説明

電気自動車の制御装置

【課題】 失陥していない電動モータにより車両の走行を継続できる電気自動車の制御装置を提供する。
【解決手段】 目標駆動力生成部16は、モータの一方が失陥した場合、車両の加速を禁止するフェールセーフ制御を実施し、フェールセーフ制御中に車両が安定走行状態となった場合には、車両の加速を許可するリンプホーム制御へ移行する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気自動車の制御装置の技術分野に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の電気自動車の制御装置では、電動モータの一方が失陥した場合、失陥に伴うヨーモーメントの発生を抑制するために、他方の電動モータの駆動トルクを低下させている。上記技術に関係する一例は、特許文献1に記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2006−333603号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来の電気自動車の制御装置において、1つの電動モータが失陥した場合であっても、残りの電動モータを駆動して車両が走行可能である場合、走行を継続して欲しいとの要求があった。
【0005】
本発明の目的は、失陥していない電動モータにより車両の走行を継続できる電気自動車の制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上述の目的を達成するため、本発明では、電動モータの失陥時、車両の加速を禁止するフェールセーフ制御中に車両が安定走行状態となった場合には、車両の加速を許可するリンプホーム制御へ移行する。
【発明の効果】
【0007】
よって、本発明にあっては、電動モータの失陥時であっても、車両が安定走行状態である場合には、車両の加速を許可するため、失陥していない電動モータにより車両の走行を継続できる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】実施例1の電気自動車を示す構成図である。
【図2】実施例1のコントローラ2の制御ブロック図である。
【図3】コントローラ2の制御切り替え処理の流れを示すフローチャートである。
【図4】実施例2の電気自動車の制御装置を示す構成図である。
【図5】運動方程式のモデルである。
【図6】実施例2において、モータ失陥時にドライバが車両を直進させるために前輪を転舵した状態を示す図である。
【図7】実施例3の電気自動車の制御装置を示す構成図である。
【図8】実施例3において、モータ失陥時にドライバが車両を直進させるために前輪を転舵した状態を示す図である。
【図9】実施例4の電気自動車の制御装置を示す構成図である。
【図10】運動方程式のモデルである。
【図11】実施例4において、モータ失陥時に車両を直進させるために後輪を転舵した状態を示す図である。
【図12】実施例5の電気自動車の制御装置を示す構成図である。
【図13】前輪駆動車において、左前輪FLのモータが失陥した状態を示す図である。
【図14】後輪駆動車において、左後輪RLのモータが失陥した状態を示す図である。
【図15】四輪駆動車において、左前輪FLおよび左後輪RLのモータが失陥した状態を示す図である。
【図16】実施例6において、モータ失陥時に全ての車輪を直線lの向きに転舵させた状態を示す図である。
【図17】実施例7において、キャビン31を進行方向に回転させた状態を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明を実施するための形態を、図面に基づく実施例により説明する。
【実施例1】
【0010】
図1は、実施例1の電気自動車を示す構成図である。実施例1の電気自動車は、左右後輪RL,RRにインホイールモータ(以下、モータと略記する。)1RL,1RRをそれぞれ設けた後輪駆動車である。
【0011】
コントローラ2は、左右前輪FL,FRと左右後輪RL,RRにそれぞれ設けた車輪速センサ3FL,3FR,3RL,3RRからの信号と、ハンドル4の操舵角を検出する操舵角センサ5からの信号と、アクセル開度を検出するアクセル開度センサ6からの信号と、ブレーキペダル踏み込み位置を検出するブレーキセンサ7とからの信号を入力する。
【0012】
