説明

交流電動機の制御装置および制御方法

【課題】インバータを用いた交流電動機制御において、効率を低下させることなくインバータのスイッチングによるサージ電圧を抑制する。
【解決手段】交流制御指令(Vu)とキャリア信号(Vcw)との電圧比較に基づいて、インバータ各相のスイッチング素子のオンオフが制御される。交流制御指令(Vu)は、三相変調のための本来の交流電圧指令(Vu♯)に、3次高調波電圧(Vuh)を重畳することによって得られる。3次高調波電圧(Vuh)は、相電流の特定タイミング(tp1、tp2)を含む所定の電流位相期間(T1)において、当該相でのスイッチング素子のオンオフが固定されるように設定される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、交流電動機の制御装置および制御方法に関し、より特定的には、インバータを用いた交流電動機制御における、インバータのスイッチングサージの低減技術に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、交流電動機を駆動制御するインバータにパルス幅変調(PWM)制御を適用することが行なわれている。インバータでは、PWM制御に従って、電力用半導体スイッチング素子(以下、単に「スイッチング素子」とも称する)をオンオフすることによって、交流電動機に供給される交流電力が制御される。
【0003】
インバータでは、スイッチング素子のオンオフに伴ってサージ電圧が発生することが知られている。サージ電圧が耐圧を超えると、スイッチング素子の破壊や、モータ巻線の被膜に発生する絶縁破壊等によって、機器故障が発生する虞がある。一方、このような機器故障を回避するために、耐圧を高く設計すると、コスト上昇や機器体格の大型化を招いてしまう。
【0004】
このため、特開2009−189173号公報(特許文献1)には、サージ電圧を大きくしないように、インバータのスイッチングを制御することが記載されている。特許文献1には、正弦波PWM制御および矩形波制御が選択的に適用されるインバータにおいて、電圧利用値が規定値を上回ることに基づいて、矩形波制御で制御されるときにはスイッチング状態の切換速度(オンオフ速度)を低下させることが記載されている。この結果、トルクの変動や制御の複雑化を抑制しつつ、複数のインバータ間でのスイッチング素子のオンオフが同時に切換えられても、この際のサージ電圧を抑制することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009−189173号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1によるインバータのスイッチング制御では、サージ電圧を抑制するためにスイッチング速度を低下させることになる。スイッチング速度が低下すると、電流および電圧の変化も緩やかになるため、両者の積に依存するスイッチング損失が大きくなってしまう。この結果、効率が低下する虞がある。
【0007】
この発明は、このような問題点を解決するためになされたものであって、インバータを用いた交流電動機制御において、効率を低下させることなくインバータのスイッチングによるサージ電圧を抑制することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
この発明のある局面では、交流電動機の制御装置は、インバータと、電流検出器と、制御指令演算部と、スイッチング制御部と、変調部とを備える。インバータは、複数相にそれぞれ対応した複数のスイッチング素子を有し、かつ、複数相の交流電動機に供給される交流電力を制御するように構成される。電流検出器は、交流電動機の複数相のそれぞれの相電流を検出するように構成される。制御指令演算部は、電流検出器によって検出された相電流を用いた制御演算に従って、複数相のそれぞれの交流制御指令を演算するように構成される。スイッチング制御部は、複数相のそれぞれについて、相電流の所定の電流位相期間においてインバータの当該相のスイッチング素子のオンオフが固定されるように、交流制御指令を修正するように構成される。変調部は、複数相のそれぞれについて、スイッチング制御部によって修正された交流制御指令に基づいてインバータからの交流電力を制御するように構成される。
【0009】
好ましくは、電流位相期間は、相電流の各ピークタイミングおよび各ゼロクロスタイミングの所定の一方を含むように設定される。
【0010】
さらに好ましくは、スイッチング制御部は、電流位相検出部と、電圧指令修正部と、加算部とを含む。電流位相検出部は、電流検出器によって検出された相電流に基づいて、相電流の位相を検出するように構成される。電圧指令修正部は、検出された位相に基づいて、交流制御指令に重畳させる3次高調波電圧を設定するように構成される。加算部は、設定された3次高調波電圧と、制御指令演算部による交流制御指令との加算によって、変調部へ伝達される交流制御指令を生成する。
【0011】
さらに好ましくは、変調部は、スイッチング制御部により修正された交流制御指令と、キャリア信号との電圧比較に基づいて、複数のスイッチング素子のオンオフを制御するように構成される。電流位相検出部は、電流検出器の検出値に基づいて、相電流のピークタイミングおよびゼロクロスタイミングのうちの一方に対する他方のタイミングを検出する。電圧指令修正部は、検出された他方のタイミングと、交流電動機の回転速度とに少なくとも基づいて、次の一方のタイミングを含むように次の電流位相区間を設定するとともに、該電流位相期間において、変調部へ伝達される交流制御指令とキャリア信号との間の電圧の高低が固定されるように、3次高調波電圧を設定する。
【0012】
また、さらに好ましくは、電流位相検出部は、電流検出器の検出値に基づいて、交流制御指令に対する相電流の位相差を検出する。電圧指令修正部は、検出した位相差に応じて、3次高調波電圧の予め設定された複数パターンのうちの1つのパターンを選択することによって、3次高調波電圧を設定する。
【0013】
この発明の他の局面では、複数相の交流電動機の制御方法は、交流電動機の複数相のそれぞれの相電流を検出するステップと、検出された相電流を用いた制御演算に従って、複数相にそれぞれ対応した複数のスイッチング素子を有するインバータから交流電動機へ供給される交流電力についての、複数相のそれぞれの交流制御指令を演算するステップと、複数相のそれぞれについて、相電流の所定の電流位相期間においてインバータの当該相のスイッチング素子のオンオフが固定されるように、交流制御指令を修正するステップと、複数相のそれぞれについて、修正するステップにより修正された交流制御指令に基づいてインバータからの交流電力を制御するステップとを備える。
【0014】
好ましくは、電流位相期間は、相電流の各ピークタイミングおよび各ゼロクロスタイミングの所定の一方を含むように設定される。
【0015】
