説明

車両制御装置

【課題】 特定の制御デバイスに可動範囲を超えて負荷が集中することがないよう、制御量を適切に設定する。
【解決手段】 本発明の車両制御装置(1)は、車両(10)の挙動を制御する複数のアクチュエータ(300、400、500、800)と、車両の目標運動状態に対応する目標状態量を設定し、車両の運動状態に対応する状態量が目標状態量となるようにアクチュエータの夫々の制御量を算出する制御量算出手段(100)と、複数のアクチュエータの夫々について重み係数を設定する係数設定手段(100)と、複数のアクチュエータの夫々の制御量に対して重み係数を適用した値に基づく評価関数を算出する評価関数算出手段(100)と、評価関数が所定の条件を満たす制御量を複数のアクチュエータの夫々の最適制御量として用いて、複数のアクチュエータを動作させるアクチュエータ制御手段(100)とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の挙動を制御する複数のアクチュエータを備えた車両に適用可能な車両制御装置の技術分野に関する。
【背景技術】
【0002】
車両の挙動を制御する装置として、車両を既定の車線に沿って走行させる所謂軌跡制御を実施するものについて研究が行われている。
【0003】
該装置は、走行車両のスリップ角、ヨーレート及び操舵反力トルクの状態量に目標値を設定し、該目標値を実現するようアクチュエータを駆動して車輪の舵角等を制御する。アクチュエータの例として、ドライバの操舵トルクに補助トルクを付与するEPS(Electric Power Steering:電動パワーステアリング)、ドライバの操舵に応じて、EPSを駆動させる度合いを変更するVGRS(Variable Gear Ratio Steering:ステアリングギヤ比可変制御)、及び車両の運転状態に応じて後輪を駆動するARS(Active Rear Steering:アクティブリアステアリング)等が知られている。
【0004】
また、ABS(Antilock Brake System:アンチロックブレーキシステム)等、左右の車輪に相異なる制動力又は駆動力を作用させ、生じた制駆動力差によって車両の前後輪の舵角を制御するアクチュエータが知られている。
【0005】
このような車両制御装置について、以下に示す先行技術文献に説明がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平8−133053号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
車両の挙動を上述した軌跡制御における目標状態量に沿って制御することは、上述した各アクチュエータの動作を組み合わせることにより実現可能となる。このとき各アクチュエータを制御する制御装置は、車速やステアリングの操舵角からヨーレート等の状態量について目標量を設定し、該目標量が実現するよう各アクチュエータについて動作により実現すべき制御量を割り当てる。
【0008】
例えば、車両の挙動を示すためにヨーレート、スリップ角及びセルフアライニングトルクの3通りの状態量を規定する場合、各状態量が目標状態量となるよう、各アクチュエータの動作により実現する制御量を適宜割り当てる。
【0009】
例えば、3種類の相異なる作用をするアクチュエータを備える車両の挙動制御装置を考える場合、3通りの状態量の夫々が目標状態量となるためには、3種類のアクチュエータの夫々について実現すべき制御量が一意的に決定される。しかしながら、このとき制御装置によって割り当てられる制御量は、必ずしもアクチュエータの適切な動作によって実現可能なものとはならず、装置動作上の又は消費電力上の負担や、アクチュエータの故障に繋がる虞もある。
【0010】
また、3通りの状態量に対して、それより多くの、例えば5種類の相異なる作用をするアクチュエータを備える車両の挙動制御装置を考える場合、各アクチュエータについて実現すべき制御量として複数種類の候補が考えられる。しかしながら、このような場合であっても、候補となる複数種類の制御量の中には、いずれかのアクチュエータにとって可動限界を越えた負担となるものが存在する可能性がある。
【0011】
本発明は、上述した問題点に鑑みて為されたものであり、各アクチュエータにかかる負担を適宜軽減可能であり、安定した車両挙動の制御が可能な車両制御装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために、本発明に係る車両制御装置は、外部から入力される制御量に基づいて車両の挙動を制御する複数のアクチュエータと、前記複数のアクチュエータの夫々の制御量を算出する制御量算出手段と、前記複数のアクチュエータの夫々について重み係数を設定する係数設定手段と、前記複数のアクチュエータの夫々の前記制御量に対して前記重み係数を適用した値に基づく評価関数を算出する評価関数算出手段と、前記評価関数が所定の条件を満たす前記制御量を前記複数のアクチュエータの夫々の最適制御量として用いて、前記複数のアクチュエータを動作させるアクチュエータ制御手段とを備える(請求項1)。
【0013】
本発明に係る車両制御装置は、走行中の車両の挙動を制御する複数のアクチュエータを有している。車両の挙動とは、例えば走行中の車両の旋回等における車両の運動状態を示す趣旨である。本発明に係る車両制御装置では、このような車両の挙動(言い換えれば、運動状態)を制御する際の一の指標として、該車両の運動状態に対応する状態量に基づく制御を行っても良い。車両の状態量とは、好適な一形態として、例えば、車両のヨーレート、スリップ角及び車両の車輪からステアリングホイル等の操舵手段に作用するセルフアライニングトルク(言い換えれば、操舵反力)等、車両の運動状態を規定し得る数値である。
【0014】
本発明に係る車両制御装置のアクチュエータは、走行中の車両の旋回挙動に相関する車両のヨーレート、スリップ角及びセルフアライニングトルク等の状態量に対して所定の制御量を作用することで、車両の挙動を制御する。このとき、複数のアクチュエータの夫々によって実現される車両の各車輪の舵角に対する相異なる制御、言い換えれば各アクチュエータにより制御可能な状態量に対する制御パラメータの数が、車両の状態量の自由度を規定する。
【0015】
本発明に係る車両は、各々がスリップ角(尚、本発明に係る「スリップ角」とは車体スリップ角を意味する)、ヨーレート又はセルフアライニングトルク等に代表される操舵反力トルク等の状態量を選択的に制御可能な複数のアクチュエータを備える。即ち、これら複数のアクチュエータは、その変化が少なくともスリップ角及びヨーレートを含む車両状態量のうち一の車両状態量の変化を促す一の制御量を、例えば物理的、電気的又は機械的制約の範囲内で自由に制御可能な装置を包括する。尚、上述した車両の状態量の変化を促し得る制御量とは、好適な一形態としては、例えば、前輪舵角、後輪舵角、前輪制駆動力差又は後輪制駆動力差等を意味する。
【0016】
本発明に係る車両制御装置は、このようなアクチュエータを動作させる制御パラメータを決定するために制御量決定手段、係数設定手段及び評価関数算出手段を備え、決定された制御パラメータを用いて各アクチュエータを動作させるためのアクチュエータ制御手段を備える。
【0017】
制御量決定手段は、車両の状態量が、目標とする車両の運動状態に対応する目標状態量となるよう、各アクチュエータを動作させるための制御量を決定する。
【0018】
ところで、上述した3通りの車両の状態量を制御する場合には、自由度の関係から少なくとも相異なる3つの制御パラメータを有するアクチュエータの動作が求められる。また、このようなアクチュエータが3つの制御パラメータで車両の3通りの状態量を制御する場合には、目標となる状態量に応じて各制御パラメータが一意的に決定される。
【0019】
他方で、アクチュエータによって為し得る相異なる制御の数が、車両の挙動に係る状態量の数よりも多い場合、車両の状態量を目標状態量とするための制御パラメータの組み合わせは、複数通り存在する。
【0020】
制御量決定手段は、車両の状態量の夫々が目標状態量となるよう、各アクチュエータについての制御量(つまり、複数のアクチュエータの夫々に対する制御量の組み合わせ)を1又は複数通り算出する。
【0021】
係数算出手段は、後述する評価関数を算出する際に各アクチュエータの制御量に適用する重み係数をアクチュエータ毎に算出する。つまり、第1乃至第3の相異なる制御パラメータを有するアクチュエータを備える車両制御装置の場合、係数算出手段は、第1のアクチュエータの制御量に適用する第1の重み係数、第2のアクチュエータの制御量に適用する第2の重み係数、第3のアクチュエータの制御量に適用する第3の重み係数の夫々を算出する。重み係数は、各アクチュエータの仕様に合わせて一定、又は不定のものであってよく、その算出の態様については後に詳述する。
【0022】
評価関数算出手段は、各アクチュエータについて算出された制御量に、対応する重み係数を適用した値と相関を有する評価関数を算出する。評価関数算出手段は、好適な一形態として、例えば、各アクチュエータについて算出された制御量の絶対量に、対応する重み係数を適用した値を累積して評価関数を算出しても良い。
【0023】
尚、制御量算出手段が各アクチュエータの制御量を複数通り算出する場合、評価関数算出手段は、複数通りの制御量の夫々について評価関数の算出を行う。
【0024】
アクチュエータ制御手段は、制御量算出手段により算出された制御量のうち、評価関数が最小となる等、所定の条件を満たすものを最適制御量として決定し、該最適制御量を用いて各アクチュエータを動作させる。
【0025】
