説明

車両の駆動力制御装置

【課題】 路面の状態を精度良く判定して車両の駆動力を制御することで、車輪のスリップを確実に抑制する。
【解決手段】 第1低摩擦係数路面判定手段で全車輪の車輪速のうちの最高車輪速および最低車輪速から低摩擦係数路面を判定し、第2低摩擦係数路面判定手段で前輪の車輪速および後輪の車輪速から低摩擦係数路面を判定し、第3低摩擦係数路面判定手段で左駆動輪の車輪速および右駆動輪の車輪速から低摩擦係数路面を判定し、第4低摩擦係数路面判定手段でエンジンの駆動力から算出した規範車体加速度をディファレンシャルギヤの回転数から算出した実車体加速度と比較して低摩擦係数路面を判定し、かつ統合低摩擦係数路面判定手段で第1〜第4低摩擦係数路面判定手段の判定結果に基づいて低摩擦係数路面を統合判定するので、第1〜第4低摩擦係数路面判定手段の各々の長所を活かして短所を補いながら低摩擦係数路面を精度良く判定することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンジンおよびトランスミッションを備える車両が走行する路面の状態を判定し、判定した路面の状態に基づいて車両の駆動力を制御する駆動力制御手段を備える車両の駆動力制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
下記特許文献1には、車両のスリップ量演算装置において、四輪の回転速度センサが全て正常であるときに、左右の遊動輪の回転速度の平均値および左右の駆動輪の回転速度の平均値に基づいてスリップ量を算出し、右前輪の回転速度センサまたは右後輪の回転速度センサが異常の場合には、左前輪の回転速度および左後輪の回転速度に基づいてスリップ量を算出し、左前輪の回転速度センサまたは左後輪の回転速度センサが異常の場合には、右前輪の回転速度および右後輪の回転速度に基づいてスリップ量を算出するものが記載されている。
【0003】
また下記特許文献2には、氷上発進時に駆動輪がスリップすると2速変速段から3速変速段へのシフトアップを禁止する車両用自動変速機の制御装置において、エンジン回転数および自動変速機の入力軸回転数に基づいてトルクコンバータのスリップ率を検出し、このスリップ率が例えば102%を超えて駆動力が駆動輪側からエンジン側に逆伝達されているときに、駆動輪のロックおよびロック解除に伴う擬似的なスリップ状態が検出されていると判断し、自動変速機のシフトアップ禁止を解除するものが記載されている。
【0004】
また下記特許文献3には、リバーススイッチがONし、かつスロットル開度が急増してときに、エンジンをフュエルカットして駆動力を低減する、後進時の異常走行防止装置が記載されている。
【0005】
また下記特許文献4には、後進変速段の確立時に、他の変速段よりも低車速の閾値および低エンジン回転数の閾値を設定し、その閾値を超えたときにエンジンフュエルカットして駆動力を低減する、車両の走行安全装置が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平6−289039号公報
【特許文献2】特開平11−63209号公報
【特許文献3】実開昭63−183446号公報
【特許文献4】実開平1−95550号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、上記特許文献1に記載されたものは、四輪の車輪速センサが全て異常になった場合には路面状態が全く判定できなくなるという問題があった。
【0008】
また上記特許文献2に記載されたものは、低摩擦係数路面を判定した場合にシフトアップを制限しているが、シフトダウンの制限を行わないので、シフトダウンのよる駆動力の増加により駆動輪が雪路に埋まって車両がスタックしてしまう可能性があった。
【0009】
また上記特許文献3、4に記載されたものは、後進変速段の確立時しかフュエルカットを行わないので、前進変速段の確立時に、低摩擦係数路面で駆動力が過剰になって車両がスタックしてしまう可能性があった。
【0010】
本発明は前述の事情に鑑みてなされたもので、路面の状態を精度良く判定して車両の駆動力を制御することで、車輪のスリップを確実に抑制することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するために、請求項1に記載された発明によれば、エンジンおよびトランスミッションを備える車両が走行する路面の状態を判定し、判定した路面の状態に基づいて車両の駆動力を制御する駆動力制御手段を備える車両の駆動力制御装置において、全車輪の車輪速のうちの最高車輪速および最低車輪速から低摩擦係数路面を判定する第1低摩擦係数路面判定手段と、前輪の車輪速および後輪の車輪速から低摩擦係数路面を判定する第2低摩擦係数路面判定手段と、左駆動輪の車輪速および右駆動輪の車輪速から低摩擦係数路面を判定する第3低摩擦係数路面判定手段と、前記エンジンの駆動力から算出した規範車体加速度をディファレンシャルギヤの回転数から算出した実車体加速度と比較して低摩擦係数路面を判定する第4低摩擦係数路面判定手段と、前記第1〜第4低摩擦係数路面判定手段の判定結果に基づいて低摩擦係数路面を判定する統合低摩擦係数路面判定手段と、前記第1〜第4低摩擦係数路面判定手段の判定結果および車両の運転状態に基づいてグリップ走行を判定するグリップ走行判定手段と、前記統合低摩擦係数路面判定手段の判定結果および前記グリップ走行判定手段の判定結果に基づいて低摩擦係数路面の疑いがあると判定する低摩擦係数路面サスペクト判定手段とを備えることを特徴とする車両の駆動力制御装置が提案される。
【0012】
また請求項2に記載された発明によれば、請求項1の構成に加えて、前記第1低摩擦係数路面判定手段は、全車輪の車輪速のうちの最高車輪速と最低車輪速との差を閾値と比較し、前記差が前記閾値を超えたときに低摩擦係数路面を判定することを特徴とする車両の駆動力制御装置が提案される。
【0013】
また請求項3に記載された発明によれば、請求項1の構成に加えて、前記第2低摩擦係数路面判定手段は、前輪の車輪速の平均値と後輪の車輪速の平均値との差を閾値と比較し、前記差が前記閾値を超えたときに低摩擦係数路面を判定することを特徴とする車両の駆動力制御装置が提案される。
【0014】
また請求項4に記載された発明によれば、請求項1の構成に加えて、前記第3低摩擦係数路面判定手段は、左駆動輪の車輪速と右駆動輪の車輪速との差を閾値と比較し、前記差が前記閾値を超えたときに低摩擦係数路面を判定することを特徴とする車両の駆動力制御装置が提案される。
