説明

車両運動制御システム

【課題】アプリケーションからの制御目標値に応じて制御プラットフォームが制御対象を最適制御する構造において、意図しない車両挙動が生じることを防止する。
【解決手段】制御目標値・アベイラビリティ比較部8にて、アベイラビリティ演算部5から伝えられるアベイラビリティ情報と制御要求部2などから伝えられる制御目標値とを比較し、その比較結果に基づいて車両横方向運動制御を実行するか否かを決める。これにより、アプリケーション1〜nや制御プラットフォームでのソフト的な異常による演算の誤りや、制御対象の制御に用いられるACT16〜19の異常、車両状態(例えば、路面μ)の急激な変化により、大きな車両の異常挙動を引き起こすことを防止できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両運動制御の制御目標値を制御プラットフォームに入力し、この制御プラットフォームを介して制御対象を制御することにより車両運動制御を行う車両運動制御システムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来では、車両運動制御を行うためのアプリケーションと、車両運動制御を実現するために制御される制御対象とが直接的にインターフェイスを介して接続され、アプリケーションにより制御対象を直接制御することで車両運動制御を行っている。例えば、特許文献1に示されるように、レーンキープ制御を実行する場合においては、レーンキープ制御を実行するアプリケーションが実装された電子制御装置(以下、ECUという)からの制御信号をステアリング制御用のECUやブレーキ制御用のECUに直接入力している。そして、ステアリング制御用のECUやブレーキ制御用のECUが電動パワーステアリング装置(以下、EPSという)やブレーキ制御用のアクチュエータ(以下、ACTという)を駆動することで、車両が目標軌跡に沿って走行できるように車両横方向運動制御を行っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2005−255037号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、車両運動制御を行うためのアプリケーションと制御対象とを直接的に接続して車両運動制御を行う場合、アプリケーション毎に制御対象との接続が必要になるし、個々のアプリケーションで制御目標値が設定されて制御対象が制御されることになる。このため、アプリケーションの追加や削除、制御対象の変更などにより、それに対応した制御ロジックの変更やインタフェース変更が必要になる。
【0005】
これを解消するために、車両運動制御を行うアプリケーションと車両運動制御を実現するために制御される制御対象との間に制御プラットフォームを配置し、アプリケーションの制御目標値に応じて制御プラットフォームが1つもしくは複数の制御対象を最適制御するという構造を検討している。このような構造とすれば、制御プラットフォームが制御対象を最適制御することでアプリケーションの制御目標値通りの車両挙動を実現でき、アプリケーションの追加や削除、制御対象の変更などによる制御ロジックの変更やインタフェース変更を最小限にすることが可能となる。
【0006】
また、制御プラットフォームにより複数の制御対象を組み合わせて制御することで、より広い制御範囲を得ることが可能となる。例えば、車両横方向運動制御をフロントステアの制御だけで実行する場合に発生させられるヨーレートと比較して、フロントステアやリアステアおよびブレーキを組み合わた協調制御を行えば、より大きなヨーレートを発生させることが可能となる。
【0007】
ところが、その反面、アプリケーションや制御プラットフォームでのソフト的な異常による演算の誤りや、制御対象の制御に用いられるACTの異常、車両状態(例えば、路面摩擦係数(以下、路面μという))の急激な変化により、従来の構成以上に大きな車両の異常挙動を引き起こす可能性がある。
【0008】
本発明は上記点に鑑みて、アプリケーションからの制御目標値に応じて制御プラットフォームが制御対象を最適制御する構造において、意図しない車両挙動が生じることを防止することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するため、請求項1に記載の発明では、アプリケーションからの制御要求として車両運動制御を行う制御目標値を出力する制御要求部(2)と車両運動制御を実行するために制御される制御対象(12〜19)との間に制御プラットフォーム(4〜8)を配置し、制御要求部(2)が出力する制御目標値に基づいて制御対象(12〜19)を制御することで、制御目標値にしたがった車両運動制御を実行する車両運動制御システムにおいて、制御プラットフォーム(4〜8)に、制御対象(12〜19)の最大制御量および制御量の変化量を含む制御可能範囲に相当するアベイラビリティを演算して、アベイラビリティの演算結果を制御要求部(2)に対して出力するアベイラビリティ演算手段(5)と、制御要求部(2)に含まれるアプリケーションがアベイラビリティ演算手段(5)から入力されたアベイラビリティに基づいて制御目標値を出力したときに、当該制御目標値とアベイラビリティとを比較し、その比較結果に基づいて制御対象を制御して車両運動制御を実行するか否かを決める制御目標値・アベイラビリティ比較手段(8)を備えていることを特徴としている。
【0010】
このように、制御目標値・アベイラビリティ比較手段(8)にて、アベイラビリティ演算手段(5)から伝えられるアベイラビリティと制御要求部(2)から伝えられる制御目標値とを比較し、その比較結果に基づいて車両運動制御を実行するか否かを決めている。このため、例えばアプリケーションや制御プラットフォーム(4〜8)でのソフト的な異常による演算の誤りや、制御対象の異常、車両状態の急激な変化により、大きな車両の異常挙動を引き起こすことを防止できる。
【0011】
請求項2に記載の発明では、制御目標値・アベイラビリティ比較手段(8)は、比較結果に基づいて制御対象を制御して車両運動制御を実行するか否かを決めると、車両運動制御を実行するか否かの情報を制御要求部(1)に含まれるアプリケーションに伝えることを特徴としている。
【0012】
このように、アプリケーションに対して車両運動制御の実行状況を伝えることにより、アプリケーションは車両運動制御の実行状況に応じた制御要求を行うことができる。
【0013】
請求項3に記載の発明では、車両運動制御の実行状況をドライバに対して伝える報知装置(20)を有し、制御目標値・アベイラビリティ比較手段(8)は、比較結果に基づいて制御対象を制御して車両運動制御を実行するか否かを決めると、車両運動制御を実行するか否かの情報を報知装置(20)に伝え、該報知装置(20)にて車両運動制御を実行するか否かをドライバに対して伝えることを特徴としている。
【0014】
このように、報知装置(20)に対して車両運動制御の実行状況を伝え、報知装置(20)にて車両運動制御の実行状況をドライバに伝えることができる。
【0015】
