電動車両の制御装置
【課題】モータと駆動輪の間の摩擦係合要素をスリップ締結する時、運転者の要求通りの走行を実現することができる電動車両の制御装置を提供すること。
【解決手段】本発明の電動車両の制御装置は、走行駆動源となるモータ2と駆動輪7,7との間に介装され、モータ2と駆動輪7,7とを断接する摩擦係合要素(第2クラッチ)5をスリップ締結する時、入力回転数制御手段(図11)によって、目標駆動トルクが、車両発進が可能な釣り合い判定トルク以上では、摩擦係合要素5の入力回転数(目標MGトルク)を、目標駆動トルクが釣り合い判定トルク未満のときの入力回転数(目標MGトルク)に比べて大きな値に設定する。
【解決手段】本発明の電動車両の制御装置は、走行駆動源となるモータ2と駆動輪7,7との間に介装され、モータ2と駆動輪7,7とを断接する摩擦係合要素(第2クラッチ)5をスリップ締結する時、入力回転数制御手段(図11)によって、目標駆動トルクが、車両発進が可能な釣り合い判定トルク以上では、摩擦係合要素5の入力回転数(目標MGトルク)を、目標駆動トルクが釣り合い判定トルク未満のときの入力回転数(目標MGトルク)に比べて大きな値に設定する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モータと駆動源との間に介装され、モータと駆動源とを断接する摩擦係合要素を備えた電動車両の制御装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、車両負荷が所定値以上のとき、エンジンを所定回転数で作動させたまま、エンジンとモータの間に介装された第1クラッチを開放し、モータ回転数をエンジン回転数よりも低い回転数に設定して、モータと駆動輪の間に介装された第2クラッチをスリップ締結させる電動車両の制御装置が知られている(例えば、特許文献1参照)。ここで、車両負荷は路面勾配に応じて判断され、この路面勾配は、Gセンサ検出値と車輪速加速度の偏差から検出する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2009-132195号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、従来の電動車両の制御装置にあっては、第2クラッチの出力回転数を検出する出力軸回転数センサに出力可能限界値がある。そのため、第2クラッチの出力回転数がこの出力可能限界値を下回る場合では、第2クラッチのスリップ締結の確保に必要な第2クラッチの入力回転数が不明となる。
すなわち、第2クラッチのスリップ締結を確保しているつもりであっても、実際には第2クラッチの出力回転数に対して、モータ出力回転数である第2クラッチの入力回転数が下回っている場合が考えられる。このような場合では、目標駆動トルク相当に第2クラッチを締結させても、駆動トルクが伝達できず、運転者の要求通りの走行ができないという問題が生じてしまう。
【0005】
本発明は、上記問題に着目してなされたもので、モータと駆動輪の間の摩擦係合要素をスリップ締結する時、運転者の要求通りの走行を実現することができる電動車両の制御装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するため、本発明の電動車両の制御装置では、走行駆動源となるモータと、摩擦係合要素と、入力回転数制御手段と、を備える構成とした。
前記摩擦係合要素は、前記モータと駆動輪との間に介装され、前記モータと前記駆動輪とを断接する。
前記入力回転数制御手段は、前記摩擦係合要素をスリップ締結する時、目標駆動トルクが、車両発進が可能な釣り合い判定トルク以上では、前記摩擦係合要素の入力回転数を、前記目標駆動トルクが前記釣り合い判定トルク未満のときの入力回転数に比べて大きな値に設定する。
【発明の効果】
【0007】
よって、摩擦係合要素のスリップ締結中、入力回転数制御手段によって、目標駆動トルクが釣り合い判定トルク以上では、摩擦係合要素の入力回転数は、目標駆動トルクが釣り合い判定トルク未満のときの入力回転数に比べて大きな値に設定される。
すなわち、目標駆動トルクが釣り合い判定トルク未満のときでは、摩擦係合要素の入力回転数が出力回転数を下回ってしまっても、目標駆動トルクがそもそも車両発進できない程度であるため、運転者要求を裏切ることはない。一方、目標駆動トルクが釣り合い判定トルク以上のときでは、摩擦係合要素の入力回転数が高いので、摩擦係合要素における伝達可能な駆動トルクを高めることができて、運転者の要求通りの走行を行うことができる。
この結果、モータと駆動輪の間の摩擦係合要素をスリップ締結する時、運転者の要求通りの走行を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】実施例1の制御装置が適用されたハイブリッド車両(電動車両の一例)のパワートレインを示すパワートレイン構成図である。
【図2】実施例1の制御装置が適用されたハイブリッド車両の制御システムを示す制御システム構成図である。
【図3】実施例1の統合コントローラを示す演算ブロック図である。
【図4】実施例1の制御装置で用いられるマップ図であり、(a)は目標定常トルクマップを示し、(b)はMGアシストトルクマップを示す。
【図5】実施例1の制御装置で用いられるモードマップ選択部の選択ロジックを表す概略図である。
【図6】実施例1の制御装置で用いられるモードマップのうち、通常モードマップを示す。
【図7】実施例1の制御装置で用いられるモードマップのうち、MWSC対応モードマップを示す。
【図8】実施例1の制御装置で用いられるバッテリSOCに対する走行中発電要求出力を示す特性図である。
【図9】実施例1の制御装置で用いられるエンジンの最適燃費線を示す特性図である。
【図10】実施例1の自動変速機における変速線の一例を示す変速マップ図である。
【図11】実施例1の統合コントローラで実行される入力回転数制御処理の流れを示すフローチャートである。
【図12】釣り合い判定トルクを示すマップの一例である。
【図13】MWSCモード時における目標駆動トルク・Eng回転数・目標MG回転数・AT出力軸回転数の各特性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の電動車両の制御装置を実現する最良の形態を、図面に示す実施例1に基づいて説明する。
【実施例1】
【0010】
まず、構成を説明する。
図1は、実施例1の制御装置が適用されたハイブリッド車両(電動車両の一例)のパワートレインを示すパワートレイン構成図である。以下、図1に基づきパワートレイン構成を説明する。
【0011】
実施例1のハイブリッド車両のパワートレインは、図1に示すように、エンジン1と、モータジェネレータ(モータ)2と、自動変速機3と、第1クラッチ4と、第2クラッチ(摩擦係合要素)5と、ディファレンシャルギア6と、タイヤ(駆動輪)7,7と、を備えている。この実施例1のハイブリッド車両は、エンジンと1モータ・2クラッチを備えたパワートレイン構成である。
【0012】
前記エンジン1は、ガソリンエンジンやディーゼルエンジンであり、ハイブリッド車両の走行駆動源となる。このエンジン1は、出力軸とモータジェネレータ(略称MG)2の入力軸とが、第1クラッチ(略称CL1)4を介して連結される。
【0013】
前記第1クラッチ4は、エンジン1とモータジェネレータ2の間に介装され、エンジン1とタイヤ7,7との間のトルク伝達を断接する。この第1クラッチ4は、締結油圧により駆動して伝達トルク容量を可変する油圧クラッチである。この第1クラッチ4としては、例えば、ダイアフラムスプリングによる付勢力を保ち、ピストンを有する油圧アクチュエータを用いたストローク制御により完全締結〜スリップ締結〜完全解放までが制御されるノーマルクローズの乾式単板クラッチが用いられる。
【0014】
前記モータジェネレータ2は、ロータに永久磁石を埋設しステータにステータコイルが巻き付けられた同期型モータであり、ハイブリッド車両の走行駆動源となると共に、エンジン1を始動させる。このモータジェネレータ2は、その出力軸と自動変速機(略称AT)3の入力軸とが連結される。
【0015】
前記第2クラッチ5は、モータジェネレータ2とタイヤ7,7の間に介装され、モータジェネレータ2とタイヤ7,7との間のトルク伝達を断絶するクラッチであり、締結油圧により駆動して伝達トルク容量を可変する。この第2クラッチ5としては、例えば、比例ソレノイドで油流量及び油圧を連続的に制御できるノーマルオープンの湿式多板クラッチや湿式多板ブレーキが用いられる。
【0016】
前記自動変速機3は、有段の変速段を車速やアクセル開度等に応じて自動的に切り替える有段変速機であり、その出力軸にディファレンシャルギア6を介してタイヤ7,7が連結される。なお、実施例1では、前記第2クラッチ5として、自動変速機3とは独立の専用クラッチとして新たに追加したものではなく、自動変速機3の各変速段にて締結される複数の摩擦係合要素のうち、所定の条件に適合する摩擦係合要素(クラッチやブレーキ)を選択している。
【0017】
