説明

車両挙動制御装置

【課題】高速旋回走行時など、車輪の接地荷重が増大した場合にも円滑な操舵制御を実現するための車両挙動制御装置を提供する。
【解決手段】ECU20は、ステップS2で後輪目標舵角δrrtと後輪実舵角δrrrとの差Δδrrが異常判定閾値δthを超えたか否かを判定し、この判定がYesになると、ステップS3で横Gセンサ12から入力した横加速度Gyが加速度判定閾値Gythを超えたか否か、すなわち後輪操舵アクチュエータ8rが作動遅れが右後輪3rrの接地荷重の増大によって引き起こされたか否かを判定する。ステップ3での判定がYesであった場合、ECU20は、ステップS4で接地荷重低減指令を減衰力制御部22の減衰力補正部32に出力し、後輪3rのダンパ4rの目標減衰力を低下させるように補正する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、操舵制御手段と接地荷重増減手段とを有する4輪車両に搭載される車両挙動制御装置に係り、詳しくは、操舵制御される車輪の接地荷重が増大した場合にも円滑な操舵制御を実現する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ステアリングホイールの操作に応じて前輪のみが操舵される旧来の前輪操舵車両に代わり、高速走行時における操縦安定性の向上や駐車時における旋回半径の縮小等を実現すべく、前輪と後輪とが操舵される4輪操舵車両が種々開発されている(特許文献1,2参照)。4輪操舵車両としては、例えば、前輪舵角に対する後輪舵角(後輪トー角)の比が予め低速時逆相、高速時同相となるように設定された後輪操舵比特性に基づき、後輪操舵アクチュエータを駆動制御する後輪操舵制御装置を備えたものが一般的である。
【0003】
一方、自動車用サスペンションを構成する筒型ダンパとして、操縦安定性と乗り心地とを高い次元で両立させるべく、自動車の運動状態等に応じて減衰力を可変制御できる減衰力可変型のものが種々開発されている(特許文献3参照)。また、近年の自動車では、懸架ばねとしてエアスプリングを用い、スカイフック理論に基づくアクティブ制御を行うアクティブサスペンションが出現している(特許文献4参照)。減衰力可変ダンパやアクティブサスペンションでは、減衰力を増減させる、あるいはエア圧を増減させることにより、車輪の接地荷重を変化させることが可能である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平7−33036号公報
【特許文献2】特開2008−174066号公報
【特許文献3】特開2006−273223号公報
【特許文献4】特開2004−149046号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
4輪操舵車両の後輪操舵制御装置は、各種制御パラメータ(前輪舵角、車速、目標ヨーレイト等)に基づき左右後輪の目標舵角を設定した後、実舵角を目標舵角に一致させるように後輪操舵アクチュエータを駆動制御する。ところが、高速旋回時などに車体に大きな横加速度が加わった状態では後輪の接地荷重が増大するため、後輪操舵用のアクチュエータの負荷が大きくなる。このような場合にも高応答の後輪操舵制御を実現するためには、アクチュエータを大型化してその最大出力を高める必要があるが、アクチュエータの大型化は好ましくない。
【0006】
本発明は、このような背景に鑑みなされたもので、アクチュエータを大型化することなく、円滑な操舵制御を実現するための車両挙動制御装置を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
