説明

電気自動車および制動プログラム

【課題】様々な路面において安全、確実に車両を制動することができる電気自動車および制動プログラムを提供する。
【解決手段】前後輪2を差動装置4を介して独立に駆動する2つの電気モータ3を有する電気自動車1において、各車輪2のそれぞれに摩擦力による制動力を付与可能な摩擦ブレーキ機構と、各車輪2のスリップ率が所定の値以下のときは、ブレーキペダル13の踏み込み量に応じて機械ブレーキ18の制動力および電気ブレーキの制動力を共に発揮させ、各車輪2のスリップ率のいずれかが所定の値を超えたとき、ブレーキペダル13の踏み込み量に関わらず、所定の値を超えたスリップ率が所定の値以下になるように、電気ブレーキの制動力を制御するとともに、機械ブレーキ18の制動力を段階的に変化させ、又はオンオフ制御する制御装置10とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、前後輪を2つの電気モータで独立に駆動する電気自動車および制動プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、アンチロック・ブレーキ・システム(ABS)制御時にも回生ブレーキを作動させてモータからの電力を回収するようにした車両制御装置が知られている(例えば、特許文献1参照。)。
【0003】
この車両制御装置は、ABS制御を行うか否かを判断し、ABS制御を行わないと判断した場合には、運転者が行ったペダル操作に応じて回生ブレーキと油圧ブレーキとを併用して車両の制動を行い、ABS制御を行うと判断した場合には、路面摩擦係数に関わらず一定の制動力で油圧ブレーキを作動させるとともに、路面摩擦係数が大きくなるほど、大きな制動力で回生ブレーキを作動させて車両の制動を行う。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009−189121号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、従来の車両制御装置によれば、路面摩擦係数が小さい場合には、回生ブレーキの制動力が小さいため、応答遅れが生じるおそれがある。
【0006】
従って、本発明の目的は、様々な路面において安全、確実に車両を制動することができる電気自動車および制動プログラムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一態様は、上記目的を達成するために、車体の前輪側の左右輪に第1の差動装置を介して制駆動力を伝達る第1の電気モータと、前記車体の後輪側の左右輪に第2の差動装置を介して制駆動力を伝達する第2の電気モータと、前記前輪側および後輪側の左右輪のそれぞれに摩擦力による制動力を付与可能な摩擦ブレーキ機構と、自車が走行する路面の摩擦係数を推定する推定手段と、推定された前記路面の摩擦係数に応じて車輪のスリップ率の所定の値を設定する設定手段と、前記前輪側および後輪側の左右輪の前記スリップ率が前記所定の値以下のときは、ブレーキ操作量に応じて前記摩擦ブレーキ機構による制動力、および前記第1および第2の電気モータによる制動力を共に発揮させ、前記前輪側および後輪側の左右輪のスリップ率のいずれかが前記所定の値を超えたとき、前記ブレーキ操作量に関わらず、前記所定の値を超えた前記スリップ率が前記所定の値以下になるように、前記第1又は第2の電気モータによる制動力を制御するとともに、前記摩擦ブレーキ機構による制動力を段階的に変化させ又はオンオフ制御する制御装置とを備えた電気自動車を提供する。
【0008】
また、本発明の他の態様は、上記目的を達成するため、自車が走行する路面の摩擦係数を推定する推定ステップと、推定された路面の摩擦係数に応じて車輪のスリップ率の所定の値を設定する設定ステップと、前輪側および後輪側の左右輪の前記スリップ率が前記所定の値以下のときは、ブレーキ操作量に応じて、前記前輪側および後輪側の左右輪のそれぞれに摩擦力による制動力を付与可能な摩擦ブレーキ機構による制動力、および前後輪を差動装置を介して独立に駆動可能な2つの電気モータによる制動力を共に発揮させ、前記前輪側および後輪側の左右輪のスリップ率のいずれかが前記所定の値を超えたとき、前記ブレーキ操作量に関わらず、前記所定の値を超えた前記スリップ率が前記所定の値以下になるように、前記2つ電気モータの少なくとも一方の電気モータによる制動力を制御するとともに、前記摩擦ブレーキ機構による制動力を段階的に変化させ又はオンオフ制御する制御ステップとをコンピュータに実行させるための制動プログラムを提供する。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、様々な路面において安全、確実に車両を制動することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】図1は、本発明の実施の形態に係る電気自動車の構成を概念的に示すブロック図である。
