説明

車両の挙動制御装置

【課題】制御量に対する制御指標の不感帯を適正なものとし、車両の挙動制御の向上を図った車両の挙動制御装置を提供する。
【解決手段】目標挙動設定手段により設定された目標挙動γtと挙動検出手段により検出された実挙動γrとの偏差の相関値Δγが制御指標とされ、挙動制御手段により挙動調整機構は該制御指標に応じて求めた制御量TR/Dに基づき制御されるが、該挙動制御手段は、制御指標の0値近傍に不感帯を有しており、該不感帯の所定幅|γDZ|を、車速VBが第1所定値V1未満の低車速域では該第1所定値V1以上第2所定値V2未満の中車速域よりも広く設定するとともに、車速VBが第2所定値V2以上の高車速域でも上記中車速域よりも広く設定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の各駆動輪の駆動力や制動力を制御して車両姿勢を調整する車両の挙動制御装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、一般的な自動車の駆動輪には、左輪と右輪との間にディファレンシャルギア(差動装置)が設けられており、これにより自動車は旋回時の左右輪の回転数差を許容することで滑らかに旋回走行可能である。また、4輪駆動車の場合には、一般に上記の左右輪のディファレンシャルギアに加え、前輪と後輪との間にもディファレンシャルギア(センターデフ)が設けられており、これにより前後輪の回転数差を許容可能である。
【0003】
また、近年では、悪路走行を想定した車種やスポーツ走行を想定した車種等を中心に、ディファレンシャルギアによる差動を制限する差動制限装置が備えられている場合が多い。この差動制限装置の代表例としては、例えば、LSD(Limited Slip Differential)があり、このLSDを電子的にあるいは機械的に制御することにより、いずれかの駆動輪がスリップしそうな場合であっても所望の駆動輪に対して適切な駆動力を配分可能である。
【0004】
さらに、最近では、単に駆動輪がスリップするような場合のみならず、上述したLSDに代表される駆動系機器を車両の走行状況に合わせて積極的に作動させ、車両の旋回性能や加速性能及び安定性能等を向上させる駆動力調整システムが開発されている。この駆動力調整システムとしては、前後輪間の駆動力調整が可能な前後輪間差動制限機構、左右輪間の駆動力調整が可能な左右輪間駆動力移動機構、電子制御LSD、電子制御カップリング等がある。
【0005】
また、車両のヨーレイトに基づいて、車両の各輪に対する制動力をフィードバック制御することで車両の旋回性能及び安定性能等を向上させるブレーキ装置制御システムも開発されている。
ところで、上述の駆動力調整システムやブレーキ装置制御システムでは、車輪速センサ、舵角センサ、Gセンサ、ヨーレイトセンサ等の各種センサからの信号に基づいて制御を行うようにしているが、車両の走行中においては各種センサの出力信号に路面からの外乱等によるノイズが混入し易く、このようなノイズにより過度に不要な制御が生じるという問題がある。
【0006】
このようなノイズの制御への影響は、特に制御量の小さい範囲で顕著であり、例えば、制御指標に不感帯を設け、0値近傍の一定範囲内の指令値に対しては制御量を0値に維持し、過度の制御が行われないようにする技術が開発されている(特許文献1参照)。
【特許文献1】特許第3122904号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
また、例えば左右輪間駆動力移動機構について考えると、当該左右輪間駆動力移動機構の制御では舵角と各車輪速に基づき線形モデルで求めた目標ヨーレイトとヨーレイトセンサにより検出した実ヨーレイトとの差であるヨーレイト偏差に基づいて駆動力調整制御を行うのであるが、低車速域では、半径の小さい旋回を行った場合、2輪モデルの近似誤差が大きくなったり操舵角と実舵角の間の非線形性が強まったりして線形モデルで計算した目標ヨーレイトと実ヨーレイトとの偏差が生じ易く、また高車速域においても、空力の影響等によってやはり線形モデルで計算した目標ヨーレイトと実ヨーレイトとの偏差が生じ易く、このような目標ヨーレイトと実ヨーレイト間の偏差の生じ易さについても上記ノイズと同様に制御に影響を与え兼ねない。