本発明に係る車両制御装置の制御量算出手段、係数算出手段、評価関数算出手段及びアクチュエータ制御手段は、例えば、一又は複数のCPU(Central Processing Unit)、MPU(Micro Processing Unit)、各種プロセッサ又は各種コントローラ、或いは更にROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)、バッファメモリ又はフラッシュメモリ等の各種記憶手段等を適宜に含み得る、単体の或いは複数のECU(Electronic Controlled Unit)等の各種処理ユニット、各種コントローラ或いはマイコン装置等各種コンピュータシステム等の形態を採り得る。このように構成される各手段によれば、例えば、メモリ内に格納される各アクチュエータについての装置仕様やセンサ類によって入力される車両の状態量に応じて適宜制御量、重み係数、評価関数及び最適制御量の算出又は決定が可能となる。また、各アクチュエータに対して供給される駆動電力等を電気的な信号伝達等によって制御する態様を採ることで、比較的簡単に上述の構成を実現出来る。
【0026】
本発明に係る車両制御装置においては、制御量算出手段が車両の目標運動状態に応じた目標状態量を実現するために各アクチュエータが動作するための制御量を算出する。従って、各アクチュエータが算出された制御量に応じて適切に動作すれば、車両は所望の運動状態を実現することが出来る。
【0027】
本発明に係る車両制御装置では、このような技術的な問題点に着目し、各アクチュエータに対して適切な動作を実現可能な範囲で制御量を設定するよう、評価関数に基づいて最適制御量を設定している。また、評価関数の算出の際にアクチュエータ毎に設定される重み係数を適用することでアクチュエータ毎の可動範囲等、制御量の取り得る条件について考慮している。
【0028】
本発明に係る車両制御装置の他の態様では、車両の各車輪の舵角を検出する舵角検出手段を更に備え、前記係数設定手段は、前記車輪の舵角に基づいて前記アクチュエータ毎の重み係数を設定する(請求項2)。
【0029】
車輪が路面との間で有効なグリップ力を維持する可能な制駆動力等の車両の前後方向の力及び横力の範囲について、車輪の摩擦円として知られる概念がある。摩擦円の概念では、車輪に加わる横力が大きくなるにつれて有効なグリップを維持可能な制駆動力の範囲が小さくなることが一般に知られている。該範囲を越えた制駆動力が作用している場合、車両挙動が不安定になる可能性がある。
【0030】
ところで、車両走行時に、車輪に舵角が生じる場合、車輪には、走行のための制駆動力の他に、舵角方向に対して所謂コーナリングフォース等の横力が作用する。該コーナリングフォースは、車輪の舵角に応じて大きくなる。
【0031】
このため、車輪の舵角が相対的に大きい場合、車輪が有効なグリップを維持可能な制駆動力の範囲が小さくなる。従って、車両の左右輪の制駆動力差によって車両の挙動を制御する転舵力を発生させるアクチュエータを考える場合、車輪に適用可能な制駆動力差の減少により、実現可能な制御量が減少する。
【0032】
本発明に係る車両制御装置のこの態様によれば、係数算出手段は、車輪の舵角に応じて各アクチュエータの重み係数を設定する。例えば、係数算出手段は、車輪の舵角が増大するにつれて車両の前輪又は後輪の制駆動力差によって車両の挙動を制御するアクチュエータに割り当てられる最適制御量が減少するよう重み係数を算出する。他方で、係数算出手段は、EPS、VGRS又はARS等の車輪に対して転舵力を作用するアクチュエータに割り当てられる最適制御量が増大するよう、重み係数を算出する。
【0033】
例えば、上述のように、重み係数を適用した制御量の絶対量の累積値を評価関数として用いる態様においては、係数算出手段は、車輪の舵角が増大するにつれて車両の前輪又は後輪の制駆動力差によって車両の挙動を制御するアクチュエータについては重み係数を増大させ、その他のアクチュエータについては重み係数を減少する。
【0034】
この態様によれば、車輪の舵角が相対的に大きい場合に、車両の左右輪の制駆動力制御による車両挙動の制御を積極的に用いることを抑制することで、安定した車両挙動を実現出来、ドライバが違和感を生じることなく操作可能となる。
【0035】
本発明に係る車両制御装置の他の態様では、前記係数設定手段は、前記複数のアクチュエータの夫々が可動範囲内において実現可能な制御量に応じて前記重み係数を設定する(請求項3)。
【0036】
各アクチュエータは、装置仕様等により、実現可能な可動範囲が設定される。該可動範囲は、典型的には、アクチュエータの動作について、設計意図に応じた適切な動作が補償される動作範囲であって、異音の発生や過剰な負荷による装置の劣化や故障の発生等の不具合が生じないよう予め設定される動作範囲等である。従って、かかる可動範囲内でアクチュエータを動作させる場合、可動範囲内での動作により実現出来る制御量であれば、不具合を生じることなく、設計意図に応じた制御が可能となる。他方で、可動範囲外での動作では、上述した不具合が発生する可能性や、設計意図に応じた動作が必ずしも保証出来ないことから、要求された通りの制御量を実現出来ない可能性が生じる可能性がある。
【0037】
ところで、制御量算出手段がこのような可動範囲を考慮せずに、車両の目標運動状態に応じてある一のアクチュエータについての制御量を算出する場合、算出される制御量が該アクチュエータの可動範囲外の動作を要求するものとなる可能性がある。
【0038】
このように設定される制御量を用いて該アクチュエータを動作させる場合、アクチュエータに対して可動範囲外の動作を強いることとなり、処理負荷、電気的負荷又は熱負荷等の負荷が一時的又は恒久的に過負荷状態に陥いる可能性がある。このような過負荷状態では、アクチュエータからの異音の発生やアクチュエータの故障が生じる可能性がある。また、アクチュエータが適切に動作せず、設定された制御量を実現出来ない場合、車両の挙動が却って不安定となる可能性がある。
【0039】
この態様によれば、係数設定手段によって、アクチュエータ毎の可動範囲を考慮した重み係数が夫々設定される。このため、各アクチュエータについて、夫々の可動範囲内での動作を指示する最適制御量が算出可能となる。
【0040】
具体的には、係数設定手段は、各アクチュエータについて、可動範囲等により規定される適用可能な制御量限界値等の装置仕様に応じた重み係数を設定する。例えば、係数設定手段は、予めECU等の車両制御用の処理ユニット内に格納される、各アクチュエータについての可動範囲(または、該可動範囲内で実現可能な制御量)についての情報を参照し、各アクチュエータ毎に可動範囲に応じた重み係数を設定してもよい。このように設定された重み係数と、評価関数とに基づくことで、各アクチュエータに対して過負荷の生じない範囲での制御量を設定することが可能となる。このため、本発明に係る車両制御装置の動作によれば、目標とする車両の運動状態を実現する制御量を、各アクチュエータの適切な動作を実現可能な可動範囲等の条件を満たす範囲内で設定することが出来る。このため、アクチュエータに対して過度の負担や、故障の発生の可能性を生じることなく、且つ適切な動作が可能な範囲で最適制御量を決定することが出来、車両の挙動を好適に制御可能となる。
【0041】
本発明に係る車両制御装置の他の態様では、前記複数のアクチュエータは、前記車両のスリップ角、ヨーレート及びセルフアライニングトルクの制御を行う(請求項4)。
【0042】
この態様によれば、複数のアクチュエータは、車両の挙動に係るヨーレート、スリップ角及びセルフアライニングトルクの少なくとも一つを個々に制御可能なアクチュエータを組み合わせることで、これら3通りの状態量を制御可能なものである。
【0043】
このため、この態様では、アクチュエータの動作により、車両の挙動を好適に制御可能となる。
【0044】
本発明に係る車両制御装置の他の態様では、前記複数のアクチュエータは、前記車両の前輪舵角を該前輪舵角の変化を促す前記車両のドライバの操作から独立して変化させることが可能な前輪舵角可変アクチュエータと、前記車両の後輪舵角を該後輪舵角の変化を促す前記車両のドライバの操作から独立して変化させることが可能な後輪舵角可変アクチュエータとを含む(請求項5)。
【0045】
前輪及び後輪舵角可変アクチュエータとは、前輪及び後輪の舵角を、これらの変化を促す車両のドライバの操作から独立して変化させることが可能な装置である。このドライバの操作とは、好適には、ステアリングホイル等の各種操舵入力手段を介した操舵トルク又は操舵角等の入力等の操作を意味する。従って、前輪及び後輪舵角可変装置によれば、ドライバがステアリングホイルから手を放していても、或いはステアリングを保舵しているのみであっても、上記舵角を所望の値に変化させることが可能である。
【0046】
即ち、前輪及び後輪舵角可変アクチュエータとは、各種操舵入力手段から操舵輪(好適には、前輪)へ至る操舵入力の機械的伝達経路を担う通常の操舵機構とは本質的意味合いにおいて異なるものである。但し、物理構成上の観点から見れば、前輪及び後輪舵角可変アクチュエータの少なくとも一部は、この種の操舵機構と共用或いは共有されていてもよい。前輪舵角可変アクチュエータは、好適な一形態として、VGRS(Variable Gear Ratio Steering:ステアリングギア比可変装置)であってもよく、後輪舵角可変アクチュエータは、好適な一形態として、ARS(Active Rear Steering:後輪操舵装置)であってもよい。
【0047】
これら前輪及び後輪舵角可変アクチュエータは、舵角の制御対象となる車輪について、制御量たる前輪舵角及び後輪舵角を少なくとも一定の範囲で変化させることが可能であるから、理論的には車両の進行方向をドライバの操舵入力とは無関係に変化させることが可能となり、スリップ角及びヨーレートを含む車両の状態量の変化を促すアクチュエータとして好適である。
【0048】
本発明の車両制御装置の他の態様では、前記複数のアクチュエータは、前記車両の前輪又は後輪の左右制駆動力差を変化させることが可能な制駆動力可変アクチュエータを含む(請求項6)。