前記自動変速機3の入力軸には、この入力軸により駆動される機械式オイルポンプ8が設けられている。そして、車両停止時等で機械式オイルポンプ8からの吐出圧が不足するとき、油圧低下を抑えるために電動モータにより駆動される電動サブオイルポンプ9がモータハウジング等に設けられている。
【0018】
さらに、このパワートレインには、エンジン1の出力回転数を検出するエンジン回転センサ10と、モータジェネレータ2の入力回転数を検出するMG回転センサ11と、自動変速機3の入力軸回転数を検出するAT入力回転センサ12と、自動変速機3の出力軸回転数を検出するAT出力回転センサ(出力回転数検出手段)13と、が設けられる。
【0019】
そして、このハイブリッド車両は、駆動形態の違いによる走行モードとして、電気自動車モード(以下、「EVモード」という)と、ハイブリッド車モード(以下、「HEVモード」という)と、エンジン使用スリップ走行モード(以下、「WSCモード」という)と、を有する。
【0020】
前記「EVモード」は、第1クラッチ4を解放状態とし、モータジェネレータ2の駆動力のみで走行するモードであり、モータ走行モード・回生走行モードを有する。この「EVモード」は、要求駆動力が低く、バッテリSOCが確保されているときに選択される。
【0021】
前記「HEVモード」は、第1クラッチ4を締結状態として走行するモードであり、モータアシスト走行モード・発電走行モード・エンジン走行モードを有し、いずれかのモードにより走行する。なお、モータアシスト走行モードは、エンジン1とモータジェネレータ2の2つを駆動源として走行する。発電走行モードは、エンジン1を駆動源として走行すると同時に、エンジン1の動力を利用してモータジェネレータ2を発電機として動作させる。エンジン走行モードは、エンジン1の駆動力のみで走行する。この「HEVモード」は、要求駆動力が高いとき、あるいは、バッテリSOCが不足するようなときに選択される。
【0022】
前記「WSCモード」は、第1クラッチ4の締結状態で、モータジェネレータ2の回転数制御により第2クラッチ5をスリップ締結させて走行するモードである。このとき、第2クラッチ5を経過するクラッチ伝達トルクが、車両状態や運転者操作に応じて決まる要求駆動トルクになるようにクラッチトルク容量をコントロールしながら走行する。この「WSCモード」は、「HEVモード」の選択状態での停車時・発進時・減速時等のように、エンジン回転数がアイドル回転数を下回るような走行領域において選択される。また、「WSCモード」では、特にバッテリSOCが低いときやエンジン水温が低いときであってもクリープ走行が達成可能である。
【0023】
さらに、路面勾配が所定値以上における上り坂等で、運転者がアクセルペダルを調整し車両停止状態を維持するアクセルヒルホールド(ストール停車状態)が行われるような場合、WSCモードでは、第2クラッチ5のスリップ量の過多状態が継続されるおそれがある。エンジン1の回転数をアイドル回転数以下にすることができないからである。そこで、実施例1のハイブリッド車両では、エンジン1を作動させたまま第1クラッチ4を解放し、モータジェネレータ2の回転数制御により第2クラッチ5をスリップ締結させて走行するモータスリップ走行モード(以下、「MWSCモード」という)を有する。この「MWSCモード」では、モータジェネレータ2のみを駆動源として走行し、モータジェネレータ2の回転数をエンジン1のアイドル回転数よりも低い回転数に設定する。このとき、エンジン1は、アイドル回転数を目標回転数とするフィードバッグ制御に切り替える。
【0024】
図2は、実施例1の制御装置が適用されたハイブリッド車両の制御システムを示す制御システム構成図である。以下、図2に基づいて制御システム構成を説明する。
【0025】
実施例1の制御システムは、図2に示すように、統合コントローラ30と、エンジンコントローラ31と、モータコントローラ32と、サブポンプコントローラ33と、インバータ34と、バッテリ35と、CL1用ソレノイドバルブ14と、CL2用ソレノイドバルブ15と、アクセル開度センサ16と、Gセンサ17と、車輪速センサ18と、電圧センサ19と、電流センサ20と、を備えている。
【0026】
前記統合コントローラ30は、パワートレイン系の動作点を統合制御する。この統合コントローラ30では、アクセル開度APOと車速VSP(自動変速機出力軸回転数に比例)とバッテリ充電状態SOC(バッテリ出力電圧及び出力電流から換算)と、に応じて、運転者が望む駆動力を実現できる走行モードを設定する。そして、エンジンコントローラ31に目標エンジントルクを指令し、モータコントローラ32に目標MGトルクもしくは目標MG回転数を指令し、サブポンプコントローラ33に所定の駆動信号を指令し、CL1用ソレノイドバルブ14及びCL2用ソレノイドバルブ15に所定の駆動信号を指令する。
【0027】
前記エンジンコントローラ31は、エンジン1を制御する。前記モータコントローラ32は、モータジェネレータ2を制御する。前記サブポンプコントローラ33は、電動サブオイルポンプ9を駆動する電動モータを制御する。前記インバータ34は、モータジェネレータ2及び上記電動モータを駆動する。前記バッテリ35は、電気エネルギーを蓄える。
【0028】
さらに、前記CL1用ソレノイドバルブ14は、第1クラッチ4の締結油圧を制御する。前記CL2用ソレノイドバルブ15は、第2クラッチ5の締結油圧を制御する。前記アクセル開度センサ16は、アクセル開度(APO)を検出する。前記Gセンサ17は、車両に作用する前後加速度を検出する。前記車輪速センサ18は、4輪の各車輪速を検出する。前記電圧センサ19は、バッテリ35からの出力電圧を検出する。前記電流センサ20は、バッテリ35からの出力電流を検出する。
【0029】
図3は、実施例1の統合コントローラを示す演算ブロック図である。以下、図3に基づいて統合コントローラの構成を説明する。
【0030】
前記統合コントローラ30は、図3に示すように、目標駆動トルク演算部100と、モード選択部200と、目標発電出力演算部300と、動作点指令部400と、変速制御部500と、を備えている。
【0031】
前記目標駆動トルク演算部100は、図4(a)に示す目標定常トルクマップと、図4(b)に示すMGアシストトルクマップを用いて、アクセル開度APOと車速VSPから、目標定常トルクとMGアシストトルクを算出する。
【0032】
前記モード選択部200は、路面勾配推定部201と、モードマップ選択部202と、を有し、選択されたモードマップを用いて、アクセル開度APOと車速VSPから、走行モードを演算する。
【0033】
前記路面勾配推定部201は、Gセンサ17の検出値と、車輪速センサ18の車輪速加速度平均値等から演算した実加速度との偏差から路面勾配を推定する。前記モードマップ選択部202は、路面勾配推定部201により推定された路面勾配に基づいて、所定のモードマップを選択する。このモードマップとしては、通常モードマップと、MWSC対応モードマップと、を有する。
【0034】
図5は、モードマップ選択部の選択ロジックを表す概略図である。図6は、通常モードマップを示し、図7は、MWSC対応モードマップを示す。
【0035】
前記モードマップ選択部202は、通常モードマップ(図6)が選択されている状態から推定勾配が所定値g2以上になると、MWSC対応モードマップに選択を切り替える。一方、MWSC対応モードマップ(図7)が選択されている状態から推定勾配が所定値g1(<g2)未満になると、通常モードマップに選択を切り替える。すなわち、推定勾配に対してヒステリシスを設け、マップ切替時の制御ハンチングを防止する。
【0036】
前記通常モードマップには、EV領域に存在する運転点(APO,VSP)が横切ると「HEVモード」へと切り替えるEV⇒HEV切替線と、HEV領域に存在する運転点(APO,VSP)が横切ると「EVモード」へと切り替えるHEV⇒EV切替線と、運転点(APO,VSP)が横切ると「HEVモード」と「WSCモード」を切り替えるHEV⇔WSC切替線と、が設定されている。
【0037】
ここで、前記EV⇒HEV切替線と前記HEV⇒EV切替線は、EV領域とHEV領域を分ける線としてヒステリシス量を持たせて設定されている。但し、「EVモード」の選択中、バッテリSOCが所定値以下になると、強制的に「HEVモード」を目標走行モードとする。
【0038】
また、前記HEV⇔WSC切替線は、自動変速機3が1速段のときに、エンジン1がアイドル回転数を維持する第1設定車速VSP1に沿って設定されている。但し、所定アクセル開度APO1以上の領域では、大きな駆動力を要求されることから、第1設定車速VSP1よりも高い第2設定車速VSP1´領域までWSC領域が設定されている。
すなわち、アクセル開度APOが大きいときの要求を、アイドル回転数付近のエンジン回転数に対応したエンジントルクとモータトルクで達成するのは困難な場合がある。ここで、エンジントルクは、エンジン回転数が上昇すればより多くのトルクを出力できる。このことから、エンジン回転数を引上げてより大きなトルクを出力させれば、例え第1設定車速VSP1よりも高い車速まで「WSCモード」であっても、短時間で「WSCモード」から「HEVモード」に移行することができる。この場合が図6に示す第2設定車速VSP1´まで広げられたWSC領域である。
【0039】
