説明

AlN系III族窒化物結晶の作製方法およびAlN系III族窒化物厚膜

【課題】比較的簡便な手法によって低転位のAlN系III族窒化物厚膜を得ることができる方法を提供する。
【解決手段】所定の基材上にMOCVD法によってAlN系III族窒化物成長下地層が形成されてなるエピタキシャル基板の上に、HVPE法によってAlN系III族窒化物厚膜をエピタキシャル形成する場合に、MOCVD法における加熱温度よりも高い温度で該エピタキシャル基板を加熱処理した上で、厚膜層の形成を行うようにすることで、厚膜層の低転位化を実現することができる。すなわち、HVPE法を用いた厚膜成長に先立って、加熱処理という比較的簡便な処理を施すだけで、HVPE法による成長に際して特別の構成を有する装置を用いたり、あるいは成長条件に特段の限定を加えたりしなくとも、低転位のAlN系III族窒化物からなる厚膜層を形成することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、AlN系III族窒化物の厚膜作製技術に関する。
【背景技術】
【0002】
III族窒化物結晶は、フォトニックデバイス及び電子デバイスなどの半導体素子を構成する材料として用いられている。
【0003】
III族窒化物結晶の厚膜(III族窒化物厚膜)は、所定の基板の上に、III族窒化物結晶をエピタキシャル形成させることで作製されるのが一般的である。基板としては、サファイアやSiCなどの単結晶基材を用いる態様もあるが、そうした単結晶基材の上に、III族窒化物結晶をせいぜい10μm程度に(熱膨張率差に起因したそりの生じない程度に)エピタキシャル形成させてなる、いわゆるエピタキシャル基板(テンプレート基板とも称する)が用いられることもある。
【0004】
エピタキシャル基板は通常、MOCVD法(有機金属化学的気相成長法)、MBE法(分子線エピタキシ−法)といった薄膜形成方法を用いて、その上に形成する厚膜と同種又は異種のIII族窒化物結晶をエピタキシャル形成することによって得られる。
【0005】
このようなエピタキシャル基板の上に、LPE(Liquid Phase Epitaxy)、HVPE(Hydride Vapor Phase Epitaxy)、昇華法などの成長方法を用いてIII族窒化物厚膜を作製する技術は、すでに公知である(例えば、特許文献1および特許文献2参照)。これらの手法は、成膜速度が速いという特徴を有しているので、III族窒化物厚膜の形成に適した手法であるといえる。
【0006】
一方、サファイアまたはSiCの上に、100nm程度の厚みのAlNバッファ層を形成したうえで数μm程度の厚みを有するGaNおよびGaリッチなIII族窒化物の機能層を形成してなる発光素子の製造方法において、該機能層のひび割れを防ぐことを目的として、バッファ層形成後に1350℃〜1500℃でアニールを行う技術が公知である(例えば、特許文献3参照)。
【0007】
【特許文献1】特開2005−223126号公報
【特許文献2】特開2005−225248号公報
【特許文献3】特開平9−64477号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
III族窒化物厚膜の形成にエピタキシャル基板を用いる場合、III族窒化物厚膜の結晶品質は、基板にエピタキシャル形成されてなるIII族窒化物層(テンプレート層)の結晶品質に依存する。例えば、特許文献2にも開示されているように、テンプレート層内で生じた転位は、その上に形成されるIII族窒化物厚膜に貫通することが知られている。
【0009】
特許文献2においては、石英製の反応チャンバー内でHVPE法による気相成長を行う装置であって、原料ガスと基板とを独立に加熱する手段を設けてなる装置が開示されており、さらには、サファイア基板、Si基板あるいはこれらの基板上にAlNにて形成したテンプレート層の上に当該装置を用いてAlN厚膜を形成する場合に、基板温度を1300℃以上とすることで、エピタキシャル成長の横方向成長性を強めることができ、これによって厚膜の貫通転位を減少できる旨が開示されている。
【0010】
特許文献2に開示されているAlN厚膜の成長に際しては、石英に対する腐食能を有するAlClよりもAlCl3が優先的に生成するように反応ガスの温度を750℃以下とするようになっているが、温度設定によっては相当程度のAlClが生成することになる。その一方で、基板は1300℃以上に、場合によっては1700℃にまで加熱するようになっている。また、係る加熱はAlNの厚膜成長を行っている間は維持されるものであるので、AlN膜の厚みを大きくしようとするほど、加熱時間も長くなることになる。このような基板への加熱が直接に石英チャンバーを加熱させるものではないとしても、高い加熱温度で長時間基板を加熱する場合には、基板周囲の雰囲気温度が想定よりも高くなる可能性は否定できず、そのような場合にAlClによる腐食が生じるおそれは高いと考えられる。
【0011】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、比較的簡便な手法によって低転位のAlN系III族窒化物厚膜を得ることができる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
請求項1の発明は、所定の基材の上に第1のAlN系III族窒化物からなる下地層を形成することにより成長用基板を得る第1形成工程と、前記成長用基板の上に10μm以上の膜厚の第2のAlN系III族窒化物からなる結晶層を形成する第2形成工程と、を含むAlN系III族窒化物結晶の作製方法であって、前記第1形成工程における前記下地層の形成温度よりも高い温度であってかつ1500℃以上の温度を加熱温度として前記成長用基板を加熱する加熱工程、をさらに備え、前記加熱工程を経た成長用基板を用いて前記第2形成工程を行う、ことを特徴とする。
【0013】
また、請求項2の発明は、請求項1に記載のAlN系III族窒化物結晶の作製方法であって、前記第1形成工程における前記下地層の形成膜厚が前記第2の形成工程における前記結晶層の形成膜厚より小さい、ことを特徴とする。
【0014】
また、請求項3の発明は、請求項1または請求項2に記載のAlN系III族窒化物結晶の作製方法であって、前記第1形成工程における前記下地層の形成速度が前記第2の形成工程における前記結晶層の形成速度よりも小さい、ことを特徴とする。
