説明

インホイールモータの制御装置

【課題】外部からの熱の影響によるモータ温度の変化を的確に推定するとともに、それを制御に反映させて適正な制御を実行できるインホイールモータの制御装置を提供する。
【解決手段】ブレーキ装置と共に車輪のホイール内もしくはその近傍に設けられるインホイールモータの制御装置において、実際の実モータ温度Tを検出するモータ温度検出手段(ステップS1)と、熱伝達モデルMを用いて理論上の推定モータ温度T’を推定するモータ温度推定手段(ステップS1)と、実モータ温度Tと推定モータ温度T’との偏差がブレーキ装置の過熱を判定するための閾値αよりも大きい場合に、ブレーキ装置が過熱状態であると推定して検出するブレーキ過熱検出手段(ステップS2)と、ブレーキ装置が過熱状態であると判定された場合に、インホイールモータの出力トルクを制限するモータトルク制限手段(ステップS3)とを備えた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、車両の駆動輪毎に設けられ、かつその駆動輪に直接動力を伝達し、駆動トルクあるいは制動トルクを作用させることのできるインホイールモータの制御装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
インホイールモータは、車両の駆動輪のホイール内部もしくはその近傍に設けられて駆動輪に直接動力を伝達するものであるから、従来の車両に設けられている変速機やデファレンシャルなどの動力伝達機構を設ける必要がなくなり、車両の構成を簡素化することができる。そのようなインホイールモータを制御する制御装置の一例が特許文献1に記載されている。この特許文献1に記載されたインホイールモータの制御装置は、車輪のホイールに組み付けられて車輪を回転させるインホイールモータと、ホイールに備えられて車輪の回転を制動する制動部を有するブレーキ手段と、インホイールモータの作動態様およびブレーキ手段の作動態様に基づいてインホイールモータの温度を推定する温度検出手段とを備え、温度検出手段によりブレーキ手段の制動部で生じる熱の影響を考慮して推定したインホイールモータの温度に基づいて、インホイールモータの適切な制御を行うように構成されている。
【0003】
なお、特許文献2あるいは特許文献3には、熱モデルあるいはモータ熱モデル(熱伝達モデル)を用いてモータの温度を推定する技術が開示されている。
【0004】
また、特許文献4あるいは特許文献5には、ブレーキ装置の性能低下すなわちブレーキフェードを検知し、そのことを運転者に警告して注意を促す技術が開示されている。
【0005】
【特許文献1】特開2005−341701号公報
【特許文献2】特開平4−71379号公報
【特許文献3】特開平6−153381号公報
【特許文献4】特開2001−206218号公報
【特許文献5】特開2001−122107号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記のようなインホイールモータは、車両の駆動力源として車輪のホイール内部もしくはその近傍に設置されるので、車輪を制動して車両に制動力を発生させるブレーキ装置の制動部(例えばブレーキディスクやブレーキドラム)に対してもその近傍に設置されることになる。したがって、インホイールモータは、不可避的にブレーキ装置が作動する際にブレーキディスクやブレーキドラムで発生する摩擦熱の影響を受け易い構成となっている。インホイールモータを制御する際には、インホイールモータ自体のモータ温度あるいはモータ温度の変化状態を考慮して制御が行われる。そのため、インホイールモータを制御する場合には、ブレーキ装置で発生する摩擦熱など、モータ温度に対する外部からの熱の影響も制御に反映させる必要がある。
【0007】
このような点に関して、特許文献1に記載されているインホイールモータの制御装置では、ブレーキ装置のマスタシリンダや制動部に設けられた圧力センサから油圧値とその油圧がかけられた時間とが読み込まれ、それらの値からブレーキ装置の発熱を加味してインホイールモータのモータ温度が推定される。そしてそのモータ温度の推定値に基づいて、インホイールモータの作動態様を制御するように構成されている。例えば、モータ温度の推定値が所定値以上に高温であった場合は、インホイールモータに供給する電流値を低減する制御が行われ、インホイールモータに対する負荷が低減されてモータ温度を低下させるようになっている。
【0008】
しかしながら、上記のようにブレーキ装置各部の油圧測定値に基づいてインホイールモータのモータ温度を推定した場合、例えばブレーキ装置に何らかの異常が発生してブレーキ装置の発熱量が増大すると、モータ温度を正確に推定することが困難になる。すなわちモータ温度の推定値にブレーキ装置の実際の発熱量が的確に反映されなくなってしまう。その結果、モータ温度に基づくインホイールモータの制御を適正に行うことができなくなってしまう可能性があった。