【0049】
制駆動力可変アクチュエータとは、前輪若しくは後輪又はその両方における左右制駆動力差(左右輪の制駆動力の差である)を変化させることが可能なアクチュエータを含む装置である。制駆動力可変アクチュエータは、好適な一形態として、例えば、駆動力分配デファレンシャル機構若しくはインホイールモータシステム等を含む各種の駆動力可変装置、又はABS(Antilock Braking System)等を含む各種ECB(Electronic Controlled Braking system:電子制御制動装置)等を含む各種の制動力可変装置、或いはその両方等の実践的態様を採り得る。尚、「左右制駆動力差を変化させることが可能」とは、即ち、一義的に「左右輪の制駆動力を相互に独立して変化させることが可能」であることを意味する。
【0050】
この態様における制駆動力可変アクチュエータが左右輪の駆動力を変化させる駆動力可変装置である場合、例えば内燃機関等の各種動力源から供給されるトルク(尚、トルクと駆動力とは一義的な関係を有し得る)が、固定の又は可変な分配比率で前後輪に分配された後、この前後輪各々に分配されたトルクが、更に左右輪に所望の分配比率で分配される。その結果、左右輪の駆動力の絶対値が増減制御され、左右駆動力差が生じ得る。或いは、例えば機関トルクとは独立した駆動力が左右輪に付与され、左右輪の駆動力の絶対値が増減制御された結果として左右駆動力差が生じ得る。
【0051】
また、制駆動力可変アクチュエータが左右輪の制動力を変化させる制動力可変装置である場合、左右輪に付与される、好適には摩擦制動力としての制動力が可変とされることにより、付与される制動力の小さい側の車輪について、駆動力を相対的に高くすることと同等の効果を得ることが可能となる。即ち、制動力は、言わば負側の駆動力である。
【0052】
いずれにせよ左右輪で制駆動力差が生じると、車両は、駆動力の相対的に小さい車輪(即ち、制動力の相対的に大きい車輪である)の側(即ち、右側車輪の駆動力(制動力)が小さければ(大きければ)、右側である)へ旋回する。従って、制駆動力可変装置によれば、理論的には車両の進行方向をドライバの操舵入力とは無関係に変化させることが可能となる。即ち、制駆動力可変アクチュエータもまた、スリップ角及びヨーレートを含む車両の状態量の変化を促す装置として好適である。
【0053】
本発明の車両制御装置の他の態様では、前記複数のアクチュエータは、前記車両の操舵反力を選択的に制御可能な操舵反力制御アクチュエータを含む(請求項7)。
【0054】
上述したように、スリップ角及びヨーレートを含む車両の状態量が目標状態量となるよう車両の挙動を制御することによって、一種の自動操舵を実現し得る。このとき、ステアリングホイル等の操舵入力手段と操舵機構とを含む、操舵輪に対する操舵入力の伝達手段としての操舵装置には、例えば、操舵輪のセルフアライニングトルク等に代表される操舵反力トルクが作用し得る。
【0055】
この操舵反力トルクは、ドライバが操舵入力手段に保舵力を与えていれば、言わばステアリングの「手応え」ともなり得るが、目標とする車両の運動状態へ向けた車両運動制御は、ドライバの操舵意思から独立して遂行され得る一種の自動操舵であるから(無論、制御自体はドライバの意思で開始される性質のものであってよい)、このような操舵反力トルクは、ドライバに違和感を与え易い。また、この操舵反力トルクは、操舵入力手段を本来の旋回方向とは逆方向に回転させようとする反力トルクであるから、ドライバが保舵力を与えない所謂手放し走行時においては、操舵入力手段が逆旋回方向に切られることによって、車両の運動制御に影響を与え得る。然るに、何らかの対策を講じない限り、この反力トルクの影響により自動操舵の実現は困難である。
【0056】
この態様によれば、操舵反力制御アクチュエータは、好適な一形態として、この種の操舵反力を制御可能な、例えばEPS(ElectronicPower Steering:電子制御式パワーステアリング装置)等の操舵反力制御装置の態様を採り得る。操舵反力制御アクチュエータは、操舵反力が、車両の運動状態等に応じて設定される目標操舵反力(例えば、ドライバの手放し運転を実現するならば、実質的にゼロ相当値である)となるように制御される。このように、操舵反力制御アクチュエータは、目標走行路への追従等を行う所謂軌跡追従制御により車両の運動状態を制御する際に、該軌跡追従制御と協調して操舵反力を車両の運動状態に応じた目標操舵反力とするよう制御可能である。
【0057】
操舵反力制御アクチュエータによる、例えば補助操舵トルク等を一種の制御量として扱えば、挙動制御としての軌跡追従制御とこの操舵反力の制御との協調制御における、車両の運動制御上の自由度は三自由度となり、スリップ角及びヨーレートに加えて操舵反力を所望の値(即ち、目標操舵反力)に維持又は収束させることができる。協調制御とは、即ち、ヨーレート及びスリップ角による軌跡追従制御の実行過程で生じる操舵反力を目標操舵反力に維持(好適には、ゼロに抑制)する制御である。
【0058】
このため、操舵反力制御アクチュエータを含む複数のアクチュエータの動作によれば、スリップ角及びヨーレートを制御する他のアクチュエータの動作による軌跡追従制御に伴って、操舵反力制御アクチュエータの動作により操舵反力に係る協調制御を実現出来る。
【0059】
本発明に係る車両制御装置の他の態様では、前記アクチュエータ制御手段は、前記複数のアクチュエータの少なくとも一つに適用される制御量が対応するアクチュエータの可動範囲を越える場合、前記最適制御量を用いて、前記複数のアクチュエータを動作させる(請求項8)。
【0060】
この態様によれば、複数のアクチュエータのいずれかについて、可動範囲外での動作を強いる制御量が設定される場合に、上述した評価関数を用いて最適制御量の決定し、該最適制御量を用いて各アクチュエータの動作が制御される。
【0061】
このため、アクチュエータに対して過度の負担を生じることなく、且つ適切な動作が可能な範囲で最適制御量を決定することが出来、車両の挙動を好適に制御可能となる。他方で、アクチュエータに過度な負担が生じていない場合には、最適制御量の割り当てが実施されないため、不要なアクチュエータを動作させることを防止し、劣化を抑制することが出来る。
【0062】
本発明のこのような作用及び他の利得は次に説明する実施形態から明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】本発明の車両制御装置が搭載される車両の構成例を表す図である。
【図2】車両の各車輪に作用する制駆動力を示す図である。
【図3】車両と等価の線形二輪モデルを示す図である。
【図4】車輪のキングピン軸周りの作用モーメントを示す図である。
【図5】車輪の摩擦円を示す図である。
【図6】舵角に応じた各制御デバイスの基本重み係数の態様を示すグラフである。
【図7】アクチュエータへの制御量の例を示す表である。
【発明を実施するための形態】
【0064】
以下、図面を参照して、本発明の好適な各種実施形態について説明する。
【0065】
(1)基本構成
図1を参照して、本発明の実施形態に係る車両10の構成について説明する。ここに、図1は、車両10の基本的な構成を概念的に表してなる概略構成図である。
【0066】
図1において、車両10は、左前輪FL、右前輪FR、左後輪RL及び右後輪RRの各車輪を備え、このうち操舵輪である左前輪FL及び右前輪FRの舵角変化と、左後輪FL及び右後輪FRの舵角変化によって所望の方向に進行することが可能な構成となっている。
【0067】
車両10は、ECU100、エンジン200、駆動力分配装置300、VGRSアクチュエータ400、EPSアクチュエータ500、ECB(Electronic Controlled Braking system:電子制御式制動装置)600、カーナビゲーション装置700及びARSアクチュエータ800を備える。
【0068】
ECU100は、夫々不図示のCPU(Central Processing Unit)、ROM(Read Only Memory)及びRAM(Random Access Memory)を備え、車両10の動作全体を制御可能に構成された電子制御ユニットであり、本発明に係る「車両制御装置」の構成要素の一例である。ECU100は、ROMに格納された制御プログラムに従って、後述する制御量の算出による車両制御動作を実行可能に構成されている。
【0069】
尚、ECU100は、本発明に係る「制御量算出手段」、「係数設定手段」、「評価関数算出手段」及び「アクチュエータ制御手段」の夫々一例として機能するように構成された一体の電子制御ユニットであり、これら各手段に係る動作は、全てECU100によって実行されるように構成されている。但し、本発明に係るこれら各手段の物理的、機械的及び電気的な構成はこれに限定されるものではなく、例えばこれら各手段は、複数のECU、各種処理ユニット、各種コントローラ或いはマイコン装置等各種コンピュータシステム等として構成されていてもよい。
【0070】
エンジン200は、車両10の動力源である。
【0071】
尚、本発明に係る車両の動力源は、燃料の燃焼を機械的動力に変換して取り出し得る機関を包括する概念として各種実践的態様を有する内燃機関(エンジン200もその一例である)に限定されず、モータ等の回転電機であってもよい。或いは、車両は、これらが協調制御される所謂ハイブリッド車両であってもよい。エンジン200の駆動力出力軸たるクランク軸は、駆動力分配装置の一構成要素たるセンターデファレンシャル装置310に接続されている。尚、エンジン200の詳細な構成は、本発明の要旨との相関が薄いため、ここではその詳細を割愛する。
【0072】
