説明

車両の挙動制御装置

【課題】旋回状態指標値が所定の条件を満たしたときに車両の駆動出力制限を実行する車両の挙動制御装置に於いて、従前の挙動制御とは異なる条件に応じて挙動制御に於ける駆動出力制限の解除又は駆動出力制限の程度の軽減ができ、早期に車両が運転者の意図通りに速やかに加速できるようにすること。
【解決手段】本発明の車両の挙動制御装置は、アンダーステア、オーバーステア、スピン、ドリフトアウト等の挙動の悪化を回避するために、車両の駆動出力制限を実行する駆動出力制限手段を含み、制御旋回状態指標値が所定の条件を満たしていても、操舵角の大きさが所定角度を下回ったときに、駆動出力制限手段が駆動出力の制限の少なくとも一部を解除する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車等の車両の走行時の挙動を安定化する車両の挙動制御装置に係り、より詳細には、車両の状態量に応じてエンジン・モーター等の駆動装置の出力の制限を実行する装置に係る。
【背景技術】
【0002】
自動車等の車両の運動制御の分野に於いて、制駆動系又は操舵系の作動を電子制御することにより、旋回中の車両のヨー方向の挙動の安定性を向上するVSC(Vehicle Stability Control)などの挙動制御技術が、既に、多数提案されている。典型的なVSCに於いては、車両の旋回状態を表す旋回状態量が監視され、車両の挙動がオーバーステア又はアンダーステア状態となったときに、或いは、スピン状態又はドリフトアウト状態に陥りそうになると、各輪のタイヤのスリップ率が調節され、或いは、エンジン又はモーター出力が低減又は制限され車両の加速が制限される。よく知られているように、車両の左右輪に於いて制駆動力差を発生させると、車両の重心周りにヨーモーメントが発生し、これにより車両の旋回方向が変更され、また、車速が低減されると、旋回に必要な横力が低減することになるので、各輪のスリップ率の調節及び車両の加速の制限又は減速によって、オーバーステア又はアンダーステア状態が解消され、車両のヨー方向挙動の安定化が図られることとなる。
【0003】
上記の如き挙動制御は、一般的には、既に触れたように、車両の旋回挙動の状態を表す任意の指標値、例えば、旋回中の車両のヨーレート、スリップ角又は所定の状態量(オーバーステア状態量、アンダーステア状態量、スピン状態量、ドリフト状態量といった車両の現在の状態に基づいて所定の手順で算出される量)を参照し、これらの指標値が安定走行中の車両に於いて想定される値の範囲が外れたとき、或いは、指標値が所定の閾値を超えた(又は下回った)ときに自動的に各輪スリップ率の調節及び/又は車両の駆動出力の制限を開始し、前記の指標値が安定走行の範囲に落ち着くと、各輪スリップ率調節及び/又は駆動出力制限を解除して終了する(例えば、特許文献1参照)。かかる挙動制御の終了時について、特許文献2、3では、特に、駆動出力制限を実行した場合に於いて、駆動装置の出力を、車両挙動が再び不安定にならないように且つ速やかにアクセルペダルの踏込量に対応する大きさまで増加するために、路面の摩擦係数の大きさを参照しながら駆動出力の増加勾配を決定する制御手法が提案されている。
【特許文献1】特開2005−273584
【特許文献2】特開平9−125999号公報
【特許文献3】特開2003−184599
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記に例示されている如き従来のVSC等の挙動制御は、既に触れた通り、ヨーレート偏差(車両モデルに基づいて決定される目標ヨーレートと実ヨーレートとの差分)などの旋回状態量が安定走行の範囲内に落ち着いた後に解除されるまで継続されることとなる。従って、駆動出力制限が為される挙動制御の場合、旋回状態量が安定走行の範囲内になるまでは、運転者がアクセルを踏込んでも、通常走行時に比して、駆動出力の増大が抑制され、車両が運転者の思うように加速されない。