説明

車両の制御装置

【課題】
MT車において、不特定多数のドライバーがラフな発進操作を行っても、エンストなどを起こさずに、スムーズな発進を可能とすると共に、アクセル操作に対し違和感の無いエンジントルク操作を実施できることを目的とする。
【解決手段】
クラッチ締結に伴うエンジンの回転数落ちを検出して、制御開始のトリガとするとともに、トリガ発令時のエンジン回転数を目標回転数とし、エンジントルクを操作量とした回転数フィードバック制御を実施する。エンジントルクの操作手段としては、電制スロットルによる吸気量操作の他、点火リタードや燃料カットを用いる。
【効果】
回転数F/B制御の適用により、クラッチ締結時に、エンジン回転数の落ち込みを最小に抑えるための、過不足無いトルクアシストが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンジンを搭載する車両の制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車の手動変速機搭載車(以下MT車とする)における発進時において、ドライバーがラフな発進操作(クラッチ操作またはアクセル操作)を行った場合、エンジン回転数の極端な落ち込みやエンジンストールエンスト(エンスト)が発生する場合がある。これは、クラッチの締結が進むにつれてクラッチトルク(エンジン側から見た場合の負荷トルクに相当する)が増大し、クラッチトルクがエンジンの軸トルク上回り始めると、エンジン回転数が低下することに起因する。従って、クラッチ締結時のエンジン回転数の低下を抑えるためには、ドライバーが適切なタイミングにてアクセルの踏み増しを行い、負荷トルクに打ち勝つ様に、エンジントルクの調整を行う必要がある。
【0003】
本操作はベテランドライバーであれば、長年の経験の積み重ねより比較的容易に実行可能であるが、経験の浅いドライバーにおいては、本操作を毎回的確に実行することは困難である。従って前記エンジントルク操作は、ドライバーの技量を補うべく、車両側で行うことが望ましい。しかし、従来の機械式スロットルを用いたエンジン制御システムでは、主要なトルク制御デバイスであるスロットルバルブがアクセルペダルと連動しているため、エンジントルク制御の自由度は低く、発進時におけるエンジン側でのトルク操作は困難であった。
【0004】
一方、近年では、従来の機械式スロットルに替えて電子制御式スロットル(以下、電制スロットルとする)を使用したエンジン制御システムが実用化されている。本システムでは、アクセル開度に対しスロットル開度を自由に設定可能なため、エンジントルクの制御自由度が高い。従って、前記電制スロットルを用いたシステムにおいて、ドライバーの発進操作をアシストする様に、エンジンのトルク制御を実施する技術が幾つか公開されている。
【0005】
例えば特許文献1では、通常は線形的に設定される「アクセル開度−スロットル開度」の関係を、ある車速以下では、非線形な関係に切り替える技術が記載されている。本技術の特徴は、発進操作が予想される車速領域の場合、クラッチ締結に常用されるアクセル開度付近において、アクセル開度に対し通常よりもスロットル開度を開き側に設定するものである。本設定によって、前記発進時における負荷トルクに打ち勝つためのエンジントルク調整が、ドライバーがアクセルを深く踏み込まずとも実施可能であり、ドライバーの負担を軽減することができることとなる。
【0006】
【特許文献1】特開2001−73840号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1に記載の技術では、アクセル開度を入力としたフィードフォーワード制御によってスロットル開度の増加分を算出している。しかしながら、MT車の発進時における、ドライバーのアクセル操作やクラッチ操作は十人十色であり、ドライバーによっては、発進時に常用するアクセル開度領域と、スロットル開度の増加領域が必ずしも一致せず、トルクアシスト効果が十分に得られないケースがあった。
【0008】
また、アクセル開度に対しスロットル開度を大きめに設定した前記領域では、アクセル操作に対するスロットル開度変化が敏感なため、クラッチ締結前のエンジン回転数調整が困難となる、あるいは空吹かし時にエンジン回転数がリニアに吹け上がらない等の課題があった。