駆動力分配装置300は、エンジン200から前述のクランク軸を介して伝達されるエンジントルクTeを、前輪及び後輪に所定の比率で分配可能に構成されると共に、更に前輪及び後輪の各々において左右輪の駆動力配分を変化させることが可能に構成された、本発明に係る「制駆動力可変アクチュエータ」の一例である。駆動力分配装置300は、センターデファレンシャル装置310(以下、適宜「センターデフ310」と略称する)、フロントデファレンシャル装置320(以下、適宜「フロントデフ320」と略称する)及びリアデファレンシャル装置330(以下、適宜「リアデフ330」と略称する)を備える。
【0073】
センターデフ310は、エンジン200から供給されるエンジントルクTeを、フロントデフ320及びリアデフ330に分配するLSD(Limited Slip Differential:差動制限機能付き差動機構)である。センターデフ310は、前後輪に作用する負荷が略一定な条件下では、前後輪に対し分配比50:50(一例であり限定されない)でエンジントルクTeを分配する。また、前後輪のうち一方の回転速度が他方に対し所定以上高くなると、当該一方に対し差動制限トルクが作用し、当該他方へトルクが移譲される差動制限が行われる構成となっている。即ち、センターデフ310は、所謂回転速度感応式(ビスカスカップリング式)の差動機構である。
【0074】
尚、センターデフ310は、このような回転速度感応式に限らず、入力トルクに比例して差動制限作用が大きくなるトルク感応式の差動機構であってもよい。また、遊星歯車機構により差動作用をなし、電磁クラッチの断続制御により差動制限トルクを連続的に変化させ、所定の調整範囲内で所望の分配比率を実現可能な分配比率可変型の差動機構であってもよい。いずれにせよ、センターデフ310は、前輪及び後輪に対しエンジントルクTeを分配可能な限り、公知非公知を問わず各種の実践的態様を採ってよい。
【0075】
フロントデフ320は、センターデフ310によりフロントアクスル(前輪車軸)側に分配されたエンジントルクTeを、更に、左右輪に所定の調整範囲内で設定される所望の分配比率で分配可能な分配比率可変型のLSDである。フロントデフ320は、リングギア、サンギア及びピニオンキャリアからなる遊星歯車機構と、差動制限トルクを与える電磁クラッチを備え、この遊星歯車機構のリングギアにデフケースが、サンギア及びキャリアに夫々左右の車軸が連結された構成を採る。また、差動制限トルクは、電磁クラッチに対する通電制御により連続的に制御され、フロントデフ320の物理的電気的構成上定まる所定の調整範囲内で、トルクの分配比率が連続的に可変に制御される構成となっている。
【0076】
フロントデフ320は、ECU100と電気的に接続されており、電磁クラッチへの通電制御もECU100により制御される構成となっている。従って、ECU100は、フロントデフ320の駆動制御を介して、所望の前輪左右制駆動力差(ここでは、駆動力差である)Fを生じさせることが可能である。尚、フロントデフ320の構成は、左右輪に所望の分配比率で駆動力(尚、トルクと駆動力とは一義的な関係にある)を分配可能な限りにおいて、ここに例示されるものに限定されず、公知非公知を問わず各種の態様を有し得る。いずれにせよ、このような左右駆動力配分作用は公知であり、ここでは、説明の煩雑化を防ぐ目的からここではその詳細については触れないこととする。
【0077】
リアデフ330は、センターデフ310によりプロペラシャフト11を介してリアアクスル(後輪車軸)側に分配されたエンジントルクTeを、更に、左右輪に所定の調整範囲内で設定される所望の分配比率で分配可能な分配比率可変型のLSDである。リアデフ330は、リングギア、サンギア及びピニオンキャリアからなる遊星歯車機構と、差動制限トルクを与える電磁クラッチを備え、この遊星歯車機構のリングギアにデフケースが、サンギア及びキャリアに夫々左右の車軸が連結された構成を採る。また、差動制限トルクは、電磁クラッチに対する通電制御により連続的に制御され、リアデフ330の物理的電気的構成上定まる所定の調整範囲内で、トルクの分配比率が連続的に可変に制御される構成となっている。
【0078】
リアデフ330は、ECU100と電気的に接続されており、電磁クラッチへの通電制御もECU100により制御される構成となっている。従って、ECU100は、リアデフ330の駆動制御を介して、所望の後輪左右制駆動力差(ここでは、駆動力差である)Fを生じさせることが可能である。尚、リアデフ330の構成は、左右輪に所望の分配比率で駆動力(尚、トルクと駆動力とは一義的な関係にある)を分配可能な限りにおいて、ここに例示されるものに限定されず、公知非公知を問わず各種の態様を有し得る。いずれにせよ、このような左右駆動力配分作用は公知であり、ここでは、説明の煩雑化を防ぐ目的からここではその詳細については触れないこととする。
【0079】
VGRSアクチュエータ400は、ハウジング、VGRSモータ、減速機構及びロック機構(いずれも不図示)等を備えた操舵伝達比可変装置であり、本発明に係る「前輪舵角可変アクチュエータ」の一例である。
【0080】
VGRSアクチュエータ400において、VGRSモータ、減速機構及びロック機構は、ハウジングに収容されている。このハウジングは、操舵入力手段としてのステアリングホイル12に連結されたアッパーステアリングシャフト13の下流側の端部と固定されており、アッパーステアリングシャフト13と略一体に回転可能に構成されている。
【0081】
VGRSモータは、回転子たるロータ、固定子たるステータ及び駆動力の出力軸たる回転軸を有するDCブラシレスモータである。ステータは、ハウジング内部に固定されており、ロータは、ハウジング内部で回転可能に保持されている。回転軸は、ロータと同軸回転可能に固定されており、その下流側の端部が減速機構に連結されている。このステータには、不図示の電気駆動回路から駆動電圧が供給される構成となっている。
【0082】
減速機構は、差動回転可能な複数の回転要素を有する遊星歯車機構である。この複数の回転要素の一回転要素は、VGRSモータの回転軸に連結されており、また、他の回転要素の一は、前述のハウジングに連結されている。そして残余の回転要素が、ロアステアリングシャフト14に連結されている。
【0083】
このような構成を有する減速機構によれば、ステアリングホイル12の操作量に応じたアッパーステアリングシャフト13の回転速度(即ち、ハウジングの回転速度)と、VGRSモータの回転速度(即ち、回転軸の回転速度)とにより、残余の一回転要素に連結されたロアステアリングシャフト14の回転速度が一義的に決定される。この際、回転要素相互間の差動作用により、VGRSモータの回転速度を増減制御することによって、ロアステアリングシャフト14の回転速度を増減制御することが可能となる。即ち、VGRSモータ及び減速機構の作用により、アッパーステアリングシャフト13とロアステアリングシャフト14とは相対回転可能である。尚、減速機構における各回転要素の構成上、VGRSモータの回転速度は、各回転要素相互間のギア比に応じて定まる所定の減速比に従って減速された状態でロアステアリングシャフト14に伝達される。
【0084】
このように、車両10では、アッパーステアリングシャフト13とロアステアリングシャフト14とが相対回転可能であることによって、アッパーステアリングシャフト13の回転量たる操舵角δMAと、ロアステアリングシャフト14の回転量に応じて一義的に定まる(後述するラックアンドピニオン機構のギア比も関係する)操舵輪たる前輪の舵角δとの比たる操舵伝達比が、予め定められた範囲で連続的に可変となる。
【0085】
尚、ロック機構は、VGRSモータ側のクラッチ要素とハウジング側のクラッチ要素とを備えたクラッチ機構である。両クラッチ要素が相互に係合した状態においては、アッパーステアリングシャフト13とVGRSモータの回転軸との回転速度が一致するため、必然的にロアステアリングシャフト14との回転速度もこれらと一致する。即ち、アッパーステアリングシャフト13とロアステアリングシャフト14とが直結状態となる。但し、
ロック機構の詳細については、本発明との相関が薄いためここでは割愛する。
【0086】
尚、VGRSアクチュエータ400は、ECU100と電気的に接続されており、その動作はECU100により制御される構成となっている。
【0087】
車両10において、ロアステアリングシャフト14の回転は、ラックアンドピニオン機構に伝達される。ラックアンドピニオン機構は、ロアステアリングシャフト14の下流側端部に接続された不図示のピニオンギア及び当該ピニオンギアのギア歯と噛合するギア歯が形成されたラックバー15を含む操舵伝達機構であり、ピニオンギアの回転がラックバー15の図中左右方向の運動に変換されることにより、ラックバー15の両端部に連結されたタイロッド及びナックル(符号省略)を介して操舵力が各操舵輪に伝達される構成となっている。即ち、ステアリングホイル12から各前輪に至る操舵力の伝達機構は、本発明に係る「操舵装置」の一例である。
【0088】
EPSアクチュエータ500は、永久磁石が付設されてなる回転子たる不図示のロータと、当該ロータを取り囲む固定子であるステータとを含むDCブラシレスモータとしてのEPSモータを備えた、本発明に係る「操舵反力制御アクチュエータ」の一例たる操舵トルク補助装置である。
【0089】
このEPSモータは、不図示の電気駆動装置を介した当該ステータへの通電によりEPSモータ内に形成される回転磁界の作用によってロータが回転することにより、その回転方向にEPSトルクTepsを発生可能に構成されている。
【0090】
一方、EPSモータの回転軸たるモータ軸には、不図示の減速ギアが固定されており、
この減速ギアはまた、ロアステアリングシャフト14に設けられた減速ギアと直接的に又は間接的に噛合している。このため、本実施形態において、EPSモータから発せられるEPSトルクTepsは、ロアステアリングシャフト14の回転をアシストするトルクとして機能する。このため、EPSトルクTepsが、ステアリングホイル12を介してアッパーステアリングシャフト13に与えられるドライバ操舵トルクMTと同一方向に付与された場合には、ドライバの操舵負担は、EPSトルクTepsの分だけ軽減される。
