転舵角指令による目標転舵角と転舵角センサの実測値とを比較し、その差が所定値以上所定時間継続した場合に故障と判断する。本例では転舵用アクチュエータは冗長構成(転舵モータ23及び24)になっており、一方が故障した場合は他方が代替するようになっており、両方の転舵モータ23及び24が故障したときに転舵用アクチュエータ(転舵モータ23及び24)の故障と判断する。
【0031】
このような構成において、その動作例を図4のフローチャートを参照して説明する。
【0032】
先ず操舵制御部110は操舵角センサ15〜17から各操舵角を入力すると共に、車速センサ若しくはCANから車速Vを入力し、更に車両挙動検出手段150で検出されたヨーレート、横加速度を読み込んで入力し(ステップS1)、操向輪転舵用アクチュエータ130の負荷状態に基づいて、操向輪転舵用アクチュエータ130の転舵モータ23及び24が故障か否かを判定しており(ステップS2)、転舵モータ23及び24が故障でなく正常な場合(一方が故障の場合を含む)は、ハンドル11の操舵に応じた転舵角になるように転舵モータ23又は24を駆動する。転舵モータ23又は24の転舵角は転舵角センサ25又は26によって検出され、この負荷状態に基づいて、転舵でタイヤに作用する復元力を推定し(ステップS3)、この復元力推定値と車速Vに基づいて予め設定したステアリングへの操舵反力を与えるため、操舵反力手段140としての操舵反力モータ13又は14を制御する(ステップS5)。
【0033】
なお、復元力の推定は、次のように行う。即ち、車両旋回中の車輪復元力は転舵用アクチュエータによるラック推力と釣合い、モータ出力トルクとモータ負荷電流が比例関係にあることから、転舵用アクチュエータを構成するモータの負荷電流を検出し、予め求められている出力トルク関係式よりモータ出力トルクを推定し、このモータ出力トルク推定値に減速機のギア比を用いて逆算することにより、復元力を推定することができる。
【0034】
また、差動トルク制御部120は、操舵角、車速V、車両挙動検出手段150からのヨーレート、横加速度等に基づいて車両200の駆動力及び制動力を制御すると共に、車両200の旋回性能を安定させるように制御する。差動トルク制御部120と操舵制御部110とは相互に通信しており、相互の動作状態を監視している。
【0035】
一方、上記ステップS2において、転舵モータ23及び24の両方が故障と判定された場合には転舵用アクチュエータの故障と判定し、操舵制御部110から差動トルク制御部120に転舵用アクチュエータの故障が通知され、操舵制御部110による転舵モータ23及び24の駆動が解除されると共に、差動トルク制御部120は旋回性能安定化制御モードから操舵補助制御モードに移行する。即ち、差動トルク制御部120は転舵角センサ25〜27からの転舵角と駆動力差を入力とし、車両挙動を補正する制御モードから、駆動力差のみを入力として車両挙動そのものを制御するモードへ移行する。
【0036】
駆動力差の指令値は、予め設定したハンドル11の操舵角及び車速Vに基づいて目標ヨーレートを演算し(ステップS10)、この演算された目標ヨーレートと車両挙動検出手段150が検出したヨーレート量の偏差を0とするように、差動トルク制御部120は左右輪の制動力又は駆動力差の制御量DTを演算し(ステップS11)、演算された制御量DTに基づいて左右輪の制動力又は駆動力差を発生する(ステップS12)。そして、差動トルク制御部120は車速V、操舵角及び目標ヨーレートに基づいて、付与すべき目標操舵反力制御量を算出し(ステップS13)、操舵制御部110は目標操舵反力制御量に基づいて操舵反力手段140としての操舵反力モータ13又は14を駆動して操舵反力を付与する(ステップS14)。
【0037】
ここで、左右輪の駆動力差DTの制御量演算及び制御方法について、その具体例を説明する。
【0038】
車両挙動は一般に2輪モデルで記述することができ、下記(1)〜(3)式で表わされる。

dβ/dt=a11・β+a12・γ+b11・δ ・・・(1)
dγ/dt=a21・β+a22・γ+b21・δ+b22・DT・・・(2)
δ=θ/n ・・・(3)
ここで、βは車両すべり角、γはヨーレート、δは転舵角、θはハンドル操舵角、nはステアリングギア比であり、係数a11,a12,a21,a22はそれぞれ車速Vによって変化する。

通常状態では左右輪駆動力差DTはゼロであり、ハンドル操舵角θに比例した転舵角δによって旋回運動を行っている。そして、転舵アクチュエータが故障した場合には、転舵角δを目標転舵角に制御できなくなるため、左右輪駆動力差DTにより車両の旋回運動を制御する。具体的には、例えば故障直後は、ハンドル操舵角θ及び車速Vの変化がない限り、故障前のヨーレートγを維持するように左右輪駆動力差DTを操作する。
【0039】
その後、ハンドル操舵角θ及び車速Vが変更された場合には、前記(1)式及び(2)式において、dβ/dt=0、dγ/dt=0としたときのヨーレートγを、下記(4)式に従って目標ヨーレートγとする。
【0040】
γ=K1(V)×δ=K1(V)/n×θ ・・・(4)

そして、上記(4)式で求められる目標ヨーレートγと実測ヨーレートγとの偏差(γ−γ)がゼロになるように左右輪駆動力差DTを操作する。
【0041】
次に、目標操舵反力量を求める。上述と同様に、dβ/dt=0、dγ/dt=0としたときの車両すべり角βを前記(1)式及び(2)式より、