【0009】
本発明は以上の問題に鑑みてなされたもので、MT車において、不特定多数のドライバーがラフな発進操作を行っても、エンストなどを起こさずに、スムーズな発進を可能とすると共に、アクセル操作に対し違和感の無いエンジントルク操作を実施できることを目標とした、車両制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題は、エンジンとクラッチを有する車両の制御装置において、前記車両のクラッチ締結時に目標エンジン回転数を定めると共に、クラッチ締結期間中は、エンジン回転数が前記目標エンジン回転数に一致するように、エンジントルクを操作量とする回転数フィードバック制御を行うことを特徴とする車両の制御装置によって解決される。
【発明の効果】
【0011】
以上示した様に、回転数F/B制御の適用により、クラッチ締結時に、エンジン回転数の落ち込みを最小に抑えるための、過不足無いトルクアシストが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
まず図1を用い、車両全体構成について説明する。車両1はフロントエンジン・リアドライブの所謂FR車両の例であり、エンジン2および手動変速機6は車両1に対し、縦方向に直列に配置されている。車内には、アクセルペダル3とクラッチペダル4が設置され、エンジン2の出力は、ドライバーのアクセルペダル操作にて調整される。また、エンジン2と手動変速機6の間には乾式クラッチ5が設置され、ドライバーのクラッチペダル操作に応じて、エンジンと変速機間の動力伝達が調整される。エンジン2から前記乾式クラッチ5を経て手動変速機6に伝達された動力は、プロペラシャフト7,ディファレンシャルギア8,左右のドライブシャフト(図示せず)を経て、後輪9に伝えられる。
【0013】
次に図2を用いて、エンジン2のハード構成について説明する。ドライバーが操作したアクセルペダル3の踏み込み量によって、エンジンコントロールユニット116では、電子制御スロットルバルブ(以下、「電制スロットル」とする)103の目標バルブ開度を決定し、電制スロットル103に開度指令値を送信する。前記指令値に従い、電制スロットル103が目標バルブ開度を実現すると、吸気管負圧が発生して、吸気管内に空気が取り込まれる。
【0014】
吸気管入口より取り込まれた空気は、エアクリーナー100を通過し、吸気管101の途中に設けられたエアフロセンサ102によって吸入空気量が計測された後に、電制スロットル103入口へ導入される。なお、エアフロセンサ102の計測値はエンジンコントロールユニット116(以下、ECU)に送信され、その値を基に空燃比が理論空燃比となるようなインジェクタ105の燃料噴射パルス幅が演算される。電制スロットル103を通過した吸入空気は、コレクタ104を通過した後にインテークマニホールド内に導入され、前記燃料噴射パルス幅信号に従ってインジェクタ105より噴射されたガソリン噴霧と混合して混合気となり、吸気バルブ106の開閉に同期してシリンダ109に導入される。その後、吸気バルブ106が閉じ、ピストン110の上昇の過程で圧縮された混合気は、圧縮上死点直前付近において、ECUで指令された点火時期に従って点火プラグ
107により着火し、急速に膨張してピストン110を押し下げ、エンジントルクを発生させる。
【0015】
その後ピストン110が上昇し、排気バルブ108が開いた瞬間から排気工程が始まり、排気ガスは排気マニホールド111へ排出される。排気マニホールド111の下流には排気を浄化するための三元触媒113が設けられ、排ガスが三元触媒113を通過する際にHC,CO,NOxの排気成分は、H2O ,CO2 ,N2 へ変換される。なお、三元触媒入口と出口には、それぞれ広域空燃比センサ112とO2 センサ114が設置されており、前記センサにより計測されたそれぞれの空燃比情報はECU116へ送信される。
ECU116では、それらの情報を基に空燃比が理論空燃比近傍となる様に、燃料噴射量調整による空燃比フィードバック制御を実施する。
【0016】