さらに好ましくは、制御するステップは、修正するステップにより修正された交流制御指令と、キャリア信号との電圧比較に基づいて、複数のスイッチング素子のオンオフを制御する。修正するステップは、検出された相電流に基づいて、相電流の位相を検出するステップと、検出された位相に基づいて、演算するステップによる交流制御指令に重畳させる3次高調波電圧を設定するステップと、設定された3次高調波電圧と、演算するステップによる交流制御指令との加算によって、電圧比較に用いる交流制御指令を生成するステップとを含む。
【0016】
さらに好ましくは、修正するステップは、検出された相電流に基づいて、相電流のピークタイミングおよびゼロクロスタイミングのうちの一方のタイミングに対する他方のタイミングを検出するステップと、検出された他方のタイミング、交流電動機の回転速度とに少なくとも基づいて、次の一方のタイミングを推定するステップと、推定された一方のタイミング含むように次の電流位相区間を設定するとともに、該電流位相期間において、電圧比較に用いる交流制御指令とキャリア信号との間の電圧の高低が固定されるように、3次高調波電圧を設定するステップとを含む。
【0017】
また、さらに好ましくは、修正するステップは、検出された相電流に基づいて、演算するステップによる交流制御指令に対する相電流の位相差を検出するステップと、検出した位相差に応じて、3次高調波電圧の予め設定された複数パターンのうちの1つのパターンを選択することによって、3次高調波電圧を設定するステップとを含む。
【発明の効果】
【0018】
この発明によれば、インバータを用いた交流電動機制御において、効率を低下させることなくインバータのスイッチングによるサージ電圧を抑制することである。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の実施の形態による交流電動機制御が適用されるモータ駆動システムの構成を示す回路図である。
【図2】図1に示したインバータに適用されるPWM制御を説明する波形図である。
【図3】リカバリサージを抑制するためのインバータでのスイッチング制御を説明するための波形図である。
【図4】ターンオフサージを抑制するためのインバータでのスイッチング制御を説明するための波形図である。
【図5】本発明の実施の形態による交流電動機制御の構成を説明する機能ブロック図である。
【図6】本発明の実施の形態による交流電動機制御の処理手順を示すフローチャートである。
【図7】リカバリサージを抑制するための制御処理手順を示すフローチャートである。
【図8】ターンオフサージを抑制するための制御処理手順を示すフローチャートである。
【図9】本発明の実施の形態の変形例による交流電動機制御の変形例を説明するための波形図である。
【図10】本発明の実施の形態の変形例による交流電動機制御における電圧指令修正値を設定するための処理手順を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下に図面を参照して、本発明の実施の形態について詳細に説明する。なお、以下図中の同一または相当部分には同一符号を付して、その説明は原則的に繰返さないものとする。
【0021】
図1は、本発明の実施の形態による交流電動機制御が適用されるモータ駆動システムの構成を示す回路図である。
【0022】
図1を参照して、モータ駆動システム100は、直流電圧発生部10♯と、平滑コンデンサC0と、インバータ14と、交流電動機M1と、制御装置30とを備える。
【0023】
交流電動機M1は、たとえば、電動車両(ハイブリッド自動車、電気自動車や燃料電池車等の電気エネルギによって車両駆動力を発生する自動車をいうものとする)の駆動輪を駆動するためのトルクを発生するための走行用電動機である。あるいは、この交流電動機M1は、エンジンにて駆動される発電機の機能を持つように構成されてもよく、電動機および発電機の機能を併せ持つように構成されてもよい。さらに、交流電動機M1は、エンジンに対して電動機として動作し、たとえば、エンジン始動を行ない得るようなものとしてハイブリッド自動車に組み込まれるようにしてもよい。すなわち、本実施の形態において、「交流電動機」は、交流駆動の電動機、発電機および電動発電機(モータジェネレータ)を含むものである。
【0024】
直流電圧発生部10♯は、直流電源Bと、システムリレーSR1,SR2と、平滑コンデンサC1と、コンバータ12とを含む。
【0025】
直流電源Bは、代表的には、ニッケル水素またはリチウムイオン等の二次電池や電気二重層キャパシタ等の再充電可能な蓄電装置により構成される。直流電源Bが出力する直流電圧VLおよび入出力される直流電流Ibは、電圧センサ10および電流センサ11によってそれぞれ検知される。
【0026】
システムリレーSR1は、直流電源Bの正極端子および電力線6の間に接続され、システムリレーSR1は、直流電源Bの負極端子およびアース線5の間に接続される。システムリレーSR1,SR2は、制御装置30からの信号SEによりオンオフされる。
【0027】
コンバータ12は、リアクトルL1と、電力用半導体スイッチング素子Q1,Q2と、ダイオードD1,D2とを含む。電力用半導体スイッチング素子Q1およびQ2は、電力線7およびアース線5の間に直列に接続される。電力用半導体スイッチング素子Q1およびQ2のオンオフは、制御装置30からのスイッチング制御信号SG1およびSG2によって制御される。
【0028】
この発明の実施の形態において、電力用半導体スイッチング素子(以下、単に「スイッチング素子」と称する)としては、IGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)、電力用MOS(Metal Oxide Semiconductor)トランジスタあるいは、電力用バイポ
ーラトランジスタ等を用いることができる。スイッチング素子Q1,Q2に対しては、逆並列ダイオードD1,D2が配置されている。リアクトルL1は、スイッチング素子Q1およびQ2の接続ノードと電力線6の間に接続される。また、平滑コンデンサC0は、電力線7およびアース線5の間に接続される。
【0029】
インバータ14は、電力線7およびアース線5の間に並列に設けられる、U相上下アーム15と、V相上下アーム16と、W相上下アーム17とから成る。各相上下アームは、電力線7およびアース線5の間に直列接続されたスイッチング素子から構成される。たとえば、U相上下アーム15は、スイッチング素子Q3,Q4から成り、V相上下アーム16は、スイッチング素子Q5,Q6から成り、W相上下アーム17は、スイッチング素子Q7,Q8から成る。また、スイッチング素子Q3〜Q8に対して、逆並列ダイオードD3〜D8がそれぞれ接続されている。スイッチング素子Q3〜Q8のオンオフは、制御装置30からのスイッチング制御信号SG3〜SG8によって制御される。
【0030】
以下では、スイッチング素子Q3,Q5,Q7を総括的に「上アーム素子」とも称するとともに、スイッチング素子Q4,Q6,Q8を総括的に「下アーム素子」とも称する。
【0031】
