説明

車両の運動制御装置

【課題】車両の実姿勢状態量、特に、実車体横滑り角の推定精度が悪化する場合にも、車両の運動制御性能が低下しない車両の運動制御装置を提供する。
【解決手段】車両の運動制御装置は、コントロールユニット37、並びに、センサ2,3,4,30,31,32,33等を含んで構成されている。実状態量取得部52は、実車体横滑り角βz_act等を演算する。規範動特性モデル演算部54は、動特性モデルを用いて、規範車体横滑り角βz_d等を演算する。そのほかに実車体横滑り角βz_actにもとづいて第1のアンチスピン・目標ヨーモーメントMc1_aspを演算する第1のアンチスピン目標ヨーモーメントFB部68、横方向加速度Gs、車速Vact、実ヨーレートγactにもとづいて第2のアンチスピン・目標ヨーモーメントMc2_aspを演算する第2のアンチスピン目標ヨーモーメントFB部82を有している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の運動制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
左右の車輪に駆動力を配分して車両のヨーモーメントを制御する駆動力配分装置において、駆動力配分量をアクセル開度、エンジン回転速度、車速、前輪転舵角、横方向加速度、ヨーレート、車体横滑り角(車体スリップ角とも言う)等にもとづいてヨーレートフィードバック制御及びスリップ角フィードバック制御する技術が、特許文献1等により知られている。
同様に車体横滑り角にもとづいて左右の車輪の制動力を制御して、ヨーモーメントを制御する制動装置や、車体横滑り角にもとづいて前輪転舵角を補正制御する技術が知られている。
また、後輪軸の横滑り角及び横滑り角速度から目標ヨーモーメントを演算し、左右の車輪の制動力を制御して、車両のヨーモーメントを制御する制動装置が特許文献2により知られている。
【0003】
さらに、最近では、運転者の目標通りに車両を旋回させる回頭性を向上させるとともに、車両がスピン状態に陥るのを抑制し、誤作動や過剰制御を防止する車両の運動制御技術として、車両の運動モデルにもとづいた車両の第1モデル状態量(本願発明における「規範姿勢状態量」に対応)と、車両の第1実状態量(本願発明における「実姿勢状態量」に対応)との偏差にもとづいて、前記車両の運動モデルにフィードバックする仮想外力を補正演算するとともに、車両運動を発生させるアクチュエータの駆動量にフィードバックするヨーモーメント等を演算するフィードバック分配演算手段を備えた車両の運動制御装置の技術が特許文献3により知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2003−170822号公報(図6参照)
【特許文献2】特開平9−99826号公報(図2〜図7、及び段落[0077]〜[0081]参照)
【特許文献3】特許第4143111号公報(図1、図2参照)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献3に記載されたような車両の運動制御装置にあっては、車両の第1実状態量として実車体横滑り角を用い、車両の第1モデル状態量として規範車体横滑り角を用い、その偏差がゼロとなるようにフィードバックしている。従って、実車体横滑り角の推定演算の精度がそのまま車両の運動制御性能に直結してしまう。実車体横滑り角の推定精度を向上させることは、非常に難しく、実車体横滑り角の推定演算の結果の精度が特に悪化する場合、車両の運動制御性能が低下し、運転者に違和感を与えてしまうおそれがある。
【0006】
本発明は、前記した従来の課題を解決するものであり、車両の実姿勢状態量、特に、実車体横滑り角の推定精度が悪化する場合にも、車両の運動制御性能が低下しない車両の運動制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記課題を解決するために、請求項1に係る発明は、運転者の車両の操作状態量を検知する操作状態検知手段と、車両の運動状態量を検知する運動状態検知手段と、車両の操作状態量及び車両の運動状態量に対応した車両の規範姿勢状態量を、所定の外力が作用する状態における車両の運動モデルにもとづき演算する規範姿勢状態量演算手段と、操作状態検知手段からの検知信号及び運動状態検知手段からの検知信号にもとづき、車両の実姿勢状態量を決定する実姿勢状態決定手段と、車両の規範姿勢状態量と車両の実姿勢状態量との偏差を演算する姿勢状態量偏差演算手段と、姿勢状態量偏差演算手段で演算された偏差にもとづき外力を補正して規範姿勢状態量演算手段にフィードバックする仮想外力演算手段と、車両運動を発生させるアクチュエータの制御目標量を決定するアクチュエータ制御手段と、を備え、運動状態検知手段は、横方向加速度を検知する横方向加速度センサと、実ヨーレートを検知するヨーレートセンサを少なくとも含んだ車両の運動制御装置であって、
横方向加速度及び実ヨーレートにもとづいて車体横滑り角速度を演算する車体横滑り角速度演算手段をさらに備え、アクチュエータ制御手段は、車体横滑り角速度、車両の実姿勢状態量、及び偏差の内の少なくとも1つにもとづき、アクチュエータの制御目標量を決定することを特徴とする。
【0008】
請求項1に記載の発明によれば、アクチュエータ制御手段は、車体横滑り角速度、車両の実姿勢状態量、及び偏差の内の少なくとも1つにもとづき、アクチュエータの制御目標量を決定することができる。
【0009】
請求項2に係る発明は、請求項1に記載の発明の構成に加え、実姿勢状態量及び車体横滑り角度の内の少なくとも一方の値にもとづき前記アクチュエータの制御目標量の決定を許可し、他方にもとづく前記アクチュエータの制御目標量の決定を禁止する制御目標量決定制御手段を備え、制御目標量決定制御手段は、前記少なくとも一方の値にもとづきアクチュエータ制御手段にアクチュエータの制御目標量を決定させることを特徴とする。
【0010】
請求項2に記載の発明によれば、制御目標量決定制御手段が、実姿勢状態決定手段において決定された実姿勢状態量及び車体横滑り角速度演算手段において演算された車体横滑り角速度の内の少なくとも一方にもとづくアクチュエータの制御目標量の決定を許可し、他方にもとづく前記アクチュエータの制御目標量の決定を禁止する。その結果、例えば、車両の運動状態量から実姿勢状態量である実車体横滑り角の精度が悪いと判定される場合、横方向加速度及び実ヨーレートにもとづいて演算された車体横滑り角速度にもとづいてアクチュエータの制御目標量を決定するように制御でき、車両の運動状態量から実姿勢状態量である実車体横滑り角の精度が良いと判定される場合、実姿勢状態量にもとづきアクチュエータの制御目標量の決定をするように、切替制御ができる。
【0011】
例えば、車両が急制動状態にある場合や路面摩擦係数が急変する場合、実姿勢状態量である実車体横滑り角の精度が低下する可能性が高いので、車両の運動状態量のパラメータである路面摩擦係数や、横方向加速度や、車速や、車両の操作状態量としてのパラメータである転舵角、またはこれらを用いて推定演算される運動状態量の推定値等にもとづいて、前記切替制御を行うよう構成することができる。
【0012】
請求項3に係る発明は、請求項1または請求項2に記載の発明の構成に加え、車体横滑り角速度にもとづくアクチュエータの制御目標量の決定と、実姿勢状態量にもとづくアクチュエータの制御目標量の決定との間の優先度を決定する優先度選択手段を備え、アクチュエータ制御手段は、優先度選択手段が決定した優先度にもとづいてアクチュエータの制御目標量の決定をすることを特徴とする。
【0013】
請求項3に記載の発明によれば、優先度選択手段が、車体横滑り角速度にもとづくアクチュエータの制御目標量の決定と、実姿勢状態量にもとづくアクチュエータの制御目標量の決定との間の優先度を決定する。そして、優先度の高いほうに重みを高くしたアクチュエータの制御目標量が決定できる。
【0014】
請求項4に係る発明は、請求項3に記載の発明の構成に加え、実姿勢状態量の確からしさを判定する推定精度判別手段を備え、確からしさが低いと判定した際に車体横滑り角速度にもとづくアクチュエータの制御目標量を増加させるように優先度を高めることを特徴とする。
【0015】
請求項4に記載の発明によれば、推定精度判別手段が、例えば、車両の運動状態量のパラメータの内の、例えば、横方向加速度センサからの横方向加速度、路面摩擦係数推定手段により推定演算された路面摩擦係数等から、路面摩擦係数と横方向加速度との乖離が大きい場合等、実姿勢状態決定手段による車両の実姿勢状態量(実車体横滑り角)の推定演算の精度が低いと判定した場合は、車体横滑り角速度にもとづくアクチュエータの制御目標量の決定の重みを高くし、実姿勢状態量にもとづくアクチュエータの制御目標量の決定の重みを低くして、実姿勢状態量にもとづくアクチュエータの制御目標量が決定できる。その結果、実車体横滑り角の精度が低下するような場合にも安定した車両の運動制御ができる。
【0016】
請求項5に係る発明は、運転者の車両の操作状態量を検知する操作状態検知手段と、車両の運動状態量を検知する運動状態検知手段と、車両の操作状態量及び車両の運動状態量に対応した車両の規範姿勢状態量を、所定の外力が作用する状態における車両の運動モデルにもとづき演算する規範姿勢状態量演算手段と、操作状態検知手段からの検知信号及び運動状態検知手段からの検知信号にもとづき、車両の実姿勢状態量を決定する実姿勢状態決定手段と、車両の規範姿勢状態量と車両の実姿勢状態量との偏差を演算する姿勢状態量偏差演算手段と、姿勢状態量偏差演算手段で演算された偏差にもとづき外力を補正して規範姿勢状態量演算手段にフィードバックする仮想外力演算手段と、車両運動を発生させるアクチュエータの制御目標量を決定するアクチュエータ制御手段と、を備え、運動状態検知手段は、横方向加速度を検知する横方向加速度センサと、実ヨーレートを検知するヨーレートセンサを少なくとも含んだ車両の運動制御装置であって、
横方向加速度及び実ヨーレートにもとづいて車体横滑り角速度を演算する車体横滑り角速度演算手段と、車両の実姿勢状態量にもとづき第1の制御目標ヨーモーメントを決定する第1制御目標ヨーモーメント演算手段と、車体横滑り角速度にもとづき第2の制御目標ヨーモーメントを決定する第2制御目標ヨーモーメント演算手段と、第1の制御目標ヨーモーメントと第2の制御目標ヨーモーメントとを比較して高値の方を選択する高値選択手段を備え、高値選択手段は、第1及び第2の制御目標ヨーモーメントの内の高値の方を選択してアクチュエータ制御手段に送出し、アクチュエータ制御手段は、高値選択手段により選択された第1及び第2の制御目標ヨーモーメントの内の高値の方にもとづいてアクチュエータの制御目標量を決定することを特徴とする。
【0017】
請求項5に記載の発明によれば、高値選択手段において、第1制御目標ヨーモーメント演算手段によって決定された第1の制御目標ヨーモーメントと、第2制御目標ヨーモーメント演算手段によって決定された第2の制御目標ヨーモーメントの内の高値の方にもとづいてアクチュエータの制御目標量が決定されるので、第1の制御目標ヨーモーメントの決定に用いられる車両の実姿勢状態量の1つのパラメータである実車体横滑り角速度が小さめに推定演算されるような条件下であっても、第2の制御目標ヨーモーメントが高値選択されることによって車両がオーバステア状態でスピンに入るのを抑制でき、安定な車両の運動制御ができる。
【0018】