前記MWSC対応モードマップは、EV領域が設定されていない点で通常モードマップとは異なる。このMWSCモードマップには、運転点(APO,VSP)が横切ると「HEVモード」と「WSCモード」を切り替えるHEV⇔WSC切替線と、運転点(APO,VSP)が横切ると「WSCモード」と「MWSCモード」を切り替えるWSC⇔MWSC切替線と、が設定されている。
【0040】
ここで、WSC領域は、アクセル開度APOに拘らず領域を変更せず、HEV⇔WSC切替線は、第1設定車速VSP1に沿って設定されている。また、MWSC領域は、WSC領域内に設定されており、第1設定車速VSP1よりも低い第3設定車速VSP2と、所定アクセル開度APO1よりも高いアクセル開度APO2とで囲まれた領域となっている。なお、「MWSCモード」の詳細については後述する。
【0041】
前記目標発電出力演算部300は、図8に示す走行中発電要求出力マップを用いて、バッテリSOCから目標発電出力を演算する。また、現在の動作点から図9で示す最適燃費線までエンジントルクを上げるために必要な出力を演算し、前記目標発電出力と比較して少ない出力を要求出力として、エンジン出力に加算する。
【0042】
前記動作点指令部400では、アクセル開度APOと目標定常トルク,MGアシストトルクと目標モードと車速VSPと要求発電出力とを入力する。そして、これらの入力情報を動作点到達目標として、過渡的な目標エンジントルクと、目標MGトルク又は目標MG回転数と、CL1ソレノイド電流指令と、目標CL2トルクと、目標ATシフトと、を演算する。
【0043】
前記変速制御部500は、目標CL2トルクと目標ATシフトとから、これらを達成するように自動変速機3内のソレノイドバルブを駆動制御する。図10に変速制御で用いられる変速線マップの一例を示す。車速VSPとアクセル開度APOから現在の変速段から次変速段をいくつにするか判定し、変速要求があれば変速クラッチを制御して変速させる。
【0044】
図11は、実施例1の統合コントローラで実行される入力回転数制御処理の流れを示すフローチャートである。以下、図11のフローチャートを用いて入力回転数制御処理の流れについて説明する。
【0045】
ステップS1では、現時点で選択されている走行モードが、「MWSCモード」(=モータスリップ走行モード)であるか否かを判断し、YES(「MWSCモード」選択時)の場合はステップS2へ進み、NO(「MWSCモード」以外の走行モード選択時)の場合はステップS1での判断を繰り返す。
【0046】
ステップS2では、ステップS1での「MWSCモード」選択との判断に続き、目標駆動トルクが予め設定した釣り合い判定トルク以上であるか否かを判断する。YES(目標駆動トルク≧釣り合い判定トルク)の場合はステップS3へ進み、NO(目標駆動トルク<釣り合い判定トルク)の場合はステップS4へ進む。
ここで「釣り合い判定トルク」とは、勾配路面上で車両を停止させて車両発進を可能とするトルク、つまり、走行路面に対して車両のずり下がりが発生しないために必要なトルクである。この釣り合い判定トルクは、勾配負荷と車両重量から算出される。図12に釣り合い判定トルクを示すマップの一例を示す。
なお、釣り合い判定トルクは、車両のずり下がりが発生しないために必要な下限トルクであってもよいが、ここでは、車両重量や勾配判定誤差等のばらつき要素を考慮して、ある程度の余裕代ΔTをプラスした値とする。
【0047】
ステップS3では、ステップS2での目標駆動トルク≧釣り合い判定トルクとの判断に続き、下限回転数highと第2クラッチ5の出力回転数に対して所定スリップ量を上乗せした回転数とのセレクトハイにより、第2クラッチ5の入力回転数となる目標モータ出力回転数(目標MG回転数)を設定し、エンドへ進む。
ここで、「下限回転数high」は、第2クラッチ5の出力回転数である自動変速機3の出力軸回転数を検出するAT出力回転センサ13によって検出可能な限界値(以下、検出可能限界値という)以上に設定された任意の値である。ここでは、検出可能限界値に所定スリップ量を上乗せした値とする。
【0048】
ステップS4では、ステップS2での目標駆動トルク<釣り合い判定トルクとの判断に続き、下限回転数lowと第2クラッチ5の出力回転数に対して所定スリップ量を上乗せした回転数とのセレクトハイにより、第2クラッチ5の入力回転数となる目標モータ出力回転数(目標MG回転数)を設定し、エンドへ進む。
ここで、「下限回転数low」は、上記検出可能限界値よりも低く設定された任意の値であり、下限回転数highよりも小さい値になる。
【0049】
次に、作用を説明する。
まず、「MWSCモードとその課題について」の説明を行い、続いて、実施例1の車両の制御装置における「入力回転数制御作用」を説明する。
【0050】
[MWSCモードとその課題について]
路面勾配が大きい勾配路において、例えば、ブレーキペダル操作を行うことなく車両を停止状態又は微速発進状態に維持しようとすると、平坦路と比べて大きな駆動力が要求される。すなわち、第2クラッチ5における伝達トルク容量は、平坦路の場合よりも大きくなる。このとき、第1クラッチ4を完全締結し、第2クラッチ5を要求駆動力に応じた伝達トルク容量としてスリップ制御する「WSCモード」であると、第2クラッチ5は強い締結力でのスリップ状態を継続することになる。そのため、第2クラッチ5の発熱量が過剰になってクラッチ耐久性の低下を招くことが考えられる。また、車速の上昇もゆっくりになることから、「HEVモード」への移行までに時間がかかり、さらに発熱するおそれがある。
【0051】
そこで、このような場合には、エンジン1を作動させたまま第1クラッチ4を解放し、第2クラッチ5の伝達トルク容量を運転者の要求駆動力に制御しつつ、モータジェネレータ2の回転数を第2クラッチ5の出力回転数よりも所定回転数高い回転数に制御する「MWSCモード」を設定する。
【0052】
言い換えると、この「MWSCモード」では、エンジン1とモータジェネレータ2が切り離されているため、それぞれ異なる回転数に設定することができる。そのため、モータジェネレータ2の回転数を、エンジン1の回転数(=アイドル回転数)よりも低い回転数にして、第2クラッチ5のスリップ量を小さくする。
【0053】
この場合、第2クラッチ5のスリップ量が小さいため、第2クラッチ5の発熱量を抑えてクラッチ耐久性を向上することができる。また、エンジン1が作動状態であるために、モータジェネレータ2にエンジンクランキング分の余剰トルクを残しておく必要がなく、モータジェネレータ2の駆動トルク上限値を引上げることができる。
【0054】
ここで、第2クラッチ5をスリップ締結状態にするためには、第2クラッチ5の入力回転数と出力回転数との差回転を維持する必要がある。そのため、第2クラッチ5の出力回転数である自動変速機3の出力軸回転数をAT出力回転センサ13によって検出し、第2クラッチ5の入力回転数であるモータ出力回転数を、AT出力回転センサ13の検出値に合わせて制御する。
【0055】
しかしながら、このAT出力回転センサ13は、検出することのできる限界値(検出可能限界値)を有しており、この検出可能限界値以下の回転数は検出することができない。そのため、第2クラッチ5の出力回転数がこの検出可能限界値を下回る低速域では、第2クラッチ5のスリップ締結状態を維持するために、モータ出力回転数をいくつに設定すればよいか不明となる。そのため、第2クラッチ5のスリップ締結を維持しているつもりでも、実際にはモータ出力回転数が出力回転数を下回っている場合があり、このときには、モータジェネレータ2からの駆動力を伝達することができない。
【0056】
一方、第2クラッチ5の出力回転数が検出可能限界値を下回る期間において、出力回転数が入力回転数を確実に上回るように、出力回転数が検出可能限界値相当であると仮定することが考えられる。この場合、検出可能限界値にスリップ分を上乗せした値を、モータ出力回転数に設定すればよいが、実際の出力回転数によっては、通常の「MWSCモード」時よりも第2クラッチ5のスリップ量が増加するシーンが出てしまう。そのため、電力消費量、第2クラッチ5の耐力性能ともに不利になるという問題がある。
【0057】
[入力回転数制御作用]
図13は、MWSCモード時における目標駆動トルク・Eng回転数・目標MG回転数・AT出力軸回転数の各特性を示す図である。
【0058】
「MWSCモード」選択時において、第2クラッチ5のスリップ締結状態を維持するためには、第2クラッチ5の出力回転数である自動変速機3の出力軸回転数(AT出力軸回転数)に対して、第2クラッチ5の入力回転数であるモータ出力回転数(目標MG回転数)が上回っている必要がある。すなわち、目標MG回転数とAT出力回転数との差回転数ΔCL2が第2クラッチ5のスリップ量となる。
【0059】
図13に示すタイムチャートにおいて、時刻t0〜時刻t2の間、第2クラッチ5の出力回転数であるAT出力軸回転数は、自動変速機3の出力軸回転数を検出するAT出力回転センサ13によって検出可能な限界値(検出可能限界値)以下の値になっている。そのため、AT出力軸回転数は不明である。
【0060】
