説明

車両の直進制動時の運転制御装置及び運転制御方法

【課題】車両の構造に内在する左右の非対称性に起因して車両の制動時に生ずる車両の偏向を是正する新規な車両の運動制御装置及び運動制御方法を提供すること。
【解決手段】本発明の車両の運動制御装置は、車体の減速度を取得する手段と、減速度に基づいて、制動装置、前後輪の操舵装置等の車体偏向手段の作動を制御して、車両の構造に於ける左右の非対称性に起因して車両の直進制動時に車体に発生する横力又はヨーモーメントを低減する横力又はヨーモーメントを発生させる偏向制御手段とを含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車等の車両の運動制御装置及び方法に係り、より詳細には、車両の制動時に車両の構造に於ける左右の非対称性に起因して発生する車両の偏向を抑制するための運動制御装置及び方法に係る。
【背景技術】
【0002】
自動車等の車両の制動系の電子制御技術、四輪操舵技術、アクティブステアリング制御技術等の進歩に伴い、車両の制動若しくは駆動中の安定性を向上する運動制御装置又は運動制御方法が多数提案されている。上記の制御技術に於いては、車両が制動若しくは駆動中に望ましくない(ヨー)方向に偏向したり、或いは、その運動又は挙動を不安定化する横力又はヨーモーメントが発生すると、車輪毎にスリップ率を調節し、或いは、運転者の操舵とは独立に車輪の舵角を調節して、車両の偏向を修正するためのヨーモーメント(カウンタヨーモーメント)の生成又は偏向ヨーモーメントの抑制が行われる。
【0003】
例えば、特許文献1−2には、車両の走行する路面の摩擦係数の左右差により生ずる車輪上の制駆動力差によって車両を偏向するヨーモーメントが発生する場合に、各輪のスリップ率又は舵角を調節して、偏向ヨーモーメントの作用を相殺するようカウンタヨーモーメントを発生させることが提案されている。また、特許文献3は、上記の如き路面の摩擦係数の左右差に起因するヨーモーメントの作用を是正する制御装置に於いて、車両の旋回時の遠心力による荷重移動による制動力差を考慮した制動制御装置を開示している。更に、特許文献4には、各輪の接地荷重に応じて各輪の制動力を分配する制動制御装置に於いて、直進制動時に左右輪の制動力が均等となるよう制御し、これにより、各輪の接地荷重に応じて制動力を分配することに起因するヨーモーメントの発生の抑制をするようになった制動制御方法が提案されている。
【0004】
上記の如き従前の車両の制動若しくは駆動中の運動を安定化させる制御によれば、車輪の制駆動力又は横力(路面反力)が摩擦円の限界付近まで増大した場合など(急加減速時、急旋回時など)に、運転者の運転操作を補助し或いは代行することにより、路面の摩擦係数の左右差やその他の外的要因(遠心力、横風等)に起因する車両の制動若しくは駆動時の運動の悪化が抑制され、車両の走行安定性が良好に維持される。
【特許文献1】特開平5−105055号公報
【特許文献2】特許公報第2540742号
【特許文献3】特開2005−280688号公報
【特許文献4】特開平5−262213号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、上記の如き車両を偏向させる外的な要因がなく、車両の構造が左右について対称的に構成されていれば、直進制動時、制動力は車両に左右対称的に作用するので、車両は偏向することなく、直進性が維持されるはずである。しかしながら、実際の車両の構造は、例えば、ハンドル、エンジン、燃料タンク、ブレーキ配管等を含む制動装置等の構造や配置、タイヤのトレッドパターン、車輪のサスペンション構造、或いは、乗員・積載物の積載位置など、車両に於ける重量の分布を含めて、必ずしも左右対称に成っておらず、かかる車両の構造に於ける左右非対称性により、車両の直進制動時には、種々の態様にて車体に横力やヨーモーメントが発生し、車体が偏向することがある。しかも、車両の構造の左右の非対称性に起因する車両の偏向現象は、車両の運動状態や路面の摩擦係数などの走行条件によらず、常に発生しうる。
【0006】
しかしながら、前記の慣用の運動制御装置又は制御方法に於いて、上記の如き車両の構造の左右の非対称性に起因する現象及びそれによる車両の偏向は、殆ど考慮されていない。そこで、もし車両の構造の左右の非対称性に起因する上記の現象の影響を排除できれば、車両の運動安定性が従前に比して向上し、又、急加減速時、急旋回時などの制御も実行し易くなりそうである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明によれば、車両の制動時に車両の構造に内在する左右の非対称性に起因して生ずる車両の偏向を是正する新規な車両の運動制御装置及び運動制御方法が提供される。なお、本明細書に於いて、以下、「車両の構造」というときは、乗員・積載物の重量の分布を含めた意味での車両の構造を言うものとする。
【0008】
本発明の一つの態様に於いて、本発明による車両の運動制御装置は、車体の減速度を取得する手段と、減速度に基づいて車体偏向手段(車体に横力又はヨーモーメントを発生する手段)の作動を制御する偏向制御手段とを含む。偏向制御手段は、車両の構造に於ける左右の非対称性に起因して車両の直進制動時に車体に発生する横力又はヨーモーメントを低減する横力又はヨーモーメントを車体偏向手段によって発生させる。かかる本発明の構成によれば、車両に於いて、上記に例示した如き車両の左右方向について非対称な構造が存在し、そのことにより車両の直進制動時に車体に横力又はヨーモーメントが発生し得る場合には、任意の車体偏向手段を用いて、車両構造の非対称性に起因する横力又はヨーモーメントを低減し又は相殺する横力又はヨーモーメントが生成されて、かくして、車両の直進制動時の車両の偏向が抑制され、直線制動安定性が向上されることとなる。なお、車体偏向手段とは、車両に備えられ、車両に横力又は/及びヨーモーメントを与えて車両を偏向することのできる任意の装置、例えば、左右の車輪の間で制動力差を付与できる制動装置、車両の運転者の操舵とは独立に転舵可能な前輪操舵装置(前輪アクティブステアリング装置)及び後輪操舵装置(後輪アクティブステアリング装置)のうちのいずれかであってよい。
【0009】
上記の構成に於いて、車体偏向手段にて発生される横力又はヨーモーメントの大きさ又は向き(即ち、車体偏向手段の制御量)は、車両構造の非対称性に起因する横力又はヨーモーメントに基づいて決定されてよい。通常、車両の制動時に車両構造の非対称性に起因する横力又はヨーモーメントは、車両の減速度又は車両に作用する制動力に応じた大きさ(車両の減速度の関数)を有すると想定されるので(車両の制動時以外であれば、発生しないので)、車体偏向手段にて発生される横力又はヨーモーメントは、車両の減速度又はその関数に応じて制御されてよい。また、車両構造の非対称性に起因する現象の種類によっては、車体に横力とヨーモーメントとの双方を発生する場合があるので、その場合には、上記に例示された如き装置のうちから任意に適宜選択される車体偏向手段が、車両構造の非対称性に起因する横力とヨーモーメントとの双方を低減し又は相殺する横力又はヨーモーメントを生成するよう偏向制御手段によって制御されてよい。又、車両構造の非対称性に起因する横力とヨーモーメントのいずれか一方又は双方を低減し又は相殺するために、車体偏向手段によって、横力とヨーモーメントとの双方が生成されてもよい。
【0010】
上記に於いて、本発明の装置により抑制されるべき、車両の構造に於ける左右の非対称性に起因して車両の直進制動時に車体に発生する横力又はヨーモーメントとしては、例えば、重心位置の左右方向のずれにより生ずるヨーモーメント、車両の制動装置の構造の左右非対称性に起因して発生する左右輪の制動力差により生ずるヨーモーメント、車両のタイヤの構造の左右非対称性に起因して車体に発生する横力及びヨーモーメント、車輪のサスペンション(懸架装置)又は操舵装置(以下、サスペンション等)の構造の左右非対称性に起因して発生する横力及びヨーモーメントなどが考慮されてよい。
【0011】
車両の重心位置の左右方向のずれによるヨーモーメントは、端的に述べれば、車両に於いて、ハンドル、エンジン、燃料タンクの配置により、或いは、乗員・積載物の状態によって、車両の重量が車体に左右に均等に分配されておらず、車両の重心が車体の前後方向の中心軸から車体の左右方向のいずれかにずれることにより生じ得る。車両の重心位置が左右方向にずれていると、左右の車輪から重心までの距離に差が生じる。その結果、車両に車輪を通じて制動力が与えられた際、左右輪の制動力が重心周りに生ずるモーメントのアーム長に差ができるために、車体を偏向するヨーモーメントが発生することとなる。
【0012】