勿論、挙動制御に於ける駆動出力制限は、運転者の操縦を支援して車両の走行安定性を確保するための制御であるので、十分に実行されることは好ましいことであるが、過剰に実行されると、かえって運転者は、自身の要求通りに車両が加速されないことに違和感を覚える可能性がある。実際、運転技量の高い熟練運転者は、旋回状態量が完全に安定走行の範囲内に落ち着く前に挙動制御を解除しても、運転者自身の操縦によって車両挙動を修正することができる場合がある。従って、そのような熟練運転者にとっては、従前の挙動制御の解除条件(旋回状態量が安定走行の範囲内に落ち着くこと)とは異なる条件にて、挙動制御による駆動出力制限を従前の制御態様に比して早期に解除して又は駆動出力制限の程度を軽減して、より早期に車両が運転者の意図又は感覚通りに加速できるようになっていた方が良いであろう。
【0005】
かくして、本発明の一つの課題は、従前の挙動制御とは異なる条件に応じて挙動制御に於ける駆動出力制限の解除又は駆動出力制限の程度の軽減ができるよう構成された挙動制御装置を提供することである。
【0006】
また、本発明のもう一つの課題は、従前の挙動制御に比して早期に駆動出力制限の解除又は駆動出力制限の程度の軽減を行うことができ、これにより、車両が運転者の意図通りに速やかに加速できるようにする挙動制御装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明によれば、端的に述べれば、走行中の車両のアンダーステア状態、オーバーステア状態又はスピン若しくはドリフトアウトを回避するための車両の挙動制御装置に於いて、従前の旋回状態指標値に基づいて実行される車両の駆動出力の制限制御を、従前の条件とは異なる条件によって解除又は出力制限の程度の軽減をして、挙動制御下に於いて制限された駆動出力が、従前に比して、よりスムーズに復帰できるよう構成された挙動制御装置が提供される。
【0008】
本発明の車両の挙動制御装置は、車両の旋回状態を表す旋回状態指標値が所定の条件を満たしたときに車両の駆動装置の駆動出力を制限する駆動出力制限手段を含み、旋回状態指標値が所定の条件を満たしていても、操舵角の大きさが所定角度を下回ったときに、駆動出力制限手段が駆動出力の制限の少なくとも一部を解除することを特徴とする。ここで、旋回状態指標値は、典型的には、公知のVSC、VDIM(Vehicle Dynamical Integrated Management)との名称で知られている種々の挙動制御装置に於いて用いられている操舵角及び車速等に基づいて決定される目標ヨーレートと実ヨーレートとの偏差などの関数値(アンダーステア状態量、オーバーステア状態量などと称される。)、或いは、車体スリップ角から算出されるスピン状態量、ドリフトアウト状態量等であってよく、本発明の挙動制御装置は、基本的には、従前のVSC、VDIMと同様に作動するものであってよい。従って、挙動制御のための駆動出力制限は、上記の如き旋回状態指標値に基づいて、典型的には、それらの指標値が所定の範囲から逸脱し、車両の旋回挙動が安定ではなくなったと判定されたこと(所定の条件を満たしたとき)に応答して実行される。
【0009】
しかしながら、本発明の挙動制御装置に於いては、駆動出力制限手段により実行される駆動出力の制限は、上記の如き旋回状態指標値が所定の条件を満たしていても操舵角の大きさが所定角度を下回ったときには、その少なくとも一部が解除され、上記の如き旋回状態指標値によらず、駆動出力の増大を運転者の要求に、より早期に、近づけることができるようになっている。既に述べた如く、上記の従前のVSC、VDIMの場合、駆動出力の制限の解除又はかかる制限制御の終了は、前記の如き旋回状態指標値が予め定められた範囲内に落ち着いたことに応答して実行され、その旋回状態指標値が予め定められた範囲から逸脱している限りは、駆動出力の制限が実行される。その場合、運転者が自身の運転技量に応じて車両の状態を考慮した判断により車両を加速すべくアクセルを踏込んでも車速の増大勾配が制限され、運転者が違和感を覚える可能性がある。そこで、本発明に於いては、旋回状態指標値とは別の基準にて駆動出力制限制御の解除又は制御作用の軽減を行い、これより、従前の同様の装置よりも運転者の加速要求に沿うよう挙動制御が修正される。