【0009】
この発明は上記の技術的課題に着目してなされたものであり、外部からの熱の影響によるモータ温度の変化を的確に推定するとともに、それを制御に反映させてインホイールモータを適正に制御することができるインホイールモータの制御装置を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の目的を達成するために、請求項1の発明は、摩擦力により車輪を制動するブレーキ装置と共に該車輪のホイール内もしくはその近傍に設けられ、該車輪に直接動力を伝達して駆動トルクあるいは制動トルクを作用させるインホイールモータの制御装置において、前記インホイールモータの実際の温度を検出するモータ温度検出手段と、前記インホイールモータの熱伝達モデルを用いて該インホイールモータの理論上の温度を推定するモータ温度推定手段と、前記モータ温度検出手段により検出した実モータ温度と前記モータ温度推定手段により推定した推定モータ温度との偏差がブレーキ装置の過熱状態を判定するために予め定めた第1の閾値よりも大きい場合に、前記ブレーキ装置が過熱状態であると推定して検出するブレーキ過熱検出手段と、前記ブレーキ過熱検出手段により前記ブレーキ装置が過熱状態であると判定された場合に、前記インホイールモータの出力トルクを制限するモータトルク制限手段とを備えていることを特徴とする制御装置である。
【0011】
また、請求項2の発明は、請求項1の発明において、前記ブレーキ過熱検出手段が、前記ブレーキ装置が過熱状態であると判定しかつ前記インホイールモータの出力トルクが制限された状態で、前記実モータ温度と前記推定モータ温度との偏差が前記実モータ温度の上昇傾向を判定するために予め定めた第2の閾値よりも大きい場合に、前記インホイールモータの運転を停止させる必要があると判断する手段を含み、前記ブレーキ過熱検出手段により前記インホイールモータの運転を停止させる必要があると判定された場合に、前記インホイールモータの運転可能時間を算出して運転者に告知する警告手段を更に備えていることを特徴とする制御装置である。
【発明の効果】
【0012】
請求項1の発明によれば、インホイールモータの実モータ温度が実測されるとともに、インホイールモータと外気との間の熱伝達を理論式に基づいてモデル化した熱伝達モデルを用いてインホイールモータの推定モータ温度が推定され、それら実モータ温度と推定モータ温度との偏差に基づいて、インホイールモータと近接して設けられるブレーキ装置の発熱状態が推定されて判定される。そして、ブレーキ装置が過熱状態であると判定された場合に、インホイールモータの出力トルクが制限される。すなわち、インホイールモータの出力トルクが制限されることにより、ブレーキ装置の異常な発熱の影響を受けてインホイールモータのモータ温度が過度に上昇してしまうことが回避される。そのため、ブレーキ装置で何らかの異常が発生し、そのブレーキ装置が異常に発熱している事態を適切に推定して検出することができ、またその検出結果を制御に反映させてインホイールモータを適切に制御することができる。
【0013】
また、請求項2の発明によれば、ブレーキ装置が過熱状態であると判定され、かつそれに対応してインホイールモータの出力トルクが制限されているにもかかわらず、インホイールモータの実モータ温度が上昇していると判定された場合に、インホイールモータの残りの運転可能時間が算出されて運転者に警告として告知される。そのため、ブレーキ装置で何らかの異常が発生し、そのブレーキ装置での異常な発熱の影響を受けてインホイールモータのモータ温度が過度に上昇してしまう可能性があることを運転者に認識させることができ、インホイールモータの運転を停止させるなど、運転者に適切な操作を実行させることを促して、インホイールモータを外部からの異常な発熱から保護することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
つぎに、この発明の実施例を図面に基づいて説明する。まず、この発明で制御の対象とするインホイールモータの構成を図1に示す。この図1において、符号1はインホイールモータを搭載した車両における車輪Wのホイールを示し、ホイルディスク2とその外周部に設けられているリム3とから構成され、そのリム3にタイヤ4を取り付けるように構成されている。そして、このホイール1の内周部分であって、ホイール1と同軸上にインホイールモータ5が配置されている。言い換えると、車輪Wのホイール1に、インホイールモータ5が内蔵されている。
【0015】