制動装置の構造の左右非対称性に起因して発生するヨーモーメントは、左右の車輪へ制動圧を供給する配管の長さ(液圧式の場合)の左右差やタイヤの空気圧の左右差による動荷重半径の左右差など、車体に備えられた制動装置が左右非対称な構造を有している場合又は制動装置に於ける左右の非対称性により生ずる。車輪の制動力を積極的に個別に制御しない場合に於いて、理想的には、左右の車輪には、均等に制動力が発生されるべきであるところ、制動装置の構造に前記の如き左右の非対称性が存在すると、実際に車輪上で発生する制動力に於いて意図しない左右差が生じ、これにより、車体の重心周りに車体を偏向するヨーモーメントが発生することとなる。
【0013】
また、車両のタイヤの構造の左右非対称性に起因して車体に発生する横力及びヨーモーメントは、タイヤが、左右非対称な状態で車輪に取り付けられることにより生ずる。通常、タイヤは、前後方向に制動力が発生させられる場合でも、トレッドパターンの方向やベルトの張りなどによって、幾分かの横力が発生するところ、例えば、トレッドパターンの方向が(左右対称ではなく)左右で同じ方向に向いた状態でタイヤが車輪に取り付けられると、左右両輪のタイヤの横力が車体に於いて左右のいずれか一方の同一の方向に作用することとなる。また、前後輪(の車軸)から車体の重心までの距離が異なる場合には、前後輪に於いて一方向を向いたタイヤの横力により車体の重心周りにヨーモーメントが発生することとなる。勿論、タイヤのその他の構造が左右で異なることにより、車体に横力が作用し、或いは、前後輪の横力によるモーメントの差によっても車体の重心周りにヨーモーメントが発生し得る。
【0014】
更に、車両の車輪のサスペンション等の構造の左右非対称性に起因して発生する横力又は/及びヨーモーメントは、左右車輪のサスペンション等の構造が非対称性であることによって左右の車輪に於いて路面反力に左右差が生ずることに依る。特に、車輪のサスペンションの形式によっては、その設計上、構造が車体の中心軸に対して左右対称に構成されておらず、車体に制動力が作用した際に、車輪が転舵した状態となることがある。例えば、ラテラルロッド付きのサスペンションの場合、車体に前後方向の力が作用すると、車軸が車体の中心軸に垂直な方向から傾くことで、車輪が車体の前後方向から傾くことがある。また、ストラットサスペンションの場合など、使用している間に、左右のコイルばねの巻き方向の差の影響や復元力が左右対称でなくなることから、車体に前後方向の力が作用する際、やはり車軸が傾いてしまうといった現象が生ずる。車軸が車体の中心軸に垂直な方向から傾くということは、即ち、車輪が転舵された状態となるため、直進制動中であるにもかかわらず、舵が切られた状態となり、かくして、車体を偏向する横力及びヨーモーメントが生ずることとなる。
【0015】
上記の如き車両の構造の左右の非対称性が存在していても、前記の車体偏向手段が積極的に非対称な構造そのもの又はその構造による作用が初めから働かないよう制御できる場合には、各構造の左右非対称性に起因して発生する横力及びヨーモーメントは発生しない。例えば、車両の左右輪の間で制動力差を付与できる制動装置を備えた車両であれば、少なくとも左右の車輪の制動力又は制動圧を別々に制御できるので、制動装置の構造に非対称性があっても、それにより生ずる制動力差の発生は回避できる。また、車両の運転者の操舵とは独立に転舵可能な前輪操舵装置又は後輪操舵装置が備わった車両であれば、車輪のサスペンション等の構造の左右非対称性による車輪の転舵そのものを防止することができる。しかしながら、上記の如き車体偏向手段の全てが備わっていない場合に、左右非対称な構造に起因して発生する横力又はヨーモーメントの発生のそのものを抑制することはできない。従って、本発明の幾つかの実施の態様に於いては、左右非対称な構造に起因して発生する横力又はヨーモーメントを、その構造に直接作用しない車体偏向手段を用いて、低減し又は相殺して、車両の直進制動安定性が図られる。
【0016】
かくして、本発明の一つの実施態様に於いては、車体偏向手段として車両の左右輪の間で制動力差を付与できる制動装置が利用可能である場合に、車両の運動制御装置は、更に、車両の左右輪の間の荷重差を取得する手段を含み、偏向制御手段は、減速度と左右の車輪の間の荷重差とに基づいて、車両の重心が車体の前後方向の中心軸から車体の左右方向のいずれかにずれていることにより生ずるヨーモーメントを低減する左右輪の制動力差を制動装置により発生させるようになっていてよい。当業者にとって理解される如く、車両の重心の左右方向のずれは、各輪の荷重に反映され、左右の車輪の間の荷重差により車両の重心の車体の前後方向の中心軸からのずれ量を表すことができる。即ち、減速度と左右の車輪の間の荷重差を用いて、車両の重心の左右方向のずれによるモーメントを表すことができるので、減速度と左右の車輪の間の荷重差に基づいて左右輪の制動力差を生成することにより、重心の左右方向のずれによるモーメントを低減又は相殺するカウンタヨーモーメントが生成できることとなる。
【0017】
また、本発明の別の実施態様に於いては、車体偏向手段として、車両の左右輪の間で制動力差を付与できる制動装置、車両の運転者の操舵とは独立に転舵可能な前輪操舵装置及び後輪操舵装置のうちのいずれか二つを用いて、車両の構造に於ける左右の非対称性に起因して車両の直進制動時に車体に発生する横力又はヨーモーメントを低減し又は相殺する横力又はヨーモーメントが生成される。当業者にとって理解される如く、車両の左右輪の間で制動力差を付与できる制動装置によれば、車体にヨーモーメントを発生することができ、前輪操舵装置又は後輪操舵装置によれば、前輪又は後輪を転舵することにより、車体の前方又は後方にて横力が生成され、これにより、又、車体にヨーモーメントが生成される。車体偏向手段が各々生成する横力又はヨーモーメントの大きさと向きは、減速度に基づいて、その他の予め取得され若しくは車両の運転中に任意の方法にて推定される種々のパラメータを用いて決定することができる。
【0018】
例えば、以下の(a)に記載の二つの車体偏向手段を用いると、(b)に記載の車両の構造に於ける左右の非対称性に起因して車両の直進制動時に車体に発生する横力又はヨーモーメントを低減又は相殺することができる。
(i)(a)制動装置と後輪操舵装置
(b)重心位置の左右方向のずれにより生ずるヨーモーメント、車両のタイヤの構造の左右非対称性に起因して車体に発生する横力及びヨーモーメント、車両の前輪のサスペンション等の構造の左右非対称性に起因して発生する横力及びヨーモーメント
(ii)(a)制動装置と前輪操舵装置
(b)重心位置の左右方向のずれにより生ずるヨーモーメント、車両のタイヤの構造の左右非対称性に起因して車体に発生する横力及びヨーモーメント、車両の後輪のサスペンション等の構造の左右非対称性に起因して発生する横力及びヨーモーメント
(iii)(a)前輪操舵装置と後輪操舵装置
(b)重心位置の左右方向のずれにより生ずるヨーモーメント、車両の制動装置の構造の左右非対称性に起因して発生する左右輪の制動力差により生ずるヨーモーメント、車両のタイヤの構造の左右非対称性に起因して車体に発生する横力及びヨーモーメント
なお、上記の(i)と(ii)の場合、重心位置の左右方向のずれにより生ずるヨーモーメント以外の車両構造の左右非対称性による横力及びヨーモーメントが存在しない場合には、操舵装置の舵角制御を行う必要はない。
【0019】
ところで、既に述べた如く、車輪に取り付けられるタイヤは、通常、前後方向に制動力が発生する際、トレッドパターンの方向やベルトの張りなどによって、幾分かの横力が発生する。かかるタイヤの横力によっても車体が偏向するので、逆に、トレッドパターンの方向やベルトの張りなどを調整して制動力が発生する際のタイヤの横力の大きさと向きを予め調節しておくことにより、タイヤの横力を利用して、タイヤの構造以外の車両構造の左右非対称性による横力及びヨーモーメントを低減し又は相殺することも可能である。換言すれば、タイヤの横力が車体偏向手段の一つとなり得る。従って、本発明の別の実施態様に於いては、本発明の運転制御装置は、車両の構造に於ける左右の非対称性に起因して車体に発生する横力の総和及びヨーモーメントの総和に基づいて横力特性(タイヤに制動力が発生する際に生ずるタイヤの横力の大きさと向き)が決定されたタイヤが車輪に取り付けられている車両に搭載されてよい。
【0020】
上記の如く、タイヤの横力特性が調節されている場合には、例えば、タイヤの横力と下記の(a)に記載の車体偏向手段を用いると、(b)に記載の車両の構造に於ける左右の非対称性に起因して車両の直進制動時に車体に発生する横力又はヨーモーメントを低減又は相殺することができる。
(iv)(a)後輪操舵装置
(b)重心位置の左右方向のずれにより生ずるヨーモーメント、車両の制動装置の構造の左右非対称性に起因して発生する左右輪の制動力差により生ずるヨーモーメント、車両の前輪のサスペンション等の構造の左右非対称性に起因して発生する横力及びヨーモーメント
(v)(a)前輪操舵装置
