説明

電動パワーステアリング装置

【課題】センサレス制御を行う場合において、操舵フィーリングの低下を抑制する。
【解決手段】電動モータの端子電圧Vu,Vv,Vwと相電流Iu,Iv,Iwと操舵トルクTrの符号とから誘起電圧eを算出し推定角速度ωmを求める(S11〜S15)。推定角速度ωmがゼロ近傍範囲に入っている場合(S16:Yes)には、操舵トルクセンサの回転角θt1を読み込みんで、その変化量Δθt1を算出する(S18〜S19)そして、変化量Δθt1を電気角の変化量に換算した角度Δθet1だけ推定電気角θebを変化させる(S20〜S21)。これにより、保舵状態を解除する場合でも、電動モータがスムーズに回り始める。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、運転者の操舵操作に基づいて電動モータを駆動制御して操舵アシストトルクを発生する電動パワーステアリング装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、電動パワーステアリング装置は、運転者が操舵ハンドルに付与した操舵トルクを検出し、検出した操舵トルクに応じた目標操舵アシストトルクを演算し、この目標操舵アシストトルクが得られるように、電動モータの通電量を制御している。電動モータとしてブラシレスモータを使用した電動パワーステアリング装置も一般化されている。ブラシレスモータは、インバータのスイッチング制御によりU相,V相,W相への通電が行われる。従って、ブラシレスモータを使用する場合には、位相を制御するために、回転子の回転角(電気角)を検出する回転角センサが設けられる。
【0003】
回転角センサが故障した場合には、ブラシレスモータの制御が不能となる。そこで、回転角センサが故障した場合には、ブラシレスモータで発生する誘起電圧(逆起電力)に基づいて電気角を推定し、この推定した電気角(推定電気角)を使ってブラシレスモータを駆動制御する電動パワーステアリング装置も知られている。このように推定電気角を使ったブラシレスモータの制御は、センサレス制御と呼ばれている。
【0004】
センサレス制御においては、ブラシレスモータで発生する誘起電圧と角速度とが比例関係を有することを利用して、誘起電圧から角速度を算出する。そして、センサレス制御の演算周期と角速度とから、1周期あたりにブラシレスモータが回転した角度を求め、1周期前の電気角にこの回転角度を加算(または減算)することで現時点の電気角、つまり、推定電気角を算出する。こうしたセンサレス制御については、例えば、特許文献1に提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−87756号公報
【発明の概要】
【0006】
ところが、センサレス制御を行う場合、保舵中においては、ブラシレスモータで誘起電圧が発生しないため推定電気角が固定されることになる。このため、保舵を解除する場合、つまり、切り増し操作や戻し操作を行う場合には、電気角が進まず、操舵操作に引っ掛かり感を与えてしまう。そこで、特許文献1に提案された電動パワーステアリング装置においては、誘起電圧から算出された推定角速度がゼロ近傍の不感帯内に入っているときに、正の値のオフセット値と負の値のオフセット値を所定の周期で交互に角速度に加算するようにして推定角速度がゼロになることを防止している。しかしながら、この装置では、単にオフセット値(固定値)を正負交互に切り換えて推定角速度に加算するものであるため、保舵中において常にブラシレスモータが正逆回転することになる。従って、ブラシレスモータの振動が操舵ハンドルに伝わってしまい操舵フィーリングが悪い。
【0007】
本発明の目的は、上記問題に対処するためになされたもので、センサレス制御を行う場合において、操舵フィーリングの低下を抑制することにある。
【0008】
上記目的を達成するために、本発明の特徴は、操舵ハンドルからステアリングシャフトに入力された操舵トルクを検出する操舵トルクセンサと、ステアリング機構に設けられて操舵アシストトルクを発生するための電動モータと、前記電動モータの実電気角を検出するための回転角センサと、前記回転角センサの異常を検出するセンサ異常検出手段と、前記センサ異常検出手段により前記回転角センサの異常が検出されているとき、前記電動モータで発生する誘起電圧に基づいて前記電動モータの推定電気角を演算する電気角推定手段と、前記操舵トルクセンサにより検出された操舵トルクに基づいて目標操舵アシストトルクを発生させるためのモータ制御値を演算するモータ制御値演算手段と、前記回転角センサの異常が検出されていないときには前記実電気角と前記モータ制御値とに基づいて前記電動モータを駆動制御し、前記回転角センサの異常が検出されているときには前記推定電気角と前記モータ制御値とに基づいて前記電動モータを駆動制御するモータ制御手段とを備えた電動パワーステアリング装置において、前記電気角推定手段は、前記回転角センサの異常が検出されているとき、前記誘起電圧から前記電動モータの角速度を推定する角速度推定手段と、ハンドル操作による操舵角の変化を検出する操舵角変化検出手段と、前記角速度推定手段により推定された推定角速度が予め設定したゼロ近傍範囲内に入る場合に、前記操舵角変化検出手段により操舵角の変化が検出されたときに前記操舵角の変化方向に前記推定電気角を変化させる推定電気角変更手段とを備えたことにある。
【0009】
本発明においては、回転角センサの出力信号に基づいて検出された電動モータの電気角(実電気角)と、操舵トルクセンサにより検出された操舵トルクに応じた目標操舵アシストトルクを発生させるためのモータ制御値とに基づいて、モータ制御手段が電動モータを駆動制御する。電動モータとしては、ブラシレスモータが使用される。回転角センサが故障した場合には電動モータの回転を制御できなくなる。そこで、この発明においては、回転角センサの異常を検出するセンサ異常検出手段を備え、センサ異常検出手段により回転角センサの異常が検出された場合には、電気角推定手段が電動モータで発生する誘起電圧に基づいて電動モータの推定電気角を演算する。この場合、モータ制御手段は、推定電気角とモータ制御値とに基づいて電動モータを駆動制御する。つまり、センサレス制御を行う。