【図2】図2は、制御装置を機能的に示すブロック図である。
【図3】図3は、駆動力および制動力とスリップ率との関係を示す図である。
【図4】図4は、1つの車輪における制動力のパターンの一例を示す図である。
【図5】図5は、電気自動車1の制動時の動作の一例を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
図1は、本発明の実施の形態に係る電気自動車の構成を概念的に示すブロック図である。なお、同図では、構成要素の位置が前輪側か後輪側か、前輪側の右側か左側か、後輪側の右側か左側かを示す付加記号f、r、fr、fl、rr、rlを構成要素に付している。また、構成要素の位置を特に区別する必要がない場合には、上記付加記号や位置を示す「前輪用」、「後輪用」の語を省略することもある。
【0012】
この電気自動車1は、前輪2fr、2flを第1の差動装置としてのデファレンシャルギア4fおよび車軸5fr、5flを介して駆動する第1の電気モータとしての前輪用モータ3fと、後輪2rr、2rlを第2の差動装置としてのデファレンシャルギア4rおよび車軸5rr、5rlを介して駆動する第2の電気モータとしての後輪用モータ3rと、電気自動車1の駆動エネルギー源としての電源部7と、電源部7からの電力を交流電力に変換する前輪用インバータ8fおよび後輪用インバータ8rと、目標トルクに応じた信号をインバータ8f、8rに出力する第1の駆動回路としての前輪用駆動回路9fおよび第2の駆動回路としての後輪用駆動回路9rと、駆動回路9f、9rに指令信号を出力して前輪用モータ3fおよび後輪用モータ3rを互いに独立に制御する制御装置10とを備えた、前後輪独立駆動型電気自動車である。
【0013】
また、この電気自動車1は、運転者が操作するアクセルペダル12、ブレーキペダル13、および前進や後進を指定するためのシフトレバー14等の操作手段と、前輪用モータ3fおよび後輪用モータ3rの回転数をそれぞれ検出するエンコーダ16f、16rと、車軸5fr、5fl、5rr、5rlの回転を制動する機械ブレーキ18fr、18fl、18rr、18rlと、車体25の前方側に設けられた2つのカメラ20fr、20rlと、車体25の後方側に設けられたカメラ21と、アクセルペダル12の踏み込み量を検出するアクセルセンサ22と、ブレーキペダル13の踏み込み量を検出するブレーキセンサ23と、シフトレバー14の位置を検出するシフトセンサ24と、車体25の加速度を検出する加速度センサ26と、モータ3f、3rの温度をそれぞれ検出する温度センサ27f、27rと、車輪2の回転速度を検出する車輪速センサ28fr、28fl、28rr、28rlとを備える。
【0014】
なお、本明細書において、「電気自動車」は、前輪および後輪を駆動する電気モータを有する自動車や、車輪の動力源として電気モータとエンジンの両方を有し、電気モータによる回生制動が可能なハイブリッドカーを含む概念である。ここで、「自動車」とは乗用自動車に限らず、バスや貨物自動車を含む概念であり、普通車、大型車、特大車を問わない。また、本明細書において、「制駆動力」は、自動車を減速させる制動力と、自動車を加速させる駆動力の両方を意味する場合や一方のみを意味する場合がある。
【0015】
次に、上記各部の詳細を説明する。
【0016】
(電源部)
電源部7は、バッテリ70と、前輪用平滑コンデンサ71fと、後輪用平滑コンデンタ71r、前輪用平滑コンデンサ71fの電圧(インバータ入力電圧)を検出する電圧センサ72fと、後輪用平滑コンデンサ71rの電圧(インバータ入力電圧)を検出する電圧センサ72rと、バッテリ70の蓄電容量を検出するバッテリ容量センサ73とを備える。
【0017】
バッテリ70は、前輪用モータ3fおよび後輪用モータ3rを駆動するための電力を出力することができる高電圧バッテリである。なお、電気自動車1の駆動エネルギー源として、バッテリ70の他に、乾電池等の一次電池、燃料電池等を用いてもよい。