コントローラ2は、各センサ信号に基づいて、車両の目標駆動力(制動時の目標制動力を含む)を演算し、目標駆動力が得られるようにインバータ8へ制御信号を出力する。インバータ8は、コントローラ2から入力した制御信号に応じた電力をバッテリ9からモータ1RL,1RRへ供給する。
【0013】
図2は、実施例1のコントローラ2の制御ブロック図である。
駆動目標生成部11は、アクセル開度とブレーキペダル踏み込み位置と操舵角とに基づき、目標駆動力を生成する。
【0014】
車両状態推定部12は、例えば、操舵角と各車輪速から推定した車速とに基づいて車両のヨーレートを推定する。ここで、車両状態推定部12に代えて、車両のヨーレートを実際に計測するヨーレートセンサを設けてもよい。
目標車両挙動生成部13は、操舵角とヨーレートに基づき、車両の目標ヨーモーメントを生成する。
【0015】
故障監視部(失陥検出手段)14は、モータ1RL,1RRの状態を監視し、モータが失陥したか否かを判定する。モータの失陥は、例えば、モータ電流、モータ電圧等から判定する。故障監視部14は、モータ1RL,1RRの一方が失陥したと判定された場合、操舵角や車速等に基づき、所定のリンプホーム(縮退運転)制御許可条件が成立しているか否かを判定するリンプホーム制御移行監視部14aを備える。リンプホーム制御許可条件については後述する。
目標値修正部15は、モータの失陥判定時、目標駆動力および目標ヨーモーメントにそれぞれ上限を設けて制限する。
【0016】
目標駆動力生成部(制御手段)16は、通常時制御部16aとリンプホーム制御部16bと制御切り替え部16cとを備える。
通常時制御部16aは、目標駆動力および目標ヨーモーメントが得られるように各モータ1RL,1RRを制御する制御信号をインバータ8へ出力する通常制御を実施する。また、通常時制御部16aは、モータ1RL,1RRの失陥判定時であってリンプホーム制御許可判定がなされていない場合、加速を禁止して駆動力を徐々に減少させるような制御信号を出力するフェールセーフ制御を実施する。このフェールセーフ制御では、モータ1RL,1RRの一方のみが失陥した場合、当該失陥に伴い発生するヨーモーメントを打ち消すように他方の正常なモータを駆動する制御信号を出力する。
【0017】
リンプホーム制御部16bは、モータ1RL,1RRの一方のみが失陥した場合であって、リンプホーム制御許可判定がなされている場合、ドライバのアクセル踏み込みによる車両の加速を許可するリンプホーム制御を実施する。このリンプホーム制御では、フェールセーフ制御と同様、モータの失陥に伴い発生するヨーモーメントをモータトルクにより打ち消す。ここで、リンプホーム制御中は、車両挙動の急変防止を目的として、車速および駆動力変化量にそれぞれ上限を設定する。
【0018】
制御切り替え部16cは、失陥判定およびリンプホーム制御許可判定に基づいて通常制御(フェールセーフ制御)とリンプホーム制御とを切り替える。
目標駆動力生成部16は、モータの失陥判定時、モータの失陥を乗員に知らせる表示信号をディスプレイ(不図示)に出力する。
【0019】
図3は、コントローラ2の制御切り替え処理の流れを示すフローチャートで、以下、各ステップについて説明する。なお、この処理は所定の演算周期で繰り返し実行する。
ステップS1では、故障監視部14において、モータ1RL,1RRの一方が失陥したか否かを判定する。YESの場合にはステップS2へ移行し、NOの場合にはリターンへ移行する。
ステップS2では、目標駆動力生成部16において、モータの失陥を乗員に知らせる表示信号をディスプレイに出力し、ステップS3へ移行する。
【0020】
ステップS3では、リンプホーム制御移行監視部14aにおいて、リンプホーム制御許可条件が成立したか否かを判定する。YESの場合にはステップS4へ移行し、NOの場合にはステップS6へ移行する。リンプホーム制御許可条件は、車両が安定走行状態となったか否かを判定する条件であり、実施例1では、以下の各条件を全て満足した場合に、リンプホーム制御許可条件成立とする。
・車速が所定値以下(低速走行時)
・ヨーレートが所定値以下(緩旋回時)
・操舵角または左右前輪1FL,1FRの転舵角が所定値以下(直進走行時)
・駆動力が所定値以下(低駆動力時)
【0021】
ステップS4では、目標駆動力生成部16において、加速不可であることを乗員に知らせる表示信号をディスプレイに出力し、ステップS5へ移行する。
ステップS5では、目標駆動力生成部16において、通常時制御部16aによるフェールセーフ制御を実施し、リターンへ移行する。