【0015】
また、請求項4の発明は、請求項1ないし請求項3のいずれかに記載のAlN系III族窒化物結晶の作製方法であって、前記第1形成工程をMOCVD法によって行い、前記第2形成工程をHVPE法によって行う、ことを特徴とする。
【0016】
また、請求項5の発明は、請求項1ないし請求項4のいずれかに記載のAlN系III族窒化物結晶の作製方法であって、前記第1形成工程においては、AlNからなる前記下地層をエピタキシャル形成する、ことを特徴とする。
【0017】
また、請求項6の発明は、請求項1ないし請求項5のいずれかに記載のAlN系III族窒化物結晶の作製方法であって、前記第2形成工程における前記結晶層の形成温度が前記加熱温度以下である、ことを特徴とする。
【0018】
また、請求項7の発明は、請求項6に記載のAlN系III族窒化物結晶の作製方法であって、前記第2形成工程における前記結晶層の形成温度が1400℃以上である、ことを特徴とする。
【0019】
また、請求項8の発明は、請求項1ないし請求項7のいずれかに記載のAlN系III族窒化物結晶の作製方法であって、前記第1形成工程における前記結晶層の形成温度が1300℃以下である、ことを特徴とする。
【0020】
また、請求項9の発明は、請求項1ないし請求項8のいずれかに記載のAlN系III族窒化物結晶の作製方法であって、前記加熱工程を前記第1形成工程及び第2形成工程に用いる加熱手段とは異なる加熱手段を用いて行う、ことを特徴とする。
【0021】
また、請求項10の発明は、AlN系III族窒化物厚膜が、請求項1ないし請求項9のいずれかに記載のAlN系III族窒化物結晶の作製方法を用いて作製されてなることを特徴とする。
【発明の効果】
【0022】
請求項1ないし請求項10の発明によれば、厚膜成長に先立って、加熱処理という比較的簡便な処理を施すだけで、第2のAlN系III族窒化物からなる結晶層の低転位化を実現することができる。これには、下地層からの貫通転位が結晶層の成長方向に対して斜め方向に傾いて成長することによって合体消失することも寄与している。また、基材と下地層との間の熱応力に起因して、結晶層の面内方向に引張応力が生じるような場合であっても、加熱処理によって引張応力を低減することができるので、結晶層におけるクラックの発生も抑制できる。
【0023】
特に、請求項9の発明によれば、MOCVD法やHVPE法による結晶成長を行うための処理装置を加熱処理にまで用いずとも、汎用的な加熱処理装置を用いて加熱処理を行うことによって、第2のAlN系III族窒化物からなる結晶層の低転位化を実現することができる。従って、MOCVD法やHVPE法に用いる処理装置に加熱処理の実現に伴う特別の構成を備える必要はなく、また、HVPE法を用いた第2形成工程における処理条件に特段の制限が加わることもない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
<成長下地層の形成>
図1は、本発明の実施の形態に係るAlN系III族窒化物厚膜の形成を説明するための模式図である。図1においては、AlN系III族窒化物厚膜形成用基板(以下、単に「基板」と称する)1の上に、AlN系III族窒化物からなる結晶層である厚膜層2が形成された積層構造3を断面図として示している。
【0025】
基板1は、基材1aと、その上に形成された成長下地層1bとにより構成される。成長下地層1bは、AlリッチなIII族窒化物であるAlN系III族窒化物からなる結晶層である。なお、本実施の形態においてIII族窒化物とは、BxAlyGazIn1-x-y-zN(x,y,z≧0)の組成で表され、一般にはウルツ鉱構造のものを示すが、閃亜鉛鉱構造を有する物質でもよい。成長下地層1bは、基板1にとっては表面層であるが、基板1を用いた単結晶成長の際に下地層としての役割を果たすものである。成長下地層1bは、基材1a上にAlN系III族窒化物を成長させることによって形成される。すなわち、基板1はいわゆるテンプレート基板である。厚膜成長時には、成長下地層1bの直上に厚膜層2が形成される。本実施の形態に係る基板1は、この成長下地層1bが好適に形成されることで、高結晶品質のAlN系III族窒化物厚膜を得るのに適した基板として供されるものである。
【0026】
基材1aは、その上に形成する成長下地層1bの組成や構造、あるいはさらにその上に形成される厚膜層2に応じて適宜に選択される。例えば、SiC(炭化ケイ素)やサファイアなどの基板を用いる。あるいは、ZnO、LiAlO2、LiGaO2、MgAl24、(LaSr)(AlTa)O3、NdGaO3、MgOといった各種酸化物材料、Si、Ge、ダイアモンドといった各種IV族単結晶、SiGeといった各種IV−IV族化合物、GaAs、AlN、GaN、AlGaNといった各種III−V族化合物およびZrB2といった各種ホウ化物の単結晶から適宜選択して用いてもよい。このうち、(0001)面を主面とするIII族窒化物によって成長下地層1bを構成する場合には、例えば(0001)面SiCあるいは(11−20)面及び(0001)面サファイアを基材1aとして用いることができる。また、(11−20)面を主面とするIII族窒化物によって成長下地層1bを構成する場合には、例えば(11−20)面SiCあるいは(10−12)面サファイアを基材1aとして用いることができる。基材1aの厚みには特段の材質上の制限はないが、取り扱いの便宜上、数百μm〜数mmの厚みのものが好適である。
【0027】
紫外域での光デバイス用途の場合には、基材1aとしては動作波長の光に対し透明な材料を用いることが望ましく、III族窒化物結晶の結晶構造との相性から鑑みると、サファイアが最も好適である。また、高出力の光デバイスや、放熱性が必要な電子デバイスなどを用途とする場合には、基材1aとしては高い熱伝導率を持つSiCが最も好適である。
【0028】
