説明

中赤外光用半導体デバイスの製造方法

【課題】良質でなおかつ既存のものに比べて高性能な半導体デバイスを、安価に製造することができる、中赤外光領域で作動する半導体デバイスの製造方法を提供する。
【解決手段】
結晶基板1上にバッファ層2を積層して形成した基本積層体3上に、特定のエッチング液により選択的に除去可能な薄厚の犠牲層4を積層する犠牲層積層ステップと、その犠牲層上にデバイス層5を形成した後、犠牲層4のみをエッチング除去して前記デバイス層5を前記基本積層体3から分離するデバイス層分離ステップと、前記デバイス層分離ステップにおいてデバイス層5とともに分離された前記基本積層体3に対し、前記犠牲層積層ステップ及びデバイス生成ステップを再度施す再利用ステップと、を有するようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主として波長が3〜7μmの中赤外光領域で作動する発光素子や受光素子として好適に用いられる半導体デバイスの製造方法等に関するものである。
【背景技術】
【0002】
工場や自動車などから排出されるガスの多くは、波長が3〜7μmの中赤外光に吸収帯域を有している。例えばCHは3.3μm、HClは3.54μm、COは4.2μm、COは4.6μm、NOは5.3μm、NHは6.1μmである。
【0003】
これらのガスを測定・分析するために、例えばこの中赤外光領域で作動する半導体デバイス(受発光素子)を利用する場合、現在のところ、InSbを主材料としたものを用いるのが一般的である(非特許文献1参照)。そして、このInSb系の半導体デバイスを製造するために、従来、代表的には以下の2つの方法が提案されている。
【0004】
1つは、InSb結晶を基板に用いて、その基板上にデバイス層を成長させる方法である。もう1つは、GaAs基板を用い、その上にInSb系の半導体デバイス層を形成する方法である。
【非特許文献1】T.Asley et al. APL 64 2433 (1944)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
前者の方法では、基板とデバイス層との間で格子整合がとれるため、良好な品質の半導体デバイスを得ることができるという利点がある。しかしながら、大面積のInSb基板は入手が困難で、しかも大変高価であるという問題点がある。
【0006】
一方、後者の方法では、GaAs基板を用いることで低価格化を図ることができる。ところが、GaAs基板とデバイス層を構成するInSbとの間の大きな格子不整合(14%程度)を緩和して良質のデバイス層を得るために、基板との間に数μmという厚いバッファ層を挟みこむ必要がある。そのため、そのバッファ層の成長に、無視できない時間と費用がかかってしまうという不具合がある。
【0007】
さらに、いずれの方法にしても、基板を半導体デバイスの一部として利用するため、その基板による吸収等の損失が生じ、光出力、感度といった光デバイスとしての性能向上に限界がある。
【0008】
本発明はかかる不具合に鑑みて行われたものであって、良質でなおかつ既存のものに比べて高性能な半導体デバイスを、安価に製造することができる、半導体デバイスの製造方法等を提供することを主たる所期課題としたものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
すなわち、本発明にかかる半導体デバイス製造方法は、結晶基板とその上に積層したバッファ層とからなる基本積層体上に、犠牲層を介してデバイス層を形成し、そのデバイス層から中赤外光領域で作動する半導体デバイスを製造するものであり、詳細には以下の各ステップを有している。
【0010】
(1)犠牲層積層ステップ
【0011】
この犠牲層積層ステップでは、前記基本積層体のバッファ層上に、特定のエッチング液により選択的に除去可能な薄厚の犠牲層を積層する。
【0012】
(2)デバイス層形成ステップ
【0013】
このデバイス層形成ステップでは、前記犠牲層上にデバイス層を形成する。
【0014】
(3)デバイス層分離ステップ
【0015】
このデバイス層分離ステップでは、前記デバイス層形成ステップによって犠牲層上にデバイス層が形成された状態から、その犠牲層のみをエッチング除去して前記デバイス層を前記基本積層体から分離する。
【0016】
(4)再利用ステップ
【0017】
この再利用ステップでは、前記デバイス層分離ステップにおいてデバイス層とともに分離された前記基本積層体に対し、前記犠牲層積層ステップ、デバイス形成ステップ及びデバイス層分離ステップを再度施す。
【0018】
以上のような構成によれば、バッファ層を十分厚くすることにより、その上に生成されるデバイス層の品質を良好なものにすることができる。もちろん、そのバッファ層の成長のためのかなりの時間やコストが発生するが、それは初回だけであり、あとはそのバッファ層を含む基本積層体を再利用しながら繰り返し半導体デバイスを製造するので、全体としてみれば、前述の時間やコストアップをほとんど無視できるレベルにまで低減することができる。
【0019】