【0018】
(駆動系)
前輪用モータ3fおよび後輪用モータ3rは、例えば同期モータ(Synchronous Motor)、誘導モータ(Induction Motor)等の各種のモータを用いることができる。前輪側および後輪側それぞれにおいて、モータ3の回転は、デファレンシャルギア4を介して車軸5に伝達される。車軸5は車輪2と一体的に回転する。すなわち、電気自動車1は、前輪2fr、2flと、後輪2rr、rlを互いに独立に制御可能に前輪2fr、2flおよび後輪2rr、rlに対応して2つのトルク発生源を有している。なお、前輪用モータ3fおよび後輪用モータ3rが発生する出力トルク(モータ容量)は、互いに等しくてもよいし、等しくなくてもよい。
【0019】
インバータ8は、バッテリ70からの電力を交流電力に変換し、駆動回路9からの信号に応じた電流をモータ3に出力してモータ3を駆動する。また、インバータ8は、モータ3により発電された交流電力を直流電力に変換してコンデンサ71f、71rを介してバッテリ70を充電する。
【0020】
前輪用駆動回路9fは、前輪用モータ3fの1次巻線の電流を検出する電流センサ15a、15b、15cからの電流検出信号を受信する。後輪用駆動回路9rは、後輪用モータ3rの1次巻線の電流を検出する電流センサ17a、17b、17cからの電流検出信号を受信する。駆動回路9f、9rは、制御装置10から指令された目標トルクに応じた信号をインバータ8に出力する。
【0021】
前輪用モータ3fの制駆動力は、デファレンシャルギア4fによって右前輪2fr及び左前輪2flに配分される。また、後輪用モータ3rの制駆動力は、デファレンシャルギア4rによって右前輪2rr及び左前輪2rlに配分される。デファレンシャルギア4f、4rは、例えば前輪側の車軸5fr、5fl又は後輪側の車軸5rr、5rlに連結された一対のサイドギヤ、これら一対のサイドギヤに噛み合う複数のピニオンギヤ、及び複数のピニオンギヤを自転可能に支持するデフケースを備えた所謂オープンデフであってもよい。また、差動装置は、前輪側の車軸5fr、5flへの制駆動力の配分率、又は後輪側の車軸5rr、5rlへの制駆動力の配分率を制御可能な機構を備えたものでもよい。
【0022】
(センサ系)
エンコーダ16は、前輪側および後輪側のそれぞれにおいて、モータ3の回転数を検出し、検出した回転数に応じた信号を制御装置10に出力する。
【0023】
アクセルセンサ22は、アクセルペダル12の踏み込み量を検出し、検出した踏み込み量に応じた信号xaを制御装置10に出力する、
【0024】
ブレーキセンサ23は、ブレーキペダル13の踏み込み量を検出し、検出した踏み込み量に応じた信号xbを制御装置10に出力する。
【0025】
シフトセンサ24は、シフトレバー14の位置を検出し、検出した位置に応じた信号S制御装置10に出力する。
【0026】
加速度センサ26は、車体25の推進前後方向、横方向、重心軸回りの回転方向の3方向の加速度を検出する3軸加速度センサであり、検出した加速度に応じた信号を制御装置10に出力する。
【0027】
車輪速センサ28fr、28fl、28rr、28rlは、車輪の回転速度を検出し、検出した回転速度に応じた信号を制御装置10に出力する。
【0028】
電圧センサ72f、72rは、コンデンサ71f、71rの電圧(インバータ入力電圧)を検出し、検出したインバータ入力電圧に応じた信号を制御装置10に出力する。
【0029】
バッテリ容量センサ73は、バッテリ70の蓄電容量(残容量)を検出し、検出した蓄電容量に応じた信号を制御装置10に出力する。バッテリ容量センサ73は、例えば、バッテリ端子電圧(オープン電圧)に基づいて求める方法、バッテリ内部抵抗に基づいて求める方法、バッテリ充放電電流の積算値に基づいて求める方法、あるいはこれらの組み合わせた方法等により、バッテリ70の蓄電容量を検出する。
【0030】
(ブレーキ系)
電気自動車1では、電気ブレーキと機械ブレーキとが併用される。すなわち、電気自動車1では、駆動源としてのモータ3により制動力を発生可能である。電気ブレーキは、例えば、制動エネルギーを熱エネルギーに変換する発電ブレーキ、および制動により発生する電気を回生する回生ブレーキである。本実施の形態では、主として回生ブレーキを用いるが、低速領域では発電ブレーキを用いる場合もある。回生ブレーキは、モータ3が発電した電力をコンデンサ71を介してバッテリ70に回生し、これにより制動力を発生させる。