【0091】
尚、EPSアクチュエータ500は、ECU100と電気的に接続され且つその動作がECU100により制御されるモータのトルクによってドライバ操舵トルクをアシストする、所謂電子制御式パワーステアリング装置であるが、車両10に備わるパワーステアリング装置は、油圧駆動装置を介して与えられる油圧駆動力によりドライバの操舵負荷を軽減する、所謂油圧パワーステアリング装置であってもよい。
【0092】
また、VGRSアクチュエータ400とEPSアクチュエータ500とは、相互に一体化されたアクチュエータとして構成されていてもよい。
【0093】
車両10には、操舵角センサ16及び操舵トルクセンサ17が備わる。
【0094】
操舵角センサ16は、アッパーステアリングシャフト13の回転量を表す操舵角δMAを検出可能に構成された角度センサである。操舵角センサ16は、ECU100と電気的に接続されており、検出された操舵角δMAは、ECU100により一定又は不定の周期で参照される構成となっている。
【0095】
操舵トルクセンサ17は、ドライバからステアリングホイル12を介して与えられるドライバ操舵トルクMTを検出可能に構成されたセンサである。より具体的に説明すると、
アッパーステアリングシャフト13は、上流部と下流部とに分割されており、図示せぬトーションバーにより相互に連結された構成を有している。係るトーションバーの上流側及び下流側の両端部には、回転位相差検出用のリングが固定されている。このトーションバーは、車両10のドライバがステアリングホイル12を操作した際にアッパーステアリングシャフト13の上流部を介して伝達される操舵トルク(即ち、ドライバ操舵トルクMT)に応じてその回転方向に捩れる構成となっており、係る捩れを生じさせつつ下流部に操舵トルクを伝達可能に構成されている。従って、操舵トルクの伝達に際して、先に述べた回転位相差検出用のリング相互間には回転位相差が発生する。操舵トルクセンサ17は、
係る回転位相差を検出すると共に、係る回転位相差を操舵トルクに換算してドライバ操舵トルクMTに対応する電気信号として出力可能に構成されている。操舵トルクセンサ17は、ECU100と電気的に接続されており、検出されたドライバ操舵トルクMTは、ECU100により一定又は不定の周期で参照される構成となっている。
【0096】
尚、操舵トルクの検出方式は、この種のトーションバー方式に限定されず、他の方式が採用されてもよい。
【0097】
例えば、EPSアクチュエータ500にトルクセンサが組み込まれる構成もまた一般的であり、ドライバ操舵トルクMTを特定するにあたっては、このトルクセンサの検出値を流用する、或いはこのトルクセンサの検出値に基づいて推定する等の手法が採用されてもよい。この場合、EPSアクチュエータ500と別体として構成される操舵トルクセンサ17は必ずしも搭載される必要はない。
【0098】
ECB600は、車両10の前後左右各輪に個別に制動力を付与可能に構成された、本発明に係る「制駆動力可変アクチュエータ」の他の一例たる電子制御式制動装置である。ECB600は、ブレーキアクチュエータ610並びに左前輪FL、右前輪FR、左後輪RL及び右後輪RRに夫々対応する制動装置620FL、620FR、620RL及び620RRを備える。
【0099】
ブレーキアクチュエータ610は、制動装置620FL、620FR、620RL及び620RRに対し、夫々個別に作動油を供給可能に構成された油圧制御用のアクチュエータである。ブレーキアクチュエータ610は、マスタシリンダ、電動オイルポンプ、複数の油圧伝達通路及び当該油圧伝達通路の各々に設置された電磁弁等から構成されており、
電磁弁の開閉状態を制御することにより、各制動装置に備わるホイルシリンダに供給される作動油の油圧を制動装置各々について個別に制御可能に構成されている。作動油の油圧は、各制動装置に備わるブレーキパッドの押圧力と一対一の関係にあり、作動油の油圧の高低が、各制動装置における制動力の大小に夫々対応する構成となっている。
【0100】
ブレーキアクチュエータ610は、ECU100と電気的に接続されており、各制動装置から各車輪に付与される制動力は、ECU100により制御される構成となっている。
【0101】
車両10は、車載カメラ18及び車速センサ19を備える。
【0102】
車載カメラ18は、車両10のフロントノーズに設置され、車両10の前方における所定領域を撮像可能に構成された撮像装置である。車載カメラ18は、ECU100と電気的に接続されており、撮像された前方領域は、画像データとしてECU100に一定又は不定の周期で送出される構成となっている。ECU100は、この画像データを解析し、
後述するLKA制御に必要な各種データを取得可能である。
【0103】
車速センサ19は、車両10の速度たる車速Vを検出可能に構成されたセンサである。車速センサ19は、ECU100と電気的に接続されており、検出された車速Vは、ECU100により一定又は不定の周期で参照される構成となっている。
【0104】
カーナビゲーション装置700は、車両10に設置されたGPSアンテナ及びVICSアンテナを介して取得される信号に基づいて、車両10の位置情報、車両10の周辺の道路情報(道路種別、道路幅、車線数、制限速度及び道路形状等)、信号機情報、車両10の周囲に設置された各種施設の情報、渋滞情報及び環境情報等を含む各種ナビゲーション情報を提供可能な装置である。カーナビゲーション装置700は、ECU100と電気的に接続されており、ECU100によりその動作状態が制御される構成となっている。
【0105】
ARSアクチュエータ800は、左後輪RL及び右後輪RRの舵角である後輪舵角δを、ステアリングホイル12を介してドライバが与える操舵入力とは独立して変化させることが可能な、本発明に係る「後輪舵角可変アクチュエータ」の一例たる後輪操舵用アクチュエータである。
【0106】
ARSアクチュエータ800は、ARSモータと減速ギア機構とを内蔵しており、このARSモータの駆動回路は、ECU100と電気的に接続されている。従って、ECU100は、この駆動回路の制御により、ARSモータの出力トルクであるARSトルクTarsを制御することが可能である。
【0107】
一方、減速ギアは、このARSモータのトルクを、減速を伴ってリアステアロッド20に伝達可能に構成されている。
【0108】
リアステアロッド20は、左後輪RL及び右後輪RRと、夫々ジョイント部材21RL及び21RRを介して連結されており、ARSトルクTarsによりリアステアロッド20が図示左右一方向に駆動されると、各後輪が一方向に転舵する構成となっている。
【0109】
尚、ARSアクチュエータ800は、回転運動をストローク運動に変換可能な直動機構を備えていてもよい。この種の直動機構が備わる場合、リアステアロッド20は、この直動機構の左右方向のストローク運動に応じて後輪の舵角を変化させてもよい。
【0110】
尚、後輪舵角可変アクチュエータの実践的態様は、後輪舵角δを所定の範囲で可変とし得る限りにおいて、図示ARSアクチュエータ800のものに限定されない。
【0111】
車両10は更に、ヨーレートセンサ22及びスリップ角センサ23を備える。
【0112】
ヨーレートセンサ22は、車両10のヨーレートγを検出可能に構成されたセンサである。ヨーレートセンサ22は、ECU100と電気的に接続されており、検出されたヨーレートγは、ECU100により一定又は不定の周期で参照される構成となっている。
【0113】
スリップ角センサ23は、車両10のスリップ角βを検出可能に構成されたセンサである。スリップ角センサ23は、ECU100と電気的に接続されており、検出されたスリップ角βは、ECU100により一定又は不定の周期で参照される構成となっている。
【0114】
尚、スリップ角βは、各種制御量(例えば、各輪の舵角或いは舵角相当値)及び各種車両状態量(例えば、ヨーレートγ及び車速V等)から予め設定された演算アルゴリズムに基づいて推定される構成となっていてもよい。
【0115】
尚、以降の説明においては、前後輪の舵角をドライバ側からの操舵入力から独立して制御するためのVGRSアクチュエータ400及びARSアクチュエータ800、前後輪の左右制駆動力差を変化させることが可能な駆動力分配装置300、並びにEPSトルクTepsを発生可能なEPSアクチュエータ500を包括する概念として制御デバイスという表現を用いて説明することがある。
(2)動作例
(2−1)制御デバイス毎の制御量の算出方法
以下に、ECU100による各制御デバイスを動作させるために用いる制御量の算出方法について説明する。
【0116】
始めに、図2を参照し、各輪に作用する制駆動力と車両10の旋回挙動との関係について説明する。ここに、図2は、各輪に作用する制駆動力と車両旋回方向との関係を例示する概念図である。尚、同図において、図1と重複する箇所には同一の符合を付してその説明を適宜省略することとする。
【0117】
図2に示されるように、右前輪fRに作用する駆動力と制動力との差分である右前輪制駆動力をFfR、左前輪fLに作用する駆動力と制動力との差分である左前輪制駆動力をFfL、右後輪rRに作用する駆動力と制動力との差分である右後輪制駆動力をFrR、左後輪rLに作用する駆動力と制動力との差分である左後輪制駆動力をFrLとする(実線矢印参照)。尚、ここでは各車輪について、駆動力(つまり、車両前方向への力)を正、制動力(つまり、車両後方向への力)を負として説明している。このとき、前輪fR、fLの間の制駆動力の差である前輪制駆動力差Ff、後輪rR、rLの間の制駆動力の差である後輪制駆動力差Frは、夫々以下の式(1)及び式(2)より求めされる。
【0118】
【数1】