請求項6に係る発明は、請求項5に記載の発明の構成に加え、車体横滑り角速度演算手段により演算された実車体滑り角、または、実姿勢状態決定手段により決定された車両の実姿勢状態量が、所定以下のときに、決定された第1及び第2の制御目標ヨーモーメントを制限してアクチュエータ制御手段に出力する制限手段を有していることを特徴とする。
【0019】
請求項6に記載の発明によれば、車体横滑り角速度演算手段により演算された実車体滑り角、または、実姿勢状態決定手段により決定された車両の実姿勢状態量が、所定以下のときに、制限手段は、車両がオーバステア状態ではないと判定して、決定された第1及び第2の制御目標ヨーモーメントを制限してアクチュエータ制御手段に出力することにより、オーバステア抑制の過剰動作を抑制できる。
【0020】
請求項7に係る発明は、請求項1から請求項6のいずれか1項に記載の発明の構成に加え、車体横滑り角速度演算手段は、車両の実姿勢状態量の内の実車体横滑り角の確からしさを推定する実車体横滑り角推定精度判別手段を有し、
実車体横滑り角推定精度判別手段が判定する前記実車体横滑り角の確からしさに応じて車体横滑り角速度の出力を可変とするよう構成されることを特徴とする。
【0021】
請求項7に記載の発明によれば、実車体横滑り角推定精度判別手段が判定する実車体横滑り角の確からしさに応じて車体横滑り角速度の出力を可変とするよう構成されているので、例えば、実車体横滑り角の確からしさが低いときは、車体横滑り角速度の出力を大きく、逆に、実車体横滑り角の確からしさが高いときは、車体横滑り角速度の出力を小さく出力することができる。その結果、アクチュエータ制御手段にける、車体横滑り角速度、車両の実姿勢状態量、及び偏差の内の少なくとも1つにもとづき、アクチュエータの制御目標量を決定するときに、実車体横滑り角の確からしさに応じた選択または優先度が付け易くなる。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、車両の実姿勢状態量、特に、実車体横滑り角の推定精度が悪化する場合にも、車両の運動制御性能が低下しない車両の運動制御装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】第1の実施形態に係る車両の運動制御装置を適用した車両の模式図である。
【図2】第1の実施形態に係る車両の運動制御装置における制御ロジックを説明するためのブロック機能構成図である。
【図3】車両の動特性モデルにおいて考えるモデル車両上の符号の説明図である。
【図4】フィードバック不感帯処理部の説明図である。
【図5】後輪横滑り角不感帯処理部の説明図である。
【図6】第2の実車体横滑り角速度不感帯処理部の説明図である。
【図7】第2の実車体横滑り角速度演算部の詳細なブロック機構図である。
【図8】第2の実施形態に係る車両の運動制御装置における制御ロジックを説明するためのブロック機能構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、図面を参照しながら本発明の第1の実施形態を説明する。
図1は第1の実施形態に係る車両の運動制御装置を適用した車両の模式図である。図2は第1の実施形態に係る車両の運動制御装置における制御ロジックを説明するためのブロック機能構成図である。
【0025】
図1に示すように、車両1は前輪駆動車両であり、駆動力伝達装置Tと、ステアバイワイヤ式の前輪操舵装置SBWとを含んでいる。
車両1には、運転者が操作する操向ハンドル21aの操作量(車両の操作状態量)を検出する操作角検出センサ(操作状態検知手段)21c、図示しないセレクトレバーの選択位置(車両の操作状態量)を検出するセレクトレバーポジションセンサ(操作状態検知手段)2、図示しないアクセルペダルの踏み込み量(車両の操作状態量)を検出するアクセルペダルポジションセンサ(操作状態検知手段)3、図示しないブレーキペダルの踏み込み量(車両の操作状態量)を検出するブレーキペダルポジションセンサ(操作状態検知手段)4が設けられている。
また、車両1は、車両1の運動制御装置として、コントロールユニット(車両の運動制御装置)37A、前輪操舵装置SBWの制御部である転舵角制御装置40、その他各種のセンサ、例えば、各車輪WfL,WfR,WrL,WrRの車輪速(車両の運動状態量)を検出する車輪速センサ(運動状態検知手段)30fL,30fR,30rL,30rR、車両1の実ヨーレート(車両の運動状態量)γactを検出するヨーレートセンサ(運動状態検知手段)31、車両1の横方向加速度(車両の運動状態量)Gsを検出する横方向加速度センサ(運動状態検知手段)32、車両1の前後方向加速度(車両の運動状態量)αを検出する前後方向加速度センサ(運動状態検知手段)34等を備えている。
【0026】
コントロールユニット37Aは、VSAシステム(Vehicle Stability Assist System:車両挙動安定化制御システム)のためのコントロールユニットであり、その機能としては、ブレーキ制御ECU(Electric Control Unit)29を協調して動作させるABS(Antilock Brake System)機能、油圧回路28やエンジンECU27を協調して動作させるTCS(Traction Control System)機能、油圧回路28及びブレーキ制御ECU29を協調させて動作させるAYC(Active Yaw Control)機能も含んでいる。
本実施形態では、前記したAYC機能における特徴に注目して説明をする。そのため、図2に示すコントロールユニット37Aの機能ブロック構成図には、ABSの機能の機能ブロック、TCS機能の機能ブロックは省略してある。
AYC機能のためにコントロールユニット37Aは、転舵時の運動制御のために油圧回路28を介して駆動力伝達装置Tを制御したり、転舵時の運動制御のために各車輪のブレーキBfL,BfR,BrL,BrRをブレーキ制御ECU(Electric Control Unit)29を介して制御したりする。
【0027】
(動力伝達系)
まず、本実施形態の車両の運動制御装置を適用する車両1の動力伝達系について説明する。車体前部に横置きに搭載したエンジンENGの右端にトランスミッシヨンT/Mが接続されており、これらエンジンENG及びトランスミッションT/Mの後部に駆動力伝達装置Tが配設される。駆動力伝達装置Tの左端及び右端から左右に延出する左ドライブシャフトAL及び右ドライブシャフトARには、それぞれ駆動輪である左前輪WfL及び右前輪WfRが接続される。
【0028】
駆動力伝達装置Tは、トランスミッションT/Mから延びる入力軸で入力され、例えば、特開2008−239115号公報の図1に記載のようにディファレンシャルと、ダブルピニオン式の遊星歯車機構とを含んで構成されている。
そして、駆動力伝達装置Tの遊星歯車機構は、コントロールユニット37Aにより油圧回路28を介して制御される左油圧クラッチCL及び右油圧クラッチCRを含んでいる。
車両1の直進走行時には左油圧クラッチCL及び右油圧クラッチCRが共に非係合状態とされる。車両1の右旋回時には、コントロールユニット37Aに油圧回路28が制御されて、右油圧クラッチCRの係合力が適宜調整されることによって、左前輪WfLの回転速度は右前輪WfRの回転速度に対して増速される。左前輪WfLの回転速度が右前輪WfRの回転速度に対して増速されると、旋回内輪である右前輪WfRのトルクの一部を旋回外輪である左前輪WfLに伝達することができる。
一方、車両1の左旋回時には、コントロールユニット37Aに油圧回路28が制御されて、左油圧クラッチCLの係合力が適宜調整されて、右前輪WfRの回転速度は左前輪WfLの回転速度に対して増速される。右前輪WfRの回転速度が左前輪WfLの回転速度に対して増速されると、旋回内輪である左前輪WfLのトルクの一部を旋回外輪である右前輪WfRに伝達することができる。
【0029】
(前輪操舵装置)
次に、本実施形態における前輪操舵装置の構成を説明する。
この前輪操舵装置SBWは、ステアバイワイヤを実現するものであり、運転操作装置である操作部21と、ステアリング装置機構である転舵部25と、転舵部25を制御する転舵角制御装置40とを含んでなる。
操作部21は運転者が操作する操向ハンドル21aを備え、この操向ハンドル21aの操作角θを転舵角制御装置40で処理し、この処理結果にもとづいて転舵部25のステアリングモータ25aを駆動させて転舵輪である左右の前輪WfL,WfRを転舵する。
【0030】
操作部21は、運転者が操作する操向ハンドル21aと、操向ハンドル21aの回転軸である操舵軸21bと、操向ハンドル21aの操作角θを検出する操作角検出センサ21cと、操作トルクセンサ21dと、操向ハンドル21aの操作性を向上させる操作反力モータ21eとを含んで構成される。操作トルクセンサ21dは、公知のセンサからなり、操向ハンドル21aから入力されるトルク量を検出することで、操作開始時や左右の前輪WfL,WfRの方向切り替え時(切り返し時)の応答性を向上させるものである。一方、操作角検出センサ21cは、操向ハンドル21aの操作による操舵軸21bの回転位置を検出する公知のセンサから構成され、操向ハンドル21aの操作角θを、例えば、電圧値として出力するものである。この操作角検出センサ21cからの出力は、転舵角制御装置40が転舵輪である左右の前輪WfL,WfRの転舵角を設定するのに用いられる。
【0031】
さらに、操舵軸21bの他端部は、操作反力モータ21eの回転軸に連結されている。この操作反力モータ21eは、転舵角制御装置40からの信号を受けて、操向ハンドル21aの回転位置及び操作方向に応じて、操向ハンドル21aの操作方向(操向ハンドル21aの動き)とは異なる向き及び所定の大きさの反力(操作反力)を発生させることによって、転舵操作の操作性及び精度を向上させる機能を有している。
【0032】
ここで、左右の前輪WfL,WfRの転舵は、ステアリングモータ25aの回転を、例えば、ボールねじ機構25bによってラック軸25cの直線運動に変換し、それをタイロッド25d,25dを介して左右の前輪WfL,WfRの転舵運動に変換する転舵部25により行われている。
なお、直線運動時のラック軸25cの位置は、転舵部25に設けられた転舵角センサ(操作状態検知手段)33によって転舵角δ(車両の操作状態量)として検出され、転舵角制御装置40にフィードバックされている。
【0033】
各車輪WfL,WfR,WrL,WrRには、車輪速センサ30fL,30fR,30rL,30rRが設けられており、車輪速を検出して、コントロールユニット37Aに入力される。
コントロールユニット37Aの車速演算部(運動状態検知手段)52a(図2参照)では、入力された車輪速から車速Vactを演算して、転舵角制御装置40に車速Vactを入力する。
また、各車輪WfL,WfR,WrL,WrRには、ブレーキBfL,BfR,BrL,BrRが設けられ、ブレーキ制御ECU29により制御される。
ここで、左油圧クラッチCL、右油圧クラッチCR、ブレーキBfL,BfR,BrL,BrRが、特許請求の範囲に記載の「アクチュエータ」に対応する。
【0034】
(転舵角制御装置)
転舵角制御装置40は、CPU(Central Processing Unit)、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)及び所定の電気回路を備えたECU(電子制御ユニット)から構成され、図1に示すように、操作部21及び転舵部25とは信号伝達ケーブルを介して電気的に連結されている。