【0015】
また請求項5に記載された発明によれば、請求項1の構成に加えて、前記第4低摩擦係数路面判定手段は、前記エンジンの駆動力から算出した規範車体加速度を前後のディファレンシャルギヤの回転数から算出した実車体加速度と比較し、前記規範車体加速度に対する前記実車体加速度の超過量が閾値を超えたときに低摩擦係数路面を判定することを特徴とする車両の駆動力制御装置が提案される。
【0016】
また請求項6に記載された発明によれば、請求項1〜請求項5の何れか1項の構成に加えて、前記統合低摩擦係数路面判定手段は、前記第1〜第4低摩擦係数路面判定手段の少なくとも一つが低摩擦係数路面を判定したときに低摩擦係数路面であると統合判定し、前記第1〜第4低摩擦係数路面判定手段が全て低摩擦係数路面を判定しないときに高摩擦係数路面であると統合判定することを特徴とする車両の駆動力制御装置が提案される。
【0017】
また請求項7に記載された発明によれば、請求項1〜請求項6の何れか1項の構成に加えて、前記グリップ走行判定手段は、前記第1〜第4低摩擦係数路面判定手段の全てが低摩擦係数路面を判定しない場合であって、アクセル開度が閾値を超え、車速が閾値を超え、かつトルクコンバータのスリップ率が閾値を超えたときにグリップ走行を判定し、前記第1〜第4低摩擦係数路面判定手段の少なくとも一つが低摩擦係数路面を判定したときに非グリップ走行を判定することを特徴とする車両の駆動力制御装置が提案される。
【0018】
また請求項8に記載された発明によれば、請求項1〜請求項7の何れか1項の構成に加えて、前記低摩擦係数路面サスペクト判定手段は、前記統合低摩擦係数路面判定手段が低摩擦係数路面を判定したときに低路擦係数路面の疑いがあると判定し、かつ前記統合低摩擦係数低路面判定手段が低摩擦係数路面を判定しなくても、前記グリップ走行判定手段がグリップ走行を判定しないときに低路擦係数路面の疑いがあると判定することを特徴とする車両の駆動力制御装置が提案される。
【0019】
また請求項9に記載された発明によれば、請求項1〜請求項8の何れか1項の構成に加えて、前記駆動力制御手段は前記エンジンのフュエルカット制御手段を含み、前記統合低摩擦係数路面判定手段が低摩擦係数路面を判定したときに、前記フュエルカット制御手段はフュエルカットにより駆動力を低減することを特徴とする車両の駆動力制御装置が提案される。
【0020】
また請求項10に記載された発明によれば、請求項9の構成に加えて、前進走行レンジが選択されているときと、後進走行レンジが選択されているときとで、前記フュエルカット制御手段がフュエルカットを実施するエンジン回転数を持ち替えることを特徴とする車両の駆動力制御装置が提案される。
【0021】
また請求項11に記載された発明によれば、請求項1〜請求項10の何れか1項の構成に加えて、前記駆動力制御手段は前記トランスミッションのシフトチェンジ制限手段を含み、前記第3低摩擦係数路面判定手段が低摩擦係数路面を判定した場合、あるいは前記第1、第2または第4低摩擦係数路面判定手段の何れかが低摩擦係数路面を判定し、かつ最低車輪速が閾値未満になった場合に、前記シフトチェンジ制限手段は所定の変速段以下へのシフトダウンを制限することを特徴とする車両の駆動力制御装置が提案される。
【0022】
また請求項12に記載された発明によれば、請求項11の構成に加えて、前進シフトチェンジ制限手段は、グリップ走行中であって前記フュエルカット制御手段が非作動中の場合、あるいはグリップ走行中であって前記フュエルカット制御手段が作動中であり、かつアクセル開度が閾値未満の場合に、シフトチェンジの制限を解除することを特徴とする車両の駆動力制御装置が提案される。
【発明の効果】
【0023】
請求項1の構成によれば、第1低摩擦係数路面判定手段で全車輪の車輪速のうちの最高車輪速および最低車輪速から低摩擦係数路面を判定し、第2低摩擦係数路面判定手段で前輪の車輪速および後輪の車輪速から低摩擦係数路面を判定し、第3低摩擦係数路面判定手段で左駆動輪の車輪速および右駆動輪の車輪速から低摩擦係数路面を判定し、第4低摩擦係数路面判定手段でエンジンの駆動力から算出した規範車体加速度をディファレンシャルギヤの回転数から算出した実車体加速度と比較して低摩擦係数路面を判定し、かつ統合低摩擦係数路面判定手段で第1〜第4低摩擦係数路面判定手段の判定結果に基づいて低摩擦係数路面を統合判定するので、第1〜第4低摩擦係数路面判定手段の各々の長所を活かして短所を補いながら低摩擦係数路面を精度良く判定することができる。
【0024】
しかも統合低摩擦係数路面判定手段に加えて、第1〜第4低摩擦係数路面判定手段の判定結果および車両の運転状態に基づいてグリップ走行を判定するグリップ走行判定手段と、統合低摩擦係数路面判定手段の判定結果およびグリップ走行判定手段の判定結果に基づいて低路擦係数路面の疑いがあると判定する低摩擦係数路面サスペクト判定手段とを備えるので、判定した路面の状態に基づいて駆動力制御手段で車両の駆動力を的確に制御し、車輪のスリップを効果的に抑制することができる。
【0025】
また請求項2の構成によれば、第1低摩擦係数路面判定手段は、全車輪の車輪速のうちの最高車輪速と最低車輪速との差を閾値と比較し、前記差が前記閾値を超えたときに低摩擦係数路面を判定するので、四輪の何れがスリップした場合でも低摩擦係数路面を判定することができる。
【0026】
また請求項3の構成によれば、第2低摩擦係数路面判定手段は、前輪の車輪速の平均値と後輪の車輪速の平均値との差を閾値と比較し、前記差が前記閾値を超えたときに低摩擦係数路面を判定するので、前輪の転舵の影響を受けずに低摩擦係数路面を判定することができる。
【0027】
また請求項4の構成によれば、第3低摩擦係数路面判定手段は、左駆動輪の車輪速と右駆動輪の車輪速と差を閾値と比較し、前記差が前記閾値を超えたときに低摩擦係数路面を判定するので、低摩擦係数路面によりディファレンシャルギヤが差回転を持つ危険な状態を確実に判定することができる。
【0028】
また請求項5の構成によれば、第4低摩擦係数路面判定手段は、エンジンの駆動力から算出した規範車体加速度を前後のディファレンシャルギヤの回転数から算出した実車体加速度と比較し、規範車体加速度に対する実車体加速度の超過量が閾値を超えたときに低摩擦係数路面を判定するので、四輪が全てスリップしても低摩擦係数路面を判定することができるだけでなく、ディファレンシャルギヤの回転数を用いるので車輪速センサが故障しても影響を受けることがない。
【0029】