成長下地層1bは、各種薄膜成膜方法によって形成されたAlN系III族窒化物からなるエピタキシャル膜であるのが、その好適な一態様である。成膜方法としては、MOCVD法、MBE法、スパッタ法、HVPE法等が想定される。MOCVD法を適用する場合には、PALE法(パルス原子層エピタキシ法;Pulsed Atomic Layer Epitaxy)、プラズマアシスト法やレーザーアシスト法などが併用できる。MOCVD法は、製造条件を高精度に制御することができるので、高品質な結晶を成長させることに適している。結晶品質の優れた厚膜層2を成長下地層1bの上に形成するという観点からは、少なくとも、成長下地層1bの形成速度が厚膜層2の形成速度よりも小さくなるように、成長下地層1bおよび厚膜層2の形成手法を選択することが好ましい。厚膜層2の形成手法については後述する。
【0029】
なお、成長下地層1bとしては、エピタキシャル膜の他に、アモルファス膜なども想定される。成膜手法を同じくする場合であっても、成長形成条件(形成温度など)の設定を違えることで、両者を作り分けることは可能である。例えば、MOCVD法の場合であれば、形成温度が低ければ、アモルファス状の膜が形成され、高ければエピタキシャル膜が形成される。アモルファス膜よりもエピタキシャル膜として成長下地層1bを形成した場合の方が、後述する加熱処理を施した後においてより転位密度の低いものが容易に得られる点で、好適である。エピタキシャル膜として形成した場合、成長下地層1bは一般的には1×109/cm2程度ないしはそれ以上の転位を含んでいる。また、成長下地層1bにおいては刃状転位が主に存在する。
【0030】
成長下地層1bの厚みは、特に限定されるものではなく、最終的に利用されるデバイス構造あるいは使用形態に最適な膜厚を選択する。例えば、数nm〜数mm程度の膜厚が想定される。ただし、後述するように、成長下地層1bの上に結晶層として10μm以上の厚膜層2を形成するような場合には、厚膜層2におけるクラック発生を抑制するという観点から、成長下地層1bの厚みの方が厚膜層2の厚みよりも小さいことが好ましい。また、成長下地層1bの組成は、平均組成を示しており、必ずしも組成が全て均一である必要はなく、例えば、傾斜組成にしたり、異なる組成の応力緩和層を挿入したりすることも可能である。
【0031】
また、成長下地層1b内には、成長下地層1bを形成する際に不可避的に含まれてしまうH、C、O、Si、遷移金属等の不純物が存在する場合もあるし、導電率制御のために意図的に導入される、Si、Ge、Be、Mg、Zn、Cdといった不純物を含むこともできる。
【0032】
特に、(0001)面を主面とするAlNエピタキシャル膜を成長下地層1bとして用いる場合、熱処理前の成長下地層1bについては、X線ロッキングカーブ測定(ωスキャン)による(0002)面の半値幅が200秒以下、より好ましくは100秒以下であることが好ましい。また、X線ロッキングカーブ測定(ωスキャン)による(0002)面の半値幅の下限値は、特に定めるものではないが、材料及び結晶構造から計算される理論値(〜10秒)を下回るものではない。係る半値幅が実現されるということは、成長下地層1bの表面において、成長方位に揺らぎが少なく、C面が揃い、らせん成分の転位が少ない状態が実現されているということになり、このことは成長下地層1b上に結晶品質の良い厚膜層2を形成する上でより好適だからである。上述のようなX線ロッキングカーブの半値幅を実現するためには、基材1a上に、いわゆる低温緩衝層を挿入することは望ましくないが、結晶品質を悪化させない程度の薄い低温緩衝層を挿入することは可能である。
【0033】
また、(0001)面を主面とするAlNエピタキシャル膜を成長下地層1bとして用いる場合、刃状転位密度は、AlNエピタキシャル膜としては低い数値である、5×1010/cm2以下であることが望ましい。なお、本実施の形態において、転位密度は、平面TEMを用いて評価している。窒化処理によって基材1aの表面に窒化層を形成した場合には、AlNの転位密度を上記のように低く抑えることができる。なお、条件設定によっては、成長下地層1bの転位密度を1×109/cm2の程度にまで低減することも可能である。ただし、本実施の形態においては、後述する加熱処理により転位低減の効果を得るようにしているので、必ずしも、窒化処理を加えない場合や、転位密度が5×1010/cm2よりも大きい場合を除外するものではない。
【0034】
なお、このような結晶品質を持つ(0001)面を主面とするAlNエピタキシャル膜をMOCVD法によって成長下地層1bとして形成する場合には、形成速度をせいぜい数μm/hr程度とし、また、基板自体の温度を1100℃以上1300℃以下とすることが望ましい。例えば、形成速度を1.5μm/hrとし、基板温度を1200℃とするのが好適な一例である。形成速度を低く抑える一方で基板自体の温度を上げることにより、より平衡状態に近くすることができる。係る場合、形成時間等の効率から考えて、膜厚は10μm以下、好ましくは3μm以下とするのが好適である。なお、AlリッチなIII族窒化物であるAlN系III族窒化物の場合、なかでもAlNの場合には、MOCVD法による形成温度を1250℃以上に高くすることが想定される。なお、HVPE法でも同じような条件設定とすることにより同等の結晶品質のAlNエピタキシャル膜を得ることができる。ただし、MOCVD法と比べると原料供給量を微細に調整することが難しいことから、膜厚を安定して制御するには、MOCVD法が好適である。
【0035】
また、係る場合においては、形成時圧力を1Torr以上の減圧雰囲気、好ましくは100Torr以下、さらに好ましくは20Torr以下とし、トリメチルアルミニウム等のAl原料供給ガスとアンモニアの供給比を1:500以下、より好ましくは1:200以下とするのが望ましい。気相中での、原料の反応を効率的に抑制できるからである。また、窒素原料が不足することによる結晶品質の劣化を抑制するため、1:1以上とすることが望ましい。
【0036】
<加熱処理>
本実施の形態においては、厚膜層2の形成に先立ち、基板1を、所定の処理装置によって加熱する熱処理(加熱処理)を行う。
【0037】
係る熱処理は、成長下地層1bを構成するIII族窒化物の結晶品質の改善を目的とするものである。特に、成長下地層1bの転位の低減やその表面におけるピットの解消に対して有効である。例えば、転位密度は、おおよそ1/10以下にまで減少する。特に、刃状転位を効果的に合体消失させることができる。なお、加熱処理前の転位密度が小さいほど、加熱処理による結晶品質の改善をより短時間でかつより効果的に実現することができる。
【0038】