ステップS6では、目標駆動力生成部16において、加速可能であることを乗員に知らせる表示信号をディスプレイに出力し、ステップS7へ移行する。ここで、速度制限および駆動力変化制限を実施していることを通知してもよい。
【0022】
ステップS7では、アクセル開度の変化量に基づき、ドライバの加速要求があるか否かを判定する。YESの場合にはステップS8へ移行し、NOの場合にはリターンへ移行する。
ステップS8では、目標駆動力生成部16において、リンプホーム制御部16bによるリンプホーム制御を実施し、リターンへ移行する。
【0023】
次に、作用を説明する。
コントローラ2は、高速走行中にモータ1RL,1RRの一方が失陥した場合、加速を禁止し、駆動力を徐々に減少させるフェールセーフ制御を実施する。このとき、図3のフローチャートでは、ステップS1→ステップS2→ステップS3→ステップS4→ステップS5へと進む流れとなる。フェールセーフ制御では、モータの失陥に伴い発生するヨーモーメントを打ち消すよう、正常なモータをヨーモーメント制御するため、車両の進行方向を操舵角に応じた方向、すなわちドライバが望む方向へと進ませることができると同時に、ドライバの操舵負担を軽減できる。
【0024】
フェールセーフ制御中にリンプホーム制御許可条件が成立し、ドライバがアクセルを踏み込んで加速要求を行った場合には、フェールセーフ制御からリンプホーム制御へと移行する。このとき、図3のフローチャートでは、ステップS1→ステップS2→ステップS3→ステップS6→ステップS7→ステップS8へと進む流れとなる。リンプホーム制御では、車両の加速を許可するため、ドライバは、車両の走行を継続できる。なお、リンプホーム制御開始時には、車両が安定走行状態であり、かつ、リンプホーム制御中は、車速および駆動力変化量を制限しているため、車両の安定走行状態を維持できる。
【0025】
次に、効果を説明する。
実施例1の電気自動車の制御装置にあっては、以下に列挙する効果を奏する。
【0026】
(1) 目標駆動力生成部16は、モータ1RL,1RRの一方が失陥した場合、車両の加速を禁止するフェールセーフ制御を実施し、フェールセーフ制御中に車両が安定走行状態となった場合には、車両の加速を許可するリンプホーム制御へ移行する。これにより、モータ1RL,1RRの一方が失陥した場合であっても、車両の安定走行状態を維持しつつ、車両の走行を継続できる。
【0027】
(2) 目標駆動力生成部16は、車速が所定値以下である場合に車両が安定走行状態であると判定する。仮に高車速域で加速を許可した場合、車両挙動が乱れるおそれがある。よって、車速が十分低くなってからリンプホーム制御を許可することで、車両の安定走行状態を維持できる。
【0028】
(3) 目標駆動力生成部16は、車両の旋回挙動を表す状態量が所定の範囲内にある場合に車両が安定走行状態であると判定する。仮に急旋回時に加速を許可した場合、車両挙動が乱れるおそれがある。よって、緩旋回時にのみリンプホーム制御を許可することで、車両の安定走行状態を維持できる。
【0029】
(4) 目標駆動力生成部16は、車両が直進走行している場合に車両が安定走行状態であると判定する。仮に旋回時に加速を許可した場合、車両挙動が乱れるおそれがある。よって、直進走行時にのみリンプホーム制御を許可することで、車両の安定走行状態を維持できる。
【0030】
(5) 目標駆動力生成部16は、フェールセーフ制御時、車両の駆動力を徐々に減少させ、車両の駆動力が所定値以下となった場合に車両が安定走行状態であると判定する。仮に車両の駆動力が高い場合に加速を許可した場合、車両挙動が急変し、車両挙動が乱れるおそれがある。よって、低駆動力時にのみリンプホーム制御を許可することで、車両の安定走行状態を維持できる。
【0031】
(6) 目標駆動力生成部16は、リンプホーム制御時、駆動力の変化量に上限を設けるため、車両挙動の急変を抑制し、車両の安定走行状態を維持できる。
【0032】
(7) 目標駆動力生成部16は、正常なモータを用いてモータの失陥に伴い発生するヨーモーメントを打ち消すため、車両をドライバが望む方向へと進ませることができると共に、ドライバの操舵負担軽減を図ることができる。
【実施例2】
【0033】
実施例1では、正常なモータを用いてモータの失陥に伴い発生するヨーモーメントを打ち消す例を示したが、実施例2では、ドライバの操舵により当該ヨーモーメントを打ち消す例である。
【0034】
