説明

電子回路付き基板及びその製造方法、並びに混合型電子回路形成キット

【課題】DNA又はDNA−脂質複合体を用いた簡易な方法により、基板上に導電性パターンを、画像流れを抑制しながら安定して形成できる電子回路付き基板の製造方法を提供する。
【解決手段】基板上に、DNA又はDNA−脂質複合体を含む溶液を描画することによって電子回路パターンを形成する工程と、前記電子回路パターンが形成された基板を多価金属イオン溶液に浸漬することによって、前記電子回路パターンにおいて、前記DNA又は前記DNA−脂質複合体と前記多価金属イオンとの錯体を形成する工程と、形成された錯体中の金属イオンを還元することによって、前記電子回路パターンを導電性パターンとする工程と、を有する電子回路付き基板の製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子回路付き基板及びその製造方法、並びに混合型電子回路形成キット
に関し、特にDNAを用いた電子回路付き基板及びその製造方法、並びに混合型電子回路形成キットに関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、電子回路(半導体素子等)の配線や電極は、金属膜の成膜、フォトレジストパターンの形成、金属膜のエッチング、及びフォトレジストパターンの剥離を順次行う、いわゆるフォトエッチングの技術が用いられてきた。フォトエッチングの技術は、工程数が多く、工程が複雑である。
【0003】
一方、近年では、DNA分子の高分子材料としての応用展開が世界的に進められている。
特に、DNAの対イオンであるナトリウムイオンを、四級アンモニウムカチオンである脂質イオンでイオン交換して得られたDNA−脂質複合体は、二重螺旋構造を保持した状態で容易に薄膜を形成可能となることが示され(非特許文献1、非特許文献2)、更に種々の材料としての可能性が飛躍的に広げられた。
その後、エレクトロニクス、フォトニクスなどの分野で、DNAを用いた新しい機能性材料が提案されている。
例えば、核酸を直接的かつ選択的に金属化する方法であるとして、核酸特異的な金属複合体を上記核酸と反応させて金属複合体と核酸との複合体を作製し、上記核酸と複合体を形成していない金属複合体及び/又は副生成物を除去し、上記金属複合体と核酸との複合体に還元剤を作用させることにより、金属微粒子と核酸との複合体を作製する方法が提案されている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2002−371094号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】K. Tanaka and Y. Okahata, Journal of the American Chemical Society, 1996年, Vol.118, No.44, Nov. pp.10679-10683
【非特許文献2】緒方直哉、バイオインダストリー、2005年、Vol.22, No.6, pp.5-12,
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載の方法を導電性パターンの製造に応用した場合、製造工程に用いられる溶液(例えば、金属イオン溶液)中において導電性パターンが崩れる、画像流れが発生する場合がある。
本発明は、DNAまたはDNA−脂質複合体を用いた簡易な方法により、基板上に導電性パターンを、画像流れを抑制しながら安定して形成できる電子回路付き基板の製造方法を提供することを目的とする。
また、本発明は、画像流れが抑制された導電性パターンを有する電子回路付き基板を提供することを目的とする。
また、本発明は、DNAまたはDNA−脂質複合体を用いた簡易や方法により、基板上に導電性パターンを、画像流れを抑制しながら安定して形成できる混合型電子回路形成キットを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は以下のとおりである。
〔1〕 基板上に、DNA又はDNA−脂質複合体を含む溶液を描画することによって電子回路パターンを形成する工程と、
前記電子回路パターンが形成された基板を多価金属イオン溶液に浸漬することによって、前記電子回路パターンにおいて、前記DNA又は前記DNA−脂質複合体と前記多価金属イオンとの錯体を形成する工程と、