なお、上記電子制御スロットルバルブ開度の指令値は、後述するECU内で演算される目標エンジントルクに基づいて設定される。また前記燃料噴射パルス幅は、前記目標エンジントルクに応じて、気筒番号によっては0に設定される場合がある(燃料カット)。同じく前記点火時期についても、通常はMBT(最もエンジントルクが発生できる点火時期)に設定されるが、前記目標エンジントルクに応じて遅延側に設定される場合がある(点火リタード)。
【0017】
次に図3を用いて、前記エンジン構成に対応したトルクベース型エンジン制御の全体制御ブロックを説明する。本エンジン制御ブロックは、主に目標トルク演算手段201と目標トルク実現手段202から構成されている。前記目標エンジントルク演算手段201内には、ドライバーのアクセル操作に対応した、最も基本的な要求トルクを演算するドライバー要求トルク演算手段203と、運転状態判定手段210が設置される。
【0018】
ドライバー要求トルク演算手段203では、アクセル開度の他、エンジン回転数,最大トルクおよびアイドル要求トルクを基に、ドライバーが要求するエンジントルクを算出する。具体的には図4に示す様に、機械式スロットル+ISCバルブシステムとほぼ同等のトルク特性を実現するような、要求トルクの演算が実行される。即ち、アクセル全閉時にはアイドル要求トルクを算出し、アクセル開度増加と共に上に凸となる様に要求トルクを除々に増大させ、最終的にアクセル全開時には、そのエンジン回転数における最大トルクが算出されるものである。
【0019】
運転状態判定手段210では、アクセル開度や車速,外部要求トルク209の有無などから、その状況下における運転状態を判定する。前記ドライバー要求トルク演算手段203の後段には、ドライバー要求トルクを基に演算される、発進時要求トルク,加速時要求トルク,減速時要求トルク,燃料カット時要求トルク,燃料カットリカバー時要求トルク等の、過渡時の運転性を向上させるための要求トルク演算手段群が設置される。更にその後段には、目標トルク選択手段211が設置され、前記要求トルク群およびトラクションコントロールやクルーズコントロール等の外部要求トルク209の中から、前記運転状態判定手段210の判定結果に従って、本車両において最適な要求トルクを選択し、目標エンジントルク2種(低応答目標トルク212,高応答目標トルク213)と、吸気制御のみを実施したと仮定した際のエンジントルクの推定値である、吸気相当分推定トルク214を出力する。
【0020】
目標トルク実現手段202内には、電制スロットルによる低速なトルク制御を実現するために必要な低応答目標トルク実現手段215と、点火リタードや燃料カットに高速なトルク制御を実現するために必要な高応答目標トルク実現手段216が存在する。低応答目標トルク実現手段215内には、目標吸気量演算手段217が設置され、前記低応答目標トルク212を実現するのに必要な目標吸気量を算出する。その後段には、前記目標吸気量を実現するための目標スロットル開度演算手段218が設置され、所望の目標スロットル開度219が演算された後、電制スロットル103へ送信される。
【0021】
一方、高応答目標トルク実現手段216では、高応答目標トルク213を吸気相当分推定トルク214で除算して求めたトルク補正率220を基に、トルク操作量振分け演算手段221によって所望のトルク操作割合が算出され、その目標とすべきトルク操作割合が、点火リタード量演算手段222ならびに燃料カット気筒数演算手段224に送信される。
【0022】
点火リタード量演算手段222では、送信された点火負担分トルク操作割合に応じて点火リタード量223を演算し、演算結果を点火時期制御演算手段へ送信する。具体的には、図5に示すような特性を基に、前記点火負担分トルク操作割合から、点火リタード量を算出する。
【0023】
一方、燃料カット気筒数演算手段224では、同じく送信された燃料負担分トルク操作割合に応じて燃料カット気筒数225を演算し、演算結果を燃料噴射制御演算手段へ送信する。具体的には、図6に示すような特性を基に、前記燃料負担分トルク操作割合から、燃料カット気筒数を算出する。なお、前記トルク操作割合の点火と燃料への負担割合は、前記運転状態判定手段210に応じて決定される。
【0024】
