説明

自動変速機の制御装置

【課題】変速時に低下させるべきエンジン出力量を適正に算出し、それに基づいてエンジン出力を低下させるようにした自動変速機の制御装置を提供する。
【解決手段】検出されたトランスミッション(自動変速機)Tの入力回転数NMと出力回転数NCと出力回転数の変化量NCdotと算出されたイナーシャ相の目標時間(目標I相時間SFTt)から変速後のエンジン回転数(変速後NEあるいはΔNE)を推定し(S12)、推定された変速後のエンジン回転数とエンジンの慣性質量を乗じて得た積をイナーシャエネルギEI、より具体的には目標I相時間を達成するために必要な吸収EI量として算出すると共に(S14)、算出されたイナーシャエネルギに基づいてエンジンのトルクをダウン(出力を低下させる(S16からS20)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は自動変速機の制御装置に関し、より具体的には変速時のエンジン出力低下制御に関する。
【背景技術】
【0002】
変速時にエンジン出力を低下させて変速ショックを軽減する制御は良く知られており、その一例として下記の特許文献1記載の技術を挙げることができる。特許文献1記載の技術にあっては、従来、エンジン出力低下期間を一定にしていた結果、制御時期が実際の変速時間と正確に対応しない不都合を生じていたため、それを解消すべく、アップシフト変速中にはエンジン回転数がある傾向をもって変化する事実に着目し、エンジン回転数によってアップシフト変速の開始と終了を判断するように構成している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開昭60−227049号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1記載の技術はエンジン回転数から変速時間を的確に判断するように構成しているが、エンジン出力低下制御においては変速時間の他にもエンジン出力低下量の算出などの問題がある。即ち、エンジン出力低下量は点火時期の遅角、吸気量低減などの手法やエンジンの運転状態に応じて変化するため、エンジン出力低下量を適正に算出するのが困難であった。
【0005】
この発明の目的は上記した課題を解決し、変速時に低下させるべきエンジン出力量を適正に算出し、それに基づいてエンジン出力を低下させるようにした自動変速機の制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記した課題を解決するために、請求項1にあっては、摩擦係合要素を介して車両に搭載されたエンジンの出力を変速する自動変速機の制御装置で、変速時に前記エンジンの出力を低下させる制御を実行するエンジン出力低下制御手段を備えた自動変速機の制御装置において、前記自動変速機の入力回転数を検出する入力回転数検出手段と、前記自動変速機の出力回転数を検出する出力回転数検出手段と、前記出力回転数の変化量を検出する出力回転数変化量検出手段と、イナーシャ相の目標時間を算出する目標イナーシャ相時間算出手段と、前記検出された自動変速機の入力回転数と出力回転数と出力回転数の変化量と前記算出されたイナーシャ相の目標時間から変速後のエンジン回転数を推定する変速後エンジン回転数推定手段と、前記推定された変速後のエンジン回転数と前記エンジンの慣性質量を乗じて得た積をイナーシャエネルギとして算出するイナーシャエネルギ算出手段とを備えると共に、前記制御手段は前記算出されたイナーシャエネルギに基づいて前記エンジンの出力を低下させる如く構成した。
【0007】
請求項2に係る自動変速機の制御装置にあっては、前記エンジン出力低下制御手段は、前記算出されたイナーシャエネルギと前記エンジンの運転状態に基づき、前記エンジンの点火時期と吸気量の少なくともいずれかを介して前記エンジンの出力を低下させる如く構成した。
【発明の効果】
【0008】
請求項1に係る自動変速機の制御装置にあっては、検出された自動変速機の入力回転数と出力回転数と出力回転数の変化量と算出されたイナーシャ相の目標時間から変速後のエンジン回転数を推定し、推定された変速後のエンジン回転数とエンジンの慣性質量を乗じて得た積をイナーシャエネルギとして算出すると共に、算出されたイナーシャエネルギに基づいてエンジンの出力を低下させる如く構成したので、変速時に低下させるべきエンジン出力量を適正に算出することができ、それに基づいてエンジン出力を低下させれば足りることとなる。また、制御アルゴリズムが簡易となるため、変速時のエンジン出力低下制御のアルゴリズムを実機にセッティングするときも、セッティング作業が容易となって工数やデータを削減することができる。