請求項4に記載の発明では、制御プラットフォーム(4〜8)は、車両状態を監視する車両状態監視手段(4)を有し、アベイラビリティ演算手段(5)は、車両状態監視手段(4)にて監視している車両状態に対応してアベイラビリティに制限を掛け、車両状態に対応して制限を掛けた制限後のアベイラビリティと、当該制限を掛ける前である制限前のアベイラビリティを制御目標値・アベイラビリティ比較手段(8)に対して出力していることを特徴としている。
【0016】
このように、制限前のアベイラビリティと制限後のアベイラビリティを制御目標値・アベイラビリティ比較手段(8)に対して出力することにより、制御目標値・アベイラビリティ比較手段(8)で制御目標値がどの範囲に含まれているのかを比較することができる。
【0017】
具体的には、請求項5に記載したように、制御目標値・アベイラビリティ比較手段(8)は、制御目標値と制限前のアベイラビリティおよび制限後のアベイラビリティとを比較することにより、制御目標値が制限後のアベイラビリティ以下の範囲と制限後のアベイラビリティより大きくかつ制限前のアベイラビリティ以下の範囲および制限前のアベイラビリティより大きい範囲のいずれに該当するかを求め、制御目標値の該当している範囲に応じて、制御対象を制御して車両運動制御を実行するか否かを決めることができる。
【0018】
例えば、請求項6に記載したように、制御目標値・アベイラビリティ比較手段(8)は、制御目標値が制限後のアベイラビリティ以下の範囲に該当していれば車両運動制御を実行し、制御目標値が制限前のアベイラビリティより大きい範囲に該当していれば車両運動制御の実行を禁止することができる。
【0019】
すなわち、制御目標値が制限後のアベイラビリティ以下の範囲に該当していれば、各制御対象も車両も安定して制御できている状態であるため、車両運動制御を実行することができる。逆に、制御目標値が制限前のアベイラビリティより大きい範囲に該当していれば、制御対象の性能限界や路面μなどの車両状態を要因として、目標通りに制御できない状態であるため、車両運動制御の実行を禁止する。
【0020】
また、請求項7に記載したように、制御目標値・アベイラビリティ比較手段(8)は、制御目標値が制限後のアベイラビリティより大きくかつ制限前のアベイラビリティ以下の範囲に該当していれば、車両運動制御を実行しつつ、報知装置(20)に対して車両運動制御を要注意実行中であることを伝えることもできる。
【0021】
制御目標値が制限後のアベイラビリティより大きくかつ制限前のアベイラビリティ以下の範囲に該当していれば、制御対象の性能としては安定して制御できるが、車両挙動はスピン等の不安定になる可能性がある状態である。この場合には、車両運動制御を実行しつつ、報知装置(20)に対して車両運動制御を要注意実行中であることを伝えることができる。勿論、この場合でも、車両運動制御を禁止することもでき、アプリケーションの内容に応じてどのような処理を行うかを適宜決定すれば良い。
【0022】
また、車両運動制御を禁止する場合には、請求項8に記載したように、制御目標値が制限前のアベイラビリティより大きい範囲に該当していることが所定時間以上継続したときに、縮退制御により車両運動制御の実行を禁止するようにしたり、請求項9に記載したように、即時に縮退制御により車両運動制御の実行を禁止することができる。
【0023】
なお、上記各手段の括弧内の符号は、後述する実施形態に記載の具体的手段との対応関係を示すものである。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の第1実施形態にかかる車両横方向運動制御システム1のブロック図である。
【図2】制御対象全体のアベイラビリティやVLPとしてのアベイラビリティを表した図である。
【図3】車両挙動とアベイラビリティとの関係を表した模式図である。
【図4】制御目標値とそれに対応して各部に送る信号の内容などの一例を示した図表である。
【図5】実施例1で説明する車両横方向運動システムの具体例を示したブロック図である。
【図6】実施例2で説明する車両横方向運動システムの具体例を示したブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明の実施形態について図に基づいて説明する。なお、以下の各実施形態相互において、互いに同一もしくは均等である部分には、図中、同一符号を付してある。
【0026】
(第1実施形態)
本発明の第1実施形態について説明する。本実施形態では、本発明の一実施形態にかかる車両運動制御システムとして、車両横方向運動制御装置(以下、VLPという)が適用された車両横方向運動制御システムを例に挙げて説明する。
【0027】
図1は、本実施形態にかかる車両横方向運動制御システム1のブロック図である。本実施形態の車両横方向運動制御システム1では、複数の制御対象、具体的にはフロントステア、リアステアおよびブレーキを制御することにより、車両横方向運動制御を行う。
【0028】
図1に示されるように、車両横方向運動制御システム1は、制御要求部2、センサ部3、車両状態監視部4、アベイラビリティ演算部5、制御値演算部6、ヨーレート制御部7、制御目標値・アベイラビリティ比較部8、各種マネージャ9〜11、各種電子制御装置(以下、ECUという)12〜15、横方向運動制御用の各種ACT16〜19および報知装置20を有している。これらのうちの車両状態監視部4、アベイラビリティ演算部5、制御値演算部6、ヨーレート制御部7、制御目標値・アベイラビリティ比較部8、もしくはこれらに各種マネージャ9〜11を含めたものがVLPの制御プラットフォームに相当する。
【0029】
制御要求部2は、車両横方向運動制御を行う各アプリケーションの制御要求に従って、車両状態に応じた横方向運動に関する要求信号およびアプリケーションの実行を指示する要求信号を出力する。具体的には、制御要求部2は、目標軌跡演算部2a1〜2anと目標軌跡調停部2bおよび目標値生成部2cを有した構成とされている。
【0030】
目標軌跡演算部2a1〜2anは、各アプリケーション1〜nからの要求に基づいて目標軌跡を演算し、その目標軌跡を実現するために必要な車両横方向の制御量と共に、アプリケーションの実行を指示する要求信号を出力する。各アプリケーションは、後述するアベイラビリティ演算部5からアベイラビリティ情報を取得しており、このアベイラビリティ情報に基づいて目標軌跡を実現するために必要な制御量を演算している。目標軌跡調停部2bは、目標軌跡演算部2a1〜2anから入力された車両横方向の制御量に基づいて、各アプリケーションの要求する目標軌跡を調停した目標軌跡を演算し、その目標軌跡を実現するために必要な車両横方向の制御量を出力する。ここで用いられる制御量としては、アプリケーション1〜nの要求に応じて様々な物理量を用いることができ、例えば車両横方向運動制御の場合には、要求横加速度Gy(req)および要求横加速度変化率dGy/dt(req)、要求ヨーレートγ(req)および要求ヨーレート変化量dγ/dt(req)、要求車体スリップ角β(req)や要求車体スリップ角変化量dβ/dt(req)を用いることができる。これら各制御量としてどのような値を用いるかは、アプリケーション1〜nの内容や制御対象に対応して適宜選択すれば良い。
【0031】