【0010】
旋回状態指標値とは別の、駆動出力制限制御の解除又は制御作用の軽減を実行するための基準の一つとしては、まず、上記の如く、操舵角の大きさが所定角度を下回ったとき、即ち、運転者が旋回中の車両のハンドルを戻して車両が概ね直進走行状態となるよう操縦されたことが採用される。この場合、車両は、その後、旋回状態から脱することとなるので、旋回状態指標値が予め定められた範囲内に落ち着くのを待たずに、駆動出力制限制御の作用を低減し、これにより、車両がスムーズに加速されることとなる。
【0011】
しかしながら、旋回状態指標値が予め定められた範囲内に落ち着く前は、車両の挙動自体は、不安定であるので、運転者の技量によっては、操舵角の大きさが所定角度を下回っただけでは、駆動出力制限を維持した方が良い場合もある。そこで、操舵角の条件に加えて、旋回状態指標値のうちのアンダーステア状態量が減少していること、車両の横加速度の大きさが所定加速度より小さいことのいずれか又は双方が更に駆動出力制限制御の作用を低減させるための条件とされてよい。更に、上記の条件が揃っていたとしても、車速が高い場合には、挙動が安定化されにくいので、駆動出力制限手段が駆動出力の制限の少なくとも一部を解除する際の駆動出力の制限量は、車速に基づいて決定されるようになっていてよい。
【発明の効果】
【0012】
本発明の挙動制御装置に於いては、要すれば、挙動制御の実行中に於ける駆動出力制限の解除又は制御作用の軽減をする機会を増やすことにより、従前の装置に比して、車両の加速が運転者の意図通りに為されるようにするものである。そもそも車両の挙動制御は、運転者の車両の操縦をし易くするように運転者の操縦を支援するためのものであるところ、その支援の必要性は、運転者の技量によって異なる。本発明に於いては、駆動出力制限の解除又は制御作用の軽減をする機会を増やすことによって、車両の挙動制御の目的とする運転者の操縦の支援の多様性を増すものであるということができる。本発明の挙動制御装置は、特に、運転者が高度な運転技量を有することが比較的多いサーキット走行用の車両に於いて使い勝手の良い制御態様を提供するものとなることが期待される。
【0013】
本発明のその他の目的及び利点は、以下の本発明の好ましい実施形態の説明より明らかになるであろう。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
車両の構成
図1は、本発明の挙動制御装置の好ましい実施形態が組み込まれる自動車を模式的に示している。同図に於いて、左右前輪12FL、12FRと、左右後輪12RL、12RRを有する車両10には、通常の態様にて、運転者によるアクセルペダル16の踏込みに応じて各輪(図示の例では、後輪駆動車であるから、後輪のみ)に制駆動力を発生する駆動系装置20と、前輪の舵角を制御するためのステアリング装置30(更に、後輪用の操舵装置が設けられていても良い。)と、各輪に制動力を発生する制動系装置(図示せず)とが搭載される。駆動系装置は、通常の態様にて、エンジン及び/又はモーター22から、変速機26、差動歯車装置28等を介して、駆動トルク或いは回転力が後輪12RL、12RRへ伝達されるよう構成されている(前輪駆動車又は四輪駆動車であってもよい。)。また、ステアリング装置は、運転者によって作動されるステアリングホイール32の回転を、倍力装置34により回転力を倍力しながら、タイロッド36L、Rへ伝達し前輪12FL、10FRを転舵するパワーステアリング装置であってよい。制動系装置は、電子制御装置50の制御下、運転者によりブレーキペダル44(図示せず)の踏込みに応答して作動されるマスタシリンダに連通した油圧回路46(図示せず)によって、各輪に装備をされたホイールシリンダ内のブレーキ圧、即ち、各輪に於ける制動力が個別に調節される形式の電子制御式の油圧式制動装置であってよい。なお、制動系装置は、空気圧式又は電磁式に各輪に制動力を与える形式又はその他当業者にとって任意の形式のものであってよい。