【0010】
センサレス制御を行う場合、誘起電圧から電動モータの推定角速度を求め、この推定角速度で電動モータが回転する分だけ電気角を回転方向に進めることで推定電気角を算出することができる。しかし、操舵ハンドルが保舵されている状態では、誘起電圧が発生しないため推定電気角が固定されることになり、保舵状態を解除しようとしたときに電気角が進まず、運転者の操舵操作に引っ掛かり感を与えてしまう。そこで、本発明では、推定電気角変更手段が、角速度推定手段により推定された推定角速度が予め設定したゼロ近傍範囲内に入る場合には、操舵角の変化が検出されたときに操舵角の変化方向に推定電気角を変化させる。操舵角の変化は、操舵角変化検出手段により検出される。操舵角変化検出手段は、運転者がハンドル操作したことにより操舵角が変化したことを、少なくともその方向(操舵操作方向)を識別して検出するものであれば良い。
【0011】
運転者が操舵ハンドルを保舵しているときには、操舵角の変化が検出されないため、推定電気角は変化せず一定となる。そして、保舵状態が解除されると、つまり、切り増し操作や戻し操作が行われると、操舵角変化検出手段が操舵角の変化を検出するため、推定電気角変更手段が操舵角の変化方向(運転者の操舵操作方向)と同じ方向に推定電気角を変化させる。つまり、運転者の操舵操作により電動モータの回転子が回転する方向に推定電気角を変化させる。推定電気角を変化させる量は、一定でも良いし、操舵角の変化量に比例させたものであっても良い。これにより、電動モータは、回転開始のきっかけが与えられてスムーズに回転し始める。従って、運転者に対して操舵操作に引っ掛かりを感じさせない。また、操舵ハンドルを保舵している状態においては、操舵角の変化が検出されないため、従来装置のような推定角速度の正負のオフセット値を設けた場合のように電動モータから振動が発生しない。更に、推定電気角の変更は、操舵操作方向に行われるため、電動モータの回転開始のきっかけを適正に与えることができる。このように、センサレス制御においては、運転者が保舵状態から意図して操舵操作したときのみ、操舵角の変化に基づいて推定電気角を変更するため、操舵フィーリングの低下を抑制することができる。
【0012】
また、本発明の他の特徴は、前記操舵角変化検出手段は、前記操舵角の変化方向と変化量を検出するものであり、前記推定電気角変更手段は、前記操舵角変化検出手段により検出した操舵角の変化量に比例した角度だけ前記推定電気角を変化させることにある。
【0013】
この場合、前記電気角推定手段は、前記角速度推定手段により推定された推定角速度が前記ゼロ近傍範囲内に入らない場合には、前記推定角速度から算出される電気角変化量に基づいて推定電気角を演算し、前記角速度推定手段により推定された推定角速度が前記ゼロ近傍範囲内に入る場合には、前記推定電気角変更手段が前記操舵角の変化量に比例した電気角変化量を算出し、この電気角変化量に基づいて推定電気角を演算するとよい。
【0014】
本発明においては、推定角速度が予め設定したゼロ近傍範囲内に入る場合には、推定電気角変更手段が、操舵角の変化量に比例した角度だけ推定電気角を変化させる。例えば、操舵角の変化量が大きいほど大きくなる電気角の変化量を算出し、この電気角変化量に基づいて推定電気角を演算する。このため、電動モータの回転開始のきっかけを適正に与えるとともに、電気角の推定精度を向上させることができる。また、推定角速度が予め設定したゼロ近傍範囲内に入らない場合には、推定角速度から算出される電気角変化量に基づいて推定電気角を演算するため適正な推定電気角が得られる。
【0015】
また、本発明の他の特徴は、前記操舵トルクセンサは、ステアリングシャフトに介挿されたトーションバーの入力側回転角と出力側回転角とを検出し、両回転角の差であるトーションバーの捩れ角度に基づいて、ステアリングシャフトに入力された操舵トルクを検出するものであり、前記操舵角変化検出手段は、前記トーションバーの入力側回転角の変化を検出することにある。
【0016】
本発明においては、モータ制御値を演算するために使われる操舵トルクセンサの入力側回転角を利用して、操舵角の変化を検出するため、特別に操舵角の変化を検出する装置を設ける必要が無い。つまり、電動パワーステアリング装置のシステム構成を使って操舵角の変化を検出することができる。このため、コストアップを招かない。
【0017】
また、本発明の他の特徴は、前記推定電気角変更手段は、前記操舵角変化検出手段により検出した操舵角の変化量を前記電動モータの電気角変化量に換算した角度だけ前記推定電気角を変化させることにある。これによれば、推定電気角を変化させる量をさらに適切にすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の実施形態に係る電動パワーステアリング装置の概略構成図である。
【図2】アシストECUのマイクロコンピュータの処理を表す機能ブロック図である。
【図3】電気角推定ルーチンを表すフローチャートである。
【図4】アシストマップを表すグラフである。
【図5】電動モータの回路図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の一実施形態に係る電動パワーステアリング装置について図面を用いて説明する。図1は、同実施形態に係る車両の電動パワーステアリング装置の概略構成を表している。
【0020】