代表的には、交流電動機M1は、3相の永久磁石型同期電動機であり、U,V,W相の3つのコイルの一端が中性点に共通接続されて構成される。さらに、各相コイルの他端は、各相上下アーム15〜17のスイッチング素子の中間点と接続されている。
【0032】
コンバータ12は、基本的には、各スイッチング周期内でスイッチング素子Q1およびQ2が相補的かつ交互にオンオフするように制御される。コンバータ12は、昇圧動作時には、直流電源Bから供給された直流電圧VLを直流電圧VHへ昇圧する。この昇圧動作は、スイッチング素子Q2のオン期間にリアクトルL1に蓄積された電磁エネルギを、スイッチング素子Q1および逆並列ダイオードD1を介して、電力線7へ供給することにより行なわれる。
【0033】
また、コンバータ12は、降圧動作時には、直流電圧VHを直流電圧VLに降圧する。この降圧動作は、スイッチング素子Q1のオン期間にリアクトルL1に蓄積された電磁エネルギを、スイッチング素子Q2および逆並列ダイオードD2を介して、電力線6へ供給することにより行なわれる。これらの昇圧動作または降圧動作における電圧変換比(VHおよびVLの比)は、上記スイッチング周期に対するスイッチング素子Q1,Q2のオン期間比(デューティ比)により制御される。なお、スイッチング素子Q1およびQ2をオ
ンおよびオフにそれぞれ固定すれば、VH=VL(電圧変換比=1.0)とすることもできる。
【0034】
平滑コンデンサC0は、コンバータ12からの直流電圧を平滑化し、その平滑化した直流電圧をインバータ14へ供給する。電圧センサ13は、平滑コンデンサC0の両端の電圧、すなわち、直流電圧VHを検出し、その検出値を制御装置30へ出力する。
【0035】
インバータ14は、交流電動機M1のトルク指令値が正(Trqcom>0)の場合には、平滑コンデンサC0から直流電圧が供給されると制御装置30からのスイッチング制御信号SG3〜SG8に応答した、スイッチング素子Q3〜Q8のスイッチング動作により直流電圧を交流電圧に変換して正のトルクを出力するように交流電動機M1を駆動する。また、インバータ14は、交流電動機M1のトルク指令値が零の場合(Trqcom=0)には、スイッチング制御信号SG3〜SG8に応答したスイッチング動作により、直流電圧を交流電圧に変換してトルクが零になるように交流電動機M1を駆動する。これにより、交流電動機M1は、トルク指令値Trqcomによって指定された零または正のトルクを発生するように駆動される。
【0036】
さらに、モータ駆動システム100が搭載された電動車両の回生制動時には、交流電動機M1のトルク指令値Trqcomは負に設定される(Trqcom<0)。この場合には、インバータ14は、スイッチング制御信号SG3〜SG8に応答したスイッチング動作により、交流電動機M1が発電した交流電圧を直流電圧に変換し、その変換した直流電圧VHを平滑コンデンサC0を介してコンバータ12へ供給する。なお、ここで言う回生制動とは、電動車両を運転するドライバーによるフットブレーキ操作があった場合の回生発電を伴う制動や、フットブレーキを操作しないものの、走行中にアクセルペダルをオフすることで回生発電をさせながら車両を減速(または加速の中止)させることを含む。
【0037】
電流センサ24は、交流電動機M1に流れる相電流を検出し、その検出値を制御装置30へ出力する。なお、三相の相電流Iu,Iv,Iwの瞬時値の和は零であるので、図1に示すように2相分の電流(たとえば、U相電流IuおよびW相電流Iw)を検出するように配置してもよい。すなわち、残り1相の電流については演算(たとえば、V相電流Iv=−(Iu+Iw))によって求めてもよい。
【0038】
このように、各相(3相)に配置された電流センサ24、あるいは、1相を除く各相(2相)に配置された電流センサ24と上記演算式とによって、交流電動機M1のそれぞれの相の電流を検出するための「電流検出器」が構成される。
【0039】
回転角センサ(レゾルバ)25は、交流電動機M1のロータ回転角θを検出し、その検出した回転角θを制御装置30へ送出する。制御装置30では、回転角θに基づき交流電動機M1の回転速度および回転加速度を算出できる。
【0040】
制御装置30は、電子制御ユニット(ECU)により構成され、予め記憶されたプログラムを図示しないCPU(Central Processing Unit)で実行することによるソフトウェア処理および/または専用の電子回路によるハードウェア処理により、モータ駆動システム100の動作を制御する。
【0041】
代表的な機能として、制御装置30は、入力されたトルク指令値Trqcom、電圧センサ10によって検出された直流電圧VL、電流センサ11によって検出された直流電流Ib、電圧センサ13によって検出された直流電圧VHおよび電流センサ24によって検出されるモータ電流(相電流Iu,Iw)、回転角センサ25からの回転角θ等に基づいて、後述する制御方式により交流電動機M1がトルク指令値Trqcomに従ったトルクを出力するように、コンバータ12およびインバータ14の動作を制御する。すなわち、コンバータ12およびインバータ14を上記のように制御するためのスイッチング制御信号SG1〜SG8を生成して、コンバータ12およびインバータ14へ出力する。
【0042】
コンバータ12の昇圧動作時には、制御装置30は、直流電圧VHをフィードバック制御し、直流電圧VHが電圧指令値に一致するようにスイッチング制御信号SG1,SG2を生成する。
【0043】
また、制御装置30は、交流電動機M1が回生制動モードで動作するときには、交流電動機M1で発電された交流電圧を直流電圧に変換するようにスイッチング制御信号SG3〜SG8を生成してインバータ14へ出力する。これにより、インバータ14は、交流電動機M1で発電された交流電圧を直流電圧に変換してコンバータ12へ供給する。さらに、制御装置30は、インバータ14から供給された直流電圧を降圧するようにスイッチング制御信号SG1,SG2を生成し、コンバータ12へ出力する。これにより、交流電動機M1が発電した交流電圧は、直流電圧に変換され、降圧されて直流電源Bに供給される。
【0044】
インバータ14には、代表的にはPWM制御が適用される。図2は、インバータ14に適用されるPWM制御を説明する波形図である。
【0045】
図2を参照して、PWM制御では、キャリア信号160と、交流制御指令170との電圧比較に基づいて、インバータ14の各相スイッチング素子のオンオフが制御される。たとえば、交流制御指令170がキャリア信号160よりも高い区間では、当該相の上アーム素子がオンされる一方で、下アーム素子がオフされる。反対に、交流制御指令170がキャリア信号160よりも低い区間では、当該相の下アーム素子がオンされる一方で、上アーム素子がオンされる。
【0046】
この結果、インバータ14からは相電圧として、上アーム素子のオン期間に対応するハイレベル(Hレベル)区間と、下アーム素子のオン期間に対応する、ローレベル(Lレベル)区間とが集合したパルス幅変調電圧180が、疑似正弦波電圧として交流電動機M1へ印加される。キャリア信号160は、所定周波数の三角波やのこぎり波によって構成することができる。以下では、三角波を例示する。