【0015】
本発明の挙動制御、駆動系装置20及び制動系装置の作動制御は、既に触れたように、電子制御装置50に於いて実現される。電子制御装置50は、通常の形式の、双方向コモン・バスにより相互に連結されたCPU、ROM、RAM及び入出力ポート装置を有するマイクロコンピュータ及び駆動回路を含んでいてよい。図に於いては、電子制御装置50には、アクセルペダル踏込量θa、操舵角δ、車輪速センサ14i(i=FL,FR,RL,RR。以下同様)からの車輪速Vwi、横Gセンサ62からの横加速度Gy、ヨーレートセンサ64からのヨーレートγ等の検出値が入力されるよう例示されているが、本実施形態の車両に於いて実行されるべき各種制御に必要な種々のパラメータ、例えば、前後Gセンサ値、各輪のホイールシリンダ内の圧力等の各種検出信号が入力されてよい。
【0016】
挙動制御装置の構成及び作動
図2は、電子制御装置50にて実現される本発明の挙動制御装置の構成を制御ブロックの形式にて表したものである。なお、図示の制御装置の構成及び作動は、車両の運転中、電子制御装置50内のCPU等の処理作動に於いて実現されることは理解されるべきである。
【0017】
同図を参照して、本実施形態の挙動制御を実行する制御装置は、その基本的な構成に於いて、公知の任意の形式のVSC、VDIM装置と同様であってよい。かかる挙動制御装置に於いては、概して述べれば、VSC部50aは、車両がアンダーステア状態、オーバーステア状態又はスピン状態若しくはドリフトアウト状態に陥ったこと又は陥るおそれがあることを検出すると、制動系装置の制動制御装置50bとエンジン又はモーターのトルク制御を実行する駆動制御装置50cに対して、それぞれ、各輪の目標スリップ率Si及び駆動装置の発生トルク(駆動出力)に対するトルクダウン率を送信し、車両に於いてヨーモーメントを生成し、或いは、車両の増速を制限して、これにより、車両挙動の安定化が図られる。しかしながら、本発明の制御装置の場合、挙動制御中の駆動装置の発生トルクに対するトルクダウン率による駆動出力制限に関して、操舵角δの大きさが所定角度より小さくなったとき、即ち、運転者がハンドル(ステアリングホイール)を戻し、車両を直進走行させようとしたときには、(下記の式(4)の条件の成立の下で)駆動出力制限の少なくとも一部を解除する構成が設けられる(トルクダウン率解除ゲイン決定部50e)。そして、これにより、挙動制御中であっても、運転者がハンドルを略中心位置へ戻した上でアクセルペダルを踏込んだときには、車両をスムーズに、即ち、運転者の意図により沿った態様にて加速できるようになっている。
【0018】
具体的には、まず、VSC部50aは、公知のVSCと同様に、運転者により回転されるハンドルの操舵角δと、車速Vxと、ヨーレートセンサからの実ヨーレートγ又は横Gセンサからの実横加速度Gyとを参照する。ここで、車速Vxは、車輪速センサからの各輪の車輪速値Vwiから公知の任意の態様にて決定されてよい(50d:車速センサが設けられている場合にはその検出値が用いられてよい。)。そして、VSC部50aに於いては、上記の参照値から旋回中の車両の挙動を表す旋回状態量(旋回状態指標値)として、
アンダーステア状態量:US=(γt−γ)×signδ …(1a)
オーバーステア状態量:OS=(γ−γt)×signδ …(1b)
スピン状態量:SP=w1・|Gy−γVx|+w2・∫|Gy−γVx|dt …(1c)
をそれぞれ算出する。ここで、signδは、操舵角の符号±1である。γtは、目標ヨーレートであり、操舵角δと車速Vxとから、例えば、車両の旋回モデルにより下記の如く与えられるものであってよい。
γt=Vx・δ/N・L−Gy・kh・Vx …(2)
ここで、N、L、khは、それぞれ、ハンドル操舵角のギア比(δ/Nが前輪舵角になる)、ホイールベース、車両の旋回特性値(定数)である。また、(1c)のw1、w2は、重み係数である。なお、US状態量とOS状態量とは、負値になるときは、0とされる。例示のUS状態量は、しばしば「ドリフトアウト状態量」と称される。
