説明

発光素子用エピタキシャルウェハ、及び発光素子

【課題】信頼性を向上させた発光素子用エピタキシャルウェハ、及び発光素子を提供する。
【解決手段】発光素子用エピタキシャルウェハは、n型基板1上に、少なくともP(燐)系結晶のn型クラッド層3、AlGa(1−x)As、又はGaAsなどのAs(砒素)系結晶で形成した量子井戸構造を有する発光層5、及びp型クラッド層7が順次積層された化合物半導体と、n型クラッド層3と発光層5との間に、発光層5を構成するAlGa(1−x)As層とは異なるAlGa(1−x)As層4とを有している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、化合物半導体結晶からなる発光素子用エピタキシャルウェハ、及び発光素子に関するものである。
【背景技術】
【0002】
化合物半導体結晶を用いた発光ダイオード(LED:Light Emitting Diode)は、例えばディスプレイ、リモコン、センサー、車載用ランプなどの様々な用途に多用されている。また、半導体レーザーダイオード(LD:Laser Diode)は、例えばデジタルバーサタイルディスク(DVD)やコンパクトディスク(CD)などの光ディスクシステムにおいて、読み取り用光源や書き込み用光源として広く用いられている。
【0003】
化合物半導体結晶を成長する方法には、有機金属気相成長法(MOVPE:Metal Organic Vapor Phase Epitaxy)や分子線エピタキシー法(MBE:Molecular Beam Epitaxy)などがある。
【0004】
このMOVPE法は、III族有機金属原料ガスとV族原料ガスを、高純度水素キャリアガスとの混合ガスとして成長炉内に導入し、成長炉内で加熱された基板付近で原料が熱分解され、基板上に化合物半導体結晶がエピタキシャル成長する。一方、MBE法は、超高真空下で原料となる金属などを加熱して分子線を発生させ、目標の基板の結晶に照射して薄膜を成長させる。
【0005】
化合物半導体エピタキシャルウェハとは、化合物半導体基板上に前述の方法でエピタキシャル層を形成したものである。基板はエピタキシャル成長のべ一スとなる。エピタキシャルウェハの代表例としては、例えば発光素子用エピタキシャルウェハがある。この発光素子用エピタキシャルウェハは、基板上に少なくともn型クラッド層、発光層、及びp型クラッド層が順次積層された構造となっている(特許文献1〜3参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平10−270797号公報
【特許文献2】特開2000−31597号公報
【特許文献3】特開2004−63709号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、n型クラッド層にはV族元素としてPを用いたAlGaInPを用いることが多い。また、発光素子の中でも、赤外波長帯の発光素子の発光層には、V族元素としてAsを含むAlGa(1−x)As結晶やGaAs結晶を用いる。つまり、n型クラッド層と発光層とではV族元素が異なるため、V族原料ガスの切替えが必要である。しかしながら、V族原料ガスの供給を切替えても、炉内などに残留したPが発光層のAs系結晶に取り込まれてしまう事象が発生する。
【0008】
現在、発光素子には、期待される用途の広さや従来技術との競合などから、高信頼性が強く求められている。ところが、上述したAs系結晶である発光層へのP混入により、通電初期のPoが低くなり、通電後のPoが高くなってしまう、つまり信頼性が悪くなるという問題があった。
【0009】
本発明の目的は、信頼性を向上させた発光素子用エピタキシャルウェハ、及び発光素子を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
[1]本発明は、n型基板上に、少なくともP(燐)系結晶のn型クラッド層、AlGa(1−x)As、又はGaAsなどのAs(砒素)系結晶で形成した量子井戸構造を有する発光層、及びp型クラッド層が順次積層された化合物半導体と、前記n型クラッド層と前記発光層との間に、当該発光層を構成するAlGa(1−x)As層とは異なるAlGa(1−x)As層とを有することを特徴とする発光素子用エピタキシャルウェハにある。
【0011】
[2]上記[1]記載の前記AlGa(1−x)As層のAl組成xが、0.50〜0.90であることを特徴とする。
【0012】
[3]上記[1]又は[2]記載の前記AlGa(1−x)As層の層厚が、20〜200nmであることを特徴とする。
【0013】