【0119】
【数2】

【0120】
式(1)及び式(2)より求められる制駆動力差が前後輪共に与えられ、F>0(つまり、FfR>FfL)、Fr>0(つまり、FrR>FrL)なる関係が成立する場合、各車輪に対して左方向の転舵力が付与され、車両10は左方向に旋回する。これは、前後輪共に、左旋回方向に作用するモーメントが右旋回方向に作用するモーメントよりも大きくなるためである。他方、F<0(つまり、FfR<FfL)、F<0(つまり、FrR<FrL)なる関係が成立する場合、各車輪に対して右方向の転舵力が付与され、車両10は右方向に旋回する。これは、前後輪共に、右旋回方向に作用するモーメントが左旋回方向に作用するモーメントよりも大きくなるためである。
【0121】
図3及び図4を参照して、車両10の挙動についての状態量と、各制御デバイスによる制御量との関係について説明する。図3は、運動方程式に基づく車両10と等価の線形二輪モデルである。図3において、δは前輪操舵角を、δは後輪操舵角を、βはスリップ角を、γはヨーレートを、lはホイールベースを、lは車両重心から前輪軸までの前後方向距離を、lは車両重心から後輪軸までの前後方向距離を、Kは前輪コーナリングパワーを、Kは後輪コーナリングパワーを夫々示している。
【0122】
図4は、車両10の一の車輪のキングピン軸周りの釣り合いにかかる変数要素である力、トルク及び構成要素について、右前輪rFを例に挙げて示す図である。図4において、TSATは操舵反力トルクを、lはキングピンオフセットを、lはキャスタートレールとニューマチックトレールとの和を、Yは前輪横力を、τepsはEPSアクチュエータ500の動作によるEPSトルクを夫々示している。尚、図4に示すモデルは他の車輪にも適用可能である。後輪rR又はrLの場合、前輪横力Yの代わりに、後輪横力を示すYが適用される。
【0123】
図2乃至図4に示される車両10の挙動にかかる横力の釣り合いは、以下の運動方程式(3)により表わされる。
【0124】
【数3】

ここに、mは車両重量を、Vは車速を夫々示す。
【0125】
また、車両10の重心点周りのモーメントの釣り合いは、以下の運動方程式(4)により表わされる。
【0126】
【数4】

【0127】
ここに、Iは車両10のヨーイング慣性モーメントを示す。
【0128】
また、図4に示される車両10の各車輪のキングピン軸周りのトルクの静的な釣り合いより、セルフアライニングトルクTSATは、以下の運動方程式(5)により表わされる。このとき、車両10の前輪及び後輪について、左右の車輪自体の特性に差がないと仮定すると、左右の車輪に作用するコーナリングフォースには差がないと言える。このため、前輪fR及びfLの夫々に作用するコーナリングフォースは、いずれも横力Yにより表わされ、左右輪のコーナリングフォースを総合して2*Yと表すことが出来る。同様に、後輪rR及びrLの夫々に作用するコーナリングフォースを総合して、2*Yと表すことが出来る。以下の式(5)は、一の車輪の例として、右前輪rFのキングピン周りのトルクの静的な釣り合いを表す式である。
【0129】
【数5】

【0130】
上記式(3)乃至式(5)をラプラス変換することで、車両10のスリップ角β、ヨーレートγ及びセルフアライニングトルクTSATについて、各制御デバイスの制御量との間の関係が以下の式(6)により表わされる。
【0131】
【数6】

【0132】
ただし、detAは、以下の式(7)により表わされる。
【0133】
【数7】

【0134】
式(6)に示される行列係数G11乃至G35のうち、スリップ角βにかかるG11乃至G15は、以下の式(8)乃至式(11)により表わされる。
【0135】
【数8】

