説明

エンジンの制御装置

【課題】可変動弁エンジンにおけるトルク応答性の高いポテンシャルを十分に引き出しつつ、あらゆる運転状態で効果的にシャクリを防止することが可能な、エンジントルク制御手段を提供する。
【解決手段】加減速中に発生可能な最大トルク軌道と目標トルク軌道の相対的な関係を考慮しつつ、シャクリやトルクリニアリティー等の車両性能に関わる律束条件を基に、目標トルク軌道を加減速期間中に適宜変更する。すなわち、車両に搭載されるエンジンの制御装置であって、加速や減速等の過渡運転時における実現可能な最大トルク軌道を予め算出し、算出された最大トルク軌道と目標トルク軌道の差からなる余裕代に基づいて前記目標トルク軌道を決定することを特徴とするエンジン制御装置である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両に搭載されるエンジンの制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、バルブタイミングとバルブリフトの可変機構を有し、スロットルレスにて吸気制御ひいてはトルク制御が可能な、可変動弁エンジンが実用化されている。可変動弁エンジンの特徴として、ポンプ損失低減効果による低燃費をはじめ、燃焼室に近接したバルブにて吸気制御を行うため、従来のスロットルによる吸気制御に比べ、高速な吸気(トルク)応答性等が得られる利点がある。
【0003】
一方、自動車の運転時において、急激なアクセル操作による急加速や急減速を行うと、エンジントルク急変に伴うドライブシャフト等の駆動系の捩れに起因して、車両前後振動が発生する場合がある。このような車両前後振動は一般に「シャクリ」と呼ばれ、ドライバビリティーを低下させることから、防止すべき現象である。シャクリを本質的に防止するためには、駆動系の捩りを抑制する様に、加減速時のエンジントルクの変化量を小さく設定すれば良い。しかしながら、単純にエンジントルクの変化量を小さくした場合、トルク応答性が悪化する問題があった。
【0004】
前記シャクリを防止しつつ、トルク応答性を確保するための技術が幾つか公開されているが、公知技術として例えば特許文献1がある(図12,図13)。本公報で示される、加減速時におけるエンジントルク軌道設定のシーケンスでは、まず、エンジンがエンジンマウントに対して直立位置となるエンジントルク(以下、バランストルク)を予め求めておく。次に、加減速時に発生するエンジントルクが前記バランストルクに接近した際に、ある一定期間、前記バランストルク付近に留まる様に、単位時間当たりのエンジントルクの増減率を制限する。最後に、エンジントルクがバランストルク付近を通過した後、前記エンジントルク増減率の制限を緩めて、再度エンジントルクを増減するものである。本技術により、急加減速時のエンジンの振れを緩和すると共に、エンジンの振れ収束後の駆動系に加わるトルク入力値が最適化され、駆動系の捩れに起因するシャクリの防止と、アクセル操作に対する良好なトルク応答性を両立する効果が得られる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006−242090号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
バルブ制御精度等の問題により、現状の可変動弁エンジンでは完全なスロットルレス運転には至らず、低負荷時や冷機時,ブレーキ負圧低下時等には、スロットルによる吸気制御に切替えざるを得ない場合がある。すなわち、スロットルと可変動弁による吸気制御が混在する形態となっている。その場合、スロットルと可変動弁による吸気制御では、吸気(トルク)応答性が異なることから、それぞれの特性に応じた目標トルク軌道の設定が望ましい。しかしながら特許文献1記載の技術では、スロットルによるトルク制御を行う従来型エンジンのみを対象としており、可変動弁エンジンへの適用については、十分に考慮されていない。
【0007】
本発明は以上の問題に鑑みてなされたもので、可変動弁エンジンにおけるトルク応答性の高いポテンシャルを十分に引き出しつつ、あらゆる運転状態で効果的にシャクリを防止することが可能な、エンジントルク制御手段を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
