説明

車両用動力伝達装置の制御装置

【課題】ドリフト走行時等において好適な旋回走行を実現するヨー制御を行う車両用動力伝達装置の制御装置を提供する。
【解決手段】予め定められた関係から前輪の横滑り角βf及び車体の速度Vに基づいて目標ヨー角速度γrefを算出する目標ヨー角速度算出手段66と、その目標ヨー角速度算出手段66により算出された目標ヨー角速度γrefに応じたヨーモーメントが得られるように前記トルク配分制御装置50の作動を制御するヨーモーメント制御手段70とを、備えたものであることから、車体の横滑り角が比較的大きいドリフト走行時においても、前輪横滑り角が旋回方向内側を向いている場合には旋回アシスト方向のヨーモーメントを発生させる等、ドリフト走行を妨げないヨー制御が実現できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両のヨーモーメントを制御するヨー制御機構を備えた車両用動力伝達装置の制御装置に関し、特に、ドリフト走行時等において好適な旋回走行を実現するための改良に関する。
【背景技術】
【0002】
車両のヨーモーメントを制御するヨー制御機構として、左右一対の駆動輪へのトルク配分を制御するトルク配分制御装置や、各車輪に備えられたホイールブレーキの制動力をそれぞれ個別に制御する制動制御装置等が知られている。このようなヨー制御機構を介して、車両のヨーモーメントを制御する車両用動力伝達装置の制御装置が提案されている。例えば、特許文献1に記載された車両のトルク分配制御装置がそれである。斯かる技術によれば、予め定められた関係から車速及び操舵角等に基づいて目標ヨーレイトを決定し、その目標ヨーレイトに応じたヨーモーメントが得られるように上記ヨー制御機構の作動を制御することで、車両の走行状態に応じて好適な旋回制御が実現できるとされている。
【0003】
【特許文献1】特開平7−17277号公報
【特許文献2】特開2007−62654号公報
【特許文献3】特開2005−225245号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、前述したような従来の技術では、操舵角に基づいて目標ヨーレイトを決定するものであるため、旋回限界領域で車体横滑り角が大きくなった場合、これを修正するために運転者がカウンタステア操作を行うと、目標ヨーレイトの方向が比較的急に反転するという不具合があった。とりわけ、運転者が意図的にドリフト走行を行おうとしている場合には、旋回を妨げる方向にヨーモーメントが発生することから、ドリフト走行を妨げる結果となり、好適な旋回走行を実現することができなかった。すなわち、ドリフト走行時等において好適な旋回走行を実現するヨー制御を行う車両用動力伝達装置の制御装置は、未だ開発されていないのが現状である。
【0005】
本発明は、以上の事情を背景として為されたものであり、その目的とするところは、ドリフト走行時等において好適な旋回走行を実現するヨー制御を行う車両用動力伝達装置の制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
斯かる目的を達成するために、本発明の要旨とするところは、車両のヨーモーメントを制御するヨー制御機構を備えた車両用動力伝達装置の制御装置であって、予め定められた関係から前輪の横滑り角及び車体の速度に基づいて目標ヨー角速度を算出する目標ヨー角速度算出手段と、その目標ヨー角速度算出手段により算出された目標ヨー角速度に応じたヨーモーメントが得られるように前記ヨー制御機構の作動を制御するヨーモーメント制御手段とを、備えたことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0007】