また請求項6の構成によれば、統合低摩擦係数路面判定手段は、第1〜第4低摩擦係数路面判定手段の少なくとも一つが低摩擦係数路面を判定したときに低摩擦係数路面であると統合判定し、第1〜第4低摩擦係数路面判定手段が全て低摩擦係数路面を判定しないときに高摩擦係数路面であると統合判定するので、路面摩擦係数の高低を精度良く判定することができる。
【0030】
また請求項7の構成によれば、グリップ走行判定手段は、第1〜第4低摩擦係数路面判定手段の全てが低摩擦係数路面を判定しない場合であって、アクセル開度が閾値を超え、車速が閾値を超え、かつトルクコンバータのスリップ率が閾値を超えたときにグリップ走行を判定し、第1〜第4低摩擦係数路面判定手段の少なくとも一つが低摩擦係数路面を判定したときに非グリップ走行を判定するので、グリップ走行および非グリップ走行を精度良く判定することができる。
【0031】
また請求項8の構成によれば、低摩擦係数路面サスペクト判定手段は、統合低摩擦係数路面判定手段が低摩擦係数路面を判定したときに低路擦係数路面の疑いがあると判定し、かつ統合低摩擦係数低路面判定手段が低摩擦係数路面を判定しなくても、グリップ走行判定手段がグリップ走行を判定しないときに低路擦係数路面の疑いがあると判定するので、低路擦係数路面の疑いを漏れなく判定することができる。
【0032】
また請求項9に記載された発明によれば、統合低摩擦係数路面判定手段が低摩擦係数路面を判定したときにフュエルカット制御手段がフュエルカットにより駆動力を低減するので、凍結路等の低摩擦係数路面で車輪がスリップするのを防止することができる。
【0033】
また請求項10の構成によれば、前進走行レンジが選択されているか後進走行レンジが選択されているかでフュエルカット制御手段がフュエルカットを実施するエンジン回転数を持ち替えるので、車両の前進時および後進時にそれぞれ適したエンジン回転数でフュエルカットを実施することができる。
【0034】
また請求項11の構成によれば、第3低摩擦係数路面判定手段が低摩擦係数路面を判定した場合、あるいは第1、第2または第4低摩擦係数路面判定手段の何れかが低摩擦係数路面を判定し、かつ最低車輪速が閾値未満になった場合に、シフトチェンジ制限手段が所定の変速段以下へのシフトダウンを制限するので、雪路等の低摩擦係数路面で車両がスタックするのを未然に防止することができる。
【0035】
また請求項12の構成によれば、グリップ走行中であってフュエルカット制御手段が非作動中の場合、あるいはグリップ走行中であってフュエルカット制御手段が作動中であり、かつアクセル開度が閾値未満の場合にシフトチェンジの制限を解除するので、スリップが発生する虞がないときに不必要なシフトチェンジの制限が行われるのを防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】駆動力制御装置を備えた車両の全体構成を示す図。
【図2】駆動力制御装置の電子制御ユニットのブロック図。
【図3】メインルーチンのフローチャート。
【図4】メインルーチンのステップS1のサブルーチンのフローチャート(第1低摩擦係数路面判定手段)。
【図5】図4に対応するタイムチャート。
【図6】メインルーチンのステップS1のサブルーチンのフローチャート(第2低摩擦係数路面判定手段)。
【図7】図6に対応するタイムチャート。
【図8】メインルーチンのステップS1のサブルーチンのフローチャート(第3低摩擦係数路面判定手段)。
【図9】図8に対応するフローチャート。
【図10】メインルーチンのステップS1のサブルーチンのフローチャート(第4低摩擦係数路面判定手段)。
【図11】第1〜第4低摩擦係数路面判定手段の長所および短所を説明する図。
【図12】メインルーチンのステップS2のサブルーチンのフローチャート。
【図13】メインルーチンのステップS3のサブルーチンのフローチャート。
【図14】メインルーチンのステップS5のサブルーチンのフローチャート。
【図15】メインルーチンのステップS7のサブルーチンのフローチャート。
【図16】図15に対応するタイムチャート。
【発明を実施するための形態】
【0037】
以下、図1〜図16に基づいて本発明の実施の形態を説明する。
【0038】
図1に示すように、四輪駆動の自動車は、常時駆動される主駆動輪である左右の前輪WFL,WFRと、必要時に駆動される副駆動輪である左右の後輪WRL,WRRとを備える。エンジンEの駆動力の一部はトランスミッションTおよび前側のディファレンシャルギヤDfを介して左右の前輪WFL,WFRに伝達され、また前記駆動力の一部はトランスミッションTからトランスファーTF、ビスカスカップリングCおよび後側のディファレンシャルギヤDrを介して左右の後輪WRL,WRRに伝達される。
【0039】
エンジンEのフュエルカットおよびトランスミッションTのシフトチェンジを制御する電子制御ユニットUには、前輪WFL,WFRおよび後輪WRL,WRRの各回転数を検出する車輪速センサSa…と、エンジン回転数を検出するエンジン回転数センサSbと、トランスミッションTのシフトレンジを検出するシフトレンジセンサScと、アクセル開度を検出するアクセル開度センサSdと、前後のディファレンシャルギヤDf,Drの回転数を検出するディファレンシャルギヤ回転数センサSe,Seとが接続されており、電子制御ユニットUは前記各センサSa〜Seからの信号に基づいて、エンジンEのフュエルカットを制御するとともに、トランスミッションTのシフトチェンジを制御する。
【0040】
図2に示すように、電子制御ユニットUは、第1低摩擦係数路面判定手段M1と、第2低摩擦係数路面判定手段M2と、第3低摩擦係数路面判定手段M3と、第4低摩擦係数路面判定手段M4と、統合低摩擦係数路面判定手段M5と、グリップ走行判定手段M6と、低摩擦係数路面サスペクト判定手段M7と、駆動力制御手段M8とを備えており、駆動力制御手段M8には、エンジンEのフュエルカットを制御するフュエルカット制御手段M8Aと、トランスミッションTのシフトチェンジを制限するシフトチェンジ制限手段M8Bとが含まれる。
【0041】
次に、図3に基づいてメインルーチンのフローチャートを説明する。
【0042】