[4]上記[1]〜[3]のいずれかに記載の前記AlGa(1−x)As層にn型不純物が添加されていることを特徴とする。
【0014】
[5]上記[4]記載の前記n型不純物が、Si又はSeであることを特徴とする。
【0015】
[6]上記[1]〜[4]のいずれかに記載の前記AlGa(1−x)As層は、Al組成xが異なる2層以上のAlGa(1−x)Asを積層させたことを特徴とする。
【0016】
[7]上記[1]〜[6]のいずれかに記載の量子井戸構造のウェル層は、AlGaAs又はGaAsからなり、そのAl組成が0(=GaAs)〜0.12であり、前記ウェル層の厚さが3.0〜12.5nmであることを特徴とする。
【0017】
[8]本発明は更に、上記[1]〜[7]のいずれかに記載の発光素子用エピタキシャルウェハを用いて作製されたことを特徴とする発光素子を提供する。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、n型クラッド層と発光層との間にP抑止層を挟んだ構造とすることによって、As系結晶である発光層へのP混入を抑えることができるようになり、実用上に問題が生じない良好な信頼性を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の好適な実施例に係る発光素子用エピタキシャルウェハの一構造例を示す図である。
【図2】実施例に係る発光素子用エピタキシャルウェハの初期特性と信頼性試験の評価結果とを示す表である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の好適な実施の形態として、実施例を挙げて、添付図面に基づいて具体的に説明する。
【実施例】
【0021】
この実施例に係るエピタキシャルウェハにおいては、図1に示すように、P系結晶であるn型クラッド層3の成長後、発光層5に用いるAlGa(1−x)As層とは異なるAlGa(1−x)As層4を成長させた後、n型クラッド層3への発光層5の成長を実施する。この実施例の基本構成は、n型クラッド層3と発光層5との間に発光層5とは異なるAlGa(1−x)As層4を挟んだ構造にある。以下、このAlGa(1−x)As層4をP抑止層4と呼ぶ。
【0022】
このP抑止層4であるAlGa(1−x)As層のAl組成xとしては、0.50〜0.90であることが好適であり、Al組成xが異なる2層以上のAlGa(1−x)Asを積層させた構造であってもよい。このAlGa(1−x)As層の層厚としては、20〜200nmであることが好適である。このAlGa(1−x)As層には、n型不純物としてのSi又はSeが添加されていてもよい。
【0023】
この発光層5は、AlGa(1−x)As、又はGaAsなどのAs(砒素)系結晶からなり、バリア層とウェル層とのペアを積層させた量子井戸構造を有している。このウェル層のAl組成xとしては、0(=GaAs)〜0.12であり、ウェル層の厚さとしては、3.0〜12.5nmであることが好適である。
【0024】
なお、以下の説明においては、n型、及びp型のそれぞれを「n」、及び「p」で表す。また、不純物を添加しないものはアンドープと呼び、「un」で表す。
【0025】
[実施例1]
上記基本構成を有するエピ構造は、III族有機金属原料ガスとV族原料ガスとを、高純度水素キャリアガスとの混合ガスとして反応炉内に導入し、反応炉内で加熱された基板付近で原料が熱分解され、基板上にエピタキシャル成長する有機金属気相成長法により成長させた。
【0026】
この実施例1の成長では、Ga原料としてTMG(トリメチルガリウム)、Al原料としてTMA(トリメチルアルミニウム)、Inの原料としてTMI(トリメチルインジウム)、As原料としてAsH(アルシン)、Pの原料としてPH(ホスフィン)、n型不純物であるSiの原料としてSi(ジシラン)、同じくSeの原料としてHSe(セレン化水素)、Teの原料としてDETe(ジエチルテルル)を用いた。p型の不純物であるMgの原料としてCpMg(ビスシクロペンタジエニルマグネシウム)、Znの原料としてDEZ(ジエチル亜鉛)を用いた。
【0027】
図1において、n型導電性GaAs基板1上に、バッファ層2として厚さ500nmのn型GaAs(キャリア濃度1×1018cm−3)を成長させた。そのバッファ層2の上に、n型クラッド層3として厚さ1000nmのn型(Al0.68Ga0.320.51In0.49P(キャリア濃度5.5×1017cm−3)を成長させた。そのn型クラッド層3の上に、この実施例の特徴部をなすP抑止層4を成長させた。
【0028】