【0008】
そこで、車速に応じた上記偏差の生じ易さをも考慮して上記不感帯を広く設定することが考えられる。
しかしながら、不感帯を一定範囲広げるように設定すると、偏差がそれほど生じ易くない中車速域においては、不感帯が広過ぎ、可能なはずの駆動力調整制御を実施できないという不都合が生じ、また、低車速域と高車速域でも、偏差の生じ易さはそれぞれ異なるため、いずれか一方においてやはり最適な駆動力調整制御を実施できないという問題がある。
【0009】
本発明はこのような問題点を解決するためになされたもので、その目的とするところは、制御量に対する制御指標の不感帯を適正なものとし、車両の挙動制御の向上を図った車両の挙動制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記した目的を達成するために、請求項1の車両の挙動制御装置は、車両の挙動を調整する挙動調整機構と、車両の実挙動を検出する挙動検出手段と、車両の走行状態に応じて車両の目標挙動を設定する目標挙動設定手段と、該目標挙動設定手段により設定された目標挙動と前記挙動検出手段により検出された実挙動との偏差の相関値を制御指標とし、前記挙動調整機構を該制御指標に応じて求めた制御量に基づき制御する挙動制御手段と、車速を検出する車速検出手段とを備え、前記挙動制御手段は、前記制御指標の0値近傍に所定幅の不感帯を有し、前記車速検出手段により検出された車速に応じて該不感帯の所定幅を可変設定する不感帯幅設定手段を含み、前記不感帯幅設定手段は、車速が第1所定値未満の低車速域では該第1所定値以上第2所定値未満の中車速域よりも前記不感帯の所定幅を広く設定するとともに、車速が第2所定値以上の高車速域では前記中車速域よりも前記不感帯の所定幅を広く設定することを特徴とする。
【0011】
また、請求項2の車両の挙動制御装置では、請求項1において、前記不感帯幅設定手段は、車速が前記第1所定値未満の低車速域では前記第2所定値以上の高車速域よりも前記不感帯の所定幅を全体として広く設定することを特徴とする。
また、請求項3の車両の挙動制御装置では、請求項2において、前記不感帯幅設定手段は、車速が前記第1所定値未満の低車速域では低車速になるほど前記不感帯の所定幅を第1の変化度合いで広く設定し、前記第2所定値以上の高車速域では高車速になるほど前記不感帯の所定幅を前記第1の変化度合いより緩やかな第2の変化度合いで広く設定することを特徴とする。
【0012】
また、請求項4の車両の挙動制御装置では、請求項1乃至3のいずれかにおいて、前記挙動調整機構は、各駆動輪の駆動力を調整することで車両の挙動を調整する駆動力調整機構を含み、前記挙動検出手段は、車両の実ヨーレイトを検出するヨーレイト検出手段であり、前記目標挙動設定手段は、車両の走行状態に応じて車両の目標ヨーレイトを設定する目標ヨーレイト設定手段であり、前記挙動制御手段は、前記目標ヨーレイト設定手段により設定された目標ヨーレイトと前記ヨーレイト検出手段により検出された実ヨーレイトとの偏差の相関値を制御指標とし、前記駆動力調整機構を該制御指標に応じて求めた制御量に基づき制御する駆動力調整制御手段を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明の請求項1の車両の挙動制御装置によれば、設定された目標挙動と検出された実挙動との偏差の相関値が制御指標とされ、挙動調整機構は該制御指標に応じて求めた制御量に基づき制御されるが、制御指標の0値近傍に所定幅の不感帯を有しており、該不感帯の所定幅を車速に応じて可変設定するようにしたので、例えば線形モデルで計算した目標挙動と実挙動とに基づいて偏差を算出することや空力の影響等によって目標挙動と実挙動との偏差が車速によっては生じ易い傾向にあるのであるが、このことにより微少な偏差の相関値が発生し制御指標が生じた場合であっても、不感帯の所定幅が車速に応じて可変設定されることで、制御量に対する制御指標の不感帯を適正なものとして挙動調整機構の過度の不要な作動を防止することができる。
【0014】