(b)重心位置の左右方向のずれにより生ずるヨーモーメント、車両の制動装置の構造の左右非対称性に起因して発生する左右輪の制動力差により生ずるヨーモーメント、車両の後輪のサスペンション等の構造の左右非対称性に起因して発生する横力及びヨーモーメント
(vi)(a)制動装置
(b)重心位置の左右方向のずれにより生ずるヨーモーメント、車両の前後車輪の各々のサスペンション等の構造の左右非対称性に起因して発生する横力及びヨーモーメント
【0021】
更に、本発明のもう一つの態様によれば、車体と車体に横力又はヨーモーメントを発生する車体偏向手段とを有する車両の運動制御方法が提供される。本発明の車両の運動制御方法は、車体の減速度を取得する過程と、車体の減速度に基づいて車体偏向手段を作動して車両の構造に於ける左右の非対称性に起因して車両の直進制動時に車体に発生する横力又はヨーモーメントを低減する横力又はヨーモーメントを発生する過程とを含む。
【0022】
上記の運転制御装置の場合と同様に、本発明の運転制御方法に於いて、車両の構造に於ける左右の非対称性に起因して車両の直進制動時に車体に発生する横力又はヨーモーメントは、車両の重心が車体の前後方向の中心軸から車体の左右方向のいずれかにずれていることにより生ずるヨーモーメントと、車両の制動装置の構造の左右非対称性に起因して発生する左右輪の制動力差により生ずるヨーモーメントと、車両のタイヤの構造の左右非対称性に起因して発生する横力及びヨーモーメントと、車両の車輪のサスペンション等の構造の左右非対称性に起因して車両の直進制動時に前記車輪が転舵されることにより生ずる横力及びヨーモーメントとのうちの少なくとも一つであってよい。車体偏向手段を作動して横力又はヨーモーメントを発生する過程に於いて、車体の減速度に基づく車体偏向手段の作動の制御は、(i)車両の構造に於ける左右の非対称性に起因して車両の直進制動時に車体に発生する横力と車体偏向手段により生成される横力との総和と、(ii)車両の構造に於ける左右の非対称性に起因して車両の直進制動時に車体に発生するヨーモーメントと車体偏向手段により生成されるヨーモーメントとの総和とが、各々、実質的に0になるように実行されてよい。
【0023】
また、本発明の運転制御方法に於いては、車両の車輪に取り付けられるタイヤの、車両の直進制動時に発生する横力を調節する過程を含んでいてよく、この場合、車体の減速度に基づく車体偏向手段の作動の制御は、(i)車両の構造に於ける左右の非対称性に起因して車両の直進制動時に車体に発生する横力と車体偏向手段により生成される横力とタイヤの横力との総和と、(ii)車両の構造に於ける左右の非対称性に起因して車両の直進制動時に車体に発生するヨーモーメントと車体偏向手段により生成されるヨーモーメントとタイヤの横力により生ずるヨーモーメントとの総和とが実質的に0になるように実行されてよい。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、上記の如く、車両の構造の左右の非対称性に起因して車両を偏向する作用の影響を、上記に例示される如き車両偏向手段を用いて、低減し若しくは相殺することにより、車両の直進制動安定性を向上する新奇な運動制御装置及び運動制御方法が提供される。
【0025】
従来の技術に於いては、基本的には、設計の段階で、車両の構造の左右の非対称性に起因する影響が、実質的に発生しないように、又は微小になるよう配慮される。しかしながら、例えば、車両の重心の左右方向のずれや制動圧配管の長さの左右差など、上記に例示の如き車両の構造の左右の非対称性及びそれらに起因する横力及びヨーモーメントを、設計の段階で、完全に排除することは極めて困難である。勿論、各輪毎に制動力を制御できる制動装置や前輪又は後輪操舵装置の全てが車両に備わっていれば、制動装置の構造の左右非対称性による制動力差やサスペンション等の構造の左右非対称性による車輪の転舵などについては、左右非対称性に起因する作用毎に、その左右非対称性に起因する作用の発生自体を抑制することは可能であるが、前記の如き車体偏向手段を全て備えるためには、車両の製造コストが増大することとなる。本発明は、上記の如き現実的に回避することが困難な車両の構造の左右の非対称性に起因する車両の偏向作用を統合的に車両全体で低減又は相殺することにより、車両の直進制動安定性を向上するものであるということができる。
【0026】
ところで、「従来の技術」の欄に於いて触れたように、従前より、路面の摩擦係数の左右差等の外的な車両の偏向要因が在る場合などに、車両の制動若しくは駆動中の運動を安定化させる制御を行う装置又は方法が、多く提案されている。しかしながら、これらの殆どは、車輪又はタイヤの路面反力がその摩擦円の限界(タイヤのグリップ限界)付近まで増大している状況に於いて、タイヤのスリップ率と舵角とを制御して、偏向の抑制をするものである。かかる状況に於いては、車両の偏向の程度、向きを決定するものは、路面の摩擦係数の左右差であるので、偏向抑制制御も、路面の摩擦係数の左右差による作用が低減されるよう構成されている。
【0027】
他方、本発明に於いて取り扱う車両の構造の左右非対称性に起因する偏向は、タイヤの路面反力がその摩擦円の限界にどの程度近づいているかによらず、車両の制動中(又は駆動中)、常に発生するものであり、また、タイヤの路面反力がその摩擦円の限界に達していない場合には、車両の偏向は、車両の構造の左右非対称性により決定されることとなる。かかる状況に於いて、従前の路面の摩擦係数の左右差等の外的要因による作用が低減されるよう構成された制御装置又は制御方法では、車両の構造の左右非対称性による車両の偏向を抑制することはできない。
【0028】
本発明のその他の目的及び利点は、以下に於いて、部分的に明らかになり、指摘される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
車両の構造の左右非対称性に起因する車両の直進制動時の車体の偏向
本発明の好ましい実施形態の説明の前に、実施形態に於いて取り扱う、車両の構造の左右非対称性に起因して車両の直進制動時に生ずる車体の偏向現象について説明する。なお、以下の説明に於いて、図中、車両の進行方向について、減速度A又は制動力は、車両を減速する方向を正、横力は、左向きを正、モーメントは、反時計回りを正とする。車両の質量は、mとする。従って、車両の重心に作用する制動力は、mAで与えられる。
【0030】
1.車両の重心位置の左右方向のずれによるヨーモーメント
既に述べた如く、車両に於いて、ハンドル、エンジン、燃料タンク等の配置、乗員・積載物の位置によって、車両の重量が車体に左右に均等に分散していない場合には、車両の重心は、車体の前後方向の中心軸上に載らず、車体の左右方向のいずれかにずれる。車両の重心のずれ及びこれに起因して制動時に車体に発生するヨーモーメントは、各輪の静荷重W(i=FL、FR、RL、RR、は、それぞれ左前輪、右前輪、左後輪及び右後輪である。)から、以下の如く求めることができる(図1(A)を参照)。
【0031】
車両全体の荷重W(=mg:gは重力加速度)は、各輪に分散されているので、
W=WFL+WFR+WRL+WRR
により与えられる。従って、(図1(A)の如く車両に於いて座標を考えれば、)車両の前後方向の中心軸線から重心までの距離dは、
d=(T/2)・ΔW/W …(1)
で与えられる。ここで、ΔWは、荷重の左右差であり、
ΔW=(WFR+WRR)−(WFL+WRL
である。また、Tは、トレッド長を示す。ここで、左右の車輪に均等に制動力m・Aが発生すると、車両の重心に作用する横力YcとヨーモーメントMcは、
Yc=0
Mc=(T/2+d)mA/2−(T/2−d)mA/2
=dmA=(T/2)・ΔW/W・mA …(2)
となる。かくして、上記の式(2)及び図1(A)を参照して理解される如く、車両の構造(の重量)が左右で非対称に分散することにより、車両の重心が左右方向にずれる場合、ヨーモーメントMcは、車両の先頭を重量の大きい方から軽い方へ偏向させる方向に作用することとなる。
【0032】
なお、ここで注意されるべきことは、車両に於いて車両の重心が車両の中心軸から左右方向にずれて、荷重が各輪に対して均等の分散していない場合、各輪に於ける垂直荷重に差が生ずるが、各輪のタイヤに発生させられる制動力がグリップ限界(摩擦円)内である場合には、制動力の大きさは、各輪へ制動装置から指示される制動力(液圧式の制動装置であれば、制動圧)により決定され、各輪に於ける垂直荷重の差には依らない、ということである。或る所与の摩擦係数μに於いてタイヤで発生する摩擦力は、μN(Nは、垂直荷重)で与えられるところ、摩擦係数μは、タイヤのスリップ率の大きさにより決定される。従って、各輪の制動装置に均等に制動力が与えられると、その制動力(例えば、車輪とブレーキパッドとの間の摩擦力)と、μNで与えられる路面とタイヤの摩擦力が釣り合うように、各輪毎にタイヤのスリップ率が決まり、その結果、各輪が車体に及ぼす制動力は等しくなるのである(従って、垂直荷重によってスリップ率が異なる。)。一方、従前の運動制御装置で取り扱われている状況、即ち、タイヤと路面との摩擦力がタイヤのグリップ限界付近まで達している状況では、路面摩擦係数が飽和状態に達しており、この場合、飽和状態での路面摩擦係数の差と垂直荷重差が制動力を決定するので、車両の重心が左右方向にずれている車両の挙動は、上記とは異なることとなる。