転舵角制御装置40は、操作部21の操作角検出センサ21c、操作トルクセンサ21dからの検出信号と、車速演算部52a(図2参照)からの車速Vactの信号を受け取り、前輪WfL,WfRの向くべき前輪目標転舵角を設定し、また、操作部21の操作反力モータ21eの制御を行なう目標転舵角設定・操作反力制御部40aと、ステアリングモータ25aを駆動させるステアリングモータ制御部40bを含んで構成されている。
転舵角制御装置40の構成は、例えば、特開2004−224238号公報の図2に示されているものと同様である。
【0035】
(車両の運動制御装置の機能ブロック構成)
次に、油圧回路28を介して駆動力伝達装置Tによる左右の前輪WfL,WfRそれぞれへの駆動トルクを制御したり、ブレーキ制御ECU29を介して各車輪WfL,WfR,WrL,WrRそれぞれの制動力を制御したりして、車両1の重心回りのヨーモーメントを制御するコントロールユニット37Aにおける機能ブロック構成を、図2を参照しながら、適宜、図1を参照して説明する。
【0036】
コントロールユニット37Aは、CPU,ROM,RAM及び所定の電気回路を備えたECUから構成されている。コントロールユニット37Aは、図1に示すように転舵角制御装置40と信号伝達ケーブルを介して電気的に連結されている(図2では省略)。また、コントロールユニット37Aは、図1に示すように油圧回路28及びブレーキ制御ECU29と信号伝達ケーブルを介して電気的に連結されていると同時に、図示を省略するがエンジンECU27とも通信回線で連結されている。エンジンECU27からは、駆動輪である前輪WfL,WfRへの駆動トルク、セレクトレバーの選択位置、アクセルポジションの信号が入力される。ブレーキ制御ECU29からは、ブレーキの各液圧PfL,PfR,PrL,PrR(図2では、1つの液圧Pで代表的に表示)が入力される。
なお、ここでは、エンジンECU27は、トランスミッションT/Mの減速比を制御する機能も有しているとしている。
【0037】
コントロールユニット37Aは、機能ブロックとして、フィードフォワード目標値設定部51(以下、「FF目標値設定部51」と称する)、実状態量取得部(運動状態検知手段、実姿勢状態決定手段)52、規範操作量決定部53、規範動特性モデル演算部(規範姿勢状態量演算手段)54、偏差演算部(姿勢状態量偏差演算手段)55、フィードバック目標値演算部(第1制御目標ヨーモーメント演算手段)56(以下、「FB目標値演算部56」と称する)、フィードバック不感帯処理部57、加算部58、アクチュエータ動作目標値合成部(仮想外力演算制御手段)59、仮想外力演算部(仮想外力演算手段)61、フィードバック目標値出力制御部62A(以下、「FB目標値出力制御部62A」と称する)、加算部63、高値選択部(高値選択手段)64、後輪実横滑り角補正部65、加算部66、後輪横滑り角不感帯処理部67、第1のアンチスピン目標ヨーモーメントフィードバック演算部(第1の制御目標ヨーモーメント演算手段)68(以下、「第1のアンチスピン目標ヨーモーメントFB部68」と称する)、第1のアンチスピン仮想ヨーモーメントフィードバック演算部69(以下、「第1のアンチスピン仮想ヨーモーメントFB部69」と称する)、第2の実車体横滑り角速度演算部(車体横滑り角速度演算手段)70、第2の実車体横滑り角速度不感帯処理部81、第2のアンチスピン目標ヨーモーメントFB部(第2制御目標ヨーモーメント演算手段)82、第2のアンチスピン仮想ヨーモーメントFB部83を含んで構成されている。
【0038】
コントロールユニット37AのCPUは、各制御処理周期において、前記した各機能ブロックの処理を行う。以下に、コントロールユニット37Aの前記した各機能ブロックの詳細な説明を行う。
【0039】
《FF目標値設定部》
FF目標値設定部51は、操向ハンドル21aの操作角θや、セレクトレバーの選択位置や、アクセルペダルの踏み込み量やブレーキペダルの踏み込み量等の運転操作入力(車両の操作状態量)、実状態量取得部52の車速演算部52aで演算された車速Vact(車両の運動状態量)を読み込み、ブレーキBfl,BfR,BrL,BrRや、左右油圧クラッチCL,CR、トランスミッション減速比等のそれぞれのFF目標値を設定する。
このFF目標値設定部51は、例えば、前記特許文献3の段落[0372]〜[0377]及び図17に記載のように、制動力の車輪WfL,WfR,WrL,WrRへのFF目標値、駆動力の左右前輪WfL,WfRへのFF目標値を設定する。FF目標値とは、具体的には、車輪WfLに対して、ブレーキBfLによるFF目標第1輪ブレーキ駆動・制動力を、輪WfRに対して、ブレーキBfRによるFF目標第2輪ブレーキ駆動・制動力を、後輪WrLに対して、ブレーキBrLによるFF目標第3輪ブレーキ駆動・制動力を、後輪WrRに対して、ブレーキBrRによるFF目標第4輪ブレーキ駆動・制動力を演算設定する。
また、FF目標値として、前輪WfLに対して、左油圧クラッチCLによるFF目標第1輪駆動系駆動・制動力を、前輪WfRに対して、右油圧クラッチCRによるFF目標第2輪駆動系駆動・制動力を演算設定する。さらに、FF目標値として、トランスミッションT/MのFF目標ミッション減速比を演算設定しても良い。
【0040】
《実状態量取得部》
次に、実状態量取得部52は、セレクトレバーポジションセンサ2からの選択位置信号、アクセルペダルポジションセンサ3からの踏み込み量を示す信号、ブレーキペダルポジションセンサ4からの踏み込み量を示す信号、操作角検出センサ21cからの操向ハンドル21aの操作角θを示す信号、ヨーレートセンサ31から車両1の実ヨーレートγactを示す信号、横方向加速度センサ32から車両1の横方向加速度Gsを示す信号、前後方向加速度αを示す信号、4つの車輪速センサ30(図1では本実施形態では、30fL,30fR,30rL,30rRと表示)からの各車輪速Vwを示す信号、転舵角センサ33からの転舵角δを示す信号等を取得する。
実状態量取得部52は、機能ブロックとして、さらに、車速演算部(運動状態検知手段)52a、摩擦係数推定演算部(運動状態検知手段、路面摩擦係数推定手段)52b、実車体横滑り角演算部(実姿勢状態決定手段)52c、実前輪横滑り角演算部(実姿勢状態決定手段)52d、実後輪横滑り角演算部(実姿勢状態決定手段)52e、実横滑り角速度演算部(実姿勢状態決定手段)52f、推定精度判別部(推定精度判別手段、優先度選択手段)52g、タイヤ特性設定部(実姿勢状態決定手段)52iを有している。
なお、実状態量取得部52は、ヨーレートセンサ31からの検知信号を取得して、中点学習をして、左右のヨーレートが発生していない状態をゼロ点として補正された実ヨーレートγactを、実状態量取得部52の他の機能ブロックに出力する機能ブロックとしてのヨーレート中点学習補正部や、転舵角センサ33からの検知信号を取得して、中点学習をして、中立状態(車両1の直進状態)をゼロ点として補正された転舵角δを、実状態量取得部52の他の機能ブロックに出力する機能ブロックとしての転舵角中点学習補正部等も有しているが、図2では省略してある。
ちなみに、中点学習をして補正された実ヨーレートγactは偏差演算部55に入力される。
【0041】
(車速演算部)
車速演算部52aは、例えば、特開2000−85558号公報に開示されているように公知の方法を用い、車輪速センサ30からの各車輪速Vw等にもとづいて車速Vact(車両の運動状態量)を演算する。特に、ブレーキペダルが操作されていないときは、従動輪である後輪WrL,WrRの車輪速センサ30rL,30rRの示す各車輪速Vwの平均値が車速Vactである。車速演算部52aは、車輪速センサ30からの各車輪速Vwと車速Vactから各車輪Wのスリップ率も演算する。
本実施形態は、車速Vactを車輪速センサ30fL,30fR,30rL,30rRから算出することに限定されず、車両1が車輪速センサ30fL,30fR,30rL,30rRとは別に、対地速度を直接検出する公知の車速センサを備え、実状態量取得部52が車速センサから車速Vactを示す信号を取得する構成としても良い。
【0042】
(摩擦係数推定演算部)
摩擦係数推定演算部52bは、例えば、特開2000−85558号公報に開示されているように公知の方法を用い、横方向加速度Gs、実ヨーレートγact、タイヤ特性設定部52iからの各車輪Wごとのタイヤ特性(実車輪横すべり角−コーナリングフォース特性、車輪Wのスリップ率−コーナリングフォース減少率特性、車輪Wのスリップ率−制・駆動特性)、車輪スリップ率、実前輪横滑り角演算部52dで演算された前輪の横滑り角βf_act、実後輪横滑り角演算部52eで演算された、後輪WrL,WrRの横滑り角βr_act等にもとづいて車両の運動状態量のパラメータの1つである路面の摩擦係数μを推定演算する。
ちなみに、タイヤ特性設定部52iは、例えば、特開2000−85558号公報の段落[0013]及び図3に開示されているタイヤ特性設定手段12に対応する。
なお、摩擦係数推定演算部52bは、特開2007−145075号公報の段落[0029]〜[0032]に開示されているように、各車輪WのブレーキBfL,BfR,BrL,BrRの各液圧Pから各車輪Wの制動力を演算し、各車輪Wの制動力、各車輪Wの角速度、車輪Wの半径、車輪Wの慣性モーメント、各車輪Wの接地荷重にもとづいて路面の摩擦係数μを推定演算しても良い。
【0043】
(実車体横滑り角演算部)
実車体横滑り角演算部52cは、例えば、特開2000−85558号公報に開示されているように公知の方法を用い、転舵角δ、実ヨーレートγact、横方向加速度Gs、車速Vact、各車輪Wのスリップ率等にもとづいて公知の方法で実車体横滑り角(車両の実姿勢状態量)βz_actを推定演算する。ここ各車輪Wので実車体横滑り角βz_actは、図3に示すように車両1の重心回りの車体横滑り角であり、車体スリップ角とも言われる。ここでは、前記した規範動特性モデル演算部54において演算される重心回りの車体横滑り角である規範車体横滑り角βz_dと区別するために実車体横滑り角βz_actと称する。
実車体横滑り角演算部52cにおいて推定演算された実車体横滑り角βz_actは、偏差演算部55に入力される。
【0044】
(実前輪横滑り角演算部)
実前輪横滑り角演算部52dは、前輪WfL,WfRの実横滑り角βf_act(以下、単に「前輪実横滑り角(車両の実姿勢状態量)βf_act」と称する)を、実車体横滑り角βz_act、実ヨーレートγact、車速Vact、転舵角δにもとづいて公知の方法で演算する。また、実後輪横滑り角演算部52eは、後輪WrL,WrRの実横滑り角βr_act(以下、単に「後輪実横滑り角(車両の実姿勢状態量)βr_act」と称する)を、実車体横滑り角βz_act、実ヨーレートγact、車速Vactにもとづいて公知の方法で演算する。
例えば、次式(1)のように前輪実横滑り角βf_actは演算でき、次式(2)のように後輪実横滑り角βr_actは演算できる。
βf_act=βz_act+Lf・γact/Vact−δ ・・・・(1)
βr_act=βz_act−Lr・γact/Vact ・・・・・・(2)
ここで、Lfは、車両1の重心と前輪WfL,WfRのドライブシャフトAL,ARとの前後方向距離であり、Lrは、車両1の重心と後輪WrL,WrRの回転軸との前後方向距離である(図3参照)。
実前輪横滑り角演算部52dで演算された前輪実横滑り角βf_actは、アクチュエータ動作目標値合成部59に入力される。