【0009】
請求項2に係る自動変速機の制御装置にあっては、算出されたイナーシャエネルギとエンジンの運転状態に基づき、エンジンの点火時期と吸気量の少なくともいずれかを介してエンジンの出力を低下させる如く構成したので、上記した効果に加え、例えばエンジン水温が低温のときは点火時期の遅角を中止することも可能となり、エンジンの保護にも欠けることがない。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】この発明に係る自動変速機の制御装置を全体的に示す概略図である。
【図2】図1に示す自動変速機の制御装置の動作を示すフロー・チャートである。
【図3】図2の処理を説明するブロック図である。
【図4】図2フロー・チャートの変速後NEの推定処理を示すタイム・チャートである。
【図5】図2フロー・チャートのDBWによる吸収EI量の演算処理を示す説明図である。
【図6】同様に図2フロー・チャートのDBWによる吸収EI量の演算処理を示す説明図である。
【図7】図6のトルク復帰時間のエンジン回転数NEに対する特性を示す説明グラフである。
【図8】図2のトルクダウン手法の決定処理をパターンA,B,Cとして示す説明図である。
【図9】同様に図2のトルクダウン手法の決定処理をエンジン運転状態に対して示す説明図である。
【図10】図2のトルクダウン手法の決定処理を示すサブ・ルーチン・フロー・チャートである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、添付図面を参照してこの発明に係る自動変速機の制御装置を実施するための形態について説明する。
【実施例】
【0012】
図1はこの発明の一つの実施の形態に係る自動変速機の制御装置を全体的に示す概略図である。
【0013】
以下説明すると、符号Tは自動変速機(以下「トランスミッション」という)を示す。トランスミッションTは車両(図示せず)に搭載されてなると共に、前進5速および後進1速の速度段を有する平行軸式の有段型からなる。
【0014】
トランスミッションTは、エンジン(内燃機関)Eのクランクシャフト10にロックアップ機構Lを有するトルクコンバータ12を介して接続されたメインシャフト(入力軸)MSと、このメインシャフトMSに複数のギヤ列を介して接続されたカウンタシャフト(出力軸)CSとを備える。エンジンEは複数気筒を備えると共に、ガソリンを燃料とする火花点火式のエンジンからなる。
【0015】
メインシャフトMSには、メイン1速ギヤ14、メイン2速ギヤ16、メイン3速ギヤ18、メイン4速ギヤ20、メイン5速ギヤ22、およびメインリバースギヤ24が支持される。
【0016】
また、カウンタシャフトCSには、メイン1速ギヤ14に噛合するカウンタ1速ギヤ28、メイン2速ギヤ16と噛合するカウンタ2速ギヤ30、メイン3速ギヤ18に噛合するカウンタ3速ギヤ32、メイン4速ギヤ20に噛合するカウンタ4速ギヤ34、メイン5速ギヤ22に噛合するカウンタ5速ギヤ36、およびメインリバースギヤ24にリバースアイドルギヤ40を介して接続されるカウンタリバースギヤ42が支持される。
【0017】
上記において、メインシャフトMSに相対回転自在に支持されたメイン1速ギヤ14を1速用油圧クラッチ(摩擦係合要素。以下同様)C1でメインシャフトMSに結合すると、1速(ギヤ。速度段)が確立する。
【0018】
メインシャフトMSに相対回転自在に支持されたメイン2速ギヤ16を2速用油圧クラッチC2でメインシャフトMSに結合すると、2速(ギヤ。速度段)が確立する。カウンタシャフトCSに相対回転自在に支持されたカウンタ3速ギヤ32を3速用油圧クラッチC3でカウンタシャフトCSに結合すると、3速(ギヤ。速度段)が確立する。
【0019】
カウンタシャフトCSに相対回転自在に支持されたカウンタ4速ギヤ34をセレクタギヤSGでカウンタシャフトCSに結合した状態で、メインシャフトMSに相対回転自在に支持されたメイン4速ギヤ20を4速−リバース用油圧クラッチC4RでメインシャフトMSに結合すると、4速(ギヤ。速度段)が確立する。
【0020】
また、カウンタシャフトCSに相対回転自在に支持されたカウンタ5速ギヤ36を5速用油圧クラッチC5でカウンタシャフトCSに結合すると、5速(ギヤ。速度段)が確立する。