図14に示す様に、スロットルと可変動弁の吸気(トルク)制御において、各アクチュエータを最速に動かした際の吸気(トルク)応答性に違いがあり、過渡時に発生可能な最大のエンジントルク軌道が異なる。加減速時における目標トルク軌道は、前記過渡時に発生可能な最大トルク軌道(以下、過渡時最大発生トルク軌道)を超過しない範囲で設定されるべきものであるが、スロットルと可変動弁ではその設定自由度が大きく異なる。スロットルに比べて、可変動弁によるトルク制御の方が目標トルク軌道の設定自由度が大きく、軌道変更の余地は大きいが、変更については運転性に関わる各要素を考慮して的確に実施する必要がある。
【0009】
例えば、図15に示す様に、前記バランストルク通過前(加減速時にエンジンがエンジンマウントに固定される前)のトルク増加率を増大させる場合、前述のごとく本フェーズにおけるトルク増加率の増大は、加減速時のエンジン振れの増大に繋がるため、スロットルおよび可変動弁によるトルク制御共に、シャクリが発生し易い。
【0010】
一方、図16に示す様に、シャクリ低減を考慮して前記バランストルク通過後(エンジンがエンジンマウントに固定された後)のトルク増加率を増大させる場合、トルク応答性が低いスロットルによるトルク制御では、トルク増加の途中にて前記過渡時最大発生トルク軌道に到達する。その結果として、目標トルク軌道に変曲点が生じ、トルクリニアリティーが悪化する。一方、可変動弁によるトルク制御では、目標トルク軌道と過渡時最大発生トルク軌道との間の開き幅(以下、トルク余裕代)が大きいため、トルク増加の途中で変曲点は生じず、トルクリニアリティーの問題は発生しない。
【0011】
すなわち、前記トルク余裕代が大きい程、目標トルク軌道の変更自由度は増加するものの、前記の様な運転性に関する律束条件によって、軌道変更可能な加減速のフェーズと軌道変更が不可能なフェーズが存在し、それらを考慮した目標トルク軌道の設定が求められる。
【0012】
以上の様に、可変動弁エンジンに対応した目標トルク軌道設定方法として、加減速中に発生可能な最大トルク軌道と目標トルク軌道の相対的な関係を考慮しつつ、シャクリやトルクリニアリティー等の車両性能に関わる律束条件を基に、目標トルク軌道を加減速期間中に適宜変更することにより、可変動弁エンジンにおけるトルク応答性の高いポテンシャルを常時引き出すことが可能となる。
【発明の効果】
【0013】
以上示した様に、自動車の急加減速時のエンジンの振れの緩和と、エンジンの振れ収束後の駆動系に加わるトルク入力値を考慮して、過渡時のエンジントルク軌道を最適化することにより、駆動系の捩れに起因して発生する車両前後振動を防止して、ドライバビリティーを向上させることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】トルクベース型エンジン制御システムのハード構成を示す図。
【図2】第1の実施例における、トルクベース型エンジン制御の全体制御ブロック図。
【図3】バルブの開閉タイミングとバルブプロフィールの関係を示した図。
【図4】第1の実施例における、加速時要求トルク演算手段204の演算内容を示す図。
【図5】アクセル開度とドライバー要求トルクの関係について示す図。
【図6】第1の実施例における、高応答目標トルク演算のダイナミックリミット処理に用いるトルク増加量上限値テーブルの内容を示す図。
【図7】第1の実施例における、スロットルによる吸気制御を選択した際の、加速時の各演算パラメータの挙動を示す図。
【図8】点火リタード量とトルク発生率の関係を示す図。
【図9】第1の実施例における、可変動弁による吸気制御を選択した際の、加速時の各演算パラメータの挙動を示す図。
【図10】第2の実施例における、加速時要求トルク演算手段204の演算内容を示す図。
【図11】ドライバー嗜好反映手段の内容を示す図。
【図12】目標エンジントルク軌道とエンジン位置の関係を示した図。
【図13】減速から加速に移行する際の、車軸駆動力の変化について示した図。
【図14】スロットルと可変動弁における吸気(トルク)応答性の違いを示す図。