加熱処理に際しては、加熱温度が少なくとも成長下地層1bの形成時の加熱温度よりも高く、さらに1500℃以上に達するように加熱を行う。
【0039】
なお、少なくとも成長下地層1bの形成時の加熱温度よりも高い温度に達するように加熱するのは、そのような加熱を行うことで、少なくとも転位の低減という効果が得られるからである。成長下地層1bを形成するのに最も好適なMOCVD法を用いる場合を例とすると、MOCVD法は、一般に非平衡反応によって成膜を行う手法であるので、基材1a上のエピタキシャル膜には、熱平衡状態において存在する数よりも多くの結晶欠陥(転位など)が、いわば凍結されたような状態で存在していると考えられるが、そのような加熱を行うことで、熱平衡状態に近づき、転位が低減されるものと推察される。また、MOCVD法による結晶成長を行う場合の一般的な基板の加熱温度は1250℃以下、AlNの場合であってもせいぜい1500℃以下であるので、成長下地層1bの形成が係る温度範囲で行われているのであれば、1500℃以上に達するように加熱処理を行うことで、転位の低減という効果を得ることができる。もちろん、1500℃以上の基板温度で成長下地層1bを形成した場合においても、係る基板温度以上の温度で加熱処理を行うことにより、転位低減の効果を得ることはできる。また、他の成膜手法にて成長下地層1bを形成した場合も、1500℃以上に加熱することで、同様の転位低減効果を得ることができる。
【0040】
加えて、成長下地層1bの膜厚がある程度大きい場合、例えば0.5μm程度ないしはそれ以上の場合には、表面に存在するピットの解消も加熱によって実現できる。加えて、後述する厚膜層2の面内方向に発生する引張応力を効果的に低減することもできる。引張応力の低減効果は1500℃以下での熱処理によっても確認できるが、厚膜層2として10μm以上の厚みの結晶層を成長させようとする場合には、係る温度範囲での加熱では応力低減の効果は不十分であり、厚膜層2の成長過程における厚膜層2でのクラックの発生を抑制することが困難となるという問題がある。なお、1500℃以上の加熱を行った場合には、表面平坦性の改善という効果が得られることも確認されている。
【0041】
一方、成長下地層1bの膜厚が0.005μm程度ないしそれ以上で、0.5μm以下の場合、例えば0.2μm程度の場合には、ピットの解消と表面粗さの改善のいずれについても実現するためには、1600℃以上における熱処理が必要である。このように、膜厚が薄い場合、III族窒化物結晶からなるエピタキシャル膜を成長下地層1bとして形成する際に、成長下地層1bと基材1aの格子ミスマッチによる三次元核の形成に伴う表面平坦性の大幅な悪化が引き起こされているため、熱処理の温度を1600℃以上と高くすることにより、物質移動の効果をより促進する必要があると考えられる。もちろん、0.5μm以上の膜厚を持つ成長下地層1bにおいてもこの効果は存在し、より効果的にピットの解消が可能となるため、0.5μm以上の膜厚を持つ成長下地層1bの場合において1600℃以上における熱処理を行うことを排除するものではない。
【0042】
このような加熱処理による転位低減その他の成長下地層1bの結晶品質の改善は、成長下地層1bを構成するAlN系III族窒化物の全III族元素におけるAlの割合が80モル%以上である場合に特に有効であり、なかでもAlNの場合に有効である。AlNの場合、組成揺らぎ等のばらつきの問題が無いので、品質管理上はこの場合が最も望ましいが、全III族元素におけるAlの割合が80モル%以上であれば、AlNで形成する場合とほぼ同程度の結晶品質を有する成長下地層1bをMOCVD法で得ることができ、さらにAlNの場合と同じ温度の加熱処理を行うことで、AlNの場合と同様の結晶品質の改善効果が確認される。全III族元素におけるAlの割合が80%未満の場合、AlNの場合と同じ温度で加熱処理を行うと、他のIII族元素、例えばGa成分の蒸発によるピットや点欠陥の発生が問題となり、表面平坦性が損なわれる場合がある。
【0043】
また、AlリッチなIII族窒化物ほど、効果的に結晶品質を改善することができ、AlNの場合にその効果が最も顕著である。Alを多く含むIII族窒化物は、同じくIII族窒化物であるGaN、InNなどと比較して融点が高く、熱分解による結晶品質劣化が起こりにくいため、高温での結晶品質の改善の効果を最も有効に活用できることがその理由である。なお、BNも融点が高いため、Bを多く含む場合にも本手法を適用することができるが、BN自体がウルツ鉱構造が安定状態の結晶構造でないため、Bを多量に含む場合は、顕著な効果を得ることは難しく、単相としてウルツ鉱構造が実現出来る程度のB濃度以下とする必要がある。
【0044】
ところで、III族窒化物結晶のエピタキシャル膜による成長下地層1bの形成そのものを、本実施の形態に係る加熱処理と同程度の高温下で行うことで結晶欠陥の抑制を図ろうとする場合、エピタキシャル成長の条件を好適に維持しつつ係る結晶欠陥の抑制を行うことになるため、その条件設定や成膜制御は一般に難しくなる。これに対して、本実施の形態においては、いったんIII族窒化物結晶のエピタキシャル膜を何らかの方法で作製した上で、これを作製温度(成膜温度)よりも高温に加熱することから、成膜自体の条件設定や制御に対して、特段の制限が要求されることがなく、品質の良いIII族窒化物結晶を得ることができる、というメリットがある。
【0045】
加熱処理中の雰囲気に関しては、III族窒化物の分解を防ぐためにも窒素元素を含有する雰囲気であるのが望ましい。例えば、窒素ガス、アンモニアガスを含む雰囲気を用いることができ、還元性を有しないということから、窒素ガス雰囲気が最も好ましい。還元性を有するガスを用いる場合、III族窒化物結晶がエッチングされてしまい、膜減り、表面荒れを生じるからである。このことを鑑みると、加熱処理に用いる処理装置については、基板1を目的とする加熱温度にまで加熱することができ、さらに、こうした窒素元素含有雰囲気を形成することができるものであれば、特に限定はされない。従って、公知の処理装置を用いることが可能である。なお、加熱処理時の圧力条件に関しては、減圧から加圧までどの圧力で行っても結晶品質が改善されることが、確認されている。
【0046】