この発光層5は、基板1側から、厚さ6.5nmのAl0.5Ga0.5Asバリア層と、厚さ5.5nmのGaAsウェル層とのペアを10ペア積層させた量子井戸構造とした。但し、基板1側に最も近いバリア層は20nm成長させ、最上のウェル層上にはバリア層と同じ結晶を20nm成長させた。なお、発光層5には不純物を添加しない。発光層5の上にはスペーサ層6として(Al0.5Ga0.50.51In0.49Pを300nm成長させた。
【0029】
そのスペーサ層6上には、p型クラッド層7として膜厚800nmの(Al0.7Ga0.30.51In0.49P(Mg添加キャリア濃度3×1018cm−3)を成長させた。そのp型クラッド層7上にはpクラッド層とコンタクト層の格子不整を緩和する中間層8を成長させた。この中間層8は、Zn添加p型の(Al0.15Ga0.850.51In0.49P(キャリア濃度1.0×1018cm−3)を300nm成長させた。最上層には、電流分散層9としてZn添加p型のpGaPを9μm成長させた。
【0030】
上記実施例1の成長条件において、P抑止層4の組成成分を4通りとし、発光素子用エピタキシャルウェハを成長させ、各ウェハのSIMS分析を実施した。
【0031】
図2において、実施番号1〜4は、P抑止層4を成長させた実施例に係るウェハである。実施番号5は、P抑止層を有しない比較例としてのウェハである。実施番号1は、厚さ50nmのP抑止層unAl0.65Ga0.35Asであり、実施番号2は、厚さ200nmのP抑止層unAl0.65Ga0.35Asであり、実施番号3は、厚さ50nmのP抑止層siドープ(4.0×1017cm−3)Al0.65Ga0.35Asであり、実施番号4は、厚さ25nmのP抑止層unAl0.65Ga0.35AsとunAl0.70Ga0.30Asである。
【0032】
実施番号1〜5のそれぞれのウェハのSIMS分析により、発光層5へのP混入濃度を確認した。ここで、SIMS(Secondary Ion Mass Spectrometry)とは二次イオン質量分析のことである。O2+やCs+3のようなイオンを試料表面に照射し、スパッタされた原子の中でイオン化された二次イオンを質量分析することにより、物質の成分や不純物の分析を行う方法である。イオンによって試料表面がスパッタされるので、試料表面からの深さの方向の元素分布も得られる。
【0033】
SIMS結果によれば、P抑止層4を有しない比較例である実施番号5のウェハでは、発光層5付近のP濃度が4.5×1017(atoms/cc)であった。これに対し、P抑止層4を成長させた実施例である実施番号1〜4のウェハでは、発光層5付近のP濃度は、バックグラウンドレベル2.7×1015(atoms/cc)前後であった。この結果から、P抑止層4によって発光層5へのP混入が抑止されることが確認できた。
【0034】
上記のように構成された実施番号1〜5のそれぞれのウェハをチップ化し、電極を形成することで、発光素子としてのLEDチップが得られる。このLEDチップを定法に従い作製し、LED特性を比較した。その特性を図2にまとめて示す。比較した特性は次の(1)〜(4)の通りである。
(1)通電初期の発光出力:Po1[mw]、
(2)通電初期の動作電圧:Vf1[V]、
(3)240時間通電後の発光出力:Po2[mw]、及び
(4)240時間通電後の動作電圧:Vf2[V]。
【0035】
図2において、上記特性(1)及び(2)を初期特性といい、信頼性試験は、240時間通電後特性の初期特性に対する割合ΔPo[%]=(Po2/Po1)×100と、ΔVf[V]=Vf2−Vf1との結果により評価した。
【0036】
この信頼性試験の評価結果は、ΔPoの値、及びΔVfの値が小さければ小さいほど、信頼性が高いと言える。その目安としては、ΔPo=95〜110%の範囲、及びΔVf=±0.1Vの範囲を維持することが好適であり、実用上に問題が生じない優れた製品が形成できる。
【0037】
図2から明らかなように、P抑止層4を成長させない実施番号5のウェハを用いた比較例のLEDチップでは、ΔVfは0.07Vであり、これに問題はない。しかしながら、ΔPoは、146%と高くなり、初期特性の許容数値範囲を大きく超えていた。これに対し、P抑止層4を成長させた実施番号1〜4のウェハを用いた実施例のLEDチップでは、ΔVf、及びΔPoともに充分に小さい値であり、初期の目的とする特性の許容数値範囲を満足しており、良好な信頼性結果を得ることができた。
【0038】
以上の説明からも明らかなように、本発明の発光素子用エピタキシャルウェハ、及び発光素子を上記実施例に基づいて説明したが、本発明は上記実施例、及び図示例に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々の態様において実施することが可能である。本発明にあっては、例えば次に示すような実施例も可能である。