【図15】実現可能な最大のトルク軌道と目標トルク軌道の関係を示す図。
【図16】実現可能な最大のトルク軌道と目標トルク軌道の関係を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明にかかる実施例について詳細に説明する。図1は本発明に係わる第1の実施例である、理論空燃比近傍で運転される均質ストイキ燃焼対応トルクベース型エンジン制御システムのハード構成を示す図であり、図2はこのハード構成に対応したトルクベース型エンジン制御の制御ブロック図である。
【0016】
まず図1を用い、ハード構成について説明する。吸気管101入口より取り込まれた吸入空気は、エアクリーナー100を通過し、吸気管101途中に設けられたエアフロセンサ102によって吸入空気量が計測された後に、吸入空気量や吸気管負圧を調整する電子制御スロットルバルブ(以下、電制スロットル103とする)入口へ導入される。なお、エアフロセンサ102の計測値はエンジンコントロールユニット(以下、ECU116)に送信され、その値を基に空燃比が理論空燃比となるようなインジェクタ105の燃料噴射パルス幅が演算される。電制スロットル103を通過した吸入空気は、コレクタ104を通過した後にインテークマニホールド内に導入され、燃料噴射パルス幅信号に従ってインジェクタ105より噴射されたガソリン噴霧と混合して混合気となり、可変吸気カムシャフト120に駆動される吸気バルブ106の開閉に同期して燃焼室109に導入される。その後、吸気バルブ106が閉じ、ピストン110の上昇の過程で圧縮された混合気は、圧縮上死点直前付近において、ECUで指令された点火時期に従って点火プラグ107により着火し、急速に膨張してピストン110を押し下げ、エンジントルクを発生させる。その後ピストン110が上昇し、可変排気カムシャフト121に駆動される排気バルブ108が開いた瞬間から排気行程が始まり、排気ガスは排気マニホールド111へ排出される。排気マニホールド111の下流には排気を浄化するための三元触媒113が設けられ、排ガスが三元触媒113を通過する際にHC,CO,NOxの排気成分は、H2O,CO2,N2へ変換される。なお、三元触媒入口と出口には、それぞれ広域空燃比センサ112とO2センサ114が設置されており、これらのセンサにより計測されたそれぞれの空燃比情報はECU116へ送信される。ECU116では、それらの情報を基に空燃比が理論空燃比近傍となる様に、燃料噴射量調整による空燃比フィードバック制御を行う。なお、電制スロットル103の開度や可変吸気カムシャフト120,可変排気カムシャフト121への指令値は、後述するECU内で演算される目標エンジントルクに基づいて設定される。また前記燃料噴射パルス幅は、前記目標エンジントルクに応じて、気筒番号によっては0に設定される場合がある(燃料カット)。同じく前記点火時期についても、通常はMBT(最もエンジントルクが発生できる点火時期)に設定されるが、前記目標エンジントルクに応じて遅延側に設定される場合がある(点火リタード)。
【0017】
次に図2を用いて、このハード構成に対応したトルクベース型エンジン制御の全体制御ブロックを説明する。本エンジン制御は、主に目標トルク演算手段201と目標トルク実現手段202から構成されている。前記目標エンジントルク演算手段201内には、ドライバーのアクセル操作に対応した、最も基本的な要求トルクを演算するドライバー要求トルク演算手段203と、運転状態判定手段208が設置される。ドライバー要求トルク演算手段203では、アクセル開度の他、エンジン回転数,最大トルクおよびアイドル要求トルクを基に、ドライバーが要求するエンジントルクを算出する。運転状態判定手段208では、アクセル開度や車速,外部要求トルクの有無,水温などから、その状況下における運転状態を判定する。前記ドライバー要求トルク演算手段203の後段には、ドライバー要求トルクを基に演算される、加速時要求トルク,減速時要求トルク,燃料カット時要求トルク,燃料カットリカバー時要求トルク等の、過渡時の運転性を向上させるための要求トルク演算手段群が設置される。更にその後段には、目標トルク選択手段209が設置され、前記要求トルク群およびトラクションコントロールやクルーズコントロール等の外部要求トルクの中から、前記運転状態判定手段208の判定結果に従って、車両にとって最適な要求トルクを選択し、目標エンジントルク2種(低応答目標トルク210,高応答目標トルク211)と、吸気制御のみを実施したと仮定した際のエンジントルクの推定値である、吸気相当分推定トルク212を出力する。