このようにすれば、予め定められた関係から前輪の横滑り角及び車体の速度に基づいて目標ヨー角速度を算出する目標ヨー角速度算出手段と、その目標ヨー角速度算出手段により算出された目標ヨー角速度に応じたヨーモーメントが得られるように前記ヨー制御機構の作動を制御するヨーモーメント制御手段とを、備えたものであることから、車体の横滑り角が比較的大きいドリフト走行時においても、前輪横滑り角が旋回方向内側を向いている場合には旋回アシスト方向のヨーモーメントを発生させる等、ドリフト走行を妨げないヨー制御が実現できる。すなわち、ドリフト走行時等において好適な旋回走行を実現するヨー制御を行う車両用動力伝達装置の制御装置を提供することができる。
【0008】
ここで、好適には、運転者の運転意図を反映するように車両制御を第1の制御状態及び第2の制御状態の何れかに選択的に切り換える車両制御切換手段を備え、前記目標ヨー角速度算出手段は、前記第1の制御状態においては、予め定められた関係から前輪の横滑り角及び車体の速度に基づいて目標ヨー角速度を算出する一方、前記第2の状態においては、予め定められた関係から操舵角及び車体の速度に基づいて目標ヨー角速度を算出するものである。このようにすれば、車両の制御状態に応じて最適なヨー制御を選択的に実現できる。
【0009】
また、好適には、前記車両制御切換手段は、所定のスイッチの切換操作に応じて前記第1の制御状態として車両のドリフト走行を許可する状態と前記第2の制御状態として車両のドリフト走行を禁止する状態との何れかに車両制御を切り換えるものである。このようにすれば、車両のドリフト走行の許可乃至禁止に応じて最適なヨー制御を選択的に実現できる。
【0010】
また、好適には、前記ヨー制御機構は、左右一対の駆動輪へのトルク配分を制御するトルク配分制御装置である。このようにすれば、実用的な態様のヨー制御機構を備えた動力伝達装置に関して、ドリフト走行時等において好適な旋回走行を実現するヨー制御を行う制御装置を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明の好適な実施例を図面に基づいて詳細に説明する。
【実施例】
【0012】
図1は、本発明が好適に適用される前置エンジン後輪駆動(FR)を基本とする前後輪駆動車両に備えられた車両用動力伝達装置10の構成を説明する図である。この図1に示すように、斯かる動力伝達装置10において、駆動力源であるエンジン12により発生させられたトルクは、トルクコンバータ14、変速機16、後輪用プロペラシャフト18、後輪用差動装置20、及び左右一対の後輪車軸22l、22r(以下、特に区別しない場合には単に後輪車軸22という)を介して左右一対の後輪24l、24r(以下、特に区別しない場合には単に後輪24という)へ伝達される一方、トランスファ26、前輪用プロペラシャフト28、前輪用差動装置30、及び左右一対の前輪車軸32l、32r(以下、特に区別しない場合には単に前輪車軸32という)を介して左右一対の前輪34l、34r(以下、特に区別しない場合には単に前輪34という)へ伝達されるように構成されている。すなわち、図1に示す動力伝達装置10は、上記トランスファ26を介して、主駆動輪としての後輪24のみを駆動輪とする2輪駆動状態と、その後輪24及び副駆動輪としての前輪34を共に駆動輪とする4輪駆動状態とを切り替えるパートタイム4輪駆動車両の駆動系の一例である。ここで、前記左右一対の後輪24l、24rにそれぞれ対応して後輪用ホイールブレーキ25l、25r(以下、特に区別しない場合には単に後輪用ホイールブレーキ25という)が、前記左右一対の前輪34l、34rにそれぞれ対応して前輪用ホイールブレーキ35l、35r(以下、特に区別しない場合には単に前輪用ホイールブレーキ35という)がそれぞれ備えられている。また、上記後輪用差動装置20は、図2を用いて後述するトルク配分制御装置50を備えている。
【0013】