このインホイールモータ5は、主として、車両を走行させる駆動トルクを出力するためのものであり、誘導モータなどのモータ6がハウジング7の内部に収納され、そのハウジング7をアーム部材8に取り付けることにより、そのアーム部材8を介して車体(図示せず)に連結されて支持されている。そのモータ6のトルクを出力する出力軸9が設けられている。この出力軸9とモータ6とは、直接連結されていてもよいが、この例では、例えば遊星歯車機構などから構成された減速機10を介して連結されている。そして、出力軸9がホイール取付部であるホイールハブ11に連結されていて、このホイールハブ11に前述のホイール1が装着されている。
【0016】
また、ホイールハブ11と一体のブレーキディスク12が設けられている。このブレーキディスク12は、要は、ホイール1と一体となって回転すればよいので、出力軸9に取り付けられていてもよい。ブレーキディスク12は、いわゆるソリッド型あるいはベンチレーテッド型のいずれであってもよい。そして、例えばハウジング7など車体側に支持された固定部に取り付けられたブレーキユニット13によってブレーキディスク12を制動するように構成されている。
【0017】
すなわち、ハウジング7の外面等の固定部にキャリパ14が取り付けられ、ブレーキディスク12をその内側(車体側,図1での左側)と外側(図1での右側)とから挟み付けるブレーキパッド15,16がキャリパ14に設けられている。これらキャリパ14およびブレーキパッド15,16の構成は、従来の車両用ディスクブレーキと同様であって、各ブレーキパッド15,16毎に図示しないピストンが設けられ、そのピストンを油圧によって押すことにより、それぞれのブレーキパッド15,16をブレーキディスク12に押し付けて摩擦力すなわち制動力を生じさせるように構成されている。なお、各ピストンおよびそれぞれのブレーキパッド15,16は、ピストンシールの弾性復帰力で後退移動させるようになっている。
【0018】
各ブレーキパッド15,16を動作させるために、ブレーキユニット13は、切換バルブや調圧バルブまた油圧ポンプなどの油圧源(いずれも図示せず)などの油圧機器を備えた油圧回路17に接続されている。したがって、ブレーキディスク12やブレーキユニット13およびこの油圧回路17ならびに図示しないブレーキペダルなどにより、ブレーキディスク12およびブレーキユニット13を制動部12,13とするブレーキ装置18が構成されている。
【0019】
また、前述のインホイールモータ5はバッテリーあるいは発電機などの電源19から供給される電力で動作して駆動トルクを出力し、またホイール1から受けるトルクで強制的に回転させられて発電し、その際の反力が制動トルクとなるように構成されている。そして、このインホイールモータ5を制御するため、すなわちモータ6の回転を制御するための電子制御装置(ECU)20が設けられていて、この電子制御装置20に対してモータ6が制御信号の伝達が可能なように接続されている。
【0020】
この電子制御装置20には、インホイールモータ5を制御するための各種センサが接続されていて、具体的には、インホイールモータ5の温度を検出する温度センサ21、ハウジング7内部のオイルの油温を検出する油温センサ22、車輪Wの回転速度を検出する車輪速センサ23等からの検出信号が入力されるように構成されている。これにより、電子制御装置20では、インホイールモータ5各部の温度状態などを検出することができる。これに対して、電子制御装置20からは、例えばインバータ(図示せず)等を介してモータ6の回転をそれぞれ制御する信号が出力されるように構成されている。
【0021】
上記のようにインホイールモータ5は、車輪Wのホイール1の内部に、ブレーキ装置18の制動部12,13すなわちブレーキディスク12およびブレーキユニット13と共に設置される。前述したように、ブレーキ装置18の制動部12,13は、ブレーキディスク12とブレーキパッド15,16と間の摩擦力により制動力を発生させる構成であるから、制動時に摩擦による熱が発生する。したがって、インホイールモータ5は、近接されているブレーキ装置18の制動部12,13で発生する熱の影響を不可避的に受けることになる。すなわち、制動部12,13で発生した熱が、近接するインホイールモータ5に伝達され易い構成となっている。
【0022】
インホイールモータ5を運転する場合、負荷や回転数が増大するにしたがってインホイールモータ5自体の温度が上昇するが、インホイールモータ5の構成上許容できる温度の上限があり、そのため、インホイールモータ5を制御する際には、インホイールモータ5の温度が考慮される、すなわちインホイールモータ5の温度が検出されその値がインホイールモータ5の制御に反映させられるようになっている。したがって、上記のように、インホイールモータ5の温度に影響を与えるブレーキ装置18の制動部12,13で発生する熱もインホイールモータ5の制御に反映させる必要がある。