また、犠牲層に関して言えば、非常に薄い厚さ(例えば、犠牲層材料の格子定数の数倍〜数十倍)にすることで、デバイス層との若干の格子不整合が存在してもデバイス層での結晶品質を維持できる。もちろん前記バッファ層及びデバイス層と格子定数が近いものほど好ましい。
【0020】
さらに言えば、分離したデバイス層のみから半導体デバイスを形成できるので、基板やバッファ層を含んで形成される従来の半導体デバイスに比べ、その基板等での光損失を軽減でき、光デバイス(受発光素子)として光出力の増加や受光感度の増大などのデバイス特性を向上させることができる。
【0021】
より具体的な各層の組成としては、前記デバイス層の組成を、In1−x1−y1Alx1Gay1Sb(ただし、0≦x1≦1かつ0≦y1≦1かつx1+y1≦1)とし、前記バッファ層の組成を、In1−x2−y2Alx2Gay2Sb(ただし、0≦x2≦1かつ0≦y2≦1かつx2+y2≦1)とし、前記犠牲層の組成を、In1−a−bAlGaSb(ただし、0≦a≦1かつ0≦b≦1かつa+b≦1)としたものが望ましい。さらにHF系のエッチング液を用いて、犠牲層のみのエッチングを可能にするには、犠牲層のAl含有量が他の層に比べて大きくなければならず、そのためには、
【0022】
a+b>x1+y1 かつ a+b>x2+y2
【0023】
が少なくとも成り立つ必要がある。
【0024】
デバイス層及びバッファ層の組成は、双方InSbであることが好ましく、その場合の犠牲層の組成はAlSbであることが望ましい。すなわち、
【0025】
x1=y1=x2=y2=0、a=1、b=0
【0026】
であることが好適である。
【0027】
本願発明者が鋭意検討と実験の結果求めた、デバイス層の結晶品質を担保できる犠牲層の厚みとしては、10nm未満が望ましい。また、バッファ層の厚みを約1μm以上にしておけば、バッファ層の上部での結晶欠陥密度を、デバイス層の形成を考慮した場合、実用上問題にならない程度にまで減少させることができる。
【発明の効果】
【0028】
以上のように構成した本発明によれば、十分にバッファ層を厚く形成した基本積層体を繰り返し再利用できる構成としたため、良質でなおかつ既存のものに比べて高性能な半導体デバイスを、安価に製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
以下、本発明の一実施形態について図面を参照して説明する。
【0030】
本実施形態に係る半導体製造方法は、中赤外波長(約3μm〜7μm)で作動するInSb系の半導体デバイスを製造するためのものである。
【0031】
その詳細を説明すると、この実施形態では、図1に示すように、初期ステップとしてまず、GaAs結晶基板1上にInSbのバッファ層2を結晶成長(ここではエピタキシャル成長)させ、基本積層体3を形成する。ここでは、例えば常圧MOCVD法により結晶成長させているが、他の方法を用いても構わない。
【0032】
ところで、結晶成長の理論及び実験から明らかであるが、バッファ層2を厚くするほど、転位の対消滅により結晶欠陥密度が少なくなるため、上部ほど高品質となる。本実施形態では、基板1を形成するGaAs結晶とバッファ層2を形成するInSb結晶との間に、図2からもわかるように、最大約14%の格子不整合があるため、InSbバッファ層2の厚みを1μm以上にして、GaAsとの格子不整合による欠陥の密度がバッファ層2の上部で低減するようにしている。
【0033】
次に、基本積層体3のバッファ層2上に犠牲層4を結晶成長(エピタキシャル成長)させて、その厚みが数nm以下となるように積層する(犠牲層積層ステップ)。この犠牲層4の組成としては、デバイス層5からみたときの格子不整合の度合いが、基板1の不整合の度合いよりも小さく、かつ、この犠牲層4のみを選択的にエッチングできるような組成に設定しており、ここではAlSbを採用している(図2参照)。
【0034】
そして、その犠牲層4の上にデバイス層5を結晶成長(エピタキシャル成長)させて積層する(デバイス層形成ステップ)。ここでのデバイス層5の組成は、バッファ層2と同じInSbである(ただし、N層とP層とを積層している)。その後、HF系のエッチング液により犠牲層4のみをエッチング除去し、デバイス層5と基本積層体3とを分離する(デバイス層分離ステップ)。
【0035】
分離したデバイス層5は、その後の工程などを経て、目的とする半導体デバイスに成形する。この半導体デバイスは、前述したように、中赤外波長(約3μm〜6μm)に感応する光検出器に用いられる。
【0036】
一方、残った基本積層体3は、再度、前記犠牲層積層ステップ、前記デバイス層形成ステップ及び前記デバイス層分離ステップに供される(再利用ステップ)。
【0037】
しかして、このような半導体デバイス製造方法によれば、バッファ層2を十分厚くして、その上部における結晶欠陥密度を実用上無視できるレベルにまで減少させることができるので、その上に生成されるデバイス層5の品質を良好なものにすることができる。
【0038】
もちろん、InSbバッファ層2を1μm以上というかなりの厚みにしていることから、その成長のためのかなりの時間やコストは発生するが、それは初期ステップのみで、本実施形態では、あとはそのバッファ層2を含む基本積層体3を繰り返し再利用しながら半導体デバイスを製造するので、全体としてみれば、コストアップを最小限に抑制できるし、製造時間の短縮も図れる。