上記エンジン12は、例えば、気筒内噴射される燃料の燃焼によって駆動力を発生させるガソリンエンジン或いはディーゼルエンジン等の内燃機関である。また、上記トルクコンバータ14は、例えば、上記エンジン12のクランク軸に連結されたポンプ翼車と、上記変速機16の入力軸に連結されたタービン翼車と、一方向クラッチを介して変速機ケースに固定されたステータ翼車とを、備えており、上記ポンプ翼車とタービン翼車との間で流体を介して動力伝達を行う流体式動力伝達装置である。また、上記変速機16は、例えば、複数の摩擦係合要素を備え、それら摩擦係合要素の係合又は解放の組み合わせに応じて複数の変速比を選択的に成立させて、入力軸から入力された駆動力を変速して出力させる自動変速機である。
【0014】
前記トランスファ26は、前記後輪用プロペラシャフト18と前輪用プロペラシャフト28との間の動力伝達の遮断乃至接続を選択的に切り替える動力断続装置として機能するものである。すなわち、前記後輪用プロペラシャフト18から前輪用プロペラシャフト28への動力伝達を遮断する状態と、その後輪用プロペラシャフト18から前輪用プロペラシャフト28への動力伝達を接続する状態とを、図示しない制御装置からの指令に応じて選択的に切り換える。前記後輪用プロペラシャフト18から前輪用プロペラシャフト28への動力伝達が遮断された状態では、前記後輪24のみを駆動輪とする2輪駆動状態が成立させられる一方、前記後輪用プロペラシャフト18から前輪用プロペラシャフト28への動力伝達が接続された状態では、前記後輪24及び前輪34を共に駆動輪とする4輪駆動状態が成立させられる。
【0015】
図1に示すように、前記動力伝達装置10は、前記トルク配分制御装置50等の作動を制御する電子制御装置36を備えている。この電子制御装置36は、CPU、ROM、RAM、及び入出力インターフェイス等を含んで構成され、RAMの一時記憶機能を利用しつつROMに予め記憶されたプログラムに従って信号処理を実行する所謂マイクロコンピュータであり、後述するトルク配分制御装置50の作動を制御することによるヨーモーメント制御等の各種制御を実行する。斯かる制御を実行するために、前記動力伝達装置10には、車速に対応する各車輪の実際の回転速度を検出する車輪速センサ38、車両の実際のヨーレイト(ヨー角速度)を検出するヨーレイトセンサ40、車両の実際の横方向加速度(横G)を検出する横加速度センサ42、図示しないステアリングホイールの角度に対応する車両の操舵角を検出する操舵角センサ44、及び車両のドリフト走行を許可する状態と禁止する状態とを切り換えるためのドリフトモードスイッチ46等の各種センサ乃至スイッチが設けられており、それぞれのセンサから車速(車輪速)を表す信号、実際のヨーレイトを表す信号、実際の横方向加速度を表す信号、操舵角を表す信号、及びドリフト走行の許可乃至禁止を表す信号等が前記電子制御装置36へ供給されるようになっている。
【0016】
図2は、前記後輪用差動装置20に備えられたトルク配分制御装置50の構成を説明する骨子図である。この図2に示すように、前記動力伝達装置10では、前記後輪用プロペラシャフト18の軸端に設けられた傘歯車(ファイナルインプットギヤ)52と、前記後輪用差動装置20の入力傘歯車54とが噛み合わされている。また、その後輪用プロペラシャフト18の軸端に設けられた傘歯車52と、前記トルク配分制御装置50の入力傘歯車56とが噛み合わされている。このトルク配分制御装置50は、電気エネルギから駆動力を発生させる発動機及び回生により電気エネルギを発生させる発電機としての機能を有するモータジェネレータである電動機Mと、ダブルピニオン型の遊星歯車装置58とを主体として構成されており、その遊星歯車装置58のサンギヤSが前記後輪24lに対応する後輪車軸22lに、複数のピニオンギヤPを自転可能に支持するキャリアCが上記入力傘歯車56に、リングギヤRが上記電動機Mのロータ(回転子)にそれぞれ連結されている。ここで、上記入力傘歯車54の歯数ZR1と入力傘歯車56の歯数ZR2とは等しく(ZR1=ZR2)、それらのギヤ比ρ(=[ZR1+ZR2]/ZR1)=2とされている。また、上記遊星歯車装置58のギヤ比ρ′(=リングギヤRの歯数ZR/サンギヤSの歯数ZS)=ρとされている。