また、係る加熱処理においては、単結晶である基材1aの結晶配列の規則性を利用して、その上に形成された成長下地層1bの結晶品質の改善が実現されるものでもある。そのため、基材1aとして用いる材料は、結晶品質の改善のために行う加熱処理の温度帯で分解、融解しないもの、あるいは、成長下地層1bを形成するIII族窒化物結晶と強く反応しないものが望ましい。加熱処理中に基材1aの結晶配列に乱れが生じるのを回避する必要があるからである。従って、加熱処理の際、基材1aと成長下地層1bとの界面において両者の反応生成物が顕著に形成されないことが望ましい。反応生成物が顕著に形成されないとは、具体的には、加熱処理後の両者の界面に反応生成物が全く存在しないか、あるいは存在したとしてもその厚みがせいぜい成長下地層1bの膜厚の1/10以下であることを意味する。この膜厚を超えると、反応生成物の存在により、成長下地層1bの表面平坦性が損なわれる可能性があるからである。よって、加熱処理により基材1aと成長下地層1bとの界面において全体的にあるいは局所的に極薄の反応生成物が生成されることは、本発明からは除外されない。転位の低減等のためのバッファ層的な役割を果たすなど、こうした極薄の反応生成物が存在した方がむしろ好ましい場合もある。係る観点からは、融点の高いサファイア、MgO、SiCが、基材1aの材料として望ましい。
【0047】
従って、加熱処理は、基材1aの融点を超えない温度範囲で、あるいは、基材1aと成長下地層1bとの反応生成物の生成が顕著に起こらない温度範囲つまりは過度な反応による成長下地層1bの結晶品質の劣化が生じない温度範囲で行うことが望ましい。特に、基材1aとしてサファイアを用い、成長下地層1bをAlN系III族窒化物にて形成する場合には、両者の界面にγ−ALONが顕著に形成されない温度範囲で加熱処理を行うことが好ましい。γ−ALONが顕著に形成されてしまうと、成長下地層1bの表面粗さが大きくなってしまうからである。
【0048】
なお、加熱処理による転位の低減は、熱平衡状態を目標とすることにより実現されるものであるので、熱処理時間は長い方が望ましい。しかし、過度な熱処理による表面平坦性の劣化が引き起こされることを避けるため、熱処理時間は、成長下地層1bの厚みに応じて適宜に設定する必要がある。
【0049】
加熱処理は、成膜処理を行うための装置であるMOCVD装置やHVPE装置を用いて行う必要はなく、別の処理装置、例えばいわゆる熱処理炉などを用いて行うことが可能である。もちろん、成長下地層1bの形成と連続して、同じMOCVD装置で加熱処理を行うことや、また、次述するHVPE法による厚膜層2の形成に用いるHVPE装置で、該厚膜層2の形成に先立って加熱処理を行うことによっても、同様の効果を得ることができる。ただし、成膜処理と加熱処理とを別の装置で行う場合、それぞれの処理に好適な装置を用いて処理を行うことが出来るので、装置構成上の制約や、あるいは処理条件設定上のの制約が少ない、というメリットがある。
【0050】
また、成長下地層1bが、(0001)面を主面とするIII族窒化物のエピタキシャル膜として形成されてなる場合、転位低減の効果が顕著に得られると共に、熱処理後の基板1の表面において、原子ステップが観察出来る程度の平坦性を実現することも可能である。このような主面を有するエピタキシャル膜として成長下地層1bを形成するためには、(0001)面サファイア、(11−20)面サファイア、(0001)面SiCを基材1aとして用いることが好適である。この場合、上記設定面から微傾斜させた基板を用いることもできる。
【0051】
なお、上述のように成長下地層1bを構成するウルツ鉱型構造をとるAlNは、結晶構造が対象中心を有さず、Al原子と窒素原子とが入れ換わると、結晶の向きが反転することになる。すなわち、結晶が原子配列に応じた極性を有しているといえる。このことを鑑みると、仮に、成長下地層1bの表面において互いに極性の異なる領域である反位区が併存する場合には、反位区の境界(反位境界)は一種の面欠陥となってしまう。この場合、熱処理後においても、この面欠陥に起因した欠陥が生じてしまうおそれがあり、好ましくない。よって、成長下地層1bは、その表面の極性が全体に揃っていることが好ましい。
【0052】
また、特にAlNを成長下地層1bのエピタキシャル膜として用いる場合、上記の転位低減効果は表面部分のみで見出されるものではなく、基材1aとIII族窒化物エピタキシャル膜界面の近傍0.01μm程度の範囲においても、表面部分と同程度に見出されることが特徴的である。これは、熱処理することにより、基板との界面近傍においても複数の刃状転位が合体消失が起こっていることによる。これは、加熱処理を行わない場合に、成長下地層1bであるAlNエピタキシャル膜の転位が、膜厚が厚くなるのに従い漸次に減少していくのと対照的である。
【0053】
このような転位の低減状態を鑑みるに、AlNエピタキシャル膜を成長下地層1bとする基板1について、表面平坦性の向上のみならず、転位密度の低減の効果を引き出すには、成長下地層1bの厚みは、この刃状転位の合体消失がほぼ終わる膜厚である5nm以上であることが必要である。好ましくは、0.05μm以上である。これは、熱処理時にAlNエピタキシャル膜がエッチングされることによる膜厚減少を考慮したものである。
【0054】
加熱処理に用いる処理装置の内部には、水素成分、酸素成分、炭素成分などといったガス中の不純物を制御するための部材が配置されていてもよい。また、基板1を固定するための治具に本機能を持たせることもできる。
【0055】
また、加熱処理の際、成長下地層1bの表面でのエッチングの抑制、不純物付着、あるいは過度な熱処理による表面荒れの抑制を目的として、成長下地層1bの表面上に、例えば窒化珪素からなる保護層を設けることもできる。ただし、特に、AlNエピタキシャル膜を成長下地層1bとして用いる場合は、その化学的安定性から、このような保護層を用いなくとも安定して熱処理の効果を得ることができる。
【0056】
<厚膜成長>
厚膜層2は、HVPE法・MOCVD法等のCVD法や昇華法・フラックス法によってAlN系III族窒化物を基板1上にエピタキシャル成長させることにより形成される。原料コスト及び形成速度の観点では、HVPE法が好適である。HVPE法の場合、AlなどのIII族金属とHClガスなどのハイドライドガスとを500℃〜700℃程度の温度下で直接に反応させてIII族原料ガス(例えばAlClxガス)を生じさせ、これとNH3ガスとを反応させることによって、AlN系III族窒化物を生じさせ、これを例えば1100℃〜1700℃程度に加熱されてなる基板1上にエピタキシャル成長させる。高濃度のAl原料を供給することができることから、HVPE法によれば、他の成膜手法による形成速度(MOCVD法であればせいぜい数μm/hr)よりも大きな、例えば数十〜数百μm/hrという形成速度で単結晶膜を成長させることが、原理的には可能である。