【0021】
さらに、カウンタシャフトCSに相対回転自在に支持されたカウンタリバースギヤ42をセレクタギヤSGでカウンタシャフトCSに結合した状態で、メインシャフトMSに相対回転自在に支持されたメインリバースギヤ24を4速−リバース用油圧クラッチC4RでメインシャフトMSに結合すると、後進速度段が確立する。
【0022】
カウンタシャフトCSの回転は、ファイナルドライブギヤ46およびファイナルドリブンギヤ48を介してディファレンシャルDに伝達され、それから左右のドライブシャフト50,50を介し、エンジンEおよびトランスミッションTが搭載される車両(図示せず)の駆動輪W,Wに伝達される。
【0023】
車両運転席(図示せず)のフロア付近にはシフトレバー54が設けられ、運転者の操作によって8種のレンジ、P,R,N,D5,D4,D3,2,1のいずれか選択される。
【0024】
エンジンEの吸気路(図示せず)に配置されたスロットルバルブ(図示せず)はDBW(Drive By Wire)機構55に接続される。即ち、スロットルバルブはアクセルペダル(図示せず)との機械的な連結が断たれ、電動機などのアクチュエータ(図示せず)によって駆動される。
【0025】
DBW機構55のアクチュエータの付近にはスロットル開度センサ56が設けられ、アクチュエータの回転量を通じてスロットル開度THを示す信号を出力する。またファイナルドリブンギヤ48の付近には車速センサ58が設けられ、ファイナルドリブンギヤ48が1回転するごとに車速Vを示す信号を出力する。
【0026】
更に、カムシャフト(図示せず)の付近にはクランク角センサ60が設けられ、特定気筒の所定クランク角度でCYL信号を、各気筒の所定クランク角度でTDC信号を、所定クランク角度を細分したクランク角度(例えば15度)ごとにCRK信号を出力する。また、エンジンEの吸気路のスロットルバルブ配置位置の下流には絶対圧センサ62が設けられ、吸気管内絶対圧(エンジン負荷)PBAを示す信号を出力する。
【0027】
また、メインシャフトMSの付近には第1の回転数センサ64が設けられ、メインシャフトMSの回転数(トランスミッションTの入力回転数)NMを示す信号を出力すると共に、カウンタシャフトCSの付近には第2の回転数センサ66が設けられ、カウンタシャフトCSの回転数(トランスミッションTの出力回転数)NCを示す信号を出力する。
【0028】
さらに、車両運転席付近に装着されたシフトレバー54の付近にはシフトレバーポジションセンサ68が設けられ、前記した8種のポジション(レンジ)の中、運転者によって選択されたポジションを示す信号を出力する。
【0029】
さらに、トランスミッションTの油圧回路Oのリザーバの付近には温度センサ70が設けられて油温(作動油Automatic Transmission Fluidの温度)TATFに比例した信号を出力すると共に、各クラッチに接続される油路には油圧スイッチ72がそれぞれ設けられ、各クラッチに供給される油圧が所定値に達したとき、ON信号を出力する。
【0030】
また車両運転席のブレーキペダル(図示せず)の付近にはブレーキスイッチ74が設けられ、運転者のブレーキペダル操作に応じてON信号を出力すると共に、アクセルペダル(図示せず)の付近にはアクセル開度センサ76が設けられ、運転者のアクセルペダル踏み込み量(アクセル開度)APに応じた出力を生じる。
【0031】
これらセンサ56などの出力は、ECU(電子制御ユニット)80に送られる。
【0032】
ECU80は、CPU82,ROM84,RAM86、入力回路88、および出力回路90からなるマイクロコンピュータから構成される。マイクロコンピュータはA/D変換器92を備える。
【0033】
前記したセンサ56などの出力は、入力回路88を介してECU80内に入力され、アナログ出力はA/D変換器92を介してデジタル値に変換されると共に、デジタル出力は波形整形回路などの処理回路(図示せず)を経て処理され、前記RAM86に格納される。
【0034】
前記した車速センサ58の出力およびクランク角センサ60のCRK信号出力はカウンタ(図示せず)で時間間隔が計測され、車速Vおよびエンジン回転数NEが検出される。第1の回転数センサ64および第2の回転数センサ66の出力もカウントされ、トランスミッションの入力軸回転数NMおよび出力軸回転数NCが検出される。さらに第2の回転数センサ66の出力の差分値が算出されて出力回転数の変化量NCdotが算出される。