【0031】
機械ブレーキ18は、例えばドラムブレーキやディスクブレーキであり、圧力調整ユニット11からの加圧液体によりブレーキシューを被制動部材に押し付けて摩擦力による摩擦制動を得るものである。機械ブレーキ18の動作は、制御装置10により各車輪2に対して独立に制御される。なお、ブレーキシューをモータ等のアクチュエータにより被制動部材に押し付けてもよい。
【0032】
圧力調整ユニット11は、制御装置10からの信号により機械ブレーキ18に加圧液体を分配して機械ブレーキ18ごとに異なる制動力を付与可能に構成されている。なお、圧力調整ユニット11および機械ブレーキ18は、摩擦ブレーキ機構を構成する。
【0033】
(カメラ)
前方のカメラ20fr、20flは、電気自動車1の前方側の路面を撮像し、撮像した画像を制御装置10に出力する。前方のカメラ20fr、20flは、その撮像領域は互いに少なくとも一部が重複している。カメラ20fr、20flは、例えばCCD(Charge Coupled Device)カメラにより構成されている。
【0034】
後方のカメラ21は、電気自動車1の後方側の路面を撮像し、撮像した画像を制御装置10に出力する。制御装置10は、カメラ21から取得した画像に基づいて路面の変化(例えば白線)を検出して、制動に関る処理を実行する。カメラ21は、例えばCCDカメラにより構成されている。
【0035】
(制御装置)
図2は、制御装置10を機能的に示すブロック図である。制御装置10は、例えばコンピュータにより構成され、CPU100と、半導体メモリ、ハードディスク等の記憶部110とを有する。
【0036】
制御装置10は、運転者がアクセルペダル12、ブレーキペダル13等の操作手段を操作することによって発生する操作入力情報に応じた加速、減速等の動作を行うための動作指令を前輪用駆動回路9f、後輪用駆動回路9r、機械ブレーキ18に出力し、前輪駆動系および後輪駆動系の駆動トルクおよび制動トルクを制御する。これにより、電気自動車1は、運転者の操作に従って走行することができる。
【0037】
制御装置10は、各センサ22、23、24からの信号等に応じて前輪用モータ3fの目標トルクおよび後輪用モータ3Rrの目標トルクをそれぞれ算出し、前輪用駆動回路9f、後輪用駆動回路9rに出力する。前輪側および後輪側それぞれにおいて、駆動回路9は、制御装置10から指令された目標トルクに応じた信号をインバータ8に出力する。
【0038】
記憶部110には、路面パターン111、μ−SrLimitテーブル112等の各種のデータと、駆動プログラム113、制動プログラム114等の各種のプログラムが格納されている。
【0039】
駆動プログラム113は、アクセルペダル12の操作によって起動し、制動プログラム114は、ブレーキペダル13の操作によって起動する。
【0040】
CPU100は、制動プログラム114に従って動作することにより、路面摩擦係数μ推定手段101、スリップ率上限値設定手段102、スリップ率演算手段103、制動力制御手段104等として機能する。
【0041】
路面摩擦係数μ推定手段101は、前方のカメラ20fr、flが撮像した画像に基づいて、自動車1の走行する路面が、乾燥路面、湿潤路面、凍結・雪路路面況等のいずれかであるかを判定し、路面の摩擦係数μを推定する。これらの路面は、摩擦係数μが大きく異なる代表的な路面である。当該判定は、撮像した画像と、予め各路面状況において撮像された路面パターン111とのパターンマッチングにより行う。路面パターン111は、路面の摩擦係数μに関連付けて記憶部110に記憶されている。なお、当該判定を輝度等が所定の閾値を超えたか否かの判断により行うなど、公知の技術を適宜用いて行ってよい。
【0042】
図3は、駆動力および制動力とスリップ率との関係を示す図である。実線L1は、乾路路面、実線L2は湿潤路面、実線L3は凍結・雪路路面の場合を示している。これらの各路面は、摩擦係数が大きく異なる代表的な路面である。摩擦係数は、例えば、乾路路面では0.75、湿潤路面では0.4、凍結・雪路路面では0.2である。記憶部110には、図2に示すように、路面の摩擦係数μとスリップ率上限値SrLimitとの関係を示すμ−SrLimitテーブル112が記憶されている。μ−SrLimitテーブル112には、例えば、乾路路面(μ=0.75)に対応してスリップ率上限値SrLimit1(|Sr|=0.16)が記憶され、湿潤路面(μ=0.4)に対応してスリップ率上限値SrLimit2(|Sr|=0.14)が記憶され、凍結・雪路路面(μ=0.2)に対応してスリップ率上限値SrLimit3(|Sr|=0.12)が記憶されている。