図4は、実施例2の電気自動車の制御装置を示す構成図であり、実施例2の電気自動車の制御装置は、左右前輪にインホイールモータをそれぞれ設けた前輪駆動車、左右後輪にインホイールモータをそれぞれ設けた後輪駆動車および4輪にインホイールモータをそれぞれ設けた四輪駆動車に適用できる。
【0035】
コントローラ(制御手段)20は、実施例1と同様、図2に示した目標駆動力生成部16を備え、モータの失陥時、実施例1と同様に、車両の駆動力を徐々に低下させるフェールセーフ制御を実施し、フェールセーフ制御中に所定のリンプホーム制御許可条件が成立した場合、加速を許可するリンプホーム制御へと移行する。
【0036】
実施例2では、フェールセーフ制御およびリンプホーム制御において、モータの失陥に伴い発生するヨーモーメントを打ち消す方向へ操向輪を転舵させるハンドル4の操舵方向および操舵量をドライバに提示するための操舵量指示板21をインストルメントパネル(不図示)に設けた。
【0037】
以下、操舵量指示板21に表示する操舵量、すなわち、モータの失陥に伴い発生するヨーモーメントを打ち消すための操舵角の算出方法を示す。
算出に用いる運動方程式のモデルを図5とすると、車両系は車両2輪モデルとして、下記の式(1),(2)で表すことができる。
【数1】

なお、Iγは車両の慣性モーメント、γはヨーレート、Lfは前軸-車両重心間距離、Kfは前輪コーナリングパワー、δは前輪舵角、βはスリップ角、Vspは車速、Lrは後軸−車両重心間距離、Krは後輪コーナリングパワー、mは車両重量である。
【0038】
式(1),(2)から下記の式(3)が得られる。
【数2】

【0039】
なお、
【数3】

uは左右駆動力差により発生するヨーモーメント、Lはホイールベースである。
【0040】
式(3)から、モータの失陥に伴い発生するヨーモーメントを打ち消すための前輪舵角δは、下記の式(4),(5)となる。ここで、式(4)は緩加速時の前輪舵角δ、式(5)は急加速時の前輪舵角δである。
【数4】

なお、ufailはモータの失陥に伴う左右駆動力差により発生するヨーモーメント、Fdは駆動力、Ltreadはトレッドベースである。
よって、操舵量指示板21に表示する操舵量は、式(4)または式(5)から求めた前輪舵角δに対応するハンドル4の操舵角となる。前輪舵角δに対応する操舵角は、前輪舵角δとステアリングギア比とから算出できる。
【0041】
次に、作用を説明する。
図6(a)は前輪駆動車で左前輪FLのモータが失陥した場合、図6(b)は後輪駆動車で左後輪RLのモータが失陥した場合、図6(c)は四輪駆動車で左前輪FLのモータと左後輪RLのモータが共に失陥した場合を示す。
【0042】
モータの失陥時、コントローラ20は、モータの失陥に伴い発生するヨーモーメントを打ち消すための操舵量を操舵量指示板21に表示する。図6(a)〜(c)の例では、いずれも左側のモータが失陥しているため、操舵量指示板21には、右操舵を促す表示がなされる。ドライバは、操舵量指示板21に表示された操舵量となるようにハンドル4を操舵することで、車両が予期せぬ方向へ進むのを防止できる。
【0043】
実施例2のリンプホーム制御では、モータの失陥時であっても走行を継続可能であり、車両に付与されるヨーモーメントは、ドライバの駆動力要求(アクセル開度)が高くなるほど大きくなる。つまり、ドライバがアクセルを踏み込むほどドライバの予想する車両の進行方向に対する実際の進行方向の乖離が大きくなるため、ドライバに不安感を与えるおそれがある。これに対し、実施例2では、車両を所望する方向へと進ませるために必要なハンドル4の操舵量をドライバに提示するため、モータの失陥時に走行を継続することに伴いドライバに与える不安感を軽減できる。
【0044】
次に、効果を説明する。
実施例2の電気自動車の制御装置にあっては、実施例1の効果(1)〜(6)に加え、以下の効果を奏する。
【0045】
(8) コントローラ20は、モータの失陥に伴い発生するヨーモーメントを打ち消す方向へ操向輪を転舵させるハンドル4の操舵方向および操舵量を操舵量指示板21に表示する。これにより、ドライバに与える不安感を軽減できる。
【実施例3】
【0046】
図7は、実施例3の電気自動車の制御装置を示す構成図であり、実施例2の電気自動車の制御装置は、図4に示した実施例2の構成に加え、電動パワーステアリング装置22を備える。
【0047】