一方、時刻t0〜時刻t1の間、目標駆動トルクは、車両発進が可能な釣り合い判定トルクよりも低い値となっている。すなわち、目標駆動トルクは、走行路面に対して車両のずり下がりが発生しないために必要なトルク(ここでは、車両がずり下がらない限界トルクに余裕代ΔTを加えた値)以下であり、発進要求はないと考えられる。
【0061】
このとき、図11に示すフローチャートにおいて、ステップS1→ステップS2→ステップS4へと進み、第2クラッチ5の入力回転数である目標MG回転数は、下限回転数lowと第2クラッチ5の出力回転数に対して所定スリップ量を上乗せした回転数とのセレクトハイにより設定される。なお、この時刻t0〜時刻t1では、AT出力軸回転数が不明なため、目標MG回転数は、検出可能限界値よりも低い値に設定された下限回転数lowに設定される。
【0062】
このように、目標駆動トルクが釣り合い判定トルクよりも小さい場合には、勾配負荷に対してそもそも発進する要求がない。このため、第2クラッチ5の入力回転数である目標MG回転数が、第2クラッチ5の出力回転数であるAT出力軸回転数を下回り、駆動力が伝達できずに発進不可能状態となっても、運転者の要求を裏切ることはない。さらに、目標MG回転数を低く設定することで、第2クラッチ5の過剰な発熱を防止し、電力の無駄な消費を抑えることができる。
【0063】
そして、アクセル開度APOが上昇し、時刻t1において目標駆動トルクが釣り合い判定トルクを超えると、目標駆動トルクは、走行路面に対して車両のずり下がりが発生しないために必要なトルク以上になり、発進要求が生じたと考えられる。
【0064】
これにより、図11に示すフローチャートにおいて、ステップS1→ステップS2→ステップS3へと進む。つまり、第2クラッチ5の入力回転数である目標MG回転数は、下限回転数highと第2クラッチ5の出力回転数に対して所定スリップ量を上乗せした回転数とのセレクトハイにより設定される。ここで、時刻t1〜時刻t2では、AT出力軸回転数が不明なため、目標MG回転数は、検出可能限界値以上の値に設定された下限回転数highに設定される。ここで、この下限回転数highは、検出可能限界値に所定スリップ量(差回転数ΔCL2)を上乗せした回転数である。
【0065】
このように、目標駆動トルクが釣り合い判定トルクよりも大きい場合には、勾配負荷に対して発進する要求が発生するため、目標MG回転数を上昇させてAT出力軸回転数よりも目標MG回転数が上回るようにする。これにより、第2クラッチ5において駆動力を確実に伝達でき、発進可能となって運転者の要求通りの走行を行うことができる。
【0066】
さらに、このとき、目標MG回転数が検出可能限界値以上の値に設定されているので、AT出力軸回転数がゼロ〜検出可能限界値のどの値をとったとしても、第2クラッチ5のスリップ締結を確実に維持することができる。つまり、AT出力軸回転数が検出可能限界値未満の値であることは分かっているので、目標MG回転数をこの検出可能限界値以上の値に設定することで、目標MG回転数はAT出力軸回転数を上回る。これにより、第2クラッチ5でのスリップ締結トルクによって、確実に駆動力を伝達制御することができる。
【0067】
そして時刻t2において、AT出力軸回転数が検出可能限界値を超えると、目標MG回転数は、第2クラッチ5の出力回転数に対して所定スリップ量を上乗せした回転数に設定され、この出力回転数の増加に応じて増加していく。
【0068】
また、車両発進が可能な釣り合い判定トルクは、走行路面に対して車両のずり下がりが発生しないために必要なトルクとし、実施例1では、車両がずり下がらない限界トルクに余裕代ΔTを加えた値としている。このため、運転者の要求に対して、適切な車両挙動とすることができる。
【0069】
次に、効果を説明する。
実施例1の電動車両の制御装置にあっては、下記に列挙する効果を得ることができる。
【0070】
(1) 走行駆動源となるモータ(モータジェネレータ)2と、前記モータ2と駆動輪(タイヤ)7,7との間に介装され前記モータ2と前記駆動輪7,7とを断接する摩擦係合要素(第2クラッチ)5と、前記摩擦係合要素5をスリップ締結する時、目標駆動トルクが、車両発進が可能な釣り合い判定トルク以上では、前記摩擦係合要素5の入力回転数(目標MG回転数)を、前記目標駆動トルクが前記釣り合い判定トルク未満のときの入力回転数(目標MG回転数)に比べて大きな値に設定する入力回転数制御手段(図11)と、を備える構成とした。
このため、モータ2と駆動輪7,7の間の摩擦係合要素5をスリップ締結する時、運転者の要求通りの走行を実現することができる。
【0071】
(2) 前記釣り合い判定トルクは、走行路面に対して車両のずり下がりが発生しないために必要なトルクである構成とした。
このため、(1)の効果に加え、運転者の要求に対して、適切な車両挙動とすることができる。
【0072】
(3) 前記摩擦係合要素(第2クラッチ)5の出力回転数(AT出力回転数)を検出する出力回転数検出手段(AT出力回転センサ)13を備え、前記入力回転数制御手段(図11)は、前記摩擦係合要素5の出力回転数(AT出力回転数)が、前記出力回転数検出手段13による検出可能限界値以下のとき、前記目標駆動トルクが前記釣り合い判定トルク以上では、前記摩擦係合要素5の入力回転数(目標MG回転数)を、前記検出可能限界値以上の値に設定する構成とした。
このため、(1)又は(2)の効果に加え、摩擦係合要素5の実際の出力回転数が検出できずに不明であっても、摩擦係合要素5の入力回転数を出力回転数よりも大きくして、摩擦係合要素5のスリップ締結を確実に維持することができる。
【0073】
以上、本発明の電動車両の制御装置を実施例1に基づき説明してきたが、具体的な構成については、この実施例に限られるものではなく、特許請求の範囲の各請求項に係る発明の要旨を逸脱しない限り、設計の変更や追加等は許容される。
【0074】
実施例1では、釣り合い判定トルクを、車両のずり下がりが発生しないために必要な下限トルクに所定の余裕代ΔTをプラスした値にしているが、ある程度の加速が可能なだけの余裕代(所望の加速度)を考慮した値であってもよい。
【0075】
また、実施例1の電動車両の制御装置では、走行モードが「MWSCモード」時に本発明の入力回転数制御処理を実行しているが、これに限らない。例えば、「EVモード」走行時に、モータ出力トルクを上乗せすることで第2クラッチ5を微小スリップさせる、いわゆるマイクロスリップモード時において適用することもできる。
【0076】
そして、実施例1では、第2クラッチ5を、有段式の自動変速機3に内蔵した摩擦係合要素の中から選択する例を示した。しかし、自動変速機3とは別に第2クラッチ5を設けても良く、例えば、モータジェネレータ2と変速機入力軸との間に自動変速機3とは別に第2クラッチ5を設ける例や、変速機出力軸とタイヤ7,7の間に自動変速機3とは別に第2クラッチ5を設ける例も含まれる。さらに、自動変速機3とは別に第2クラッチ5を設けた場合であれば、自動変速機3として無段変速機を用いることもできる。
【0077】
さらに、実施例1では、エンジン1とモータジェネレータ2との間の動力伝達を断接する機構として、第1クラッチ4を用いる例を示した。しかし、これに限らず、例えば、プラネタリギア等のように、クラッチを用いることなくクラッチ機能を発揮するような差動装置や動力分割装置を用いる例としても良い。
【0078】
実施例1では、本発明の制御装置を後輪駆動のハイブリッド車両に対し適用した例を示したが、前輪駆動のハイブリッド車両に対しても適用することができるし、走行駆動源としてモータのみを搭載した電気自動車に対しても適用することができる。要するに、モータと駆動輪の間に摩擦係合要素を備えた電動車両であれば、本発明を適用できる。
【符号の説明】
【0079】
1 エンジン
2 モータジェネレータ(モータ)
3 自動変速機
4 第1クラッチ
5 第2クラッチ(摩擦係合要素)
7 タイヤ(駆動輪)
13 AT出力回転センサ(出力回転数検出手段)
30 統合コントローラ
【技術分野】
【0001】
本発明は、モータと駆動源との間に介装され、モータと駆動源とを断接する摩擦係合要素を備えた電動車両の制御装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、車両負荷が所定値以上のとき、エンジンを所定回転数で作動させたまま、エンジンとモータの間に介装された第1クラッチを開放し、モータ回転数をエンジン回転数よりも低い回転数に設定して、モータと駆動輪の間に介装された第2クラッチをスリップ締結させる電動車両の制御装置が知られている(例えば、特許文献1参照)。ここで、車両負荷は路面勾配に応じて判断され、この路面勾配は、Gセンサ検出値と車輪速加速度の偏差から検出する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2009-132195号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、従来の電動車両の制御装置にあっては、第2クラッチの出力回転数を検出する出力軸回転数センサに出力可能限界値がある。そのため、第2クラッチの出力回転数がこの出力可能限界値を下回る場合では、第2クラッチのスリップ締結の確保に必要な第2クラッチの入力回転数が不明となる。