【0043】
スリップ率上限値設定手段102は、路面摩擦係数μ推定手段101が推定した路面の摩擦係数に基づいて、記憶部110内のμ−SrLimitテーブル112を参照し、所定の値としてのスリップ率上限値SrLimitを設定する。スリップ率上限値SrLimitは、例えば、図3における各路面状況に応じて発揮し得る制動力の最大値付近の値により設定されるが、最大値付近の値に限られない。スリップ率上限値SrLimitは、例えば路面の摩擦係数に応じて発揮し得る最大制動力の70〜90%よりも高い制動力が発揮されるスリップ率に設定することができる。
【0044】
スリップ率上限値設定手段102は、前方のカメラ20fr、20flが路面を撮像し、その撮像した路面に前輪及び後輪が進入するタイミングで前輪及び後輪のスリップ率上限値をそれぞれ設定するように構成されている。例えば、乾路路面を走行中に前輪が湿潤路面に進入した場合、前輪側の車輪については、湿潤路面に対応したスリップ率上限値(例えば、|Sr|=0.14)が設定され、後輪側の車輪については、乾路路面に対応したスリップ率上限値(例えば、|Sr|=0.16)が設定される。
【0045】
スリップ率演算手段103は、車体速度をV、車輪2の回転速度をω、車輪2の半径をRとしたとき、駆動時の車輪2のスリップ率Srを以下の式により算出する。
Sr=(Rω−V)/Rω ・・・・式(1)
【0046】
また、スリップ率演算手段103は、制動時の車輪2のスリップ率Srを以下の式により算出する。
Sr=(Rω−V)/V ・・・・式(2)
【0047】
式(1)から理解されるように、駆動時においてスリップ率Srが1.0になる場合は、V=0であり、ホイルスピンが生じている状態である。式(2)から理解されるように、制動時においてスリップ率Srが−1.0になる場合は、ω=0であり、ホイルロックが生じている状態である。すなわち、スリップ率Srの絶対値が1である状態は、いずれも路面に制駆動力(駆動力又は制動力)を伝えられない状態である。また、スリップ率Srが0である状態は、車輪2と路面との間に滑りがない状態である。
【0048】
制動力制御手段104は、スリップ率演算手段103が算出したスリップ率Srがスリップ率上限値SrLimit以下であるか否かを判断する。なお、制動力制御手段104がスリップ率の比較を行うときは、絶対値で行う。
【0049】
そして、制動力制御手段104は、各車輪2のスリップ率がスリップ率上限値SrLimit以下のときは、ブレーキペダル13の踏み込み量に応じて機械ブレーキ18による制動力、および駆動回路9による電気ブレーキの制動力を共に発揮させ、例えば摩擦係数が小さい低μ路において、各車輪2のスリップ率のいずれかが(複数の車輪2が同時の場合も含む。)スリップ率上限値SrLimitを超えたとき、ブレーキペダル13の踏み込み量に関わらず、スリップ率上限値SrLimitを超えたスリップ率がスリップ率上限値SrLimit以下になるように、電気ブレーキによる制動力を制御するとともに、機械ブレーキ18による制動力を段階的に変化させ、又はオンオフ制御する。ここで、「制動力を段階的に変化させる」とは、一定時間同じ制動力を発揮させた後、制動力を上昇又は下降(制動力0又は制動力0の近傍も含む。)させ、その後一定時間同じ制動力を発揮させることをいう。「オンオフ制御」のオフ時には、制動力0又は制動力0に近い制動力が一定時間継続する場合も含む。
【0050】
また、電気自動車1の前輪側又は後輪側の少なくとも何れか一方に左右輪間の制駆動力の配分率を変更することが可能な差動装置が設けられている場合には、制御装置10は、その差動装置によって左右輪のうちスリップ率がスリップ率上限値SrLimitを超えた一方の車輪から他方の車輪へ制動力の一部を配分する制御を、上記した制動力制御手段104の処理とあわせて行う。制御装置10は、左右輪間の制駆動力の配分率の制御を、左右輪のスリップ率が均等になるように、また上記他方の車輪のスリップ率がスリップ率上限値SrLimitを超えないように実行する。
【0051】