第1の発明は、運転者により操舵されるべき1対の前輪と、転舵アクチュエータ(8)により操舵されるべき1対の後輪とを備えた車両のための車両挙動制御装置であって、前記車輪の懸架装置のそれぞれについて設けられ、該懸架装置の有効剛性を変更し得る可変懸架要素(4、4’)と、前記車両の作動状態を検出するための第1のセンサ(10、11、14)と、前記車輪のそれぞれの接地荷重を検出または予測するための第2のセンサ(12)と、前記第1のセンサにより検出された前記車両の作動状態に応じて前記転舵アクチュエータ(8)を駆動する制御ユニット(20)とを有し、前記制御ユニットが、前記第2のセンサにより前記後輪のいずれかの接地荷重の増大が検出または予測されたとき、前記後輪の少なくとも一方の前記可変懸架要素の有効剛性を、前記前輪の前記可変懸架要素の有効剛性に比較して低減するように構成されていることを特徴とする。
【0008】
この発明によれば、後輪のいずれかの接地荷重の増大が検出または予測されたとき、後輪の少なくとも一方の可変懸架要素の有効剛性を低減することにより、増大した側の後輪の接地荷重が減少するため、操舵アクチュエータを大型化させることなく円滑に作動させることができる。
【0009】
また、第2の発明は、第1の発明に係る車両挙動制御装置において、前記制御ユニットが、前記第2のセンサにより前記後輪のいずれかの接地荷重の増大が検出または予測されたとき、前記両後輪の前記可変懸架要素の有効剛性を低減するように構成されていることを特徴とする。
【0010】
この発明によれば、後輪のいずれかの接地荷重の増大が検出または予測されたとき、両後輪の可変懸架要素の有効剛性を低減することにより、増大した側の後輪の接地荷重がより減少するため、操舵アクチュエータをより円滑に作動させることができる。
【0011】
また、第3の発明は、第2の発明に係る車両挙動制御装置において、前記制御ユニットが、前記第2のセンサにより前記後輪のいずれかの接地荷重の増大が検出または予測されたとき、前記後輪の前記可変懸架要素の有効剛性を低減すると同時に、前記前輪の前記可変懸架要素の有効剛性を増大させることを特徴とする。
【0012】
この発明によれば、後輪の可変懸架要素の有効剛性を低減すると同時に、前輪の可変懸架要素の有効剛性を増大させることにより、後輪の接地荷重の増大を前輪の接地荷重の増大に転換し、増大した側の後輪の接地荷重をより減少させることができる。また、車体全体として可変懸架要素の有効剛性が増大することにより、車体のロールが抑制され、ロール角の増大に起因する後輪の接地荷重の増大も防止される。
【0013】
また、第4の発明は、第3の発明に係る車両挙動制御装置において、前記制御ユニットが、前記第2のセンサにより、前記車両の旋回運動に起因する前記後輪のいずれかの接地荷重の増大が検出または予測されたとき、前記車両のロール角を実質的に増減することの無いように、前記後輪の前記可変懸架要素の有効剛性を低減すると同時に、前記前輪の前記可変懸架要素の有効剛性を増大させることを特徴とする。
【0014】
この発明によれば、前輪の可変懸架要素の有効剛性を増大させることで、車両のロール角の増減を実質的に無くすことにより、ロールの増減による違和感を乗員に与えることなく操舵アクチュエータの円滑な作動を実現することができる。
【0015】
また、第5の発明は、第4の発明に係る車両挙動制御装置において、前記制御ユニットにより与えられる前記後輪の目標舵角と前記転舵アクチュエータにより実現される前記後輪の実舵角との差が所定値以上であるときにのみ、前記制御ユニットによる前記前輪及び後輪の前記可変懸架要素の有効剛性の増減を許可することを特徴とする。
【0016】
可変懸架要素の有効剛性を増減させると、乗り心地や車両の姿勢制御に影響を及ぼし得るが、この発明によれば、後輪の目標舵角と実舵角との差が所定値以上であるときにのみ前輪及び後輪の可変懸架要素の有効剛性の増減を許可することにより、操舵アクチュエータの作動に影響のない範囲では、増大した側の後輪の接地荷重を減少させず、乗り心地と円滑な操舵アクチュエータの作動との両立を図ることができる。