形成された錯体中の金属イオンを還元することによって、前記電子回路パターンを導電性パターンとする工程と、
を有する電子回路付き基板の製造方法。
【0008】
〔2〕 前記電子回路パターンの形成は、前記基板上に、DNA又はDNA−脂質複合体を含む溶液をインクジェット法により描画することにより行う〔1〕記載の電子回路付き基板の製造方法。
【0009】
〔3〕 前記多価金属イオンが、金イオン、銅イオン、白金イオン、及びパラジウムイオンから選択される少なくとも1種である〔1〕記載の電子回路付き基板の製造方法。
【0010】
〔4〕 前記導電性パターンは、前記錯体中の金属イオンが還元剤によって還元されてなる金属ナノ粒子を含む〔1〕記載の電子回路付き基板の製造方法。
【0011】
〔5〕 前記基板が、ガラス基板又はシリコン基板である〔1〕記載の電子回路付き基板の製造方法。
【0012】
〔6〕 〔1〕〜〔5〕のいずれか1項記載の電子回路付き基板の製造方法によって製造された電子回路付き基板。
【0013】
〔7〕 DNA又はDNA−脂質複合体を含む溶液と、前記DNA又は前記DNA−脂質複合体と錯体を形成し得る多価金属イオン溶液と、を含む混合型電子回路形成キット。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、DNAまたはDNA−脂質複合体を用いた簡易な方法により、基板上に導電性パターンを、画像流れを抑制しながら安定して形成できる電子回路付き基板の製造方法を提供することができる。
また、本発明によれば、画像流れが抑制された導電性パターンを有する電子回路付き基板を提供することができる。
また、本発明は、DNAまたはDNA−脂質複合体を用いた簡易な方法により、基板上に導電性パターンを、画像流れを抑制しながら安定して形成できる混合型電子回路形成キットを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明における錯体の構造の一例を示す概略図である。
【図2】DNA水溶液に、種々の量の塩化金酸(HAuCl)を加えたときの円二色性スペクトル(CDスペクトル)である。
【図3】DNA水溶液にパラジウムイオン又はユーロピウムイオンを加えたときのDNA水溶液のCDスペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明について詳細に説明する。
本発明の電子回路付き基板の製造方法は、基板上に、DNA又はDNA−脂質複合体を含む溶液を描画することによって電子回路パターンを形成する工程(以下、「電子回路パターン形成工程」ともいう)と、
前記電子回路パターンが形成された基板を多価金属イオン溶液に浸漬することによって、前記電子回路パターンにおいて前記DNA又は前記DNA−脂質複合体と多価金属イオンとの錯体を形成する工程(以下、「錯体形成工程」ともいう)と、
形成された錯体中の金属イオンを還元することによって、前記電子回路パターンを導電性パターンとする工程(以下、「還元工程」ともいう)と、
を有する。
また、本発明の電子回路付き基板は、本製造方法によって製造されたものである。
また、本発明の混合型電子回路形成キットは、DNA又はDNA−脂質複合体を含む溶液と、前記DNA又は前記DNA−脂質複合体と錯体を形成し得る多価金属イオン溶液と、を含んで構成される。
本発明の混合型電子回路形成キットは、電子回路の形成に用いられるものであり、特に、上述した本発明の電子回路付き基板の製造方法に好適に用いられるものである。
【0017】
本発明者は鋭意検討した結果、DNAまたはDNA−脂質複合体と多価金属イオンとの錯体が形成されることによりDNAの二重らせん構造が解けて一本鎖となること、この錯体が水などの溶媒に不溶であること、及び、この錯体中の多価金属イオンを還元することにより、互いに連結された金属ナノ粒子からなる導電性のワイヤ構造が形成されることを見出し、これらの知見に基づいて本発明を完成した。