上記のアプリケーション1〜nとしては、レーンキープ制御、レーンデパーチャ制御などのアプリケーションが挙げられる。レーンキープ制御では、車両前方画像を取り込んで走行車線の両側の走行線を認識することにより、車両が走行線に沿って走行する際に、両側の走行線の中央付近からずれないように車両横方向運動制御を行う。レーンデパーチャ制御では、車両前方画像を取り込んで走行車線の両側の走行線を認識することにより、車両が走行車線に沿って走行する際に、両側の走行線からはみ出さないようにドライバに対して警報を行うと同時に、両側の走行線からはみ出さないように車両横方向運動制御を行う。また、アプリケーション1〜nとしては、車両走行方向に存在する障害物などとの衝突を避けるように車両横方向運動制御を行う緊急回避制御や、駐車時に想定される車両移動経路に導くように車両横方向運動制御を行う駐車支援制御などのアプリケーションも想定される。その他、車両横方向運動制御が行われるアプリケーションであれば、どのようなものであっても良い。
【0032】
これら各アプリケーションにおいて、後述する車両状態監視部4から伝えられる車両状態に基づき車両横方向制御の実行開始条件を満たすと判定されると、各アプリケーションによる目標軌跡もしくはこの目標軌跡を実現するために車両横方向運動として必要な制御量が出力され、これが目標軌跡調停部2bにて調停される。そして、目標軌跡調停部2bでの調停結果が目標値生成部2cに入力される。
【0033】
各アプリケーションの目標軌跡の調停は、実行されるアプリケーションの内容に応じて変わる。例えば、各アプリケーションにて要求される目標軌跡を実現するために必要な制御量の総和を出力するようにすれば、すべてのアプリケーションの要求を満たす車両横方向運動制御を行える。また、実装されているアプリケーションに優先順位がある場合には、優先順位が高いアプリケーションの目標軌跡もしくはこの目標軌跡を実現するために必要な制御量を出力すれば良い。アプリ実行要求にて、どのアプリケーションを実行するかが示されていることから、このアプリ実行要求に基づいて実行すべき優先順位の高いアプリケーションを選択することができる。
【0034】
目標値生成部2cは、目標軌跡調停部2bから入力される調停後の目標軌跡もしくはこの目標軌跡を実現するために必要な制御量に基づいて、調停後の目標軌跡を実現するために必要な制御目標値であるアプリ要求値を出力する。アプリ要求値としては、一制御周期内での制御量の絶対量や変化量が出力される。このときのアプリ要求値は、上記目標軌跡を実現するために必要な車両横方向の制御量を制御プラットフォームへの入力に用いられる物理量に変換した値とされ、要求横加速度Gy(req)および要求横加速度変化率dGy/dt(req)、要求ヨーレートγ(req)および要求ヨーレート変化量dγ/dt(req)、要求車体スリップ角β(req)や要求車体スリップ角変化量dβ/dt(req)を用いている。
【0035】
このようにして、制御要求部2から制御目標値を表すアプリ要求値が出力されると、これが制御プラットフォームに入力され、制御プラットフォームや各種マネージャ9〜11などを介して、車両横方向運動制御を実行するのに用いられる各種ACT16〜19が駆動される。これにより、各アプリケーションの要求に応じた車両横方向運動が制御される。
【0036】
センサ部3は、各種車両状態を示す情報を車両状態監視部4に対して入力するものである。具体的には、センサ部3は、各種車両状態の検出信号もしくは各種車両状態の演算結果を示すデータ信号などを各種車両状態を示す情報として車両状態監視部4に入力している。本実施形態では、センサ部3から車両状態監視部4に対して、前輪舵角、各輪車軸トルク、後輪舵角、車速(車体速度)、横加速度などに関する情報が伝えられるようにしている。前輪舵角や後輪舵角に関しては、例えば舵角センサの検出信号が用いられる。各輪車軸トルクについては、例えばブレーキECUにおいて現在発生させられている各輪車軸トルクが演算されているためその演算結果が用いられる。車速に関しては、例えば車速センサの検出信号や車輪速度センサの検出信号に基づいて演算された各車輪の車輪速度から演算した値が用いられる。横加速度に関しては、横加速度センサの検出信号もしくはその検出信号に基づいて演算した横加速度の演算値が用いられる。
【0037】
また、センサ部3には、車両に実際に発生している実ヨーレートを検出するヨーレートセンサも含まれている。このヨーレートセンサの検出信号もしくはその検出信号に基づいて演算した実ヨーレートが車両状態監視部4を介してF/B演算部7に伝えられている。さらに、センサ部3には、走行路面状態として路面μを検出する部分も含まれている。例えば、ブレーキECUでは車輪速度などに基づいて路面μを推定していることから、それの検出結果が車両状態監視部4に伝えられるようになっている。
【0038】
車両状態監視部4は、センサ部3から入力される各種車両状態を示す情報に基づいて、現在の車両情報を求め、その車両情報をアベイラビリティ演算部5に出力する。具体的には、車両状態監視部4では、車両に対して現在発生している前輪舵角、各輪車軸トルク、後輪舵角および車速に基づいて、車両モデルに代表される一般的な数式から理論的に求められる現在あるべき前輪舵角、各輪車軸トルク、後輪舵角、車速および横加速度を車両情報として求めている。また、走行路面状態を示す路面μなどの車両走行情報についても、車両情報として取得している。
【0039】
アベイラビリティ演算部5は、各種ACT16〜19を駆動するための各種ECU12〜15より各種ACT16〜19のアベイラビリティを受け取ることにより、各制御対象(フロントステア、リアステアおよびブレーキ)のアベイラビリティに関する情報(アベイラビリティ情報)を取得するアベイラビリティ取得手段を構成する。また、アベイラビリティ演算部5は、取得した各制御対象のアベイラビリティ情報に基づいて制御対象の性能限界から決まる制御対象全体のアベイラビリティを演算したり、車両状態監視部4から伝えられる車両情報および制御要求部2から伝えられるアプリ情報に基づいてアベイラビリティ情報に制限を掛けたりVLPとしてのアベイラビリティを演算する。そして、各制御対象のアベイラビリティやそれに制限を掛けたアベイラビリティをヨーレート制御部7や各アプリケーション1〜nに対して伝えたり、制御対象全体のアベイラビリティ(制限前のアベイラビリティに相当)やVLPとしてのアベイラビリティ(制限後のアベイラビリティに相当)に関する情報を制御目標値・アベイラビリティ比較部8に対して伝えている。
【0040】
ここで、アベイラビリティとは、制御可能範囲のことを意味しており、出力できる制御量の最大値(最大制御量)に加えて、制御時の応答性を示す制御量の変化量も含む概念である。車両横方向運動制御においては、車両左旋回方向と右旋回方向の二つのアベイラビリティがある。車両横方向運動制御の場合には、アベイラビリティをヨーレートや横加速度および車体スリップ角を用いて表すことができるが、ここでは制御目標値・アベイラビリティ比較部8に入力される目標値生成部2cもしくは制御値演算部6の制御目標値と同じパラメータで表すようにしている。
【0041】