次に本発明の第1の実施例について、図7〜図10を用いて説明する。図7は、前記運転状態判定手段210によって発進判定がなされ、発進時要求トルク演算手段204が選択された場合の、発進時要求トルク演算手段204内における各パラメータ演算の詳細を示すものである。発進時要求トルク演算手段204内に設置された主要演算手段は、回転数F/B制御実施許可判定手段301,目標回転数演算手段302,発進時低応答要求トルク演算手段303,発進時高応答要求トルク演算手段306である。
【0025】
回転数F/B制御実施許可判定手段301では、クラッチ締結中か否かを判定し、締結中と判定した際には、後述する回転数F/B制御の実施許可判定フラグを出力するものである。目標回転数演算手段302は、前記回転数F/B制御実施許可判定フラグがONの状態にて、回転数F/B制御実施するのに適正な、目標エンジン回転数を算出するものである。
【0026】
また、電制スロットル制御などの低応答トルク制御に必要な、発進時低応答要求トルクの演算については、発進時低応答要求トルク演算手段303内にて実施される。具体的には、前記回転数F/B制御実施許可判定フラグがOFFの状態の場合には、前記ドライバー要求トルクをそのまま発進時低応答要求トルクとして出力する。一方、前記回転数F/B制御実施許可判定フラグがON状態の場合には、前記ドライバー要求トルクをベースとし、低応答要求トルク用回転数F/B制御器304から算出されるトルク操作量を付加し、後段にて前記ドライバー要求トルクとのセレクトハイ処理を行った後、発進時低応答要求トルクとして出力する。なお、低応答要求トルク用回転数F/B制御器304では、前記目標回転数演算手段302にて演算された目標回転数と、実回転数の差分を基に、PID制御等に代表されるF/B演算を実施する。
【0027】
次に、点火リタードや燃料カット等の高応答トルク制御に必要な、吸気相当分推定トルク演算手段と発進時高応答要求トルク演算手段の演算内容について説明する。吸気相当分推定トルクについては、吸気相当分推定トルク演算手段305にて、電制スロットルの動作遅れや吸気管ボリュームに起因する吸気の充填・放出の遅れを考慮し、前記発進時低応答要求トルクに対し、遅れ処理を行うことで吸気相当分推定トルクを算出している。具体的な遅れ処理法として、本実施例では実機データに基づいた無駄時間+一次遅れ処理を行っているが、電制スロットルや吸気管の物理モデルを構築し、それらを用いて理論的に遅れを算出しても良い。
【0028】
次に発進時高応答要求トルク演算手段306では、前記発進時低応答要求トルク演算手段303と同様に、前記回転数F/B制御実施許可判定フラグがOFFの状態の場合には、前記吸気相当分推定トルクをそのまま発進時高応答要求トルクとして出力する。一方、前記回転数F/B制御実施許可判定フラグがONの状態の場合には、前記吸気相当分推定トルクをベースとし、高応答要求トルク用回転数F/B制御器307から算出されるトルク操作量を付加し、後段にて吸気相当分推定トルクとのセレクトロー処理を行った後、発進時高応答要求トルクとして出力する。なお、高応答要求トルク用回転数F/B制御器
307では、前記低応答要求トルク用回転数F/B制御器304と同様に、前記目標回転数演算手段302にて演算された目標回転数と、実回転数の差分を基に、PID制御等に代表されるF/B演算を実施する。
【0029】
次に図8を用いて、回転数F/B制御実施許可判定手段301の説明を行う。回転数F/B制御実施許可判定手段301内には、ニュートラル判定手段401,低車速判定手段402,エンジン回転数低下判定手段403,アクセル開度増加減判定手段404,補機起動判定手段405,F/B制御経過時間判定手段406などの判定結果を基に、F/B制御実施許可総合判定手段409にて、F/B制御実施の許可判定フラグを出力する。具体例としては、
・ニュートラル判定手段401において、ニュートラルSW情報より、ニュートラル判定 フラグがON
・低車速判定手段402において、車速パルス情報より、低車速判定フラグがON
・エンジン回転数低下判定手段403において、単位時間当たりの回転数低下量がしきい 値を超え、エンジン回転数低下判定フラグがON
・アクセル開度増加減判定手段404において、単位時間当たりのアクセル開度増加量が しきい値を上回り、アクセル開度低下フラグがOFF
・補機起動判定手段405において、エアコンやパワステ等の起動情報より、補機起動フ ラグがOFF