【0017】
また、第6の発明は、第4または第5の発明に係る車両挙動制御装置において、車体の横加速度が所定値以上であるときにのみ、前記制御ユニットによる前記前輪及び後輪の前記可変懸架要素の有効剛性の増減を許可することを特徴とする。
【0018】
この発明によれば、車体の横加速度が所定値以上であるときにのみ、前記制御ユニットによる前記前輪及び後輪の前記可変懸架要素の有効剛性の増減を許可することにより、接地荷重の増大が旋回運動に起因し、且つ接地荷重の増大量が操舵アクチュエータの作動に影響を与えない範囲では、増大した側の後輪の接地荷重を減少させず、第5の発明と同様、乗り心地と円滑な操舵アクチュエータの作動との両立を図ることができる。
【0019】
また、第7の発明は、第1〜第6の発明に係る車両挙動制御装置において、前記可変懸架要素が減衰力可変ダンパ(4)を含むことを特徴とする。この発明によれば、減衰力可変ダンパを利用して増大した側の後輪の接地荷重を低減することができるため、専用の接地荷重増減装置を設ける必要がなく、コストの上昇を招かずに済む。また、例えば磁気粘性流体を用いるものを採用した場合には、接地荷重の低減を瞬時に行えるため、走行安定性の低下を効果的に抑制できる。
【0020】
また、第8の発明は、第1〜第6の発明に係る車両挙動制御装置において、前記可変懸架要素がアクティブサスペンション要素(4’)を含むことを特徴とする。この発明によれば、アクティブサスペンション装置を利用して操舵車輪の接地荷重を低減するため、第7の発明と同様に、専用装置の設置によるコストの上昇を避けることができる。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、操舵制御手段のアクチュエータを大型化することなく円滑な操舵制御を実現し、あるはい、操舵性能を低下させることなく操舵アクチュエータを小型化することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】実施形態に係る4輪自動車の概略構成図
【図2】実施形態に係るECUの要部を示すブロック図
【図3】実施形態に係る接地荷重低減制御の手順を示すフローチャート
【図4】実施形態に係る4輪自動車のヨーレイト/後輪舵角応答を示すグラフ
【図5】実施形態に係る4輪自動車の横加速度/後輪舵角応答を示すグラフ
【図6】実施形態に係る4輪自動車のロール角/後輪操舵応答を示すグラフ
【図7】車両の2輪モデルによる荷重移動の説明図
【図8】変形実施形態に係るECUの要部を示すブロック図
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、図面を参照して実施形態に係る車両挙動制御装置について詳細に説明する。先ず、図1を参照して、車両挙動制御装を搭載した4輪操舵自動車(以下、単に自動車Vと記す)の概略構成について説明する。説明にあたり、4本の車輪やそれらに対して配置された部材、すなわち、タイヤやサスペンション等については、それぞれ数字の符号に前後左右を示す添字を付して、例えば、左前輪3fl、右前輪3fr、左後輪3rl、右後輪3rrと記すとともに、総称する場合には車輪3と記す。
【0024】
図1に示すように、自動車(車両)Vの車体1にはタイヤ2が装着された車輪3が前後左右に設置されており、これら各車輪3がサスペンションアームやスプリング、減衰力可変ダンパ(以下、単にダンパ4と記す)等からなるサスペンション5によって車体1に懸架されている。自動車Vには、左右後輪3rl,3rrの操舵にそれぞれ供される左右後輪操舵機構6l,6rと、各ダンパ4fl〜4rrや両後輪操舵機構6l,6r等を駆動制御するECU(Electronic Control Unit:電子制御ユニット)20とが設置されている。
【0025】