【0035】
ECU80においてCPU82は行先段あるいは目標段(変速比)を決定し、出力回路90および電圧供給回路(図示せず)を介して油圧回路Oに配置されたシフトソレノイドSL1からSL5を励磁・非励磁して各クラッチの切替え制御を行うと共に、リニアソレノイドSL6からSL8を励磁・非励磁してトルクコンバータ12のロックアップ機構Lの動作及び各クラッチ油圧を制御する。
【0036】
さらに、CPU82はエンジンEの燃料噴射量と点火時期を決定し、インジェクタ(図示せず)を介して決定された噴射量の燃料を供給すると共に、点火装置(図示せず)を介して決定された点火時期に従って噴射された燃料と吸気の混合気を点火する。
【0037】
このように、この実施例においてトランスミッションTは、車両に搭載されたエンジン(内燃機関)Eに接続されると共に、油圧クラッチ(摩擦係合要素)Cn(n:1,2,3,4R,5)を介してエンジンEの出力を変速する。
【0038】
次いで、この発明に係る自動変速機の制御装置の動作、即ち、変速時のエンジン出力低下制御を説明する。尚、この制御はアップシフトに限って実行される。
【0039】
図2はその動作を示すフロー・チャート、図3は図2の処理を説明するブロック図である。図2のプログラムは例えば10msecごとに実行される。
【0040】
以下説明すると、S10において目標I相時間SFTtを検索、即ち、アップシフト時のイナーシャ相の目標時間SFTtを検索する。
【0041】
目標I相時間SFTtは、図3に示す如く、少なくともエンジンEに対する運転者の要求駆動力を示すパラメータ、例えばアクセル開度APやエンジントルクTE(エンジン回転数NEとエンジン負荷を示す吸気管内絶対圧PBAからマップ(特性)を検索して算出)と、車速Vから予め設定されているマップ(特性)を検索して算出する。
【0042】
次いでS12に進み、変速後NE、即ち、変速後のエンジン回転数NEを推定する。
【0043】
図4は変速後NEの推定を示すタイム・チャートである。
【0044】
イナーシャ相が時刻t1開始で時刻t2終了とすると、アップシフト時に必要なエンジン回転数NEの変化量ΔNEは、以下のように算出される(以降、添字1は時刻t1、添字2は時刻t2のときの値を示す)。
ΔNE=NE1−NE2
【0045】
ここで、変速前後のETR(トルクコンバータ12のトルク伝達効率)が等しいと仮定すると、ΔNEはトランスミッションTの入力回転数NMを用いて以下のように表わされる。
ΔNE=ΔNM=NM1−NM2
【0046】
トランスミッションTの入力回転数NMは出力回転数NCとギヤ歯数iを用いて以下のように算出される。
NM1=NC1×i1
NM2=NC2×i2
∴ΔNE=NC1×i1−NC2×i2
【0047】
変速前時点でNC2は未知であるが、目標I相時間SFTtを用いれば下記のように表わすことができる。
NC2=NC1+NCdot×SFTt
上でNCdotはNCの変化量、より具体的には微分値(あるいは差分値)である。NCは車速Vと同値となる。
【0048】
以上からΔNE(変速後NE)は、出力回転数NCと目標I相時間SFTtを用いて以下のように求めることができる。
ΔNE=NC1×i1−(NC1+NCdot×SFTt)×i2
【0049】
図2フロー・チャートの説明に戻ると、S14に進み、目標I相時間SFTtを達成するために必要な吸収EI量、即ち、目標I相時間SFTtを達成するために必要なエンジントルクダウン量(エンジン出力低下量)を算出する。この量を(1)とする。
【0050】
目標I相時間SFTtを達成するために必要な吸収EI量は、エンジンイナーシャIEにΔNE(変速後NE)を乗じることで算出される。尚、エンジンイナーシャIEはエンジンEの慣性質量を示す。
【0051】
ここでEIは発明者達による造語であり、イナーシャエネルギを意味する。即ち、発明者達は知見を重ねた結果、エンジントルクダウン量をエンジン回転変化量×エンジンイナーシャ=イナーシャエネルギの概念で整理し、その値を用いてエンジントルクダウン(出力低下)制御を行うようにした。
エンジントルクダウン量[Nm]=エンジン回転変化量[rad/s]× エンジンイナーシャIE[kgm
=トルク(Δ)[Nm]×時間(積分)[s]
=イナーシャエネルギEI[Nms]
【0052】
これについて説明すると、あるイナーシャを備えたものの回転をどれだけ低下すべきかが判っている状態において、その回転変化を所定の時間(SFTt)で実行するのに、必要なエンジントルクダウン量は、図3の末尾に示す如く、イナーシャエネルギEIを所定の時間(SFTt)で除算することで求めることができる。