【0136】
【数9】

【0137】
【数10】

【0138】
【数11】

【0139】
また、式(6)に示される行列係数G11乃至G35のうち、ヨーレートγにかかるG21乃至G25は、以下の式(12)乃至式(15)により表わされる。
【0140】
【数12】

【0141】
【数13】

【0142】
【数14】

【0143】
【数15】

【0144】
また、式(6)に示される行列係数G11乃至G35のうち、セルフアライニングトルクTSATにかかるG31乃至325は、以下の式(16)乃至式(20)により表わされる。
【0145】
【数16】

【0146】
【数17】

【0147】
【数18】

【0148】
【数19】

【0149】
【数20】

【0150】
尚、上述した各式において、sはラプラス演算子を示す。式を簡易化するために、スリップ角β及びヨーレートγについて、時間的な変化の生じない、所謂定常状態について考えてもよい。このとき、ラプラス演算子s=0として扱ってよい。
【0151】
上述した各式に対して、車両状態量であるスリップ角β、ヨーレートγ及びセルフアライニングトルクTSATに対して夫々目標値を代入することにより、車両10の所望の運動状態を実現するために各制御デバイスに要求される状態量を算出することが出来る。このとき、各制御デバイス毎に算出される制御量の組み合わせは、制御すべき車両状態量と制御に用いる制御デバイス(言い換えれば、制御パラメータ)との数により規定される自由度に依存する。上述した例では、3通りの状態量を制御するために、5通りの制御デバイスを用いていることから、各制御デバイスに対して複数通りの制御量の組み合わせが算出可能となる。
【0152】
このように算出された制御デバイス毎の制御量から、以下に示す評価関数及び重み係数に基づいて、一又は複数の最適制御量が選択される。
【0153】
(2−2)重み係数及び評価関数に基づく最適制御量の決定方法
上述した制御デバイスを用いて、車両10の走行にかかるスリップ角β、ヨーレートγ及びセルフアライニングトルクTSATを制御する際の制御量の決定方法について以下に説明する。
【0154】
上述したように、車両10は、制御デバイスとして、駆動力分配装置300、VGRSアクチュエータ400、EPSアクチュエータ500、ARSアクチュエータ800及びECB700を備える。ECU100は、各制御デバイスに対応する制御量、即ち前輪舵角δ、後輪舵角δ、前輪左右制駆動力差F、後輪左右制駆動力差F及びEPSトルクτEPSの夫々に対して適用する重み係数Qf、Qr、QfF、QrF及びQEPSを設定する。そして、各制御量に対して重み係数を適用した値の累積値から評価関数Jを算出する。評価関数Jは、例えば、以下の式(21)によって表わされる。
【0155】
【数21】

【0156】
式(21)において、各制御デバイスの制御量に対して適用する重み係数Qf、Qr、QfF、QrF及びQEPSの夫々は、対応する各制御デバイスの可動範囲によって規定される制御量限界に基づいて決定されてもよい。このときの重み係数Qf、Qr、QfF、QrF及びQEPSの夫々について、具体的な算出の方法を以下の式(22)乃至式(26)に示す。
【0157】
重み係数Qf、Qr、QfF、QrF及びQEPSの夫々は、夫々の重み係数が対応する制御デバイスの可動限界により規定される制御量上限に対する各制御デバイスの実制御量の割合に、各制御デバイスについて予め設定される基本重み係数を適用することで算出される。
【0158】
例えば、VGRSアクチュエータ400等の前輪舵角δを制御する制御デバイスの制御量に対して適用する重み係数Qは、式(22)に示されるように、該VGRSアクチュエータ400について予め設定される基本重み係数qをVGRSアクチュエータ400の制御量上限δf_maxに対する実制御量δの割合に対して適用することで算出される。
【0159】
【数22】

【0160】
また、ARSアクチュエータ800等の前輪舵角δを制御する制御デバイスの制御量に対して適用する重み係数Qは、式(23)に示されるように、該ARS400について予め設定される基本重み係数qをARSアクチュエータ800の制御量上限δr_maxに対する実制御量δの割合に対して適用することで算出される。
【0161】
【数23】

【0162】
また、フロントデフ320等の前輪左右制駆動力差Fを制御する制御デバイスの制御量に対して適用する重み係数QFfは、式(24)に示されるように、該フロントデフ320について予め設定される基本重み係数qFfをフロントデフ320の制御量上限Ff_maxに対する実制御量Fの割合に対して適用することで算出される。
【0163】
【数24】

【0164】
また、リアデフ330等の後輪左右制駆動力差Fを制御する制御デバイスの制御量に対して適用する重み係数QFrは、式(25)に示されるように、該リアデフ330について予め設定される基本重み係数qFrをリアデフ330の制御量上限Fr_maxに対する実制御量Fの割合に対して適用することで算出される。
【0165】
【数25】

【0166】
また、EPSアクチュエータ500等のEPSトルクτEPSを制御する制御デバイスの制御量に対して適用する重み係数QEPSは、式(26)に示されるように、該EPSアクチュエータ500について予め設定される基本重み係数qEPSをEPSアクチュエータ500の制御量上限τEPS_maxに対する実制御量τEPSの割合に対して適用することで算出される。
【0167】
【数26】