【0033】
2.制動装置の構造の左右非対称性に起因して発生するヨーモーメント
車両の各輪の制動力をそれぞれF(i=FL、FR、RL、RR)とすると、これにより車両の重心に作用する横力YbとヨーモーメントMbは、
Yb=0
Mb=T/2・(FFL+FRL)−T/2・(FFR+FRR)=T・ΔF …(3)
で与えられる(図1(B)参照)。ここで、Tは、トレッド長である。ΔFは、左右の制動力差であり、
ΔF={(FFL+FRL)−(FFR+FRR)}/2
である。
【0034】
既に述べた如く、車両の制動装置には、左右の車輪へ制動圧を供給する配管の長さ(液圧式の場合)の左右差やタイヤの空気圧の左右差による動荷重半径の左右差など、左右非対称な構造が存在し得る。車輪上の制動力が個別に制御されない場合に、車両を制動した場合には、理想的には、左右の車輪には、均等に制動力が発生されるべきであるが、前記の如き左右の非対称な構造のため、例えば、制動圧を供給する配管が長い方の制動圧が相対的に低くなるなどして、実際に車輪上で発生する制動力に於いて意図しない左右差が生じ得る。かかる制動装置の構造の左右非対称性に起因する制動力の左右差ΔFは、車両全体に与えられる制動力mAに概ね比例すると考えられるので、
ΔF=λmA …(4)
とすると(λは、比例定数)、制動装置の構造の左右非対称性に起因する制動力の左右差によるヨーモーメントMbは、式(3)より、
Mb=TλmA …(3a)
と見積もることができる。なお、比例定数λは、実験的に又は理論的に与えられてよい。
【0035】
3.車両のタイヤの構造の左右非対称性に起因して車体に発生する横力及びヨーモーメント
既に述べた如く、タイヤは、前後方向に摩擦力が発生させられる場合、トレッドパターンの方向やベルトの張りなどによって、左右のいずれかの方向へ、幾分かの、通常、前後方向の力の数%程度の、横力が発生する(図1(C)参照)。かかる横力の大きさは、前後方向の力の大きさに概ね比例すると考えられる。そこで、前後力Fxに対する横力Fyの比(タイヤの横力特性値)を、κ(=Fy/Fx)として、車両の前後左右輪の全てに同様にタイヤが装着されるとすると、車両全体にmAの制動力が作用している場合の車両の重心に作用する横力YtとヨーモーメントMtは、
Yt=κFFL+κFFR+κFRL+κFRR=κ・mA
Mt=L・(κFFL+κFFR)−L・(κFRL+κFRR
=(L・B−L・B)・κ・mA …(5)
と見積もることができる(図1(D)参照)。ここで、F(i=FL、FR、RL、RR)は、各輪の制動力であり、mA=FFL+FFR+FRL+FRRである。L、Lは、それぞれ、前輪、後輪の車軸から車両の重心までの距離である。B、B(=1−B)は、前輪及び後輪の制動力配分であり、
FL+FFR=B・mA
RL+FRR=B・mA
である。タイヤの横力特性値κは、トレッドパターンの方向やベルトの張りを調整することにより調節可能である。
【0036】
4.車両の車輪のサスペンション又は操舵装置の構造の左右非対称性に起因して発生する横力及びヨーモーメント
車両の前輪及び後輪が転舵された際の前輪及び後輪が車体の重心に作用する横力及びヨーモーメントは、それぞれ、
前輪について、
=2Kδ
=2Lδ …(6)
後輪について、
=2Kδ
=−2Lδ …(7)
で与えられる(図1(E)参照)。ここで、δ、δは、それぞれ、前輪及び後輪の舵角であり、K、Kは、前後輪の制動中のコーナリングパワーである。もし、前輪及び後輪の左右で、それぞれ、舵角が異なる場合には、δ、δは、それぞれ、
δ=(δFL+δFR)/2
δ=(δRL+δRR)/2
により与えられてよい。δ(i=FL、FR、RL、RR)は、各輪の舵角である。
【0037】
車両の車輪のサスペンションや操舵装置(サスペンション等)の構造が左右非対称である場合、車両の前後方向に力が作用すると、例えば、前後方向の制動力により車両がピッチ方向に変位することで、前輪では、サスペンション等が圧縮され、後輪では、伸長され、その際、そのサスペンション等の左右非対称な構造に起因して、車輪の車軸が車両の中心軸線に垂直な方向から傾くことが有る。その場合、車輪も車両の前後方向から傾くことになるので、車輪が転舵された状態となり(舵角が0でなくなる。)、従って、前記の如き舵角に応じた横力とヨーモーメントが車両の重心に作用することとなる。上記の如き舵角が、通常の等速走行中では、発生せず(もし発生したとすると、車両が直進できないことになる。)、制動中に起こることを考慮すると、舵角は、車両に作用する制動力(又は、前後荷重移動量、サスペンションの圧縮・伸長量)に概ね比例すると考えられるので、
δ=P・mA
δ=P・mA
と見積もることができる。なお、P、Pは、比例定数であり、実験的に又は理論的に与えられてよい。従って、車両の車輪のサスペンション等の構造の左右非対称性に起因して発生する横力及びヨーモーメントは、以下の如く見積もられる。
前輪について、
=2K・P・mA
=2L・K・P・mA …(6a)
後輪について、
=2K・P・mA
=−2L・K・P・mA …(7a)
【0038】
車両の構成
図2は、本発明による車両の運動制御装置の好ましい実施形態を有する車両を模式的に示している。なお、図に於いて、説明の目的で、車体偏向手段として、車両の左右輪の間で制動力差を付与できる制動装置、車両の運転者の操舵とは独立に転舵可能な前輪操舵装置及び後輪操舵装置が、一つの車両に搭載されて描かれているが、以下に説明されるように、本発明の以下の実施例の制御に於いては、制動装置、前輪操舵装置及び後輪操舵装置のうちの一つ又は二つが使用される。従って、使用されない車体偏向手段が車両に搭載されている必要がないことは、理解されるべきである。
【0039】
図2を参照して、車体12は、左右前輪10FL、10FRと、左右後輪10RL、10RRを有し、通常の態様にて、運転者によるアクセルペダルの踏込みに応答するスロットル弁開度に応じてエンジン(図示せず)から出力される駆動トルク或いは回転駆動力を、差動歯車装置等(図示せず)を介して左右前輪10FL、10FR又は後輪10RL、10RRへ伝達するよう構成される。
【0040】
車両12には、前輪操舵装置16が設けられる。図示されているように、前輪10FL、10FRは、各々、運転者によって作動されるステアリングホイール14の回転に応答して前輪操舵装置16によりタイロッド20L、Rによって操舵される。更に、以下に説明する幾つかの実施形態に於いて、車両の制動時に車両の構造の非対称性に起因して生ずる横力又はヨーモーメントを低減し又は相殺するために、前輪の操舵により横力及びヨーモーメントを発生させる場合には、前輪操舵装置16は、図に於いて模式的に描かれている如き、所謂「アクティブステアリング装置」であり、装置16には、運転者の操舵とは独立に前輪の舵角を変更可能とする転舵角可変装置24が設けられる。転舵角可変装置24は、駆動用電動機32を含み、該電動機は、アッパステアリングシャフト22を介してステアリングホイール14へ作動的に連結したハウジング24Aと、ロアステアリングシャフト26とユニバーサルジョイント28とを介してピニオンシャフト30へ作動的に連結したローター24Bとを有する。駆動用電動機32は、電子制御装置60の制御の下でアッパステアリングシャフト22に対してロアステアリングシャフト26を回転する。ステアリングホイール14の舵角、即ち、アッパステアリングシャフト22の回転角θと、アッパステアリングシャフト22から測ったロアステアリングシャフト26の相対角θre(ハウジング24Aとローター24Bとの間の相対角)とは、それぞれ、操舵角センサ50、52により検出される。なお、左右前輪の舵角を検出するための任意のセンサがそれぞれ、左右前輪に設けられていてもよい。
【0041】
各輪に制動力を発生する制動装置36は、オイルリザーバ、オイルポンプ、種々の弁等(図示せず)、各輪に装備をされたホイールシリンダ40FL、40FR、40RL、40RR、及び、運転者によりブレーキペダル42の踏込みに応答して作動されるマスタシリンダ44を含む油圧回路38を有する。かかる制動装置に於いて、各ホイールシリンダ内のブレーキ圧、即ち、各輪に於ける制動力は、マスタシリンダ圧力に応答して油圧回路38によって調節される。更に、以下に説明する幾つかの実施形態に於いて、車両の制動時に車両の構造の非対称性に起因して生ずる横力又はヨーモーメントを低減し又は相殺するために、左右輪の制動力差によりヨーモーメントを発生させる場合には、以下に述べる如く、各ホイールシリンダ内ブレーキ圧が、電子制御装置60により個別に又は少なくとも左右輪で別々に制御され、左右の制動力差ΔFが生成できるようになっている。また、ブレーキ圧を制御するために、圧力センサ(図示せず)が、それぞれ、マスタシリンダ圧力Pm、ホイールシリンダ40FL−40RRの圧力Pbi(i=FL、FR、RL、RR)を検出するために設けられてよい。