先ずステップS1で第1〜第4低摩擦係数路面判定手段M1〜M4により、後から詳述する第1の手法〜第4の手法を用いてそれぞれ低摩擦係数路面の判定を行い、ステップS2で統合低摩擦係数路面判定手段M5により、前記第1の手法〜第4の手法の判定結果を統合して低摩擦係数路面の統合判定を行う。その結果、統合低摩擦係数路面判定フラグF LOMYU=0(高摩擦係数路面)であると統合判定された場合には、ステップS3でグリップ走行判定手段M6によりグリップ走行判定(車輪がスリップせずに路面をグリップして走行しているか否かの判定)を行う。その結果、グリップ走行判定フラグF GRIP=1(グリップ走行)であると判定された場合には、ステップS4で低摩擦係数路面サスペクト判定手段M7により、低摩擦係数路面サスペクト判定フラグF MBLM=0(低摩擦係数路面の疑い無し)にセットする。
【0043】
前記ステップS2で統合低摩擦係数路面判定フラグF LOMYU=1(低摩擦係数路面)であると統合判定された場合には、ステップS5で駆動輪のスリップを抑制すべく、フュエルカット制御手段M8Aにより、エンジンのフュエルカット回転数の持ち替え要求を行う。そして前記ステップS3でグリップ走行判定フラグF GRIP=0(グリップ走行でない)と判定された場合と、前記ステップS5を経由した場合とには、ステップS6で低摩擦係数路面サスペクト判定手段M7により、低摩擦係数路面サスペクト判定フラグF MBLM=1(低摩擦係数路面の疑い有り)にセットし、続くステップS7で駆動輪のスリップを抑制すべく、シフトチェンジ制限手段M8Bにより、トランスミッションTのシフト制限を実施する。
【0044】
図3から明らかなように、統合低摩擦係数路面判定フラグF LOMYU=1(低摩擦係数路面)の判定と、低摩擦係数路面サスペクト判定フラグF MBLM=1(低摩擦係数路面の疑い有り)の判定と、グリップ走行判定フラグF GRIP=1(グリップ走行)の判定との関連は、以下のようになっている。
【0045】
ステップS2で統合低摩擦係数路面判定フラグF LOMYU=1(低摩擦係数路面)が判定されると、ステップS6で自動的に低摩擦係数路面サスペクト判定フラグF MBLM=1(低摩擦係数路面の疑い有り)の判定がなされる。
【0046】
ステップS2で統合低摩擦係数路面判定フラグF LOMYU=1(低摩擦係数路面)が判定されない場合、ステップS3でグリップ走行判定フラグF GRIP=1(グリップ走行)の判定がなされなければ、やはりステップS6で自動的に低摩擦係数路面サスペクト判定フラグF MBLM=1(低摩擦係数路面の疑い有り)の判定がなされる。
【0047】
その理由は、車両が氷上にあるようなとき、運転者がアクセルペダルを離したために、統合低摩擦係数路面判定フラグF LOMYU=0(高摩擦係数路面)であると統合判定された場合でも、実際には低摩擦係数である可能性があるため、前記ステップS3でグリップ走行の判定がなされなければ、低摩擦係数路面サスペクト判定フラグF MBLM=1(低摩擦係数路面の疑い有り)の判定がなされる。
【0048】
ステップS3でグリップ走行判定フラグF GRIP=1(グリップ走行)の判定がなされた場合、ステップS4で低摩擦係数路面サスペクト判定フラグF MBLM=0(低摩擦係数路面の疑い無し)の判定がなされる。つまり、低摩擦係数路面サスペクト判定フラグF MBLM=0(低摩擦係数路面の疑い無し)は、グリップ走行判定フラグF GRIP=1(グリップ走行)の判定がなされた場合にのみ成立する。
【0049】
【表1】

【0050】
表1は上記作用を纏めたもので、統合低摩擦係数路面判定フラグF LOMYU=0、低摩擦係数路面サスペクト判定フラグF MBLM=0かつグリップ走行判定フラグF GRIP=1の場合には、路面摩擦係数が高い場合であるため、シフト制限もフュエルカット回転数の持ち替えも実施しない。
【0051】
統合低摩擦係数路面判定フラグF LOMYU=1、低摩擦係数路面サスペクト判定フラグF MBLM=1かつグリップ走行判定フラグF GRIP=0の場合には、路面摩擦係数が低い場合であるため、シフト制限およびフュエルカット回転数の持ち替えの両方を実施する。
【0052】
低摩擦係数路面判定フラグF LOMYU=0、低摩擦係数路面サスペクト判定フラグF MBLM=1かつグリップ走行判定フラグF GRIP=0の場合には、路面摩擦係数が低い可能性がある場合であるため、シフト制限だけを実施してフュエルカット回転数の持ち替えは実施しない。
【0053】
次に、前記ステップS1のサブルーチンである図4のフローチャートに基づいて、第1低摩擦係数路面判定手段M1により低摩擦係数路面を判定する第1の手法を説明する。
【0054】
先ずステップS11で四輪の車輪速のうちの最高車輪速および最低車輪速を算出し、ステップS12で最高車輪速および最低車輪速の車輪速差SVLVF4Rを算出する。続くステップS13で最高最低車輪速差判定フラグF LM4W=0(車輪速差小)であれば、ステップS14で車輪速差SVLVF4Rを低摩擦係数路面判定閾値と比較し、車輪速差SVLVF4R>低摩擦係数路面判定閾値であれば、ステップS15で低摩擦係数路面判定フラグフラグF LM4W=1(低摩擦係数路面)にセットする。
【0055】
一方、前記ステップS13で最高最低車輪速差判定フラグF LM4W=1(車輪速差大)であれば、ステップS16で車輪速差SVLVF4Rを低摩擦係数路面解除閾値と比較し、車輪速差SVLVF4R<低摩擦係数路面解除閾値であれば、ステップS17で低摩擦係数路面判定フラグF LM4W=0(高摩擦係数路面)にセットする。
【0056】
図5は図4のフローチャートの作用を説明するタイムチャートであり、最高車輪速および最低車輪速の車輪速差SVLVF4Rが低摩擦係数路面判定閾値を超えると低摩擦係数路面判定フラグフラグF LM4W=1にセットされ、最高車輪速および最低車輪速の車輪速差SVLVF4Rが低摩擦係数路面解除閾値を下回ると低摩擦係数路面判定フラグF LM4W=0にセットされる。
【0057】
次に、前記ステップS1のサブルーチンである図6のフローチャートに基づいて、第2低摩擦係数路面判定手段M2により低摩擦係数路面を判定する第2の手法を説明する。
【0058】
先ずステップS21で左右の前輪平均車輪速および左右の後輪平均車輪速を算出し、ステップS22でそれらの差である前後平均車輪速差SVLVF2Rを算出する。続くステップS23で低摩擦係数路面判定フラグF DYS=0(高摩擦係数路面)であれば、ステップS24で車輪速差SVLVF2Rを低摩擦係数路面判定閾値と比較し、車輪速差SVLVF2R>低摩擦係数路面判定閾値であれば、ステップS25で低摩擦係数路面判定フラグフラグF DYS=1(低摩擦係数路面)にセットする。
【0059】