【0168】
尚、基本重み係数q、q、qFf、qFr及びqEPSは、例えば、シミュレーションや実験等を通じて、夫々対応する制御デバイスの故障率等に応じて予め決定されることが好ましい。
【0169】
また、基本重み係数q、q、qFf、qFr及びqEPSについて、車両10の各車輪の舵角に応じて可変としてもよい。この背景として、車輪が路面との間で有効なグリップ力を維持する可能な制駆動力等の車両の前後方向の力及び横力の範囲について、車輪の摩擦円として知られる概念がある。図5に摩擦円の概念図を示す。摩擦円とは、各車輪について、駆動力、制動力及び左右のコーナリングフォース等の横力について、路面との有効なグリップ力を維持可能な範囲を示す円である。
【0170】
摩擦円の概念では、車輪に加わる横力が大きくなるにつれて有効なグリップを維持可能な制駆動力の範囲が小さくなる。このため、該範囲を越えて制駆動力が作用している場合、車両挙動が不安定になる可能性がある。
【0171】
左右のコーナリングフォース等の横力は、車輪の舵角の増大に応じて増大するため、舵角が大きい範囲では、駆動力分配装置300により実現可能な制御量は小さくなると言える。
【0172】
そこで、図6のグラフに示すように、車輪の舵角に応じて、各制御デバイスの基本重み係数q、q、qFf、qFr及びqEPSを変更する制御を行ってもよい。好適な一実施形態としては、図6に示されるような車輪の舵角と基本重み係数q、q、qFf、qFr及びqEPSとの関係を示すテーブルをECU100内のメモリ内に格納し、該テーブルを参照することでこのような制御を行ってもよい。
【0173】
図6に示される例では、前輪舵角δ、後輪舵角δ及びEPSトルクτEPSに係る基本重み係数q、q及びqEPSは、舵角が比較的小さい状態では一定であり、舵角の増大に応じて減少し、所定値以上の舵角ではまた一定となる。
【0174】
他方で、前輪左右制駆動力差F及び後輪左右制駆動力差Fに係る基本重み係数qFf及びqFrは、舵角の増大に応じて増大し、所定値以上の舵角ではまた一定となる。
【0175】
上述した式(21)に示されるように、重み係数が相対的に大きいほど、対応する制御デバイスに要求される制御量は相対的に小さくなる。従って、上述のように基本重み係数q、q、qFf、qFr及びqEPSを変更する制御を行うことで、舵角が比較的大きい状態では駆動力分配装置300に対して要求する制御量が小さくなるよう設定出来る。尚、制御デバイスに要求される制御量は、対応する重み係数の相対的な値に基づくため、かかる制御は一部だけ実施されても適宜効果を生じ得る。
【0176】
ECU100は、算出した各制御デバイスの制御量について、上述の式(21)で算出される評価関数Jを比較し、例えば、評価関数Jが最小となる制御量を各制御デバイスを動作させる最適制御量として用いる。該最適制御量によれば、特定の制御デバイスに対して可動範囲外の動作を要求することによる過負荷が生じることを好適に抑制した上で、駆動力分配装置300、VGRSアクチュエータ400、EPSアクチュエータ500、ARSアクチュエータ800の夫々を動作させ、車両運動を好適に制御することが可能となる。
【0177】
(3)制御例
図7を参照して、車両10の走行時の車両制御動作による各制御デバイスの制御量の設定の例について説明する。図7は、各制御デバイスについて、車両制御動作の実施前後における制御量、可動範囲によって規定される制御量上限を示すシステム上限、及びシステム上限に対する制御量の割合である使用率を示す表である。尚、図7(a)は、車両制御動作の実施前、図7(b)車両制御動作の実施後の各数値を表している。
【0178】
図7に示す車両制御動作に係る車両10の走行時の運動状態を車速V=100[km/h]、横G=0.3[G]としたときの目標状態量を夫々スリップ角β=0[rad]、ヨーレートγ=0.1058[rad/s]、セルフアライニングトルクTSAT=0[Nm]とする。
【0179】
尚、以下の説明では、制駆動力可変アクチュエータの一例である駆動力分配装置300について、前輪fR、fLについての駆動力の分配を実施する構成をフロントデフ320、後輪rR、rLについての駆動力の分配を実施する構成をリアデフ330として夫々記載している。
【0180】
図7(a)に示される車両制御動作の実施前の状態では、ECU100は、フロントデフ320、VGRSアクチュエータ400及びARSアクチュエータ800の3通りのアクチュエータを制御デバイスとして車両10の挙動を制御している。このとき、目標状態量がスリップ角β、ヨーレートγ及びセルフアライニングトルクTSATの3通りに対して、制御可能な制御パラメータは前輪左右制駆動力差F、前輪舵角δ及び後輪舵角δの3通りに限られるため、各制御デバイスに要求される制御量は、図7(a)に示されるように一意的に決定される。
【0181】
尚、図7の例では、フロントデフ320の前輪左右制駆動力差Fに対するシステム上限、及びリアデフ330の後輪左右制駆動力差Fに対するシステム上限は、5000[N]に規定されている。また、VGRSアクチュエータ400の前輪舵角δに対するシステム上限は、3[deg]に規定されている。また、ARSアクチュエータ800の後輪舵角δに対するシステム上限は、2[deg]に規定されている。また、EPSアクチュエータ500のEPSトルクτEPSに対するシステム上限は、150[Nm]に規定されている。
【0182】
図7(a)の例では、VGRSアクチュエータ400の制御量が0.8946[N]に設定され、使用率が29.82%となっている。また、ARSアクチュエータ800の制御量が0.7113[N]に設定され、使用率が35.57%となっている。また、フロントデフ320の制御量が6198[N]に設定され、制御量がシステム上限を上回り、使用率が123.98%となっている。他方で、リアデフ330及びEPSアクチュエータ500の使用率は0%である。
【0183】
このように制御デバイスの制御量を設定する場合、フロントデフ320に対して要求される制御量がシステム上限を越えてしまい、要求される制御を実現出来ない。このため、過負荷によりフロントデフ320に故障等が生じる可能性があると共に、車両10の挙動を適切に制御出来ない可能性がある。このような場合には、各制御デバイスに割り当てられる制御量をシステム上限等に応じて適切に設定することが好ましい。
【0184】
図7(b)に示される例では、ECU100は、同様の目標状態量を実現するために、フロントデフ320、VGRSアクチュエータ400及びARSアクチュエータ800に加え、リアデフ330及びEPSアクチュエータ500に対しても制御量を割当て、動作をさせるよう、上述した評価関数Jに基づく制御量の設定を行っている。
【0185】
図7(b)の例では、VGRSアクチュエータ400の制御量が1.1046[N]に設定され、使用率が36.82%となっている。また、ARSアクチュエータ800の制御量が0.6198[N]に設定され、使用率が30.99%となっている。また、フロントデフ320及びリアデフ330の夫々の制御量が2400[N]に設定され、使用率がいずれも48%となっている。また、EPSアクチュエータ500の制御量が72.90[Nm]に設定され、使用率が48.6%となっている。
【0186】
このように評価関数Jに基づいて各制御デバイスの制御量を設定することで、特定の制御デバイスに負担が集中し、システム上限を超える制御量を要求されること等により、過負荷が生じることを好適に抑制出来る。従って、制御デバイスにおいて処理負荷、電気的負荷又は熱負荷等の負荷を軽減可能となり、過負荷状態を好適に抑制出来る。また、車両10の挙動についても適切な制御を維持することが出来る。
【0187】
尚、このような車両制御動作の好適な一形態として、車両10が備える制御デバイスを、通常走行時の車両挙動の制御に用いるものと、所謂予備的な制御デバイスとに分類することが考えられる。このとき、ECU100は、車両10の通常走行時の制御には、通常走行用の制御デバイスのみに対して制御量を割り当てる。そして、特定の制御デバイスに要求される制御量がシステム上限又は所定の閾値を超過する場合に、ECU100の動作により、予備的な制御デバイスに対して制御量を割り当てる動作を行う。
【0188】
このように車両制御動作を設定することで、不要な制御デバイスの動作を抑制出来、制御デバイスの劣化防止等を実現出来る。
【0189】
本発明は、上述した実施例に限られるものではなく、請求の範囲及び明細書全体から読み取れる発明の要旨或いは思想に反しない範囲で適宜変更可能であり、そのような変更を伴う車両の車両制御装置もまた本発明の技術的範囲に含まれるものである。
【符号の説明】
【0190】
FL、FR、RL、RR 車輪、
10 車両、
11 プロペラシャフト、
12 ステアリングホイル、
13 アッパーステアリングシャフト、
14 ロアステアリングシャフト、
15 ラックバー、
16 操舵角センサ、
17 操舵トルクセンサ、
100 ECU、
200 エンジン、
300 駆動力分配装置、
310 センターデファレンシャル装置、
320 フロントデファレンシャル装置、
330 リアデファレンシャル装置、
400 VGRSアクチュエータ、
500 EPSアクチュエータ、
600 ECB、
610 ブレーキアクチュエータ、
620FL、
620FR、
620RL、
620RR 制動装置、
700 ECB、
800 ARSアクチュエータ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の挙動を制御する複数のアクチュエータと、
前記車両の目標運動状態に対応する目標状態量を設定し、前記車両の運動状態に対応する状態量が前記目標状態量となるように前記アクチュエータの夫々の制御量を算出する制御量算出手段と、
前記複数のアクチュエータの夫々について重み係数を設定する係数設定手段と、
前記複数のアクチュエータの夫々の前記制御量に対して前記重み係数を適用した値に基づく評価関数を算出する評価関数算出手段と、
前記評価関数が所定の条件を満たす前記制御量を前記複数のアクチュエータの夫々の最適制御量として用いて、前記複数のアクチュエータを動作させるアクチュエータ制御手段と
を備えることを特徴とする車両制御装置。
【請求項2】
車両の各車輪の舵角を検出する舵角検出手段を更に備え、
前記係数設定手段は、前記車輪の舵角に基づいて前記アクチュエータ毎の重み係数を設定することを特徴とする請求項1に記載の車両制御装置。
【請求項3】
前記係数設定手段は、前記複数のアクチュエータの夫々が可動範囲内において実現可能な制御量に応じて前記重み係数を設定することを特徴とする請求項1又は2に記載の車両制御装置。
【請求項4】
前記複数のアクチュエータは、前記車両のスリップ角、ヨーレート及びセルフアライニングトルクの制御を行うことを特徴とする請求項1から3のいずれか一項に記載の車両制御装置。
【請求項5】
前記複数のアクチュエータは、
前記車両の前輪舵角を該前輪舵角の変化を促す前記車両のドライバの操作から独立して変化させることが可能な前輪舵角可変アクチュエータと、
前記車両の後輪舵角を該後輪舵角の変化を促す前記車両のドライバの操作から独立して変化させることが可能な後輪舵角可変アクチュエータと
を含むことを特徴とする請求項1から4のいずれか一項に記載の車両制御装置。
【請求項6】
前記複数のアクチュエータは、
前記車両の前輪又は後輪の左右制駆動力差を変化させることが可能な制駆動力可変アクチュエータを含むことを特徴とする請求項1から5のいずれか一項に記載の車両制御装置。
【請求項7】
前記複数のアクチュエータは、
前記車両の操舵反力を選択的に制御可能な操舵反力制御アクチュエータを含むことを特徴とする請求項1から6のいずれか一項に記載の車両制御装置。
【請求項8】
前記アクチュエータ制御手段は、前記複数のアクチュエータの少なくとも一つに適用される制御量が対応するアクチュエータの可動範囲を越える場合、前記最適制御量を用いて、前記複数のアクチュエータを動作させることを特徴とする請求項1から7のいずれか一項に記載の車両制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−136090(P2012−136090A)
【公開日】平成24年7月19日(2012.7.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−288304(P2010−288304)
【出願日】平成22年12月24日(2010.12.24)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.VICS
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】