【0017】
図3乃至図6は、前記トルク配分制御装置50における複数の回転要素の回転数を示す共線図である。これらの共線図における縦線は、左側から上記遊星歯車装置58のサンギヤSの回転速度(=左側の後輪車軸22lの回転速度)、リングギヤRの回転速度(=電動機Mの回転速度)、キャリアCの回転速度(=入力傘歯車56の回転速度)、前記後輪用差動装置20のケースの回転速度(=入力傘歯車54の回転速度)、前記右側の後輪車軸22rの回転速度をそれぞれ示している。
【0018】
図3は、前記トルク配分制御装置50の非制御時の共線図である。非制御時においては、前記電動機Mは作動させられないが、前記トルク配分制御装置50ではρ=ρ′とされていることで、前記後輪用差動装置20の非差動時(すなわち車両直進時等)においては前記電動機Mの回転が停止させられ、その回転速度は零となる。この状態では、前記後輪用差動装置20のみが機能し、前記左右の後輪車軸22l、22rに均等に駆動力が配分される。従って、前記トルク配分制御装置50においてトルク移動及び差動制限は行われず、通常のオープンデフとして機能する。また、直進時においては、図3に示されるように前記左右の後輪車軸22l、22rの回転数は略同回転となる。すなわち、前記左側の後輪車軸22lのトルクTLW及び右側の後輪車軸22rのトルクTRWは、何れも入力トルクTinの1/2(=Tin/2)となる。換言すれば、前記遊星歯車装置58(S−R−C)のキャリアC反力は、前記後輪用差動装置20のケースを介して左右の後輪車軸22l、22rへ等分配される。
【0019】
図4は、ヨーコントロール制御すなわち左右輪トルク配分制御(左右輪トルク差制御)時の共線図の一例であり、例えば左旋回中等において前記右側の後輪車軸22rの駆動力を増大させてアンダーステアを抑制させている状態の共線図である。この状態においては、前記電動機Mが逆転力行させられる。これにより、前記電動機MのトルクをTmとした場合、前記右側の後輪車軸22rのトルクTRWはTin/2+Tm/2ρとなり、前記左側の後輪車軸22lのトルクTLWはTin/2−Tm/2ρとなる。従って、左右輪のトルク差ΔTW(=TRW−TLW)はTm/ρとなる。すなわち、前記左側の後輪車軸22lのトルクTLWに対して右側の後輪車軸22rのトルクTRWが増加させられ、左旋回走行等におけるアンダーステアが抑制される。
【0020】
図5は、ヨーコントロール制御すなわち左右輪トルク配分制御時の共線図の一例であり、例えば右旋回中等において前記左側の後輪車軸22lの駆動力を増大させてアンダーステアを抑制させている状態の共線図である。この状態においては、前記電動機Mが正転力行させられる。これにより、前記右側の後輪車軸22rのトルクTRWはTin/2−Tm/2ρとなり、前記左側の後輪車軸22lのトルクTLWはTin/2+Tm/2ρとなる。従って、左右輪のトルク差ΔTW(=TRW−TLW)は−Tm/ρとなる。すなわち、前記右側の後輪車軸22rのトルクTRWに対して左側の後輪車軸22lのトルクTLWが増加させられ、右旋回走行等におけるアンダーステアが抑制される。
【0021】
図6は、左右輪差動制限制御時の共線図の一例である。この状態においては、前記電動機Mは回生させられる。これにより、回転速度の比較的遅い出力軸すなわち図6に示す例では右側の後輪車軸22rのトルクが増加させられる。すなわち、前記右側の後輪車軸22rのトルクTRWはTin/2+Tm/2ρとなり、前記左側の後輪車軸22lのトルクTLWはTin/2−Tm/2ρとなる。従って、左右輪のトルク差ΔTW(=TRW−TLW)はTm/ρとなる。このようにして、左右輪相互間における回転速度差が抑制され、前記左右の後輪車軸22l、22rの差動制限が行われる。
【0022】