すなわち、第2クラッチのスリップ締結を確保しているつもりであっても、実際には第2クラッチの出力回転数に対して、モータ出力回転数である第2クラッチの入力回転数が下回っている場合が考えられる。このような場合では、目標駆動トルク相当に第2クラッチを締結させても、駆動トルクが伝達できず、運転者の要求通りの走行ができないという問題が生じてしまう。
【0005】
本発明は、上記問題に着目してなされたもので、モータと駆動輪の間の摩擦係合要素をスリップ締結する時、運転者の要求通りの走行を実現することができる電動車両の制御装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するため、本発明の電動車両の制御装置では、走行駆動源となるモータと、摩擦係合要素と、入力回転数制御手段と、を備える構成とした。
前記摩擦係合要素は、前記モータと駆動輪との間に介装され、前記モータと前記駆動輪とを断接する。
前記入力回転数制御手段は、前記摩擦係合要素をスリップ締結する時、目標駆動トルクが、車両発進が可能な釣り合い判定トルク以上では、前記摩擦係合要素の入力回転数を、前記目標駆動トルクが前記釣り合い判定トルク未満のときの入力回転数に比べて大きな値に設定する。
【発明の効果】
【0007】
よって、摩擦係合要素のスリップ締結中、入力回転数制御手段によって、目標駆動トルクが釣り合い判定トルク以上では、摩擦係合要素の入力回転数は、目標駆動トルクが釣り合い判定トルク未満のときの入力回転数に比べて大きな値に設定される。
すなわち、目標駆動トルクが釣り合い判定トルク未満のときでは、摩擦係合要素の入力回転数が出力回転数を下回ってしまっても、目標駆動トルクがそもそも車両発進できない程度であるため、運転者要求を裏切ることはない。一方、目標駆動トルクが釣り合い判定トルク以上のときでは、摩擦係合要素の入力回転数が高いので、摩擦係合要素における伝達可能な駆動トルクを高めることができて、運転者の要求通りの走行を行うことができる。
この結果、モータと駆動輪の間の摩擦係合要素をスリップ締結する時、運転者の要求通りの走行を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】実施例1の制御装置が適用されたハイブリッド車両(電動車両の一例)のパワートレインを示すパワートレイン構成図である。
【図2】実施例1の制御装置が適用されたハイブリッド車両の制御システムを示す制御システム構成図である。
【図3】実施例1の統合コントローラを示す演算ブロック図である。
【図4】実施例1の制御装置で用いられるマップ図であり、(a)は目標定常トルクマップを示し、(b)はMGアシストトルクマップを示す。
【図5】実施例1の制御装置で用いられるモードマップ選択部の選択ロジックを表す概略図である。
【図6】実施例1の制御装置で用いられるモードマップのうち、通常モードマップを示す。
【図7】実施例1の制御装置で用いられるモードマップのうち、MWSC対応モードマップを示す。
【図8】実施例1の制御装置で用いられるバッテリSOCに対する走行中発電要求出力を示す特性図である。
【図9】実施例1の制御装置で用いられるエンジンの最適燃費線を示す特性図である。
【図10】実施例1の自動変速機における変速線の一例を示す変速マップ図である。
【図11】実施例1の統合コントローラで実行される入力回転数制御処理の流れを示すフローチャートである。
【図12】釣り合い判定トルクを示すマップの一例である。
【図13】MWSCモード時における目標駆動トルク・Eng回転数・目標MG回転数・AT出力軸回転数の各特性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の電動車両の制御装置を実現する最良の形態を、図面に示す実施例1に基づいて説明する。
【実施例1】
【0010】
まず、構成を説明する。
図1は、実施例1の制御装置が適用されたハイブリッド車両(電動車両の一例)のパワートレインを示すパワートレイン構成図である。以下、図1に基づきパワートレイン構成を説明する。
【0011】
実施例1のハイブリッド車両のパワートレインは、図1に示すように、エンジン1と、モータジェネレータ(モータ)2と、自動変速機3と、第1クラッチ4と、第2クラッチ(摩擦係合要素)5と、ディファレンシャルギア6と、タイヤ(駆動輪)7,7と、を備えている。この実施例1のハイブリッド車両は、エンジンと1モータ・2クラッチを備えたパワートレイン構成である。
【0012】
前記エンジン1は、ガソリンエンジンやディーゼルエンジンであり、ハイブリッド車両の走行駆動源となる。このエンジン1は、出力軸とモータジェネレータ(略称MG)2の入力軸とが、第1クラッチ(略称CL1)4を介して連結される。
【0013】
前記第1クラッチ4は、エンジン1とモータジェネレータ2の間に介装され、エンジン1とタイヤ7,7との間のトルク伝達を断接する。この第1クラッチ4は、締結油圧により駆動して伝達トルク容量を可変する油圧クラッチである。この第1クラッチ4としては、例えば、ダイアフラムスプリングによる付勢力を保ち、ピストンを有する油圧アクチュエータを用いたストローク制御により完全締結〜スリップ締結〜完全解放までが制御されるノーマルクローズの乾式単板クラッチが用いられる。
【0014】
前記モータジェネレータ2は、ロータに永久磁石を埋設しステータにステータコイルが巻き付けられた同期型モータであり、ハイブリッド車両の走行駆動源となると共に、エンジン1を始動させる。このモータジェネレータ2は、その出力軸と自動変速機(略称AT)3の入力軸とが連結される。
【0015】
前記第2クラッチ5は、モータジェネレータ2とタイヤ7,7の間に介装され、モータジェネレータ2とタイヤ7,7との間のトルク伝達を断絶するクラッチであり、締結油圧により駆動して伝達トルク容量を可変する。この第2クラッチ5としては、例えば、比例ソレノイドで油流量及び油圧を連続的に制御できるノーマルオープンの湿式多板クラッチや湿式多板ブレーキが用いられる。
【0016】
前記自動変速機3は、有段の変速段を車速やアクセル開度等に応じて自動的に切り替える有段変速機であり、その出力軸にディファレンシャルギア6を介してタイヤ7,7が連結される。なお、実施例1では、前記第2クラッチ5として、自動変速機3とは独立の専用クラッチとして新たに追加したものではなく、自動変速機3の各変速段にて締結される複数の摩擦係合要素のうち、所定の条件に適合する摩擦係合要素(クラッチやブレーキ)を選択している。
【0017】
前記自動変速機3の入力軸には、この入力軸により駆動される機械式オイルポンプ8が設けられている。そして、車両停止時等で機械式オイルポンプ8からの吐出圧が不足するとき、油圧低下を抑えるために電動モータにより駆動される電動サブオイルポンプ9がモータハウジング等に設けられている。
【0018】
さらに、このパワートレインには、エンジン1の出力回転数を検出するエンジン回転センサ10と、モータジェネレータ2の入力回転数を検出するMG回転センサ11と、自動変速機3の入力軸回転数を検出するAT入力回転センサ12と、自動変速機3の出力軸回転数を検出するAT出力回転センサ(出力回転数検出手段)13と、が設けられる。
【0019】
そして、このハイブリッド車両は、駆動形態の違いによる走行モードとして、電気自動車モード(以下、「EVモード」という)と、ハイブリッド車モード(以下、「HEVモード」という)と、エンジン使用スリップ走行モード(以下、「WSCモード」という)と、を有する。
【0020】
前記「EVモード」は、第1クラッチ4を解放状態とし、モータジェネレータ2の駆動力のみで走行するモードであり、モータ走行モード・回生走行モードを有する。この「EVモード」は、要求駆動力が低く、バッテリSOCが確保されているときに選択される。
【0021】
前記「HEVモード」は、第1クラッチ4を締結状態として走行するモードであり、モータアシスト走行モード・発電走行モード・エンジン走行モードを有し、いずれかのモードにより走行する。なお、モータアシスト走行モードは、エンジン1とモータジェネレータ2の2つを駆動源として走行する。発電走行モードは、エンジン1を駆動源として走行すると同時に、エンジン1の動力を利用してモータジェネレータ2を発電機として動作させる。エンジン走行モードは、エンジン1の駆動力のみで走行する。この「HEVモード」は、要求駆動力が高いとき、あるいは、バッテリSOCが不足するようなときに選択される。
【0022】
前記「WSCモード」は、第1クラッチ4の締結状態で、モータジェネレータ2の回転数制御により第2クラッチ5をスリップ締結させて走行するモードである。このとき、第2クラッチ5を経過するクラッチ伝達トルクが、車両状態や運転者操作に応じて決まる要求駆動トルクになるようにクラッチトルク容量をコントロールしながら走行する。この「WSCモード」は、「HEVモード」の選択状態での停車時・発進時・減速時等のように、エンジン回転数がアイドル回転数を下回るような走行領域において選択される。また、「WSCモード」では、特にバッテリSOCが低いときやエンジン水温が低いときであってもクリープ走行が達成可能である。
【0023】
