説明

エンジンの制御装置

【課題】噴霧形態に影響を及ぼす要因が多く含まれる場合であれ、またその要因に想定不可能な要因が含まれる場合であれ、都度の燃焼状態に応じて、例えば補正やフェイルセーフなどの適切な対処を行うことのできるエンジンの制御装置を提供する。
【解決手段】エンジン10の制御装置(ECU60)として、エンジン10における時々の燃焼状態(燃焼安定指数)を推定するプログラムと、その推定された都度の燃焼状態をその時の燃焼条件に対して逐次関連付けながら所定の記憶装置(バックアップRAM)に格納するプログラムと、を備えるように構成する。しかも、複数種の噴射モード(圧縮行程噴射及び吸気行程噴射)についてそれぞれ燃焼条件(噴射時期及び点火時期、又はそれら噴射時期と点火時期との時間間隔による条件)を用意し、都度の噴射モードに対応する燃焼条件に対して燃焼状態(燃焼安定指数)の関連付けを行うようにする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば自動車等の動力源として用いられるエンジンについてその動作を制御するために用いられるエンジンの制御装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、エンジンの性能を高める、あるいはその性能を高く維持するためには、エンジン運転時の燃焼状態が重要なファクターとなる。この燃焼状態は、特に運転性(ドライバビリティ)に影響し、一般に燃焼安定性の悪化はドライバビリティの悪化につながる。
【0003】
そこで従来、この燃焼状態を改善するような各種の装置が提案されている。例えば特許文献1に記載の装置では、吸気通路(例えば吸気ポート)に対して燃料を噴射供給するエンジン、いわゆる吸気ポート(又は吸気管)噴射式エンジンを対象として、吸気通路に堆積したデポジットを推定し、その推定値に基づいて噴射時期を変更(補正)するようにしている。こうすることで、燃焼に供される燃料量(ひいては空燃比)の誤差を補償することができるようになる。
【0004】
また、燃焼に供される燃料をエンジン筒内に直接的に噴射供給するエンジン、いわゆる筒内噴射エンジン(直噴エンジン)を対象とするものとしては、例えば特許文献2に記載の装置がある。この装置では、燃焼室内の温度に基づいて燃料噴射時期を変更(補正)することにより、燃焼状態の改善、ひいてはエミッションの改善を図るようにしている。
【特許文献1】特開平8−158913号公報
【特許文献2】特開2006−77668号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
このように、燃焼状態に影響を与える要因(因子)を予め想定してその影響分を検出、補償する構成(例えば特許文献1に記載の装置)や、都度のエンジン運転状態に応じて燃焼条件の最適化を図る構成(例えば特許文献2に記載の装置)によっても、確かに燃焼状態を改善することはできる。しかし、これらの構成では、十分に良好な燃焼状態が得られるとは必ずしも限らない。
【0006】
例えば前者の構成についていえば、燃焼状態を悪化させる因子は様々であるため、予め想定した因子の影響分を完全に取り除けたとしても、想定の範囲を超える他の因子の影響までは取り除けず、必ずしも良好な燃焼状態が得られるとは限らない。特に近年、例えば図9に示すような筒内噴射エンジン(直噴エンジン)、すなわち燃料を噴射供給する燃料噴射弁と、同燃料に対して点火を行う点火プラグとが、共に燃焼室の中央上方に設けられたセンター噴射式の直噴エンジンが注目されており、このようなエンジンでは、様々な要素が燃焼状態に影響を及ぼすことになる。以下、図9及び図10を参照して、この点についてさらに説明する。
【0007】
まず、図9を参照して、このエンジンの概略構成について説明する。
【0008】
同図9に示すように、このエンジンは、シリンダ20内をピストン51が往復動して燃焼室52の体積(容積)を可変とするとともに、吸気弁52a及び排気弁52bの開閉動作により吸気及び排気を行うように構成されている。そして、燃焼室52の中央上方(シリンダヘッドの中央)には、燃料噴射弁としてのインジェクタ53と点火プラグ54とが設けられている。そして、点火プラグ54は、インジェクタ53に対して斜めに配置されており、インジェクタ53から噴射された燃料に直接的に点火を行うことができるようになっている。こうしたセンター噴射式の直噴エンジンは、インジェクタ53から噴射された燃料の少なくとも一部に対してピストン51の頂面に到達する前に直接的に点火を行う直噴エンジン、いわゆるスプレー・ガイデッド直噴エンジンとして用いることができる。そして、こうした燃焼方式(燃焼コンセプト)を採用することで、より希薄な燃料(混合気)での燃焼(成層燃焼)が可能となる。こうしたことから、スプレー・ガイデッド直噴エンジンは、燃費(燃料消費効率)改善などの面で大きな期待が寄せられている。また、センター噴射式の直噴エンジンでは、成層燃焼のためにピストン51頂部に設けられる窪み(凹部)を、一般的な筒内噴射エンジン(燃料噴射弁がシリンダの側壁に設けられる直噴エンジン)よりも浅く形成することができる。そしてこれにより、均質燃焼時の性能低下を抑制することが可能になる。
【0009】
次に、図10を参照して、このエンジンにおいて、燃焼状態(特に燃焼安定性)を悪化させる因子について説明する。
【0010】
まず図10(a)は、同エンジンにおける燃焼状態が安定する場合の正常な噴霧形態を例示する模式図である。同図10(a)に示されるように、正常な噴霧形態では、上述の通り、インジェクタ53から噴射された燃料に対して点火プラグ54により直接的に点火を行うことができるようになる。しかしながら、上記センター噴射式の直噴エンジンでは、燃焼環境等が噴霧形態に大きく影響する。例えば、図10(b)に示すように吸排気弁の開閉タイミングのずれ等により燃焼室内に気流(例えば内部EGR)が生じることで、正常な噴霧形態よりも点火プラグから遠ざかった(離間した)噴霧形態について燃焼がなされる場合がある。この場合、燃料濃度の濃い部分が点火プラグから遠ざかることで、空燃比が正常な値(例えば理論空燃比)よりもリーン側へシフト(移行)し、これに起因して、燃焼状態の悪化が懸念されるようになる。また一方、図10(b)に示す向きとは逆(反対)の向きに気流が発生した場合には、燃料濃度の濃い部分が点火プラグへ接近することで、空燃比が正常な値よりもリッチ側へシフトし、これに起因して、燃焼状態(ひいては燃焼安定性)の悪化が懸念されるようになる。
【0011】
さらに、噴霧形態に影響を及ぼすものはこうした気流には限られず、噴霧形態は様々な要因(エンジン状態やエンジン運転条件等)により正規の形態から歪められる。例えば長期使用によりインジェクタ53の噴射口に対して経年的にデポジットが付着(堆積)した場合には、このデポジットによって噴霧形態は歪められてしまう。また、他の部品の経年劣化によっても、同様の噴霧形態の歪みが生じ得る。
【0012】
このように、噴霧形態(ひいては燃焼状態)に影響を及ぼす要因は様々あるため、その全てを取り除くことは極めて困難である。しかも、その要因の中には想定不可能なものが含まれる場合もあり、この場合には事前に想定可能であったものだけをいくら正確に取り除いたとしても、必ずしも良好な燃焼状態が得られるとは限らない。
【0013】
本発明は、こうした実情に鑑みてなされたものであり、噴霧形態に影響を及ぼす要因が多く含まれる場合であれ、またその要因に想定不可能な要因が含まれる場合であれ、都度の燃焼状態に応じて、例えば補正やフェイルセーフなどの適切な対処を行うことのできるエンジンの制御装置を提供することを主たる目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
以下、上記課題を解決するための手段、及び、その作用効果について記載する。
【0015】
請求項1に記載の発明では、エンジンを制御する装置として、エンジンにおける時々の燃焼状態を推定する燃焼状態推定手段と、該燃焼状態推定手段により推定された都度の燃焼状態をその時の燃焼条件に対して逐次関連付けながら所定の記憶装置に格納する燃焼状態格納手段と、を備えることを特徴とする。
【0016】
このような構成によれば、燃焼条件(例えば噴射時期や点火時期等)に対する燃焼状態の分布(両者の対応関係)を把握することが可能になる。そしてこの分布から、どのような燃焼条件にすればどのような燃焼状態が得られるかも把握することができるようになる。すなわち、燃焼条件の変更(補正)により必要な燃焼状態を得ることができるか、また必要な燃焼状態を得るためには燃焼条件をどの程度変更(補正)しなければならないか、等々を適宜求めることが可能になる。したがってこれにより、噴霧形態に影響を及ぼす要因が多く含まれる場合であれ、またその要因に想定不可能な要因が含まれる場合であれ、適切な対処を行うことができるようになる。例えば、必要な燃焼状態が得られる場合には補正を行い、逆に得られない場合にはフェイルセーフ処理を実行する、等といった都度の状況(例えばエンジンやエンジン周辺装置等の劣化度合)に適した処理を行うことが可能になる。
【0017】
なお、前記記憶装置としては、データを不揮発に保持するもの(例えばバックアップRAMや不揮発性メモリ等)を採用することが有効である。こうすることで、例えばエンジンが停止され、当該記憶装置に対する給電が遮断された後も、当該記憶装置内にデータが不揮発に保持されるようになり、次回エンジン始動時も、前回エンジン始動時のデータに基づいて補正等を行うことができるようになる。