【0023】
そこで、この発明に係るインホイールモータ5の制御装置では、インホイールモータ5とその周囲との間の熱伝達を理論式に基づいてモデル化した、いわゆる熱伝達モデル(熱モデル)を用いて、例えばブレーキ装置18で何らかの不具合が生じて制動部12,13が異常に発熱したような場合であっても、インホイールモータ5を適切に制御可能なように構成されている。
【0024】
図2はその制御の一例を説明するためのフローチャートであって、このフローチャートで示されるルーチンは、所定の短時間毎に繰り返し実行される。図2において、先ず、インホイールモータ5の熱伝達モデル(熱モデル)を用いて、インホイールモータ5のモータ温度が推定される。また、インホイールモータ5の実際のモータ温度も温度センサ21等により検出される(ステップS1)。
【0025】
図3に示すように、熱伝達モデルMとは、インホイールモータ5とその周囲の各部材等との間の熱伝達を理論上の計算式に基づいてモデル化したものであって、例えば、インホイールモータ5のモータ6とハウジング7との間の熱伝達、モータ6とハウジング7内のオイルとの間の熱伝達、またハウジング7内のオイルおよび減速機10のギヤを介したモータ6とハウジング7との間の熱伝達、そしてハウジング7と外気との間の熱伝達等を理論式に基づいてインホイールモータ5のモータ温度を推定するためのモデルである。
【0026】
より具体的には、図3に示すように、インホイールモータ5のモータ6とハウジング7との間の熱伝達、すなわちモータ6のハウジング7に対する固定部分などのモータ6とハウジング7との当接部における直接的な熱伝達が、例えばモータ6のケースやハウジング7の材質等に応じて決まる熱的な抵抗値が一定の条件下での理論式に基づいてモデル化されている。また、ハウジング7内のオイルや減速機10のギヤと介したモータ6とハウジング7との間の間接的な熱伝達がモデル化されている。すなわち、モータ6とハウジング7内のオイルとの間の直接的な熱伝達が、そのオイルの油温の関数となる熱的な抵抗値の下での理論式に基づいてモデル化され、ハウジング7内のオイルとハウジング7との間の直接的な熱伝達が、熱的な抵抗値が一定の条件下での理論式に基づいてモデル化され、またハウジング7内のオイルと減速機10のギヤとの間の直接的な熱伝達が、そのオイルの油温の関数となる熱的な抵抗値の下での理論式に基づいてモデル化され、さらに減速機10のギヤとハウジング7との間の直接的な熱伝達が、熱的な抵抗値が一定の条件下での理論式に基づいてモデル化されている。そして、ハウジング7と外気との間の熱伝達、すなわち外気を介したハウジング7とブレーキ装置18の制動部12,13との間の間接的な熱伝達が、車速の関数となる熱的な抵抗値の下での理論式に基づいてモデル化されている。
【0027】
上記のようにして、熱伝達モデルMに基づいてインホイールモータ5のモータ温度が推定されると、そのモータ温度の推定値T’と、温度センサ21等により検出されるインホイールモータ5のモータ温度の実測値Tとの偏差が求められ、その偏差が閾値αよりも大きいか否かが判断される(ステップS2)。すなわち、
( 実測値T−推定値T’)>閾値α
が成立するか否かが判断される。ここで、閾値αは、推定値T’すなわちインホイールモータ5のモータ温度の理論値に対する実測値Tの誤差が許容範囲内であるか否かを判断するために予め設定された所定値であって、この発明における第1の閾値に相当するものである。
【0028】
インホイールモータ5のモータ温度の実測値Tと推定値T’との偏差が、閾値α以下であることにより、このステップS2で否定的に判断された場合は、上記のステップS1へ戻り、従前と同様の制御が継続して実行される。
【0029】
一方、図4に示すように、インホイールモータ5のモータ温度の実測値Tと推定値T’との偏差が閾値αよりも大きいことにより、ステップS2で肯定的に判断された場合には、ステップS3へ進み、インホイールモータ5の出力トルクの増加を制限してモータ温度の上昇を抑制するモータトルク制限制御が実行される。
【0030】
具体的には、モータ温度の実測値Tの推定値(すなわち理論値)T’に対する乖離量が閾値αを超えて大きくなると、モータ温度がその許容温度Taを超えることがないように、前述の熱伝達モデルMを用いてインホイールモータ5の許容増加トルクが求められる。そして、その許容増加トルクに基づいて、すなわち許容増加トルクを超えることがないように、インホイールモータ5の出力トルクの増加が制限される。
【0031】
続いて、モータ温度の推定値T’と実測値Tとの偏差が閾値βよりも大きいか否かが判断される(ステップS4)。すなわち、
( 実測値T−推定値T’)>閾値β