この電動パワーステアリング装置は、操舵ハンドル11の操舵操作により転舵輪を転舵するステアリング機構10と、ステアリング機構10に組み付けられ操舵アシストトルクを発生する電動モータ20と、電動モータ20を駆動するためのモータ駆動回路30と、電動モータ20の作動を制御する電子制御装置100とを主要部として備えている。以下、電子制御装置100をアシストECU100と呼ぶ。
【0021】
ステアリング機構10は、操舵ハンドル11の回転操作により左右前輪FWL,FWRを転舵するための機構で、操舵ハンドル11を上端に一体回転するように接続したステアリングシャフト12を備える。このステアリングシャフト12の下端には、ピニオンギヤ13が一体回転するように接続されている。ピニオンギヤ13は、ラックバー14に形成されたラック歯と噛み合って、ラックバー14とともにラックアンドピニオン機構を構成する。ラックバー14の両端には、タイロッド15L,15Rを介して左右前輪FWL,FWRのナックル(図示略)が操舵可能に接続されている。左右前輪FWL,FWRは、ステアリングシャフト12の軸線回りの回転に伴うラックバー14の軸線方向の変位に応じて左右に操舵される。
【0022】
ラックバー14には、電動モータ20が組み付けられている。電動モータ20は、スター(Y)結線された3相ブラシレスDCモータが用いられる。電動モータ20の回転軸は、ボールねじ機構16を介してラックバー14に動力伝達可能に接続されていて、その回転により左右前輪FWL,FWRに転舵力を付与して操舵操作をアシストする。ボールねじ機構16は、減速機および回転−直線変換器として機能するもので、電動モータ20の回転を減速するとともに直線運動に変換してラックバー14に伝達する。
【0023】
ステアリングシャフト12には、操舵トルクセンサ21が設けられる。操舵トルクセンサ21は、例えば、ステアリングシャフト12の中間部に介装されたトーションバー12aの上端部(入力側端)および下端部(出力側端)にそれぞれ組み付けられたレゾルバ21a,21bを備える。レゾルバ21aは、トーションバー12aの入力側の回転角θt1(例えば、基準角度位置に対する回転角)を検出し、レゾルバ21bは、トーションバー12aの出力側の回転角θt2(基準角度位置に対する回転角)を検出し、それぞれ検出した回転角θt1,θt2を表す検出信号をアシストECU100に出力する。2つの回転角θt1,θt2の差(θt1−θt2)は、トーションバー12aの捩れ角度に相当する。従って、アシストECU100は、2つの回転角θt1,θt2の差(θt1−θt2)を使って、ステアリングシャフト12に働いた操舵トルクTrを検出する。操舵トルクTrは、正負の値により操舵ハンドル11の操作方向が識別される。本実施形態においては、操舵ハンドル11の右方向への操舵時における操舵トルクTrを正の値で、操舵ハンドル11の左方向への操舵時における操舵トルクTrを負の値で示す。従って、操舵トルクTrの大きさは、その絶対値の大きさとなる。尚、本実施形態においては、トーションバー12aの回転角をレゾルバにより検出するが、エンコーダ等の他の回転角センサにより検出することもできる。
【0024】
電動モータ20には、回転角センサ22が設けられる。この回転角センサ22は、電動モータ20内に組み込まれ、電動モータ20の回転子の回転角度位置に応じた検出信号を出力するもので、例えば、レゾルバにより構成される。回転角センサ22は、電動モータ20の回転角θmを表す検出信号をアシストECU100に出力する。アシストECU100は、この回転角θmから電動モータ20の電気角θeを検出する。尚、電動モータ20の電気角θeは、回転角センサ22により検出された電気角と、後述する推定により求めた電気角との2種類あるため、両者を区別する必要がある場合には、回転角センサ22により検出された電気角を実電気角θeaと呼び、推定により求めた電気角を推定電気角θebと呼ぶ。また、本実施形態においては、回転角センサ22としてレゾルバを使用しているが、エンコーダ等の他の回転角センサを用いることもできる。
【0025】
モータ駆動回路30は、MOS−FET(Metal Oxide Semiconductor Field Effect Transistor)からなる6個のスイッチング素子31〜36により3相インバータ回路を構成したものである。具体的には、第1スイッチング素子31と第2スイッチング素子32とを直列接続した回路と、第3スイッチング素子33と第4スイッチング素子34とを直列接続した回路と、第5スイッチング素子35と第6スイッチング素子36とを直列接続した回路とを並列接続し、各直列回路における2つのスイッチング素子間(31−32,33−34,35−36)から電動モータ20への電力供給ライン37を引き出した構成を採用している。
【0026】
モータ駆動回路30には、電動モータ20に流れる電流を検出する電流センサ38が設けられる。この電流センサ38は、各相(U相,V相,W相)ごとに流れる電流をそれぞれ検出し、その検出した電流値Iu,Iv,Iwに対応した検出信号をアシストECU100に出力する。以下、この測定された3相の電流値をモータ電流Iuvwと総称する。また、モータ駆動回路30には、電動モータ20の端子電圧を検出する電圧センサ39が設けられる。電圧センサ39は、各相(U相,V相,W相)の端子電圧をそれぞれ検出し、その検出した電圧値Vu,Vv,Vwに対応した検出信号をアシストECU100に出力する。以下、この測定された3相の端子電圧をモータ端子電圧Vuvwと総称する。
【0027】
モータ駆動回路30の各スイッチング素子31〜36は、それぞれゲートがアシストECU100に接続され、アシストECU100から出力されるPWM制御信号によりデューティ比が制御される。これにより電動モータ20の駆動電圧が目標電圧に調整される。尚、図中に回路記号で示すように、スイッチング素子31〜36を構成するMOSFETには、構造上ダイオードが寄生している。
【0028】