【0018】
請求項2に記載の発明では、請求項1に記載の装置において、前記エンジンが、エンジン筒内に直接的に噴射供給された燃料を点火して燃焼させる筒内噴射型火花点火式エンジンであることを特徴とする。
【0019】
筒内噴射エンジン(直噴エンジン)では、直接的に筒内へ燃料が噴射供給されるため、吸気ポート(又は吸気配管)等への燃料付着を考慮する必要がない。したがって、燃焼状態と燃焼条件との相関が強くなっており、吸気ポート(又は吸気管)噴射式のエンジンに比べれば、燃焼状態の制御等(特に燃焼条件に基づく燃焼状態の精密な制御)は容易である。このため、上記請求項1に記載の発明は、筒内噴射エンジンを制御対象とする装置に適用して特に有効である。
【0020】
請求項3に記載の発明では、請求項2に記載の装置において、前記燃焼条件が、燃焼に供される燃料を噴射供給する噴射時期と、同燃料に対する点火時期との少なくとも1つに基づいて定められるものであることを特徴とする。
【0021】
制御可能なパラメータだけを見た場合、筒内噴射型火花点火式エンジンにおける燃焼状態は主に、噴射時期(噴射タイミング)や点火時期(点火タイミング)によって決まることが多い。したがって、燃焼状態を補正してより良好な燃焼状態を得るためには、これら噴射時期や点火時期に対して都度の燃焼状態を関連付けるかたちで、上記燃焼状態の分布を作成することが有効である。なお、この請求項3に記載の構成には、前記燃焼条件が、噴射時期と点火時期との時間間隔(インターバル)に基づいて定められるものである構成も含まれる。
【0022】
請求項4に記載の発明では、請求項3に記載の装置において、前記筒内噴射型火花点火式エンジンが、燃料を噴射供給する燃料噴射弁と同燃料に対して点火を行う点火プラグとが共に燃焼室の中央上方に設けられたセンター噴射式の直噴エンジンであることを特徴とする。
【0023】
前述したように、センター噴射式の直噴エンジンは、燃料噴射弁から噴射された燃料の少なくとも一部に対してピストンの頂面に到達する前に直接的に点火を行うスプレー・ガイデッド直噴エンジンとして用いることができる。したがって、こうしたエンジンでは、特に噴射時期と点火時期との時間間隔(インターバル)が、燃焼状態にとって重要なパラメータになる。このため、この種のエンジンでは、上記請求項3、ひいては上記請求項4に記載の発明によるように、噴射時期や点火時期を燃焼条件として用いた構成が特に有効となる。
【0024】
また、上記請求項1〜4のいずれか一項に記載のエンジンの制御装置において、前記燃焼状態格納手段としては、請求項5に記載の発明のように、前記燃焼条件によって前記記憶装置の記憶領域上に一意的に定められるアドレスに対して都度の燃焼状態を格納するものを用いることが有効である。このような構成であれば、一般的なマイクロコンピュータ等を用いて実現することが可能であり、実用性が高い。
【0025】
請求項6に記載の発明では、上記請求項1〜5のいずれか一項に記載の装置において、前記エンジンに係る都度の噴射モードを特定する噴射モード特定手段を備え、前記燃焼条件は、複数種の噴射モードについてそれぞれ設定されており、前記燃焼状態格納手段は、前記噴射モード特定手段により特定された噴射モードに対応する燃焼条件に対して前記燃焼状態の関連付けを行うものであることを特徴とする。
【0026】
このような構成であれば、複数種の噴射モードについて、それら噴射モードに応じた(適した)燃焼条件を選択することが可能になる。そして、特に前記エンジンが筒内噴射型火花点火式エンジンである場合には、圧縮行程に燃料を噴射供給する第1の噴射モードと、吸気行程に燃料を噴射供給する第2の噴射モードとについてそれぞれ異なる燃焼条件を設定しておくことが有効である。
【0027】
なお、この発明を上記請求項3に記載の発明と併せ適用する場合には、例えば圧縮行程に燃料を噴射供給する噴射モード(第1の噴射モード)については、噴射時期と点火時期との時間間隔(インターバル)を上記燃焼条件として設定し、また吸気行程に燃料を噴射供給する噴射モード(第2の噴射モード)については、点火・噴射の各時期(点火時期及び噴射時期)を上記燃焼条件として設定する構成などが有効である。
【0028】
請求項7に記載の発明では、上記請求項1〜6のいずれか一項に記載の装置において、前記燃焼状態推定手段により推定される燃焼状態は、燃焼の安定性に係るものであることを特徴とする。
【0029】
運転性(ドライバビリティ)を向上させるためには、燃焼の安定性に係る燃焼状態(例えば最も安定性の悪い失火から最も安定性の良い完全燃焼までの度合を示す指数)が重要になる。したがって、より良好なドライバビリティを得る上では、上記構成のように、前記燃焼状態推定手段により燃焼の安定性に係る燃焼状態を推定するように構成することが特に有効である。
【0030】
またこの場合、前記燃焼状態推定手段としては、請求項8に記載の発明のように、エンジン回転速度の変動度合、エンジントルクの変動度合、及び排気中の酸素濃度の変動度合の少なくとも1つに基づいて前記時々の燃焼状態を推定するものを用いることが有効である。前記燃焼状態推定手段による燃焼状態の推定に際してこれらのパラメータを用いることで、時々の燃焼状態(燃焼の安定性に係る燃焼状態)をより的確に推定することができるようになる。なお、これら各変動度合は、例えば統計的にデータ間のばらつきを算出することにより(例えば標準偏差等として)得ることできる。
【0031】
請求項9に記載の発明では、上記請求項1〜8のいずれか一項に記載の装置において、前記燃焼条件には制御可能なパラメータによるものが含まれており、前記記憶装置に格納された前記燃焼状態と燃焼条件との対応関係に基づいてその制御可能なパラメータの目標値を補正する補正手段を備えることを特徴とする。
【0032】
こうした補正手段を備えることで、前記記憶装置に格納された対応関係に基づいて燃焼状態を自動的に補正することが可能になる。なお、制御可能なパラメータ(可変パラメータ)としては、好ましくは燃焼状態との相関の強いパラメータを用いることが有効である。さらに、長期的に一定値に制御するパラメータ(例えば水温等)ではなく、都度の状況に応じて短期的に応答性よく制御することのできるパラメータ(例えば点火時期や噴射時期等)であることがより望ましい。この意味で、前述の点火時期や噴射時期は、燃焼状態とよく相関し、しかも短期的に応答性よく燃焼状態を変化させるため、前記燃焼条件として用いて特に有効である。
【0033】
また、この場合の前記補正手段についてはこれを、請求項10に記載の発明のように、補正前の燃焼条件に近似する燃焼条件の中から燃焼状態がより良好である条件(例えば近似範囲の中で最も良好な燃焼条件)を探索してその近似の範囲に、より良好な燃焼状態(補正前の状態よりも良好な燃焼状態)の得られる条件がある場合には、その良好な燃焼状態の得られる条件に前記燃焼条件(補正前の条件)を補正するものとして構成することが有効である。こうした構成にすることで、燃焼状態をより的確に補正することができるようになる。
【0034】
請求項11に記載の発明では、上記請求項9又は10に記載の装置において、前記燃焼状態推定手段により推定される都度の燃焼状態が前記補正手段による補正処理を必要としない程度に良好であるか否かを判断する補正必要性判断手段を備え、前記補正手段は、この補正必要性判断手段により燃焼状態が良好である旨判断された場合に前記補正が禁止されるように構成されることを特徴とする。
【0035】
前述のように、上記補正を行うことで燃焼状態を改善することは確かに可能である。しかしながら、こうした補正処理を不必要に行うことは、かえってエンジンの運転を乱してしまうことにもなりかねないため、補正処理の実行頻度は必要最低限であることが好ましい。この点、上記構成では、都度の燃焼状態(推定値)に基づき補正の必要性を判定し、燃焼状態が補正処理を必要としない程度に良好である場合には、補正処理を行わないようにしている。このため、不必要な補正処理の実行が減り、より的確に良好な運転性(ドライバビリティ)が得られるようになる。なお、上記補正必要性判断手段としては、燃焼状態の良好度合を示すパラメータについて、例えば所定の閾値(固定値又は可変値)との比較により、そのパラメータの大小に基づいて良否を判断するものなどが有効である。
【0036】
請求項12に記載の発明では、上記請求項1〜11のいずれか一項に記載の装置において、前記記憶装置に格納された前記燃焼状態と燃焼条件との対応関係に基づいて前記エンジンの制御システムの異常の有無を判定する異常判定手段を備えることを特徴とする。
【0037】
例えば異常度合が補正可能な範囲である場合には補正を行うことで異常を正常に戻すことが可能であるが、異常度合が補正可能な範囲を超えている場合には、補正を行っても正常な状態まで戻すことができない。したがって、このような場合(補正範囲を超えた異常状態である場合)には、例えばユーザにその旨を報知(例えば警告灯を点灯)して適切な対処を促すなど、都度の状況に応じた所定のフェイルセーフ処理を実行することが有効である。この点、上記構成であれば、異常判定手段により異常の有無(異常度合の大小)を判定することで、上記フェイルセーフ処理等を実行することが可能になる。そして、所定のフェイルセーフ処理を行うフェイルセーフ手段を備える構成とすれば、こうしたフェイルセーフ処理を自動的に行うことが可能になる。