【0042】
更に、以下に説明する幾つかの実施形態に於いて、車両の制動時に車両の構造の非対称性に起因して生ずる横力又はヨーモーメントを低減し又は相殺するために、後輪の操舵により横力又はヨーモーメントを発生させる場合には、電子制御装置60の制御下、後輪を転舵する後輪操舵装置50が設けられる。この場合、後輪10RL、10RRは、各々、電子制御装置60の指令に応答して駆動する駆動用電動機52の作動によりタイロッド54L、Rを介して転舵される。
【0043】
前輪の舵角、各輪のブレーキ圧(制動力)又は後輪の舵角を制御する電子制御装置60は、通常の形式の、双方向コモン・バスにより相互に連結されたCPU、ROM、RAM及び入出力ポート装置を有するマイクロコンピュータ及び駆動回路を含んでいてよい。制御装置60へは、本発明の制御を実施するために、少なくとも、ステアリングホイール14の舵角θ、前後加速度センサ64により検出される前後加速度Gxが入力される。また、各輪のホイールシリンダ40FL−40RR内の圧力Pbi(i=FL、FR、RL、RR)を制御する場合には、かかるPbiを表す信号、前輪の舵角を制御する場合には、ステアリングホイール14の舵角θに加えて、ロアステアリングシャフトの相対角θreを表す信号(前輪舵角δ=θ+θre)、更に、後輪の舵角を制御する場合には、後輪舵角を表す信号δrが入力される。また、各輪の荷重Wiを表す信号が入力され、車両の重心の左右方向のずれを検出するために用いられてよい。更に、ブレーキペダルの踏込み量θbが、車両が直進制動中であることを検出するために用いられてよい。その他、任意に、各輪の車輪速度、ヨーレート、横加速度等の値が各種センサにより検出され入力されてよい。
【0044】
更に、以下に説明する幾つかの実施形態に於いては、左右前輪10FL、10FRと、左右後輪10RL、10RRに於いて、各輪に制動力が発生した際に、以下に詳細に説明される態様にて横力が発生するようトレッドパターンとベルトの張り角が調整されたタイヤが取り付けられてよい。
【0045】
本発明の制御の基本的な考え方
以下に説明する本発明の実施例に於ける制御の基本的な考え方は、上記に説明した種々の車両の構造の左右非対称性に起因して車両の直進制動中に発生する横力とヨーモーメントが、車体偏向手段により発生される横力とヨーモーメントにより相殺されるように、換言すると、車両の重心周りに作用する横力とヨーモーメントの各々の総和Y、Mが実質的に0となるように、車体偏向手段を作動するというものである。即ち、
横力について、
Y=Yc+Yb+Yt+Yf+Yr=0 …(8)
ヨーモーメントについて
M=Mc+Mb+Mt+Mf+Mr=0 …(9)
が成立するよう車体偏向手段が制御される。(Yc〜Yr及びMc〜Mrのうちの幾つかが構造の左右非対称性に起因する横力とヨーモーメントであり、その残りが車体偏向手段により与えられる横力とヨーモーメントとなる。また、車体偏向手段として、トレッドパターンとベルトの張り角が調整されて、制動力が発生した際に減速度又は制動力に応じて予め定められた横力が発生するタイヤが選択される場合も有り得ることは理解されるべきである。)なお、本発明の実施形態の制御は、いずれも、直進制動中に、車両の減速度に基づいて実行される。車両が制動中であるか否かは、車両の前後加速度Gxの値が0以下であるか否か、或いは、ブレーキペダルの踏込みが行われているか否かより判断されてよい。また、車両が直進中であるか否かは、ステアリングホイール14の舵角θとその時間変化率又はヨーレートの絶対値が所定値以下であるか否かにより判断されてよい。
【実施例1】
【0046】
制動装置の制動力の左右差による車両の重心位置の左右方向のずれに起因するヨーモーメントの低減又は相殺
車両の重心位置の左右方向のずれによる車体偏向の作用は、ヨーモーメントだけであり、かかる偏向作用は、制動装置により左右輪の間で制動力差を付与することにより発生するヨーモーメントにより低減又は相殺することができる。上記の式(2)及び(3)を参照して、
Mc+Mb=0
より、
ΔF=(1/2)・ΔW/W・mA=(ΔW/2g)・A …(10)
となる。ここで、W=mgであり、gは、重力加速度である。
かくして、電子制御装置60に於いて、車両の直進制動時に、加速度センサの検出値から減速度Aを取得し(例えば、前後加速度の検出値Gxから、A=−Gxにより得られる。以下同様)、各輪の荷重センサの検出値から左右の輪荷重差ΔWを算出し、左前後輪の制動力と右前後輪の制動力との差ΔFを、上記の式(10)で与えられる値となるよう、当業者にとって任意の手法により制御することによって、車両の重心位置の左右方向のずれによる車体偏向の作用が低減又は相殺されることとなる。なお、左右の輪荷重差ΔWは、設計時に概算値が予め定められていてもよい。
【実施例2】
【0047】
制動装置及び後輪操舵装置による車両の構造の左右非対称性に起因する横力及びヨーモーメントの低減又は相殺
車体偏向手段として、制動装置と後輪操舵装置とが利用可能である場合(図2に於いて、前輪操舵装置は運転者の操舵とは独立に転舵可能なもので無くてもよい。)、車両の重心位置の左右方向のずれ、車両のタイヤの構造の左右非対称性及び前輪のサスペンション等の構造の左右非対称性に起因して発生する横力及びヨーモーメントは、以下の如く低減又は相殺することができる。
【0048】
上記式(8)及び(9)へ、式(2)、(5)、(6a)[構造の非対称性による項]及び式(3)、(7)[車体偏向手段による項]を代入して
横力について、
Y=Yc+Yb+Yt+Yf+Yr
=0+0+κ・mA+2K・P・mA+2Kδ
ヨーモーメントについて、
M=Mc+Mb+Mt+Mf+Mr
=(T/2)・ΔW/W・mA+T・ΔF+(L・B−L・B)・κ・mA+2L・K・P・mA−2Lδ
が得られる。ここで、Y=0、M=0として、制動装置の制御量である制動力差ΔFと後輪操舵装置の制御量である後輪舵角δrについて解くと、
ΔF=−{ΔW/2W+(L/T)(2K+Bκ)}mA
δ=−{(2K+κ)/2K}mA …(11)
が得られる。なお、Lは、前輪、後輪の車軸間距離であり、L=L+Lである。
【0049】
かくして、電子制御装置60に於いて、車両の直進制動時に、加速度センサの検出値から減速度Aを取得し、各輪の荷重センサの検出値から左右の輪荷重差ΔWを算出し、当業者にとって任意の手法により、上記の式(11)で与えられる左右輪の制動力の差ΔFと後輪舵角δとが生成されるよう制動装置と後輪操舵装置を制御することによって、車両の構造の左右対称性に起因して発生する車両の偏向作用が、制動装置と後輪操舵装置による偏向作用により低減又は相殺されることとなる。上記の式(11)のパラメータのうち、車軸間距離L、トレッドT、制動力の前後配分比B、Bは、予め与えられる。タイヤの横力特性値κ、コーナリングパワーK、K、前輪の操舵特性値Pは、予め実験的に又は理論的に与えられてもよく、また、走行中に任意の方法にて推定されてもよい。車両の質量m又は荷重W、左右荷重差ΔWは、設計時に概算値が予め定められていてもよい。また、車両の重心位置の左右方向のずれ、車両のタイヤの構造の左右非対称性、前輪のサスペンション等の構造の左右非対称性のうちのいずれかの偏向作用が無い場合でも、対応するパラメータを0にすることにより、同様の式が用いられることは、理解されるべきであり、そのような場合も本発明の範囲に属する。なお、車両のタイヤの構造の左右非対称性、前輪のサスペンション等の構造の左右非対称性が存在しない場合は、実施例1と同様となる。
【実施例3】
【0050】
制動装置及び前輪操舵装置による車両の構造の左右非対称性に起因する横力及びヨーモーメントの低減又は相殺
車体偏向手段として、制動装置と前輪操舵装置とが利用可能である場合(図2に於いて、後輪操舵装置がなくてもよい。)、車両の重心位置の左右方向のずれ、車両のタイヤの構造の左右非対称性及び後輪のサスペンション等の構造の左右非対称性に起因して発生する横力及びヨーモーメントを、以下の如く低減又は相殺することができる。
【0051】
上記式(8)及び(9)へ、式(2)、(5)、(7a)[構造の非対称性による項]及び式(3)、(6)[車体偏向手段による項]を代入して
横力について、
Y=Yc+Yb+Yt+Yf+Yr
=0+0+κ・mA+2Kδ+2K・P・mA
ヨーモーメントについて、
M=Mc+Mb+Mt+Mf+Mr