ダンパ4は、MRF(Magneto-Rheological Fluid:磁気粘性流体)を作動液とするテレスコピック型であり、ECU20がピストンに組み込まれた磁気流体バルブへの供給電流を制御することにより、その減衰力が無段階かつ瞬時に変化する。また、後輪操舵機構6は、車体1と後輪側ナックル7との間に介装された直動式の後輪操舵アクチュエータ8を備えており、ECU20が後輪操舵アクチュエータ8への供給電流を制御することにより、左右後輪3rl,3rrを独立して操舵する。
【0026】
自動車Vには、ステアリングホイールの操舵角を検出する操舵角センサ10、車速を検出する車速センサ11、横加速度を検出する横Gセンサ12、前後加速度を検出する前後Gセンサ13、ヨーレイトを検出するヨーレイトセンサ14等が車体1の適所に設置されるとともに、ホイールハウス付近の車体の上下加速度を検出する上下Gセンサ(上下運動量検出手段)15と、ダンパ4のストローク速度を検出するストロークセンサ16とが各車輪3ごとに設置されている。また、後輪操舵アクチュエータ8には、その作動量(すなわち、左右後輪3rl,3rrの実舵角)を検出するポジションセンサ(リニアエンコーダ)17が設置されている。
【0027】
ECU20は、マイクロコンピュータやROM、RAM、周辺回路、入出力インタフェース、各種ドライバ等から構成されており、図2に示すように、通信回線(本実施形態では、CAN(Controller Area Network))を介して各センサ10〜17、ダンパ4および後輪操舵機構8等と接続されている。図2に示すように、ECU20には、各センサ10〜17の検出信号が入力する入力インタフェース21、ダンパ4の減衰力制御を行う減衰力制御部22、後輪操舵アクチュエータ8の操舵制御を行う後輪操舵制御部23、減衰力制御部22や後輪操舵制御部23からの駆動電流の出力に供される出力インタフェース24とが内装されている。
【0028】
減衰力制御部22は、各センサ10〜15の検出信号に基づき各ダンパ4fl〜4rrの目標減衰力を設定する目標減衰力設定部31、後輪操舵制御部23から入力した荷重低減指令に基づき各ダンパ4fl〜4rrの目標減衰力を補正する減衰力補正部32、目標減衰力とストローク速度とに基づきダンパ4の駆動電流を出力する駆動電流出力部33を有している。
【0029】
後輪操舵制御部23は、操舵角センサ10やヨーレイトセンサ14の検出信号に基づき規範ヨーレイトを設定し、規範ヨーレイトを実現するための後輪目標舵角を設定する目標舵角設定部41、後輪目標舵角とポジションセンサ17から入力した後輪実舵角との差に基づき後輪操舵アクチュエータ8の目標駆動量を設定する目標駆動量設定部42、目標駆動量に基づき後輪操舵アクチュエータ8の駆動電流を出力する駆動電流出力部43、後輪目標舵角と後輪実舵角と横Gセンサ12から入力した横加速度とに基づき荷重低減指令を出力する荷重低減指令出力部44を有している。
【0030】
自動車Vが運転を開始すると、ECU20は、所定の制御インターバル(例えば、2ms)をもって、減衰力制御と後輪操舵制御とを実行する。
【0031】
減衰力制御にあたり、ECU20は、各センサ10〜15の検出信号に基づき自動車Vの運動状態を判定した後、その判定結果からスカイフック制御値とロール制御値とピッチ制御値とを各車輪3についてそれぞれ算出する。次に、ECU20は、これら3つの制御値から、ダンパ4のストローク速度の方向と符号が等しく、絶対値が最も大きいものを目標減衰力として選択した後、目標減衰力とストローク速度とに基づき目標電流マップから目標電流を設定して各ダンパ4に出力する。
【0032】
一方、後輪操舵制御にあたり、ECU20は、操舵角センサ10やヨーレイトセンサ14の検出信号に基づき目標舵角マップから左右後輪3rl,3rrの目標舵角(後輪目標舵角)を検索し、この後輪目標舵角とポジションセンサ17から入力した実舵角との差から後輪操舵アクチュエータ8の目標駆動量を設定して両後輪操舵アクチュエータ8に出力する。