一方、前記ステップS23で低摩擦係数路面判定フラグF DYS=1(低摩擦係数路面)であれば、ステップS26で車輪速差SVLVF2Rを低摩擦係数路面解除閾値と比較し、車輪速差SVLVF2R<低摩擦係数路面解除閾値であれば、ステップS27で低摩擦係数路面判定フラグF DYS=0(高摩擦係数路面)にセットする。
【0060】
図7は図6のフローチャートの作用を説明するタイムチャートであり、前後平均車輪速差SVLVF2Rが低摩擦係数路面判定閾値を超えると低摩擦係数路面判定フラグF DYS=1にセットされ、前後平均車輪速差SVLVF2Rが低摩擦係数路面解除閾値を下回ると低摩擦係数路面判定フラグF DYS=0にセットされる。
【0061】
次に、前記ステップS1のサブルーチンである図8のフローチャートに基づいて、第3低摩擦係数路面判定手段M3により低摩擦係数路面を判定する第3の手法を説明する。
【0062】
先ずステップS31で左前輪車輪速および右前輪輪速を算出し、ステップS32で左右前輪車輪速差DVF2Wを算出する。続くステップS33で低摩擦係数路面判定フラグF DVF2W=0(高摩擦係数路面)であれば、ステップS34で車輪速差DVF2Wを低摩擦係数路面判定閾値と比較し、車輪速差DVF2W>低摩擦係数路面判定閾値であれば、ステップS35で低摩擦係数路面判定フラグフラグF DVF2W=1(低摩擦係数路面)にセットする。
【0063】
前記ステップS33で低摩擦係数路面判定フラグF DVF2W=1(低摩擦係数路面)であれば、ステップS36で車輪速差DVF2Wを低摩擦係数路面解除閾値と比較し、車輪速差DVF2W<低摩擦係数路面解除閾値であれば、ステップS37で低摩擦係数路面判定フラグF DVF2W=0(高摩擦係数路面)にセットする。
【0064】
図9は図8のフローチャートの作用を説明するタイムチャートであり、左右前輪車輪速差DVF2Wが低摩擦係数路面判定閾値を超えると低摩擦係数路面判定フラグF DVF2W=1にセットされ、左右前輪車輪速差DVF2Wが低摩擦係数路面解除閾値を下回ると低摩擦係数路面判定F DVF2W=0にセットされる。
【0065】
次に、前記ステップS1のサブルーチンである図10のフローチャートに基づいて、第4低摩擦係数路面判定手段M4により低摩擦係数路面を判定する第4の手法を説明する。
【0066】
先ずステップS41でリバース判定フラグF NSURED=1でなく、シフトレンジが定常的にDレンジであるとき、ステップS42で四輪中の最低車輪速VLESTが閾値♯VLKPK0以上であり、かつ降坂下り度合い判定フラグF LMPK=0(緩降坂、高摩擦係数路面)であれば、ステップS47での降坂下り度合いの判定を行わない。その理由は、車両がスタックしそうな場合に絞ってスリップ判定を行いたいので、車輪速が大きく、路面摩擦係数が大きいときには降坂下り度合いの判定を行う必要がないからである。
【0067】
前記ステップS42の答がNOであっても、ステップS43で四輪中の最低車輪速VLESTが閾値♯VLKPK1以上であり、かつ降坂下り度合い判定フラグF LMPK=1(急降坂、低摩擦係数路面)であれば、ステップS47での降坂下り度合いの判定を行わない。その理由は、高車速の変速段での誤判定のリスクを考慮すると、スリップ判定を積極的に行いたくないので、車輪速が大きいときには降坂下り度合いの判定をあえて避けるためである。
【0068】
前記ステップS43の答がNOであっても、ステップS44で四輪中の最高車輪速VHESTが閾値♯VLMKPKE以下であれば、ステップS47での降坂下り度合いの判定を行わない。その理由は、降坂下り度合いを判定するには車輪が回転していることが必要であるため、四輪中の最高車輪速VHESTが閾値♯VLMKPKE以下のときは降坂下り度合いを精度良く判定できないからである。
【0069】
前記ステップS41でリバース判定フラグF NSURED=1であり、シフトレンジがリバースレンジであるときには、前記ステップS42,S43をスキップして前記ステップS44に移行する。その理由は、リバースレンジで積極的にスリップ判定を行う必要があるため、前記前記ステップS42,S43の条件を考慮せずにスリップ判定を行わせるためである。
【0070】
しかして、前記ステップS42〜S44の答が全てNOの場合に、ステップS45で降坂下り度合いSPKUを算出する。具体的には、路面摩擦係数が高い平坦路でエンジン出力に対する規範車体加速度の関係を予め記憶しておき、降坂路で実際に発生する車体加速度が前記規範車体加速度を超える程度が大きいほど、降坂下り度合いSPKUが大きい値として算出される。このとき、路面摩擦係数が小さいために車輪がスリップして車輪速が増加すると、見かけの車体加速度が大きく算出されるため、降坂下り度合いSPKUが更に大きい値として算出される。したがって、降坂下り度合いSPKUが、車輪のグリップ状態において発生しないような大きい値を示したとき、低摩擦係数路面であると判定することができる。
【0071】
このとき、路面摩擦係数の判定の車輪速センサSa…を使用せず、ディファレンシャルギヤ回転数センサSe,Seを使用しているので、車輪速センサSa…の故障の影響を受けることがない。
【0072】
続くステップS46で降坂下り度合い判定フラグF LMPK=0(緩降坂、高摩擦係数路面)であるとき、ステップS47で降坂下り度合いSPKUがスリップ判定下り度合い閾値を超えていれば、路面摩擦係数が低いと判定し、ステップS48で降坂下り度合い判定フラグF LMPK=1(急降坂、低摩擦係数路面)にセットする。
【0073】
一方、前記ステップS42,S43,S44の答の何れかがYESの場合、あるいは前記ステップS46の答がNOの場合、ステップS49で降坂下り度合いSPKUが非スリップ判定閾値を下回っていれば、路面摩擦係数が高いと判定し、ステップS50で降坂下り度合い判定フラグF LMPK=0(緩降坂、高摩擦係数路面)にセットする。
【0074】
図11には、以上説明した路面摩擦係数の四つの判定手法の長所および短所が纏められている。
【0075】
第1低摩擦係数路面判定手段M1は、全車輪の車輪速のうちの最高車輪速と最低車輪速との差を閾値と比較し、前記差が閾値を超えたときに低摩擦係数路面を判定するので、四輪の何れがスリップした場合でも低摩擦係数路面を判定することができる。但し、四輪の車輪速センサSa…が同時に故障した場合には判定不能になり、前輪の転舵角を考慮して閾値を設定する必要があり、また後輪の車輪速センサSa…の故障の影響を受ける短所がある。
【0076】