【0039】
また、AlSb犠牲層4に関して言えば、図2からも明らかなように、確かにInSbデバイス層5と約7%程度の格子不整合があるが、犠牲層4の厚みを数nm(犠牲層材料の格子定数の数倍〜数十倍)にすることで、デバイス層5での結晶品質を維持できることを、本発明者は鋭意努力と実験の結果確認しており、このAlSb犠牲層4の存在でデバイス層5の結晶品質が阻害されることはほとんどない。
【0040】
さらに言えば、分離したデバイス層5のみから半導体デバイスを形成しているので、基板1やバッファ層2を含んで形成される従来の半導体デバイスに比べ、その基板1等での光損失を軽減でき、これを光デバイス(受発光素子)として用いた場合、光出力の増加や受光感度の増大など、デバイス特性を向上させることができる。
【0041】
なお、本発明は前記実施形態に限られるものではない。
【0042】
前記バッファ層、犠牲層及びデバイス層は、中赤外波長領域(約3μm〜7μm)で作動する範囲で、In、Al、Ga、Sbが主な組成構成元素として含まれるものであればよい。
【0043】
より具体的に言えば、バッファ層及びデバイス層は、InSbを主体としてその他にAl、Gaを含むものが望ましく、犠牲層は、AlSbを主体としてその他にIn、Gaを含むものが望ましい。このとき、Alの含有割合で耐エッチング性がおおよそ定まり、Alが多いほどエッチングされやすくなることから、犠牲層におけるAlの比率が、バッファ層及びデバイス層におけるAlの比率に比べ、高ければ高いほど、犠牲層のみをより選択的にエッチングすることができる。
【0044】
これを定式的に表現すると以下のようになる。
【0045】
前記デバイス層の組成を、In1−x1−y1Alx1Gay1Sb(ただし、0≦x1≦1かつ0≦y1≦1かつx1+y1≦1)と表し、前記バッファ層の組成を、In1−x2−y2Alx2Gay2Sb(ただし、0≦x2≦1かつ0≦y2≦1かつx2+y2≦1)と表し、前記犠牲層の組成を、In1−a−bAlGaSb(ただし、0≦a≦1かつ0≦b≦1かつa+b≦1)と表した場合、
【0046】
a+b>x1+y1 かつ a+b>x2+y2・・・(式1)
【0047】
この式1を少なくとも満足していることが、各層の組成の条件となる。
【0048】
その他、本発明は、その趣旨を逸脱しない範囲で、種々変形が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】本発明の一実施形態における半導体デバイスの製造方法を示す工程説明図。
【図2】中赤外領域での半導体光源マップ。
【符号の説明】
【0050】
1・・・基板
2・・・バッファ層
3・・・基本積層体
4・・・犠牲層
5・・・デバイス層




【特許請求の範囲】
【請求項1】
結晶基板を利用してデバイス層を形成し、そのデバイス層から中赤外光領域で作動する半導体デバイスを製造する半導体デバイス製造方法であって、
結晶基板上にバッファ層を積層して形成した基本積層体上に、特定のエッチング液により選択的に除去可能な薄厚の犠牲層を積層する犠牲層積層ステップと、
その犠牲層上にデバイス層を形成するデバイス層形成ステップと、
前記デバイス層形成ステップ後、犠牲層のみをエッチング除去して前記デバイス層を前記基本積層体から分離するデバイス層分離ステップと、
前記デバイス層分離ステップにおいてデバイス層とともに分離された前記基本積層体に対し、前記犠牲層積層ステップ、デバイス形成ステップ及びデバイス層分離ステップを再度施す再利用ステップと、を有する半導体デバイス製造方法。
【請求項2】
前記デバイス層の組成を、In1−x1−y1Alx1Gay1Sb(ただし、0≦x1≦1かつ0≦y1≦1かつx1+y1≦1)とし、
前記バッファ層の組成を、In1−x2−y2Alx2Gay2Sb(ただし、0≦x2≦1かつ0≦y2≦1かつx2+y2≦1)とし、
前記犠牲層の組成を、In1−a−bAlGaSb(ただし、0≦a≦1かつ0≦b≦1かつa+b≦1)とし、
さらに
a+b>x1+y1 かつ a+b>x2+y2
が成り立つように、a、b、x1、y1、x2、y2の値をそれぞれ定めている請求項1記載の半導体デバイス製造方法。
【請求項3】
x1=y1=x2=y2=0、a=1、b=0としている請求項2記載の半導体デバイス製造方法。
【請求項4】
犠牲層の厚みを10nm未満にしている請求項2又は3記載の半導体デバイス製造方法。
【請求項5】
バッファ層の厚みを約1μm以上にしている請求項2、3又は4記載の半導体デバイスの製造方法。
【請求項6】
請求項1乃至5いずれか記載の半導体デバイスの製造方法に用いられる基本積層体。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2008−254966(P2008−254966A)
【公開日】平成20年10月23日(2008.10.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−98850(P2007−98850)
【出願日】平成19年4月4日(2007.4.4)
【出願人】(000155023)株式会社堀場製作所 (638)
【Fターム(参考)】