【0047】
このように、インバータ14では、キャリア信号160の周期に対応して、スイッチング素子Q3〜Q8がオンオフされる。このオンオフに伴って、当該スイッチング素子Q3〜Q8および逆並列ダイオードD3〜D8によるサージ電圧が発生する。
【0048】
スイッチング素子Q3〜Q8によるサージ電圧は、相電流をオフする際に、di/dtに応じて発生する。したがって、このサージ電圧(以下、「ターンオフサージ」と称する)は、スイッチング素子の通過電流が最大のタイミング、すなわち相電流のピークタイミングでスイッチング素子をオンオフするときに最大となる。
【0049】
一方、逆並列ダイオードD3〜D8によるサージ電圧(以下、「リカバリサージ」とも称する)は、ダイオード電流が零になって逆回復電流が生じているタイミング、すなわち、相電流のゼロクロスタイミング付近でスイッチング素子をオンオフするときに最大となる。
【0050】
本発明の実施の形態による電動機制御では、以下に説明する図3または図4に従って、ターンオフサージおよびリカバリサージに代表されるスイッチングサージをスイッチング制御によって軽減する。ここで、インバータ14におけるスイッチングサージとして、スイッチング素子Q3〜Q8に生じる上記ターンオフサージと、逆並列ダイオードD3〜D8に生じる上記リカバリサージとのいずれが大きくなるかについては、モータ駆動システム100のハード構成や、使用する電流領域によって変化する。
【0051】
したがって、ハード構成の設計によって、ターンオフサージおよびリカバリサージのいずれが大きいか、言い換えれば、ターンオフサージおよびリカバリサージのいずれをスイッチング制御によって抑制すべきかについては、予め決定することができる。あるいは、ターンオフサージおよびリカバリサージのいずれかを積極的に大きくするように設計した上で、相対的に大きなサージをスイッチング制御によって軽減することもできる。
【0052】
図3および図4は、リカバリサージおよびターンオフサージをそれぞれ抑制するためのスイッチング制御を説明するための波形図である。図3および図4には、U相におけるスイッチング制御を例示するが、V相およびW相についても、電気角120°ずつの位相差で、同様のスイッチング制御が行なわれる。
【0053】
図3を参照して、U相電流Iuは、交流電動機M1の回転周波数に応じた基本波周波数の交流電流となる。そして、上述のように、逆並列ダイオードD3,D4のリカバリサージは、相電流のゼロクロスタイミングtz1,tz2の付近で、スイッチング素子Q3,Q4をオンオフするときに最大となる。
【0054】
したがって、本実施の形態では、リカバリサージを抑制するために、U相電流の各ゼロクロスタイミングtz(tz1、tz2等を包括的に記載するもの)を含む所定の電流位相期間T1において、U相のスイッチング素子Q3,Q4のオンオフを固定する。すなわち、U相でのスイッチングが固定される。この結果、電流位相期間T1では、インバータ出力電圧は、Hレベル(上アーム素子オン)またはLレベル(下アーム素子オン)に固定される。
【0055】
たとえば、交流制御指令として、基本波周波数の正弦波である本来の電圧指令値Vu♯に対して電圧指令修正値Vuhを重畳して、電圧指令値Vuを設定する。そして、この電圧指令値Vuとキャリア信号(電圧Vcw)との電圧比較に基づいて、図2に示したように、上アーム素子(スイッチング素子Q3)および下アーム素子(スイッチング素子Q4)のオンオフを制御する。これにより、U相電流Iuの電流位相期間T1でのU相のスイッチングを固定できる。
【0056】
電圧指令修正値Vuhは、基本的には3次高調波、すなわち相電流の3倍の周波数を有するように決定される。このようにすると、電気角60°ずつで周期的に変化する高調波電圧を発生させることができるので、電気角60°の位相期間に対応させて、スイッチング素子のオンオフを固定できる。
【0057】
なお、電流位相期間T1は、U相電流Iuのピークタイミングtp(tp1,tp2等を包括的に記載するもの)が検出されると、少なくとも交流電動機M1の回転速度に基づいて、次のゼロクロスタイミングtzを推定することによって設定することができる。なお、交流電動機M1の回転速度に加えて、回転加速度をさらに反映すると、さらに高精度に次のゼロクロスタイミングを推定できる。電流位相期間T1は、推定したゼロクロスタイミングを含む、所定の位相区間(たとえば、3次高調波の適用時には電気角60°)に設定される。
【0058】
図4を参照して、ターンオフサージを抑制する際には、U相電流Iuのゼロクロスタイミングtz(図4ではtz3)が検出される毎に、次の電流ピークタイミングtp(図4ではtp4)が推定される。電流ピークタイミングについても、ゼロクロスタイミングの推定と同様に、少なくとも交流電動機M1の回転速度に基づいて、好ましくは、交流電動機M1の回転速度および回転加速度に基づいて推定できる。
【0059】
そして、推定されたゼロクロスタイミングを含む電流位相期間T2において、U相(スイッチング素子Q3,Q4)でのスイッチングが固定される。すなわち、電流位相期間T2では、インバータ出力電圧は、Hレベル(上アーム素子オン)またはLレベル(下アーム素子オン)に固定される。
【0060】
図4に示されるように、本来の交流制御指令である正弦波状の電圧指令値Vu♯に重畳する電圧指令修正値Vuhを調整することによって、上記電流位相期間T2でのスイッチングを固定することができる。電圧指令修正値Vuhは、図3と同様に、基本的には3次高調波、すなわち相電流の3倍の周波数を有するように決定される。これにより、電流位相期間T2を電気角60°に対応させて設けることができる。
【0061】
上記のように、三相の交流電動機M1の制御においては、特定の電流位相期間T1またはT2において、当該相のスイッチングを固定するとともに残りの2相でPWMスイッチングを行なう、いわゆる二相変調を実行する。これにより、相電流のゼロクロスタイミングを含む電流位相期間T1に二相変調を適用した場合には、リカバリサージを抑制することができる一方で、相電流のピークタイミングを含む電流位相期間T2に二相変調を適用した場合には、ターンオフサージを抑制することができる。
【0062】
図5は、本発明の実施の形態による交流電動機制御の構成を説明する機能ブロック図である。特に、図5では、交流電動機制御でのサージ抑制のためのスイッチング制御を適用したパルス幅変調制御の構成が示される。なお、図5に示された各機能ブロックについては、当該ブロックに相当する機能を有する回路(ハードウェア)で構成してもよいし、予め設定されたプログラムに従って制御装置30(ECU)がソフトウェア処理を実行することにより実現してもよい。
【0063】