第2低摩擦係数路面判定手段M2は、左右の前輪の車輪速の平均値と左右の後輪の車輪速の平均値との差を閾値と比較し、前記差が閾値を超えたときに低摩擦係数路面を判定するので、前輪の転舵角の影響を受けずに低摩擦係数路面を判定することができる。但し、左右の路面摩擦係数差は判定することができず、また後輪の車輪速センサSa…の故障の影響を受ける短所がある。
【0077】
第3低摩擦係数路面判定手段M3は、左駆動輪(左前輪)の車輪速と右駆動輪(右前輪)の車輪速と差を閾値と比較し、前記差が閾値を超えたときに低摩擦係数路面を判定するので、低摩擦係数路面により前輪のディファレンシャルギヤDfが差回転を持つ危険な状態を確実に判定することができる。但し、前輪が踏んでいる路面の摩擦係数しか判定できない短所がある。
【0078】
第4低摩擦係数路面判定手段M4は、エンジンEの駆動力から算出した規範車体加速度を前後のディファレンシャルギヤDf,Drの回転数から算出した実車体加速度と比較し、規範車体加速度に対する実車体加速度の超過量が閾値を超えたときに低摩擦係数路面を判定するので、四輪が全てスリップしても低摩擦係数路面を判定することができ、しかもディファレンシャルギヤDf,Drの回転数を用いるので車輪速センサSa…が故障しても影響を受けることがない。但し、摩擦係数が僅かに小さい路面では判定精度が低下する短所がある。
【0079】
次に、前記ステップS2のサブルーチン(統合低摩擦係数路面判定)を図12のフローチャートに基づいて説明する。
【0080】
ステップS51で第1の低摩擦係数路面判定フラグF LM4Wの状態を判定し、ステップS52で第2の低摩擦係数路面判定フラグF DYSの状態を判定し、ステップS53で第3の低摩擦係数路面判定フラグF DVF2Wの状態を判定し、ステップS54で降坂下り度合い判定フラグF LMPKの状態を判定する。
【0081】
前記ステップS51〜S54の答が全て高摩擦係数路面を示す「0」であれば、ステップS55〜S58に移行し、前記ステップS51〜S54の少なくとも一つの答が低摩擦係数路面を示す「1」であれば、ステップS59〜S562に移行する。
【0082】
前記ステップS51〜S54の答が全て高摩擦係数路面を示す「0」であれば、先ずステップS55で判定遅延タイマTMLMINを所定値♯TMLMINにセットし、ステップS56で四輪中最高車輪速VHESTが判定解除閾値VLOMUEND以上であり、かつステップS57で前記判定遅延タイマTMLMOUTがタイムアップしていれば、ステップS58で統合低摩擦係数路面判定フラグF LOMYU=0(高摩擦係数路面)にセットする。
【0083】
前記ステップS51〜S54の答の何れかが低摩擦係数路面を示す「1」であれば、先ずステップS59でリセット遅延タイマTMLMOUTを所定値♯TMLMOUTにセットし、ステップS60で四輪中最低車輪速VLESTが判定閾値VLOMUPMT以下であり、かつステップS61で前記リセット遅延タイマTMLMINがタイムアップしていれば.ステップS62で統合低摩擦係数路面判定フラグF LOMYU=1(低摩擦係数路面)にセットする。
【0084】
以上のように、四つの路面摩擦係数判定手法を併用して路面摩擦係数を判定するので、個々の手法の短所を補うとともに個々の手法の長所を活かし、路面摩擦係数を高精度に判定することができ、特に四輪駆動車両であっても路面摩擦係数の高精度な判定が可能になる。
【0085】
次に、前記ステップS3のサブルーチン(グリップ走行判定)を図13のフローチャートに基づいて説明する。
【0086】
ステップS71で第1の低摩擦係数路面判定フラグF LM4Wの状態を判定し、ステップS72で第2の低摩擦係数路面判定フラグF DYSの状態を判定し、ステップS73で第3の低摩擦係数路面判定フラグF DVF2Wの状態を判定し、ステップS74で降坂下り度合い判定フラグF LMPKの状態を判定する。
【0087】
前記ステップS71〜S74の答が少なくとも一つが低摩擦係数路面を示す「1」であれば、ステップS75でグリップ判定遅延タイマTMGRIPを所定値♯TMGRIPにセットし、ステップS76でグリップ走行判定フラグF GRIP=0(非グリップ走行)にセットする。
【0088】
前記ステップS71〜S74の全ての答が高摩擦係数路面を示す「0」であるとき、ステップS77でアクセル開度APAT>閾値APGIPが成立し、かつステップS78で四輪の最低車輪速VLEST>閾値VGRIPが成立し、かつステップS79でトルクコンバータの滑り率ETRW>閾値ETRGRIPが成立していれば、つまり、アクセルペダルが充分に踏み込まれており、車速が充分に高く、かつトルクコンバータが充分に滑っていれば(車輪負荷が高ければ)、車輪が路面をグリップしていると判定し、この状態がステップS80でグリップ判定遅延タイマTMGRIPがタイムアップするまで継続すれば、ステップS81でグリップ走行判定フラグF GRIP=1(グリップ走行)にセットする。
【0089】
一方、前記ステップS77〜S79の何れかの答がNOであれば、車輪が路面をグリップしていると判定できないため、ステップS82でグリップ判定遅延タイマTMGRIPを所定値♯TMGRIPにセットする。
【0090】
次に、前記ステップS5のサブルーチン(フュエルカット回転数持ち替え要求)を図14のフローチャートに基づいて説明する。このルーチンは、統合低摩擦係数路面判定手段M5が統合低摩擦係数路面判定フラグF LOMYU=1(低摩擦係数路面)の判定をしたときに実行される。
【0091】
先ずステップS91でVSA(ビークル・スタビリティ・アシスト)システム、つまり左右の車輪に駆動力あるいは制動力を配分して車両挙動の安定を図るシステムが作動している場合には、そのVSAの作動との干渉を回避するためにフュエルカット制御は行わない。
【0092】
ステップS92でトランスミッションTのリバースレンジにおいて統合低摩擦係数路面判定フラグF LOMYU=1(低摩擦係数路面)であれば、ステップS93で後進中の車輪のスリップを防止すべくリバースレンジ用のフュエルカット回転数を要求し、エンジン回転数が前記フュエルカット回転数を超えた場合にフュエルカットを実施してエンジンEの出力を抑制する。これにより、氷上での後進発進時や雪路でのスタック状態から後進脱出時に、エンジン回転数が過度に増加する車輪のスリップ状態が悪化するのを防止することができる。このリバースレンジでのフュエルカット回転数の持ち替えは、低摩擦係数路面が判定された場合(統合低摩擦係数路面判定フラグF LOMYU=1)にのみ行われ、低摩擦係数路面が疑われる場合(低摩擦係数路面サスペクト判定フラグF MBLM=1)には行われない。