【0057】
厚膜層2は、10μm以上の厚みに、例えば数十〜数百μm程度の厚みに形成されるのが好適な一例である。ただし、係る場合よりも薄く、あるいはさらに厚く形成することを除外するものではない。なお、厚膜層2には、意図的であるなしにかかわらず、不純物として、III族窒化物を構成する元素以外の元素が含まれても構わない。
【0058】
AlN系III族窒化物からなる厚膜層2を、同じくAlN系III族窒化物からなる成長下地層1bの上に形成することは、基材1aの上に直接的に形成する場合に生じる、異相界面接合に伴う格子不整合あるいは結晶構造の違いによる結晶品質の劣化を防ぐことができる点で好適である。特に、HVPE法では界面部分での正確な条件制御が困難であるので、成長下地層1bを介さず直接に厚膜層2をHVPE法にて基材1a上に成長させた場合、その結晶品質は大幅に劣化してしまうことになるが、成長下地層1bの上に形成することで、このような状況は回避される。
【0059】
さらに、本実施の形態においては、上述のように加熱処理を施すことによって転位の低減その他の結晶品質の改善がされてなる基板1を、具体的には加熱処理により処理前に比して転位密度が1/10程度にまで低減されてなる基板1を用いて厚膜層2を形成する。これにより、加熱処理を行わない場合に比して低転位の厚膜層2の形成が実現される。
【0060】
特に、成長下地層1bから厚膜層2へと貫通する貫通転位については、基板1の主面(成長面)に対して略垂直な方向に貫通しそのままの方向を保って成長するよりもむしろ、該方向に対して斜め方向に貫通し成長するものが支配的であること、さらには、係る成長に伴って貫通転位は厚膜層2の内部でほとんど合体消失することが確認される。すなわち、厚膜層2の形成に先立つ上述の加熱処理は、厚膜層2の厚み方向(高さ方向)への転位の成長を抑制するうえで効果があるといえる。貫通転位が残存する厚み範囲(つまりはほぼ全ての貫通転位が合体消失に至るまでの厚み範囲)は、成長下地層1bとの界面から概ね50μm程度の範囲であることから、これよりも十分に厚い厚膜層2を形成することで、加熱処理しない場合よりも低転位な領域を十分に有する厚膜層2を実現することができる。なお、少なくとも10μm以上の厚みに形成すれば、貫通転位が実質的に低減された領域を有する厚膜層2を得ることはできる。一方、厚膜層2の厚みが10μm以下である場合には、貫通転位の低減が必ずしも十分に実現されない場合がある。すなわち、本実施の形態に係る加熱処理は、10μm以上の厚膜層2を得ようとする場合により好適な手法であるといえる。
【0061】
基材1aと成長下地層1bとの間に熱応力が存在することに起因して、厚膜層2の、成長下地層1bとの界面近傍における面内方向に、引張応力が生じる場合には、厚膜層2内にクラックが発生することがある。これを回避するためには、厚膜層2の主面内格子定数が成長下地層1bの主面内格子定数以上であるように、結晶成長を行うことが好ましい。
【0062】
一方、厚膜層2の、成長下地層1bとの界面近傍における面内に、圧縮応力が生じる場合には、上述した転位を斜め方向に進行させることによって転位密度を抑制する効果がより促進される。従って、厚膜層2の主面内格子定数が、成長下地層1bの主面内格子定数より大きくなるように結晶成長を行うことが、より好ましい。具体的には、厚膜層2における、Ga、Inの組成を大きくするか、あるいは、下地層1bにおけるAl、Bの組成を大きくするか、あるいはこれらの組み合わせによって、係る結晶成長は実現される。
【0063】
なお、本実施の形態においては、あらかじめ加熱処理によって成長下地層1bの転位を低減させた上で、HVPE法等によって厚膜層2の形成を行うようにしているので、HVPE法等による厚膜層2の結晶成長の際に、転位の低減を目的として基板1を加熱する必要はない。従って、転位の低減が実現されることを意図として基板の加熱温度を設定する必要はなく、厚膜層2の成長について好適な温度条件を設定しさえすればよいので、HVPE成長中に高温加熱することによって転位の低減を図ろうとする技術に比して、処理条件を設定する上での制約が少ないといえる。例えば、厚膜層2を形成する際の基板1の加熱温度が、加熱処理における加熱温度よりも低い温度であってもよい。特に、係る温度関係をみたす厚膜層2の形成を、成長下地層1bの形成材料の熱膨張係数よりも基材1の熱膨張係数が大きい基板1を用いて行う場合には、両者の間に生じる熱応力により、厚膜層2の面内方向により大きな圧縮応力を生じることになるので、厚膜層2におけるクラックの発生をより低減させることができる。
【0064】
さらには、基板温度と形成速度との関係を適宜に保つことによって、表面平坦性の良好な厚膜層2を形成することも可能である。その場合において、形成温度が1400℃以上であれば、形成速度の自由度が比較的高いことが確認されている。形成速度の制御は、Al原料ガスの供給量を制御することにより可能である。なぜならば、該供給量と厚膜層2の形成速度との間には、正の相関があるからである。ただし、具体的な供給量の範囲は、個々の製造装置の構成等によって適宜に定めることになる。なお、Al原料ガスの供給量に代えて、あるいはこれと共に、該製造装置の反応管内における形成時圧力や、NH3ガスの流量や、Al原料ガス等のガス流速のいずれか、あるいはこれらの一部若しくは全部を組み合わせた制御を行うことにより、形成速度を制御する態様であってもよい。
【0065】
なお、HVPE法による厚膜層2の形成に際しては、窒素ガスを主成分とすることで、厚膜層2の表面の平坦性をより向上させることができる。
【0066】
また、HVPE法にてAlClxガスとNH3ガスとを反応させる際には、形成時圧力を5Torr以上50Torr以下とするのが望ましい。こうした条件を選定した場合、気相中での反応が抑制されて、原料ガスの厚膜層2への取り込み率が大きくなるので、原料ガスの利用効率が高まるという利点がある。
【0067】