が成立するか否かが判断される。ここで、閾値βは、モータトルク制限制御を実行しているにもかかわらず、推定値T’すなわちインホイールモータ5のモータ温度の理論値に対する実測値Tの乖離が増大傾向にあることを判断するために予め設定された所定値であって、この発明における第2の閾値に相当するものである。
【0032】
インホイールモータ5のモータ温度の実測値Tと推定値T’との偏差が、閾値β以下であることにより、このステップS4で否定的に判断された場合は、上記のステップS3へ戻り、従前と同様の制御が継続して実行される。
【0033】
一方、図4に示すように、インホイールモータ5のモータ温度の実測値Tと推定値T’との偏差が閾値βよりも大きいことにより、ステップS4で肯定的に判断された場合には、ステップS5へ進み、モータ温度の推定値T’および実測値Tに基づいて、モータ温度がその許容温度Taの到達するまでの時間が推定されて求められる。言い換えると、モータ温度の推定値T’と実測値Tにより推定される温度の上昇傾向でモータ温度が上昇を続けた場合にインホイールモータ5の運転を継続することが可能な残り時間が算出される。
【0034】
また、そのようにして算出されたインホイールモータ5の運転を継続することが可能な残り時間を運転者に告知して認識させるための警告が発せられる(ステップS6)。例えば、表示モニタや警告ランプなどにより視覚的に運転者に警告したり、あるいは音声案内や警告音などにより聴覚的に運転者に警告することができる。
【0035】
上記のようにモータトルク制限制御を実行しているにもかかわらず、インホイールモータ5のモータ温度の実測値Tと推定値T’との偏差が閾値βよりも大きくなった場合は、インホイールモータ5自体の制御の範囲外の影響を受けてモータ温度が上昇を続けていることが考えられる。具体的には、インホイールモータ5と近接して設けられているブレーキ装置18の制動部12,13が異常に発熱していることが想定される。そこでこのステップS6では、インホイールモータ5の運転を継続することが可能な残り時間を運転者に警告することにより、ブレーキ装置18で何らかの異常の発生が推定されることを運転者に認識させて、インホイールモータ5の運転を停止させること、すなわち車両を停止させることを促すための制御が実行される。
【0036】
したがって、運転者にインホイールモータ5の運転可能な残り時間が警告されると、車両が停止したか否かが判断される(ステップS7)。未だ車両が停止していない、すなわち未だインホイールモータ5の運転が停止されていないことにより、このステップS7で否定的に判断された場合は、上記のステップS6へ戻り、従前と同様の制御が継続して実行される。言い換えると、車両が停止させられてインホイールモータ5の運転が停止されるまで、上記のステップS6,S7の制御が繰り返し実行される。
【0037】
これに対して、車両が停止した、すなわちインホイールモータ5の運転が停止されたことにより、ステップS7で肯定的に判断された場合には、ステップS8へ進み、停止時間に応じた残りの走行可能時間が運転者に告知される。すなわち、モータ温度の実測値Tが推定値(理論値)T’から乖離して上昇を続けていた状態から、インホイールモータ5の運転が停止されたことにより、上昇を続けていたモータ温度の実測値Tは低下することになり、そのモータ温度が低下した分だけ許容温度Taに対して余裕ができるので、その余裕分だけ、インホイールモータ5の運転可能な残り時間が増加することになる。そこでこのステップS8では、停止時間に応じた残りの走行可能時間を運転者に告知することにより、例えば車両を安全な場所に退避させたり、車両を適当な修理工場まで自走させるなど、運転者が適切に車両を走行させることを補助するための制御が実行される。そしてその後、このルーチンが一旦終了される。
【0038】
以上のように、この発明に係るインホイールモータの制御装置によれば、インホイールモータ5の実モータ温度(モータ温度の実測値)Tが実測されるとともに、インホイールモータ5と外気との間の熱伝達を理論式に基づいてモデル化した熱伝達モデルMを用いて、インホイールモータ5の推定モータ温度(モータ温度の推定値)T’が推定され、それら実モータ温度Tと推定モータ温度T’との偏差に基づいて、インホイールモータ5と近接して設けられるブレーキ装置18の制動部12,13の発熱状態が推定されて判定される。そして、ブレーキ装置18の制動部12,13が過熱状態であると判定された場合に、モータトルク制限制御が実行されてインホイールモータ5の出力トルクが制限される。すなわち、インホイールモータ5の出力トルクが制限されることにより、ブレーキ装置18での異常な発熱の影響を受けてインホイールモータ5のモータ温度が過度に上昇してしまうことが回避される。そのため、ブレーキ装置18で何らかの異常が発生し、そのブレーキ装置18の制動部12,13が異常に発熱している事態を適切に推定して検出することができ、またその検出結果を制御に反映させてインホイールモータ5を適切に制御することができる。