β=K2(V)/n×θ ・・・(5)

として求め、タイヤにかかる復元モーメントTsを下記(6)式より算出する。

Ts=2ζKf(β+lf/V×γ−δ) ・・・(6)

この復元モーメントTsに比例した値を下記(7)式で求め、操舵反力指令T_reactとして操舵反力手段140を操作する。一般に比例係数Krは0.05〜0.3程度の値である。

_react=Kr×Ts ・・・(7)

上述では車両すべり角βは(5)式より求めたが、横加速度Ay、ヨーレートγ、転舵角δの実測値から線形オブザーバを適用して推定した値でも良い。
【0042】
図5を参照して車両の挙動を説明すると、例えば右カーブ走行中に転舵アクチュエータが故障したとき、駆動力差が入力されない場合には、車両にはカーブ外側の経路を進行するようなヨーモーメントAが作用する。カーブに沿った経路の走行を維持するために、ヨーモーメントAとは反対方向のヨーモメントBが発生するように、カーブ外側の左輪の駆動力が、右輪に較べ大きくなるように操作する。若しくは同様の作用を発生させるため、カーブ内側の右輪へのみ制動力を加えるように操作しても良い。
【0043】
以上の制御により、転舵モータ23及び24の両方が故障した場合においても、車両200のヨー運動に応じた操舵反力が操舵反力モータ13又は14によりハンドル11に付与される。本例では転舵モータを左右輪に対応して2個設けているが、単一構成であっても良い。また、操舵反力モータ(13、14)、操舵角センサ(15、16、17)、転舵角センサ(25、26、27)をそれぞれ複数設けた冗長構成としているが、いずれも単一構成であっても良い。
【0044】
なお、上述では転舵用アクチュエータとしてモータを例に挙げて説明したが、リニアアクチュエータ等の駆動装置であっても良い。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】本発明に係る車両用電動式操舵装置の構成例を示す機構図である。
【図2】駆動力及び制動力の配分機構を示す機構図である。
【図3】本発明の制御系を示すブロック図である。
【図4】本発明の動作例を示すフローチャートである。
【図5】本発明の動作例を説明するための図である。
【符号の説明】
【0046】
10 操舵部
11 ハンドル
12 コラム軸
13、14 操舵反力モータ
15、16、17 操舵角センサ
20 転舵部
21R,21L 車輪(前輪)
23,24 転舵モータ
41R,41L 車輪(後輪)
43 エンジン
44 前後輪トルク配分器
46,47 左右輪トルク配分器
100 コントロールユニット
110 操舵制御部
120 差動トルク制御部
130 操向輪転舵用アクチュエータ
140 操舵反力手段
150 車両挙動検出手段
200 車両

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の操舵を行う操舵部と、前記車両の車輪を転舵する転舵部とが機械的に連結されておらず、前記操舵に応じて前記転舵部の転舵用アクチュエータを介して転舵する車両用電動式操舵装置において、前記転舵用アクチュエータが故障した場合、左右輪の駆動力又は制動力を独立に制御し、前記車両の旋回運動を制御すると共に、前記操舵部側へ前記車両の挙動に応じた操舵反力を与える機能を具備したことを特徴とする車両用電動式操舵装置。
【請求項2】
前記転舵用アクチュエータが複数設けられており、動作中の転舵用アクチュエータが故障したときは残りの故障していない転舵用アクチュエータが代替し、全てが故障したときに前記転舵用アクチュエータの故障と判定するようになっている請求項1に記載の車両用電動式操舵装置。
【請求項3】
ハンドルで車両の操舵を行う操舵部と、前記車両の車輪を転舵する転舵部とが機械的に連結されておらず、前記ハンドルの操舵に応じて前記転舵部の転舵用アクチュエータを介して前記車輪を転舵する車両用電動式操舵装置において、操舵角及び車速に基づいて前記転舵用アクチュエータを駆動すると共に、前記転舵用アクチュエータの負荷状態を監視する操舵制御部と、前記車両の挙動を検出する車両挙動検出手段と、操舵角、車速及び前記車両挙動検出手段からの車両挙動に基づいて左右輪の駆動力又は制動力を独立に制御する差動トルク制御部と、操舵反力を演算して前記ハンドルに付与する操舵反力手段とを具備し、前記転舵用アクチュエータが故障した場合、前記左右輪の駆動力又は制動力を独立に制御し、前記車両の旋回運動を制御すると共に、前記操舵部側へ前記車両の挙動に応じた操舵反力を与えることを特徴とする車両用電動式操舵装置。
【請求項4】
前記転舵用アクチュエータが複数設けられており、動作中の転舵用アクチュエータが故障したときは残りの故障していない転舵用アクチュエータが代替し、全てが故障したときに前記転舵用アクチュエータの故障と判定するようになっている請求項3に記載の車両用電動式操舵装置。
【請求項5】
前記車両挙動がヨーレート及び横加速度である請求項3又は4に記載の車両用電動式操舵装置。
【請求項6】
前記差動トルク制御部が前後輪トルク分配器及び左右輪トルク分配器で構成されている請求項3乃至5のいずれかに記載の車両用電動式操舵装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−248660(P2009−248660A)
【公開日】平成21年10月29日(2009.10.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−96814(P2008−96814)
【出願日】平成20年4月3日(2008.4.3)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】