=(T/2)・ΔW/W・mA+T・ΔF+(L・B−L・B)・κ・mA+2Lδ−2L・K・P・mA
が得られる。ここで、Y=0、M=0として、制動装置の制御量である制動力差ΔFと前輪操舵装置の制御量である前輪舵角δについて解くと、
ΔF=−{ΔW/2W−(L/T)(2K+Bκ)}mA
δ=−{(2K+κ)/2K}mA …(12)
が得られる。
【0052】
かくして、電子制御装置60に於いて、車両の直進制動時に、加速度センサの検出値から減速度Aを取得し、各輪の荷重センサの検出値から左右の輪荷重差ΔWを算出し、当業者にとって任意の手法により、上記の式(12)で与えられる左右輪の制動力の差ΔFと前輪舵角δとが生成されるよう制動装置と前輪操舵装置を制御することによって、車両の構造の左右対称性に起因して発生する車両の偏向作用が、制動装置と前輪操舵装置による偏向作用により低減又は相殺されることとなる。また、実施例2の場合と同様に、上記の式(12)の各種パラメータは、予め実験的に又は理論的に与えられてもよく、また、走行中に任意の方法にて推定されてもよい。車両の質量m又は荷重W、左右荷重差ΔWは、設計時に概算値が予め定められていてもよい。車両の構造の左右非対称性のうちのいずれかの偏向作用が無い場合でも、対応するパラメータを0にすることにより、同様の式が用いられる。
【実施例4】
【0053】
前輪操舵装置及び後輪操舵装置による車両の構造の左右非対称性に起因する横力及びヨーモーメントの低減又は相殺
車体偏向手段として、前輪操舵装置と後輪操舵装置とが利用可能である場合(図2に於いて、制動装置は左右輪で制動力差を付与できるものでなくてもよい。)、車両の重心位置の左右方向のずれ、制動装置の構造の左右非対称性及び車両のタイヤの構造の左右非対称性に起因して発生する横力及びヨーモーメントを、以下の如く低減又は相殺することができる。
【0054】
上記式(8)及び(9)へ、式(2)、(3a)、(5)[構造の非対称性による項]及び式(6)、(7)[車体偏向手段による項]を代入して
横力について、
Y=Yc+Yb+Yt+Yf+Yr
=0+0+κ・mA+2Kδ+2Kδ
ヨーモーメントについて、
M=Mc+Mb+Mt+Mf+Mr
=(T/2)・ΔW/W・mA+TλmA+(L・B−L・B)・κ・mA+2Lδ−2Lδ
が得られる。ここで、Y=0、M=0として、前輪操舵装置の制御量である前輪舵角δfと後輪操舵装置の制御量である後輪舵角δrについて解くと、
δ=−{(T・ΔW/W+2Tλ+2LBκ)/4LK}mA
δ=−{(T・ΔW/W+2Tλ+2LBκ)/4LK}mA …(13)
が得られる。
【0055】
かくして、電子制御装置60に於いて、車両の直進制動時に、加速度センサの検出値から減速度Aを取得し、各輪の荷重センサの検出値から左右の輪荷重差ΔWを算出し、当業者にとって任意の手法により、上記の式(13)で与えられる前輪舵角δと後輪舵角δとが生成されるよう前後輪の操舵装置をそれぞれ制御することによって、車両の構造の左右対称性に起因して発生する車両の偏向作用が、前後輪の操舵装置による偏向作用により低減又は相殺されることとなる。また、実施例2の場合と同様に、上記の式(13)の制動力の左右非対称性を表す比例定数λを含めて、各種パラメータは、予め実験的に又は理論的に与えられてもよく、また、走行中に任意の方法にて推定されてもよい。車両の質量m又は荷重W、左右荷重差ΔWは、設計時に概算値が予め定められていてもよい。また、車両の構造の左右非対称性のうちのいずれかの偏向作用が無い場合でも、対応するパラメータを0にすることにより、同様の式が用いられる。
【0056】
タイヤの横力による車両の構造の左右非対称性に起因する横力及びヨーモーメントの低減又は相殺
既に述べた如く、タイヤに於いて、そのトレッドパターンとベルトの張り角を調整することにより、車輪に制動力が発生した際に発生する横力を制御することができる(タイヤの横力特性値を調整できる)。従って、かかるタイヤの横力の特性を予め調整して、タイヤの横力を車両偏向手段の一つとして利用することができる。
【実施例5】
【0057】
タイヤの横力と後輪操舵装置とを利用する場合
後輪操舵装置が車体偏向手段として利用可能である場合(図2に於いて、前輪操舵装置は運転者の操舵とは独立に転舵可能なもので無くてもよく、制動装置は左右輪で制動力差を付与できるものでなくてもよい。)、後輪操舵装置の制御とタイヤの横力とを組み合わせて、車両の重心位置の左右方向のずれ、制動装置の構造の左右非対称性及び前輪のサスペンション等の構造の左右非対称性に起因して発生する横力及びヨーモーメントを、以下の如く低減又は相殺することができる。
【0058】
上記式(8)及び(9)へ、式(2)、(3)、(6a)[構造の非対称性による項]及び式(5)、(7)[車体偏向手段による項]を代入して
横力について、
Y=Yc+Yb+Yt+Yf+Yr
=0+0+κ・mA+2K・P・mA+2Kδ
ヨーモーメントについて、
M=Mc+Mb+Mt+Mf+Mr
=(T/2)・ΔW/W・mA+TλmA+(L・B−L・B)・κ・mA+2L・K・P・mA−2Lδ
が得られる。ここで、Y=0、M=0として、タイヤの横力特性値κと後輪操舵装置の制御量である後輪舵角δrについて解くと、
κ=−{(T/2)・ΔW/W+Tλ+2L・K・P}/LB
δ=−[{(T/2)・ΔW/W+Tλ+2Br・L・K・P}/2LB]・mA …(14)
が得られる。なお、Lは、前輪、後輪の車軸間距離であり、L=L+Lである。
【0059】
かくして、予めタイヤの横力特性値κを、式(14)にて与えられる値に調整し、電子制御装置60に於いて、車両の直進制動時に、加速度センサの検出値から減速度Aを取得し、当業者にとって任意の手法により、上記の式(14)で与えられる後輪舵角δが生成されるよう後輪操舵装置を制御することによって、車両の構造の左右対称性に起因して発生する車両の偏向作用が、タイヤの横力と後輪操舵装置による偏向作用により低減又は相殺されることとなる。上記の式(14)のパラメータのうち、タイヤの横力特性値κにのみ利用されるものは、予め実験的に又は理論的に与えられる。その他のパラメータは、走行中に任意の方法にて推定されてもよい。車両の質量m又は荷重W、左右荷重差ΔWは、設計時に概算値が予め定められてよい。また、車両の構造の左右非対称性のうちのいずれかの偏向作用が無い場合でも、対応するパラメータを0にすることにより、同様の式が用いられることは、理解されるべきであり、そのような場合も本発明の範囲に属する。
【実施例6】
【0060】
タイヤの横力と前輪操舵装置とを利用する場合
前輪操舵装置が車体偏向手段として利用可能である場合(図2に於いて、後輪操舵装置は無くてもよく、制動装置は左右輪で制動力差を付与できるものでなくてもよい。)、前輪操舵装置の制御とタイヤの横力とを組み合わせて、車両の重心位置の左右方向のずれ、制動装置の構造の左右非対称性及び後輪のサスペンション等の構造の左右非対称性に起因して発生する横力及びヨーモーメントを、以下の如く低減又は相殺することができる。
【0061】
上記式(8)及び(9)へ、式(2)、(3)、(7a)[構造の非対称性による項]及び式(5)、(6)[車体偏向手段による項]を代入して
横力について、
Y=Yc+Yb+Yt+Yf+Yr
=0+0+κ・mA+2Kδ+2K・P・mA
ヨーモーメントについて、
M=Mc+Mb+Mt+Mf+Mr
=(T/2)・ΔW/W・mA+TλmA+(L・B−L・B)・κ・mA+2Lδ−2L・K・P・mA
が得られる。ここで、Y=0、M=0として、タイヤの横力特性値κと前輪操舵装置の制御量である前輪舵角δfについて解くと、
κ=−{(T/2)・ΔW/W+Tλ+2L・K・P}/LB
δ=−[{(T/2)・ΔW/W+Tλ+2B・L・K・P}/2LB]・mA …(15)
が得られる。
【0062】
かくして、予めタイヤの横力特性値κを、式(15)にて与えられる値に調整し、電子制御装置60に於いて、車両の直進制動時に、加速度センサの検出値から減速度Aを取得し、当業者にとって任意の手法により、上記の式(15)で与えられる前輪舵角δが生成されるよう前輪操舵装置を制御することによって、車両の構造の左右対称性に起因して発生する車両の偏向作用が、タイヤの横力と前輪操舵装置による偏向作用により低減又は相殺されることとなる。実施例5の場合と同様に、上記の式(15)のパラメータのうち、タイヤの横力特性値κにのみ利用されるものは、予め実験的に又は理論的に与えられる。その他のパラメータは、走行中に任意の方法にて推定されてもよい。車両の質量m又は荷重W、左右荷重差ΔWは、設計時に概算値が予め定められていてもよい。また、車両の構造の左右非対称性のうちのいずれかの偏向作用が無い場合でも、対応するパラメータを0にすることにより、同様の式が用いられる。
【実施例7】
【0063】
タイヤの横力と制動装置とを利用する場合