図5を参照して、PWM制御部200は、電流サンプリング部205と、電流指令生成部210と、座標変換部220,250と、電圧指令生成部240と、PWM変調部260と、搬送波制御部270と、スイッチング制御部300とを含む。スイッチング制御部300は、電流位相検出部310と、電圧指令修正部320と、加算部330とを有する。
【0064】
電流サンプリング部205は、一定周期で発生されるサンプリング指示に応答して電流センサ24の出力をサンプリングすることによって、U〜V相の相電流Iu,Iv,Iwを取得する。上述のように、電流センサ24が配置されていない1相についても、残りの相に配置された電流センサ24の出力から演算によって求めることができる。
【0065】
PWM制御部200は、電流サンプリング部205によって取得された相電流Iu,Iv,Iwを用いた後述の制御演算に従って、交流電動機M1を制御するように構成される。
【0066】
電流指令生成部210は、予め作成されたテーブル等に従って、交流電動機M1のトルク指令値Trqcomに応じて、d軸電流指令値Idcomおよびq軸電流指令値Iqcomを生成する。
【0067】
座標変換部220は、回転角センサ25によって検出される交流電動機M1の回転角θを用いた座標変換(3相→2相)により、電流サンプリング部205からの相電流Iu,Iv,Iwを基に、d軸電流Idおよびq軸電流Iqを算出する。
【0068】
電圧指令生成部240には、d軸電流の指令値に対する偏差ΔId(ΔId=Idcom−Id)およびq軸電流の指令値に対する偏差ΔIq(ΔIq=Iqcom−Iq)が入力される。電圧指令生成部240は、d軸電流偏差ΔIdおよびq軸電流偏差ΔIqのそれぞれについて、所定ゲインによるPI(比例積分)演算を行なって制御偏差を求め、この制御偏差に応じたd軸電圧指令値Vd♯およびq軸電圧指令値Vq♯を生成する。
【0069】
座標変換部250は、交流電動機M1の回転角θを用いた座標変換(2相→3相)によって、d軸電圧指令値Vd♯およびq軸電圧指令値Vq♯をU相、V相、W相の電圧指令値Vu♯,Vv♯,Vw♯に変換する。これらの基本的な電圧指令値Vu♯,Vv♯,Vw♯は、インバータ14から交流電動機M1へ印加されるべき、基本波周波数の正弦波電圧(交流電圧)を示すものである。電圧指令値Vu♯,Vv♯,Vw♯は、等振幅で電気角120°ずつ位相がずれている。
【0070】
スイッチング制御部300は、所定の電流位相(代表的には、リカバリサージおよびターンオフサージの所定の一方を含む)において、当該相のスイッチングを固定するために、図3または図4に示したように、電圧指令生成部240からの電圧指令値Vu♯,Vv♯,Vw♯を修正する。
【0071】
電流位相検出部310は、電流サンプリング部205によって取得された相電流Iu,Iv,Iwの推移に基づいて、電流位相を検出する。具体的には、スイッチング制御部300がリカバリサージを抑制するときには、電流位相検出部310は、次のゼロクロスタイミングを推定するために、相電流のピークタイミングを検出する。そして、電流位相検出部310は、ピークタイミングを検出すると、図3で説明したように、次のゼロクロスタイミングを推定する。
【0072】
一方、スイッチング制御部300がターンオフサージを抑制するときには、電流位相検出部310は、次のピークタイミングを推定するために、相電流のゼロクロスタイミングを検出する。そして、電流位相検出部310は、ゼロクロスタイミングを検出すると、図3で説明したように、次のピークタイミングを推定する。
【0073】
電圧指令修正部320は、電流位相検出部310によって検出された電流位相に従って、各相電流のゼロクロスタイミングおよびピークタイミングの所定の一方を含む電流位相期間で当該相の上アーム素子および下アーム素子のオンオフが固定されるように電圧指令値を修正するための、電圧指令修正値Vuh,Vvh,Vwhを発生する。上述のように、電圧指令修正値Vuh,Vvh,Vwhは、3次高調波電圧で与えられる。
【0074】
電圧指令修正部320は、図3の電流位相期間T1または図4の電流位相期間T2で当該相のスイッチングを固定するように、電圧指令修正値Vuh,Vvh,Vwhである3次高調波の波形および/または位相を調整する。なお、3次高調波電圧の波形としては、公知の種々の電圧波形を適用することができる。
【0075】
加算部330は、電圧指令生成部240からの電圧指令値Vu♯,Vv♯,Vw♯と、電圧指令修正値Vuh,Vvh,Vwhとを加算することによって、PWM変調部260へ出力される、最終的な電圧指令値Vu,Vv,Vwを算出する。すなわち、Vu=Vu♯+Vuh、Vv=Vv♯+Vvh、および、Vw=Vw♯+Vwhである。これにより、図3または図4に示された、高調波電圧(3次高調波)が重畳された電圧指令を得ることができる。
【0076】
搬送波制御部270は、所定のキャリア周波数のキャリア信号(電圧Vcw)を発生する。一般的には、キャリア周波数は、可聴周波数帯を考慮して、相対的に電磁騒音が感知され難い周波数に設定される。なお、交流電動機M1の動作状態に応じて、キャリア周波数を変化させてもよい。
【0077】
PWM変調部260は、搬送波制御部270からのキャリア信号160(図2)と、電圧指令修正部320によって修正された電圧指令値Vu,Vv,Vw(図2での交流制御指令170に相当)との電圧比較に従って、インバータ14のスイッチング制御信号SG3〜SG8を生成する。
【0078】
スイッチング制御信号SG3〜SG8に従って、インバータ14の各相上下アーム素子のオンオフを制御することによって、交流電動機M1の各相に、図2のパルス幅変調電圧180に相当する疑似正弦波電圧が印加される。なお、PWM変調におけるキャリア信号160の振幅は、インバータ14の入力直流電圧(直流電圧VH)に相当する。ただし、各相の電圧指令値Vu,Vv,Vwの振幅について、Vd♯,Vq♯に基づく本来の振幅値を直流電圧VHで除算したものに変換すれば、PWM変調部260で用いるキャリア信号160の振幅を固定できる。
【0079】
次に、図6および図7を用いて、図5に示した本発明の実施の形態による交流電動機制御を実現するための制御処理手順を説明する。図6,7に示す制御処理は、所定の制御周期毎に実行される。また、図6,7を始めとする以下に説明するフローチャートの各ステップは、制御装置30によるソフトウェア処理(格納プログラムのCPUによる実行)あるいはハードウェア処理(専用電子回路の作動)によって実現されるものとする。
【0080】
図6を参照して、制御装置30は、ステップS100では、電流センサ24の出力サンプリングに基づいて、交流電動機M1の各相電流Iu,Iv,Iwを取得する。すなわち、ステップS100の処理は、図5の電流サンプリング部205の機能に対応する。
【0081】
制御装置30は、ステップS200では、取得した相電流Iu,Iv,Iwに基づき、電流フィードバックによる三相変調のための交流制御指令を演算する。この交流制御指令は、各相に通常のPWM制御を実行する三相変調のための指令値であり、図5に示した電圧指令値Vu♯,Vv♯,Vw♯に対応する。すなわち、ステップS200による処理は、図5の電流指令生成部210、座標変換部220,250、および電圧指令生成部240の機能に対応する。