図7は、前記電子制御装置36に備えられた制御機能の要部を説明する機能ブロック線図である。この図7に示す車両制御切換手段60は、運転者の運転意図を反映するように車両制御を第1の制御状態及び第2の制御状態の何れかに選択的に切り換える。具体的には、前記ドリフトモードスイッチ46の切換操作に応じて前記第1の制御状態として車両のドリフト走行を許可する状態と前記第2の制御状態として車両のドリフト走行を禁止する状態との何れかに車両制御を切り換える。この車両制御切換手段60は、好適には、イグニションオン時等の初期状態においては車両のドリフト走行を禁止とする第2の状態を成立させる。
【0023】
車体横滑り角算出手段62は、予め定められた関係から、前記車輪速センサ38により検出される実際の車速すなわち車体速度V、前記ヨーレイトセンサ40により検出される実際のヨーレイト(ヨー角速度)γreal、及び前記横角速度センサ42により検出される実際の横加速度G等に基づいて、車体の横滑り角βを算出する。例えば、各値から次の(1)式に従って斯かる横滑り角の時間変化率dβ/dtを算出し、その積分値としての横滑り角βを算出する。また、横滑り角計(横滑り角センサ)を備えた構成においては、その横滑り角計により実際の車両横滑り角を検出するものであってもよい。
【0024】
dβ/dt=G/V−γreal ・・・(1)
【0025】
前輪横滑り角算出手段64は、予め定められた関係から、前記車体横滑り角算出手段62により算出される車体横滑り角β及び前記操舵角センサ44により検出されるハンドル角(前輪舵角)δ等に基づいて、前記前輪34の横滑り角βfを算出する。例えば、車体の重心から前軸間距離をLfとして、各値から次の(2)式に従って斯かる前輪横滑り角βfを算出する。
【0026】
βf=β+Lf・γreal/V−δ ・・・(2)
【0027】
目標ヨー角速度算出手段66は、予め定められた関係から車両の走行状態に応じて前記トルク配分制御装置50によるヨーモーメント制御に係る目標ヨー角速度γrefを算出する。ここで、前記車両制御切換手段60により切り換えられる第1の制御状態すなわち車両のドリフト走行が許可された状態においては、予め定められた関係から、前記前輪横滑り角算出手段64により算出される前輪横滑り角βf及び前記車輪速センサ38により検出される実際の車速V等に基づいて目標ヨー角速度γrefを算出する。また、前記車両制御切換手段60により切り換えられる第2の制御状態すなわち車両のドリフト走行が禁止された状態においては、予め定められた関係から、前記車輪速センサ38により検出される実際の車速V及び前記操舵角センサ44により検出されるハンドル角δ等に基づいて目標ヨー角速度γrefを算出する。
【0028】
目標ヨーモーメント算出手段68は、予め定められた関係から、上記目標ヨー角速度算出手段66により算出される目標ヨー角速度γref及び前記ヨーレイトセンサ40により検出される実際のヨー角速度γreal等に基づいて、目標ヨーモーメント(要求ヨーモーメント)Mreqを算出する。例えば、比例ゲインをKP、微分ゲインをKD、積分ゲインをKI、ヨー角速度偏差をγdifとして、各値から次の(3)式に従って斯かる目標ヨーモーメントMreqを算出する。ここで、ヨー角速度偏差をγdifは、次の(4)式で表される値である。
【0029】
req=KP・γdif+KD・dγdif/dt+KI・∫γdif ・・・(3)
γdif=γref−γreal ・・・(4)
【0030】
ヨーモーメント制御手段70は、前記目標ヨーモーメント算出手段68により算出された目標ヨーモーメントMreqに基づいて、前記トルク配分制御装置50に備えられた電動機Mの作動を制御する。具体的には、図4乃至図6を用いて前述したように、前記電動機Mを逆転力行、正転力行、乃至回生作動させることで、前記トルク配分制御装置50により目標ヨーモーメントMreqを発生させるようにその作動を制御する。
【0031】