【0018】
目標トルク実現手段202内には、吸気系アクチュエータ(電制スロットル103,可変吸気カムシャフト120,可変排気カムシャフト121)による低速なトルク制御を実現するために必要な低応答目標トルク実現手段213と、点火リタードや燃料カットによる高速なトルク制御を実現するために必要な高応答目標トルク実現手段214が存在する。低応答目標トルク実現手段213内には、目標吸気量および目標吸気管負圧演算手段215が設置され、前記低応答目標トルク210を実現するのに必要な目標吸気量と目標吸気管負圧を算出する。その後段には、前記目標吸気量と目標吸気管負圧を実現するための目標スロットル開度演算手段216と、目標バルブタイミングおよびリフト量演算手段230が設置され、所望の目標スロットル開度217と吸気バルブ開閉タイミング目標値(231,232),排気バルブ開閉タイミング目標値(233,234)が演算された後、それぞれ電制スロットル,可変吸気カムシャフト120,可変排気カムシャフト121へ送信される。
【0019】
なお前述の様に、目標吸気量を実現するための吸気デバイスは、電制スロットル103と可変動弁(可変吸気カムシャフト120,可変排気カムシャフト121)の2系統存在するが、どちらを主体的に駆動するかについては、前記運転状態判定手段208に応じて決定される。
【0020】
また、可変動弁にて吸気制御を行う場合、図3に示す様に、吸気バルブ開きタイミング目標値(IVO),吸気バルブ閉じタイミング目標値(IVC),排気バルブ開きタイミング目標値(EVO),排気バルブ閉じタイミング目標値(EVC)を指定することにより、吸気バルブの開閉プロフィール,排気バルブの開閉プロフィールが一義的に決定されて、所望の吸気制御が可能となる。
【0021】
一方、高応答目標トルク実現手段214では、高応答目標トルク211を吸気相当分推定トルク212で除算して求めたトルク補正率218を基に、トルク操作量振分け演算手段219によって所望のトルク操作割合が算出され、その目標とすべきトルク操作割合が、点火リタード量演算手段220ならびに燃料カット気筒数演算手段222に送信される。点火リタード量演算手段220では、送信された点火負担分トルク操作割合に応じて点火リタード量221を演算し、演算結果を点火時期制御演算手段へ送信する。一方、燃料カット気筒数演算手段222では、同じく送信された燃料負担分トルク操作割合に応じて燃料カット気筒数223を演算し、演算結果を燃料噴射制御演算手段へ送信する。なお、前記トルク操作割合の点火と燃料への負担割合は、前記運転状態判定手段208に応じて決定される。
【0022】
次に第1の実施例について、図4〜図9を用いて説明する。図4は、前記運転状態判定手段208によって加速判定がなされ、加速時要求トルク演算手段204が選択された場合の、加速時要求トルク演算手段204内における各パラメータ演算の詳細を示すものである。前記の様に、加速時要求トルク演算の起点となるドライバー要求トルク演算手段203では、その時々におけるエンジン回転数における最大トルクおよびアイドル要求トルクを基に、ドライバーのアクセル操作に応じた要求トルクを算出する。具体的には図5に示す様に、機械式スロットル+ISCバルブシステムとほぼ同等のトルク特性を実現するような、要求トルクの演算が実行される。即ち、アクセル全閉時にはアイドル要求トルクを算出し、アクセル開度増加と共に上に凸となる様に要求トルクを徐々に増大させ、最終的にアクセル全開時には、そのエンジン回転数における最大トルクが算出されるものである。
【0023】