また、制御装置10は、左右輪のうちスリップ率上限値SrLimitを超えた一方の車輪のスリップ率がある閾値以下となり、制動力制御手段104によって電気ブレーキの制動力が増加する際、上記他方の車輪のスリップ率がスリップ率上限値SrLimitを超えない範囲で左右輪間の制動力の配分比を均等に近づけるように制御する。これらの制御は、電気自動車1の前輪側及び後輪側に制駆動力の配分率を変更することが可能な差動装置が設けられている場合には、前輪側及び後輪側について独立して行う。
【0052】
なお、制動力制御手段104は、電気自動車1の制動に伴う荷重移動を考慮して電気ブレーキの制御をおこなってもよい。つまり、電気自動車1の前進時における制動の際には、加速度の大きさに応じた荷重移動によって前輪側の荷重が増加し、後輪側の荷重が減少する。制動力制御手段104は、前輪のスリップ率上限値SrLimitを、例えば車輪荷重の増加に応じて発揮し得る最大制動力の70〜90%よりも高い制動力が発揮されるスリップ率に設定することができる。また、後輪側のスリップ率上限値SrLimitを後輪側の荷重の減少分に応じて制動力を制限するように補正することによって、前輪側に後輪側よりも大きな制動力を発生させ、より適切な制動力を各車輪に付与することができる。
【0053】
例えば、制動力制御手段104は、スリップ率がスリップ率上限値SrLimitに到達したとき、その到達した時点の機械ブレーキ18による制動力を維持し、電気ブレーキの上限規定値未満であることを条件に、電気ブレーキによる制動力を増加させるように制御する。そして電気ブレーキの上限規定値に達したとき、例えば、温度センサ27により検出されたモータ3の温度、電圧センサ72により検出されたインバータ入力電圧、またはバッテリ容量センサ73により検出されたバッテリ7の蓄電容量のいずれかが対応する上限規定値に達したとき、上限規定値未満となるまで、電気ブレーキによる制動力を減少させ、機械ブレーキによる制動力を増加させる制御を行う。ここで、「電気ブレーキの上限規定値」とは、電気ブレーキの許容限度に近い許容値、例えば許容限度の70〜90%の値をいう。また、各タイヤがスリップ率上限値SrLimitを越える場合を防止する制御での発生エネルギーは、制御時間×電気モータによる電気ブレーキ制動力×ブレーキ制動部回転数で表され、「電気ブレーキの上限規定値」は、その一回以上のブレーキング上限エネルギー分を許容できる余裕を持った許容限界値に設定することができる。
【0054】
また、制動力制御手段104は、電気ブレーキによる制動力の制御については、左右輪のスリップ率のうちいずれかが大きい方かを判断し、大きい方のスリップ率に基づいて行う。
【0055】
(本実施の形態の動作)
次に、電気自動車1の制動時の動作について図4および図5を参照して説明する。図4は、1つの車輪における制動力のパターンの一例を示す図である。図4中、総制動力Ftは、電気ブレーキによる制動力Feと機械ブレーキによる制動力Fmとを合計したものである。図5は、電気自動車1の制動時の動作の一例を示すフローチャートである。
【0056】
運転者がブレーキペダル13を踏み込むと(S1)、制御装置10のCPU100は、記憶部110に記憶されている制動プログラム114に従って以下のように動作する。ブレーキセンサ23は、ブレーキペダル13の踏み込み量に応じた信号を制御装置10に出力する。
【0057】
制動力制御手段104は、ブレーキペダル13からの信号に基づいて踏み込み量に応じた制動トルクを算出し、算出した制動トルクを機械ブレーキと電気ブレーキに分配する。CPU100は、機械ブレーキに分配した制動トルクに応じた制御信号を圧力調整ユニット11に出力し、電気ブレーキに分配した制動トルクに応じた制御信号を駆動回路9f、9rに出力する。圧力調整ユニット11は、制御装置10からの制御信号に基づいて加圧液体を分配して機械ブレーキ18を作動させる。駆動回路9f、9rは、CPU100からの制御信号に基づいてインバータ8f、8rにより電気ブレーキを作動させる(S2)。
【0058】
次に、路面摩擦係数μ推定手段101は、電気自動車1が走行する路面の摩擦係数μを推定する。例えば、前方のカメラ20fr、flが撮像した画像と記憶部110に記憶されている路面パターン111とのパターンマッチングにより路面の摩擦係数μを推定する。
【0059】