【0053】
図2フロー・チャートにおいては次いでS16に進み、点火時期の遅角RTDによる吸収EI量(2)を演算し、S18に進み、DBWによる(吸気量調整による)吸収EI量(3)を演算する。
【0054】
即ち、S16,S18では、点火時期の遅角RTDあるいはDBW(即ち、DBW機構55を駆動して吸気量を減少させること)によるエンジントルクダウン量とその操作時間より、SFTtに吸収可能な最大EI量を算出する。
【0055】
先にDBWによる吸収EI量の演算を説明すると、DBWによる場合は点火時期の遅角RTDに比してエンジンE側の応答が遅いことから、図5(a)(b)に示す如く、エンジントルクダウンを生じさせるにも、その後に復帰させるにもかなりの時間がかかる。
【0056】
そのため、図5(c)と図6(a)(b)に示す如く、トルクダウン時間、換言すればトルクダウン量は算出された目標I相時間SFTtで制約される。さらに、トルク復帰時間は吸気管内絶対圧PBAに依存することから、図7に示す如く、エンジン回転数NEが低下するほど増加する。
【0057】
従って、S18の処理においては、図7の特性(PBA応答時間特性)をエンジン回転数NEで検索して得られたトルク復帰時間を算出された目標I相時間SFTtから減算して得た時間をDBW閉め時間(DBW機構55でスロットルバルブを閉弁方向に駆動する時間。図6(a))とし、図6(b)での実質的にトルクダウン可能な面積をDBWによる吸収可能な最大EI量とする。
【0058】
次いで点火時期の遅角RTDによる吸収EI量の演算を説明すると、点火時期の遅角RTDはDBWによる場合に比してエンジンE側の応答が遥かに迅速ではあるが、点火時期はTDC付近の所定クランク角度ごとに制御されることから、同様にエンジン回転数NEの影響を受ける。
【0059】
そこで、S16の処理においても図7と同様に設定されたエンジン回転数NEに対して設定されたトルク復帰時間(図示せず)特性をエンジン回転数NEで検索し、よって得られたトルク復帰時間を算出された目標I相時間SFTtから減算して得た時間をRTD実行可能時間とし、この状態下でのガード値を検索し、実行可能な遅角量を決定する。
【0060】
次いでその遅角量で達成可能なトルクダウン量を予め定めたマップ(特性)からエンジン回転数NEと吸気管内絶対圧PBAで検索し、前述のRTD実行可能時間と乗算することで、点火時期の遅角RTDにより吸収可能な最大EI量とする。
【0061】
尚、RTDによる手法は後述する如く、エンジン水温TWからエンジンEが冷機状態(COLD)にあるときは禁止されると共に、エンジン回転数NEなどから失火限界を示すガード値が設定される。
【0062】
図2フロー・チャートの説明に戻ると、S20に進み、吸収EI量(1)(2)(3)の演算結果とエンジンEの運転状態よりトルクダウン手法を決定する。
【0063】
図8(および図3の右下部)は吸収EI量(1)(2)(3)の演算結果によるトルクダウン手法をパターンA,B,Cとして示す説明図である。
【0064】
図8などにおいて、パターンAは、RTDによる吸収EI量(EI by RTD)が目標I相時間SFTtを達成するために必要な吸収EI量(EI)以上である場合である。
【0065】
パターンBは目標I相時間SFTtを達成するために必要な吸収EI量(EI)がRTDによる吸収EI量を超えるが、RTDとDBWの両者による吸収EI量(EI by RTD,EI by DBW)以下である場合である。
【0066】
パターンCは、目標I相時間SFTtを達成するために必要な吸収EI量がRTDとDBWの両者による吸収EI量を超える場合である。
【0067】
図9は、エンジンEの運転状態、より正確にはエンジンEの水温TWによる運転状態とトルクダウン手法の関係を示す説明図である。
【0068】
図示の如く、エンジン水温TWが低いCOLD(冷機状態)にあるときは、RTDによる手法は禁止され、DBWによる手法を優先順位1位(PRI1)とし、TCLON、即ち、変速先の速度段の油圧クラッチCnのクラッチトルク(トルク伝達容量)を増加させて変速時間を短縮することでEI吸収量を得る手法を優先順位2位(PRI2)とする。
【0069】
他方、エンジン水温TWがHOT(暖機状態)にあるときは、RTDによる手法を優先順位1位(PRI1)、DBWによる手法を優先順位2位(PRI2)とし、TCLONによる手法を優先順位3位(PRI3)とする。