【0033】
次に、フローチャートを参照して、本実施形態に係る接地荷重低減制御を説明する。なお、接地荷重低減制御は、左右後輪3rl,3rrに対して全く同一の手順で行われるが、説明が煩雑になることを防ぐために右後輪3rrに対してのみ言及する。
【0034】
ECU20は、上述した減衰力制御や後輪操舵制御と並行して、図3のフローチャートにその手順を示す接地荷重低減制御を実行する。接地荷重低減制御を開始すると、ECU20は、図3のステップS1で後輪操舵指令が出力されたか否か(後輪操舵アクチュエータ8rに駆動電流が出力されたか否か)を判定し、この判定がNoであれば何ら処理を行わずにスタートに戻る。後輪操舵アクチュエータ8rを作動させていないときには作動遅れが生じ得ず、接地荷重低減指令を出力する必要がないため、ステップ1の判定処理が行われる。
【0035】
自動車Vが旋回走行やスラローム走行を行って後輪操舵指令が出力されると、ステップS1の判定がYesとなるため、ECU20は、ステップS2で後輪目標舵角δrrtと後輪実舵角δrrrとの差Δδrrが異常判定閾値δthを超えたか否かを判定し、この判定がNoであれば何ら処理を行わずにスタートに戻る。
【0036】
なお、ステップ2の判定処理は、接地荷重が増大したことを検出するものであるが、接地荷重が増大したとしても、後輪操舵アクチュエータ8rの機械的故障が原因であった場合や、後輪操舵アクチュエータ8rに作動遅れが生じていないような場合にまで接地荷重低減指令を出力すると、不必要に乗り心地や車両の姿勢制御を悪化させてしまうため、このような事態が生じるのを回避するために行われる。
【0037】
右後輪3rrの接地荷重が大きくなり、操舵抵抗の増大によって後輪操舵アクチュエータ8rが作動遅れを起こしてステップS2の判定がYesになると、ECU20は、ステップS3で横Gセンサ12から入力した横加速度Gyが判定閾値Gythを超えたか否かを判定し(すなわち、車体の横加速度Gyに基づいて後輪3rの接地荷重が増大したか否かを判定し)、この判定がNoであれば何ら処理を行わずにスタートに戻る。
【0038】
なお、ステップS3の判定は、ステップ2で後輪目標舵角δrrtと後輪実舵角δrrrとの差Δδrrが異常判定閾値δthを超えた場合(後輪操舵アクチュエータ8rが作動遅れを起こした場合)であっても、後輪操舵アクチュエータ8rの機械的故障が原因であった場合には右後輪3rrの接地荷重を低減させても後輪操舵アクチュエータ8rの作動に影響はなく、逆に乗り心地や車両の姿勢制御に影響を及ぼし得るため、Δδrrが大きくなった原因が接地荷重の増大(横加速度Gyの増大)にあり、且つ接地荷重の増大量が操舵アクチュエータの作動に影響のない範囲を超えているときにのみ接地荷重低減指令を許可することで、乗り心地と操舵アクチュエータの円滑な作動との両立を図るために行われる。
【0039】
一方、ステップS3の判定もYesであった場合、ECU20は、ステップS4で接地荷重低減指令を減衰力制御部22の減衰力補正部32に出力する。
【0040】
次に、接地荷重低減指令に基づく減衰力補正部32による減衰力補正について説明する。自動車Vは、高横加速度を発生する旋回走行を行うと、後輪操舵制御によって規範ヨーレイト追従制御が行われる影響により、前輪3fの操舵入力に対するヨーレイト応答の周波数特性が図4に実線で示すようなものとなる。そして、後輪操舵制御(図中では、RTCと記す)有りの自動車Vのヨーレイト/舵角応答は、後輪操舵制御無しのヨーレイト/舵角応答に比べて安定した値を示す。一方、後輪操舵制御有りの場合には、ヨーレイト/舵角応答が、操舵周波数1.4deg/s付近で後輪操舵制御無しのものと同一の値となるが、このとき、ヨーレイトの位相は後輪操舵制御無しの場合よりも進んでいる。つまり、後輪操舵制御によって後輪舵角が前輪舵角と逆相となる逆相制御が行われている。そのため、図5に示すように、自動車Vでは、横加速度/舵角応答が後輪操舵制御無しの場合と比べて大きく、すなわち、横加速度が発生し易くなる。その結果、図6に示すように、ロール角/操舵応答も大きくなり、荷重移動が大きくなって旋回外側の後輪操舵アクチュエータ8rの負荷が大きくなる。