【0038】
なお、上記請求項1〜12のいずれか一項に記載の装置についてはこれを、例えば可変バルブタイミング機構(VTC)により吸気及び排気のタイミングが可変制御されるエンジンに適用されるものとして特に有効である。こうしたエンジンでは、吸気及び排気のタイミングが可変制御されることで自由度の高いエンジン制御が可能になる反面、前述した吸排気弁の開閉タイミングのずれ等により燃焼室内に気流(例えば内部EGR)が生じ易くなる。この点、上記構成であれば、こうした高機能化されたエンジンについても、補正等により燃焼状態(燃焼安定性)の改善を図ることが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0039】
以下、本発明に係るエンジンの制御装置を具体化した一実施形態について図面を参照しつつ説明する。本実施形態の装置は、例えば自動車用エンジン、特に燃焼に供される燃料(ガソリン)をエンジン筒内に直接的に噴射供給する筒内噴射エンジン(直噴エンジン)を対象として、そのエンジンの動作、特に燃焼に係る動作を制御するために用いられるものである。
【0040】
図1は、本実施形態に係るエンジンの制御装置の搭載された車両制御システムの概要を示す構成図である。なお、ここで制御の対象とされるエンジンも、図9に示した装置と同様の構成を有するセンター噴射式の直噴エンジン(筒内噴射型火花点火式エンジン)であり、いわゆるスプレー・ガイデッド直噴エンジンとして用いられる。また、周知のように筒内噴射型火花点火式エンジンは、主に2種類の燃焼形態を可能とする。それは、吸気行程での燃料噴射により理論空燃比(ストイキオメトリック)の均一な混合気に対して点火を行う均質燃焼と、圧縮行程(ここでは圧縮行程後期)での燃料噴射により全体的にはリーンの空燃比でありながら点火プラグ近傍を部分的にリッチな空燃比にして点火を行う成層燃焼と、の2種類の燃焼形態である。そこで、本実施形態では、これら均質燃焼と成層燃焼とに対応した2種類の噴射モードの一方により燃料供給を行い、運転状況等に応じて噴射モードを切り替えるようにしている。
【0041】
同図1に示されるように、このエンジン制御システムは、4気筒のレシプロ式筒内噴射エンジン10を制御対象として、該エンジン10を制御するための各種センサ及びECU(電子制御ユニット)60等を有して構築されている。以下、制御対象のエンジン10をはじめとするこのシステムを構成する各要素について詳述する。
【0042】
エンジン10は、4つのシリンダ(気筒)20を有して構成されており、シリンダ20の胴体部分をなすシリンダブロックには、冷却水路と、この水路を流れる冷却水の温度を検出する冷却水温センサと(共に図示略)が、またシリンダ下部のオイルパンには、潤滑油の温度(油温)を検出するための油温センサ20aがそれぞれ設けられている。そして、これらシリンダ20内には、それぞれスワール流やタンブル流を発生させるためのキャビティ(窪み)を頂面に有するピストン(図示略)が収容されている。さらに、これらピストンに対しては、共通の出力軸としてフライホイール付きのクランク軸50(図示部分はフライホイール)が設けられており、シリンダ20内の燃焼室での燃料燃焼により上記4つのピストンを順に往復動させることで、これら各ピストンの往復動に伴い、そのクランク軸50が回転するようになっている。このシステムでは、クランク軸50の回転位置(ひいては回転速度等)が、そのクランク軸50の外周側に設けられたクランク角センサ50aによって検出可能とされている。すなわち、このクランク角センサ50aにより、所定クランク角毎に(例えば30°CA周期で)クランク角信号が、ECU60に対して出力されるようになっている。
【0043】
また一方、各シリンダ20内の燃焼室に対しては、各燃焼室にそれぞれ各2つずつの吸気ポート及び排気ポートにて開口するような、吸気管11(吸気マニホールドを含む吸気通路)及び排気管12(排気マニホールドを含む排気通路)が設けられている。そして、吸気側及び排気側にそれぞれカムシャフト31a,31bがクランク軸50と連動して回転するように設けられており、これらカムシャフト31a,31bに取り付けられたカム32a,32bによってそれぞれ駆動される吸気弁33aと排気弁33bとによりその開口部(吸気ポート及び排気ポート)がそれぞれ開閉されるようになっている。
【0044】
さらにカムシャフト31a,31bには、上記吸気弁33a及び排気弁33bに係る動弁機構として、吸気側及び排気側にそれぞれ可変バルブタイミング装置34a,34b及びカムポジションセンサ35a,35bが設けられている。ここで、可変バルブタイミング装置34a,34bは、周知の可変バルブタイミング機構(VTC)をもって、吸排気弁33a,33bの開閉時期やバルブオーバーラップ量等のバルブ開閉(弁開閉)動作条件を連続的に可変とするものである。また、カムポジションセンサ35a,35bは、それぞれカムシャフト31a,31bの回転位置を検出する(ひいては気筒判別やTDC(上死点)の検出を行う)ためのものである。このシステムでは、カムポジションセンサ35a,35bのセンサ出力がECU60に逐次入力されており、このECU60の指令のもとに上記可変バルブタイミング装置34a,34bを適宜に操作することで、時々のエンジン運転状態や運転者の要求等に応じて最適なバルブ開閉動作条件を実現している。
【0045】
エンジン10の吸気系を構成する吸気管11には、吸気管11最上流部のエアクリーナ13を通じて吸入される新気量を検出するためのエアフロメータ14が設けられている。そして、このエアフロメータ14の下流側には、DCモータ等のアクチュエータによって電子的に開度調節される電子制御式のスロットルバルブ(吸気絞り弁)15と、このスロットルバルブ15の開度や動き(開度変動)を検出するためのスロットル開度センサ15aとが設けられている。さらに、吸気管11のサージタンク部分には吸気管圧力(吸気管負圧等)を検出するための吸気管圧力センサ16が設けられている。
【0046】
他方、エンジン10の排気系を構成する排気管12には、排気中のCO、HC、NOx等を浄化するための三元触媒等からなる触媒18が排気浄化装置として設けられ、この触媒18の上流側には、シリンダ20から排出された排気を検出対象として混合気の空燃比又はリッチ/リーンを検出するための酸素濃度センサ17(例えばリニア検出式のA/Fセンサや2値検出式のO2センサ等)が設けられている。
【0047】
エンジン10の各シリンダ20内の燃焼室には、同燃焼室内での燃焼に供される燃料(ガソリン)を噴射供給する電磁駆動式(又はピエゾ駆動式等)の燃料噴射弁としてのインジェクタ21と、ECU60からの指示に基づき所望の点火時期に図示しない点火コイル等を通じて高電圧が印加されることにより混合気中の燃料に対して着火(火花点火)を行う点火プラグ22とがそれぞれ取り付けられている。詳しくは、同シリンダ20内の構造は、図9に例示した構造と同様の構造となっており、上記点火プラグ22は、インジェクタ21に対して斜めに配置されており、そのインジェクタ21から噴射された燃料に直接的に点火を行うことができるようになっている。そして、成層燃焼のためにピストン頂部に設けられた上記キャビティ(凹部)を比較的浅めに形成することにより、均質燃焼時の性能低下を抑制するようにしている。
【0048】
エンジン10の各インジェクタ21は、燃料タンク41に接続されており、燃料ポンプ42によりくみ上げられた燃料タンク41内の燃料が、燃料配管43を通じて、高圧燃料ポンプ44に送られ、この高圧燃料ポンプ44でさらに加圧された高圧燃料が、各インジェクタ21に対して供給されるようになっている。また、燃料タンク41には燃料残量(燃料レベル)を検出するための燃料レベルセンサ41aが設けられている。さらに燃料配管43には燃圧センサ45が設けられており、燃料噴射部(インジェクタ21)に近い所で燃料圧力を検出することにより、エンジン10の各インジェクタの燃圧(燃料噴射圧力)を管理することができるようになっている。
【0049】
また、図示しない車両には、上記各センサのほかにもさらに、例えば運転者によるアクセルペダルの操作量(アクセル開度)を検出するためのアクセルセンサ61等が設けられている。
【0050】
こうしたシステムの中で電子制御ユニットとして主体的にエンジン制御を行う部分がECU60である。そして、このECU60は、周知のマイクロコンピュータ(図示略)を備えて構成され、上記各種センサの検出信号に基づいてエンジン10の運転状態やユーザの要求を把握し、それに応じて上記インジェクタ21や点火プラグ22、さらには可変バルブタイミング装置34a,34b等の各種アクチュエータを操作することにより、その時々の状況に応じた最適な態様で上記エンジン10に係る各種の制御を行っている。また、このECU60に搭載されるマイクロコンピュータは、基本的には、各種の演算を行うCPU(基本処理装置)、その演算途中のデータや演算結果等を一時的に記憶するメインメモリとしてのRAM(Random Access Memory)、プログラムメモリとしてのROM(読み出し専用記憶装置)、データ保存用メモリとしてのEEPROM(電気的に書換可能な不揮発性メモリ)やバックアップRAM(車載バッテリ等のバックアップ電源により給電されているRAM)、さらには外部との間で信号を入出力するための入出力ポート等といった各種の演算装置、記憶装置、及び通信装置等によって構成されている。そして、ROMには、当該燃焼制御に係るプログラムを含めたエンジン制御に係る各種のプログラムや制御マップ等が、またデータ保存用メモリ(EEPROM)には、エンジン10の設計データをはじめとする各種の制御データ等が、それぞれ予め格納されている。