例えば、各種ACT16〜19のアベイラビリティとは、各種ACT16〜19の最大制御量や、各種ACT16〜19の応答性(制御量の変化量)を意味している。また、各制御対象のアベイラビリティとは、各ACT16〜19のアベイラビリティにて示されるフロントステア、リアステアおよびブレーキそれぞれの最大制御量や応答性(制御量の変化量)を意味している。各種ACT16〜19のアベイラビリティについては、各種ECU12〜15よりそのときの各種ACT16〜19の状態を表したマップ等として、アベイラビリティ演算部5に伝えられる。ACT16〜19のアベイラビリティのうち、フロントステアを制御するためのACT16、17のアベイラビリティの合計がフロントステアのアベイラビリティ(フロントステアアベイラビリティ)となる。また、リアステアを制御するためのACT18のアベイラビリティがリアステアのアベイラビリティ(リアステアアベイラビリティ)となる。同様に、ブレーキを制御するためのACT19のアベイラビリティがブレーキのアベイラビリティ(ブレーキアベイラビリティ)となる。このため、各種ECU12〜15から各種ACT16〜19のアベイラビリティが伝えられることは、各制御対象のアベイラビリティが伝えられることを意味している。したがって、図1中では、各種ECU12〜15からフロントアベイラビリティ、リアアベイラビリティ、ブレーキアベイラビリティがアベイラビリティ演算部5に入力される形で示してある。
【0042】
また、VLPとしてのアベイラビリティとは、各制御対象のアベイラビリティや車両情報などを加味して出力し得る制御可能範囲のことを意味している。具体的には、各制御対象のアベイラビリティに車両状態等の制限を掛けた値の総和を取ることで、VLPとしてのアベイラビリティを演算している。車両状態等の制限としては、例えば路面μのよる制限が挙げられる。すなわち、路面μが低い低μ路である場合には、各制御対象のアベイラビリティ通りの車両横方向運動を実現すると、車両がスピンするなど、車両挙動が不安定になることがある。このため、路面μに基づいて、車両が安定して走行できるように各制御対象のアベイラビリティに制限を掛けることで、VLPとしてのアベイラビリティを演算することができる。
【0043】
制御値演算部6は、目標値生成部2cで生成されたアプリ要求値を制御対象の制御に用いるのに適した物理量に換算するものである。この制御値演算部6は、目標値生成部2cで生成されるアプリ要求値が初めから制御対象の制御に用いるのに適した物理量で求められている場合には、省略可能である。例えば、制御対象の制御に用いるのに適した物理量として要求ヨーレートγ(req)および要求ヨーレート変化量dγ/dt(req)を用いる場合において、目標値生成部2cで生成しているアプリ要求値が要求ヨーレートγおよび要求ヨーレート変化量dγ/dt(req)であれば、制御値演算部6を省略できる。また、制御対象の制御に用いるのに適した物理量として要求ヨーレートγおよび要求ヨーレート変化量dγ/dt(req)を用いる場合において、目標値生成部2cで生成しているアプリ要求値が要求横加速度Gy(req)および要求横加速度変化率dGy/dt(req)や要求車体スリップ角β(req)や要求車体スリップ角変化量dβ/dt(req)をであれば、次の数式1に基づいてヨーレート換算する。なお、次式において、γがヨーレート換算した値である要求ヨーレートγ(req)であり、Vxは車速である。
【0044】
(数式1) γ(req)=Gy(req)/Vx−dβ/dt(req)
ヨーレート制御部7は、車両横方向運動制御を実行するのに最適な制御対象を選択したり、選択した制御対象(以下、選択制御対象という)への最終要求値を演算している。具体的には、ヨーレート制御部7は、目標生成部2cもしくは制御値演算部6から伝えられる制御目標値であるアプリ要求値やアベイラビリティ演算部5から伝えられるアベイラビリティ情報などに基づいて、車両横方向運動制御を実行するのに最適な制御対象を選択している。また、ヨーレート制御部7は、各選択制御対象に対するフィードフォワード(以下、F/Fという)要求値やフィードバック(以下、F/Bという)要求値の演算を行ったのち、これらを足し合わせることで、各選択制御対象の最終要求値を演算している。ヨーレート制御部7は、例えばレーンキープ制御が実行される等により車両横方向運動制御の制御要求が出されたときに制御対象選択や最終要求値の演算を行う。
【0045】
制御対象選択は、アベイラビリティ情報に基づいてアプリ要求値を満たす制御量の絶対量や変化量を出力できる制御対象を1つもしくは複数選択することにより行われる。選択制御対象は、F/F制御対象とF/B制御対象とで同じであっても良いし、異なっていても良い。
【0046】
F/F要求値の演算は、例えば各選択制御対象の制御目標値と規範値との差に基づいて行われる。選択制御対象が決まると、アプリ要求値を満たすのに必要な各選択制御対象それぞれの制御量の絶対量や変化量の配分が決まる。このときに決まる制御量の絶対量や変化量は各選択制御対象の制御目標値、つまりアプリ要求値を各選択制御対象に配分した値であり、実際に実現し得る規範値は異なっている。このため、予め求めておいた制御対象ごとの制御目標値と規範値との関係を示すデータなどから、制御目標値に対応する規範値を求めている。そして、各選択制御対象の制御目標値と規範値との差を小さくするために必要なF/F要求値が演算される。このときのF/F要求値の演算手法については、従来よりF/F制御演算手法として知られているどのような手法が用いられていても構わない。
【0047】
F/B要求値の演算は、例えば各選択制御対象の制御目標値の総和とセンサ部3に備えられたヨーレートセンサで検出された実ヨーレートとの差に基づいて、その差を小さくするために必要なトータルのF/B要求値を演算し、このトータルのF/B要求値を各選択制御対象に分配することにより行われる。
【0048】
このようにして、選択制御対象ごとのF/F要求値およびF/B要求値が演算されると、これらを各選択制御対象ごとに足し合わせることによって各選択制御対象の最終要求値を演算している。そして、演算された各最終要求値が各種マネージャ9〜11に伝えられ、フロントステア制御やリアステア制御およびブレーキ制御により、最終要求値を実現する車両横方向運動制御を実行する。なお、図1中では、F/F要求値やF/B要求値および最終要求値としてヨーレートγが用いられる場合を想定し、フロントステア制御やリアステア制御およびブレーキ制御によって実現させるヨーレートγの最終要求値を、それぞれフロントステア要求ヨーレート最終値、リアステア要求ヨーレート最終値およびブレーキ要求ヨーレート最終値として表してある。
【0049】
制御目標値・アベイラビリティ比較部8は、目標生成部2cもしくは制御値演算部6から伝えられるアプリ要求、つまり制御目標値とアベイラビリティとを比較し、制御目標値がアベイラビリティのどの範囲を示しているかを求める。そして、その判別結果に基づいて、制御目標値・アベイラビリティ比較部8は、ヨーレート制御部7に対して制御信号を送り、車両横方向運動制御を実行するか否かを指示すると共に、各アプリケーション1〜nや報知装置20に対して車両横方向運動制御の実行状況を伝える。
【0050】
上述したように、アベイラビリティ演算部5では、制御対象全体のアベイラビリティやVLPとしてのアベイラビリティを演算している。これらのアベイラビリティを図示すると図2のように表され、車両挙動とアベイラビリティとの関係については図3のように表すことができる。
【0051】