【0041】
ここで、旋回外輪側への後輪荷重移動について説明する。図7はモデル化した自動車Vにおける旋回走行中の後輪荷重移動の説明図であり、(A)は車両の2輪モデルの正面を示し、(B)は車両の2輪モデルの斜視を示している。図示する車両モデルにおいて、旋回外側の後輪で増大する内外輪間の荷重移動量ΔWrは、モーメントの釣り合いから次式(1)で表される。
【数1】

但し、d:後輪トレッド、W:車体重量、y:横力、h:ロール中心高さ、φ:ロール角、l:前輪車軸と車両重心点間の距離、l:ホイールベース、Kφr:後輪ロール剛性、である。
【0042】
上式(1)からわかるように、ロール角φを変化させることなく後輪ロール剛性Kφrを小さくすることができれば、後輪の荷重移動量ΔWrを小さくして旋回外側の後輪3rの接地荷重を低減することができる。
【0043】
そこで、ECU20は、ステップS4で減衰力補正部32が接地荷重低減指令を受け取ると、次のような目標減衰力補正処理を行う。すなわち、ECU20は、減衰力補正部32において、左右両後輪3rのダンパ4rについて目標減衰力を低下させるような補正値を設定してその有効剛性を低減補正する。一方、後輪ロール剛性Kφrを小さくのみでは、ロール角φが大きくなってしまうため、後輪3rの荷重移動量ΔWrを小さくすることはできない。そのため、ECU20は、減衰力補正部32において、左右両前輪3fのダンパ4fについて目標減衰力を高めるような補正値を設定してその有効剛性を増大補正する。この際、前輪3fのダンパ4fの補正量を後輪3rのダンパ3rの補正量と同量、すなわち後輪3rのダンパ4rの補正量と正負が逆で絶対値が同一の補正値に設定し、前輪ロール剛性Kφfと後輪ロール剛性Kφrとの和(ロール剛性Kφ)が変化しないようにする。
【0044】
このような目標減衰力補正処理を行うことにより、ロール角φを変化させることなく後輪ロール剛性Kφrを小さくして後輪3rの荷重移動量ΔWrを小さくすることができるため、右後輪3rrの接地荷重を低減し、応答遅れを起こすことなく後輪操舵アクチュエータ8rを正常に作動させることができる。その結果、後輪目標舵角δrrtと後輪実舵角δrrrとの乖離が生じることがなく、後輪操舵アクチュエータ8rの最大出力を超えるような高横力走行時においても非常に安定した走行が可能となる。また、前輪3fのダンパ4fの補正量と後輪3rのダンパ4rの補正量とを同量に設定することにより、自動車V全体としてのロール剛性Kφが一定に保たれるため、自動車Vのロール角φの増減が実質的に無くなり、乗員がロール変化による違和感を覚えることも防止できる。
【0045】
≪変形実施形態≫
次に、図9を参照して本発明の変形実施形態について説明する。なお、上記実施形態と同一の装置や部品については同一の符号を付し、重複する説明は省略し、上記実施形態と異なる点について重点的に説明する。
【0046】
本変形実施形態に係る自動車Vは、可変懸架要素として減衰力可変ダンパ4の代わりにアクティブ制御式のサスペンション4’fl〜4’rrを前後左右の車輪3fl〜3rrについてそれぞれ備える。アクティブサスペンション4’は、公知の構成のものでよく、ECU20による駆動電流の制御によってそのアクティブ力、すなわち有効剛性を無段階かつ瞬時に変化させる。
【0047】