すなわち、車速が第1所定値未満の低車速域では該第1所定値以上第2所定値未満の中車速域よりも不感帯の所定幅を広く設定するので、低車速域では線形モデルで計算した目標挙動と実挙動とに基づいて偏差を算出することで目標挙動と実挙動との偏差が生じ易い傾向にあるのであるが、低車速域において挙動調整機構の過度の不要な作動を良好に防止することができる。
【0015】
一方、車速が第2所定値以上の高車速域では第1所定値以上該第2所定値未満の中車速域よりも不感帯の所定幅を広く設定するので、高車速域では空力の影響により目標挙動と実挙動との偏差が生じ易い傾向にあるのであるが、高車速域において挙動調整機構の過度の不要な作動を良好に防止することができる。
また、請求項2の車両の挙動制御装置によれば、車速が第1所定値未満の低車速域では第2所定値以上の高車速域よりも不感帯の所定幅を全体として広く設定し、さらに、請求項3の車両の挙動制御装置によれば、車速が第1所定値未満の低車速域では低車速になるほど第1の変化度合いで不感帯の所定幅を広く設定し、第2所定値以上の高車速域では高車速になるほど第1の変化度合いより緩やかな第2の変化度合いで不感帯の所定幅を広く設定するので、高車速域では空力の影響により目標挙動と実挙動との偏差が比較的生じ易い傾向にある一方、低車速域では線形モデルで計算した目標挙動と実挙動とに基づいて偏差を算出することで目標挙動と実挙動との偏差が特に生じ易い傾向にあり、特に低車速域において挙動調整機構の過度の不要な作動を良好に防止することができる。
【0016】
また、請求項4の車両の挙動制御装置によれば、設定された目標ヨーレイトと検出された実ヨーレイトとの偏差の相関値が制御指標とされ、駆動力調整機構は該制御指標に応じて求めた制御量に基づき制御されるが、制御指標の0値近傍に所定幅の不感帯を有しており、該不感帯の所定幅を車速に応じて可変設定するようにしたので、例えば線形モデルで計算した目標ヨーレイトと実ヨーレイトとに基づいて偏差を算出することや空力の影響等によって目標ヨーレイトと実ヨーレイトとの偏差が車速によっては生じ易い傾向にあるのであるが、このことにより微少な偏差の相関値が発生し制御指標が生じた場合であっても、不感帯の所定幅が車速に応じて可変設定されることで、制御量に対する制御指標の不感帯を適正なものとして駆動力調整機構の過度の不要な作動を防止することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明の一実施形態に係る車両の挙動制御装置について図面を用いて説明する。
図1は、本発明に係る車両の挙動制御装置の構成を示す模式的なブロック図である。
図1に示すように、本発明の車両の挙動制御装置が適用される四輪駆動の車両1には、エンジン2、トランスミッション3等が備えられており、これによりエンジン2の出力はトランスミッション3及び中間ギア機構4を介してセンタディファレンシャル(以下、センターデフ)5に伝達される。
【0018】
センターデフ5の出力は、一方が前輪8のフロントディファレンシャル(以下、フロントデフ)6を介して車軸7L、7Rから前輪8の左右輪8L、8Rに伝達され、他方がハイポイドギヤ機構9、プロペラシャフト10、後輪側のハイポイドギヤ機構11、リヤディファレンシャル(以下、リアデフ)12を介して車軸13L、13Rから後輪14の左右輪14R、14Lに伝達される。
【0019】
詳しくは、センターデフ5は、デファレンシャルピニオン5A、5Bと、これらのデファレンシャルピニオン5A、5Bと噛合するサイドギヤ5C、5Dとから構成され、デファレンシャルピニオン5A、5Bから入力されたトルクは、一方のサイドギヤ5Cを介して前輪8へ伝達されるとともに、他方のサイドギヤ5Dを介しプロペラシャフト10等を経て後輪14へ伝達される。このとき、このセンターデフ5によって前輪8と後輪14との間の差動が許容されることになり、車両1の回頭性が妨げられることがない。
【0020】
そして、このセンターデフ5には、駆動力配分システムとして、前輪8と後輪14との間で許容された差動を可変に制限しながら、エンジン2から出力されたトルクを前後輪8、14に対して可変に配分できる前後輪間差動制限機構(駆動力調整機構、挙動調整機構)19が接続されている。この前後輪間差動制限機構19は、湿式油圧多板クラッチ機構によって構成され、後述する駆動系油圧ユニット30から供給される油圧に応じて、前輪8および後輪14との間での差動制限の度合を調整することができるようになっており、前輪8及び後輪14に対して伝達されるトルク(駆動力)の配分を適宜変更可能である。