すなわち、アベイラビリティ演算部5で取得している制御対象全体のアベイラビリティは、まだ車両状態等の制限を掛けていないアベイラビリティであるため、各制御対象のその時の性能限界として決まる値である。このため、制御対象全体のアベイラビリティは、車両の安定性などを考慮に入れない場合に発生させ得る限界の車両横方向運動可能範囲を表している。一方、VLPとしてのアベイラビリティは、各制御対象のアベイラビリティに車両状態等の制限を掛けた値の総和であるため、車両を安定に走行させられる車両横方向運動範囲を表している。
【0052】
このため、図2および図3に示すように、制御対象全体のアベイラビリティをアベイラビリティAとし、VLPとしてのアベイラビリティをアベイラビリティBとすると、アベイラビリティA>アベイラビリティBとなり、これらアベイラビリティA、Bに基づいて以下の範囲(1)〜(3)に区分けすることができる。具体的には、アベイラビリティB以下の範囲(1)は、車両を安定して走行させられる制御範囲である。アベイラビリティBより大きくアベイラビリティA以下の範囲(2)は、車両が安定して走行させられる保証はないものの、制御対象の性能的に発生させ得る制御可能範囲である。アベイラビリティAより大きい範囲(3)は、制御対象の性能的にも発生させられない制御不可能範囲である。
【0053】
したがって、制御目標値・アベイラビリティ比較部8では、制御目標値とアベイラビリティA、Bとを比較し、制御目標値がアベイラビリティB以下である範囲(1)、アベイラビリティBより大きくかつアベイラビリティA以下である範囲(2)、それともアベイラビリティAより大きい範囲(3)のいずれに該当するかを求めている。そして、この比較結果に基づいて、制御目標値・アベイラビリティ比較部8は、ヨーレート制御部7に対して制御信号を送って車両横方向運動制御を実行するか否かを指示したり、各アプリケーション1〜nや報知装置20に対して車両横方向運動制御の実行状況を伝えている。これにより、アプリケーション1〜nは車両横方向運動制御の実行状況に応じた制御要求を行うことができ、報知装置20は車両横方向運動制御の実行状況をドライバに伝えることができる。
【0054】
図4は、制御目標値とそれに対応して各部に送る信号の内容などの一例を示した図表である。
【0055】
この図に示すように、制御目標値が範囲(1)内にある場合は、各制御対象も車両も安定して制御できている状態を意味している。この場合には、ヨーレート制御部7に対して車両横方向運動制御を実行することを指示する制御信号を送り、各制御対象を制御することにより制御目標値を実現する。これと同時に、各アプリケーション1〜nおよび報知装置20に対して異常なしで制御実行中であることを示す信号を送る。これにより、各アプリケーション1〜nは、通常通り、アベイラビリティ情報に基づいて目標軌跡を実現するために必要な制御量の演算を行う。また、報知装置20は、ドライバに対して異常なしで制御実行中であることを表示するか、もしくは異常であったり制御実行禁止であることを何も表示しないようにする。
【0056】
また、制御目標値が範囲(2)内にある場合は、制御対象の性能としては安定して制御できるが、車両挙動はスピン等の不安定になる可能性がある状態を意味している。この場合にも、ヨーレート制御部7に対して車両横方向運動制御を実行することを指示する制御信号を送り、各制御対象を制御することにより制御目標値を実現する。これと同時に、各アプリケーション1〜nおよび報知装置20に対して要注意制御実行中であること示す信号を送る。これにより、各アプリケーション1〜nは、要注意実行中であることを前提として、アベイラビリティ情報に基づいて目標軌跡を実現するために必要な制御量の演算を行い、報知装置20は、ドライバに対して要注意制御実行中であることを表示する。要注意実行中である場合には、各アプリケーション1〜nにてアベイラビリティ情報に基づいて通常時と同様の目標軌跡が演算されるようにしても良いし、アプリケーションの内容に応じて目標軌跡の演算手法を変更しても良い。例えば、緊急回避制御のように緊急性重視のアプリケーションである場合には、車両の安定性よりも障害物などとの衝突を避ける方が優先される。このような場合には、通常時と同様の目標軌跡が演算されるようにする。一方、レーンキープ制御のように快適性重視のアプリケーションである場合には、車両の安定性を損ねてまでその制御を行う必要はない。このような場合には、制御自体を禁止するようにしても良い。
【0057】
さらに、制御目標値が範囲(3)内にある場合は、制御対象の性能限界や路面μなどの車両状態を要因として、目標通りに制御できない、もしくは、車両挙動がスピン等の不安定になっている状態を意味している。この場合には、ヨーレート制御部7に対して車両横方向運動制御を禁止することを指示する制御信号を送り、各制御対象の制御を禁止する。これと同時に、各アプリケーション1〜nおよび報知装置20に対して制御を禁止したこと示す信号を送る。これにより、各アプリケーション1〜nは、制御が禁止されたことに基づいて目標軌跡の演算をやめ、報知装置20は、ドライバに対して制御が禁止されたことを表示する。
【0058】
車両横方向運動制御を禁止する際の手法としては、例えば、即時に縮退制御によって制御なし状態にしてそれ以降は制御禁止にするという手法を採用できる。また、制御目標値が範囲(3)内にあるとの比較結果となってから前回の制御周期のときの制御目標値を継続し、同様の比較結果が所定時間以上継続した場合に縮退制御によって制御なし状態にしてそれ以降は制御禁止にする手法を採用しても良い。
【0059】
このように、制御目標値・アベイラビリティ比較部8からヨーレート制御部7に対して車両横方向運動制御を実行するか否かを指示する制御信号が送られる。このため、ヨーレート制御部7は、その制御信号が車両横方向運動制御を実行することを示していれば各種マネージャ9〜11に対して最終要求値を伝え、車両横方向運動制御を禁止することを示していれば各種マネージャ9〜11に最終要求値を伝えないようにする。
【0060】
各種マネージャ9〜11は、ヨーレート制御部7から伝えられる最終要求値を各ACT16〜19にて実現すべき要求制御量(要求物理量)に換算し、それを各ECU12〜14に伝える。例えば、図1中に示したように、フロントステアを制御対象として車両横方向運動制御を実行する場合には、フロントステア要求ヨーレート最終値に対応する要求前輪操舵角が演算され、これがECU12、13に伝えられる。また、リアステアを制御対象として車両横方向運動制御を実行する場合には、リアステア要求ヨーレート最終値に対応する要求後輪操舵角が演算され、これがECU14に伝えられる。さらに、ブレーキを制御対象として車両横方向運動制御を実行する場合には、ブレーキ要求ヨーレート最終値に対応する要求各輪加算トルクが演算され、これがECU15に伝えられる。
【0061】
このとき、同じ制御対象を異なるACTの駆動によって制御する場合には、マネージャ9〜11にて、いずれのACTを駆動するか、もしくは、どのように制御量を分配するかなどを調停し、調停後の制御量を各ECU12〜15に伝えるようにしている。例えば、本実施形態では、フロントステアについては、後述するようにEPS16やギア比可変スタリングシステム(以下、VGRS(Variable Gear Ratio Steering)という)17にて制御しているため、これらのいずれか一方もしくは双方によってフロントステアを制御することになる。このような場合には、マネージャ9による調停後の要求前輪操舵角をEPS16やVGRS17を制御するための各ECU12、13に伝えるようにしている。