図8は、通常走行領域における車両の旋回走行について説明する図であり、車体の指向する方向を破線で、車輪(4輪)の指向する方向を一点鎖線で、前輪34の指向する方向を二点鎖線でそれぞれ示している。この図8に示すように、通常走行領域における車両の旋回走行では、前輪の横滑り角と前輪舵角とが略等しくなる。一方、図9は、限界走行領域における車両の旋回走行(ドリフト走行)について説明する図であり、図8と同様に車体の指向する方向を破線で、車輪の指向する方向を一点鎖線で、前輪34の指向する方向を二点鎖線でそれぞれ示している。この図9に示すように、限界走行領域における車両のドリフト走行では、前輪の横滑り角と前輪舵角とが異なる方向となり、その前輪の横滑り角と旋回方向とが等しくなる。斯かる状態において、ハンドル角(前輪舵角)に基づいてヨーモーメントの制御を行う場合、前輪横滑り角が(a)に示すように旋回方向に向いていても、車体に対する前輪舵角は(b)に示すように旋回と反対方向を向いているため、(c)に示すように車両の旋回を妨げる方向にヨーモーメントが発生させられる結果となる。斯かるヨー制御は、ドリフト走行を行わない一般的な運転者の安全確保には有効であるが、ドリフト走行を志向する運転者にとってはそのドリフト走行を阻害する結果をもたらす。一方、前輪横滑り角に基づいてヨーモーメントの制御を行う場合、前輪横滑り角が(a)に示すように旋回方向に向いているので、(d)に示すように車両の旋回をアシストする方向にヨーモーメントが発生させられる。このような制御により、ドリフト走行を志向する運転者の運転意思を反映するドリフト走行が実現できる。
【0032】
ここで、前述のように、前記目標ヨー角速度算出手段66は、前記ドリフトモードスイッチ46により車両のドリフト走行が許可された状態においては、予め定められた関係から前輪横滑り角βf及び車速Vに基づいて目標ヨー角速度γrefを算出する一方、車両のドリフト走行が禁止された状態においては、予め定められた関係から車速V及びハンドル角δに基づいて目標ヨー角速度γrefを算出するものである。斯かる制御により、例えばイグニションオン時等の初期状態においては、ハンドル角δからの目標値を選択することでドリフト走行を行わない一般的な運転者の安全を確保する一方、前記ドリフトモードスイッチ46が切り換えられる等して前記車両制御切換手段60により車両のドリフト走行が許可される状態に切り換えられた場合には、前輪横滑り角βfからの目標値を選択することでドリフト走行を志向する運転者の運転意思を好適に反映することができるのである。
【0033】
図10は、前記電子制御装置36によるヨーモーメント制御の要部を説明するフローチャートであり、所定の周期で繰り返し実行されるものである。
【0034】
先ず、前記車両制御切換手段60の動作に対応するステップ(以下、ステップを省略する)S1において、前記ドリフトモードスイッチ46の切換状態に応じて車両のドリフト走行が許可されているか否かが判断される。このS1の判断が否定される場合には、S2において、予め定められた関係からハンドル角δ及び車速(車体速度)Vに基づいて目標ヨー角速度γrefが算出された後、S6以下の処理が実行されるが、S1の判断が肯定される場合には、前記車体横滑り角算出手段62の動作に対応するS3において、予め定められた関係から車速V、実際のヨー角速度γreal、及び実際の横加速度Gに基づいて車体の横滑り角βが算出される。次に、前記前輪横滑り角算出手段64の動作に対応するS4において、予め定められた関係からS3にて算出された車体横滑り角β及びハンドル角(前輪舵角)δに基づいて前輪横滑り角βfが算出される。次に、S5において、予め定められた関係からS4にて算出された前輪横滑り角βf及び車速Vに基づいて目標ヨー角速度γrefが算出される。次に、前記目標ヨーモーメント算出手段68の動作に対応するS6において、予め定められた関係から目標ヨー角速度γref及び実際のヨー角速度γrealに基づいて目標ヨーモーメント(要求ヨーモーメント)Mreqが算出される。次に、前記ヨーモーメント制御手段70の動作に対応するS7において、S6にて算出された目標ヨーモーメントMreqに基づいて、前記トルク配分制御装置50(電動機M)の作動が制御された後、本ルーチンが終了させられる。以上の制御において、S2及びS5が前記目標ヨー角速度算出手段66の動作に対応する。