即ち、本発明の電子回路付き基板の製造方法では、前記錯体形成工程において、電子回路パターンにおいて、DNAまたはDNA−脂質複合体と多価金属イオンとの錯体が形成されることにより、DNAの二重らせん構造が解けて一本鎖となる。DNAが一本鎖となった状態で錯体中の多価金属イオンを還元することにより(還元工程)、互いに連結された金属ナノ粒子からなる導電性のワイヤ構造が形成され、電子回路パターンが導電性パターンへと変化する。ここで、前記錯体は水などの溶媒に不溶であるため、錯体形成工程やそれ以降のウェット工程等において、パターンの画像流れが抑制される。
従って、本製造方法によれば、DNAまたはDNA−脂質複合体を用い、基板上に導電性パターンを、画像流れを抑制しながら安定して形成できる。
また、本製造方法では、従来のフォトエッチング法と比べて簡易な方法で導電性パターンを形成できる。
【0018】
本発明において、前記電子回路パターン及び前記導電性パターンのパターン形状としては、一般的な電子回路における配線や電極のパターン形状を特に制限なく適用することができる。
このようなパターン形状として、より具体的には、薄膜トランジスタ(以下、「TFT」ともいう)における配線や電極(ゲート配線、ソース配線、ドレイン配線、ゲート電極、ソース電極、ドレイン電極、等)のパターン形状、キャパシタに用いられる電極のパターン形状、表示装置用基板に用いられるストライプ状電極のパターン形状、等が挙げられる。
以下、本発明の電子回路付き基板の製造方法の各工程について説明する。
【0019】
<電子回路パターン形成工程>
本発明における電子回路パターン形成工程では、基板上に、DNA又はDNA−脂質複合体を含む溶液を描画することによって電子回路パターンを形成する。
描画後は、必要に応じ、乾燥等の手段により、電子回路パターンを基板上に固定してもよい。
【0020】
(基板)
前記基板としては導電体でない基板(好ましくは絶縁体基板、より好ましくは体積抵抗率(比抵抗)が10Ω・cm以上である基板)を好適に用いることができる。
具体的には、ガラス基板、シリコン基板、プラスチック基板(例えば、ポリエチレンテレフタレート(PET)基板、ポリエチレンナフタレート(PEN)基板、ポリカーボネート基板、等)、等が挙げられる。
中でも、DNA又はDNA−脂質複合体との接着性の観点からは、ガラス基板又はシリコン基板が好ましい。
また、ガラス基板又はシリコン基板とDNA又はDNA−脂質複合体とは接着性が良好であり、特に接着剤を用いる必要はないが、場合により、DNA又はDNA−脂質複合体と相溶する接着剤を用いても良い。
基板に固定したDNA又はDNA−脂質複合体の質量は基板の重量増加によって測定することが出来る。
【0021】
(DNA)
本発明におけるDNA(デオキシリボ核酸)は、デオキシリボヌクレオチドを基本構造とするアニオン性高分子であり、対イオンはナトリウムイオンである。
また、本発明におけるDNAの核酸塩基は、アデニン(A)、グアニン(G)、ウラシル(U)、シトシン(C)、チミン(T)の5種類(好ましくは、アデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T)の4種類)である。DNAの塩基配列は、同じであってもよく異なってもよい。また、配列自体には大きな意味がなく、ランダムであっても均一なものであってもよい。
DNAは、その核酸塩基が、A−T、G−Cの水素結合を作ることによって安定な二重らせん構造(二本鎖構造)を有することが良く知られている。
【0022】
本発明におけるDNAとしては、二本鎖であればいずれのものであってよく、天然DNA及び合成DNAのいずれも使用することができる。
天然DNAとしては、細菌ウイルスのλファージDNA、大腸菌染色体DNA、仔牛胸腺DNA、サケ精子DNAを挙げることができる。
また、合成DNAは、ポリ(dA)、ポリ(dT)、ポリ(dG)、ポリ(dC)、ポリ(dA−dT)、ポリ(dG−dC)などを用いて合成装置によって合成可能な合成DNAを挙げることができる。
また、本発明におけるDNAは、二本鎖を形成することができるDNAを含むものであればよく、ポリ(A)、ポリ(T)、ポリ(G)、ポリ(U)、ポリ(A−T)、ポリ(G−U)などを用いて合成装置により合成可能な、塩基配列の異なる種々の合成RNA;ポリ(dG)、ポリ(U)、ポリ(G)、ポリ(dC)ポリ(dA−dT)、ポリ(A−T)などのDNA/RNAハイブリッドを用いて合成装置によって合成可能な、相補的塩基対を有するDNA/RNAハイブリッドも含むことができる。