【0021】
また、フロントデフ6には、エンジン2から入力されたトルクの大きさに応じて、左右輪8R、8Lの差動を機械的に制限するトルク感応式のディファレンシャルギアが適用されている。
一方、リアデフ12のケース12Aの外周にはプロペラシャフト10の後端のピニオンギア10Aと噛合するクラウンギア16が設けられ、また、このケース12Aの内側には遊星歯車機構12Bが備えられている。そして、この遊星歯車機構12Bにより、左右の後輪14L、14Rの差動が許容される。このような構成により、エンジン2からプロペラシャフト10、ピニオンギア10A等を通じてクラウンギア16へ入力されたトルクは、遊星歯車機構12Bによって左側の後輪14Lと右側の後輪14Rとの差動を許容しながら両輪14L、14Rに伝達される。
【0022】
そして、リアデフ12には、左右輪14L、14Rに伝達される駆動力の差を適宜変更可能な左右輪間駆動力移動機構(駆動力調整機構、挙動調整機構)15が接続されている。この左右輪間駆動力移動機構15は、変速機構15Aと伝達容量可変制御式のトルク伝達機構15Bとから構成され、やはり後述する駆動系油圧ユニット30から供給される油圧に応じて、右輪14Rと左輪14Lとの駆動力(即ち、トルク)の差を、車両の走行状況等に応じて適宜変更可能である。
【0023】
変速機構15Aは、左右輪のうちの一方の車輪(ここでは左輪14L)の回転速度を増速させたり減速させたりしてトルク伝達機構15Bに出力するものである。
伝達容量可変制御式のトルク伝達機構15Bは、後述の駆動系油圧ユニット30から供給される制御油圧に応じて、伝達トルク容量を調整できる湿式油圧多板クラッチ機構であって、上記変速機構15Aにより増速または減速された回転速度と、左右輪のうちの他方の車輪(ここでは右輪14R)の回転速度との回転速度差を利用して、左右輪14L、14Rの間でトルクの授受を行なうことにより、一方の車輪の駆動トルクを増大または減少させ、他方の車輪の駆動トルクを減少または増大させることが可能である。なお、上述の、遊星歯車機構12B、変速機構15A、トルク伝達機構15Bは公知の技術であるので、これらの各構造についての詳細な説明は省略する。
【0024】
そして、車両1には、左右輪間駆動力移動機構15及び前後輪間差動制限機構19に対して油圧を供給する駆動系油圧ユニット30が設けられている。詳しくは、駆動系油圧ユニット30は左右輪間駆動力移動機構15を油圧作動させるリアデフ油圧ユニット31と前後輪間差動制限機構19を油圧作動させるセンターデフ油圧ユニット32とから構成されており、これらリアデフ油圧ユニット31及びセンターデフ油圧ユニット32は電子コントロールユニット(ECU)40に接続されている。
【0025】
なお、リアデフ油圧ユニット31及びセンターデフ油圧ユニット32には、いずれも図示しない、アキュムレータ、アキュムレータ内の作動油を所定圧に加圧するモータポンプ、モータポンプで加圧された油圧を監視する圧力センサ等が備えられ、また、モータポンプによって圧力調整されたアキュムレータ内の油圧をさらに圧力調整しながら出力する電磁制御弁と、この電磁制御弁で調整された油圧の供給先を、左右輪間駆動力移動機構15の所定の油室(図示略)に切り換える方向切換弁等が備えられて構成されている。
【0026】
ECU40には、駆動力調整コントローラ(駆動力調整制御手段、挙動制御手段)42が設けられ、実際にはリアデフ油圧ユニット31及びセンターデフ油圧ユニット32は駆動力調整コントローラ42に接続されている。
駆動力調整コントローラ42は、CPU、ROM、RAM、インタフェイス等を備え、入力側には車輪速センサ(車速検出手段)45R、45L、46R、46L、舵角センサ47、G(前後G、横G)センサ48、ヨーレイトセンサ(挙動検出手段)49の他、スロットルポジションセンサ(図示略)等の各種センサ類が接続されている。これにより、リアデフ油圧ユニット31及びセンターデフ油圧ユニット32は、駆動力調整コントローラ42が各種センサによって検出された車両の走行状態、即ち車速、操舵状態、車体の走行状態等に応じて各々演算した出力値に応じて作動制御され、左右輪間駆動力移動機構15及び前後輪間差動制限機構19の作動をそれぞれ制御可能である。