さらに、路面勾配が所定値以上における上り坂等で、運転者がアクセルペダルを調整し車両停止状態を維持するアクセルヒルホールド(ストール停車状態)が行われるような場合、WSCモードでは、第2クラッチ5のスリップ量の過多状態が継続されるおそれがある。エンジン1の回転数をアイドル回転数以下にすることができないからである。そこで、実施例1のハイブリッド車両では、エンジン1を作動させたまま第1クラッチ4を解放し、モータジェネレータ2の回転数制御により第2クラッチ5をスリップ締結させて走行するモータスリップ走行モード(以下、「MWSCモード」という)を有する。この「MWSCモード」では、モータジェネレータ2のみを駆動源として走行し、モータジェネレータ2の回転数をエンジン1のアイドル回転数よりも低い回転数に設定する。このとき、エンジン1は、アイドル回転数を目標回転数とするフィードバッグ制御に切り替える。
【0024】
図2は、実施例1の制御装置が適用されたハイブリッド車両の制御システムを示す制御システム構成図である。以下、図2に基づいて制御システム構成を説明する。
【0025】
実施例1の制御システムは、図2に示すように、統合コントローラ30と、エンジンコントローラ31と、モータコントローラ32と、サブポンプコントローラ33と、インバータ34と、バッテリ35と、CL1用ソレノイドバルブ14と、CL2用ソレノイドバルブ15と、アクセル開度センサ16と、Gセンサ17と、車輪速センサ18と、電圧センサ19と、電流センサ20と、を備えている。
【0026】
前記統合コントローラ30は、パワートレイン系の動作点を統合制御する。この統合コントローラ30では、アクセル開度APOと車速VSP(自動変速機出力軸回転数に比例)とバッテリ充電状態SOC(バッテリ出力電圧及び出力電流から換算)と、に応じて、運転者が望む駆動力を実現できる走行モードを設定する。そして、エンジンコントローラ31に目標エンジントルクを指令し、モータコントローラ32に目標MGトルクもしくは目標MG回転数を指令し、サブポンプコントローラ33に所定の駆動信号を指令し、CL1用ソレノイドバルブ14及びCL2用ソレノイドバルブ15に所定の駆動信号を指令する。
【0027】
前記エンジンコントローラ31は、エンジン1を制御する。前記モータコントローラ32は、モータジェネレータ2を制御する。前記サブポンプコントローラ33は、電動サブオイルポンプ9を駆動する電動モータを制御する。前記インバータ34は、モータジェネレータ2及び上記電動モータを駆動する。前記バッテリ35は、電気エネルギーを蓄える。
【0028】
さらに、前記CL1用ソレノイドバルブ14は、第1クラッチ4の締結油圧を制御する。前記CL2用ソレノイドバルブ15は、第2クラッチ5の締結油圧を制御する。前記アクセル開度センサ16は、アクセル開度(APO)を検出する。前記Gセンサ17は、車両に作用する前後加速度を検出する。前記車輪速センサ18は、4輪の各車輪速を検出する。前記電圧センサ19は、バッテリ35からの出力電圧を検出する。前記電流センサ20は、バッテリ35からの出力電流を検出する。
【0029】
図3は、実施例1の統合コントローラを示す演算ブロック図である。以下、図3に基づいて統合コントローラの構成を説明する。
【0030】
前記統合コントローラ30は、図3に示すように、目標駆動トルク演算部100と、モード選択部200と、目標発電出力演算部300と、動作点指令部400と、変速制御部500と、を備えている。
【0031】
前記目標駆動トルク演算部100は、図4(a)に示す目標定常トルクマップと、図4(b)に示すMGアシストトルクマップを用いて、アクセル開度APOと車速VSPから、目標定常トルクとMGアシストトルクを算出する。
【0032】
前記モード選択部200は、路面勾配推定部201と、モードマップ選択部202と、を有し、選択されたモードマップを用いて、アクセル開度APOと車速VSPから、走行モードを演算する。
【0033】
前記路面勾配推定部201は、Gセンサ17の検出値と、車輪速センサ18の車輪速加速度平均値等から演算した実加速度との偏差から路面勾配を推定する。前記モードマップ選択部202は、路面勾配推定部201により推定された路面勾配に基づいて、所定のモードマップを選択する。このモードマップとしては、通常モードマップと、MWSC対応モードマップと、を有する。
【0034】
図5は、モードマップ選択部の選択ロジックを表す概略図である。図6は、通常モードマップを示し、図7は、MWSC対応モードマップを示す。
【0035】
前記モードマップ選択部202は、通常モードマップ(図6)が選択されている状態から推定勾配が所定値g2以上になると、MWSC対応モードマップに選択を切り替える。一方、MWSC対応モードマップ(図7)が選択されている状態から推定勾配が所定値g1(<g2)未満になると、通常モードマップに選択を切り替える。すなわち、推定勾配に対してヒステリシスを設け、マップ切替時の制御ハンチングを防止する。
【0036】
前記通常モードマップには、EV領域に存在する運転点(APO,VSP)が横切ると「HEVモード」へと切り替えるEV⇒HEV切替線と、HEV領域に存在する運転点(APO,VSP)が横切ると「EVモード」へと切り替えるHEV⇒EV切替線と、運転点(APO,VSP)が横切ると「HEVモード」と「WSCモード」を切り替えるHEV⇔WSC切替線と、が設定されている。
【0037】
ここで、前記EV⇒HEV切替線と前記HEV⇒EV切替線は、EV領域とHEV領域を分ける線としてヒステリシス量を持たせて設定されている。但し、「EVモード」の選択中、バッテリSOCが所定値以下になると、強制的に「HEVモード」を目標走行モードとする。
【0038】
また、前記HEV⇔WSC切替線は、自動変速機3が1速段のときに、エンジン1がアイドル回転数を維持する第1設定車速VSP1に沿って設定されている。但し、所定アクセル開度APO1以上の領域では、大きな駆動力を要求されることから、第1設定車速VSP1よりも高い第2設定車速VSP1´領域までWSC領域が設定されている。
すなわち、アクセル開度APOが大きいときの要求を、アイドル回転数付近のエンジン回転数に対応したエンジントルクとモータトルクで達成するのは困難な場合がある。ここで、エンジントルクは、エンジン回転数が上昇すればより多くのトルクを出力できる。このことから、エンジン回転数を引上げてより大きなトルクを出力させれば、例え第1設定車速VSP1よりも高い車速まで「WSCモード」であっても、短時間で「WSCモード」から「HEVモード」に移行することができる。この場合が図6に示す第2設定車速VSP1´まで広げられたWSC領域である。
【0039】
前記MWSC対応モードマップは、EV領域が設定されていない点で通常モードマップとは異なる。このMWSCモードマップには、運転点(APO,VSP)が横切ると「HEVモード」と「WSCモード」を切り替えるHEV⇔WSC切替線と、運転点(APO,VSP)が横切ると「WSCモード」と「MWSCモード」を切り替えるWSC⇔MWSC切替線と、が設定されている。
【0040】
ここで、WSC領域は、アクセル開度APOに拘らず領域を変更せず、HEV⇔WSC切替線は、第1設定車速VSP1に沿って設定されている。また、MWSC領域は、WSC領域内に設定されており、第1設定車速VSP1よりも低い第3設定車速VSP2と、所定アクセル開度APO1よりも高いアクセル開度APO2とで囲まれた領域となっている。なお、「MWSCモード」の詳細については後述する。
【0041】
前記目標発電出力演算部300は、図8に示す走行中発電要求出力マップを用いて、バッテリSOCから目標発電出力を演算する。また、現在の動作点から図9で示す最適燃費線までエンジントルクを上げるために必要な出力を演算し、前記目標発電出力と比較して少ない出力を要求出力として、エンジン出力に加算する。
【0042】
前記動作点指令部400では、アクセル開度APOと目標定常トルク,MGアシストトルクと目標モードと車速VSPと要求発電出力とを入力する。そして、これらの入力情報を動作点到達目標として、過渡的な目標エンジントルクと、目標MGトルク又は目標MG回転数と、CL1ソレノイド電流指令と、目標CL2トルクと、目標ATシフトと、を演算する。
【0043】
前記変速制御部500は、目標CL2トルクと目標ATシフトとから、これらを達成するように自動変速機3内のソレノイドバルブを駆動制御する。図10に変速制御で用いられる変速線マップの一例を示す。車速VSPとアクセル開度APOから現在の変速段から次変速段をいくつにするか判定し、変速要求があれば変速クラッチを制御して変速させる。
【0044】
図11は、実施例1の統合コントローラで実行される入力回転数制御処理の流れを示すフローチャートである。以下、図11のフローチャートを用いて入力回転数制御処理の流れについて説明する。
【0045】
ステップS1では、現時点で選択されている走行モードが、「MWSCモード」(=モータスリップ走行モード)であるか否かを判断し、YES(「MWSCモード」選択時)の場合はステップS2へ進み、NO(「MWSCモード」以外の走行モード選択時)の場合はステップS1での判断を繰り返す。
【0046】