DNAのサイズ(長さ)は、有機色素分子をインターカレート可能であればいずれの分子量であってもよく、複合電子材料に含まれるDNAの分子量は均一であっても、異なるものであってもよい。
【0023】
(DNA−脂質複合体)
本発明におけるDNA−脂質複合体は、DNAの対イオンであるナトリウムイオンを脂質イオンでイオン交換して得られたものである。
DNAは水溶性であるが、脂質イオン(カチオン性脂質)とイオン交換することによって、水に不溶でエタノール、N−メチルピロリドンなどの有機極性溶媒に可溶となる。この場合、DNAのらせん構造は保持されている。
本発明において、DNA−脂質化合物を構成可能な脂質化合物としては、例えば、炭素数12〜20の脂肪族炭化水素基及び炭素数5〜20の芳香族炭化水素基からなる群より選択された炭化水素基を少なくとも1つ有する四級アンモニウム化合物が挙げられる。
特に、電子回路の力学的強度の観点から、炭素数12〜20の脂肪族炭化水素基を少なくとも1つ有する四級アンモニウム化合物であることが好ましく、炭素数12〜18の脂肪族炭化水素基を有する四級アンモニウム化合物が更に好ましい。DNA−脂質化合物を構成する場合には、四級アンモニウム化合物は塩の形態で用いてもよく、この場合、塩素、臭素、ヨウ素などのハロゲン原子との塩であることが好ましい。
このような脂質化合物としてはキラル型脂質と直鎖型脂質からなる群より選択された少なくとも1種であることが好ましく、高分子材料との相溶性の観点からキラル型脂質であることが更に好ましい。
【0024】
このような脂質化合物としては、直鎖型脂質として、トリメチルドデシルアンモニウムクロリド、トリメチルテトラデシルアンモニウムクロリド、トリメチルヘキサデシルアンモニウムクロリド、トリメチルオクタデキシルアンモニウムクロリド、ジメチルジドデシルアンモニウムブロミド、ジメチルジテトラデシルアンモニウムブロミド、ジメチルジヘキサデシルアンモニウムブロミド、ベンジルジメチルテトラデシルアンモニウムクロリド、ベンジルジメチルヘキサデシルアンモニウムクロリド、ベンジルジメチルオクタデシルアンモニウムクロリド、ドデシルピリジニウムクロリド、ヘキサデキシルピリジニウムクロリド、ベンジルジメチルステアリルアンモニウムクロリド、セチルトリメチルアンモニウムクロリド、トリメチルステアリルアンモニウムクロリド、セチルピリジニウムクロリド、ジメチルジテトラデシルアンモニウムブロミド等を挙げることができる。
【0025】
また、キラル型脂質として、以下の四級化L−アラニン(化合物1)、四級化L−フェニルアラニン(化合物2)、四級化L−グルタミン酸(化合物3)、四級化ヒスチジン誘導体(化合物4)等を挙げることができる。
【0026】
【化1】



【0027】
DNA−脂質化合物は、DNAの水溶液に上記脂質化合物を添加して、ナトリウムイオンを脂質で交換することによって容易に得ることができる。DNA−脂質化合物を得る場合、DNAと脂質化合物とは公知の方法にしたがって混合すればよく、例えば、DNAの1質量%溶液に対して、1質量%〜10質量%の濃度となるように脂質化合物を添加すればよい。なお、このとき、得られたDNA−脂質化合物と後述する溶媒との相溶性を向上させるために、エタノール等を添加してもよい。
【0028】
(溶媒、その他の成分、等)
前記DNA又はDNA−脂質化合物を含む溶液における溶媒として、代表的には、水や、水とアルコールとの混合溶媒を挙げることができる。
また、前記DNA−脂質化合物を含む溶液における溶媒としては、DNA−脂質化合物を溶解することができる溶媒であれば使用することができるが、例えば、クロロホルム、ジクロロメタン、ヘキサフルオロイソプロパノールなどのハロゲン化炭化水素溶媒、フェノール、クレゾールなどのフェノール系溶媒等を挙げることができる。中でも、良溶媒であるクロロホルム、ジクロロメタンの単独又はエタノール混合溶媒等であることがより好ましい。
また、前記「DNA又はDNA−脂質複合体を含む溶液」は、DNA又はDNA−脂質複合体及び溶媒に加え、その他の成分を含有してもよい。その他の成分としては、バインダー樹脂や、各種添加剤(界面活性剤、密着促進剤(シランカップリング剤等)、等)が挙げられる。
【0029】
(描画方法)
DNA又はDNA−脂質複合体を含む溶液を描画する方法には特に制限はなく、例えば、インクジェット法を用いることができる。