実後輪横滑り角演算部52eで演算された後輪実横滑り角βr_actは、加算部66およびアクチュエータ動作目標値合成部59に入力される。
【0045】
(実横滑り角速度演算部)
実横滑り角速度演算部52fは、実車体横滑り角演算部52cで周期的に演算された前回の実車体横滑り角βz_actと今回の実車体横滑り角βz_actにもとづいて、時間微分し、第1の実車体横滑り角速度(車両の実姿勢状態量)β′z_actを演算する。実横滑り角速度演算部52fで演算された第1の実車体横滑り角速度β′z_actは、偏差演算部55に入力される。実横滑り角速度演算部52fが、第1の実車体横滑り角速度β′z_actを演算する意味では、第1の実車体横滑り角速度演算手段でもある。以下では、第1の実車体横滑り角速度β′z_actは、単に「実車体横滑り角速度β′z_act」と称する。
また、実横滑り角速度演算部52fは、実後輪横滑り角演算部52dで周期的に演算された前回の後輪実横滑り角βr_actと今回の後輪実横滑り角βr_actにもとづいて、時間微分し、後輪実横滑り角速度(車両の実姿勢状態量)β′r_actを演算する。実横滑り角速度演算部52fで演算された後輪実横滑り角速度β′r_actは、後輪実横滑り角補正部65に入力される。
【0046】
(推定精度判別部)
推定精度判別部52gは、前記した各種センサ、セレクトレバーポジションセンサ2、アクセルペダルポジションセンサ3、ブレーキペダルポジションセンサ4、車輪速センサ30fL,30fR,30rL,30rR、ヨーレートセンサ31、横方向加速度センサ32、転舵角センサ33、前後方向加速度センサ34からの信号を監視し、例えば、操舵角が所定以上の状況下において、横方向加速度が小さいにも関わらず摩擦係数推定演算部52bの推定する摩擦係数μが大きい場合や、スリップ率が大きいにも関わらず摩擦係数μが大きい場合等は、実際の路面摩擦係数に対して摩擦係数推定演算部52bの出力に含まれる誤差が大きい可能性がある。
推定精度判別部52gが、例えば、摩擦係数推定演算部52bが推定した路面摩擦係数μおよび転舵舵角δ、車速Vactにもとづいて推定される推定横方向加速度Gs_est=Kc×μ(Kcは車両1緒元により決定されるゲイン)と、横方向加速度センサ32からの横方向加速度Gsにもとづいて、乖離が所定以上と判定した場合には、実路面摩擦係数が推定された路面摩擦係数μよりも小さい可能性がある。
推定精度判別部52gは、そのように乖離が所定以上と判定した場合には、実姿勢状態量の推定精度が低い、または利用不能であることを示す推定精度判別信号をFB目標値出力制御部62Aに出力する。
【0047】
なお、図示しないが、摩擦係数推定演算部52bの出力に含まれる誤差が大きい可能性がある場合の判定には、車速演算部52aで演算された、各車輪Wのスリップ率や、規範動特性モデル演算部54の演算する規範姿勢状態量、車両の実姿勢状態量、および偏差演算部55の演算した偏差等にもとづいて確からしさを判別するように構成しても良い。
【0048】
《規範操作量決定部》
規範操作量決定部53は、前記した規範動特性モデル演算部54に対する入力としての規範モデル操作量を決定する。本実施形態では、規範操作量決定部53には、車両1の前輪Wfl,WfRの転舵角(以下、モデル転舵角δdという)である。このモデル転舵角δdを決定するために、操向ハンドル21a(図1参照)の操作角θ(今回値)が規範操作量決定部53に主たる入力量として入力されるとともに、実状態量取得部52によって演算された車速Vact(今回値)、及び推定摩擦係数μ(今回値)と、規範動特性モデル演算部54上での車両1の状態量(前回値)とが規範操作量決定部53に入力される。そのため、規範操作量決定部53は、規範動特性モデル演算部54上での車両1の状態量を一時保持する前回状態量保持部53aを有している。
【0049】
そして、規範操作量決定部53は、これらの入力にもとづいてモデル転舵角δdを決定する。モデル転舵角δdは、基本的には、操作角θに応じて決定すれば良い。但し、本実施形態では、規範動特性モデル演算部54に入力するモデル転舵角δdに所要の制限を掛ける。この制限を掛けるために、規範操作量決定部53には、操作角θ以外に、車速Vact、推定された路面摩擦係数μ等が入力される。
ちなみに、規範操作量決定部53は、特許第4143111号公報の段落[0127]〜[0129]等に記載されている「規範操作量決定部14」に対応する。
【0050】
《規範動特性モデル演算部》
次に、図2、図3を参照しながら規範動特性モデル演算部54について説明する。図3は、車両1の動特性モデルにおいて考えるモデル車両1d上の符号の説明図である。
規範動特性モデル演算部54は、車両1の規範とする運動の状態量である規範姿勢状態量をあらかじめ定められた車両動特性モデルを用いて決定して出力する。車両動特性モデルは、車両1の動特性を表し、前記した規範モデル操作量を含む所要の入力をもとに、規範姿勢状態量を逐次演算する。この車両1の規範とする運動は、基本的には、運転者にとって好ましいと考えられる車両1の理想的な運動もしくはそれに近い運動を意味する。
【0051】
規範動特性モデル演算部54には、規範操作量決定部53で決定された規範モデル操作量、並びに、仮想外力演算部61で演算されたフィードバック制御入力である仮想外力ヨーモーメントMvと、第1のアンチスピン仮想ヨーモーメントFB部69で演算された第1のアンチスピン・仮想FBヨーモーメントMv1_aspと、第2のアンチスピン仮想ヨーモーメントFB部83で演算された第2のアンチスピン・仮想FBヨーモーメントMv2_aspとを加算した結果が入力され、それらの入力にもとづいて規範姿勢状態量、具体的には、例えば、規範ヨーレートγd、規範車体横滑り角βz_dが、積分演算を含む繰り返し計算で時系列的に演算される。
【0052】
規範ヨーレートγdは、規範動特性モデルで扱うモデル車両1d(図3参照)重心点C(図3参照)回りのヨー方向の回転運動に関する規範姿勢状態量であり、規範車体横滑り角βz_dは、モデル車両1dの重心点Cにおける車速Vdの方向に対するモデル車両1dの車体前後軸のなす角度である車体横滑り角に関する規範姿勢状態量である。これらの規範姿勢状態量γd,βz_dを制御処理周期毎に逐次演算するために、規範モデル操作量としての前記モデル転舵角(今回値)と、前記フィードバック制御入力(仮想外力ヨーモーメント)Mv(前回値)と第1のアンチスピン・仮想FBヨーモーメントMv1_asp(前回値)と第2のアンチスピン・仮想FBヨーモーメントMv2_asp(前回値)を加算した結果が入力される。この場合、本実施形態では、規範動特性モデル演算部54上のモデル車両1dの車速Vdを実際の車速Vactに一致させる。このために、規範動特性モデル演算部54には、実状態量取得部52によって演算された車速Vact(今回値)も規範操作量決定部53を介して入力される。そして、規範動特性モデル演算部54は、これらの入力をもとに、該規範動特性モデル上でのモデル車両1dの規範ヨーレートγd及び規範車体横すべり角βz_d、規範車体横すべり角速度β′z_dを演算して、偏差演算部55に出力する。
【0053】
なお、規範動特性モデル演算部54に仮想外力演算部61からフィードバック制御入力されるフィードバック入力Mvは、車両1の走行環境(路面状態等)の変化(規範動特性モデルで考慮されていない変化)や、規範動特性モデルのモデル化誤差、あるいは、各センサの検出誤差もしくは実状態量取得部52における推定演算誤差等に起因して、車両1の運動とモデル車両1dの規範運動とがかけ離れる(乖離する)のを防止する(規範運動を車両1の運動に近づける)ために規範動特性モデルに付加的に入力するフィードバック制御入力である。このフィードバック入力Mvは、本実施形態では、規範動特性モデル上のモデル車両1dに仮想的に作用させる仮想外力である。このフィードバック入力Mvは、規範動特性モデル上のモデル車両1dの重心点Cまわりに作用させるヨー方向の仮想的なモーメントである。以下、「仮想外力ヨーモーメントMv」と称する。
【0054】
(規範動特性モデル)
本実施形態における規範動特性モデルを、図3を参照して簡単に説明する。図3は本実施形態における規範動特性モデル上のモデル車両の説明図である。モデル車両1dは、車両1の動特性を、1つの前輪Wfと1つの後輪Wrとを前後に備えた車両1の水平面上での動特性(動力学特性)によって表現するモデル(いわゆる2輪モデル)である。モデル車両1dの前輪Wfは、実際の車両1の2つの前輪WfL,WfRを一体化した車輪Wfに相当し、モデル車両1dの転舵輪である。後輪Wrは、実際の車両1の後輪WrL,WrRを一体化した車輪Wrに相当し、本実施形態では非転舵輪である。
このモデル車両1dは、公知のものであり、前記しなかった符号の説明だけし、詳細な説明は省略する。
【0055】
δdが転舵角を示し、規範動特性モデルに入力される規範モデル操作量である。Vwf_dはモデル車両1dの前輪Wfの水平面上での進行速度ベクトル、Vwr_dはモデル車両1dの後輪Wrの水平面上での進行速度ベクトル、βf_dは前輪Wfの横すべり角(以下、「前輪横滑り角βf_d」と称する)である。βr_dは後輪Wrの横すべり角(以下、「後輪横滑り角βr_d」と称する)である。βf0は、モデル車両1dの前輪Wfの進行速度ベクトルVwf_dがモデル車両1dの前後軸に対してなす角度(以下、車両前輪位置横すべり角βf0)と称する)である。
【0056】
このモデル車両1dの動特性は、具体的には、次式(3)により表される。
なお、この式(3)の右辺の第3項(Mvを含む項)を除いた式は、例えば「自動車の運動と制御」と題する公知の文献(著者:安部正人、発行者:株式会社山海堂、平成15年4月10日第2版第1刷発行。以降、非特許文献1という)に記載されている公知の式(3.12),(3.13)と同等である。
【0057】
【数1】

【0058】
ここで、
m:モデル車両1dの総質量
Kf:モデル車両1dの前輪Wfを2つの左右の前輪WfL,WfR(図1参照)の連
結体とみなしたときの1輪当たりのコーナリングパワー
Kr:モデル車両1dの後輪Wrを2つの左右の後輪WrL,WrR(図1参照)の連
結体とみなしたときの1輪当たりのコーナリングパワー
Lf:モデル車両1dの前輪Wfの中心と重心点Cとの前後方向の距離
Lr:モデル車両1dの後輪Wrの中心と重心点Cとの前後方向の距離
I:モデル車両1dの重心点Cにおけるヨー軸まわりの慣性モーメント
である。
これらのパラメータの値は、あらかじめ設定された値である。この場合、例えば、m,I,Lf,Lrは、車両1におけるそれらの値と同一か、もしくはほぼ同一に設定される。また、Kf,Krは、それぞれ車両1の前輪WfL,WfR,後輪WrL,WrRのタイヤの特性を考慮して設定される。
なお、式(3)においてd(βz_d)/dtは、モデル車両1dの規範車体横滑り角速度β′z_dのことである。
【0059】
ちなみに、本実施形態におけるモデル車両1dの動特性モデルは、特許文献3の段落[0156]〜[0168]等に記載の動特性モデルに対応し、本実施形態における仮想外力ヨーモーメントMvは、特許文献3の「仮想外力Mvir」に対応する。そして、特許文献3の「仮想外力Fvir」については、本実施形態では「0(ゼロ)」として、仮想外力のフィードバックは考えていないケースである。従って、詳細な説明は省略する。
【0060】
《偏差演算部》