【0082】
制御装置30は、ステップS300では、相電流のゼロクロスタイミングまたはピークタイミングを含む所定の電流位相において、当該相のスイッチングを固定するように電圧指令修正値を設定する。これにより、当該相でのスイッチングが固定される一方で、残りの二相で通常のPWM制御に従うスイッチングが実行される二相変調が適用されることになる。
【0083】
このステップS300では、図7に示す処理および、図8に示す処理の所定の一方が実行される。ステップS300は、インバータ14のリカバリサージがターンオフサージよりも大きいときには、図7の処理を実行するように構成される。
【0084】
図7を参照して、制御装置30は、ステップS310では、ステップS100で取得された相電流Iu,Iv,Iwの推移に基づいて、相電流のピークタイミングを検出するための処理を実行する。
【0085】
そして、制御装置30は、ステップS310によって相電流のピークが検出されると(S320のYES判定時)、ステップS330により、交流電動機M1の回転速度(あるいは、回転速度および回転加速度)に基づいて、当該相電流の次のゼロクロスタイミングを推定する。さらに、制御装置30は、ステップS340では、推定したゼロクロスタイミングを含む所定の電流位相期間(図3の電流位相期間T1)で、当該相のスイッチング素子のオンオフを固定するための、電圧指令修正値を算出する。
【0086】
一方、ステップS310によって相電流のピークが検出されないとき(S320のNO判定時)には、制御装置30は、ステップS350により、現在の電圧指令修正値を維持する。すなわち、前回の電流ピーク検出時に算出された電圧指令修正値が維持される。
【0087】
また、ターンオフサージがリカバリサージよりも大きいときには、ステップS300(図6)は、図8の処理を実行するように構成される。
【0088】
図8を参照して、制御装置30は、ステップS315では、ステップS100で取得された相電流Iu,Iv,Iwの推移に基づいて、相電流のゼロクロスタイミングを検出するための処理を実行する。
【0089】
そして、制御装置30は、ステップS315によって相電流のゼロクロスが検出されると(S325のYES判定時)、ステップS335により、交流電動機M1の回転速度(あるいは、回転速度および回転加速度)に基づいて、当該相電流の次のピークタイミングを推定する。さらに、制御装置30は、ステップS345では、推定したピークタイミングを含む所定の電流位相期間(図3の電流位相期間T2)で、当該相のスイッチング素子のオンオフを固定するための、電圧指令修正値を算出する。
【0090】
一方、ステップS315によって相電流のゼロクロスが検出されないとき(S325のNO判定時)には、制御装置30は、ステップS355により、現在の電圧指令修正値を維持する。すなわち、前回の電流ゼロクロス検出時に算出された電圧指令修正値が維持される。
【0091】
図7および図8に示した処理は、U相、V相およびW相のそれぞれについて実行してもよく、いずれか1相について制御処理を行うととともに、他の2相については電気角120°ずつ位相をずらして適用してもよい。この結果、図7または図8に示す処理を実行するステップS300により、電圧指令修正値Vuh,Vvh,Vwhが設定される。すなわち、ステップS300による処理は、図5の電流位相検出部310および電圧指令修正部320の機能に対応する。
【0092】
再び、図6を参照して、制御装置30は、ステップS350により、ステップS200で演算された電圧指令値Vu♯,Vv♯,Vw♯と、ステップS300で設定された電圧指令修正値Vuh,Vvh,Vwhとの加算によって、最終的な電圧指令値Vu,Vv,Vwを算出する。すなわち、ステップS350による処理は、図5の加算部330の機能に対応する。
【0093】
さらに、制御装置30は、ステップ400により、ステップS350で算出された電圧指令値Vu,Vv,Vwと、キャリア信号との電圧比較を実行する。そして、制御装置30は、ステップS410により、ステップS400での電圧比較に従ったパルス幅変調制御により、インバータ14のスイッチング制御信号SG3〜SG8を生成する。このスイッチング制御信号SG3〜SG8に基づいて、インバータ14のスイッチング素子Q3〜Q8のオンオフが制御される。
【0094】
このように、本発明の実施の形態による交流電動機制御によれば、相電流の特定の位相期間で当該相のスイッチング素子がオンオフされないようにスイッチングを固定するための二相変調を実行することができる。特に、リカバリサージが最大となる電流ゼロクロスタイミングおよび、ターンオフサージが最大となる電流ピークタイミングの所定の一方を含む電流位相区間で、当該相に二相変調を適用することにより、スイッチングサージの最大値を抑制できる。すなわち、ハード設計に依存して決まる、ターンオフサージおよびリカバリサージのうちのサージ電圧が大きい所定の一方を、スイッチング制御によって抑制することができる。
【0095】
これにより、スイッチング速度を低下させることによって電動機効率を低下させることなく、インバータ14のスイッチングによって発生するサージ電圧を抑制できる。この結果、スイッチングサージに起因する機器故障を抑制できる他、耐圧設計の緩和による機器のコスト低下や体格小型化が期待できる。
【0096】
また、電圧指令修正値として3次高調波電圧を用いることにより、3次高調波を各相電圧に重畳しても、交流電動機M1の線間電圧は変化しないので、トルク制御への悪影響を抑制した上で、スイッチングサージ抑制のためのスイッチング固定(電流位相に応じた二相変調の適用)を実現することができる。また、各相において、二相変調が適用されるに電流位相期間T1,T2を、電気角60°の期間確保できるので、相電流のゼロクロスタイミングまたはピークタイミングの推定誤差が生じた場合にも、スイッチングサージを抑制することができる。
【0097】
(変形例)
上述のように、本発明の実施の形態による電動機制御では、相電流のゼロクロスタイミングまたはピークタイミングが検出される毎に、次のピークタイミングまたはゼロクロスタイミングの推定および電圧指令修正値の演算を逐次実行する。このため、制御装置30のCPU負荷が高くなる虞がある。したがって、図9では、電圧指令修正値の設定におけるCPU負荷を低減するための制御について説明する。
【0098】
図9は、本発明の実施の形態の変形例による交流電動機制御の変形例を説明するための波形図である。図9においても、U相におけるスイッチング制御を例示するが、V相およびW相についても、電気角120°ずつの位相差で、同様のスイッチング制御が適用できる。
【0099】
図9には、正弦波の電圧指令値Vu♯の3個の異なる所定の位相区間Ta〜Tcにおいて、U相のスイッチングを固定するための電圧指令値Vuの設定例が示される。
【0100】