・F/B制御経過時間判定手段406において、タイマー情報により、F/B制御経過時 間超過判定がOFF
等が同時に成立した場合、エンジン回転数の低下の要因は、発進時におけるドライバーのクラッチ締結操作による負荷トルクの増大と判定し、F/B制御実施の許可判定フラグを出力する。また、上記判定条件の幾つかが不成立となった場合、前記F/B制御実施許可総合判定手段409にて、F/B制御実施の許可判定フラグがOFFとなる。
【0030】
次に図9を用いて、目標回転数演算手段302について説明する。目標回転数演算手段302には、目標回転数ホールド判定手段501および目標回転数ホールド手段502が内包されている。目標回転数ホールド判定手段501では、前記回転数F/B制御実施許可判定フラグを入力とし、回転数F/B制御実施許可判定フラグのOFF→ONを検出した時点より、解除条件が入力されるまで目標回転数ホールド判定フラグをONとする。また、目標回転数ホールド手段502では、前記目標回転数ホールド判定フラグを基に、以下の演算を行う。
・目標回転数ホールド判定フラグがOFFの場合
目標回転数=エンジン回転数
・目標回転数ホールド判定フラグがONの場合
目標回転数=前回演算時の目標回転数
次に本車両システムにおける発進動作時のシーケンスの一例を図10に示す。時刻t0(初期)では、クラッチペダルは踏み込まれておらず、ギアはニュートラル、エンジン回転数はアイドル状態にある。時刻t1にて、ドライバーがクラッチペダルを踏み込み、時刻t2にて、ドライバーがギアをニュートラル位置から1速ギアに入れる。次に時刻t3にて、ドライバーがアクセルペダルを適度に踏み込み、エンジン回転数をクラッチ締結に適した回転数に合わせる。次に時刻t4にて、ドライバーがクラッチペダルを戻し始め、時刻t5にてクラッチの締結が始まると、エンジン回転数が低下し始める。ここで前記回転数F/B制御実施許可判定手段301が、前記エンジン回転数の低下量に対し、しきい値との比較を行う。ここで、前記回転数低下量がしきい値を越えた際には、時刻t6にて回転数F/B制御実施許可フラグがON状態となり、時刻t7にて回転数F/B制御実施許可条件が不成立となるまで、フラグONの状態が継続される。
【0031】
ここで、前記目標回転数ホールド判定手段501では、前記回転数F/B制御実施許可判定フラグのOFF→ONを検出すると同時に、時刻t7までの期間、目標回転数ホールド判定フラグをON状態とする。これにより、時刻t6〜t7の期間において、前記目標回転数演算手段302では、時刻t6時点のエンジン回転数が目標回転数として出力される。
【0032】
また時刻t6〜t7の期間中は、前記目標回転数を目標制御量とする、回転数F/B制御が実施される。具体的には、発進時低応答要求トルク演算手段303内の低応答要求トルク用回転数F/B制御器304、および発進時高応答要求トルク演算手段306内の高応答要求トルク用回転数F/B制御器307にてF/B制御が実施され、図10に示す様に、発進時低応答要求トルク、および発進時高応答要求トルク共に回転数偏差に応じて増加する。また、低応答要求トルクに連動してスロットル開度も増加するため、エンジントルクが増大して、クラッチ締結による負荷増量に起因するエンジン回転数の低下を最小に抑えることが可能となる。その際、回転数の低下率を一定の基準以下にするためにF/B制御時に必要となるエンジントルクは、車重と排気量との関係などによって決るが、小排気量かつ車重が比較的重い車両の場合、最大エンジントルクの50%以上に達することがある。
【0033】
なお、エンジン回転数が増加に転じて目標エンジン回転数との偏差が小さくなると、低応答・高応答要求トルク共に減少するが、その際、高応答要求トルクと吸気量相当分推定トルクとの間に差分が生じると、前記高応答目標トルク実現手段216が起動し、前記差分を解消する様に点火リタード、あるいは燃料カットを実施する。通常のケースの場合、前記差分は比較的小さいため、高応答目標トルク実現手段としては点火リタードが選択され、図10下部に示すようなタイミングで実施される。
【0034】