【0019】
上記の旋回状態量に於いて、US状態量は、実ヨーレートの大きさが目標ヨーレート(理論的に適正とされる値)の大きさを下回っている状態、つまり、アンダーステア状態の程度を表すものであり、OS状態量は、実ヨーレートの大きさが目標ヨーレートの大きさを上回っている状態、つまり、オーバーステア状態の程度を表すものである。SP状態量は、旋回中の車両の横滑り量の指標値であり、横滑り角を0に戻すために必要な(安定化)ヨーモーメントの大きさに相当する。VSC部50aでは、まず、これらの旋回状態量が何れも0となるように車両の旋回挙動を修正するヨーモーメントを生成するための各輪タイヤのスリップ率(タイヤ力)の目標値Siが決定される。そして、目標スリップ率Siが制動制御装置50bへ送信され、制動制御装置50bは、ブレーキペダル44の踏込量を考慮して、各輪の目標スリップ率Siが達成されるよう制動系装置の油圧回路46へ制御指令(回路内の種々の弁、ポンプに対する指令)を与え、各輪の制動装置(ホイールシリンダ)を作動する。[典型的には、挙動を修正するのに必要十分なヨーモーメントを発生させるのではなく、旋回状態量がそれぞれの閾値を越えたときに、旋回状態量の大きさに応じて適当な量のヨーモーメントを発生させる方向に各輪スリップ率を配分制御し、フィードバック制御により各旋回状態量が所定値以下に落ち着くようスリップ率が調節される。]
【0020】
また、上記の旋回状態量が0より大きいときには、車両に於いて旋回に必要な横力を発生することができないか、或いは、後輪のタイヤ力が限界に達している可能性があるので、更に、車両の増速を制限するべく、既に触れたように駆動出力の制限が実行される(車速が低減されれば、旋回に必要な横力が低減され、車両挙動が安定する。)。具体的には、VSC部50aに於いて、上記の如く算出された旋回状態量の各々を変数として、まず、既に触れた如きトルクダウン率Tdが、図3(A)に例示されているマップを用いて決定される。トルクダウン率Tdは、0〜100の値を有し、駆動装置(エンジン又はモーター)に要求される要求トルクの下げ幅を決定する量である。駆動制御装置50cでは、運転者のアクセルペダルの踏込量(アクセル開度)に基づいて運転者要求トルクTが決定され、そして、その運転者要求トルクTと、トルクダウン率Tdとから、駆動装置に対して与える要求駆動トルクTfが、
Tf=T・(100−Td)/100 …(3)
により決定される。なお、US状態量、OS状態量又はSP状態量が同時に異なるトルクダウン率Tdを与えるときには、最大のトルクダウン率Tdが選択されるようになっていてよい。そして、かくして決定された要求駆動トルクTfは、その値を実現する駆動装置の各部のための制御指令に変換され(制御指令は、ガソリンエンジンであれば、スロットル開度等である。)、駆動装置の各部へ与えられる。かくして、図3(A)のマップ及び式(3)から理解される如く、旋回状態量のいずれかが0より大きいトルクダウン率Tdを与える間は、基本的には、式(3)により、駆動装置の駆動出力が制限されることとなる。
【0021】
しかしながら、本発明の挙動制御装置に於いては、挙動制御の実行中、旋回状態量のいずれかが0より大きいトルクダウン率Tdを与える間であっても、上記の如く、運転者が車両を直進走行させるべくハンドルを戻したときに、運転者の意図により沿った態様にて車両をスムーズに加速できるように、上記のトルクダウン率の低減が行われる。かかる作用を達成するために、本実施形態の装置では、トルクダウン率解除ゲイン決定部50eが設けられる。
【0022】
トルクダウン率解除ゲイン決定部50eは、VSC部50aが決定したトルクダウン率Tdの作用を、所定条件下に於いて軽減するための解除ゲインKgを算出する。具体的には、トルクダウン率解除ゲイン決定部50eは、ハンドルの戻しがあったか否か又は車両が直進走行するよう操縦された否かを判定するために、操舵角δ、横加速度Gy及びUS状態量を参照し、下記の条件の全てが成立するか否かを判定するようになっていてよい。
|δ|<δo …(4a)