アシストECU100は、CPU,ROM,RAM等からなるマイクロコンピュータを主要部として構成される。アシストECU100は、操舵トルクセンサ21、回転角センサ22、電流センサ38、電圧センサ39、および、車速を検出する車速センサ25を接続し、操舵トルクTr、回転角θm、モータ電流Iu,Iv,Iw、モータ端子電圧Vu,Vv,Vw、車速vを表す検出信号を入力する。そして、入力した検出信号に基づいて、運転者の操舵操作に応じた最適な操舵アシストトルクが得られるように電動モータ20に流す指令電流(モータ制御値)を演算し、その指令電流が流れるようにモータ駆動回路30の各スイッチング素子31〜36のデューティ比を制御する。
【0029】
次に、電動パワーステアリング装置の電源供給系統について説明する。電動パワーステアリング装置は、車載電源装置80から電源供給される。車載電源装置80は、定格出力電圧12Vの一般的な車載バッテリである主バッテリ81と、エンジンの回転により発電する定格出力電圧14Vのオルタネータ82とを並列接続して構成される。車載電源装置80には、電源供給元ライン83と接地ライン84が接続される。電源供給元ライン83は、制御系電源ライン85と駆動系電源ライン86とに分岐する。制御系電源ライン85は、アシストECU100に電源供給するための電源ラインとして機能する。駆動系電源ライン86は、モータ駆動回路30とアシストECU100との両方に電源供給する電源ラインとして機能する。
【0030】
制御系電源ライン85には、イグニッションスイッチ87が接続される。駆動系電源ライン86には、主電源リレー88が接続される。この主電源リレー88は、アシストECU100からの制御信号によりオンして電動モータ20への電力供給回路を形成するものである。制御系電源ライン85は、アシストECU100の電源+端子に接続されるが、その途中で、イグニッションスイッチ87よりも負荷側(アシストECU100側)においてダイオード89を備えている。このダイオード89は、カソードをアシストECU100側、アノードを車載電源装置80側に向けて設けられ、電源供給方向にのみ通電可能とする逆流防止素子である。
【0031】
駆動系電源ライン86には、主電源リレー88よりも負荷側において制御系電源ライン85と接続する連結ライン90が分岐して設けられる。この連結ライン90は、制御系電源ライン85におけるダイオード89の接続位置よりもアシストECU100側に接続される。また、連結ライン90には、ダイオード91が接続される。このダイオード91は、カソードを制御系電源ライン85側に向け、アノードを駆動系電源ライン86側に向けて設けられる。従って、連結ライン90を介して駆動系電源ライン86から制御系電源ライン85には電源供給できるが、制御系電源ライン85から駆動系電源ライン86には電源供給できないような回路構成となっている。駆動系電源ライン86および接地ライン84は、モータ駆動回路30の電源入力部に接続される。また、接地ライン84は、アシストECU100の接地端子にも接続される。
【0032】
次に、アシストECU100の機能について図2を用いて説明する。図2は、アシストECU100のマイクロコンピュータのプログラム制御により処理される機能を表す機能ブロック図である。アシストECU100は、アシスト電流指令部101を備えている。アシスト電流指令部101は、図4に示すように、操舵トルクTrと車速vとに応じて目標操舵アシストトルクT*を設定するためのアシストマップを記憶する。アシスト電流指令部101は、操舵トルクセンサ21から出力される操舵トルクTr及び車速センサ25から出力される車速vを入力して、このアシストマップを参照することにより目標操舵アシストトルクT*を計算する。この場合、目標操舵アシストトルクT*は、操舵トルクTrの増加にしたがって増加するとともに車速vの増加にしたがって減少する。アシスト電流指令部101は、計算した目標操舵アシストトルクT*をトルク定数で除算することにより、d−q座標系におけるq軸指令電流Iq*を算出する。
【0033】
アシストECU100は、電動モータ20の回転方向をq軸とするとともに回転方向と直交する方向をd軸とするd−q座標系で記述されるベクトル制御によって電動モータ20の回転を制御する。d軸電流は、電動モータ20のトルクを発生させるように働かず、弱め界磁制御に使用される。本発明においては、弱め界磁制御については特徴を有さないため、アシスト電流指令部101は、d軸指令電流Id*をゼロ(Id*=0)に設定するものとする。
【0034】
このように計算されたq軸指令電流Iq*とd軸指令電流Id*は、フィードバック制御部102に出力される。フィードバック制御部102は、q軸指令電流Iq*からq軸実電流Iqを減算した偏差ΔIqを算出し、この偏差ΔIqを使った比例積分制御によりq軸実電流Iqがq軸指令電流Iq*に追従するようにq軸指令電圧Vq*を計算する。同様に、d軸指令電流Id*からd軸実電流Idを減算した偏差ΔIdを算出し、この偏差ΔIdを使った比例積分制御によりd軸実電流Idがd軸指令電流Id*に追従するようにd軸指令電圧Vd*を計算する。
【0035】
q軸実電流Iqおよびd軸実電流Idは、電動モータ20のコイルに実際に流れた3相電流の検出値Iu,Iv,Iwをd−q座標系の2相電流に変換したものである。この3相電流Iu,Iv,Iwからd−q座標系の2相電流Id,Iqへの変換は、3相/2相座標変換部103によって行われる。3相/2相座標変換部103は、電気角選択部122から出力される電気角θeを入力し、その電気角θeに基づいて、電流センサ38により検出した3相電流Iu,Iv,Iwをd−q座標系の2相電流Id,Iqに変換する。電気角選択部122については後述するが、回転角センサ22の異常が検出されていないときは、電動モータ20の実電気角θeaを電気角θeとして出力し、回転角センサ22の異常が検出されているときは、電動モータ20の推定電気角θebを電気角θeとして出力する。