加速時要求トルク演算手段204では、前記ドライバー要求トルクと後述するバランストルクを基に、加速時低応答要求トルク,加速時高応答要求トルクおよび吸気相当分推定トルクを算出する。バランストルクとは、エンジンがエンジンマウントに対し直立状態を維持するために必要なエンジントルク値であり、加速時バランストルク演算手段304では、車速やギア位置,フリクショントルクを入力とし、テーブル検索にて加速時におけるバランストルクを演算している。バランストルクの適合方法としては、R/Lの定常走行時には、エンジンはエンジンマウントに対しほぼ直立状態となるため、車速やギア位置で規定されるエンジンの運転領域毎に、R/Lの定常走行時のエンジントルクを計測し、前記定常走行時のエンジントルクを基に所望の加減速時の運転性が得られる様、補正を加えれば良い。
【0024】
まず、電制スロットル103や可変動弁制御などの低応答トルク制御に必要な、加速時低応答要求トルクの演算については、加速時低応答要求トルク演算手段301内にて、前記ドライバー目標トルクをそのまま加速時低応答要求トルクとして出力し、電制スロットルや可変動弁制御に用いている。
【0025】
次に、点火リタードや燃料カット等の高応答トルク制御に必要な、吸気相当分推定トルクと加速時高応答要求トルクの演算内容について説明する。吸気相当分推定トルクについては、吸気相当分推定トルク演算手段303にて、吸気系アクチュエータの動作遅れや吸気管ボリュームに起因する吸気の充填・放出の遅れを考慮し、前記加速時低応答要求トルクに対し、遅れ処理を行うことで吸気相当分推定トルクを算出している。具体的な遅れ処理法として、本実施例では実機データに基づいた無駄時間+一次遅れ処理を行っているが、電制スロットル103や可変動弁、吸気管101の物理モデルを構築し、それらを用いて理論的に遅れを算出しても良い。
【0026】
次に加速時高応答要求トルク演算手段302では、加速時高応答要求トルクのベースとなる吸気相当分推定トルクに対しダイナミックリミット処理を行い、加速時高応答要求トルクを算出している。前記ダイナミックリミット処理とは、単位時間当たりのトルク増加量の上限値を設定し、前記加速時高応答要求トルクの単位時間当たりのトルク増加量が、前記上限値を超えない様にコントロールするものである。具体的には、
(1)加速時高応答要求トルク基本値[前回値]とバランストルクのトルク差分を求め、図6に示す様なトルク増加量上限値テーブルにより、前記トルク差分に応じたトルク増加量上限値を算出する。
(2)トルク増加量(=吸気相当分推定トルク−加速時高応答要求トルク基本値[前回値])を求め、以下の演算を行う。
a)トルク増加量≦トルク増加量上限値の場合
加速時高応答要求トルク基本値=吸気相当分推定トルク(現在値)
b)トルク増加量>トルク増加量上限値の場合
加速時高応答要求トルク基本値
=加速時高応答要求トルク基本値[前回値]+トルク増加量上限値
(3)最後に、加速時高応答要求トルク基本値と吸気相当分推定トルク(現在値)についてセレクトロー処理を行い、最終的な加速時高応答要求トルクを算出する。
【0027】
次に、吸気系アクチュエータとして電制スロットル103が選択された際の、加速時における加速時要求トルク関連の各パラメータの挙動について図7を用いて説明する。ドライバーのアクセル操作によって加速が開始され、アクセル開度が増加するとともにドライバー要求トルクおよび低応答目標トルクが増加し、連動して電制スロットル103におけるスロットル開度が増加する。このスロットル開度の増加に伴って吸入空気量が増加し、図7中に示す様な吸気相当分のエンジントルクが立ち上がる。
【0028】
一方で上記と並行して、加速時における車両前後振動の防止と良好なアクセルレスポンスを両立する様に、高応答目標トルクが別途演算される。具体的には、吸気相当分推定トルクに前記ダイナミックリミット処理を施すことにより、単位時間当たりのトルク増加率を加速フェーズに応じて逐次制御し、図7中に示すような高応答目標トルク軌道を算出する。即ち、加速初期には高応答目標トルクが徐々に増加し、加速中盤になり高応答目標トルクが本状況下におけるバランストルクに接近すると、前記演算処理によってトルク増加量上限値が極めて小さく設定され、高応答目標トルクの増加率が低下する。その後、高応答目標トルクがバランストルク付近を緩やかに通過した後、再び前記トルク増加量上限値が緩和されるに伴い、高応答目標トルクは適度なトルク増加率に転じ、最終的にドライバー要求トルク値に到達する。
【0029】