【0051】
以上、本実施形態に係る車両制御システムの構成について詳述した。すなわち、上記システムが搭載された車両(自動車)では、こうしたシステムによる各種の制御を通じて運転環境の最適化が図られることになる。そしてシステム中、特に運転性(ドライバビリティ)について良好な特性を得るべく燃焼状態(燃焼安定性)を改善するものが、本実施形態に係るエンジンの制御装置、すなわち上記ECU60である。以下、図2〜図8を併せ参照して、同ECU60によるエンジン制御、すなわち上記エンジン10の燃焼状態を改善するための一連の処理について詳述する。なお、これら各図の処理において用いられる各種パラメータの値は、例えばECU60に搭載されたRAMやEEPROM、あるいはバックアップRAM等の記憶装置に随時記憶され、必要に応じて随時更新される。そして、これら各図の一連の処理は、基本的には、ECU60でROMに記憶されたプログラムが実行されることにより、所定クランク角ごとに又は所定時間周期で逐次実行される。
【0052】
ところで、本実施形態の装置(ECU60)による燃焼状態の改善に係る処理は、大きくは、
・エンジン10における時々の燃焼状態(ここでは燃焼安定性)を推定しつつ、その推定された都度の燃焼状態をその時の燃焼条件(ここでは、噴射時期及び点火時期、又はそれら噴射時期と点火時期との時間間隔による条件)に対して逐次関連付けながら所定の記憶装置(ここではバックアップRAM)に格納する処理(学習処理)。
・学習処理により記憶装置に格納された燃焼状態と燃焼条件との対応関係に基づいてその燃焼条件に係るパラメータの目標値を補正する処理(補正処理)。
の2種類の処理からなる。ここではまず、図2及び図3を主に参照して、上記学習処理について詳述する。なお、図2及び図3は、それぞれ当該学習処理の処理手順を示すフローチャートである。そして、図2の処理で当該学習処理に係る実行条件(学習実行条件)の成否が判定され、その実行条件が成立する場合にのみ、図3に示す一連の処理として学習処理が実行されることになる。
【0053】
同図2に示すように、図2の処理では、まずステップS11で、
・エンジン10の始動後に所定時間a1(例えば「1分」)が経過していること。
・エンジン10が低温状態ではないこと、すなわち各シリンダ20の冷却水温(機関温度に相当)が所定の閾値b1(例えば「0℃」)よりも高いこと(冷却水温>b1)。
・潤滑油の温度(油温)が所定の閾値b2(例えば「0℃」)よりも高いこと(油温>b2)。
・エンジン10が過渡運転状態ではないこと、すなわちエンジン回転速度の偏差(回転速度偏差)が所定の閾値b3(例えば「100rpm」)よりも小さくて(回転速度偏差<b3)、且つ、アクセルペダル操作量の偏差(アクセル偏差)が所定の閾値b4(例えば「5%」)よりも小さいこと(アクセル偏差<b4)。なお、これらエンジン回転速度及びアクセルペダル操作量の偏差は、例えば適宜の記憶装置(例えばRAM)に格納しておいた直前の測定値(前回値)と現在の測定値(今回値)との比較により、それら測定値の差分(「今回値−前回値」の絶対値)として求めることができる。
・当該学習処理に係る各種センサ(冷却水温センサ、油温センサ20a、クランク角センサ50a、カムポジションセンサ35a,35b等)が正常であること。
の各条件の成否を判定する。そして、このステップS11での判定結果に基づき、続くステップS12で、上記学習実行条件が成立しているか否かを判断する。詳しくは、このステップS12では、上記条件の全てを同時に満足するか否かを判断する。そして、このステップS12において、これら全ての条件を同時に満足すると判断された場合には、実行条件が成立しているとして、続くステップS131にて、学習許可フラグに「1」を設定(学習許可フラグ=1)した後、この図2の一連の処理を終了する。他方、ステップS12において、上記条件のうち1つでも満たさない旨判断された場合には、実行条件が成立していないとして、ステップS132にて、学習許可フラグに「0」を設定(学習許可フラグ=0)した後、この図2の一連の処理を終了する。
【0054】
一方、図3の処理では、上記実行条件が成立するまで繰り返し最初のステップS21で、学習実行条件の成否、すなわち学習許可フラグに「1」が設定されているか否かが判断されている。そして、上記図2の一連の処理により学習許可フラグに「1」が設定され、このステップS21にて学習許可フラグに「1」が設定されている旨判断されると、次のステップS22へ進むようになる。
【0055】
ステップS22では、エンジン10における時々の燃焼状態(燃焼安定性)に相当する燃焼安定指数COVを取得する。この燃焼安定指数COVは、最も安定性の悪い失火から最も安定性の良い完全燃焼までの度合を示す指数であり、その値が小さいほど燃焼の安定性が高いことを示している。本実施形態では、時々のエンジン回転速度の変動度合として、この燃焼安定指数COVを算出している。詳しくは、本実施形態では、この燃焼安定指数COVを、図4にフローチャートとして示す一連の処理を通じて算出している。以下、図4を参照して、この燃焼安定指数COVの算出処理(燃焼状態の推定処理)について説明する。なお、この図4の処理は、図3の処理とは別に、所定クランク角ごとに又は所定時間周期で逐次実行されるものである。すなわち、この図4の処理は、上記学習実行条件の成否にかかわらず逐次実行されている。
【0056】
同図4に示されるように、この一連の処理においては、まずステップS31で、エンジン10の始動後に所定時間a1(例えば「1分」)が経過したか否かを判断する。そして、このステップS31でエンジン始動後に所定時間a1が経過していないと判断された場合には、続くステップS32,S33を通じて、エンジン回転速度の変動度合を示すパラメータである標準偏差S、ひいては上記燃焼安定指数COVに「0」が設定される。そうして、同ステップS31でエンジン始動後に所定時間a1が経過したと判断されるまで、上記燃焼安定指数COVには「0」が設定され続けることになる。
【0057】
一方、このステップS31でエンジン始動後に所定時間a1が経過したと判断された場合には、続くステップS34で、都度のエンジン回転速度を計測する。ここでは、クランク軸50がTDC(上死点)間を回転する際にかかる時間(TDC間回転時間)として、エンジン回転速度を計測する。すなわち、上記所定時間a1の経過後は、このステップS34で、都度のエンジン回転速度(データt1〜t10,…)が計測(サンプリング)され続ける。そして、少なくとも標準偏差Sを精度よく求めるために必要であるとして設定された数(本実施形態では「8個」の場合を例示)は過去の値も読み出せるように、計測の都度、適宜の記憶装置(例えばバックアップRAM)に逐次格納されている。なお、標準偏差は、所定サンプル(例えば「8個」)毎のデータのばらつき度合を示すものであり、データ分布のばらつきが大きいほど標準偏差の値は大きくなる。
【0058】
そうして、上記ステップS34にて上記標準偏差Sを求めるための所定の数(ここでは「8個」)だけデータ(例えばデータt1〜t8)が蓄積された場合には、続くステップS35で、これらデータの標準偏差(例えば標準偏差S1)を算出し、その標準偏差に基づいて時々の標準偏差Sを設定する(例えば「S=S1」)。そして、さらに続くステップS33で、その標準偏差Sに基づいて上記燃焼安定指数COVを設定する(COV=S)。
【0059】
すなわち所定時間a1の経過後は、例えば図5(a)に示すように、ステップS34において、時々のエンジン回転速度(t1,t2,t3,…)が逐次計測され、図5(b)に示すように、その計測データが所定の数(ここでは「8個」)だけ蓄積される都度(データt1〜t8,t2〜t9,t3〜t10,…)、それらデータの標準偏差(標準偏差S1,S2,S3,…)が逐次算出される。そして、その算出された標準偏差が、時々のエンジン回転速度の変動度合として、標準偏差S、ひいては上記燃焼安定指数COVに対して逐次設定される(「COV=S=S1」,「COV=S=S2」,「COV=S=S3」,…)ことになる。このように、本実施形態では、時々のエンジン回転速度の変動度合として、上記燃焼安定指数COVを算出している。そして、先の図3のステップS22では、こうして算出された時々の燃焼安定指数COV(最も新しい算出値)を取得する。
【0060】
図3の処理の説明に戻る。同図3に示されるように、この一連の処理においては、上記ステップS22に続き、ステップS23の処理を実行する。具体的には、このステップS23では、エンジン10に係る都度の噴射モード(ここでは圧縮行程噴射及び吸気行程噴射のいずれか)を特定し、その噴射モードが圧縮行程噴射である(噴射モード=圧縮行程噴射)か否かを判定する。そして、このステップS23で噴射モードが圧縮行程噴射である旨判定された場合にはステップS241へ、また噴射モードが圧縮行程噴射ではない(吸気行程噴射である)旨判定された場合にはステップS242へそれぞれ進み、これら噴射モードの別に設けられた互いに異なる内容の処理をそれぞれ行う。