【0039】
また、ブレーキ装置18の制動部12,13が過熱状態であると判定され、かつそれに対応してインホイールモータ5の出力トルクが制限されているにもかかわらず、インホイールモータ5の実モータ温度Tが上昇していると判定された場合に、インホイールモータ5の残りの運転可能時間が算出されて運転者に警告として告知される。そのため、ブレーキ装置18で何らかの異常が発生し、そのブレーキ装置18の制動部12,13での異常な発熱の影響を受けてインホイールモータ5のモータ温度が過度に上昇してしまう可能性があることを運転者に認識させることができ、インホイールモータ5の運転を停止させるなど、運転者に適切な操作を実行させ、インホイールモータ5を外部からの異常な発熱から保護することができる。
【0040】
ここで、上述した具体例とこの発明との関係を簡単に説明すると、上述したステップS1を実行する機能的手段が、この発明における「モータ温度検出手段」および「モータ温度推定手段」に相当し、ステップS2,S4,S5を実行する機能的手段が、この発明における「ブレーキ過熱検出手段」に相当する。また、上述したステップS3を実行する機能的手段が、この発明における「モータトルク制限手段」に相当し、ステップS6,S7,S8を実行する機能的手段が、この発明における「警告手段」に相当する。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】この発明で制御の対象とするインホイールモータの構成例を模式的に示す概念図である。
【図2】この発明の制御装置による制御の一例を説明するためのフローチャートである。
【図3】図2に示す制御を実行する際に用いられるインホイールモータの熱伝達モデルを説明するための概念図である。
【図4】図2に示す制御を実行した場合の実モータ温度と推定モータ温度との関係等を示すタイムチャートである。
【符号の説明】
【0042】
1…ホイール、 5…インホイールモータ、 12…ブレーキディスク、 13…ブレーキユニット、 18…ブレーキ装置、 20…電子制御装置(ECU)、 21…温度センサ、 22…油温センサ、 23…車輪速センサ、 W…車輪。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
摩擦力により車輪を制動するブレーキ装置と共に該車輪のホイール内もしくはその近傍に設けられ、該車輪に直接動力を伝達して駆動トルクあるいは制動トルクを作用させるインホイールモータの制御装置において、
前記インホイールモータの実際の温度を検出するモータ温度検出手段と、
前記インホイールモータの熱伝達モデルを用いて該インホイールモータの理論上の温度を推定するモータ温度推定手段と、
前記モータ温度検出手段により検出した実モータ温度と前記モータ温度推定手段により推定した推定モータ温度との偏差がブレーキ装置の過熱状態を判定するために予め定めた第1の閾値よりも大きい場合に、前記ブレーキ装置が過熱状態であると推定して検出するブレーキ過熱検出手段と、
前記ブレーキ過熱検出手段により前記ブレーキ装置が過熱状態であると判定された場合に、前記インホイールモータの出力トルクを制限するモータトルク制限手段と
を備えていることを特徴とするインホイールモータの制御装置。
【請求項2】
前記ブレーキ過熱検出手段は、前記ブレーキ装置が過熱状態であると判定しかつ前記インホイールモータの出力トルクが制限された状態で、前記実モータ温度と前記推定モータ温度との偏差が前記実モータ温度の上昇傾向を判定するために予め定めた第2の閾値よりも大きい場合に、前記インホイールモータの運転を停止させる必要があると判断する手段を含み、
前記ブレーキ過熱検出手段により前記インホイールモータの運転を停止させる必要があると判定された場合に、前記インホイールモータの運転可能時間を算出して運転者に告知する警告手段を更に備えている
ことを特徴とする請求項1に記載のインホイールモータの制御装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2010−74988(P2010−74988A)
【公開日】平成22年4月2日(2010.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−241212(P2008−241212)
【出願日】平成20年9月19日(2008.9.19)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】