制動装置が車体偏向手段として利用可能である場合(図2に於いて、後輪操舵装置は無くてもよく、前輪操舵装置は運転者の操舵とは独立に車輪を転舵できるものでなくてもよい。)、制動装置の制御とタイヤの横力とを組み合わせて、車両の重心位置の左右方向のずれ、前輪及び後輪のサスペンション等の構造の左右非対称性に起因して発生する横力及びヨーモーメントを、以下の如く低減又は相殺することができる。
【0064】
上記式(8)及び(9)へ、式(2)、(6a)、(7a)[構造の非対称性による項]及び式(3)、(5)[車体偏向手段による項]を代入して
横力について、
Y=Yc+Yb+Yt+Yf+Yr
=0+0+κ・mA+2K・P・mA+2K・P・mA
ヨーモーメントについて、
M=Mc+Mb+Mt+Mf+Mr
=(T/2)・ΔW/W・mA+T・ΔF+(L・B−L・B)・κ・mA+2L・K・P・mA−2L・K・P・mA
が得られる。ここで、Y=0、M=0として、タイヤの横力特性値κと制動装置の制御量である制動力差ΔFについて解くと、
κ=−2K−2K
ΔF=−{(1/2)・ΔW/W+2(L/T)・(B+B)}・mA …(16)
が得られる。
【0065】
かくして、予めタイヤの横力特性値κを、式(16)にて与えられる値に調整し、電子制御装置60に於いて、車両の直進制動時に、加速度センサの検出値から減速度Aを取得し、各輪の荷重センサの検出値から左右の輪荷重差ΔWを算出し、当業者にとって任意の手法により、上記の式(16)で与えられる制動力差ΔFが生成されるよう制動装置を制御することによって、車両の構造の左右対称性に起因して発生する車両の偏向作用が、タイヤの横力と制動装置による偏向作用により低減又は相殺されることとなる。実施例5の場合と同様に、上記の式(16)のパラメータのうち、タイヤの横力特性値κにのみ利用されるものは、予め実験的に又は理論的に与えられる。その他のパラメータは、走行中に任意の方法にて推定されてもよい。車両の質量m又は荷重W、左右荷重差ΔWは、設計時に概算値が予め定められていてもよい。また、車両の構造の左右非対称性のうちのいずれかの偏向作用が無い場合でも、対応するパラメータを0にすることにより、同様の式が用いられる。
【0066】
以上に於いては本発明を特定の実施例について詳細に説明したが、本発明は上述の実施例に限定されるものではなく、本発明の範囲内にて他の種々の実施例が可能であることは当業者にとって明らかであろう。
【図面の簡単な説明】
【0067】
【図1】車両の構造に於ける左右非対称性に起因して車両の直進制動時に車体に作用する横力とヨーモーメントについて説明する図。(A)車両の重心位置の左右方向のずれ。(B)制動装置の構造の左右非対称性による制動力差。(C)タイヤの横力発生。(D)タイヤ構造の左右非対称性。(E)車両の車輪のサスペンション又はステアリング装置の構造の左右非対称性。
【図2】本発明の好ましい実施形態である制御装置が搭載される車両の模式図である。
【符号の説明】
【0068】
10FR〜10RL…車輪
12…車両
16…前輪操舵装置
24…転舵角可変装置
36…制動装置
38…油圧回路
40FL〜40RR…ホイールシリンダ
50…後輪操舵装置
60…電子制御装置
64…前後加速度センサ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車体と前記車体に横力又はヨーモーメントを発生する車体偏向手段とを有する車両の運動制御装置であって、前記車体の減速度を取得する手段と、前記減速度に基づいて前記車体偏向手段の作動を制御して、前記車両の構造に於ける左右の非対称性に起因して前記車両の直進制動時に前記車体に発生する横力又はヨーモーメントを低減する横力又はヨーモーメントを前記車体偏向手段によって発生させる偏向制御手段とを含むことを特徴とする車両の運動制御装置。
【請求項2】
請求項1の車両の運動制御装置であって、前記車両の構造に於ける左右の非対称性に起因して前記車両の直進制動時に前記車体に発生する横力又はヨーモーメントが前記減速度の関数であり、前記車体偏向手段の制御量が、前記車両の構造に於ける左右の非対称性に起因して発生する前記横力又はヨーモーメントに基づいて決定されることを特徴とする装置。
【請求項3】
請求項1の車両の運動制御装置であって、前記偏向制御手段が、前記車両の直進制動時に前記車両の構造に於ける左右の非対称性に起因して前記車体に発生する横力及びヨーモーメントの双方を低減するよう前記車体偏向手段を制御することを特徴とする装置。
【請求項4】
請求項1又は3の車両の運動制御装置であって、前記偏向制御手段が、前記車体偏向手段に前記車体に横力及びヨーモーメントの双方を発生させることを特徴とする装置。
【請求項5】
請求項1の車両の運動制御装置であって、前記車体偏向手段が、前記車両の左右輪の間で制動力差を付与できる制動装置と、前記車両の運転者の操舵とは独立に転舵可能な前輪操舵装置と、前記車両の後輪操舵装置とから成る群から選択されることを特徴とする装置。
【請求項6】
請求項1の車両の運動制御装置であって、前記車両の構造に於ける左右の非対称性に起因して前記車両の直進制動時に前記車体に発生する横力又はヨーモーメントが、前記車両の重心が前記車体の前後方向の中心軸から前記車体の左右方向のいずれかにずれていることにより生ずるヨーモーメントを含むことを特徴とする装置。
【請求項7】
請求項1の車両の運動制御装置であって、前記車両の構造に於ける左右の非対称性に起因して前記車両の直進制動時に前記車体に発生する横力又はヨーモーメントが、前記車両の制動装置の構造の左右非対称性に起因して発生する左右輪の制動力差により生ずるヨーモーメントを含むことを特徴とする装置。
【請求項8】
請求項7の車両の運動制御装置であって、前記制動装置が液圧式制動装置であり、前記車両の制動装置の構造の左右非対称性に起因して発生する左右輪の制動力差が、前記車両の左右輪への制動圧を供給する配管の長さに差があることに起因して発生する左右輪の制動力差を含むことを特徴とする装置。
【請求項9】
請求項1の車両の運動制御装置であって、前記車両の構造に於ける左右の非対称性に起因して前記車両の直進制動時に前記車体に発生する横力又はヨーモーメントが、前記車両のタイヤの構造の左右非対称性に起因して発生する横力及びヨーモーメントを含むことを特徴とする装置。
【請求項10】
請求項1の車両の運動制御装置であって、前記車両の構造に於ける左右の非対称性に起因して前記車体に発生する横力又はヨーモーメントが、前記車両の車輪のサスペンション又は操舵装置の構造の左右非対称性に起因して発生する横力及びヨーモーメントを含むことを特徴とする装置。
【請求項11】
請求項1の車両の運動制御装置であって、前記車両の車輪のサスペンションの構造の左右非対称性に起因して発生する横力及びヨーモーメントが、前記車両の車輪のサスペンションの構造の左右非対称性に起因して前記車両の直進制動時に前記車輪が転舵されることにより生ずる横力及びヨーモーメントを含むことを特徴とする装置。
【請求項12】
請求項1の車両の運動制御装置であって、更に、前記車両の左右輪の間の荷重差を取得する手段を含み、前記車体偏向手段が前記車両の左右輪の間で制動力差を付与できる制動装置であり、前記偏向制御手段が、前記減速度と前記左右の車輪の間の荷重差とに基づいて、前記車両の重心が前記車体の前後方向の中心軸から前記車体の左右方向のいずれかにずれていることにより生ずるヨーモーメントを低減する前記左右輪の制動力差を前記制動装置により発生させることを特徴とする装置。
【請求項13】
請求項1の車両の運動制御装置であって、前記車体偏向手段が前記車両の運転者の操舵とは独立に転舵可能な前輪操舵装置と、前記車両の後輪操舵装置とを含み、前記偏向制御手段が、前記減速度に基づいて、前記前輪操舵装置及び前記後輪操舵装置を制御して前記車両の前輪及び後輪を転舵することにより、前記車両の重心が前記車体の前後方向の中心軸から前記車体の左右方向のいずれかにずれていることにより生ずるヨーモーメントと前記車両の制動装置の構造の左右非対称性に起因して発生する左右輪の制動力差により生ずるヨーモーメントと前記車両のタイヤの構造の左右非対称性に起因して発生する横力及びヨーモーメントのうちの少なくとも一つを低減する横力及びヨーモーメントを発生させることを特徴とする装置。
【請求項14】
請求項1の車両の運動制御装置であって、前記車体偏向手段が前記車両の左右輪の間で制動力差を付与できる制動装置と、前記車両の後輪操舵装置とを含み、前記偏向制御手段が、前記減速度に基づいて、前記制動装置を制御して前記車両の左右輪の間で制動力差を生成させると共に前記後輪操舵装置を制御して後輪を転舵することにより、前記車両のタイヤの構造の左右非対称性に起因して発生する横力及びヨーモーメントと前記車両の前輪のサスペンションの構造の左右非対称性に起因して前記車両の直進制動時に前記前輪が転舵することにより生ずる横力及びヨーモーメントのうちの少なくとも一つを低減する横力及びヨーモーメントを発生させることを特徴とする装置。