【0070】
エンジンEが暖機されている限り、RTDによる手法を最優先させるのは前記した通り、応答が早いためである。また、RTDあるいはDBWによる手法をTCLONによる手法に優先させるのは、図8(a)(b)のパターンA,Bに示す如く、RTDあるいはDBWによる手法の場合、目標とする変速G波形(変速時の車両加速度)が良好なためである。
【0071】
ただし、RTDあるいはDBWによる手法を併用しても不足するときは、他の手法に頼らざるを得ない。即ち、変速時間は変速先の速度段の油圧クラッチCnのクラッチトルクとエンジントルクとの差で決定される。この差は回転変化に使われるトルク量であることから、変速時間を短縮するためにはエンジントルクを下げるか、クラッチトルクを上げれば良い。
【0072】
このクラッチトルクを上げる、即ち、TCLONによる手法(EI by TCLON)の場合、図8(c)のパターンCに示す如く、イナーシャ波形が悪化することから、目標とする変速G波形は悪くはない程度となってしまうが、TCLONによる手法を操作(使用)しないと、変速G波形がさらに悪化、即ち、変速時間が長くなり、変速フィーリングと油圧クラッチCnの耐久性が共に悪化するからである。
【0073】
従って、パターンCの場合、ON側(変速先)の速度段の油圧クラッチCnのクラッチトルク(トルク伝達容量)の増加、即ち、供給油圧指令値の増加を要求する。
【0074】
図10は、図2フロー・チャートのS20の処理を示すサブ・ルーチン・フロー・チャートである。
【0075】
以下説明すると、S100において吸収EI量(1)(2)(3)の演算結果とエンジンEの運転状態よりパターンAが可能か否か判断し、肯定されるときはS102に進み、RTDのみによるトルクダウンを要求する。ECU80はその要求に応じて点火時期を遅角する。
【0076】
S100で否定されるときはS104に進み、パターンBが可能か否か判断し、肯定されるときはS106に進んでDBWによるトルクダウンを要求すると共に、S102に進んでRTDによるトルクダウンを要求する。
【0077】
即ち、図8(b)に示す如く、RTDのみでは不足することから、RTDとDBWの双方によるトルクダウンを要求する。ECU80はその要求に応じて点火時期を遅角すると共に、DBW機構55を駆動してスロットルバルブを閉弁方向に駆動する。
【0078】
S104で否定されるときはパターンCと判断されることからS108に進み、ON側の油圧クラッチCnのクラッチトルクTCLONの増加を要求する。次いでS106に進んでDBWによるトルクダウンを要求すると共に、S102に進んでRTDによるトルクダウンを要求する。
【0079】
即ち、図8(c)に示す如く、RTDとDBWの両者によるトルクダウンでも不足することから、クラッチトルクの増加も要求する。ECU80はその要求に応じて点火時期を遅角し、DBW機構55を駆動してスロットルバルブを閉弁方向に駆動すると共に、リニアソレノイドSL6からSL8のうちの該当するものを励磁・消磁、より具体的にはPWM制御のデューティ比を変更して供給油圧を増加する。これにより、変速ショックをかなりの程度軽減することができる。
【0080】
この実施例は上記の如く、油圧クラッチ(摩擦係合要素)Cnを介して車両に搭載されたエンジンEの出力を変速するトランスミッション(自動変速機)Tの制御装置で、変速時に前記エンジンEのトルク(出力)をダウン(低下)させる制御を実行するエンジントルクダウン(出力低下)制御手段(ECU80,S20)を備えた自動変速機の制御装置において、前記トランスミッション(自動変速機)Tの入力回転数NMを検出する入力回転数検出手段(回転数センサ64)と、前記トランスミッション(自動変速機)Tの出力回転数NCを検出する出力回転数検出手段(回転数センサ66)と、前記出力回転数の変化量NCdotを検出する出力回転数変化量検出手段(ECU80)と、イナーシャ相の目標時間(目標I相時間SFTt)を算出する目標イナーシャ相時間算出手段(ECU80,S10)と、前記検出されたトランスミッション(自動変速機)Tの入力回転数NMと出力回転数NCと出力回転数の変化量NCdotと前記算出されたイナーシャ相の目標時間(目標I相時間SFTt)から変速後のエンジン回転数(変速後NEあるいはΔNE)を推定する変速後エンジン回転数推定手段(ECU80,S12)と、前記推定された変速後のエンジン回転数と前記エンジンの慣性質量を乗じて得た積をイナーシャエネルギEI、より具体的には目標I相時間を達成するために必要な吸収EI量)として算出するイナーシャエネルギ算出手段(ECU80,S14)とを備えると共に、前記制御手段は前記算出されたイナーシャエネルギに基づいて前記エンジンのトルクをダウン(出力を低下)させる(S16からS20,S100からS108)如く構成したので、変速時にダウン(低下)させるべきエンジントルク(出力量)を適正に算出することができ、それに基づいてエンジントルクをダウン(出力を低下)させれば足りることとなる。