図7中に示す様に高応答目標トルクは、幾何学的な目標トルク軌道を描く場合が多く、電制スロットル103のみのトルク制御では実現することが困難である。そこで、電制スロットル103のみのトルク制御で実現されると予想される前記吸気相当分のエンジントルクを、前記吸気相当分推定トルク演算手段303によって推定し、本推定トルクと前記高応答目標トルクに差分が生じている場合は、前記差分を埋める様に、高応答トルク操作(加速時の場合、点火リタードによる高速なトルク操作)を実施する。具体的には、高応答目標トルクと吸気相当分推定トルクの差分(比率)を求めるための指標として、下記トルク補正率218演算を実施する。
【0030】
トルク補正率=高応答目標トルク÷吸気相当分推定トルク
トルク補正率は0〜1の値を取り、トルク補正率=1であれば高応答トルク操作は不要であり、例えばトルク補正率=0.7であれば、高応答トルク操作によってトルクを30%減少させることを意味する。前記補正率を入力とし、トルク操作量振分け演算手段219では、点火と燃料へのトルク補正負担割合を考慮して、点火と燃料へそれぞれトルク補正率218を送信する。加速時には、燃料でのトルク操作は行わないため、前記トルク補正率218はそのまま点火リタード量演算手段220に送信され、点火リタード量演算手段220においては、例えば図8に示すような関係に基づいて、所望のトルク補正が実施可能な点火リタード量221を演算する。
【0031】
以上示したような目標トルクの設定手段および目標トルクの実現手段によって、加速時のエンジンの振れを穏やかにして、エンジン固定時のショックが低減するようトルク制御を行うとともに、エンジンが固定された直後におけるトルクの増加率を適正化して、駆動系に加わるトルクの急激な立ち上がりが防止できる。この結果、加速時における車両前後振動の防止と良好なアクセルレスポンスを両立することが可能となる。
【0032】
次に、吸気系アクチュエータとして可変動弁が選択された際の、加速時における加速時要求トルク関連の各パラメータの挙動について図9を用いて説明する。制御のシーケンスは、前記電制スロットルが選択された場合と同様であるが、高応答目標トルクがバランストルク付近を緩やかに通過した後、高応答目標トルクを増加させる際のトルク増加率を、前記電制スロットルが選択された場合に比べて大きく設定している。これは、可変動弁による吸気量制御が、スロットルによる吸気制御に比べて吸気応答性に優れるため、バランストルク付近での高応答目標トルクと、加速時に実現可能な最大トルクに相当する吸気相当分推定トルクとの差分が大きく、バランストルク通過後の高応答目標トルクのトルク増減率を増大させても、目標トルク軌道が中折れする等の不具合が生じにくいためである。これにより、シャクリを防止しつつ、リニアで伸びのある加速を実現でき、可変動弁のトルク応答性ポテンシャルを最大限活用できる。
【0033】
次に、本発明の第2の実施例について、図10を用いて説明する。第2の実施例における第1の実施例との差分は、前記高応答トルク演算手段内にドライバー嗜好反映手段401を設けている点にある。図11にドライバー嗜好反映手段401の詳細を示す。前述の様に、可変動弁によるトルク制御では、高応答なトルク制御が可能であるが、必ずしもドライバーが望む特性とは限らないため、前記ドライバー嗜好反映手段401を設けることにより、高応答トルク制御の実行可否をドライバーの嗜好に合わせて選択できる様にしている。入力としては、スポーツモードやエコノミーモードなどの各種モード選択スイッチや、ドライバーのアクセル操作の履歴情報などがあり、吸気系アクチュエータとして可変動弁が選択されている場合においても一律に高応答トルク制御を実行せず、前記ドライバーの嗜好に関する入力情報を基に、実行可否を判断する。本演算手段導入により、ドライバーに違和感や不快感を与えることなく、可変バルブエンジンにおける商品性を一層向上することができる。
【符号の説明】
【0034】
100 エアクリーナー
101 吸気管
102 エアフロセンサ
103 電制スロットル
104 コレクタ
105 インジェクタ
106 吸気バルブ
107 点火プラグ
108 排気バルブ
109 燃焼室
110 ピストン