【0027】
例えば、車両1が右旋回しながら前進している場合には、所定の油圧がリアデフ油圧ユニット31から左右輪間駆動力移動機構15に入力され、右後輪14Rに伝達されるトルクが減少されるとともに右後輪14Rが減速する一方、左後輪14Lに伝達されるトルクが増大されるとともに左後輪14Lが増速する。これにより、車両1に右回り(時計回り)のヨーモーメントを生じさせるようにでき、車両1の回頭性能を向上させることが可能である。
【0028】
同様に、車両1が左方向へ旋回しながら前進している場合には、所定の油圧がリアデフ油圧ユニット31から左右輪間駆動力移動機構15に入力され、左後輪14Lへ伝達されるトルクが減少されるとともに左後輪14Lが減速する一方、右後輪14Rへ伝達されるトルクが増加されるとともに右後輪14Rが増速する。これにより、車両1に対して左回り(反時計回り)のヨーモーメントを生じさせるようにでき、やはり車両1の回頭性能を向上させることが可能である。
【0029】
また、所定の油圧がセンターデフ油圧ユニット32から前後輪間差動制限機構19に入力され、前輪8と後輪14との差動を制限して車両1のトラクション性能を向上させたり、或いは前輪8と後輪14との差動を許容して車両1の回頭性能を向上させることが可能である。
さらに、車両1には、ブレーキ装置制御システムが装備されており、このブレーキ装置制御システムにより、車両1の各輪8L、8R、14L、14Rの制動状態をそれぞれ独立して制御可能である。このブレーキ装置制御システムは、車両1の各輪8L、8R、14L、14Rにそれぞれ対応して設けられた4つのブレーキ装置(挙動調整機構)21L、21R、22L、22Rと、これらの各ブレーキ装置21、22を制御すべくECU40に設けられたブレーキ装置コントローラ(挙動制御手段)44と、ブレーキ装置コントローラ44からの指令に応じた油圧を各ブレーキ装置21、22に対して供給する制動系油圧ユニットとしてのブレーキ装置油圧ユニット33とから構成されている。
ブレーキ装置油圧ユニット33には、それぞれ図示しない、ブレーキ液圧を調整するためのモータポンプ、電磁制御弁等が備えられている。
【0030】
また、ブレーキ装置コントローラ44は、CPU、ROM、RAM、インタフェイス等を備え、入力側には車輪速センサ(車速検出手段)45R、45L、46R、46L、舵角センサ47、Gセンサ(前後G、横G)48、ヨーレイトセンサ(挙動検出手段)49の他、ブレーキペダル踏み込みセンサ(図示略)等の各種センサ類が接続されている。これにより、ブレーキ装置油圧ユニット33は、ブレーキ装置コントローラ44が各種センサからの情報に基づき各々演算した出力値に応じて作動制御され、ブレーキ装置21L、21R、22L、22Rの作動状態をそれぞれ制御し、車両1のヨーモーメントを制御可能である。
【0031】
図2は、上記のように構成された本発明に係る車両の挙動制御装置の駆動力調整コントローラ42内における制御系の構成のうち左右輪間駆動力移動機構15の制御、即ち左右輪駆動力調整制御の制御系の構成を示した模式的なブロック図であり、以下、同図に基づき駆動力調整コントローラ42において実行される本発明に係る駆動力調整制御装置の左右輪駆動力調整制御の制御内容について説明する。
上述したように、駆動力調整コントローラ42では各種センサからの情報に基づき車両の走行状態に応じた出力値が各々演算され、これにより左右輪間駆動力移動機構15の作動状態がそれぞれ左右輪駆動力調整制御として制御されるが、具体的には、図2に示すように、舵角センサ47によって測定された舵角と、各車輪速センサ45R、45L、46R、46Lによって検出された車速VBとに基づいて理論上の目標ヨーレイト(目標挙動)γtが計算され(目標ヨーレイト設定手段、目標挙動設定手段)、減算器50において当該目標ヨーレイトγtとヨーレイトセンサ49によって測定された実ヨーレイト(実挙動)γrとの差としてヨーレイト偏差Δγ(偏差の相関値)が制御指標として求められ、変換器52において当該ヨーレイト偏差Δγに応じて左右輪駆動力調整制御量TR/Dが求められ出力される。そして、左右輪駆動力調整制御量TR/Dに基づいて車両1のヨーモーメントを増減制御すべく左右輪間駆動力移動機構15がフィードバック制御される。