コントローラ20は、モータの失陥に伴い発生するヨーモーメントを打ち消す方向にハンドル4が操舵されるよう、電動パワーステアリング装置22に制御信号を出力し、ハンドル4に操舵補助トルクを付与する。このとき、式(4)または式(5)から求めた前輪舵角δに対応するハンドル4の操舵角が、操舵反力の中立位置(操舵反力が最も小さくなる位置)となるように、ハンドル4に付与する操舵補助トルクを調整してもよい。
【0048】
次に、作用を説明する。
図8(a)は前輪駆動車で左前輪FLのモータが失陥した場合、図8(b)は後輪駆動車で左後輪RLのモータが失陥した場合、図8(c)は四輪駆動車で左前輪FLのモータと左後輪RLのモータが共に失陥した場合を示す。
【0049】
このとき、コントローラ20は、モータの失陥に伴い発生するヨーモーメントを打ち消す方向にハンドル4が操舵されるよう、電動パワーステアリング装置22を駆動する。図8(a)〜(c)の例では、いずれも左側のモータが失陥しているため、電動パワーステアリング装置22による操舵補助トルクは、ハンドル4の右操舵方向へと出力される。
【0050】
この操舵補助トルクにより、ハンドル4をモータの失陥に伴い発生するヨーモーメントを打ち消す前輪舵角δに対応する操舵角へと誘導でき、車両が予期せぬ方向へ進むのを防止できると共に、ドライバの操舵負担を軽減できる。
【0051】
次に、効果を説明する。
実施例3の電気自動車の制御装置にあっては、実施例1の効果(1)〜(6)、実施例2の効果(8)に加え、以下の効果を奏する。
【0052】
(9) 操舵補助トルクを発生する電動パワーステアリング装置22を備え、コントローラ20は、モータの失陥に伴い発生するヨーモーメントを打ち消す方向へ操舵補助トルクを発生させる。これにより、車両をドライバが望む方向へと進ませることができると共に、ドライバの操舵負担軽減を図ることができる。
【実施例4】
【0053】
実施例1では、正常なモータを用いてモータの失陥に伴い発生するヨーモーメントを打ち消す例を示したが、実施例4では、後輪転舵により当該ヨーモーメントを打ち消す例である。
【0054】
図9は、実施例4の電気自動車の制御装置を示す構成図であり、実施例4の電気自動車の制御装置は、左右前輪にインホイールモータをそれぞれ設けた前輪駆動車、左右後輪にインホイールモータをそれぞれ設けた後輪駆動車および4輪にインホイールモータをそれぞれ設けた四輪駆動車に適用できる。
【0055】
コントローラ(制御手段)23は、モータの失陥時、実施例1と同様に、車両の駆動力を徐々に低下させるフェールセーフ制御を実施し、フェールセーフ制御中に所定のリンプホーム制御許可条件が成立した場合、加速を許可するリンプホーム制御へと移行する。
【0056】
実施例4では、後輪RL,RRを転舵する後輪転舵装置24を設け、コントローラ23は、フェールセーフ制御およびリンプホーム制御において、モータの失陥に伴い発生するヨーモーメントを打ち消す方向へ後輪RL,RRを転舵させる。
【0057】
以下、モータの失陥に伴い発生するヨーモーメントを打ち消すための後輪舵角の算出方法を示す。
算出に用いる運動方程式のモデルを図10とすると、車両系は車両2輪モデルとして、下記の式(1)',(2)'で表すことができる。
【数5】

なお、δrは後輪舵角である。
式(1)',(2)'から、下記の式(6)が得られる。
【数6】

【0058】
なお、
【数7】

である。
【0059】
式(6)から、モータの失陥に伴い発生するヨーモーメントを打ち消すための前輪舵角δおよび後輪舵角δrは、下記の式(7),(8)となる。ここで、式(7)は緩加速時の前輪舵角δおよび後輪舵角δr、式(8)は急加速時の前輪舵角δおよび後輪舵角δrである。
【数8】

【0060】
次に、作用を説明する。
図11(a)は前輪駆動車で左前輪FLのモータが失陥した場合、図11(b)は後輪駆動車で左後輪RLのモータが失陥した場合、図11(c)は四輪駆動車で左前輪FLのモータと左後輪RLのモータが共に失陥した場合を示す。
【0061】
モータの失陥時、コントローラ23は、後輪転舵装置24を駆動し、後輪舵角δrをモータの失陥に伴い発生するヨーモーメントを打ち消す転舵角とする。図11(a)〜(c)の例では、いずれも左側のモータが失陥しているため、後輪RL,RRは、左方向に転舵される。
【0062】
この後輪転舵により、ハンドル4をモータの失陥に伴い発生するヨーモーメントを打ち消すことができるため、車両が予期せぬ方向へ進むのを防止できると共に、ドライバの操舵負担を軽減できる。
【0063】
次に、効果を説明する。