本発明においてインクジェット法を用いる場合、DNA又はDNA−脂質複合体を含む溶液がインクジェットノズルの微細穴から吐出される。
【0030】
ところで、一般的な画像形成におけるインクジェット法では、顔料を含むインクを吐出する。また、従来より半導体製造分野では、インクジェット法により金属ナノ粒子(例えば、銅ナノ粒子)を含むインクを吐出して電子回路の配線パターンを形成する方法も検討されている。
これらの従来の方法に対し、本発明においてインクジェット法を用いた形態は、金属粒子や顔料を実質的に含まないDNA又はDNA−脂質複合体を含む溶液を用いるため、ノズルの詰まりが低減されるという利点を有する。
ここで、「金属粒子や顔料を実質的に含まない」とは、例えば、DNA又はDNA−脂質複合体を含む溶液における金属粒子及び顔料の合計量が、DNA又はDNA−脂質複合体を含む溶液の全量に対し、1質量%未満である状態である。
【0031】
本発明では、前記インクジェット法の中でも、コンティニュアス型(連続吐出型)インクジェット装置を用いた方法が特に好ましい。
コンティニュアス型インクジェット装置では、ポンプによってノズルから連続的に押し出された「DNA又はDNA−脂質複合体を含む溶液」(以下、「DNAインク」ともいう)が、超音波発振器によって微小な液滴となる。液滴は、電極によって電荷が加えられ、印字の必要に応じて偏向電極で軌道を曲げられて印字面(基板表面)に到達する。この液滴により電子回路の電子回路パターンが形成される。
コンティニュアス型インクジェット装置を用いた方法では、ポンプによる高い圧力でインクを押し出すので、高粘度のDNAインクを用いることができる。また、連続的にDNAインクを押し出すことから、DNAインクの選択幅が広い。
更に、超音波振動で作られるDNAインクの液滴は、毎秒100滴以上生成することが可能であり、高速の描画が可能である。
【0032】
<錯体形成工程>
本発明における錯体形成工程では、前記電子回路パターンが形成された基板を多価金属イオン溶液に浸漬することによって、前記電子回路パターンにおいて前記DNAまたは前記DNA−脂質複合体と前記多価金属イオンとの錯体を形成する。
形成される錯体の構造は、前記多価金属イオンに対しDNAの核酸塩基が配位した構造となっている。
【0033】
図1に、本発明における錯体の構造の一例として、DNAの核酸塩基に対し金イオンが配位して錯体を形成する様子を示す。この例では、アデニン、チミン、グアニン、シトシンの各々が、金イオンに対し1対1で配位している。
【0034】
本発明においては、錯体の形成により、DNAの二重らせん構造が解けて一本鎖となる。この状態で、多価金属イオンが還元されることにより、互いに連結された金属ナノ粒子が形成され、導電性のワイヤとなる。
DNAの二重らせん構造が解けて一本鎖となることは、円二色性スペクトル(CDスペクトル)、UV−可視スペクトルの外、電気泳動によるDNA分子の分子量測定からも解明されている。
【0035】
図2は、DNA水溶液に、種々の量の塩化金酸(HAuCl)を加えたときの円二色性スペクトル(CDスペクトル)である。
図2の系では、アセテートバッファを加えてpH5.6に調整したDNA水溶液(20nM)(以下、「ブランク」ともいう)に対し、塩化金酸(HAuCl)を、DNAの構成単位であるヌクレオチド1モルに対する量として、0.0025モル、0.0075モル、0.010モル、0.02モル、0.10モル、0.22モル、0.42モル、及び0.82モルのそれぞれの量添加し、CDスペクトルの変化を測定した(図2中の破線の矢印)。
図2中、「DNA」の波形に示すように、ブランク(塩化金酸無添加)では、らせん構造に起因して、220nm付近、280nm付近に正のコットン効果が観測されると共に、250nm付近に負のコットン効果が観測された。
これに対し、金イオンの添加量を増やすにつれ、コットン効果を示すピークが減少していき(図2中の破線の矢印)、DNAの二重らせん構造が除々に解けて、最終的に一本鎖DNAとなることが確認された。これは、金イオンがDNA中の核酸塩基とキレート結合を作るためと考えられる。
【0036】
図3は、DNA水溶液にパラジウムイオン又はユーロピウムイオンを加えたときのDNA水溶液のCDスペクトルを示す図である。