111 排気マニホールド
112 広域空燃比センサ
113 三元触媒
114 O2センサ
115 アクセルペダルセンサ
116 ECU
120 可変吸気カムシャフト
121 可変排気カムシャフト
201 目標トルク演算手段
202 目標トルク実現手段
203 ドライバー要求トルク演算手段
204 加速時要求トルク演算手段
205 減速時要求トルク演算手段
206 燃料カット時要求トルク演算手段
207 燃料カットリカバー時要求トルク演算手段
208 運転状態判定手段
209 目標トルク選択手段
210 低応答目標トルク
211 高応答目標トルク
212 吸気相当分推定トルク
213 低応答目標トルク実現手段
214 高応答目標トルク実現手段
215 目標吸気量および目標吸気管負圧演算手段
216 目標スロットル開度演算手段
217 目標スロットル開度
218 トルク補正率
219 トルク操作量振分け演算手段
220 点火リタード量演算手段
221 点火リタード量
222 燃料カット気筒数演算手段
223 燃料カット気筒数
230 目標バルブタイミングおよびリフト量演算手段
231 吸気バルブ開きタイミング目標値(IVO)
232 吸気バルブ閉じタイミング目標値(IVC)
233 排気バルブ開きタイミング目標値(EVO)
234 排気バルブ閉じタイミング目標値(EVC)
301 加速時低応答要求トルク演算手段
302 加速時高応答要求トルク演算手段
303 吸気相当分推定トルク演算手段
304 加速時バランストルク演算手段
401 ドライバー嗜好反映手段
402 高応答トルク制御実行可否指令
403 スポーツ/エコノミー走行判定手段
404 アクセル操作履歴解析手段
405 高応答トルク制御実行可否判定手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両に搭載されるエンジンの制御装置であって、加速や減速等の過渡運転時における実現可能な最大トルク軌道を予め算出し、算出された最大トルク軌道と目標トルク軌道の差からなる余裕代に基づいて前記目標トルク軌道を決定することを特徴とするエンジン制御装置。
【請求項2】
請求項1記載のエンジンの制御装置において、前記過渡運転期間を複数の期間に分割し、期間ごとに目標トルク軌道の増減率を変更することを特徴とするエンジン制御装置。
【請求項3】
請求項2記載のエンジンの制御装置において、前記車両の加減速に際し、前記エンジンが直立状態となるエンジントルク(バランストルク)を求めるバランストルク算定手段を有し、加減速中に前記エンジンが発生するトルクが、前記バランストルク算定手段により求められたバランストルク付近を通過する際の、前記エンジンが発生するトルクの単位時間当たりのトルク変化量を、他のエンジントルク領域よりも小さく設定することを特徴とするエンジンの制御装置。
【請求項4】
請求項3記載のバランストルク付近を通過した後の単位時間当たりのトルク変化量を、前記最大トルク軌道との差分に応じて可変とすることを特徴とするエンジンの制御装置。
【請求項5】
請求項1記載のエンジンは、吸気制御デバイスとしてスロットルまたは可変動弁システムの何れかを使用することを特徴とするエンジンの制御装置。
【請求項6】
請求項4記載の単位時間当たりのトルク変化量変更可否については、ドライバーのエンジントルク応答性に関する嗜好情報を基に決定することを特徴とするエンジンの制御装置。
【請求項7】
請求項6記載のドライバーの嗜好情報については、エンジントルク応答性に関するモード選択スイッチ、もしくはアクセル操作情報を基に決定することを特徴とするエンジンの制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【公開番号】特開2011−38477(P2011−38477A)
【公開日】平成23年2月24日(2011.2.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−186964(P2009−186964)
【出願日】平成21年8月12日(2009.8.12)
【出願人】(509186579)日立オートモティブシステムズ株式会社 (2,205)
【Fターム(参考)】