【0061】
詳しくは、続くステップS241,S251,S242,S252では、都度の噴射モードに対応する燃焼条件に対して、先のステップS22で取得した燃焼安定指数COVを関連付ける。例えばステップS23で噴射モードが圧縮行程噴射である旨判定された場合には、続くステップS241,S251にて、その時の噴射時期と点火時期との時間間隔(噴射−点火インターバル)に対して、上記燃焼安定指数COVを関連付ける。他方、例えばステップS23で噴射モードが圧縮行程噴射ではない旨判定された場合には、噴射モードは吸気行程噴射であるとして、続くステップS242,S252にて、噴射時期(噴射タイミング)及び点火時期(点火タイミング)に対して、上記燃焼安定指数COVを関連付ける。
【0062】
この燃焼安定指数COVの関連付けに際しては、いずれの噴射モードであっても、上記燃焼安定指数COVが、所定の記憶装置(ここではデータが不揮発に保持されるバックアップRAM)における記憶領域上の、上記燃焼条件(噴射−点火インターバル又は噴射・点火の各時期による条件)により一意的に定められるアドレスに対して格納される。ちなみに図3には、燃焼条件の所定範囲ごとに区分け(各パラメータの大・小や遅角・進角の度合で区分け)された記憶領域が噴射モードごとに用意され、各記憶領域(圧縮行程噴射については1次元マップ、吸気行程噴射については2次元マップ)において破線M11,M12にて示されるアドレスに各学習値A2,B22が格納される場合を例示している。すなわち、まずステップS241,S242で、それぞれ都度の燃焼条件(ステップS241では噴射−点火インターバル、ステップS242では噴射・点火の各時期による条件)に基づきアドレスを指定し、続くステップS251,S252で、そのアドレスに燃焼安定指数COVを格納する。そして、その格納された燃焼安定指数COVが、そのアドレス(燃焼条件)についての学習値となる(学習値Ai,Bij(I,j:アドレス)=燃焼安定指数COV)。本実施形態では、このようにして、上記噴射モードの別にその燃焼条件に対して上記燃焼安定指数COVを関連付けするようにしている。そして、この燃焼安定指数COVの関連付けに係る処理をもって、図3の一連の処理が終了する。
【0063】
次に、図6及び図7を主に参照して、上記補正処理について詳述する。なお、図6及び図7は、それぞれ当該補正処理の処理手順を示すフローチャートであり、この場合も、図6の処理で、まず当該補正処理に係る実行条件(補正実行条件)の成否が判定され、その実行条件が成立する場合にのみ、図7に示す一連の処理が実行されることになる。ただし、この補正処理の実行に際しては、図7に示す一連の処理中においても、実行条件(図6の処理で判定される条件とは別の条件)の成否を判定するようにしている。したがって、図6の処理で補正実行条件が成立すると判定された場合でも、必ず補正処理が実行されるとは限らない。
【0064】
同図6に示すように、この図6の処理でも、まずステップS41で、
・エンジン10の始動後に所定時間a1(例えば「1分」)が経過していること。
・エンジン10(機関温度)が低温状態ではないこと、すなわち各シリンダ20の冷却水温が所定の閾値b1(例えば「0℃」)よりも高いこと(冷却水温>b1)。
・潤滑油の温度(油温)が所定の閾値b2(例えば「0℃」)よりも高いこと(油温>b2)。
・当該補正処理に係る各種センサ(冷却水温センサ、油温センサ20a、クランク角センサ50a、カムポジションセンサ35a,35b等)が正常であること。
の各条件の成否を判定する。なお、これらの条件は、基本的には、前述の学習実行条件とは別に設定することができる。しかしながら、この実施形態では、前述の学習実行条件からエンジン10の過渡運転に係る条件だけを除いた条件を採用することで、学習実行条件よりも補正実行条件(必要性判断を除く基本条件)の方が広い範囲になるようにしている。そしてこれにより、時々の燃焼状態が学習には相応しくない場合でも、補正のみを行って高い燃焼安定性を維持するようにしている。ただし、不必要に補正処理を行うことは、かえってエンジンの運転を乱してしまうことにもなりかねないため、補正処理の実行頻度は必要最低限であることが好ましい。この点について、本実施形態では、上記条件とは別に、後述する図7の処理中にて、都度の燃焼状態(推定値)に基づき補正の必要性を判定し、燃焼状態が補正処理を必要としない程度に良好である場合には、補正処理を行わないようにしている。したがって、上記条件が全て成立すると判定された場合でも、必ず補正処理が実行されるとは限らない。
【0065】
続くステップS42では、上記ステップS41での判定結果に基づき、上記補正実行条件が成立しているか否かを判断する。詳しくは、このステップS42では、上記条件の全てを同時に満足するか否かを判断する。そして、このステップS42において、これら全ての条件を同時に満足すると判断された場合には、実行条件が成立しているとして、続くステップS431にて、補正許可フラグに「1」を設定(補正許可フラグ=1)した後、この図6の一連の処理を終了する。他方、ステップS42において、上記条件のうち1つでも満たさない旨判断された場合には、実行条件が成立していないとして、ステップS432にて、補正許可フラグに「0」を設定(補正許可フラグ=0)した後、この図6の一連の処理を終了する。
【0066】
一方、図7の処理では、まずステップS51で、エンジン10の運転状態(例えばエンジン回転速度及びエンジン負荷等)に基づいて、噴射時期及び点火時期の制御に用いる目標値、すなわち目標噴射タイミング及び目標点火タイミングを計算する。これら目標値は、例えば所定のマップによりエンジン運転状態に応じた最適値(適合値)として算出されるものであり、上記補正処理が行われない場合には、これら目標値に基づいて噴射時期及び点火時期を制御することになる。すなわち、ここで算出される各目標値は、補正前の燃焼条件に相当する。
【0067】
続くステップS52では、上記補正実行条件の成否が、すなわち補正許可フラグに「1」が設定されているか否かが判断される。この実行条件の成否判断は、その実行条件が成立するまで繰り返し行われている。そして、上記図6の一連の処理により補正許可フラグに「1」が設定され、このステップS52にて補正許可フラグに「1」が設定されている旨判断されると、次のステップS53へ進むようになる。
【0068】
このステップS53では、エンジン10に係る都度の噴射モード(ここでは圧縮行程噴射及び吸気行程噴射のいずれか)を特定し、その噴射モードが圧縮行程噴射である(噴射モード=圧縮行程噴射)か否かを判定する。そして、このステップS53で噴射モードが圧縮行程噴射である旨判定された場合にはステップS541へ、また噴射モードが圧縮行程噴射ではない(吸気行程噴射である)旨判定された場合にはステップS542へそれぞれ進み、これら噴射モードの別に設けられた互いに異なる内容の処理をそれぞれ行う。
【0069】
詳しくは、続くステップS541,S542では、それぞれ都度の噴射モードに対応する記憶領域(噴射モードごとに用意された前述の学習領域)にアクセスして、先のステップS51で算出した各目標値に基づく各燃焼条件によって一意的に定められるアドレスに格納された学習値(燃焼安定指数COV)を読み出す。ただし、前述の学習処理と対応して、この補正処理においても、噴射モードが圧縮行程噴射である場合には「噴射−点火インターバル(ステップS541)」が、また噴射モードが圧縮行程噴射ではない場合には「噴射・点火の各時期(ステップS542)」が、それぞれ上記燃焼条件として用いられる。
【0070】
続くステップS551,S552では、それぞれ上記ステップS541,S542にて読み出された学習値についてその燃焼安定指数COV(燃焼安定性)の適性を判定する。すなわちこの判定では、図4の処理を通じて推定される都度の燃焼状態(燃焼安定指数COV)が補正処理を必要としない程度に良好であるか否かを判断する。なおこの判定も、前述の補正許可フラグ(図6)と同様、当該補正処理に係る実行条件に相当する。したがって、この実行条件を満足しない場合には、当該補正処理を禁止すべく、この図7の一連の処理を終了する。
【0071】
具体的には、ステップS551(又はステップS552)において、例えば学習値A2(又は学習値B22)の燃焼安定指数COVが所定の閾値c1よりも大きい(A2>c1又はB22>c1)旨判定された場合には、この実行条件を満足する旨(換言すれば補正処理が必要である旨)判定して、続くステップS561,S562へ進む。他方、例えば学習値A2(又は学習値B22)の燃焼安定指数COVが所定の閾値c1以下である旨判定された場合には、この実行条件を満足しない旨(換言すれば補正処理は必要ない旨)判定して、この図7の一連の処理を終了する。
【0072】
そして、上記ステップS551,S552における条件も満足し、当該補正処理に係る実行条件の全てが満足された場合には、続くステップS561,S562にて、補正係数を算出するとともに、さらに続くステップS571,S572にて、その補正係数に基づいて補正を実行する。続けて、これらステップS561,S571,S562,S572の処理について、さらに詳しく説明する。なお、ここでは一例として、噴射モードが圧縮行程噴射である場合には学習値A2のアドレスが、また噴射モードが圧縮行程噴射ではない場合には学習値B22のアドレスが、それぞれ上記ステップS541,S542にて指定されることとする。換言すれば、補正前の燃焼条件について学習された値がこれら学習値A2,B22である場合を例にとって説明する。