次に第2の実施例として、何らかの理由により、ドライバーが発進操作を途中で止めた際の、各パラメータの挙動について図11を用いて説明する。時刻t0から時刻t6までは第1の実施例と同じ動作であるが、回転数F/B実施期間中の時刻t7にて、ドライバーが発進操作を中止するためにクラッチを踏み込むと、エンジン負荷が急激に軽くなることから、エンジン回転数が吹け上がり始める。回転数が吹け上がり、目標エンジン回転数を超過すると、回転数F/B制御の作用によって、低応答・高応答要求トルク共に大きく低下する。低応答要求トルクに従ってスロットルを閉じたのみでは、時刻t7以前に吸気管に蓄積された吸気量が直ぐには解消されず、しばらくの期間は実発生トルクが大きい状態となり、吹け上がりが収まりにくい。しかしながら、本発明の構成では、高応答要求トルクも大きく低下し、第1の実施例と同様に、高応答要求トルクと吸気量相当分推定トルクとの間に差分が生じると、前記高応答目標トルク実現手段216が起動し、前記差分を解消する様に点火リタード、あるいは燃料カットを実施する。本ケースの場合、差分は比較的大きいため、高応答目標トルク実現手段としては燃料カットが選択され、図11下部に示すようなタイミングで実施される。これにより、前記高応答目標トルクまで急速にトルクダウンさせることが可能であり、何らかの理由でドライバーが発進操作を中止した場合でも、エンジン回転数の吹け上がりを最小に抑えることができる。なお、本ケースの高応答目標トルク実現手段は、燃料カットに限られるものではなく、点火リタード、あるいは燃料カットと点火リタードの組み合わせでも構わない。
【0035】
以上示した実施例1〜2では、クラッチ締結に伴う僅かな回転数低下分を検出し、回転数F/B制御の起動条件とするため、誤判定のポテンシャルが高く、起動条件の信頼性向上策が必要となる。そこで第3の実施例では、図12に示す様に、前記回転数F/B制御実施許可判定手段301内に、クラッチSW ON→OFF判定手段407を追加している。一部の車両では、クラッチを奥まで踏み込んだ際に、スイッチがONとなるクラッチSWを設置しており、例えばクラッチSW ON→OFF成立後のある一定期間以外は、回転数F/B制御の実施を許可しない等の対策を講じることにより、第1〜2の実施例と比較して誤判定の確率を下げることが可能である。
【0036】
さらに第4の実施例では、図13に示す様に、前記回転数F/B制御実施許可判定手段301内に、クラッチストローク判定手段408を追加している。クラッチ締結開始時のクラッチストローク位置は、ある範囲内で規定されるため、クラッチストローク位置が前記規定範囲付近に到達した場合のみ、回転数F/B制御の実施を許可する等のロジックを追加することにより、第1〜3の実施例と比較して、更に誤判定の確率を下げることが可能となる。
【0037】
また、実施例1〜4においては、回転数F/B制御実施許可判定時のエンジン回転数を記憶して目標回転数に設定していたが、第5の実施例では図14に示す様に、目標回転数演算手段内302に、エンジン軸トルク推定手段503およびエンジン負荷推定手段504を設け、アクセル開度を起点として目標エンジン回転数を演算している。ここで、エンジン負荷推定手段504では、ニュートラルSWやギアポジションなどの情報を基に、クラッチ締結前およびクラッチ締結期間中は、フライホイール相当のエンジン負荷を演算し、クラッチ締結後はフライホイール+車両相当のエンジン負荷を演算する。
【0038】
次に本実施例における、発進時の各パラメータの挙動について図15を用いて説明する。上記演算ロジックに従い、クラッチ締結前および締結期間中の目標エンジン回転数は、ニュートラル状態でのアクセル開度に対応したエンジン回転数を算出するため、時刻t5までのニュートラル状態では、目標エンジン回転数とエンジン回転数がほぼ一致する。クラッチ締結が開始される時刻t5以降では、エンジン回転数と目標エンジン回転数に偏差が生じ始め、実施例1〜4と同様に回転数F/B制御が実施される。
【0039】
第5の実施例では、目標エンジン回転数とエンジン回転数の偏差が生じた時点から前記回転数F/B制御が実施されるため、実施例1〜4の様にクラッチ締結に起因する微小な回転数落ち込み量を検出する必要が無い利点を有している。しかしながら、前記エンジン軸トルク推定手段503およびエンジン負荷推定手段504の演算精度が不良の場合、クラッチ締結以外の期間においても、目標エンジン回転数と回転数との間に偏差が生じ、不要な回転数F/B制御が実施されることになるため、前記エンジン軸トルク推定手段503およびエンジン負荷推定手段504の演算精度を高めるための施策(各種学習制御など)が必要となる。