実施例4の電気自動車の制御装置にあっては、実施例1の効果(1)〜(6)に加え、下記の効果を奏する。
【0064】
(10) 左右後輪RL,RRを転舵する後輪転舵装置24を備え、コントローラ2は、モータの失陥に伴い発生するヨーモーメントを打ち消すように左右後輪RL,RRを転舵するため、車両をドライバが望む方向へと進ませることができる。
【実施例5】
【0065】
実施例5は、各輪のいずれかを転舵してモータの失陥に伴い発生するヨーモーメントを打ち消す舵角をフィードフォワード的に与える例である。
【0066】
図12は、実施例5の電気自動車の制御装置を示す構成図であり、実施例4の電気自動車の制御装置は、左右前輪にインホイールモータをそれぞれ設けた前輪駆動車、左右後輪にインホイールモータをそれぞれ設けた後輪駆動車および4輪にインホイールモータをそれぞれ設けた四輪駆動車に適用できる。
【0067】
コントローラ(制御手段)25は、モータの失陥時、実施例1と同様に、車両の駆動力を徐々に低下させるフェールセーフ制御を実施し、フェールセーフ制御中に所定のリンプホーム制御許可条件が成立した場合、加速を許可するリンプホーム制御へと移行する。
【0068】
実施例5では、左前輪FLを転舵する左前輪転舵装置26、右前輪FRを転舵する右前輪転舵装置27、左後輪RLを転舵する左後輪転舵装置28および右後輪RRを転舵する右後輪転舵装置29を設け、コントローラ25は、フェールセーフ制御およびリンプホーム制御において、モータの失陥に伴い発生するヨーモーメントを予測し、当該ヨーモーメントを打ち消す方向へ少なくとも1つの車輪を転舵させる。各転舵装置26,27,28,29により、実施例5の4輪独立転舵装置が構成される。
【0069】
以下、モータの失陥に伴い発生するヨーモーメントを打ち消すための後輪舵角の算出方法を示す。
算出に用いる運動方程式のモデルを図10とすると、車両系は車両2輪モデルとして、下記の式(9),(10)で表すことができる。
【数9】

なお、δflは左前輪舵角、δfrは右前輪舵角、δrlは左後輪舵角、δrrは右後輪舵角である。
【0070】
式(9),(10)から、下記の式(11)が得られる。
【数10】

【0071】
式(11)から、モータの失陥に伴い発生するヨーモーメントを打ち消すための左前輪舵角δfl,右前輪舵角δfr,左後輪舵角δrl,右後輪舵角δrrは、下記の式(12)となる。
【数11】

【0072】
次に、作用を説明する。
図13は、前輪駆動車において、左前輪FLのモータが失陥した場合である。この場合は、当該失陥に伴い発生するヨーモーメントを予測し、このヨーモーメントをキャンセルするように(a)左前輪FLの右方向転舵、(b)右前輪FRの右方向転舵、(c)左後輪RLの左方向転舵、(d)右後輪RRの左方向転舵のいずれか、または複数を実施する。
【0073】
図14は、後輪駆動車において、左後輪RLのモータが失陥した場合である。この場合は、当該失陥に伴い発生するヨーモーメントを予測し、このヨーモーメントをキャンセルするように(a)左前輪FLの右方向転舵、(b)右前輪FRの右方向転舵、(c)左後輪RLの左方向転舵、(d)右後輪RRの左方向転舵のいずれか、または複数を実施する。
【0074】
図15は、四輪駆動車において、左前輪FLおよび左後輪RLのモータが失陥した場合である。この場合は、当該失陥に伴い発生するヨーモーメントを予測し、このヨーモーメントをキャンセルするように(a)左前輪FLの右方向転舵、(b)右前輪FRの右方向転舵、(c)左後輪RLの左方向転舵、(d)右後輪RRの左方向転舵のいずれか、または複数を実施する。
【0075】
ここで、図13(a)、図14(d)、図15(b),(d)のように、駆動輪を転舵する場合、タイヤのグリップ力が限界を超える可能性がある。そこで、駆動力が大きく、駆動輪の摩擦円が飽和しそうな場合には、当該駆動輪と左右逆の車輪であって、駆動力を発生しない車輪を転舵するのが望ましい。これにより、駆動輪のグリップ力低下を防止でき、車両挙動の安定を維持できる。加えて、当該駆動輪と左右同一方向の車輪を転舵する場合と比較して、ヨーモーメントの発生を効果的にキャンセルできる。
【0076】
次に、効果を説明する。
実施例5の電気自動車の制御装置にあっては、実施例1の効果(1)〜(6)に加え、以下に列挙する効果を奏する。
【0077】
(11) 各車輪を独立に転舵する4輪独立転舵装置26〜29を備え、コントローラ25は、モータの失陥に伴い発生するヨーモーメントを打ち消すように各車輪の少なくとも1輪を転舵する。これにより、車両をドライバが望む方向へと進ませることができる。