【0035】
このように、本実施例によれば、予め定められた関係から前輪の横滑り角βf及び車体の速度Vに基づいて目標ヨー角速度γrefを算出する目標ヨー角速度算出手段66(S2及びS5)と、その目標ヨー角速度算出手段66により算出された目標ヨー角速度γrefに応じたヨーモーメントが得られるように前記トルク配分制御装置50の作動を制御するヨーモーメント制御手段70(S7)とを、備えたものであることから、車体の横滑り角が比較的大きいドリフト走行時においても、前輪横滑り角が旋回方向内側を向いている場合には旋回アシスト方向のヨーモーメントを発生させる等、ドリフト走行を妨げないヨー制御が実現できる。すなわち、ドリフト走行時等において好適な旋回走行を実現するヨー制御を行う車両用動力伝達装置の制御装置を提供することができる。
【0036】
また、運転者の運転意図を反映するように車両制御を第1の制御状態及び第2の制御状態の何れかに選択的に切り換える車両制御切換手段60(S1)を備え、前記目標ヨー角速度算出手段66は、前記第1の制御状態においては、予め定められた関係から前輪の横滑り角βf及び車体の速度Vに基づいて目標ヨー角速度γrefを算出する一方、前記第2の状態においては、予め定められた関係から操舵角δ及び車体の速度Vに基づいて目標ヨー角速度γrefを算出するものであるため、車両の制御状態に応じて最適なヨー制御を選択的に実現できる。
【0037】
また、前記車両制御切換手段60は、前記ドリフトモードスイッチ46の切換操作に応じて前記第1の制御状態として車両のドリフト走行を許可する状態と前記第2の制御状態として車両のドリフト走行を禁止する状態との何れかに車両制御を切り換えるものであるため、車両のドリフト走行の許可乃至禁止に応じて最適なヨー制御を選択的に実現できる。
【0038】
また、ヨー制御機構として左右一対の後輪24へのトルク配分を制御するトルク配分制御装置50を備えたものであるため、実用的な態様のヨー制御機構を備えた動力伝達装置10に関して、ドリフト走行時等において好適な旋回走行を実現するヨー制御を行う制御装置を提供することができる。
【0039】
以上、本発明の好適な実施例を図面に基づいて詳細に説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、更に別の態様においても実施される。
【0040】
例えば、前述の実施例では、前置エンジン後輪駆動(FR)を基本とする前後輪駆動車両すなわち前記後輪24を主駆動輪、前記前輪34を副駆動輪とする車両に本発明が適用された例を説明したが、前置エンジン前輪駆動(FF)を基本とする前後輪駆動車両すなわち前記前輪34を主駆動輪、前記後輪24を副駆動輪とする車両にも本発明は適用され得る。更に、4輪駆動状態を成立させられない常時2輪駆動車両や、2輪駆動状態を成立させられない常時4輪駆動車両にも本発明は好適に適用される。
【0041】
また、前述の実施例では、ヨー制御機構として左右一対の後輪24へのトルク配分を制御するトルク配分制御装置50を備えた動力伝達装置10について説明したが、前後輪の一方乃至両方の左右輪を独立で制動制御可能なインホイルモータやVSC等の制動制御装置、前後輪の一方乃至両方の舵角をステアリングホイールの操作によらず独立に制御可能なVGRS(可変ステアリングギヤ比)やアクティブリアステア等の舵角制御装置をヨー制御機構として備えた動力伝達装置にも本発明は好適に適用されるものである。
【0042】