【0062】
各種ECU12〜15は、各制御対象を制御するための制御出力を発生させるものであり、各種マネージャ9〜11から伝えられた要求制御量を実現すべく各種ACT16〜19を制御する。各種ACT16〜19は、EPS−ACT16、VGRS−ACT17、アクティブリアステアリング(以下、ARS(Active Rear Steering)という)−ACT18および横滑り防止制御(以下、ESC(Electronic Stability Control)という)−ACT19で構成されている。これら各種ACT16〜19が各種ECU12〜15にて制御されることにより、EPS−ACT16およびVGRS−ACT17では要求前輪操舵角が実現されるようにフロントステア制御がなされ、ARS−ACT18では要求後輪操舵角が実現されるようにリアステア制御がなされ、ESC−ACT19では要求各輪加算トルクが実現されるようにブレーキ制御がなされる。
【0063】
また、各種ECU12〜15では、その時々の各種ACT16〜19の状態から、各種ACT16〜19のアベイラビリティを把握しているため、このアベイラビリティをアベイラビリティ演算部5に伝えることも行っている。アベイラビリティとしては、EPS−ACT16およびVGRS−ACT17にて制御されるフロントステア(前輪舵角)の制御可能範囲であるフロントステアアベイラビリティ、ARS−ACT18にて制御されるリアステア(後輪舵角)の制御可能範囲であるリアステアアベイラビリティ、および、ESC−ACT19にて制御されるブレーキ(各輪加算トルク)の制御可能範囲であるブレーキアベイラビリティが挙げられる。フロントステアアベイラビリティには、前輪舵角の絶対量に加えて前輪舵角の応答性を示す前輪舵角角速度(前輪舵角変化量)が含まれている。リアステアアベイラビリティには、後輪舵角の絶対量に加えて後輪舵角の応答性を示す後輪舵角角速度(後輪舵角変化量)が含まれている。ブレーキアベイラビリティには、各輪車軸トルクの絶対量に加えてブレーキの応答性を示す各輪車軸トルク変化量が含まれている。
【0064】
以上のようにして、本実施形態にかかる車両横方向運動制御システム1が構成されている。このような車両横方向運動制御システム1では、制御要求部2から各アプリケーション1〜nの要求に応じた目標軌跡を実現するために必要な制御量が出力されると、それが制御プラットフォームに入力され、アプリケーション1〜nの制御目標値に応じて制御プラットフォームが1つもしくは複数の制御対象を最適制御する。このため、アプリケーション1〜nの制御目標値通りの車両挙動を実現でき、アプリケーション1〜nの追加や削除、制御対象の変更などによる制御ロジックの変更やインタフェース変更を最小限にすることが可能となる。
【0065】
また、制御プラットフォームにより複数の制御対象を組み合わせて制御することで、より広い制御範囲を得ることが可能となる。例えば、車両横方向運動制御をフロントステアの制御だけで実現させる場合に発生させられるヨーレートと比較して、フロントステアやリアステアおよびブレーキを組み合わせた協調制御を行えば、より大きなヨーレートを発生させることが可能となる。
【0066】
そして、本実施形態では、制御目標値・アベイラビリティ比較部8にて、アベイラビリティ演算部5から伝えられるアベイラビリティ情報と制御要求部2もしくは制御値演算部6から伝えられる制御目標値とを比較し、その比較結果に基づいて車両横方向運動制御を実行するか否かを決めている。このため、アプリケーション1〜nや制御プラットフォームでのソフト的な異常による演算の誤りや、制御対象の制御に用いられるACT16〜19の異常、車両状態(例えば、路面μ)の急激な変化により、大きな車両の異常挙動を引き起こすことを防止できる。
【0067】
特に、本実施形態では、アベイラビリティ演算部5からアプリケーション1〜nにアベイラビリティ情報を送り、そのアベイラビリティ情報に基づいてアプリケーション1〜nにて車両横方向運動制御の要求を出すようにしている。このため、制御目標値・アベイラビリティ比較部8では、アベイラビリティ演算部5から伝えられるアベイラビリティ情報と目標値生成部2cもしくは制御値演算部6から伝えられる制御目標値(アプリ要求値)とを比較することにより、アベイラビリティ演算部5から送ったアベイラビリティ情報と、そのアベイラビリティ情報に基づくアプリケーション1〜nの応答とが対応しているか否かを判定できる。例えば、図1中に示したように、アベイラビリティ演算部5からアプリケーション1〜nに送った制御周期Tのときのアベイラビリティ情報に基づいて、アプリケーション1〜nからその次の制御周期T+1のときに車両横方向運動制御の要求が出されたとする。この場合には、制御目標値・アベイラビリティ比較部8により、制御周期Tのときのアベイラビリティ情報と制御周期T+1のときのアプリ要求とを比較することで、これらが正しい関係となっているかを判定できる。
【0068】
さらに、アベイラビリティ演算部5から制御目標値・アベイラビリティ比較部8に対して、アプリケーション1〜nに対してアベイラビリティ情報を送ったときと同じ制御周期Tのアベイラビリティ情報だけでなく、目標値生成部2cもしくは制御値演算部6からアプリ要求値が伝えられる制御周期T+1のときのアベイラビリティ情報も送られるようにすることもできる。このようにすると、時々刻々と変化する車両状態に応じて、より適切な車両横方向運動制御を行うことが可能となる。
【0069】
すなわち、アプリケーション1〜nの内容によっては制御周期が長く、その間に車両状態が大きく変化することがあり、その場合には、アプリケーション1〜nに伝えられたアベイラビリティ情報に対応した車両横方向運動制御を行うことが好ましくない。例えば、走行路面が路面μが高い高μ路から路面μが低い低μ路に急変した場合には、アプリケーション1〜nに伝えられたアベイラビリティ情報に対応した車両横方向運動制御を行うと、車両がスリップする可能性がある。したがって、制御目標値・アベイラビリティ比較部8によって、制御周期Tのときのアベイラビリティ情報と制御周期T+1のときのアプリ要求とを比較したときに、これらが正しい関係であることが判定されたとしても、制御周期T+1のときの車両状態からアプリケーション1〜nの要求通りの車両横方向制御を行わない方が良い場合には、車両横方向運動制御を禁止するなどの処理を行うことで、より適切な車両横方向運動制御を行うことが可能となる。
【実施例】
【0070】
(実施例1)
本発明の実施例1として、アプリケーション1にレーンキープ制御のアプリケーションを適用した場合について説明する。
【0071】