|Gy|<Gyo …(4b)
ΔUS<0 …(4c)
ここに於いて、操舵角δ、横加速度Gyの判定は、いずれも絶対値によりなされ、δo、Gyoは、それぞれ、実験的に又は理論的に決定されてよい所定値である。ΔUSは、US状態量の時間変化率(又は、制御サイクル毎の変化量)である。なお、好適には、特に式(4c)の判定について、上記式が成立した状態が所定時間継続したときに、それぞれの状態が成立したと判定されてよい。
【0023】
式(4a)〜(4c)の全てが成立していないときには、解除ゲインKgは、
Kg=1
に設定される(従って、トルクダウン率の低減は、実行されない。)。他方、上記の旋回状態量によらず、式(4a)〜(4c)の全てが成立したときには、車速Vxを変数として、図3(B)に例示されている如きマップを用いて、解除ゲインKgが決定される。そして、かくして決定された解除ゲインは、駆動制御装置50cへ与えられ、要求駆動トルクTfは、式(3)ではなく、下記の式
Tf=T・(100−Td・Kg)/100 …(5)
により決定され、制御指令に変換されて駆動装置へ送信される。
【0024】
上記の式(4a)〜(4c)のうち、式(4a)が、車両が概ね直進走行するよう運転者がハンドルを戻したことを判定するものに相当する。かくして、上記の構成によれば、運転者がハンドルを戻した時点で、式(5)に於いてトルクダウン率Tdに乗ぜられるKgが1未満となり、トルクダウン量が軽減されるので、VSC部が設定した駆動出力制限が少なくとも部分的に解除され、アクセル踏込量に応じた車両の加速が部分的に復帰されることとなる。なお、この点に関し、通常、ハンドルがその中心位置に向かって戻され、車両が直進走行となれば、その後、車両の挙動は安定する。しかしながら、単にハンドルが戻されただけで駆動出力制限を解除すると、挙動が不安定な方向に変化してしまう場合もある。そこで、式(4a)の条件と合わせて式(4b)[急旋回中でないこと]、式(4c)[挙動が安定化する方向に変化していること]が成立したか否かも判定されるようになっていることが好ましい(ただし、式(4b)、(4c)の条件は必須ではない。)。また、車速が高いときには、挙動が安定化されにくいので、図3(B)から理解される如く、解除ゲインKgは、車速が高くなるほど、1に近づくよう設定され、これにより、高速時には、駆動出力制限が維持されるようになっていてよい。
【0025】
かくして、上記の構成によれば、挙動制御の一つとして駆動出力制限が実行されているとき、旋回状態量の値によって駆動出力制限が解除される前であっても、ハンドルが0近傍に戻され、車両が直進走行するよう操縦されたときには、運転者が欲すれば(アクセルを踏めば)、その要求に応えるべく車両が通常の挙動制御中よりも高い程度にて加速されることとなり、より快適な車両の走行を提供できることとなる。なお、上記の式(5)により要求駆動トルクが決定される場合、解除ゲインKgは、挙動制御が実行され、トルクダウン率Tdが0より大きくなったときに要求駆動トルクの決定に寄与する。また、解除ゲインKgは、旋回状態量とは別の条件によって決定される。即ち、本発明は、挙動制御の実行中の駆動出力制限の解除を従前とは異なる条件に実行するもの、或いは、駆動出力制限の解除の新たな選択肢を提案するものであるということができる。
【0026】
また、図3(B)の車速依存の解除ゲインの変化は、本発明の挙動制御装置が搭載される車両の用途に応じて種々変更されてよい。例えば、熟練運転者の運転するサーキット走行用の車両、レーシングカー等に於いては、解除ゲインの値を小さくするとともに、解除ゲインが1となる車速がより高く設定されてよい。
【0027】
以上に於いては本発明を一つの実施の形態について詳細に説明したが、かかる実施の形態について本発明の範囲内にて種々の変更が可能であることは当業者にとって明らかであろう。
【0028】