【0093】
続くステップS94でDレンジにおいて統合低摩擦係数路面判定フラグF LOMYU=1(低摩擦係数路面)であれば、ステップS95〜S97に移行する。ステップS95で四輪中の最低車輪速度VLESTが閾値♯VLESTを超えておらず、かつステップS96でエンジン回転数NEが閾値♯NE1を超えていなければ、即ち、車輪速およびエンジン回転数が共に小さければ、ステップS97でDレンジ用のフュエルカット回転数を要求し、エンジン回転数が前記フュエルカット回転数を超えた場合にフュエルカットを実施してエンジンEの出力を抑制する。
【0094】
その理由は、ドリフト走行中にフュエルカットが作動してエンジン出力が低下すると車両挙動のコントロールが困難になる可能性があるため、車輪速およびエンジン回転数が共に大きいドリフト走行中にフュエルカットが作動し難くし、車輪速およびエンジン回転数が共に小さい氷上での発進時や雪路でのスタック状態から脱出時にフュエルカットが作動し易くしてスリップを防止するためである。
【0095】
前記ステップS94でDレンジにおいて統合低摩擦係数路面判定フラグF LOMYU=0(高摩擦係数路面)であるとき、ステップS100でフュエルカット制御を解除するが、ステップS98でリバースレンジ側で低摩擦係数路面サスペクト判定フラグF MBLM=1(低摩擦係数路面の疑いが有り)の場合と、ステップS99でエンジン回転数NEが閾値♯NE2を超えている場合とにはフュエルカット制御の解除は行われない。
【0096】
以上のように、低摩擦係数路面では、リバースレンジだけでなくDレンジにおいてもフュエルカット回転数の持ち替えを行うことで、前進走行時にも過剰な駆動力によるスリップの発生を防止できるだけでなく、後進走行時および前進走行時にそれぞれ適したフュエルカット回転数を設定することができる。
【0097】
次に、前記ステップS7のサブルーチン(シフト制限実施)を図15のフローチャートに基づいて説明する。このルーチンは、統合低摩擦係数路面判定手段M5が統合低摩擦係数路面判定フラグF LOMYU=1(低摩擦係数路面)と統合判定したときと、低摩擦係数路面サスペクト判定手段M7が低摩擦係数路面サスペクト判定フラグF MBLM=1(低摩擦係数路面の疑い有り)の判定をしたときとに実行される。
【0098】
先ずステップS101でトランスミッションTがリバースレンジにあれば、シフトアップあるいはシフトダウンが不能であるため、ステップS102で低摩擦係数路面シフト制限フラグF DEFICEを0(シフト制限不実施)にセットする。
【0099】
前記ステップS101でトランスミッションTがDレンジにあり、ステップS103で上述した第3の手法による低摩擦係数路面判定フラグF DVF2W=1(低摩擦係数路面)であれば、つまり左右の前輪の車輪速差が閾値を超えて低摩擦係数路面であると判定された場合には、ステップS104で低摩擦係数路面シフト制限フラグF DEFICEを1(シフト制限実施)にセットする。その理由は、左右の前輪の車輪速差が閾値を超える場合は、左右一方の前輪(駆動輪)が雪路に乗ってスリップしている場合であり、このような場合にシフトダウンを許可すると駆動力が増加して車両がスタックする可能性があるからである。
【0100】
前記ステップS103で上述した第3の手法による低摩擦係数路面判定フラグF DVF2W=0(高摩擦係数路面)である場合、ステップS105でグリップ走行フラグF GRIP=0(低摩擦係数路面)であれば、つまり前記第3の手法以外の第1、第2または第4の手法で低摩擦係数路面が判定された場合には、ステップS106で最低車輪速VLESTが閾値♯VLESTを超えていない場合に、ステップS104で低摩擦係数路面シフト制限フラグF DEFICEを1(シフト制限実施)にセットする。
【0101】
その理由は、第1、第2または第4の手法で低摩擦係数路面を判定した場合は、左右一方の前輪(駆動輪)が雪路に乗ってスリップしている場合とは限らず、ドリフト走行している場合も有り得るため、最低車輪速VLEST(つまり車体速)が小さいときは、車両がスタックしかかっている場合であるという推定から、ステップS104で低摩擦係数路面シフト制限フラグF DEFICEを1(シフト制限実施)にセットし、シフトダウンを規制することで過剰なトルクの発生を抑え、スムーズなスタックからの脱出を可能にすることができる。
【0102】
尚、前記ステップS104で低摩擦係数路面シフト制限フラグF DEFICEが1(シフト制限実施)にセットされたとき、アクセル開度が閾値を超えている場合はシフトダウンの制限を継続し、アクセル開度が閾値以下の場合(例えば、全閉状態)ではシフトダウンを許可する。その理由は、アクセル開度が高い場合にはシフトダウンにより駆動力が増加して車両がスタックする可能性があるが、アクセル開度が低い場合にはその可能性がないからである。
【0103】
前記ステップS105の答がNOであって高摩擦係数路面である場合に、ステップS107で低摩擦係数路面シフト制限フラグF DEFICEが1でシフト制限が実施されているとき、ステップS108でフュエルカット制御が作動していなければ、高摩擦係数路面であってシフト制限は不要であると判定し、前記ステップS102で低摩擦係数路面シフト制限フラグF DEFICEを0(シフト制限解除)にセットする。また前記ステップS108でフュエルカット制御が作動していても、ステップS109でアクセル開度APATが閾値♯APAT以下であればシフト制限は不要であると判定し前記ステップS102で低摩擦係数路面シフト制限フラグF DEFICEを0(シフト制限解除)にセットする。
【0104】
図16に示すように、車両が上り坂の雪路を走行中にスタックしかかかった場合に、シフトダウンが実行されて駆動力が増加すると、雪を掘ってスタックに至る可能性があるが、上述したシフトダウン制限を実行することでスタックの発生を未然に防止することができる。
【0105】
以上、本発明の実施の形態を説明したが、本発明はその要旨を逸脱しない範囲で種々の設計変更を行うことが可能である。
【符号の説明】
【0106】
M1 第1低摩擦係数路面判定手段
M2 第2低摩擦係数路面判定手段
M3 第3低摩擦係数路面判定手段
M4 第4低摩擦係数路面判定手段
M5 統合低摩擦係数路面判定手段
M6 グリップ走行判定手段
M7 低摩擦係数路面サスペクト判定手段
M8 駆動力制御手段
M8A フュエルカット制御手段