【0039】
[実施例2]
上記実施番号1及び2のウェハにおける信頼性試験の評価に続いて、P抑止層の膜厚を確認したところ、P抑止層4の膜厚としては、20nm〜200nmの範囲が最適値であることが分かった。また、P抑止層4としてのAlGa(1−x)As層のAl組成xを変更して評価した結果、Al組成xは0.50〜0.90の範囲で良好な結果を得ることができた。
【0040】
[実施例3]
上記実施番号3のウェハにおける信頼性試験の評価に続いて、Siキャリア濃度を2.0〜15.0×1017cm−3に変化させた結果、Siキャリア濃度は2.0〜12.0×1017cm−3の範囲内で良好な結果を得ることができた。また、SiドープをSeドープに変更しても上記実施例と同様の結果を得ることができた。
【0041】
[実施例4]
上記実施例では、発光層5は、基板1側からAl0.5Ga0.5Asバリア層:6.5nmとGaAsウェル層:5.5nmとのペアを10ペア積層させた量子井戸構造を有していたが、これに限定されるものではない。このウェル層にAlを添加してAlGsAs層とし、そのAl組成xを0〜0.12程度まで変化させた場合、又はウェル層の厚さを3.0〜12.5nm程度まで変化させた場合、つまり発光層の発光波長を変化させても、上記実施例と同様の効果が得られることが分かった。このときの発光層5の量子井戸構造のペア数は10ペアに限るものではない。
【0042】
[実施例5]
発光素子用エピタキシャルウェハとして、半導体レーザーダイオード用エピタキシャルウェハを成長させ、LD特性を評価した。その結果の良否は、上記実施例1〜4とほぼ同様の傾向にあることが分かった。
【符号の説明】
【0043】
1 n型導電性GaAs基板
2 バッファ層
3 n型クラッド層
4 P抑止層
5 発光層
6 スペーサ層
7 p型クラッド層
8 中間層
9 電流分散層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
n型基板上に、少なくともP(燐)系結晶のn型クラッド層、AlGa(1−x)As、又はGaAsなどのAs(砒素)系結晶で形成した量子井戸構造を有する発光層、及びp型クラッド層が順次積層された化合物半導体と、
前記n型クラッド層と前記発光層との間に、当該発光層を構成するAlGa(1−x)As層とは異なるAlGa(1−x)As層とを有することを特徴とする発光素子用エピタキシャルウェハ。
【請求項2】
前記AlGa(1−x)As層のAl組成xが、0.50〜0.90であることを特徴とする請求項1記載の発光素子用エピタキシャルウェハ。
【請求項3】
前記AlGa(1−x)As層の層厚が、20〜200nmであることを特徴とする請求項1又は2記載の発光素子用エピタキシャルウェハ。
【請求項4】
前記AlGa(1−x)As層にn型不純物が添加されていることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の発光素子用エピタキシャルウェハ。
【請求項5】
前記n型不純物が、Si又はSeであることを特徴とする請求項4記載の発光素子用エピタキシャルウェハ。
【請求項6】
前記AlGa(1−x)As層は、Al組成xが異なる2層以上のAlGa(1−x)Asを積層させたことを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の発光素子用エピタキシャルウェハ。
【請求項7】
量子井戸構造のウェル層は、AlGaAs又はGaAsからなり、そのAl組成が0(=GaAs)〜0.12であり、前記ウェル層の厚さが3.0〜12.5nmであることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の発光素子用エピタキシャルウェハ。
【請求項8】
上記請求項1〜7のいずれかに記載の発光素子用エピタキシャルウェハを用いて作製されたことを特徴とする発光素子。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−94733(P2012−94733A)
【公開日】平成24年5月17日(2012.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−241720(P2010−241720)
【出願日】平成22年10月28日(2010.10.28)
【出願人】(000005120)日立電線株式会社 (3,358)
【Fターム(参考)】