パターン1では、位相区間Ta(電気角30°〜90°,210°〜270°)においてU相のスイッチングを固定するための、電圧指令修正値Vuh1と、最終的な電圧指令値Vu(Vu=Vu♯+Vuh1)とが示される。
【0101】
同様に、パターン2では位相区間Tb(電気角60°〜120°,240°〜300°)において、U相のスイッチングを固定するための、電圧指令修正値Vuh2と、最終的な電圧指令値Vu(Vu=Vu♯+Vuh2)とが示される。また、パターン3では、位相区間Tc(電気角90°〜150°,270°〜330°)においてU相のスイッチングを固定するための、電圧指令修正値Vuh3と、最終的な電圧指令値Vu(Vu=Vu♯+Vuh3)とが示される。
【0102】
予め設定された複数の電圧指令修正値Vuh1〜Vuh3から、いずれか1つを選択することによって、正弦波の電圧指令値Vu♯の所定の位相区間(電気角60°区間×2)を選択して、U相のスイッチングを固定することができる。すなわち、3相変調のための電圧指令値Vu♯と相電流Iuとの位相差に基づいて、適切な電流位相区間でU相のスイッチングを固定するための電圧指令修正値の選択を行うことができる。
【0103】
このように、電圧指令修正値Vuの予め設定された複数の候補(パターン)Vuh1〜Vuh3からいずれか1つを選択することによって、電圧指令修正値Vuhを設定することとすれば、ピークタイミングまたはゼロクロスタイミングの推定および電圧指令修正値の演算を逐次実行する場合と比較して、CPU負荷を軽減することができる。
【0104】
したがって、本発明の実施の形態の変形例による電動機制御では、図6に示したフローチャートのステップS300の処理を、図7または図8に示す処理から、図10に示す処理に変更する。なお、図10に示した処理は、U相、V相およびW相のそれぞれについて実行してもよく、いずれか1相について制御処理を行うととともに、他の2相については電気角120°ずつ位相をずらして適用してもよい。
【0105】
図10を参照して、制御装置30は、ステップS317では、ステップS100で取得された相電流の推移に基づいて、相電流のゼロクロスまたはピークを検出するための処理を実行する。ステップS317による処理は、図7のステップS310または図8のステップS315と同様に実行できる。
【0106】
制御装置30は、相電流のピークまたはゼロクロスが検出されたときには(S327のYES判定時)、三相変調のための電圧指令値Vu♯との位相比較により、相電流の位相を演算する。相電流Iuおよび電圧指令値Vu♯の位相差から、電流ピークタイミングおよび電流ゼロクロスタイミング所定の一方を含む、電圧指令値Vu♯の位相区間を決めることができる。特に、複数の候補Vuh1〜Vuh3にそれぞれ対応する、電圧指令値Vu♯の複数の位相区間のいずれを選択すべきかを決定できる。
【0107】
したがって、相電流の位相(電圧指令値Vu♯との位相差)と、電圧指令修正値Vuの複数の候補(パターン)Vuh1〜Vuh3との対応関係は、予めマップ化しておくことができる。
【0108】
制御装置30は、ステップS347では、ステップS337により演算された電流位相に基づいて、図9のパターン1〜パターン3のうちの1つを選択するように、複数の電圧指令修正値Vuh1〜Vuh3のうちの1つを選択する。
【0109】
ステップS317によって相電流のピークまたはゼロクロスが検出されないとき(S327のNO判定時)には、制御装置30は、ステップS357により、現在の電圧指令修正値の選択を維持する。すなわち、前回の電流ピークまたは電流ゼロクロス時に選択された電圧指令修正値が維持される。
【0110】
そして、ステップS300以外では、図6に示した制御処理が実行されることにより、本発明による実施の形態による電動機制御と同様に、スイッチングサージを抑制することができる。さらに、予め設定された複数個のパターンからの選択によって電圧指令修正値Vu.Vv,Vwを設定できるので、制御装置30でのCPU負荷の軽減を図ることができる。
【0111】
なお、図9には3つのパターンを示したが、異なる位相区間でスイッチングを固定するための電圧指令修正値のパターン数については、任意の複数個とすることができる点について確認的に記載する。
【0112】
また、本実施の形態およびその変形例では、交流電動機M1として三相電動機を例示したが、三相以外の複数相の交流電動機に対しても、本発明による交流電動機制御を適用することができる。この場合、線間電圧に変化が生じない次数の高調波の電圧指令修正値を用いる。たとえば、四相の交流電動機であれば、4次高調波の電圧指令修正値を用いることで、線間電圧を変化させることなく所望のトルクを出力することができる。
【0113】
さらに、インバータ14の各相について、電流位相期間T1またはT2でスイッチングを固定する一方で、その他の位相期間では交流制御指令に従ってスイッチングすることが可能な制御方式であれば、PWM変調に限定されることなく本発明を適用することも可能である。
【0114】
なお、図1では、好ましい構成例として、インバータ14への入力電圧(直流電圧VH)を可変制御可能なように、モータ駆動システムの直流電圧発生部10♯がコンバータ12を含む構成を示したが、直流電圧発生部10♯は本実施の形態に例示した構成には限定されない。すなわち、インバータ入力電圧が可変であることは必須ではなく、直流電源Bの出力電圧がそのままインバータ14へ入力される構成(たとえば、コンバータ12の配置を省略した構成)に対しても本発明を適用可能である。
【0115】
また、モータ駆動システムの負荷となる交流電動機についても、本実施の形態では、電動車両(ハイブリッド自動車、電気自動車等)に車両駆動用として搭載された永久磁石モータを想定したが、それ以外の機器に用いられる任意の交流電動機を負荷とする構成についても、本願発明を適用可能である。
【0116】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【産業上の利用可能性】
【0117】
本発明は、インバータを用いた交流電動機制御に適用することができる。
【符号の説明】
【0118】