【0073】
ステップS561,S562では、補正前の燃焼条件(先のステップS51で算出した各目標値に基づく条件)に近似する燃焼条件(例えば図7中に破線R1,R2にて示される近似範囲の燃焼条件)の中から燃焼状態が最も良好である条件bestA,bestBを探索する。そして、その条件bestA,bestBが、より良好な燃焼状態(補正前の状態よりも良好な燃焼状態)の得られる条件である場合には、同ステップS561,S562で補正係数を求め、続くステップS571,S572にて、燃焼条件(補正前の条件)をその良好な燃焼状態に応じた条件に補正する。
【0074】
詳しくは、例えば噴射モードが圧縮行程噴射である場合には、ステップS561にて、破線R1にて示される燃焼条件A2の近似範囲、すなわち燃焼条件A1,A2,A3の中から、最も学習値(燃焼安定指数COV)の小さい最適条件bestAを選択し(bestA=Min(A1,A2,A3))、この最適条件bestAに応じた燃焼条件と補正前の学習値A2に応じた燃焼条件との差分(所定の補正演算、乗算・除算等でも可)を補正係数として取得する(補正係数=噴射−点火インターバル(bestA−A2))。そして、続くステップS571では、この補正係数に基づき補正を実行する。すなわち、補正前の燃焼条件(目標補正噴射−点火インターバル)に対してステップS561で求めた補正係数を加算(所定の補正演算、乗算・除算等でも可)し、この算出値(補正噴射−点火インターバル)を新たな目標値(補正後の燃焼条件)として設定する。これにより、例えば最適条件bestAが図中の学習値A1であった場合には、補正前の「噴射−点火インターバル」がより小さい(短い)側へ変更され、また最適条件bestAが図中の学習値A3であった場合には、補正前の「噴射−点火インターバル」がより大きい(長い)側へ変更されることになり、また最適条件bestAが補正前の燃焼条件に係る学習値A2そのものである場合には実質的に補正は行われない。
【0075】
また一方、噴射モードが圧縮行程噴射ではない場合も、基本的には、同様である。したがってこの場合も、例えば噴射時期(噴射タイミング)を補正するときには、ステップS562にて、破線R2にて示される燃焼条件B22の近似範囲、すなわち燃焼条件B21,B22,B23の中から、最も学習値(燃焼安定指数COV)の小さい最適条件bestBを選択し(bestB=Min(B21,B22,B23))、この最適条件bestBに応じた燃焼条件と補正前の学習値B22に応じた燃焼条件との差分(所定の補正演算)を補正係数として取得する(補正係数=噴射タイミング(bestB−B22))。そして、続くステップS572では、この補正係数に基づき補正を実行する。すなわち、補正前の燃焼条件(目標噴射タイミング)に対してステップS562で求めた補正係数を加算(所定の補正演算)し、この算出値(補正噴射タイミング)を新たな目標値(補正後の燃焼条件)として設定する。これにより、例えば最適条件bestBが図中の学習値B21であった場合には、補正前の「噴射タイミング」がより遅角側へ変更され、また最適条件bestBが図中の学習値B23であった場合には、補正前の「噴射タイミング」がより進角側へ変更されることになり、また最適条件bestBが補正前の燃焼条件に係る学習値B22そのものである場合には実質的に補正は行われない。なお、点火時期(点火タイミング)を補正する場合も、基本的には、上記噴射時期を補正する場合に準ずるものとなるため、ここでは説明を割愛する。ちなみに、点火時期を補正する場合、燃焼条件B22の近似範囲は、例えば燃焼条件B12,B22,B32のような範囲に設定されることになる。
【0076】
本実施形態では、このようにして、上記噴射モードの別に学習された燃焼条件を読み出して、例えば補正によりさらに良好な燃焼状態(燃焼安定性)を得ることができる場合には、その燃焼条件の補正を行うようにしている。そして、この燃焼条件の補正に係る処理(ステップS571,S572)をもって、図7の一連の処理が終了する。
【0077】
次に、図8(a)〜(g)に、本実施形態に係る装置が適用されたエンジンの冷間運転時(暖機前運転時)の動作の一例をタイムチャートとして示し、この図8を参照しつつ、上記学習処理(図3)及び補正処理(図7)の処理態様について説明する。なお、ここでは一例として、先のステップS562,S572の処理として噴射タイミングが補正される場合を想定して説明を行うこととする。また、ここで説明に用いる図8(a)〜(g)はそれぞれ、(a)が「エンジン冷却水温/潤滑オイルの油温」、(b)が「エンジン回転速度」、(c)が「学習処理の許可/禁止」、(d)が「補正処理の許可/禁止」、(e)が「学習値(燃焼安定指数COV)」、(f)が「補正量の計算値」、(g)が「噴射タイミング(補正前及び補正後の値)」、の推移を示すタイムチャートである。このうち、図8(e)では、特性線L1により、燃焼安定指数COVの推定値(図4のステップS33で設定)を二点鎖線で、またそのうち学習値として設定される部分を実線でそれぞれ示している。また同図8(e)中の破線L2aは、補正が実行された時の値を示すものである。
【0078】
同図8に示されるように、水温及び油温(機関温度に相関)は、エンジン10の始動(同図8の開始位置が始動タイミングに相当する)から、徐々に上昇する。そして、エンジン始動から所定時間a1が経過したタイミングt1では、図8(e)中に特性線L1(二点鎖線部分)にて示されるように、それまで「0」が設定されていた上記燃焼安定指数COV(推定値に相当)に対して、上記TDC間回転時間の標準偏差(図5参照)に基づく値が設定されるようになる(図4のステップS33)。
【0079】
またこの例では、図8(b)に示されるように、その後のタイミングt2で、例えば運転者によりアクセル操作がなされ、エンジン10の回転速度が大きくなり、さらに後のタイミングt3で、再び元の回転速度に戻る。そしてこの際、噴射タイミングは、図8(g)に示されるように、エンジン10の回転速度に対応して制御される(図7のステップS51)。これにより、図8(e)中に特性線L1(二点鎖線部分)にて示されるように、燃焼安定指数COVの推定値が変動する。ただし、図8(a)に示されるように、このタイミングではまだ水温及び油温が上記学習実行条件に係る閾値b1,b2に達しておらず、先の図2のステップS11において、ここでの変動は学習値として相応しくないと判断され、学習値には反映されない。
【0080】
次に、その後のタイミングt4で水温及び油温が閾値b1,b2に達し、先の図2のステップS11において、他の条件も満足されると、図8(c)に示されるように、学習が許可され、図8(e)中に特性線L1(実線部分)にて示されるように、燃焼安定指数COVの推定値が学習値として設定されるようになる(図3のステップS251,S252)。ただし、その後のタイミングt5で運転者によりアクセルペダルが踏み込まれ、エンジン10の回転速度が大きく変化すると、先の図2のステップS11において、エンジン10が過渡運転状態と判断され、再び学習処理が禁止されることになる。そして、図8(e)に示されるように、この運転状態の変化により、燃焼状態(燃焼安定性)が悪化(不安定化)して、タイミングt6で、燃焼安定指数COV(推定値)が上記補正処理の実行条件(必要性判断)に係る閾値c1(図7のステップS552)を超え、さらに先の図6のステップS41において、他の条件も満足されると、図8(d)に示されるように、補正が許可される。そしてこれにより、例えば図8(g)中に破線L2b(実線は補正前の状態を示すもの)にて示されるように、噴射タイミングが補正され、例えば図8(e)中に破線L2a(実線は補正前の状態を示すもの)にて示されるように、燃焼状態の改善が図られる(燃焼安定性が高められる)ようになる。なお、この際の補正量(図8(f))は、先の図7のステップS562で算出される補正係数に相当し、前述したように、続くステップS572で、この補正係数により補正が実行される。
【0081】
その後、例えばタイミングt7でエンジン10が過渡運転状態を抜けると、補正に加えて学習も許可されることになる。そしてこれにより、タイミングt7〜t8で示される期間においては、学習処理と補正処理とが共に実行されることになる。
【0082】
さらに、タイミングt8で再びエンジン10が過渡運転状態になると、学習処理は再び禁止されることになる。そして、この運転状態の変化により低速運転になり、タイミングt9で燃焼が安定して燃焼安定指数COV(推定値)が閾値c1以下になると、先の図7のステップS552において、補正処理は必要ない旨判定されるようになり、学習処理と共に補正処理も禁止されるようになる。またその後、タイミングt10でエンジン10が過渡運転状態を抜けると、再び学習処理は許可され、実行されるようになる。
【0083】
このように、本実施形態に係るエンジンの制御装置(ECU60)によれば、都度の燃焼状態(燃焼安定指数COV)に応じて補正が実行されるようになる。そして、こうしてその必要性に応じて燃焼状態が改善されることで、自動車に搭載されたエンジン10の運転性(ドライバビリティ)やエミッションについて、良好な特性が得られるようになる。