詳しくは、図2に示すように、変換器52にはヨーレイト偏差Δγ(制御指標)を横軸とし左右輪駆動力調整制御量TR/Dを縦軸とする変換マップが予め記憶されており、左右輪駆動力調整制御量TR/Dは算出されたヨーレイト偏差Δγに基づき当該変換マップから読み出される。
【0032】
そして、変換マップには、左右輪駆動力調整制御量TR/Dに対しヨーレイト偏差Δγの−γDZからγDZまでの0値近傍の絶対値|γDZ|の範囲において当該左右輪駆動力調整制御量TR/Dが値0を維持するよう不感帯が設定されている。
このように不感帯が設けられていることにより、各車輪速センサ45R、45L、46R、46L、舵角センサ47、ヨーレイトセンサ49等からの入力信号に路面からの外乱等によるノイズが混入し、当該ノイズにより微少なヨーレイト偏差Δγが発生した場合であっても、当該微少なヨーレイト偏差Δγによって不必要に左右輪駆動力調整制御量TR/Dが生成されてしまうことが防止され、左右輪間駆動力移動機構15の過度の不要な作動が防止される。
【0033】
ところで、上述したように、車速VBが小さい低車速域では、半径の小さい旋回を行った場合、2輪モデルの近似誤差が大きくなったり操舵角と実舵角の間の非線形性が強まり、線形モデルで計算した目標ヨーレイトγtと実ヨーレイトγrとの偏差が特に生じ易く、また高車速域においても、空力の影響等により、やはり線形モデルで計算した目標ヨーレイトγtと実ヨーレイトγrとの偏差が比較的生じ易い一方、中車速域では、偏差は生じ易くなく、不感帯幅である絶対値|γDZ|を一定範囲に固定していると、中車速域においては不感帯が広過ぎ、可能なはずの左右輪駆動力調整制御を実施できないという不都合が生じ得る。また、低車速域と高車速域でも、偏差の生じ易さはそれぞれ異なるため、いずれか一方においてやはり最適な左右輪駆動力調整制御を実施できないという不都合が生じ得る。
【0034】
このようなことから、本発明では、不感帯幅である絶対値|γDZ|を車速VBに応じて適宜可変させるようにしている(不感帯幅設定手段)。
詳しくは、図2に示すように、駆動力調整コントローラ42には車速VBに対する絶対値|γDZ|が予め実験等により設定されマップMとして記憶されており、各車輪速センサ45R、45L、46R、46Lにより検出された車速VBに応じて絶対値|γDZ|がマップMから読み出されることで、変換器52の変換マップの絶対値|γDZ|が可変設定される。
【0035】
即ち、絶対値|γDZ|は、車速VBに応じ、車速VBが第1所定値V1未満の低車速域では車速VBが0で最大値X1となり第1所定値V1で通常値X2(<X1)となるよう変化勾配D1(第1の変化度合い)をもって設定され、第1所定値V1以上第2所定値V2未満の中車速域では通常値X2に維持され、第2所定値V2以上の高車速域では通常値X2から徐々に増大するよう変化勾配D1よりも緩やかな変化勾配D2(第2の変化度合い)をもって全体として最大値X1よりも小さい範囲に設定されている。
【0036】
特に、車速VBが第1所定値V1未満の低車速域では低車速であるほど線形モデルで計算した目標ヨーレイトγtと実ヨーレイトγrとの偏差が生じ易いことから、車速VBが0に近いほど絶対値|γDZ|は最大値X1に近づき不感帯幅が広くなるように設定されている。
このように、本発明に係る車両の挙動制御装置では、左右輪間駆動力移動機構15の制御において、左右輪駆動力調整制御量TR/Dに対しヨーレイト偏差Δγに0値近傍の絶対値|γDZ|の範囲で不感帯を設定するようにしており、この場合において、当該不感帯幅を車速VBに応じて可変設定し、低車速域では中車速域よりも絶対値|γDZ|が大きく不感帯幅が広くなるようにし、特に低車速域で車速VBが小さいほど絶対値|γDZ|が最大値X1に近づくようにし、高車速域では中車速域よりも絶対値|γDZ|が徐々に大きく不感帯幅が徐々に広くなるようにしている。即ち、左右輪駆動力調整制御量TR/Dに対するヨーレイト偏差Δγの不感帯幅を全体として低車速域では広く、中車速域ではできる限り狭く、高車速域ではやや広くなるようにきめ細かく調整するようにしている。