【0036】
フィードバック制御部102により算出されたq軸指令電圧Vq*とd軸指令電圧Vd*は、2相/3相座標変換部105に出力される。2相/3相座標変換部105は、電気角選択部122から出力される電気角θeに基づいて、q軸指令電圧Vq*とd軸指令電圧Vd*を3相指令電圧Vu*,Vv*,Vw*に変換して、その変換した3相指令電圧Vu*,Vv*,Vw*をPWM信号発生部106に出力する。PWM信号発生部106は、3相指令電圧Vu*,Vv*,Vw*に対応したPWM制御信号をモータ駆動回路30のスイッチング素子31〜36に出力する。これにより電動モータ20が駆動され、目標操舵アシストトルクT*に追従した操舵アシストトルクがステアリング機構10に付与される。
【0037】
回転角センサ22から出力される回転検出信号は、実電気角変換部120とセンサ異常検出部121とに出力される。実電気角変換部120は、回転角センサ22により出力される回転検出信号から電動モータ20の実電気角θeaを算出し、算出した実電気角θeaを電気角選択部122に出力する。センサ異常検出部121は、回転角センサ22から出力される回転検出信号に基づいて、回転角センサ22の異常を検出する。回転角センサ22としてレゾルバを採用した場合には、レゾルバ内の検出用コイルや励磁用コイルが断線したり絶縁不良を起こしたりすることが考えられる。そこで、センサ異常検出部121は、検出用コイルの出力信号の振幅を監視し、その振幅が予め設定した許容範囲から外れた場合には、センサ異常と判定する。また、検出用コイルは、出力信号がπ/2だけ位相がずれるように一対設けられるため、2つの出力信号を比較して異常を検出することもできる。例えば、一方の検出用コイルから正弦波信号が出力されているときに、他方の検出用コイルから一定値信号が出力されているときなど、2つの出力信号の組み合わせが矛盾するケースにおいても異常であると判定することができる。センサ異常検出部121は、このようにして回転角センサ22の異常の有無を判定し、異様の有無を表すセンサ異常判定信号Fを出力する。センサ異常検出部121は、例えば、異常有りと判定した場合には、センサ異常判定信号Fを「1」に設定し、異常無しと判定した場合にはセンサ異常判定信号Fを「0」に設定する。
【0038】
回転角センサ22に異常が発生した場合には、電気角を検出できなくなるため、電動モータ20の回転制御ができなくなる。そこで、アシストECU100には、回転角センサ22の異常時においても電動モータ20の回転制御を継続できるように、電気角推定部110を備えている。電気角推定部110は、その機能に着目すると、誘起電圧演算部111と、推定角速度演算部112と、推定電気角演算部113と、推定電気角変更部114とから構成される。
【0039】
誘起電圧演算部111は、電圧センサ39から出力されるモータ端子電圧Vu,Vv,Vwを表す検出信号と、電流センサ38から出力されるモータ電流Iu,Iv,Iwを表す検出信号とを入力し、電動モータ20で発生する誘起電圧eを以下のように計算する。
【0040】
図5に示すように、電動モータ20のU相の誘起電圧をeu、V相の誘起電圧をev、W相の誘起電圧をewとすると、誘起電圧eu,ev,ewは次式(1),(2),(3)にて求められる。
eu=Vu−Iu・Ru−Vm ・・・(1)
ev=Vv−Iv・Rv−Vm ・・・(2)
ew=Vw−Iw・Rw−Vm ・・・(3)
ここで、Vmは中点電圧、Ru,Rv,Rwは各相のコイルの巻線抵抗である。中点電圧Vmは、Vm=(Vu+Vv+Vw)/3として計算すればよい。
【0041】
この場合、正確には、各相のコイルのインダクタンスLによる電圧分(L・di/dt)を加えるべきであるが、誘起電圧の計算においてはインダクタンスLによる影響が非常に小さいため、本実施形態においてはそれをゼロとみなしている。尚、インダクタンスLによる電圧分(L・di/dt)を加味して計算するようにしてもよい。
【0042】
電動モータ20の誘起電圧eは、3相の誘起電圧eu,ev,ewを2相のd−q座標系における誘起電圧ed,eqに変換した後に、次式(4)により求められる。
e=√(ed+eq) ・・・(4)
尚、誘起電圧eは、各相の誘起電圧eu,ev,ewの絶対値の合計値により算出するようにしてもよい(e=|eu|+|ev|+|ew|)。
誘起電圧演算部111は、誘起電圧eの演算結果を推定角速度演算部112に出力する。
【0043】
推定角速度演算部112は、電動モータ20で発生する誘起電圧eと角速度とが比例関係を有することを利用して、電動モータ20の角速度を推定するが、電動モータ20の回転方向を判別する必要があるため、操舵トルクセンサ21により検出される操舵トルクTrの符号を電動モータ20の回転方向とみなして、次式(5)により電動モータ20の推定角速度ωmを算出する。
ωm=sign(Tr)・e/Ke ・・・(5)
ここで、sign(Tr)は、操舵トルクTrの符号(ステアリングシャフト12に働くトルクの方向)を表し、操舵トルクTrが正の値またはゼロであればsign(Tr)=1、操舵トルクTrが負の値であればsign(Tr)=−1となる。また、Keは、電動モータ20の角速度と誘起電圧との関係を表すモータ誘起電圧定数〔V/(rad/s)〕である。従って、推定角速度ωmは、電動モータ20が右方向に回転しているときには正の値をとり、左方向に回転しているときには負の値をとる。
【0044】
尚、電動モータ20の回転方向の検出は、操舵トルクTrの符号に代えて、操舵トルクセンサ21におけるトーションバー12aの出力側の回転角θt2の微分値の符号を用いても良い。また、操舵ハンドル11の操舵角を検出する操舵角センサを備えている電動パワーステアリング装置であれば、操舵角センサにより検出される操舵角の微分値の符号を用いることもできる。
【0045】