ステップS2では、ステップS1での「MWSCモード」選択との判断に続き、目標駆動トルクが予め設定した釣り合い判定トルク以上であるか否かを判断する。YES(目標駆動トルク≧釣り合い判定トルク)の場合はステップS3へ進み、NO(目標駆動トルク<釣り合い判定トルク)の場合はステップS4へ進む。
ここで「釣り合い判定トルク」とは、勾配路面上で車両を停止させて車両発進を可能とするトルク、つまり、走行路面に対して車両のずり下がりが発生しないために必要なトルクである。この釣り合い判定トルクは、勾配負荷と車両重量から算出される。図12に釣り合い判定トルクを示すマップの一例を示す。
なお、釣り合い判定トルクは、車両のずり下がりが発生しないために必要な下限トルクであってもよいが、ここでは、車両重量や勾配判定誤差等のばらつき要素を考慮して、ある程度の余裕代ΔTをプラスした値とする。
【0047】
ステップS3では、ステップS2での目標駆動トルク≧釣り合い判定トルクとの判断に続き、下限回転数highと第2クラッチ5の出力回転数に対して所定スリップ量を上乗せした回転数とのセレクトハイにより、第2クラッチ5の入力回転数となる目標モータ出力回転数(目標MG回転数)を設定し、エンドへ進む。
ここで、「下限回転数high」は、第2クラッチ5の出力回転数である自動変速機3の出力軸回転数を検出するAT出力回転センサ13によって検出可能な限界値(以下、検出可能限界値という)以上に設定された任意の値である。ここでは、検出可能限界値に所定スリップ量を上乗せした値とする。
【0048】
ステップS4では、ステップS2での目標駆動トルク<釣り合い判定トルクとの判断に続き、下限回転数lowと第2クラッチ5の出力回転数に対して所定スリップ量を上乗せした回転数とのセレクトハイにより、第2クラッチ5の入力回転数となる目標モータ出力回転数(目標MG回転数)を設定し、エンドへ進む。
ここで、「下限回転数low」は、上記検出可能限界値よりも低く設定された任意の値であり、下限回転数highよりも小さい値になる。
【0049】
次に、作用を説明する。
まず、「MWSCモードとその課題について」の説明を行い、続いて、実施例1の車両の制御装置における「入力回転数制御作用」を説明する。
【0050】
[MWSCモードとその課題について]
路面勾配が大きい勾配路において、例えば、ブレーキペダル操作を行うことなく車両を停止状態又は微速発進状態に維持しようとすると、平坦路と比べて大きな駆動力が要求される。すなわち、第2クラッチ5における伝達トルク容量は、平坦路の場合よりも大きくなる。このとき、第1クラッチ4を完全締結し、第2クラッチ5を要求駆動力に応じた伝達トルク容量としてスリップ制御する「WSCモード」であると、第2クラッチ5は強い締結力でのスリップ状態を継続することになる。そのため、第2クラッチ5の発熱量が過剰になってクラッチ耐久性の低下を招くことが考えられる。また、車速の上昇もゆっくりになることから、「HEVモード」への移行までに時間がかかり、さらに発熱するおそれがある。
【0051】
そこで、このような場合には、エンジン1を作動させたまま第1クラッチ4を解放し、第2クラッチ5の伝達トルク容量を運転者の要求駆動力に制御しつつ、モータジェネレータ2の回転数を第2クラッチ5の出力回転数よりも所定回転数高い回転数に制御する「MWSCモード」を設定する。
【0052】
言い換えると、この「MWSCモード」では、エンジン1とモータジェネレータ2が切り離されているため、それぞれ異なる回転数に設定することができる。そのため、モータジェネレータ2の回転数を、エンジン1の回転数(=アイドル回転数)よりも低い回転数にして、第2クラッチ5のスリップ量を小さくする。
【0053】
この場合、第2クラッチ5のスリップ量が小さいため、第2クラッチ5の発熱量を抑えてクラッチ耐久性を向上することができる。また、エンジン1が作動状態であるために、モータジェネレータ2にエンジンクランキング分の余剰トルクを残しておく必要がなく、モータジェネレータ2の駆動トルク上限値を引上げることができる。
【0054】
ここで、第2クラッチ5をスリップ締結状態にするためには、第2クラッチ5の入力回転数と出力回転数との差回転を維持する必要がある。そのため、第2クラッチ5の出力回転数である自動変速機3の出力軸回転数をAT出力回転センサ13によって検出し、第2クラッチ5の入力回転数であるモータ出力回転数を、AT出力回転センサ13の検出値に合わせて制御する。
【0055】
しかしながら、このAT出力回転センサ13は、検出することのできる限界値(検出可能限界値)を有しており、この検出可能限界値以下の回転数は検出することができない。そのため、第2クラッチ5の出力回転数がこの検出可能限界値を下回る低速域では、第2クラッチ5のスリップ締結状態を維持するために、モータ出力回転数をいくつに設定すればよいか不明となる。そのため、第2クラッチ5のスリップ締結を維持しているつもりでも、実際にはモータ出力回転数が出力回転数を下回っている場合があり、このときには、モータジェネレータ2からの駆動力を伝達することができない。
【0056】
一方、第2クラッチ5の出力回転数が検出可能限界値を下回る期間において、出力回転数が入力回転数を確実に上回るように、出力回転数が検出可能限界値相当であると仮定することが考えられる。この場合、検出可能限界値にスリップ分を上乗せした値を、モータ出力回転数に設定すればよいが、実際の出力回転数によっては、通常の「MWSCモード」時よりも第2クラッチ5のスリップ量が増加するシーンが出てしまう。そのため、電力消費量、第2クラッチ5の耐力性能ともに不利になるという問題がある。
【0057】
[入力回転数制御作用]
図13は、MWSCモード時における目標駆動トルク・Eng回転数・目標MG回転数・AT出力軸回転数の各特性を示す図である。
【0058】
「MWSCモード」選択時において、第2クラッチ5のスリップ締結状態を維持するためには、第2クラッチ5の出力回転数である自動変速機3の出力軸回転数(AT出力軸回転数)に対して、第2クラッチ5の入力回転数であるモータ出力回転数(目標MG回転数)が上回っている必要がある。すなわち、目標MG回転数とAT出力回転数との差回転数ΔCL2が第2クラッチ5のスリップ量となる。
【0059】
図13に示すタイムチャートにおいて、時刻t0〜時刻t2の間、第2クラッチ5の出力回転数であるAT出力軸回転数は、自動変速機3の出力軸回転数を検出するAT出力回転センサ13によって検出可能な限界値(検出可能限界値)以下の値になっている。そのため、AT出力軸回転数は不明である。
【0060】
一方、時刻t0〜時刻t1の間、目標駆動トルクは、車両発進が可能な釣り合い判定トルクよりも低い値となっている。すなわち、目標駆動トルクは、走行路面に対して車両のずり下がりが発生しないために必要なトルク(ここでは、車両がずり下がらない限界トルクに余裕代ΔTを加えた値)以下であり、発進要求はないと考えられる。
【0061】
このとき、図11に示すフローチャートにおいて、ステップS1→ステップS2→ステップS4へと進み、第2クラッチ5の入力回転数である目標MG回転数は、下限回転数lowと第2クラッチ5の出力回転数に対して所定スリップ量を上乗せした回転数とのセレクトハイにより設定される。なお、この時刻t0〜時刻t1では、AT出力軸回転数が不明なため、目標MG回転数は、検出可能限界値よりも低い値に設定された下限回転数lowに設定される。
【0062】
このように、目標駆動トルクが釣り合い判定トルクよりも小さい場合には、勾配負荷に対してそもそも発進する要求がない。このため、第2クラッチ5の入力回転数である目標MG回転数が、第2クラッチ5の出力回転数であるAT出力軸回転数を下回り、駆動力が伝達できずに発進不可能状態となっても、運転者の要求を裏切ることはない。さらに、目標MG回転数を低く設定することで、第2クラッチ5の過剰な発熱を防止し、電力の無駄な消費を抑えることができる。
【0063】
そして、アクセル開度APOが上昇し、時刻t1において目標駆動トルクが釣り合い判定トルクを超えると、目標駆動トルクは、走行路面に対して車両のずり下がりが発生しないために必要なトルク以上になり、発進要求が生じたと考えられる。
【0064】
これにより、図11に示すフローチャートにおいて、ステップS1→ステップS2→ステップS3へと進む。つまり、第2クラッチ5の入力回転数である目標MG回転数は、下限回転数highと第2クラッチ5の出力回転数に対して所定スリップ量を上乗せした回転数とのセレクトハイにより設定される。ここで、時刻t1〜時刻t2では、AT出力軸回転数が不明なため、目標MG回転数は、検出可能限界値以上の値に設定された下限回転数highに設定される。ここで、この下限回転数highは、検出可能限界値に所定スリップ量(差回転数ΔCL2)を上乗せした回転数である。
【0065】
このように、目標駆動トルクが釣り合い判定トルクよりも大きい場合には、勾配負荷に対して発進する要求が発生するため、目標MG回転数を上昇させてAT出力軸回転数よりも目標MG回転数が上回るようにする。これにより、第2クラッチ5において駆動力を確実に伝達でき、発進可能となって運転者の要求通りの走行を行うことができる。
【0066】