M8B シフトチェンジ制限手段
Df ディファレンシャルギヤ
Dr ディファレンシャルギヤ
E エンジン
T トランスミッション

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジン(E)およびトランスミッション(T)を備える車両が走行する路面の状態を判定し、判定した路面の状態に基づいて車両の駆動力を制御する駆動力制御手段(M8)を備える車両の駆動力制御装置において、
全車輪の車輪速のうちの最高車輪速および最低車輪速から低摩擦係数路面を判定する第1低摩擦係数路面判定手段(M1)と、
前輪の車輪速および後輪の車輪速から低摩擦係数路面を判定する第2低摩擦係数路面判定手段(M2)と、
左駆動輪の車輪速および右駆動輪の車輪速から低摩擦係数路面を判定する第3低摩擦係数路面判定手段(M3)と、
前記エンジン(E)の駆動力から算出した規範車体加速度をディファレンシャルギヤ(Df,Dr)の回転数から算出した実車体加速度と比較して低摩擦係数路面を判定する第4低摩擦係数路面判定手段(M4)と、
前記第1〜第4低摩擦係数路面判定手段(M1〜M4)の判定結果に基づいて低摩擦係数路面を判定する統合低摩擦係数路面判定手段(M5)と、
前記第1〜第4低摩擦係数路面判定手段(M1〜M4)の判定結果および車両の運転状態に基づいてグリップ走行を判定するグリップ走行判定手段(M6)と、
前記統合低摩擦係数路面判定手段(M5)の判定結果および前記グリップ走行判定手段(M6)の判定結果に基づいて低摩擦係数路面の疑いがあると判定する低摩擦係数路面サスペクト判定手段(M7)と、
を備えることを特徴とする車両の駆動力制御装置。
【請求項2】
前記第1低摩擦係数路面判定手段(M1)は、全車輪の車輪速のうちの最高車輪速と最低車輪速との差を閾値と比較し、前記差が前記閾値を超えたときに低摩擦係数路面を判定することを特徴とする、請求項1に記載の車両の駆動力制御装置。
【請求項3】
前記第2低摩擦係数路面判定手段(M2)は、前輪の車輪速の平均値と後輪の車輪速の平均値との差を閾値と比較し、前記差が前記閾値を超えたときに低摩擦係数路面を判定することを特徴とする、請求項1に記載の車両の駆動力制御装置。
【請求項4】
前記第3低摩擦係数路面判定手段(M3)は、左駆動輪の車輪速と右駆動輪の車輪速との差を閾値と比較し、前記差が前記閾値を超えたときに低摩擦係数路面を判定することを特徴とする、請求項1に記載の車両の駆動力制御装置。
【請求項5】
前記第4低摩擦係数路面判定手段(M4)は、前記エンジン(E)の駆動力から算出した規範車体加速度を前後のディファレンシャルギヤ(Df,Dr)の回転数から算出した実車体加速度と比較し、前記規範車体加速度に対する前記実車体加速度の超過量が閾値を超えたときに低摩擦係数路面を判定することを特徴とする、請求項1に記載の車両の駆動力制御装置。
【請求項6】
前記統合低摩擦係数路面判定手段(M5)は、前記第1〜第4低摩擦係数路面判定手段(M1〜M4)の少なくとも一つが低摩擦係数路面を判定したときに低摩擦係数路面であると統合判定し、前記第1〜第4低摩擦係数路面判定手段(M1〜M4)が全て低摩擦係数路面を判定しないときに高摩擦係数路面であると統合判定することを特徴とする、請求項1〜請求項5の何れか1項に記載の車両の駆動力制御装置。
【請求項7】
前記グリップ走行判定手段(M6)は、前記第1〜第4低摩擦係数路面判定手段(M1〜M4)の全てが低摩擦係数路面を判定しない場合であって、アクセル開度が閾値を超え、車速が閾値を超え、かつトルクコンバータのスリップ率が閾値を超えたときにグリップ走行を判定し、前記第1〜第4低摩擦係数路面判定手段(M1〜M4)の少なくとも一つが低摩擦係数路面を判定したときに非グリップ走行を判定することを特徴とする、請求項1〜請求項6の何れか1項に記載の車両の駆動力制御装置。
【請求項8】
前記低摩擦係数路面サスペクト判定手段(M7)は、前記統合低摩擦係数路面判定手段(M5)が低摩擦係数路面を判定したときに低路擦係数路面の疑いがあると判定し、かつ前記統合低摩擦係数低路面判定手段(M5)が低摩擦係数路面を判定しなくても、前記グリップ走行判定手段(M6)がグリップ走行を判定しないときに低路擦係数路面の疑いがあると判定することを特徴とする、請求項1〜請求項7の何れか1項に記載の車両の駆動力制御装置。
【請求項9】
前記駆動力制御手段(M8)は前記エンジン(E)のフュエルカット制御手段(M8A)を含み、前記統合低摩擦係数路面判定手段(M5)が低摩擦係数路面を判定したときに、前記フュエルカット制御手段(M8A)はフュエルカットにより駆動力を低減することを特徴とする、請求項1〜請求項8の何れか1項に記載の車両の駆動力制御装置。
【請求項10】
前進走行レンジが選択されているときと、後進走行レンジが選択されているときとで、前記フュエルカット制御手段(M8A)がフュエルカットを実施するエンジン回転数を持ち替えることを特徴とする、請求項9に記載の車両の駆動力制御装置。
【請求項11】
前記駆動力制御手段(M8)は前記トランスミッション(T)のシフトチェンジ制限手段(M8B)を含み、前記第3低摩擦係数路面判定手段(M3)が低摩擦係数路面を判定した場合、あるいは前記第1、第2または第4低摩擦係数路面判定手段(M1,M2,M4)の何れかが低摩擦係数路面を判定し、かつ最低車輪速が閾値未満になった場合に、前記シフトチェンジ制限手段(M8B)は所定の変速段以下へのシフトダウンを制限することを特徴とする、請求項1〜請求項10の何れか1項に記載の車両の駆動力制御装置。
【請求項12】
前進シフトチェンジ制限手段(M8B)は、グリップ走行中であって前記フュエルカット制御手段(M8A)が非作動中の場合、あるいはグリップ走行中であって前記フュエルカット制御手段(M8A)が作動中であり、かつアクセル開度が閾値未満の場合に、シフトチェンジの制限を解除することを特徴とする、請求項11に記載の車両の駆動力制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【公開番号】特開2010−173340(P2010−173340A)
【公開日】平成22年8月12日(2010.8.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−14985(P2009−14985)
【出願日】平成21年1月27日(2009.1.27)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】