【0078】
(12) コントロール25は、駆動力を発生する車輪と左右逆の車輪を転舵するため、駆動力を発生するタイヤのグリップ力低下を防止でき、車両挙動の安定を維持できる。
【実施例6】
【0079】
実施例6の構成は、実施例5とほぼ同じであるが、実施例6では、フェールセーフ制御からリンプホーム制御へと移行したとき、全ての車輪の向きを、駆動力を発生する車輪と対角に位置する車輪とを結ぶ直線の向きとする。
【0080】
次に、作用を説明する。
図16(a)は、前輪駆動車において、左前輪FLのモータが失陥した例である。この場合、フェールセーフ制御からリンプホーム制御に移行した時点で、全ての車輪の向きを、駆動力を発生する右前輪FRと対角に位置する左後輪RLとを結ぶ直線lの向きとする。これにより、ヨーモーメントが発生しない構成となるため、車両を直進させることができる。
【0081】
なお、四輪駆動車において、左右一方の前後輪のモータが共に失陥した場合は、図16(b)に示すように、フェールセーフ制御からリンプホーム制御に移行した時点で、全ての車輪の向きを、駆動力を発生する右前輪FRおよび右後輪RRと対角に位置する左前輪FLおよび左後輪RLとを結ぶ直線mの向きとする。
【0082】
次に、効果を説明する。
実施例6の電気自動車の制御装置にあっては、実施例1の効果(1)〜(6)、実施例5の効果(11),(12)に加え、以下の効果を奏する。
【0083】
(13) コントローラ25は、全ての車輪の向きを、駆動力を発生する車輪と対角に位置する車輪とを結ぶ直線の向きとするため、モータの失陥に伴うヨーモーメントを発生させることなく、車両を直進させることができる。
【実施例7】
【0084】
図17は、実施例7の電気自動車の構成を示す図であり、実施例7の電気自動車は、車体30に対してキャビン31を左右方向に回転させるキャビン回転装置32を設けた。なお、他の構成は実施例6と同一である。
【0085】
次に作用を説明する。
図17(a)は、前輪駆動車において、左前輪FLのモータが失陥した例である。この場合、フェールセーフ制御からリンプホーム制御に移行した時点で、全ての車輪の向きを、駆動力を発生する右前輪FRと対角に位置する左後輪RLとを結ぶ直線lの向きとする。このとき、コントローラ25は、キャビン回転装置32を駆動し、ドライバが進行方向を向くようにキャビン31を回転させる。ドライバは、進行方向を向いて運転できるため、ドライバの運転負荷を軽減できる。
【0086】
また、図17(b)は、四輪駆動車において、左右一方の前後輪のモータが共に失陥した例である。この場合、フェールセーフ制御からリンプホーム制御に移行した時点で、全ての車輪の向きを、直線mの向きとする。このとき、コントローラ25は、キャビン回転装置32を駆動し、ドライバが進行方向を向くようにキャビン31を回転させる。これにより、ドライバの運転負荷を軽減できる。
【0087】
次に、効果を説明する。
実施例7の電気自動車の制御装置にあっては、実施例1の効果(1)〜(6)、実施例6の効果(13)に加え、以下の効果を奏する。
【0088】
(14) 車体30に対してキャビン31を左右方向に回転させるキャビン回転装置32を備え、コントローラ25は、ドライバが車両進行方向を向くようにキャビン31を回転させる。これにより、ドライバの運転負荷を軽減できる。
【0089】
(他の実施例)
以上、本発明を実施するための形態を、図面に基づく実施例により説明したが、本発明の具体的な構成は、実施例に示したものに限定されるものではなく、発明の要旨を変更しない程度の設計変更等があっても本発明に含まれる。
例えば、電動モータはインホイールモータに限られない。
【符号の説明】
【0090】
1 インホイールモータ(電動モータ)
4 ハンドル
14 故障監視部(失陥検出手段)
16 目標駆動力生成部(制御手段)
20,23,25 コントローラ(制御手段)
22 電動パワーステアリング装置
24 後輪転舵装置
26〜29 4輪独立転舵装置
30 車体
31 キャビン
32 キャビン回転装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
各駆動輪を独立した電動モータによって駆動する電気自動車の制御装置において、
前記電動モータの失陥を検出する失陥検出手段と、