図3(「DNA−Na」の波形)に示すように、2本鎖DNAの水溶液(pH≒7)について円二色性スペクトル(CDスペクトル)を測定すると、DNAのらせん構造に起因して、220nm付近、280nm付近に正のコットン効果が観測されると共に、250nm付近に負のコットン効果が観測される。
また、図3(「DNA−Eu」の波形及び「DNA−Pd」の波形)に示すように、DNAの水溶液に、ユーロピウムイオン(Eu++)を供給するユーロピウム塩(EuCl)や、パラジウムイオン(Pd++)を供給するパラジウム塩(PdCl)を加えた場合には、DNAのコットン効果が消滅し、DNAの二重らせん構造が解けて一本鎖DNAとなることが確認された。
PdClを加えた場合には溶液中に塊状沈殿が生成し、EuClを加えた場合には溶液中に粉状沈殿が生成した。この結果は、錯体が形成された後の電子回路パターンが水に不溶であることを示しており、この性質により、画像流れが抑制される。
【0037】
(多価金属イオン溶液)
前記多価金属イオン溶液に含まれる多価金属イオンとしては、2価以上の金属イオンを特に制限なく用いることができる。
本発明における錯体形成工程において、多価金属イオン溶液ではなく、一価の金属イオン溶液を用いた場合には、画像流れが発生する。
本発明において多価金属イオンは、溶液中でDNAの核酸塩基と錯体を形成するカチオンである。
【0038】
前記多価金属イオンは多価金属塩により提供される。
多価金属塩に含まれるアニオンとしては、ハロゲンイオン(フッ素イオン、塩素イオン、臭素イオン、ヨウ素イオン、等)が挙げられる。
【0039】
また、前記多価金属イオン溶液に含まれる溶媒は、水が好ましいが、水とアルコールとの混合溶媒であってもよい。
【0040】
前記多価金属イオンとしては、遷移金属イオン(貴金属イオン及び希土類金属イオンを含む)及び典型金属イオン(アルカリ土類金属イオン、アルミニウムイオン、亜鉛イオン、等)のいずれを用いてもよい。
また、前記多価金属イオン溶液に含まれる多価金属イオンは1種のみであっても、2種以上であってもよい。
上記のうち、多価金属イオンとしては、画像流れをより効果的に抑制する観点からは、遷移金属イオンが好ましく、貴金属イオン又は希土類金属イオンがより好ましく、貴金属イオンが特に好ましい。
【0041】
前記貴金属イオンにおける貴金属は、金(Au)、銅(Cu)、白金(Pt)、パラジウム(Pd)、ロジウム(Rh)、イリジウム(Ir)、ルテニウム(Ru)、オスミウム(Os)である。
前記貴金属イオンとは、これら貴金属のイオンのことである。
前記貴金属イオンの中でも、画像流れをより抑制する観点からは、金イオン(Au+++)、白金イオン(Pt++)、パラジウムイオン(Pd++)、銅イオン(Cu++)が好ましい。
【0042】
また、前記貴金属イオンは貴金属塩により提供される。
貴金属塩の一例としては、塩化金酸(HAuCl)、塩化白金酸(HPtCl)、塩化パラジウム(PdCl)、塩化第二銅(CuCl)、などが挙げられる。
【0043】
前記希土類金属とは、原子番号57番のランタン(La)から71番のルテチウム(Lu)までのランタノイドと21番のスカンジウム(Sc)と39番のイットリウム(Y)を加えた計17種類の金属のことである。即ち、ランタン(La)、セリウム(Ce)、プラセオジウム(Pr)、ネオジウム(Nd)、プロメチウム(Pm)、サマリウム(Sm)、Eu(ユーロピウム)、Gd(ガドリニウム)、Tb(テルビウム)、Dy(ジスプロジウム)、Ho(ホルミウム)、Er(エルビウム)、Tm(ツリウム)、Yb(イッテルビウム)、Lu(ルテチウム)、スカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)である。
【0044】
希土類金属イオンとは、これら希土類金属のイオンのことである。
希土類金属イオンは、水溶液中でDNAの核酸塩基と錯体を形成するカチオンである。 これら希土類金属のイオンの中でも、蛍光発光能に優れる点で、ネオジウムイオン(Nd++)、ユーロピウムイオン(Eu++)、テルビウムイオン(Tb++)が好ましく、ユーロピウムイオン(Eu++)、テルビウムイオン(Tb++)がより好ましく、ユーロピウムイオン(Eu++)が特に好ましい。
【0045】
希土類金属イオンは希土類金属塩により提供される。