次に、スリップ率上限値設定手段102は、推定された路面の摩擦係数μに応じたスリップ率上限値SrLimtをμ−SrLimtテーブル112を参照して設定する(S3)。なお、スリップ率上限値SrLimitは前後輪の摩擦係数μに応じて前後輪それぞれに対し設定する。
【0060】
次に、スリップ率演算手段103は、加速度センサ26からの車体25の推進前後方向の加速度αに応じた信号に基づいて、車体25の推進前後方向の加速度αを積分して推進前後方向の車体速度Vを求める。
【0061】
続いて、スリップ率演算手段103は、車輪速センサ28からの車輪2の回転速度ωに応じた信号に基づいて、車輪2の回転速度ωを求める。
【0062】
次に、スリップ率演算手段103は、車輪2の半径R、車輪2の回転速度ω、車体速度Vから上記式(2)を用いてスリップ率Srを算出する(S4)。
【0063】
次に、制動力制御手段104は、算出したスリップ率Srがスリップ率上限値SrLimit以下であるか否かを判断する(S5)。スリップ率Srがスリップ率上限値SrLimit以下であると判断した場合は(S5:Yes)、制動力制御手段104は、ブレーキペダル13の踏み込み量に応じた制動力となるように機械ブレーキ18による制動力および電気ブレーキによる制動力を増加させる(S2)。図4の例では、時間t1まで機械ブレーキ18による制動力Fmおよび電気ブレーキによる制動力Feを増加させている。
【0064】
制動力制御手段104は、スリップ率Srがスリップ率上限値SrLimitを超えたと判断した場合(S5:No)、機械ブレーキ18による制動力を維持し(S6)、電気ブレーキの制限が必要ないことを確認した後(S7:No)、電気ブレーキによる制動力を増加させる(S8)。図4の例では、時間tから時間tまで機械ブレーキ18による制動力Fmを維持し、電気ブレーキによる制動力Feを増加させている。これにより、ブレーキペダル13の踏み込み量に対応する制動力を制限した総制動力Ftが発生する。
【0065】
電気ブレーキの制限が必要な場合は(S7:Yes)、制動力制御手段104は、電気ブレーキによる制動力を減少させ、機械ブレーキ18による制動力を増加させる(S9)。図4の例では、時間tで温度センサ27により検出されたモータ3の温度、電圧センサ72により検出されたインバータ入力電圧、またはバッテリ容量センサ73により検出されたバッテリ7の蓄電容量のいずれかが対応する上限規定値に達したとき、電気ブレーキによる制動力Feを減少させ、機械ブレーキ18による制動力Fmを増加させている。時間tに上記上限規定値未満になり、電気ブレーキが回復すると、再び機械ブレーキ18による制動力Fmを維持し(S6)、電気ブレーキによる制動力Feを増加させている。以上の動作を電気自動車1が停止するまで行う。図4の例では、時間tで電気自動車1が停止している。なお、以上の動作説明では、1つの車輪について説明したが、本実施の形態は、各車輪について行うものであり、例えば、左右輪ともスリップ率上限値を超えて場合には、左右輪とも制動力を減じる制御を行う。
【0066】
(本実施の形態の効果)
本実施の形態によれば、以下の効果を奏する。
(イ)前輪及び後輪左右輪のスリップ率を基に前後輪をそれぞれ独立して制御することにより、荷重移動等に対し安全、かつ、確実に車両を制動することができる。
(ロ)大きな制動力を有する機械ブレーキと応答性に優れる電気ブレーキの双方の利点を活かすように制御しているので、極低μ路から高μ路に至る様々な路面条件の下、低速域から高速域までの広範囲な速度域において、安全、かつ、確実に車両を制動することができる。
(ハ)電気ブレーキの上限規定値に達したときは、電気ブレーキの制動力を弱めているので、モータ3、インバータ8、バッテリ70等の電気ブレーキの系統が故障するのを防ぐことができる。
【0067】
本発明は、上記実施の形態に限定されず、本発明の趣旨を逸脱しない範囲内で種々に変形実施が可能である。例えば、各手段101〜104をCPU100と制動プログラム114によって実現したが、ASIC等のハードウエアによって実現してもよい。
【0068】
また、駆動プログラム113および制動プログラム114は、CD−ROM等の記録媒体から制御装置10内に取り込んでもよく、サーバ装置等からネットワークを介して制御装置10内に取り込んでもよい。
【符号の説明】
【0069】
1…電気自動車、2…車輪、2fr、2fl…前輪、2rr、rl…後輪、3f…前輪用モータ、3r…後輪用モータ、4f、4r…デファレンシャルギア、5fr、5fl、