【0040】
上述のように本願発明によればクラッチ締結に伴うエンジンの回転数落ちを検出して、制御開始のトリガとするとともに、トリガ発令時のエンジン回転数を目標回転数とし、エンジントルクを操作量とした回転数フィードバック制御(以下F/B制御とする)を実施する。エンジントルクの操作手段としては、電制スロットルによる吸気量操作の他、点火リタードや燃料カットを用いる。
【0041】
クラッチ締結が進むにつれて、前記目標エンジン回転数に対しエンジン回転数が低下していくが、その際にはF/B制御によって電制スロットルを開き側に操作して、エンジンの発生トルクを増大させる。一方、クラッチ締結時の前記回転数F/B制御実施期間中において、ドライバーがクラッチを再び踏み込んで発進操作を停止した場合には、エンジンの負荷トルクが急激に減少することから、エンジン回転数が急激に吹け上がる傾向にある。この際には、回転数の吹け上がりを抑え、前記目標回転数に一致させるべく、F/B制御に従って電制スロットルの閉じ操作を行う。また本操作のみでは、吸気量増大時の吸気管充填分によって吹け残りが発生することから、点火リタードや燃料カットも併用して急速なトルクダウン操作を行う。
【0042】
本MT車対応発進時エンジントルク制御は、電制スロットルを用いた従来型のエンジン制御においても実現可能であるが、近年実用化されたトルクベース(トルクデマンド)型エンジン制御にて実施するのが望ましい。トルクベース型エンジン制御とは、アクセル開度とエンジン回転数を基に目標エンジントルクを演算し、目標エンジントルクと目標空燃比の双方を実現する様に、スロットル制御,燃料制御,点火制御等を行うエンジン制御である。従来型のエンジン制御では、ドライバビリティーの改善の目的で前記の様なトルク制御を実施する際、スロットル開度や点火時期等のトルク操作量を、直接且つ個別に調整する必要があった。トルクベース型エンジン制御に関しては、目標エンジントルクを忠実に発生する様に、スロットル開度や点火時期を自動的に演算するトルク発生機能が生来備わっている。従って、ドライバビリティーの改善を行う際には、前記目標エンジントルクを演算する演算手段を中心に適合すれば良いため、適合作業が容易となる。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】車両全体構成を示す図。
【図2】トルクベース型エンジン制御システムのハード構成を示す図。
【図3】トルクベース型エンジン制御の全体制御ブロック図。
【図4】アクセル開度とドライバー要求トルクの関係について示す図。
【図5】点火リタード量と点火負担分トルク操作率の関係について示す図。
【図6】燃料カット気筒数と燃料負担分トルク操作率の関係について示す図。
【図7】第1の実施例における、発進時要求トルク演算手段204の演算内容を示す図。
【図8】第1の実施例における、回転数F/B制御実施許可判定手段301の内容を示す図。
【図9】第1の実施例における、目標回転数演算手段302の内容を示す図。
【図10】第1の実施例における、発進時の各演算パラメータの挙動を示す図。
【図11】第2の実施例における、発進時の各演算パラメータの挙動を示す図。
【図12】第3の実施例における、回転数F/B制御実施許可判定手段301の内容を示す図。
【図13】第4の実施例における、回転数F/B制御実施許可判定手段301の内容を示す図。
【図14】第5の実施例における、目標回転数演算手段302の内容を示す図。
【図15】第5の実施例における、発進時の各演算パラメータの挙動を示す図。
【符号の説明】
【0044】
1 車両
2 エンジン
3 アクセルペダル
4 クラッチペダル
5 乾式クラッチ
6 変速機
7 プロペラシャフト
8 ディファレンシャルギア
9 後輪
100 エアクリーナー
101 吸気管
102 エアフロセンサ
103 電制スロットル
104 コレクタ
105 インジェクタ
106 吸気バルブ
107 点火プラグ
108 排気バルブ
109 シリンダ
110 ピストン
111 排気マニホールド
112 広域空燃比センサ
113 三元触媒
114 O2 センサ