推定角速度演算部112は、推定角速度ωmの演算結果を推定電気角演算部113と推定電気角変更部114とに出力する。推定電気角演算部113は、推定角速度演算部112から出力された推定角速度ωmが予め設定したゼロ近傍範囲に入らない場合(|ωm|>ω0)に作動する。一方、推定電気角変更部114は、推定角速度演算部112から出力された推定角速度ωmが予め設定したゼロ近傍範囲に入る場合(|ωm|≦ω0)に作動する。ゼロ近傍範囲とは、電気角の変化量を検出できないような(誘起電圧を検出できないような)、推定角速度ωmが実質的にゼロに等しいとみなされる範囲(−ω0≦ωm≦ω0)を設定したものである。ゼロ近傍判定値ω0をゼロに設定してもよい。
【0046】
アシストECU100は、マイクロコンピュータにより所定の短い演算周期にて各種の演算処理を行う。推定電気角演算部113も、この演算周期にて推定電気角θebを演算する。この場合、推定電気角演算部113は、1周期前の演算タイミングで算出した推定電気角θeb(n-1)を記憶しており、推定角速度演算部112から入力した推定角速度ωmに基づいて、1演算周期のあいだに電動モータ20の回転子が回転した電気角Δθeを求め、この電気角Δθeを直前回に算出した推定電気角θeb(n-1)に加算することにより現在の推定電気角θeb(n)を算出する。
θeb(n)=θeb(n-1)+Δθe ・・・(6)
Δθe=Kf・ωm
ここでKfは、角速度(rad/s)から1演算周期のあいだに電動モータ20が回転する電気角(rad)を求めるための定数であり、演算周期(s)に相当する。
【0047】
この場合、推定電気角θeb(n-1)の初期値は、センサ異常検出部121により回転角センサ22の異常が検出される直前の値としている。推定電気角演算部113は、回転角センサ22の異常が検出されていない時から、実電気角変換部120が出力する実電気角θeaを入力して記憶更新し、センサ異常検出部121の出力するセンサ異常判定信号Fが回転角センサ22の異常を表す「1」に切り替わったことを検出すると、異常検出直前の実電気角θeaを推定電気角θeb(n-1)に設定して、上述した推定電気角θeb(n)の演算を開始する。また、その後は、算出した推定電気角θeb(n)を次の演算周期における式(6)での推定電気角θeb(n-1)として使用するため、推定電気角θeb(n)を推定電気角θeb(n-1)として逐次記憶更新する。
【0048】
回転角センサ22が正常である場合には、保舵中であっても、僅かな電動モータ20の回転を検出して実電気角が変化するため、保舵を解除するときでもスムーズに電動モータ20を駆動させることができる。しかし、センサレス制御を実行しているときには、保舵中においては、電動モータ20で誘起電圧が発生しないため、上述のように推定電気角θebを演算すると、推定電気角θebが固定されてしまう。このため、保舵を解除する場合、つまり、切り増し操舵や戻し操舵を開始する場合には、電気角が進まず、運転者の操舵操作に引っ掛かり感を与えてしまう。
【0049】
そこで、電気角推定部110においては、推定角速度ωmがゼロ近傍範囲に入る場合には、推定電気角演算部113に代わって推定電気角変更部114が作動する。推定電気角変更部114は、操舵トルクセンサ21においてトーションバー12aの入力側の回転角θt1を検出するレゾルバ21aから検出信号を入力し、回転角θt1の変化量Δθt1を算出する。この推定電気角変更部114も所定の短い演算周期で作動するものであるため、変化量Δθt1は、今回検出した回転角θt1(n)と1周期前の回転角θt1(n-1)との差分値となる。そして、変化量Δθt1に対応する電動モータ20の電気角の変化量Δθet1を算出し、この変化量Δθet1を1周期前の推定電気角θeb(n-1)に加算した値を推定電気角θeb(n)とする(θeb(n)=θeb(n-1)+Δθet1)。尚、変化量Δθet1の算出にあたっては、ステアリングシャフト12の回転角と電動モータ20の電気角の変化量との比を換算係数Krとして予め記憶しておき、Δθt1に換算係数Krを乗じることにより変化量Δθet1を算出すればよい。また、推定電気角変更部114は、その作動開始時においては、推定電気角演算部113に記憶されている推定電気角θeb(n-1)を初期値として読み込んで演算を行う。
【0050】
推定電気角演算部113、あるいは、推定電気角変更部114は、算出した推定電気角θebを電気角選択部122に出力する。電気角選択部122は、実電気角θeaと推定電気角θebとを入力し、センサ異常検出部121からセンサ異常判定信号Fを読み込んで、センサ異常判定信号Fが回転角センサ22が異常であることを表す「1」である場合には推定電気角θebを選択して電気角θeとして出力する。また、センサ異常判定信号Fが回転角センサ22が正常であることを表す「0」である場合には実電気角θeaを選択して電気角θeとして出力する。
【0051】
ここで、電気角推定部110の処理について、フローチャートを使って説明する。図3は、アシストECU100の電気角推定部110が実行する電気角推定ルーチンを表す。電気角推定ルーチンは、アシストECU100のROM内に制御プログラムとして記憶されており、イグニッションスイッチ87がオンされた後、センサ異常検出部121から出力されるセンサ異常判定信号FがF=1になると起動し、所定の短い周期にて繰り返し実行される。
【0052】
電気角推定ルーチンが起動すると、電気角推定部110は、まず、ステップS11において、電圧センサ39から出力される電動モータ20の端子電圧Vu,Vv,Vwを読み込み、ステップS12において、電流センサ38から出力される電動モータ20の3相電流Iu,Iv,Iwを読み込み、ステップS13において、操舵トルクセンサ21により検出される操舵トルクTrを読み込む。続いて、ステップS14において、上述した式(1),(2),(3),(4)を使って、電動モータ20の誘起電圧eを算出する。このステップS11〜S14までの処理は誘起電圧演算部111により実行される。続いて、ステップS15において、上述した式(5)を使って、推定角速度ωmを算出する。ステップS15の処理は推定角速度演算部112により実行される。