次に、図2に戻って偏差演算部55について説明する。偏差演算部55は、実状態量取得部52から入力された実姿勢状態量である実ヨーレートγact、実車体横滑り角βz_act、実車体横滑り角速度β′z_actと、規範動特性モデル演算部54から入力された規範姿勢状態量である規範ヨーレートγd、規範車体横滑り角βz_d、規範車体横滑り角速度β′z_dそれぞれの偏差γerr,βerr,β′errを演算してフィードバック目標値演算部56及び仮想外力演算部61に入力する。ここで、偏差γerr,βerr,β′errはそれぞれ次式(4),(5),(6)により演算する。
γerr=γact−γd ・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)
βerr=βz_act−βz_d ・・・・・・・・・・・・・・(5)
β′err=β′z_act−β′z_d ・・・・ ・・・・・・(6)
【0061】
《FB目標値演算部》
FB目標値演算部56は、偏差γerr,βerr,β′errにもとづいて車両1の重心点回りのヨーモーメント制御を、前輪WfL,WfR、後輪WrL,WrRに対する左右の制動力の配分でブレーキ制御ECU29を介して行う、または、駆動輪である前輪WfL,WfRの左右の駆動力の配分で油圧回路28を介して行う際の規範FB目標ヨーモーメントMc_nom1を次式(7)で演算し、フィードバック不感帯処理部57に入力する。
Mc_nom1=K・γerr+K・βerr+K・β′err
・・・・・・・・(7)
ここで、K,K,Kは、予め設定されたフィードバック・ゲインである。
【0062】
《フィードバック不感帯処理部》
フィードバック不感帯処理部57は、図4に示すように、入力される規範FB目標ヨーモーメントMc_nom1に対して、例えば、±750Nm(ニュートン・メートル)の間の不感帯を設けて、規範FB目標ヨーモーメントMc_nom2を出力処理する。このように、入力される規範FB目標ヨーモーメントMc_nom1に対して出力される規範FB目標ヨーモーメントMc_nom2に不感帯を設けることにより、わずかな偏差γerr,βerrに対して絶えずヨーモーメント制御のフィードバックがなされて、乗員に不快感を与えないような安定したヨーモーメント制御とする。
フィードバック不感帯処理部57から出力された規範FB目標ヨーモーメントMc_nom2は、加算部58に入力される。
【0063】
《第1のアンチスピン・目標ヨーモーメントFB制御》
次に、図2に戻って後輪実横滑り角補正部65、加算部66、後輪横滑り角不感帯処理部67、第1のアンチスピン目標ヨーモーメントFB部68等による第1のアンチスピン目標ヨーモーメントFB(フィードバック)制御について説明する。この制御は、オーバステアによる車両1(図1参照)のスピンを抑制するために、車両1の重心点回りのヨーモーメント制御を、前輪WfL,WfR、後輪WrL,WrRに対する左右の制動力の配分でブレーキ制御ECU29を介して行う、または、駆動輪である前輪WfL,WfRの左右の駆動力の配分で油圧回路28を介して行う際の第1のアンチスピン・FB目標ヨーモーメントMc1_aspを、後記する式(8)で演算し、加算部58に入力するものである。
【0064】
後輪実横滑り角補正部65は、実状態量取得部52の実横滑り角速度演算部52fで演算された実後輪横滑り角速度β′r_actに定数Kを乗じて加算部66に入力する。加算部66では、それと、実状態量取得部52の実後輪横滑り角演算部52eで演算された実後輪横滑り角βr_actを加算して実後輪横滑り角βr_act1として後輪横滑り角不感帯処理部67に入力する。
【0065】
後輪横滑り角不感帯処理部67は、図5に示すように、入力される実後輪横滑り角βr_act1に対して、例えば、±5°の間の不感帯を設けて、実後輪横滑り角βr_act2を出力処理する。このように、入力される実後輪横滑り角βr_act1に対して出力される実後輪横滑り角βr_act2に不感帯を設けることにより、わずかな実後輪横滑り角βr_act1の変化に対してオーバステアによる車両1(図1参照)のスピンを抑制するためのアンチスピン・目標ヨーモーメント制御のフィードバック量が変化して、乗員に不快感を与えないような安定したアンチスピン・目標ヨーモーメント制御の入力とする。
【0066】
後輪横滑り角不感帯処理部67から出力された実後輪横滑り角βr_act2は、第1のアンチスピン目標ヨーモーメントFB部68に入力される。
第1のアンチスピン目標ヨーモーメントFB部68は、次式(8)に従って、第1のアンチスピン・FB目標ヨーモーメントMc1_aspを演算し、加算部58にその結果を入力する。
Mc1_asp=K・βr_act2 ・・・・・・・・・・・(8)
ここで、Kは、予め設定されたフィードバック・ゲインである。
【0067】
加算部58では、フィードバック不感帯処理部57から入力された規範FB目標ヨーモーメントMc_nom2と、第1のアンチスピン目標ヨーモーメントFB部68から入力された第1のアンチスピン・FB目標ヨーモーメントMc1_aspを加算して、FB目標ヨーモーメント(第1の制御目標ヨーモーメント)Mc2として、FB目標値出力制御部62Aに入力する。
ここで、前記した加算部66は、実後輪横滑り角速度β′r_actの絶対値大きいほど、車両1がオーバステア状態であり、オーバステア状態を抑制するために、後輪実横滑り角補正部65において実後輪横滑り角速度β′r_actに定数Kを乗じた結果を実後輪横滑り角βr_actに加算するものである。
【0068】
《FB目標値出力制御部》
FB目標値出力制御部62Aは、推定精度判別部52gから例えば姿勢状態量の推定精度の度合いを示す推定精度判別信号を受信し、推定精度が低い場合にはFB目標ヨーモーメントMc2を高値選択部64に出力せず、ゼロ信号を高値選択部64に出力する。
【0069】
《第2のアンチスピン・目標ヨーモーメントFB制御》
次に、図2に示すように第2の実車体横滑り角速度演算部70、第2の実車体横滑り角速度不感帯処理部81、第2のアンチスピン目標ヨーモーメントFB部82等による第2のアンチスピン目標ヨーモーメントFB(フィードバック)制御について説明する。この制御は、オーバステアによる車両1(図1参照)のスピンを抑制するために、車両1の重心点回りのヨーモーメント制御を、前輪WfL,WfR、後輪WrL,WrRに対する左右の制動力の配分でブレーキ制御ECU29を介して行う、または、駆動輪である前輪WfL,WfRの左右の駆動力の配分で油圧回路28を介して行う際の第2のアンチスピン・FB目標ヨーモーメントMc2_aspを、後記する式(9)で演算し、高値選択部64に入力するものである。
【0070】
第2の実車体横滑り角速度演算部70は、横方向加速度Gs、車速Vact、実ヨーレートγactにもとづいて、第2の実車体横滑り角速度β′z_emg1を演算し、第2の実車体横滑り角速度不感帯処理部81に入力する。以下、第2の実車体横滑り角速度演算部70は、単に「実車体横滑り角速度演算部70」と称し、第2の実車体横滑り角速度β′z_emg1は、単に、「実車体横滑り角速度β′z_emg1」と称する。
実車体横滑り角速度演算部70における実車体横滑り角速度β′z_emg1の詳細な演算方法は後記するが、実車体横滑り角速度演算部70は、前記した実車体横滑り角演算部52fとは異なり、実車体横滑り角演算部52cで演算された実車体横滑り角βz_actにもとづかないで、横方向加速度Gs、車速Vact、実ヨーレートγactから直接的に実車体横滑り角速度β′z_emg1を演算する。
【0071】
従って、実車体横滑り角速度β′z_emg1は、実車体横滑り角βz_actを時間微分して得られる実車体横滑り角速度β′z_actよりも安定して演算される。特に、実路面摩擦係数が急激に小さくなった場合や、車両1(図1参照)がスピンに入りかけるような場合には、推定される路面摩擦係数μおよび実車体横滑り角速度β′z_actの精度は低下する。
そのような場合に、この第2のアンチスピン目標ヨーモーメントFB制御がバックアップとして機能する。
【0072】
第2の実車体横滑り角速度不感帯処理部81は、図6に示すように、入力される実車体横滑り角速度β′z_emg1に対して、所定の不感帯を設けて、実車体横滑り角速度β′z_emg2を出力処理する。このように、入力される実車体横滑り角速度β′z_emg1に対して出力される実車体横滑り角速度β′z_emg2に不感帯を設けることにより、わずかな実車体横滑り角速度β′z_emg1の変化に対してオーバステアによる車両1(図1参照)のスピンを抑制するための第2のアンチスピン・目標ヨーモーメント制御のフィードバック量が変化して、乗員に不快感を与えないような安定した第2のアンチスピン・目標ヨーモーメント制御の入力とする。
【0073】
第2の実車体横滑り角速度不感帯処理部81から出力された実車体横滑り角速度β′z_emg2は、第2のアンチスピン目標ヨーモーメントFB部82に入力される。
第2のアンチスピン目標ヨーモーメントFB部82は、PID制御演算により第2のアンチスピン・FB目標ヨーモーメントMc2_aspを演算し、高値選択部64にその結果を入力する。次式(9)に第2のアンチスピン目標ヨーモーメントFB部82におけるPID制御演算を形式的に表示する。
Mc2_asp=K10・β′z_emg2+K11・∫(β′z_emg2)dt
+K12・d/dt(β′z_emg2) ・・・(9)
ここで、K10,K11,K12は、予め設定されたフィードバック・ゲインである。
【0074】
高値選択部64は、FB目標値出力制御部62Aから入力されたFB目標ヨーモーメントMc2の値またはゼロ値と、第2のアンチスピン目標ヨーモーメントFB部82から入力された第2のアンチスピン・FB目標ヨーモーメントMc2_aspとを比較して、高値を選択し、FB目標ヨーモーメントMc3としてアクチュエータ動作目標値合成部59に入力する。
ここで、FB目標ヨーモーメントMc2、及び第2のアンチスピン・FB目標ヨーモーメントMc2_aspは、正負の値を取りうる。従って、高値選択部64が、FB目標ヨーモーメントMc2の値、及び第2のアンチスピン・FB目標ヨーモーメントMc2_aspの値の高値を選択すると言うのは、両者の値が同じ符号またはゼロのとき絶対値の大きい方法を選択すると言う意味である。両者の値が異なる符号のときは、高値選択部64は、第2のアンチスピン・FB目標ヨーモーメントMc2_aspの値を選択する。FB目標値出力制御部62Aから入力されたFB目標ヨーモーメントMc2の値またはゼロ値と、第2のアンチスピン目標ヨーモーメントFB部82から入力された第2のアンチスピン・FB目標ヨーモーメントMc2_aspとの内、高値選択部64において選択された値は、FB目標ヨーモーメントMc3としてアクチュエータ動作目標値合成部59に入力される。
【0075】
《アクチュエータ動作目標値合成部》
次に、アクチュエータ動作目標値合成部59について説明する。アクチュエータ動作目標値合成部59には、エンジンECU27からエンジントルク、エンジン回転速度等、トランスミッションT/Mの減速段を示す信号が入力され、また、アクセルペダルポジションセンサ3から信号とブレーキペダルポジションセンサ4からの信号、実状態量取得部52の車速演算部52aからの車速Vact等が入力されている。
そして、アクチュエータ動作目標値合成部59は、前記した加算部58から入力されたFB目標ヨーモーメントMc2を各車輪Wの駆動・制動力に分配するアクチュエータ動作FB目標値分配処理部59aを有するとともに、アクチュエータ動作FB目標値分配処理部59aで演算した結果とFF目標値設定部51から入力されたFF目標値を加算して、油圧回路28及びブレーキ制御ECU29に出力する合成出力部59bを有している。