【0084】
以上詳述した本実施形態によれば、以下の優れた効果が得られる。
【0085】
(1)エンジン10の制御装置(ECU60)として、エンジン10における時々の燃焼状態(燃焼安定指数COV)を推定するプログラム(燃焼状態推定手段、図4参照)と、その推定された都度の燃焼状態をその時の燃焼条件(噴射時期及び点火時期、又はそれら噴射時期と点火時期との時間間隔による条件)に対して逐次関連付けながら所定の記憶装置(バックアップRAM)に格納するプログラム(燃焼状態格納手段、図3のステップS251,S252)と、を備えるように構成した。これにより、噴霧形態に影響を及ぼす要因が多く含まれる場合であれ、またその要因に想定不可能な要因が含まれる場合であれ、必要に応じて補正処理を実行する、等といった都度の状況に適した処理を行うことが可能になる。
【0086】
(2)制御対象とするエンジン10が、エンジン筒内に直接的に噴射供給された燃料を点火して燃焼させる筒内噴射型火花点火式エンジンであるように構成した。これにより、燃焼状態の制御、特に燃焼条件に基づく燃焼状態の精密な制御が容易となる。
【0087】
(3)燃焼条件として、燃焼に供される燃料を噴射供給する噴射時期と、同燃料に対する点火時期との少なくとも1つに基づいて定められるものを採用した。具体的には、図3や図7等に示すように、噴射時期、点火時期、及びそれら噴射時期と点火時期との時間間隔(インターバル)に基づいて定められるものを採用した。これにより、燃焼条件に基づく燃焼状態の精密な制御がより容易となる。
【0088】
(4)燃料の噴射供給を行う燃料噴射弁(インジェクタ21)と同燃料に対して点火を行う点火プラグ(点火プラグ22)とが共に燃焼室の中央上方に設けられたセンター噴射式の直噴エンジンを、制御対象のエンジン10とした。これにより、燃焼状態(燃焼安定性)に優れたセンター噴射式の直噴エンジンを実現することが可能になる。また、こうしたセンター噴射式の直噴エンジンは、複数回の燃料噴射により濃い混合気(インジェクタ21の直下)の外側に薄い混合気を形成して全体として薄い混合気を安定的に燃焼させるエンジンなどとして用いることも可能であり、次世代のエンジンとして注目されている。すなわち、社会に対する貢献度の大きい次世代エンジンを早期に普及させる意味でも、こうした構成は特に重要である。
【0089】
(5)図3のステップS251,S252において、燃焼条件によって上記記憶装置(バックアップRAM)の記憶領域上に一意的に定められるアドレスに対して都度の燃焼状態を格納するようにした。そして、これを実現する構成として一般的なマイクロコンピュータを採用するようにした。こうすることで、容易に上記機能(図3のステップS251,S252)を実現することができるようになる。
【0090】
(6)エンジン10に係る都度の噴射モードを特定するプログラム(噴射モード特定手段、図3のステップS23)を備える構成として且つ、複数種の噴射モード(圧縮行程噴射及び吸気行程噴射)についてそれぞれ燃焼条件(圧縮行程噴射では噴射時期及び点火時期による条件、吸気行程噴射では噴射時期と点火時期との時間間隔による条件)を用意し、図3のステップS251,S252において、図3のステップS23の処理により特定された噴射モードに対応する燃焼条件に対して燃焼状態(燃焼安定指数COV)の関連付けを行うように構成した。これにより、複数種の噴射モードについて、それら噴射モードに応じた(適した)燃焼条件を選択することが可能になる。
【0091】
(7)燃焼の安定性に係る燃焼状態(燃焼安定指数COV)を、改善すべき燃焼状態とした。これにより、より良好な運転性(ドライバビリティ)が得られるようになる。
【0092】
(8)図4の処理において、エンジン回転速度の変動度合(ばらつき度合)に基づいて時々の燃焼状態(燃焼安定指数COV)を推定するように構成した。これにより、時々の燃焼状態(燃焼の安定性に係る燃焼状態)をより的確に推定することができるようになる。
【0093】
(9)上記記憶装置(バックアップRAM)に格納された燃焼状態と燃焼条件との対応関係に基づいて制御可能なパラメータ(噴射時期、点火時期、及びそれら噴射時期と点火時期との時間間隔)の目標値を補正するプログラム(補正手段、図7)を備える構成とした。これにより、上記記憶装置に格納された対応関係に基づいて自動的に補正することが可能になる。
【0094】
(10)しかも、燃焼条件に係る制御可能なパラメータとして、噴射時期、点火時期、及びそれら噴射時期と点火時期との時間間隔を採用したことで、短期的に応答性よく燃焼状態を変化させることができるようになる。
【0095】
(11)図7の処理において、ステップS561,S562で、補正前の燃焼条件(ステップS51で算出した各目標値に基づく条件)に近似する燃焼条件(例えば図7中に破線R1,R2にて示される近似範囲の燃焼条件)の中から燃焼状態が最も良好である条件bestA,bestBを探索するようにした。そして、その条件bestA,bestBがより良好な燃焼状態(補正前の状態よりも良好な燃焼状態)の得られる条件である場合には、同ステップS561,S562で補正係数を求め、続くステップS571,S572にて、燃焼条件(補正前の条件)をその良好な燃焼状態に応じた条件に補正するようにした。こうすることで、燃焼状態をより的確に補正することができるようになる。
【0096】
(12)図4の処理を通じて推定される都度の燃焼状態(燃焼安定指数COV)が上記補正処理を必要としない程度に良好であるか否かを判断するプログラム(補正必要性判断手段、図7のステップS551,S552)を備え、図7において、ステップS551,S552にて燃焼状態が良好である(例えばA2>c1又はB22>c1)旨判断された場合に上記補正処理が禁止されるようにした(図8も併せ参照)。これにより、不必要な補正処理の実行が減り、より的確に良好な運転性(ドライバビリティ)が得られるようになる。
【0097】
(13)学習に用いる記憶装置として、データを不揮発に保持するバックアップRAMを採用した。これにより、エンジン10が停止され(イグニッションスイッチがオフされ)、当該記憶装置に対する給電が遮断された(ECU60の電源がオフされた)後も、データ(学習値)が不揮発に保持されるようになり、次回エンジン始動時も、前回エンジン始動時のデータに基づいて補正等を行うことができるようになる。
【0098】
(14)可変バルブタイミング機構(VTC)により吸気及び排気のタイミングが可変制御されるエンジンを、制御対象のエンジン10とした。これにより、燃焼状態(燃焼安定性)に優れる高機能のエンジンが実現されるようになる。
【0099】
本発明は上記実施形態の記載内容に限定されず、例えば次のように実施しても良い。
【0100】
・図3のステップS251,S252にて記憶装置(バックアップRAM)に格納された燃焼状態と燃焼条件との対応関係に基づいて上記エンジン10の制御システム(図1)の異常の有無を判定するプログラム(異常判定手段)を備える構成とすることも有効である。具体的には、例えば図7のステップS561,S562で、最適条件bestA,bestBが補正前の燃焼条件に係る学習値そのものであった場合に、システムが異常である旨判定するようにする。あるいは、補正前の燃焼条件の近似範囲に、より良好な燃焼状態があったとしても、それが十分な良好度合でない場合には(例えば閾値との比較により判定)、システムが異常である旨判定するようにする。さらには、ステップS551,S552の適正判定により燃焼状態が適正でない(補正が必要である)旨判定された時点で、システムが異常である旨判定するようにしてもよい。こうした構成とすれば、例えば前述したインジェクタ噴射口へのデポ付着や他の部品の経年劣化等に起因して生じるエンジン制御システムの異常をより的確に検出することが可能になり、ひいてはその異常に対する適宜の対処(フェイルセーフ処理等)を実行することが可能になる。また、所定のフェイルセーフ処理を行うプログラム(フェイルセーフ手段)を備える構成とすれば、都度の状況に応じた所定のフェイルセーフ処理を自動的に行うことも可能になる。なお、システムが異常である旨判定された場合に実行するフェイルセーフ処理としては、例えばユーザにその旨を報知(例えば警告灯を点灯)して適切な対処を促すなどの処理が有効である。
【0101】
・学習に用いる記憶装置は、バックアップRAMに限られず、用途等に応じて任意の記憶装置を採用することができる。そして、EEPROM等の不揮発性メモリなど、データを不揮発に保持するものを採用することで、少なくとも前記(13)の効果と同様又は準ずる効果は得られるようになる。
【0102】
・上記実施形態では、複数種の噴射モードとして、圧縮行程噴射及び吸気行程噴射を採用するようにしたが、これに限られず、任意の噴射モードを採用することができる。また、その数も2つに限られず、3つ以上の噴射モードを採用した場合にも、前記(6)の効果と同様又は準ずる効果は得られるようになる。
【0103】
・もっとも、複数種の噴射モードを採用することや、燃焼条件と燃焼状態との関連付けを噴射モードごとに行うことは、必須の構成ではない。そして、1つの噴射モードしか必要としない構成などでは、都度の噴射モードを特定するプログラム(図3のステップS23)等を割愛することができる。
【0104】