【0053】
続いて、ステップS16において、推定角速度ωmが予め設定したゼロ近傍範囲に入っているか否かを判断する。ここでは、推定角速度ωmの大きさ(絶対値)がゼロ近傍判定値ω0(ゼロに近い正の値、ゼロでもよい)以下であるか否かを判断する。推定角速度ωmが予め設定したゼロ近傍範囲に入っていない場合(S16:No)には、ステップS17において、上述した式(6)を使って、推定電気角θeb(n)を算出する。
【0054】
一方、推定角速度ωmが予め設定したゼロ近傍範囲に入っている場合(S16:Yes)には、ステップS18において、操舵トルクセンサ21のレゾルバ21aから回転角θt1を読み込み、ステップS19において、この回転角θt1の変化量Δθt1を算出する。この変化量Δθt1は、今回読み込んだ回転角をθt1(n)とし、前回(1演算周期前)に読み込んだ回転角をθt1(n-1)として、その差(θt1(n)−θt1(n-1))を求めた値である。尚、θt1(n-1)が検出されていない初期においては、例えば、変化量Δθt1をゼロとして、次の演算周期において、今回読み込んだ回転角θt1(n)をθt1(n-1)として使用すればよい。
【0055】
続いて、ステップS20において、回転角θt1の変化量Δθt1に換算係数Krを乗じることにより、変化量Δθt1に対応する電気角の変化量Δθet1を算出する(Δθet1=Kr・Δθt1)。続いて、ステップS21において、この変化量Δθet1を1周期前の推定電気角θeb(n-1)に加算することにより推定電気角θeb(n)を算出する(θeb(n)=θeb(n-1)+Δθet1)。従って、操舵ハンドル11が保舵されている状態においては、変化量Δθet1がゼロであるため推定電気角θeb(n)は変化しない。また、操舵ハンドル11が保舵されている状態から切り増し操作や戻し操作が行われたときには、レゾルバ21aの回転角θt1が変化するため、その変化方向に、変化量Δθt1に応じた量だけ推定電気角θeb(n)が変更される。
【0056】
電気角推定部110は、ステップS17あるいはステップS21により推定電気角θeb(n)を算出すると、電気角推定ルーチンを一旦終了する。このとき、電気角推定部110は、算出した推定電気角θeb(n)を電気角選択部122に出力するとともに、次回の演算のために、推定電気角θeb(n)を推定電気角θeb(n-1)として記憶しておく。そして、センサ異常検出部121から出力されるセンサ異常判定信号FがF=1になっているあいだ、所定の演算周期にて電気角推定ルーチンを実行する。
【0057】
尚、ステップS16の判断は推定電気角演算部113と推定電気角変更部114との両方にて実行され、ステップS17の処理は推定電気角演算部113により実行され、ステップS18〜S21の処理は推定電気角変更部114により実行される。
【0058】
以上説明した本実施形態の電動パワーステアリング装置によれば、回転角センサ22の異常をセンサ異常検出部121にて検出した場合には、電気角推定部110により推定電気角θebを算出し、この推定電気角θebを用いて電動モータ20の回転制御を行う。つまり、センサレス制御を行う。このセンサレス制御では、推定角速度ωmがゼロ近傍範囲に入っている状態においては、レゾルバ21aの回転角θt1の変化量Δθt1に対応した角度だけ推定電気角θebを変化させる。このため、保舵状態においては推定電気角θebは変化しないが、保舵状態から切り増し操作や戻し操作が行われた時には、その操舵操作方向と回転角の変化量Δθt1とを瞬時に捉えて、推定電気角θebを操舵操作方向に変更する。これにより、電動モータ20がスムーズに回転し始めるため、運転者に対して操舵操作に引っ掛かりを感じさせない。また、操舵ハンドル11を保舵している状態においては、レゾルバ21aの回転角θt1の変化量Δθt1がゼロに維持されるため、従来装置のように推定角速度の正負のオフセット値を設けた場合のような電動モータ20からの振動が発生しない。更に、推定電気角θebの変更は、操舵操作方向に行われるため、電動モータ20の回転開始のきっかけを適正に与えることができる。このように、本実施形態においては、運転者が保舵状態から意図して操舵操作したときのみ、推定電気角θebが操舵方向に進められるため、センサレス制御中であっても操舵フィーリングの低下を抑制することができる。
【0059】
以上、本実施形態の電動パワーステアリング装置について説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の目的を逸脱しない限りにおいて種々の変更が可能である。
【0060】
例えば、本実施形態では、推定角速度ωmが予め設定したゼロ近傍範囲に入っている場合に、レゾルバ21aの回転角θt1の変化量Δθt1を電動モータ20の電気角に換算した角度だけ推定電気角θebを変化させる構成を採用しているが、推定電気角θebの変更量は、必ずしも、電動モータ20の電気角に換算した角度にする必要はなく、レゾルバ21aの回転角θt1の変化量Δθt1に比例した角度(θt1が大きいほど大きくなる角度)に設定してもよい。また、操舵操作による操舵角の変化方向(変化量Δθt1の符号)のみを検出して、推定電気角θebを操舵角の変化方向に一定角度だけ変化させる構成であってもよい。
【0061】
また、本実施形態においては、推定電気角θeb(n-1)の初期値として、回転角センサ22の異常が検出される直前の実電気角θeaの値を用いているが、それに代えて固定値を用いても良い。これは、初期の推定電気角が実電気角と相違していても、電動モータ20が回転しているうちに、回転子の回転位置が制御上の推定電気角に同期してくるからである。