5 アース線、6,7 電力線、10,13 電圧センサ、10♯ 直流電圧発生部、11,24 電流センサ、12 コンバータ、14 インバータ、15〜17 各相上下アーム、25 回転角センサ、30 制御装置、100 モータ駆動システム、160 キャリア信号、170 交流制御指令、180 パルス幅変調電圧、200 制御部、205 電流サンプリング部、210 電流指令生成部、220,250 座標変換部、240 電圧指令生成部、260 PWM変調部、270 搬送波制御部、300 スイッチング制御部、310 電流位相検出部、320 電圧指令修正部、330 加算部、B 直流電源、C0,C1 平滑コンデンサ、D1〜D8 逆並列ダイオード、Ib 直流電流、Id d軸電流、Iq q軸電流、Idcom,Iqcom 電流指令値(d軸,q軸)、Iu,Iv,Iw 相電流、L1 リアクトル、M1 交流電動機、Q1〜Q8 電力用半導体スイッチング素子、SG1〜SG8 スイッチング制御信号、SR1,SR2 システムリレー、T1,T2 電流位相期間(二相変調適用)、Ta〜Tc 位相区間(相電圧指令)、Trqcom トルク指令値、VH,VL 直流電圧、Vcw 電圧(キャリア信号)、Vd♯ d軸電圧指令値、Vq♯ q軸電圧指令値、Vu,Vv,Vw 電圧指令値(最終値)、Vu♯,Vv♯,Vw♯ 電圧指令値(修正前)、Vu 電圧指令値、Vu 電圧指令修正値、Vuh,Vvh,Vwh 電圧指令修正値、Vuh1〜Vuh3 電圧指令修正値(候補パターン)、tz1〜tz3 ゼロクロスタイミング(相電流)、tp1〜tp4 ピークタイミング(相電流)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数相の交流電動機に供給される交流電力を制御するための、前記複数相にそれぞれ対応した複数のスイッチング素子を有するインバータと、
前記交流電動機の前記複数相のそれぞれの相電流を検出するための電流検出器と、
前記電流検出器によって検出された前記相電流を用いた制御演算に従って、前記複数相のそれぞれの交流制御指令を演算するための制御指令演算部と、
前記複数相のそれぞれについて、前記相電流の所定の電流位相期間において前記インバータの当該相の前記スイッチング素子のオンオフが固定されるように、前記交流制御指令を修正するためのスイッチング制御部と、
前記複数相のそれぞれについて、前記スイッチング制御部によって修正された前記交流制御指令に基づいて前記インバータからの前記交流電力を制御するための変調部とを備える、交流電動機の制御装置。
【請求項2】
前記電流位相期間は、前記相電流の各ピークタイミングおよび各ゼロクロスタイミングの所定の一方を含むように設定される、請求項1記載の交流電動機の制御装置。
【請求項3】
前記スイッチング制御部は、
前記電流検出器によって検出された前記相電流に基づいて、前記相電流の位相を検出するための電流位相検出部と、
検出された前記位相に基づいて、前記交流制御指令に重畳させる3次高調波電圧を設定するための電圧指令修正部と、
設定された前記3次高調波電圧と、前記制御指令演算部による前記交流制御指令との加算によって、前記変調部へ伝達される前記交流制御指令を生成する加算部とを含む、請求項2記載の交流電動機の制御装置。
【請求項4】
前記変調部は、前記スイッチング制御部により修正された前記交流制御指令と、キャリア信号との電圧比較に基づいて、前記複数のスイッチング素子のオンオフを制御するように構成され、
前記電流位相検出部は、前記電流検出器の検出値に基づいて、前記相電流の前記ピークタイミングおよび前記ゼロクロスタイミングのうちの前記一方に対する他方のタイミングを検出し、
前記電圧指令修正部は、検出された前記他方のタイミングと、前記交流電動機の回転速度とに少なくとも基づいて、次の前記一方のタイミングを含むように次の前記電流位相区間を設定するとともに、該電流位相期間において、前記変調部へ伝達される前記交流制御指令と前記キャリア信号との間の電圧の高低が固定されるように、前記3次高調波電圧を設定する、請求項3記載の交流電動機の制御装置。
【請求項5】
前記電流位相検出部は、前記電流検出器の検出値に基づいて、前記交流制御指令に対する前記相電流の位相差を検出し、
前記電圧指令修正部は、検出した前記位相差に応じて、前記3次高調波電圧の予め設定された複数パターンのうちの1つのパターンを選択することによって、前記3次高調波電圧を設定する、請求項3記載の交流電動機の制御装置。
【請求項6】
複数相の交流電動機の制御方法であって、
前記交流電動機の前記複数相のそれぞれの相電流を検出するステップと、
検出された前記相電流を用いた制御演算に従って、前記複数相にそれぞれ対応した複数のスイッチング素子を有するインバータから前記交流電動機へ供給される交流電力についての、前記複数相のそれぞれの交流制御指令を演算するステップと、
前記複数相のそれぞれについて、前記相電流の所定の電流位相期間において前記インバータの当該相の前記スイッチング素子のオンオフが固定されるように、前記交流制御指令を修正するステップと、
前記複数相のそれぞれについて、前記修正するステップにより修正された前記交流制御指令に基づいて前記インバータからの前記交流電力を制御するステップとを備える、交流電動機の制御方法。
【請求項7】
前記電流位相期間は、前記相電流の各ピークタイミングおよび各ゼロクロスタイミングの所定の一方を含むように設定される、請求項6記載の交流電動機の制御方法。
【請求項8】
前記制御するステップは、前記修正するステップにより修正された前記交流制御指令と、キャリア信号との電圧比較に基づいて、前記複数のスイッチング素子のオンオフを制御し、
前記修正するステップは、
検出された前記相電流に基づいて、前記相電流の位相を検出するステップと、
検出された前記位相に基づいて、前記演算するステップによる前記交流制御指令に重畳させる3次高調波電圧を設定するステップと、
設定された前記3次高調波電圧と、前記演算するステップによる前記交流制御指令との加算によって、前記電圧比較に用いる前記交流制御指令を生成するステップとを含む、請求項7記載の交流電動機の制御方法。
【請求項9】
前記修正するステップは、
検出された前記相電流に基づいて、前記相電流のピークタイミングおよびゼロクロスタイミングのうちの前記一方のタイミングに対する他方のタイミングを検出するステップと、
検出された前記他方のタイミングおよび前記交流電動機の回転速度に少なくとも基づいて、次の前記一方のタイミングを推定するステップと、
推定された前記一方のタイミング含むように次の前記電流位相区間を設定するとともに、該電流位相期間において、前記前記電圧比較に用いる前記交流制御指令と前記キャリア信号との間の電圧の高低が固定されるように、前記3次高調波電圧を設定するステップとを含む、請求項8記載の交流電動機の制御方法。
【請求項10】
前記修正するステップは、
検出された前記相電流に基づいて、前記演算するステップによる前記交流制御指令に対する前記相電流の位相差を検出するステップと、
検出した前記位相差に応じて、前記3次高調波電圧の予め設定された複数パターンのうちの1つのパターンを選択することによって、前記3次高調波電圧を設定するステップとを含む、請求項8記載の交流電動機の制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−23885(P2012−23885A)
【公開日】平成24年2月2日(2012.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−160603(P2010−160603)
【出願日】平成22年7月15日(2010.7.15)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(000100768)アイシン・エィ・ダブリュ株式会社 (3,717)
【Fターム(参考)】