115 アクセルペダルセンサ
116 エンジンコントロールユニット
201 目標トルク演算手段
202 目標トルク実現手段
203 ドライバー要求トルク演算手段
204 発進時要求トルク演算手段
205 加速時要求トルク演算手段
206 減速時要求トルク演算手段
207 燃料カット時要求トルク演算手段
208 燃料カットリカバー時要求トルク演算手段
209 外部要求トルク
210 運転状態判定手段
211 目標トルク選択手段
212 低応答目標トルク
213 高応答目標トルク
214 吸気相当分推定トルク
215 低応答目標トルク実現手段
216 高応答目標トルク実現手段
217 目標吸気量演算手段
218 目標スロットル開度演算手段
219 目標スロットル開度
220 トルク補正率
221 トルク操作量振分け演算手段
222 点火リタード量演算手段
223 点火リタード量
224 燃料カット気筒数演算手段
225 燃料カット気筒数
301 回転数F/B制御実施許可判定手段
302 目標回転数演算手段
303 発進時低応答要求トルク演算手段
304 低応答要求トルク用回転数F/B制御器
305 吸気相当分推定トルク演算手段
306 発進時高応答要求トルク演算手段
307 高応答要求トルク用回転数F/B制御器
401 ニュートラル判定手段
402 低車速判定手段
403 エンジン回転数低下判定手段
404 アクセル開度増加減判定手段
405 補機起動判定手段
406 F/B制御経過時間判定手段
407 クラッチSW ON→OFF判定手段
408 クラッチストローク判定手段
409 F/B制御実施許可総合判定手段
501 回転数ホールド判定手段
502 回転数ホールド手段
503 エンジン軸トルク推定手段
504 エンジン負荷推定手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジンとクラッチを有する車両の制御装置において、前記車両のクラッチ締結時に目標エンジン回転数を定めると共に、クラッチ締結期間中は、エンジン回転数が前記目標エンジン回転数に一致するように、エンジントルクを操作量とする回転数フィードバック制御を行うことを特徴とする車両の制御装置。
【請求項2】
請求項1記載の車両の制御装置において、前記回転数フィードバック制御の開始時期は、予め定める所定のエンジン回転数低下率に基づいて決定することを特徴とする車両の制御装置。
【請求項3】
請求項1記載の車両の制御装置において、前記回転数フィードバック制御の開始時期は、クラッチのON・OFFスイッチ情報に基づいて決定することを特徴とする車両の制御装置。
【請求項4】
請求項1記載の回転数フィードバック制御の開始時期は、クラッチストローク情報に基づいて決定することを特徴とする車両の制御装置。
【請求項5】
請求項1記載の車両の制御装置において、前記目標エンジン回転数は、前記回転数フィードバック制御開始時のエンジン回転数を記憶した値に基づいて演算することを特徴とする車両の制御装置。
【請求項6】
請求項1記載の車両の制御装置において、前記目標エンジン回転数は、アクセル開度情報に基づいて演算することを特徴とする車両の制御装置。
【請求項7】
請求項1記載の車両の制御装置において、前記エンジントルクは、電子制御スロットル,可変吸気バルブ,燃料カット,点火リタードのいずれかを、単独もしくは複数組み合わせて操作することを特徴とする車両の制御装置。
【請求項8】
請求項1記載の車両の制御装置において、前記回転数フィードバック制御において、エンジントルクの最大操作量は、そのエンジン回転数における最大エンジントルクの50%以上に到達することを特徴とする車両の制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【公開番号】特開2008−121647(P2008−121647A)
【公開日】平成20年5月29日(2008.5.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−309783(P2006−309783)
【出願日】平成18年11月16日(2006.11.16)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】