【0076】
アクチュエータ動作FB目標値分配処理部59aは、例えば、前記した特許文献3の段落[0284]〜[0369]及び図12に記載されている「アクチュエータ動作FB目標値分配処理部222」に、ほぼ対応し、前輪WfLに対して、ブレーキBfLによるFB目標第1輪ブレーキ駆動・制動力を、前輪WfRに対して、ブレーキBfRによるFB目標第2輪ブレーキ駆動・制動力を、後輪WrLに対して、ブレーキBrLによるFB目標第3輪ブレーキ駆動・制動力を、後輪WrRに対して、ブレーキBrRによるFB目標第4輪ブレーキ駆動・制動力を演算して設定する。
【0077】
合成出力部59bは、例えば、前記した特許文献3の段落[0378]〜[0419]及び図18等に記載されている「アクチュエータ動作目標値合成部24」にほぼ対応する。
具体的には、合成出力部59bは、FF目標値設定部51において設定されたFF目標第1輪ブレーキ駆動・制動力及びFF目標第1輪駆動系駆動・制動力、並びにアクチュエータ動作FB目標値分配処理部59aで演算設定されたFB目標第1輪ブレーキ駆動・制動力にもとづいて、ブレーキBfLによる目標第1輪ブレーキ駆動・制動力と目標第1輪スリップ比を演算して、ブレーキ制御ECU29に出力する。
合成出力部59bは、FF目標値設定部51において設定されたFF目標第2輪ブレーキ駆動・制動力及びFF目標第2輪駆動系駆動・制動力、並びにアクチュエータ動作FB目標値分配処理部59aで演算設定されたFB目標第2輪ブレーキ駆動・制動力にもとづいて、ブレーキBfRによる目標第2輪ブレーキ駆動・制動力と目標第2輪スリップ比を演算して、ブレーキ制御ECU29に出力する。
【0078】
合成出力部59bは、FF目標値設定部51において設定されたFF目標第3輪ブレーキ駆動・制動力及びFF目標第3輪駆動系駆動・制動力、並びにアクチュエータ動作FB目標値分配処理部59aで演算設定されたFB目標第3輪ブレーキ駆動・制動力にもとづいて、ブレーキBrLによる目標第3輪ブレーキ駆動・制動力と目標第3輪スリップ比を演算して、ブレーキ制御ECU29に出力する。
合成出力部59bは、FF目標値設定部51において設定されたFF目標第4輪ブレーキ駆動・制動力及びFF目標第4輪駆動系駆動・制動力、並びにアクチュエータ動作FB目標値分配処理部59aで演算設定されたFB目標第4輪ブレーキ駆動・制動力にもとづいて、ブレーキBfLによる目標第4輪ブレーキ駆動・制動力と目標第4輪スリップ比を演算して、ブレーキ制御ECU29に出力する。
【0079】
なお、前記各車輪Wの目標第n(n=1〜4)輪ブレーキ駆動・制動力と目標第n輪スリップ比を演算するに当たって、実状態量取得部52で演算された実前輪横滑り角βf_act、実後輪横滑り角βr_act、路面の摩擦係数μを用いる。
【0080】
また、合成出力部59bは、FF目標値設定部51において設定された目標第1輪駆動系駆動・制動力、FF目標第2輪駆動系駆動・制動力を、油圧回路28に出力するとともに、FF目標値設定部51において設定されたFF目標ミッション減速比を、トランスミッションT/Mをも制御するエンジンECU27に出力する。
【0081】
《仮想外力演算部》
次に、仮想外力演算部61について説明する。仮想外力演算部61は、偏差γerr,βerrにもとづいてモデル車両1dの重心点C回りの仮想外力ヨーモーメントMvを次式(10)で演算し、加算部63に入力する。
Mv=K・γerr+K・βerr ・・・・・・・・(10)
この仮想外力演算部61の機能は、例えば、前記した特許文献3の図9等に記載の仮想外力仮値決定部201にほぼ対応する。ただし、本実施形態では仮想外力ヨーモーメントMvのみを演算する点で異なる。
ここで、K,Kは、予め設定されたフィードバック・ゲインである。
【0082】
《第1のアンチスピン仮想ヨーモーメントFB制御》
次に、図2を参照しながら第1のアンチスピン仮想ヨーモーメントFB(フィードバック)制御について説明する。この制御は、第1のアンチスピン仮想ヨーモーメントFB部69が、オーバステアによるモデル車両1d(図1参照)のスピンを抑制するために、モデル車両1dの重心点C(図3参照)回りの第1のアンチスピン・仮想FBヨーモーメントMv1_aspを、次式(11)で演算し、加算部63に入力するものである。
Mv1_asp=K・βr_act2 ・・・・・・・・・・・(11)
ここで、Kは、予め設定されたフィードバック・ゲインである。ちなみに、フィードバック・ゲインKは、値がフィードバック・ゲインKと同じでも良い。
【0083】
《第2のアンチスピン仮想ヨーモーメントFB制御》
次に、図2を参照しながら第2のアンチスピン仮想ヨーモーメントFB(フィードバック)制御について説明する。第2の実車体横滑り角速度不感帯処理部81から出力された前記の実車体横滑り角速度β′z_emg2は、第2のアンチスピン仮想ヨーモーメントFB部83にも入力される。
第2のアンチスピン仮想ヨーモーメントFB部83は、PID制御演算により第2のアンチスピン・仮想FBヨーモーメントMv2_aspを演算し、加算部63にその結果を入力する。次式(12)に第2のアンチスピン仮想ヨーモーメントFB部83におけるPID制御演算を形式的に表示する。
Mv2_asp=K13・β′z_emg2+K14・∫(β′z_emg2)dt
+K15・d/dt(β′z_emg2) ・・・(12)
ここで、K13,K14,K15は、予め設定されたフィードバック・ゲインである。
【0084】
この第2のアンチスピン仮想ヨーモーメントFB制御は、前記した第2のアンチスピン目標ヨーモーメントFB制御と同様に、実車体横滑り角速度β′z_emg1が、実車体横滑り角βz_actを時間微分して得られる実車体横滑り角速度β′z_actよりも安定して演算されることに着目したものである。特に、路面摩擦係数μが小さくなった場合や、車両1(図1参照)が制動状態となってスピンに入りかけるような場合にも、モデル車両1dの動特性モデルの車両1の規範姿勢状態量である規範ヨーレートγd、規範車体横滑り角βz_d、規範車体横滑り角速度β′z_dが発散し、偏差γerr,βerr,β′errが過大とないように、この第2のアンチスピン仮想ヨーモーメントFB制御がバックアップとして機能する。
【0085】
加算部63では、仮想外力ヨーモーメントMvと、第1のアンチスピン・仮想FBヨーモーメントMv1_aspと、第2のアンチスピン・仮想FBヨーモーメントMv2_aspとを加算して、規範動特性モデル演算部54に入力する。
【0086】
次に、図7を参照しながら実車体横滑り角速度演算部70の詳細な機能ブロック構成について説明する。図7は、第2の実車体横滑り角速度演算部の詳細なブロック機構図である。実車体横滑り角速度演算部70は、符号分離部71,76、減衰側LPF(ローパス・フィルタ)処理部72A,72B、実車体横滑り角確からしさデータ部(車体横滑り角推定精度判別手段)73(以下、「βz_act確かさデータ部73」と称する)、オフセット演算部74A,74B、公転ヨーレート演算部75A,75B、減算部77A,77B、正値判定部78A、負値判定部78B、合成加算部79を含んで構成されている。
実車体横滑り角速度演算部70は、入力として、ヨーレートセンサ31からの実ヨーレートγactの信号、横方向加速度センサ32からの横方向加速度Gs、車速演算部52aにおいて演算された車速Vact、摩擦係数推定演算部52bで推定演算された路面摩擦係数μ、実車体横滑り角演算部52cにおいて推定演算された実車体横滑り角βz_act、もしくは、推定精度判別部52gの判定する実姿勢状態量の確からしさ等を入力として用いる。
【0087】
符号分離部71は、図7に、例えば、曲線X1で示した横方向加速度Gsの信号を、正側(≧0)の信号(図7中、曲線X2pで表示)と負側(≦0)の信号(図7中、曲線X2mで表示)に分離する。ちなみに、曲線X1,X2p,X2mや以降の図7中に示す曲線X3p,X3m,X4p,X4m,X5p,X5m,Y1,Y2p,Y2m,Y3p,Y3mは横軸が時間軸である。
ちなみに、曲線X2pと曲線X2mを縦に細破線で結んであるのは、正側の曲線X2pと負側の曲線X2mの波形の時間的な相対関係を分かり易く示すために引いたものであり、曲線X3pと曲線X3mとの間、曲線X4pと曲線X4mとの間、曲線Y2pと曲線Y2mとの間、曲線Y3pと曲線Y3mとの間の縦の細破線も同様である。
【0088】
減衰側LPF処理部72Aは、符号分離部71で分離された正側の横方向加速度Gsを示す曲線X2pに対して、曲線X2pの波形の立下り部分(0(ゼロ)への減衰部分))に対してローパス・フィルタ処理を行い、曲線X2pに対して、曲線X3pの信号を得る。同様に、減衰側LPF処理部72Bは、符号分離部71で分離された負側の横方向加速度Gsを示す曲線X2mに対して、曲線X2mの波形の立下り部分(0(ゼロ)への減衰部分))に対してローパス・フィルタ処理を行い、曲線X2mに対して、曲線X3mの信号を得る。
ちなみに、曲線X3p,X3mで示される量は、横方向加速度Gsにもとづく「路面限界ヨーレート」に対応する。
【0089】
βz_act確かさデータ部73は、例えば、路面摩擦係数μ、横方向加速度Gs、実車体横滑り角βz_act等を引数にして、実車体横滑り角βz_actの確からしさを演算推定するための関数、またはテーブルを内蔵している。そして、路面摩擦係数μ、横方向加速度Gs、実車体横滑り角βz_actを参照して実車体横滑り角βz_actの確からしさを推定演算し、オフセット演算部74A,74Bに推定演算した実車体横滑り角βz_actの確からしさを入力する。
【0090】
このβz_act確かさデータ部73の関数またはテーブルの引数としては、さらに、車速Vact、転舵角δあるいはこれらを用いて推定演算される運動状態量の推定値や、実ヨーレートγ_act等を含ませても良い。
オフセット演算部74Aは、βz_act確かさデータ部73において推定された実車体横滑り角βz_actの確からしさにもとづいて、正値のオフセット量を設定して、曲線X3pに加算し、曲線X4pを生成する。オフセット演算部74Bは、βz_act確かさデータ部73において推定された実車体横滑り角βz_actの確からしさにもとづいて、負値のオフセット量を設定して、曲線X3mに加算し、曲線X4mを生成する。
【0091】
ここで、実車体横滑り角βz_actの確からしさが所定値よりも高ければ高いほど、前記したオフセット量の絶対値は大きく、実車体横滑り角βz_actの確からしさが所定値よりも低ければ低いほどオフセット量の絶対値は小さくする。ちなみに、1つの実車体横滑り角βz_actの確からしさの値に対して、オフセット演算部74A,74Bにおいて設定されるオフセット量の絶対値は同一値である。
【0092】
公転ヨーレート演算部75Aは、曲線X4pに対し、車速Vactで除算処理を行い、曲線X5p生成し、減算部77Aに入力する。同様に公転ヨーレート演算部75Bは、曲線X4mに対し、車速Vactで除算処理を行い、曲線X5m生成し、減算部77Bに入力する。ここで、曲線X1、曲線X2p,X2m、曲線X3p,X3m、曲線X4p,X4mの示す信号は、横方向加速度を示す次元であったが、曲線X5p,X5mは、横方向加速度の次元の量を車速Vactで除したものであり、一般に横方向加速度Gsを車速Vactで除したものは、公転ヨーレートと呼ばれる。これは、車両1(図1参照)が、その車体の前後軸を旋回軌跡の接線方向に沿わせたような姿勢で仮に旋回している場合に、車体の重心周りに発生するヨーレートを意味するからである。