【0037】
これにより、低車速域において半径の小さい旋回を行うような場合であって、目標ヨーレイトγtと実ヨーレイトγrとの偏差が特に生じ易い場合であっても、不感帯幅を広くして不必要に左右輪駆動力調整制御量TR/Dが生成されてしまうことを防止でき、同様に、高車速域において空力の影響等があるような場合であって、目標ヨーレイトγtと実ヨーレイトγrとの偏差が比較的生じ易い場合であっても、やはり不感帯幅をやや広くして不必要に左右輪駆動力調整制御量TR/Dが生成されてしまうことを防止でき、左右輪間駆動力移動機構15の過度の不要な作動を良好に防止することができる。そして一方、中車速域においては、絶対値|γDZ|を通常値X2として不感帯幅をできる限り狭く維持して左右輪駆動力調整制御を不都合なく良好に実施するようにできる。
【0038】
即ち、本発明に係る車両の挙動制御装置によれば、車速VBに拘わらず全ての車速域で、左右輪駆動力調整制御量TR/Dをヨーレイト偏差Δγに基づき適切に求めることができ、過度の不要な制御を排除して最適な左右輪駆動力調整制御を実現することが可能である。
以上で本発明に係る車両の挙動制御装置の実施形態の説明を終えるが、実施形態は上記に限られるものではない。
【0039】
例えば、上記実施形態では、代表例として左右輪間駆動力移動機構15の制御において左右輪駆動力調整制御量TR/Dに対しヨーレイト偏差Δγの不感帯幅を車速VBに応じて可変設定する場合について説明したが、これに限られるものではなく、前後輪間差動制限機構(挙動調整機構)19の前後輪駆動力調整制御における制御量やブレーキ装置制御システムにおけるブレーキ装置(挙動調整機構)21L、21R、22L、22Rのブレーキ装置制御の制御量に対する制御指標についても同様に不感帯を設け、当該不感帯を上記同様に車速VBに応じて可変設定するようにしてもよい。
【0040】
また、上記実施形態では、目標ヨーレイトγtと実ヨーレイトγrとの差であるヨーレイト偏差Δγを制御指標としているが、例えばヨーレイト偏差Δγの微分値dΔγ/dt(偏差の相関値)を制御指標とするようにし、当該微分値dΔγ/dtに対応するように不感帯を車速VBに応じて可変設定するようにしてもよい。
また、上記実施形態においては、速度情報を車輪速センサ45L,45R,46L,46Rで検出しているが、このような形態に限定されるものではなく、例えば、舵角センサ47からの検出情報から低速コーナー/高速コーナーを推定し、この推定値に応じて不感帯を可変設定するようにしてもよい。
【0041】
また、上記実施形態においては、フロントデフ6は、エンジン2から入力されたトルクの大きさに応じて、左右輪8R,8Lの差動を機械的に制限するトルク感応式のディファレンシャルギアが適用されている場合について説明したが、このような構成に限定するものではない。
例えば、上記実施形態における左右輪間駆動力移動機構15を、リアデフ12に装備するだけではなくフロントデフ6にも装備する構成としてもよいし、フロントデフ6のみに装備する構成としてもよい。
【0042】
また、上記実施形態においては、車両1が4輪駆動車である場合を例にとって説明したが、特に4輪駆動車に限定するものではなく、前輪駆動車であってもよいし、後輪駆動車であってもよい。
また、上記実施形態においては、リアデフ油圧ユニット31が左右輪間駆動力移動機構15を制御することで、エンジン1から後左右輪14L,14Rに伝達されるトルクの差が調整される場合を例にとって説明したが、このような構成に限定するものではない。例えば、前輪側あるいは後輪側の左右輪にそれぞれ設けられた電気モータの駆動力をそれぞれ独立して調整するようにしてもよい。なお、この場合、電気モータのほかに、エンジンなどの他の駆動源を車載するか否かは適宜選択可能である。
【0043】
また、左右輪間駆動力移動機構15の代わりに、左右輪間で駆動力を配分する機構に換えてもよく、例えば、左右輪にそれぞれクラッチ機構を設け、このクラッチ機構による締結力を調整することで、左右輪に伝達される駆動力の大きさを可変とする構成としてもよい。さらには、これを後輪側あるいは前輪側に設けてもよい。