以上、説明したように、本実施の形態によれば、所定の基材上にMOCVD法等によってエピタキシャル形成されてなるAlN系III族窒化物からなる成長下地層が形成されてなるエピタキシャル基板の上に、HVPE法等によってAlN系III族窒化物からなる厚膜層をエピタキシャル形成することによってAlN系III族窒化物厚膜を得る場合に、成長下地層を形成する際の加熱温度よりも高い温度であってかつ1500℃以上の温度で該エピタキシャル基板を加熱処理した上で、厚膜層の形成を行うようにすることで、厚膜層の低転位化を実現することができる。特に、10μm以上の膜厚を有するように厚膜層を形成するような場合に、低転位化の効果を好適に得ることができる。
【0068】
すなわち、HVPE法等を用いた厚膜成長に先立って、加熱処理という比較的簡便な処理を施すだけで、厚膜層の成長に際して特別の構成を有する装置を用いたり、あるいは成長条件に特段の限定を加えたりしなくとも、低転位のAlN系III族窒化物からなる厚膜層を形成することができる。
【0069】
<変形例>
上述の実施の形態においては、加熱処理および厚膜成長に関し、主として、エピタキシャル膜として成長下地層を設けたテンプレート基板を用いる場合を対象に説明しているが、これに代わり、所定の単結晶基材の上に、アモルファスあるいは多結晶のいわゆる低温バッファ層を20nm程度の厚みで形成してなる下地基板を用いて結晶成長を行う場合であっても、下地基板に対する加熱処理は、結晶品質の優れた結晶層をその上に形成するうえで有効である。例えば、係る下地基板に対して1300℃以上の加熱温度で加熱処理を行い、その後、該加熱温度よりも低い形成温度にてIII族窒化物層を形成するようにすることで、結晶品質の優れたIII族窒化物単結晶層を得ることができる。
【実施例】
【0070】
(実施例1)
基材1aとして2インチ径の厚さ400μmの(0001)面サファイア単結晶を用いることとし、これを公知のMOCVD装置の反応容器内のサセプタに載置した。反応容器内の圧力を20Torr以下に設定した後、全ガスの平均流速を1m/sec以上となるように流量を設定し、基材1a自体の温度を1200℃まで昇温した。
【0071】
その後、NH3ガスを供給して基材1aの表面に窒化処理を施した後、TMAとNH3とを供給して、成長下地層1bとして厚さ1μmのAlN層をエピタキシャル形成した。これにより、基板1を得た。この際、形成速度を1.5μm/hrとなるように、TMA及びNH3の供給量を設定した。AlNの(0002)面のX線ロッキングカーブを測定したところ、その半値幅は200秒以下であり、転位密度は8×109/cm2であり、AFM(原子間力顕微鏡)により原子ステップが明瞭に観察された。この際、III族原子面の成長を実現するために、AlN層成長中のIII族原料とV族原料の供給モル比が1:100となるように設定している。AlN層の成長終了後、基板1を反応容器から取り出した。
【0072】
次に、基板1を公知の熱処理炉の炉室内の所定位置に配置して、炉室内の圧力を1気圧に保持しつつN2ガスを供給し、1650℃で2時間の加熱処理を行った。
【0073】
上記の加熱処理の後、AlN層の結晶品質を評価したところ、X線ロッキングカ−ブの(0002)面の半値幅が100秒、(10−12)面の半値幅が500秒であった。転位密度は、いずれも2×109/cm2であった。加熱処理の終了後、基板1を炉室内から取り出した。
【0074】
次に、この基板1を公知のHVPE装置の反応管のサセプタに設置した。また、反応管内のボートには、金属Al原料を保持した、すなわち、III族元素としては、Alのみを用いるものとした。
【0075】
そして、反応管内の圧力を30Torrに設定するとともに、反応管内の気体反応領域の温度が550℃となるように、かつ、基板温度が1450℃となるように昇温を行った。昇温中は、NH3とN2ガスのみを供給している。
【0076】
反応管内の圧力および温度が安定すると、それぞれのガス供給源から、NH3ガスと、H2ガスとHClガス(H2希釈、20%HClガス含有)とを所定のガス導入管を介してボートの近傍へと供給し、NH3ガスと、H2ガスとを、異なるガス導入管を介してサセプタで保持された基板1の近傍へ供給した。これにより、基板1の上にAlNからなる厚膜層2としてのAlN厚膜層を100μmの厚みにエピタキシャル形成させた。なお、係るAlN厚膜層の形成に際しては、HClの供給量を調整することによってAlNの成長速度が30μm/hrとなるように制御し、反応管内圧力は30Torrに設定している。
【0077】
得られたAlN厚膜層の表面での転位密度は5×107/cm2であった。AlN厚膜層の内部の転位の状態をTEMにて確認したところ、転位の進行方向が、成長方向に対して大きく傾いており、転位同士の合体消失が顕著に生じていることが観察され、クラックも存在しなかった。なお、本実施例において、熱処理温度・時間の組み合わせを1550℃・20時間、1750℃・10分とした場合においても、同様の結果が確認された。
【0078】
(実施例2)
基板1の加熱処理を、成長下地層1bとしてのAlN層の形成に用いたMOCVD装置内で、該AlN層の形成に引き続いて行ったほかは、実施例1と同様にAlN厚膜層の形成までを行った。MOCVD装置における加熱処理は、実施例1の場合と同様に、反応管内の圧力を1気圧に保持しつつN2ガスを供給し、1650℃で2時間行った。
【0079】
これにより得られたAlN厚膜層の転位の状態は、実施例1と同様であり、クラックも存在しなかった。
【0080】
(実施例3)
基板1の加熱処理を、厚膜層2としてのAlN厚膜層の形成に用いたHVPE装置内で行い、その後引き続いて該装置にてAlN厚膜層の形成を行ったほかは、実施例1と同様にAlN厚膜層の形成までを行った。HVPE装置における加熱処理は、実施例1の場合と同様に、反応管内の圧力を1気圧に保持しつつN2ガスを供給し、1650℃で2時間行った。
【0081】
これにより得られたAlN厚膜層の転位の状態は、実施例1と同様であり、クラックも存在しなかった。
【0082】
(実施例4)
基材1aとして2インチ径の厚さ400μmの(0001)面6H−SiC単結晶を用いることとし、成長下地層1bとして厚さ0.5μmのAlN層をエピタキシャル形成する他、実施例1ないし3と同様にAlN厚膜層の形成を行った。