さらに、このとき、目標MG回転数が検出可能限界値以上の値に設定されているので、AT出力軸回転数がゼロ〜検出可能限界値のどの値をとったとしても、第2クラッチ5のスリップ締結を確実に維持することができる。つまり、AT出力軸回転数が検出可能限界値未満の値であることは分かっているので、目標MG回転数をこの検出可能限界値以上の値に設定することで、目標MG回転数はAT出力軸回転数を上回る。これにより、第2クラッチ5でのスリップ締結トルクによって、確実に駆動力を伝達制御することができる。
【0067】
そして時刻t2において、AT出力軸回転数が検出可能限界値を超えると、目標MG回転数は、第2クラッチ5の出力回転数に対して所定スリップ量を上乗せした回転数に設定され、この出力回転数の増加に応じて増加していく。
【0068】
また、車両発進が可能な釣り合い判定トルクは、走行路面に対して車両のずり下がりが発生しないために必要なトルクとし、実施例1では、車両がずり下がらない限界トルクに余裕代ΔTを加えた値としている。このため、運転者の要求に対して、適切な車両挙動とすることができる。
【0069】
次に、効果を説明する。
実施例1の電動車両の制御装置にあっては、下記に列挙する効果を得ることができる。
【0070】
(1) 走行駆動源となるモータ(モータジェネレータ)2と、前記モータ2と駆動輪(タイヤ)7,7との間に介装され前記モータ2と前記駆動輪7,7とを断接する摩擦係合要素(第2クラッチ)5と、前記摩擦係合要素5をスリップ締結する時、目標駆動トルクが、車両発進が可能な釣り合い判定トルク以上では、前記摩擦係合要素5の入力回転数(目標MG回転数)を、前記目標駆動トルクが前記釣り合い判定トルク未満のときの入力回転数(目標MG回転数)に比べて大きな値に設定する入力回転数制御手段(図11)と、を備える構成とした。
このため、モータ2と駆動輪7,7の間の摩擦係合要素5をスリップ締結する時、運転者の要求通りの走行を実現することができる。
【0071】
(2) 前記釣り合い判定トルクは、走行路面に対して車両のずり下がりが発生しないために必要なトルクである構成とした。
このため、(1)の効果に加え、運転者の要求に対して、適切な車両挙動とすることができる。
【0072】
(3) 前記摩擦係合要素(第2クラッチ)5の出力回転数(AT出力回転数)を検出する出力回転数検出手段(AT出力回転センサ)13を備え、前記入力回転数制御手段(図11)は、前記摩擦係合要素5の出力回転数(AT出力回転数)が、前記出力回転数検出手段13による検出可能限界値以下のとき、前記目標駆動トルクが前記釣り合い判定トルク以上では、前記摩擦係合要素5の入力回転数(目標MG回転数)を、前記検出可能限界値以上の値に設定する構成とした。
このため、(1)又は(2)の効果に加え、摩擦係合要素5の実際の出力回転数が検出できずに不明であっても、摩擦係合要素5の入力回転数を出力回転数よりも大きくして、摩擦係合要素5のスリップ締結を確実に維持することができる。
【0073】
以上、本発明の電動車両の制御装置を実施例1に基づき説明してきたが、具体的な構成については、この実施例に限られるものではなく、特許請求の範囲の各請求項に係る発明の要旨を逸脱しない限り、設計の変更や追加等は許容される。
【0074】
実施例1では、釣り合い判定トルクを、車両のずり下がりが発生しないために必要な下限トルクに所定の余裕代ΔTをプラスした値にしているが、ある程度の加速が可能なだけの余裕代(所望の加速度)を考慮した値であってもよい。
【0075】
また、実施例1の電動車両の制御装置では、走行モードが「MWSCモード」時に本発明の入力回転数制御処理を実行しているが、これに限らない。例えば、「EVモード」走行時に、モータ出力トルクを上乗せすることで第2クラッチ5を微小スリップさせる、いわゆるマイクロスリップモード時において適用することもできる。
【0076】
そして、実施例1では、第2クラッチ5を、有段式の自動変速機3に内蔵した摩擦係合要素の中から選択する例を示した。しかし、自動変速機3とは別に第2クラッチ5を設けても良く、例えば、モータジェネレータ2と変速機入力軸との間に自動変速機3とは別に第2クラッチ5を設ける例や、変速機出力軸とタイヤ7,7の間に自動変速機3とは別に第2クラッチ5を設ける例も含まれる。さらに、自動変速機3とは別に第2クラッチ5を設けた場合であれば、自動変速機3として無段変速機を用いることもできる。
【0077】
さらに、実施例1では、エンジン1とモータジェネレータ2との間の動力伝達を断接する機構として、第1クラッチ4を用いる例を示した。しかし、これに限らず、例えば、プラネタリギア等のように、クラッチを用いることなくクラッチ機能を発揮するような差動装置や動力分割装置を用いる例としても良い。
【0078】
実施例1では、本発明の制御装置を後輪駆動のハイブリッド車両に対し適用した例を示したが、前輪駆動のハイブリッド車両に対しても適用することができるし、走行駆動源としてモータのみを搭載した電気自動車に対しても適用することができる。要するに、モータと駆動輪の間に摩擦係合要素を備えた電動車両であれば、本発明を適用できる。
【符号の説明】
【0079】
1 エンジン
2 モータジェネレータ(モータ)
3 自動変速機
4 第1クラッチ
5 第2クラッチ(摩擦係合要素)
7 タイヤ(駆動輪)
13 AT出力回転センサ(出力回転数検出手段)
30 統合コントローラ
【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の駆動力を出力するモータと、
前記モータと駆動輪との間に介装され前記モータと前記駆動輪とを断接する摩擦係合要素と、
前記摩擦係合要素をスリップ締結する時、目標駆動トルクが、車両発進が可能な釣り合い判定トルク以上では、前記摩擦係合要素の入力回転数を、前記目標駆動トルクが前記釣り合い判定トルク未満のときの入力回転数に比べて大きな値に設定する入力回転数制御手段と、
を備えることを特徴とする電動車両の制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載された電動車両の制御装置において、
前記釣り合い判定トルクは、走行路面に対して車両のずり下がりが発生しないために必要なトルクであることを特徴とする電動車両の制御装置。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載された電動車両の制御装置において、
前記摩擦係合要素の出力回転数を検出する出力回転数検出手段を備え、
前記入力回転数制御手段は、前記摩擦係合要素の出力回転数が、前記出力回転数検出手段による検出可能限界値以下のとき、前記目標駆動トルクが前記釣り合い判定トルク以上では、前記摩擦係合要素の入力回転数を、前記検出可能限界値以上の値に設定することを特徴とする電動車両の制御装置。
【請求項1】
車両の駆動力を出力するモータと、
前記モータと駆動輪との間に介装され前記モータと前記駆動輪とを断接する摩擦係合要素と、
前記摩擦係合要素をスリップ締結する時、目標駆動トルクが、車両発進が可能な釣り合い判定トルク以上では、前記摩擦係合要素の入力回転数を、前記目標駆動トルクが前記釣り合い判定トルク未満のときの入力回転数に比べて大きな値に設定する入力回転数制御手段と、
を備えることを特徴とする電動車両の制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載された電動車両の制御装置において、
前記釣り合い判定トルクは、走行路面に対して車両のずり下がりが発生しないために必要なトルクであることを特徴とする電動車両の制御装置。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載された電動車両の制御装置において、
前記摩擦係合要素の出力回転数を検出する出力回転数検出手段を備え、
前記入力回転数制御手段は、前記摩擦係合要素の出力回転数が、前記出力回転数検出手段による検出可能限界値以下のとき、前記目標駆動トルクが前記釣り合い判定トルク以上では、前記摩擦係合要素の入力回転数を、前記検出可能限界値以上の値に設定することを特徴とする電動車両の制御装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【公開番号】特開2012−91617(P2012−91617A)
【公開日】平成24年5月17日(2012.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−239326(P2010−239326)
【出願日】平成22年10月26日(2010.10.26)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年5月17日(2012.5.17)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年10月26日(2010.10.26)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】
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