図5は、本実施例にかかる車両横方向運動システムの具体例を示したブロック図である。この図に示すように、レーンキープ制御用の目標軌跡演算部2a1に対してカメラ21からの画像情報が入力されている。目標軌跡演算部2a1は、この画像情報に含まれる車両前方画像に基づいて走行車線の両側の走行線を認識し、車両が両側の走行線の中央付近からずれないように目標軌跡を演算して、それに対応する制御量として要求横加速度Gy(req)や要求横加速度変化量dGy/dt(req)を出力する。このとき、要求横加速度Gy(req)や要求横加速度変化量dGy/dt(req)は、アベイラビリティ情報も加味して演算される。これが目標軌跡調停部2bにて他のアプリケーション2〜nからの要求と調停され、その調停結果が目標値生成部2cに伝えられて、目標値生成部2cでヨーレート変換されることで、アプリ要求値として要求ヨーレートγ(req)や要求ヨーレート変化量dγ/dt(req)が出力される。
【0072】
この場合、ヨーレート制御部7で扱われるのがヨーレート値であることから、上述した制御値演算部6を経ることなくヨーレート制御部7にアプリ要求値が入力され、ヨーレート制御部7でアプリ要求値に対応した制御対象が選択され、各選択制御対象に対する各種要求ヨーレート最終値が出力される。そして、各種マネージャ9〜11にて、ヨーレート制御部7から伝えられる要求ヨーレート最終値が各ACT16〜19にて実現すべき要求制御量に換算され、それに基づいて各種ECU12〜15が各種ACT16〜19を駆動することで、レーンキープ制御のアプリケーション1を含む各アプリケーション1〜nの要求に応じた横方向制御を行うことができる。
【0073】
そして、各制御対象の最大制御量や制御量の変化量がヨーレート換算したアベイラビリティヨーレートγ(ava)およびアベイラビリティヨーレート変化量dγ/dt(ava)により表され、アベイラビリティ演算部5に伝えられる。これがアベイラビリティ演算部5にて、車両状態等の制限が掛けられたのち、この制限後のアベイラビリティが車両状態等の制限を掛けていない制限前のアベイラビリティと共にアベイラビリティ情報として各アプリケーション1〜nや制御目標値・アベイラビリティ比較部8に送られる。このアベイラビリティ情報に基づいて、更にレーンキープ制御のアプリケーション1を含む各アプリケーション1〜nが制御要求を出し、目標値生成部2cにてその制御要求に対応する要求ヨーレートγ(req)や要求ヨーレート変化量dγ/dt(req)を出力する。このため、この要求ヨーレートγ(req)や要求ヨーレート変化量dγ/dt(req)とアベイラビリティ演算部5が出力するアベイラビリティヨーレートγ(ava)およびアベイラビリティヨーレート変化量dγ/dt(ava)とが、制御目標値・アベイラビリティ比較部8で比較される。
【0074】
この比較により、要求ヨーレートγ(req)や要求ヨーレート変化量dγ/dt(req)が上述した範囲(1)〜(3)のいずれに該当するかを求め、その比較結果に基づいてヨーレート制御部7に対して制御信号を送って車両横方向運動制御を実行するか否かを指示したり、各アプリケーション1〜nや報知装置20に対して車両横方向運動制御の実行状況を伝える。
【0075】
(実施例2)
本発明の実施例2として、アプリケーションnにレーンデパーチャ制御のアプリケーションを適用した場合について説明する。
【0076】
図6は、本実施例にかかる車両横方向運動システムの具体例を示したブロック図である。この図に示すように、レーンデパーチャ制御用の目標軌跡演算部2anに対してカメラ21からの画像情報が入力されている。目標軌跡演算部2anは、この画像情報に含まれる車両前方画像に基づいて走行車線の両側の走行線を認識し、車両が両側の走行線からはみ出さないようにドライバに対して警報を行うと同時に、両側の走行線からはみ出さないように目標軌跡を演算して、それに対応する制御量として要求ヨーレートγ(req)や要求ヨーレート変化量dγ/dt(req)を出力する。このとき、要求ヨーレートγ(req)や要求ヨーレート変化量dγ/dt(req)は、アベイラビリティ情報も加味して演算される。これが目標軌跡調停部2bにて他のアプリケーション2〜nからの要求と調停され、その調停結果が目標値生成部2cに伝えられて、目標値生成部2cで横加速度変換されることで、アプリ要求値として要求横加速度Gy(req)や要求横加速度変化量dGy/dt(req)が出力される。
【0077】
この場合、ヨーレート制御部7で扱われるのがヨーレート値であることから、制御値演算部6によりアプリ要求値、つまり制御目標値のヨーレート換算を行う。例えば、上述した数式1におけるスリップ角成分を0と見立てて、γ=Gy(req)/Vxより、要求横加速度Gy(req)や要求横加速度変化量dGy/dt(req)を要求ヨーレートγ(req)や要求ヨーレート変化量dγ/dt(req)に変換する。そして、この制御値演算部6の演算結果がヨーレート制御部7に入力され、ヨーレート制御部7でアプリ要求値に対応した制御対象が選択されて、各選択制御対象に対する各種要求ヨーレート最終値が出力される。そして、各種マネージャ9〜11にて、ヨーレート制御部7から伝えられる要求ヨーレート最終値が各ACT16〜19にて実現すべき要求制御量に換算され、それに基づいて各種ECU12〜15が各種ACT16〜19を駆動することで、レーンデパーチャ制御のアプリケーション1を含む各アプリケーション1〜nの要求に応じた横方向制御を行うことができる。
【0078】
そして、各制御対象の最大制御量や制御量の変化量が横加速度換算したアベイラビリティ横加速度Gy(ava)およびアベイラビリティ横加速度変化量dGy/dt(ava)により表され、アベイラビリティ演算部5に伝えられる。これがアベイラビリティ演算部5にて、車両状態等の制限が掛けられたのち、この制限後のアベイラビリティが車両状態等の制限を掛けていない制限前のアベイラビリティと共にアベイラビリティ情報として各アプリケーション1〜nや制御目標値・アベイラビリティ比較部8に送られる。このアベイラビリティ情報に基づいてレーンデパーチャ制御のアプリケーションnを含む各アプリケーション1〜nが制御要求を出し、目標値生成部2cにてその制御要求に対応する要求横加速度Gy(req)や要求横加速度変化量dGy/dt(req)を出力する。このため、この要求横加速度Gy(req)や要求横加速度変化量dGy/dt(req)とアベイラビリティ演算部5が出力するアベイラビリティ横加速度Gy(ava)およびアベイラビリティ横加速度変化量dGy/dt(ava)とが、制御目標値・アベイラビリティ比較部8で比較される。
【0079】
この比較により、要求横加速度Gy(req)や要求横加速度変化量dGy/dt(req)が上述した範囲(1)〜(3)のいずれに該当するかを求め、その比較結果に基づいてヨーレート制御部7に対して制御信号を送って車両横方向運動制御を実行するか否かを指示したり、各アプリケーション1〜nや報知装置20に対して車両横方向運動制御の実行状況を伝える。
【0080】
(他の実施形態)
上記実施形態では、車両運動制御の一例として車両横方向運動制御を行う場合について説明したが、車両前後方向運動制御や車両ロール方向運動制御などを行う車両運動制御装置についても、本発明を適用することができる。
【0081】
すなわち、車両運動制御を行うアプリケーションと車両運動制御を実現するために制御される制御対象との間に制御プラットフォームを配置し、アプリケーションの制御目標値に応じて制御プラットフォームが1つもしくは複数の制御対象を最適制御するという構造の車両運動制御システムについて、本発明を適用することができる。