希土類金属塩の一例としては、酢酸プラセオジム、フッ化プラセオジム、などのプラセオジム化合物、酢酸ネオジム、炭酸ネオジム、塩化ネオジム、フッ化ネオジム、酸化ネオジム、などのネオジム化合物、酢酸ユウロピウム、塩化ユウロピウム、フッ化ユウロピウム、酸化ユウロピウム、ユウロピウム(FOD)3[トリス(6,6,7,7,8,8,8−ヘプタフルオロ−2,2−ジメチル−3,5―オクタンジオナト)ユウロピウム]、などのユウロピウム化合物、酢酸テルビウム、塩化テルビウム、フッ化テルビウム、酸化テルビウム、などのテルビウム化合物、などが挙げられる。
【0046】
また、多価金属イオンとして希土類金属イオンを用いた場合には、前記錯体形成後の電子回路パターンに、蛍光発生能を持たせることができる。
従って、本発明において多価金属イオンとして希土類金属イオンを用いた形態では、電子回路パターンを、不可視のセキュリティ画像(例えば、特定波長の光でしか読み取れない画像)として形成することもできる。
この形態において、蛍光発生能を更に向上させる観点からは、DNAのリン酸原子2個を1モルと換算した場合に、希土類金属イオンのDNAに対するモル比は2以上であることがより好ましい。モル比の下限値は3以上が更に好ましい。
NdとEu及びTbとを比較すると、NdはEu及びTbより蛍光強度の増加が緩慢であるため、Ndの場合にはモル比は3以上がより好ましい。モル比の上限値には特に制限はない。より高い蛍光発光能を得る目的の下では、希土類金属の種類に応じて蛍光強度の増加が終息するモル比を、モル比の上限値とすることができる。
【0047】
<還元工程>
本発明における還元工程は、前記錯体形成工程で形成された錯体中の金属イオンを還元することによって、電子回路パターンを導電性パターンとする工程である。
前記還元としては、水素などの還元剤を用いた還元や、電気還元が挙げられる。
【0048】
<その他の工程>
本発明の電子回路付き基板の製造方法は、上述した工程以外のその他の工程を有していてもよい。
その他の工程としては、成膜工程、パターニング工程、洗浄工程、熱処理工程等、電子回路(半導体素子など)の分野で公知の工程が挙げられる。
【0049】
以上で説明した本発明の電子回路付き基板の製造方法は、薄膜トランジスタ(TFT)、キャパシタ、表示装置用基板に用いられるストライプ状電極など、様々な電子回路における導電性パターンの作製の用途に好適に用いることができる。
例えば、薄膜トランジスタ(TFT)の作製方法の例としては、電子回路パターン形成工程、錯体形成工程、及び還元工程を含む上述の製造方法により、TFTのゲート配線、ソース配線、及びドレイン配線の少なくとも1種を形成し、かつ、TFTのその他の構成要素(半導体層や絶縁層等)をTFTの製造方法として公知の方法により形成する例が挙げられる。
また、キャパシタの作製方法の例としては、電子回路パターン形成工程、錯体形成工程、及び還元工程を含む上述の製造方法により、キャパシタ用の電極を形成し、キャパシタのその他の構成要素(絶縁層等)をスパッタやCVD(Chemical Vaper Deposition)等の公知の方法により形成する例が挙げられる。
また、ストライプ状電極の作製方法の例としては、電子回路パターン形成工程、錯体形成工程、及び還元工程を含む上述の製造方法により、ストライプ状電極を形成する例が挙げられる。
【実施例】
【0050】
以下に本発明の実施例について説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。また実施例中の%は、特に断らない限り、重量(質量)基準である。
また、室温は25℃を表す。
【0051】
〔実施例1〕
高純度DNA(純度95%以上、分子量660万)を5wt%濃度で純水に溶解してDNA水溶液を調製する。
このDNA水溶液を用いてインクジェット描画装置を用いて、予め設計した回路をガラス基板上に描画してDNA回路(電子回路パターン)を形成する。
その後、50℃で真空乾燥させることによってDNA回路をガラス基板上に固定する。
DNA回路が固定されたガラス基板を、DNA回路に含まれる核酸塩基(アデニン(A)、チミン(T)、シトシン(C)、及びグアニン(G))の総モル数と等モル数の塩化金酸(HAuCl)を含む塩化金酸水溶液に1時間、室温で浸漬する。これにより、三価の金イオンがDNA回路に含まれる各核酸塩基に配位し、DNA回路が水に不溶となり、DNA回路の画像流れが抑制される。