また、上記実施形態においては、前後輪間差動制限機構19を歯車式のものとしたが、これに何ら限定されるものではなく、同様の機能を有するものであればよいことは言うまでもない。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】本発明の一実施形態に係る車両の挙動制御装置の構成を模式的に示すブロック図である。
【図2】本発明に係る車両の挙動制御装置のうち左右輪駆動力調整制御の制御系の構成を示した模式的なブロック図である。
【符号の説明】
【0045】
1 車両
2 エンジン
8L、8R 駆動輪、各輪
14L、14R 駆動輪、各輪
15 左右輪間駆動力移動機構(駆動力調整機構、挙動調整機構)
19 前後輪間差動制限機構(駆動力調整機構、挙動調整機構)
21L、21R ブレーキ装置(挙動調整機構)
22L、22R ブレーキ装置(挙動調整機構)
30 駆動系油圧ユニット
31 リアデフ油圧ユニット
32 センターデフ油圧ユニット
33 ブレーキ装置油圧ユニット
40 ECU
42 駆動力調整コントローラ(駆動力調整制御手段、挙動制御手段)
44 ブレーキ装置コントローラ(挙動制御手段)
45R、45L 車輪速センサ(車速検出手段)
46R、46L 車輪速センサ(車速検出手段)
47 舵角センサ
48 Gセンサ
49 ヨーレイトセンサ(挙動検出手段)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の挙動を調整する挙動調整機構と、
車両の実挙動を検出する挙動検出手段と、
車両の走行状態に応じて車両の目標挙動を設定する目標挙動設定手段と、
該目標挙動設定手段により設定された目標挙動と前記挙動検出手段により検出された実挙動との偏差の相関値を制御指標とし、前記挙動調整機構を該制御指標に応じて求めた制御量に基づき制御する挙動制御手段と、
車速を検出する車速検出手段とを備え、
前記挙動制御手段は、前記制御指標の0値近傍に所定幅の不感帯を有し、前記車速検出手段により検出された車速に応じて該不感帯の所定幅を可変設定する不感帯幅設定手段を含み、
前記不感帯幅設定手段は、車速が第1所定値未満の低車速域では該第1所定値以上第2所定値未満の中車速域よりも前記不感帯の所定幅を広く設定するとともに、車速が第2所定値以上の高車速域では前記中車速域よりも前記不感帯の所定幅を広く設定することを特徴とする車両の挙動制御装置。
【請求項2】
前記不感帯幅設定手段は、車速が前記第1所定値未満の低車速域では前記第2所定値以上の高車速域よりも前記不感帯の所定幅を全体として広く設定することを特徴とする、請求項1記載の車両の挙動制御装置。
【請求項3】
前記不感帯幅設定手段は、車速が前記第1所定値未満の低車速域では低車速になるほど前記不感帯の所定幅を第1の変化度合いで広く設定し、前記第2所定値以上の高車速域では高車速になるほど前記不感帯の所定幅を前記第1の変化度合いより緩やかな第2の変化度合いで広く設定することを特徴とする、請求項2記載の車両の挙動制御装置。
【請求項4】
前記挙動調整機構は、各駆動輪の駆動力を調整することで車両の挙動を調整する駆動力調整機構を含み、
前記挙動検出手段は、車両の実ヨーレイトを検出するヨーレイト検出手段であり、
前記目標挙動設定手段は、車両の走行状態に応じて車両の目標ヨーレイトを設定する目標ヨーレイト設定手段であり、
前記挙動制御手段は、前記目標ヨーレイト設定手段により設定された目標ヨーレイトと前記ヨーレイト検出手段により検出された実ヨーレイトとの偏差の相関値を制御指標とし、前記駆動力調整機構を該制御指標に応じて求めた制御量に基づき制御する駆動力調整制御手段を含むことを特徴とする、請求項1乃至3のいずれか記載の車両の挙動制御装置。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−56866(P2009−56866A)
【公開日】平成21年3月19日(2009.3.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−224161(P2007−224161)
【出願日】平成19年8月30日(2007.8.30)
【出願人】(000006286)三菱自動車工業株式会社 (2,892)
【Fターム(参考)】