【0093】
符号分離部76は、図7に、例えば、曲線Y1で示した実ヨーレートγactの信号を、正側(≧0)の信号(図7中、曲線Y2pで表示)と負側(≦0)の信号(図7中、曲線Y2mで表示)に分離し、それぞれ減算部77A,77Bに入力する。
減算部77Aでは、正側の実ヨーレートの曲線Y2pから、公転ヨーレート演算部75Aで演算された曲線X5pを減算して、その結果を正値判定部78Aに入力する。減算部77Bでは、負側の実ヨーレートの曲線Y2mから、公転ヨーレート演算部75Bで演算された曲線X5mを減算して、その結果を負値判定部78Bに入力する。
【0094】
正値判定部78Aは、減算部77Aで演算された曲線Y2pの値から曲線X5pの値を減算した結果の正側の値またはゼロの値(≧0)だけを通過させ曲線Y3pを生成し、合成加算部79に入力する。負値判定部78Bは、減算部77Bで演算された曲線Y2mの値から曲線X5mの値を減算した結果の負側の値(<0)だけを通過させ曲線Y3mを生成し、合成加算部79に入力する。
合成加算部79では、曲線Y3p,Y3mのデータを合成して、実車体横滑り角速度β′z_emg1の曲線Y4を生成し、第2の実車体横滑り角速度不感帯処理部81に入力する。
以上のように実車体横滑り角速度演算部70において、実ヨーレートγact、横方向加速度Gs、車速Vactにもとづいて、安定性の高い実車体横滑り角速度β′z_emg1が得られる。
【0095】
推定精度判別部52gが、例えば、摩擦係数推定演算部52bが推定した路面摩擦係数μおよび転舵舵角δ、車速Vactにもとづいて推定される推定横方向加速度Gs_est=Kc×μ(Kcは車両1緒元により決定されるゲイン)と、横方向加速度センサ32からの横方向加速度Gsにもとづいて、乖離が所定以上と判定した場合には、実路面摩擦係数が推定された路面摩擦係数μよりも小さい可能性がある。このとき実車体横滑り角演算部52cで推定演算された実車体横滑り角βz_actの信頼性が低下する。
推定された実車体横滑り角βz_actをもとに実横滑り角速度演算部52fにおいて実車体横滑り角β′z_actや後輪実横滑り角速度β′r_act算出し、FB目標値演算部56で規範FB目標ヨーモーメントMc_nom1を演算し、フィードバック不感帯処理部57で不感帯処理をされて規範FB目標ヨーモーメントMc_nom2となる。
第1のアンチスピン目標ヨーモーメントFB部68では、第1のアンチスピン・FB目標ヨーモーメントMc1_aspを演算する。最終的に前記した規範FB目標ヨーモーメントMc_nom2と第1のアンチスピン・FB目標ヨーモーメントMc1_aspが加算されてFB目標ヨーモーメントMc2を得ても、そのFB目標ヨーモーメントMc2の信頼性が低く、運転者の意図通りのヨーモーメント制御とはならない可能性がある。
【0096】
しかしながら、本実施形態によれば、FB目標値出力制御部62Aは、推定精度判別部52gから実姿勢状態量の推定精度が低い、または利用不能であることを示す推定精度判別信号を受信している間、FB目標ヨーモーメントMc2を高値選択部64に出力せず、ゼロ値の信号を高値選択部64に出力する。従って、高値選択部64は、第2のアンチスピン目標ヨーモーメントFB部82から入力される第2のアンチスピン・FB目標ヨーモーメントMc2_aspの値をFB目標ヨーモーメントMc3として選択してアクチュエータ動作目標値合成部59に入力することになる。その結果、実車体横滑り角βz_actの信頼性が低下するときは、実車体横滑り角βz_actに依存しない、安定な実車体横滑り角速度β′z_emg1によりヨーモーメント制御ができ、安定なの運動の制御ができる。
【0097】
また、そのような時、同様に、規範動特性モデル演算部54で繰り返し演算において規範ヨーレートγd、規範車体横滑り角βz_d、規範車体横滑り角速度β′z_dを演算し、偏差演算部55で偏差γerr,βerr,β′errを算出し、仮想外力演算部61で算出された仮想外力ヨーモーメントMvと、第1のアンチスピン仮想ヨーモーメントFB部69で算出された第1のアンチスピン・仮想FBヨーモーメントMv1_aspとを加算して、規範動特性モデル演算部54の動特性モデルにフィードバックしても、動特性モデルが発散するおそれがある。
しかしながら、本実施形態によれば、第2のアンチスピン仮想ヨーモーメントFB部83から第2のアンチスピン・仮想FBヨーモーメントMv2_aspを加算部63に入力することにより、規範動特性モデル演算部54における動特性モデルの演算が安定化される。
【0098】
また、FB目標値出力制御部62Aが、推定精度判別部52gから推定精度判別信号を受信している場合においては、オフセット演算部74A,74Bは、βz_act確かさデータ部73の実車体横滑り角βz_actの確からしさに依存して、実車体横滑り角βz_actの確からしさが低いほどオフセット量を小さくし、実車体横滑り角速度β′z_emg1の絶対値を大きくする方向に作用する。その結果、FB目標値出力制御部62Aから出力されるFB目標ヨーモーメントMc2と、第2のアンチスピン・FB目標ヨーモーメントMc2_aspとを比較して、第2のアンチスピン・FB目標ヨーモーメントMc2_aspを高値選択してFB目標ヨーモーメントMc3としてアクチュエータ動作目標値合成部59に出力する可能性が高くなり、より安定したヨーモーメント制御ができる。
このとき、実車体横滑り角速度β′z_emg1の絶対値を大きくする方向に作用すると、第2のアンチスピン・仮想FBヨーモーメントMv2_aspも絶対値が大きくなり、加算部63を介して規範動特性モデル演算部54における動特性モデルの演算も安定化する。
【0099】
他方、FB目標値出力制御部62Aが、推定精度判別部52gから推定精度が高いことを示す推定精度判別信号を受信している場合においては、オフセット演算部74A,74Bは、βz_act確かさデータ部73の実車体横滑り角βz_actの確からしさに依存して、実車体横滑り角βz_actの確からしさが高いほどオフセット量を大きくし、実車体横滑り角速度β′z_emg1の絶対値を小さくする方向に作用する。その結果、FB目標値出力制御部62Aから出力されるFB目標ヨーモーメントMc2と、第2のアンチスピン・FB目標ヨーモーメントMc2_aspとを比較して、FB目標ヨーモーメントMc2を高値選択してFB目標ヨーモーメントMc3としてアクチュエータ動作目標値合成部59に出力する可能性が高くなり、実姿勢状態量にもとづき、制御量変動が少なく、応答性の良いヨーモーメント制御ができる。
【0100】
ここで、オフセット演算部74A,74Bにおける実車体横滑り角βz_actの確からしさが高いほどオフセット量を大きくし、実車体横滑り角βz_actの確からしさが低いほどオフセット量を小さくすることが、特許請求の範囲に記載の「前記実車体横滑り角の確からしさに応じて前記車体横滑り角速度の出力を可変とする」に対応する。
【0101】
《第1の実施形態の変形例》
次に、本実施形態の変形例について説明する。
第1の実施形態では、高値選択部64は、FB目標値出力制御部62AからのFB目標ヨーモーメントMc2の値またはゼロの値と、第2のアンチスピン目標ヨーモーメントFB部82からの第2のアンチスピン・FB目標ヨーモーメントMc2_aspの値とを比較して高値出力するとしたがそれに限定されるものではない。高値選択部64は、図2に破線矢印で示したように実車体横滑り角βz_actを取得して、実車体横滑り角βz_actの絶対値が所定の値より小さい場合は、オーバステア状態ではないとして、FB目標ヨーモーメントMc3の値の絶対値が所定の値以下となるように制限して出力する。
このようにアクチュエータ動作目標値合成部59に出力するFB目標ヨーモーメントMc3の値を制限することにより、オーバステア状態でないにもかかわらず、スピンを抑制するFB目標ヨーモーメントMc3が、演算誤差や、ヨーレートセンサ31、横方向加速度センサ32のノイズ等により過大にフィードバックすることを防止でき、乗員に違和感を与えない車両運動の制御ができる。
【0102】
《第2の実施形態》
次に、図8を参照しながら第2の実施形態について説明する。図8は、第2の実施形態に係る車両の運動制御装置における制御ロジックを説明するためのブロック機能構成図である。
第2の実施形態は、第1の実施形態において、FB目標値出力制御部62Aと高値選択部64を用いたが、第2の実施形態では、その代わりに、FB目標値出力制御部62Bに置き換えたものである。第1の実施形態と同じ構成については、同じ符号を付し、重複する説明を省略する。
【0103】
(推定精度判別部)
なお、本実施形態における推定精度判別部52gは、例えば、セレクトレバーポジションセンサ2、アクセルペダルポジションセンサ3、ブレーキペダルポジションセンサ4、車輪速センサ30fL,30fR,30rL,30rR、ヨーレートセンサ31、横方向加速度センサ32、転舵角センサ33、前後方向加速度センサ34からの信号を監視し、例えば、操舵角が所定以上の状況下において、横方向加速度が小さいにも関わらず摩擦係数推定演算部52bの推定する摩擦係数μが大きい場合や、スリップ率が大きいにも関わらず摩擦係数μが大きい場合等は、実際の路面摩擦係数に対して摩擦係数推定演算部52bの出力に含まれる誤差が大きい可能性があるため、実車体横滑り角演算部52cの実車体横滑り角βz_actの推定精度が低いと判定して、実車体横滑り角速度β′z_emg2にもとづく第2のアンチスピン・FB目標ヨーモーメントMc2_aspの後記する重み(優先度)G2を高く設定し、FB目標ヨーモーメントMc2の後記する重み(優先度)G1を低く設定して、FB目標値出力制御部62Bに入力する。
そのために、推定精度判別部52gは、図示しない優先度設定のための関数データ部またはテーブルデータ部を有し、例えば、関数データ部またはテーブルデータ部は、実車体横滑り角速度β′z_act、実車体横滑り角速度β′z_emg2、車速Vact、転舵角δ、推定された路面摩擦係数μ、制動状態か非制動状態か等を引数にして、重みG1,G2を演算する。
【0104】
ここで、本実施形態における推定精度判別部52gとFB目標値出力制御部62Bが、特許請求の範囲に記載の「優先度選択手段」に対応する。
なお、上記優先度設定においては、車速演算部52aで演算された、各車輪Wのスリップ率や、規範動特性モデル演算部54の演算する規範姿勢状態量、車両1の実姿勢状態量、および偏差演算部55の演算した偏差等にもとづいて重みG1,G2を設定するよう構成しても良い。
【0105】
FB目標値出力制御部62Bは、次式(13)のように推定精度判別部52g入力された重みG1,G2を用いてFB目標ヨーモーメントMc3を演算してアクチュエータ動作目標値合成部59に出力する。
Mc3=G1・Mc2+G2・Mc2_asp ・・・・・・・(13)
【0106】
本実施形態では、以上のように実車体横滑り角βz_actの推定演算の精度が低下するような場合には、重みG1を小さくし、重みG2を大きくすることにより、逆に、実車体横滑り角βz_actの推定演算の精度が良好な場合には、重みG1を大きくし、重みG2を小さくすることにより、安定した車両1の運動制御ができる。