その他、一々例示はしないが、本発明はその趣旨を逸脱しない範囲内において種々の変更が加えられて実施されるものである。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】本発明が好適に適用される前置エンジン後輪駆動を基本とする前後輪駆動車両に備えられた車両用動力伝達装置の構成を説明する図である。
【図2】図1の動力伝達装置における後輪用差動装置に備えられたトルク配分制御装置の構成を説明する骨子図である。
【図3】図2のトルク配分制御装置における複数の回転要素の回転数を示す共線図であり、非制御時の状態を示している。
【図4】図2のトルク配分制御装置における複数の回転要素の回転数を示す共線図であり、右側の後輪車軸の駆動力を増大させている状態を示している。
【図5】図2のトルク配分制御装置における複数の回転要素の回転数を示す共線図であり、左側の後輪車軸の駆動力を増大させている状態を示している。
【図6】図2のトルク配分制御装置における複数の回転要素の回転数を示す共線図であり、左右輪差動制限制御時の状態を示している。
【図7】図1の動力伝達装置における電子制御装置に備えられた制御機能の要部を説明する機能ブロック線図である。
【図8】通常走行領域における車両の旋回走行について説明する図である。
【図9】限界走行領域における車両のドリフト走行について説明する図である。
【図10】図1の動力伝達装置における電子制御装置によるヨーモーメント制御の要部を説明するフローチャートである。
【符号の説明】
【0044】
10:車両用動力伝達装置
24:後輪(駆動輪)
46:ドリフトモードスイッチ
50:トルク配分制御装置(ヨー制御機構)
60:車両制御切換手段
66:目標ヨー角速度算出手段
70:ヨーモーメント制御手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両のヨーモーメントを制御するヨー制御機構を備えた車両用動力伝達装置の制御装置であって、
予め定められた関係から前輪の横滑り角及び車体の速度に基づいて目標ヨー角速度を算出する目標ヨー角速度算出手段と、
該目標ヨー角速度算出手段により算出された目標ヨー角速度に応じたヨーモーメントが得られるように前記ヨー制御機構の作動を制御するヨーモーメント制御手段と
を、備えたものであることを特徴とする車両用動力伝達装置の制御装置。
【請求項2】
運転者の運転意図を反映するように車両制御を第1の制御状態及び第2の制御状態の何れかに選択的に切り換える車両制御切換手段を備え、
前記目標ヨー角速度算出手段は、前記第1の制御状態においては、予め定められた関係から前輪の横滑り角及び車体の速度に基づいて目標ヨー角速度を算出する一方、前記第2の状態においては、予め定められた関係から操舵角及び車体の速度に基づいて目標ヨー角速度を算出するものである請求項1に記載の車両用動力伝達装置の制御装置。
【請求項3】
前記車両制御切換手段は、所定のスイッチの切換操作に応じて前記第1の制御状態として車両のドリフト走行を許可する状態と前記第2の制御状態として車両のドリフト走行を禁止する状態との何れかに車両制御を切り換えるものである請求項2に記載の車両用動力伝達装置の制御装置。
【請求項4】
前記ヨー制御機構は、左右一対の駆動輪へのトルク配分を制御するトルク配分制御装置である請求項1から3の何れか1項に記載の車両用動力伝達装置の制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−25272(P2010−25272A)
【公開日】平成22年2月4日(2010.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−189237(P2008−189237)
【出願日】平成20年7月22日(2008.7.22)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】