ECU20は、各センサ10〜15の検出信号に基づき各アクティブサスペンション4’fl〜4’rrの目標アクティブ力を設定する目標アクティブ力設定部31’、後輪操舵制御部23から入力した荷重低減指令に基づき各アクティブサスペンション4’fl〜4’rrの目標アクティブ力を補正する目標アクティブ力補正部32’、目標アクティブ力とストローク速度とに基づきアクティブサスペンション4’の駆動電流を出力する駆動電流出力部33を備えたアクティブ力制御部22’を内装している。
【0048】
ECU20は、目標アクティブ力補正部32’が接地荷重低減指令を受け取ると、上記実施形態と同様に次のような目標アクティブ力補正処理を行う。すなわち、ECU20は、目標アクティブ力補正部32’において、左右両後輪3rl,3rrのアクティブサスペンション4’について目標アクティブ力を低下させるような補正値を設定してその有効剛性を低減補正するとともに、左右両前輪のアクティブサスペンション4’について目標アクティブ力を高めるような補正値を設定してその有効剛性を増大補正する。
【0049】
このようなアクティブ力補正処理を行うことによっても、旋回外側の後輪3rの接地荷重を低減し、応答遅れを起こすことなく後輪操舵アクチュエータ8を正常に作動させることができる。その結果、後輪目標舵角δrrtと後輪実舵角δrrrとの乖離が生じることがなく、後輪操舵アクチュエータ8rの最大出力を超えるような高横力走行時においても非常に安定した走行が可能となる。
【0050】
以上で具体的実施形態の説明を終えるが、本発明の態様は上記実施形態に限られるものではない。例えば、上記実施形態では車輪の接地荷重を検出するための第2のセンサとして横Gセンサを採用し、横加速度Gyから接地荷重の増大を検出したが、ロードセルなどで後輪の接地荷重を直接検出したり、ダンパのストローク等から接地荷重を推定する形態をとたったりしてもよい。或いは、ステアリングホイールの操舵角および車速などから車輪の接地荷重を予測してもよい。なお、上記実施形態では、可変懸架要素に対する補正量について言及していないが、可変懸架要素に対する補正量は、横加速度Gyに基づいて設定してもよく、荷重移動量ΔWrと関係を有する後輪目標舵角δrrtと後輪実舵角δrrrとの差Δδrrに基づいて設定してもよい。
【0051】
また、上記実施形態の目標減衰力補正処理では、後輪の可変懸架要素について有効剛性を低減するだけでなく、車両のロール角を実質的に増減することの無いように、前輪の可変懸架要素について有効剛性を増大させているが、前輪の可変懸架要素に対する有効剛性の増大量を後輪の可変懸架要素に対する有効剛性の低減量よりも小さくしたり、或いは、前輪の可変懸架要素について有効剛性を増大させないようにしたりしてもよい。後輪ロール剛性Kφrの低減に伴なってロール角φは大きくなるが、車体全体のロール剛性Kφには前輪ロール剛性Kφfが含まれるため、後輪ロール剛性Kφrの低減率よりもロール角φの増大率のほうが小さく、結果として後輪の荷重移動量ΔWrが小さくなるからである。
【0052】
また、上記実施形態の目標減衰力補正処理では、左右の後輪について可変懸架要素の有効剛性を低減しているが、左右一方(例えば、旋回外側)の後輪についてのみの可変懸架要素の有効剛性を低減してもよい。左右一方の後輪について可変懸架要素の有効剛性を低減すれば、後輪全体としての有効剛性Kφrが小さくなるため、転舵アクチュエータの作動遅れが懸念される旋回外側の後輪の接地荷重を低減できるからである。なお、いずれの場合であっても、後輪の可変懸架要素の有効剛性を低減する際には、前輪の可変懸架要素の有効剛性に比較して低減すればよく、上記したように前輪の可変懸架要素の有効剛性を増大させない場合だけでなく、前輪の可変懸架要素の有効剛性を低減させる場合であっても、この低減量に比較して後輪の可変懸架要素の有効剛性を低減することにより、所定の効果を得ることができる。その他、本発明の趣旨を逸脱しない範囲であれば、自動車や制御装置の具体的構成、制御の具体的手順等について適宜変更可能である。