前記電動モータの失陥時、車両の加速を禁止するフェールセーフ制御を実施し、フェールセーフ制御中に車両が安定走行状態となった場合には、車両の加速を許可するリンプホーム制御へ移行する制御手段と、
を備えることを特徴とする電気自動車の制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載の電気自動車の制御装置において、
前記制御手段は、車速が所定値以下である場合に車両が安定走行状態であると判定することを特徴とする電気自動車の制御装置。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の電気自動車の制御装置において、
前記制御手段は、車両の旋回挙動を表す状態量が所定の範囲内にある場合に車両が安定走行状態であると判定することを特徴とする電気自動車の制御装置。
【請求項4】
請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載の電気自動車の制御装置において、
前記制御手段は、車両が直進走行している場合に車両が安定走行状態であると判定することを特徴とする電気自動車の制御装置。
【請求項5】
請求項1ないし請求項4のいずれか1項に記載の電気自動車の制御装置において、
前記制御手段は、前記フェールセーフ制御時、車両の駆動力を徐々に減少させ、車両の駆動力が所定値以下となった場合に車両が安定走行状態であると判定することを特徴とする電気自動車の制御装置。
【請求項6】
請求項1ないし請求項5のいずれか1項に記載の電気自動車の制御装置において、
前記制御手段は、前記リンプホーム制御時、車両の駆動力変化に上限を設けることを特徴とする電気自動車の制御装置。
【請求項7】
請求項1ないし請求項6のいずれか1項に記載の電気自動車の制御装置において、
前記制御手段は、電動モータの失陥に伴い発生するヨーモーメントを打ち消す方向へ操向輪を転舵させるハンドルの操舵方向をドライバに提示することを特徴とする電気自動車の制御装置。
【請求項8】
請求項1ないし請求項7のいずれか1項に記載の電気自動車の制御装置において、
操舵補助トルクを発生する電動パワーステアリング装置を備え、
前記制御手段は、電動モータの失陥に伴い発生するヨーモーメントを打ち消す方向へ操舵補助トルクを発生させることを特徴とする電気自動車の制御装置。
【請求項9】
請求項1ないし請求項7のいずれか1項に記載の電気自動車の制御装置において、
後輪を転舵する後輪転舵装置を備え、
前記制御手段は、電動モータの失陥に伴い発生するヨーモーメントを打ち消すように後輪を転舵することを特徴とする電気自動車の制御装置。
【請求項10】
請求項1ないし請求項7のいずれか1項に記載の電気自動車の制御装置において、
各車輪を独立に転舵する4輪独立転舵装置を備え、
前記制御手段は、電動モータの失陥に伴い発生するヨーモーメントを打ち消すように各車輪の少なくとも1輪を転舵することを特徴とする電気自動車の制御装置。
【請求項11】
請求項10に記載の電気自動車の制御装置において、
前記制御手段は、駆動力を発生する車輪と左右逆の車輪を転舵することを特徴とする電気自動車の制御装置。
【請求項12】
請求項10に記載の電気自動車の制御装置において、
前記制御手段は、全ての車輪の向きを、駆動力を発生する車輪と対角に位置する車輪とを結ぶ直線の向きとすることを特徴とする電気自動車の制御装置。
【請求項13】
請求項7ないし請求項12のいずれか1項に記載の電気自動車の制御装置において、
車体に対してキャビンを左右方向に回転させるキャビン回転装置を備え、
前記制御手段は、ドライバが車両進行方向を向くように前記キャビンを回転させることを特徴とする電気自動車の制御装置。
【請求項14】
請求項1ないし請求項6のいずれか1項に記載の電気自動車の制御装置において、
前記制御手段は、正常な電動モータを用いて電動モータの失陥に伴い発生するヨーモーメントを打ち消すことを特徴とする電気自動車の制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【公開番号】特開2010−166740(P2010−166740A)
【公開日】平成22年7月29日(2010.7.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−8308(P2009−8308)
【出願日】平成21年1月17日(2009.1.17)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】