【0082】
例えば、車両前後方向運動制御であれば制御対象としてブレーキや駆動力(エンジン出力もしくはモータ出力)などを挙げられ、車両ロール方向運動制御であれば制御対象としてサスペンションやアクティブスタビライザーなどが挙げられる。また、車両横方向運動制御についても、各制御対象を制御するためのACT例を挙げたが、他のACTを使用しても良い。例えば、上記実施形態ではブレーキ制御をESC−ACT19にて行ったが、駐車ブレーキを用いても良いし、インホイールモータなどの各輪車軸トルクを制御するものとして駆動力を制御するようにしても良い。
【0083】
また、上記実施形態では、アベイラビリティ演算部5で演算されるアベイラビリティを制御目標値・アベイラビリティ比較部8に入力される目標値生成部2cもしくは制御値演算部6の制御目標値と同じパラメータで表すようにしている。これは、制御目標値・アベイラビリティ比較部8での比較が容易に行えるようにするためである。しかしながら、アベイラビリティと制御目標値とが別のパラメータで表されている場合には、制御目標値・アベイラビリティ比較部8にて、これらを同じパラメータに換算した後で、制御目標値とアベイラビリティとを比較すれば良い。
【符号の説明】
【0084】
1…車両運動制御システム、2…制御要求部、2a1〜2an…目標軌跡演算部、2b…目標軌跡調停部、2c…目標値生成部、3…センサ部、4…車両状態監視部、5…アベイラビリティ演算部、6…制御値演算部、7…ヨーレート制御部、8…制御目標値・アベイラビリティ比較部、9〜11…マネージャ、12〜14…ECU、16〜19…ACT、20…報知装置、21…カメラ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両運動制御の制御要求を行うアプリケーションを含み、該アプリケーションからの制御要求として前記車両運動制御を行う制御目標値を出力する制御要求部(2)と、
前記車両運動制御を実行するために制御される制御対象(12〜19)と、
前記制御要求部(2)と前記制御対象(12〜19)との間に備えられ、前記制御要求部(2)が出力する制御目標値を入力し、該制御目標値に基づいて前記制御対象(12〜19)を制御することで、前記制御目標値にしたがった前記車両運動制御を実行する制御プラットフォーム(4〜8)と、を有する車両運動制御システムであって、
前記制御プラットフォーム(4〜8)は、
前記制御対象(12〜19)の最大制御量および制御量の変化量を含む制御可能範囲に相当するアベイラビリティを演算し、アベイラビリティの演算結果を前記制御要求部(2)に対して出力するアベイラビリティ演算手段(5)と、
前記制御要求部(2)に含まれる前記アプリケーションが前記アベイラビリティ演算手段(5)から入力された前記アベイラビリティに基づいて前記制御目標値を出力したときに、当該制御目標値と前記アベイラビリティとを比較し、その比較結果に基づいて前記制御対象を制御して前記車両運動制御を実行するか否かを決める制御目標値・アベイラビリティ比較手段(8)を有していることを特徴とする車両運動制御システム。
【請求項2】
前記制御目標値・アベイラビリティ比較手段(8)は、前記比較結果に基づいて前記制御対象を制御して前記車両運動制御を実行するか否かを決めると、前記車両運動制御を実行するか否かの情報を前記制御要求部(1)に含まれる前記アプリケーションに伝えることを特徴とする請求項1に記載の車両運動制御システム。
【請求項3】
前記車両運動制御の実行状況をドライバに対して伝える報知装置(20)を有し、
前記制御目標値・アベイラビリティ比較手段(8)は、前記比較結果に基づいて前記制御対象を制御して前記車両運動制御を実行するか否かを決めると、前記車両運動制御を実行するか否かの情報を報知装置(20)に伝え、該報知装置(20)にて前記車両運動制御を実行するか否かをドライバに対して伝えることを特徴とする請求項1または2に記載の車両運動制御システム。
【請求項4】
前記制御プラットフォーム(4〜8)は、車両状態を監視する車両状態監視手段(4)を有し、
前記アベイラビリティ演算手段(5)は、前記車両状態監視手段(4)にて監視している前記車両状態に対応して前記アベイラビリティに制限を掛け、前記車両状態に対応して制限を掛けた制限後のアベイラビリティと、当該制限を掛ける前である制限前のアベイラビリティを前記制御目標値・アベイラビリティ比較手段(8)に対して出力していることを特徴とする請求項1ないし3のいずれか1つに記載の車両運動制御システム。
【請求項5】
前記制御目標値・アベイラビリティ比較手段(8)は、前記制御目標値と前記制限前のアベイラビリティおよび前記制限後のアベイラビリティとを比較することにより、前記制御目標値が前記制限後のアベイラビリティ以下の範囲と前記制限後のアベイラビリティより大きくかつ前記制限前のアベイラビリティ以下の範囲および前記制限前のアベイラビリティより大きい範囲のいずれに該当するかを求め、前記制御目標値が該当している範囲に応じて、前記制御対象を制御して前記車両運動制御を実行するか否かを決めることを特徴とする請求項4に記載の車両運動制御システム。
【請求項6】
前記制御目標値・アベイラビリティ比較手段(8)は、前記制御目標値が前記制限後のアベイラビリティ以下の範囲に該当していれば前記車両運動制御を実行し、前記制御目標値が前記制限前のアベイラビリティより大きい範囲に該当していれば前記車両運動制御の実行を禁止することを特徴とする請求項5に記載の車両運動制御システム。
【請求項7】
前記車両運動制御を実行するか否かをドライバに対して伝える報知装置(20)を有し、
前記制御目標値・アベイラビリティ比較手段(8)は、前記制御目標値が前記制限後のアベイラビリティより大きくかつ前記制限前のアベイラビリティ以下の範囲に該当していれば、前記車両運動制御を実行しつつ、前記報知装置(20)に対して前記車両運動制御を要注意実行中であることを伝えることを特徴とする請求項6に記載の車両運動制御システム。
【請求項8】
前記制御目標値・アベイラビリティ比較手段(8)は、前記制御目標値が前記制限前のアベイラビリティより大きい範囲に該当していることが所定時間以上継続したときに、縮退制御により前記車両運動制御の実行を禁止することを特徴とする請求項6または7に記載の車両運動制御システム。
【請求項9】
前記制御目標値・アベイラビリティ比較手段(8)は、前記制御目標値が前記制限前のアベイラビリティより大きい範囲に該当していれば、即時に縮退制御により前記車両運動制御の実行を禁止することを特徴とする請求項6または7に記載の車両運動制御システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−96618(P2012−96618A)
【公開日】平成24年5月24日(2012.5.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−244534(P2010−244534)
【出願日】平成22年10月29日(2010.10.29)
【出願人】(000004260)株式会社デンソー (27,639)
【出願人】(301065892)株式会社アドヴィックス (1,291)
【出願人】(000000011)アイシン精機株式会社 (5,421)
【Fターム(参考)】