5rr、5rl…車軸、7…電源部、8f…前輪用インバータ、8r…後輪用インバータ、9f…前輪用駆動回路、9r…後輪用駆動回路、10…制御装置、11…圧力調整ユニット、12…アクセルペダル、13…ブレーキペダル、14…シフトレバー、15a〜15c…電流センサ、16f、16r…エンコーダ、17a〜17c…電流センサ、18fr、18fl、18rr、18rl…機械ブレーキ、20fr、20fl…カメラ、21…カメラ、22…アクセルセンサ、23…ブレーキセンサ、24…シフトセンサ、25…車体、26…加速度センサ、27f、27r…温度センサ、70…バッテリ、71f…前輪用平滑コンデンサ、71r…後輪用平滑コンデンタ、72f、72r…電圧センサ、73…バッテリ容量センサ、100…CPU、101…路面摩擦係数μ推定手段、102…スリップ率上限値設定手段、103…スリップ率演算手段、104…制動力制御手段、110…記憶部、111…路面パターン、112…μ−SrLimitテーブル、113…駆動プログラム、114…制動プログラム、105…制動力制御手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車体の前輪側の左右輪に第1の差動装置を介して制駆動力を伝達する第1の電気モータと、
前記車体の後輪側の左右輪に第2の差動装置を介して制駆動力を伝達する第2の電気モータと、
前記前輪側および後輪側の左右輪のそれぞれに摩擦力による制動力を付与可能な摩擦ブレーキ機構と、
自車が走行する路面の摩擦係数を推定する推定手段と、
推定された前記路面の摩擦係数に応じて車輪のスリップ率の所定の値を設定する設定手段と、
前記前輪側および後輪側の左右輪の前記スリップ率が前記所定の値以下のときは、ブレーキ操作量に応じて前記摩擦ブレーキ機構による制動力、および前記第1および第2の電気モータによる制動力を共に発揮させ、
前記前輪側および後輪側の左右輪のスリップ率のいずれかが前記所定の値を超えたとき、前記ブレーキ操作量に関わらず、前記所定の値を超えた前記スリップ率が前記所定の値以下になるように、前記第1又は第2の電気モータによる制動力を制御するとともに、前記摩擦ブレーキ機構による制動力を段階的に変化させ又はオンオフ制御する制御装置とを備えた電気自動車。
【請求項2】
前記制御装置は、前記前輪側および後輪側の左右輪のスリップ率が前記所定の値を超えたとき、前記所定の値を超えたときの前記摩擦ブレーキ機構による制動力を維持しつつ、前記前輪側および後輪側の左右輪のスリップ率が前記所定の値以下になるように前記第1又は第2の電気モータによる制動力を制御する請求項1に記載の電気自動車。
【請求項3】
前記制御装置は、前記第1又は第2の電気モータが上限規定値に達したとき、前記摩擦ブレーキ機構を前記第1又は第2の電気モータよりも優先して使用する請求項1又は2に記載の電気自動車。
【請求項4】
自車が走行する路面の摩擦係数を推定する推定ステップと、
推定された路面の摩擦係数に応じて車輪のスリップ率の所定の値を設定する設定ステップと、
前輪側および後輪側の左右輪の前記スリップ率が前記所定の値以下のときは、ブレーキ操作量に応じて、前記前輪側および後輪側の左右輪のそれぞれに摩擦力による制動力を付与可能な摩擦ブレーキ機構による制動力、および前後輪を差動装置を介して独立に駆動可能な2つの電気モータによる制動力を共に発揮させ、前記前輪側および後輪側の左右輪のスリップ率のいずれかが前記所定の値を超えたとき、前記ブレーキ操作量に関わらず、前記所定の値を超えた前記スリップ率が前記所定の値以下になるように、前記2つ電気モータの少なくとも一方の電気モータによる制動力を制御するとともに、前記摩擦ブレーキ機構による制動力を段階的に変化させ又はオンオフ制御する制御ステップとをコンピュータに実行させるための制動プログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−193702(P2011−193702A)
【公開日】平成23年9月29日(2011.9.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−60029(P2010−60029)
【出願日】平成22年3月16日(2010.3.16)
【出願人】(510073383)
【出願人】(000154347)株式会社ユニバンス (132)
【Fターム(参考)】