例えば、本実施形態では、トルクダウン率、即ち、要求トルクの下げ幅を決定し、その比率で要求トルクを低減するようになっているが、VSC部に於いて、要求トルクに乗ぜられるゲイン(式(3)の(1−Td)に相当)を決定し、式(4a)〜(4c)の成立時には、かかるゲインを増大するようになっていてもよい。また、挙動制御の態様及び旋回状態量は、例示のものに限らず、任意の形式のものであってよく、そのようなものも本発明の範囲に属することは理解されるべきである。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】図1は、本発明の挙動制御装置の好ましい実施形態が搭載される車両の模式図である。
【図2】図2は、本発明による挙動制御装置の好ましい実施形態を実現する電子制御装置の制御ブロック図である。
【図3】図3(A)は、VSC部50aに於いて、旋回状態量US、OS、SPを参照してトルクダウン率を決定するためのマップをそれぞれグラフ形式で表したものである。図3(B)は、解除ゲイン決定部に於いて、車速Vxを参照して解除ゲインKgを決定するためのマップをグラフ形式で表したものである。いずれのマップも実験的に又は理論的に実際の車両に適合するよう決定されてよい。
【符号の説明】
【0030】
10…車両
14FL〜RR…車輪速センサ
22…駆動装置(エンジン又はモーター)
28…差動装置
32…ステアリングホイール(ハンドル)
34…倍力装置
50…電子制御装置
62…横加速度センサ
64…ヨーレートセンサ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の挙動制御装置であって、前記車両の旋回状態を表す旋回状態指標値が所定の条件を満たしたときに前記車両の駆動装置の駆動出力を制限する駆動出力制限手段を含み、前記旋回状態指標値が前記所定の条件を満たしていても、操舵角の大きさが所定角度を下回ったときに、前記駆動出力制限手段が前記駆動出力の制限の少なくとも一部を解除することを特徴とする装置。
【請求項2】
請求項1の装置であって、前記駆動出力制限手段が前記駆動出力の制限の少なくとも一部を解除することが前記操舵角の大きさが前記所定角度を下回ったときであって前記旋回状態指標値のうちのアンダーステア状態量が減少しているときに実行されることを特徴とする装置。
【請求項3】
請求項1又は2の装置であって、前記駆動出力制限手段が前記駆動出力の制限の少なくとも一部を解除する際の前記駆動出力の制限量が前記車両の車速に基づいて決定されることを特徴とする装置。
【請求項4】
請求項1乃至3の装置であって、前記駆動出力制限手段が前記駆動出力の制限の少なくとも一部を解除することが前記操舵角の大きさが前記所定角度を下回ったときであって前記旋回状態指標値のうちのアンダーステア状態量が減少し前記車両の横加速度の大きさが所定加速度より小さいときに実行されることを特徴とする装置。
【請求項5】
請求項1乃至4の装置であって、駆動出力制限手段が前記旋回状態指標値に基づいて前記車両の駆動装置のトルクダウン率を算出し、前記駆動出力の制限の少なくとも一部を解除することが前記トルクダウン率に解除ゲインが乗ぜられることにより為されることを特徴とする装置。
【請求項6】
請求項1乃至5の装置であって、前記旋回状態指標値が前記操舵角に基づいて決定される目標ヨーレートと実ヨーレートとの関数値を含み、前記駆動出力制限手段が前記操舵角の大きさが前記所定角度より大きいこと、アンダーステア状態量が増大していること又は前記車両の横加速度の大きさが所定加速度より大きいことのいずれかが成立しているだけでは前記駆動出力の制限を開始しないことを特徴とする装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−185643(P2009−185643A)
【公開日】平成21年8月20日(2009.8.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−24551(P2008−24551)
【出願日】平成20年2月4日(2008.2.4)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】