【0083】
これにより得られたAlN厚膜層の転位の状態は、実施例1ないし3と同様であり、クラックも存在しなかった。
【0084】
(実施例5)
成長下地層1bを形成する際に、TMAとTEBとNH3とを供給して、成長下地層1bとして厚さ1μmのAl0.990.01N層をエピタキシャル形成する他、実施例1ないし3と同様にAlN厚膜層の形成を行った。
【0085】
得られたAlN厚膜層の表面での転位密度は3×107/cm2であった。AlN厚膜層の内部の転位の状態をTEMにて確認したところ、転位の進行方向が、結晶成長方向に対して大きく傾いており、転位同士の合体消失が顕著に生じていることが観察され、クラックも存在しなかった。
【0086】
(実施例6)
厚膜層2として、金属Al原料及び金属Ga原料を用いてAl0.98Ga0.02N層を形成する他、実施例1ないし3と同様に厚膜層の形成を行った。
【0087】
得られたAl0.98Ga0.02N厚膜層の表面での転位密度は3×107/cm2であった。Al0.98Ga0.02N厚膜層の内部の転位の状態をTEMにて確認したところ、転位の進行方向が、結晶成長方向に対して大きく傾いており、転位同士の合体消失が顕著に生じていることが観察された。
【0088】
(比較例1)
実施例1の加熱処理を省略した以外は、実施例1と同様に行った。すなわち、MOCVD装置におけるAlN層の形成後、加熱処理を行うことなくHVPE装置におけるAlN厚膜層の形成を行った。
【0089】
これにより得られたAlN厚膜層の表面での転位密度は、8×109/cm2であった。また、AlN厚膜層の内部の転位の状態を確認したところ、概ね結晶成長方向に対して略平行に進行していることが観察された。合体消失は、一部に生じているのみであり、クラックの存在が確認された。
【0090】
(比較例2)
AlN厚膜層の形成を、実施例1で用いたMOCVD装置を用いて行った。厚みは、100μmとした。その他の作製条件は、成長下地層1bとしてAlN層を形成する場合と同様とした。
【0091】
これにより得られたAlN厚膜層の表面での転位密度は5×109/cm2であった。AlN厚膜層の内部の転位の状態を確認したところ、転位の進行方向が、概ね結晶成長方向に対して略平行であることが観察された。合体消失は、一部に生じているのみであり、クラックの存在が確認された。
【図面の簡単な説明】
【0092】
【図1】本発明の実施の形態に係るAlN系III族窒化物厚膜の形成を説明するための模式図である。
【符号の説明】
【0093】
1 基板
1a 基材
1b 成長下地層
2 厚膜層
3 積層構造

【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の基材の上に第1のAlN系III族窒化物からなる下地層を形成することにより成長用基板を得る第1形成工程と、
前記成長用基板の上に10μm以上の膜厚の第2のAlN系III族窒化物からなる結晶層を形成する第2形成工程と、
を含むAlN系III族窒化物結晶の作製方法であって、
前記第1形成工程における前記下地層の形成温度よりも高い温度であってかつ1500℃以上の温度を加熱温度として前記成長用基板を加熱する加熱工程、
をさらに備え、
前記加熱工程を経た成長用基板を用いて前記第2形成工程を行う、
ことを特徴とするAlN系III族窒化物結晶の作製方法。
【請求項2】
請求項1に記載のAlN系III族窒化物結晶の作製方法であって、
前記第1形成工程における前記下地層の形成膜厚が前記第2の形成工程における前記結晶層の形成膜厚より小さい、
ことを特徴とするAlN系III族窒化物結晶の作製方法。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載のAlN系III族窒化物結晶の作製方法であって、
前記第1形成工程における前記下地層の形成速度が前記第2の形成工程における前記結晶層の形成速度よりも小さい、
ことを特徴とするAlN系III族窒化物結晶の作製方法。
【請求項4】
請求項1ないし請求項3のいずれかに記載のAlN系III族窒化物結晶の作製方法であって、
前記第1形成工程をMOCVD法によって行い、前記第2形成工程をHVPE法によって行う、
ことを特徴とするAlN系III族窒化物結晶の作製方法。
【請求項5】
請求項1ないし請求項4のいずれかに記載のAlN系III族窒化物結晶の作製方法であって、
前記第1形成工程においては、AlNからなる前記下地層をエピタキシャル形成する、
ことを特徴とするAlN系III族窒化物結晶の作製方法。
【請求項6】
請求項1ないし請求項5のいずれかに記載のAlN系III族窒化物結晶の作製方法であって、
前記第2形成工程における前記結晶層の形成温度が前記加熱温度以下である、
ことを特徴とするAlN系III族窒化物結晶の作製方法。
【請求項7】
請求項6に記載のAlN系III族窒化物結晶の作製方法であって、
前記第2形成工程における前記結晶層の形成温度が1400℃以上である、
ことを特徴とするAlN系III族窒化物結晶の作製方法。
【請求項8】
請求項1ないし請求項7のいずれかに記載のAlN系III族窒化物結晶の作製方法であって、
前記第1形成工程における前記結晶層の形成温度が1300℃以下である、
ことを特徴とするAlN系III族窒化物結晶の作製方法。
【請求項9】
請求項1ないし請求項8のいずれかに記載のAlN系III族窒化物結晶の作製方法であって、
前記加熱工程を前記第1形成工程及び第2形成工程に用いる加熱手段とは異なる加熱手段を用いて行う、
ことを特徴とするAlN系III族窒化物結晶の作製方法。
【請求項10】
請求項1ないし請求項9のいずれかに記載のAlN系III族窒化物結晶の作製方法を用いて作製されてなるAlN系III族窒化物厚膜。

【図1】
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【公開番号】特開2007−266559(P2007−266559A)
【公開日】平成19年10月11日(2007.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−159535(P2006−159535)
【出願日】平成18年6月8日(2006.6.8)
【出願人】(000004064)日本碍子株式会社 (2,325)
【Fターム(参考)】