この重みG1,G2の設定の仕方については、本実施形態に限らず、前記したβz_act確かさデータ部73のデータを利用して、βz_actの確からしさが高いほど重みG1を大きく設定するとともに重みG2を小さく設定し、βz_actの確からしさが低いほど重みG1を小さく設定するとともに重みG2を大きく設定しても良い。
このとき、重みG1,G2の合計値が、例えば、1.0に規格化されるように設定されることが好ましい。
また、このときFB目標ヨーモーメントMc2と、第2のアンチスピン・FB目標ヨーモーメントMc2_aspの重みG1,G2を連続的に変化するように設定しても良い。
【0107】
本実施形態によれば、推定精度判別部52gにおいて実車体横滑り角βz_actの推定演算の精度が低いと判定された場合は、実車体横滑り角速度βz_emg1にもとづく第2のアンチスピン・FB目標ヨーモーメントMc2_aspの重みG2を相対的に高くし、実車体横滑り角βz_actにもとづくFB目標ヨーモーメントMc2重みを相対的に低くして、FB目標ヨーモーメントMc3が決定できる。その結果、実車体横滑り角βz_actの精度が低下するような場合にも安定した車両1の運動制御ができる。
【0108】
また、FB目標値出力制御部62Bは、第1の実施形態の変形例のように実車体横滑り角βz_actを取得して、実車体横滑り角βz_actの絶対値が所定の値より小さい場合は、オーバステア状態ではないとして、FB目標ヨーモーメントMc3の値の絶対値が所定の値以下となるように制限して出力しても良い。
このようにアクチュエータ動作目標値合成部59に出力するFB目標ヨーモーメントMc3の値を制限することにより、オーバステア状態でないにもかかわらず、スピンを抑制するFB目標ヨーモーメントMc3が、演算誤差や、ヨーレートセンサ31、横方向加速度センサ32のノイズ等により過大にフィードバックすることを防止でき、乗員に違和感を与えない車両1の運動制御ができる。
【符号の説明】
【0109】
1 車両
1d モデル車両
2 セレクトレバーポジションセンサ(操作状態検知手段)
3 アクセルペダルポジションセンサ(操作状態検知手段)
4 ブレーキペダルポジションセンサ(操作状態検知手段)
12 タイヤ特性設定手段
21a 操向ハンドル
21c 操作角検出センサ(操作状態検知手段)
25 転舵部
25a ステアリングモータ
27 エンジンECU
28 油圧回路
29 ブレーキ制御ECU
30,30fL,30fR,30rL,30rR 車輪速センサ
31 ヨーレートセンサ(運動状態検知手段)
32 横方向加速度センサ(運動状態検知手段)
33 転舵角センサ(操作状態検知手段)
37 コントロールユニット(車両の運動制御装置)
40 転舵角制御装置
51 FF目標値設定部
52 実状態量取得部(運動状態検知手段、実姿勢状態決定手段
52a 車速演算部(運動状態検知手段)
52b 摩擦係数推定演算部(実姿勢状態決定手段、路面摩擦係数推定手段)
52c 実車体横滑り角演算部(実姿勢状態決定手段)
52d 実前輪横滑り角演算部(実姿勢状態決定手段)
52e 実後輪横滑り角演算部(実姿勢状態決定手段)
52f 実横滑り角速度演算部(実姿勢状態決定手段)
52g 推定精度判別部(推定制度判別手段、優先度選択手段)
52i タイヤ特性設定部(運動状態検知手段、)
53 規範操作量決定部
53a 前回状態量保持部
54 規範動特性モデル演算部(規範姿勢状態量演算手段)
55 偏差演算部(姿勢状態量偏差演算手段)
56 FB目標値演算部(第1制御目標ヨーモーメント演算手段)
57 フィードバック不感帯処理部
58,66 加算部
59 アクチュエータ動作目標値合成部(アクチュエータ制御手段)
59a アクチュエータ動作FB目標値分配処理部
59b 合成出力部
61 仮想外力演算部(仮想外力演算手段)
62A FB目標値出力制御部
62B FB目標値出力制御部(優先度選択手段、制御目標量決定手段)
63 加算部
64 高値選択部(高値選択手段)
65 後輪実横滑り角補正部
67 後輪横滑り角不感帯処理部(制限手段)
68 第1のアンチスピン目標ヨーモーメントFB部(第1の制御目標ヨーモーメント演算手段)
69 第1のアンチスピン仮想ヨーモーメントFB部
70 第2の実車体横滑り角速度演算部(車体横滑り角速度演算手段)
71 符号分離部
72A,72B 減衰側LPF処理部
73 βz_act確かさデータ部(実車体横滑り角推定精度判別手段)
74A,74B オフセット演算部
75A,75B 公転ヨーレート演算部
76 符号分離部
77A,77B 減算部
78A 正値判定部
78B 負値判定部
79 合成加算部
81 第2の実車体横滑り角速度不感帯処理部(制限手段)
82 第2のアンチスピン目標ヨーモーメントFB部(第2制御目標ヨーモーメント演算手段)
83 第2のアンチスピン仮想ヨーモーメントFB部
AL 左ドライブシャフト
AR 右ドライブシャフト
BfL,BfR,BrL,BrR ブレーキ(アクチュエータ)
CL 左油圧クラッチ(アクチュエータ)
CR 右油圧クラッチ(アクチュエータ)
Mc_nom1,Mc_nom2 規範FB目標ヨーモーメント
Mc1_asp 第1のアンチスピン・FB目標ヨーモーメント
Mc2_asp 第2のアンチスピン・FB目標ヨーモーメント(第2の制御目標ヨーモーメント)
Mc2 FB目標ヨーモーメント(第1の制御目標ヨーモーメント)
Mc3 FB目標ヨーモーメント
Mv 仮想外力ヨーモーメント
Mv1_asp 第1のアンチスピン・仮想FBヨーモーメント
Mv2_asp 第2のアンチスピン・仮想FBヨーモーメント

【特許請求の範囲】
【請求項1】
運転者の車両の操作状態量を検知する操作状態検知手段と、
車両の運動状態量を検知する運動状態検知手段と、
前記車両の操作状態量及び前記車両の運動状態量に対応した車両の規範姿勢状態量を、所定の外力が作用する状態における車両の運動モデルにもとづき演算する規範姿勢状態量演算手段と、
前記操作状態検知手段からの検知信号及び前記運動状態検知手段からの検知信号にもとづき、車両の実姿勢状態量を決定する実姿勢状態決定手段と、
前記車両の規範姿勢状態量と前記車両の実姿勢状態量との偏差を演算する姿勢状態量偏差演算手段と、
前記姿勢状態量偏差演算手段で演算された前記偏差にもとづき前記外力を補正して前記規範姿勢状態量演算手段にフィードバックする仮想外力演算手段と、
車両運動を発生させるアクチュエータの制御目標量を決定するアクチュエータ制御手段と、を備え、
前記運動状態検知手段は、横方向加速度を検知する横方向加速度センサと、実ヨーレートを検知するヨーレートセンサを少なくとも含んだ車両の運動制御装置であって、
前記横方向加速度及び前記実ヨーレートにもとづいて車体横滑り角速度を演算する車体横滑り角速度演算手段をさらに備え、
前記アクチュエータ制御手段は、前記車体横滑り角速度、前記車両の実姿勢状態量及び前記偏差の内の少なくとも1つにもとづき、前記アクチュエータの制御目標量を決定することを特徴とする車両の運動制御装置。
【請求項2】
前記実姿勢状態量及び前記車体横滑り角速度の内の少なくとも一方の値にもとづく前記アクチュエータの制御目標量の決定を許可し、他方にもとづく前記アクチュエータの制御目標量の決定を禁止する制御目標量決定制御手段を備え、
前記制御目標量決定制御手段は、前記少なくとも一方の値にもとづき前記アクチュエータ制御手段に前記アクチュエータの制御目標量を決定させることを特徴とする請求項1に記載の車両の運動制御装置。
【請求項3】
前記車体横滑り角速度にもとづく前記アクチュエータの制御目標量の決定と、前記実姿勢状態量にもとづく前記アクチュエータの制御目標量の決定との間の優先度を決定する優先度選択手段を備え、
前記アクチュエータ制御手段は、前記優先度選択手段が決定した優先度にもとづいて前記アクチュエータの制御目標量の決定をすることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の車両の運動制御装置。
【請求項4】
前記実姿勢状態量の確からしさを推定する推定精度判別手段を備え、
前記推定精度判別手段は、前記実姿勢状態量の確からしさが低いと判定した際に、
前記車体横滑り角速度にもとづく前記アクチュエータの制御目標量を増加させるように前記優先度を高めることを特徴とする請求項3に記載の車両の運動制御装置。
【請求項5】
運転者の車両の操作状態量を検知する操作状態検知手段と、
車両の運動状態量を検知する運動状態検知手段と、
前記車両の操作状態量及び前記車両の運動状態量に対応した車両の規範姿勢状態量を、所定の外力が作用する状態における車両の運動モデルにもとづき演算する規範姿勢状態量演算手段と、
前記操作状態検知手段からの検知信号及び前記運動状態検知手段からの検知信号にもとづき、車両の実姿勢状態量を決定する実姿勢状態決定手段と、
前記車両の規範姿勢状態量と前記車両の実姿勢状態量との偏差を演算する姿勢状態量偏差演算手段と、
前記姿勢状態量偏差演算手段で演算された前記偏差にもとづき前記外力を補正して前記規範姿勢状態量演算手段にフィードバックする仮想外力演算手段と、
車両運動を発生させるアクチュエータの制御目標量を決定するアクチュエータ制御手段と、を備え、
前記運動状態検知手段は、横方向加速度を検知する横方向加速度センサと、実ヨーレートを検知するヨーレートセンサを少なくとも含んだ車両の運動制御装置であって、
前記横方向加速度及び前記実ヨーレートにもとづいて車体横滑り角速度を演算する車体横滑り角速度演算手段と、
前記車両の実姿勢状態量にもとづき第1の制御目標ヨーモーメントを決定する第1制御目標ヨーモーメント演算手段と、
前記車体横滑り角速度にもとづき第2の制御目標ヨーモーメントを決定する第2制御目標ヨーモーメント演算手段と、
前記第1の制御目標ヨーモーメントと前記第2の制御目標ヨーモーメントとを比較して高値の方を選択する高値選択手段を備え、
該高値選択手段は、前記第1及び第2の制御目標ヨーモーメントの内の高値の方を選択して前記アクチュエータ制御手段に送出し、
該アクチュエータ制御手段は、前記高値選択手段により選択された前記第1及び第2の制御目標ヨーモーメントの内の高値の方にもとづいて前記アクチュエータの制御目標量を決定することを特徴とする車両の運動制御装置。
【請求項6】
前記車体横滑り角速度演算手段により演算された前記車体横滑り角速度、または、実姿勢状態決定手段により決定された前記車両の実姿勢状態量が、所定以下のときに、前記決定された第1及び第2の制御目標ヨーモーメントを制限して前記アクチュエータ制御手段に出力する制限手段を有していることを特徴とする請求項5に記載の車両の運動制御装置。
【請求項7】
前記車体横滑り角速度演算手段は、前記車両の実姿勢状態量の内の実車体横滑り角の確からしさを推定する実車体横滑り角推定精度判別手段を有し、
該実車体横滑り角推定精度判別手段が判定する前記実車体横滑り角の確からしさに応じて前記車体横滑り角速度の出力を可変とするよう構成されることを特徴とする請求項1から6のいずれか1項に記載の車両の運動制御装置

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate


【公開番号】特開2011−183865(P2011−183865A)
【公開日】平成23年9月22日(2011.9.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−49097(P2010−49097)
【出願日】平成22年3月5日(2010.3.5)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】