【請求項15】
請求項14の車両の運動制御装置であって、前記偏向制御手段が、前記制動装置を制御して前記車両の左右輪の間で制動力差を生成させると共に前記後輪操舵装置を制御して後輪を転舵することにより、前記車両のタイヤの構造の左右非対称性に起因して発生する横力及びヨーモーメントと前記車両の前輪のサスペンションの構造の左右非対称性に起因して前記車両の直進制動時に前記前輪が転舵することにより生ずる横力及びヨーモーメントのうちの少なくとも一つと共に前記車両の重心が前記車体の前後方向の中心軸から前記車体の左右方向のいずれかにずれていることにより生ずるヨーモーメントを低減する横力及びヨーモーメントを発生させることを特徴とする装置。
【請求項16】
請求項1の車両の運動制御装置であって、前記車体偏向手段が、前記車両の左右輪の間で制動力差を付与できる制動装置と、前記車両の運転者の操舵とは独立に転舵可能な前輪操舵装置とを含み、前記偏向制御手段が、前記減速度に基づいて、前記制動装置を制御して前記車両の左右輪の間で制動力差を生成させると共に前記前輪操舵装置を制御して前輪を転舵することにより、前記車両のタイヤの構造の左右非対称性に起因して発生する横力及びヨーモーメントと前記車両の後輪のサスペンションの構造の左右非対称性に起因して前記車両の直進制動時に前記後輪が転舵することにより生ずる横力及びヨーモーメントのうちの少なくとも一つを低減する横力及びヨーモーメントを発生させることを特徴とする装置。
【請求項17】
請求項16の車両の運動制御装置であって、前記偏向制御手段が、前記制動装置を制御して前記車両の左右輪の間で制動力差を生成させると共に前記前輪操舵装置を制御して前輪を転舵することにより、前記車両のタイヤの構造の左右非対称性に起因して発生する横力及びヨーモーメントと前記車両の後輪のサスペンションの構造の左右非対称性に起因して前記車両の直進制動時に前記前輪が転舵することにより生ずる横力及びヨーモーメントのうちの少なくとも一つと共に前記車両の重心が前記車体の前後方向の中心軸から前記車体の左右方向のいずれかにずれていることにより生ずるヨーモーメントを低減する横力及びヨーモーメントを発生させることを特徴とする装置。
【請求項18】
請求項1の車両の運動制御装置であって、前記車両が、その車輪に、前記車両の直進制動時に前記車両の構造に於ける左右の非対称性に起因して前記車体に発生する横力の総和及びヨーモーメントの総和に基づいて決定される横力を前記車両の直進制動時に発生するよう予め調整されたタイヤが取り付けられた車両であることを特徴とする装置。
【請求項19】
請求項18の車両の運動制御装置であって、前記車体偏向手段が前記車両の後輪操舵装置であり、前記車両の直進制動時に前記車両の重心が前記車体の前後方向の中心軸から前記車体の左右方向のいずれかにずれていることにより前記車両の直進制動時に生ずるヨーモーメントと、前記車両の制動装置の構造の左右非対称性に起因して前記車両の直進制動時に発生する左右輪の制動力差により生ずるヨーモーメントと、前記車両の前輪のサスペンションの構造の左右非対称性に起因して前記車両の直進制動時に前記前輪が転舵されることにより生ずる横力及びヨーモーメントとのうちの少なくとも一つを、前記タイヤの横力と、前記偏向制御手段が前記後輪操舵装置を作動して前記車両の後輪を操舵することにより生ずる横力とヨーモーメントとにより低減することを特徴とする装置。
【請求項20】
請求項18の車両の運動制御装置であって、前記車体偏向手段が前記車両の運転者の操舵とは独立に転舵可能な前輪操舵装置であり、前記車両の直進制動時に前記車両の重心が前記車体の前後方向の中心軸から前記車体の左右方向のいずれかにずれていることにより前記車両の直進制動時に生ずるヨーモーメントと、前記車両の制動装置の構造の左右非対称性に起因して前記車両の直進制動時に発生する左右輪の制動力差により生ずるヨーモーメントと、前記車両の後輪のサスペンションの構造の左右非対称性に起因して前記車両の直進制動時に前記後輪が転舵されることにより生ずる横力及びヨーモーメントとのうちの少なくとも一つを、前記タイヤの横力と、前記偏向制御手段が前記前輪操舵装置を作動して前記車両の前輪を操舵することにより生ずる横力とヨーモーメントとにより低減することを特徴とする装置。
【請求項21】
請求項18の車両の運動制御装置であって、前記車体偏向手段が前記車両の左右輪の間で制動力差を付与できる制動装置であり、前記車両の直進制動時に前記車両の重心が前記車体の前後方向の中心軸から前記車体の左右方向のいずれかにずれていることにより前記車両の直進制動時に生ずるヨーモーメントと、前記車両の前輪のサスペンションの構造の左右非対称性に起因して前記車両の直進制動時に前記前輪が転舵されることにより生ずる横力及びヨーモーメントと、前記車両の後輪のサスペンションの構造の左右非対称性に起因して前記車両の直進制動時に前記後輪が転舵されることにより生ずる横力及びヨーモーメントとのうちの少なくとも一つを、前記タイヤの横力と、前記偏向制御手段が前記制動装置を作動して前記車両の左右輪に制動力差を与えることにより生ずるヨーモーメントとにより低減することを特徴とする装置。
【請求項22】
車体と前記車体に横力又はヨーモーメントを発生する車体偏向手段とを有する車両の運動制御方法であって、
車体の減速度を取得する過程と、
前記車体の減速度に基づいて前記車体偏向手段を作動して前記車両の構造に於ける左右の非対称性に起因して前記車両の直進制動時に前記車体に発生する横力又はヨーモーメントを低減する横力又はヨーモーメントを発生する過程と
を含むことを特徴する方法。
【請求項23】
請求項22の車両の運動制御方法であって、
前記車両の構造に於ける左右の非対称性に起因して前記車両の直進制動時に前記車体に発生する横力又はヨーモーメントが、前記車両の重心が前記車体の前後方向の中心軸から前記車体の左右方向のいずれかにずれていることにより生ずるヨーモーメントと、前記車両の制動装置の構造の左右非対称性に起因して発生する左右輪の制動力差により生ずるヨーモーメントと、前記車両のタイヤの構造の左右非対称性に起因して発生する横力及びヨーモーメントと、前記車両の車輪のサスペンションの構造の左右非対称性に起因して前記車両の直進制動時に前記車輪が転舵されることにより生ずる横力及びヨーモーメントとのうちの少なくとも一つを含み、
前記車体偏向手段を作動して横力又はヨーモーメントを発生する過程に於いて、前記車両の構造に於ける左右の非対称性に起因して前記車両の直進制動時に前記車体に発生する横力と前記車体偏向手段により生成される横力との総和と、前記車両の構造に於ける左右の非対称性に起因して前記車両の直進制動時に前記車体に発生するヨーモーメントと前記車体偏向手段により生成されるヨーモーメントとの総和とが実質的に0になるように前記車体の減速度に基づいて前記車体偏向手段の作動を制御することを特徴する方法。
【請求項24】
請求項22の車両の運動制御方法であって、
前記車両の構造に於ける左右の非対称性に起因して前記車両の直進制動時に前記車体に発生する横力又はヨーモーメントが、前記車両の重心が前記車体の前後方向の中心軸から前記車体の左右方向のいずれかにずれていることにより生ずるヨーモーメントと、前記車両の制動装置の構造の左右非対称性に起因して発生する左右輪の制動力差により生ずるヨーモーメントと、前記車両の車輪のサスペンションの構造の左右非対称性に起因して前記車両の直進制動時に前記車輪が転舵されることにより生ずる横力及びヨーモーメントとのうちの少なくとも一つを含み、
更に、前記車両の車輪に取り付けられるタイヤの前記車両の直進制動時に発生する横力を調節する過程を含み、
前記車両の構造に於ける左右の非対称性に起因して前記車両の直進制動時に前記車体に発生する横力と前記車体偏向手段により生成される横力と前記タイヤの横力との総和と、前記車両の構造に於ける左右の非対称性に起因して前記車両の直進制動時に前記車体に発生するヨーモーメントと前記車体偏向手段により生成されるヨーモーメントと前記タイヤの横力により生ずるヨーモーメントとの総和とが実質的に0になるように前記タイヤの横力が予め調整されると共に前記車体の減速度に基づいて前記車体偏向手段の作動が制御されることを特徴する方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−37259(P2008−37259A)
【公開日】平成20年2月21日(2008.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−214366(P2006−214366)
【出願日】平成18年8月7日(2006.8.7)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】