次に、上記水に不溶となったDNA回路を有するDNA回路付き基板を、水素ガス中に5時間放置すると、DNA回路中の金イオンが還元され、DNA回路中にDNA−金ナノ粒子が形成される。
以上により、画像流れが抑制された、DNA−金ナノ粒子を含む微細回路が得られる。このDNA−金ナノ粒子を含む微細回路の電気伝導度は、室温で10S/cmであり、金自身の電気伝導度と殆ど等しい。
【0052】
〔実施例2〕
実施例1において、「DNA回路に含まれる核酸塩基の総モル数と等モル数の塩化金酸(HAuCl)を含む塩化金酸水溶液」を、「DNA回路に含まれる核酸塩基の総モル数と等モル数の塩化白金酸(HPtCl)を含む塩化白金酸水溶液」に変更すること以外は実施例1と同様にして、画像流れが抑制されたDNA−白金ナノ粒子を含む微細回路を得ることができる。得られる微細回路の電気伝導度は、白金自身の電気伝導度と殆ど等しい。
【0053】
〔実施例3〕
実施例1において、「DNA回路に含まれる核酸塩基の総モル数と等モル数の塩化金酸(HAuCl)を含む塩化金酸水溶液」を、「DNA回路に含まれる核酸塩基の総モル数と等モル数の塩化パラジウム(PdCl)を含む塩化パラジウム水溶液」に変更すること以外は実施例1と同様にして、DNA−パラジウムナノ粒子を含む微細回路を得ることができる。得られる微細回路の電気伝導度は、パラジウム自身の電気伝導度と殆ど等しい。
【0054】
〔実施例4〕
実施例1における水素ガスによる還元よりも前までの操作において、「DNA回路に含まれる核酸塩基の総モル数と等モル数の塩化金酸(HAuCl)を含む塩化金酸水溶液」を、「DNA回路に含まれる核酸塩基の総モル数と等モル数の塩化第二銅(CuCl)を含む塩化第二銅を水溶液」に変更すること以外は実施例1と同様にして、DNA−銅イオンキレート回路を形成する。
このDNA−銅イオンキレート回路を電解還元することによってDNS−銅微細回路を得ることが出来る。得られる微細回路の電気伝導度は、銅自身の電気伝導度と殆ど等しい。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に、DNA又はDNA−脂質複合体を含む溶液を描画することによって電子回路パターンを形成する工程と、
前記電子回路パターンが形成された基板を多価金属イオン溶液に浸漬することによって、前記電子回路パターンにおいて、前記DNA又は前記DNA−脂質複合体と前記多価金属イオンとの錯体を形成する工程と、
形成された錯体中の金属イオンを還元することによって、前記電子回路パターンを導電性パターンとする工程と、
を有する電子回路付き基板の製造方法。
【請求項2】
前記電子回路パターンの形成は、前記基板上に、DNA又はDNA−脂質複合体を含む溶液をインクジェット法により描画することにより行う請求項1記載の電子回路付き基板の製造方法。
【請求項3】
前記多価金属イオンが、金イオン、銅イオン、白金イオン、及びパラジウムイオンから選択される少なくとも1種である請求項1記載の電子回路付き基板の製造方法。
【請求項4】
前記導電性パターンは、前記錯体中の金属イオンが還元剤によって還元されてなる金属ナノ粒子を含む請求項1記載の電子回路付き基板の製造方法。
【請求項5】
前記基板が、ガラス基板又はシリコン基板である請求項1記載の電子回路付き基板の製造方法。
【請求項6】
請求項1〜請求項5のいずれか1項記載の電子回路付き基板の製造方法によって製造された電子回路付き基板。
【請求項7】
DNA又はDNA−脂質複合体を含む溶液と、前記DNA又は前記DNA−脂質複合体と錯体を形成し得る多価金属イオン溶液と、を含む混合型電子回路形成キット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−249365(P2011−249365A)
【公開日】平成23年12月8日(2011.12.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−117728(P2010−117728)
【出願日】平成22年5月21日(2010.5.21)
【出願人】(508123445)有限会社 緒方材料科学研究所 (5)
【出願人】(000135209)株式会社ニフコ (972)
【Fターム(参考)】