【0062】
また、本実施形態においては、電動モータ20の発生するトルクをラックバー14に付与するラックアシスト式の電動パワーステアリング装置について説明したが、電動モータの発生するトルクをステアリングシャフト12(トーションバー12aより出力側)に付与するコラムアシスト式の電動パワーステアリング装置であってもよい。
【0063】
尚、本実施形態におけるアシストECU100の電気角推定ルーチンを実行する機能部(電気角推定部110)が本発明の電気角推定手段に相当する。また、アシストECU100に設けられたアシスト電流指令部101が本発明のモータ制御値演算手段に相当する。また、アシストECU100に設けられたフィードバック制御部102,3相/2相座標変換部103,2相/3相座標変換部105,PWM制御信号発生部106とモータ駆動回路30が本発明のモータ制御手段に相当する。また、推定角速度演算部112が本発明の角速度推定手段に相当する。また、アシストECU100の電気角推定ルーチンにおいて行うステップS18,S19の処理が本発明の操舵角変化検出手段に相当する。また、推定電気角変更部114が本発明の推定電気角変更手段に相当する。
【符号の説明】
【0064】
10…ステアリング機構、11…操舵ハンドル、12…ステアリングシャフト、12a…トーションバー、21…操舵トルクセンサ、21a,21b…レゾルバ、22…回転角センサ、25…車速センサ、30…モータ駆動回路、38…電流センサ、39…電圧センサ、100…電子制御装置(アシストECU)、101…アシスト電流指令部、102…フィードバック制御部、103…3相/2相座標変換部、105…2相/3相座標変換部、106…PWM制御信号発生部、110…電気角推定部、111…誘起電圧演算部、112…推定角速度演算部、113…推定電気角演算部、114…推定電気角変更部、120…実電気角変換部、121…センサ異常検出部、122…電気角選択部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
操舵ハンドルからステアリングシャフトに入力された操舵トルクを検出する操舵トルクセンサと、
ステアリング機構に設けられて操舵アシストトルクを発生するための電動モータと、
前記電動モータの実電気角を検出するための回転角センサと、
前記回転角センサの異常を検出するセンサ異常検出手段と、
前記センサ異常検出手段により前記回転角センサの異常が検出されているとき、前記電動モータで発生する誘起電圧に基づいて前記電動モータの推定電気角を演算する電気角推定手段と、
前記操舵トルクセンサにより検出された操舵トルクに基づいて目標操舵アシストトルクを発生させるためのモータ制御値を演算するモータ制御値演算手段と、
前記回転角センサの異常が検出されていないときには前記実電気角と前記モータ制御値とに基づいて前記電動モータを駆動制御し、前記回転角センサの異常が検出されているときには前記推定電気角と前記モータ制御値とに基づいて前記電動モータを駆動制御するモータ制御手段と
を備えた電動パワーステアリング装置において、
前記電気角推定手段は、
前記回転角センサの異常が検出されているとき、前記誘起電圧から前記電動モータの角速度を推定する角速度推定手段と、
ハンドル操作による操舵角の変化を検出する操舵角変化検出手段と、
前記角速度推定手段により推定された推定角速度が予め設定したゼロ近傍範囲内に入る場合に、前記操舵角変化検出手段により操舵角の変化が検出されたときに前記操舵角の変化方向に前記推定電気角を変化させる推定電気角変更手段と
を備えたことを特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項2】
前記操舵角変化検出手段は、前記操舵角の変化方向と変化量を検出するものであり、
前記推定電気角変更手段は、前記操舵角変化検出手段により検出した操舵角の変化量に比例した角度だけ前記推定電気角を変化させることを特徴とする請求項1記載の電動パワーステアリング装置。
【請求項3】
前記電気角推定手段は、
前記角速度推定手段により推定された推定角速度が前記ゼロ近傍範囲内に入らない場合には、前記推定角速度から算出される電気角変化量に基づいて推定電気角を演算し、前記角速度推定手段により推定された推定角速度が前記ゼロ近傍範囲内に入る場合には、前記推定電気角変更手段が前記操舵角の変化量に比例した電気角変化量を算出し、この電気角変化量に基づいて推定電気角を演算することを特徴とする請求項2記載の電動パワーステアリング装置。
【請求項4】
前記操舵トルクセンサは、ステアリングシャフトに介挿されたトーションバーの入力側回転角と出力側回転角とを検出し、両回転角の差であるトーションバーの捩れ角度に基づいて、ステアリングシャフトに入力された操舵トルクを検出するものであり、
前記操舵角変化検出手段は、前記トーションバーの入力側回転角の変化を検出することを特徴とする請求項1ないし請求項3の何れか一項記載の電動パワーステアリング装置。
【請求項5】
前記推定電気角変更手段は、前記操舵角変化検出手段により検出した操舵角の変化量を前記電動モータの電気角変化量に換算した角度だけ前記推定電気角を変化させることを特徴とする請求項1ないし請求項4の何れか一項記載の電動パワーステアリング装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−46251(P2011−46251A)
【公開日】平成23年3月10日(2011.3.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−195301(P2009−195301)
【出願日】平成21年8月26日(2009.8.26)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】