また、制御アルゴリズムが簡易となるため、変速時のエンジン出力低下制御のアルゴリズムを実機にセッティングするときも、セッティング作業が容易となって工数やデータを削減することができる。
【0081】
また、前記エンジン出力低下制御手段は、前記算出されたイナーシャエネルギEI、より具体的には目標I相時間を達成するために必要な吸収EI量と前記エンジンの運転状態に基づき、前記エンジンの点火時期、即ち、RTDによる手法と吸気量、即ち、DBWによる手法の少なくともいずれかを介して前記エンジンEのトルクをダウン(出力を低下)させる(S16からS20,S100からS108)如く構成したので、上記した効果に加え、例えばエンジン水温TWが低温のときは点火時期の遅角RTDを中止することも可能となり、エンジンEの保護にも欠けることがない。
【0082】
尚、上記において、エンジン出力低下の手法として点火時期の遅角RTDなどを開示したが、それ以外にもエンジンEが複数の気筒の一部または全てへの燃料供給を停止するようにしても良い。
【0083】
また、この発明を平行軸式の自動変速機を例にとって説明したが、この発明はプラネタリ型の自動変速機にも妥当する。
【0084】
またECU80がエンジンEとトランスミッションTを共に制御するように構成したが、第2のECUを設け、それにエンジンEの点火時期とDBW機構55の動作を制御させても良い。
【符号の説明】
【0085】
T 自動変速機(トランスミッション)、E エンジン(内燃機関)、O 油圧回路、14,16,18,20,22,24,28,30,32,34,36,42 ギヤ、Cn 油圧クラッチ(摩擦係合要素)、55 DBW機構、58 車速センサ、60 クランク角センサ、62 絶対圧センサ、64,66 回転数センサ、76 アクセル開度センサ、80 電子制御ユニット(ECU)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
摩擦係合要素を介して車両に搭載されたエンジンの出力を変速する自動変速機の制御装置で、変速時に前記エンジンの出力を低下させる制御を実行するエンジン出力低下制御手段を備えた自動変速機の制御装置において、前記自動変速機の入力回転数を検出する入力回転数検出手段と、前記自動変速機の出力回転数を検出する出力回転数検出手段と、前記出力回転数の変化量を検出する出力回転数変化量検出手段と、イナーシャ相の目標時間を算出する目標イナーシャ相時間算出手段と、前記検出された自動変速機の入力回転数と出力回転数と出力回転数の変化量と前記算出されたイナーシャ相の目標時間から変速後のエンジン回転数を推定する変速後エンジン回転数推定手段と、前記推定された変速後のエンジン回転数と前記エンジンの慣性質量を乗じて得た積をイナーシャエネルギとして算出するイナーシャエネルギ算出手段とを備えると共に、前記制御手段は前記算出されたイナーシャエネルギに基づいて前記エンジンの出力を低下させることを特徴とする自動変速機の制御装置。
【請求項2】
前記エンジン出力低下制御手段は、前記算出されたイナーシャエネルギと前記エンジンの運転状態に基づき、前記エンジンの点火時期と吸気量の少なくともいずれかを介して前記エンジンの出力を低下させることを特徴とする請求項1記載の自動変速機の制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2011−47386(P2011−47386A)
【公開日】平成23年3月10日(2011.3.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−198999(P2009−198999)
【出願日】平成21年8月28日(2009.8.28)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】