・上記実施形態では、燃焼の安定性に係る燃焼状態(燃焼安定指数COV)を、改善すべき燃焼状態とした。しかしこれに限られず、用途等に応じて特に改善の必要とされる燃焼状態を改善対象とすることが望ましい。
【0105】
・上記実施形態では、エンジン回転速度の変動度合(ばらつき度合)に基づいて時々の燃焼状態(燃焼安定指数COV)を推定するように構成した。しかしこれに限られず、例えばエンジントルクの変動度合や、排気中の酸素濃度の変動度合に基づいて時々の燃焼状態を推定するようにしてもよい。この場合も、少なくとも前記(8)の効果と同様又は準ずる効果は得られるようになる。なおこの場合、エンジントルクは、例えば冷却水温、エンジン回転速度、吸入空気量、VVTの状態、点火時期、空燃比等(例えば吸入空気量等の特に影響の大きいパラメータを抜粋しても可)について予め正確なエンジントルクを求めて作成したマップを用いることで、高精度に推定することができる。また、こうした推定値が通常のエンジン制御に用いられている場合には、その推定値から目標値(要求トルクに相当)までの補正量を用いてエンジントルクの変動度合を求めることも可能である。また一方、排気中の酸素濃度は、例えば酸素濃度センサ17(図1)により検出することができる。そして、いずれの場合にも、その変動度合(ばらつき度合)は、例えば統計的にデータ間のばらつきを算出することにより(例えば標準偏差等として)得ることができる。
【0106】
・上記実施形態では、補正前の燃焼条件の近似範囲から燃焼状態が最も良好である条件を探索してその条件がより良好な燃焼状態の得られる条件である場合に、燃焼状態の補正を行うようにした。しかしこれに限られず、例えば補正量等も加味して、補正前の燃焼条件の近似範囲から燃焼状態がより良好である条件(又は必要な燃焼状態が得られる条件)を探索して、その中で最も補正量(燃焼条件の変更量)が少なくなる条件に基づいて上記燃焼状態の補正を行うようにしてもよい。
【0107】
・また、上記補正の態様や同補正に係る近似範囲の設定態様も、適宜に変更可能であり、例えば図7のステップS562中に示す2次元マップにおいて、補正前の燃焼条件に係る学習値B22の2次元的な周囲、すなわち学習値B11〜B13,B21〜B23,B31〜B33を近似範囲として設定し、その近似範囲内で燃焼状態が最も良好である条件に燃焼条件を変更すべく上記噴射時期と点火時期との両方を補正するようにしてもよい。
【0108】
・燃焼条件を定めるパラメータは、噴射時期や点火時期に限られず、燃焼状態に関わるものであれば、基本的には任意のものを採用することができる。そして、その数も1つや2つには限られず任意である。
【0109】
・上記実施形態では、各種のソフトウェア(プログラム)を用いるようにしたが、専用回路等のハードウェアで同様の機能を実現するようにしてもよい。
【0110】
・上記実施形態では、一例としてセンター噴射式の直噴エンジンに本発明を適用した場合について言及したが、これに限られず、他のエンジン、例えばセンター噴射式ではない他の筒内噴射型火花点火式エンジンや、吸気ポート(又は吸気管)噴射式の火花点火式エンジン、さらにはディーゼルエンジン等についても、本発明を適用することができる。
【0111】
・上記実施形態では、プログラムを通じて自動的に補正が行われるように構成したが、こうしたプログラム(補正手段)は必須の構成ではない。少なくとも記憶装置に燃焼状態と燃焼条件との対応関係が格納されさえすれば、燃焼条件に対する燃焼状態の分布を把握することが可能になる。そしてこの分布から、どのような燃焼条件にすればどのような燃焼状態が得られるかも把握することができるようになる。すなわち、燃焼条件の変更(補正)により必要な燃焼状態を得ることができるか、また必要な燃焼状態を得るためには燃焼条件をどの程度変更しなければならないか、等々を適宜求めることが可能になる。このため、上述のように、これらの情報に基づいて自動的に燃焼条件の補正を行うように構成することも可能であるが、手作業で補正するように構成することも可能である。したがって、本発明に係るエンジンの制御装置を具現化(製造)する際には、これら構成のいずれかを採用するか、あるいは組み合わせて採用するか、等々を設計段階で考えて、その用途等に応じて最適な構成となるよう、上記実施形態及び変形例の構成に対し、適宜の変更・追加・排除等を加えることが望ましい。
【図面の簡単な説明】
【0112】
【図1】本発明に係るエンジンの制御装置の一実施形態について、該装置の適用されたエンジン制御システムの概略を示す構成図。
【図2】本実施形態に係る学習実行条件の成否判定についてその処理手順を示すフローチャート。
【図3】本実施形態に係る燃焼状態分布学習処理の処理手順を示すフローチャート。
【図4】本実施形態に係る燃焼状態推定処理の処理手順を示すフローチャート。
【図5】(a)及び(b)は、同燃焼状態推定処理の処理態様を示すグラフ。
【図6】本実施形態に係る補正実行条件の成否判定についてその処理手順を示すフローチャート。
【図7】本実施形態に係る燃焼状態補正処理の処理手順を示すフローチャート。
【図8】(a)〜(g)は、上記学習処理及び補正処理の処理態様を示すタイミングチャート。
【図9】センター噴射式直噴エンジンの一例について、その概要を示す模式図。
【図10】同センター噴射式エンジンの点火態様の一例を示す模式図。
【符号の説明】
【0113】
10…エンジン、20…シリンダ(気筒)、20a…油温センサ、21…インジェクタ、22…点火プラグ、34a、34b…可変バルブタイミング装置、60…ECU(電子制御ユニット)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジンにおける時々の燃焼状態を推定する燃焼状態推定手段と、該燃焼状態推定手段により推定された都度の燃焼状態をその時の燃焼条件に対して逐次関連付けながら所定の記憶装置に格納する燃焼状態格納手段と、
を備えることを特徴とするエンジンの制御装置。
【請求項2】
前記エンジンは、エンジン筒内に直接的に噴射供給された燃料を点火して燃焼させる筒内噴射型火花点火式エンジンである請求項1に記載のエンジンの制御装置。
【請求項3】
前記燃焼条件は、燃焼に供される燃料を噴射供給する噴射時期と、同燃料に対する点火時期との少なくとも1つに基づいて定められるものである請求項2に記載のエンジンの制御装置。
【請求項4】
前記筒内噴射型火花点火式エンジンは、燃料を噴射供給する燃料噴射弁と、同燃料に対して点火を行う点火プラグとが、共に燃焼室の中央上方に設けられたセンター噴射式の直噴エンジンである請求項3に記載のエンジンの制御装置。
【請求項5】
前記燃焼状態格納手段は、前記燃焼条件によって前記記憶装置の記憶領域上に一意的に定められるアドレスに対して都度の燃焼状態を格納するものである請求項1〜4のいずれか一項に記載のエンジンの制御装置。
【請求項6】
前記エンジンに係る都度の噴射モードを特定する噴射モード特定手段を備え、
前記燃焼条件は、複数種の噴射モードについてそれぞれ設定されており、
前記燃焼状態格納手段は、前記噴射モード特定手段により特定された噴射モードに対応する燃焼条件に対して前記燃焼状態の関連付けを行うものである請求項1〜5のいずれか一項に記載のエンジンの制御装置。
【請求項7】
前記燃焼状態推定手段により推定される燃焼状態は、燃焼の安定性に係るものである請求項1〜6のいずれか一項に記載のエンジンの制御装置。
【請求項8】
前記燃焼状態推定手段は、エンジン回転速度の変動度合、エンジントルクの変動度合、及び排気中の酸素濃度の変動度合の少なくとも1つに基づいて前記時々の燃焼状態を推定するものである請求項7に記載のエンジンの制御装置。
【請求項9】
前記燃焼条件には制御可能なパラメータによるものが含まれており、
前記記憶装置に格納された前記燃焼状態と燃焼条件との対応関係に基づいてその制御可能なパラメータの目標値を補正する補正手段を備える請求項1〜8のいずれか一項に記載のエンジンの制御装置。
【請求項10】
前記補正手段は、補正前の燃焼条件に近似する燃焼条件の中から燃焼状態がより良好である条件を探索してその近似の範囲に、より良好な燃焼状態の得られる条件がある場合には、その良好な燃焼状態の得られる条件に前記燃焼条件を補正するものである請求項9に記載のエンジンの制御装置。
【請求項11】
前記燃焼状態推定手段により推定される都度の燃焼状態が前記補正手段による補正処理を必要としない程度に良好であるか否かを判断する補正必要性判断手段を備え、
前記補正手段は、この補正必要性判断手段により燃焼状態が良好である旨判断された場合に前記補正が禁止されるように構成される請求項9又は10に記載のエンジンの制御装置。
【請求項12】
前記記憶装置に格納された前記燃焼状態と燃焼条件との対応関係に基づいて前記エンジンの制御システムの異常の有無を判定する異常判定手段を備える請求項1〜11のいずれか一項に記載のエンジンの制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2008−95508(P2008−95508A)
【公開日】平成20年4月24日(2008.4.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−274677(P2006−274677)
【出願日】平成18年10月6日(2006.10.6)
【出願人】(000004260)株式会社デンソー (27,639)
【Fターム(参考)】