【符号の説明】
【0053】
3 車輪
4 減衰力可変ダンパ(可変懸架要素)
6 後輪操舵機構
8 後輪操舵アクチュエータ
10 操舵角センサ(第1のセンサ)
11 車速センサ(第1のセンサ)
12 横Gセンサ(第2のセンサ)
14 ヨーレイトセンサ(第1のセンサ)
20 ECU
22 減衰力制御部
32 減衰力補正部
23 後輪操舵制御部
44 荷重低減指令出力部
V 4輪操舵自動車

【特許請求の範囲】
【請求項1】
運転者により操舵されるべき1対の前輪と、転舵アクチュエータにより操舵されるべき1対の後輪とを備えた車両のための車両挙動制御装置であって、
前記車輪の懸架装置のそれぞれについて設けられ、該懸架装置の有効剛性を変更し得る可変懸架要素と、
前記車両の作動状態を検出するための第1のセンサと、
前記車輪のそれぞれの接地荷重を検出または予測するための第2のセンサと、
前記第1のセンサにより検出された前記車両の作動状態に応じて前記転舵アクチュエータを駆動する制御ユニットとを有し、
前記制御ユニットが、前記第2のセンサにより前記後輪のいずれかの接地荷重の増大が検出または予測されたとき、前記後輪の少なくとも一方の前記可変懸架要素の有効剛性を、前記前輪の前記可変懸架要素の有効剛性に比較して低減するように構成されていることを特徴とする車両挙動制御装置。
【請求項2】
前記制御ユニットが、前記第2のセンサにより前記後輪のいずれかの接地荷重の増大が検出または予測されたとき、前記両後輪の前記可変懸架要素の有効剛性を低減するように構成されていることを特徴とする、請求項1に記載の車両挙動制御装置。
【請求項3】
前記制御ユニットが、前記第2のセンサにより前記後輪のいずれかの接地荷重の増大が検出または予測されたとき、前記後輪の前記可変懸架要素の有効剛性を低減すると同時に、前記前輪の前記可変懸架要素の有効剛性を増大させることを特徴とする、請求項2に記載の車両挙動制御装置。
【請求項4】
前記制御ユニットが、前記第2のセンサにより、前記車両の旋回運動に起因する前記後輪のいずれかの接地荷重の増大が検出または予測されたとき、前記車両のロール角を実質的に増減することの無いように、前記後輪の前記可変懸架要素の有効剛性を低減すると同時に、前記前輪の前記可変懸架要素の有効剛性を増大させることを特徴とする、請求項3に記載の車両挙動制御装置。
【請求項5】
前記制御ユニットにより与えられる前記後輪の目標舵角と前記転舵アクチュエータにより実現される前記後輪の実舵角との差が所定値以上であるときにのみ、前記制御ユニットによる前記前輪及び後輪の前記可変懸架要素の有効剛性の増減を許可することを特徴とする、請求項4に記載の車両挙動制御装置。
【請求項6】
車体の横加速度が所定値以上であるときにのみ、前記制御ユニットによる前記前輪及び後輪の前記可変懸架要素の有効剛性の増減を許可することを特徴とする、請求項4または請求項5に記載の車両挙動制御装置。
【請求項7】
前記可変懸架要素が減衰力可変ダンパを含むことを特徴とする、請求項1〜請求項6のいずれか一項に記載の車両挙動制御装置。
【請求項8】
前記可変懸架要素がアクティブサスペンション要素を含むことを特徴とする、請求項1〜請求項6のいずれか一項に記載の車両挙動制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−208619(P2010−208619A)
【公開日】平成22年9月24日(2010.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−27397(P2010−27397)
【出願日】平成22年2月10日(2010.2.10)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】